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priestley - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2022-05-21 09:53

2022-05-02 Mon

#4753. 「英文法」は250年ほど前に規範的に作り上げられた! [prescriptivism][prescriptive_grammar][lmode][lowth][priestley][youtube][voicy]

 日本語なり英語なりの「文法」というものは,その話者集団が歴史のなかで暗黙裏に作り上げ,互いに従ってきた一種の慣習です.その意味では,日本語なり英語なりに歴史の当初から「文法」があったということはいうまでもありません.人間集団が作ったという点では厳密にいって人工的な文法であるには違いありませんが,さほど意識的にこしらえた文法ではなく,何となく慣習的に文法らしいものができあがってきたという点を考慮すれば,あくまで自然発生的な文法といえます.
 しかし,言語に対して意識が高まってきた西洋近代においては,文字通り人工的に文法をこしらえるという動きが出てきました.イギリスでは他国よりも若干遅れましたが,18世紀がまさにその時代でした.守るべき規範として意識的に作られた文法という意味で規範文法 (prescriptive_grammar) と呼ばれます.この時代にできあがった「規範英文法」は圧倒的に支持されることになり,現代に至るまで「英文法」といえば,デフォルトでこの時代にできあがって後に受け継がれた英文法を指すということになっています.日本の受験英文法も TOEIC の英文法もこれです.
 このような歴史的な事情があったことを踏まえ,私はあえて標題のように「『英文法』は250年ほど前に規範的に作り上げられた!」と述べることにしています.私たちがデフォルトで理解している「英文法」というものは,約250年ほど前にイギリスの知識人が有志で「英文法書」を上梓し,人々に受け入れられた瞬間に,生まれたといっても過言ではありません.つまり「英文法」とは,彼らが「英文法書」を書き上げた瞬間にできあがった代物ということになります.それ以前には「英文法」はなかったのです.
 昨晩公開された YouTube 番組「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第19弾は「英文法が苦手なみなさん!苦手にさせた犯人は18世紀の規範文法家たちです.【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル # 19 】」というタイトルです.前回からの流れで関係代名詞の歴史から始め,18世紀の規範文法の時代に話が及びます.



 そして,この YouTube の内容を受けて,話し足りなかった部分を補足すべく,私の今朝の Voicy でも「18世紀半ばに英文法を作り上げた Robert Lowth とはいったい何者?」と題して,関連することをお話ししました.この規範文法の時代における最重要人物が Robert Lowth という人でした.



 詳しくは「#2583. Robert Lowth, Short Introduction to English Grammar」 ([2016-05-23-1]) を始めとして lowth あるいは prescriptive_grammar の各記事をご覧ください.

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2022-02-06 Sun

#4668. Lowth と Priestley --- 2人の規範文法家の本当の関係 [prescriptivism][prescriptive_grammar][lowth][priestley][history_of_linguistics][lmode]

 今世紀に入ってから,従来の英語史では盤石な定説とされていた「18世紀=規範主義の時代」が相対化されるようになってきた.「18世紀=規範主義の時代」という全体的な理解は変わらないが,当時の規範文法家たちの態度は,部分的には記述的な側面がかなりあったし,お互いの間に温度差もあった,といった具合に再評価が進んできたのである.この傾向については「#2815. 18世紀の規範主義の再評価について (1)」 ([2017-01-10-1]),「#2816. 18世紀の規範主義の再評価について (2)」 ([2017-01-11-1]) で触れた.
 伝統的には,Robert Lowth (1710--1787) は A Short Introduction to English Grammar (1762) で強い規範的な態度を示したのに対して,ライバル関係にあった Joseph Priestley (1733--1804) は The Rudiments of English Grammar; Adapted to the Use of Schools with Observations on Style (1761) で穏健で記述的な態度を示したとして対比されるのが常だった.
 しかし,先行研究を参照した山本 (100) によると「記述文法家に近い言語観を有していたとされる Priestley も,初版では,prescriptive comment はわずか 22 comments だけであったが,第2版では,238 comments,10倍以上の増加が確認されている」という.Lowth の成功を目の当たりにして,焦った Priestley が強めの規範文法家に転身した,という風にも見える.一般に「ライバル関係」にあったと言われるが,実は Priestley が Lowth を勝手にライバル視していたということのようだ(山本,p. 98).
 いくつかの文法項目を取り上げて Lowth と Priestley の扱いを比較対照した後,山本 (108) は次のように締めくくっている.

Lowth と Priestly が執筆した文法書は,ともに規範的であり,記述的であったことは言うまでもないが〔中略〕,規範的な姿勢については,相対的なものであることが確認された.彼らの文法書は,文法項目によって異なる規範が適用されていただけでなく,その規範は時に積極的に,時には消極的であったことを本稿では提示した.Lowth は,関係代名詞の省略について,明確性の欠如の観点から推奨されない,つまり強い規範的態度を示し,Priestley は関係代名詞 that の使用について,Lowth よりも更に強い規範的立場をとっていた.動名詞については,両者ともに積極的に規範的なコメントを発しているが,二重比較に対しては,Lowth は,規範的立場を,Priestley は,記述的立場をそれぞれとった.このように,Lowth と Priestley の文法書には,各文法項目に対して more proscriptive か more descriptive か,だけではなく,more proscriptive か less proscriptive といったより詳細な態度まで反映されていた.18世紀の規範文法書の研究の興味深さの1つは,各文法家の言語観の微妙な相違を探求することにあると言える.


 ・ 山本 史歩子 「2人の規範文法家:Robert Lowth と Joseph Priestley」『青山学院大学 教育人間科学部紀要』第10号,2019年,93--111頁.

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2017-01-10 Tue

#2815. 18世紀の規範主義の再評価について (1) [prescriptive_grammar][prescriptivism][priestley][lowth][lmode][swift]

 英語史上,18世紀は "doctrine of correctness" に特徴づけられた規範主義の時代であると評価されてきた.確かにこの世紀には,前半だけで50ほどの,後半には200を超える英文法書が出版され,規範英文法書の世紀といっても過言ではない.
 しかし,Beal は,著書の第5章 "Grammars and Grammarians" において,18世紀に与えられたこの伝統的な評価について再考を促す.Beal (90) は,18世紀には規範主義の風潮自体は間違いなくあったものの,諸家の立場は,その政治的信条やイデオロギーに応じて様々かつ複雑であり,単に規範的といった評価では不十分であると論じている.

[E]ighteenth-century grammarians had a range of motives for writing their grammars, and . . . these and later grammars, far from being uniformly 'prescriptive', would be better described as occupying different points on a prescriptive-descriptive continuum.


 英語に関する著作をものした諸家は,各々の政治的スタンスから英語について発言していた.例えば,Swift は Ann 女王と君主制を守ろうとする保守主義から物を申し,行動もしていた.また,1707年の大ブリテン連合王国の成立を受けて,南部の標準的な英語を正しい英語と定め,スコットランド人などにそれを教育する必要性も感じられていた.規範主義の背景には,政治的思惑があったのである (Beal 97) .

Whilst it is perfectly valid to see eighteenth- and nineteenth-century grammars both as the necessary agents of codification and as self-help guides for the aspiring middle classes, it cannot be denied that many of the authors of these works were politically and/or ideologically motivated.


 Beal (111) は,しばしば対立させられる Lowth と Priestley にも言及し,両者の違いは力点の違い(含意として政治的スタンスの違い)であるとしている.

These two grammarians [= Lowth and Priestley] were writing within a year of each other, so any norms of usage to which they refer must have been the same. Although both used a classical system of parts of speech, neither is influenced by Latin here: they both describe preposition-stranding as a naturally occurring feature of English, more suited to informal usage. The difference between Lowth and Priestley is one of emphasis only, far from the prescriptive-descriptive polarization which we have been led to expect.


 18世紀(及びそれ以降)の言語的規範主義を巡る問題について,常に政治性が宿っていたという事実に目を開くべきだという議論には納得させられた.しかし,Beal の再評価を読んで,従来の評価と大きく異なっているわけではないように思われた.そこでは,18世紀は規範主義の時代であるという事実に対して,大きな修正は加えられていない.Beal では "prescriptive-descriptive continuum" という表現がなされているが,これは「基本は prescriptive であり,その prescription の定め方として reason-usage continuum があった」と考えることは,引き続きできそうである.この時代を論じるに当たって "descriptive" という形容詞を用いることは,まだ早すぎるのではないか.
 関連して,「#141. 18世紀の規範は理性か慣用か」 ([2009-09-15-1]),「#2583. Robert Lowth, Short Introduction to English Grammar」 ([2016-05-23-1]),「#2778. Joseph Priestley --- 慣用重視を貫いた文法家」 ([2016-12-04-1]),「#2796. Joseph Priestley --- 慣用重視を貫いた文法家 (2)」 ([2016-12-22-1]) を参照.

 ・ Beal, Joan C. English in Modern Times: 1700--1945. Arnold: OUP, 2004.

Referrer (Inside): [2022-02-06-1] [2019-05-28-1]

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2016-12-22 Thu

#2796. Joseph Priestley --- 慣用重視を貫いた文法家 (2) [lowth][priestley][webster][prescriptive_grammar][academy]

 「#2778. Joseph Priestley --- 慣用重視を貫いた文法家」 ([2016-12-04-1]) の第2弾.先の記事で述べたように,Rudiments of English Grammar の初版は1761年に出版された.その約1ヶ月後に Lowth の A Short Introduction to English Grammar が出版され,1762年には James Buchanan の The British Grammar が,1763年には John Ash の Grammatical Institutes が,それぞれ立て続けに出版されている.また,多少の時間を経て,1784年には Noah Webster の A Grammatical Institute of the English Language も世に出ている.このように,18世紀後半は主要な規範文法書の出版合戦の時代であった(なお,これらに先立つ1755年には Johnson の Dictionary of the English Language も出版されている).
 Priestley の Rudiments は,この出版合戦の先鋒となった点で重要だが,この文法書についてそれ以上に顕著な特徴は「慣用を言語の主要な基準とする近代的言語観を最も鮮明に打ち出し」た点にこそある(山川,p. 279).Priestley の慣用重視の姿勢は,その後の慣用主義の模範として,しかも乗り越えられない模範として燦然と輝くことになったからだ.
 山川 (287) の評によると,以下の通りである.

Rudiments よりもひと月遅れて A Short Introduction to English Grammar を出版した Robert Lowth や,一般文法の哲学的研究と銘打った Hermes (1751) の著者 James Harris が文法と修辞学の論理派に属するとするならば,Joseph Priestley は18世紀における科学派を代表する学者であった.Priestley は極力英文法をラテン語文法のわくから超脱させ,生きたありのままの英語を忠実に観察して,そこから則るべき規範を割り出そうと努めた.そのため,英語の生態に人為的制約を加えて,それをそと側から規制し固定しようとする公共の機関である学士院 (Academy) の設立には反対している.このような自由で進歩的な態度は,規則としての文法では律し切れない言語の慣用 (Usage) が存在することに注意する態度につながっている.Priestley にとっては,Preface で述べている言葉を借りていうならば,「話し言葉の慣習 (the custom of speaking)」こそ,その言語の本源的で唯一の正しい基準なのである.」実に,Priestley は18世紀において初めて英語の慣用を正しく認識した学者であるといえるが,それは Priestley の科学者的素養とそれに基づく公正な判断力に帰せられるものであった.Priestley の慣用を重視する態度は,のち1776年に The Philosophy of Rhetoric を著わした George Campbell に引き継がれ,彼によって usage が定義づけられた.しかし,その Campbell も,good usage と認められた言語表現も,その地位を保持するために依拠しなければならない規範 (canons) を設定しており,usage に対する見解に一貫性を欠くところがあった.その点,時代も数十年早い Priestley のほうが態度が一貫しており,Priestley こそ最も早く現代的言語研究の道を唱導し,みずからもそれを実践した開拓者であるといえる.Priestley が従来のラテン語式な文法規則にこだわらず,すぐれた作家たちによる実例に照らして慣用性を注目し,公平な解釈を下していることは,Rudiments 中でも,とくに 'Notes and Observations' の部に目立つ特徴である.それは現在に至るまで研究者の論議の対象となり,以降2世紀間における英文法問題考察の端緒となっていることが,読者に気づかれよう.


 近代のイギリスと結びつけられるコモン・センスという概念は,慣用重視の姿勢ともいえる.Priestley は,英語学史上の名前としては Lowth や Murray に比べれば影が薄いかもしれないが,ある意味でイギリスを最もよく代表する英文法家だったといえる.

 ・ Priestley, Joseph. The Rudiments of English Grammar with Explanatory Remarks by Kikuo Yamakawa and A Course of lectures on the Theory of Language, and Universal Grammar with Explanatory Remarks by Kikuo Yamakawa. Reprint. Tokyo: Naun'un-Do, 1971.

Referrer (Inside): [2017-01-10-1]

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2016-12-04 Sun

#2778. Joseph Priestley --- 慣用重視を貫いた文法家 [lowth][priestley][prescriptive_grammar][academy]

 18世紀には様々な文法家や「言語評論家」というべき人々が登場した.Samuel Johnson (1709--84), Robert Lowth (1710--87), John Walker (1732--1807), Lindley Murray (1745--1826) 等がとりわけ有名だが,もう1人の重要な登場人物として Joseph Priestley (1733--1804) の名前を挙げないわけにはいかない.理性を重視した Lowth に対し,Priestley は慣用を重視した文法書を著わしている.Priestley はこの時代の慣用派の代表的論客といってよい.
 例えば,1761年に出版された Rudiments of English Grammar という文法書で,Priestley は,でっち上げで恣意的な文法規則ではなく,自然に育まれてきた慣用に基づく文法規則を打ち立てるべきだと論じている.

It must be allowed, that the custom of speaking is the original and only just standard of any language. We see, in all grammars, that this is sufficient to establish a rule, even contrary to the strongest analogies of the language with itself. Must not this custom, therefore, be allowed to have some weight, in favour of those forms of speech, to which our best writers and speakers seem evidently prone . . . ?" (qtd. from Baugh and Cable 277)


The best and the most numerous authorities have been carefully followed. Where they have been contradictory, recourse hath been had to analogy, as the last resource. If this should decide for neither of two contrary practices, the thing must remain undecided, till all-governing custom shall declare in favour of the one or the other. (qtd. from Baugh and Cable 277)


 また,Priestley は同じ Rudiments のなかで,アカデミーについても発言しており,そのような機関を設けるよりは慣用に従うほうが妥当だもと述べている.

As to a public Academy, invested with authority to ascertain the use of words, which is a project that some persons are very sanguine in their expectations from, I think it not only unsuitable to the genius of a free nation, but in itself ill calculated to reform and fix a language. We need make no doubt but that the best forms of speech will, in time, establish themselves by their own superior excellence: and, in all controversies, it is better to wait the decisions of time, which are slow and sure, than to take those of synods, which are often hasty and injudicious. (qtd. from Baugh and Cable 264)


 1762年の Theory of Language でも,同趣旨が繰り返される.

In modern and living languages, it is absurd to pretend to set up the compositions of any person or persons whatsoever as the standard of writing, or their conversation as the invariable rule of speaking. With respect to custom, laws, and every thing that is changeable, the body of a people, who, in this respect, cannot but be free, will certainly assert their liberty, in making what innovations they judge to be expedient and useful. The general prevailing custom, whatever it happen to be, can be the only standard for the time that it prevails. (qtd. from Baugh and Cable 277)


 Priestley の言語観には,実に先進的で現代的な響きが感じられる.この言語観は,酸素を発見した化学者としての Priestley の名言の1つ「ひとつの発見をなしとげると,必ずそれまで考えつきもしなかった別の不完全な知識を得ることになる……」(すなわち,知識は常に発展する)とも共鳴しているように思われる.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

Referrer (Inside): [2017-01-10-1] [2016-12-22-1]

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2016-06-01 Wed

#2592. Lindley Murray, English Grammar [prescriptive_grammar][history_of_linguistics][lowth][priestley]

 先日,1918世紀半ばの規範英文法書のベストセラー「#2583. Robert Lowth, Short Introduction to English Grammar」 ([2016-05-23-1]) を紹介した.今回は,1918世紀後半にそれを上回った驚異の英文法家とその著者を紹介する.
 Lindley Murray (1745--1826) は,Pennsylvania のクエーカー教徒の旧家に生まれた.父親は成功した実業家であり,その跡を継ぐように言われていたが,法律の道に進み,New York で弁護士となった.示談を進める良心的で穏健な仕事ぶりから弁護士として大成功を収め,30代後半にはすでに一財をなしていた.健康上の理由もあり1784年にはイギリスの York に近い Holgate に転置して,人生の早い段階から隠遁生活を始めた.たまたま近所にクエーカーの女学校が作られ,その教師たちに英語修辞学などを教える機会をもったときに,よい英文法の教科書がないので書いてくれと懇願された.当初は受ける気はなかったが,断り切れずに,1年たらずで書き上げた.これが,18世紀中に競って出版されてきた数々の規範文法の総決算というべき English Grammar, adapted to the different classes of learners; With an Appendix, containing Rules and Observations for Promoting Perspicuity in Speaking and Writing (1795) である.したがって,この文法書は,規範主義の野心や商売気とは無関係に生まれた偶然の産物である.
 Murray は,序文においても極めて謙虚であり,この文法書を著作 (work) とは呼ばず,先達による諸英文法書の編纂者 (compilation) と呼んだ.参照した著者として Harris, Johnson, Lowth, Priestley, Beattie, Sheridan, Walker, Coote を挙げているが,主として Lowth を下敷きにしていることは疑いない.例の挙げ方なども含めて,Lowth を半ば剽窃したといってもよいくらいである.何か新しいことを導入するということはなく,すこぶる保守的・伝統的だが,読者を意識した素材選びの眼は確かであり,結果として,理性と慣用のバランスの取れた総決算と呼ぶにふさわしい文法書に仕上がった.
 English Grammar は出版と同時に爆発的な売れ行きを示し,1850年までに150万部が売れたという.イギリスよりもアメリカでのほうが売れ行きがよく,ヨーロッパや日本でも出版された.19世紀前半においては英文法書の代名詞として君臨し,その後の学校文法の原型ともなった.
 以上,Crystal (53) および佐々木・木原(編)(248--49) を参照した.

(後記 2016/06/06(Mon):冒頭に2度「19世紀」と書きましたが,いずれも「18世紀」の誤りでした.ご指摘くださった石崎先生,ありがとうございます.)

 ・ Crystal, David. Evolving English: One Language, Many Voices. London: The British Library, 2010.
 ・ 佐々木 達,木原 研三 編 『英語学人名辞典』 研究社,1995年.

Referrer (Inside): [2017-04-09-1] [2016-11-28-1]

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2009-09-15 Tue

#141. 18世紀の規範は理性か慣用か [prescriptive_grammar][academy][swift][lowth][priestley]

 [2009-08-29-1][2009-09-08-1]の記事で,18世紀の規範文法の出現を話題にした.イギリスでは,近代英語期に入り宗教改革や国家主義の台頭により,ラテン語に代わって vernacular 「土着的国語」(=英語)が重用されるようになった.自国語意識が高まると,人々は自国語の美しさを高く評価するようになるが,同時に自国語の乱れにも敏感になってくる.
 言葉の乱れを批判する者は,何らかの規範の存在を前提としているものである.言葉の「あるべき姿」を思い描き,世の中の語法はそこから逸脱しているというやり方で,批判を加える.言葉の乱れは現在でも多くの言語共同体で取り上げられるポピュラーな話題だが,そもそも言葉について「あるべき姿」とは何か,誰もが納得できる「規範」は存在するのか,といった問題が生じる.イギリスでは,この問題は18世紀に特に熱く論じられた.
 「規範」の拠り所は何か.考え方は,大きく二つに分けられる.一つは「理性」( reason ) である.18世紀は the Age of Reason 「理性の時代」とも呼ばれように,理性への信頼と傾倒が顕著だった.フランスの思弁的な Port-Royal の文法に学んだ Jonathan Swift ( 1667--1745 ) などのアカデミー論者が拠ったのはこの「理性」である.現在の規範英文法に大きな影響を与えた Robert Lowth も理性主義者である.
 一方で,Samuel Johnson ( 1709--84 ) などの非アカデミー論者は,「慣用」( usage ) を拠り所にした.かれらは,品位のある王侯貴族や文人墨客に使われ続けてきた言葉こそが守るべき規範であると考えた.Lowth と文法の出版競争をして負けに回った Joseph Priestley ( 1733--1804 ) も慣用を重視した.おもしろいことに,この「慣用主義」は,イギリスのアカデミー論者が大いに影響を受けたお隣フランスのアカデミー ( l'Academie française ) の取っていた立場なのである.つまり,イギリスのアカデミー論者は,アカデミー設立の思想こそ l'Academie française から学んだが,アカデミー運営の方針たる「慣用主義」には反対していたことになる.
 これには理由があった.フランスでは,品位のある王侯貴族や文人墨客の言葉があった,あるいは少なくともそれに値するものがあったとアカデミー設立者は考えていた.ところがイギリスではどうか.1066年のノルマン人の征服以来,フランス系の王朝が続き,さらにウェールズ系の Tudor 朝,スコットランド系の Stuart 朝と,いわば外国王朝が続いた.1688年の名誉革命後,王位についたのはオランダ人 William I やドイツ人 George I である.18世紀前半まで,規範とすべき品位の言葉を話しうる人々のトップに立つはずの国王が,場合によっては英語もろくに話せない外国人だったわけで,時の知識人の多くが慣用に頼ることはできないと判断したのは無理からぬことだった.このような状況で,かれらにとって取るべき立場は一つ.「理性」を選ばざるを得なかった.
 だが,「慣用」にこだわる論者も粘り強く著作によって世の人々にアピールを続け,18世紀後半は両陣営の出版合戦となった.その競争の中から生まれてきたのが,いわば理性と慣用の折衷案だった.
 現在,英語を母語として話す社会においては,言語の「規範」は文法書や辞書に記されているという「規範ありき」という考え方が一般的である.しかし,この現代的な規範観は,上に述べたような長く熱い議論が繰り広げられた過程で生み出されたものであって,最初から規範があったわけではない.一筋縄ではいかない現代英文法のもつおもしろさと不合理は,こうした18世紀の長い議論で醸成された「うまみ」といえるだろう.

 ・渡部 昇一 「英語アカデミーと18世紀」 『英語青年』157巻8号,1971年,13--14頁.

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