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number - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2023-06-09 09:14

2023-06-01 Thu

#5148. ゲルマン祖語の強変化動詞の命令法の屈折 [germanic][imperative][inflection][paradigm][verb][person][number][subjunctive][mood][reconstruction][comparative_linguistics]

 現代英語の動詞の命令法の形態は,原形に一致する.一方,古英語に遡ると,命令法では原形(不定詞)とは異なる形態を取り,さらに2人称単数と複数とで原則として異なる屈折語尾を取った.
 しかし,さらに歴史を巻き戻してゲルマン祖語にまで遡ると,再建形ではあるにせよ,数・人称に応じて,より多くの異なる屈折語尾を取っていたとされる.以下に,ゲルマン祖語の大多数の強変化動詞について再建されている屈折語尾を示す (Ringe 237) .

 indicativesubjunctiveimperative 
active   infinitive -a-ną
sg.1 -ō-a-ų---participle -a-nd-
 2 -i-zi-ai-zø 
 3 -i-di-ai-ø-a-dau 
du.1 -ōz(?)-ai-w--- 
 2 -a-diz(?)-a-diz(?)-a-diz(?) 
pl.1 -a-maz-ai-m--- 
 2 -i-d-ai-d-i-d 
 3 a-ndi-ai-n-a-ndau 


 とりわけ imperative (命令法)の列に注目していただきたい.単数・両数・複数の3つの数カテゴリーについて,2・3人称に具体的な屈折語尾がみえる.数・人称に応じて異なる屈折が行なわれていたことが理論的に再建されているのだ.
 英語史も含め,その後のゲルマン語史は,命令法の形態の区別が徐々に弱まり,失われていく歴史といってよい.英語史内部での命令法の形態や,それと関連する話題については,以下の記事を参照.

 ・ 「#2289. 命令文に主語が現われない件」 ([2015-08-03-1])
 ・ 「#2475. 命令にはなぜ動詞の原形が用いられるのか」 ([2016-02-05-1])
 ・ 「#2476. 英語史において動詞の命令法と接続法が形態的・機能的に融合した件」 ([2016-02-06-1])
 ・ 「#2480. 命令にはなぜ動詞の原形が用いられるのか (2)」 ([2016-02-10-1])
 ・ 「#2881. 中英語期の複数2人称命令形語尾の消失」 ([2017-03-17-1])
 ・ 「#3620. 「命令法」を認めず「原形の命令用法」とすればよい? (1)」 ([2019-03-26-1])
 ・ 「#3621. 「命令法」を認めず「原形の命令用法」とすればよい? (2)」 ([2019-03-27-1])
 ・ 「#4935. 接続法と命令法の近似」 ([2022-10-31-1])

 ・ Ringe, Don. From Proto-Indo-European to Proto-Germanic. Oxford: Clarendon, 2006.

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2023-05-30 Tue

#5146. 強調構文の歴史に関するコンテンツを紹介 [hel_contents_50_2023][khelf][syntax][cleft_sentence][number][agreement][link]

 khelf(慶應英語史フォーラム)が企画し展開してきた「英語史コンテンツ50」も,終盤戦に入りつつあります.休日を除く毎日,khelf メンバーが英語史コンテンツを1つずつウェブ公開していく企画です.
 最近のコンテンツのなかでよく閲覧されているものを1つ紹介します.5月26日に公開された「#35. 「強調構文の英語史 ~ "It ARE John and Anne that are married."はアリ!? ~」です.
 強調構文と呼ばれる統語構造は,英語学では「分裂文」 (cleft_sentence) として言及されます.コンテンツではこの分裂文の歴史の一端が説明されていますが,とりわけ数の一致 (number agreement) をめぐる議論に焦点が当てられています.


「#35. 「強調構文の英語史 ---



 コンテンツの巻末には,関連するリソースへのリンクが張られています.分裂文に関する hellog 記事としては,以下を挙げておきます.

 ・ 「#1252. Bailey and Maroldt による「フランス語の影響があり得る言語項目」」 ([2012-09-30-1])
 ・ 「#2442. 強調構文の発達 --- 統語的現象から語用的機能へ」 ([2016-01-03-1])
 ・ 「#3754. ケルト語からの構造的借用,いわゆる「ケルト語仮説」について」 ([2019-08-07-1])
 ・ 「#4595. 強調構文に関する「ケルト語仮説」」 ([2021-11-25-1])
 ・ 「#4785. It is ... that ... の強調構文の古英語からの例」 ([2022-06-03-1])

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2023-02-26 Sun

#5053. None but the brave deserve(s) the fair. 「勇者以外は美人を得るに値せず」 [pronoun][indefinite_pronoun][number][agreement][negative][proverb][clmet][coha][corpus]

 昨日の記事「#5052. none は単数扱いか複数扱いか?」 ([2023-02-25-1]) で,none に関する数の一致の歴史的な揺れを覗いた.その際に標題の諺 (proverb) None but the brave deserve(s) the fair. 「勇者以外は美人を得るに値せず」を挙げた.この諺の出所は,17世紀後半の英文学の巨匠 John Dryden (1631--1700) である.詩 Alexander's Feast (1697) に,この表現が現われており,the brave = 「アレクサンダー大王」,the fair = 「アテネの愛人タイース」という構図で用いられている.

Happy, happy, happy pair!
   None but the brave
   None but the brave
None but the brave deserves the fair!


 つまり,「原典」では3単現の -s が見えることから none が単数として扱われていることがわかる.the bravethe fair の各々について指示対象が個人であることが関係しているように思われる.
 一方,Dryden の表現を受け継いだ後世の例においては,Speake の諺辞典,CLMET3.0COHA などでざっと確認した限り,複数扱いが多いようである.19世紀からの例を3点ほど挙げよう.

1813 SOUTHEY Life of Horatio Lord Nelson It is your sex that makes us go forth, and seem to tell us, 'None but the brave deserve the fair';
1829 P. EGAN Boxiana 2nd Ser. II. 354 The tender sex . . . feeling the good old notion that 'none but the brave deserve the fair', were sadly out of temper.
1873 TROLLOPE Phineas Redux II. xiii. All the proverbs were on his side. 'None but the brave deserve the fair,' said his cousin.


 諺として一般(論)化したことで,また「the + 形容詞」の慣用からも,the bravethe fair がそれぞれ集合名詞として捉えられるようになったということかもしれない.いずれにせよ none の扱いの揺れを示す,諺の興味深いヴァリエーションである.

 ・ Speake, Jennifer, ed. The Oxford Dictionary of Proverbs. 6th ed. Oxford: OUP, 2015.

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2023-02-25 Sat

#5052. none は単数扱いか複数扱いか? [sobokunagimon][pronoun][indefinite_pronoun][number][agreement][negative][proverb][shakespeare][oe][singular_they][link]

 不定人称代名詞 (indefinite_pronoun) の none は「誰も~ない」を意味するが,動詞とは単数にも複数にも一致し得る.None but the brave deserve(s) the fair. 「勇者以外は美人を得るに値せず」の諺では,動詞は3単現の -s を取ることもできるし,ゼロでも可である.規範的には単数扱いすべしと言われることが多いが,実際にはむしろ複数として扱われることが多い (cf. 「#301. 誤用とされる英語の語法 Top 10」 ([2010-02-22-1])) .
 none は語源的には no one の約まった形であり one を内包するが,数としてはゼロである.分かち書きされた no one は同義で常に単数扱いだから,none も数の一致に関して同様に振る舞うかと思いきや,そうでもないのが不思議である.
 しかし,American Heritage の注によると,none の複数一致は9世紀からみられ,King James Bible, Shakespeare, Dryden, Burke などに連綿と文証されてきた.現代では,どちらの数に一致するかは文法的な問題というよりは文体的な問題といってよさそうだ.
 Visser (I, § 86; pp. 75--76) には,古英語から近代英語に至るまでの複数一致と単数一致の各々の例が多く挙げられている.最古のものから Shakespeare 辺りまででいくつか拾い出してみよう.

86---None Plural.
   Ælfred, Boeth. xxvii §1, þæt þær nane oðre an ne sæton buton þa weorðestan. | c1200 Trin. Coll. Hom. 31, Ne doð hit none swa ofte se þe hodede. | a1300 Curs. M. 11396, bi-yond þam ar wonnand nan. | 1534 St. Th. More (Wks) 1279 F10, none of them go to hell. | 1557 North, Gueuaia's Diall. Pr. 4, None of these two were as yet feftene yeares olde (OED). | 1588 Shakesp., L.L.L. IV, iii, 126, none offend where all alike do dote. | Idem V, ii, 69, none are so surely caught . . ., as wit turn'd fool. . . .

Singular.
   Ælfric, Hom. i, 284, i, Ne nan heora an nis na læsse ðonne eall seo þrynnys. | Ælfred, Boeth. 33. 4, Nan mihtigra ðe nis ne nan ðin gelica. | Charter 41, in: O. E. Texts 448, ȝif þæt ȝesele . . . ðæt ðer ðeara nan ne sie ðe londes weorðe sie. | a1122 O. E. Chron. (Laud Ms) an. 1066, He dyde swa mycel to gode . . . swa nefre nan oðre ne dyde toforen him. | a1175 Cott. Hom. 217, ȝif non of him ne spece, non hine ne lufede (OED). | c1250 Gen. & Ex. 223, Ne was ðor non lik adam. | c1450 St. Cuthbert (Surtees) 4981, Nane of þair bodys . . . Was neuir after sene. | c1489 Caxton, Blanchardyn xxxix, 148, Noon was there, . . . that myghte recomforte her. | 1588 A. King, tr. Canisius' Catch., App., To defende the pure mans cause, quhen thair is nan to take it in hadn by him (OED). | 1592 Shakesp., Venus 970, That every present sorrow seemeth chief, But none is best.


 none の音韻,形態,語源,意味などについては以下の記事も参照.

 ・ 「#1297. does, done の母音」 ([2012-11-14-1])
 ・ 「#1904. 形容詞の no と副詞の no は異なる語源」 ([2014-07-14-1])
 ・ 「#2723. 前置詞 on における n の脱落」 ([2016-10-10-1])
 ・ 「#2697. fewa few の意味の差」 ([2016-09-14-1])
 ・ 「#3536. one, once, none, nothing の第1音節母音の問題」 ([2019-01-01-1])
 ・ 「#4227. なぜ否定を表わす語には n- で始まるものが多いのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-11-22-1])

 また,数の不一致についても,これまで何度か取り上げてきた.英語史的には singular_they の問題も関与してくる.

 ・ 「#1144. 現代英語における数の不一致の例」 ([2012-06-14-1])
 ・ 「#1334. 中英語における名詞と動詞の数の不一致」 ([2012-12-21-1])
 ・ 「#1355. 20世紀イギリス英語で集合名詞の単数一致は増加したか?」 ([2013-01-11-1])
 ・ 「#1356. 20世紀イギリス英語での government の数の一致」 ([2013-01-12-1])

 ・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.

Referrer (Inside): [2023-02-26-1]

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2022-09-06 Tue

#4880. 「定動詞」「非定動詞」という用語はややこしい [category][verb][finiteness][article][terminology][agreement][tense][number][person][mood][adjective]

 英語の動詞 (verb) に関するカテゴリーの1つに定性 (finiteness) というものがある.動詞の定形 (finite form) とは,I go to school. She goes to school. He went to school. のような動詞 go の「定まった」現われを指す.一方,動詞の非定形 (nonfinite form) とは,I'm going to school. Going to school is fun. She wants to go to school. He made me go to school. のような動詞 go の「定まっていない」現われを指す.
 「定性」という用語がややこしい.例えば,(to) go という不定詞は変わることのない一定の形なのだから,こちらこそ「定」ではないかと思われるかもしれないが,名実ともに「不定」と言われるのだ.一方,goeswent は動詞 go が変化(へんげ)したものとして,いかにも「非定」らしくみえるが,むしろこれらこそが「定」なのである.
 この分かりにくさは finiteness を「定性」と訳したところにある.finite の原義は「定的」というよりも「明確に限定された」であり,nonfinite は「非定的」というよりも「明確に限定されていない」である.例えば He (  ) to school yesterday. という文において括弧に go の適切な形を入れる場合,文法と意味の観点から went の形にするのがふさわしい.ふさわしいというよりは,文脈によってそれ以外の形は許されないという点で「明確に限定された」現われなのである.
 別の考え方としては,動詞にはまず GOGOING のような抽象的,イデア的な形があり,それが実際の文脈においては go, goes, went などの具体的な形として顕現するのだ,ととらえてもよい.端的にいえば finite は「具体的」で,infinite は「抽象的」ということだ.
 言語学的にもう少し丁寧にいえば,動詞の定性とは,動詞が数・時制・人称・法に応じて1つの特定の形に絞り込まれているか否かという基準のことである.Crystal (224) の説明を引用しよう.

The forms of the verb . . . , and the phrases they are part of, are usually classified into two broad types, based on the kind of contrast in meaning they express. The notion of finiteness is the traditional way of classifying the differences. This term suggests that verbs can be 'limited' in some way, and this is in fact what happens when different kinds of endings are used.
・ The finite forms are those which limit the verb to a particular number, tense, person, or mood. For example, when the -s form is used, the verb is limited to the third person singular of the present tense, as in goes and runs. If there is a series of verbs in the verb phrase, the finite verb is always the first, as in I was being asked.
・ The nonfinite forms do not limit the verb in this way. For example, when the -ing form is used, the verb can be referring to any number, tense, person, or mood:

I'm leaving (first person, singular, present)
They're leaving (third person, plural, present)
He was leaving (third person, singular, past)
We might be leaving tomorrow (first person, plural, future, tentative)

As these examples show, a nonfinite form of the verb stays the same in a clause, regardless of the grammatical variation taking place alongside it.


 なお,英語には冠詞にも定・不定という区別があるし,古英語には形容詞にも定・不定の区別があった.これらのカテゴリーに付けられたラベルは "finiteness" ではなく "definiteness" である.この界隈の用語は誤解を招きやすいので要注意である.

 ・ Crystal, D. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. CUP, 2018.

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2022-04-15 Fri

#4736. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第14回「なぜ child の複数形は children になるの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][number][plural][double_plural][oe][vowel][homorganic_lengthening]

 昨日『中高生の基礎英語 in English』の5月号が発売となりました.テキストで英語史に関する連載を担当していますが,今回の第14回の話題は,不規則複数形の定番の1つ children について.-ren という語尾はいったい何なのだ,という素朴な疑問に詳しく,しかし易しく答えています.

『中高生の基礎英語 in English』2022年5月号



 children は不規則複数のなかでも相当な変わり者の類いですが,連載記事を読めば,千年ほど前の古英語の時代からすでになかなかの変わり者だったことが分かります.時を経ても性格は変わりませんね.child -- children と似ている brother -- brethren の話題にも触れていますし,さらには単数形が「チャイルド」なのに複数形では「チルドレン」と発音が変わる件についても解説しています.children の謎解きには,英語の先生も英語の学習者の皆さんも,オオッとうなること間違いなしです!
 英語学習には暗記すべき不規則形がつきものですが,どんな不規則形にも歴史的な理由があります.ひとまず暗記してしまった後は,ぜひ英語史の観点から振り返り,「伏線回収」の知的快感を味わってみてください.英語史の魅力にとりつかれると思います.
 関連する話題として「#145. childchildren の母音の長さ」 ([2009-09-19-1]),「#146. child の複数形が children なわけ」 ([2009-09-20-1]),「#4181. なぜ child の複数形は children なのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-10-07-1]) もご覧ください.

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2022-02-15 Tue

#4677. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第12回「単数の they って何?」 [notice][sobokunagimon][rensai][singular_they][number][agreement][personal_pronoun][gender]

 NHKラジオ講座「中高生の基礎英語 in English」の3月号のテキストが発売されました.今回で連載「英語のソボクな疑問」も第12回となります.この1年間で読者の皆さんからも反響をいただきました.ありがとうございます.年度の締めとして,少々変わり種の話題を用意しました.「単数の they って何?」です.
 「みんな,自分が正しいと思っている」という意味で Everyone thinks they are right. という英文は可能ですが,何か違和感を感じませんか? そう,everyone は意味こそ「みんな」でも,文法的には単数扱いと習いましたね.とすれば,Everyone thinks he is right. とすればよいでしょうか.しかし,「みんな」は男性だけではないはずですので,he の使用にも違和感があります.であれば,Everyone thinks he or she is right. ほどが妥当でしょうか.ただ,まどろっこしくて舌をかみそうですね.結局,単複の問題は残りますが,ぐるっと一周して Everyone thinks they are right. 辺りに戻るのがよいのでは,という方向で落ち着きつつあります.「単数の they」 (singular_they) と呼ばれる用法です.

『中高生の基礎英語 in English』2022年3月号



 連載記事では,この「単数の they」について英語史の観点からできるかぎり分かりやすく解説しました.単なる文法の問題にとどまらず,社会的なテーマであり歴史的なトピックでもあることが理解ます.言葉の話題は,思いのほか広くて深いのですね.
 「単数の they」を深掘りしたいという方は,singular "they" に関する一連の記事セットをご参照ください.

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2021-11-18 Thu

#4588. OED による複数形の Englishes の初例 [world_englishes][variety][oed][countability][number][plural]

 普通,言語名というものは不可算名詞であり English, French, Japanese のように無冠詞で用いる.一方,日常言語生活においても言語学においても,各言語のなかに様々な変種(方言)があるということは常識的に知られており,形容詞を冠して American English, Old French, written Japanese などという表現があることは暗黙の了解事項となっている.これらは丁寧にパラフレーズするならば an American variety of English, an ancient variety of French, a written variety of Japanese などとなるだろうか.この丁寧なフレーズから,冠詞と variety of を省略したのが American English, Old French, written Japanese などの表現となっていると考えられる.
 このように,あくまで表現上のショートカットととらえるのであれば,それ以上議論する余地もないかもしれない.便宜上の省略表現にすぎないからだ.しかし,Englishes のような表現は,あえてこうした発想を形式の上にも反映させようとしたところに,新しさを感じさせる.実は Englishes という複数形だけがポイントなのではなく,an English という明示的な単数形も重要なポイントなのである.要するに English の可算名詞化こそが新しいのだ.
 American EnglishBritish English を合わせて two Englishes と表現できるようになった背景には,人々の英語観の転換がある.それまでも two varieties of English という言い方はできたわけで,ここから varieties of を省いて two Englishes という新しい表現を作った,ということだが,単に形式上の変化として済まされる問題ではない.認識の変化が関わっているのだ.英語を可算名詞と解釈しなおしたことのインパクトは大きい.
 OED の English, adj. (and adv.) and n. の II. 2. d によると,English の可算名詞としての初例は1910年の H. L. Mencken である.この項を再現しよう.

d. As a count noun: a variety of English used in a particular context or (now esp.) a certain region of the world; (in plural) regional varieties of English considered together, often in contradistinction to the concept of English as a language with a single standard or correct form.

1910 H. L. Mencken in Evening Sun (Baltimore) 10 Oct. 6/8 (heading) The two Englishes.
1941 W. Barkley (title) Two Englishes; being some account of the differences between the spoken and the written English languages.
1964 Eng. Stud. 45 21 Many people side-step the recognition of a plurality of Englishes by such judgments as: 'Oh, that's not English, that's American.'
1978 J. Pride Communicative Needs in Learning & Use of Eng. 1 The role of literature in non-native Englishes may be focal.
1984 Eng. World-wide 5 248 An overview of some aspects of various Englishes suggesting areas of possible research.
2000 Independent (Nexis) 28 June 11 It was one of the first places to be settled in the Plantations; there's an English spoken there that's unique.


 初例がアメリカ英語に関する名著 The American Language を著わしたジャーナリスト・批評家の H. L. Mencken だとは知らなかった.アメリカ英語とイギリス英語を別ものと見ていた Mencken の英語観に照らせば,彼が The two Englishes と表現したことはまったく不思議ではないが,初耳だった.
 OED の例文選びのクセはあるかもしれないが,学術雑誌や新聞という堅めのメディアからの引用が多いように見受けられる.English の可算名詞としての用法が,英語研究という学術的な文脈で使い始められ,それが少しずつ一般にも広がってきたという傾向を読み取ることができそうだ.
 Englishes のように複数形で用いられ得る,という英語観の変化の種が蒔かれてから,たかだか100余年.多少なりとも広く知られてきたものの,いまだ主として学術の分野で用いられるにすぎない特殊な用法とみることもできる.今後どれだけ人口に膾炙していくのか.見守っていきたい.

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2021-11-10 Wed

#4580. eachtheir で受ける中英語の数の不一致の例 [me_text][number][agreement][singular_they][hellog_entry_set]

 英文法には,数の不一致という問題がある.形式的には単数形である名詞句が,意味的に複数と解釈されるなどして,後続する動詞や代名詞において複数で受けられるという現象だ.規範文法に照らせばダメ出しされることになるが,英語史上ごく普通に見られ,古い用例から新しい用例まで枚挙にいとまがない (cf. 「#1144. 現代英語における数の不一致の例」 ([2012-06-14-1]),「#1334. 中英語における名詞と動詞の数の不一致」 ([2012-12-21-1])) .
 Bennett and Smithers 版の The Land of Cokaygne (ll. 151--65) を読んでいて,典型的な例をみつけたので備忘のために控えておきたい.現代英語風にいえば "each monk" を主語としながらも,同じ文のなかで所有格 "their" として受けている例だ.楽園で修道女たちが戯れているところに修道士たちがやってくるという愉快なシーンより,現代英語の拙訳つきでどうぞ.

Whan þe someris dai is hote,When the summer's day is hot,
Þe ȝung nunnes takiþ a boteThe young nuns take a boat
And doþ ham forþ in þat riuer,And betake themselves forth in that river,
Boþe wiþ oris and wiþ stere.Both with oars and with a rudder.
Whan hi beþ fur fram þe abbei,When they are far from the abbey,
Hi makiþ ham nakid forto plei,They make themselves naked to play,
And lepiþ dune into þe brimmeAnd leap down into the water
And doþ ham sleilich forto swimme.And betake themselves to swim skillfully.
Þe ȝung monkes þat hi seeþ:The young monks that see them:
Hi doþ ham vp and forþ hi fleeþ,They betake themselves up and they fly forth,
And commiþ to þe nunnes anon,And come to the nuns at once,
And euch monke him takeþ on,And each monk takes one for himself,
And snellich beriþ forþ har preiAnd quickly carries forth their prey
To þe mochil grei abbei,To the great grey abbey,


 har が現代英語の their に相当する3人称複数代名詞の属格(所有格)形であり,単数主語のはずの euch monk を複数受けしていることになる.なお,この主語の直後の him は再帰的に "for himself" ほどの意味で用いられており,これは3人称単数代名詞の与格形であるからあくまで単数受けだ.個々の修道士に注目して文を始めてはいるものの,文脈としては複数の修道士がいることが前提となっており,それに意識が引っ張られて har で複数受けしたという次第だろう.中英語でも他の時代でも普通に見られることである.
 英語史においてこのような数の不一致が珍しくなかったことは,singular_they の問題を論じる上でも重要である.規範文法の立場から singular "they" の使用を非難する論者は,しばしば数の不一致を論拠としてきたからだ.これについては singular "they" に関する一連の記事セットを参照.

 ・ Bennett, J. A. W. and G. V. Smithers, eds. Early Middle English Verse and Prose. 2nd ed. Oxford: OUP, 1968.

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2021-11-09 Tue

#4579. 複数形になると意味が変わる名詞 [plural][number][noun][semantics][homonymy][polysemy]

 『英語便利辞典』をペラペラとめくっていたら「単数と複数で意味の異なる名詞」のページ (p. 473) を発見.知らないものも多かったので,改めて英語の名詞の単複というのは難しいなと思った次第.例えば glass は「ガラス」だけれど,glasses は「眼鏡」というタイプ.

(1) 名詞の複数形が単数形の意味に加えて別の意味をもつもの

appearance出現appearances状況
armarms武器,兵器
bonebones骨格
brainbrains知力
chainchains束縛
colorcolors軍旗
compass羅針盤compassコンパス
custom習慣customs関税,税関
future未来futures(商品・為替)先物
letter文字,手紙letters文学
line行,線lines詩句
manner方法manners作法
mountainmountains山脈
numbernumbers韻文
oiloils油絵
part部分parts才能
quarter四分の一quarters宿舎
spectacle光景spectacles眼鏡
teartears悲嘆
term期間,学期terms条件


(2) 名詞の複数形が単数形の意味とは全く別の意味しかもたないもの

accomplishment成就accomplishments芸能
advice忠告advices報告
air空気airs気取り
arrangement配列,整頓arrangements手配,準備
attention注意attentions求愛
authority権威authorities当局
charge管理,世話charges料金
clothcloths衣服
coppercoppers小銭
damage損害damages損害賠償(額・金)
direction指導,指揮directions指図
forceforces軍勢
glassガラスglasses眼鏡
good????????????goods??????
ground地面grounds構内
height蕭????heights蕭????
humanity人間性humanities人文科学
instruction教えることinstructions指図
look見ることlooks容貌
need必要性needs必要品
pain苦痛pains骨折
physic医薬physics物理学
powerpowers列強,体[知]力
sale販売sales売上高
sandsands砂州
saving拙訳savings預貯金
security安全securities証券
spirit精神spirits火酒
timetimes時代
waterwaters領海,水域
wood木材woods
work仕事works工場


 これらの例において複数形は事実上語彙化しているのだろう.多義語というよりも同音異義語に近いということだ.
 関連して「#4214. 強意複数 (1)」 ([2020-11-09-1]),「#4215. 強意複数 (2)」 ([2020-11-10-1]),「#1169. 抽象名詞としての news」 ([2012-07-09-1]) を参照.

 ・ 小学館外国語辞典編集部(編) 『英語便利辞典』 小学館,2006年.

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2021-05-28 Fri

#4414. なぜ複数形語尾に -es を取る名詞があるのですか? [plural][number][suffix][khelf_hel_intro_2021][sobokunagimon][noun][consonant][assimilation]

 英語の名詞複数形に関する素朴な疑問といえば,foot -- feet, child -- children など不規則な複数形にまつわる話題がまず最初に思い浮かびます.foot -- feet についていえば,私自身も本ブログ内でこれでもかというほど繰り返し取り上げてきました(こちらの記事セットを参照).
 ところが,中学1年生に英語を教える教育現場より意外な情報が入ってきました.複数形に関する生徒からの質問で最も多かったのは「なぜ -o, -s, -z, -x, -ch, -sh で終わるとき,語尾に -es をつけるのか?」だったというのです.なぜ -s ではなくて -es なのか,という疑問ですね.この情報を寄せてくれたのは英語教員をしている私のゼミ卒業生なのですが,今回の「英語史導入企画2021」のために「複数形は全部 -s をつけるだけなら良いのに!」を作成してくれました.生の教育現場からの問題意識と英語史・英語学研究のコラボといってよいコンテンツです.
 名詞の語末音が歯擦音 (sibilant) の場合,具体的には [s, z, ʃ, ʒ, ʧ, ʤ] である場合には,複数形の語尾として -es [-ɪz] を付けるのが原則です.歴史的背景は上記コンテンツで説明されている通りです.もともとの複数形語尾は -s ではなく -es だったのです.したがって「なぜ名詞の語末音が非歯擦音の場合には,もともとの -es が -s になってしまったのか?」という問いを立てるほうが適切ということになります.この新しい問いに対しては,ひとまず「そのような音変化が生じたから」と答えておきます.では,なぜそのような音変化が歯擦音の後位置では生じなかったのでしょうか.これに対して,コンテンツでは次のように回答が与えられています.

中学生への回答として考えられるのは、「発音しにくいから」というものである。 -s、-x、-ch、-sh で終わる語の発音は [s], [z], [ʃ], [ʒ], [ʧ], [ʤ] であり,[s] や [z] と同じ摩擦音である。また、[s] や [z] は歯茎音である一方,[ʃ] や [ʒ] は後部歯茎音で、調音位置も非常に近い。これらのよく似た子音を連続して発音するよりも、母音を挟んだ方が発音しやすいため、綴りの e が残ったと考えられる。


 「発音の便」説ですね.私自身も基本的にはこれまでこのように答えてきました.確かに英語史を通じて音素配列上避けられてきた子音連鎖であり,説明として分かりやすいからです.ただ,今回改めてこの問題を考える機会を得たので,慎重に考察してみました.

 1. 歯擦音+ [s, z] の連鎖が「発音しにくい」といっても,同連鎖は音節をまたぐ環境であれば普通に存在します (ex. this style, these zoos, dish soap, garagesale, watchstrap, page zero) .したがって,調音的な観点から絶対的に「発音しにくい」ということは主張しにくいように思われます.音素配列上,同一音節内で同連鎖が避けられることは事実なので,ある環境において相対的に「発音しにくい」ということは,まだ主張できるかもしれません.ですが,それを言うのであれば,英語として「発音し慣れていない」と表現するほうが適切のように思われます.

 2. むしろ聞き手の立場に立ち,問題の子音連鎖が「聴解しにくい」と考えたらどうでしょうか.複数語尾は,英語史を通じて名詞の数 (number) に関する情報を担う重要な形態素でした.同じ名詞のカテゴリーのなかでも,性 (gender) や格 (case) は形態的に衰退しましたが,数に関しては現在まで頑強に生き延びてきました.英語において数は何らかの意味で「重要」のようです.
 話し手の立場からすれば,数がいくら重要だと意識していても,問題の子音連鎖は放っておけば調音の同化 (assimilation) の格好の舞台となり,[s, z] が先行する歯擦音に呑み込まれて消えていくのは自然の成り行きです.結果として,数カテゴリーも存続の危機に立たされるでしょう.しかし,聞き手の立場からすれば,複数性をマークする [s, z] に関してはしっかり聴解できるよう,話し手にはしっかり発音してもらいたいということになります.
 話し手が同化を指向するのに対して,聞き手は異化 (dissimilation) を指向する,そして言語体系や言語変化は両者の綱引きの上に成り立っている,ということです.この議論でいけば,今回のケースでは,聞き手の異化の効きのほうが歴史的に強かったということになります.昨今,聞き手の役割を重視した言語変化論が存在感を増していることも指摘しておきたいと思います.こちらの記事セットもご覧ください.

 さて,今回の「複数形語尾 -es の謎」のなかで,どうひっくり返っても「発音の便」説を適用できないのは,上記コンテンツでも詳しく扱われている通り,-o で終わる名詞のケースです.名詞に応じて -s を取ったり -es を取ったり,さらに両者の間で揺れを示したりと様々です.緩い傾向として,英語への同化度の観点から,同化が進んでいればいるほど -es を取る,という指摘がなされてはことは注目に値します.関連する話題は本ブログでも「#3588. -o で終わる名詞の複数形語尾 --- pianospotatoes か?」 ([2019-02-22-1]) にて扱っていますので,そちらもどうぞ.
 いずれにせよ,実に奥の深い問題ですね.恐るべし中一生.

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2021-05-20 Thu

#4406. 集合名詞の単数受け/複数受けの問題 [noun][number][agreement][ame_bre][khelf_hel_intro_2021]

 「英語史導入企画2021」のために昨日大学院生からアップされたコンテンツは「"Family is" or "Family are"」です.何の話題か想像できるでしょうか.そう,集合名詞 (collective noun) の数の一致の問題ですね.
 コンテンツでもわかりやすく解説されているとおり,family に代表される種類の集合名詞は,一般に英米変種間で用法に差があるとされます.イギリス英語では「家族という1単位」とみる場合には My family is . . . . のように単数受けし,「家族を構成する複数メンバー」とみる場合には My family are . . . . のように複数受けする.一方,アメリカ英語では,どちらの場合にも My family is . . . . のように単数受けする,といった具合です.
 英語の英米差については,本ブログでも ame_bre の記事で多く取り上げてきました.英米差を示す言語項は様々に指摘されてきましたが,その多くは絶対的な「ルール」というよりも,あくまで相対的な「傾向」にとどまることが多いものです.アメリカ英語的といわれているものがイギリス英語で生じることもありますし,逆のケースもあります.ですので,あくまで傾向ととらえる必要があるのですが,それにしてもなかなか明確な傾向が現われることも少なくないので,やはりおもしろい話題ですね.今回の「集合名詞の扱い方」も,その点で興味深い英米差のトピックとなります.
 複数的・集合的な指示対象をもつ主語に対して,動詞が単数受けなのか複数受けなのかという問題については,私も長らく関心を寄せてきました.本ブログからも,主に歴史的観点から関連する話題として以下を挙げておきましょう(一気に読みたい方はこちらの記事セットからどうぞ).

 ・ 「#312. 文法の英米差」 ([2010-03-05-1])
 ・ 「#930. a large number of people の数の一致」 ([2011-11-13-1])
 ・ 「#1144. 現代英語における数の不一致の例」 ([2012-06-14-1])
 ・ 「#1334. 中英語における名詞と動詞の数の不一致」 ([2012-12-21-1])
 ・ 「#1355. 20世紀イギリス英語で集合名詞の単数一致は増加したか?」 ([2013-01-11-1])
 ・ 「#1356. 20世紀イギリス英語での government の数の一致」 ([2013-01-12-1])

 さらにいえば,21世紀に入ってから話題をさらっている「#1054. singular they」 ([2012-03-16-1]) の問題も,今回の「集合名詞の単数受け/複数受けの問題」と無縁ではないと思っています.

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2021-04-19 Mon

#4375. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第2回「なぜ foot の複数形は feet になるの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][plural][number][i-mutation][vowel][phonetics]

 一ヶ月ほど前に「#4340. NHK『中高生の基礎英語 in English』の新連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」がスタートします」 ([2021-03-15-1]) で紹介した通り,新年度に向けて開講された新講座「中高生の基礎英語 in English」のテキストのなかで,英語のソボクな疑問に関する連載を始めています.中高生向けに「ミステリー仕立ての謎解き」というモチーフで執筆しており,英語史の超入門というべきものとなっていますので,関心のある方は是非どうぞ.先日5月号のテキストが発刊されましたので,ご案内します.

『中高生の基礎英語 in English』2021年5月号



 5月号の連載第2回で取り上げた話題は,不規則な複数形の代表例といえる feet についてです.なぜ *foots ではなく feet になるのでしょうか.
 本ブログでも「#157. foot の複数はなぜ feet か」 ([2009-10-01-1]),「#2017. foot の複数はなぜ feet か (2)」 ([2014-11-04-1]),「#4304. なぜ foot の複数形は feet なのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2021-02-07-1]),「#4320. 古英語にはもっとあった foot -- feet タイプの複数形」 ([2021-02-23-1]) で扱ってきた問題ですが,この語が歴史的にたどってきた複雑な変化を,「磁石」の比喩を用いて,これまで以上に分かりやすく解説しました.どうぞご一読ください.

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2021-02-23 Tue

#4320. 古英語にはもっとあった foot -- feet タイプの複数形 [plural][number][i-mutation][double_plural]

 単数形 foot に対する複数形 feet のような不規則な複数形の形成法について「#157. foot の複数はなぜ feet か」 ([2009-10-01-1]),「#2017. foot の複数はなぜ feet か (2)」 ([2014-11-04-1]),「#4304. なぜ foot の複数形は feet なのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2021-02-07-1]) で取り上げてきた.ドイツ語などでは現在でもお馴染みの複数形の形成法で「ウムラウト複数」などと呼ばれているが,ゲルマン祖語からゲルマン諸語が派生する前夜に生じた (i-mutation) という音韻変化の出力とされる.
 現代の標準英語においては feet, geese, lice, men, mice, teeth, women の7語にしか,かつての音韻変化の痕跡は残っていないが,古英語の段階ではこのタイプの名詞が他にもいくつか存在した.Lass (128) によると,āc (oak), bōc (book), brōc (trousers), burg (city), (cow), gāt, turf (turf), furh (furrow), hnutu (nut) などがこのタイプだった.いずれも後の歴史を通じて -s 複数に呑み込まれていったが,もしそうでなければ今頃 *each/ache, *beech, *breech, *birry, *ki(e), *gate, *tirf, *firry, *nit などのウムラウト複数が受け継がれていたはずである(ここに挙げた架空の綴字は,こんな綴字になっていたかもしれないという程の例示につき,あしからず).
 おもしろいのは,book の複数形としての *beech こそ生き残っていないが,語源的に関連する beech (ブナ)は存在することだ (cf. 「#632. bookbeech」 ([2011-01-19-1])) .また,「ズボン」を意味した複数形 *breech は今では存在しないが,ここから新たに作られた2重複数形 (double_plural) というべき breeches (半ズボン)は現役である (cf. 「#218. 二重複数」 ([2009-12-01-1])).さらに,*ki(e) も死語となっているが,ここに n 語尾を付したやはり2重複数の kine は,古風ながらもいまだに用いられている.

 ・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.

Referrer (Inside): [2021-04-19-1]

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2021-02-07 Sun

#4304. なぜ foot の複数形は feet なのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hellog_entry_set][plural][number][i-mutation]

 名詞の複数形は通常は -(e)s をつければよいだけですが,なかには不規則複数形といわれるものがあります.不規則複数形にも実は多種類あるのですが,1つのタイプとして foot --feet, goose -- geese, louse -- lice, man -- men, mouse -- mice, tooth -- teeth, woman -- women が挙げられます.語幹の母音が変異するタイプですね.英語史的にいえば,これらの複数形は同一の原理によるものとして説明できます.foot -- feet を例に,音変化の機微をご覧に入れましょう.音声解説をお聴きください.



 /i/ という母音は,音声学的にいえば極端でどぎつい音です.周囲の音を自分自身の近くに引きつけ,しばしば自他ともに変質させてしまう強力なマグネットとして作用します.例えば,この効果による /ai/ → /eː/ はよくある音変化で,「やばい」 /yabai/ も口語ではしばしば「やべー」 /yabeː/ となりますね.英語でも,day はもともとは綴字が示す通りに /dai/ に近い発音でしたが,近代までに /deː/ へと変化しました.
 これと似たようなことが,英語成立に先立つゲルマン語の時代に foot の当時の発音である /foːt/ に起こったのです.複数語尾である -iz が付加された /foːtiz/ は,どぎつい /i/ の音声的影響のもとに,やがて /feːtiz/ となりました.その後,強勢のおかれない語尾に位置する /z/ や,変化を引き起こした元凶である /i/ 自体が弱まって消失していき,最終的に /feːt/ に帰着したのです.この複数形態こそが,古英語の fēt であり,現代英語の feet なのです.
 この話題については##157,2017の記事セットで本格的に扱っていますので,関心のある方は是非そちらもご覧ください.

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2021-01-20 Wed

#4286. 双数と中動相をいっぺんに理解できる「対話の作法」 [dual][middle_voice][number][voice][dual][category][greek]

 現代英語の学習者にとって馴染みのない文法カテゴリー (category) の成員を紹介したい.数のカテゴリーにおける双数 (両数とも;dual number) と態のカテゴリーにおける中動相 (中動態とも;middle_voice) だ.
 いずれも古い印欧諸語に見られるもので,実際,古英語にも人称代名詞には双数がみられたし (cf. 「#180. 古英語の人称代名詞の非対称性」 ([2009-10-24-1])),すでに形骸化してはいたが中動相を受け継ぐ hātan "be called" なる動詞もあった.現代英語ではその伝統は形式的には完全に失われてしまっているが,機能的にいえば対応するものはある.双数には you two, a pair of . . ., a couple などの表現が対応するし,中動相には受動態構文や再帰動詞構文などが対応する.
 英語からは形式的に失われてしまった,この双数と中動相の両方をフル活用している言語が,古代ギリシア語である.哲学者の神崎繁が,各々について,また互いの接点についてとても分かりやすく啓発的なエッセイ「対話の作法」を書いている (46--47) .

 日本語は,名詞の「単数」と「複数」の区別が明確でないので,英語を学ぶ時,不定冠詞の a をつけるのかつけないのか,語尾に s をつけるのかつけないのか,迷うことになるが,ギリシャ語には,「単数」と「複数」のあいだに,さらに「双数」というのがある.要するに,二つでひと組のものをまとめた表現で,それに合わせて動詞の変化も別にある.目も手も足もそれぞれ二つなので,それらを一組だと考えれば,同じ扱いとなる.
 同じく,動詞の能動態・受動態はわかりやすいが(日本語のギリシャ語教育では,どういうわけかそれを相と呼ぶ),「中動相」というのは,純粋に能動とも受動とも言えないもので,たとえば自分の体を洗うとき,はたして自分は洗っているのか,洗われているのか――そういう場合に,「中動相」が使われる.
 実はこの「双数」と「中動相」が重なっているものがある.それは「対話」である.対話は,二人の人間が行うものであり,複数の人間のあいだで行われるにしても,その都度,結局二人ずつで行われる.そして,「対話する」という動詞は,「彼ら二人は対話している(ディアレゲストン)」のように,まさに「双数・中動相」で用いられる.つまり,単に「話す」のではなく,同時に「話される」という双方向的な活動なのである.
 最近「党首討論」なるものがあるが,あれはお互い一方的に「話す」だけで,「話される」方はすっかり抜け落ちていたような気がする.さて,みなさんは,対話してますか?


 うーん,耳が痛い.大学の授業もオンラインでコミュニケーションが一方通行となる傾向が増しており,ディアレゲストンできていない気がする.
 以上,双数と中動相がいっぺんに理解できる好例でした.

 ・ 神崎 繁 「対話の作法」『人生のレシピ 哲学の扉の向こう』 岩波書店,2020年.46--47頁.

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2020-12-20 Sun

#4255. なぜ名詞の複数形も動詞の3単現も同じ s なのですか? [hellog-radio][sobokunagimon][number][plural][3sp]

 これは私も初学者のときに疑問に思っていたような気がします.中高生に英語を教えている関係者にきいてみますと,よく出される「あるある」疑問だということで,今回の話題に取り上げようと思った次第です.s は名詞だと複数マーカーなのに,動詞だとむしろ単数マーカー.これは一体どうなっているのか,という質問は無理もありません.答えとしては,通時的に英語をみる英語史の立場からいえば完全なる偶然です.音声解説をお聴きください.



 古英語にさかのぼると,名詞の複数形の s の起源として -as という語尾があったことが分かります.確かに s と複数性は結びついていたようにも見えますが,あくまで名詞全体の1/3程度の「男性強変化名詞」に限定しての結びつきです.その他の2/3の名詞は,実は複数形で s など取らなかったのです.つまり「s = 名詞複数」の発想は,現代英語ほど強くはありませんでした.しかし,中英語以降に,この2/3を占めていた非 s 複数名詞が,次々に s 複数へと乗り換えていったのです.結果として,現在では99%の名詞が s 複数を作るに至り,「s = 名詞複数」の関係が定着しました.この s 複数の歴史的拡大にはいろいろな原因があり本格的に論じたいのもやまやまですが(←私の博士論文のテーマなのです!),半分くらいは歴史的偶然であるということで議論を止めておきたいと思います.
 一方,動詞の3単現の s についてですが,古英語や中英語ではそもそも s という語尾は一般的でなく,むしろ似て非なる子音 th をもつ -eth などが普通でした.この th が近代英語期にかけて s に置き換えられていきました.両音が音声的に近いからマージしたということでは決してなく,あくまで「置き換え」です.この変化の原因についても諸説ありますが,いずれにせよ,もともと th だったものが歴史の過程で半ば偶然に s に置換されたのです.それが現在の3単現の s となります.
 ということで,名詞の複数形語尾の s も,動詞の3単現在語尾の s も,たまたま現代では一致しているだけで,歴史的にみれば起源が異なりますし,各々の事情で変化してきた結果にすぎません.顔は似ているけれども実は血縁関係にはない,という「あるある」なのです.
 しかし,まったくの偶然ではないかもしれないという別の見方もあり得ます.「#1576. 初期近代英語の3複現の -s (3)」 ([2013-08-20-1]) の記事をどうぞ.これはこれで,なかなか鋭い視点です.

Referrer (Inside): [2022-03-03-1]

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2020-11-10 Tue

#4215. 強意複数 (2) [plural][intensive_plural][semantics][number][category][noun][terminology][countability][poetry][latin][rhetoric]

 昨日の記事 ([2020-11-09-1]) に引き続き強意複数 (intensive_plural) の話題について.この用語は Quirk et al. などには取り上げられておらず,どうやら日本の学校文法で格別に言及されるもののようで,たいていその典拠は Kruisinga 辺りのようだ.それを参照している荒木・安井(編)の辞典より,同項を引用する (739--40) .昨日の記事の趣旨を繰り返すことになるが,あしからず.

intensive plural (強意複数(形)) 意味を強調するために用いられる複数形のこと.質量語 (mass word) に見られる複数形で,複数形の個物という意味は含まず,散文よりも詩に多く見られる.抽象物を表す名詞の場合は程度の強いことを表し,具象物を表す名詞の場合は広がり・集積・連続などを表す: the sands of Sahara---[Kruisinga, Handbook] / the waters of the Nile---[Ibid.] / The moon was already in the heavens.---[Zandvoort, 19757] (月はすでに空で輝いていた) / I have my doubts.---[Ibid.] (私は疑念を抱いている) / I have fears that I may cease to be Before my pen has glean'd my teeming brain---J. Keats (私のペンがあふれんばかりの思いを拾い集めてしまう前に死んでしまうのではないかと恐れている) / pure and clear As are the frosty skies---A Tennyson (凍てついた空のように清澄な) / Mrs. Payson's face broke into smiles of pleasure.---M. Schorer (ペイソン夫人は急に喜色満面となった) / To think is to be full of sorrow And leaden-eyed despairs---J. Keats (考えることは悲しみと活気のない目をした絶望で満たされること) / His hopes to see his own And pace the sacred old familiar fields, Not yet had perished---A. Tennyson (家族に会い,なつかしい故郷の神聖な土地を踏もうという彼の望みはまだ消え去っていなかった) / All the air is blind With rosy foam and pelting blossom and mists of driving vermeil-rain.---G. M. Hopkins (一面の大気が,ばら色の泡と激しく舞い落ちる花と篠つく朱色の雨のもやで眼もくらむほどになる) / The cry that streams out into the indifferent spaces, And never stops or slackens---W. H. Auden (冷淡な空間に流れ出ていって,絶えもしないゆるみもしない泣き声).


 同様に,石橋(編)の辞典より,Latinism の項から関連する部分 (477) を引用する.

 (3) 抽象名詞を複数形で用いる表現法
 いわゆる強意複数 (Intensive Plural) の一種であるが,とくにラテン語の表現法を模倣した16世紀後半の作家の文章に多く見られ,その影響で後代でも文語的ないし詩的用法として維持されている.たとえば,つぎの例に見られるような hopes, fears は,Virgil (70--19 B.C.) や Ovid (43 B.C.--A.D. 17?) に見られるラテン語の amōrēs [L amor love の複数形], metūs [L metus fear の複数形] にならったものとみなされる.Like a young Squire, in loues and lusty-hed His wanton dayes that ever loosely led, . . . (恋と戯れに浮き身をやつし放蕩に夜も日もない若い従者のような…)---E. Spenser, Faerie Qveene I. ii. 3 / I will go further then I meant, to plucke all feares out of you. (予定以上のことをして,あなたの心配をきれいにぬぐい去って上げよう)---Sh, Meas. for M. IV. ii. 206--7 / My hopes do shape him for the Governor. (どうやらその人はおん大将と見える)---Id, Oth. II. i. 55.


 ほほう,ラテン語のレトリックとは! それがルネサンス・イングランドで流行し,その余韻が近現代英語に伝わるという流れ.急に呑み込めた気がする.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
 ・ Kruisinga, E A Handbook of Present-Day English. 4 vols. Groningen, Noordhoff, 1909--11.
 ・ 荒木 一雄,安井 稔(編) 『現代英文法辞典』 三省堂,1992年.
 ・ 石橋 幸太郎(編) 『現代英語学辞典』 成美堂,1973年.

Referrer (Inside): [2022-01-18-1] [2021-11-09-1]

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2020-11-09 Mon

#4214. 強意複数 (1) [plural][intensive_plural][semantics][number][category][noun][terminology][countability]

 英語(やその他の言語)における名詞の複数形 (plural) とは何か,さらに一般的に言語における数 (number) という文法カテゴリー (category) とは何か,というのが私の研究におけるライフワークの1つである.その観点から,不思議でおもしろいなと思っているのが標題の強意複数 (intensive_plural) という現象だ.以下,『徹底例解ロイヤル英文法』より.
 まず,通常は -s 複数形をとらないはずの抽象概念を表わす名詞(=デフォルトで不可算名詞)が,強意を伴って強引に複数形を取るというケースがある.この場合,意味的には「程度」の強さを表わすといってよい.

 ・ It is a thousand pities that you don't know it.
 ・ She was rooted to the spot with terrors.

 このような例は,本来の不可算名詞が臨時的に可算名詞化し,それを複数化して強意を示すという事態が,ある程度慣習化したものと考えられる.可算/不可算の区別や単複の区別をもたない日本語の言語観からは想像もできない,ある種の修辞的な「技」である.心理状態を表わす名詞の類例として despairs, doubts, ecstasies, fears, hopes, rages などがある.
 一方,上記とは異なり,多かれ少なかれ具体的なモノを指示する名詞ではあるが,通常は不可算名詞として扱われるものが,「連続」「広がり」「集積」という広義における強意を示すために -s を取るというケースがある.

 ・ We had gray skies throughout our vacation.
 ・ They walked on across the burning sands of the desert.
 ・ Where are the snows of last year?

 ほかにも,気象現象に関連するものが多く,clouds, fogs, heavens, mists, rains, waters などの例がみられる.
 「強意複数」 (intensive plural) というもったいぶった名称がつけられているが,thanks (ありがとう),acknowledgements (謝辞),millions of people (何百万もの人々)など,身近な英語表現にもいくらでもありそうだ.英語における名詞の可算/不可算の区別というのも,絶対的なものではないと考えさせる事例である.

 ・ 綿貫 陽(改訂・著);宮川幸久, 須貝猛敏, 高松尚弘(共著) 『徹底例解ロイヤル英文法』 旺文社,2000年.

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2020-10-14 Wed

#4188. なぜ sheep の複数形は sheep なのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][number][plural][oe][sound_change][analogy][high_vowel_deletion][analogy]

 sheep, deer のような普通名詞の複数形は,どういうわけか無変化で sheep, deer のままです.英語には,このような「単複同形」と呼ばれる名詞が少ないながらもいくつか存在しますが,いったいどのような背景があるのでしょうか.ラジオの解説をお聴きください.



 英語の歴史においては,もともとは sheep にせよ deer にせよ,単数形と複数形は形態的に区別されていました.古英語より前の時代には,単数形 scēap に対して *scēapu,同様に単数形 dēor に対して *dēoru のように,語尾によって単複が区別されていたのです.しかし,古英語期までに,専門的には「高母音削除」(high_vowel_deletion) と呼ばれる音変化が生じて語尾の -u が消失し,単複同形となってしまっていたのです.
 さて,このタイプの単語に,動物や単位を表わす名詞が少なからず含まれていたことが,続く中英語期の展開においてポイントとなってきます.主として狩猟対象となる動物(群れ)や数の単位を表わす名詞は,単数よりも複数で用いられることが多いのは自然に理解できるでしょう.これらの名詞は,複数形で使われるのがデフォルトなのです.すると,あえて -s などをつけて複数形であることを明示する必要もなく,そのまま裸の形で実質的に複数を表わすという慣習が拡がりました.もともと古英語期には複数形に -s 語尾をとっていた fish ですら,この慣習に巻き込まれて単複同形となりました.結果として,狭い意味領域ではありますが,動物の群れや数の単位を表わすいくつかの名詞が,英語では特殊な「単複同形」を取ることになったのです.具体的には,sheep, deer, fish, carphundred, thousand, million, billion などの名詞です.
 sheepdeer は,このような傾向のモデルとなった,古英語から続く老舗の名詞なのです.しかし,改めて強調しておきますが,sheepdeer とて,古英語より前の時代には,きちんと形態的に異なる複数形を示していたということです.音変化とその後の語彙・意味的な類推作用 (analogy) の結果,現代のような単複同形になっているのだということを銘記しておきたいと思います.
 この問題と関連して,##12,1512,2232の記事セットを参照していただければと思います.

Referrer (Inside): [2023-01-01-1] [2022-01-01-1]

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