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linguistic_imperialism - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2018-10-22 05:28

2018-05-25 Fri

#3315. 「ラモハン・ロイ症候群」 [linguistic_imperialism][india]

 英語帝国主義批判に対する典型的な再批判として,次のようなものがある.イギリスなどの宗主国が,植民地の政治・宗教・教育の言語として英語を押しつけたというのは正しい理解ではない.むしろ,植民地側が宗主国のもつ高い技術や文化を得るために,自ら積極的に英語を習得しようとしたと理解すべきである,と.1820年代のインドで,英語の位置づけに関する論争が起こっていたとき,西洋の文明を礼賛してやまないインド人の小集団があった.この影響力のある集団のなかに,ベンガル出身のラモハン・ロイ (Ram Mohan Roy; 1772--1833) がいた.彼によって書かれた1823年12月11日の手紙は,英語帝国主義批判への再批判の根拠とされ,しばしば引用されてきた.平田 (142) による訳を示す.

この(カルカッタの)学校が提案されれば,イングランド政府は膨大な資金をつぎ込んで,毎年インド臣民の教育に貢献するでしょう.この資金は,ヨーロッパの才能と教養を持つジェントルマンを雇って,インドの現地民に,数学,物理学,化学,天文学,他の有益な諸科学を教えるために意図されたものと真に期待しますし,諸科学を持つからこそ,ヨーロッパの人々は世界の他の人々よりも完璧なまでに優れた民となったのです.……われわれは,政府が[これらを教育する]サンスクリット語学校を設立して,いまやインドにも流布しているこれらの知識を教えてくれるものと考えます.


 サンスクリット語学校とあるが,そこで優先的に教育のために使用されるべき言語は英語だとラモハン・ロイは主張していたのである.ここから,インド側から積極的に英語の受け入れを表明する態度は「ラモハン・ロイ症候群」と呼ばれるようになった.
 今から200年ほど前のインドでの一幕に由来する「ラモハン・ロイ症候群」は,21世紀の現在,世界中できわめてありふれた症候群となっているように思われる.日本も例外ではない.それどころか,日本には多数のラモハン・ロイ症候群に罹った人々がいて,日本の英語教育政策や英語観の形成に大きな影響力をもっているのである.

 ・ 平田 雅博 『英語の帝国 ―ある島国の言語の1500年史―』 講談社,2016年.

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2018-05-13 Sun

#3303. イングランド宗教改革の荒波をくぐりぬけたウェールズ語 [reformation][celtic][linguistic_imperialism][emode][welsh][wales][history][bible][book_of_common_prayer]

 「#3100. イングランド宗教改革による英語の地位の向上の負の側面」 ([2017-10-22-1]) で,16世紀のイングランド宗教改革により,アイルランド,ウェールズ,コーンウォルでは英語の権威は高まったが,ケルト諸語の地位は落ちたと述べた.一方,ウェールズに関しては,「#1718. Wales における英語の歴史」 ([2014-01-09-1]) でみたように,聖書と祈祷書がウェールズ語に翻訳されたため,ウェールズ語がある程度保持される結果となったとも述べた.ウェールズ語については,宗教改革の影響により地位が貶められたのか,保持されたのか,どちらなのだろうか.やや複雑なウェールズの状況について,平田 (27) が明快に解説している.

 宗教関係では,ロンドンの政府は一五六三年に「聖書および祈祷書をウェールズ語に翻訳する法律」を通過させて,聖書と祈祷書をウェールズ語に翻訳させた.これは,言語から見ると諸刃の剣となった.すなわち,一方では,ウェールズ語の保持に貢献したが,その半面で,ウェールズ語は宗教の言語と見なされて,政治の世界から締め出されることになった.それは重要性を持たない言語として,農村部の小作人に残存することになった.
 つまり,一六世紀のウェールズ統治において,ウェールズ語の聖書と祈祷書により,ウェールズ人をイングランド国教会にとどめておく「国教会の政治学」が,英語を広める「英語の政治学」よりも優先していたのである.その結果,宗教儀式ではウェールズ語が使用され,この言語の存続が助長された.聖書や祈祷書の翻訳,イングランド国教会としての説教を現地語で説教できる牧師の派遣を維持することによって,皮肉なことに,抑圧するつもりだった現地語の威信が保たれた.これはイングランド側からは「歴史的失態」と呼ばれる.ウェールズ語の残存はこの「歴史的失態」に依っていた.要するに,宗教改革は,ウェールズ語の聖書をウェールズ人に与え,次の三世紀間,ウェールズ語は宗教の領域で維持された.


 つまり,宗教改革を通じて,ウェールズ語は政治の世界からは追い出されたものの,宗教の世界では命脈を保ったということだ.2つの異なる「世界」に分けて考えることで,一見すると矛盾した宗教改革のウェールズ語への影響がクリアに理解できるようになった.
 その4世紀後の20世紀中に,ウェールズにおけるウェールズ語の地位はめざましく復活していくことになるが,振り返ってみれば,それは16世紀に上記の経緯でウェールズ語の火を絶やさずに済んだからなのだろう.イングランド側にとって「歴史的失態」とみえる意味がわかる.

 ・ 平田 雅博 『英語の帝国 ―ある島国の言語の1500年史―』 講談社,2016年.

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2018-05-12 Sat

#3302.「英語の帝国」のたどった3段階の「帝国」 [history][linguistic_imperialism][periodisation][anglo-saxon]

 5世紀半ばにアングロサクソン人がブリテン島に来住し,その後に建てた国家の領土は,イングランドに始まり,ブリテン島,ブリテン諸島へと拡張し,最終的には北米,カリブ海,南アジア,太平洋,アフリカなど世界中に拡がった.この拡張の流れは,大きく3つの段階に分けて考えることができる.アングロサクソン人の来住以来の経緯を端的にまとめた平田 (10--11) の文章を引用する.

 中世において,イングランドは,ブリテン島の隣人であるスコットランド,ウェールズ,海を越えたアイルランド島を侵略し支配した.イングランドが支配したこれらのブリテン諸島は「イングランド帝国」と呼ばれることがある.英語は中世の長期間をかけて,このイングランド帝国に普及した.
 近代になり,とくに,イングランドとスコットランドが連合した一七〇七年の「グレート・ブリテン」成立以降に海外に獲得した植民地を含む大帝国を「ブリテン帝国」または「大英帝国」と呼ぶ.ブリテン帝国は,北米とカリブ海に領土を広げ,アメリカが独立するとインドを中心にして領土を築いた.近代においては,英語はブリテン諸島を越えてこのブリテン帝国にも広がっていった.
 近代,とくに一九世紀以後,ブリテンは「公式帝国」と区別される「非公式帝国」にも支配を広げた.「非公式帝国」とは「公式帝国」が法律上の帝国なのに対して,経済的・文化的に支配された事実上の帝国を指し,一九世紀におけるブリテンの「非公式帝国」はラテンアメリカ,中東,極東などを含む.英語は「公式帝国」を超えてこの「非公式帝国」と呼ばれる地域にも広がった.日本もこの「非公式帝国」の一つとして論じられることがあり,本書は最後に日本にたどりつく.


 時代とともに「イングランド帝国」,「公式ブリテン帝国」,「非公式ブリテン帝国」と名前こそ変えてきたものの,これらに通底する共通項である「英語」をくくりだして,すべてを俯瞰する名前を付ければ「英語帝国」となる,というのが著者の主張である.英語史と関連づけたイギリス史の帝国主義史観といえるだろう.
 「イングランド帝国」,「公式ブリテン帝国」,「非公式ブリテン帝国」のそれぞれは,非常に緩くではあるが Kachru のいう Inner Circle, Outer Circle, Expanding Circle に対応すると考えられる(「#217. 英語話者の同心円モデル」 ([2009-11-30-1])を参照).
 関連して,「#1919. 英語の拡散に関わる4つの crossings」 ([2014-07-29-1]) も,似たような発想に基づいた英語史観として参照されたい.

 ・ 平田 雅博 『英語の帝国 ―ある島国の言語の1500年史―』 講談社,2016年.

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2018-05-02 Wed

#3292. 史上最初の英語植民地 Pembroke [wales][history][linguistic_imperialism][map]

 「#1718. Wales における英語の歴史」 ([2014-01-09-1]) で示したように,英語がウェールズの地に初めてもらたされたのは,Henry I の治世,12世紀初頭のことだった.1108年に,ウェールズ南西部の Pembrokeshire 南部に,英語を話すイングランド人,フランドル人が入植したとされている.

Map of Wales

 『英語の帝国』を著わした平田 (21) によれば,この英語の移植は,ブリテン諸島における英語の「言語植民地主義」の史上最初の例ととらえられ得るという.

 ウェールズの南西部には中世からイングランド化されていた地域があった.いまのペンブローク州の南部には,一二世紀初頭の中世から英語を話す住民がいた.その理由はよく知られていないが,一一〇八年のヘンリ一世によるイングランド人とフランドル人の入植者(農民,羊毛業者,商人などで,後発のフランドル人がイングランド人から英語を学んだらしい)の創始に伴うものとの説明が一般的である.これらの入植者たちはともにイングランド王室のプランテーションで働き,やがてフランドル人よりもイングランド人が優勢を占めるようになった.いまのスウォンジーの西側のガワー半島にもイングランド人移民が入植して,一五世紀以前に実質的にイングランド人の入植地となっていた.
 もとからいたウェールズ人はこの両地域から追い立てられ,ここは今日まで英語化された地域であるために,ブリテン諸島におけるもっとも早期の「言語植民地主義」の事例と見る論者もいる.言語の境界が,河川や丘陵といった自然が作る境界ではなく,これとは対照的に,ほぼ直線上でいかにも人為的だからである.ただし,両地域は,近隣のウェールズ語地域から政治的独立性,経済的自立性を保っており,ここからウェールズ側に言語上の影響を与えたという証拠も,逆にウェールズ側からこの地域に影響を与えたという証拠もない.


 ここでは,英語話者のペンブローク州への入植が「ブリテン諸島におけるもっとも早期の『言語植民地主義』の事例」と見なし得ることが述べられているが,その後,英語が近現代にかけて,言語植民地主義,さらには言語帝国主義を引き下げつつ世界へ拡大していく歴史を念頭におくならば,「ブリテン諸島における」という限定は不要だろう.一般化して,英語の言語植民地主義・言語帝国主義の最も早期の事例とみなすこともできそうだ.

 ・ 平田 雅博 『英語の帝国 ―ある島国の言語の1500年史―』 講談社,2016年.

Referrer (Inside): [2018-09-23-1]

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2018-04-26 Thu

#3286. 津田幸男による英語支配を脱する試案,3点 [linguistic_imperialism]

 英語支配に抗う論客の1人,津田幸男は『英語支配とことばの平等』のなかで,国際的な取り組みとして,(1) 英語税,(2) 英語教育の無償化,(3) 外国語使用の義務化の3案を提起している (192--204) .以下に要約しよう.

 (1) 「英語税」導入で英語支配を抑制する
  「トービン税」という国際金融取引税に発想を得て,国際コミュニケーションなどで用いられるすべての英語について課税するという提案である.特に英語国から非英語国への英語使用に対して,文書であれ,電子メールであれ,話し言葉であれ「英語税」が課される.英語税により得られた資金は,少数言語の反故や復興その他,国際コミュニケーション上の平等を達成するために用いられる.英語使用へのためらいが生ずる機会が増え,英語帝国主義の独走に歯止めをかけられると期待される.

 (2) 英語教育は無償にすべきである
  現在,英語学習の費用は学習者持ちである.このことは当然のように思われているが,そんなことはない.英語学習の増加により最も利益を被るのは,英語国と英語話者である.コミュニケーション強者である彼らは過剰な利益を得ているのだから,コミュニケーション弱者である英語学習者にその利益を還元するのが筋である.むしろ,「英語支配による過剰な利益に対する罪滅ぼしの意味も含めて,英語国,英語話者は英語を教えることを通して一切経済的な利益を得ないことを国際的協定にすべきである」(津田,p. 201).要するに,英語母語話者はボランティアで英語を教え,英語学習者は英語教育を無償で受けられるべきである.

 (3) 外国語使用の義務化
  国際コミュニケーションにおいて,誰もが外国語を使用することを義務づけるという提案である.すべての人が,自分の母語でない言語を使うことによって,ハンディキャップを平等化するという発想である.それによりコミュニケーションがあまりに複雑化する場合には,通訳で対応すればよい.国際コミュニケーションでは,誰もが外国語を使うという常識が行き渡れば,世界の言語的不平等は軽減されるだろう.

 これらの提案は実現可能性という観点からは課題が多すぎるというのが大方の反応だろうが,この提案から読み取りたいことは,津田の根幹にある,英語帝国主義がもたらしている世界の言語的不平等への筋金入りの反発心である.英語帝国主義批判については,以下の記事も参照.

 ・ 「#3010. 「言語の植民地化に日本ほど無自覚な国はない」」 ([2017-07-24-1])
 ・ 「#2458. 施光恒(著)『英語化は愚民化』と土着語化のすゝめ」 ([2016-01-19-1])
 ・ 「#2306. 永井忠孝(著)『英語の害毒』と英語帝国主義批判」 ([2015-08-20-1])
 ・ 「#1194. 中村敬の英語観と英語史」 ([2012-08-03-1])

 ・ 津田 幸男 『英語支配とことばの平等』 慶應義塾大学出版会,2006年.

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2018-04-18 Wed

#3278. 社会史あるいは「進出・侵略」の観点からの英語史時代区分 [periodisation][linguistic_imperialism]

 昨日の記事「#3277. 「英語問題」のキーワード」 ([2018-04-17-1]) に引き続き,英語帝国主義批判の立場から英語史を論じる中村に拠り,英語の「進出・侵略」という観点から,英語史を時代区分する案について考えてみたい.中村 (30) によれば,1350年を開始点とする英語史は5期に区分される.

 期間それぞれの時期の特徴
第1期1350〜1600[英語が]イングランドの「公用語」(「国家語」)となる時期
第2期1600〜1800海外に大々的に進出する時期
第3期1800〜1900帝国主義的性格を発揮し始める時期
第4期1900〜1945フランス語に代って「世界語」「(世界の)共通語」の地位を確立する時期
第5期1945〜「共通語」的性格と新・植民地主義的性格を推し進める時期


 各期の区切りの年代について,中村 (30--31) にしたがって付言しておこう.第1期の始まりは,イングランドがノルマンの支配から脱していく14世紀半ばに設定されている.その後,イングランドが独立国家となるテューダー朝の開始(1603年)をもって第2期へ移るという発想だ.また,イングランド人が母語である英語に自信を持ち始めるのも16世紀末である(cf. 「#2580. 初期近代英語の国語意識の段階」 ([2016-05-20-1])).
 第2期は三角貿易に代表される海外貿易が盛んとなり,イングランドが豊かになっていく時期である.植民地主義から帝国主義へ移行する時代で,とりわけ象徴的なのは7年戦争 (1756--63) だろう.歴史家トインビーは,この戦争を世界語としての英語の歩みの開始点とみている.
 第3期は,産業革命が進んできた1800年を便宜的な開始点としているようだが,工業化で蓄積した富を武器に,イギリスが帝国主義的な性格を発揮した100年間をカバーしている.標準英語が国民・国家の言語として教育されるようになり,非標準英語は軽視されるに至った.
 第4期は,帝国間の争いが激化し,その争いのなかから英語が大きく抜け出していく20世紀前半をカバーしている.覇権国家はイギリスからアメリカへと移行し,英語はフランス語を押しのけて世界語の地位を得る.それ以前にはフランス語のみで書かれていた国際条約が,ベルサイユ会議 (1919) ではフランス語のほか英語も使われるようになり,さらにワシントン会議 (1921) で締結された条約は,史上初めて英語のみで書かれた.
 第2次世界大戦の終了した1945年以降の第5期は,世界的に民族語復権の時代ではあるが,一方で英語が世界語としてますます利便性と通用度を高め,世界を操作する覇権言語となった.

 ・ 中村 敬 『なぜ,「英語」が問題なのか? 英語の政治・社会論』 三元社,2004年.

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2018-04-17 Tue

#3277. 「英語問題」のキーワード [linguistic_imperialism][link][hel_education]

 本ブログでも何度かその名前に触れているが,英語帝国主義批判の立場から現在の英語問題を斬る論客の1人に中村敬がいる.2004年に出版された『なぜ,「英語」が問題なのか? 英語の政治・社会論』の「まえがきに代えて――『英語問題』とは何か」において,中村は「英語問題」を読み解くためのキーワードとして,以下の17点を挙げている (13) .

 1. 関係の非相互性
 2. 支配と被支配
 3. 英語賛美(英語奴隷)と国粋
 4. (日本における)英語一言語主義と天皇制
 5. 一元化と多元化
 6. アングロサクソン(西洋)中心主義と(政策としての)二国間関係
 7. 植民地主義(教育)
 8. 下からの植民地主義
 9. 精神の植民地化
 10. 強迫観念
 11. 他者観
 12. ことばの身体性と身体化
 13. 英語普遍主義
 14. 再生産
 15. 言語的不平等と社会経済的不平等
 16. 英語帝国主義と英語一極集中状況
 17. 市場原理

 そして,これらを1つのキーワードで要約すれば「社会的不正義(不公正)」だという.中村の立場がよく分かるキーワードが並んでいるが,多くのキーワードが,近代における英語の世界的拡大の歴史を前提とした概念を表わしている点は重要である.もっといえば,これらは英語史上のキーワードでもあるのだ.英語史研究・教育はこれらの問題に対して何を提供できるか.真面目に向かい合うべき問題群である.
 中村の英語(史)観については,以下の記事も参照.

 ・ 「#1067. 初期近代英語と現代日本語の語彙借用」 ([2012-03-29-1])
 ・ 「#1072. 英語は言語として特にすぐれているわけではない」 ([2012-04-03-1])
 ・ 「#1073. 英語が他言語を侵略してきたパターン」 ([2012-04-04-1])
 ・ 「#1194. 中村敬の英語観と英語史」 ([2012-08-03-1])
 ・ 「#1606. 英語言語帝国主義,言語差別,英語覇権」 ([2013-09-19-1])

 ・ 中村 敬 『なぜ,「英語」が問題なのか? 英語の政治・社会論』 三元社,2004年.

Referrer (Inside): [2018-04-18-1]

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2018-01-30 Tue

#3200. 後期近代英語期の主要な出来事の年表 [timeline][history][lmode][chronology][world_englishes][linguistic_imperialism]

 Algeo and Pyles の英語史年表シリーズのシメとなる第4弾は,後期近代英語期 (201--02) .著者たちのいう Late Modern English は,1800年以降の英語を指している.これより前の時代の年表は,「#3193. 古英語期の主要な出来事の年表」 ([2018-01-23-1]),「#3196. 中英語期の主要な出来事の年表」 ([2018-01-26-1]),「#3197. 初期近代英語期の主要な出来事の年表」 ([2018-01-27-1]) を参照.

1805A victory over the French at the battle of Trafalgar established British naval supremacy.
1806The British occupied Cape Colony in South Africa, preparing the way for the arrival in 1820 of a large number of British settlers.
1828Noah Webster's American Dictionary of the English Language was published.
1840In New Zealand, by the Treaty of Waitangi, native Maori ceded sovereignty to the British crown.
1857A proposal at the Philological Society of London led to work that resulted in the New English Dictionary on Historical Principles (1928), reissued as the Oxford English Dictionary (1933).
1858The Government of India Act transferred power from the East India Company to the crown, thus creating the British Raj in India.
1861--5The American Civil War established the indissolubility of the Union and abolished slavery in America.
1898The four-month Spanish-American War resulted in the United States becoming a world power with overseas possessions and thus a major participant in international politics.
1906The first radio broadcast, leading in 1920 to the first American commercial radio station in Pittsburgh.
1914--8World War I created an alliance between the United States and the United Kingdom.
1922The British Broadcasting Company (after 1927, Corporation) was established and became a major conveyor of information in English around the world.
1927The first motion picture with spoken dialog, The Jazz Singer, was released.
1936The first high-definition television service was established by the BBC, to be followed by cable service in the early 1950s and satellite service in the early 1960s.
1939--45World War II further solidified the British-American link.
1945The charter of the United Nations was produced at San Francisco.
1947British India was divided into India and Pakistan, and both became independent.
1952The Secretariat building of the United Nations was constructed in Manhattan.
1961The Merriam Webster's Third New International Dictionary was published.
1983The Internet was created.
1991The Union of Soviet Socialist Republics was dissolved, leaving the United States as the world's only superpower.
1992The first Web browser for the World Wide Web was released.


 年表をざっと眺めるだけでも,この時期に英語が世界へ拡大していく様子がわかる.拡大といっても地理的な側面に限らない.話者人口という側面においても拡大したし,使用される状況や場面の範囲,すなわち機能的にも拡大した.Algeo and Pyles (201) の記述が的を射ている.

The history of English since 1800 has been a story of expansion---in geography, in speakers, and in the purposes for which English is used. Geographically, English has been spread around the world, first by British colonization and empire-building, and more recently by the prominence of America in world affairs. The number of its speakers has undergone a population explosion, not alone of native speakers but also of nonnative speakers of English as an additional language. And the uses to which English is put have ramified with the growth of science, technology, and commerce.


 要するに,後期近代英語期は,地理,人口,機能という3面における同時的拡大の時代である.見方によれば,言語帝国主義への道をひた走っていたともいえる.

 ・ Algeo, John, and Thomas Pyles. The Origins and Development of the English Language. 5th ed. Thomson Wadsworth, 2005.

Referrer (Inside): [2018-02-04-1]

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2017-10-22 Sun

#3100. イングランド宗教改革による英語の地位の向上の負の側面 [reformation][book_of_common_prayer][bible][celtic][linguistic_imperialism][emode]

 「#2927. 宗教改革,印刷術,英語の地位の向上」 ([2017-05-02-1]),「#2937. 宗教改革,印刷術,英語の地位の向上 (2)」 ([2017-05-12-1]),「#3066. 宗教改革と識字率」 ([2017-09-18-1]) を始めとする reformation のいくつかの記事で,16世紀のイングランド宗教改革が英語の地位を向上させた件について考えてきた.要するに,宗教改革を進める人々にとって,伝統的な権威を背負ったラテン語は敵性言語であり,むしろ英語やドイツ語など各々の土着語 (vernaculars) こそが重視されるべきだという雰囲気が醸成された.16世紀中にいくつも出版された聖書の英訳しかり,1549年の Thomas Crammer による The Book of Common Prayer (英語祈祷書)の編纂しかり,宗教改革は土着語たる英語の地位を高めるのに貢献した(「#1427. 主要な英訳聖書に関する年表」 ([2013-03-24-1]),「#1472. ルネサンス期の聖書翻訳の言語的争点」 ([2013-05-08-1]),「#2597. Book of Common Prayer (1549)」 ([2016-06-06-1]) を参照).
 しかし,このような英語の地位の向上は,英語を母語とするイングランドの多くの人々にとってこそ朗報だったろうが,イングランドの周縁部でケルトの言語・文化を保っていた少数派にとっては必ずしも朗報ではなかっただろう.水井 (70) は,この辺りの事情に触れながら宗教改革と英語の地位の向上について説明している.

 言語の問題はイングランドの辺境地域にどのようにして宗教改革を根付かせるかという大きな問題とかかわっていた.エドワード治世の宗教改革は,英語聖書だけでなく英語祈禱書の導入をともなっていたため,アイルランド,ウェールズ,イングランド内でもコーンウォルなどの英語と異なる言語が使用されている地域ほどこれらの導入には困難があったと考えられる.
 しかし,イングランド全国の教区教会ではグレート・バイブルに対する教区民の関心は大変高く,大きな書物の周囲に人だかりができるほどであったという.カトリック教会の信仰にとって最も重要なラテン語は,聖職者や高度な教育を受けた人々に独占された言語であって民衆の信仰の内面化の妨げともみなされたが,プロテスタントの聖書主義はヨーロッパ各地に現地語での信仰生活を根付かせることに成功した.


 ここで注意したいのは,アイルランド,ウェールズ,コーンウォルなどの英語を母語としない地域においても,英語の聖書や祈祷書が導入されたことである.つまり,これらの地域の人々にとってみれば,宗教改革は必ずしも「現地語での信仰生活を根付かせることに成功し」なかったのである.彼らにとっては,宗教の言語がラテン語から英語へシフトしたにすぎず,非母語であるという点では何も変化しなかった.イングランドの宗教改革は,周縁のケルト系の人々にとって,ローマによるラテン語の押しつけから解き放ってくれた解放者かもしれないが,イングランドによる英語の押しつけをもたらした圧制者でもあった.
 水井 (85) 曰く,「ブリテン諸島における宗教改革は,英語という言語の使用を信仰の場で義務づけることにもつながったため,その後のケルト系諸言語の使用状況にも大きな影響を与えたのだといえる」.英語の帝国主義的な性格は,英語が世界語となった20--21世紀に特有のものではなく,早くも近代初期の16世紀からその萌芽が見られたといえるだろう.

 ・ 水井 万里子 『図説 テューダー朝の歴史』 河出書房,2011年.

Referrer (Inside): [2018-05-13-1] [2017-11-10-1]

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2017-08-07 Mon

#3024. 「帝国のサイクル」と英語の未来 [future_of_english][linguistic_imperialism][historiography]

 Harari は Sapiens (邦題『サピエンス全史』)のなかで「帝国のサイクル」 ("The Imperial Cycle") を提案している (226--27) .それは以下の6段階からなる.

 1. A small group establishes a big empire.
 2. An imperial culture is forged.
 3. The imperial culture is adopted by the subject peoples
 4. The subject peoples demand equal status in the name of common imperial values
 5. The empire's founders lose their dominance
 6. The imperial culture continues to flourish and develop

 このサイクルが,ローマ,イスラム世界,ヨーロッパの帝国主義において繰り返し現われたという.また,ヨーロッパの帝国主義にみられる同サイクルは,現在,第4段階辺りにたどり着いているらしい.Harari (225) 曰く,

During the twentieth century, local groups that had adopted Western values claimed equality with their European conquerors in the name of these very values. Many anti-colonial struggles were waged under the banners of self-determination, socialism and human rights, all of which are Western legacies. Just as Egyptians, Iranians and Turks adopted and adapted the imperial culture that they inherited from the original Arab conquerors, so today's Indians, Africans and Chinese have accepted much of the imperial culture of their former Western overlords, while seeking to mould it in accordance with their needs and traditions.


 言語帝国主義 (linguistic_imperialism) の英語批評によれば,英語も帝国(主義的な存在)であるということなので,その展開には「帝国のサイクル」が観察されて然るべきだろう.
 英語はアングロサクソン人の小さな集団から始まり,1500年ほどかけて帝国主義的な言語へと発展してきた(第1段階).その過程で英語文化が育まれ(第2段階),英米の(旧)植民地の人々に受け入れられてきた(第3段階).現在,それら(旧)植民地の人々は,自分たちの使う英語変種を宗主国の英語変種と同等に扱うように求め始めている(第4段階).これにより,将来,宗主国は歴史的に保持してきた自らの英語変種の優位性を手放さざるを得なくなるだろう(第5段階).そして,英語文化そのものは繁栄と発展を続けていくことになる(第6段階).
 「帝国のサイクル」というモデルを,このように単純に英語史に当てはめることが妥当かはわからない.しかし,英語の過去,現在,未来を考えるうえで非常に示唆に富むモデルである.

 ・ Harari, Yuval Noah. Sapiens: A Brief History of Humankind. 2011. London: Harvill Secker, 2014.

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2017-07-26 Wed

#3012. 英語はリンガ・フランカではなくスクリーニング言語? [lingua_franca][linguistic_imperialism][elf][native_speaker_problem]

 連日取り上げているが,『中央公論』8月号の特集「英語1強時代,日本語は生き残るか」より話題を追加.三上喜尊による「日本語は普遍語になりうるか データが示す世界の中の日本語」という記事で,世界における日本(語)のプレゼンスを高めるために,多言語による情報受発信を推進すべきだという提案がなされている.

「英語の世紀」に危機感を覚える者は,英語以外の言語による情報発信にもっと真剣に取り組まなければならないし,英語以外の言語によって発信される情報に対してもっと敏感にならなければならない.世界中の多くの言語の話者に対して,彼らの言葉で語りかけることは,日本に対する共感を呼び覚ます効果が大きい.また,彼らの言語で発せられる情報には,英語あるいは英語話者によるスクリーニングを経ていない重みがある.(57)


 最後にある「英語あるいは英語話者によるスクリーニング」という見方が非常に意味深長である.リンガ・フランカ (lingua_franca) としての英語 (elf) を論じる場合には,当然ながら英語が諸言語(話者)の「橋渡し」の役を果たしているということが前提とされている.ポジティヴな英語観だ.
 しかし,「スクリーニング」という見方は,ネガティヴな英語観を表わす.英語という第三者を経由することで,本来の意図や意味が遮られたり歪められてしまうという含意がある.さらに,権力による検閲という言語帝国主義な含みすら感じられる (cf. native_speaker_problem) .このように英語を見る視点からは,"English as a Language of Censorship" (= ELC) などの呼称が提案されるようになるかもしれない.これは英語を意地悪くとらえているというわけではなく,英語に限らず普遍語の地位にある言語であれば,必ずリンガ・フランカとしての側面と ELC 的な側面を合わせもつものだろうと指摘しているにすぎない.

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2017-07-25 Tue

#3011. 自国語ですべてを賄える国は稀である [japanese][linguistic_imperialism]

 昨日の記事「#3010. 「言語の植民地化に日本ほど無自覚な国はない」」 ([2017-07-24-1]) で,『中央公論』8月号の「英語1強時代,日本語は生き残るか」と題する特集について触れた.その特集で,宇野重規と会田弘継による対談「“ポスト真実”時代の言語と政治」が掲載されている.ここでも,昨日引用した水村美苗と同じように,日本語が言語の植民地化を免れたのがいかに稀なことであるかが論じられている (37) .

会田 日本は英語国の植民地になったわけではありませんから,英語を使わなければできない何かがあるわけではない.近代に統一された国民国家の言語によって,ほとんどすべてのことを賄える国民というのは,世界でも稀なのですから,これほど幸福な国民はいないとも言えます.一億を超える人たちがすべてのことを自分の国語で,そして高等教育まで賄える.これができる国家は,英米を除けば,フランス,ドイツ,イタリア,スペインぐらいではないでしょうか.ヨーロッパでも小国は,高等教育は英語で行っているところが多い.スウェーデンの友人に,「君たちは英語ができていいねとあんたは言うかもしれないけれど,悲しいよ.大学の教科書は採算が合わないからスウェーデン語では作れない.英語の教科書を使うから,結局授業は英語になっちまう」ってぼやかれた.みんな,自ら求めて英語化しているわけではないのです.


 ここで例として出されているスウェーデンはまだ状況がよいほうで,アフリカやアジアの旧植民地の国々では,自国語で高等教育の教科書が書かれているところなど,ほとんどあり得ないのである.
 宇野 (40) も同じ趣旨で次のように述べている.

近代語は,先祖からの伝承や物語を語れるだけでは不十分で,政治も経済も哲学も技術も,すべて語れなければならない.こうした言語は,実は世界にそれほどありません.僕たちは教科書が,高校でも大学でも日本語で書かれていることを当たり前だと思っているけれど,こんなに恵まれていることは珍しいのです.英語以外ではフランス語だって微妙なところです.


 日本語の未来や,それと関連して英語帝国主義を論じ始める前に,まずはこのような事実を確認しておきたい.

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2017-07-24 Mon

#3010. 「言語の植民地化に日本ほど無自覚な国はない」 [linguistic_imperialism][japanese][hel_education][language_myth]

 『中央公論』8月号で「英語1強時代,日本語は生き残るか」と題する特集が組まれている.特集のなかで,問題作『日本語が亡びるとき』の著者である水村美苗が,著書よりもさらに強い警戒心をもって,日本語の行く先を憂えている.その見出しに「言語の植民地化に日本ほど無自覚な国はない」とあるが,これは私もその通りだと思っている.別の角度から見れば,日本がこれまで言語の植民地化を免れてきた歴史が十分に評価されていない,ともいえる.だからこそ,日本人は,世界的な言語である英語にいともたやすく無防備になびくことができるのだろう.まずは,この歴史の理解を促さなければならない.
 水村 (28--29) は,次のように述べている.

世界を見回せば,インテリが読む言語は英語で,それ以外の人が読むのが現地語だという国がいかに多いことでしょう.この一〇年のあいだにいろいろな国をまわりましたが,自国語が植民地化を免れたことに日本ほど自覚を持たない国も,自国語が亡びることに危機感を持たない国も珍しいと感じます.
 私は最近いよいよ,ごく少数を除けば,日本人は日本語が堪能であればよいのではと考えるようになっています.非西洋圏でここまで機能している言語を国語として持っている国は本当に珍しいのです.エリートも庶民も,全員当然のように日本語で読み書きしているという,この状況を守ること自体が,日本という国の使命なのではないかとすら思います.


 水村は,このように日本語の価値が軽視されている傾向を批判的に指摘する一方で,世界語となった英語に関して抱かれやすい誤ったイメージについても論難している (32) .

いくら強調してもし足りないのは,英語そのものに普遍語となった要素があるわけではないことです.英語は,さまざまな歴史的偶然が重なって普遍語として流通するようになった言葉でしかない.でもいったん普遍語として流通し始めると,普遍語で世界を見る人間の尊大さが,英語圏の人にはしばしばつきまとうようになります.それでいて,英語を普遍語たらしめた条件そのものは過去のものとなってしまっている.


 この憂いを吹き飛ばすために存在するのが,英語史という分野である.英語が世界でもっとも影響力のある言語になったのは,英語に内在するいかなる特質ゆえでもなく,単純に歴史の偶然である.このことは,確かに何度強調してもし足りない.私も以下の記事で繰り返してきたので,ご参照ください.

 ・ 「#1072. 英語は言語として特にすぐれているわけではない」 ([2012-04-03-1])
 ・ 「#1082. なぜ英語は世界語となったか (1)」 ([2012-04-13-1])
 ・ 「#1083. なぜ英語は世界語となったか (2)」 ([2012-04-14-1])
 ・ 「#1607. 英語教育の政治的側面」 ([2013-09-20-1])
 ・ 「#1788. 超民族語の出現と拡大に関与する状況と要因」 ([2014-03-20-1])
 ・ 「#2487. ある言語の重要性とは,その社会的な力のことである」 ([2016-02-17-1])
 ・ 「#2673. 「現代世界における英語の重要性は世界中の人々にとっての有用性にこそある」」 ([2016-08-21-1])
 ・ 「#2935. 「軍事・経済・宗教―――言語が普及する三つの要素」」 ([2017-05-10-1])

Referrer (Inside): [2018-04-26-1] [2017-07-25-1]

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2017-07-18 Tue

#3004. 英語史は英語の成功物語か? [historiography][language_myth][linguistic_imperialism][official_language][complaint_tradition]

 英語史を,1民族言語だった英語が偉大な世界語へと成長していく成功物語であると見る向きは少なくない.中世にはイングランドという一国のなかですらフランス語のもとで卑しい身分の言語にすぎなかったものが,近代以降に一気に世界に躍り出ていったという経緯を知れば,まさにシンデレラ・ストーリーに思えてくるかもしれない.
 しかし,Romaine (54--55) によれば,この物語には3つの大きな皮肉と逆説がある.第1に,英語の母国であるイングランドは,大英帝国を築きあげ,世界中に英語を拡散させたものの,足下にあるともいえるアイルランド,スコットランド,ウェールズで今なお100%の英語化を果たしていないという現実がある.話者人口は少ないとはいえ,そこではケルト系諸語が話されているのだ.灯台下暗し,というべき皮肉だ.
 第2に,英語が公用語として制定されているのは,Outer Circle の地域ばかりであり,Inner Circle の地域ではない(「#217. 英語話者の同心円モデル」 ([2009-11-30-1]),「#427. 英語話者の泡ぶくモデル」 ([2010-06-28-1])).このことは,英語を母語とする Inner Circle の地域(典型的には英米)において英語は事実上の公用語であり,ことさらに公言する必要もないからと説明されるが,アメリカでは,「#1657. アメリカの英語公用語化運動」 ([2013-11-09-1]) や「#256. 米国の Hispanification」 ([2010-01-08-1]) の記事で見た通り,現実的に英語公用語化という社会問題が持ち上がっている.英語を話す筆頭国において,これまで自明だった言語状況が変化してきているというのは,逆説的である.
 第3に,英米をはじめとする主要な英語母語国において,標準英語を巡る "insecurity" が絶えないことが挙げられる.要するに,正用と誤用を巡る "complaint tradition" や "linguistic complaint literature" が今なお産出され続けていることだ.英語が世界的に「成功」したというのであれば,お膝元の英米などにおいて,言語としての基盤が揺らいでいるというのは,皮肉であり逆説でもある.
 一見するところ華やかな「成功物語」の裏には,大いなる陰がある.

 ・ Romaine, Suzanne. "Introduction." The Cambridge History of the English Language. Vol. 4. Cambridge: CUP, 1998. 1--56.

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2017-06-30 Fri

#2986. 世界における英語使用のジレンマ [world_englishes][lingua_franca][linguistic_imperialism][elf][new_englishes][variety]

 日本の文化や歴史などを世界に伝えたりアピールしたりする際に,媒介として英語を用いるべきだという発想は,今や特別ではない.国家や民族のアイデンティティに関する事柄を,英語のような lingua_franca を用いて世界に発信することは,日本では当然のこと,推奨すべきことと考えられている.
 しかし,世界の他の地域ではどうだろうか.特に,アフリカやアジアに多く位置している旧英米植民地の人々が,自らの国家や民族のアイデンティティを世界に向けて切実に表現したいと思うとき,その媒介として旧宗主国の国語たる英語を用いるということは,ある種の矛盾を含んではいないだろうか.同じことは,旧英米植民地ならずとも,独特の英語変種を母語として用いているカリブ海諸地域などにも当てはまる.実際,このジレンマは,日本(人)にとっては無縁の悩みだろうが,世界の少なからぬ地域で激しい論争の的となってきた.最たる文化の表現者である文壇において,論争はことさら熱い.
 Crystal (279--80) より,このジレンマとその克服法を巡る論争の本質について述べられている箇所を引こう.

The problem is greatest for poets, novelists, and dramatists in the newly independent nations, where there is often considerable antagonism towards English, seen as a symbol of colonial oppression. The dilemma is acute. Should they use the 'enemy's' language, with all the alien awkwardness that comes with the use of a second language for literary expression, in order to achieve an international audience? Or should they use their mother tongue, for which they have an immediate sensitivity, but which will place severe constraints on their potential readership? The solution, many writers maintain, is to concentrate on developing the English of their own region, making it into a language which belongs to them, and with which they can identify. 'Our method of expression', wrote the Indian author Raja Rao, 'has to be a dialect which will some day prove to be as distinctive and colorful as the Irish or the American . . . The tempo of Indian life must be infused into our English expression.' And the call for new Englishes, personal, evocative, and dynamic, has been echoed by second-language writers around the world, in South-east Asia, East and West Africa, and by first-language writers in Jamaica, South Africa, and New Zealand.


 議論のきっかけとして,インド人の詩人 Kamala Das の実用主義的な英語観を覗いてみよう (Crystal 280) .

. . . I am Indian, very brown, born in
Malabar, I speak three languages, write in
Two, dream in one. Don't write in English, they said,
English is not your mother-tongue. Why not leave
Me alone, critics, friends, visiting cousins,
Every one of you? Why not let me speak in
Any language I like? The language I speak
Becomes mine, its distortions, its queernesses
All mine, mine alone. It is half English, half
Indian, funny perhaps, but it is honest.
It is as human as I am human, don't
You see? It voices my joys, my longings, my
Hopes, and it is useful to me as cawing
Is to crows or roaring to the lions . . .
                    The Old Playhouse and Other Poems (1973)


 この問題は,世界標準英語を目指す求心力と多様化する英語変種の遠心力が交錯する現代世界において,繊細な感受性を要するディスカッションの格好の題材となろう.

 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.

Referrer (Inside): [2017-07-03-1]

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2017-05-10 Wed

#2935. 「軍事・経済・宗教―――言語が普及する三つの要素」 [elf][sociolinguistics][lingua_franca][linguistic_imperialism][language_myth]

 「English ではなく Englic を話せ」と提唱する鈴木は,ある言語がリンガ・フランカとして普及してゆく背景には大きく分けて標題の3つの要素がある,と論じている.たいへん明解な議論なので,そのまま引用して紹介しよう(鈴木,pp. 35--37).

 英語が広まったのは英語が言語としてよくできていて習いやすいからだと言う人がいますが,それは大嘘です.習いにくい言語だろうと,支配者がこの言語を勉強しろ,しないなら死ねという,そういう強制的な情況があれば,どの言語でも同じく広まります.
 実は人間の言語はどれが決定的に難しいとか易しいとかはないのです.ある言語は他の人間にとってみんな学べる.ただ,小さいときに学ばないと苦労が多いというのは事実ですが.それと,重要なことは背後の文化や宗教の違う言語は学習するのに苦労するということです.しかし言語だけをとってみれば,自分の言語とタイプが違う言語は学ぶのに時間がかかるというだけの話で,本質的な難易度というのは差がありません.
 要するに,英語が本質的に易しい言語だったから拡まったのではありません.イギリスという国が世界を征服し,大英帝国の艦隊が七つの海を支配し,地球を覆うユニオンジャックの旗の下では太陽は沈まないという,人類始まって以来の大帝国になったこと,これがまず英語を世界に拡める素地を作ったのです.
 そして次に,第二次大戦後アメリカが唯一無傷の資本主義国家として,当時の世界経済の五〇パーセント近くを占めていたわけですが,そのアメリカがその後も全世界に強力な影響を及ぼし続けたがゆえに,さらに英語が今のように広まったのです.経済支配と軍事支配とはほとんどの場合表裏一体の関係にあります.
 それからもう一つの原因は宗教です.非常に魅力のある強力な宗教が興ると,その宗教と結びついている言語,たとえばイスラム教はアラビア語,初期のキリスト教はラテン語やギリシア語というふうに,言語が宗教の担い手として広まっていくわけです.けれども,宗教だけというのは人間の世界ではあり得ないので,宗教は必ずその人々の文化を伴い,経済体制をもってきます.
 このように言語が世界に広まる原因は,ある面は軍事,ある面は宗教,ある面は経済,この三つといえます.


 軍事・経済・宗教のほかにも,言語が普及する(あるいは人々がある言語を学ぼうと努める)要素がもう1つあるように思われる.それは「惰性」である.これらの要素によって言語が国際的に一定程度まで普及すると,その言語の有用性はすでに高まっており,人々がそれを習得することによる利益は多方面に及ぶ.軍事・経済・宗教といった限定された領域にとどまらず,政治,学術,技術,交通,文化など,考えられる多くの分野で,その言語を学ぶことの価値が感じられるようになる.この力学を惰性と呼ぶのがネガティブと感じるならば,積極的に正のスパイラルと呼び替えてもよい.
 皮肉をこめていうが,日本における英語教育・学習熱――猫も杓子も英語を学ばなければならないという強迫観念――は,具体的な動機づけに支えられているというよりは,この「惰性」によるところが大きいのではないか.惰性が歴史の成り行きで作り出されてきたことはその通りだが,その大本に標題の3要素があるという事実は銘記しておくべきだろう.
 引用の最初にある通り,「英語は簡単だから世界語となった」という俗説は,非常に根強く残っている.この問題については,「#1072. 英語は言語として特にすぐれているわけではない」 ([2012-04-03-1]),「#1082. なぜ英語は世界語となったか (1)」 ([2012-04-13-1]),「#1083. なぜ英語は世界語となったか (2)」 ([2012-04-14-1]),「#1607. 英語教育の政治的側面」 ([2013-09-20-1]),「#1788. 超民族語の出現と拡大に関与する状況と要因」 ([2014-03-20-1]),「#2487. ある言語の重要性とは,その社会的な力のことである」 ([2016-02-17-1]),「#2673. 「現代世界における英語の重要性は世界中の人々にとっての有用性にこそある」」 ([2016-08-21-1]) 等の記事を参照されたい.

 ・ 鈴木 孝夫 『あなたは英語で戦えますか』 冨山房インターナショナル,2011年.

Referrer (Inside): [2017-07-24-1]

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2016-05-21 Sat

#2581. 社会言語学者による言語的介入について [sociolinguistics][language_planning][language_death][language_myth][linguistic_imperialism]

 「#1381. "interventionist" sociolinguistics」 ([2013-02-06-1]),「#1518. 言語政策」 ([2013-06-23-1]),「#2039. 言葉に関する俗説・神話と言語学的介入主義」 ([2014-11-26-1]) の記事で見たように,言語政策 (language_planning) を始めとする言語的介入の是非をめぐっては,社会言語学者の間にも大きな意見の隔たりがある.世界語としての英語を推進するような介入,刻一刻と失われてゆく世界の諸言語を何とか延命し保護しようとする介入,標準語を策定しようという介入,方言使用を奨励する介入,等々.社会言語学者 Wardhaugh は,言語政策と言語学者の介入について論じた章の最後に,次のような慎重な立場を表明している.

There is a paradox here: linguists are sometimes told that they save languages best by not acting at all; certainly they should do nothing to promote English in the world, or to standardize a language, or possibly to help in any kind of language planning anywhere. Yet, there is no assurance that they will save a single language by not acting. An alternative possibility is that intervention actually slows down decline and loss. However, there is really no hard evidence for either position. Each is essentially ideologically driven: if you believe this you do one thing and if you believe that you do another. We do well to remember that because we are involved in socio-linguistic matters, ideology is likely to be at least as potent a factor as scientific findings in determining any approach we may adopt. We will also have to confront issues of identity and power. We might be well advised to tread cautiously.


 人為的な言語的介入の是非を巡る議論や,それに関する態度表明は,それ自体が社会言語学のメタ的な問題であり,研究対象となるのである.社会言語学者は,職業柄,常に自己省察を行なわなければならない立場にいるということになろう.

 ・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.

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2016-04-19 Tue

#2549. 世界語としての英語の成功の負の側面 [native_speaker_problem][language_death][sociolinguistics][elf][lingua_franca][model_of_englishes][linguistic_imperialism][ecolinguistics]

 英語が世界的な lingua_franca として成功していることは,英語という言語に好意的な態度を示す者にとって喜ばしい出来事だったにちがいないが,世界にはそのように考えない者も多くいる.歴史的,政治的,文化的,宗教的,その他の理由で,英語への反感を抱く人々は間違いなく存在するし,少なくとも積極的には好意を示さない人も多い.英語の成功には正負の両側面がある.広域コミュニケーションの道具としての英語使用など,正の側面は広く認識されているので,今回は負の側面に注目したい.
 英語の負の側面は,英語帝国主義批判の議論で諸々に指摘されている.端的にいえば,英語帝国主義批判とは,世界が英語によって支配されることで人類の知的可能性が狭められるとする意見である(「#1606. 英語言語帝国主義,言語差別,英語覇権」 ([2013-09-19-1]) や linguistic_imperialism の各記事を参照されたい).また,英語の成功は,マイノリティ言語の死滅 (language_death) を助長しているという側面も指摘される.さらに,興味深いことに,英語が伸張する一方で世界が多言語化しているという事実もあり,英語のみを話す英語母語話者は,現代世界においてむしろ不利な立場に置かれているのではないかという指摘がある.いわゆる native_speaker_problem という問題だ.この辺りの事情は,Baugh and Cable (7) が,英語の成功の "mixed blessing" (= something that has advantages and disadvantages) として言及している.

Recent awareness of "engendered languages" and a new sensitivity to ecolinguistics have made clear that the success of English brings problems in its wake. The world is poorer when a language dies on average every two weeks. For native speakers of English as well, the status of the English language can be a mixed blessing, especially if the great majority of English speakers remain monolingual. Despite the dominance of English in the European Union, a British candidate for an international position may be at a disadvantage compared with a young EU citizen from Bonn or Milan or Lyon who is nearly fluent in English.


 英語の世界的拡大の正と負の側面のいずれをも過大評価することなく,それぞれを正当に査定することが肝心だろう.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2016-01-19 Tue

#2458. 施光恒(著)『英語化は愚民化』と土着語化のすゝめ [review][linguistic_imperialism][hel][japanese][language_planning][language_myth][hel_education][elt][bible]

 「#2306. 永井忠孝(著)『英語の害毒』と英語帝国主義批判」 ([2015-08-20-1]) で紹介した書籍の出版とおよそ同時期に,施光恒(著)『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』という,もう1つの英語帝国主義批判の書が公刊されていた.ただし,力点は,英語帝国主義批判そのものというよりも日本の英語化への警鐘に置かれている.この分野の書籍の例に漏れず挑発的なタイトルだが,著者が言語学や教育学の畑ではなく政治学者であるという点で,私にとって,得られた知見と洞察が多かった.
 現代日本のグローバル化と英語化の時勢は,近代史がたどってきた流れに逆行しており,むしろ中世化というに等しい,と著者は主張する.西洋近代は,それまで域内の世界語であったラテン語が占有していた宗教的・学問的な特権を突き崩し,英語,イタリア語,スペイン語,フランス語,ドイツ語など土着語の地位を高めることによって,人々の間に分け隔てなく知識を行き渡らせることを可能にした.人々は母語を通じて豊かな情報に接することができるようになり,結果として階級間の格差が小さくなった.これが,近代化の原動力だという.具体的には,聖書の各土着語への翻訳の効果が大きかった.
 もし現代世界で進行している英語化がやがて完了し,かつてのラテン語のような特権を享受するようになれば,英語を理解しない非英語母語話者は情報へのアクセスの機会を奪われ,社会のあらゆる側面で不利益を被るだろう.つまり,多くの人々が中世の下級民のような地位,つまり「愚民」の地位へと落ちていくだろう,という.確かに,日本人にとって,日本語という母語・土着語を通じて情報にアクセスするのが,物事の理解・吸収のためには最も効率がよいはずであり,その媒体が英語に取って代わられてしまえば,能率は格段に落ちるはずだ.
 著者は,今目指すべきは英語化ではなく,むしろ土着語化であるという逆転の発想を押し出している.では,世界中で英語やその他の言語により発信される価値ある情報は,どのように消化することができるだろうか.その最良の方法は,土着語への翻訳であるという.明治日本の知識人が,驚くべき語学力を駆使して,多くの価値ある西洋語彙を漢語へ翻訳し,日本語に浸透させることに成功したように,現代日本人も,絶え間ない努力によって,英語を始めとする外国語と母語たる日本語とのすりあわせに腐心すべきである,と (see 「#1630. インク壺語,カタカナ語,チンプン漢語」 ([2013-10-13-1])) .
 英語が無条件に善いものであるという神話や英語化を前提とする政策の数々が,日本中に蔓延している.この盲目的で一方的な英語観の是正には,英語史を学ぶのが早いだろうと考えている.施 (215) の次の主張も傾聴に値する.

英語の隆盛の一因は,さかのぼれば,イギリス,そしてアメリカの植民地支配の歴史にある。また,第二次世界大戦後,イギリスやアメリカが,植民地を手放す際,旧植民地における実質的な政治力やビジネス上の有利さを残すため,国家戦略の一端として英語の覇権的地位を保ち,推進するよう努めてきた「成果」でもある。


 『英語化は愚民化』よりキーワードを拾ったので,次に示しておこう.英語教育改革,英語公用語化論,オール・イングリッシュ,グローバル化史観,啓蒙主義,新自由主義(開放経済,規制緩和,小さな政府),TPP,ボーダレス化,リベラル・ナショナリズム,歴史法則主義.

 ・ 施 光恒 『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』 集英社〈集英社新書〉,2015年.

Referrer (Inside): [2018-04-26-1] [2016-01-24-1]

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2015-12-21 Mon

#2429. アルファベットの卓越性という言説 [language_myth][writing][alphabet][grammatology][sociolinguistics][linguistic_imperialism][grapheme]

 アルファベット (alphabet) あるいは単音文字の文字体系としての卓越性について,多くの言説がなされてきた.数十年前まで,特に西洋ではアルファベットは文字の発展の頂点にあるという認識が一般的だったし,現在でもそのように信じている者は少なくないだろう (cf. 「#1838. 文字帝国主義」 ([2014-05-09-1])) .
 合理性,経済性,分析性という観点からいえば,アルファベットは確かに音節文字よりも,表語文字よりもすぐれているとはいえるだろう.しかし,そのような性質が文字の果たす機能のすべてであるわけではない.むしろ,「#2344. 表意文字,表語文字,表音文字」 ([2015-09-27-1]),「#2389. 文字体系の起源と発達 (1)」 ([2015-11-11-1]),「#2401. 音素と文字素」 ([2015-11-23-1]) の記事などで繰り返してきたように,私は,文字の本質は表語機能 (logographic function) にあると考えている.それでも,アルファベット卓越論は根強い.
 文字体系としてのアルファベット卓越論は,優位に西洋文化優勢論に発展しうる.西洋社会は,アルファベットを採用し推進したがゆえに,民主主義や科学をも発展させることができたのだ,という言説だ.しかし,これは神話であるにすぎない.この問題について,ロビンソン (226--27) は次のように議論している.

 アルファベットは民主主義の発展に不可欠だったとよくいわれる。識字率を大いに高めたからだと。また、現代社会に於ける西洋の勝利、とくに科学分野での成功は、いわゆる「アルファベット効果」に負うところが大きいともいわれる。なぜなら西洋と中国を比較すると、科学はどちらでも発達したが、西洋では分析的な思考が発達し、例えばニュートンやアインシュタインのような人物が輩出して中国をはるかに引き離す結果となった。そういう分析的な思考は、単語が1字1字に分解されるアルファベットの原理によって育まれたというのだ。簡単にいえば、アルファベットは還元主義的な思考を育て、漢字は全体論的な思考を育てるということになる。
 初めに述べた民主主義とアルファベットについての意見には、一片の真実がありそうだ。だがアルファベットが民主主義の発展を助けたのだろうか、それとも、人々に芽生えた民主主義を求める気持ちがアルファベットを誕生させたのだろうか?〔中略〕古代エジプト人は早くも紀元前第3千年紀、母音記号のないアルファベットを知っていた。しかしそれを使おうとはせずに、たくさんの記号を使ってヒエログリフを書くことを選んだ。これは彼らが自分たちの政治体制に、民主主義の必要性を感じていなかったということなのか?
 科学の発展をめぐる二つめの意見は、おもしろいが誤りだ。中国の文字がそのあまりの複雑さのために、読み書き普及の妨げになったというなら話はわかる。しかし分析的な思考が得意かどうかといった深い文化的傾向を、漢字が表語的な文字だということに結びつけるのはばかげている。インド−ヨーロッパ語族の人々が叙事詩を書くということと、牛乳を飲むという事実を結びつけるようなものだろう。中国人は牛乳を飲まないから叙事詩を書かないのだと。ある優れた中国研究者は、皮肉をこめてこれを「牛乳食効果」と読んでいる。文化的な深い違いを論じるには、その文化全体を見なければならない。それがどんなに重要そうでも、文字がどうかといったほんの一面だけを見ても仕方がない。結局のところ重力や相対性理論を理解したニュートンやアインシュタインなら、たとえ漢字で教育を受けていても、いやエジプトのヒエログリフやバビロニアの楔形文字であったとしても、学ぶべきものは学んだに違いないのである。


 また,ロビンソンは別の箇所 (265)で民主主義の問題について次のようにも述べている.

アルファベットと識字能力と民主主義の同時代的な関係も、一見もっともらしいけれど、評価するのは難しい。確かに文字が覚えやすければ、多くの人が習得でき、その人々が社会的な問題に明るくなれば、それに関与したり、何らかの役割を求めるようになるかもしれない。だから確かに今日の民主主義国家の教育政策は、読み書きの能力向上に重点をおき、非識字は進歩の遅れだというのが常識になっている。とはいえ識字の問題には、読み書きのたやすさ以外にも、ひじょうに多くのことが関係している。経済、政治、社会や文化の状況なども、識字能力と民主主義が根付き成長していくには、それに好都合でなければならない。古代エジプトに根本的な社会構造の変化が起きなかったこと、あるいは古代ギリシアにそれが起きたことを、たんにヒエログリフとアルファベットの違いから説明することはできないだろう。それは今日の日本の識字率の高さを、その世界一複雑な文字のせいにはできないのと同じくらい明白なことである。


 文字論という分野がもっと認知され,理解されない限り,標題の言説は今後も繰り返されるのかもしれない.

 ・ ロビンソン,アンドルー(著),片山 陽子(訳) 『文字の起源と歴史 ヒエログリフ,アルファベット,漢字』 創元社,2006年.

Referrer (Inside): [2017-04-18-1]

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