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interjection - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-04-27 09:58

2022-12-24 Sat

#4989. 近代英語の Merry Christmas! と中英語の Nowell! [interjection][chaucer][christmas][greetings][anglo-norman][shakespeare][chaucer][sggk]

 2022年のクリスマス・イヴです.この時期の英語での「時候の挨拶」は,いわずとしれた Merry Christmas! ですね.オリジナルの形は (I wish you a) merry Christmas! ほどで,挨拶 (greetings) のために先行する部分が省略された事例です.イギリス英語ではしばしば Happy Christmas! ともいわれ,宗教色を控えてHappy Holidays! なども用いられます.関連して「#4284. 決り文句はほとんど無冠詞」 ([2021-01-18-1]),「#4259. クリスマスの小ネタ5本」 ([2020-12-24-1]) もご一読ください.
 Merry Christmas について OED を調べてみると,この挨拶の初出は初期近代英語期の1534年のことです.1534年といえば,ヘンリー8世がローマ教会と決別して英国国教会 (Church of England) を成立させた年ですね.16世紀からの最初期の3例文を挙げましょう.

1534 J. Fisher Let. 22 Dec. in T. Fuller Church Hist. Eng. (1837) v. iii. 47 And thus our Lord send yow a mery Christenmas, and a comfortable, to yowr heart desyer.
1565 J. Scudamore Let. 17 Dec. in Hereford Munic. MSS (transcript) (O.E.D. Archive) I. ii. 209 And thus I comytt you to god, who send you a mery Christmas & many.
1600 W. Shakespeare Henry IV, Pt. 2 v. iii. 36 Welcome mery shrouetide.


 最初期は,共起する動詞は wish よりも send が普通だったのでしょうか.Lord 「主」から贈られる言葉だったようですね.
 中英語期までは,代わりにアングロノルマン語由来の Nowell が「クリスマス」の意味および挨拶のために用いられていました (cf. フランス語 (Je souhaite un) joyeux No&etrema;l!) .OED の Nowell, int. and n. の第1語義と初例を覗いてみましょう.初例はジェフリー・チョーサー (Geoffrey Chaucer) の『カンタベリ物語』 (The Canterbury Tales) からです.

A. int.
 A word shouted or sung: expressing joy, originally to commemorate the birth of Christ. Now only as retained in Christmas carols (cf. NOEL n.).

   c1395 G. Chaucer Franklin's Tale 1255 Biforn hym stant brawen of tosked swyn, And Nowel crieth euery lusty man.


 ちなみに,Nowell は「クリスマスの饗宴」の語義もあり,これは『ガウェイン卿と緑の騎士』 (Sir Gawain and the Green Knight) の冒頭に近いアーサー王の宮廷の場面での使用が初例となっています.
 

c1400 (?c1390) Sir Gawain & Green Knight (1940) 65 (MED) Loude crye watz þer kest of clerkez & o綻er, Nowel nayted o-newe, neuened ful ofte.


 クリスマス関連の語彙については,OED ブログより A Christmassy Lexicon の記事をお勧めします.
 ということで,今日は中世風に Nowell!

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2022-08-28 Sun

#4871. but の手続き的情報 [conjunction][pragmatics][relevance_theory][discourse_marker][interjection]

 名詞や動詞など大多数の語句は概念的情報を有している.一方,語句のなかには手続き的情報をもつものがある.吉村 (192) によれば,後者は次のような役割を果たす.

発話の聞き手が,どのような解釈の仕方をすればいいのかを指示する情報を持つ表現がある.このような指示が発話に含まれていると,聞き手は,余計な労力を使わず,発話の意味を正しく解釈することができる.処理労力を少なくすることによって発話の関連性達成に貢献するのである.このような表現を,手続き的情報を持つ表現という.


 例として but の手続き的情報について考えてみよう.以下の2文は真理条件は同じだが,意味としては何らかの違いがあるように感じられる.

 (1) She is a linguist, but she is quite intelligent.
 (2) She is a linguist, and she is quite intelligent.

 (1) は but が使われているために,前半と後半のコントラストが意図されているが,(2) にはそのような意図はない.(1) の聞き手は,but によるコントラストが成り立つように,話し手の想定 (assumption) が "All linguists are unintelligent." であることを割り出す.もしこの想定が正しければ she について導かれる帰結は "she is unintelligent" と想定されるはずだが,実際はむしろ逆に she is quite intelligent と明言されているのだ.つまり,当初の想定が打ち消されている.
 聞き手にこのような解釈をするように指示しているのが,but の手続き的情報だと考えられる.吉村 (194) によれば「このような情報が聞き手に与えられると,余分な処理労力を使わずに話し手の意図した解釈にたどり着くことができる.手続き的情報を持つ表現は,聞き手の処理労力を減らすことによって,発話の関連性に貢献しているのである」.
 他に手続き的情報をもつ語句としては,so, therefore, nevertheless, after all などの談話標識 (discourse_marker) や,oh, well などの間投詞 (interjection) が挙げられる.いずれに関しても,関連性理論 (relevance_theory) の立場から興味深い分析が示されている.

 ・ 吉村 あき子 「第4章 統語論 機能的構文論」『日英対照 英語学の基礎』(三原 健一・高見 健一(編著),窪薗 晴夫・竝木 崇康・小野 尚久・杉本 孝司・吉村 あき子(著)) くろしお出版,2013年.

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2021-05-13 Thu

#4399. 間投詞 My word! [asseveration][swearing][interjection][taboo][euphemism][labiovelar][phonetics][khelf_hel_intro_2021]

 昨日「英語史導入企画2021」に公表されたコンテンツは,大学院生による「Oh My Word!?なぜ Word なのか?自己流考察?」である.
 間投詞 Oh my God! はタブー (taboo) とされるほど強烈な響きをもち,一般的には使用が避けられる.それに代わる婉曲表現 (euphemism) として,(Oh my) Gosh!, (Oh my) goodness!, Oh my! などがよく知られているが,要するに音韻的に似た語による置換や省略などに訴えかけてオリジナル表現を匂わせるという方法を採っているのである.
 コンテンツ発表者は,標題の My word! という間投詞も Oh my God! の婉曲表現の1つではないかと「自己流考察」を試みている.その心は,God の [g] と word の [w] が実は音声学的に近いという事実である.確かに調音音声学的にいえば,両者は軟口蓋唇音 (labiovelar) において接点をもつ.関連する本ブログの記事として「#1151. 多くの謎を解き明かす軟口蓋唇音」 ([2012-06-21-1]),「#3870. 中英語の北部方言における wh- ならぬ q- の綴字」 ([2019-12-01-1]),「#3871. スコットランド英語において wh- ではなく quh- の綴字を擁護した Alexander Hume」 ([2019-12-02-1]),「#3409. 日本語における合拗音の消失」 ([2018-08-27-1]),「#3410. 英語における「合拗音」」 ([2018-08-28-1]) を挙げておきたい.
 共時的な観点から GodWord を結びつけてみる試みはおもしろい.
 一方,歴史的にはどうだろうか.OED の word, n. and int. を参照すると次のようにある.

P3. e. my word (esp. as an exclamation) = upon my word at Phrases 1g(b)(ii).

 1722 A. Philips Briton ii. iii. 14 He loves thee, Gwendolen:---My word, he does.
 1821 London Mag. June 658/2 When the New Town Christeners had exhausted their Georges and Charlottes and Fredericks and Hanovers, (and, my word, they did extend the royalty).
 1841 E. C. Gaskell Lett. (1966) 44 My word! authorship brings them in a pretty penny.
 1857 F. Locker London Lyrics 72 Half London was there, and, my word, there were few..But envied Lord Nigel's felicity.
 1874 A. Trollope Harry Heathcote ii. 49 'You dropped the match by accident?' 'My word, no. Did it o' purpose to see.'
 1932 P. Hamilton Siege of Pleasure ii. 62 in Twenty Thousand Streets under Sky (1935) 'My word!' said Violet. 'You didn't half give me a turn.'
 1960 C. Day Lewis Buried Day ii. 43 My word, how we did dress up in those days!
 2004 G. Woodward I'll go to Bed at Noon xiii. 237 'That's an old Vincent,' said Janus Brian, 'my word. Haven't seen one of those for years'.


 誓言 (asseveration) としての前置詞句 upon my word と同機能の間投詞として,18世紀前半に初出したようだ.一方,この誓言の前置詞句 upon my wordof my word などとともに1600年前後から用いられている.おそらくこの前置詞句が単独で間投詞として用いられるようになり,やがてこの前置詞が脱落した省略版も用いられるようになったということだろう.

Referrer (Inside): [2021-07-22-1]

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2021-04-28 Wed

#4384. goodbye と「さようなら」 [interjection][euphemism][subjunctive][optative][etymology][personal_pronoun][abbreviation][khelf_hel_intro_2021]

 昨日,学部生よりアップされた「英語史導入企画2021」の20番目のコンテンツは,goodbye の語源を扱った「goodbye の本当の意味」です.
 God be with ye (神があなたとともにありますように)という接続法 (subjunctive) を用いた祈願 (optative) の表現に由来するとされます.別れ際によく用いられる挨拶となり,著しく短くなって goodbye となったという次第です.ある意味では「こんにちはです」が「ちーす」になるようなものです.
 しかし,ここまでのところだけでも,いろいろと疑問が湧いてきますね.例えば,

 ・ なぜ Godgood になってしまったのか?
 ・ なぜ bebye になってしまったのか?
 ・ なぜ with ye の部分が脱落してしまったのか?
 ・ そもそも you ではなく ye というのは何なのか?
 ・ なぜ祝福をもって「さようなら」に相当する別れの挨拶になるのか?

 いずれも英語史的にはおもしろいテーマとなり得ます.上記コンテンツでは,このような疑問のすべてが扱われているわけではありませんが,God be with ye から goodbye への変化の道筋について興味をそそる解説が施されていますので,ご一読ください.
 とりわけおもしろいのは,別れの挨拶として日本語「さようなら(ば,これにて失礼)」に感じられる「みなまで言うな」文化と,英語 goodbye (< God be with ye) にみられる「祝福」文化の差異を指摘しているところです.
 確かに英語では (I wish you) good morning/afternoon/evening/night から bless you まで,祝福の表現が挨拶その他の口上となっている例が多いように思います.高頻度の表現として形態上の縮約を受けやすいという共通点はあるものの,背後にある「発想」は両言語間で異なっていそうです.

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2021-02-16 Tue

#4313. 呼格,主格,対格の関係について一考 [greetings][interjection][formula][syntax][exclamation][pragmatics][syncretism][latin][case]

 昨日の記事「#4312. 「呼格」を認めるか否か」 ([2021-02-15-1]) で話題にしたように,呼格 (vocative) は,伝統的な印欧語比較言語学では1つの独立した格として認められてきた.しかし,ラテン語などの古典語ですら,第2活用の -us で終わる単数にのみ独立した呼格形が認められるにすぎず,それ以外では形態的に主格に融合 (syncretism) している.「呼格」というよりも「主格の呼びかけ用法」と考えたほうがスッキリするというのも事実である.
 このように呼格が形態的に主格に融合してきたことを認める一方で,語用的機能の観点から「呼びかけ」と近い関係にあるとおぼしき「感嘆」 (exclamation) においては,むしろ対格に由来する形態を用いることが多いという印欧諸語の特徴に関心を抱いている.Poor me!Lucky you! のような表現である.
 細江 (157--58) より,統語的に何らかの省略が関わる7つの感嘆文の例を挙げたい.各文の名詞句は形式的には通格というべきだが,機能的にしいていうならば,主格だろうか対格だろうか.続けて,細江の解説も引用する.

  How unlike their Belgic sires of old!---Goldsmith.
  Wonderful civility this!---Charlotte Brontë.
  A lively lad that!---Lord Lytton.
  A theatrical people, the French?---Galsworthy.
  Strange institution, the English club.---Albington.
  This wish I have, then ten times happy me!---Shakespeare.

 この最後の me は元来文の主語であるべきものを表わすものであるが,一人称単数の代名詞は感動文では主格の代わりに対格を用いることがあるので,これには種々の理由があるらしい(§130参照)が,ラテン語の語法をまねたことも一原因であったと見られる.たとえば,

  Me miserable!---Milton, Paradise Lost, IV. 73.

は全くラテン語の Me miserum! (Ovid, Heroides, V. 149) と一致する.


 引用最後のラテン語 me miserum と関連して,Blake の格に関する理論解説書より "ungoverned case" と題する1節も引用しておこう (9) .

In case languages one sometimes encounters phrases in an oblique case used as interjections, i.e. apart from sentence constructions. Mel'cuk (1986: 46) gives a Russian example Aristokratov na fonar! 'Aristocrats on the street-lamps!' where Aristokratov is accusative. One would guess that some expressions of this type have developed from governed expressions, but that the governor has been lost. A standard Latin example is mē miserum (1SG.ACC miserable.ACC) 'Oh, unhappy me!' As the translation illustrates, English uses the oblique form of pronouns in exclamations, and outside constructions generally.


 さらに議論を挨拶のような決り文句にも引っかけていきたい.「#4284. 決り文句はほとんど無冠詞」 ([2021-01-18-1]) でみたように,挨拶の多くは,歴史的には主語と動詞が省略され,対格の名詞句からなっているのだ.
 語用的機能の観点で関連するとおぼしき呼びかけ,感嘆,挨拶という類似グループが一方であり,歴史形態的に区別される呼格,主格,対格という相対するグループが他方である.この辺りの関係が複雑にして,おもしろい.

 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.
 ・ Blake, Barry J. Case. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2001.

Referrer (Inside): [2021-02-21-1]

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2021-01-18 Mon

#4284. 決り文句はほとんど無冠詞 [greetings][interjection][formula][syntax][article][exclamation][pragmatics][christmas]

 正式な I wish you a merry Christmas! という挨拶を省略すると Merry Christmas! となり,I wish you a good morning. を省略すると Good morning! となる.身近すぎて気に留めることもないかもしれないが,挨拶のような決り文句 (formula) を名詞句へ省略する場合には,冠詞を切り落とすことが多い.前置詞句などを伴うケースで A merry Christmas to you! のように冠詞が残ることもあり,水を漏らさぬルールではないものの,決り文句性が高ければ高いほど冠詞まで含めて省略されるようだ.感嘆句的な Charming couple!, Dirty place!, Excellent meal!, Poor thing!, Good idea!, Lovely evening! とも通じ合うし,その他 Cigarette?, Good flight?, Next slide? などの疑問句にも通じる冠詞の省略といえる.代表的な決り文句を,Quirk et al (§11.54) より一覧しよう.

GREETINGS: Good morning, Good afternoon, Good evening <all formal>; Hello; Hi <familiar>
FAREWELLS: Goodbye, Good night, All the best <informal>, Cheers, Cheerio <BrE, familiar>, See you <familiar>, Bye(-bye) <familiar>, So long <familiar>
INTRODUCTIONS: How do you do? <formal>, How are you?, Glad to meet you, Hi <familiar>
REACTION SIGNALS:
   (a) assent, agreement: Yes, Yeah /je/; All right, OK <informal>, Certainly, Absolutely, Right, Exactly, Quite <BrE>, Sure <esp AmE>
   (b) denial, disagreement: No, Certainly not, Definitely not, Not at all, Not likely
THANKS: Thank you (very much), Thanks (very much), Many thanks, Ta <BrE slang>, Thanks a lot, Cheers <familiar BrE>
TOASTS: Good health <formal>, Your good health <formal>, Cheers <familiar>, Here's to you, Here's to the future, Here's to your new job
SEASONAL GREETINGS: Merry Christmas, Happy New Year, Happy Birthday, Many happy returns (of your birthday), Happy Anniversary
ALARM CALLS: Help! Fire!
WARNINGS: Mind, (Be) careful!, Watch out!, Watch it! <familiar>
APOLOGIES: (I'm) sorry, (I beg your) pardon <formal>, My mistake
RESPONSES TO APOLOGIES: That's OK <informal>, Don't mention it, Not matter <formal>, Never mind, No hard feelings <informal>
CONGRATULATIONS: Congratulations, Well done, Right on <AmE slang>
EXPRESSIONS OF ANGER OR DISMISSAL (familiar; graded in order from expressions of dismissal to taboo curses): Beat it <esp AmE>, Get lost, Blast you <BrE>, Damn you, Go to hell, Bugger off <BrE>, Fuck off, Fuck you
EXPLETIVES (familiar; likewise graded in order of increasing strength): My Gosh, (By) Golly, (Good) Heavens, Doggone (it) <AmE>, Darn (it), Heck, Blast (it) <BrE>, Good Lord, (Good) God, Christ Almighty, Oh hell, Damn (it), Bugger (it) <esp BrE>, Shit, Fuck (it)
MISCELLANEOUS EXCLAMATIONS: Shame <familiar>, Encore, Hear, hear, Over my dead body <familiar>, Nothing doing <informal>, Big deal <familiar, ironic>, Oh dear, Goal, Checkmate


 決り文句の多くは何らかの統語的省略を経たものであり,それだけでも不規則と言い得るが,加えて様々な統語的制約が課されるという特徴もある.例えば,過去形にすることはできない,主語を別の人称に変えることはできない,間接疑問に埋め込むことができない等々の性質をもつものが多い.ただし,決り文句性というのも程度問題で,(A) happy new year! のように,不定冠詞の有無などに関して variation を残すものもあるだろうと考えている.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

Referrer (Inside): [2022-12-24-1] [2021-02-16-1]

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2020-10-27 Tue

#4201. 手紙の書き出しの Dear my friend [vocative][pragmatics][adjective][interjection][syntax][word_order][pragmatic_marker][coca]

 最近,大学院生の指摘にハッとさせられることが多く,たいへん感謝している.標記の話題も一種の定型文句とみなしており,とりたてて分析的に考えたこともなかったが,指摘を受けて「確かに」と感心した.dear は「親愛なる」を意味する一般の形容詞であるから,my dear friend ならよく分かる.しかし,手紙の冒頭の挨拶 (salutation) などでは,統語的に破格ともいえる Dear my friend が散見される.Dear Mr. Smith なども語順としてどうなのだろうか.
 共時的な感覚としては,冒頭の挨拶 Dear は純然たる形容詞というよりは,挨拶のための間投詞 (interjection) に近いものであり,語用標識 (pragmatic_marker) といってよいものかもしれない.つまり,正規の my dear friend と,破格の Dear my friend を比べても仕方ないのではないか,ということかもしれない.CGEL (775) でも,以下のように挨拶を導入するマーカーとみなして済ませている.

It is conventional to place a salutation above the body of the letter. The salutation, which is on a line of its own, is generally introduced by Dear;
   Dear Ruth   Dear Dr Brown   Dear Madam   Dear Sir


 しかし,通時的にみれば疑問がいろいろと湧いてくる.Dear my friend のような語順が初めて現われたのはいつなのだろうか? その語用標識化の過程はいかなるものだったのだろうか? 近代英語では Dear my lordDear my lady の例が多いようだが,これは milord, milady の語彙化とも関わりがあるに違いない,等々.
 ただし,現代英語の状況について一言述べておけば,COCA で検索してみた限り,実は「dear my 名詞」の例は決して多くない.歴史的にもいろいろな観点から迫れる,おもしろいテーマである(←Kさん,ありがとう!).

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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2020-02-03 Mon

#3934. イギリスの er とアメリカの uh [interjection][spelling][pronunciation][ame_bre][rhotic][onomatopoeia]

 言葉につかえた際などの言いよどみの典型的な filler として,標記の語がある.eruh も発音上は大差なく /ə, əː, ʌ/ で一致しているといってよいが,スペリングは大きく異なり,辞書では別々の間投詞 (interjection) として扱われている.一般的にいえば,er がイギリス英語,uh がアメリカ英語に典型的な filler である.
 この分布は,いわれてみればなるほどと納得できる.標準的には non-rhotic であるイギリス発音(具体的には RP など)を念頭におけば,er というスペリングが,母音のみの発音に対応しているのは普通のことである.一方,rhotic な一般アメリカ英語(具体的には General American など)を念頭におくと,er のスペリングで母音のみの発音に対応させるのには抵抗があるのかもしれない.アメリカ英語では,er のスペリングと発音の間に不規則性が感じられるということで,uh という別の綴り方が「発明」されたのではないか.Cook (183) がこの辺りの事情に触れている.

. . . characters who hesitate in British novels say 'er', whereas those in American novels say 'uh', though the sound is doubtless the same. The American correspondence of <er> would have to be /ər/, whereas <uh> can correspond to /ə/ in a more straightforward way.


 なお,eruh も言いよどみに際する心理的・生理的な作用の結果として発せられた音をスペリングに書き起こした擬声語だが,この形自体はかなり新しい.OED によると,er は初例が1862年,uh は1962年である.
 英米変種間のスペリングの差異の例はごまんと挙げることができるが(cf. 「#244. 綴字の英米差のリスト」 ([2009-12-27-1])),発音上の non-rhotic/rhotic の違いがスペリングの差異と密接に関連している今回のような例はほとんど見たことがない.もっとも eruh はスペリングの差異ではなく,本質的には語の差異であると議論することは可能かもしれないが.

 ・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.

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2019-10-08 Tue

#3816. quotha [etymology][interjection][verb][comment_clause][subjectification][discourse_marker]

 昨日の記事「#3815. quoth の母音」 ([2019-10-07-1]) で,古風で妙な振舞を示す動詞 quoth を紹介したが,quoth he という句が約まって間投詞として機能するようになった quotha /ˈkwoʊθə/ なる,もっと変な語も存在する.やはり古めかしい表現だが,引用の後で軽蔑や皮肉をこめて用いられ,「あきれた,まったく,ほんとに,フフン!」ほどを意味する.
 OEDquotha, int. によると,初出は次のように?1520となっている.

?1520 J. Rastell Nature .iiii. Element sig. Bvjv Thre course dysshes qd a.


 この例のように,初期近代英語では qd aqda などと省略表記されていたようだ.語用的な効果が感じられる近現代からの例を,もう少し挙げておこう.

 ・ 1698 Unnatural Mother iv. 33 Hei, hei! handsom, kether! sure somebody has been rouling him in the rice.
 ・ 1720 W. Congreve Love for Love v. i. 115 Sleep quotha! No, why you would not sleep o'your wedding night!
 ・ 1884 R. Browning Mihrab Shah in Ferishtah's Fancies 99 Attributes, quotha? Here's poor flesh and blood.
 ・ 1997 T. Pynchon Mason & Dixon 507 It's Emerson and that lot. Ragged children. Swarms, quotha.


 quoth he という句が,談話標識 (discourse_marker) へと主観化 (subjectification) した事例として,歴史語用論的におもしろいトピックである.

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2019-06-26 Wed

#3712. 英語の間投詞 (2) [interjection][exclamation]

 「#3689. 英語の間投詞」 ([2019-06-03-1]) に引き続いての話題.The Oxford Dictionary of Word Histories の p. 554 に,"Natural exclamations" と題するボキャビル欄がある.主要な英語の間投詞 (interjection) が初出時代や起源の記述とともに列挙されているものだが,現代も含め各時代に次々と新しい間投詞が生まれているものなのだなあと発見でき,なかなかおもしろい.

InterjectionFirst AttestationUsage
awmid 19th century in American Englishexpressing mild protest
faughmid 16th centuryexpressing disgust
heyMiddle Englishsaid in attracting attention
hilate Middle Englishsaid in greeting
hoMiddle Englishexpressing surprise or derision
hootsearly 19th century, but mid 16th century as hootexpressing impatience
hoylate Middle Englishsaid to attract attention
loOld English as said to indicate an amazing event.
ohMiddle Englishexpressing entreaty or mild surprise
oofmid 19th centuryexpressing alarm or annoyance
oohearly 20th centuryexpressing delight or pain
oops1930ssaid on making an error
ouchmid 17th centuryexpressing pain
owmid 19th centuryexpressing pain
poohlate 16th centuryexpressing disgust
pshawlate 17th centuryexpressing impatience or contempt
shoolate Middle Englishsaid to frighten off the hearer
whee1920sexpressing delight
whishtmid 16th centurysaid to hush the hearer
whooearly 17th centuryexpressing surprise or delight
wowearly 16th centuryexpressing admiration
yahearly 17th centuryexpressing derision
yahoo1970sexpressing excitement
yeehaw1970s in American Englishexpressing exuberance
yeow1920s in American Englishexpressing shock
yippee1920s in American Englishexpressing wild excitement
yolate Middle Englishsaid in greeting
yoo-hoo1920ssaid to attract attention
zowieearly 20th century in American Englishexpressing astonishment


 oops, ouch, pooh, wow など,よく知られているものでも,近代英語以降の初出と,意外に遅いことに気づく.間投詞が開かれた語類であることを再認識できた.

 ・ Chantrell, Glynnis, ed. The Oxford Dictionary of Word Histories. Oxford: OUP, 2002.

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2019-06-03 Mon

#3689. 英語の間投詞 [interjection]

 昨日の記事で間投詞(感動詞; interjection)を取り上げたが,考えてみれば妙な語類である.通常,文中の他の要素と統語的な関係をなさないので,そもそも外れ者である.また,完全に閉じた語類というわけではないが,慣習的に用いられるものは比較的少数の語句に限られており,やはり日陰者といってよい.さらに,その言語の体系的な音素体系から外れた音素を用いるものがあるという点でも,変態的である.主流派の言語学において,周辺的な品詞とみられてきたのも容易にうなずける.
 実際,英語の間投詞については,Quirk et al. の大部の文法書ですら扱いが薄い.Interjections と題された§11.55 (p. 853) をまるまる引用しても,以下の程度である.

Interjections are purely emotive words which do not enter into syntactic relations. Some of them have phonological features which lie outside the regular system of the language. Whew, for instance, contains a bilabial fricative [ɸɪu], [ɸː]; tut-tut consists of a series of alveolar clicks, []. What we produce below are the spelling conventions for a wide range of sounds. Secondary pronunciations are derived from the spelling conventions (cf Note [c] below). In addition, many interjections may be associated with nonsystematic features such as extra lengthening and wide pitch range.

Ah (satisfaction, recognition, etc); Aha (jubilant satisfaction, recognition); Ahem, [əʔəm] (mild call for attention); Boo (disapproval, usually for a speaker at gathering; also surprise noise); Eh? [eɪ] (impolite request for repetition . . .); Hey (call for attention); Mm (casual 'yes'); Oh (surprise); Oho (jubilant surprise); Ooh (pleasure or pain); Oops (mild apology, shock, or dismay), Ouch [aʊʧ], Ow [aʊ] (pain); Pooh (mild disapproval or impatience); Sh [ʃ] (request for silence or moderation of noise); Tut-tut [] (mild regret, disapproval); Ugh [ʌx] (disgust); Uh-huh, also Uh-uh (agreement or disagreement); Wow (great surprise)


Note [a] The above is not intended as a complete list. Some interjections are less frequent, eg: Yippee (excitement, delight), Psst [ps] (call for attention, with request for silence). The archaic interjection Alas (sorrow) may be encountered in literature.
       [b] Interjections are sometimes used to initiate utterances: Oh, what a nuisance; Ah, that's perfect.
       [c] There are also some spelling pronunciations: [ʌɡ] for ugh; [tʌt tʌt] for tut-tut, often with an ironic tone; [həʊ həʊ] and [hɑː hɑː], both representing laughter, are always ironic.


 間投詞で何か追究しようとしたら,どんなテーマが可能だろうか.これ自体,お題としておもしろい.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

Referrer (Inside): [2019-06-26-1]

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2019-06-02 Sun

#3688. 日本語の感動詞の分類 [interjection][speech_act][pragmatics]

 『図解日本語』 (107) に,日本語の感動詞(あるいは間投詞)の分類例が示されていた.機能に着目した分類である.

                               ┌── 第一種〈あいさつ〉───── 「こんにちわ」「ごめんなさい」
┌── 第 I 類〔行為相当〕──┤
│                             └── 第二種〈呪文・まじない〉── 「アーメン」「ちちんぷいぷい」
│
├── 第 II類〔行為添加〕───── 〈かけ声・はやし声〉──── 「どっこいしょ」「ハァコリャコリャ」
│
├── 第III類〔発始記号〕──┬── 第一種〈呼びかけ〉───── 「やあ」「おい」「こら」
│                             │
│                             ├── 第二種〈起動〉─────── 「さあ」「ほら」
│                             │
│                             ├── 第三種〈持ちかけ〉───── 「ねえ」「なあ」
│                             │
│                             ├── 第四種〈応答〉─────── 「はい」「うん」「ええ」「いいえ」
│                             │
│                             └── 第五種〈反応〉─────── 「あっ」「ほう」「おっと」
│
└── 第 IV類〔遊びことば〕─────────────────── 「えーと」「あー,うー」「そのー」

 ほぼそのまま英語にも応用できると思われるので,参考になる.英語の間投詞については「#2041. 談話標識,間投詞,挿入詞」 ([2014-11-28-1]) も参照.近年は語用論や発話行為というトピックへの関心が高まっておきており,それに伴って感動詞の注目度も上がってきているように思われる.

 ・ 沖森 卓也,木村 義之,陳 力衛,山本 真吾 『図解日本語』 三省堂,2006年.

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2016-04-07 Thu

#2537. Jesus ??????????? [historical_pragmatics][pragmatics][taboo][interjection][swearword][invited_inference][subjectification][grammaticalisation]

 驚きや狼狽を表し,「ちくしょう,くそっ,なってこった」ほどと訳される間投詞としての Jesus がある.Godgoddamn などと同様の罵り言葉であり,明らかに宗教的な名前に起源をもつが,それが時とともに語用標識 (pragmatic marker) へと発展したものである.いうまでもなく元来 Jesus は神の子イエス・キリストを指すが,"Jesus, please help me." のように非宗教的な嘆願の文脈でもしばしば用いられたことから,祈り,呪い,罵りの場面と密接に関係づけられるようになった.その結果,単独で間投詞として用いられるに至り,この用法としては,もはやイエス・キリストを指示する機能はきわめて希薄である.ある特定の文脈で繰り返し用いられることにより,この語に当該の語用的な含意が染みついた語用化 (pragmaticalisation) の例である.以下,Jucker and Taavitsainen (134--38) に拠って,この現象を覗いてみよう.
 イエスの指示,嘆願における呼びかけ,そして間投詞としての Jesus の用法のグラデーションは,以下の例文により共時的にも感じ取ることができる (qtd. in Jucker and Taavitsainen 134).

 ・ I went through the motions, but I still prayed to Jesus at night, still went to church. (COCA, ABC_20/20, 2010)
 ・ Oh, Jesus please bless her. Here goes another one, little lady. (COCA, CNN_King, 1997)
 ・ He flicks on the TV. Nothing. Goddamn box. Not even plugged in. Jesus. He can't be prowling around looking for a socket. Shit. (COCA, Gologorsky, Beverly. The things we do to make it home, 1999)


 古英語でもイエスを指示したり,イエスに嘆願するのに Iesus の語が用いられていたが,宗教的な文脈に限られていた.しかし,中英語ではすでに非宗教的な文脈で用いられている.例えば,1377年には "Bi iesus, with here ieweles, howre iustices she shendeth." とあり,語用化の道,間投詞への道をすでに歩んでいることがうかがえる.語用化の前後で共通しているものは話者の運命を左右する何者かへの訴えかけであり,その者とは神だったり,上位の者だったり,運命だったりするわけだ.
 後期中英語より後では,罵り言葉としての Jesus の用法が明確になってくるが,それでも元来の用法との境目が曖昧な例は数多い.Jucker and Taavitsainen (136) は,曖昧な領域をまたぐこの語用化の道筋を誘導推論 (invited_inference) の観点から説明している.

The expression is regularly used with both the original meaning of religious invocation and the invited inference that the speaker also wants to communicate a certain amount of surprise and annoyance, and, therefore, the invited inference becomes part of the coded meaning of the expression, while the original meaning is increasingly backgrounded.


 語用化の過程は,文法化 (grammaticalisation) や主観化 (subjectification) とも密接に関わっており,実際 Jesus の経た変化は,話者の感情を伝えるようになった点で主観化の例とみることもできる.また,嘆願の呼びかけとして文頭に現われやすいことが,文の他の要素からの独立を促し,間投詞化を推し進めたととらえることもできそうである.

 ・ Jucker, Andreas H. and Irma Taavitsainen. English Historical Pragmatics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.

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2016-02-10 Wed

#2480. 命令にはなぜ動詞の原形が用いられるのか (2) [imperative][exclamation][inflection][speech_act][verb][interjection][sobokunagimon]

 [2016-02-05-1]の記事に引き続き,命令に動詞の原形が用いられる件について.先の記事の引用中にあったが,Mustanoja (473--74) が命令形と間投詞 (interjection) の近似に言及している.その箇所を引用しよう.

There is a striking functional resemblance between the imperative and the interjections. Both are functionally self-contained exclamatory expressions, both are little articulate (the singular imperative has no ending or has only -e, and the subject-pronoun is seldom expressed), and both are greatly dependent on intonation. In fact many interjections, primary and secondary, are used to express exhortations and commands (a-ha, hay, hi, harrow, out, etc. . . .), and many imperatives are used as interjections (abide, come, go bet, help, look . . . cf. present-day interjections like come on, go away, hear hear, say, say there, etc.)


 さらに,Mustanoja (630--31) では,動詞の命令形が事実上の間投詞となっている例が多く挙げられている.

Brief commands, exhortations, and entreaties are comparable to interjections. Thus in certain circumstances the imperative mood of verbs may serve as a kind of interjection: --- abyd, Robyn, my leeve brother (Ch. CT A Mil. 3129); --- come, þou art mysbilevyd (Cursor App. ii 823); --- go bet, peny, go bet, go! (Sec. Lyr. lvii refrain); --- quad Moyses, 'loc, her nu [is] bread' (Gen. & Ex. 3331); --- help, hooly croys of Bromeholm! (Ch. CT A Rv. 4286; in this and many other cases help might equally well be interpreted as a noun). Somewhat similar stereotyped uses of the imperative are herken and listen, which occur as conventional opening exclamations in numerous ME poems (herkneþ, boþe yonge and olde; --- lystenyþ, lordynges . . . .


 動詞による命令をある種の感情の発露としてとらえれば,動詞という品詞に属するという特殊事情があるだけで,それは確かに間投詞と機能的に似ている.そこで不変化詞であるかのように動詞の原形が用いられるというのは,不思議ではない.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

Referrer (Inside): [2023-06-01-1]

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2016-02-05 Fri

#2475. 命令にはなぜ動詞の原形が用いられるのか [imperative][exclamation][inflection][speech_act][verb][interjection][sobokunagimon]

 標題は,英語の命令文に関して,「#2289. 命令文に主語が現われない件」 ([2015-08-03-1]) と並んで,長らく疑問に感じていることである.
 歴史的には,命令形と不定形は別個のものである.例えば,古英語の「行く」を表わす動詞について,2人称単数への命令は ,2人称複数への命令は gāþ,不定形は gān であり,それぞれ形態は異なっていた.中英語以降,これらの屈折語尾が水平化し,形態的に軒並み go へと収斂した.
 このような歴史的背景はあるにせよ,現代英語を共時的な観点から眺めれば,典型的な命令に用いられる動詞の形態は,いわゆる原形(不定形)の形態と完全に一致している.したがって,通時的な観点を抜きに記述するのであれば(そしてそれは母語話者の文法を反映していると思われるが),命令形と原形という用語を区別する必要はなく「命令には動詞の原形を用いる」と言って差し支えない.もしこれが真に母語話者の共時的感覚だとすれば,原形の表わす不定性と命令の機能が同一の形態のなかに共存していることに関して,認知上どのようにとらえられているのだろうか.
 この問題について,松瀬 (83) で参照されていた Fischer (249) のコメントに当たってみた.

The imperative has a tendency to become invariant in form (this happened also in other Germanic languages), because it functions like a self-contained, exclamatory expression. Mustanoja (1960: 473) compares its function to that of (invariable) interjections. In an example like,

   (109) Help! Water! Water! Help, for Goddes herte! (CT I.3815 [1:3807])

help is as much an interjection as an imperative.


 命令と感嘆はある種の感情の発露として機能的に似通っており,それゆえに裸の語根そのもの(英語の場合には,すなわち原形)が用いられると解釈できるだろうか.細江 (157) が感嘆文との関連で述べている言葉を借りれば,このような語根形は「言語が文法的形式にとらわれず,その情の急なままに原始的自然の言い方に還元された」ものととらえることができる.

 ・ 松瀬 憲司 「"May the Force Be with You!"――英語の may 祈願文について――」『熊本大学教育学部紀要』64巻,2015年.77--84頁.
 ・ Fischer, O. Syntax. In The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Ed. N. Blake. Cambridge, CUP, 1992. 207--398.
 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

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2015-07-11 Sat

#2266. 間投詞 eh? は Canadianism か? [interjection][canadian_english][language_myth][french]

 アメリカ英語ともイギリス英語とも異なる変種として,カナダ英語の独自の言語特徴を語るとき,決まって指摘される言語項がある.文末に置かれる間投詞 eh? である.入国管理官は,入国者の eh? の使用によってカナダ人か否かを判別できるという逸話もあるほど,よく知られている特徴である.多くのカナダ人はこの傾向を強く自認しており,この間投詞を最も代表的なカナダ語法 (Canadianism) として意識している.
 しかし,Avis はイギリス,アメリカ,カナダの英語変種における eh? の使用の歴史と現状を調査した結果,厳密な意味での Canadianism とは言えないと結論づけている.

. . . it should seem quite obvious that eh? is no Canadianism---for it did not originate in Canada and is not peculiar to the English spoken in Canada. Indeed, eh? appears to be in general use wherever English speakers hang their hats; and in one form or another it has been in general use for centuries. On the other hand, there can be no doubt that eh? has a remarkably high incidence in the conversation of many Canadians these days. Moreover, it seems certain that in Canada eh? has been pressed into service in contexts where it would be unfamiliar elsewhere. Finally, it would appear that eh? has gained such recognition among Canadians that it is used consciously and frequently by newspapermen and others in informal articles and reports . . . and attributed freely in reported conversations with all manner of men, including athletes, professors, and politicians. (Avis 95)


Although eh? is no Canadianism, there can be little doubt that the interjection is well entrenched. . . . [M]any Canadians are aware of its current high frequency (especially in its narrative function), a fact which leads some to claim it as a Canadianism, others to use it intentionally in print, and, it must be added, some to treat it as a pernicious carbuncle. (Avis 103)


 だが,Avis の結論も,結局のところ Canadianism をどのように定義するかに依存していると言わざるをえない.カナダ英語で生まれた,かつカナダ英語でのみ用いられるという条件をつけるならば,eh? は Canadianism とはいえないのだろう.しかし,条件を緩めて,カナダ英語において特に顕著に用いられるという事実があるかないかという点からすれば,eh? は十分に Canadianism と呼ぶことはできそうだ.定義の問題はおくとして,言語的な事実を重視するならば,eh? がカナダ英語の際立った特徴の1つであることは確かのようだ.
 もう1つ重要な点は,カナダ英語話者がこの特徴を明確に意識しており,意識的に頻用する(あるいは逆に忌避する)傾向があるということだ.つまり,カナダ英語話者による意識的なステレオタイプという側面がある.カナダ人たることを標示するものとして eh? が意図的に使用されているのであれば,それは言語的な行為であると同時に,多分に社会言語学的な行為ということになる.
 最後に,カナダ英語における eh? の頻用の背景に関連して,Avis (102fn--03fn) の興味深い指摘を紹介しておこう.

Eh? is a common contour-carrier among French Canadians (along with eh bien and hein?), as it has been in the French language for centuries. This circumstance may have contributed to the high popularity of the interjection in Canada generally. (Avis 102--03fn)


 ・ Avis, Walter Spencer. "So eh? is Canadian, eh?" Canadian Journal of Linguistics 17 (1972): 89--104.

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2014-11-28 Fri

#2041. 談話標識,間投詞,挿入詞 [pragmatics][discourse_marker][interjection][terminology][prototype]

 歴史語用論では,従来の主流派言語学からは周辺的とみなされるような話題が表舞台に立つ.談話標識 (discourse marker),間投詞 (interjection),挿入詞 (insert) と呼ばれる語句も,近年,にわかに脚光を浴びるようになった.英語史研究でも,wellpleaseum 等がようやくまともに扱われるようになった.
 これらの語句には様々な分類の仕方があり,統一した呼称もない.ためしに参考書で使われている用語を列挙してみると,"discourse marker" や "interjection" のほかにも "discourse particle", "mystery particle", "implicit anchoring device" など様々である (Jucker and Taavitsainen 55) .しかし,これらの語句を体系化しようとする試みの一つに Jucker and Taavitsainen (56) による "Inserts and pragmatic noise" の図がある.説明の都合で少々改変したものを以下に示そう.

Inserts and Pragmatic Noise

 この図には "Inserts", "Pragmatic noise", "Discourse markers", "Primary interjections", "Secondary interjections", "Words", "Vocalisations" などの用語がちりばめられており,それぞれの境目があえて曖昧に示されているが,これは Jucker and Taavitsainen がこれらの語用的な諸機能をプロトタイプ的にみているからである.
 まず,図は大きく左右に二分される.図のおよそ左側を占める Inserts は,他の品詞の機能を共有しているものが多く,実質的な意味内容を有している.対する右側の Pragmatic noise は,他の品詞の機能をもたず,実質的な意味も希薄で,もっぱら語用的,対人的な役割に特化した語句といえる.さて,左側の Inserts の内部でもよりプロトタイプ的な Inserts である左端の Discourse markers と,より周辺的な右寄りの Interjections に分けられる.その Interjections も,同音語として他の品詞にも供するか否かによって Secondary interjections と Primary interjections に分かれる.図全体として左右へのグラデーションを描く語句の集合体を表現しているのがわかるだろう.なお,右端には Ha hahe he などの Vocalisations としか言いようのない役割の限定された表現がみられる.
 さらに interjections の3分類を見ておこう.Yuk!ouch! などの感情的 (emotive) なもの,aha!, Oh!, Well! などの認知的 (cognitive) なものは合わせて表現的 (expressive) な間投詞と呼ばれる.次に,聞き手に強く働きかけ,指示したり,注意を促したり,返答を求める動能的 (conative) な間投詞として shh!, eh?, hey!, ho!, Look! がある.最後に交感的 (phatic) な間投詞として,相づちを打つための mhm!, uh-huh! などが区別される (Jucker and Taavitsainen 57--58) .
 これらは現代英語における区分ではあるが,英語歴史語用論にもおよそそのまま当てはまる汎用的な区分だろう.

 ・ Jucker, Andreas H. and Irma Taavitsainen. English Historical Pragmatics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.

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2011-10-28 Fri

#914. BNC による語彙の世代差の調査 [bnc][corpus][statistics][lltest][interjection]

 昨日の記事「#913. BNC による語彙の男女差の調査」 ([2011-10-27-1]) で取りあげた Rayson et al. では,話者の性別だけでなく年齢による語彙の変異も調査されている.年齢差といっても,35歳未満か以上かで上下の世代に分けた大雑把な分類だが,結果はいくつかの興味深い示唆を与えてくれる.以下は,χ2 の上位19位までの一覧である (142--43) .

RankUnder 35Over 35
Wordχ2Wordχ2
1mum1409.3yes2365.0
2fucking1184.6well1059.8
3my762.4mm895.2
4mummy755.2er773.8
5like745.2they682.2
6na as in wanna and gonna712.8said538.3
7goes606.6says443.1
8shit410.1were385.8
9dad403.7the352.2
10daddy380.1of314.6
11me371.9and224.7
12what357.3to211.2
13fuck330.1mean155.0
14wan as in wanna320.6he144.0
15really277.0but139.0
16okay257.0perhaps136.0
17cos254.4that131.3
18just251.8see122.1
19why240.0had118.3


 予想される通り,若い世代に特徴的なキーワードはくだけた語を多く含んでいる.表外の語も含めてだが,yeah, okay, ah, ow, hi, hey, ha, no, ooh, wow, hello などの間投詞,fucking, shit, fuck, crap, arse, bollocks などのタブー語が目立つ.しかし,若い世代のキーワードとして,一見すると予想しがたい語も挙がる.例えば,please, sorry, pardon, excuse などの丁寧語が若い世代に特徴的だという.
 ほかには,若い世代に特徴的な形容詞や副詞がいくつか見られる (ex. weird, massive, horrible, sick, funny, disgusting, brilliant, really, alright, basically) .評価を表わす形容詞・副詞が多く,一種の流行とみなすことができる語群だろう.年齢差を "apparent time" の差と考えれば,そこには "real time" の変化が示唆されることになるので,この語群の通時的な頻度の増加を探るのもおもしろそうだ.

 ・ Rayson, Paul, Geoffrey Leech, and Mary Hodges. "Social Differentiation in the Use of English Vocabulary: Some Analyses of the Conversational Component of the British National Corpus." International Journal of Corpus Linguistics 2 (1997): 133--52.

Referrer (Inside): [2013-04-14-1] [2011-11-02-1]

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2011-10-27 Thu

#913. BNC による語彙の男女差の調査 [bnc][corpus][statistics][lltest][interjection][gender_difference]

 標題の話題を扱った Rayson et al. の論文を読んだ.BNC の中で,人口統計的な基準で分類された,話し言葉を収録したサブコーパス(総語数4,552,555語)を対象として,語彙の男女差,年齢差,社会的地位による差を明らかにしようとした研究である.これらの要因のなかで,語彙的変異が統計的に最も強く現われたのは性による差だったということなので,本記事ではその結果を紹介したい.
 まず,以下に挙げる数値の解釈には前提知識が必要なので,それに触れておく.BNC に収録された話し言葉は志願者に2日間の自然な会話を Walkman に吹き込んでもらった上で,それを書き起こしたものであり,その志願者の内訳は男性73名,女性75名である.会話に登場する志願者以外の話者についても,女性のほうが多い.したがって,当該サブコーパスへの参加率でいえば,全体として女性が男性よりも高くなることは不思議ではない.
 しかし,その前提を踏まえた上でも,全体として女性のほうがよく話すということを示唆する数値が出た.使用された word token 数でいえば,男性を1.00とすると女性が1.51,会話の占有率では,男性を1.00とすると女性は1.33だった.男女混合の会話では男性のほうが高い会話占有率を示すとする先行研究があるが,BNC のサブコーパスでは女性同士の会話が多かったということが,上記の結果の背景にあるのかもしれない.いずれにせよ,興味深い数値であることは間違いない.
 次に,より細かく語彙における男女差を見てみよう.男女差の度合いの高いキーワードを抜き出す手法は,原理としては[2010-03-10-1], [2010-09-27-1], [2011-09-24-1]の記事で紹介したのと同じ手法である.男性コーパスと女性コーパスを区別し,それぞれから作られた語彙頻度表を突き合わせて統計的に処理し,カイ二乗値 (χ2) の高い順に並び替えればよい.以下は,上位25位までの一覧である (136--37) .

RankCharacteristically maleCharacteristically female
Wordχ2Wordχ2
1fucking1233.1she3109.7
2er945.4her965.4
3the698.0said872.0
4year310.3n't443.9
5aye291.8I357.9
6right276.0and245.3
7hundred251.1to198.6
8fuck239.0cos194.6
9is233.3oh170.2
10of203.6Christmas163.9
11two170.3thought159.7
12three168.2lovely140.3
13a151.6nice134.4
14four145.5mm133.8
15ah143.6had125.9
16no140.8did109.6
17number133.9going109.0
18quid124.2because105.0
19one123.6him99.2
20mate120.8really97.6
21which120.5school96.3
22okay119.9he90.4
23that114.2think88.8
24guy108.6home84.0
25da105.3me83.5


 必ずしもこの25位までの表からだけでは読み取れないが,Rayson et al. (138--40) によれば以下の点が注目に値するという.

 ・ "four-letter words",数詞,特定の間投詞は男性に特徴的である (ex. shit, hell, crap; hundred, one, three, two, four; er, yeah, aye, okay, ah, eh, hmm)
 ・ 女性人称代名詞,1人称代名詞,特定の間投詞は女性に特徴的である (ex. she, her, hers; I, me, my, mine; yes, mm, really) (男性代名詞の使用には特に男女差はない)
 ・ theof の使用は男性に多い(男性に一般名詞を用いた名詞句の使用が多いという別の事実と関連するか?)
 ・ 固有名詞,代名詞,動詞は女性に多い(男性の事実描写 "report" の傾向に対する女性の関係構築 "rapport" の傾向の現われか?)
 ・ 固有名詞のなかでも,人名は女性の使用が多く,地名は男性の使用が多い.

 他のコーパスによる検証が必要だろうが,この結果と解釈に興味深い含蓄があることは確かである.
 キーワードの統計処理と関連して,コーパス言語学でカイ二乗検定の代用として広く使用されるようになってきた Log-Likelihood 検定については,自作の Log-Likelihood Tester, Ver. 1Log-Likelihood Tester, Ver. 2 を参照.

 ・ Rayson, Paul, Geoffrey Leech, and Mary Hodges. "Social Differentiation in the Use of English Vocabulary: Some Analyses of the Conversational Component of the British National Corpus." International Journal of Corpus Linguistics 2 (1997): 133--52.

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2009-11-26 Thu

#213. 「え゛ー」の発音 [pronunciation][interjection][phoneme][origin_of_language]

 マンガなどで叫び声ともうめき声ともつかない「え゛ー」や「あ゛ー」という表記を見ることがある.日本語としては非標準的な表記ではあるが,非標準としてはじわじわと認知度を広げてきている.こうした表記は通常は目で見るだけだが,あえて発音してみなさいと言われたら,どのように発音すればいいのだろうか.
 こんな他愛のない話題で,先日,同僚の英語学の先生方と盛り上がった.そこで各々の意見を述べあったが,結論は一致した.「え゛」や「あ゛」に含まれる子音は「有声声門摩擦音」ではないか.発音記号としては [ɦ] と表記される子音である.
 音声学の基礎を修めていれば,この子音の調音は理解できる.一言でいえば [h] の有声音である.しかし,これは言語音としては比較的珍しい音の一つで,正規の音素としては日本語にも英語にも存在しない.ただし,音節間を明確に切らずに「はは(母)」と発音するときに,二つ目の「は」の子音の異音として現れる場合がある.
 「え゛ー」のような感情を表現する語は間投詞 ( interjection ) と呼ばれ,この語類ではその言語の標準的な音素体系から外れた音が現れることがある.言語化される以前の感情を反射的に発する際に出される音であるから,当該言語の標準的な音素体系から独立しているということは不思議ではない.
 英語に話を移すと,不快を表す ugh [ʌx] や,軽い後悔・非難を表す tut-tut [dental_clickdental_click] のような間投詞がある.[x] は無声軟口蓋摩擦音,[dental_click] は無声歯吸着音であり,標準英語の音素体系には含まれていない子音である.
 ここで注目したいのは,日本語でも英語でも,間投詞の表す音を強引に綴字として表記しようとした場合,従来の綴字で表すことが難しいために,無理をせざるをえないという点である.「え゛ー」も強引な表記だし,ugh も強引な表記である.だが,この表記が慣習として定着してくると,逆にこの表記に基づいた新しい発音が生まれることになる.例えば,ugh は [ʌg] として,tut-tut は [tʌt tʌt] として発音されるようになってくる.もともとは感情の発露であった表記しにくい音を強引に表記することによって,今度はその表記に基づいた発音,すなわち綴り字発音 ( spelling pronunciation ) を生み出していることになる.
 仮に感情の発露としての最初の発音を「第一次発音」と呼び,その後に綴り字発音として生じた発音を「第二次発音」と呼ぼう.感情の発露としての第一次発音に対して,第二次発音は何段かの言語化プロセスを経て現れた「不自然」で「人工的」な発音である.第二字発音は,その長いプロセスを経る過程で,「皮肉」という connotation を獲得したのではないか.Quirk et al. (853 ft. [c]) によると,ugh [ʌg] や tut-tut [tʌt tʌt] のような第二次発音は,常に皮肉的な響きを有するという.別の例として,ha ha [hɑ: hɑ:] などを挙げている.
 感情の発露である第一次発音と綴り字発音などのプロセスを経た第二次発音との間に,「皮肉」などのより人間的な複雑な感情が connotation として付加されるということは,言語発生の議論にも示唆を与えるのではないか.
 気がついたら,「え゛ー」の話から言語発生論にまで発展していた・・・.

 ・Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

Referrer (Inside): [2009-11-27-1]

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