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linguistic_imperialism - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-04-19 09:34

2023-06-09 Fri

#5156. ヨーロッパにおける「英語帝国主義」の脅威 [linguistic_imperialism]

 ヨーロッパは,歴史的には国民国家形成期やナショナリズム亢進期に大言語を称揚し小言語を抑圧してきたこともあったが,現代はそのような過去を反省し,おおむね諸言語の共存を大切にする姿勢を示している.しかし,そのようなヨーロッパでも,英語の圧倒的な影響力に逆らうことはできないでいる.
 池上俊一著『ヨーロッパ史入門 市民革命から現代へ』に,現代ヨーロッパにおける英語帝国主義を扱った節がある.以下,著者の解説と主張を引用する (191--92) .

 しかし,それでも経済,交通,情報通信,学術などの進展にともなって英語が席巻する状態は進み,EU各国においても英語教育を一層充実させる政策の方向は,変えられそうもありません.北欧諸国では英語が圧倒的な影響力を持っていて,常時英語のテレビ番組が放映されています.
 また英語は「最も役に立つ」言語だと答えるEUの市民が七割もいて,EU内での言語多様性が保たれるかどうかは,なおも未定です.学問分野でも,自然科学のみならず人文・社会科学でも英語を書き話す能力が,業績が国際的に認められるための不可欠の条件となっています.
 しかしながら言語には,現実のコミュニケーションに便利だからという道具性がある一方,それは人間存在の拠り所でもあります.言葉こそ文化の本質で,多様な言葉を守らなければ,多様な文化は保持・発展できません.そもそも「ヨーロッパのヨーロッパたるゆえんは多様性」だと本書では何度も強調してきました.それを維持するために言語が多様であることも必要なのです.そうであればこそ,ヨーロッパの豊かな発展と変革も可能になるのであり,英語だけにのっぺりと支配されては,ヨーロッパはヨーロッパでなくなってしまいます.
 英語は「役に立つ」言語なので,グローバル化のなかで外国との意志疎通のために英語を学ぶこと自体は良いことです.むしろ私が気になり問題だと思うのは,日本でも日本語の読解力の低下などが危惧されているように,英語を偏重しすぎて母国語がないがしろになってしまうことです.


 著者の意見に同意する.言語は,単にコミュニケーションの道具であるにとどまらない.それは,社会・文化・歴史の貯蔵庫でもある.前者のみならず後者にも十分に意を払うことが肝要だと考える.

 ・ 池上 俊一 『ヨーロッパ史入門 市民革命から現代へ』 岩波書店〈岩波ジュニア新書〉,2022年.

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2023-04-24 Mon

#5110. 国立西洋美術館「憧憬の地 ブルターニュ展」訪問に向けての予習 [museum][seminar][khelf][celtic][breton][voicy][heldio][breton_lai][contact][literature][linguistic_imperialism][language_death][brittany_exhibition]

 目下,東京・上野の国立西洋美術館にて「憧憬の地 ブルターニュ ー モネ,ゴーガン,黒田清輝らが見た異郷」展覧会が開催中です.開催期間は3月18日から6月11日までとなっています.


「憧憬の地 ブルターニュ ー モネ,ゴーガン,黒田清輝らが見た異郷」



 この開催の機会をとらえ,今学期の私のゼミでは「英語史とケルト,英語史とブルターニュ」をテーマとして,事前に予習した上で,5月末辺りに課外活動としてゼミの皆で展覧会を訪れる予定です.今後,本ブログでも Voicy heldio でも,関係する話題がチラホラ出てくるかと思います.本記事をお読みの皆さんも,ぜひブルターニュ(展)に関心を寄せていただければと.
 フランス北西部ブルターニュ地方では,ケルト語派のブルトン語 (Breton) が伝統的に話されています.ただし,地域の強大言語であるフランス語に押されているという事実があります.これはブリテン諸島の北や西のコーナーで,ケルト系諸語が英語に圧迫されているのと平行的な状況です.
 ケルト諸語の分布や歴史については「#774. ケルト語の分布」 ([2011-06-10-1]),「#778. P-Celtic と Q-Celtic」 ([2011-06-14-1]),「#779. Cornish と Manx」 ([2011-06-15-1]),「#3113. アングロサクソン人は本当にイングランドを素早く征服したのか?」 ([2017-11-04-1]),「#3761. ブリテンとブルターニュ」 ([2019-08-14-1]),「#4491. 1300年かかったイングランドの完全英語化」 ([2021-08-13-1]) を含む celtic の記事を参照してください.また,昨日の Voicy heldio では,関連して「#692. ケルト語派を紹介します」を配信しています.
 展覧会訪問までの「英語史とケルト,英語史とブルターニュ」のための予習事項は,主として以下の3点です.

 1. 歴史的にみる英語の拡大とケルト諸語の縮小
 2. 中英語で書かれたブルトン・レ (Breton lai)
 3. 英語とケルト語の言語接触

 今朝の Voicy heldio では,本記事と同様の内容でおしゃべりしています.「#693. 英語史とケルト,英語史とブルターニュ --- 国立西洋美術館の「憧憬の地 ブルターニュ展」訪問に向けて」です,ぜひお聴きください.



 国立西洋美術館の「憧憬の地 ブルターニュ展」,およびこれから1ヶ月ほど追いかけていく「英語史とケルト,英語史とブルターニュ」というテーマについて,ぜひご注目ください.

Referrer (Inside): [2024-01-01-1]

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2023-04-20 Thu

#5106. 言語の抑圧,放棄,縮小,乗り換え,そして死 [language_death][linguistic_imperialism][language_shift][sociolinguistics][linguistic_right][review][domain_loss][revitalisation_of_language][ecolinguistics]

 連日,山本冴里(編)『複数の言語で生きて死ぬ』(くろしお出版,2022年)を参照している ([2023-04-17-1], [2023-04-19-1]) .言語の抑圧や死といった重たい話題を扱っているのだが,エッセイ風に読みやすく書かれているため,お薦めしやすい.各章末に付された引用文献も有用である.


山本 冴里(編) 『複数の言語で生きて死ぬ』 くろしお出版,2022年.



 冒頭の第1章「夢を話せない --- 言語の数が減るということ」(山本冴里)のテーマは,標題に挙げたように,言語の抑圧,放棄,縮小,乗り換え,そして死である.支配言語が被支配言語に圧迫を加えるという状況は古今東西でみられるが,その過程はさほど単純ではない.山本 (12--14) を引用する.

 使用言語の転換は,抑圧の結果である場合もあれば,言語を放棄することについての自発的な決定を反映しているものもあるが,多くの場合には,この二つの状況が混ざり合ったものだ.植民者らは,一般には,現地言語を根絶やしにすべく仕掛けるわけではなく,現地言語の役割をより少ない領域と機能へとシステマティックに限定していき,また,支配的な(外の)言語に関する肯定的な言説を採用する.そのことによって,現地言語の存在が見えなくなっていくのだ (Migge & Léglise 2007, p. 302) .

 こうした話をすると,「過去のこと」だ,と言う人もいる.「今はもう,植民地主義なんて存在しない,言語を奪うとかやめさせるとか,そんな犯罪は行われない」と.しかし,中国の教育省が,過程では標準中国語が用いられることの少ない少数民族居住地域や農村においても,幼稚園では標準中語を用いさせる「童語同音」計画を発表したのは二〇二一年七月のことだ.標準中国語を使うことで,「生涯にわたる発展の基礎をつくること」や「個々人の成長」,「農村の振興」,「中華民族共同体意識の形成」がなされるのだという(中華人民共和国教育部2021).
 「現地言語の役割」が「より少ない領域と機能へとシステマティックに限定」されると同時に,「支配的な(外の)言語に関する肯定的な言説」が広く流布されるという事態は,右の例ほど露骨ではなくとも,今も大規模に,かつ世界中で発生している.言い換えれば,自らの生まれた環境で習得した言語の価値が低下し,ほかの言語(仮にX語とする)の威信をより強く感じるという事態である.たとえばマスコミで,教育で,市役所など公の場で,より頻繁にX語が使われるようになってきたら.職場では現地の言語ではなくX語を使うようにと,取締役が決めたら.X語のできる人だけが,魅力的な仕事に就けるようになったなら.


 言語が「より少ない領域と機能へとシステマティックに限定」していく過程は domain_loss と呼ばれる(cf. 「#4537. 英語からの圧力による北欧諸語の "domain loss"」 ([2021-09-28-1])).毒を盛られ,死に向かってジワジワと弱っていくイメージである.
 「言語の死」 (language_death) というテーマは,他の関連する話題と切り離せない.例えば言語交替 (language_shift),言語帝国主義 (linguistic_imperialism),言語権 (linguistic_right),言語活性化 (revitalisation_of_language),エコ言語学 (ecolinguistics) などとも密接に関わる.改めて社会言語学の大きな論題である.

 ・ 山本 冴里(編) 『複数の言語で生きて死ぬ』 くろしお出版,2022年.

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2023-04-19 Wed

#5105. 英語の後光効果 [linguistic_imperialism][language_myth][linguistic_ideology][sociolinguistics]

 一昨日の記事「#5103. 支配者は必ずしも自らの言語を被支配者に押しつけるわけではない」 ([2023-04-17-1]) で紹介した山本冴里(編)『複数の言語で生きて死ぬ』(くろしお出版,2022年)の第1章「夢を話せない --- 言語の数が減るということ」(山本冴里)に,有力な言語のもつ「後光のようなもの」について論じられている箇所がある (pp. 14--15) .

 言語そのものというより,言語に冠された後光のようなもの.それがX語の持つ力である.過去,東アジア世界では漢文が,ローマ時代の地中海地域と中世のヨーロッパではラテン語が,一七世紀~一九世紀のヨーロッパ知識人の間ではフランス語が,そしてイスラム世界ではアラビア語が光を帯びていた.そしていま,多くの地域で,眩しい光を放っているのは英語だ.日本でも,圧倒的な教育資源が,英語に注ぎ込まれている.「英語ができる」ことで発生する(かもしれない)利益への期待をあおる広告表現の多くは,おくめんもなく,英語を,輝く未来を保障〔ママ〕してくれるような魔法の鍵として描き出している.英語ができれば,人生がよりよい方向に変わる.仕事が見つかり収入が上がる.そんなイメージを散りばめた表現を,街角の広告に見かけたことはないだろうか.いわく,「英語ができれば人生はもっと楽しくなる!」(NHK通信講座),「英語の力は,世界とつながる力」 (AEON),「英語を,習いはじめた.商談が,動きはじめた」 (AEON),「いまこの国が求めているのは,英語が話せるあなたです」 (CLUB CUE),「英語で夢をカタチに」 (AEON) .
 イギリス政府が設立したブリティッシュ・カウンシル(主要事業は英語の普及)は,こうした事態に対してきわめて意識的である.ブリティッシュ・カウンシルは,イギリスが英語使用の規範として見なされる地位を誇り利用する.


 これは英語の「後光効果」の警告的な指摘にほかならない.「後光効果」とは『ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2015』によると次の通り.

ハロー効果,光背効果ともいう.人がもっているある特徴を評価する場合に,その人についての一般的印象やその人のもつ他の特徴によって,その評価が影響を受けやすい傾向をさす.たとえば,ノーベル賞を受賞した自然科学者の専門外の分野における社会的発言が権威をもって受入れられること.


 「英語には力がある」というときの「力」とは,英語に内在する力ではなく,あくまで人々が外側から英語に付与している力である.そこには人々の尊敬,憧れ,羨望,期待などがこめられている.英語自身が後光を発しているというよりは,人々がそこに後光を見ている,と表現するほうが適切だろう.人々は英語の後光効果 (halo effect) にかかっているのである.

 ・ 山本 冴里(編) 『複数の言語で生きて死ぬ』 くろしお出版,2022年.

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2023-04-17 Mon

#5103. 支配者は必ずしも自らの言語を被支配者に押しつけるわけではない [linguistic_imperialism][linguistic_ideology][norman_conquest][norman_french][link][review]


山本 冴里(編) 『複数の言語で生きて死ぬ』 くろしお出版,2022年.



 英語史において,1066年のノルマン征服はきわめて大きなインパクトをもつ.その意義について,本ブログでも norman_conquest の多くの記事で取り上げてきた.1066年の後,確かに英語はフランス語の支配下に置かれ,その社会的地位は失墜したものの,英語話者のほぼすべてが英語話者にとどまり,フランス語化したわけではなかった.征服者であるノルマン人自身はイングランド支配に際して自らの言語であるノルマン・フランス語を使い続けたが,それを被征服者であるイングランド人に(少なくともイングランド人一般に)押しつけようとした形跡はない.
 支配者が自らの言語を被支配者に押しつけてきた例は,確かに古今東西みられる.実際,大日本帝国は植民地に日本語を押しつけてきた.しかし,支配者は必ずしも自らの言語を被支配者に押しつけるわけではない.
 山本冴里(編)『複数の言語で生きて死ぬ』(くろしお出版,2022年)の第1章「夢を話せない --- 言語の数が減るということ」(山本冴里)に,次のようにある (pp. 9--10) .

しかし,植民地に暮らす人すべてに対して自らの言語を強制することは,支配者側にとっても利益ばかりにつながるわけではなく,多大なコストと相当のリスクを伴う行為でもあって,ゆえにそう頻繁には採用されない.コストとは教育や管理にかかる時間と費用だ.リスクは,言語を押しつけられた側からの反発や,支配者側の言語を身につけた被支配者側の者が,その言語を武器として,支配者に対して批判のできるような,より広い舞台に立つ可能性である.だからこそ,過去に列強と呼ばれる国々が行なった植民地政策においては,被支配者グループのすべてではなく,ただ上流階級,管理層のみを対象に支配者側の言語教育を行う場合もあったし(したがって,管理層に入りたければ支配者側の言語を習得することが必須となった),より広く言語教育を供給するにしても,庶民に対しては「読み書き」を軽視または実質的に禁じ,「話し聞く」ことばかりを推奨する土地もあった (Migge & Léglise 2007) .


 本ブログでは言語帝国主義 (linguistic_imperialism) に関わる議論を多く取り上げてきたが,とりわけ今回の話題に関係するものを挙げておきたい.

 ・ 「#1461. William's writ」 ([2013-04-27-1])
 ・ 「#5041. 英語帝国主義の議論のために」 ([2023-02-14-1])
 ・ 「#1784. 沖縄の方言札」 ([2014-03-16-1])
 ・ 「#3315. 「ラモハン・ロイ症候群」」 ([2018-05-25-1])

 ・ 山本 冴里(編) 『複数の言語で生きて死ぬ』 くろしお出版,2022年.

Referrer (Inside): [2023-04-20-1] [2023-04-19-1]

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2023-02-14 Tue

#5041. 英語帝国主義の議論のために [linguistic_imperialism][youtube][link][elf][language_myth][linguistic_ideology][voicy][heldio]

 一昨日公開された YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新動画は「#101. 英語コンプレックスから解放される日はくるのか? --- 英語帝国主義と英語帝国主義批判を考える」です.英語帝国主義(批判)をめぐって2人で議論しています.よろしければご視聴ください.また,YouTube のコメント機能よりご意見などもお寄せいただければと思います.



 hellog でも英語帝国主義(批判)や,より一般的に言語帝国主義 (linguistic_imperialism) の話題を多く取り上げてきました.英語帝国主義を議論するに当たっては,現在の英語の覇権的な地位をよく認識しておく必要があることはもちろん,なぜ英語がここまで覇権的な言語になってきたのかという歴史を押さえておくことが肝心だと考えています.英語帝国主義をめぐる議論は英語史の重要な論題であり,まさに英語史の知見こそが,関連する議論に大きく貢献できるものと信じています.
 私自身,この議論に関してまだ明確な意見を固められているわけではありません.しかし,英語の帝国主義的な歴史や覇権的な側面を認めつつ,英語を完全に受容することも完全に拒絶することもできないもの,つまり全肯定も全否定もできない言語と考えています.今後も議論を続けていきたいと思います.
 英語帝国主義や言語帝国主義に関する書籍は多く出されていますが,周辺領域は広く深いです.まずは hellog から関連する記事をピックアップしてみました.今後の議論のためにご参考まで.

 ・ 「#1072. 英語は言語として特にすぐれているわけではない」 ([2012-04-03-1])
 ・ 「#1073. 英語が他言語を侵略してきたパターン」 ([2012-04-04-1])
 ・ 「#1082. なぜ英語は世界語となったか (1)」 ([2012-04-13-1])
 ・ 「#1083. なぜ英語は世界語となったか (2)」 ([2012-04-14-1])
 ・ 「#1194. 中村敬の英語観と英語史」 ([2012-08-03-1])
 ・ 「#1606. 英語言語帝国主義,言語差別,英語覇権」 ([2013-09-19-1])
 ・ 「#1607. 英語教育の政治的側面」 ([2013-09-20-1])
 ・ 「#1785. 言語権」 ([2014-03-17-1])
 ・ 「#1788. 超民族語の出現と拡大に関与する状況と要因」 ([2014-03-20-1])
 ・ 「#1838. 文字帝国主義」 ([2014-05-09-1])
 ・ 「#1919. 英語の拡散に関わる4つの crossings」 ([2014-07-29-1])
 ・ 「#2163. 言語イデオロギー」 ([2015-03-30-1])
 ・ 「#2306. 永井忠孝(著)『英語の害毒』と英語帝国主義批判」 ([2015-08-20-1])
 ・ 「#2429. アルファベットの卓越性という言説」 ([2015-12-21-1])
 ・ 「#2458. 施光恒(著)『英語化は愚民化』と土着語化のすゝめ」 ([2016-01-19-1])
 ・ 「#2487. ある言語の重要性とは,その社会的な力のことである」 ([2016-02-17-1])
 ・ 「#2549. 世界語としての英語の成功の負の側面」 ([2016-04-19-1])
 ・ 「#2673. 「現代世界における英語の重要性は世界中の人々にとっての有用性にこそある」」 ([2016-08-21-1])
 ・ 「#2935. 「軍事・経済・宗教―――言語が普及する三つの要素」」 ([2017-05-10-1])
 ・ 「#2986. 世界における英語使用のジレンマ」 ([2017-06-30-1])
 ・ 「#3004. 英語史は英語の成功物語か?」 ([2017-07-18-1])
 ・ 「#3010. 「言語の植民地化に日本ほど無自覚な国はない」」 ([2017-07-24-1])
 ・ 「#3011. 自国語ですべてを賄える国は稀である」 ([2017-07-25-1])
 ・ 「#3012. 英語はリンガ・フランカではなくスクリーニング言語?」 ([2017-07-26-1])
 ・ 「#3277. 「英語問題」のキーワード」 ([2018-04-17-1])
 ・ 「#3278. 社会史あるいは「進出・侵略」の観点からの英語史時代区分」 ([2018-04-18-1])
 ・ 「#3286. 津田幸男による英語支配を脱する試案,3点」 ([2018-04-26-1])
 ・ 「#3302.「英語の帝国」のたどった3段階の「帝国」」 ([2018-05-12-1])
 ・ 「#3315. 「ラモハン・ロイ症候群」」 ([2018-05-25-1])
 ・ 「#3470. 言語戦争の勝敗は何にかかっているか?」 ([2018-10-27-1])
 ・ 「#3603. 帝国主義,水族館,辞書」 ([2019-03-09-1])
 ・ 「#3767. 日本の帝国主義,アイヌ,拓殖博覧会」 ([2019-08-20-1])
 ・ 「#3851. 帝国主義,動物園,辞書」 ([2019-11-12-1])
 ・ 「#4279. なぜ英語は世界語となっているのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2021-01-13-1])
 ・ 「#4467. インド英語は「崩れた英語」か「土着化した英語」か?」 ([2021-07-20-1])
 ・ 「#4536. 言語イデオロギーの根底にある3つの記号論的過程」 ([2021-09-27-1])
 ・ 「#4537. 英語からの圧力による北欧諸語の "domain loss"」 ([2021-09-28-1])
 ・ 「#4545. 「英語はいかにして世界の共通語になったのか」 --- IIBC のインタビュー」 ([2021-10-06-1])
 ・ 「#4829. 19世紀イギリス「白人の責務」から「英語帝国主義」へ」 ([2022-07-17-1])
 ・ 「#4830. 19世紀イギリスの植物園・動物園趣味と帝国主義」 ([2022-07-18-1])

 関連して Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」より「#145. 3段階で拡張してきた英語帝国」もお聴きください.


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2022-07-18 Mon

#4830. 19世紀イギリスの植物園・動物園趣味と帝国主義 [history][linguistic_imperialism]

 一昨日の記事「#4828. 「長い18世紀」に対フランスを軸に形成された「イギリス国民」のアイデンティティ」 ([2022-07-16-1]) および昨日の記事「#4829. 19世紀イギリス「白人の責務」から「英語帝国主義」へ」 ([2022-07-17-1]) に続き池上俊一(著)『王様でたどるイギリス史』を参照して,イギリス・英語帝国主義批評について考えている.
 19世紀に急成長を遂げたイギリスが動物園や水族館の設立・運営に力を入れたことと,19世紀後半より OED のような大型の文献学的辞書が編纂されたことには共通項がある.いずれも部分的には帝国主義の申し子である,ということだ.
 ここにもう1つ植物園という存在も加えてしかるべきだろう.動物園と同じく植物園もまた,イギリス帝国が威信をかけて設立・運営した国威発揚の道具だった.植物園・動物園趣味について,池上 (140--42) を引用したい.

プラント・ハンターの活躍
 もうひとつ,王室庭園をはじめ貴族の庭園は,植物学,植物蒐集のセンターになっていたことも重要です.王立キュー植物園を代表とする植物園には,植民地で手に入れた珍しい植物が標本として集められたのです.王室庭園や貴族庭園の庭師出身の「プラント・ハンター」たちは,当初は薬用植物,香辛料,食用など役に立つ植物を世界狭しと駆け回って必死で集めていたのですが,やがて珍しくて美しい未知の植物を蒐集するようになりました.彼らはその後園芸商となって栽培園を経営し,珍しい植物を得るようになり,その商売は一八世紀後半にもっとも繁栄しました.一九世紀に入るといくつもの園芸協会が設立され,園芸知識の交換・普及や逸品の展示会が開催され,園芸雑誌,植物学雑誌も発刊されました.
 イギリスの植物蒐集の歴史においてもっとも重要な人物は,ジョーゼフ・バンクス(一七四三~一八二〇年)です.彼が王立キュー植物園の経営を司り,プラント・ハンターを世界に派遣して植物を集め,キュー植物園を植物情報の集中するセンターにしたからです.バンクスの植物蒐集には国王ジョージ三世も理解があり,後押ししてくれました.植物学界,園芸界,造園界がこうした新しい植物の流入によって発展したことは,言うまでもありません.
 バンクスや国王が世界中の植物をイギリスの植物園に集中させることに熱意を示した裏には,イギリス(王)こそが世界を支配し,世界をくまなく監視し情報を集積しているのだ,というメッセージも密かに含まれていたはずです.

偉業の象徴,動物園
 植物園とともに王室との関連が深い「動物園」についても,ここで触れておきましょう.
 大英帝国の拡張に努める過程で,植物標本だけでなく野生動物も捕獲してもち帰られ,飼育・研究されるようになりました.これも,イギリスが遠隔の地を支配すること,その商業・経済圏がアジアにまで広がっていることを象徴していました.
 中世から王立動物園はありましたが,一七世紀後半になると,異国の動物がつぎつぎと運び込まれて王の偉業の象徴となっていきました.動物園の人気動物はそれぞれが生まれた土地を表象し,世界に広がるイギリスの覇権をまざまざと見せ,祖国への奉仕観念を喚起したのです.
 王立公園であるリージェンツ・パークの動物園(現在のロンドン・ズー)は一八二八年に開園し,大成功を収めました.後のヴィクトリア女王やエドワード七世も「熱帯の諸国の王侯からもたらされたライオン,シマウマ,トラ,ヒョウなどを収容した動物園は,英国の国際的地位,ひいては英王室の地位を象徴する」という考えを持っていたようです.


 同趣旨で,当時のイギリスでは,世界中から(動植物ならぬ)言葉を集め(動植物園ならぬ)辞書を編纂するという事業への関心も芽生えた.この成果が OED であるといっても過言ではない.この辺りの関わりについては,以下の記事を参照されたい.

 ・ 「#3020. 帝国主義の申し子としての比較言語学 (1)」 ([2017-08-03-1])
 ・ 「#3021. 帝国主義の申し子としての比較言語学 (2)」 ([2017-08-04-1])
 ・ 「#3376. 帝国主義の申し子としての英語文献学」 ([2018-07-25-1])
 ・ 「#3603. 帝国主義,水族館,辞書」 ([2019-03-09-1])
 ・ 「#3767. 日本の帝国主義,アイヌ,拓殖博覧会」 ([2019-08-20-1])
 ・ 「#3851. 帝国主義,動物園,辞書」 ([2019-11-12-1])
 ・ 「#4131. イギリスの世界帝国化の歴史を視覚化した "The OED in two minutes"」 ([2020-08-18-1])

 19世紀イギリスの植物園への思い入れと関連して,現代イギリス人の典型的な趣味ともされる園芸(ガーデニング)のルーツも同時期に求められることに注意したい.この穏やかな趣味が現代英語の世界覇権と関係していると聞けば,多くの人は耳を疑うかもしれない.

 ・ 池上 俊一 『王様でたどるイギリス史』 岩波書店〈岩波ジュニア新書〉,2017年.

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2022-07-17 Sun

#4829. 19世紀イギリス「白人の責務」から「英語帝国主義」へ [history][linguistic_imperialism]

 昨日の記事「#4828. 「長い18世紀」に対フランスを軸に形成された「イギリス国民」のアイデンティティ」 ([2022-07-16-1]) に引き続き,池上俊一(著)『王様でたどるイギリス史』を参照して,19世紀のイギリスに現われた新しい言説について考える.
 イギリスは長い18世紀の後にフランスに対して勝利を収め,覇権国家として栄光の道を進むことになった.世界中を文明に浴させるのがイギリスの責務であり,そのための媒介言語として重要なのが英語なのである,という理論武装をした.池上 (185--86) を引用する.

 フランスのナポレオンが一八一五年に最終的に敗北してからは,もはやイギリスは敵なしで,実際,大きな戦争に負けたことはありません.それが「自分たちは世界に冠たる大英帝国を築くべく嘉されている」との意識をもたらしたのでしょう.
 産業革命を経て「世界の工場」になったイギリスですが,アメリカやドイツがしだいに競合するようになり,一八七〇年代中葉から約二〇年間は大不況に見舞われます.国内市場が小さかったのも難点で,一八七四年の選挙で保守党ディズレーリが自由党グラッドストーンに勝利して第二次政権を形成すると,ヴィクトリア女王の篤い信頼のもと,帝国主義に邁進していきます.経済的利益を得ながら,国民に満足を与える国家的威信の発揚をしようとしたのです.
 もちろん帝国主義的支配には後ろめたさもありましたが,「白人の責務」を掲げて,正当化していきました.それは「先進国イギリスは未開で劣った有色人種を指導・後見して文明化する義務がある」とするもので,黒人や黄色人種は白人に服するのが当然とされました.「自由と文明の使者たるイギリス人の言葉,物品,習慣,技術,産業で世界を満ちあふれさせることこそ,優良なる民族が神から授かった召命であり,帝国中にユニオン・フラッグを翻させる行いには自由・公正・正義の美徳がある」とされたのです.
 これは首相のパーマストンやディズレーリ,あるいはケープ植民地首相でダイヤモンド業者のセシル・ローズらの考え方で,それにヴィクトリア女王も同調したのです.
 いわゆる英語帝国主義も,この文脈で理解できます.すでにヘンリ八世が,ウェールズ,アイルランド,スコットランドに英語を公用語として強要する施策を試みていましたが,一九世紀にはインド,アフリカなど世界に広がる植民地に「卓越した言語」としての英語を押しつけ,イギリス的な価値観を内面化させようと教育システムを整え,さらには法廷での英語使用や公職者の英語の知識習得を義務化していきました.
 大英帝国における国王の忠実なる臣民は,文芸や科学とは縁もゆかりもない現地語など棄てて英語を使うのが自分たちのためでもあるのだ……という議論です.


 現在,英語が世界で広く通用する言語となっている基盤には,上記の通り,19世紀イギリスの帝国主義的イデオロギーがあったのである.この事実を押さえずして,現在そして未来の英語のあり方について有意義に議論することは決してできないだろう.言語は,単なる人間どうしのコミュニケーション手段にとどまらない.それは,良くも悪くも人間社会におけるパワーゲームのための武器なのである.

 ・ 池上 俊一 『王様でたどるイギリス史』 岩波書店〈岩波ジュニア新書〉,2017年.

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2021-10-12 Tue

#4551. 19世紀に Beowulf の価値が高騰した理由 [beowulf][oe][literature][language_myth][manuscript][history][reformation][philology][linguistic_imperialism][oed]

 「#4541. 焼失を免れた Beowulf 写本の「使い途」」 ([2021-10-02-1]) でみたように,Beowulf 写本とそのテキストは,"myth of the longevity of English" を創出し確立するのに貢献してきた.主に文献学的な根拠に基づいて,その制作時期を紀元700年頃と推定することにより,英語と英文学の歴史的時間幅がぐんと延びることになったからだ.しかも,文学的に格調の高い叙事詩とあっては,うってつけの宣伝となる.
 Beowulf の価値が高騰し,この「神話」が醸成されたのは,19世紀だったことに注意が必要である.なぜこの時期だったのだろうか.なぜ,例えばアングロサクソン学が始まった16世紀などではなかったのだろうか.Watts (52) は,これが19世紀的な現象であることを次のように説明している.

As a whole the longevity of English myth, consisting of the ancient language myth and the unbroken tradition myth, was a nineteenth-century phenomenon that lasted almost till the end of the twentieth century. The need to establish a linguistic pedigree for English was an important discourse archive within the framework of the growth of the nation-state and the Age of Imperialism. In the face of competition from other European languages, particularly French, it was perhaps necessary to construct English as a Kultursprache, and one way to do this was to trace English to its earliest texts.


 端的にいえば,イギリスは,イギリス帝国の威信を対外的に喧伝するために,その象徴である英語という言語が長い伝統を有することを,根拠をもって示す必要があった,ということだ.歴史的原則に立脚した OED の編纂も,この19世紀の文脈のなかでとらえる必要がある(cf. 「#3020. 帝国主義の申し子としての比較言語学 (1)」 ([2017-08-03-1]),「#3021. 帝国主義の申し子としての比較言語学 (2)」 ([2017-08-04-1]),「#3376. 帝国主義の申し子としての英語文献学」 ([2018-07-25-1])).
 16世紀には,さすがにまだそのような動機づけは存在していなかった.その代わりに16世紀のイングランドには別の関心事があった.それは,ヘンリー7世によって開かれたばかりのテューダー朝をいかに権威づけるか,そしてヘンリー8世によって設立された英国国教会をいかに正当化するか,ということだった.この目的のために,ノルマン朝より古いアングロサクソン時代に,キリスト教文典や法律が英語という土着語で書かれていたという歴史的事実が利用されることになった.テューダー朝はとりわけ宗教改革に揺さぶられていた時代であるから,宗教的なテキストの扱いには慎重だった.一方,Beowulf のような民族叙事詩のテキストには,相対的にいってさほどの関心が注がれなかったというわけだ.Watts (52) は次のように述べている.

The dominant discourse archive at this particular moment of conjunctural time [= the sixteenth century] was religious. It was the struggle to assert Protestantism after the break with the Church of Rome that determined the focus on religious, legal, constitutional and historical texts of the Anglo-Saxon era. The Counter-Reformation in the seventeenth century sustained this dominant discourse and relegated interest in the longevity of the language and the poetic value of texts like Beowulf till a much later period.


 ・ Watts, Richard J. Language Myths and the History of English. Oxford: OUP, 2011.

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2021-10-06 Wed

#4545. 「英語はいかにして世界の共通語になったのか」 --- IIBC のインタビュー [notice][hel_education][sobokunagimon][link][future_of_english][linguistic_imperialism]

 先日,TOEIC 事業などを手がける IIBC (一般財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会)の Newsletter 44号のために,標題についてのインタビューを受けました.10月19日が「TOEIC の日」に制定されたそうで,その特別企画としての取材でした.(関係者の皆様,夏の暑い時期でしたが,私の研究室までお運びいただきありがとうございました.)
 冊子体でも発行されているのですが,ウェブでも公表されています.こちらよりご一読ください.英語史超入門ともなっています.(ゲルマン語系統図や英語史略年表も,とてもきれいに作っていただきました.あ,それから写真も.)
 標題の素朴な疑問への答えはインタビュー記事を読んでいただければ分かるわけですが,かいつまんでいえば英米両国の覇権という社会的な要因がほぼすべてです.英語の語彙が豊かだからとか,文法が簡単だからとか,その他の英語の言語的特質に起因するものでは決してありません.この点は拙著や本ブログでも繰り返し主張してきました.以下は関連する記事群です.

 ・ 「#1072. 英語は言語として特にすぐれているわけではない」 ([2012-04-03-1])
 ・ 「#1082. なぜ英語は世界語となったか (1)」 ([2012-04-13-1])
 ・ 「#1083. なぜ英語は世界語となったか (2)」 ([2012-04-14-1])
 ・ 「#1607. 英語教育の政治的側面」 ([2013-09-20-1])
 ・ 「#1788. 超民族語の出現と拡大に関与する状況と要因」 ([2014-03-20-1])
 ・ 「#2487. ある言語の重要性とは,その社会的な力のことである」 ([2016-02-17-1])
 ・ 「#2673. 「現代世界における英語の重要性は世界中の人々にとっての有用性にこそある」」 ([2016-08-21-1])
 ・ 「#2935. 「軍事・経済・宗教―――言語が普及する三つの要素」」 ([2017-05-10-1])
 ・ 「#3470. 言語戦争の勝敗は何にかかっているか?」 ([2018-10-27-1])
 ・ 「#4279. なぜ英語は世界語となっているのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2021-01-13-1])

 インタビューの後半では,むしろ今後英語がどうなっていくのかという問題も熱く論じました.これについては future_of_english の記事群をどうぞ.

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2021-09-28 Tue

#4537. 英語からの圧力による北欧諸語の "domain loss" [linguistic_imperialism][language_shift][sociolinguistics][linguistic_right][domain_loss]

 過剰な英語教育により母語である日本語の教育(国語教育)ががないがしろにされているのは,ゆゆしきことである.このような議論を耳にしたことがあるだろう.実際,英語のせいで日本語がダメになってしまうという議論は今に始まったわけではない.比較的最近の議論を挙げれば,例えば「#3010. 「言語の植民地化に日本ほど無自覚な国はない」」 ([2017-07-24-1]) や「#3011. 自国語ですべてを賄える国は稀である」 ([2017-07-25-1]) などを参照されたい.
 しかし,一般的にいえば日本ではこのような懸念はさほど強くない.幸か不幸か英語が浸透しておらず,切実な問題とならないからだ.むしろ,英語使用が社会の中に広がっており,英語が得意とされる国・地域でこそ,この問題は切実である,自言語が英語に侵されてしまう可能性が現実味を帯びるからだ.例えば,北欧諸国は伝統的には EFL 地域と分類されるが,社会での英語使用の実際に照らせば ESL 地域に近い位置づけにあり,もろに英語の圧力を受けている (「#56. 英語の位置づけが変わりつつある国」 ([2009-06-23-1]) を参照).このような地域ではビジネス,娯楽,学術の分野で英語が深く浸透しており,自言語の用いられる領域がだんだん狭くなってきているという.つまり,"domain loss" が生じているようなのだ.Phillipson and Skutnabb-Kangas (325) より引用する.

One might think that European countries with strong national languages are unaffected by greater use of English, that its use and learning represent merely the addition of a foreign language. However, the international prestige and instrumental value of English can lead to linguistic territory being occupied at the expense of local languages and the broad democratic role that national languages play. An increasing use of English in the business, entertainment and academic worlds in Scandinavia has led to a perception of threat that tends to be articulates as a risk of "domain loss." This term tends to be used loosely, and minor empirical studies suggest that there has been an expansion rather than a contraction of linguistic resources hitherto.


 実際,北欧諸国は "domain loss" の脅威を受けて,2006年に「北欧語政策宣言」を承認している.その文書は北欧諸国のすべての住民の言語権 (linguistic_right) を謳いあげている,その背景には特定の言語に一辺倒になることを避けようとする複言語主義 (plurilingualism) の思想がある.
 北欧諸国ですら/だからこそ,上記のような状況がある.日本の状況を論じるに当たっても他国との比較が重要だろう.

 ・ Phillipson, Robert and Tove Skutnabb-Kangas. "English, Language Dominance, and Ecolinguistic Diversity Maintenance." Chapter 16 of The Oxford Handbook of World Englishes. Ed. by Markku Filppula, Juhani Klemola, and Devyani Sharma. New York: OUP, 2017. 313--32.

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2021-09-27 Mon

#4536. 言語イデオロギーの根底にある3つの記号論的過程 [linguistic_imperialism][linguistic_ideology][standardisation][world_englishes]

 世界英語 (world_englishes) の話題は,言語イデオロギー (linguistic_ideology) の問題と結びつきやすい.英語帝国主義の議論 (cf. linguistic_imperialism) もその1つの反映である.このことは「#4466. World Englishes への6つのアプローチ」 ([2021-07-19-1]) でも触れられている.
 そもそも言語イデオロギーをどのように解釈するか.「#2163. 言語イデオロギー」 ([2015-03-30-1]) で1つの見方を示したが,今回は Bhatt (293) の見解を紹介する.まず定義に相当する部分を引用する.

Language ideologies, broadly construed, refer to beliefs, feelings, and conceptions of language structure and use that to serve political and economic interest of those in power . . . . Under this view, language---English, for our purposes---is used as a resource to promote and protect the econo-cultural and political interests of those in power; however, it must be noted that language ideologies are rarely brought up to the level of discursive consciousness.


 平たくいえば,言語イデオロギーとは,特定の言語とその権力に関する信念体系であり,意識に上ることが少ない類いのもの,ということになる.Bhatt (293) は続けて,このイデオロギーの根底には3つの記号論的過程があるという.

The three semiotic processes underlying the ideological representation of language variation are: iconization---the process that fuses some quality of the linguistic feature and a supposedly parallel quality of the social group and understands one as the cause or the inherent, essential, explanation of the other . . . ; fractal recursivity---the projection of an opposition made at one level onto some other level so that the distinction is seen to recur across categories of varying generality; and erasure---selective disattention to, or non-acknowledgment of, unruly forms of linguistic variation, those that do not fit neatly into predetermined paradigms of linguistic descriptions.


 記述的な言語研究は言語イデオロギーの解体に貢献し得るが,一方でそもそもそのような言語研究が特定の言語イデオロギーに立脚している可能性が常にあり,注意を要する.否,何らかの言語イデオロギーに立脚していない言語研究(や言語理論)はないといってよいだろう.

 ・ Bhatt, Rakesh M. "World Englishes and Language Ideologies." Chapter 15 of The Oxford Handbook of World Englishes. Ed. by Markku Filppula, Juhani Klemola, and Devyani Sharma. New York: OUP, 2017. 291--311.

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2021-08-13 Fri

#4491. 1300年かかったイングランドの完全英語化 [anglo-saxon][language_death][celtic][welsh][cornish][linguistic_imperialism]

 連日の記事で,英語の世界的拡大について Trudgill の論考を参照してきた.その最終節で,Trudgill (30) が洞察に満ちた指摘をしている.

Meanwhile, as all the events described above [= the expansion of English] were taking place around the world, back on the island of Britain, where the English language first came into being, Brittonic, the first language ever to be threatened by English, continued to hold its own in the forms of Welsh and Cornish, well over a millennium after contact with Germanic had first begun. Indeed, there were for a long time still parts of the English language's homeland, England, which remained non-English speaking. Some small border areas of England in Herefordshire and Shropshire---Oswestry, for example---remained Welsh-speaking until the middle of the eighteenth century. And Cornish . . . , which had survived the Anglo-Saxon incursions for many centuries, seems to have been lost as a viable native community language only in the late 1700s---although by that time there would have been very few monolingual Cornish speakers for several generations. When it eventually died out, England for the first time finally became a totally English-speaking country: the complete linguistic anglicisation of England had taken 1,300 years.


 この4世紀ほどという近代の比較的短い間に,英語がブリテン諸島から羽ばたいて,劇的な世界的拡大を遂げたことを考えるとき,同じ英語がお膝元であるイングランドの完全英語化を達成するのに,5世紀のアングロサクソン人の到来から数えて1300年もかかったというのは,皮肉というほかない.そして,もう1つ平行する皮肉がある.同じこの4世紀ほどという近代の比較的短い間に,イギリスが陽の沈まぬ帝国としての権勢を誇るに至ったことを考えるとき,お膝元であるイングランドは歴史上ブリテン諸島全体を統一したこともなく,目下のスコットランド情勢を見る限り,ブリテン島自体の統一にすら不安を抱えているというのは,皮肉というほかない.21世紀の世界の英語化の可能性を議論する前に,この歴史的事実を踏まえておく必要があるだろう.
 引用文で触れられているケルト系言語 Welsh と Cornish については「#1718. Wales における英語の歴史」 ([2014-01-09-1]),「#3742. ウェールズ歴史年表」 ([2019-07-26-1]),「#779. Cornish と Manx」 ([2011-06-15-1]) を参照.

 ・ Trudgill, Peter. "The Spread of English." Chapter 2 of The Oxford Handbook of World Englishes. Ed. by Markku Filppula, Juhani Klemola, and Devyani Sharma. New York: OUP, 2017. 14--34.

Referrer (Inside): [2023-04-24-1]

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2021-07-19 Mon

#4466. World Englishes への6つのアプローチ [world_englishes][variety][sociolinguistics][lingua_franca][contact][linguistic_ideology][linguistic_imperialism]

 現代世界に展開する様々な英語変種,いわゆる "World Englishes" の研究は,この40年ほどの間,主に社会言語学の立場から注目されてきた.世紀をまたぐこの数十年間,リングア・フランカとしての英語は存在感を著しく増し,世界を席巻する社会現象というべきものになった.英語研究においても明らかにその衝撃が感じられ,例えば World Englishes に関する学術雑誌が続々と発刊されてきた.English World Wide (1979),English Today (1984) ,World Englishes (1985) などである.
 World Englishes は(応用)言語学の様々な角度から迫ることができる.英語史も様々な角度の1つであり,本ブログでも種々に取り上げてきた次第である.Mesthrie and Bhatt の序説 (1) によると,World Englishes へのアプローチとして6点が挙げられている.

 ・ as a topic in Historical Linguistics, highlighting the history of one language within the Germanic family and its continual fission into regional and social dialects;
 ・ as a macro-sociolinguistic topic 'language spread' detailing the ways in which English and other languages associated with colonisation have changed the linguistic ecology of the world;
 ・ as a topic in the filed of Language Contact, examining the structural similarities and differences amongst the new varieties of English that are stabilising or have stabilised;
 ・ as a topic in political and ideological studies --- 'linguistic imperialism' --- that focuses on how relations of dominance are entrenched by, and in, language and how such dominance often comes to be viewed as part of the natural order;
 ・ as a topic in Applied Linguistics concerned with the role of English in modernisation, government and --- above all --- education; and
 ・ as a topic in cultural and literary studies concerned with the impact of English upon different cultures and literatures, and the constructions of new identities via bilingualism.


 このような概説は,実に視野を広げてくれる.私など World Englishes を主として英語史の立場から見るにすぎなかったが,とたんに多次元の話題に見えてくるようになった.各分野の概説書の第1ページというものは,しばしば啓発的である.

 ・ Mesthrie, Rajend and Rakesh M. Bhatt. World Englishes: The Study of New Linguistic Varieties. Cambridge: CUP, 2008.

Referrer (Inside): [2021-10-19-1] [2021-09-27-1]

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2021-01-13 Wed

#4279. なぜ英語は世界語となっているのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hellog_entry_set][linguistic_imperialism]

 これは英語を外国語として学んでいるすべての学習者にとって本質的な疑問です.あまりに基本的すぎて話題にする機会がほとんどなく,何となく宙ぶらりんになっている問いだと思います.しかし,とても重要です.効果的な英語学習のためにも,英語教育を論じるためにも,すべてこの問いから始めなければなりません.
 そもそも私たちはなぜ英語を学ぶことになっているのでしょうか.それは英語が世界語として有用だからですね.それでは,なぜ英語が世界語となっているのでしょうか.これは英語史を参照しなければ決して解決しない問いです.小中高の英語科でも社会科でも触れられない話題なのです.
 とはいえ,答えは単純明快です.拍子抜けするほど簡単です.音声解説をお聴きください.



 英語が他言語よりも優れた言語であるから,ではありません.そのようなことは決してありません.英語に内在する言語的な特徴(文法,語彙,発音など)によって,その言語が有力となるということは,人類言語史上,一度もありませんでした.古代地中海世界の古典ギリシア語,西洋中世のラテン語,中世イスラム世界のアラビア語,東アジア世界の中国語なども,その時代その地域の「世界語」といってよい影響力のある言語でしたが,いずれも言語的特徴によってではなく,その母語話者たち --- 古代ギリシア人,古代ローマ人,イスラム教徒,中国人たち --- が圧倒的な社会的権力をもっていたからにすぎません.
 英語も同じです.英語が世界語となっているのは,近現代の世界史において,英語の話し手たち(具体的には18世紀以降のイギリス帝国の盟主たるイギリス人たちと,20世紀の覇権国家となったアメリカ合衆国のアメリカ人たち)が,圧倒的な政治力,経済力,軍事力,文化力,技術力をもって世界に甚大な影響を与えてきたからにすぎません.彼らの言語であるからこそ,英語は威信を獲得し,世界で広く学ばれる機会を得たのです.英語自体は優れた言語でも何でもないのです(もちろん,断じて劣った言語でもありません).
 関連する話題と議論について,##1072,1082,1083,2487,2673,2935,3470の記事セットもお読みください.

Referrer (Inside): [2023-02-14-1] [2021-10-06-1]

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2020-12-21 Mon

#4256. 「言語の死」の記事セット [hellog_entry_set][language_death][statistics][world_languages][linguistic_right][language_shift][dialect][linguistic_imperialism][ecolinguistics][sociolinguistics]

 社会言語学の授業等で「言語の死」 (language_death) の話題に触れると,関心をもつ学生が多い.目下,世界中で12日に1言語というハイペースで言語が失われているという事実を知ると,当然ながらショックを受けるのだろう.今のところ安泰な立場にある日本語という大言語を常用しており,さらに世界第一の通用度を誇る超大言語である英語を義務教育のなかで学習してきた者にとって,絶滅危機に瀕した言語が世界にそれほど多く存在するということは,容易に想像もできないにちがいない.平均的日本人にとって「言語の死」とはある意味で遠い国の話しだろう.
 しかし,日本国内にも危機に瀕する言語は複数ある.また,言語を方言と言い換えれば,方言の死,少なくとも方言の衰退という話題は聞いたことがあるだろう.
 英語を筆頭とする世界的な影響力をもつ超強大な言語は,多くの弱小言語の死を招いているのか否か,という問題もある.もしそうだとすれば,英語のような言語は殺人的な言語であり,悪者とみなすべきなのか.もし弱小言語を救うというのであれば,誰がどのように救うのか.そもそも救う必要があるのか,ないのか.一方,自らが用いる言語を選ぶ「権利」(言語権)を個人に認めるとするならば,その個人に課せられる「義務」は何になるだろうか.
 このように「言語の死」を考え始めると,議論すべき点が続々と挙がってくる.社会言語学の論点として第一級のテーマである.議論に資する参考記事として「言語の死」の記事セットをどうぞ.

Referrer (Inside): [2023-06-28-1]

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2020-10-24 Sat

#4198. 映画『博士と狂人』を観ました [film][history][lexicography][oed][linguistic_imperialism][philology][comparative_linguistics][hellog_entry_set]

 「#4172. 映画『博士と狂人』の原作者による OED 編纂法の紹介文」 ([2020-09-28-1]) で紹介した映画が,先週全国ロードショーとなったので劇場に観に行きました.OED (初版)編纂を巡る人間ドラマです.ネタバレしすぎない程度に,とりあえず感想を一言二言述べておきたいと思います.

 ・ 原作はノンフィクションだが,映画では少なからずフィクション化されていて,やや趣旨が変わっていたような.逆にいえば,原作が抑え気味だったということ.映画を観たことで,原作のノンフィクションらしい抑制感の魅力に気づいた.
 ・ OED 編纂を背景とした,実に悲しい話しであることが改めてよく分かった.
 ・ OED がイギリス帝国としての威信を背負って帝国主義的に企画され,編纂された事実がよく描かれていた.英語(学)史的な観点から,この点はとても重要.授業などで議論したいと思っているポイント.
 ・ 映画では OED の中身に触れている箇所が少ない(それはそうか)ので,OED の辞書としての凄さが思ったほど伝わらなかったような.映画化するには仕方がないか.もっぱら人間ドラマの描写に集中していた様子.
 ・ Murray 博士の先輩ともいうべき元 OED 編集主幹にして EETS 設立者でもある Furnivall 役がとても良い味を出していた.原作ではあまり描かれていなかった部分なので,映画でけっこうなお得感があった.やはり,Furnivall は破天荒で魅力的な英語文献学史上の重要キャラ.
 ・ 「狂人」ことショーン・ペンの演技は迫真だった(メル・ギブソンの「博士」も十分に良かったとはいえ).

 上でも触れている OED 編纂と帝国主義の関係については,ぜひ以下の記事を読んでみてください(記事セットとしてはこちらから).OED の見方が変わるかもしれません.

 ・ 「#304. OED 制作プロジェクトののろし」 ([2010-02-25-1])
 ・ 「#638. 国家的事業としての OED 編纂」 ([2011-01-25-1])
 ・ 「#644. OED とヨーロッパのライバル辞書」 ([2011-01-31-1])
 ・ 「#3020. 帝国主義の申し子としての比較言語学 (1)」 ([2017-08-03-1])
 ・ 「#3376. 帝国主義の申し子としての英語文献学」 ([2018-07-25-1])
 ・ 「#3603. 帝国主義,水族館,辞書」 ([2019-03-09-1])
 ・ 「#3767. 日本の帝国主義,アイヌ,拓殖博覧会」 ([2019-08-20-1])
 ・ 「#4131. イギリスの世界帝国化の歴史を視覚化した "The OED in two minutes"」 ([2020-08-18-1])

Referrer (Inside): [2023-10-18-1]

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2019-11-12 Tue

#3851. 帝国主義,動物園,辞書 [history][linguistic_imperialism][lingua_franca][lexicography]

 出口治明の『「全世界史」講義 I 古代・中世編』を読んでいて,「#3603. 帝国主義,水族館,辞書」 ([2019-03-09-1]),「#3767. 日本の帝国主義,アイヌ,拓殖博覧会」 ([2019-08-20-1]) で取り上げた話題と同趣旨の言及をみつけた.帝国というものは,世界中の生き物の収集に凝るのと同様に,(過去の)言葉の収集にも凝るものだという内容だ.

世界最古のシュメールの都市国家群を滅ぼして,メソポタミア地方全域からアナトリア半島西部まで遠征したのが,アッカド王サルゴンでした.メソポタミアで初の統一国家,アッカド帝国が出現したのです.BC二三三四年のことでした.
 アッカドは史上初の帝国となりました.なお本書では,複数の異なる言語を話す民族を統合した政権を,慣用に従って帝国と呼びます.アッカドとシュメールは南北に隣同士ですが,言語も民族も異なっていました.
 帝国にとって何が必要かといえば,共通語です.これがないと国の統一ができません.ここでリンガ・フランカ(共通語)という概念が出てきます.こうしてアッカド語が,人類最初の共通語になりました.
 さて,サルゴンは,当時の最先進地域を統一しただけに,多くのエピソードを残しています.粘土板の記述によると,サルゴンは世界で初めて動物園をつくり,そこにはインダス川の水牛もいたそうです.なぜ動物園をつくったのかについては,次のように考えられています.
 言語が異なる民族を征服して,統一帝国をつくったということは,すべての人間を支配したことを意味します.すべての人間を支配すると,次はすべての生き物を支配しようと思い立ち,動物園をつくる.さらに進むと過去もすべて支配したいと思い,文物の収集へと至ります.アッシリア王は大図書館をつくり,中国・清の康煕帝は『康煕字典』という空前の大漢字辞書をつくる.ナポレオンのルーブルや大英帝国の大英博物館も,すべて同様の意志から生まれています.サルゴンは,まさにその先鞭をつけたのです.(32)


 収集は支配の証ということか.すると,収集癖は支配マニアということになる.その考え方によると,ある言語の単語を収集し,整理し,提示することを目的とする辞書学 (lexicography) は,言語(とそれを用いる人々)を支配する方法を追究する分野ということになる!?

 ・ 出口 治明 『「全世界史」講義 I 古代・中世編』 新潮社,2016年.

Referrer (Inside): [2023-02-14-1] [2022-07-18-1]

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2019-08-20 Tue

#3767. 日本の帝国主義,アイヌ,拓殖博覧会 [history][linguistic_imperialism][ainu][typology][history_of_linguistics]

 「#3603. 帝国主義,水族館,辞書」 ([2019-03-09-1]) の記事で,イギリス帝国(や大日本帝国)にとって,水族館やそこに展示される様々な生物は,自分たちが世界の海を支配していることを広くアピールする手段だったという議論をみた.安田敏朗(著)『金田一京助と日本語の近代』を読んでいて,よく似た議論に出くわした.日本が,帝国内に行なわれているアイヌ(語)を含めた様々な異質な民族や言語を展示することによって,帝国としての力をアピールしていたのではないかという見方だ.安田は,金田一京助もそのような観点からアイヌ(語)をとらえていたとみている.金田一の最初の本である訳書『新言語学』(1912年)の「自序」に,次のようにある(安田,p. 71--72 より孫引き).

〔漢字・漢文,欧米言語の学習という「苦行は」〕吾々に外国人には容易に得られない尊い資格をつけてゐる.それは,欧羅巴の学者の定説に拠ると,世界の諸国語は無慮数百千の多数に上るが,大観すると其の中に三つ(或は四つ)の大きな典型がある.曲折語・膠着語・孤立語これである.英語・仏蘭西語其の外白色人種の言語は,凡て曲折語に属し,支那語は孤立語に,日本語は膠着語に属する.
 して見ると,種々様々な形態を採る世界言語の一般概念は,此の小島国に生れた日本〔人〕は,大人になる迄には自然に把持する様に出来てゐる.
 尤も,四つの典型に観る場合には,前の三つの上に,抱合語といふものを加へる.抱合語の例を求めると,これも丁度日本には,アイヌという種族が話して国土の内に行はれてゐる.おまけに台湾には土着の熟蕃が孤立語を話してゐるので,日本といふ国はさながら世界各種の言語の見本を備へつけた,生きた図書館の観がある.実に言語研究の立場に於ては,日本人は生れ乍らに天与の特権をもってゐるものである.


 つまり,日本は,帝国の領土を拡張したことにより,そのまま諸言語の博覧会というべき存在となったというわけである.博覧会とは,比喩的な意味だけで言っているわけではない.というのは,1912年10月に上野公園で「拓殖博覧会」が開かれ,そこでアイヌを含め熟蕃,ギリヤーク,オロチョン,朝鮮に関する見世物が実際に展示されたのである.そして,金田一は,展示されるべく東京にやってきたアイヌ語のインフォーマントたちを利用して,自らのアイヌ語研究を進めることができた.
 帝国主義と言語学史には,思いのほか接点が多い.この件については「#3020. 帝国主義の申し子としての比較言語学 (1)」 ([2017-08-03-1]),「#3021. 帝国主義の申し子としての比較言語学 (2)」 ([2017-08-04-1]),「#3376. 帝国主義の申し子としての英語文献学」 ([2018-07-25-1]) も参照されたい.

 ・ 安田 敏朗 『金田一京助と日本語の近代』 平凡社〈平凡社新書〉,2008年.

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2019-03-09 Sat

#3603. 帝国主義,水族館,辞書 [borrowing][history][cosmopolitan_vocabulary][linguistic_imperialism]

 水族館には好んででかけていくほうだが,最近,溝井裕一(著)『水族館の文化史』を読むまで,水族館へ足を運ぶという文化の背後に,ここまで深い歴史と,ときに露骨なまでの帝国主義的な意味合いが込められているとは思いも寄らなかった.イラスト等も豊富で,知的刺激に富む一冊.
 水族館(や動物園)は,人間が他の生物を支配していることの証であるにとどまらず,他の人間に対してみずからの権力を誇示するためのステータス・シンボルでもあった(溝井,p. 47).水族館の原型は古代や中世にもみられたが,現代的な意味での公開型水族館の第1号は,1853年にロンドン動物園内に設立された「フィッシュハウス」だとされる.ロンドンという場所といい,19世紀半ばというタイミングといい,イギリス帝国の存在を思い起こさずにはいられない.溝井 (74) によれば,

 フィッシュハウスは,ただ珍奇な見世物だったわけではない.それは西洋文明が自然からもぎとったさらなる勝利を象徴するものであった.しかも,これがロンドン動物園に生まれた点が重要である.1828年の開園以来,ロンドン動物園には,世界各地から連れてこられた動物が展示されたが,それは多様な生きものを管理できるイギリス人の優れた能力を誇示するものだった.さらに動物たちは,イギリス人が支配する,あるいはアクセスできる地域をも体現した.
 フィッシュハウスにも,おなじことが当てはまる.生きた魚の展示は,アクアリウムを生んだイギリス人の英知と,大英帝国の支配がとうとう水界にまで及んだことを表象したのである.しかもその範囲は,いずれ全海域におよぶであろうことは,『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』のつぎの一文にもあらわれていよう.

海のもっとも隔絶されたところにいる華麗な種でさえ,今後,常に変化しまた興味深いコレクション[……]に追加されない理由はない.


 その後,イギリスでは1871年と翌年に,クリスタル・パレス水族館とブライトン水族館もそれぞれ開館した.時をほぼ同じくして,1872--76年には,イギリス軍艦「チャレンジャー」による深海探査も開始され,イギリスは世界の海底にまで触手を伸ばすことになった.

 「チャレンジャー」に期待されていたのは,深海生物の実態を明らかにすることであった.とはいえ,生物学的探究のためだけに,イギリス政府が軍艦1隻を貸すわけがない.「チャレンジャー」は,世界中の海流や水質を調査することも任務としており,それは海底用電信ケーブルの敷設に役立てられることになっていた.ケーブルは,遠隔地との交信を容易にするため,戦略的に重要とみなされており,大英帝国は,自国のケーブルのために海底を確保することを望んでいたのだ.
 それに,海流や水位がわかれば,海軍の展開にどれほど役立つことか.有名な歌に「ブリタニア,海を統治せよ」とあるように,大英帝国はなんといっても海の国である.海の情報をもっとも多く蓄積するのはとうぜんであり,しかもその支配は海面だけでなく海底にまでおよぶべきであったのだ.(溝井,p. 114)


 帝国主義と水族館発展史の関わりは,イギリスに限定されない.大日本帝国も,同じように水族館と関わっていた.「大日本帝国の水族館」と題する節で,溝井 (177--78) は次のように述べている.

 明治期の水族館のもうひとつの特徴は,帝国主義とのかかわりだ.和田岬水族館は,台湾が日本統治下におかれていくばくもたたないうちに,そこから運んできたタイマイを展示している.当時の来館者には,その政治的意味は明らかだったはずである.ヨーロッパの動物園や水族館において,植民地産の生きものが,帝国の版図を表象していたことはすでに述べた.同様に,台湾産の生きものは,大日本帝国が新しく獲得した植民地を体現していた.
 もちろん,タイマイを展示した運営者側の本来の意図は定かではない.しかしこの時代,できるかぎり広い地域から,できるかぎりたくさんの生きものを展示しようとする水族館は,おのずから帝国主義と結びつかざるをえなかったのである.
 堺水族館でも,再び台湾産のサンパンヒー,レーヒー,ゼンヒー,コウタイ,トウサイなる魚が展示された.これらを出品したのは,台湾総督府である.


 水族館をこのようにみる視点は,言語の帝国主義的側面にも新たな光を与えてくれそうだ.関連して,「#3020. 帝国主義の申し子としての比較言語学 (1)」 ([2017-08-03-1]),「#3021. 帝国主義の申し子としての比較言語学 (2)」 ([2017-08-04-1]),「#3376. 帝国主義の申し子としての英語文献学」 ([2018-07-25-1]) を参照.
 また,エキゾチックな水産物をエキゾチックな単語に置き換えてみれば,近代以降,なぜ英語が世界の隅々から語彙を借用し,それを OED などの辞書に登録してきたかという問題にも,1つの答えが出せるように思われる.辞書は水族館なのかもしれない.関連して「#2359. 英語が非民主的な言語と呼ばれる理由 (3)」 ([2015-10-12-1]) も参照.

 ・ 溝井 裕一 『水族館の文化史 ひと・動物・モノがおりなす魔術的世界』 勉誠出版,2018年.

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