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sociolinguistics - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2023-01-26 12:49

2023-01-22 Sun

#5018. khelf メンバーと4人でジェンダーとコロナ禍周りのキーワードで『ジーニアス英和辞典』の版比較 in Voicy [dictionary][genius6][gender][covid][voicy][heldio][language_change][sociolinguistics][lexicography][methodology]

 昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 では,khelf(慶應英語史フォーラム)の大学院生メンバー3名とともに「#600. 『ジーニアス英和辞典』の版比較 --- 英語とジェンダーの現代史」をお届けしました.ジェンダーとコロナ禍に関するキーワードについて『ジーニアス英和辞典』の初版から最新の第6版までを引き比べ,英語史を専攻する4人があれやこれやとおしゃべりしています.意外な発見が相次いで,盛り上がる回となりました.30分ほどの長さです.ぜい時間のあるときにお聴きいただければと思います.Voicy のコメント機能により,ご感想などもお寄せいただけますと嬉しいです.



 今回比較した『ジーニアス英和辞典』の6つの版の出版年をまとめておきます.5--8年刻みで,おおよそ定期的に出版されており,1つのシリーズ辞典で英語の記述を通時的に追いかけることが可能となっています.

出版年
G11987年
G21993年
G32001年
G42006年
G52014年
G62022年


 昨年11月に発売開始となった最新版の『ジーニアス英和辞典』第6版については,hellog および heldio で何度か取り上げてきました.以下をご参照ください.

 ・ hellog 「#4892. 今秋出版予定の『ジーニアス英和辞典』第6版の新設コラム「英語史Q&A」の紹介」 ([2022-09-18-1])
 ・ hellog 「#4950. 最近の英語の変化のうねり --- 『ジーニアス英和辞典』第6版のまえがきより」 ([2022-11-15-1])
 ・ hellog 「#4975. 2重目的語を取る動詞,取りそうで取らない動詞」 ([2022-12-10-1])
 ・ heldio 「#532. 『ジーニアス英和辞典』第6版の出版記念に「英語史Q&A」コラムより spring の話しをします」
 ・ heldio 「#557. まさにゃん対談:supply A with B の with って要りますか? --- 『ジーニアス英和辞典』新旧版の比較」

Referrer (Inside): [2023-01-23-1]

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2022-11-21 Mon

#4956. 言語変化には「上から」と「下から」がある [language_change][sociolinguistics][terminology][prestige][stigma][style]

 「#4952. 言語における威信 (prestige) とは?」 ([2022-11-17-1]) と「#4953. 言語における傷痕 (stigma) とは?」 ([2022-11-18-1]) で,言語における正と負の威信 (prestige) の話題を導入した.いずれも言語変化の入り口になり得るものであり,英語史を考える上でも鍵となる概念・用語である.
 話者(集団)は,ある言語項目に付与されている正負の威信を感じ取り,意識的あるいは無意識的に,自らの言語行動を選択している.つまり,正の威信に近づこうとしたり,負の威信から距離を置こうとすることで,自らの社会における立ち位置を有利にしようと行動しているのである.その結果として言語変化が生じるケースがある.このようにして生じる言語変化は,話者が意識的に言語行動を選択している場合には change from above と呼ばれ,無意識の場合には change from below と呼ばれる.意識の「上から」の変化なのか,「下から」の変化なのか,ということである.
 「上から」の変化は社会階層の上の集団と結びつけられる言語特徴を志向することがあり,反対に「下から」の変化は社会階層の下の集団の言語特徴を志向することがある.つまり,意識の「上下」と社会階層の「上下」は連動することも多い.しかし,Labov によって導入されたオリジナルの "change from above" と "change from below" は,あくまで話者の意識の上か下かという点に注目した概念・用語であることを強調しておきたい.
 Trudgill の用語辞典より,それぞれを引用する.

change from above In terminology introduced by William Labov, linguistic changes which take place in a community above the level of conscious awareness, that is, when speakers have some awareness that they are making these changes. Very often, changes from above are made as a result of the influence of prestigious dialects with which the community is in contact, and the consequent stigmatisation of local dialect features. Changes from above therefore typically occur in the first instance in more closely monitored styles, and thus lead to style stratification. It is important to realise, however, that 'above' in this context does not refer to social class or status. It is not necessarily the case that such changes take place 'from above' socially. Change from above as a process is opposed by Labov to change from below.


change from below In terminology introduced by William Labov, linguistic changes which take place in a community below the level of conscious awareness, that is, when speakers are not consciously aware, unlike with changes from above, that such changes are taking place. Changes from below usually begin in one particular social class group, and thus lead to class stratification. While this particular social class group is very often not the highest class group in a society, it should be noted that change from below does not means change 'from below' in any social sense.


 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.

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2022-11-18 Fri

#4953. 言語における傷痕 (stigma) とは? [stigma][prestige][terminology][sociolinguistics]

 昨日の記事「#4952. 言語における威信 (prestige) とは?」 ([2022-11-17-1]) に続いて,prestige の反対概念となる stigma について.良い訳がないのでとりあえず「傷痕」としているが「スティグマ」と呼んでおくのがよいのかもしれない.負の威信のことである.
 昨日 prestige の解説のために参照・引用した A Glossary of Historical Linguistics であれば,当然ながら stigma も見出し語として立てられているだろうと踏んでいた.ところが,確かに stigma, stigmatization として見出しは立っているのだが,そこから covert prestige, overt prestige, prestige の項目に飛ばされ,そこに行ってみると stigmastigmatization も触れられていないという始末.要するに,負の威信であることを匂わせたいのだろうが,積極的に言及していないのである.
 別に調べた A Glossary of Sociolinguistics には stigmatisation の見出しが立っていた.こちらを引用しよう.

stigmatisation Negative evaluation of linguistic forms. Work carried out in secular linguistics has shown that a linguistic change occurring in one of the lower sociolects in a speech community will often be negatively evaluated, because of its lack of association with higher status groups in the community, and the form resulting from the change will therefore come to be regarded as 'bad' or 'not correct'. Stigmatisation may subsequently lead to change from above, and the development of the form into a marker and possibly, eventually, into a stereotype.


 ある言語項目に stigma が付され,それが言語共同体に広く知られるようになると,人々はその使用を意識的に避けるようになり,それを使い続けている人や集団を蔑視するようになる.いわば方言差別や言語蔑視の入り口になり得るものが stigma であり,stigma が付され認知されていく過程が stigmatisation ということになる.

 ・ Campbell, Lyle and Mauricio J. Mixco, eds. A Glossary of Historical Linguistics. Salt Lake City: U of Utah P, 2007.
 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.

Referrer (Inside): [2022-11-21-1]

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2022-11-17 Thu

#4952. 言語における威信 (prestige) とは? [prestige][terminology][sociolinguistics][sobokunagimon][variety][loan_word][french][latin]

 社会言語学のキーワードである威信 (prestige) については,hellog でもタグとして設定しており,当たり前のように用いてきたが,改めて定義を確認してみようと思い立った.私は日常的には「エラさ」「カッコよさ」と超訳しているのだが,念のために正式な定義が欲しいと思った次第.
 ところが,手元の社会言語学系の用語集などを漁り始めたところ,意外と見出しが立っていない.数分かかって,最初に引っかかったのが Lyle and Mixco の歴史言語学の用語集だった.数分を犠牲にした後のありがたみがあるので,こちらを一字一句引用することにしよう (155--56) .

prestige In sociolinguistics, the positive value judgment or high status accorded certain languages, certain varieties and certain variables favored over other less prestigious languages, varieties or variables. The prestige accorded linguistic variables is a factor that often leads to linguistic change. The prestige of a language can lead speakers of other languages to take loanwords from it or to adopt the language outright in language shift. Overt prestige is the most common; it is the positive or high value attributed to variables, varieties and languages typically widely recognized as prestigious among the speakers of a language. The prestige varieties and variables are usually those recognized as belonging to the standard language or that are used by highly educated or influential people. Covert prestige refers to the positive evaluation given to non-standard, low-status or 'incorrect' forms of speech by some speakers, a hidden or unacknowledged prestige for non-standard variables that leads speakers to continue using them and sometimes causes such forms to spread to other speakers.


 なるほど,prestige とは,言語変種 (variety) についていわれる場合と,言語変項 (variable) についていわれる場合があるというのは,確かにそうだ.言語変種についていわれる prestige はマクロ的な概念であり,言語交替 (language_shift) や語彙借用の方向性に関与する.一方,言語変項についていわれる prestige はミクロ的であり,個々の言語変化の原動力となり得る要因である.この2つは概念上区別しておく必要があるだろう.
 考えてみれば prestige という語自体が,フランス語風に /prɛsˈtiːʒ/ と発音され,prestigious な響きがある.実際,フランス語 prestige を借りたもので,このフランス単語自体はラテン語の praest(r)īgia(illusion) に由来する.語自体の英語での初出は,17世紀の辞書編纂家 T. Blount が Glossographia で,そこでの語義は「威信」ではなく原義の「錯覚」である ("deceits, impostures, delusions, cousening tricks") .「威信」という語義で最初に用いられたのは,ずっと遅く1829年のことである.
 prestige のもとであるラテン単語の原義は物理的に「強い締め付け」ほどであり,そこから認知的・精神的な「幻惑;錯覚」を経て,最後に「威信」となった.拘束的で抑圧的な力を想起させる意味変化といってよく,この経緯自体が意味深長である.

 ・ Campbell, Lyle and Mauricio J. Mixco, eds. A Glossary of Historical Linguistics. Salt Lake City: U of Utah P, 2007.

Referrer (Inside): [2022-11-21-1] [2022-11-18-1]

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2022-10-24 Mon

#4928. phatic communion 再訪 [phatic_communion][youtube][sociolinguistics][pragmatics][function_of_language]

 昨晩 YouTube の第69が公開されました.「時代とメディアで変わる社交的会話(Phatic communion,交話的コミュニケーション)」です.



 今回は phatic_communion についてです.交話的(交感的,社交的,儀礼的)言語使用などと訳されますが,様々にある言語の機能 (function_of_language) の1つです.日々の挨拶からスモールトーク,井戸端会議から恋人同士の会話まで,情報交換そのものが主たる目的なのではなく,言葉を交わすことそれ自体が目的となるような言語使用というものがあります.そのような場面では,言葉の中身はさほど重要でなく,言葉を交わすという行為そのものが社会関係構築のために重要なわけです.
 McArthur の英語学用語辞典より定義と説明を引用します.

PHATIC COMMUNION [1923: from Greek phatós spoken: coined by the Polish anthropologist Bronislaw Malinowski]. Language used more for the purpose of establishing an atmosphere or maintaining social contact than for exchanging information or ideas: in speech, informal comments on the weather (Nice day again, isn't it?) or an enquiry about health at the beginning of a conversation or when passing someone in the street (How's it going? Leg better?); in writing, the conventions for opening or closing a letter (All the best, Yours faithfully), some of which are formally taught in school. . .


 言語の機能といえば情報伝達,と思い込んでいる多いと思いますが,それだけではありません.phatic communion のように,たとえ情報量がゼロに近くとも,それでも言葉を交わすというシーンは日常にあふれています.言語のこの機能に気づいておくことは,英語学習においてもとても大事です.なぜならば,大半の英語学習者は,世界の人々と情報交換するため「だけ」に英語を学んでいると信じ込んでしまっているからです.しかし,それでは言語(英語)の機能をあまりに狭く見てしまっていることになります.言葉の役割をもっと広くとらえてみませんか?
 phatic communion に関連する話題は多様です.たとえば以下の記事をご覧ください.

 ・ 「#523. 言語の機能と言語の変化」 ([2010-10-02-1])
 ・ 「#1071. Jakobson による言語の6つの機能」 ([2012-04-02-1])
 ・ 「#1559. 出会いと別れの挨拶」 ([2013-08-03-1])
 ・ 「#1564. face」 ([2013-08-08-1])
 ・ 「#1771. 言語の本質的な機能の1つとしての phatic communion」 ([2014-03-03-1])
 ・ 「#2003. アボリジニーとウォロフのおしゃべりの慣習」 ([2014-10-21-1])
 ・ 「#2700. 暗号によるコミュニケーションの特性」 ([2016-09-17-1])
 ・ 「#2818. うわさの機能」 ([2017-01-13-1])

 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.

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2022-06-29 Wed

#4811. なぜどうでもよいほど小さな語法が問題となるのか? [complaint_tradition][sociolinguistics][linguistic_ideology][prescriptive_grammar][prescriptivism][language_myth]

 「英語に関する不平不満の伝統」 (complaint_tradition) は,英語のお家芸ともいえる.hellog でも「#3239. 英語に関する不平不満の伝統」 ([2018-03-10-1]),「#4596. 「英語に関する不平不満の伝統」の歴史的変化」 ([2021-11-26-1]) などでこの伝統について考えてきた.英米では語法の正用・誤用への関心が一般に高く,「#301. 誤用とされる英語の語法 Top 10」 ([2010-02-22-1]) のような議論がよく受ける.間違えたところでコミュニケーション上の障害にはならない,取るに足りない語法がほとんどなのだが,このような小さな点にこだわる「文化」が育まれてきたといってよい.
 Horobin は著書の最終章 "Why Do We Care?" にて,この「文化」の背景を探っている.論点はいくつかあるが,大きく3点あるように読める.

(1) 英語話者は,自身が英語の不条理と長年付き合ってきた結果,英語を使いこなせるに至ったという経験をもつため,いまさら語法の正用・誤用について中立的な視点をもつことができない.Horobin (153) の言葉を引けば,次の通り.

. . . as users of English, it is impossible for us to take an external stance from which to observe current usage. As we have all had to acquire the English language, negotiating its grammatical niceties, its fiendishly tricky spellings, and its unusual pronunciations, it is impossible for us to adopt a neutral position from which to observe debates concerning correct usage.


 単純化していってしまえば「私はこんなにヘンテコな語法ばかりの英語を頑張って習得してきた.だから,他の皆にも同じ苦労を味わってもらわなければ不公平だ」という気持ちに近い.

(2) 語法に関する本,「良い文法」に関する本は市場価値があり,よく売れる.現代はあらゆるものの変化が早く,言葉に関して頼りになる不変の支柱があれば,人々は安心するものである.Horobin (155) 曰く,

Much of the success of style guides may be credited to society's tacit acceptance that there are rights and wrongs in all aspects of usage, and a desire to be saved from embarrassment. Rather than question the grounds for the prescription, we turn to usage pundits as we once turned to our schoolteachers, in search of guidance and certitude. In a fast-changing and uncertain world, there is something reassuring about knowing that the values of our schooldays continue to be upheld, and that the correct placement of an apostrophe still matters.


(3) ラテン語文法への信奉.ラテン語は屈折の豊富な「立派な」言語であり,文法も綴字も約2千年のあいだ不変だった.それに対して,英語は屈折を失った「堕落した」言語であり,文法も綴字もカオスである.英語もラテン語のような不変で盤石の言語的基盤をもつべきである,という言語観.Horobin (162--63) の解説を引こう.

Since Latin had not been a living language (one with native speakers) for centuries, it existed in a fixed form; by contrast, English was unstable and in decline. This view of Latin as a unified and fixed entity perseveres today, encouraged by the way modern textbooks present a single variety (usually that of Cicero), suppressing the wide variation attested in original Latin writings. Since the eighteenth century, efforts to outlaw variation and to introduce greater fixity in English have been driven by a desire to emulate the model of this prestigious classical forebear.


 3点目については,言語変化を「堕落」と捉える見方と関連する.これについては「#432. 言語変化に対する三つの考え方」 ([2010-07-03-1]),「#2543. 言語変化に対する三つの考え方 (2)」 ([2016-04-13-1]),「#2544. 言語変化に対する三つの考え方 (3)」 ([2016-04-14-1]) を参照.「英語に関する不平不満の伝統」を支える言語観は,18世紀の規範主義の時代から,ほとんど変わっていないようだ.

 ・ Horobin, Simon. How English Became English: A Short History of a Global Language. Oxford: OUP, 2016.

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2022-06-23 Thu

#4805. "World Englishes" と "ELF" の共存を目指して [world_englishes][elf][lingua_franca][sociolinguistics]

 現代世界の英語事情を巡る論文集 English in the World を読み進めているが,関連する様々な議論への入り口となる論考の結論において Seidlhofer (48) が "World Englishes" と "ELF" の相互関係について,対立ではなく共存であるべきだと主張している.

Conclusion: Live and let live
This volume is intended as a contribution to an exchange of views and a constructive debate between proponents of World Englishes, or nativized varieties of English, and proponents of EIL, or ELF. It seems to me that each group (although the 'groups' themselves are of course abstractions and constructions) can benefit from learning more about what is happening in the field of 'English in the World' as a whole, and again, I am hopeful that this collection will make this possible. There are certainly important differences between World Englishes and EIL --- simply by virtue of the very different sociohistorical and sociocultural settings in which these Englishes have arisen and are being used. But acknowledging and understanding these differences does not have to entail the setting up of what are actually false dichotomies, such as WE vs EIL, pluricentric vs monolithic, tolerance of diversity vs prescribed rules. It is perfectly clear that the functions of language are manifold in all societies, and that any language serves the purposes of identification and communication. Identification with a primary culture on the one hand and communication across cultures on the other are equally worthwhile endeavours, and there is no reason why they should not happily coexist and enrich each other.


 1つは英語を諸英語へと分裂させていく遠心力としての "identification" 作用.もう1つは英語をまとめあげていく求心力としての "communication" 作用.ここで Seidlhofer は,英語という言語に認められる2つの相反する作用を指摘し,そのバランスを取ることの重要性を主張している.これは私自身が抱いている英語観や言語観とも一致する.関連して以下の記事を参照.

 ・ 「#1360. 21世紀,多様性の許容は英語をバラバラにするか?」 ([2013-01-16-1])
 ・ 「#1521. 媒介言語と群生言語」 ([2013-06-26-1])
 ・ 「#2073. 現代の言語変種に作用する求心力と遠心力」 ([2014-12-30-1])
 ・ 「#2922. 他の社会的差別のすりかえとしての言語差別」 ([2017-04-27-1])
 ・ 「#2989. 英語が一枚岩ではないのは過去も現在も同じ」 ([2017-07-03-1])
 ・ 「#3671. オーストラリア50ドル札に responsibility のスペリングミス (1)」 ([2019-05-16-1])
 ・ 「#4794. 英語の標準化 vs 英語の世界諸変種化」 ([2022-06-12-1])

 ・ Seidlhofer, Barbara. "English as a Lingua Franca in the Expanding Circle: What It Isn't." English in the World: Global Rules, Global Roles. Ed. Rani Rubdy and Mario Saraceni. London: Continuum, 2006. 40--50.

Referrer (Inside): [2022-07-01-1]

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2022-06-22 Wed

#4804. vernacular とは何か? [terminology][sociolinguistics][vernacular][world_englishes][diglossia]

 昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で,立命館大学の岡本広毅先生と対談ならぬ雑談をしました.「#386. 岡本広毅先生との雑談:サイモン・ホロビンの英語史本について語る」です.



 昨秋にも「#173. 立命館大学,岡本広毅先生との対談:国際英語とは何か?」と題して対談していますので,よろしければそちらもお聴きください.
 さて,今回の雑談は,Simon Horobin 著 The English Language: A Very Short Introduction を巡ってお話ししようというつもりで始めたのですが,雑談ですので流れに流れて vernacular の話しにたどり着きました.とはいえ,実は一度きちんと議論してみたかった話題ですので,おしゃべりが止まらなくなってしまいました.
 ただ,偶然にこの話題にたどり着いたわけでもありません.岡本先生は立命館大学国際言語文化研究所のプロジェクト「ヴァナキュラー文化研究会」に所属されているのです! Twitter による発信もしているということで,こちらからどうぞ.
 vernacular は英語史や中世英語英文学を論じる際には重要なキーワードです.さらに21世紀の世界英語を論じるに当たっても有効な概念・用語となるかもしれません.hellog でも真正面から取り上げたことはなかったので,今回の岡本先生との雑談を機に,これから少しずつ考えていきたいと思います.
 英語史の文脈で出てくる vernacular は,中世から初期近代にかけて公式で威信の高い国際語としてのラテン語に対して,イングランドの人々が母語として日常的に用いていた言語としての英語を指すのに用いられます.要するに vernacular とは「英語」のことを指すわけですが,常にラテン語との対比が意識されているものとしての「英語」を指すというのがポイントです.diglossia の用語でいえば,H(igh variety) のラテン語に対する L(ow variety) の英語という構図を念頭に置いた L のことを vernacular と呼んでいるわけです.
 いくつか辞書を引いて定義を見てみましょう.

noun
1 (usually the vernacular) [singular] the language spoken in a particular area or by a particular group, especially one that is not the official or written language
2 [uncountable] (technical) a style of architecture concerned with ordinary houses rather than large public buildings (OALD8)


noun [C usually singular]
1. the form of a language that a regional or other group of speakers use naturally, especially in informal situations
   - The French I learned at school is very different from the local vernacular of the village where I'm now living.
   - Many Roman Catholics regret the replacing of the Latin mass by the vernacular.
2. specialized in architecture, a local style in which ordinary houses are built
3. specialized dance, music, art, etc. that is in a style liked or performed by ordinary people (CALD3)


noun [countable] [usually singular]
the language spoken by a particular group or in a particular area, when it is different from the formal written language (MED2)


n 土地ことば,現地語,《外国語に対して》自国語;日常語;《ある職業・集団に特有の》専門[職業]語,仲間ことば;《動物・植物に対する》土地の呼び名,(通)俗名(=~ name);土地[時代,集団]に特有な建築様式;《建築・工芸などの》民衆趣味,民芸風.(『リーダーズ英和辞典第3版』)


 その他『新英和大辞典第6版』で vernacular の見出しのもとに挙げられている例文が,英語史の文脈での典型的な使い方となります."Latin gave place to the vernacular." や "In Europe, the rise of the vernaculars meant the decline of Latin." のように.また,『新編英和活用大辞典』からは "English has given place to the vernacular in that part of Asia." という意味深長な例文が見つかりました.
 上記「ヴァナキュラー文化研究会」の Twitter の見出しからも引用しておきましょう.

《ヴァナキュラー》とは権威に保護されていないもの、日常生活と共に動く俗なもの。非主流・周縁・土着。本研究は、変容し生き続ける文化の活力に迫る。


 vernacular とは何か,今後も考え続けていきたいと思います.

 ・ Horobin, Simon. The English Language: A Very Short Introduction. Oxford: OUP, 2018.
 ・ Horobin, Simon. How English Became English: A Short History of a Global Language. Oxford: OUP, 2016.

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2022-06-20 Mon

#4802. 絶対的タブーは存在しない [taboo][sociolinguistics][anthropology]

 昨日の記事「#4801. タブーの源泉」 ([2022-06-19-1]) で引用した Allan and Burridge は,序章で「絶対的タブーは存在しない」と言い切っている (9--11) .

     There is no such thing as an absolute taboo
Nothing is taboo for all people, under all circumstances, for all time. There is an endless list of behaviours 'tabooed' yet nonetheless practised at some time in (pre)history by people for whom they are presumably not taboo. This raises a philosophical question: if Ed recognizes the existence of a taboo against patricide and then deliberately flouts it by murdering his father, is patricide not a taboo for Ed? Any answer to this is controversial; our position is that at the time the so-called taboo is flouted it does not function as a taboo for the perpetrator. This does not affect the status of patricide as a taboo in the community of which Ed is a member, nor the status of patricide as a taboo for Ed at other times in his life. Our view is that, although a taboo can be accidentally breached without the violator putting aside the taboo, when the violation is deliberate, the taboo is not merely ineffectual but inoperative.
   Sometimes one community recognized a taboo (e.g. late eighteenth-century Tahitian women not eating with men) which another (Captain Cook's men) does not. In seventeenth-century Europe, women from all social classes, among them King Charles I's wife Henrietta Maria, commonly exposed one or both breasts in public as a display of youth and beauty. No European queen would do that today. Australian news services speak and write about the recently deceased and also show picture, a practice which is taboo in many Australian Aboriginal communities . . . .
. . . .
We are forced to conclude that every taboo must be specified for a particular community of people, for a specified context, at a given place and time. There is no such thing as an absolute taboo (one that holds for all worlds, times and contexts).


 絶対的タブー,すなわちすべての人々,時間,状況において有効なタブーというものは存在しない.しごく当たり前のことではあるが,特定の文化の特定の時代に身を置いている私たちにとって,そこで有効なタブーが他のどこでも,いつでも通用するものだろうと信じ込んでしまう恐れは常にある.古今東西のタブーを知っておくことは,自らの属する社会のタブーを相対化するのに役立つだろう.

 ・ Allan, Keith and Kate Burridge. Forbidden Words: Taboo and the Censoring of Language. Cambridge: CUP, 2006.

Referrer (Inside): [2022-06-26-1]

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2022-06-19 Sun

#4801. タブーの源泉 [taboo][sociolinguistics][anthropology]

 言語的タブーの現象には多大な関心を寄せている.hellog でも taboo とタグ付けした多くの記事で取り上げてきた(とりわけ「#4041. 「言語におけるタブー」の記事セット」 ([2020-05-20-1]) を参照).タブーとは何か,なぜ人間社会にはタブーが生じるのか,謎が多く興味が尽きない.Allan and Burridge (1) が,言語的タブーに関する著書の冒頭で,タブーの範疇や源泉について次のように概説している.

Taboo is a proscription of behaviour that affects everyday life. Taboos that we consider in the course of the book include

・ bodies and their effluvia (sweat, snot, faeces, menstrual fluid, etc.);
・ the organs and acts of sex, micturition, and defecation;
・ diseases, death and killing (including hunting and fishing);
・ naming, addressing, touching and viewing persons and sacred beings, objects and places;
・ food gathering, preparation and consumption

   Taboos arise out of social constraints on the individual's behaviour where it can cause discomfort, harm or injury. People are at metaphysical risk when dealing with sacred persons, objects and places; they are at physical risk from powerful earthly persons, dangerous creatures and disease. A person's soul or bodily effluvia may put him/her at metaphysical, moral or physical risk, and may contaminate others; a social act may breach constraints on polite behaviour. Infractions of taboos can lead to illness or death, as well as to the lesser penalties of corporal punishment, incarceration, social ostracism or mere disapproval. Even an unintended contravention of taboo risks condemnation and censure; generally, people can and do avoid tabooed behaviour unless they intend to violate a taboo.


 これによると,タブーの源泉は,不快感,危害,損害を引き起こし得るような個人の行動に社会的制限を課そうとするところに存するのだという.社会秩序を平穏に維持すべく,越えてはいけない一線を社会のなかで共有するための知恵,あるいは仕掛け,と言い換えてもよいかもしれない.その目標を達成するために,人々が日常的に用いざるをえない言語というものを利用するというのは,何とも巧妙なやり方ではないか.

 ・ Allan, Keith and Kate Burridge. Forbidden Words: Taboo and the Censoring of Language. Cambridge: CUP, 2006.

Referrer (Inside): [2022-06-20-1]

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2022-06-12 Sun

#4794. 英語の標準化 vs 英語の世界諸変種化 [world_englishes][standardisation][notice][function_of_language][sociolinguistics][gengo_no_hyojunka]

 現在,英語の世界的拡大に伴って生じている議論の最たるものは,標題の通り,英語は国際コミュニケーションのために標準化していく(べきな)のか,あるいは各地の独自性を示す英語諸変種がますます発達していく(べきな)のか,という問題だ.2つの対立する観点は,言語のもつ2つの機能,"mutual intelligibility" と "identity marking" にそれぞれ対応する(cf. 「#1360. 21世紀,多様性の許容は英語をバラバラにするか?」 ([2013-01-16-1]),「#1521. 媒介言語と群生言語」 ([2013-06-26-1])).
 日本語を母語とする英語学習者のほとんどは,日本語という盤石な言語的アイデンティティを有しているために,使うべき英語変種を選択するという面倒なプロセスをもってアイデンティティを表明しようなどとは考えないだろう.したがって,英語を学ぶ理由は第一に国際コミュニケーションのため,世界の人々と互いに通じ合うため,ということになる.英語が標準化してくれることこそが重要なのであって,世界中でバラバラの変種が生じてしまう状況は好ましくない,と考える.日本に限らず EFL 地域の英語学習者は,おおよそ同じような見方だろう.
 しかし,世界の ENL, ESL 地域においては,自らの用いる英語変種(しばしば非標準変種)を意識的に選択することでアイデンティティを示したいという欲求は決して小さくない.そのような人々は,英語の標準化がもつ国際コミュニケーション上の意義は理解しているにせよ,世界各地で独自の変種が発達していくことにも消極的あるいは積極的な理解を示している.
 はたして,グローバルな英語の議論において標題の対立が立ち現われてくることになる.この話題に関するエッセイ集を編んだ Rubdy and Saraceni は,序章で次のように述べている (5) .

The global spread of English, its causes and consequences, have long been a focus of critical discussion. One of the main concerns has been that of standardization. This is also because, unlike other international languages such as Spanish and French, English lacks any official body setting and prescribing the norms of the language. This apparent linguistic anarchy has generated a tension between those who seek stability of the code through some form of convergence and the forces of linguistic diversity that are inevitably set in motion when new demands are made on a language that has assumed a global role of such immense proportions.


 言語の標準化 (standardisation) とは何か? 標準英語 (Standard English) とは何か? なぜ英語を統制する公的機関は存在しないのか? 数々の疑問が生じてくる.このような疑問に立ち向かうには,英語の歴史の知識が武器になる.というのは,英語は,1600年近くにわたる歴史を通じて,標準化と脱標準化(変種の多様化)の波を繰り返し経験してきたからである.21世紀に生じている標準化と脱標準化の対立が,過去の対立と必ずしも直接的に比較可能なわけではないが,議論の参考にはなるはずだ.また,英語を統制する公的機関が不在であることも,英語史上で長らく論じられてきたトピックである.
 言語の標準化を巡っては,近刊書(高田 博行・田中 牧郎・堀田 隆一(編著)『言語の標準化を考える --- 日中英独仏「対照言語史」の試み』 大修館,2022年)を参照されたい.同書の紹介は「#4784. 『言語の標準化を考える』は執筆者間の多方向ツッコミが見所です」 ([2022-06-02-1]) の記事とそのリンク先にまとまっている.

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 ・ Rubdy, Rani and Mario Saraceni, eds. English in the World: Global Rules, Global Roles. London: Continuum, 2006.

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2022-05-26 Thu

#4777. 「標準」英語の意味の変遷 --- 「皆に通じる英語」から「えらい英語へ」 [standardisation][prestige][sociolinguistics][variety][swift]

 昨日の記事「#4776. 初の対照言語史の本が出版されました 『言語の標準化を考える --- 日中英独仏「対照言語史」の試み』」 ([2022-05-25-1]) で紹介した編著書では,英語の標準化について2本の論考が掲載されている.1つは寺澤盾先生(青山学院大学)による「第7章 英語標準化の諸相 --- 20世紀以降を中心に」で,もう1つは拙論の「第6章 英語史における『標準化サイクル』」である.
 そもそも「標準英語」 (Standard English) とは何かという根本的な問題については私もいろいろ考え続けてきたが,いまだによく分かっていない.以下の記事などは,その悩みの足跡ともいえる.

 ・ 「#1396. "Standard English" とは何か」 ([2013-02-21-1])
 ・ 「#3499. "Standard English" と "General English"」 ([2018-11-25-1])
 ・ 「#1237. 標準英語のイデオロギーと英語の標準化」 ([2012-09-15-1])
 ・ 「#3232. 理想化された抽象的な変種としての標準○○語」 ([2018-03-03-1])
 ・ 「#4277. 標準語とは優れた言語のことではなく社会的な取り決めのことである」 ([2021-01-11-1])
 ・ 「#1275. 標準英語の発生と社会・経済」 ([2012-10-23-1])
 ・ 「#1228. 英語史における標準英語の発展と確立を巡って」 ([2012-09-06-1])

 本来,標準英語とは「皆に通じる英語」ほどを意味する用語から始まったと思われるが,歴史の過程でいつのまにか,威信 (prestige) が宿り社会言語学的な手垢のついた「えらい英語」という地位にすり替わってしまったかのように思われる.「標準」の意味が,中立的なものから底意のあるものに変容してしまったのではないか.おそらく,この変容の生じた時期の中心は,後期近代英語期から現代英語期にかけてだろう.
 この変容を,Horobin (73--74) は Jonathan Swift (1667--1745) から Henry Cecil Wyld (1870--1945) への流れのなかに見て取っている.

   The application of the adjective standard to refer to language is first recorded in the eighteenth century, a development of its earlier use to refer to classical literature. A desire to associate English literature with the Classics prompted a wish to see the English language achieve a standard form. This ambition was most clearly articulated by Jonathan Swift: 'But the English Tongue is not arrived to such a degree of Perfection, as to make us apprehend any Thoughts of its Decay; and if it were once refined to a certain Standard, perhaps there might be Ways found out to fix it forever' (A Proposal for Correcting, Improving and Ascertaining the English Tongue, 1712). By the nineteenth century, the term Standard English referred specifically to a prestige variety, spoken only by the upper classes, yet viewed as a benchmark against which the majority of native English speakers were measured and accused of using their language incorrectly.
   The identification of Standard English with the elite classes was overtly drawn by H. C. Wyld, one of the most influential academic linguists of the first half of the twentieth century. Despite embarking on his philological career as a neutral observer, for whom one variety was just as valuable as another, Wyld's later work clearly identified Standard English as the sole acceptable form of usage: 'It may be called Good English, Well-bred English, Upper-class English.' These applications of the phrase Standard English reveal a telling shift from the sense of standard signalling 'in general use' (as in the phrase 'standard issue') to the sense of a level of quality (as in the phrase 'to a high standard').
   From this we may discern that Standard English is a relatively recent phenomenon, which grew out of an eighteenth-century anxiety about the status of English, and which prompted a concern for the codification and 'ascertaining', or fixing, of English. Before the eighteenth century, dialect variation was the norm, both in speech and in writing.


 Horobin は他の論考においてもそうなのだが,Wyld 批判の論調が色濃い.この辺りは本当におもしろいなぁと思う.

 ・ Horobin, Simon. How English Became English: A Short History of a Global Language. Oxford: OUP, 2016.

Referrer (Inside): [2022-07-06-1]

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2022-05-23 Mon

#4774. go/went は社会言語学的リトマス試験紙である [sociolinguistics][suppletion][verb][inflection][solidarity]

 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」を始めて3ヶ月ほどが経ちました.英語・言語に関して大学の講義ぽいものではなく,あくまで研究者どうしの廊下での立ち話し的な,ゆるめのおしゃべりを目指して,毎週日曜日と水曜日の18:00に10分間前後の動画をアップロードしています.多くの方々にチャンネル登録をしていただいています.ありがとうございます.今後もよろしくお願いいたします.
 昨日,第25弾が公開されました.「新説! go の過去形が went な理由」です.YouTube という場を借りまして,私のトンデモ仮説!?を開陳させていただきました(笑).反証可能な仮説ではなく,あくまで私論にとどまるものではありますが,長らく抱いている考え方です.



 その私論を単純化していえば,go/went に限らず英語(ひいては言語一般)に観察される数々の不規則な言語項目は,それをマスターしていない個人は英語話者集団の仲間に入れてあげないよ,という社会言語学上のリトマス試験紙として機能しているのではないかということです.「go といえば goed ではなく went」という,仲間うちのみに共有されている合い言葉を,きちんと習得しているかどうかを確かめるリトマス試験紙なのではないかと.
 もちろんそのようなリトマス試験紙が,取り立てて go/went のペアである必要はありません.ほかのどんなペアでも良かったはずです.ですが,英語においては,たまたま不規則性を歴史的に体現してきた go/went が,社会言語学的なリトマス試験紙として選ばれ,利用されている,ということなのだろうと考えています.
 「なぜ go の過去形が went なのか」という素朴な疑問には,2つの側面があります.1つは,なぜよりによって went という形なのですか,という問いです.こちらへの回答は英語史が得意とするところです.「#43. なぜ go の過去形が went になるか」 ([2009-06-10-1]),「#4094. なぜ go の過去形は went になるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-07-12-1]),「#4403. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第3回「なぜ go の過去形は went になるの?」」 ([2021-05-17-1]) をご覧ください.
 一方,なぜいつまでたっても go の過去形として goed が採用されないのか,という問いに対しては,異なる回答ができるように思われます.上記の社会言語学的な観点からの回答です.これについて「#1482. なぜ go の過去形が went になるか (2)」 ([2013-05-18-1]) や,拙著『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』の p. 78 をご覧ください.
 言葉にはあちこちに不規則性という罠がちりばめられているのです.

 ・ 堀田 隆一 『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』 研究社,2016年.

Referrer (Inside): [2022-12-02-1]

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2022-04-29 Fri

#4750. 社会言語学の3つのパラダイム [sociolinguistics][history_of_linguistics][language_change]

 社会言語学 (sociolinguistics) と一口にいっても,幅広い領域なので研究内容は多岐にわたる.「#2545. Wardhaugh の社会言語学概説書の目次」 ([2016-04-15-1]) を眺めるだけでも,扱っている問題の多様性がうかがえるだろう.
 社会言語学を研究対象となる現象の規模という観点からざっくり2区分すると,「#1380. micro-sociolinguistics と macro-sociolinguistics」 ([2013-02-05-1]) でみた通りになる.一方,学史的な観点を踏まえると,社会言語学では大きく3つのパラダイムが発展してきたので,3区分することも可能だ.以下は,Dittmar による3区分に依拠した Nevalainen and Raumolin-Brunberg (18) の表である.社会言語学の見取り図として有用だ.

Paradigm/DimensionSociology of languageSocial dialectologyInteractional sociolinguistics
Object of study* status and function of languages and language varieties in speech communities* variation in grammar and phonology
* linguistic variation in discourse
* speaker attitudes
* interactive construction and organization of discourse
Mode of inquiry* domain-specific use of languages and varieties of language* correlating linguistic and sociological categoriesorganization of discourse as social interaction
Fieldwork* questionnaire
* interview
* sociolinguistic interview
* participant observation
* documentation of linguistic and non-linguistic interaction in different contexts
Describing* the norms and patterns of language use in domain-specific conditions* the linguistic system in relation to external factors* co-operative rules for organization of discourse
Explaining* differences of and changes in status and function of languages and language varieties* social dynamics of language varieties in speech communities
* language change
* communicative competence; verbal and nonverbal input in goal-oriented interaction


 "Sociology of language", "Social dialectology", "Interactional sociolinguistics" の3つのパラダイムは,それぞれ Joshua Fishman, William Labov, John Gumperz という著名な研究者と結びついている.
 近年,英語史研究においても言語変化に関する社会言語学の洞察と方法論が導入され,「英語歴史社会言語学」という新領域の人気が急上昇している.ただし,英語史研究で注目されている社会言語学のパラダイムは,言語変化 (language_change) を扱う "Social dialectology" に限定されていることに注意.関連して「#4700. 英語史と社会言語学」 ([2022-03-10-1]) も参照.

 ・ Nevalainen, Terttu and Helena Raumolin-Brunberg. Historical Sociolinguistics: Language Change in Tudor and Stuart England. 2nd ed. Abingdon: Routledge, 2017.
 ・ Dittmar, Norbert. Grundlagen der Soziolinguistik. Tübingen: Max Niemeyer, 1997.

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2022-04-22 Fri

#4743. 新変種の形成のモデルをめぐって [sociolinguistics][variety][founder_principle]

 「#4738. 南アフリカ英語の歴史に生じた "swamping"?」 ([2022-04-17-1]) で触れたように,近年,新変種の形成についての関心が高まってきており,様々な学説が登場している.
 Millar (40--54) は,対立する3つの新変種形成モデルを念頭に,いくつかの新変種形成の事例を紹介している.Tristan da Cunha English (cf. 「#2311. Tristan da Cunha」 ([2015-08-25-1])), Falkland Islands English (cf. 「#3249. The Falkland Islands」 ([2018-03-20-1])), Newfoundland English (cf. 「#4490. イギリスの北米植民の第2弾と第3弾」 ([2021-08-12-1])), Glaswegian Scots, Milton Keynes and 'Estuary English', Scottish Standard English (cf. 「#1719. Scotland における英語の歴史」 ([2014-01-10-1])) である.その結果わかったことは,いずれの新変種形成モデルにも一長一短があり,事例によってうまく説明できたり,できなかったりするということだ.Millar (55) を引用する.

The formation of new varieties of a language does appear to follow set patterns, based in particular upon the original inputs derived from the linguistic backgrounds of early settlers. A number of scholars --- most notably Trudgill --- are convinced that it would be possible to predict the outcome of this mix from the proportion of different origins in the initial settlement. Others are unconvinced by this argument, in particular in relation to a 'mindless' application of proportions, without reference to personal and group identities and the shifting linguistic attitudes found in all societies. Nevertheless, analyses of this type are useful in making us think about both origins and evolutionary change.
   Equally useful, but also suspect, are the concepts of founder effect and swamping. The primary issue with these explanations is that they are very effective in some contexts, but do not seem to have much effect elsewhere . . . . The fact that the two apparently antagonistic views are actually sometimes similar and may well work together under certain circumstances needs to be borne in mind. Whatever their full applicability, both are useful metaphors for how some parts of a population can affect the development of a new variety even when they are not in the majority.


 お互いに対立するモデルというよりは,むしろ相補的にとらえるほうがよいのではないか,という提案と読んだ.

 ・ Millar, Robert McColl. Contact: The Interaction of Closely Related Linguistic Varieties and the History of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2016.

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2022-04-17 Sun

#4738. 南アフリカ英語の歴史に生じた "swamping"? [sociolinguistics][south_africa][variety][founder_principle]

 移民・植民による新しい変種はいかにして形成されるのか.これは近年の歴史社会言語学でおおいに注目されている問題である.Trudgill や Mufwene に代表される論客が様々な説を提唱してきた.初期の移民人口がいかなる比率でどのような変種を携えていたかといった人口統計学的要因が決定的に重要であるという見解もあれば,リーダー的な話者集団,すなわち "founder" が話している変種こそが,その後の変種の方向性を決めるという見解もある(後者については「#1841. AAVE の起源と founder principle」 ([2014-05-12-1]) を参照).
 Millar (38--40) によると,また別の見解として "swamping" という過程が考え得るという.現在の南アフリカ英語の諸特徴は,初期の移民史を参照しても,うまく説明することができない.初期の移民史によって説明し得る諸特徴は,1850年代の新たな移民を契機に「水没」してしまい,現在まで痕跡を残していない,というのが "swamping" 説の主旨だ.
 現在の南アフリカ英語には多分に東南イングランド英語の言語特徴が含まれるといわれるが,これは単純に移民史をたどるだけでは説明がつかないという.Millar (39) より引こう.

There is some evidence which suggests . . . that this South-Eastern English predominance does not represent well the history of the first English-speaking immigrants of the 1820s, when the Cape and its surrounding districts had newly been brought under British control. (English speakers would have been regular visitors to the Cape during the period of Dutch rule; they would have been unlikely to have made a lasting impression on the linguistic history of the region, however.) The settlers of the 1850s in KwaZulu-Natal may be more representative of the later speech patterns of South African English . . . . Practically all evidence for any local variety of English predating this central event has been expunged from the present dialect. Thus the nature of an initial variety is swamped.


 ある変種を特徴づける言語特徴の「水没」なる現象は本当にあるのだろうか.あるのであれば,いかなる条件で起こり得るのだろうか.

 ・ Millar, Robert McColl. Contact: The Interaction of Closely Related Linguistic Varieties and the History of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2016.

Referrer (Inside): [2022-04-22-1]

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2022-04-14 Thu

#4735. なぜ Webster は綴字改革をなし得たか? [webster][spelling_reform][sociolinguistics][linguistic_ideology][ame][spelling][orthography][american_revolution]

 一般的にいって綴字改革 (spelling_reform) は成功しないものである.実際,英語の歴史で見る限り成功例はほとんどない.その理由については「#606. 英語の綴字改革が失敗する理由」 ([2010-12-24-1]),「#2087. 綴字改革への心理的抵抗」 ([2015-01-13-1]),「#634. 近年の綴字改革論争 (1)」 ([2011-01-21-1]),「#635. 近年の綴字改革論争 (2)」 ([2011-01-22-1]) などで触れてきた.
 英語史において綴字改革がそれなりに成功したとみなすことのできるほぼ唯一の事例が,Noah Webster によるアメリカ英語における綴字改革である(改革の対象となった単語例は「#3087. Noah Webster」 ([2017-10-09-1]) を参照).
 では,なぜ Webster の綴字改革は類い希なる成功を収め得たのか.この問題については「#468. アメリカ語を作ろうとした Webster」 ([2010-08-08-1]),「#3086. アメリカの独立とアメリカ英語への思い」 ([2017-10-08-1]) でも取り上げてきた.端的にいえば,ウェブスターの綴字改革は,反イギリス(綴字)という時代の勢いを得たということである.アメリカ独立革命とそれに伴うアメリカの人々の新生国家に対する愛国心に支えられて,通常では実現の難しい綴字改革が奏功したのである.もちろん,Webster 自身も強い愛国者だった.
 Webster の愛国心の強さについては上記の過去の記事でも言及してきたが,それをさらに雄弁に語る解説を見つけたので紹介したい.昨日の記事でも触れた Coulmas (267) が,アメリカ英語の歴史を著わした Mencken を適宜引用しながら,愛国者 Webster の綴字イデオロギーについて印象的な記述を施している.

   Webster was an ardent nationalist who had an intuitive understanding of the symbolic significance of the written language as a national emblem. Like many of his contemporaries in England and in the colonies, Webster promoted a reformed mode of spelling; however, what distinguished him from others is that he realised the political significance of claiming an independent standard for American English. Spelling to him was a way to write history. Webster's various publications on the English language were intended to further America's intellectual independence and to prove political nationalism with a manifest appearance for all to see and identify with. 'As an independent nation, our honor requires us to have a system of our own, language as well as government' (Webster 1789: 20).
   Reducing the number of letters, weeding out silent letters, and making the spelling more regular were general principles of reform in line with the Enlightenment's call for more rationality. While Webster subscribed to these ideals, to him the 'greatest argument', as Mencken put it, 'was the patriotic one: "A capital advantage of his reform in these States would be that it would make a difference between the English orthography and the American"' (quoted from Mencken 1945 [1919]: 382). Regulating spelling conventions since the Renaissance had been intended to advance homogeneity, but Webster's new spelling was, on the contrary, designed to bring about a schism. Reversing the printers' plea for as wide a distribution of print products as possible, he argued that 'the English would never copy our orthography for their own use' and that the alteration would thus 'render it necessary that all books should be printed in America' (Mencken 1945 [1919]: 382). The assumed economic advantages of a simpler spelling system that would accrue from savings in the cost of teaching as well as publishing books at home rather than buying them from England were an important part of his reasoning.
   Self-interest and nationalism thus prevailed over rationalism. Webster's new spelling could succeed because it was supported by a strong political ideology, because it was not so sweeping as to burn all the bridges and make literature in the conventional orthography unintelligible, and because the population concerned was favourably disposed to novelty and not strongly tied to a literary tradition, hailing to a large part from less-educated strata of society. If any generalisation can be drawn from this example, it would seem to be that in spelling reforms ideological motives are more important than correcting system-intrinsic flaws of the extant norm, although it is usually properties of this kind --- irregularity, redundancy, polyvalence --- that are first put forth by reform proponents.


 私が興味を引かれたのは,第2段落後半に言及がある印刷と本作りに関するくだりである.アメリカ綴字で印刷された本はイギリスでは売れない.それは結構なことである.アメリカ国内で印刷産業が育つことになり,イギリスから本を輸入する必要もなくなるからだ.この綴字改革の政治経済的インパクトを予見していたとすれば,Webster,まさに恐るべしである.

 ・ Coulmas, Florian. "Sociolinguistics and the English Writing System." The Routledge Handbook of the English Writing System. Ed. Vivian Cook and Des Ryan. London: Routledge, 2016. 261--74.
 ・ Webster, Noah. Dissertation on the English language. Boston, MA: Isaiah Thomas and Co., 1789. Available online at https://archive.org/stream/dissertationsone00webs#page/20/mode/2up.
 ・ Mencken, H. L. The American Language: An Inquiry into the Development of English in the United States. 4th ed. New York: Alfred A. Knopf, 1945 [1919].

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2022-04-13 Wed

#4734. メディア社会は英語の書記体系をどう変えるか? [writing_system][spelling][orthography][sociolinguistics][standardisation]

 英語の書記体系を題材に「社会言語学」してみたらどうなるだろうか.Coulmas の論文は,そのような試みである.
 新しいメディアやコミュニケーションの発達,そしてそれに伴う言語行動パターンの変化により,近い将来,英語の書き言葉はどのように変化していくのだろうか.誰にとっても未知の領域ではあるが,Coulmas (271-72) が論点をいくつか挙げている.

 ・ The admittance of spell checkers and electronic dictionaries in ever-lower grades at school could alter public attitudes toward the importance of spelling.
 ・ By virtue of easy access to materials in other languages and automatic translation software, language contact in the written mode has acquired a new dimension.
 ・ Non-native written English text is made public on an unprecedented scale.
 ・ Communities of vernacular writing are more easily formed. To what extent is this potential actually exploited?
 ・ More people partake in word play (Leetspeak, Lolcat) and Internet memes like Doge.
 ・ Non-standard and loaded spellings (e.g., imagiNation, a book title prior to Scotland's independence referendum) and cacography (wot? magick, marshall law) can gain currency in ways unimaginable only a generation ago (by 'going viral'). The exposure of the reading public to text on the Internet that has not gone through the traditional filters has grown exponentially. Will this have an effect on what is considered Standard English?
 ・ The authority the written word was traditionally accorded could be undermined and the grip of norm-preserving institutions (i.e., school, government printing offices, newspapers, dictionaries) on the language could weaken as a result.
 ・ New forms of writing practices evolve as the new media take hold in society. The handwritten CV is already anachronistic, while it is becoming more common for employers to screen job applicants' social media pages. At the same time, digital literacy is becoming ever more important for any employment and full participation in society.

 Coulmas の挙げている論点から浮かび上がってくるのは,世界中のメディア空間においてますます多くの非標準的な英語表記が飛び交うことにより,従来の標準的な書記からの逸脱が進行するのではないか,という近未来像だ.もちろん他に論点はあり得るし,標準からの逸脱に抵抗する力学も何らかの形で作用するに違いない.一度ゼミなどで議論するにふさわしい話題とみた.

 ・ Coulmas, Florian. "Sociolinguistics and the English Writing System." The Routledge Handbook of the English Writing System. Ed. Vivian Cook and Des Ryan. London: Routledge, 2016. 261--74.

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2022-03-24 Thu

#4714. 発話行為とは何か? [youtube][terminology][speech_act][pragmatics][sociolinguistics][philosophy_of_language]

 井上逸兵さんとの YouTube の第8弾が公開されました.英語の大人な謝り方---でも、日本人から見るとなんだかなー【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル #8 】です.前回からの続きものとなります.
 謝罪「ごめんなさい」→誓い・意志「二度としません」→意志を問う Will you . . . ? について→Will you . . . ? は本当に丁寧か,のようにアチコチに話しが飛んでいきました.まさに雑談という感じですので.肩の力を抜いて気軽にご視聴ください.



 過去数回の動画で,発話行為 (speech_act) が話題の中心となっています.発話行為とは何なのでしょうか.
 専門的な語用論 (pragmatics) の立場からいえば「話し手と聞き手のコミュニケーション上の振る舞いとの関連からみた発話の役割」ほどです.しかし,これではよく分かりませんね.
 一般には,発話行為には3種類あるとされています.1つは,話し手による発話そのもの (locutionary act;狭い意味での「発話行為」) .2つめは,話し手の意図,あるいは話し手が発話によって行なっていること (illocutionary act;「発話内行為」) .3つめは,話し手が発話を通じて聞き手に及ぼす効果 (perlocutionary act;「発話媒介行為」) です.
 いくつかの用語辞典で "speech act (theory)" を調べてみました.比較的わかりやすくて短めだった2点を引用しましょう.

speech act theory A theory associated with the work of the British philosopher J. L. Austen, in his 1962 book How to do things with words, which distinguishes between three facets of a speech act: the locutionary act, which has to do with the simple act of a speaker saying something; the illocutionary act, which has to do with the intention behind a speaker's saying something; and the perlocutionary act, which has to do with the actual effect produced by a speaker saying something. The illocutionary force of a speech act is the effect which a speech act is intended to have by the speaker. (Trudgill 125)


speech act A term derived from the work of the philosopher J. L. Austin (1911--60), and now used widely in linguistics, to refer to a theory which analyses the role of utterances in relation to the behaviour of speaker and hearer in interpersonal communication. It is not an 'act of speech' (in the sense of parole), but a communicative activity (a locutionary act), defined with reference to the intentions of speakers while speaking (the illocutionary force of their utterances) and the effects they achieve on listeners (the perlocutionary effect of their utterances). Several categories of speech act have been proposed, viz. directives (speakers try to get their listeners to do something, e.g. begging, commanding, requesting), commissives (speakers commit themselves to a future course of action, e.g. promising, guaranteeing), expressives (speakers express their feelings, e.g. apologizing, welcoming, sympathizing), declarations (the speaker's utterance brings about a new external situation, e.g. christening, marrying, resigning) and representatives (speakers convey their belief about the truth of a proposition, e.g. asserting, hypothesizing). The verbs which are used to indicate the speech act intended by the speaker are sometimes known as performative verbs. The criteria which have to be satisfied in order for a speech act to be a successful are known as felicity conditions. (Crystal 446)


 関連して本ブログより以下の記事もご参照ください.

 ・ 「#2665. 発話行為の適切性条件」 ([2016-08-13-1])
 ・ 「#2674. 明示的遂行文の3つの特徴」 ([2016-08-22-1])
 ・ 「#2831. performative hypothesis」 ([2017-01-26-1])
 ・ 「#1646. 発話行為の比較文化」 ([2013-10-29-1])

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.

Referrer (Inside): [2023-01-01-1]

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2022-03-14 Mon

#4704. スコットランド英語の私的体験を少々 [youtube][scots_english][glaswegian][sociolinguistics]

 昨日18:00に井上逸兵さんとの YouTube の第5弾が公開されました.グラスゴー vs. エディンバラ・方言のイメージはどのようにできる?【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル #5 】と題する,8分程度の緩いおしゃべりです.今回は脱線も豊富です.



 今回は,動画内でも話題となっているスコットランド英語について私的な体験を少々お話ししたいと思います.私はスコットランドのグラスゴー大学に留学していたことがありますが,当初(だけではないですが)は聞き慣れないスコットランド英語 (Scottish English or Scots) に戸惑いました.イギリス国内でも,とりわけグラスゴー訛りの英語 (Glaswegian) はアクセントがきついというのは広く知られている評価で,実際なかなかの難物でした.
 「○○方言」や「○○訛り」と一言でいっても,そのなかで「上」から「下」までの幅広いヴァリエーションがあるのが通例です.例えば,同じスコットランド英語といっても,(主にスコットランドの首都エディンバラの)知識人が用いる「標準スコットランド英語」は,私たちが一般的に標準イギリス英語として理解している発音とは一線を画しているものの,澄んでいて聞き取りやすい印象を受けます.エディンバラの発音は,イングランド(そしてイギリス全体)の首都であるロンドンとの政治的連携も意識され,「威信ある発音」とみなされています.逆にいえば,コテコテのスコットランド訛りで話す地方出身者からすると,気取った発音に聞こえるようです.
 一方,エディンバラからバスでも鉄道でも1時間ほどしか離れていないグラスゴーの訛りは,かなりコテコテといわれています.グラスゴー訛りの話者は,エディンバラの発音とあえて距離を取ることで,自分たちこそが(イングランドに媚びを売らない)真のスコットランド人なのだというアイデンティティを表出しているところがあります.関連して,スコットランド人でもエリート志向はエディンバラ大学へ進学し,地元志向はグラスゴー大学へ進学するという傾向があると聞いたことがあります.
 対象を「グラスゴー訛り」と狭く絞っても,やはりそのなかで上下の幅があります.私は主に大学の環境にいたので,ある程度コテコテ度の抑えられたグラスゴー訛りを聴く機会が多かったと思います.分からない素振りをすれば,"foreigner talk" のように多少は容赦してしゃべってくれるということもありました.しかし,滞在していたフラットで,(イギリス生活の風物詩ですが)シャワーが壊れたり,タイルが剥がれたりすると,職人さんが修理しに来てくれるわけですが,彼らの文字通りコテコテのグラスゴー訛りには,まったくお手上げでした.職人さん同士で話しているのを立ち聞きしていると,ここがイギリスだと知らなかったならば,そもそも英語として認識できなかったと思います.フラットメイトに地元学生が複数いたために,そこそこグラスゴー訛りの聞き取りスキルは鍛えられていただろうと思い込んでいたのですが,いやはやまったく太刀打ちできませんでした.
 自らのグラスゴー訛りにコンプレックスを抱く学生もいました.地元志向であればそれほどでもないのでしょうが,「中央進出」を考えている学生にとっては,評価の低いグラスゴー訛りが足かせになるのではないかという不安があるようです.関連して「#2029. 日本の方言差別と方言コンプレックスの歴史」 ([2014-11-16-1]),「#2030. イギリスの方言差別と方言コンプレックスの歴史」 ([2014-11-17-1]) もご参照ください.
 方言差別や方言コンプレックスというものはあってはならないとは思いますが,現実には多くの言語共同体において方言格差が厳然として存在します.これは社会言語学の一級の話題ですし,私自身も英語史の観点から関連する問題にアプローチしています.

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