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double_articulation - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-09-16 11:05

2019-08-23 Fri

#3770. 人間の言語の特徴,8点 [linguistics][double_articulation][arbitrariness][saussure]

 「#1281. 口笛言語」 ([2012-10-29-1]),「#1327. ヒトの言語に共通する7つの性質」 ([2012-12-14-1]) などで人間の言語の特徴を何点か挙げてきた.それらと多く重複するが,安藤・澤田 (10--16) が解説しながら挙げている8点の特徴を,私自身のコメントを加えながら示す.

 (1) 言語は媒体として音声を用いる
   もちろん書き言葉では文字が媒体となるし,身体言語 (body language) や身振り言語 (gesture language) もあれば,手話 (sing language) などもあるのは事実である.しかし,それらはより一般的な記号学 (semiotics) で扱われる対象というべきである.人間の諸言語にみられる最大公約数的な特徴としては,音声を媒体としていることが挙げられる.「#1063. 人間の言語はなぜ音声に依存しているのか (1)」 ([2012-03-25-1]),「#1064. 人間の言語はなぜ音声に依存しているのか (2)」 ([2012-03-26-1]),「#2535. 記号 (sign) の種類 --- 伝える手段による分類」 ([2016-04-05-1]) を参照.

 (2) 言語は恣意的な記号である
   きわめて重要な言語の特徴である.「#1108. 言語記号の恣意性,有縁性,無縁性」 ([2012-05-09-1]),「#2224. ソシュールによる言語の恣意性と線状性」 ([2015-05-30-1]),「#2445. ボアズによる言語の無意識性と恣意性」 ([2016-01-06-1]) ほか arbitrariness の各記事を参照.

 (3) 言語は構造をもつ体系 (system) である
   言語においては,要素がデタラメに並んでいるわけではなく,一定の決まりにしたがって並べられている.これについては,「#2245. Meillet の "tout se tient" --- 体系としての言語」 ([2015-06-20-1]),「#2246. Meillet の "tout se tient" --- 社会における言語」 ([2015-06-21-1]) を参照.

 (4) 言語は社会制度である
  言語は,ある言語共同体の中で一種の社会契約として作られた記号の体系である.個人が勝手に変えられるものではなく,社会的に築きあげられた体系である.

 (5) 言語は形相 (form) であって,実質 (substance) ではない.
   ソシュールは,言語記号を考える上で形相と実質を区別すべきことを主張した.チェスにおいては,コマが木製だろうが象牙製だろうが,ゲームにとっては無関係である.ゲームにとって大事なのは,チェスのルールで定められているコマの機能,あるいは価値である.この場合,コマの機能・価値が形相に当たり,コマの材質が実質に当たる.関連して「#1074. Hjelmslev の言理学」 ([2012-04-05-1]) を参照.

 (6) 転移言語 (displaced speech)
   今ここに関与するもの以外のこと(昨日のことや,別の場所で起こっていることなど)を話題とすることができる性質のことである.動物の鳴き声などは,その時その場に限られており,時間的・空間的に離れたものを指し示すことができない.人間の言語は,時間的・空間的に離れたものを話題にできるばかりか,現実にないこと(うそ・皮肉・冗談)を表わすこともできる.

 (7) 創造性 (creativity)
   言語要素を自由かつ生産的に組み合わせて,無限に新しい語や文を生み出すことができる.

 (8) 二重分節 (double articulation)
   「#767. 言語の二重分節」 ([2011-06-03-1]),「#1062. 言語の二重分節は本当にあるか」 ([2012-03-24-1]) を参照.

 動物のコミュニケーションには,(1) 以外の特徴がみられないことに注意したい.

 ・ 安藤 貞雄・澤田 治美 『英語学入門』 開拓社,2001年.

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2015-11-23 Mon

#2401. 音素と文字素 [phonology][phoneme][grammatology][grapheme][writing][double_articulation][sign][semiotics][terminology]

 ここしばらくの間,文字素 (grapheme) とは何かという問題を考えている.音韻論における音素 (phoneme) になぞらえて,文字論における文字素を想定するということは,ある程度の研究史がある.確かに両者には平行的に考えられる点も少なくないのだが,音声言語と書記言語は根本的に性質の異なるところがあり,比喩を進めていくと早い段階でつまずくのである.
 そのキモは,音声言語では2重分節 (double_articulation) が原則だが,書記言語では第1分節こそ常に認められるものの,第2分節は任意であるという点にあるだろうと考えている.第1分節でとどめれば表語文字(あるいは表形態素文字)となり,音声言語と平行的に第2分節まで進めば表音文字(単音文字)となる.
 この辺りの事情は今後じっくり考えていくとして,当面は音素と文字素について平行するところを整理してみたい.Pulgram が便利な一覧を作ってくれているので,それを再現したい.以下,P(honeme) と G(rapheme) の比較対照である.

P1The smallest distinctive audible units of a dialect are its phonemes.G1The smallest distinctive visual units of an alphabet are its graphemes.
P2A phoneme is a class of articulated speech sounds pertaining to one dialect.G2A grapheme is a class of written characters pertaining to one alphabet.
P3The hic et nunc spoken realization of a phoneme is an articulated speech sound or phone.G3The hic et nunc written realization of a grapheme is a written alphabet character or graph.
P4The number of phonemes in each dialect must be limited, the number of phones cannot be.G4The number of graphemes in each alphabet must be limited, the number graphs cannot be.
P5By definition, all phones identifiable as members of one phoneme are its allophones.G5By definition, all graphs identifiable as members of one grapheme are its allographs.
P6The phonetic shape of an allophone is dependent on its producer and on its phonetic surroundings.G6The graphic shape of an allograph is dependent on its producer and on its graphic surroundings.
P7Phones which are not immediately and correctly identifiable as belonging to a certain phoneme when occurring in isolation, may be identified through their meaning position in a context.G7Graphs which are not immediately and correctly identifiable as belonging to a certain grapheme when occurring in isolation, may be identified through their meaningful position in a context.
P8Dialects are subject to phonemic change and substitution.G8Alphabets are subject to graphemic change and substitution.
P9The number, kind, and distribution of phonemes varies from dialect to dialect.G9The number, kind, and distribution of graphemes varies from alphabet to alphabet.


 Pulgram の論文は音素と文字素の平行性を扱ったものである.私は,実はかえってその非平行性を示す点が明らかになるのではないかという期待をもって,この論文を読んでみたのだが,期待外れだった.唯一印象に残ったのは,p. 19 の次の1文のみである.

If today we distinguish between letter (or better grapheme) and speech sound (or better phoneme), the reason is that there has hardly ever existed in any language with some tradition of writing a strictly one to one ratio between the two.


 Pulgram は,音素と文字素の非平行性に気づいていながらも,それを真正面から扱うことを避けたのではないか,という気がしないでもない.

 ・ Pulgram, Ernst. "Phoneme and Grapheme: A Parallel." Word 7 (1951): 15--20.

Referrer (Inside): [2015-12-21-1] [2015-11-30-1]

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2015-06-19 Fri

#2244. ピクトグラムの可能性 [grammatology][writing][double_articulation][lingua_franca]

 日本は2020年開催の東京五輪・パラリンピックに向け,図記号「ピクトグラム」 (pictogram) を全国的に統一するとともに,ISO (国際標準化機構)への登録を目指す作業を進めている.
 ピクトグラムは主に災害時の避難場所を示したり,公共機関の所在を表わすなど公的な性格が強く,言語を選ばないという特徴により,1964年の東京五輪の際に活用され,世界に広く知られることとなった.豊かな文字の歴史と文化をもつ日本の生み出した,グローバル・コミュニケーションへの大きな貢献である.日本語を国際語,世界語へ仕立て上げようという試みは,日本にある程度の支持者はいるにせよ,現実的にはほとんどなされていない.しかし,視覚言語という別の側面において,日本は普遍的な記号の創出に積極的に関わっているということは,国内外にもっと宣伝されてよい.この点で2020年に向けてのピクトグラム策定への挑戦も,おおいに支持したい.国土地理院外国人にわかりやすい地図表現検討会 の HP では,去る6月4日に報告された外国人にわかりやすい地図表現 (PDF)と題する資料が得られる.  *
 政府は,緊急時に頼れる場所(病院や交番),便利な場所(観光案内所,コンビニ),外国人がよく訪れる場所(ホテル,トイレ,寺院,博物館)などを中心に実用的なピクトグラムを念頭において策定しているようだが,ピクトグラムの言語を越えた可能性はそれだけにとどまらない.より一般的な意味体系に匹敵するピクトグラム体系というものは可能だろう.人類の生み出した原初の文字がピクトグラムであり,その後,音声言語との結びつきを強めながら表語文字や表音文字が発展してきた文字の歴史を思い返すとき,現在,国際コミュニケーションに供するためにピクトグラムが再評価されてきているという事実は興味深い.ピクトグラムは原始的であるがゆえに,単純で本質的で普遍的である.
 ただし,ピクトグラム体系なるものが考えられるとはいっても,それのみで音声言語のもつ複雑さを再現することは難しい.文字史においても,原初の絵(文字)は,言語上の二重分節 (double_articulation) のいずれかの単位,すなわち形態素あるいは音素と結びつけられることにより,飛躍的に発展し,音声言語に匹敵する複雑な表現が可能となってきたのである.ピクトグラム体系が,絵文字や表意文字の集合という枠からはみだし,表語文字へと飛躍するとき,それはすでに個別言語の語彙体系に強く依存し始めているのであり,ピクトグラムが本来もつユニバーサルな性質が失われ始めているのだ.換言すれば,そのときピクトグラム体系は,媒介言語から群生言語へと舵を切っているのである (cf. 「#1521. 媒介言語と群生言語」 ([2013-06-26-1])) .
 向こう数年のピクトグラム開発国としての日本の役割を,人類の文字の歴史という広い観点から眺めるのもおもしろい.文字の歴史については,「#422. 文字の種類」 ([2010-06-23-1]) 及び「#1834. 文字史年表」 ([2014-05-05-1]) と,後者に張ったリンク先の記事を参照.

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2015-02-04 Wed

#2109. 鳥の歌とヒトの言語の類似性 [homo_sapiens][anthropology][linguistics][double_articulation][acquisition][origin_of_language][speech_organ][evolution]

 ヒトの言語の特徴について,「#1327. ヒトの言語に共通する7つの性質」 ([2012-12-14-1]) や「#1281. 口笛言語」 ([2012-10-29-1]) などの記事で取り上げてきた.そのような議論では,当然ながらヒトの言語が他の動物のもつコミュニケーション手段とは異なる特徴を有することが強調されるのだが,別の観点からみるとむしろ共通する特徴が浮き彫りになることがある.Aitchison (7--9) によれば,ヒトの言語と鳥の歌 (bird-song) には類似点があるという.

 (1) まず,すぐに思い浮かぶのはオウムによる口まねだろう.オウムはヒトと同じような意味で「しゃべっている」あるいは「言語を用いている」わけではないし,調音の方法もまるで異なる.しかし,動物界には希少な分節音を発する能力をもっている点では,オウムはヒトと同類だ.
 (2) 鳥は先天的な呼び声 (call) と後天的な歌 (song) の2種類の鳴き声をもっている.ヒトにも本能的な叫び声などと後に習得される言語の2種類の発声がある.つまり,鳥の歌とヒトの言語には,後天的に習得されるという共通点がある.
 (3) 鳥の歌では,歌を構成する個々の音は単独では意味をなさず,音の連続性が重要である.同様に,ヒトの言語でも,個々の分節音は意味をもたず,通常それが複数組み合わさってできる形態素以上の単位になったときに始めて意味をもつ.この性質は,ヒトの言語の最たる特徴としてしばしば指摘される二重分節 (double_articulation) にほかならないが,鳥の歌にも類似した特徴がみられるということになる.
 (4) さらに,同じ種の鳥でも,関連はするが若干異なる種類の歌をさえずることがある.これは,ヒトの言語でいうところの方言にほかならない.California の「みやましとど」 (white-crowned sparrow) というホオジロ科の鳥は,州内や,場合によっては San Francisco 市内ですら,種々の区別される「方言」を示し,熟練した観察者であれば個体の住処がわかるとまで言われる(関連して,東京と京都の鶯のさえずりが方言のように異なるという話も聞いたことがある).
 (5) 興味深いことに,作用している機構はまるで異なるだろうが,ヒトの言語も鳥の歌も,通常左脳で制御されているという共通点がある.
 (6) 鳥のひなによる歌の習得とヒトの子供の言語習得に似ている点がある.ひなは一人前の鳥としての歌を習得する前に,半人前のさえずりの段階を経る.しかも,早い段階において歌の発達に重要な臨界期があることも知られている.これは,ヒトの言語でいうところの喃語 (babbling) や言語習得の臨界期に対応するようにみえる.

 Aichison (8) は,以上の類似点を次のようにまとめている.

In short, both birds and humans produce fluent complex sounds, they both have a double-barrelled, double-layered system involving tunes and dialects, which is controlled by the left half of the brain. Youngsters have a type of sub-language en route to the full thing, and are especially good at acquiring the system in the early years of their lives.


 だが,もちろん相違点も大きいという点は見逃してはならない.例えば,鳥でさえずりをするのは,雄のみである.また,鳥の歌は,ヒトの言語と比べて,個体差が大きいという.場合によっては数キロの距離を経てコミュニケーションを取れるというのも,鳥の歌の顕著な特徴だろう.鳥の歌の主たる目的が求愛であるのに対して,ヒトの言語の目的はずっと広範である.
 鳥の歌とヒトの言語の類似性(と異質性)を比較してわかることは,異なる種にも似たような特徴が独立して生じうるということである.両者の接点を手がかりにヒトの言語の起源を求めようとしても,おそらくうまくいかないのではないか.

 ・ Aitchison, Jean. The Seeds of Speech: Language Origin and Evolution. Cambridge: CUP, 1996.

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2014-04-06 Sun

#1805. Morse code [semiotics][sign][double_articulation][cgi][web_service]

 標題は,アメリカの画家・発明家 Samuel Finley Breese Morse (1791--1872) が発明した電信用の符合.トン・ツーとも称される.短点 (dot),その3倍の長さからなる長点 (dash),空白 (space) の組み合わせからなり,その組み合わせがアルファベットや数字に対応する.
 Morse は,1830年代に電信符号の着想を得て,1838年に後のモールス符号の原型を築いた.その後,1844年に Baltimore から Washington への最初の電信を開通させ,歴史的な最初のメッセージ "What has God wrought!" を送信した.彼の発明は世界的な反響を呼び,その後,ヨーロッパで改訂が加えられ,1851年に国際会議により International (or Continental) Morse Code が制定された.1938年に小さな変更が加えられたが,現在に至るまで国際的には国際版が原則として用いられている(ただし,アメリカはオリジナル版の使用にこだわり続けた).モールス符号による電信は,電話やラジオの発明により世界的に影が薄くなったが,劣悪な通信環境でも最低限の情報交換が可能であることから,21世紀の現在でも完全に無用となったわけではない.別途,和文モールス符合などの言語別変種も現れたが,現在ではアマチュア無線家による利用などに使用範囲が限られている.
 記号論的には,モールス符号はいくつかの特徴をもった記号体系である.最たる特徴は,言語,とりわけ文字言語に大きく依存した記号体系であるということだろう.自立した記号体系というよりは,言語の代用記号といってよく,その点では点字や手旗信号やタムタムの太鼓言語と同様である.Saussure や「#1074. Hjelmslev の言理学」 ([2012-04-05-1]) の用語でいえば,実質 (substance) が変わっただけで,形相 (form) は変わっていないということになる.モールス符号では,あるトン・ツーの組み合わせが,アルファベット1文字に厳密に対応しており,それがもとの文字列と同じ順序で時間上あるいは空間上に配列される.そこに並び順という統辞論はあるにはあるが,それは自立した固有の統辞論ではなく,背後にある文字言語の統辞論をなぞったものにすぎない(池上,p. 125).
 モールス符号のもう1つの特徴は,言語の写しであるとはいいつつも,言語とは異なる二重分節 (double_articulation) をもっていることだ.言語のように二重分節を有する記号体系というのは珍しいが,モールス符号は人工的な記号体系であるから,そこに二重分節の経済性が意図的に組み込まれたということは驚くべきことではないだろう(二重分節をもつほかの記号体系として,遺伝子の情報伝達,楽譜,電話番号などもある).しかし,言語とは異なる形で二重分節が組み込まれていることは注目に値する.モールス符号では,言語の音素に相当するものはトンとツーの2種類である.この2種類の「音素」を決まった順序で決まった個数組み合わせることで,1つの文字に対応する「形態素」を作りだし,そのような「形態素」を上記の言語依存の統辞論に則って配列してゆくのだ(池上,p. 87).ほかには,コードの規程が強い,余剰性が低いなどの特徴も挙げられよう.
 では,国際モールス符号の実際をみてみよう.規約の詳細は,Recommendation ITU-R M.1677-1 (10/2009) International Morse code (PDF) より確認できる.一般の(英文)テキストと国際モールス符合の変換器は,ウェブ上に Morse Code Translator などいろいろなものがあるが,以下に hellog 版を作ってみた.テキストあるいはモールス符号を入力すると,他方へ変換される仕様.

    


 例えば,What has God wrought! を入力すると,.-- .... .- -  .... .- ...  --. --- -..  .-- .-. --- ..- --. .... - -.-.-- が得られる.そして,... --- ... と入力すると,SOS が返される.なお,SOS はモールス符号として打ちやすく聞きやすい文字を並べたものであり,それ自体に意味があるものではない.

 ・ ピエール・ギロー 著,佐藤 信夫 訳 『記号学』 白水社〈文庫クセジュ〉,1972年.
 ・ 池上 嘉彦 『記号論への招待』 岩波書店〈岩波新書〉,1984年.

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2013-12-14 Sat

#1692. 意味と形態の関係 [sign][arbitrariness][double_articulation][diachrony][semantic_change][polysemy][semantics]

 記号の恣意性については,arbitrariness の記事を中心に,とりわけ「#1108. 言語記号の恣意性,有縁性,無縁性」 ([2012-05-09-1]) で議論した.そこでは,恣意性,規約性,有縁性・無縁性を区別する必要があることに触れた.signifié と signifiant との関係,平たくいえば意味と形態との関係についてを真剣に考察するのがソシュール以来の(特にフランス)言語学の伝統といえるが,意味論学者であればなおのこと,この問題に並々ならぬ関心を示す.
 タンバの第2章は,ほとんど意味と形態の関係の考察に費やされている.タンバは,言語の二重分節性について「#767. 言語の二重分節」 ([2011-06-03-1]) で紹介した Martinet の用語を引き合いに出して説明しながら,記号における signifié と signifiant の関係の問題へ迫っていく.タンバの示唆的な評言をいくつか引用しよう.

意味は一方では,それを示す形態から分離できないが,言語の意味と形態の不分離の結合は1対1の対応をなしておらず,形態の特定は意味を特定するのに充分ではない.このパラドックスによって,言語の意味と形態の関係を明らかにする必要が生じる.(54)


記号内容は,定義によると,第1次分節の単位であるから,音素にならって作られた意味素ノエームなどの意味の原子である第2次分節の有限の要素には還元できない.(56)


共時的,通時的という2重の観点は,記号表現のレベルよりも記号内容のレベルでの方が不鮮明だということが明らかになる.確かに,一定の言語態の中で語の意味を定めることと,その歴史的進化を研究することとは明らかに異なる2つのアプローチである.〔中略〕さまざまな時期に現れたいくつかの意味も,多様性という風に考えれば,同時代のものだということにもならないだろうか.そして,新しいものは,しばしば既存のパターンを用いるので――ソシュールは,「言語は共ぎれでつぎはぎをした衣である」とのべている.」(『講義』,235頁).一定の意味関係は1つの共時態から他の共時態へと生き続け,1種の無意識的記号論が作り出されることもある.無意識的記号論は,超時的原型にならって1つの言語の意味形態を形成するのである.(61)


記号意味の対立は,閉じられた音韻体系の中で生じるものではなく,開かれた語彙体系の中で生じるものである.故に,音韻的相違にならって意味の相違を把握することはできない.(62)


 歴史的言語学的な関心からは,とりわけ3番目の引用で触れられている,共時的な多義性と通時的な意味変化との関係についての考察が目を引く.意味変化は時間とともに徐々に進行し,新しい意味は必ずしも古い意味を置き換えず,むしろ両方の意味が累積していくことも多い.累積した結果は,共時的には多義となる.この共時的多義性は,1人の話者が作り出したものではなく,集団的に数世代を経て作り出されたものであるという点で,無意識的記号論と呼びうるし,共時態と通時態とを超越した超時間的記号論とも呼びうるだろう.
 上記のように意味は累積しうるが,形態には累積という概念はそれほどうまく当てはまらないように思われる.すると,形態における無意識的,超時間的な次元というものは,より考えにくいということになるだろう.この辺りに,意味と形態の特徴の大きな差があるのではないか.

 ・ イレーヌ・タンバ 著,大島 弘子 訳 『[新版]意味論』 白水社〈文庫クセジュ〉,2013年.

Referrer (Inside): [2014-06-14-1]

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2013-11-14 Thu

#1662. 手話は言語である (1) [sign_language}[linguistics][arbitrariness][double_articulation][medium][iconicity]

 読売新聞10月5日の朝刊38面に「「手話は言語」鳥取県で条例化」の記事が掲載された.「手話言語条例」案によると,手話は「独自の言語体系を有する文化的所産」として認められるとともに,公的にその普及努力が求められることになる.日本の自治体としては初の画期的な条例であり,言語としての手話の認知度が上がる重要な契機となるだろう.  *
 言語学的には,手話は音声や文字を媒介とする言語と同じ緒特徴を共有する記号体系である.言語学の概説書でもそのように話題にされるし,Ethnologue のような言語に関する情報機関でも手話は正式の言語として扱われている.しかし,一般的には,手話は正式な言語というよりは洗練されたジェスチャーであるとか絵画的な表現手段であるなどという認識がいまだ根強く,記号体系としての価値が正当に評価されていないのが事実である.その理由の1つは,手話が典型的に聾者及びその関係者により習得される言語にとどまっており,その他の多くの人々に実態が知られていないためだろう.
 しかし,手話はれっきとした言語である.ヒトの言語の媒体としては,4つの形態が認められる.音声言語 (speech),文字言語 (writing),コンピュータ媒介言語 (CMC = computer-mediated communication),そして手話 (sign_language) である.いずれもヒトの言語を特徴づける諸性質が体系的に認められるがゆえに正当に言語と呼ばれるのであり,手話もその1つとして他と同列である.例えば,手話は2重分節性 (double_articulation) を有しているし,構成する記号には恣意性 (arbitrariness) が備わっている.生産性 (reproductivity) もあれば,異空間・異時間伝達性 (displacement) もある.ほかにも,「#1327. ヒトの言語に共通する7つの性質」 ([2012-12-14-1]) や「#1281. 口笛言語」 ([2012-10-29-1]) で取り上げた言語のもつ性質をすべて示す.
 手話における記号の恣意性について付け加えておこう.一見すると手話記号は恣意的というよりはイコン的・類像的 (iconic) であるように思われるかもしれない.確かに,指示対象に特徴的な形や動きを示すなど,発生としては iconic とみなすことができる記号も多い.しかし,それは手話という媒体に限ったことではなく,音声言語や文字言語にも程度の差はあれ見られるものである.例えば,「馬」という漢字を知っている者にとっては,それは馬をかたどった象形文字に見えるために iconic と呼べそうに思えるが,知らない者にとっては,かの動物を指す文字だとは思いも寄らないだろう.手話記号も,発生としては iconic なものだったとしても,実際上は意味を推測することのできない恣意的な記号だとみなしてよい.したがって,異なる手話体系では,ある記号表現が異なる記号内容を表わすということは普通である.ASL (American Sign Language)日本手話 (JSL = Japanese Sign Language) が互いに通じないのはもとより,ASL と BSL (British Sign Language) も互いに通じないということは,一般にはあまり知られていない.
 言語としての手話の体系性については,音韻論 (phonology) において弁別的な単位である音素 (phoneme) が設定されるのと同様の関係が認められる.手話において対応する弁別的な単位は chereme と呼ばれ,それを研究する分野は cherology と呼ばれることがある.chereme には location, configuration, action の3レベルが認められ,sign space 上にそれらの可能な組み合わせが実現することによって,記号が表現される.記号の体系性という点で,手話と単なるジェスチャーとは,天と地ほど異なるのである.
 以上,Crystal (159--63) を要約する形で執筆した.関連して,「#79. 手話言語学からの inspiration」 ([2009-07-16-1]) を参照されたい.また,「#1064. 人間の言語はなぜ音声に依存しているのか (2)」 ([2012-03-26-1]) の記事に対してして頂いた本ブログ読者からのコメントも参照されたい(恥ずかしながら,手話に対する私の無知をさらけ出した発言が含まれていました).

 ・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.

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2012-12-14 Fri

#1327. ヒトの言語に共通する7つの性質 [linguistics][double_articulation][arbitrariness]

 動物が利用する種々のコミュニケーション手段と対比して,ヒトの言語のもつ特徴は何か.多くの言語学者が,この言語学の本質的な問題に挑んできた.本ブログ記事としては,最近では,「#1281. 口笛言語」 ([2012-10-29-1]) で,Crystal の指摘する3点 (reproductiveness, double_articulation, displacement) を紹介した.
 西江 (139--52) によれば,世界の言語に共通する性質は7つある.ヒト以外の動物のなかには,これらの性質のいくつかをもっているものもあるが,7つすべてを満たしているものはない.逆からみれば,この7つすべてを満たしているならば,そのコミュニケーション手段は言語であるといえる.

 (1) 二重分節性(「#767. 言語の二重分節」 ([2011-06-03-1]) 及び double_articulation を参照)
 (2) 生産性
 (3) 恣意性 (arbitrariness を参照)
 (4) 異空間・異時間伝達性
 (5) 老若男女共通性(動物にはオスとメス,子と親とで伝え合いの方法が異なるのが普通)
 (6) 分離性(必ずしも額面通りには表現しないという性質)
 (7) 後天性・文化性

 言語の媒介 (medium) ,言語の機能 (function_of_language), 言語の起源 (origin_of_language) のような一般言語学の諸問題を考察する際にも,これらの性質の理解が不可欠になろう.

 ・ 西江 雅之 『新「ことば」の課外授業』 白水社,2012年.

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2012-10-29 Mon

#1281. 口笛言語 [communication][linguistics][double_articulation][medium]

 ヒトを含めた動物のコミュニケーション手段には様々なものがあるが,ヒトの言語の最大の特徴は,Crystal (How 9--10) によれば (1) reproductiveness, (2) double articulation, (3) displacement である.かいつまんで言えば,(1) はどんなことでも表現できる自由度と生産性の高さを,(2) は「#767. 言語の二重分節」 ([2011-06-03-1]) の特徴を,(3) は今ここに関与するもの以外のこと(昨日のことや,別の場所で起こっていること)を話題とすることができる性質を,それぞれ表わす.身振り,アイコンタクト,表情などは確かに人同士のコミュニケーション手段ではあるが,表現が固定化されていて自由度や生産性は低く,二重分節のような複雑な構造を示さず,典型的には今ここにあることしか話題にしない.
 だが,コミュニケーション手段によっては,3つの条件を満たしているかどうかは程度の問題にすぎないという側面もある.あるコミュニケーション手段が真の意味で言語と呼ばれてしかるべきか否か,微妙なケースがあるのだ.例えば,口笛によるコミュニケーションがそれだ.中米や南米の部族,ピレネー,トルコやカナリア諸島において,その土地の話し言葉に基づいた口笛によるコミュニケーション手段が確認されている.Crystal (Encyclopedia 404) に引用されている実例を要約しよう.メキシコ Oaxaca 州の部族で Mazateco 語の話者2人の間で交わされた口笛による会話である.
 ある日,Eusebio Martinez は小屋の前に立っていた.彼は,遠く離れたところで道を歩いていたトウモロコシ売りの男に口笛で呼びかけた.市場へ売りにでかける途中だったそのトウモロコシ売りは,口笛でそれに答えた.異なる音色で何度か口笛の交換があり,それが終わるとトウモロコシ売りは,道を少し引き返し Eusebio の小屋のあるところまで上ってきて,一言もしゃべらずに,荷物を下ろした.Eusebio はトウモロコシを物色すると,小屋の中からお金をもってきて,支払いをした.そして,トウモロコシ売りは去っていった.以上のやりとりのあいだ,二人の間には一言も言葉による会話はなされなかったが,値段の取り決めを含めた一切のコミュニケーションは先の口笛のやりとりによって確かに行なわれていたのである.
 二人の口笛での会話は,元となる言語による発話の,音節語ごとの音調に対応した4段階の音色によって表わされていた.文化的,語用論的に会話の文脈や目的は二人とも暗黙のうちによく共有されているので,二人の間での音調の「調律」作業こそ必要だが,音調に対応させて元の発話を復元することは,さほど困難ではないのだろう.元となる言語の発話の写しであるから,この口笛コミュニケーションも,上に定義した厳密な意味での言語とみなすことは一応のところ可能である.ただし,一般的にやりとりは短く,「文」も短く,利用される機会も少なく,男性にのみ用いられるということから,限りなく周辺的な「言語」とみてよいだろう.より正確には,Crystal (How 13) のいうように,言語の代用品として "surrogate" と呼んでおくのがよいかもしれない.
 関連して,音声言語の特徴を論じた ##1063,1064,1065 の記事を参照.

 ・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.
 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1997.

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2012-03-24 Sat

#1062. 言語の二重分節は本当にあるか [double_articulation][linguistics][sign]

 [2011-06-03-1]の記事「#767. 言語の二重分節」で解説した Martinet の二重分節 (double articulation) は,記号としての言語のもっている最も際立った特性の1つとして,どの言語学の教科書にも取り上げられている.二重分節は,機能主義の立場から言語に内在している経済性を強く押し出した Martinet の言語観を支える理論的な支柱であり,20世紀構造言語学の成果を象徴する最重要事項の1つである.
 しかし,町田 (166--68) によると ,よくよく考えてみると,二重分節というものが,Martinet の主張するような言語の経済性を本当に体現しているのかどうかは疑わしいという.第1に,monème (記号素)へ切り分ける第1分節と,phonème (音素)へ切り分ける第2分節とは,性質が大きく異なっており,分節という同じ用語でまとめてよいものなのかという疑問がある.monème は記号 (signe) であり,signifiant と signifié が分かちがたく結びついた1単位である.言語の経済性を論じる際には,この基本単位である monème そのものの種類を多くするのが情報伝達にとって経済的なのか,あるいはその種類は抑えながら,その組み合わせ(統語)を工夫することで対処するのが経済的なのか,という議論になるだろう.
 ところが,phonème については,そのような議論ができない.phonème は signifiant に属する単位であり,それ自体は記号ではない.signifié,つまり意味を担っていないのだから,情報伝達の経済という議論には関わりようがない,というわけである.
 二重分節に向けられたこの疑惑を,経済性の程度を割り出すための方法という観点からとらえ直すと,次のようになる.monème の経済性は,上で触れたように,その種類を増やすことで確保するのか,その組み合わせを工夫することで確保するのかという問題であり,伝達したい意味内容の頻度の問題などと関連させて数値化し,比較することが一応のところ可能である.極端な場合には,100個しか monème がなく,その統語的組み合わせを工夫して何とか言語機能を果たすような仮想言語を思い浮かべることができるし,反対に,「主部+述部」という単純な統語論しかもたないが,monème の種類は数百万個あるという仮想言語を思い浮かべることができる.この2つの言語の効率を云々することはできるだろう.
 ところが,phonème の経済性は,上の monème と同じようには議論できない.確かに,100個の区別される phonème が「子音+母音+子音」という1種類の並びで配置されて1つの monème を構成するという仮想言語と,区別される phonème は10個しかないが monème を構成するための子音と母音の組み合わせは幾通りもあるという仮想言語とを比べてみることはできるかもしれない.しかし,ここで比べているのは,意味を伴わない phonème の種類や配列であり,これは情報伝達の経済性に何ら関わりがない.情報伝達の経済性の問題というよりは,調音能力と聴解能力のバランスの問題というほうが近い.
 Martinet の主張する言語の経済性の原理は,汎用的で強力な説明原理ではある.しかし,その原理を象徴する二重分節という考え方にも疑問点があるということ,また,いまだに言語において何をもって経済的とみなすかという基本的な事項での共通認識が得られているとは言い難いことから,踏み固められている定説にも,より突っ込んだ批評が必要だろう.

 ・ 町田 健 『ソシュールと言語学』 講談社〈講談社現代新書〉,2004年.

Referrer (Inside): [2019-08-23-1] [2012-04-29-1]

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2011-06-03 Fri

#767. 言語の二重分節 [double_articulation][phoneme][linguistics]

 昨日の記事「言語の線状性」[2011-06-02-1]に引き続き,ヒトの言語の特徴について.すべての言語は二重に分節されている.言語のこの重要な特性は二重分節 ( double articulation ) と呼ばれる.
 第一の分節は,言語化して伝達すべき物事を,Martinet が monème と呼ぶところの音形と意味がペアでカプセル化された記号(典型的には語)へ分節する過程である.拙訳とともに Martinet から引用する.

La première articulation du langage est celle selon laquelle tout fait d'expérience à transmettre, tout besoin qu'on désire faire connaître à autrui s'analysent en une suite d'unités douées chacune d'une forme vocale et d'un sens. (Martinet 37)

言語の第一分節は,伝達すべきすべての経験的事実や他人に知らせたいと望むすべての要求が,それぞれ音形と意味を付与された単位の連続へと分析される過程である.

La première articulation est la façon dont s'ordonne l'expérience commune à tous les membres d'une communauté linguistique déterminée. Ce n'est que dans le cadre de cette expérience, nécessairement limitée à ce quie est commun à un nombre considérable d'individus, qu'on communique linguistiquement. (Martinet 38)

第一分節は,規定の言語共同体の全成員に共通する経験を秩序づける方法である.数多くの個人にとって共通の物事に必然的に限られるこの経験の範囲内においてのみ,人は言語的にコミュニケーションをとることができるのである.


 この第一分節により幾多の monème が切り出されるが,あくまで人間の記憶に耐えられるほどの有限個に抑えられる.monème は有限個だが,その組み合わせにより無限の表現を産することが可能であり,言語の経済性と効率性が確保される.ただし,上にも述べられているとおり,この経済性と効率性はあくまで分節の仕方を共有している限られた共同体内でのみ確保される点に注意すべきである.
 第一分節により音形と意味からなる単位 monème が数多く切り出されるが,音形に関してはさらに小さな単位,弁別的な単位へと分析することができる.この第二分節によって,phonème音素」と呼ばれる単位が切り出される.例えば,フランス語の tête /tet/ は,/t/, /e/, /t/ の3つの分節音の結合として捉えられる.

Chacune de ces unités de première articulation présente, nous l'avons vu, un sens et une forme vocale (ou phonique). Elle ne saurait être analysée en unités successives plus petites douées de sens : l'ensemble tête veut dire «tête» et l'on ne peut attribuer à tê- et à-te des sens distincts dont la somme serait équivalence à «tête». Mais la forme vocale est, elle, analysable en une succession d'unités dont chacune contribue à distinguer tête, par exemple, d'autres unités comme bête, tante ou terre. C'est ce qu'on désignera comme la deuxième articulation du langage. (Martine 38--39)

上で見たように,第一分節による単位のそれぞれは,意味と音形を表わしている.その単位は,意味を付与されたより小さな連続する単位へと分析することはできない.tête 全体として「頭」を意味するのであり,tê--te に,合わせて「頭」を表わすことになるような区別された意味を付与することはできない.しかし,音形のほうは,一連の単位へと,すなわちそのそれぞれが例えば têtebête, tante, terre のような他の単位と区別するのに貢献するような単位へと分析することができる.これが,言語の第二分節といわれるものである.


 第二分節によって切り出された各音素はそれより小さい単位へは分解できないので,ここで分節の作業は終了する.この二つ目にして最後の分節により,せいぜい数十個に納まる数少ない phonème 音素を活用することによって,無数ともいえる monème を生み出すことができるのである.
 言語における両分節の経済性と効率性ははかりしれない.

 ・ Martinet, André. Éléments de linguistique générale. 5th ed. Armand Colin: Paris, 2008.

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2009-07-16 Thu

#79. 手話言語学からの inspiration [sign_linguistics][double_articulation][origin_of_language][lalme][laeme]

 今日は,英語史に直接かかわる話ではないが,言語の起源や言語変化を考える際にヒントを与えてくれる手話言語学 ( sign linguistics ) という分野を紹介したい.紹介するといっても,私もつい先日その存在を知ったばかりなので,非常におこがましいが,許していただきたい.経緯を述べれば,今月号の『月刊言語』が手話言語学の特集を組んでおり,それを読んで inspiration をかき立てられただけの話である.
 手話言語学の中身については何もわからないが,それが言語の起源や機能を考える際に,多くの示唆を与えてくれそうだという匂いは感じることができた.どのような点で示唆的なのか.神田和幸氏による以下のポイントが分かりやすい (10).

 ・音声言語を獲得できない聾者が手話を発生させるのはなぜか
 ・動物にもサインが分かりやすいのはなぜか
 ・音声言語が通じない人間同士が身振りで伝えようとするのはなぜか
 ・音声言語を発しながら無意識にジェスチャーするのはなぜか

 つまり,音声言語の発生に先行して身振り言語が発生していたことは容易に想像され,その身振り言語が体系的に整理されたものが手話言語と考えれば,手話言語研究が言語起源説に貢献しうるということは自明のように思われる.
 浅学非才をさらけ出すが,手話言語は音声言語に匹敵する非常に複雑で精緻な内部体系をもっているということも初めて知った.手話言語に語彙があり文法があることは漠然と知っていても,形態論があり,なんと音韻論(に相当するもの)もあるというから驚きだ.アンドレ・マルティネのいう言語の二重分節 ( double articulation ) が手話言語にも歴然と存在するという.
 2008年5月3日に発効した,国際連合の「障害のある人の権利に関する条約」の第二条「定義」の項で,手話などの非音声言語も音声言語と同様に「言語」と位置づける旨が明記されているという(条約の英文はこちら).手話言語は,名実ともに,歴とした言語なのだそうだ.
 本ブログの趣旨に近い話題をあげれば,音声言語の方言や言語変化に相当するものが手話言語にもあるという.考えてみれば,手話言語に方言や通時的変化があっても確かに不思議ではない.日本手話言語地図の作成が計画されているというのもうなずける.
 手話言語学は,「言語=音声言語」という従来の前提からは生まれ得ない,言語の本質に迫る新たな視点を提供してくれる,発想の種になるかもしれない.中英語の綴り字の変異を地図上にプロットした LALMELAEME ([2009-06-21-1]) が英語史研究に新時代をもたらしてきたことを考えると,視覚言語にもっと注目が集まってもよい.「言語=音声言語」という犯すべからざる言語学の大前提を少し揺るがしてみるのも面白いのではないか.その意味で,手話言語学は,音声言語ではなく文字言語にどっぷり浸かっている文献学研究にとっても心強い仲間になるかもしれない.

 ・McIntosh, Angus, Michael Louis Samuels, Michael Benskin, eds. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English. Aberdeen: Aberdeen UP, 1986.
 ・Laing, Margaret and Roger Lass, eds. A Linguistic Atlas of Early Middle English, 1150--1325. http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme1/laeme1.html . Online. Edinburgh: U of Edinburgh, 2007.

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