hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新     カテゴリ最新     1 2 3 次ページ / page 1 (3)

gvs - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-09-16 11:05

2019-06-18 Tue

#3704. 「音変化は地震のようなもの」 [sound_change][grimms_law][gvs]

 音変化 (sound_change) を説明するのは難しい.言語の歴史においては最もありふれた変化の種類であるにもかかわらず,あまりに緩慢に進行するために,生きている話者にとってほとんど気付かないからである.しかし,英語史においても日本語史においても,音変化の事例をリスト化すれば,おそらく数百件は挙がるだろう.さらに,印欧語比較言語学に関していえば,この数千年のあいだに起こったとされる理論的な音変化を列挙すれば,それこそ数え切れないほどの数になるだろう.音変化は,その原因こそ解明されていないものの,言語においては日常茶飯の現象である.
 英語史においては,グリムの法則 (grimms_law) や大母音推移 (gvs) といった著名な音変化が格別の存在感を示しており,音変化の何たるかについて導入してくれることになっているが,このような際立った音変化のみを紹介するというのは,実はミスリーディングである.日常的には,そこまで綺麗ではなく,規模も大きくなく,格別の名前も付けられていない音変化のほうが圧倒的に多いからである.「グリムの法則」や「大母音推移」は,ある意味で音変化のエリート中のエリートというべきであり,それだけに注目してしまうと音変化の卑近性や多様性が必ずしもうまく伝わらないことになってしまうのだ.ほとんどの音変化は,もっとつましく,目立たないものである.
 この辺りの事情をうまく伝える方法はないかと思っていたところ,私が今期開講している理論言語学講座「史的言語学」に参加している英語の先生より「音変化は地震のようなもの」でしょうかと,大きなヒントをいただいた.地球上では今も常に大小の地震が生じている.過去にも無数の大小の地震があちらこちらで起こってきたわけだが,名前をつけられ,広く知られるようになったものは「東日本大震災」「スマトラ沖地震」「サンフランシスコ地震」などの極めて甚大な被害をもたらした少数のものに限られ,無数の小規模地震には名前すらつけられない.地震は古今東西いつでもどこでも頻繁に起こっているにもかかわらず,歴史的あるいは現代的な意義の認められるもの,とりわけ重要なものだけに名前がつけられているのである.
 音変化も同様である.古今東西,どの言語にも音変化は頻繁に起こっている.しかし,その各々があまりに卑近であり,取るに足りないものに思われるので,あえて一つひとつに名前をつけることはしない.多くは,せいぜい「摩擦音化」とか「短化」などという説明的なラベルを貼られておしまいである.インパクトのとりわけ強いエリートのみが,固有の名前を獲得するに至る.地震と音変化は,この点で似ている.すぐれた比喩だと思う.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-05-31 Fri

#3686. -ate 語尾,-ment 語尾をもつ動詞と名詞・形容詞の発音の違い [gvs][vowel][spelling][spelling_pronunciation_gap][stress][suffix][latin][diatone][-ate]

 昨日の記事「#3685. -ate 語尾をもつ動詞と名詞・形容詞の発音の違い」 ([2019-05-30-1]) に引き続き,-ate 語尾をもつ語の発音が,動詞では /eɪt/ となり名詞・形容詞では /ɪt/ となる件について.
 Carney でもこの問題が各所で扱われており,特に p. 398 にこの現象を示す単語リストが挙げられている.以下に再現しておこう.網羅的ではないと思われるが,便利な一覧である.

aggregate, animate, appropriate, approximate, articulate, associate, certificate, co-ordinate, correlate, degenerate, delegate, deliberate, duplicate, elaborate, emasculate, estimate, expatriate, graduate, importunate, incorporate, initiate, intimate, moderate, postulate, precipitate, predicate, separate, subordinate, syndicate


 Carney がこのリストを挙げているのは,品詞によって発音を替える類いの単語があるという議論においてである.他の種類としては,強勢音節を替える名前動後 (diatone) も挙げられているし,接尾辞 -ment をもつ語も話題にされている.名前動後という現象とその歴史的背景についてについては,すでに本ブログでも diatone の各記事で本格的に紹介してきたが,「品詞によって発音を替える」というポイントで -ate 語とつながってくるというのは,今回の発見だった.
 -ment 語については,動詞であれば明確な母音で /-mɛnt/ となるが,名詞・形容詞であれば曖昧母音化した /-mənt/ となる.Carney (398) より該当する単語のリストを挙げておこう.complement, compliment, document, implement, increment, ornament, supplement.

 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.

Referrer (Inside): [2019-08-16-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-05-30 Thu

#3685. -ate 語尾をもつ動詞と名詞・形容詞の発音の違い [gvs][vowel][spelling][spelling_pronunciation_gap][stress][analogy][suffix][latin][sobokunagimon][-ate]

 標記について質問が寄せられました.たとえば appropriate は動詞としては「私用に供する」,形容詞としては「適切な」ですが,各々の発音は /əˈproʊpriˌeɪt/, /əˈproʊpriˌɪt/ となります.語末音節の母音が,完全な /eɪt/ が縮減した /ɪt/ かで異なっています.これはなぜでしょうか.
 動詞の /eɪt/ 発音は,綴字と照らし合わせればわかるように,大母音推移 (gvs) の効果が現われています.<-ate> という綴字で表わされる本来の発音 /-aːt(ə)/ が,初期近代英語期に生じた大母音推移により /eɪt/ へと変化したと説明できます.しかし,同綴字で名詞・形容詞の -ate 語では,そのような発音の変化は起こっていません.そこで生じた変化は,むしろ母音の弱化であり,/ɪt/ へと帰結しています.
 この違いは,大母音推移以前の強勢音節のあり方の違いに起因します.一般的にいえば,appropriate のような長い音節の単語の場合,動詞においては後方の音節に第2強勢が置かれますが,形容詞・名詞においては置かれないという傾向があります.appropriate について具体的にいえば,動詞としては第4音節の -ate に(第2)強勢が置かれますが,名詞・形容詞としてはそれが置かれないということになります.
 ここで思い出すべきは,大母音推移は「強勢のある長母音」において作用する音過程であるということです.つまり,-ate 語の動詞用法においては,(第2強勢ではありますが)強勢が置かれるので,この条件に合致して /-aːt(ə)/ → /eɪt/ が起こりましたが,名詞・形容詞用法においては,強勢が置かれないので大母音推移とは無関係の歴史を歩むことになりました.名詞・形容詞用法では,本来の /-aːt(ə)/ が,綴字としては <-ate> を保ちながらも,音としては強勢を失うとともに /-at/ へと短化し,さらに /-ət/ や /-ɪt/ へと曖昧母音化したのです.
 このような経緯で,-ate 語は品詞によって発音を違える語となりました.いったんこの傾向が定まり,パターンができあがると,その後は実際の発音や強勢位置ににかかわらず,とにかく確立したパターンが類推的に適用されるようになりました.こうして,-ate 語の発音ルールが確立したのです.
 関連して,「#1242. -ate 動詞の強勢移行」 ([2012-09-20-1]),「#2731. -ate 動詞はどのように生じたか?」 ([2016-10-18-1]) もご参照ください.-age 語などに関しても,ほぼ同じ説明が当てはまると思います.中尾 (310, 313) も要参照.

 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.

Referrer (Inside): [2019-08-16-1] [2019-05-31-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-05-04 Sat

#3659. 大母音推移の5つの問題 (2) [gvs][history_of_linguistics][phonology][sound_change][teleology]

 大母音推移 gvs を扱った最近の本格的な研究書として,Stenbrenden の Long-Vowel Shifts in English, c. 1150--1700: Evidence from Spelling (2016) がある.従来の大母音推移観に修正を迫る野心的な研究だ.もっとも,著者にいわせれば大母音推移の研究ではなく,長母音推移の研究だと主張するだろう.大母音推移と見ないところに,著者のポイントがあるからだ.
 Stenbrenden は,「#3552. 大母音推移の5つの問題」 ([2019-01-17-1]) で挙げた「大母音推移」論の問題点とは部分的に重複するかたちでありながらも,独自の視点から5つの方法論上の問題点を指摘している (1--3) .

 1つ目は,"functional explanations seem to be teleological, suggesting that languages in a sense know where they are heading and hence resort to chain-shifts to avoid mergers" (2) という,構造言語学的な発想に基づく連鎖的推移 (chain shift) の目的論 (teleology) に対する本質的な批判である.
 2つ目は,"push chain", "drag chain", あるいは同時変化といった,推移の順番に関わる従来の説は,各音素の異音変異の広さを軽視してきたという指摘である.音素と異音の関係はもっと複雑なものであり,従来の見方では単純すぎるというわけだ.
 3つ目は,"push chain" や "drag chain" という名付けは,あくまで現象を記述しているにすぎず,その現象を説明しているものではない.それにもかかわらず,名付けによってあたかも説明がなされたかのように錯覚してしまっているという問題がある.ラベルが貼り付けられると満足してしまい,一種の思考停止に陥ってしまうという批判だ.
 4つ目は,当該の問題は,音声学的な基盤はそっちのけで,ひとえに音韻論(の類型論)の問題としてとらえられてきたという点である.調音,聴覚,韻律,生理といった音声学的なアプローチが欠如していたのではないか.
 5つ目は,最適性理論 (Optimality Theory; ot) を始めとする理論的なアプローチは,勘違いしていることが多いのではないかという批判だ.ある理論によって当該の現象をうまく説明できない場合,常識的には理論側に問題があると考えるのが普通だが,しばしば現象のほうがおかしいのではないかという議論に発展することがあるという.これでは本末転倒である.

 なかなか手厳しい批判だ.ここで指摘されているのは,「大母音推移の5つの問題」というよりも「大母音推移論の5つの問題」といったほうがよいだろう.

 ・ Stenbrenden, Gjertrud Flermoen. Long-Vowel Shifts in English, c. 1150--1700: Evidence from Spelling. Cambridge: CUP, 2016.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-04-27 Sat

#3652. naturemature は1文字違いですが,なんで発音がこんなに異なるのですか? [sobokunagimon][pronunciation][spelling_pronunciation_gap][stress][gsr][rsr][gvs][phonetic_change]

 学生から出されたおもしろい質問です.意識したことはありませんでした.スペリングでは語頭に <n> と <m> の違いがあるだけですが,発音はそれぞれ /ˈneɪʧə/ と /məˈʧʊə/ となり大きく異なっています.比例的なスペリングでありながら発音が異なるということは,両者が1対1で対応しているわけではなく,複雑な関係を有していることの証左です.
 両単語はそれぞれラテン語の nātūra (本質)と mātūrus (時宜を得た)にさかのぼります.ラテン語の段階では,両単語に関してスペリングも発音も比例的な関係にあり,現代英語のような異なりはみられませんでした.ところが,これらが借用語として英語に入ってきた後に,事件が起こります.
 ラテン語 nātūra は,古フランス語の nature を経て,中英語期の13世紀後半に natur(e) として英語に入ってきました.英語に入ってきた当初は,古フランス語風に /naːˈtyːr/ と第2音節に強勢をおいて発音されていましたが,徐々に発音様式が英語化してくることになりました.発音の英語化とは,大雑把にいえば,強勢が第1音節に置かれるようになり,強勢の置かれなくなった第2音節を構成する音が弱化・短化する過程を指します.これにより /naːˈtyːr/ は /ˈnaːtyːr/ となり,さらに近代英語期にかけて大母音推移 (gvs) を含むいくつかの音変化を経て現代の /ˈneɪʧə/ にまで発展したのです.
 一方,ラテン語 mātūrus は,15世紀半ばに直接英語に mature として借用されました.英語での当初の発音は /maːˈtyːr/ に近いものだったと思われます.ところが,この単語については,その後 nature では起こった発音様式の英語化,すなわち強勢位置の前移動が起こらなかったのです.その結果,強勢の置かれない第1音節は弱まることになり,現代英語の /məˈʧʊə/ の発音に至ったのです.
 つまり,naturemature の分水嶺は,英語に借用された後に発音様式の英語化が起こったか,起こらなかったかだったのです.では,なぜ nature では英語化が起こり,mature では起こらなかったのでしょうか.これは簡単には答えられませんが,一般論としては,早い時期に借用された語であればあるほど,現在までに英語化するのに十分な時間が確保されており,実際に英語化している可能性が高いということはいえます.nature は13世紀後半,mature は15世紀半ばの借用ですから,この時間差が関係している可能性はあります.また,借用時期が近代英語期に近づけば近づくほど,ラテン語やフランス語からの借用語は,原語の発音様式のままにとどまる傾向が強いことも知られています.
 ラテン語・フランス語の強勢規則 (Romance Stress Rule; rsr) と英語の強勢規則 (Germanic Stress Rule; gsr) とは水と油の関係であり,これらが借用語において競合したときに何が起こるかという問題については,「#718. 英語の強勢パターンは中英語期に変質したか」 ([2011-04-15-1]) や「#200. アクセントの位置の戦い --- ゲルマン系かロマンス系か」 ([2009-11-13-1]) をご覧ください.

Referrer (Inside): [2019-05-22-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-01-30 Wed

#3565. 韻律論と分節音韻論の独立性について [gvs][vowel][prosody][phonology][ot][acquisition][evolution]

 英語には,歴史的な大母音推移 (Great Vowel Shift; gvs) とは別に,現代英語の共時的な現象としての "Modern English Vowel Shift Rule (alterations)" というものがある.後者は,現代英語の派生語ペアにみられる音韻形態論的な変異に関する共時的な規則である.Chomsky and Halle に端を発し,その後の語彙形態論でも扱われてきたトピックだ.たとえば,次のようなペアの母音に関して交替がみられる.variousvariety, comedycomedian, studystudious, harmonyharmonious; divinedivinity, sereneserenity, sanesanity, reducereduction, foolfolly, profoundprofundity (McMahon 342) .
 McMahon は,この共時的な規則を最適性理論 (Optimality Theory; ot) で分析した先行研究の不備を指摘しながら,同理論は韻律論 (prosody) の問題を扱うのには長けているが,母音交替のような分節音に関する問題には適用しにくいのではないかと論じている.両部門は,一般には同じ「音韻論」にくくられるとはいえ,実際には独立性が高いのではないかという.McMahon (357) は,独立性の根拠をあげながら次のように論じている.

. . . we must recognise prosodic and melodic phonology as two different systems, and in fact there are many different strands of evidence pointing in that direction. For instance, prosodic phonology shows clearer connections with emotion, with gesture, and with aspects of call systems in other primates. Prosodic and segmental phonology behave very differently in cases of language disorder and breakdown, with some children who are seriously language-impaired finding considerable compensatory strength in prosody, for instance. Prosodic phonology is also acquired early, and there is evidence that the brain lateralisation of prosody and melody is different too, with more involvement of the right hemisphere in prosody, and strong left hemisphere localisation for segmentals. If prosody phonology and segmental phonology are actually two very different systems, which have evolved differently, are processed differently, are acquired differently, and interact with different systems (as with the paralinguistic uses of prosody, for instance), then there is no need for us to expect a single theory to deal with both.


 この見解は,OT の理論的な扱いに関するにとどまらず,言語学における音韻論の位置づけについても再考を促すものとなるだろう.

 ・ Chomsky, Noam and Morris Halle. The Sound Pattern of English. New York: Harper & Row, 1968.
 ・ McMahon, April. "Who's Afraid of the Vowel Shift Rule?" Language Sciences (Issues in English Phonology) 29 (2007): 341--59.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-01-19 Sat

#3554. 大母音推移の上下問題と左右問題 [gvs][phonology][sound_change][vowel][drift]

 「#3552. 大母音推移の5つの問題」 ([2019-01-17-1]) で大母音推移 (gvs) にまつわる主要な問題を整理したが,ほかにも関連する難題が山積している.昨日の記事「#3553. 大母音推移の各音変化の年代」 ([2019-01-18-1]) で取り上げたように,母音四辺形でいうところの上半分の母音(高母音群)の変化は比較的早い年代に生じているが,下半分の母音(低母音群)では数十年から1世紀ほども遅れている.全体として連鎖的な推移を想定するのであれば,少しずつ時間がずれているのは自然だが,時間のずれ幅が大きい場合には,1つの大きな推移とみるのではなく,2つ(以上)の小さな推移が独立して生じたと解釈するほうがよいのではないか.だが,1つの大推移と主張するためには全体がどのくらいの時間幅に収まっていればよいのか.50年ほどならOKで,100年ではダメなのか.客観的な基準はない.この上半分と下半分の連結・分離の問題を「大母音推移の上下問題」と呼んでおこう.
 もう1つ「大母音推移の左右問題」と呼べる問題がある.伝統的な大母音推移の説では,左側の母音(前舌母音群)と右側の母音(後舌母音群)が平行的に上げや2重母音化を経たことになっており,左右の対称性がはなから前提とされている.しかし,左側が変化すれば必然的に右側も変化する(あるいはその逆)ということは特に音韻論的に支持されるわけではなく,一種の美学にすぎない(「#1405. 北と南の大母音推移」 ([2013-03-02-1]) を参照).そうでないと言うならば,対称性を前提としてよいと考える根拠が欲しい.あるいは全般的に長母音の上げを示す駆流 (drift) が,英語の歴史(ないしは言語の歴史)にはあるということだろうか.そうであるならば,やはりその証拠が欲しい.
 Krug は「上下問題」と「左右問題」という表現は使わずとも両問題に言及しながら,大母音推移を巡る様々な立場は,言語変化の事実に関する見解の相違というよりは,定義に関する見解の相違だと言い切る.いずれの立場も,それ自体では正しいとも誤っているともいえない,ということだ.

In terms of the classic musical chairs analogy, we might ask: how long may it take for a chair (or a gap in the system) to be filled to still qualify as one and the same game? For those theorists who allow a gap of up to 150 years . . . the whole series of changes . . . can be interpreted as forming a unitary Great vowel Shift --- even though . . . it would seem preferable to speak of one shift in the back and one in the front since the two are not interrelated. For those who require lockstep or a maximum time gap of 50 years, however, it will be two smaller shifts (affecting the upper half of the ME vowel inventory) followed by another small chain shift raising ME /aː/ and /ɛː/ in the first half of the 17th century plus an individual, but roughly contemporaneous change from ME /ɔː/ to [oː]. Both of these positions are legitimate and neither one is inherently superior from an analytic point of view.


 ・ Krug, Manfred. "The Great Vowel Shift." Chapter 14 of The History of English. 4th vol. Early Modern English. Ed. Laurel J. Brinton and Alexander Bergs. Berlin: Mouton de Gruyter, 2017. 241--66.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-01-18 Fri

#3553. 大母音推移の各音変化の年代 [gvs][phonology][sound_change][timeline][chronology][vowel]

 昨日の記事「#3552. 大母音推移の5つの問題」 ([2019-01-17-1]) で取り上げたように,大母音推移 (gvs) には様々な問題が立ちはだかっている.昨日挙げた5点のすべてに通底する根本的な問いは,当時の書き言葉からしか得られない情報に基づき,いかに正しく音価を復元しうるのかという文献学的な問題である.綴字の分析や解釈の仕方に応じて,各長母音・2重母音の音価や変化のタイミングに関する結論が,研究者間で異なってしまうということになりかねない.これが大母音推移研究の最大の難問なのである.
 しかし,膨大な研究の蓄積により,各音変化の年代についてある程度の事実が分かってきていることも確かである.綴字以外にも,詩の脚韻の慣習,脚韻語の辞書,正音学者による記述なども音価の特定に貢献してきたし,情報を総合すればある程度の実態が浮かび上がってくるものである.Krug (249) は,主要な先行研究をまとめる形で,大母音推移の各変化の生じた年代を示す図を作成した.以下に,"Dating the changes of Middle English long vowels" と題されたその図を再現しよう.

 Middle English c.1500 c.1600 c.1700 Modern English
 c.1300       (RP)
(I) > ɪi > əɪ > 
(II) > ʊu > əʊ > 
(III) >     
(IV) >     
(V)ɛː > e̞ː >  > 
(VI)ɔː   >    > oʊ > əʊ
(VII)   > æː > ɛː >  > 


 この図をみるかぎり,少なくとも (I)--(IV) の変化,すなわち母音四辺形でいうところの上半分の長母音が経た変化は,14--15世紀という比較的早い段階で生じており,しかも互いに関わりあっているかのように思われる.この4つについては「推移」を語ることは許されるだろう.
 続いて,16--17世紀半ばにかけて,(V)--(VII) の下半分の長母音が変化しているようにみえるが,特に低母音の /aː/ の動きは,かなり遅い時期までずれ込んでいるようだ.これを信じるならば,低母音から始まったとする伝統的な「押し上げ推移」 (push chain) の仮説は少なくとも否定されるだろう.
 しかし,/aː/ の変化が上半分の諸変化の年代から100年ほど遅れていることを考慮すると,この時間差は一連の「推移」を断ち切るほどに大きいとみるべきだろうか,あるいは十分に小さいのだろうか.この問題を巡っても様々な意見があり,議論の終着点はみえない.

 ・ Krug, Manfred. "The Great Vowel Shift." Chapter 14 of The History of English. 4th vol. Early Modern English. Ed. Laurel J. Brinton and Alexander Bergs. Berlin: Mouton de Gruyter, 2017. 241--66.

Referrer (Inside): [2019-01-19-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-01-17 Thu

#3552. 大母音推移の5つの問題 [gvs][history_of_linguistics][phonology][merger][sound_change][dialectology][vowel]

 大母音推移 (gvs) の研究は,Jespersen が1909年にこの用語を導入して以来,110年もの間,英語史や音韻論の研究者を魅了してきた.長い研究史のなかでも,この40年ほどは,この変化が本当に「大」であるのか,そして「推移」であるのかという本質的な問題に注目が集まってきた.その過程で GVS の様々な側面が議論されてきたが,特に重要な論題を整理すると5点にまとめられるという.Lass と Stockwell and Minkova を参照した Krug (242--43) より,その5点を示そう.

(i) Inception: where in the vowel space did the series of change begin?
(ii) Order: what is the chronology of individual and overlapping changes?
(iii) Structural coherence: are we dealing with interdependent changes forming a unitary overarching change or with local and independent changes?
(iv) Mergers: is the assumption of non-merger, i.e. preservation of phonemic contrasts, viable for language change in general and met in the specific changes of the GVS?
(v) Dialects: how do we deal with dialects which did not undergo the same changes as southern English or in which the changes proceeded in a different order?


 この5点について丁寧に論じているのが,McMahon である.McMahon は,個々の問題に対して単純に答えを出すことはできないとしながらも,従来の「大母音推移」の呼称は妥当なのではないかと結論している.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spellings. London: Allen and Unwin, 1909.
 ・ Krug, Manfred. "The Great Vowel Shift." Chapter 14 of The History of English. 4th vol. Early Modern English. Ed. Laurel J. Brinton and Alexander Bergs. Berlin: Mouton de Gruyter, 2017. 241--66.
 ・ Lass, Roger. "Rules, Metarules and the Shape of the Great Vowel Shift". English Phonology and Phonological Theory: Synchronic and Diachronic Studies. Ed. Roger Lass. Cambridge: CUP, 1976. 51--102.
 ・ Stockwell, Robert and Donka Minkova. "The English Vowel Shift: Problems of Coherence and Explanation." Luick Revisited. Ed. Dieter Kastovsky, Gero Bauer, and Jacek Fisiak. Tübingen: Gunter Narr, 1988. 355--94.
 ・ McMahon, April. "Restructuring Renaissance English." The Oxford History of English. Ed. Lynda Mugglestone. Oxford: OUP, 147--77.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-10-23 Tue

#3466. 古英語は母音の音量を,中英語以降は母音の音質を重視した [sound_change][phonology][prosody][vowel][diphthong][isochrony][functionalism][gvs]

 母音の弁別的特徴として何が用いられてきたかという観点から英語史を振り返ると,次のような傾向が観察される.古英語では主として音量の差(長短)が利用され,中英語以降では主として音質の差(緊張・弛緩)が利用されるようになったという変化だ.服部 (67) は,これについて次のように述べている.

その原因は英語のリズム構造に帰せられるものと考えられる.つまり,韻脚拍リズムを基盤とする英語は,各韻脚をほぼ同程度の長さにする必要があるため,長さがリズムの調整役として重要な役割を果たす.そのため母音の弁別的特徴は音質(緊張・弛緩)に託し,長さの方はリズム調整のために弁別性から解放したと解釈することができる.


 英語史において,音量の差と音質の差は,異なる目的で利用されるように変化してきたという見方である.これは壮大な音韻史観,韻律史観であり,歴史的な類型論 (typology) の立場から検証可能な仮説でもある.また逆からみれば,韻脚拍リズムではなく音節(あるいはモーラ)拍リズムを基盤とする日本語のような言語では,このような音量と音質の発展に関する傾向はさほど見出せないだろうということも予測させる.英語の音韻史記述に影響を及ぼす仮説であることはもちろん,現代英語の共時的な音韻論の記述や発音記号の表記などにも関連する点で,刺激的な議論だ.関連して「#3387. なぜ英語音韻史には母音変化が多いのか?」 ([2018-08-05-1]) も参照.

 ・ 服部 義弘 「第3章 音変化」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.47--70頁.

Referrer (Inside): [2019-08-28-1] [2018-11-03-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-07-29 Sun

#3380. 大母音推移は複数の音韻変化の集合体か? (2) [gvs][phonetics][diphthong][vowel][merger]

 昨日の記事 ([2018-07-28-1]) に引き続き,大母音推移 (gvs) の話題.Minkova and Stockwell は,GVS と称されている現象は1つの音韻過程ではなく,3つの部分からなる複合的なプロセスとみている.Minkova and Stockwell (34) による改訂版 GVS の図は以下の通り(服部,p. 60 の図を参照し,見やすくするために少々改変を加えた).

GVS by Minkova and Stockwell

 Minkova and Stockwell は,上二段 (Upper Half) の太い実線で示される過程のみが純粋な意味での連鎖推移 (Chain Shifts) であり,下二段の破線で示される部分は融合 (Mergers) の過程として区別している. また,内側の細い実線で示される過程 (Diaphones) は各変種における異音の変化を表わしており,GVS とは独立した Center Drift という別の変化としてとらえている.つまり,全体が Chain Shifts, Mergers, Center Drift という独立した3部分から構成されており,決して1つの音韻過程ではないと主張しているのである.
 各々の過程が生じた年代もまちまちで,Chain Shifts が1550年頃までには終わっていたのに対して,Mergers は18世紀まで継起的に起こっており,Center Drift は現代でも各地域変種で続いているという.
 英語音韻史上の最大の謎である大母音推移を巡っては,近年でもこのように新解釈が提案されている.比較的最近の他の提案としては,以下も参照.

 ・ 「#495. 一枚岩でない大母音推移」 ([2010-09-04-1])
 ・ 「#1404. Optimality Theory からみる大母音推移」 ([2013-03-01-1])
 ・ 「#1405. 北と南の大母音推移」 ([2013-03-02-1])
 ・ 「#1422. 大母音推移の入力は内わたり2重母音だった?」 ([2013-03-19-1])
 ・ 「#2081. 依存音韻論による大母音推移の分析」 ([2015-01-07-1])

 ・ Minkova, Donka and Robert Stockwell. "Phonology: Segmental Histories." A Companion to the History of the English Language. Ed. Haruko Momma and Michael Matto. Chichester: Wiley-Blackwell, 29--42.
 ・ 服部 義弘 「第3章 音変化」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.47--70頁.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-07-28 Sat

#3379. 大母音推移は複数の音韻変化の集合体か? (1) [gvs][phonetics][diphthong][vowel][me][emode]

 大母音推移 (gvs) が英語音韻史上,最大の謎と称されるのは,連鎖的な推移であるとは想定されているものの,母音四辺形のどこから始まったかについて意見が分かれているためである.上昇や2重母音化の過程がどこから始まり,次にどこで生じたのかが分からなければ,push chain も drag chain も論じにくい.近年では「大母音推移」は1つの連鎖的な推移とみなすことはできず,複数の変化の集合体にすぎないという立場を取る論者も少なくない.服部 (58--59) は,大母音推移の開始点と開始時期を巡る問題について,学説史を踏まえて次のようにまとめている.

GVS を構成する各変化は同時に起こったわけではなく,上二段の変化 (eː → iː, oː → uː, iː → əɪ, uː → əʊ) は下二段の変化に比べかなり早く,1400年頃に始まり1550年頃までには完了していたと考えられる.一方,下二段の変化については,それから数十年遅れて開始され,1700年代中頃まで変化の過程が継続していたとされる.上二段のうち,狭母音の二重母音化と狭中母音の上昇化のいずれかが先に起こったかについては,意見が分かれ,Jespersen (1909) は,まず狭母音が二重母音化を開始し,次いでその結果生じた空白を埋めるべく,一段下の狭中母音が引き上げられたと主張した.これを引き上げ連鎖説 (drag-chain theory) という.他方,オーストリアの Karl Luick (1865--1935) はその著書 (1914--1940) において,Jespersen とは逆に,狭中母音の上昇化が先に起こり,/iː/, /uː/ の位置まで高められたため,/iː/, /uː/ は新しい狭母音との融合を回避するため,いわばそれに押し上げられる形で二重母音化したとする説を提唱した.これを押し上げ連鎖説 (push-chain theory) と称する.押し上げ連鎖説に関して,母音空間の最下段,すなわち広母音からの連鎖的押し上げを主張する論者が少なからずいるが,GVS に関する限りは,上述の上二段と下二段の時期的ずれからみて,最下段から連鎖推移が始まったと考えるのは無理である.また,GVS の開始時期についても意見が分かれており,近年では13世紀にまで遡らせることができ,しかも上二段の変化はほぼ同時に始まったとする論者もいる (Stenbrenden 2010, 2016 など).


 いわゆる GVS は,上二段と下二段に関する少なくとも2つの異なる音韻変化からなっていると考えた方がよさそうである.先に上二段の過程が,後に下二段の過程が開始され,振り返ってみれば全体として音韻がシフトしたように見えるというわけだ.上二段について引き上げなのか押し上げなのかという論争にも決着がついていない.
 明日の記事で,影響力のある Minkova and Stockwell が近年提示した GVS の解釈を覗いてみたい.

 ・ 服部 義弘 「第3章 音変化」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.47--70頁.
 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Copenhagen: Munksgaard, 1909.
 ・ Luick, Karl. Historische Grammatik der englischen Sprache. 2 vols. Oxford: Basil Blackwell, 1914--40.
 ・ Stenbrenden, Gjertrud Flermoen. The Chronology and Regional Spread of Long-Vowel Changes in English, c. 1150--1500. Diss. U of Oslo, Oslo, 2010.
 ・ Stenbrenden, Gjertrud Flermoen. Long-Vowel Shifts in English, c. 1150--1700: Evidence from Spelling. Cambridge: CUP, 2016.

Referrer (Inside): [2018-07-29-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-07-22 Sun

#3373. 「示準語彙」 [lexicology][gvs][vowel][diphthong][loan_word][old_norse][french][methodology][palatalisation][doublet]

 古生物学や地質学では,示準化石 (index fossil) と呼ばれるものがある.例えば三葉虫の化石が見つかれば,それを含む地層が古生代であることがわかるし,アンモナイトであれば中生代,哺乳類であれば新生代などと考えてよい.生存期間が短く,地理的な分布が広く,様々な種類の堆積岩から多く産出し,形態的特徴がわかりやすいものが選ばれる.
 「#3162. 古因学」 ([2017-12-23-1]) の対象となるもの,歴史的な考察対象となるものであれば,示準○○や示相○○という考え方がおよそ通用するのではないかと思い,言語にも応用してみることにした.まず思いつくのは,語の時代推定に資する音韻変化・交替である.ある音韻特徴を反映しているか否かにより,その語が当該言語に現われたのが,特定の年代よりも前なのか後なのかが判明するケースが少なくない.
 例えば,skill, skin, skirt など前舌母音の前位置で <sk> = /sk/ を示す現代英語の単語は,古英語後期以降に古ノルド語から借用された語である可能性が大きい.英語では前舌母音の前位置では,/sk/ は口蓋化して /ʃ/ = <sh> となるのが規則だったからである.つまり,shine, ship, shirt は,おそらく古英語本来語であると内的に推定される(cf. 「#1511. 古英語期の sc の口蓋化・歯擦化」 ([2013-06-16-1]),「#2944. ship, skiff, skip(per)」 ([2017-05-19-1])).
 大母音推移 (gvs) の効果の有無も,同じような役割を果たす.design, divine, polite などは2重母音を示すことから推移前(おそらくは15世紀以前)に借用されたと考えられるが,同じフランス語からの借用語でも machine, police, unique などは長母音を示すことから推移後に英語に入ってきたと内的に推定できる(cf. 「#2523. 大母音推移は,発音と綴字の乖離の最大の元凶か (3)」 ([2016-03-24-1])).
 化石の場合ほどの精度は期待できないものの,上記の語群は年代推定にヒントを与えてくれる「示準語彙」と呼ぶことができるのではないか.

Referrer (Inside): [2018-07-24-1] [2018-07-23-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-05-26 Sat

#3316. 音変化の要因は第一義的に社会的である [sound_change][phonetics][sociolinguistics][drift][gvs][language_change]

 Prins (267--68) の英語音韻史概説の最後に,音変化についての論考がついている.ちょっとした概説というべきものなのだが,実にすぐれた内容の文章だ.大母音推移 (gvs) を例に説明しており,一級の音変化論となっている.音声学的・構造主義的な要因による音変化もあることは認めつつ,第一義的な要因は社会的なものであると喝破している.その論考の一部ではあるが,とりわけ味読する価値のある部分を抜き出そう.

Though it may be difficult to account for a given change, it is possible to account for the possibility of change as such. Language is a social phenomenon and apart from the psychological causes operative in linguistic phenomena, it is obvious that social causes must have been largely responsible for or instrumental in sound-changes like the Great Vowel Shift in English, to which I shall confine my attention. The fundamental condition which makes sound-changes of this kind possible is the fact that phonemes are not always realized in the same manner by all people and in all circumstances, but that there are generally several allophones. If the phoneme had the unalterable rigidity of the signals, say, of the Morse code, evolution in language would be impossible. Since this is not the case and a certain latitude in the phonetic realization of phonemes is found, a certain allophone in a certain number of words may become the normal phonetic realization, which may then spread to other words and subsequently to all words containing that phoneme. Hence after a lapse of time the phoneme /i:/ may come to be realized as [əɪ] and later as [aɪ] and this may even --- though not necessarily --- affect the organically related back-vowel /u:/, which will then be realized as [əʊ], subsequently [ɑʊ]. Similarly the phoneme /e:/ may come to be realized as [i:], and the corresponding back-vowel /o:/ may --- but need not necessarily --- come to be realized as [u:].
This drift, then, to diphthongization of the high vowels can also be observed in Present Day English, though there is no evidence of the tendency to raise the mid-vowels /eɪ/ and /oʊ/ in PDE. Why the drift or tendency takes that particular direction is difficult to say, but that the change is socially conditioned is obvious. Such a tendency is often held in check or prevented by a strong formal tradition as observed in schools or universities or influential educated sections of the population, but when such traditions are weakened owing to social upheavals like domestic wars or internal migration or the mixing of population groups or the rise into power of other classes, such tendencies may spread and what was at one time a vulgar, regional or dialectal pronunciation may become the standard. This would also account for the fact that though linguistic change is a continuous process, there are periods when it is definitely accelerated. These will be found to coalesce with periods of social change, when standards of pronunciation break down. The result is a so-called independent sound-change. These few remarks must suffice here. A full discussion of the problem would require a book in itself.


 20世紀の第3四半世紀という比較的早い段階で,社会言語学的な観点から音変化の問題をとらえていたことに驚く.社会的激変に伴う言語共同体どうしの交流や交代により,新たに有力な音韻(体系)が台頭してくるというダイナミックな捉え方は,妥当であるにとどまらず痛快ですらある.

 ・ Prins, A. A. A History of English Phonemes. 2nd ed. Leiden: Leiden UP, 1974.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2016-11-04 Fri

#2748. 大母音推移の社会音韻論的考察 (4) [gvs][sociolinguistics][emode][contact][vowel][phonetics][rp][homonymic_clash]

 [2016-10-01-1], [2016-10-11-1], [2016-10-31-1]に続き,第4弾.これまでの記事で,15世紀までに,Chaucer などに代表される階級の子孫たちがもっていたと考えられる母音体系 (System I),南部・中部イングランドで広く行なわれていた体系 (System II),East Anglia などの東部方言にみられる体系 (System III) の3種類が,ロンドンにおいて混じり合っていた状況を示した.System II と System III の話者は,Alexander Gil により各々 "Mopsae" と "Easterners" と呼ばれている.
 これらの体系は1650年頃までに独自の発展を遂げ,イングランドではとりわけ古くからの威信ある System I と,勢いのある System II の2種が広く行なわれるようになっていた.

System I:
   ME /eː/ > EModE /iː/, e.g. meed
   ME /ɛː/ > EModE /eː/, e.g. mead
   ME /aː/, /ai/ > EModE /ɛː/, e.g. made, maid

System II:
   ME /eː/ > EModE /i:/, e.g. meed
   ME /ɛː/, /aː/, /ai/ > EModE /eː/, e.g. mead, made, maid

 ところが,18世紀になると,また別の2種の体系が競合するようになってきた.1つは,System I を追い抜いて威信を獲得し,そのような位置づけとして存続していた System II であり,もう1つはやはり古くから東部で行なわれていた System III である.System III は,[2016-10-31-1]の記事で述べたように,ロンドンでの System I との接触を通じて以下のように変化を遂げていた.

System III:
   ME /eː/, /ɛː/ > ModE /iː/, e.g. meed, mead
   ME /aː, aɪ/ > ModE /eː/, e.g. made, maid

 System III は古くからの体系ではあるが,18世紀までに勢いを増して威信をもち始めており,ある意味で新興の体系でもあった.そして,その後,この System III がますます優勢となり,現代にまで続く規範的な RP の基盤となっていった.System III が優勢となったのは,System II に比べれば同音異義衝突 (homonymic_clash) の機会を少なく抑えられるという,言語内的なメリットも一部にはあったろう.しかし,Smith (110) は,System III と II が濃厚に接触し得る場所はロンドンをおいてほかにない点にも,その要因を見いだそうとしている.

. . . System III's success in London is not solely due to intralinguistic functional reasons but also to extralinguistic social factors peculiar to the capital. System II and System III could only come into contact in a major urban centre, such as London; in more rural areas, the opportunity for the two systems to compete would have been much rarer and thus it would have been (and is) possible for the older System II to have been retained longer. The coexistence of System II and System III in one place, London, meant that it was possible for Londoners to choose between them.


 ・ Smith, Jeremy J. An Historical Study of English: Function, Form and Change. London: Routledge, 1996.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2016-10-31 Mon

#2744. 大母音推移の社会音韻論的考察 (3) [gvs][sociolinguistics][meosl][me_dialect][contact][vowel][phonetics]

 「#2714. 大母音推移の社会音韻論的考察」 ([2016-10-01-1]),「#2724. 大母音推移の社会音韻論的考察 (2)」 ([2016-10-11-1]) に続き,第3弾.第2弾の記事 ([2016-10-11-1]) で,System II の母音体系をもっていたとされる多くの南部・中部方言話者が,権威ある System I のほうへ過剰適応 (hyperadaptation) したことが大母音推移 (gvs) の引き金となった,との説を紹介した.しかし,Smith (106--07) によると,もう1つ GVS の引き金となった母音体系をもった話者集団がいたという.それは,"Easterners" と呼ばれる,おそらく East Anglia 出身の人々である.
 East Anglia では,14世紀後半から15世紀にかけてロンドンで進行し始めた大母音推移と類似する推移が,ずっと早くに生じていた.背景として,古英語の Saxon 方言の ǣ に対して Anglia 方言では ē をもっていたこと,/d, t, n, s, l, r/ の前位置で上げ (raising) を経ていたことなどがあった.この推移の結果として,East Anglia の母音体系は,3段階の高さで5つの長母音をもつ /iː, uː, eː, oː, aː/ となっていた.
 さて,この Easterners が,15世紀の前半から半ばにかけて都市化の進むロンドンへ移住し,ロンドン英語,特に権威ある System I の話者と接触したときに,もう1つの過剰適応が引き起こされた.3段階の East Anglia の体系が,さらに細かく段階区分された System I と接触したとき,前者は後者の威信ある調音に引かれて,全体として調音位置の調整を迫られることになった.具体的には,Easterners は System I の [æː] を自分たちの /eː/ と知覚して後者として発音し,同様に [eː̝] を /iː/ と知覚して,そのように発音した.3段階しかもたない Easterners にとって,中英語の /eː/ をもつ語と /ɛː/ をもつ語の区別はつけられなかったので,結局いずれも /iː/ として知覚され,発音されることになった.およそ同じことが後舌系列の母音にも起こった.
 System III というべき Easterners のこの母音体系は,実は,後に18世紀までに勢力を得て一般化し,現代標準英語の meed, mead, maid, made などに見られる一連の母音の(不)区別を生み出す母体となった.その点でも,英語母音史上,大きな役割を担った母音体系だったといえるだろう.

 ・ Smith, Jeremy J. An Historical Study of English: Function, Form and Change. London: Routledge, 1996.

Referrer (Inside): [2016-11-04-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2016-10-11 Tue

#2724. 大母音推移の社会音韻論的考察 (2) [gvs][sociolinguistics][chaucer][meosl][me_dialect][contact][vowel][diphthong]

 「#2714. 大母音推移の社会音韻論的考察」 ([2016-10-01-1]) に引き続き,大母音推移 (gvs) という音韻論上の過程を社会言語学的な観点から説明しようとする試みについて考える.前の記事では1つの見方を概論的に紹介した程度だったが,諸家によって想定される母音の分布や関係する英語変種は若干異なっている.今回は,Smith (101--06) に従って,もう1つの社会音韻論的な説明を覗いてみよう.
 Smith は,Chaucer の時代までにロンドンでは2つの異なる母音体系が並存していたと仮定している(Smith (102) からの下図を参照).System I は,Chaucer に代表される上層階級に属する人々のもっていた体系であり,前舌系列が5段階と複雑だが,社会的な威信をもっていたと考えられる.* の付された長母音は,対応する短母音が中英語開音節長化 (Middle English Open Syllable Lengthening; meosl) を経て若干位置を下げながら長化した音である.一方,System II は,それ以外の多くのイングランド南部・中部方言の話者がもっていた体系であり,前舌系列が4段階だったと想定されている.

System I        System II
>ɪi   >ʊu >əɪ   >əʊ
 >eː̝  >oː̝  >  >
  ɛː̝*   ɔː̝*     ɛː> ɔː>
   ɛː  ɔː       aː*>ɛː, eː  
    aː*>æː            
  *

 このような2つの体系が15世紀初頭のロンドンで接触したときに,結果として System II の話者が社会的上昇志向から System I の方向への「上げ」 (raising) を生じさせることになったのだという.
 まず,System II 話者の [ɛː] について考えよう.System II 話者は,System I 話者の [ɛː] と [ɛː̝*] の各々がどの単語に現われるのか区別できないこと,及び System I 話者の [ɛː̝*] に現われるやや高い調音を模倣したいことから,全体として自らの [ɛː] を若干上げ,結果として [eː] と発音するに至る.
 次に,System II 話者のもともとの [eː] は,System I 話者の [eː] のやや高い調音(おそらく System I 話者の慣れていたフランス語の緊張した調音の影響を受けたやや高めの異音)を過剰気味 (hyperadaptation) に模倣した結果,[iː] と発音するに至った.
 最後に,System II 話者の [aː*] については,少々ややこしい事情があった.System II の [aː*] は a の開音節長化により生じた新しい音だったが,同時代の Essex 方言では古英語 [æː] の発展形としての [aː] が従来行なわれていた関係で,前者が後者と同一視されるに至った.そこで,ロンドンの話者は Essex 方言と同一視されるのを嫌い,社会言語学的な距離 (sociolinguistic distancing) をとるべく,やや上げて [æː] と調音するようになったのだという.その後,この音は17世紀後半に改めて別の上げを経て [eː] へと変化していった.
 上記は決して単純な説ではないが,逆に言えば,一見きれいに見える大母音推移も,社会音韻論的に複雑な過程を内包しているということを思い起こさせてくれる説である.

 ・ Smith, Jeremy J. An Historical Study of English: Function, Form and Change. London: Routledge, 1996.

Referrer (Inside): [2016-11-04-1] [2016-10-31-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2016-10-01 Sat

#2714. 大母音推移の社会音韻論的考察 [gvs][sociolinguistics][vowel][diphthong]

 大母音推移 (gvs) がいかにして始まり,進行したかは,長らく熱い議論の対象となってきたが,近年は,社会言語学の立場から音韻変化を研究する社会音韻論を用いた説明がはやりのようである.説明自体は込み入っているが,Gramley (134) の英語史概説書に短めに要約されているので,引用しよう.

A second socially more plausible scenario attributes initiation of the shift to the fact that London English originally had four long front vowels . . . . The lower classes in London were merging meat /ɛː/ and meet /eː/ into the higher vowel /eː/. The socially higher standing may then have raised their /eː/ toward /iː/ and their /oː/ toward /uː/, possibly following the model of French, which was also raising these vowels. But in any case the effect was to set themselves off from the lower orders . . . . In addition, newcomers in London such as the East Anglian cloth-traders migrating to London in the fourteenth and fifteenth centuries had only three long front vowels: they did not distinguish /ɛː/ and /eː/. In their move to accommodate to London speech they would have raised and differentiated their mid-vowel, making London /ɛː/ into /eː/ and London /eː/ into /iː/ . . . .


 後期中英語期から初期近代英語期にかけて,ロンドンの高層階級は4段階の母音体系をもっていたが,低層階級ではそれが3段階の母音体系に再編成されていた.高層階級は,おそらくフランス語の高めの調音を真似ることにより,低層階級の「野暮ったい」発音からなるべく異なる発音を求めようとした.一方,3段階の母音体系をもっていたイースト・アングリアからの移住者が大量にロンドンに流れ込むと,彼らは社会的な上昇志向から,高層階級の話し方を部分的に真似ようとして4段階での調音を試み,これが契機となって,ロンドン英語が全体的に1段階持ち上がるという結果となった.
 異なる社会集団の話す異なる変種がロンドンという地で接触し,集団間の離反や近接という複雑な社会心理的動機づけにより,再編成された,というシナリオである.現代と異なり,過去の社会言語学的状況を復元するのは難しいため,歴史社会音韻論にはいかに説明力を確保するかという大きな課題がついて回る.しかし,近年,様々な論者がこの見解を支持するようになってきている.Fennell (160--61) や,さらに詳しくは Smith の2著の該当章も参照されたい.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.
 ・ Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.
 ・ Smith, Jeremy J. Sound Change and the History of English. Oxford: OUP, 2007.
 ・ Smith, Jeremy J. An Historical Study of English: Function, Form and Change. London: Routledge, 1996.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2016-06-15 Wed

#2606. 音変化の循環シフト [gvs][grimms_law][phonetics][functionalism][vowel][language_change][causation][phonemicisation]

 大母音推移 (gvs) やグリムの法則 (grimms_law) に代表される音の循環シフト (circular shift, chain shift) には様々な理論的見解がある.Samuels は,大母音推移は,当初は機械的 ("mechanical") な変化として始まったが,後の段階で機能的 ("functional") な作用が働いて音韻体系としてのバランスが回復された一連の過程であるとみている.機械的な変化とは,具体的にいえば,低・中母音については,強調された(緊張した)やや高めの異音が選択されたということであり,高母音については,弱められた(弛緩した)2重母音的な異音が選択されたということである.各々の母音は,当初はそのように機械的に生じた異音をおそらく独立して採ったが,後の段階になって,体系の安定性を維持しようとする機能的な圧力に押されて最終的な分布を定めた,という考え方だ.

Circular shifts of vowels are thus detailed examples of homeostatic regulation. The earliest changes are mechanical . . . ; the later changes are functional, and are brought about by the favouring of those variants that will redress the imbalance caused by the mechanical changes. In this respect circular shift differs considerably from merger and split. Merger is redressed by split only in the most general and approximate fashion, since the original functional yields are not preserved; but in circular shift, the combination of functional and mechanical factors ensures that adequate distinctions are maintained. To that extent at least, the phonological system possesses some degree of autonomy. (Samuels 42)


 ここで Samuels の議論の運び方が秀逸である.循環シフトが機能的な立場から音素の分割と吸収 (split and merger) の過程とどのように異なっているかを指摘しながら,前者が示唆する音体系の自律性を丁寧に説明している.このような説明からは Samuels の立場が機能主義的に偏っているとの見方になびきやすいが,当初のきっかけはあくまで機械的な要因であると Samuels が明言している点は銘記しておきたい.関連して「#2585. 言語変化を駆動するのは形式か機能か」 ([2016-05-25-1]) を参照.

 ・ Samuels, M. L. Linguistic Evolution with Special Reference to English. London: CUP, 1972.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2016-03-24 Thu

#2523. 大母音推移は,発音と綴字の乖離の最大の元凶か (3) [gvs][vowel][diphthong][spelling_pronunciation_gap]

 「#775. 大母音推移は,発音と綴字の乖離の最大の元凶か」 ([2011-06-11-1]),「#2438. 大母音推移は,発音と綴字の乖離の最大の元凶か (2)」 ([2015-12-30-1]),「#2439. 大母音推移の英語音韻史上の意義」 ([2015-12-31-1]) で,大母音推移 (gvs) の評価について論じた.大母音推移は発音と綴字の乖離を生み出した諸要因のなかでも特に重大で広範な影響を及ぼした要因と信じられているが,果たしてその評価はどこまで妥当なのか.
 Sato は,3巻からなる初級英語教科書 New Crown English Series より日常英単語924語を抜き出し,そこに含まれる母音について,綴字と発音の関係が大母音推移によってどの程度影響を受けているかを調べた.具体的には,発音と綴字の関係がより緊密だった古英語や中英語における発音と比較しながら,現代の両者の関係が,大母音推移によって説明され得る単語が何種類あるのかを数えた.
 Sato は,中英語から大母音変化を経て近現代英語にまで続いた母音変化のタイプによって,以下のように9種類の語群を区別している.(i) /iː/ > /ai/; (ii) /uː/ > /au/; (iii) /eː/ > /iː/; (iv) /oː/ > /uː/; (v) /ɛː/ > /eː/ > /iː/; (vi) /ɔː/ > /ou/; (vii) /ɑː/ > /ei/; (viii) new /ɔː/; (ix) new /ɑː/ .(i) から (vii) までは,一般にいわれる大母音推移の入力と出力を表しているが,(viii) と (ix) については大母音推移が完了した後に別のソースから発現した新たな長母音であり,大母音推移との関係はあくまで間接的な意味においてであることに注意したい.では,Sato (20) の数値を示そう.

 Members(Exceptions)Total
Group (i)70(11)81
(ii)26(19)45
(iii)40(1)41
(iv)16(34)50
(v)28(25)53
(vi)40(30)70
(vii)39(6)45
(viii)71--71
(ix)47--47
Total377126503


 上の表の列に (Exceptions) とあるのは,例えば (i) について,フランス借用語 machine, police などでは大母音推移の効果,つまり <i> = /ai/ が観察されないことなどを含む.つまり,Members が多く,(Exceptions) が少ないほど,大母音推移の結果としての発音と綴字の関係は予測可能という読みとなる.タイプごとに両数字を足し合わせたものが最右列の数値となるが,これは大母音推移の「せいで」それ以前の発音と綴字のストレートだった関係がもはや予測可能でなくなってしまった単語の数を表す.
 Sato (20) は,この問題のある503単語が,今回調査した総単語924語のなかで,予想していたよりも高い54%という割合を占めることを指摘し,大母音推移が発音と綴字の関係の乖離の大きな要因であると断じて,論文を閉じている.しかし,はたしてこの議論は有効なのだろうか.54%が高い割合だから発音と綴字の乖離を招いているというよりは,むしろ54%という中途半端な割合であることが発音と綴字の関係を不確かにしていると考えられるのではないか.もし割合が0%か100%といういずれかの極に限りなく近いのであれば,むしろ予測可能であるという点で発音と綴字の関係はストレートということになるだろう.論文の題にある "discrepancy" が,古英語や中英語の発音と綴字の関係を出発点として,そこから時とともにどの程度変化してきたかという通時的観点からの用語であれば理解できるのだが,論文全体の基調は,現代英語の発音と綴字の関係という共時的な問題意識である.とすると,共時的な意味での "discrepancy" とは何のことなのか.残念ながら Sato は明らかにしていない.

 ・ Sato, Tetsuzo. "The Discrepancy between English Spelling and Sound Viewed from the Great Vowel Shift." 『福岡大学大学院論集』第16巻第2号,1984年.1--22頁.

Referrer (Inside): [2018-07-22-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow