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最終更新時間: 2019-02-17 07:05

2018-01-09 Tue

#3179. 「新古典主義的複合語」か「英製羅語」か [neo-latin][latin][greek][word_formation][lexicology][loanword][compounding][derivation][lmode][scientific_english][scientific_name][neologism][waseieigo][terminology][register]

 新古典主義的複合語 (neoclassical compounds) とは,aerobiosis, biomorphism, cryogen, nematocide, ophthalmopathy, plasmocyte, proctoscope, rheophyte, technocracy のような語(しばしば科学用語)を指す.Durkin (346--37) によれば,この類いの語彙は早くは1600年前後から確認され,例えば polycracy (1581), pantometer (1597), multinomial (1608) がみられる.しかし,爆発的に量産されるようになったのは,科学が急速に発展した後期近代英語期,とりわけ19世紀になってからのことである(「#616. 近代英語期の科学語彙の爆発」 ([2011-01-03-1]),「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1]),「#3014. 英語史におけるギリシア語の真の存在感は19世紀から」 ([2017-07-28-1]),「#3166. 英製希羅語としての科学用語」 ([2017-12-27-1]) を参照).
 新古典主義的複合語について強調しておくべきは,それが借用語ではなく,あくまで英語(を始めとするヨーロッパの諸言語)において形成された語であるという点だ.確かにラテン語やギリシア語などの古典語をモデルとしてはいるが,決してそこから借用されたわけではない.その意味では英単語ぽい体裁をしていながらも英単語ではない「和製英語」と比較することができる.新古典主義的複合語の舞台は英語であるから,つまり「英製羅語」といってよい.しかし,英製羅語と和製英語とのきわだった相違点は,前者が主として国際的で科学的な文脈で用いられるが,後者はそうではないという事実にある.すなわち,両者のあいだには使用域において著しい偏向がみられる.Durkin は,新古典主義的複合語について次のように述べている.

. . . these formations typically belong to the international language of science and move freely, often with little or no morphological adaptation, between English, French, German, and other languages of scientific discourse. They are often treated in very different ways in different traditions of lexicography and lexicology; however, those terms that are coined in modern vernacular languages are certainly not loanwords from Latin or Greek, even though they may be formed from elements that originated in such loanwords. (347)


. . . Latin words and word elements have become ubiquitous in modern technical discourse, but frequently in new compound or derivative formations or with new meanings that have seldom if ever been employed in contextual use in actual Latin sentences. (349)


 これらの造語を指して「新古典主義的複合語」と呼ぶか「英製羅語」と呼ぶかは,たいした問題ではない.しかし,和製英語の場合には「英語主義的複合語」と呼ばないのはなぜだろうか.この違いは何に起因するのだろうか.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

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2017-12-27 Wed

#3166. 英製希羅語としての科学用語 [waseieigo][latin][greek][scientific_name][compounding][compound][lmode][neo-latin][combining_form][neologism][lexicology][word_formation]

 昨日の記事「#3165. 英製羅語としての conspicuousexternal」 ([2017-12-26-1]) と関連して,再び「英製羅語」の周辺の話題.後期近代英語期には,科学の発展に伴いおびただしい科学用語が生まれたが,そのほとんどがギリシア語やラテン語に由来する要素 (combining_form) を利用した合成 (compounding) による造語である(「#552. combining form」 ([2010-10-31-1]),「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1]),「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1]) を参照).
 Kay and Allan (20--21) が,次のようにコメントしている.

While borrowing continues to reflect contact with other cultures, many scientific words are not strictly speaking loanwords. Rather, they are constructed from roots adopted from the classical languages. This has the advantage of a degree of semantic transparency: if you know that tele, graph and phone come from Greek roots meaning respectively 'afar', 'writing' and 'sound', and vision from a Latin root meaning 'see, look', you can begin to understand telegraph, telephone and television. You can also coin other words using similar patterns, and possibly elements from other sources, as in telebanking.


 "neo-Hellenic compounds" や "neo-Latin compounds" とも呼ばれる上記のような語彙は,ある意味ではラテン語やギリシア語からの借用語ともみなしうるかもしれないが,より適切に「英製希語」あるいは「英製羅語」とみなすのがよいのではないか.ただし,いくつかの単語が単発で造語されたわけではなく,造語に体系的に利用された方法であるから「パターン化された英製希羅語」と呼ぶのがさらに適切かもしれない.

 ・ Kay, Christian and Kathryn Allan. English Historical Semantics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2015.

Referrer (Inside): [2018-06-27-1] [2018-01-09-1]

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2017-09-15 Fri

#3063. Sir John Cheke の英語贔屓 [purism][bible][compounding][wycliffe][inkhorn_term]

 Sir John Cheke (1514--57) はケンブリッジ大学の欽定ギリシア語講座の初代教授だった.当時は聖書の英訳が様々に試みられた時代であり,Cheke も1550年頃に「マタイ伝」および「マルコ伝」の最初の一部を英訳した.その際,「#1410. インク壺語批判と本来語回帰」 ([2013-03-07-1]) で見たとおり,Cheke は言語的純粋主義 (purism) の立場を取り,訳語にむりやり感のある本来語(しばしば複合語)を採用した.Cheke 訳は,The Authorised Version (1611) に比べて純粋主義的としばしば言われる Tyndale 訳 (1525) よりもさらに純粋主義的であり,遡って14世紀後半の Wycliffe 訳と比較してすら古風な趣がある.以下に,「マタイ伝」よりいくつかの訳語について比較しよう(渡部,p. 239).

 ChekeWycliffe (1380)Tyndale (1525)Authorized Version (1611) 
(バビロンへ)移すoutpeoplingtransmygraciouncaptivatecarrying awaychap. i. 17
予言者wiseardsastromyenswyse menwise menchap. ii. 16
てんかんmoonedlunatiklunatykelunatickechap. iv. 24
みつぎ取りtollerspupplicanspublicanspublicanschap. v. 46
百夫長hundredercenturiencenturioncenturionchap. viii. 5
使徒frosentapostlisapostlesapostleschap. x. 2
たとえ話biwordesparablissimilitudesparableschap. xiii. 3
改宗者freschmanprosilite動詞構文proselytechap. xxiii. 15
十字架にかけられたcrossedcrucifiedcrucifiedcrucifiedchap. xxvii. 22


 Cheke がひときわ目立って本来語(しばしば複合語)を用いているのがわかるだろう.複合語のむりやり感は,古英語さながらである.
 ラテン語やギリシア語からの小難しい借用語,すなわちインク壺語 (inkhorn_term) の全盛の時代において,これらの古典語を熟知した人文学者 Cheke が,母国語たる英語を贔屓したというのがおもしろい.彼が Henry VIII を継ぐ Edward VI をプロテスタント王として育てたほどのプロテスタントだったことも,この英語贔屓と関わっているだろう.Cheke は人文主義と宗教改革が同時に走っていた16世紀イングランドの両側面を1人で体現したような人物だったのである.渡部 (240) 曰く,「Cheke の例はわが国の明治の頃に留学して西洋の学問の先駆者となりながら,同時に国粋主義になった人と比較することもできよう」.
 ただし,Cheke の語法に関しては別の評価もありうる.「#2479. 初期近代英語の語彙借用に対する反動としての言語純粋主義はどこまで本気だったか?」 ([2016-02-09-1]) も参照されたい.Cheke については,「#1408. インク壺語論争」 ([2013-03-05-1]) と「#1709. 主要英訳聖書年表」 ([2013-12-31-1]) でも触れている.

 ・ 渡部 昇一 『英語の歴史』 大修館,1983年.

Referrer (Inside): [2017-09-16-1]

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2017-07-28 Fri

#3014. 英語史におけるギリシア語の真の存在感は19世紀から [greek][compound][compounding][combining_form][lexicology][scientific_name][word_formation][lmode][neologism]

 昨日の記事「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1]) でも触れたように,19世紀は専門用語の造語のために,古典語に由来する要素が連結形 (combining_form) としておおいに利用された時代である.古典語とはラテン語とギリシア語を指す.前者は英語史を通じて多大な影響を及ぼしてきたものの,後者の存在感は中英語まではほとんど感じられない.ようやく初期近代英語期に入って,直接の語彙借用がなされるようになってきたにすぎず,その後もしばらく特に目立つところもなかった (cf. 「#516. 直接のギリシア語借用は15世紀から」 ([2010-09-25-1]),「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」 ([2009-08-19-1])) .
 しかし,「#2385. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計 (2)」 ([2015-11-07-1]) のグラフや「#2357. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計」 ([2015-10-10-1]) の要約からわかるとおり,19世紀にギリシア語要素が著しく存在感を増した.通時的にみると,ギリシア語由来の英単語の圧倒的過半数が,19世紀以降の導入である.Beal (26) のコメントを参照しよう.

Whilst Greek had been recognized as a language of learning for centuries, it was not until the nineteenth century that large numbers of neologisms were formed from etymologically Greek words and elements. Indeed, Bailey (1996: 144 [= Bailey, R. W. Nineteenth-Century English. Ann Arbor: U of Michigan P, 1996]) points out that 70 per cent of the Greek words in the 80,000-word core vocabulary of English appeared after 1800.


 具体例としては当時の専門用語が多いが,現在までに一般化したものも含まれている.cyclosis (細胞質環流), creosote (防腐用・医療用クレオソート), eclecticism (折衷技法), ideograph (表意文字), phonograph (蓄音機), telephone (電話機)などだ.
 なお,これらの単語の多くは,厳密にいえばギリシア語からの借用語というよりもギリシア語に由来する要素による造語とみなすのが適切だろう.「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1]) も参照されたい.

 ・ Beal, Joan C. English in Modern Times: 1700--1945. Arnold: OUP, 2004.

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2017-07-27 Thu

#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語 [compounding][greek][latin][neo-latin][inkhorn_term][lexicology][combining_form][scientific_name][lmode][word_formation][neologism]

 英語の豊かな語彙史について「#756. 世界からの借用語」 ([2011-05-23-1]), 「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]),「#2966. 英語語彙の世界性 (2)」 ([2017-06-10-1]),「#2977. 連載第6回「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」」 ([2017-06-21-1]) などで取り上げてきた.しかし,豊かであるがゆえに,歴史上,むやみに借りすぎだ,作りすぎだという批判が繰り返されてきた.
 最も有名なのは16世紀後半の「インク壺語」 (inkhorn_term) 論争であり,「#576. inkhorn term と英語辞書」 ([2010-11-24-1]) などで紹介してきた.しかし,ほかにも「#2147. 中英語期のフランス借用語批判」 ([2015-03-14-1]),「#2813. Bokenham の純粋主義」 ([2017-01-08-1]),「#1411. 初期近代英語に入った "oversea language"」 ([2013-03-08-1]) のように,あまり目立たないところで語彙批判は繰り返されてきた.
 もう1つ付け加えるべきは,後期近代英語期の造語法の特徴ともいえる新古典主義的複合語 (neo-classical compounds) に向けられた批判である.主にラテン語やギリシア語の連結形 (combining_form) を用いて造語するもので,neo-Latin compounds や neo-Hellenic compounds とも呼ばれる.この造語法は,19世紀に科学用語などの専門用語が大量に必要となった際に利用された方法である (cf. 「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1])) .
 Beal (22--23) は19世紀の新古典主義的複合語への批判と,かつての「インク壺語」の論争がよく似ている点を指摘している.

   If we look at comments on language in the nineteenth century, we find a range of opinions remarkably similar to those expressed during the 'inkhorn' controversy of the late sixteenth/early seventeenth centuries. On the one hand, there were complaints about the number of new words coined from Latin and Greek. Richard Grant White writes:
   
   
In no way is our language more wronged than by a weak readiness with which many of those who, having neither a hearty love nor a ready mastery of it, or lacking both, fly readily to the Latin tongue or to the Greek for help in naming a new thought or thing, or the partial concealment of an old one . . . By doing so they help to deface the characteristic traits of our mother tongue, and to mar and stunt its kindly growth (1872; 22, cited in Bailey, 1996: 141--2 [= Bailey, R. W. Nineteenth-Century English. Ann Arbor: U of Michigan P, 1996]).

   
   Others objected to the profusion of technical and scientific vocabulary, again mainly from Greek and Latin sources. R. Chenevix Trench wrote (1860: 57--8) that these were 'not, for the most part, except by an abuse of language, words at all, but signs: having been deliberately invented as the nomenclature and, so to speak, the algebraic notation of some special art or science'.


 新古典主義的複合語は,数と質の両方の点において(少なくとも一部の論者にとって)批判の対象となっていたことがわかる.
 ついでながら,日本語の明治期における「チンプン漢語」批判や現在の「カタカナ語」の氾濫問題も,英語史からの上記のケースとよく似ている.これについては,「#1630. インク壺語,カタカナ語,チンプン漢語」 ([2013-10-13-1]),「#1999. Chuo Online の記事「カタカナ語の氾濫問題を立体的に視る」」 ([2014-10-17-1]),「#2977. 連載第6回「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」」 ([2017-06-21-1]) で解説・論評しているので是非ご参照を.

 ・ Beal, Joan C. English in Modern Times: 1700--1945. Arnold: OUP, 2004.

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2017-02-14 Tue

#2850. walnut [etymology][compounding]

 昨日の記事「#2849. macadamia nut」 ([2017-02-13-1]) に引き続き,ナッツの話題.walnut (クルミ)は,ナッツの代表格として愛されている.英語での語源を探ると,古英語に walh-hnutu という複合語して1度だけ確認される.後半部分は nut そのものだが,前半部分 walh は「外国の」を意味する.WalesWelsh の元となっている wealh と同一語である(発音については「#1157. Welsh にみる音韻変化の豊富さ」 ([2012-06-27-1]) を参照).
 クルミは「外国のナッツ」というわけだが,これは西フリジア語 walnút,オランダ語 walnoot,低地ドイツ語 walnut,ドイツ語 walnuss,古ノルド語 valhnot と同根語がゲルマン諸語に観察されるところから,ゲルマン民族にとっての「外国」,おそらくはガリア,イタリア,ケルトなどが念頭にあったのだろう.彼らにとって,対する「自国のナッツ」は hazelnut (ハシバミの実)だった.
 中英語にみられた walshnote という語形は,古英語形からの発達や類推とは考えられず,おそらく大陸の親戚語を借用したものだろう.なお,この語は古フランス語でもゲルマン語的な語形成がなぞられて noix gauge (ガリアのナッツ)と称された.
 nutcracker (クルミ割り器)の nut とはクルミである(マカダミアナッツを割ろうとすると歯が壊れるかもしれない).ここから,クルミがナッツの無標の代表として好まれてきたことが示唆される.悪玉コレステロールを下げる効果があるというので,私も常食しています.

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2016-08-26 Fri

#2678. Beowulf から kenning の例を追加 [kenning][oe][compounding][metonymy][metaphor]

 昨日の記事「#2677. Beowulf にみられる「王」を表わす数々の類義語」 ([2016-08-25-1]) で,古英詩の文体的技巧としての kenning に触れた.kenning の具体例は「#472. kenning」 ([2010-08-12-1]) で挙げたが,今回は Beowulf と少なくとももう1つの詩に現われる kenning の例をいくつか追加したい (Baker 136) .伏せ字をクリックすると意味が現われる.

kenningliteral sensemeaning
bāncofa, masc."bone-chamber"body
bānfæt, neut."bone-container"body
bānhūs, neut."bone-house"body
bānloca, neut."locked bone-enclosure"body
brēosthord, neut."breast-hoard"feeling, thought, character
frumgār, masc."first spear"chieftain
hronrād, fem."whale-road"sea
merestrǣt, fem."sea-street"the way over the sea
nihthelm, masc."night-helmet"cover of night
sāwoldrēor, masc. or neut."soul-blood"life-blood
sundwudu, masc."sea-wood"ship
wordhord, neut."word-hoard"capacity for speech


 これらの kenning は現代人にとって新鮮でロマンチックに響くが,古英語ではすでに慣用表現として定着していたものもある.しかし,詩人が独自の kenning を自由に作り出し,用いることができたことも事実であり,Beowulf 詩人も確かに独創的な表現を生み出してきたのである.
 なお,kenning には,メタファー (metaphor) が関与するものと,メトニミー (metonymy) が関与するものがある.例えば,bāncofa ほか bān- の複合語はメタファーであり,sundwudu はメトニミーの例である.また,hronrād ではメタファーとメトニミーの両方が関与しており,意味論的には複雑な kenning の例といえるだろう (cf. 「#472. kenning」 ([2010-08-12-1])) .

 ・ Baker, Peter S. Introduction to Old English. 3rd ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2012.

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2016-08-25 Thu

#2677. Beowulf にみられる「王」を表わす数々の類義語 [synonym][oe][lexicology][compounding][kenning][beowulf][metonymy]

 古英語は複合 (compounding) による語形成が非常に得意な言語だった.これは「#1148. 古英語の豊かな語形成力」 ([2012-06-18-1]) でも確認済みだが,複合語はとりわけ韻文において最大限に活用された.実際 Beowulf に代表される古英詩においては「王」「勇士」「戦い」「海」などの頻出する概念に対して,様々な類義語 (synonym) が用いられた.これは,単調さを避けるためでもあったし,昨日の記事「#2676. 古英詩の頭韻」 ([2016-08-24-1]) で取り上げた頭韻の規則に沿うために種々の表現が必要だったからでもあった.
 以下,Baker (137) より,Beowulf (及びその他の詩)に現われる「王,主君」を表わす類義語を列挙しよう(複合語が多いが,単形態素の語も含まれている).

bēagġyfa, masc. ring-giver.
bealdor, masc. lord.
brego, masc. lord.
folcāgend, masc. possessor of the people.
folccyning, masc. king of the people.
folctoga, masc. leader of the people.
frēa, masc. lord.
frēadrihten, masc. lord-lord.
frumgār, masc. first spear.
godlgġyfa, masc. gold-giver.
goldwine, masc. gold-friend.
gūðcyning, masc. war-king.
herewīsa, masc. leader of an army.
hildfruma, masc. battle-first.
hlēo, masc. cover, shelter.
lēodfruma, masc. first of a people.
lēodġebyrġea, masc. protector of a people.
mondryhten, masc. lord of men.
rǣswa, masc. counsellor.
siġedryhten, masc. lord of victory.
sincġifa, masc. treasure giver.
sinfrēa, masc. great lord.
þenġel, masc. prince.
þēodcyning, masc. people-king.
þēoden, masc. chief, lord.
wilġeofa, masc. joy-giver.
wine, masc. friend.
winedryhten, masc. friend-lord.
wīsa, masc. guide.
woroldcyning, masc. worldly king.


 ここには詩にしか現われない複合語も多く含まれており,詩的複合語 (poetic compound) と呼ばれている.第1要素が第2要素を修飾する folccyning (people-king) のような例もあれば,両要素がほぼ同義で冗長な frēadrihten (lord-lord) のような例もある.さらに,メトニミーを用いた謎かけ・言葉遊び風の bēagġyfa (ring-giver) もある.最後に挙げた類いの比喩的複合語は kenning と呼ばれ,古英詩における大きな特徴となっている(「#472. kenning」 ([2010-08-12-1]) を参照).

 ・ Baker, Peter S. Introduction to Old English. 3rd ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2012.

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2016-07-16 Sat

#2637. herebyhere, therewiththere [etymology][reanalysis][analogy][compounding]

 「#1276. hereby, hereof, thereto, therewith, etc.」 ([2012-10-24-1]) でみたように,「here/there/where + 前置詞」という複合語は,改まったレジスターで「前置詞 + this/that/it/which 」とパラフレーズされるほどの意味を表わす.複合語で2要素を配置する順序が古い英語の総合的な性格 (synthesis) と関係している,ということは言えるとしても,なぜ代名詞を用いて *thisby, *thatwith, *whichfore などとならず,場所の副詞を用いて hereby, therewith, wherefore となるのだろうか.
 共時的にいえば,here, there, where などが,本来の副詞としてではなく "this/that/which place" ほどの転換名詞として機能していると考えることができる.しかし,通時的にはどのように説明されるのだろうか.OED を調べると,組み合わせる前置詞によっても初出年代は異なるが,早いものは古英語から現われている.here, adv. and n. の見出しの複合語に関する語源的説明の欄に,次のようにあった.

here- in combination with adverbs and prepositions.

871--89 Charter of Ælfred in Old Eng. Texts 452 þas gewriotu þe herbeufan awreotene stondað.
1646 Youths Behaviour (1663) 32 As hath been said here above.

[These originated, as in the other Germanic languages, in the juxtaposition of here and another adverb qualifying the same verb. Thus, in 805--31 at HEREBEFORE adv. 1 hær beforan = here (in this document), before (i.e. at an earlier place). Compare herein before, herein after at HEREIN adv. 4, in which herein is similarly used. But as many adverbs were identical in form with prepositions, and there was little or no practical difference between 'here, at an earlier place' and 'before or at an earlier place than this', the adverb came to be felt as a preposition governing here (= this place); and, on the analogy of this, new combinations were freely formed of here (there, where) with prepositions which had never been adverbs, as herefor, hereto, hereon, herewith.]


 要するに,複合語となる以前には,here (= in this document) と before (at an earlier place) などが独立した副詞としてたまたま並置されているにすぎなかった.ところが,here が "this place (in the document)" と解釈され,before が前置詞として解釈されると,前者は後者の目的語であると分析され,"before this place (in the document)" ほどを約めた言い方であると認識されるに至ったのだという.つまり,here の意味変化と before の品詞転換が特定の文脈で連動して生じた結果の再分析 (reanalysis) の例にほかならない.その後は,いったんこの語形成のパターンができあがると,他の副詞・前置詞にも自由に移植されていった.
 様々な複合語の初出年代を眺めてみると,古英語から中英語を経て後期近代英語に至るまで断続的にパラパラと現われており,特に新種が一気に増加した時期があるという印象はないが,近代英語ではすでに多くの種類が使用されていたことがわかる.
 なお,OED の there, adv. (adj. and n.) によれば,この種の複合語の古めかしさについて,次のように述べられていた.《法律》の言葉遣いとして以外では,すでに《古》のレーベルが貼られて久しいといえるだろう.

'the compounds of there meaning that, and of here meaning this, have been for some time passing out of use, and are no longer found in elegant writings, or in any other than formulary pieces' (Todd's Johnson 1818, at Therewithall).

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2013-12-16 Mon

#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由 [greek][compounding][scientific_name][lexicology][combining_form]

 科学語彙 (ISV = International Scientific Vocabulary) には,ギリシア語の要素を複合させたものが多い.しばしば neo-Hellenic compounds と呼ばれるが,これらの語彙は主として近代の産物である(ラテン語の場合には neo-Latin compounds とも呼ばれ,合わせて neo-classical compounds と呼ばれることもある).学名においても,「#511. Myrmecophaga tridactyla」 ([2010-09-20-1]) や「#512. 学名」 ([2010-09-21-1]) でみたように,ギリシア語要素が特権的に利用されているし,「#552. combining form」 ([2010-10-31-1]) の供給源としても同言語の役割は大きい.また,eco-, micro-, tele-, -ology などのギリシア語に由来する接辞は生産力が著しく高く,ISV の枠をはみ出して,一般語彙の形成にも及んでいる.
 ISV においてギリシア語が繁栄した背景には,近代科学が発展した西洋において,ラテン語と並んでギリシア語が長い間権威ある言語とみなされてきた伝統がある.ヨーロッパにおいて,ギリシア語の威信が語派を超越して広がっていたというのは,近代科学の発展にとっては幸運なことだった.英語もフランス語もドイツ語も,ISV のためには等しくギリシア語を利用するという慣習が確立しやすかった.ルネサンス以降,尊ぶべき知識の源泉はギリシア語(及びラテン語)にあり,と共通して考えられるようになったことで,その後の科学(語彙)の発展と拡大にとって,好条件が整ったのである.
 Potter (86) は,知識の源泉としてのギリシア語という考え方が,ゲルマン諸語やロマンス諸語のみならず,スラヴ系のロシア語にも当てはまったことは,とりわけ幸運なことであったと述べている.

In the ever expanding world of science and invention most of these new words are either taken direct from Greek or compounded of Greek elements. This applies not only to English but also to the other three widely disseminated languages --- French, Spanish and Portuguese. Moreover, and in some ways more important still, this also applies to Russian. The modified Cyrillic 33-letter alphabet of modern Russian is based upon the 22-letter alphabet of Greek which is the same today as it was in the time of Plato and Aristotle. Ties between Kiev, Byzantium and Athens have been close throughout the ages. / It is indeed most fortunate that the scientists of the two leading powers --- the United States and the Soviet Union --- both go to Greek for their technical terms. Scientists now have at their disposal a copious store of neo-Hellenic components. They have come to regard the Greek language as a kind of quarry from which they can mine blocks to be shaped at need to make new words or to adapt forms already in use. (86)


 ロシア語は,文字体系を含む言語文化の歴史を通じて,ギリシア語との密な接触を保ってきた.西ヨーロッパ諸語文化とロシア語文化との間には歴史的に直接の接点は多くなく,したがって,ともすれば世界の ISV も2つ(以上)の系列に分かれてしまっていたかもしれない.もしそうなっていたら,近代科学の発展の速度はもっと遅くなっていただろう.しかし,ヨーロッパの東西で共通して威信ありと認められていたギリシア語が科学語彙形成の基礎とされたことで,幸運にも ISV は1系列に収まっているのである.
 日本語母語話者にとって,ISV の基盤にギリシア語があるからといって,それを学ぶ上で特にメリットがあるわけではない.しかし,ISV が1系列でまとまっていることによって科学の発展が最大限に促され,その恩恵を世界市民として最大限に享受していると考えれば,やはりギリシア語の働きは大きいと評価できるだろう.

 ・ Potter, Simon. Changing English. London: Deutsch, 1969.

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2013-07-01 Mon

#1526. 英語と日本語の語彙史対照表 [word_formation][japanese][timeline][lexicology][loan_word][borrowing][compounding][affix][buddhism]

 以下に,英語と日本語の語彙史,語形成の歴史を比較対照できるような表を作成した.それぞれの時代における語彙や語形成の特徴を箇条書きにしたものである.「#1524. 英語史の時代区分」 ([2013-06-29-1]) と「#1525. 日本語史の時代区分」 ([2013-06-30-1]) でそれぞれの言語の時代区分を示したが,両者がきれいに重なるわけではないので,表ではおよその区分で横並びにした.英語の側では特定の典拠を参照したわけではないが,その多くは本ブログ内でも様々な形で触れてきたので,キーワード検索やカテゴリー検索を利用して関連する記事にたどりつくことができるはずである.とりわけ現代英語の語形成については,「#883. Algeo の新語ソースの分類 (1)」 ([2011-09-27-1]) を中心として記事で細かく扱っているので,要参照.日本語の側は,『シリーズ日本語史2 語彙史』 (p. 7) の語彙史年表に拠った.

Old English* Germanic vocabulary上代○和語(やまとことば)が大部分を占めた.
* monosyllabic bases○2音節語が基本.
* derivation and compounding○中国との交流の中で漢語が借用された.例:茶 胡麻 銭 (なお,仏教とともに伝えられたことばの中には「卒塔婆」「曼荼羅」のような梵語(古代インド語=サンスクリット語)も含まれている.)
* Christianity-related vocabulary from Latin (some via Celtic)中古○漢語が普及した.例:案内(あない) 消息(せうそこ) 念ず 切(せち)に 頓(とみ)に
* few Celtic words○和文語と漢文訓読語との文体上の対立が見られる.例:カタミニ〈互に〉←→タガヒニ(訓読語) ク〈来〉←→キタル(訓読語)
Middle English* Old Norse loanwords including basic words○派生・複合によって,形容詞が大幅に造成された.
* a great influx of French words中世○漢語が一般化した.
* an influx of Latin technical words○古語・歌語・方言・女房詞など,位相差についての認識が広く存在した.
Modern English* a great influx of Latin loanwords○禅宗の留学僧たちが,唐宋音で読むことばを伝えた.例:行燈(あんどん) 椅子(いす) 蒲団(ふとん) 饅頭(まんぢゅう)
* Greek loanwords directly○キリスト教の宣教師の伝来,また通商関係などにより,ポルトガル語が借用された.例:パン カルタ ボタン カッパ〈合羽〉
* loanwords from various languages近世○漢語がより一般化し,日常生活に深く浸透した.
* Shakespeare's vocabulary○階層の分化に応じて語彙の位相差が深まった.
* scientific vocabulary○蘭学との関係でオランダ語が借用された.例:アルコール メス コップ ゴム
Present-Day English* shortening近代○西欧語の訳語として,新造漢語が急激に増加する.例:哲学 会社 鉄道 市民
* many Japanese loanwords○英米語を筆頭として,フランス語,ドイツ語,イタリア語などからの外来語が増加する.
* compounding revived○長い複合語を省略した略語が多用される.
* loanwords decreased 


 両言語ともに借用という手段で語彙を豊かにしてきたことがわかるだろう.文化史と語の借用の歴史は常に密接な関係にあるが,英語と日本語の語彙史以上にこのことを如実に示すものはあまりない.言語類型的にも地理的にも著しくかけ離れた両言語が,語彙史において多くの共通点をもっていることは銘記しておきたい.

 ・ 安部 清哉,斎藤 倫明,岡島 昭浩,半沢 幹一,伊藤 雅光,前田 富祺 『シリーズ日本語史2 語彙史』 岩波書店,2009年.

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2012-10-24 Wed

#1276. hereby, hereof, thereto, therewith, etc. [compounding][synthesis_to_analysis][adverb][register][corpus][bnc][hc]

 標題のような herethere を第1要素とし,前置詞を第2要素とする複合副詞は多数ある.これらは,herethis と,thereitthat と読み替えて,それを前置詞の後ろに回した句と意味的に等しく,標題の語はそれぞれ by this, of this, to that, with that ほどを意味する.現代では非常に形式張った響きがあるが,古英語から初期近代英語にかけてはよく使用され,その種類や頻度はむしろ増えていたほどである.だが,17世紀以降は急激に減ってゆき,現代のような限られた使用域 (register) へと追い込まれた.衰退の理由としては,英語の構造として典型的でないという点,つまり総合から分析への英語の自然な流れに反するという点が指摘されている (Rissanen 127) .文法化した語として,現代まで固定された状態で受け継がれた語は,therefore のみといってよいだろう.
 現代英語で確認される使用域の偏りは,すでに中英語にも萌芽が見られる.here-, there- 複合語は,後期中英語ではいまだ普通に使われているが,ジャンルでみると法律文書での使用が際だっている.以下は,Rissanen (127) の Helsinki Corpus による調査結果である(数字は頻度,カッコ内の数字は1万語当たりの頻度を表わす).


StatutesOther texts
ME4 (1420--1500)68 (60)621 (31)
EModE1 (1500--70)77 (65)503 (28)
EModE2 (1570--1640)84 (71)461 (26)
EModE3 (1640--1710)126 (96)191 (12)


 初期近代英語のあいだ,一般には問題の複合語の頻度は落ちているが,法律文書においては token 頻度が(そして,Rissanen, p. 128 によれば type 頻度も)増加していることに注意されたい.後の時代でも,法律文書における使用は続き,現代に至る.
 現代の分布については,独自に BNCweb で調べてみた.therefore を除く,hereabout, hereabouts, hereafter, hereby, herein, hereinafter, hereof, hereto, heretofore, hereupon, herewith, thereabout, thereabouts, thereafter, thereby, therefrom, therein, thereinafter, thereof, thereon, thereto, theretofore, thereunder, thereupon, therewith の25語について,Written Corpus に絞った上で,CQP syntax にて 「"(hereabout|hereabouts|hereafter|hereby|herein|hereinafter|hereof|hereto|heretofore|hereupon|herewith|thereabout|thereabouts|thereafter|thereby|therefrom|therein|thereinafter|thereof|thereon|thereto|theretofore|thereunder|thereupon|therewith)" %c」と検索した.出現頻度は 68.93 wpm で,散らばり具合は3140テキスト中の1522テキストである.
 次に,法律関係の文書を最も多く含んでいると想定されるジャンルとして「W:ac:polit_law_edu」に絞り,同じ検索式で結果を見ると,231.33 wpm で,186テキスト中の153テキストに出現する.なお,「W:admin」に絞ると,コーパスサイズはずっと小さくなるが,頻度は439.85 wpm となり,最頻出ジャンルであることがわかる.いずれにせよ,この種のジャンルで here-, there- 複合語が今なお頻繁に用いられていることは確かめられた.

 ・ Rissanen, Matti. "Standardisation and the Language of Early Statutes." The Development of Standard English, 1300--1800. Ed. Laura Wright. Cambridge: CUP, 2000. 117--30.

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2012-06-18 Mon

#1148. 古英語の豊かな語形成力 [oe][lexicology][derivation][compound][compounding][word_formation][productivity][kenning]

 古英語の語形成 (word formation) が,派生 (derivation) や複合 (compounding) により,著しく豊かであることは,古英語の文法書や英語史の概説書を通じてよく知られている.Baugh and Cable (64--65) では,印象的な例として,古英語 mōd "mood, heart, mind, spirit; boldness, courage, pride, haughtiness" という1つの語根から,100以上の語が形成されるという事実が紹介されている.100個とまではいかないが,そこで挙げられている語を,意味とともに列挙してみよう.

 ・ mōdig "spirited, bold, high-minded, arrogant, stiff-necked"
 ・ mōdiglic "magnanimous"
 ・ mōdiglīce "boldly; proudly"
 ・ mōdignes "magnanimity; pride"
 ・ mōdigian "to bear oneself proudly or exultantly; to be indignant, to rage"
 ・ gemōdod "disposed; minded"
 ・ mōdfull "haughty"
 ・ mōdlēas "spiritless"

 ・ mōdsefa "mind, thought, understanding"
 ・ mōdgeþanc "mind, thought, understanding"
 ・ mōdgeþoht "mind, thought, understanding"
 ・ mōdgehygd "mind, thought, understanding"
 ・ mōdgemynd "mind, thought, understanding"
 ・ mōdhord "mind, thought, understanding"

 ・ mōdcræft "intelligence"
 ・ mōdcræftig "intelligent"

 ・ glædmōdnes "kindness"
 ・ mōdlufu "affection"
 ・ unmōd "despondency"
 ・ mōdcaru "sorrow"
 ・ mōdlēast "want of courage"
 ・ mādmōd "folly"
 ・ ofermōd "pride"
 ・ ofermōdigung "pride"
 ・ ofermōdig "proud"
 ・ hēahmōd "proud; noble"
 ・ mōdhete "hate"

 ・ micelmōd "magnanimous"
 ・ swīþmōd "great of soul"
 ・ stīþmōd "resolute; obstinate"
 ・ gūþmōd "warlike"
 ・ torhtmōd "glorious"
 ・ mōdlēof "beloved"

 Hall の古英語辞書(第2版)で mōdig 周辺をのぞくと,ほかにも関連語のあることがわかる.

MOD in Hall's Dictionary

 確かに古英語の語形成の "resourcefulness" には驚く.複合に関しては,その延長線上に kenning という文飾的技巧のあることを指摘しておこう.
 ただし,この "resourcefulness" が古英語の共時的な生産性を表わすものかどうかという点については熟慮を要する.[2011-05-28-1]の記事「#761. 古英語の derivation は死んでいたか」で考察したように,この "resourcefulness" は,古英語以前からの通時的な派生・複合の結果が累々と蓄積され,豊かな語彙ネットワークとして古英語に共時的に現われているということではないか.synchronic productivity と diachronic productivity とを分けて考える必要があるのではないか.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
 ・ Hall, John Richard Clark, ed. A Concise Anglo-Saxon Dictionary. 2nd ed. New York: Macmillan, 1916.

Referrer (Inside): [2016-08-25-1]

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2010-08-12 Thu

#472. kenning [kenning][oe][compound][compounding][old_norse]

 古英語の詩には kenning 「ケニング」と呼ばれる隠喩的な婉曲表現がある.その多くが2つの要素からなる複合語 ( compound ) で,奇抜かつ豊かな発想に基づいた要素の組み合わせにより詩的表現を作り出す.hwælweg "whale's way" 「鯨の道」と表現して比喩的に「海」を指し示す例を取り上げよう.この場合,複合語の主要部「道」と指示対象「海」とは慣習的に連想が働かないが,限定部「鯨」と「海」とは慣習的に結びついている.この限定部「鯨」を介して主要部「道」と指示対象「海」とが初めて間接的に結びつけられるという意味で,比喩的あるいは婉曲的な表現と言えるのである.このように意味論的に厳密に kenning を定義すると,kenning と呼べる表現は古英詩でもかなり限られてくる.しかし,広い意味で隠喩的な婉曲表現ととらえるのであれば,それなりの種類が確認されている.
 例題として,次の kenning の指示対象が何かを答えてみてもらいたい.(伏せ字部分をクリックすると答えが現れる.)

kenningliteral sensemeaning
beaduleama"battle-light"sword
famigheals flota"foamy-necked floater"ship
feorhhus"soul-house"body
goldgiefa"gold-giver"prince, lord
hēafodgimm"head-gem"eye
merehengest"sea-horse"ship
sǣwudu"sea-wood"ship
swanrād"swan-road"sea
sweordplega"swordplay"fighting
wælstōwe"place of slaughter"battlefield
woruldcandel"world-candle"sun


 古英語以外では古ノルド語の神話 Edda などで盛んに用いられていることが知られている.古ノルド語での kenning の種類は古英語と比較してもはるかに豊富であり,実際に "kenning" という用語は古ノルド語の「知らせること;シンボル」を意味する語に由来する.しかし,初期の古ノルド語詩には kenning の例がないことから,ゲルマン語の kenning は古英語をもってその嚆矢とするのが適切だろう.
 一般に,kenning は古代ゲルマン詩の特徴であると信じられている.確かにゲルマン語は複合 ( composition ) によって造語するのが得意であり,kenning のような表現が発生する基盤はあったと考えられるかもしれない.しかし,kenning は実際には古代ゲルマン詩に特有のものではなく,究極的にはビザンティンに遡りうる伝統をもつらしい.また,kenning の対象となる概念は限られており,古英詩においてはその頻度も低いことから,実力よりも知名度のほうが高い古英詩の表現法といってよいだろう.

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