11月は,知識共有プラットフォーム mond に寄せられた「英語に関する素朴な疑問」の計9件に英語史・英語学の観点から回答しました.いつものように素朴であるからこその難題も多かったのですが,回答を考えたり書いたりしながら,私自身の意見もまとまってくるので,貴重な機会です.質問をお寄せいただいた方々,ありがとうございます.
以下に時間順に9つの問いと,対応する mond の問答へのリンクを張ります.日曜日の読み物としてどうぞ.
1. 現在完了についての質問です.have gone to は go to から派生されたのだと思うのですが,have been to は「be 動詞 to 場所」では使えないですよね.「be 動詞 to 場所」はダメなのに「have been to 場所」は使えるのはなぜですか? 例文:○I have been to Tokyo. ×I am to Tokyo.
2. few と little は a を前に置くと肯定で,無いと否定の意味になるのはどういう仕組みですか.また,little は修飾する名詞が不可算の場合に使うのに不定冠詞を置くことができるのはなぜですか.
3. 等位接続で結ぶとき,二人称と三人称ではどちらが先行するのですか.また一人称を最後に置かないといけない理由は何ですか.例:he and I(I は最後に置く)
4. sensible は『分別がある』『賢明だ』という意味ですが,接頭辞 in を付した insensible は『分別がない』『馬鹿』のような反対の意味ではなく,『感覚がない』『鈍感』という意味になってしまいます.また反対にみると insensible から in を除いた sensible は『敏感』となりそうですがそうではありません.(in)flammable の場合とは違い,一応は in が否定の機能を持っていますが対義語にはなっていません.この食い違いはどのように生じたのですか.
5. 語順に関する疑問です.かつては格変化があったため,語順がある程度自由であったことは理解できるのですが格変化がなくなり,なぜ SVO になったのでしょうか.SOV や OVS などでもよくないか思ってしまいます.つまり,語順を固定することが目的であって SVO である必要はなかったのではないでしょうか.
6. なぜ形容詞は代名詞 (she, it, mine…) を修飾できないんですか?
7. public は「大衆の~」「公共の~」「公立の~」「公的」という意味ですがどうして public school は「私立学校」を表すのですか.
8. 英語の前置詞には分離から所有の意味に転じた of や対立から付帯の意味に転じた with など本来の意味とは異なった,というよりむしろ真逆のような使われ方をするようになったものがありますが,これはなぜなのでしょうか?
9. 以前,中学生に英語を教えたとき,こーゆう質問されました.「Take an umbrella with you. の with you って何故必要なんですか?」確かに,Take an umbrella. だけでも通じるので,with NP は別にいらないんじゃないかと思ってしまいます.
とりわけ最後の9問目の問答は,本ブログでも何度か言及してきた通り,大反響をいただきましたので,ぜひお読みください.

12月も,なるべく定期的に回答していければと思っています.
先日の記事「#6062. Take an umbrella with you. の with you はなぜ必要なのか? --- mond の問答が大反響」 ([2025-12-01-1]) と,それに先立つ mond での回答を受けて,この with you の役割について,さらに考察を深めてみる.
先の回答では,前置詞句 with you が,多義語 take の語義を限定する役割を担っていると解説した.この前置詞句の存在により, take が単なる「取る」ではなく「持っていく」を意味することが確定する.もちろん文脈によっても同様の役割は果たされ得るのだが,直接言語的に果たされるのであれば,それはそれで望ましいことだ.フレーズの意味は,構成要素の意味の単純な足し算で決まるというよりも,構成要素相互の共起 (collocation) それ自体によって定まる,と考えられる.これは,構造言語学的にも認知言語学的にも認められてきた捉え方だ.
さて,with you の役割は,上述の意味限定機能に尽きるだろうか.反響コメントを受けて改めて考えてみると,他にもありそうである.1つ考えたのは「空間関係明示機能」とでも名付けるべき機能だ.Take an umbrella with me. の類例,すなわち「前置詞+人称代名詞(再帰的)」を伴う他の文例を考えてみよう.例文は Quirk et al. を参照した過去の hellog 記事「#2322. I have no money with me. の me」 ([2015-09-05-1]) より再掲する.
(1) He looked about him.
(2) She pushed the cart in front of her.
(3) She liked having her grandchildren around her.
(4) They carried some food with them.
(5) Have you any money on you?
(6) We have the whole day before us.
(7) She had her fiancé beside her.
いくつかの例では,動詞の意味を限定する機能が発動されていると解釈できるが,多くの例で際立つのは,主語と目的語の指示対象各々の相対的な空間関係が明示・強調されていることだ.(6) については,その応用で時間関係にも同構文が用いられていると解せる.(1) の場合でいえば,空間関係が above him でも behind him でもなく about him なのだという,対比に近い強調の気味が感じられる.
関連してこの構文に特徴的な点は,前置詞句内の強勢は前置詞そのものに落ち,人称代名詞には落ちないことだ.つまり,表出していない他の前置詞との対比が意識されている,と考えられるのではないか.このことは,"Pat felt a sinking sensation inside (her)." のように人称代名詞が表出すらしないケースがあることからも疑われる.
Take an umbrella with you. の with you の問題に戻ると,先の意味限定機能の解釈によれば,「取る」だけでなく「取って,さらに携帯していく」という語義へ絞り込まれるというのがポイントだった.これは広い意味で動作のアスペクトに関する差異を生み出すとも解釈でき,今回新たに提案した空間関係記述機能とも無関係ではなさそうだ.むしろ,物理的な動作のアスペクトは,空間関係と密接な関係にあるはずだ.その点で,両機能は独立した別々の機能というよりは,連続体と捉える方がよいのかもしれない.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
昨日に引き続いての話題.先週の金曜日に,私が知識共有プラットフォーム mond に投稿した回答が,X(旧 Twitter)上で驚くべき反響を呼んでいます.本日付でそのX投稿のインプレッション数が327万,mond 本体での「いいね」も800件に迫る勢いです.「英語に関する素朴な疑問」への関心の高さを改めて実感しています.
話題となっているのは,ある中学生から寄せられた次のような質問でした.
以前,中学生に英語を教えたとき,こーゆう質問されました.「Take an umbrella with you. の with you って何故必要なんですか?」確かに,Take an umbrella. だけでも通じるので,with NP は別にいらないんじゃないかと思ってしまいます.
実に鋭い質問です.確かに Take an umbrella. だけでも文脈上「傘を持っていきなさい」の意味となるので,基本的には通じるでしょう.辞書を引けば take には「持っていく」という語義が確かに載っているわけですから.では,なぜわざわざ with you という(一見すると冗長な)前置詞句を添えるのが自然な英語とされるのでしょうか.
私の回答の核心は「多義性の解消」にあります.動詞 take は英語でも屈指の多義語であり,基本義は「(手に)取る」 (= grab/grasp/seize) ほどです.文脈の補助がない場合,意地悪くすれば Take an umbrella. は単に「傘を手に取りなさい」とも解釈され得るのです.ここに with you を添えることで「携行」というアスペクト的な意味が明示されることになり,意味が「持っていく」に限定されるのです.これは I have money. 「お金持ちだ/いま所持金がある」と I have money on me. 「いま所持金がある」の違いにも通じる,英語の興味深いメカニズムです.
この解説の要点を,インフォグラフィック(生成AI作成)としてまとめてみました.視覚的に整理すると,with you の意味限定機能がよく分かると思います.

mond の本編では,この言語学的メカニズムについて,Pass me the salt. や日本語の補助動詞「~してくれる」との比較も交えながら,より詳しく解説しています.
今回の with you 問題については,意味限定機能という切り口から解説しましたが,ほかにアスペクト・空間関係記述機能という見方もできるのではないかと考えています.こちらはまた別の機会にご紹介したいと思います.
今回の中学生の素朴な疑問が,いかに英語の本質を突いているか.ぜひ以下のリンクから mond でのオリジナルの問答を読んで,英語の「なぜ」を深掘りしていただければ.
・ 「Take an umbrella with you. の with you って何故必要なんですか?」
一昨日,知識共有サービス mond に寄せられた,ある質問に回答しました.それがX投稿を経由してバズっています.今朝の時点で,X投稿が320万インプを示しており,驚いています.私のhel活X投稿の歴史では最多です.
以前,中学生に英語を教えたとき,こーゆう質問されました.「Take an umbrella with you. の with you って何故必要なんですか?」確かに,Take an umbrella. だけでも通じるので,with NP は別にいらないんじゃないかと思ってしまいます.

ちょうど take という単語について調べたり考えたりしていたところだったこともあり,この質問を何気なくピックアップして回答した次第ですが,このような反響をいただいたことに驚いています.
そもそも質問が良質でした.多くの英語学習者の共感を呼ぶ「英語に関する素朴な疑問」だったと思います.
私は本ブログや mond やその他の様々な媒体で日々「hel活」 (helkatsu) を展開していますが,とりわけ中高生が抱くような「英語に関する素朴な疑問」を重視しています.それに答えようとする営みは,英語史や英語学の最も実践的な形だと考えているからです.回答を試みたとしても,必ずしも解決する問題ばかりではなく,むしろさらに難解な問題を招いてしまうことも多々あるのですが,少なくともコトバについて考える貴重な機会となります.
これまでに mond で100問以上の「英語に関する素朴な疑問」に回答してきましたが,とりわけ多くの反響をいただいた過去回答を5つピックアップしてみます.日曜日の読み物としてどうぞ.
・ mond 「なぜ形容詞は代名詞 (she, it, mine…) を修飾できないんですか?」への回答

・ mond 「英語では単数形,複数形の区別がありますが,なぜ「1とそれ以外」なのでしょうか.」

・ mond 「that に接続詞としての用法が生じたのに対し,this にそれが生じなかったのはなぜでしょうか.」

・ mond 「どうして英語には冠詞がいるのでしょうか? なくても意味が通じるような気がします」


英語学習者の皆さんにおかれましては,ぜひ「英語に関する素朴な疑問」を大切にしていただければと思います.Take an umbrella with you. に関するおおもとの質問を提供してくれた中学生,それを mond に投稿された質問者の方,X上で感想コメントをいただいて拡散してくださった皆さん,ありがとうございます.そして,新たな「英語に関する素朴な疑問」の良問を mond にてお待ちしております!
先月,知識共有サービス Mond にて5件の英語に関する質問に回答しました.新しいものから遡ってリンクを張り,回答の要約も付します.
(1) なぜ数量詞は遊離できるのに,冠詞や所有格は遊離できないの?
回答:理論的には数量詞句 (QP) と限定詞句 (DP) の違いによるものと説明できそうですが,一筋縄では行きません.歴史的にいえば,古英語から現代英語に至るまで,数量詞遊離は常に存在していましたが,時代とともに制限が厳しくなってきているという事実があります.詳しくは新刊書の田中 智之・縄田 裕幸・柳 朋宏(著)『生成文法と言語変化』(開拓社,2024年)をご参照ください.
(2) have got to の got とは何なのでしょうか?
回答:have got は本来「獲得したところだ」という現在完了の意味でしたが,16世紀末から「持っている」という単純な意味に転じました.文法化 (grammaticalisation) の過程を経て,口語で have の代用として定着しています.「#5657. 迂言的 have got の発達 (1)」 ([2024-10-22-1]),「#5658. 迂言的 have got の発達 (2)」 ([2024-10-23-1]) を参照.
(3) 英語では単数形,複数形の区別がありますが,なぜ「1とそれ以外」なのでしょうか?
回答:「1」が他の数と比べて特に基本的で重要な数であるためと考えられます.古英語には双数形もありましたが,中英語以降は単数・複数の2区分となりました.世界の言語では最大5区分まで持つものもあります.「#5660. なぜ英語には単数形と複数形の区別があるの? --- Mond での質問と回答より」 ([2024-10-25-1]) を参照.
(4) 完了形はなぜ動作の継続を表現できるのでしょうか?
回答:完了形の諸用法の共通点は「現在との関与」です.継続の意味は主に状態動詞で現われ,動作動詞では完了の意味が表出します.また「時間的不定性」も完了形の重要な特徴と考えられます.「#5651. 過去形に対する現在完了形の意味的特徴は「不定性」である」 ([2024-10-16-1]) を参照.
(5) subjunctive mood (仮定法・接続法)の現在完了について
回答:仮定法現在完了は理論上存在可能で実例も見られますが,比較的まれです.仮定法の体系は「現在・過去・過去完了」の3つ組みとして理解するのが妥当で,その中で完了相が必要な場合に現在完了形が使用される,と解釈するのはいかがでしょうか.
以上です.11月も Mond にて英語(史)に関する素朴な疑問を受け付けています.気になる問いをお寄せください.

先日,知識共有サービス Mond に上記の素朴な疑問が寄せられました.質問の全文は以下の通りです.
英語では単数形,複数形の区別がありますが,なぜ「1とそれ以外」なのでしょうか.別の尋ね方をすると,「なぜ1だけがそのほかの数とは違う特別な扱いになるのでしょうか」.先生のブログなどでは双数形のお話がありましたし,もしかしたらもともとは単数,双数,そのほかの数(3や,「ちょっとたくさん」,「ものすごくたくさん」など?)によって区別されていたものが,言語の歴史の中で単純化されてきたということは考えられますが,それでも1の区別だけは純然と残っているのだとすると,とても不思議に感じます.
この本質的な質問に対して,私はこちらのようにに回答しました.私の X アカウント @chariderryu 上でも,この話題について少なからぬ反響がありましたので,本ブログでも改めてお知らせし,回答の要約と論点を箇条書きでまとめておきたいと思います.
1. 古今東西の言語における数のカテゴリー
・ 現代英語では単数形「1」と複数形「2以上」の2区分
・ 古英語では双数形も存在したが,中英語までに廃れた
・ 世界の言語では,最大5区分(単数形,双数形,3数形,少数形,複数形)まで確認されている
・ 日本語や中国語のように,明確な数の区分を持たない言語も存在する
・ 言語によってカテゴリー・メンバーの数は異なり,歴史的に変化する場合もある
2. なぜ「1」と「2以上」が特別なのか?
・ 「1」は他の数と比較して特殊で際立っている
・ 最も基本的,日常的,高頻度,かつ重要な数である
・ 英語コーパス (BNCweb) によれば,one の使用頻度が他の数詞より圧倒的に高い
・ 「1」を含意する表現が豊富 (ex. a(n), single, unique, only, alone)
・ 2つのカテゴリーのみを持つ言語では,通常「1」と「2以上」の区分になる
3. もっと特別なのは「0」と「1以上」かもしれない
・ 「0」と「1以上」の区別が,より根本的な可能性がある
・ 形容詞では no vs. one,副詞では not の有無(否定 vs. 肯定)に対応
・ 数詞の問題を超えて,命題の否定・肯定という意味論的・統語論的な根本問題に関わる
・ 人類言語に備わる「否定・肯定」の概念は,AI にとって難しいとされる
・ 「0」を含めた数のカテゴリーの考察が,言語の本質的な理解につながる可能性があるのではないか
数のカテゴリーの話題として始まりましたが,いつの間にか否定・肯定の議論にすり替わってしまいました.引き続き考察していきたいと思います.今回の Mond の質問,良問でした.

知識共有サービス Mond に寄せられていた「迂言的 have got」に関する素朴な疑問に,先日回答しました.こちらよりお読みください.本当はもっと詳しく調べなければならない問題で,今回はとりあえずの回答だったのですが,これを機に考え始めてみたいと思います.
最初の一歩は,いつでも OED です.迂言的 have got は,OED の get (v.) の IV の項に,完了形の特殊用法として記述があります.
IV. Specialized uses of the perfect.
In this use, the perfect and past perfect of get (have got, has got, had got) function as a present and past tense verb, which, owing to its formation, does not enter into further compound forms (perfect and past perfect, progressive, passive, or periphrastic expressions with to do), or have an imperative or infinitive.
In colloquial, regional, and nonstandard use, omission of auxiliary have is frequent in the uses at this branch (e.g. I got some, you got to): see examples in etymology section. An inflected form gots is also sometimes found in similar use (e.g. I gots some, he gots to), especially in African American usage: see further examples in etymology section.
IV.i. In senses equivalent to those of the present and past tenses of have.
Often, especially in early use, difficult to distinguish from the dynamic use 'have obtained or acquired'.
IV.i.33.a. transitive. To hold as property, be in possession of, own; to possess as a part, attribute, or characteristic; = have v. I.i
[1600 What a beard hast thou got; thou hast got more haire on thy chinne, then Dobbin my philhorse hase on his taile.
W. Shakespeare, Merchant of Venice]
1611 The care of conseruing and increasing the goods they haue got, and the feare of loosing that which they enioy.
J. Maxwell, translation of Treasure of Tranquillity xvii. 144
a1616 Fie, th'art a churle, ye'haue got a humour there Does not become a man.
W. Shakespeare, Timon of Athens (1623) i.ii.25
c1635 My lady has got a cast of her eye.
H. Glapthorne, Lady Mother (1959) ii.i.22
1670 They have got..such a peculiar Method of Text-dividing.
J. Eachard, Grounds Contempt of Clergy 113
. . . .
have got が本来の動作的な意味を表わすのか,現代風の状態的な意味を表わすのか,特に初期の例については判別しにくいケースがあると述べられてはいますが,17世紀中に頻度を高めていったことは EEBO corpus で調べた限り間違いなさそうです.なぜ,どのような経緯でこの表現が現われ,一般的になっていったのか,深掘りしていく必要があります.

10月が始まりました.大学の新学期も開始しましたので,改めて「hel活」 (helkatsu) に精を出していきたいと思います.9月下旬には,知識共有サービス Mond にて10件の英語に関する質問に回答してきました.今回は,英語史に関する素朴な疑問 (sobokunagimon) にとどまらず進学相談なども寄せられました.新しいものから遡ってリンクを張り,回答の要約も付します.
(1) なぜ英語にはポジティブな形容詞は多いのにネガティヴな形容詞が少ないの?
回答:英語にはポジティヴな形容詞もネガティヴな形容詞も豊富にありますが,教育的配慮や社会的な要因により,一般的な英語学習ではポジティヴな形容詞に触れる機会が多くなる傾向がありそうです.実際の言語使用,特にスラングや口語表現では,ネガティヴな形容詞も数多く存在します.
(2) 地名と形容詞の関係について,Germany → German のように語尾を削る物がありますが?
回答:国名,民族名,言語名などの関係は複雑で,どちらが基体でどちらが派生語かは場合によって異なります.歴史的な変化や自称・他称の違いなども影響し,一般的な傾向を指摘するのは困難です.
(3) 現在完了の I have been to に対応する現在形 *I am to がないのはなぜ?
回答:have been to は18世紀に登場した比較的新しい表現で,対応する現在形は元々存在しませんでした.be 動詞の状態性と前置詞 to の動作性の不一致も理由の一つです.「現在完了」自体は文法化を通じて発展してきました.
(4) 読まない語頭以外の h についての研究史は?
回答:語中・語末の h の歴史的変遷,2重字の第2要素としてのhの役割,<wh> に対応する方言の発音,現代英語における /h/ の分布拡大など,様々な観点から研究が進められています.h の不安定さが英語の発音や綴字の発展に寄与してきた点に注目です.
(5) 言語による情報配置順序の特徴と変化について
回答:言語によって言語要素の配置順序に特有の傾向があり,これは語順,形態構造,音韻構造など様々な側面に現われます.ただし,これらの特徴は絶対的なものではなく,歴史的に変化することもあります.例えば英語やゲルマン語の基本語順は SOV から SVO へと長い時間をかけて変化してきました.
(6) なぜ come や some には "magic e" のルールが適用されないの?
回答:come,some などの単語は,"magic e" のルールとは無関係の歴史を歩んできました.これらの単語の綴字は,縦棒を減らして読みやすくするための便法から生まれたものです.英語の綴字には多数のルールが存在し,"magic e" はそのうちの1つに過ぎません.
(7) Let's にみられる us → s の省略の類例はある? また,意味が変化した理由は?
回答:us の省略形としての -'s の類例としては,shall's (shall us の約まったもの)がありました.let's は形式的には us の弱化から生まれましたが,機能的には「許可の依頼」から「勧誘」へと発展し,さらに「なだめて促す」機能を獲得しました.これは言語の主観化,間主観化の例といえます.
(8) 英語にも日本語の「拙~」のような1人称をぼかす表現はある?
回答:英語にも謙譲表現はありますが,日本語ほど体系的ではありません.例えば in my humble opinion や my modest prediction などの表現,その他の許可を求める表現,著者を指示する the present author などの表現があります.しかし,これらは特定の語句や慣用表現にとどまり,日本語のような体系的な待遇表現システムは存在しません.
(9) 英語史研究者を目指す大学4年生からの相談
回答:大学卒業後に社会経験を積んでから大学院に進学するキャリアパスは珍しくありません.教育現場での経験は研究にユニークな視点をもたらす可能性があります.研究者になれるかどうかの不安は多くの人が抱くものですが,最も重要なのは持続する関心と探究心,すなわち情熱です.研究会やセミナーへの参加を続け,学びのモチベーションを保ってください.
(10) 英語の人称代名詞における性別区分の理由と新しい代名詞の可能性は?
回答:1人称・2人称代名詞は会話の現場で性別が判断できるため共性的ですが,3人称単数代名詞は会話の現場にいない人を指すため,明示的に性別情報が付されていると便利です.現代では性の多様性への認識から,新しい共性の3人称単数代名詞が提案されていますが,広く受け入れられているのは singular they です.今後も要注目の話題です.
以上です.10月も Mond より,英語(史)に関する素朴な疑問をお寄せください.

9月が始まりました.8月14日の記事「#5588. ここ数日 Mond で5件の素朴な疑問に回答しました」 ([2024-08-14-1]) の後,8月後半に知識共有サービス Mond にて3件の素朴な疑問 (sobokunagimon) を取り上げました.最近のものから遡ってリンクを張ります.
(1) 最上級を用いた表現で「among 最上級」や「one of 最上級」がありますが,この翻訳として適切な表現をどうすべきでしょうか?
(2) disprove の dis- はどのような意味でしょうか?
(3) ヨーロッパの言語には男性名性,女性名詞などの性があります.名詞に性があることは,言語学上どのようなメリットがあるのでしょうか?
いずれも興味深い質問です.まず (1) について.日本語では「最も○○な」は原則として1つしかないと理解されるため,英語の「最も○○なものの1つ」という表現が意味不明(よくても翻訳調)です.これをどう考えればよいのか,という問いでした.私もかつて抱いたことのある話題でしたので,真正面から向き合ってみました.
(2) は接頭辞 dis- の多義性の問題です.最終的には「反対」や「否定」といっても様々ですよね,という議論なのですが,質問者の並々ならぬ問題意識が感じられ,私もタジタジしました.おもしろい視点だと思います.
(3) については,文法性 (grammatical gender) に関する話題で,Mond でもすでに何度か取り上げてきたトピックでした.しかし,今回の質問は「言語学的な機能は何か?」という踏み込んだものだったので改めて私も考えてみました.
「質問」のキモはやはり角度なのだなと,今回も実感しました.鋭い角度の「英語に関する素朴な疑問」をお待ちしています!
この夏休み,定期的に知識共有サービス Mond に寄せられてきた英語関連の素朴な疑問 (sobokunagimon) に回答しています.直近5件ほどの回答を,新しい順に並べます.
(1) なぜ be 動詞に属する動詞は be しかないのに,そんなに大仰な名前が付いているのでしょうか?
(2) 形容詞の屈折に -er という優等比較の屈折形態があるのに対して,劣等比較の屈折形態がないのはなぜですか?
(3) 関係詞は2文を1文にまとめる役割があると言われますが,2文にするか1文にするかで意味合いは異なるのでしょうか?
(4) 英語の "subjunctive mood" について,英語史的な知見をいろいろと知りたいと思っておりまして,質問させていただきます.
(5) 「be + 過去分詞」の過去分詞は 動詞なんですか, 形容詞なんですか?

それぞれ難問ですね.答えそのものというよりも,答え方に注目していただけますと幸いです.他にも様々な答え方がありますし,むしろここから議論が始まるものだと思っています.
これらの質問は一見素朴に見えて,実は英語の歴史や言語学の深い洞察を必要とするお題ばかりです.英語学習者の皆さんが日頃感じている疑問が,実は言語学的に非常に興味深い問題であることも少なくありません.このような Mond への質問をお待ちしています!

先日『子供の科学』9月号が発売されました.小学校3年生から中学生を読者層とする科学雑誌です.こちらの44頁にて,小学校5年生より寄せられてきた標題の素朴な疑問に回答しています.一言回答としては「古今東西,言語にはさまざまな語順があります」となります.
この質問については様々な媒体で取り上げてきましたが,今回は雑誌上で小学生に対して回答・解説するという初めての機会だったので,その点で頭を悩ませました.限られた紙幅で,何をどこまで伝えられるのか.易しく,かつ本質を突くような回答を探ってみましたが,はたして成功しているでしょうか.どのように読んでもらえているのか,気になるところです.
上記回答では英語が古くは現代の語順とは異なる語順をもっていた点にもちらと触れましたが,深掘りはできませんでした.この点に関心のある方は,ぜひ YouTube 「いのほた言語学チャンネル」より「英語の語順は大昔は SOV だったのになぜ SVO に変わったかいろいろ考えてみた.祝!!30回!」をご覧ください.
その他,本ブログでも語順 (word_order) 関連の話題はたびたび取り上げてきています.
[ 英語史における語順の変化・変異とその原因 ]
・ 「#3127. 印欧祖語から現代英語への基本語順の推移」 ([2017-11-18-1])
・ 「#132. 古英語から中英語への語順の発達過程」 ([2009-09-06-1])
・ 「#4597. 古英語の6つの異なる語順:SVO, SOV, OSV, OVS, VSO, VOS」 ([2021-11-27-1])
・ 「#4385. 英語が昔から SV の語順だったと思っていませんか?」 ([2021-04-29-1])
・ 「#2975. 屈折の衰退と語順の固定化の協力関係」 ([2017-06-19-1])
・ 「#4793. 多くの方に視聴していただいています!井上・堀田の YouTube 第30弾「英語の語順は大昔は SOV だったのになぜ SVO に変わったかいろいろ考えてみた」」 ([2022-06-11-1])
[ 基本語順の類型論 ]
・ 「#137. 世界の言語の基本語順」 ([2009-09-11-1])
・ 「#3124. 基本語順の類型論 (1)」 ([2017-11-15-1])
・ 「#3125. 基本語順の類型論 (2)」 ([2017-11-16-1])
・ 「#3128. 基本語順の類型論 (3)」 ([2017-11-19-1])
・ 「#3129. 基本語順の類型論 (4)」 ([2017-11-20-1])
・ 「#4316. 日本語型 SOV 言語は形態的格標示をもち,英語型 SVO 言語はもたない」 ([2021-02-19-1])
・ 「#3734. 島嶼ケルト語の VSO 語順の起源」 ([2019-07-18-1])
さらに,過去に書いてきた連載記事等も多々ありますので,リンクを張っておきます.
・ 英語史連載企画(研究社)「現代英語を英語史の視点から考える」の第11回と第12回
- 「#3131. 連載第11回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(前編)」」 ([2017-11-22-1]) (連載記事への直接ジャンプはこちら)
- 「#3160. 連載第12回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(後編)」」 ([2017-12-21-1]) (連載記事への直接ジャンプはこちら)
・ 知識共有サービス「Mond」での回答:「日本語ならSOV型,英語ならSVO型,アラビア語ならVSO型,など言語によって語順が異なりますが,これはどのような原因から生じる違いなのでしょうか?」
・ 「#3733.『英語教育』の連載第5回「なぜ英語は語順が厳格に決まっているのか」」 ([2019-07-17-1])
・ 「#4583. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第9回「なぜ英語の語順は SVO なの?」」 ([2021-11-13-1])
・ 「#4527. 英語の語順の歴史が概観できる論考を紹介」 ([2021-09-18-1])
語順問題について改めて考えてみていただければ.
(以下,後記:2024/08/22(Thu))
・ 堀田 隆一 「なぜ,日本語と英語では語順が違うのですか? --- 古今東西,言語にはさまざまな語順があります」『子供の科学』2024年9月号,誠文堂新光社,2024年8月10日.44頁.
先日,知識共有サービス Mond にて,次の問いが寄せられました.
be + 過去分詞(受身)の過去分詞は,動詞なんですか, それとも形容詞なんですか? The door was opened by John. 「そのドアはジョンによって開けられた」は意味的にも動詞だと思いますが,John is interested in English. 「ジョンは英語に興味がある」は, 動詞というよりかは形容詞だと思います.これらの現象は,言語学的にどう説明されるんでしょうか?
この問いに対して,こちらの回答を Mond に投稿しました.詳しくはそちらを読んでいただければと思いますが,要点としてはプロトタイプ (prototype) で考えるのがよいという回答でした.
過去分詞は動詞由来ではありますが,機能としては形容詞に寄っています.そもそも過去分詞に限らず現在分詞も,さらには不定詞や動名詞などの他の準動詞も,本来の動詞を別の品詞として活用したい場合の文法項目ですので,動詞と○○詞の両方の特性をもっているのは不思議なことではなく,むしろ各々の定義に近いところのものです.
上記の Mond の回答では,動詞から形容詞への連続体を想定し,そこから4つの点を取り出すという趣旨で例文を挙げました.回答の際に参照した Quirk et al. (§3.74--78) の記述では,実はもっと詳しく8つほどの点が設定されています.以下に8つの例文を引用し,Mond への回答の補足としたいと思います.(1)--(4) が動詞ぽい半分,(5)--(8) が形容詞ぽい半分です.
(1) This violin was made by my father
(2) This conclusion is hardly justified by the results.
(3) Coal has been replaced by oil.
(4) This difficulty can be avoided in several ways.
(5) We are encouraged to go on with the project.
(6) Leonard was interested in linguistics.
(7) The building is already demolished.
(8) The modern world is getting ['becoming'] more highly industrialized and mechanized.
この問題と関連して,以下の hellog 記事もご参照ください.
・ 「#1964. プロトタイプ」 ([2014-09-12-1])
・ 「#3533. 名詞 -- 形容詞 -- 動詞の連続性と範疇化」 ([2018-12-29-1])
・ 「#4436. 形容詞のプロトタイプ」 ([2021-06-19-1])
・ 「#3307. 文法用語としての participle 「分詞」」 ([2018-05-17-1])
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
ここ1週間ほどで,知識共有サービス Mond に寄せられてきた英語関連の素朴な疑問 (sobokunagimon) に5件ほど回答しました.新しい順に並べてみます.
(1) OK'd や OD'd という表現を見かけました.このアポストロフィはなぜついているのでしょうか?
(2) 英語の助動詞 can, shall, may, will などの過去形 could, should, might, would と,一般動詞の過去形語尾 -ed とは関係があるのでしょうか?
(3) take care of や listen to などの「群動詞」は受動態などにおいて1つの動詞であるかのように振る舞います.このように本来は統語上ひとまとまりではないものが群動詞的な性質を帯びた経緯について教えてください.
(4) なぜ cut は cut-cut-cut と変化しないのでしょうか? また,read は read-read-read と同様ですが,こちらはなぜ発音だけ変化するのでしょうか?
(5) コーラ,ノートのように日本語には「長音」がありますが,なぜ日本語に転写するときにこのように新しい記号を作る必要があったのでしょうか?
形態論,統語論,正書法に関する質問が寄せられてきました.いずれも一言では答えられないような問いではありますが,なるべく英語史・英語学の観点そのものを知ってもらればという思いで回答しています.ですので,答えそれ自体だけではなく,議論の展開にも注目していただければ.
Mond への鋭い質問をお待ちしています!
ここ数日間で,知識共有サービス Mond に寄せられてきた英語関連の素朴な疑問 (sobokunagimon) に5件ほど回答しました.新しい順に並べ,リンクを共有します.
(1) どうして英語には冠詞がいるのでしょうか? なくても意味が通じるような気がします.冠詞がないと困るケースはあるのでしょうか? または,冠詞は言語史上淘汰されていったりするケースはないのでしょうか?
(2) どうして英語は "a" だけでもいろいろな発音があるのでしょうか? 単語ごとにちがったり,単語のどの位置あるかによってちがったり 何か理由などはあるのでしょうか?
(3) 不定詞の意味上の主語について質問です.
a. I want him to win the game.
b. It's easy for me to solve the problem.
c. It's kind of you to give me a call.
この3つの英文のように,なぜ前置詞がつかなかったり,for や of のような前置詞がついたりするんですか? 受験生のときに統一してくれっと何度も思いました.
(4) 小学2年の娘が poor をポールと発音していました.これはプアって読むんだよ,と言うと po って並んでるのはポだからプって読むのはおかしい!と納得してくれません.語源から納得のできる説明ってできるのでしょうか?
(5) 英語に取り入れられた日本語の語末の "e" についてお聞きしたいです.酒 sake セイクではなくサキ,カラオケ karaoke キャラオウクではなくキャリオキ,空手 karate キャレイトではなくキャラァアティみたいな発音になります.一般的な英語の発音ルールではないと思うのですが,これらの語末が /iː/ っぽくなるのはなぜでしょうか?
とりわけ (1) の冠詞の疑問については,こちらの X ポストで注目され,インプレッションが2.5万を超えています.
それにしても,なぜ「素朴な疑問」というのはこれほど魅力的で,答えるのが難しいのでしょうか! 思いも寄らない角度からボールが飛んできて,常識を揺さぶられます.Mond へ,あっと驚く質問をお寄せください.
現代日本語の慣習によれば,平仮名の「か」に対して「が」,「さ」にたいして「ざ」,「た」に対して「だ」のように濁音には濁点が付される.阻害音について,清音に対して濁音ヴァージョンを明示するための発音区別符(号) (diacritical_mark) だ.ハ行子音を例外として,原則として無声音に対して有声音を明示するための記号といえる.濁点のこの使用方針はほぼ一貫しており,体系的である.
一方,英語の摩擦音3対 [f]/[v], [s]/[z], [θ]/[ð] については,正書法上どのような書き分けがなされているだろうか.この問題については,1ヶ月ほど前に Mond に寄せられた目の覚めるような質問を受け,それへの回答のなかで部分的に議論した.
・ boss ってなんで s がふたつなの?と8歳娘に質問されました.なんでですか?

[f] と [v] については,それぞれ <f> と <v> で綴られるのが大原則であり,ほぼ一貫している.of [əv] のような語はあるが,きわめて例外的だ.
[s] と [z] の書き分けに関しては,上記の回答でも,かなり厄介な問題であることを指摘した.<s>, <ss>, <se>, <ce>; <z>, <zz>, <ze> などの綴字が複雑に絡み合ってくるのだ.なるべく書き分けたいという風味はあるが,そこに一貫性があるとは言いがたい.
[θ] と [ð] に至っては,いずれも <th> という1種類の綴字で書き表わされ,書き分ける術はない.歴史的にいえば,書き分けようという意図も努力も感じられなかったとすらいえる.
以上より序列をつければ,
・ 仮名の濁点を利用した書き分けは「トップ合格」
・ [f]/[v] の書き分けは「合格」
・ [s]/[z] の書き分けは「ギリギリ及第」
・ [θ]/[ð] の書き分けは「落第」
となる.この序列づけのインスピレーションを与えてくれたのは Daniels (64) の次の1文である,
Phonemic split sometimes brings new letters or spellings (e.g. Middle English <v> alongside <f> when French loans caused voicing to become significant; cf. also <vision> vs <mission>), sometimes not---English used <ð> and <þ> indifferently, even in a single manuscript, for both the voiced and voiceless interdentals, a situation persisting with Modern English <th> due to low functional load. Japanese, on the other hand, uses diacritics on certain kana for the same purpose.
なお,今回の話題については,先行して Voicy のプレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) の配信回「【英語史の輪 #95】boss ってなんで s が2つなの?」(2月17日配信)で取り上げている.
・ Daniels, Peter T. "The History of Writing as a History of Linguistics." Chapter 2 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 53--69.
ここ数日間で,知識共有サービス Mond に寄せられてきた英語史系の質問に6件ほど回答しました.こちらでもリンクを共有します(質問文の原文を短文に要約・編集してあります).新しい順に並べています.
今朝お答えした8歳の娘さんからの最新の質問は,とりわけ強力でしたね,パンチが効いています.これまで私が受けたことのなかった英語に関する素朴な疑問で,刺激的でした.ありがとうございます!
(1) boss ってなんで s がふたつなの?と8歳娘に質問されました.なんでですか?

(2) 英語がラテン語から動詞を借用するとき,完了分詞形に基づいた語形を採用するのはなぜなのでしょうか?
(3) Japan という単語の語源は?
(4) who, what, where, when などに対して,なぜ how だけが wh- でなく h- で始まるのでしょうか?
(5) 5文型の SVO などの V は「動詞」とされますが,「述語」が正しいのではないでしょうか?
(6) なぜ動作を表わすはずの動詞に「状態動詞」なるものがあるのでしょうか?
今回お答えした質問は,本ブログや Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 で関連する話題を取り上げたり,詳しく解説してきたりしたものも多く,実際に回答のなかでいくつかリンクを張っていますので,合わせてご参照いただければと思います.
ここ数日間で,知識共有サービス Mond に寄せられてきた言語系の質問に5件ほど回答しました.こちらでもリンクを共有します.
(1) 敬語の表現が少ない英語の話者には,日本人よりも敬意を示す機会が少ないのでしょうか?
(2) 歴史的に見て「言語の変化=簡略化」なのでしょうか?
(3) ブログ,ラジオ,YouTubeなど,様々なメディアを通じて英語の歴史や語源に関する情報を発信していらっしゃいますが,これらのメディアごとにアプローチやコンセプトを変えて情報を提供していますか?
(4) なぜ人々は(もちろん個人差はあれど)イギリスやフランスなどのアクセントを“魅力的”とし,アジアやインドのアクセントを“魅力がない”とするのでしょうか?
(5) 言語の変化は,どの程度の速度で起こりますか? 例えば,新しい言葉や表現は,どのくらいの頻度で生まれるものなのでしょうか?
Mond に寄せられる言語系の質問は多様ですが,日本語と諸外国語との比較というジャンルの質問が目立ちます.今回も (1) や (4) がそのジャンルに属するかと思います.母語は万人にとって特別な存在であり,あまりに思い入れが強いために,他の言語と比べてきわめて特異な性質をもっているものと錯覚してしまうことがしばしば起こります.とりわけ語学を通じて理解の深まった他言語と比較するときに,母語の際立った言語特徴が目に付くことが多く,母語の特別視に拍車がかかります.
長年言語学に触れてきた経験から感じることは,母語の特別視は往々にして行き過ぎる傾向があるということです.確かに各々の言語には固有の特徴があるもので,その点では日本語も例外ではないのですが,日本語のみに観察される言語特徴というのは,さほど多くあるわけではなく,広く古今東西の諸言語を見渡せば類例はおおよそ見つかるものです.言語の素朴な疑問に関する直感は,当たることもありますが,割と外れることも多いのです.
今回の5件の質問のうちの3つ,(1), (2), (4) は,振り返ってみれば,言語にまつわる神話 (language_myth) に関わる質問だったように思います.言語学的な考察を通じて,言語の化けの皮を一枚一枚剥いでいくのが,何ともエキサイティングですね.
先日,知識共有サービス Mond でいただいた質問に回答しました.
![[t] の弾音化はいつから? --- Mond の質問](lib/mond_20230831.png)
結論としては,t の弾音化 (flapping or tapping) は遅くとも中英語以降に生じていた,ということになります.イングランドで異音として行なわれていたものが,17世紀以降にアメリカを含む世界各地に移植・継承されたものと思われます.t の弾音化はアメリカ英語に典型的な特徴であるという印象が強いですが,その他の多くのアメリカ英語の特徴とともに,実際の起源は中世イングランドに求められそうです.
回答記事では今回の調査に際して当たった典拠を記していませんでしたが,主に Dobson (Vol. 2, p. 956) と Minkova (147--48) に拠りました.Dobson の記述をメモとして残しておきます.
(4) Intervocalic [t] becomes [r]
385. From early in the sixteenth century there appear the forms porridge, porringer, &c. for earlier pottage, potager (see OED, s.vv.), though the older forms also survived (thus Salesbury has potanger and Bullokar potage). Coles gives porridg and porringer as 'phonetic' spellings of pottage and pottinger, from which it appears that written forms with t may sometimes conceal spoken forms with [r].
関連して「#61. porridge は愛情をこめて煮込むべし」 ([2009-06-28-1]),および r と rhotic の記事群も参照.
・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 2nd ed. 2 vols. Oxford: OUP, 1968.
・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.
昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて,4月20日に質問者の学生が居合わせるなかで生放送収録した「英語に関する素朴な疑問 千本ノック」をアーカイヴとして配信しました.「#691. 4月20日に「英語に関する素朴な疑問 千本ノック」を heldio 生放送でお届けしました」をお聴きください(60分ほどの長さですので,お時間のあるときにとうぞ).
英語学習者その他から英語に関する素朴な疑問を事前あるいは即興で寄せてもらい,それに対して私が英語史研究者の立場から回答するという試みは,様々な形でたびたび行なってきました.大学の授業や一般の講座でも行なってきましたし,本ブログでも sobokunagimon のタグのついた多くの記事で素朴な疑問に回答しています.また,知識共有サービス「Mond」でも,一般から寄せられた問いに専門的に答えてきました.ちょうど今朝も Mond にて than usually ならぬ than usual という表現についての疑問に回答したところです.
そして,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」でも,1年ほど前に「#341. 英語に関する素朴な疑問 千本ノック」を配信したのを皮切りに,ときに他の英語史研究者を回答者としてお招きする形で19回ほど千本ノック企画を公開してきました.19回の履歴は「#5005. 過去17回の heldio 「千本ノック」の一覧」 ([2023-01-09-1]) をご覧ください.
とりわけ居合わせた学生などから直接に素朴な疑問を出してもらい,その場で回答するという,Voicy heldio 生放送でのスタイルは,新鮮で緊張感もあり私自身は好きなのですが,何よりも貴重なのは,その後に寄せられてくる反響のコメントです.今回の千本ノックが終わった後,学生たちに感想を書いてもらいました.いくつか紹介します(ただし,軽微な修正を含め文章に最小限の編集を施していることを断わっておきます).
質問によって多くのことに目を向けられるようになる気がした.他の人の疑問や,視点を知れたことで確かにと思うことや,そこから発展して疑問に思うことなどなど自分1人では思いつかないようなことをたくさん知れ,それこそがみんなで学習する意味なのだと改めて感じた.
今まで積んできた英語学習の中で,恐らくたくさんの疑問を抱えてきたはずだが,いざそれらの素朴な疑問を挙げるとなると,なかなか思い出すことができなかった.しかし,他の受講生の方の疑問を聞いていると,自身もかつて疑問に思ったな,と感じるものであったり,逆になるほど,そのような疑問もあったか,などというようなものもあり,とても新鮮に感じながら聞くことができた.
みんなが出してくれた疑問を聞いてみると,「確かに不思議だな」「そういえばなんでなんだろう」と感じるものばかりで,私もその回答を聞くことが楽しく,ワクワクしながら聞いていた.
同じ立場の人たちが英語に関する「素朴な疑問」をとても広い分野にわたって抱いていることが印象的だった.自分は質問を出すのに悩み,悩んだゆえに英語の学習過程で出会ったもののみのかなり範囲の狭い質問になってしまったが,今回の千本ノックで扱った質問は英語の学習という範囲のみに限らず日本で生活し英語と接する中で出てくるような質問ばかりだった.そうした小さな疑問を持ち追及することは意味のないことだと日常の中で無意識に思ってしまい出てこなかったのかもしれないと思い,改めてそのような質問が許される場と出会えたことはとても貴重だと感じた.
千本ノックのラジオでは,私が思いもつかなかった質問が次から次へと飛んでいて持っていなかった視点が沢山得られて驚きました.
千本ノックを聞いて,まず寄せられた質問の質の高さに驚きました.私は英語の素朴な疑問,と聞いて出すのに苦労したのですが,寄せられた質問を見るとすべて確かに疑問に思うことばかりでした.自分の中で当たり前になっていたり,「これはそういうものだから」と教えられたような事ばかりだったので新鮮だったと共に,私のような人間にこそ英語史の勉強が必要なのだろうと感じました.
千本ノックでは他の人たちがどんな疑問を抱いているのかを知ることができ自分もかつては抱いていたはずなのに忘れかけていたような疑問に再び出会うことができていい刺激になりました.疑問を他者と共有することは大切だと改めて認識させられました.
自分の中には無かった鋭い着眼点を含んだ質問が多く,文字通り素朴であることが凝り固まった自分の視点をほぐしてくれたような気がしました.
千本ノックは,自分一人では思いつかなかった疑問について考える貴重な機会になりました.また,自分が考えもしなかった疑問を他の学生が上げてくれていたので,新たな観点から英語の文構造を見ることができました.
いつもは目もくれない様々な「言葉」にもっと興味を持って,まるで地球を訪れてきたエーリアンのように常に好奇心を持って生きていきたいなと思いました.
今回の千本ノック後,友達と駅に向かって歩いていてマクドナルドの前を通り過ぎた時,同じタイミングで「あ!スコットランド!」と言って笑っていました(Mc の由来はスコットランドで,ケルト言語で息子という意味だと授業で聞いたので).
さらに,Voicy のコメント欄でもリスナーさんより「本当によくこんないい質問が浮かぶなあと,聴いていて対抗心が湧きました」など類似のメッセージが複数届いています.
これでお分かりかと思います.つまり,一見するとトリビアルに思われるような素朴な疑問を,皆で持ち寄り互いに鑑賞すること自体に価値があるということです.公開企画にすれば,それを広く皆で共有できるというメリットがあります.それに対する回答はそれとして重要ですが,二の次であるといってよいでしょう.
千本ノック公開企画を始めた当初は,この効用に気づいていませんでしたが,最近になってようやく分かってきました.疑問を共有することは,さらなる知的刺激を生み出すのだと.
千本ノック企画,これからも続けていきます(実際,次回は4月28日(金)の午後3時から生放送の予定です).
この「hellog~英語史ブログ」の読者の皆さんに,私の最近の英語史活動「hel活」についてお知らせします.本ブログの他にも,様々なメディアで「英語史をお茶の間に」をモットーに英語史の魅力を広める活動をしています.実際には私1人ではなく,特に khelf(= Keio History of the English Language Forum = 慶應英語史フォーラム)のメンバーに協力してもらいながら,英語史に関する情報を発信しています.目下の様々なhel活の取り組みについて,ご案内します.
[ Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 ]
本ブログの姉妹版となる「声の英語史ブログ」です.2021年6月2日より毎朝6時に欠かさず更新しています.ここ2ヶ月ほどは,リスナーさんから寄せられるコメントも盛り上がってきています.本ブログと連動した話題や企画も多いので,ぜひお聴きいただければと思います.今朝の放送回は,リスナーさんからいただいた質問に答える形で「#637. なぜ「アメリカ語」ではないの?」をお届けしています.
[ note 記事 ]
本ブログと平行して,こちらの note でも英語史関連の記事をたまに書いています.昨日公開した記事「heldio の1週間の振り返り(関連過去回リンク付き) 2023年2月26日」では,先週1週間の heldio 放送回について,関連する過去回へのリンクを張りつつ振り返りをしています.リスナーさんからのご協力の賜物です.
[ インスタグラム ]
heldio の最新回と過去回をお知らせするインスタグラム @chariderryu を始めています.主に「ストーリー」にて,放送回へのリンクを張っています.よろしければフォローいただければと.
[ YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」 ]
この YouTube チャンネルは昨日,1周年を迎えました.毎週(水)(日)の午後6時に新作動画を公開しています.昨日公開の最新動画は第105回の「あいまいさを言語学で解剖する」です.ぜひご覧ください.
[ 『英語史新聞』 ]
khelf 発行の『英語史新聞』が第4号までウェブ上で公開されています.khelf メンバーの学生が主体となり,昨年4月1日に創刊号を出しました.その後も3ヶ月に1号というペースで,英語史の魅力を伝えるべく企画,編集,発行されています.
[ 知識共有サービス Mond での回答 ]
こちらのサービスで,たまに英語(史)に関する質問に回答しています.最近回答した3つの質問を新しい順に挙げておきます.
・ さまざまな文字体系の中で,ラテン語のアルファベットが世界標準になった理由とはどういったところにあるのでしょうか?
・ 疑問詞 who が who-whose-whom のような格変化を起こすのに対し,他の疑問詞にそれが起こらないのは何故なのでしょうか.昔はあったりしたのでしょうか.
・ flammable と inflammable はなぜ同じ意味を持つようになったのでしょうか.また,他にもこのような語はありますか?
[ 本の執筆 ]
最新の編著書2冊を新しい順に挙げます..
・ 家入 葉子・堀田 隆一 『文献学と英語史研究』 開拓社,2022年.(こちらのページをご覧ください)
・ 高田 博行・田中 牧郎・堀田 隆一(編著) 『言語の標準化を考える --- 日中英独仏「対照言語史」の試み』 大修館,2022年.(こちらのページをご覧ください)
このように本ブログ以外にも様々にhel活していますので,どうぞよろしくお願いいたします.
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