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oxymoron - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-04-24 16:18

2023-09-15 Fri

#5254. 神の名前をめぐって [onomastics][name_project][religion][taboo][euphemism][oxymoron]

 名前プロジェクト (name_project) の一環として,固有名と異名について考えている.見方によれば,一神教における神は固有名中の固有名といってよい.このような神を何と呼ぶかという問いは,言語学を超えて神学や宗教学の領域に踏み込むことになる.あまりに大きな話題なので,今回は『宗教学事典』の「名前」の項 (350--51) に依拠して述べる.
 キリスト教では神の名をみだりに唱えることは禁止されている.神聖なるもの,あるいは「畏るべき」「魅する」ものを直接名指しすることはタブー (taboo) としてはばかられるためである(cf. 「#5251. 「名前」 --- 『宗教学事典』より」 ([2023-09-12-1])).
 ヒンドゥー教でも同様に神の名はタブーであるため,婉曲表現 (euphemism) による「異名」が数多くある.例えば,シヴァの名前は「縁起のいい」を意味する一般の形容詞にすぎない.
 イスラムでは,神アッラーの諸側面を表わす99の神の「美称」が神学的に整理されている.アッラーという名前そのものについても語源が諸説ある.ちなみに,ヤハウェについても同様に紛々としている.
 あらためてキリスト教の神に戻ると,その無限性や超越性を示すために,様々な異名が案出されてきた.そのなかには撞着語法 (oxymoron) によるものも多い.例えば「輝く闇」「不眠の眠」「不動の動」「超本質」「超卓越」「反対の一致」などである.このような矛盾を含んだ名づけの背景にある思弁は「否定神学」といわれる.
 否定神学にみられる神の名づけとその名前は,私たちが日常的に理解するものとはかけ離れたものである.この乖離こそが,前者が世界に意味づけを与えることを可能にしている.同項 (351) によれば,

固有名は,それについての確定記述と同一ではない,と S. A. クリプキは論じる.固有名は,あたかも人間の「顔」(E. レヴィナス)のように一気に把握されるのである.したがって,固有名を執拗に忌避する否定神学は,いわば「顔なき顔」の神と向き合っているのである.ところで,人間の顔は,コンテキストを瞬時に伝達する「ハイ・コンテキスト性」(斉藤環)を備えている.ユダヤの神は,その名を「私は「私である」である」 (I am that I am =エフイェ アシェル エフイェ)」(出エジプト記3:14)と答えた.これは,いかなる確定記述をも拒否する極限的固有名たる「顔なき顔」としての神が,それでも顔であるがゆえに,世界にコンテキストを,すなわち意味を与えている,という究極の自己啓示である.

 タブーと婉曲表現,ここに極まれり.

 ・ 星野 英紀・池上 良正・氣田 雅子・島薗 進・鶴岡 賀雄(編) 『宗教学事典』 丸善株式会社,2010年.

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2023-02-18 Sat

#5045. deafening silence 「耳をつんざくような沈黙」 [oxymoron][voicy][heldio][collocation][rhetoric][pragmatics][ethnography_of_speaking][prosody][syntagma_marking][sociolinguistics][anthropology][link][collocation]

 今週の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて,「#624. 「沈黙」の言語学」「#627. 「沈黙」の民族誌学」の2回にわたって沈黙 (silence) について言語学的に考えてみました.



 hellog としては,次の記事が関係します.まとめて読みたい方はこちらよりどうぞ.

 ・ 「#1911. 黙説」 ([2014-07-21-1])
 ・ 「#1910. 休止」 ([2014-07-20-1])
 ・ 「#1633. おしゃべりと沈黙の民族誌学」 ([2013-10-16-1])
 ・ 「#1644. おしゃべりと沈黙の民族誌学 (2)」 ([2013-10-27-1])
 ・ 「#1646. 発話行為の比較文化」 ([2013-10-29-1])

 heldio のコメント欄に,リスナーさんより有益なコメントが多く届きました(ありがとうございます!).私からのコメントバックのなかで deafening silence 「耳をつんざくような沈黙」という,どこかで聞き覚えたのあった英語表現に触れました.撞着語法 (oxymoron) の1つですが,英語ではよく知られているものの1つのようです.
 私も詳しく知らなかったので調べてみました.OED によると,deafening, adj. の語義1bに次のように挙げられています.1968年に初出の新しい共起表現 (collocation) のようです.

b. deafening silence n. a silence heavy with significance; spec. a conspicuous failure to respond to or comment on a matter.
   1968 Sci. News 93 328/3 (heading) Deafening silence; deadly words.
   1976 Survey Spring 195 The so-called mass media made public only these voices of support. There was a deafening silence about protests and about critical voices.
   1985 Times 28 Aug. 5/1 Conservative and Labour MPs have complained of a 'deafening silence' over the affair.


 例文から推し量ると,deafening silence は政治・ジャーナリズム用語として始まったといってよさそうです.
 関連して想起される silent majority は初出は1786年と早めですが,やはり政治的文脈で用いられています.

1786 J. Andrews Hist. War with Amer. III. xxxii. 39 Neither the speech nor the motion produced any reply..and the motion [was] rejected by a silent majority of two hundred and fifty-nine.


 最近の中国でのサイレントな白紙抗議デモも記憶に新しいところです.silence (沈黙)が政治の言語と強く結びついているというのは非常に示唆的ですね.そして,その観点から改めて deafening silence という表現を評価すると,政治的な匂いがプンプンします.
 oxymoron については.heldio より「#392. "familiar stranger" は撞着語法 (oxymoron)」もぜひお聴きください.

Referrer (Inside): [2023-02-19-1]

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2015-04-27 Mon

#2191. レトリックのまとめ [rhetoric][cognitive_linguistics][oxymoron]

 レトリックは,古典的には (1) 発想,(2) 配置,(3) 修辞(文体),(4) 記憶,(5) 発表の5部門に分けられてきた.狭義のレトリックは (3) の修辞(文体)を指し,そこでは様々な技法が命名され,分類されてきた.近年,古典的レトリックは認知言語学の視点から見直されてきており,単なる技術を超えて,人間の認識を反映するもの,言語の機能について再考させるものとして注目を浴びてきている.
 瀬戸の読みやすい『日本語のレトリック』では,数ある修辞的技法を30個に限定して丁寧な解説が加えられている.技法の名称,別名(英語名),説明,具体例について,瀬戸 (200--05) の「レトリック三〇早見表」を以下に再現したい.

名称別名説明
隠喩暗喩、メタファー (metaphor)類似性にもとづく比喩である。「人生」を「旅」に喩えるように、典型的には抽象的な対象を具象的なものに見立てて表現する。人生は旅だ。彼女は氷の塊だ。
直喩明喩、シミリー (simile)「?のよう」などによって類似性を直接示す比喩。しばしばどの点で似ているのかも明示する。ヤツはスッポンのようだ。
擬人法パーソニフィケーション (personification)人間以外のものを人間に見立てて表現する比喩。隠喩の一種。ことばが人間中心に仕組まれていることを例証する。社会が病んでいる。母なる大地。
共感覚法シネスシージア (synesthesia)触覚、味覚、嗅覚、視覚、聴覚の五感の間で表現をやりとりする表現法。表現を貸す側と借りる側との間で、一定の組み合わせがある。深い味。大きな音。暖かい色。
くびき法ジューグマ (zeugma)一本のくびきで二頭の牛をつなぐように、ひとつの表現を二つの意味で使う表現法。多義語の異なった意義を利用する。バッターも痛いがピッチャーも痛かった。
換喩メトニミー (metonymy)「赤ずきん」が「赤ずきんちゃん」を指すように、世界の中でのものとものの隣接関係にもとづいて指示を横すべりさせる表現法。鍋が煮える。春雨やものがたりゆく蓑と傘。
提喩シネクドキ (synecdoche)「天気」で「いい天気」を意味する場合があるように、類と種の間の関係にもとづいて意味範囲を伸縮させる表現法。熱がある。焼き鳥。花見に行く。
誇張法ハイパーバリー (hyperbole)事実以上に大げさな言いまわし。「猫の額」のように事実を過小に表現する場合もあるが、これも大げさな表現法の一種。一日千秋の思い。白髪三千丈。ノミの心臓。
緩叙法マイオーシス (meiosis)表現の程度をひかえることによって、かえって強い意味を示す法。ひかえめなことばを使うか、「ちょっと」などを添える。好意をもっています。ちょつとうれしい。
曲言法ライトティーズ (litotes)伝えたい意味の反対の表現を否定することによって、伝えたい意味をかえって強く表現する方法。悪くない。安い買い物ではなかった。
同語反復法トートロジー (tautology)まったく同じ表現を結びつけることによって、なおかつ意味をなす表現法。ことばの慣習的な意味を再確認させる。殺入は殺人だ。男の子は男の子だ。
撞着法対義結合、オクシモロン (oxymoron)正反対の意味を組み合わせて、なおかつ矛盾に陥らずに意味をなす表現法。「反対物の一致」を体現する。公然の秘密。暗黒の輝き。無知の知。
婉曲法ユーフェミズム (euphemism)直接言いにくいことばを婉曲的に口当たりよく表現する方法。白魔術的な善意のものと黒魔術的な悪徳のものとがある。化粧室。生命保険。政治献金。
逆言法パラレプシス (paralepsis)言わないといって実際には言う表現法。慣用的なものから滑稽なものまである。否定の逆説的な用い方。言うまでもなく。お礼の言葉もありません。
修辞的疑問法レトリカル・クエスチョン (rhetorical questions)形は疑問文で意味は平叙文という表現法。文章に変化を与えるだけでなく、読者・聞き手に訴えかけるダイアローグ的特質をもつ。いったい疑問の余地はあるのだろうか。
含意法インプリケーション (implication)伝えたい意味を直接言うのではなく、ある表現から推論される意味によって間接的に伝える方法。会話のルールの意図的な違反によって含意が生じる。袖をぬらす。ちょっとこの部屋蒸すねえ。
反復法リピティション (repetition)同じ表現を繰り返すことによって、意味の連続、リズム、強調を表す法。詩歌で用いられるものはリフレーンと呼ばれる。えんやとっと、えんやとっと。
挿入法パレンシシス (parenthesis)カッコやダッシュなどの使用によって、文章の主流とは異なることばを挿入する表現法。ときに「脱線」ともなる。文は人なり(人は文なりというべきか)。
省略法エリプシス (ellipsis)文脈から復元できる要素を省略し、簡潔で余韻のある表現を生む方法。日本語ではこの技法が発達している。これはどうも。それはそれは。
黙説法レティセンス (reticence)途中で急に話を途絶することによって、内心のためらいや感動、相手への強い働きかけを表す。はじめから沈黙することもある。「……」。「――」。
倒置法インヴァージョン (inversion)感情の起伏や力点の置き所を調整するために、通常の語順を逆転させる表現法。ふつう後置された要素に力点が置かれる。うまいねえ、このコーヒーは。
対句法アンティセシス (anthithesis)同じ構文形式のなかで意味的なコントラストを際だたせる表現法。対照的な意味が互いを照らしだす。春は曙。冬はつとめて。
声喩オノマトペ (onomatopoeia)音が表現する意味に創意工夫を凝らす表現法一般を指す。擬音語・擬態語はその例のひとつ。頭韻や脚韻もここに含まれる。かっぱらっぱかっぱらった。
漸層法クライマックス (climax)しだいに盛り上げてピークを形成する表現法。ひとつの文のなかでも、また、ひとつのテクスト全体のなかでも可能である。一度でも…、一度でも…、一度でも…。
逆説法パラドクス (paradox)一般に真実だと想定されていることの逆を述べて、そこにも真実が含まれていることを伝える表現法。アキレスは亀を追いぬくことはできない。
諷喩アレゴリー (allegory)一貫したメタファーの連続からなる文章(テクスト)。動物などを擬人化した寓話 (fable) は、その一種である。行く河の流れは絶えずして…。
反語法皮肉、アイロニー (irony)相手のことばを引用してそれとなく批判を加える表現法。また、意味を反転させて皮肉るのも反語である。〔0点に対して〕ほんといい点数ねえ。
引喩アルージョン (allusion)有名な一節を暗に引用しながら独白の意味を加えることによって、重層的な意味をかもし出す法。本歌取りはその一例。盗めども盗めどもわが暮らし楽にならざる。
パロディーもじり (parody)元の有名な文章や定型パタンを茶化しながら引用する法。内容を換骨奪胎して、批判・おかしみなどを伝える。サラダ記念日。カラダ記念日。
文体模写法パスティーシュ (pastiche)特定の作家・作者の文体をまねることによって、独.白の内容を盛り込む法。文体模写は文体のみを借用する。(例文省略)


 ・ 瀬戸 賢一 『日本語のレトリック』 岩波書店〈岩波ジュニア新書〉,2002年.

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