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hellog〜英語史ブログ / 2011-07

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2011-07-31 Sun

#825. "pronunciation spelling" [spelling_pronunciation][pronunciation_spelling]

 英語の発音と綴字の乖離を埋める営みとしての spelling_pronunciation についてはこれまで多くの記事で扱ってきた.しかし,同じ目的での営みだが反対の方向を示す "pronunciation spelling" というべき現象については,一般にもあまり取り上げられることがない.
 その理由は,ほとんどが非標準の綴字だからである.アメリカ英語で主に略式に用いられている lite ( = light) や thru ( = through ) は市民権を得ているほうではあるが,やはり与える印象は非標準的である.lite は低カロリーを売りにした飲料の商品名として用いられることが多いが,これは pronunciation spelling の一般的な傾向,"a trade-name or advertising campaign" (Crystal, p. 77) に用いられる傾向を示す例である.商品名は個性的でなくてはならず,みなの知っている標準的な綴字に埋没してしまっては困る.標準的な綴字から逸脱することで存在感をアピールし,名前を覚えてもらうという戦略だ.
 Crystal (77) は,pronunciation spelling の例と考えられる各種の宣伝文句を挙げている.確かに,いずれも公告が出れば目に留まる確率が高そうだ.それぞれ何の商品・サービスか,何となく分かる.

- Miami for the chosen phew (advertising holidays)
- EZ Lern (US driving school)
- Fetherwate
- Hyway Inn
- Kilzum (insect spray)
- Kwiksave
- Heinz Buildz Kidz
- Loc-tite
- No-glu
- Resistoyl
- Rol-it-on
- Wundertowl


 非標準綴字であるということは,いかがわしさを匂わすこともできる.[2011-07-05-1]の記事「海賊複数の <z>」で触れたwarez がその例となるが,これも "pronunciation spelling" の親戚といってよいだろう.
 pronunciation spelling の例が spelling pronunciation に比べて少なく,非標準的とのレーベルを貼られがちなのは,発音に合わせて綴字を変えるということ自体が不自然だからである.綴字は常に保守的であるから,それに合わせて発音が変化することはあっても,その逆は起こりにくい.この不自然さが,一方で目を引く効果を生み出すのであり,他方でいかがわしさを演出するのである.

 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.

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2011-07-30 Sat

#824. smoke --- 2重の品詞転換 [conversion][metonymy][semantic_change][pronunciation]

 名詞 smoke には主要な語義として「煙」と「喫煙」の2つがある.The air was thick with cigarette smoke. では前者の語義が,Are you coming outside for a smoke? では後者の語義が用いられている.両語義は密接であり,その関係は換喩 (metonymy) によって容易に説明できる.したがって,これは単純に名詞 smoke の意味の拡大の例だと片付けてしまいがちである.
 ところが,Bradley は,これは歴史的には2重の品詞転換 (conversion) の例であると断言している.なるほどと納得させられる議論だ.

Occasionally it happens that a noun in this way gives rise to a verb, which in its turn gives rise to another noun, all three words being exactly alike in sound and spelling. Thus, in the following examples: (1) 'The smoke of a pipe,' (2) 'To smoke a pipe,' (3) 'To have a smoke,' the noun of (1) is not, strictly speaking, the same word as the noun of (3). It is true that in cases like this our dictionaries usually treat the secondary noun as merely a special sense of the primary noun; and, indeed, very often, this treatment is unavoidable, because the difference of meaning between the two is so slight that in some contexts it disappears altogether. Still, it ought not to be forgotten that from the historical point of view the two nouns are really distinct: if English had retained its original grammatical system this would probably have been shown by a difference of termination, gender, or declension. (93--94)


 英語史における品詞転換については[2009-11-03-1]ほか conversion の各記事で扱ってきたが,その起源は古英語後期に始まった屈折語尾や派生語尾の水平化現象に遡る.古英語には名詞語尾や動詞語尾などカテゴリーごとに異なる語尾を付与する形態論があったが,語尾の水平化によりカテゴリー間の形態的区別が失われると,同一形態がカテゴリーをまたいで自由に往来できる素地が整った.Bradley は,smoke の名詞としての両語義は,その往来により生まれたものだとしている.興味深いのは,引用の最後にあるように,古英語の形態論が健在であると仮定すれば,「煙」と「喫煙」は異なる形態論的特徴(形態そのもの,性,屈折タイプなど)をもつ異なる名詞として存在していただろうということである.
 smoke についてはあくまで仮定の話しだが,実際に古英語の形態論的特徴を保ったまま現代に生きている例がある.例えば,bath は,(1) 'take a bath,' (2) 'bathe in the sea,' (3) 'take a bathe in the sea' のように発展してきており,(1) と (3) は smoke の場合と違い,異なる形態を示している.これは,古英語で <th> に相当する語幹末の音素が,音声環境に応じて無声音 [θ] か有声音 [ð] として現われる音素だったことに由来する差異で,[2011-03-30-1]の記事「-ths の発音」で触れたように breathe, clothe にも共通する.
 このように bathbathe による明らかな例を示されると,smoke の例を2重の品詞転換と考える議論が説得力をもつように思われる.

 ・ Bradley, Henry. The Making of English. New York: Dover, 2006. New York: Macmillan, 1904.

Referrer (Inside): [2012-04-23-1] [2011-11-08-1]

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2011-07-29 Fri

#823. uninteresteddisinterested [semantic_change][negative][language_change][prescriptive_grammar]

 意味の変化と規範的な語法には相反する力が作用しており,議論の対象になりやすい.近年の著名な例の1つに,標題の2語の使い分けに関する議論がある.
 肯定形 interested には異なる2つの語義がある.いくつかの英英辞典を調べたなかでは,Merriam-Webster's Advanced Learner's English Dictionary (MWALED; see [2010-08-24-1], [2010-08-23-1]) による定義がこの区別を最も分かりやすく表わしていた.部分的に引用する.

1a. wanting to learn more about something or to become involved in something
???The listeners were all greatly/very interested in the lecture.???
2. having a direct or personal involvement in something
???The plan will have to be approved by all interested parties.???


 日本語にすれば,前者は「興味をもっている」,後者は「利害関係のある」の区別となる.後者がより古い語義を表わすが,頻度としては前者のほうが圧倒的に高いだろう.1つの語が異なる複数の語義をもっていること自体は,英語でも他の言語でもまったく珍しいことではない.しかし,注目すべきは,英語では両語義に対応する否定が別々の語で表わされることである.規範的な語法に従えば,1a の語義「興味をもっている」の否定は uninterested で,2 の語義「利害関係のある」の否定は disinterested で表わされるとされる.それぞれの例文を示そう.

- He is completely uninterested in politics. (興味をもっていない)
- Her advice appeared to be disinterested. (利害関係のない,公平無私の)


 ところが,2 の語義が比較的まれだからか,近年では disinteresteduninterested と同様に 1a の否定の語義「興味をもっていない」として用いられることが増えてきているという.保守的な評者は,かつては明確に存在した uninteresteddisinterested の語義上の区別が失われかけている,あるいは disinterested が両義的になってしまったとして警鐘を鳴らしているが,この批判はどのくらい当を得ているだろうか.
 第1に,disinterested の両義性について.もとより肯定形の interested は2つの異なる語義をもっており常に両義的だったが,両語義が区別されないで不合理だという批判は聞いたことがない.すでにある両義性には寛容でありながら,もともとあった区別が両義化してゆくことには厳格というのは,あまり筋が通っているとはいえない.
 第2に,「興味をもっていない」の語義を新しく獲得した disinteresteduninterested と完全な同義ではなく,しばしば強意を込めた「まるで興味をもっていない」の意味で interested とは使い分けられるとされる.この場合,両語の使い分けによって,かつては不可能だった興味のなさの度合いの標示が可能になったということであり,あらたな区別が獲得されたことになる.
 第3に,従来は,「興味をもっていないこと,無関心」を意味する対応する1語の名詞形が存在しなかった.*uninterest という語は通常は用いられず,lack of interest などという迂言的表現で我慢するしかなかった.ところが,disinterest という語は「利害関係のないこと,公平無私」を意味する名詞として存在していたので,形容詞の意味変化と連動して,この同じ語が「無関心」の語義をも担当するようになった.「無関心」がずばり1語で表現できるようになったのは,問題の形容詞の意味変化ゆえと考えられる.
 まとめれば,次のようになる.uninteresteddisinterested にまつわる意味変化の結果として,保守的な評者のいうようにある区別が失われたことは確かである.しかし,その反面,従来は存在しなかった別の区別が獲得されたのも事実である.
 規範的な辞書では,disinterested の新しい語義をいまだに正用とは認めていないようだ.言語が無常であることを考えれば「誤用」が正用化するのは時間の問題かもしれない.あるいは,話者の規範遵守の傾向が強ければ,少なくとも格式張った文脈では,誤用とのレッテルを貼られ続けるのかもしれない.私個人としてはどちらが望ましいか判断できないし,あえて判断しない.ただ,言語は無機的に変化してゆくのではなく,話者によって有機的に変化させられてゆくものだとは信じている.
 以上の議論は Trudgill (2--5) に拠った.

 ・ Trudgill, Peter. "The Meaning of Words Should Not be Allowed to Vary or Change." Language Myths. Ed. Laurie Bauer and Peter Trudgill. London: Penguin, 1998. 1--8.

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2011-07-28 Thu

#822. IPA の略史 [ipa][phonetics]

 IPA (International Phonetic Alphabet) 「国際音標文字」については,ipa の各記事で取り上げてきた.IPA は,発音教育の推進を念頭に,言語音を正確に一貫した表記で書き取るための記号体系を確立するという目的で作り出された.A. J. Ellis や H. Sweet が編み出したローミック表記 (Romic) がもとになっており,O. Jespersen の提案を受けて International Phonetic Association (国際音声学教会;これも IPA と略される)の有力メンバーであった P. Passy (設立者)や D. Jones らが1888年にまとめ上げた.世界中の言語音に対応するために後に少しずつ改訂され,複雑な記号体系になってきた.現在では2005年の改訂版が用いられている.
 理想的な音声表記には,精密性,記号経済性,音素表示性,類音表示性,一貫性,国際性,基準性,受容性が必要だが,IPA はこれらの条件を最もよく満たしているとされ,現に世界で最も広く受け入れられている発音記号といってよい.アメリカでは IPA 以外にも独自の発音記号体系が用いられているが,ヨーロッパや日本では IPA の影響が特に強い.IPA は日本では市河三喜,岡倉由三郎らにより導入され,定着してきた.現在の日本の辞書では,英米両変種の発音に対応させるための修正を加えながら,主に IPA の簡略表記 (broad notation) が用いられている.
 IPA の入力には,堀田作の hel typist ,Web サービスとして提供されている IPA Chart KeyboardType IPA phonetic symbols をどうぞ.
 ほかに,IPA の歴史についての書誌は Bibliography of the history of the IPA にある.

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2011-07-27 Wed

#821. "The History of English in Ten Minutes" by The Open University [link][youtube]

 ウェブ上で "The History of English in Ten Minutes - for iPod/iPhone by The Open University" なる,英語史をイラストで手短かに概説する動画を発見した.1分ほどの短い動画が10本あり,YouTube版でも視聴できる.以下はそれぞれへのリンク.

 ・ Anglo-Saxon - The History of English (1/10)
 ・ The Norman Conquest - The History of English (2/10)
 ・ Shakespeare - The History of English (3/10)
 ・ The King James Bible - The History of English (4/10)
 ・ The English of Science - The History of English (5/10)
 ・ English and Empire - The History of English (6/10)
 ・ The Age of the Dictionary - The History of English (7/10)
 ・ American English - The History of English (8/10)
 ・ Internet English - The History of English (9/10)
 ・ Global English - The History of English (10/10)

 英語史に関する視聴覚教材は多くない.MacNeil-Lehrer Productions と BBC の制作したテレビシリーズ The Story of English (1986) の VHS や,ITV のテレビシリーズ The Adventure of English (2003) の VHS/DVD や,The Teaching Company の The Great Courses シリーズの1つ The History of the English Language, 2nd Edition, Parts 1 to 3 (by Seth Lerer) の講義 DVD が公表されているが,それ以外にはあまり見あたらない.一般の歴史ものであれば視聴覚教材は数限りなくあるのだろうが,言語の歴史となると乏しいのが現状である."The History of English in Ten Minutes" by The Open University はこの分野での一つの貢献といえるだろう.
 本ブログではなかなか動画資料を用意することはできないが,できるだけ図表などのヴィジュアル資料を提供しようと心がけている.紙の上で表現しにくいことを効果的に表現できるウェブ上のメリットを活かしたい.

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2011-07-26 Tue

#820. 英仏同義語の並列 [french][loan_word][register][lexicology][hybrid][binomial][lexical_stratification]

 中英語期にフランス借用語が大量に流入してきた事実についてはすでに多くの記事で扱ってきた([2009-08-22-1]の記事「フランス借用語の年代別分布」ほかを参照).これにより英語の表現の可能性が広がったが,注目すべき表現として,英語本来語と対応するフランス借用語を並列させる2項イディオム (binomial idiom) の表現がある(バケ,p. 60).my heart and my corage, wepe and crye, huntynge and venerye の如くである.この表現は,本来語とフランス借用語の間に使用域 ( register ) の差のあることを利用した修辞的な技法ともとらえることもできるが(「英語語彙の三層構造」については[2010-03-27-1]の記事を参照),目新しい借用語の理解を容易にするための訳語として本来語を添えたとも考えられる.後者は,説明を要する語に注解 ( gloss ) を施すという古英語以来の習慣の一端と言えるかもしれない.これはまた,17世紀の難語辞書 (see [2010-12-27-1], [2010-11-24-1]) の登場にもつらなる言語文化的習慣である.近代以降では lord and master, my last will and testament などが慣用表現となっている.
 なお,並列表現といっても,必ずしも and のような等位接続詞で結ばれているとは限らない.例えば court-yard (中庭)や mansion-house (邸宅)は英仏対応要素の直接複合であり,冗語的といえる.
 借用語の流入は,単に既存の語を置きかえたり,語の種類を増やしたりすだけではなく,既存の語彙と連携して当該言語の表現可能性を高めている側面もあることを評価すべきだろう.関連して,英仏両要素が1語内に混合している hybrid の各記事(特に[2009-08-01-1]の「英語とフランス語の素材を活かした 混種語 ( hybrid )」)も参照.

 ・ ポール・バケ 著,森本 英夫・大泉 昭夫 訳 『英語の語彙』 白水社〈文庫クセジュ〉,1976年.

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2011-07-25 Mon

#819. his 属格 [genitive][synthesis_to_analysis]

 屈折語尾によらず,人称代名詞の属格形を並置して所有を示す his-genitive という独特な用法が,古い英語で知られている.用例は古英語から見られる.Mustanoja (159) が挙げている次の古英語からの例では,Enac his cynren は "Enac's posterity" の意を表わす.

we gesawon Enac his cynren (Ælfric Num. xiii 29)


 このような用法の動機づけは理解できる.固有名詞は一般名詞と異なり明確な屈折語尾を取らないのが普通であり,属格を明示したい場合には,人称代名詞の属格を用いるのが便利だからだろう.属格以外にも,格を明示したい場合に,対応する人称代名詞の格形を並置するという例は古英語にいくらでもあった( he Ninus, hym Olofernus など).
 中英語でも,his 属格の用例はいくつも見つけられる.Mustanoja (159) に挙げられている数例を示そう.

- þe cnapenchild hiss shapp (Orm. 4220)
- Hengest his sone (Lawman B 16772); þat wes Hengest sune (A)
- Loth his eldeste sone (Lawman B 23248)
- ine Winchestre his toun (Lawman B 19630); Winchastre tun (A)
- Felyce hir fayrnesse (PPl. B xii 47)
- sche hadde be kyng Alexandre his lemman (Trev. Higd. I 155)
- þe whiche kyng his prayers to God þat day were moche worthy (Trev. Higd. VI 349)
- Gwenayfer his love (Lawman B 22247)
- at þare ditch his grunde (Lawman B 1589)


 最後の2例は,his に先立つ名詞がそれぞれ女性,無性を指示する点で特異である.例からもわかるように,Lawman B と Trevisa による Higden の Polychronicon のテキスト(両方とも南西方言)では用例が多いが,それ以外では15世紀までこの構造は稀である.15世紀以降になると,この構造は頻度を高め,17世紀まで存続する.なお,女性を指示する名詞に後置される her 属格は少ないながらも例証されるが,複数形に対応する属格の例 *her や *their はない.
 中英語の his 属格の起源には諸説ある.

 (1) 古英語の所有の与格 (possessive dative) の特殊構文に基づく類推.例えば,her Romane Leone þæm papan his tungan forcurfon (OE Chron. an. 797) では,所有の与格 þæm papan がかかってゆく tunganhis による修飾をも受けている.
 (2) his はその弱形 is が属格語尾 -es, -is と同形となるので,属格語尾が語幹から切り離されたものと解釈できるのではないか.
 (3) 古英語にも上掲の Enac his cynren のように対応する構文があったことから,分析的な表現を用いる傾向が中英語以降に継続・発展したものと考えられるのではないか.
 (4) フランス語の対応する表現 (ex. pour escaper de Deu sen ire [Gilles de Muisis i 20]) の影響.しかし,フランス語でも用例は多くない.

 Mustanoja (161--162) は,(4) は排除しながら,(1), (2), (3) の組み合わせ説を支持している.
 英語史の全体的な傾向,総合から分析 (synthesis to analysis) への潮流を考えれば,his 属格の発生と発展はまったく驚くべきことではないだろう.むしろ,なぜ近代英語期に廃れていったのか,そちらの問題のほうが興味深い.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2011-07-24 Sun

#818. イングランドに残る古ノルド語地名 [old_norse][loan_word][onomastics][geography][toponymy][map]

 英語史に関連するイングランド地図で,これほど明快な地図はないのではないか.イングランドに残る古ノルド語要素を含む地名の分布を表わす地図である( Crystal, p. 25 をもとに作成).

Map of Old Norse Placenames

 赤い線は,878年,攻め入るデーン人を King Alfred が Eddington で打ち負かし,ウェドモア条約 (Treaty of Wedmore) を締結したときに定まったアングロサクソン領とデーン領の境界線である.境界線の北部はデーン人の法律が適用される地域ということで,the Danelaw と呼ばれることになった.イングランドには古ノルド語要素を含む地名が1400以上あるとされるが,そのほとんどが the Danelaw 地域にきれいに限定されているのが印象的である.主要な古ノルド語要素を挙げると以下のようなものがある.

 ・ -by 「町」: Derby, Rugby, Whitby
 ・ -thorpe 「村落」: Althorp, Bishopsthorp, Gawthorpe, Linthorpe, Mablethorpe, Scunthorpe
 ・ -thwaite 「開墾地」: Applethwaite, Braithwaite, Rosthwaite, Stonethwaite, Storthwaite
 ・ -toft 「家屋敷」: Eastoft, Langtoft, Nortoft

 これらのノルド語要素は複合地名の後半部分に用いられているが,前半部分は必ずしも古ノルド語起源とは限らず英語要素であることも多い.例えば,Storthwaite では前半要素 stor は古ノルド語で「大きい」を意味する語であり,前半後半両要素とも北欧系だが,Stonethwaite では前半要素は明らかに英語の stone を示しており,両言語混在型の地名である.
 複合地名に両言語の要素が含まれているということは,両民族が平和に共存していた可能性を強く示唆する.もしデーン人がアングロサクソンの町村を武力で制圧しアングロサクソン系住民を駆逐したのであれば,新たな地名に英語要素を含めるということは考えにくい.両言語の要素が1つの地名に混在しているということは,両民族の血縁的な混合も同時に進んでいたことを表わしているのではないか.そして,この密な混合は,古ノルド語が英語に計り知れない影響を及ぼし得たのはなぜかという問題に解答を与えてくれるのである.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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2011-07-23 Sat

#817. Netspeak における省略表現 [writing][netspeak][grammatology][alphabet]

 私は英語でも日本語でも Netspeak を常用してはいないが,インターネットという技術革新に伴う言語の新変種の誕生と発展には関心がある.[2011-07-01-1]の記事「インターネット時代は言語変化の回転率の最も速い時代」で論じたように,人類の言語変化の歴史は,今まさに新たな段階に入ったところである.Netspeak は現時点でその最先端を走っている変種であり,英語においても日々独自の表現が増殖している.
 チャット,電子メール,そしてとりわけケータイメール (texting) の書き言葉に見られる特徴として,各種の省略記法がある.多くは,句を構成する各単語の頭文字をつなぎ合わせる頭文字語 (initialism) であったり,"2" や "4" をそれぞれ "to" や "for" に対応させるような判じ絵 (rebus) であったりする.ここには遊び心も入っているだろうが,何よりもケータイのキーパッド上で打数を減らせるという実用的な効果がある.Crystal (142--43) より,主要なものを記事の末尾に挙げた.
 initialism 自体は英語では新しいことではないし,rebus もクイズでお馴染みだ.このような省略を広範に用いる英語の書き言葉変種が現われたということも,特に新しいことではない.例えば中世の写本も各種の省略符合に満ちている.省略の動機づけも,Netspeak と中世の写本の書き言葉のあいだに共通点がある.いずれも入力にかかる労力を減らしたいという欲求は同じであり,コスト削減(ネット上ではパケット料金,写本では高価な紙代)という動機づけも共通する.つまり,具体的な現われこそ省略符号か initialism かで互いに異なるが,動機づけは類似しており,書き言葉の歴史のなかで繰り返し例証されているものである.
 そもそも書き言葉は,表意文字を rebus 的に応用したり,ギリシア文字より前の alphabet では対応する話し言葉に当然含まれていた母音を標示しなかったりと,読み手にある程度の解読作業を要求するものとして出発し,発展してきた([2010-06-23-1]の記事「文字の種類」を参照).Netspeak の書き言葉の変種は,一見革新的に見えるが,文字の当初からの性質を多分に受け継いでいるという点で,意外と保守的と言えるのではないか.

abbreviationoriginal phrase
afaikas far as I know
afkaway from keyboard
asapas soon as possible
a/s/lage/sex/location
atwat the weekend
bbfnbye bye for now
bblbe back later
bcnube seeing you
b4before
bgbig grin
brbbe right back
btwby the way
cmcall me
cusee you
cul8rsee you later
cyasee you
dkdon't know
eodend of discussion
f?friends?
f2fface-to-face
fotclfalling off the chair laughing
fwiwfor what it's worth
fyafor your amusement
fyifor your information
ggrin
galget a life
gd&rgrinning ducking and running
gmtagreat minds think alike
gr8great
gsohgood sense of humour
hhokhaha only kidding
hthhope this helps
icwumI see what you mean
idkI don't know
iircif I remember correctly
imhoin my humble opinion
imiI mean it
imoin my opinion
iouI owe you
iowin other words
iriin real life
jamjust a minute
j4fjust for fun
jkjust kidding
kckeep cool
khufknow how you feel
l8rlater
lollaughing out loud
m8mate
ncno comment
npno problem
oicoh I see
otohon the other hand
pmjipardon my jumping in
ptmmplease tell me more
riprest in peace
rotflrolling on the floor laughing
ruokare you OK?
scstay cool
sosignificant other
solsooner or later
t+think positive
ta4nthat's all for now
thxthanks
tiathanks in advance
ttfnta-ta for now
ttttto tell the truth
t2ultalk to you later
ttyttto tell you the truth
tuvmthank you very much
txthanks
tyvmthank you very much
wadrwith all due respect
wbwelcome back
w4uwaiting for you
wrtwith respect to
wuwhat's up?
X!typical woman
Y!typical man
yiuyes I understand


 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.

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2011-07-22 Fri

#816. homonymic clash がもたらしうる4つの結果 [homonymic_clash][analogy][homonymy]

 homonymic_clash の状況になると,その結果として何が生じるか.Malkiel (2--12) の整理した4つの可能性を要約し,解説しよう.

 (a) 同音異義を示す2語について,当初は衝突の問題を示すが,問題の程度が比較的小さく,曖昧さを排除する他の手段も見つけられる場合には,最終的に(少なくとも形式張ったレジスターでは)併存し続ける.flea (のみ)と flee (逃げる),straighten (まっすぐにする)と straiten (せばめる),lie (横たわる)と lie (嘘をつく)などが例である.
 (b) 一方の同音異義語が他方を駆逐するか,隅に追いやる.勝者の勝因は,(1) 頻度が高い,(2) 既存のパターンに統合しやすい,(3) 適当な代替表現が手近に存在しない,などが考えられる.敗者が駆逐されずに残る場合にも,使用範囲が定型表現に限られるなど大幅な限定を受ける.例えば,cleave (切り裂く)と cleave (くっつく)では,後者は「(ある信念に)執着する」の語義に限定されている.稀なケースでは,両者が消えることもある.
 (c) 同音異義語ではあるが互いに意味が相当に類似している場合には,両者が融合してしまうことがある.例えば,light (軽い)と light (薄い)などは話者によっては意識のなかでは1つの多義語と認識されているかもしれない ([2010-02-07-1], [2011-07-21-1]) .また,融合が部分的であると,もともとの2語と新たに生まれた第3の語とが意味を分け合って,3語すべてが併存する可能性もある.
 (d) 主に屈折接辞について,1つの接辞が2つの文法機能を担っている場合に生じる衝突においては,機能の一方がパラダイム内でその機能に対応する別の典型的な接辞へと形態をシフトさせるケースがある.Malkiel では英語からの例は挙げられていないが,例えば次のようなケースが相当するだろうか.古英語の強変化動詞 slǣpan "sleep" において現在形と過去形の母音が融合したときに,過去形を明示できる弱変化形 slept が用いられるようになったという場合である.Malkiel (7) はこれを "diachronic differentiation" と呼んでいる.他の3つの結果の場合と異なるのは,複数の文法カテゴリーが密接に関わる屈折語尾の homonymic clash では,(b) の「駆逐」という帰結は考えにくい.屈折体系に大きな変化を来たし,リスクが大きいからである.また,代替手段( sleep の例では弱変化過去の dental suffix )が,関連するパラダイムのなかに容易に見つかるのでシフトしやすいということがあるだろう.

 (a), (b), (c) は古典的な分類だが,(d) は Malkiel が独自に提案したものである.従来は単に inflection の問題,あるいは analogy の問題として扱われてきたような例を,改めて homonymic clash の観点から論じなおすことができるのではないかという提案である.
 ほかにも,Malkiel (2) は語幹にかかわる lexical homophone と屈折接辞や派生接辞にかかわる grammatical homophone とを区別したり,homonymy のみならず near-homonymy までを考察の射程に含めるなど,homonymic clash の理論化に貢献している.[2011-04-11-1]の記事「言語変化における同音異義衝突の役割をどう評価するか」で触れたように,homonymic clash については懐疑論者が少なくないが,昨日の記事「polysemic clash?」([2011-07-21-1]) で言及した Menner や今回の Malkiel は,homonymic clash を単に風変わりでおもしろい現象としてだけでなく,文法や意味の変化にも関連する本質的な話題としてとらえるべきだと主張している.私もこの主張に賛成したい.

 ・ Malkiel, Y. "Problems in the Diachronic Differentiation of Near-Homophones." Language 55 (1979): 1--36.

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2011-07-21 Thu

#815. polysemic clash? [homonymy][polysemy][homonymic_clash]

 同音異義衝突 ( homonymic clash ) について関心があり,homonymic_clash の各記事で話題にしてきたが,"homonymic clash" という術語の陥穽に言及したい.
 [2010-02-07-1]の記事「homonymy, homophony, homography, polysemy」で触れたように,homonymypolysemy を区別する境界線はしばしば不明確である.light (軽い)と light (色が薄い)は語源学者にとっては別々の語であり homonyms の話題だが,話者が意味のつながりを感じるのであれば,その話者にとっては polysemes である.反対に,flowerflour は語源学者にとっては同一語根の2つの綴字上の現われであり polysemes にすぎないという議論が可能かもしれないが,一般の話者にとっては別々の語であり homophones とみなされている.仮に学術的に両者の間に境界線を引き得たとしても,意味変化を含む言語変化の担い手はあくまで一般の話者であり,言語変化においては,かれらの言語感覚こそが決定的である.
 homonymy と polysemy の区別が曖昧であるということは,homonymic clash と polysemic clash の区別も曖昧だということである.「軽い」の意味で light を使うのに躊躇する話者は,誤解を避けるために代わりに light weight を用いるかもしれないが,ここで起こっていることは homonymic clash 回避の行動なのか,polysemic clash 回避の行動なのか線引きが難しい.
 あまりに多義的な語は,負担過多を解消するかのように語義のいくつかを消失させたり,場合によっては語そのものを廃用にすることがある.例えば,Holthausen は古英語の ār は "honor, dignity, glory, reverence, mercy, favor, benefit, prosperity, revenue" などの互いに関連するが異なる語義を担っていたが,この機能過多が原因で廃用になったのではないかと示唆している (Menner 243) .もし事実であれば,これは polysemic clash による結果の語の消失ということになるだろう.
 homonymy と polysemy の用語上の区別にこだわらずに衝突の現象を捉えなおせば,衝突の問題が単発の「おもしろい」事例なのではなく,語の意味変化の原理にかかわる重要な論題であることがわかる.Menner (243--44) の同趣旨の言及が的を射ている.

From the point of view of the speaker ignorant of origins, the embarrassment and confusion which is caused by multiplicity of meanings is likely to be as great when a form represents two or more etymologically distinct words as when it represents one. Most students of homonyms and most semanticists pay little attention to this fact, but Jespersen pertinently remarks that 'the psychological effect of those cases of polysemy, where "one and the same word" has many meanings, is exactly the same as that of cases where two or three words of different origin have accidentally become homophones'. Because of this relationship, the conflict of homonyms should not be considered a merely curious and abnormal phenomenon, differing from other linguistic processes. The study of homonymic interference involves the whole problem of the word as an entity and illustrates some fundamental principles of semantics.


 ・ Menner, Robert J. "The Conflict of Homonyms in English." Language 12 (1936): 229--44.

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2011-07-20 Wed

#814. 名前動後ならぬ形前動後 [stress][diatone][statistics][derivation][prefix][suffix][phonaesthesia][-ate]

 同綴りで品詞によって強勢位置の交替する語 (diatone) の典型例である「名前動後」については,[2009-11-01-1], [2009-11-02-1], [2011-07-07-1], [2011-07-08-1], [2011-07-10-1], [2011-07-11-1]の一連の記事で論及してきた.主に名詞と動詞の差異を強調してきたが,形容詞もこの議論に関わってくる([2011-07-07-1]の記事では関連する話題に言及した).強勢位置について,形容詞は原則として名詞と同じ振る舞いを示し,動詞と対置される.いわば「形前動後」である.
 形前動後の事実は,まず統計的に支持される.Bolinger (156--57) によれば,3万語の教育用語彙集からのサンプル調査によると,多音節語について,形容詞の91%が non-oxytonic (最終音節以外に強勢がある)だが,動詞の63%が oxytonic (最終音節に強勢がある)であるという.単音節語については,強勢の位置が前か後ろかを論じることはできないしその意味もないが,単純に動詞と形容詞の個数の比率を取ると動詞が60.7%を占める.単音節語の強勢は通常 oxytonic と解釈されるので,この比率は形容詞に比して動詞の oxytonic な傾向を支持する数値といえよう.
 形前動後という強勢位置の分布に関連して,Bolinger は両品詞の語形成上の差異に言及している.形容詞は接尾辞によって派生されるものが多いが (ex. -ant, -ent, -ean, -ial, -al, -ate, -ary, -ory, -ous, -ive, -able, -ible, -ic, -ical, -ish, -ful) ,動詞は接頭辞による派生が多い (ex. re-, un-, de-, dis-, mis-, pre-) .例外的にそれ自身に強勢の落ちる -ose のような形容詞接尾辞もあるが,例外的であることによってかえって際立ち,音感覚性 (phonaesthesia) に訴えかける 増大辞 ( augmentative ) としての機能を合わせもつことになっている(増大辞については[2009-08-30-1]の記事「投票と風船」も参照).bellicose, grandiose, jocose, otiose, verbose などの如くである.
 当然のことながら,強勢のない接尾辞により派生された多くの形容詞は必ず non-oxytonic となるし,強勢のない接頭辞により派生された多くの動詞は強勢が2音節目以降に置かれることになり oxytonic となる可能性も高い.この議論を発展させるには,各接辞の生産性や派生語の実例数を考慮する必要があるが,接辞による派生パターンの相違が形前動後の出現に貢献したということであれば大いに興味深い.また,名詞の派生も,形容詞の派生と同様に,接頭辞ではなく接尾辞を多用することを考えれば,名前動後の説明にも同じ議論が成り立つのではないだろうか.

 ・ Bolinger, Dwight L. "Pitch Accent and Sentence Rhythm." Forms of English: Accent, Morpheme, Order. Ed. Isamu Abe and Tetsuya Kanekiyo. Tokyo: Hakuou, 1965. 139--80.

Referrer (Inside): [2012-06-29-1]

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2011-07-19 Tue

#813. 英語の人名の歴史 [onomastics][history][loan_word][personal_name][patronymy][hebrew]

 英語の歴史がその話者集団の歴史を色濃く反映しているのと同じように,英語の人名の歴史もまた,その持ち主の集団の歴史を映し出す.人名や地名の語形・語源研究は固有名詞学 (onomastics) と呼ばれるが,今回は特に人名の onomastics に関する充実したサイトを紹介したい.英語人名だけでなく世界中の人名の情報が詰まったサイトである.
 サイトは大きく first name についての Behind the Name: The Etymology and History of First Names と surname についての Behind the Name: The Etymology and History of Surnames に分かれており,名前の概要,姓名の検索,近年の人気の名前,歴代イングランド君主の名前など,様々な情報が収められている.

- Behind the Name: The Etymology and History of First Names: 「名」のサイト.
- General Information of English Names: まずこれを読んで概要を.
- List of English First Names and Meanings: 「名」のブラウズと検索.
- Most Popular First Names: 国別,年代別の「名」のランキング.
- Kings and Queens of England Chronologically: 歴代イングランド君主の「名」の一覧.
- Behind the Name: The Etymology and History of Surnames 「姓」のサイト.
- List of English Surnames and Origins: 「姓」のブラウズと検索.
- Most Popular Surnames: 国別,年代別の「姓」のランキング.

 特に,こちらの概要ページの "History" は必読である.記述をまとめると以下のようになる.

 ・ 古英語期の名前は原則として,広くはゲルマン語語彙,狭くは古英語語彙に由来するものだった.これは,古英語語彙の97%がゲルマン系の本来語であることに対応する([2010-05-16-1]の記事「語彙数とゲルマン語彙比率で古英語と現代英語の語彙を比較する」を参照).通常2要素から成り (dithematic) ,戦いに関する語彙が多く用いられた.
 ・ 8世紀後半より,古ノルド語名が英語に入り始めた.-son をつける父称 (patronym) の習慣は古ノルド語に由来する.
 ・ 1066年のノルマン・コンクェスト後の数十年の間に大部分の古英語名が Richard, William, Henry などの Norman French 名に置き換えられた.非常に多数が現代英語に継承されている.現代に残る古英語名は Edward, Alfred, Audrey, Edith など少数である.
 ・ いくつかの古英語名はまた大陸ゲルマン語の同根語に置き換えられた.Robert, Roger など.
 ・ 13世紀以降,教会の推奨で John, Matthew, Mary, Peter, Luke, Stephen, Paul, Mark などの Christian name がつけられるようになる.洗礼名は聖人の名前に基づくものであり,古代ギリシア語ラテン語,ヘブライ語起源が多かった.
 ・ 16世紀,Henry VIII による宗教改革によりカトリック的な聖人の名前は流行らなくなり,代わって聖書に基づく名前が多くつけられるようになった.
 ・ 特に,17世紀の清教徒たちは Adam, Eve, Daniel, David, Isaac, Michael, Noah, Rachel, Rebecca などの旧約聖書に基づく名前や,Prudence, Charity, Constance, Temperance などの美徳を表わす名詞を採用した.後者の多くは18世紀に廃れたが,現在 Hope, Faith, Joy などが残っている.
 ・ 17世紀よりを名として用いる習慣が現われた.この習慣はイギリスよりもアメリカで強い.
 ・ 18, 19世紀には古い名前が復活し,Miranda, Jessica, Wendy などの文学的名前Hector, Diana, Arthur などの神話的名前が導入された.
 ・ Victoria 朝には Ruby など通常の語彙を用いる名前が導入された.
 ・ 現代の名前は創作名既存の名前の異綴りSidney に代わって Sydney など),他言語からの借用語などにも彩られている.

 英語の名前に関しては,[2010-12-08-1]の記事「last name はいつから義務的になったか」や[2009-09-14-1]の記事「オランダ・フラマン語から借用した指小辞 -kin」も参照.

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2011-07-18 Mon

#812. The sooner the better [comparison][article][instrumental][interrogative_pronoun]

 昨日の記事「the + 比較級 + for/because」 ([2011-07-17-1]) の構文と関連して,標題の「the + 比較級, the + 比較級」の構文を取り上げないわけにはいかない.受験英語ではお馴染みの構文である.

 (1) The older we grow, the weaker our memory becomes.
 (2) It becomes (the) colder the higher you climb.
 (3) The more facts you've got at your fingertips, the more easy it is to persuade people.


 注意事項を挙げれば,通常は (1) のように用いられ「従属節, 主節」の順序になるが,(2) のように「主節, 従属節」の順にすることもできる.この場合,主節の the は省略可能である.また,(3) の the more easy のように,通常は more による迂言形をとらない語でも,この構文では more をとることがある.
 昨日の「the + 比較級 + for/because」構文の場合と同様に,本構文の the は両方とも古英語 se の具格形 (instrumental) に遡る.この構文で,前の The は "by how much" 「どれだけ」の意の関係副詞として,後の the は "by so much" 「それだけ」の意の指示副詞として機能しており,両者が呼応して「…すればするほどますます…」の意味を生み出している.OED の初例は,King Alfred の Pastoral Care (ca. 897) より.(中英語からの例は MED entry for "the (adv.)", 1. (c) を参照.)

Ðæt her ðy mara wisdom on londe wære, ðy we ma ȝeðeoda cuðon.


 古英語の具格の一用法に由来する副詞(関係副詞と指示副詞)としての the が現存しているというのはそれだけでも驚きである.現代英語でかつての具格の機能を体現している語は他にはない.いや,1つだけ why がある.why は機能ばかりか形態もかつての具格の痕跡を残しており,まさに化石中の化石である.[2009-06-18-1]の記事「『5W1H』ならぬ『6H』」で古英語の疑問代名詞の屈折表を見たが,whywho に相当する語の中性具格形にすぎない.「何によって,何で」から「なぜ」の意味が生じた.
 今回扱っている「the + 比較級, the + 比較級」構文が生きた化石と考えられるのは,指示詞の具格が生き残っているからばかりではない.接続詞(関係副詞)と指示詞が呼応する構文は,"when . . . (then)", "where . . . (there)", "if . . . (then)", "although . . . (yet)" など現代英語にも数種類あるが,接続詞側と指示詞側に同じ語を用いるのは,the 以外にはない.古英語では þā . . . þā . . . "when . . ., (then)" や þǣr . . . þǣr . . . "where . . ., (there)" など,両方に同じ語の用いられる例が他にあったことを考えれば,「the + 比較級, the + 比較級」構文は改めて珍奇な化石なのである.

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2011-07-17 Sun

#811. the + 比較級 + for/because [comparison][article][oe][instrumental][owl_and_nightingale]

 標題の構文は,しばしば forbecause などの原因を表わす句や節を伴い「それだけいっそう,ますます,かえって?」の意味を表わす.例文をいくつか挙げる.

- I was the more upset because he blamed me for the accident.
- I like him all the better for his human weaknesses.
- If we plant early, it will be all the better for our garden.
- The danger seems to make surfing the more exciting.
- She began to work the harder, because her salary was raised.
- If you don't like it, so much the worse for you
- The child was none the worse for being in the rain all night.
- She doesn't seem to be any the worse for her bad experience.


 この the は古英語の指示詞 se の具格 (instrumental case) の þȳ に遡る([2009-09-28-1]の記事「古英語の決定詞 se の屈折」の屈折表を参照).これは "by so much" ほどの指示副詞的な意味を表わし,後続する比較級を限定した.したがって,標題の構文は古英語から用いられている古い構文である.
 The Owl and the Nightingale (O&N) の冒頭 (ll. 19--20) に,この構文が現われる.Cartlidge 版から現代英語訳とともに引用する.

Ho was þe gladur uor þe rise,
& song a uele cunne wise.

She [The nightingale] was happy having the branches around her
and she sang in all sorts of different modes.


 Ho は "nightingale" を指し,þe gladur uor þe rise 「枝があるがゆえにいっそう嬉しかった」と解釈できる.だが,前後の文脈を読んでも,なぜ枝があるといっそう嬉しいのか判然としない.ここでは構文とは別に文学的な解釈が必要のようだ.Cartlidge の注によると,"Ich habbe on brede & eck on lengþe / Castel god on mine rise." (ll. 174--75) とあるように枝を自分の城としているくらいだから,ナイチンゲールにとって枝はさぞかし重要なのだろうということがわかる.また,詩人は中世の諺 Arbore frondosa cantat philomena iocosa "A nightingale sings happily in a leafy tree" に言及しているのではないかとも言われる.the 1つを解釈するのもたやすくない.たかが the されど the である.
 中英語における副詞の the の用例については,MED entry for "the (adv.)", 1. (a) を参照.

 ・ Cartlidge, Neil, ed. The Owl and the Nightingale. Exeter: U of Exeter P, 2001.

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2011-07-16 Sat

#810. -ly 副詞の連続は cacophonous か [adverb][suffix][euphony][-ly]

 昨日の記事「euphony and cacophony」([2011-07-15-1]) に関連して,cacophony の話題を1つ.規範的な見解によると,extremely carefully のような -ly 副詞の連続は避けるべきとされる.この場合には,with extreme care などの代替表現を用いるのが適切とされる.Fowler's Modern English Usage の "-ly" の項 (p. 473) にも,-ly 副詞の連続が規範的には好まれないという旨,解説がある.

Considerations of euphony and meaning make it desirable to avoid placing two -ly adverbs in succession when their function in the sentence is different. Thus We are utterly, hopelessly, irretrievably, ruined is acceptable because each of the -ly adverbs has the same relation to ruined. But the following show slightly uneuphonious contiguities: Many of the manuscripts were until comparatively recently in the keeping of Owen's family---English, 1987; he reverts to it (apparently disbelievingly) on several occasions---Encounter, 1987; Appearing relatively recently, Kyra represented change---New Yorker, 1987. The cruder type Soviet industry is at present practically completely crippled is avoidable by substituting almost for practically.


 ここでは,部分的に euphony の観点から(つまり cacophony として) -ly の連続の非が論じられているが,この問題に euphony あるいは cacophony の観点を持ち込むことはできないのではないか.引用内で明示されているとおり,複数の -ly 副詞が等位接続されて全体としてある形容詞や副詞にかかる場合には,問題なく容認される.むしろ,この場合には脚韻により強意の効果が増幅されており,euphonious であるとすら解釈されうる.
 ところが,統語的に等位の関係ではなく従属の関係を示す comparatively recently のような例では,規範的には容認度が落ちると述べられている.その理由は,引用内に明示はされていないが,議論の流れからすると cacophonous だからということになろう.euphony や cacophony は音(連続)に関する評価を表わす用語であり,統語論・意味論に言及するものではないことを前提とすれば,同じような -ly 副詞の連続が,かたや euphony でかたや cacophony であると評価されるのは妙である.-ly 副詞の連続が忌避されるのは,もっぱら統語意味論的な基準によるのではないだろうか.
 しかし,cacophony の観点を完全に無視するわけにいかないのかもしれない.等位関係と従属関係とでは抑揚と強勢のパターンが異なるが,この微妙な差異が euphony と cacophony とを分けている可能性がある.あるいは,原則として cacophonous ではあるが,等位接続された -ly は強意を増幅させる文体的効果ゆえに容認度が上がると考えることができるかもしれない.
 接尾辞 -ly については,[2009-06-07-1]の記事「接尾辞 -ly は副詞語尾か?」を参照.

 ・ Burchfield, Robert, ed. Fowler's Modern English Usage. Rev. 3rd ed. Oxford: OUP, 1998.

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2011-07-15 Fri

#809. euphony and cacophony [phonetics][euphony][assimilation][terminology]

 楽音と同様に,言語音にも快音と不快音がある.euphony 「快音調」と cacophony 「不快音調」の区別は,単音についても言えるし,音連続についても言える.一般には (1) 調音位置の非常に異なる音が連続する,(2) 子音群が連続する,(3) 同一音が近接して連続する,などの場合に cacophonous とみなされることが多いが,快不快はあくまで主観的な基準であり,言語や文化によってとらえ方は異なる.英語においては,柔らかい,流れるような,融合的な音が euphonious とみなされることが多く,具体的には長母音,半母音 /j, w/ ,鼻音や流音 /l, m, n, r/ が快音調の代表である.
 聴いて快適であるのと発音しやすいのとは別のことではあるが,関連はしている.特に後者は英語の形態論や統語論に少なからぬ影響を与えている.潜在的な異形が存在する場合に,cacophony を回避し euphony を得るという目的で,ある形態が選択されているように見える例がある.*a apple ではなく an apple, *Amn't I ではなく Aren't I, *tobaccoist ではなく tobacconist ( n の挿入については[2011-07-03-1]の記事「nightingale」を参照), *for conscience's sake ではなく for conscience' sake, *inpossible ではなく impossible などである.最後の例のような同化 (assimilation) も euphony の一種といえるだろう.
 このように,euphony が異形の選択に影響力をもっているように見える例はいくつもあるが,決定的な力をもっているかと言えばそうではないだろう.その言語の音素配列,語法の慣習,類推作用などがより強い影響力を有していることが多く,euphony は,[2011-04-09-1]の記事「独立した音節として発音される -ed 語尾をもつ過去分詞形容詞 (2)」で触れた eurhythmy と同様に,常に効いてはいるが相対的に弱い力として考えられる.
 では,cacophony は常に嫌われ者かといえば,R. Browning や Hopkins のような詩人にとってはむしろ武器であった.彼らは cacophony を積極的に利用することで,新鮮な音連続を作り出し,詩的効果を狙ったのである.

Referrer (Inside): [2011-07-16-1]

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2011-07-14 Thu

#808. smileys or emoticons [netspeak][writing][punctuation]

 電子メールにおいて日本語の顔文字は (^_^)V や (>_<) などの直立体のものが多いが,対応する英語の smiley あるいは emoticon は左回りに90度傾けたものが普通である.Crystal (132) より,ジョークも含めて例を列挙しよう.広く一般的に用いられているのは,せいぜい最初の2つくらいである.

Basic smileys
:-)pleasure, humour, etc.
:-(sadness, dissatisfaction, etc.
;-)winking (in any of its meanings)
;-( or :~-(crying
%-( or %-)confused
:-o or 8-oshocked, amazed
:-] or :-[sarcastic
Joke smileys
[:-)User is wearing a Walkman
8-)User is wearing sunglasses
8:-)User is wearing sunglasses on head
:-{)User has a moustache.
:*)User is drunk
:-[User is a vampire
:-EUser is a bucktoothed vampire
:-FUser is a bucktoothed vampire with one tooth missing
:-~)User has a cold
:-@User is screaming
-:-)User is a punk
-:-(Real punks don't smile
+-:-)User holds a Christian religious office
o:-)User is an angel at heart


 90度傾いているのは,キータイプ数を省略できるからだろう.日本風の直立体では顔を描くのに (^^) など最低4文字は必要だが,smiley では :-) など3文字程度ですませられることが多い.
 話し言葉では,話者の微妙な心的態度は身振り,表情,声音または抑揚を含めた超分節的な要素で容易に表わしうるが,書き言葉で同様の心的態度を表現するには別の工夫が要る.大文字使用,空白取り,アステリスクによる強調など句読法 (punctuation) の工夫が多いが,上記のような smiley も効果的である.ここには,話し言葉のもつ伝達能力の一端を書き言葉に持ち込もうとする書き手の表現欲求が感じられる.
 smiley や emoticon のより包括的なリストはネット上を探すといろいろと見つかるが,例えば以下のページを参照.

 - Recommended Emoticons for Email Communication For AIM, AOL, MSN, Yahoo and Others
 - List of Emoticons and Smileys

 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.

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2011-07-13 Wed

#807. 言語系統図と生物系統図の類似点と相違点 [family_tree][indo-european]

 言語変化の例をいろいろと見ていると,「言語は生き物である」という謂いが当を得た表現であるように思われてくる.おそらく言語と生物の比喩の歴史はかなり古いと思われるが,とりわけ19世紀には Darwinism の影響で言語と生物の類似性が前提とされた.現在でも,19世紀よりも洗練された方法でではあるが,言語変化に進化論を適用しようとする立場がある.例えば,Samuels の Linguistic Evolution などはその代表である.
 私たちが自然と受け入れている印欧語系統図 ([2009-06-17-1]) も,言語と生物の比喩の最たるものだろう.言語の系統図が,生物の系統図(あるいはより身近には家系図)の発想に基づいていることは言うまでもない.しかし,比喩はどこまでも比喩であり,限界があるはずである.言語は生物と多くの点で類似しており,それゆえに系統図なども描けるが,一方で言語と生物の相違点も多くある.では,両者の比喩が有効なのはどの範囲においてであり,その限界はどこにあるのか.あまり取り上げられることのないこの問題について考えてみることで,言語の特徴が浮き彫りになるかもしれない.
 先日の授業にて「言語系統図と生物系統図の類似点と相違点」のブレストを行なった.以下は,授業中に提出された意見と授業後に思いついた追加項目を箇条書きにしたものである.

 ・ 生物における系統は DNA という物的証拠に支えられているが,言語においては DNA の対応物が何であるか不明
 ・ 生物では近い種の間でしか交配できないが,言語ではどんなに互いに異なっていても交配が可能(例えば,各種のピジン語)
 ・ 生物では2者間でしか交配できないが,言語では理論的には3者以上の間での交配が可能
 ・ 生物では異なる世代どうしの交配はありえないが,言語では現代語と古語の混合は理論的に可能
 ・ そもそも言語における交配とは何を意味するのかが自明ではない
 ・ 言語には生物の雌雄に相当するものがなく「無性生殖」である
 ・ 生物では通常世代順に死んでゆくが,言語では親のほうが長生きする可能性がある
 ・ 「長生き」という表現自体が比喩であり,そもそも言語には平均寿命なる概念がない
 ・ 同様に「親子」という表現自体が比喩であり,言語には世代交代という概念がない
 ・ 生物では個体の生存中に種としての特徴が変化することはないが,言語では異なる種への移行とみなしうる著しい特徴の変化もあり得る
 ・ 生物では個体がそれぞれ生きる主体だが,言語では個別言語はそれ自身が主体なのではなく,話者によって生かされているにすぎない
 ・ (現代の技術では)失われた生物種の復元は不可能だが,失われた言語については,その言語的知識が詳細に記録されてさえいれば人為的に復活させることは不可能ではない
 ・ 生物の遺伝においては優勢と劣勢という概念があるが,言語には明確な対応物がないように思える
 ・ 同様に,生物における突然変異に相当するものが言語では何であるか不明

 ブレストをしてみてわかったが,言語(学)のみならず生物(学)のことをよく知っていないと正確な意見が出せないようだ.それでも,上記の各点は,印欧語系統図を眺める上での重要な注意点を示しているように思われる.印欧語系統図はあたかも万世一系であるかのようなきれいな系統を示すが,実際には同世代間,異世代間の言語どうしの交配(影響)が様々にあったはずである([2010-05-01-1]の記事「言語における系統影響」を参照).また,新しい言語の誕生がノードで明確に表現されているが,実際にはどの点で「世代交代」が生じているのかは判然としない(ラテン語はいつからフランス語になったのか,英語はいつから英語になったのか,などの問題.関連して,[2011-05-03-1]の記事「英語の『起源』は複数ある」も参照.).
 印欧語系統図は,直感的には受け入れやすい言語と生物の比喩に立脚しているが,実際には多くの盲点があることに注意したい.

 ・ Samuels, M. L. Linguistic Evolution with Special Reference to English. London: CUP, 1972.

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2011-07-12 Tue

#806. what with A and what with B [interrogative_pronoun][adverb][idiom]

 what with A and (what with) B という構文がある.文頭や文末で「AやらBやら(の理由)で」と(通常よくない)理由を列挙するのに用いられる.いくつかの辞書では "spoken" や "informal" とレーベルが与えられている.以下に例文を挙げるが,最後の例のように,and で列挙されないケースもあるようだ.

- What with the wind and the rain, the game was spoiled.
- What with drink and (what with) fright he did not know much about the facts.
- What with storms and all, his return was put off.
- What with one thing and another, I never get any work done.
- What with the cold weather and my bad leg, I haven't been out for weeks.
- She couldn't get to sleep, what with all the shooting and shouting.
- They've been under a lot of stress, what with Joe losing his job and all.
- I'm very tired, what with travelling all day yesterday and having a disturbed night.
- The police are having a difficult time, what with all the drugs and violence on our streets.
- What with the freezing temperatures, they nearly died.


 『ランダムハウス英和辞典』ではこの what は副詞として「《with を伴って》いくぶんは,ひとつには,…やら(…やら)で.」と解説がつけられている.要するにこの what は "partly" 「いくぶん,部分的に」ほどの意味を表わしていると考えてよい.では,この副詞用法の what の起源は何か.
 それは不定代名詞としての用法に遡る.疑問代名詞の what は,古くから「何か」 "something" の意の不定代名詞としても用いられていた.この不定代名詞用法の名残は「あることを教えてあげるよ」を意味する現代の慣用表現 I'll tell you what.You know what? に見られる.この "something" に相当する語法が副詞として転用され,「いくぶん,多少なりとも」の意味を生じさせた.現代の不定代名詞 something 自体も,以下の例文に見られるように副詞的な用法を発達させてきているので,比較できるだろう.

- The song sounded something like this.
- The sermon lasted something over an hour.
- He was snoring something terrible last night


 OED の "what" D. II. 2. (b) によると,with だけでなくかつては for とも構文をなしたようだが,現在では後者は行なわれていない.細江 (114--15) の例文と注も参照.

 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

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2011-07-11 Mon

#805. 将来,名前動後になるかもしれない語 [stress][diatone][lexical_diffusion]

 昨日の記事「名前動後の単語一覧」 ([2011-07-10-1]) では現代英語における「名前動後」の語を示したが,一昨日の記事「名前動後の通時的拡大」([2011-07-09-1]) から示唆されるように,現在「名後動後」を示している oxytone の語も今後「名前動後」化してゆく可能性が大いにある.Sherman は,2音節語に限れば215語がその候補として挙げられるとしており,その一覧を示している (実際に数えると213語のみ) .その一覧を以下に再現.

abuse, accord, account, advance, affront, alarm, amount, appeal, approach, array, arrest, assault, assent, assign, attack, attaint, attempt, attire, award, bastille, bespeak, blockade, brigade, brocade, canoe, career, caress, carouse, cartoon, cascade, cashier, chagrin, chicane, collapse, command, compare, conceit, concern, consent, control, croquet, crusade, cuirass, debate, debauch, decay, decease, decline, decree, default, defeat, delay, delight, demand, demean, demise, demur, derout, design, desire, despair, devise, direct, distain, disease, disgrace, disguise, disgust, dislike, dismay, dismount, dispatch, display, dispraise, dispute, disquiet, dissent, dissolve, distress, distrust, disuse, divide, divine, divorce, dragoon, eclipse, effect, embrace, employ, entail, escape, escheat, essoin, estate, esteem, exchange, excuse, exempt, exhaust, express, festoon, finesse, galosh, garage, garotte, guitar, halloo, harpoon, hello, hollo, hurrah, incuse, japan, lament, lampoon, machine, manure, marcel, maroon, massage, misprize, misrule, mistake, mistrust, misuse, neglect, obstruct, parade, parole, patrol, pirouette, police, pomade, pontoon, preserve, profane, ratoon, ravine, rebuff, rebuke, rebus, receipt, recruit, reform, refrain, regale, regard, regret, release, remand, remark, remove, repair, repeal, replay, reply, report, repose, reprieve, reproach, repulse, repute, request, reserve, resist, resolve, resort, respect, respond, result, retard, retort, retouch, retreat, retrieve, return, reveal, revenge, reverse, revert, review, revise, revoke, revolt, revolve, reward, romance, salaam, salute, secure, shampoo, siamese, silhouette, stampede, stockade, supply, support, suppose, surmise, surprise, surround, syringe, taboo, tattoo, tehee, traject, travail, trepan, trephine, trustee, vandyke, veneer, vignette


 このリストをそのまま Frequency Sorter に流し込むと,頻度の高い語が多く含まれていることが分かる.上位500語までにランクインする語を拾うと,effect, result, report, police, control, return, support が挙がる.これらもいつの日か「名前動後」の仲間入りを果たすことになるのだろうか.
 語彙拡散 (Lexical Diffusion) の観点からは,どの語がいちはやく名前動後化しやすいかという条件を突きとめることが重要となる.接頭辞による区別や,語としてのあるいは品詞ごとの頻度が関与するのかもしれないが,これは今後の調査課題となろう.

 ・ Sherman, D. "Noun-Verb Stress Alternation: An Example of the Lexical Diffusion of Sound Change in English." Linguistics 159 (1975): 43--71.

Referrer (Inside): [2015-08-14-1] [2011-07-20-1]

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2011-07-10 Sun

#804. 名前動後の単語一覧 [diatone][stress][prefix]

 「名前動後」あるいは diatone について diatone の各記事で話題にしてきたが,[2009-11-01-1]の記事「名前動後の起源」で示した名前動後の語の一覧(30語)よりも包括的な一覧があると便利である.そこで,Sherman (57--67) に掲載されている SOED から取り出された 150の disyllabic diatones の一覧を,以下に再現したい.

abstract, accent, addict, address, affix, affect, alloy, ally, annex, assay, bombard, cement, collect, combat, commune, compact, compound, compress, concert, concrete, conduct, confect, confine, conflict, conscript, conserve, consort, content, contest, contract, contrast, converse, convert, convict, convoy, costume, decoy, decrease, defect, defile, descant, desert, detail, dictate, digest, discard, discharge, discord, discount, discourse, egress, eject, escort, essay, excerpt, excise, exile, exploit, export, extract, ferment, impact, import, impress, imprint, incense, incline, increase, indent, infix, inflow, inlay, inlet, insert, inset, insult, invert, legate, misprint, object, outcast, outcry, outgo, outlaw, outleap, outlook, outpour, outspread, outstretch, outwork, perfume, permit, pervert, post-date, prefix, prelude, premise, presage, present, produce, progress, project, protest, purport, rampage, rebate, rebel, rebound, recall, recast, recess, recoil, record, recount, redraft, redress, refill, refit, refund, refuse, regress, rehash, reject, relapse, relay, repeat, reprint, research, reset, sojourn, subject, sublease, sub-let, surcharge, survey, suspect, torment, transfer, transplant, transport, transverse, traverse, undress, upcast, upgrade, uplift, upright, uprise, uprush, upset


 一覧を眺めるとわかるように,接頭辞ごとの塊で例が挙げられている.多くが「接頭辞+語根」という語形成で成っており,その大部分がラテン・フランス借用語だが,out- や up- という本来語の接頭辞を含む派生語も17語 (11.33%) ある.また,in- や mis- は英語にもフランス語にも共有されている接頭辞である.このように見ると「接頭辞+語根」から成る2音節語は,本来語か借用語かにかかわらず「名前動後」の重要なソースとなりうることがわかる.

 ・ Sherman, D. "Noun-Verb Stress Alternation: An Example of the Lexical Diffusion of Sound Change in English." Linguistics 159 (1975): 43--71.

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2011-07-09 Sat

#803. 名前動後の通時的拡大 [stress][diatone][drift][speed_of_change][lexical_diffusion]

 「名前動後」の起源について[2009-11-01-1], [2009-11-02-1], [2011-07-07-1], [2011-07-08-1]の記事で議論してきたが,その通時的拡大の事実についてはまだ紹介していなかった.
 Sherman は,SOEDWeb3 の両辞書に重複して確認される名詞と動詞が同綴り (homograph) である語を取り出し,そのなかで強勢交替を示す語を分別した.音節数別に内訳を示すと,以下の通りとなる (Sherman 51) .


potential diatonicsactual diatonics
disyllabic N-V pairs1,315150 (11.41%)
trisyllabic44270 (15.84%)
polysyllabic1,757220 (12.52%)


 対象を2音節語に限定すると,1315語あるが,そのなかで強勢交替を示すものは実は150語 (11.41%) にすぎない.強勢交替を示さない1165語について見てみると,名詞・動詞ともに強勢が第2音節に置かれている oxytone は215語,第1音節に置かれている paroxytone は950語で後者が圧倒している.「名前動後」は現実以上に話題として強調されすぎており,実際には「名前動前」が支配的だという結果が出た.
 近代期以降の通時的観察によると,「名後動後」という oxytone の語が,名詞について強勢を前寄りに繰り上げるという方向での変化が多いという (Sherman 53, 55) .「名前動後」の diatone を表わす2音節語は近代英語期からゆっくりと確実に分布を広げてきており,20世紀半ばまでに150語に達している.以下の「名前動後」の通時的推移を表わすグラフは,Sherman (54) のグラフに基づいて再作成したものである(ただし,19世紀と20世紀についての数値は "tentative" とされている),

Lexical Diffusion of Diatones


 Sherman の研究は,語彙拡散 (Lexical Diffusion) の例を提供していると考えられるかもしれない重要な研究である.この曲線が,語彙拡散の予想するS字曲線に沿っているのかどうかはまだ判然としないが,この数百年の潮流を観察すれば,今後も名前動後が少しずつ増えてゆくだろうことは容易に予想される.
 この論文は何度か読んでいるが,研究の計画・手法,使用する資料,事実の提示法,論旨にいたるまで実によくできており,スリル感をもって読ませる好論である.

 ・ Sherman, D. "Noun-Verb Stress Alternation: An Example of the Lexical Diffusion of Sound Change in English." Linguistics 159 (1975): 43--71.

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2011-07-08 Fri

#802. 名前動後の起源 (4) [stress][diatone][germanic][conversion][drift][systemic_regulation]

 [2009-11-01-1], [2009-11-02-1], [2011-07-07-1]の記事で「名前動後」の起源を扱ってきた.昨日の記事[2011-07-07-1]では,「名前」の部分はゲルマン語に内在する語頭強勢の傾向で説明されるが,「動後」を支持する動機づけがいまだ不明であるとして文章を閉じた.
 しかし,そこにはごく自然な動機づけがあるように思われる.名詞と動詞の発音上の区別化である.名前動後をなす diatones のペアは[2009-11-01-1]の記事で列挙したとおりに多数あるが,いずれも綴字上は区別がつけられないものの,発音上は明確に区別される.品詞転換 (conversion; see [2009-11-03-1]) を得意とする英語のことであるから,たとえ同形で発音上の区別がつかなくとも統語的に混乱をきたすことはないだろうが,それでも強勢の位置で品詞の区別がつけられるならば,それに越したことはないということではないだろうか.
 [2011-02-11-1]の記事「屈折の衰退=語根の焦点化」で述べた通り,英語には屈折語尾の摩耗という drift によって発生した語根主義とでもいうべき特徴がある.語根主義が conversion という語形成の過程を促進してきたことは確かだが,それは品詞の区別を積極的になくすことを指向しているものではない.複雑な語形成過程を経ずに品詞を転換させるという利便性に光を当てるものであり,品詞の区別を曖昧にすることをとりわけ推進しているわけではないだろう.品詞の区別を保ったまま,かつ最小限の語形成過程で(例えば)名詞から動詞を派生できる妙法があれば,それに越したことはない.そして,この両方の要求に応える妙法として,名前動後という強勢の配分が編み出されたのではないか.名詞でも動詞でも語根は同一だが,強勢を移動させて区別を保つ --- これを妙法と呼ばずして何と呼ぼうか.conversion を促進するゲルマン的な drift に静かに逆らう小さな機能主義的 (functionalist) な潮流 --- 現代英語の名前動後の現象をこのように捉えることができるかもしれない.

Referrer (Inside): [2011-07-20-1] [2011-07-09-1]

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2011-07-07 Thu

#801. 名前動後の起源 (3) [stress][diatone][germanic][-ate]

 [2009-11-01-1], [2009-11-02-1]の記事で「名前動後」の起源に関連して,ゲルマン語としての背景を説明した.関連する話題は,[2011-04-15-1]の記事「英語の強勢パターンは中英語期に変質したか」でも扱った.
 英語の多くの多音節語(主としてラテン・フランス借用語)で強勢の分布が名前動後となるこの現象について,Bolinger は名詞(および形容詞)と動詞の文中での位置の差異という観点から論じている.以下に関連する箇所を引用する.

. . . stress patterns are apt to congeal in the way position in the sentence may predispose them, which means that nouns and adjectives will tend to be forestressed, verbs to be end-stressed, and ultimately, in many cases, to carry this stress with them regardless of position. (164)

English seems to be more averse to postponing the first of the two major accents than to anticipating the second. While nouns and adjectives are certainly free to occur in terminal positions, their somewhat greater frequency early in the sentence brings them under the influence of this more consistent pull to the left. The pull to the right at the end is weaker, except in emphatic utterances, but since verbs are less free to roam they are more apt to it. (164fn)


 この Bolinger の議論を補足しながら発展させると次のようになろうか.本来的に第1強勢と第2強勢をもつ多音節語は,デフォルトでは語頭に第1強勢が配される.これは,英語(というよりもゲルマン語)の強勢の癖を反映したものである (see [2009-10-26-1]) .特に名詞や形容詞がこの癖を強く反映するのは,文の比較的早い段階で現われる確率が高いからである.もちろん,名詞や形容詞は他の語類に比べれば文中での位置に制限の少ない語類であり,文の末尾にかけて現われることが少ないというわけではない.ただ,例えば動詞に比べれば文頭にかけて現われることが多いということである.
 一方,動詞は上述の癖に相対的に従いにくい.動詞の文中での位置は名詞や形容詞ほど自由ではなく,文末にかけて生起する確率が高い.英語の抑揚パターンでは文の最後にくる強勢音節が核となるので,文末に置かれやすい動詞の語末に配される第2強勢が弱化する確率は低い.名詞や形容詞に対して,第2強勢が保たれやすいのはこのためである.( associate, duplicate, estimate などの -ate をもつ語の多くは,名詞では最終音節の母音が曖昧母音となるが,動詞では第2強勢が保たれていることに注意.)
 文中のどの位置に相対的に現われやすいかという点での名詞・形容詞と動詞の差異が,それぞれの品詞における第2強勢の振る舞いの差異につながっているという視点は興味深い.ここまでの議論を受け入れるとすれば,名前動後の分布にたどりつくまであと一歩である.名詞は前寄りの強勢で固まったが,動詞はまだ語末に第2強勢が残っている.これが第1強勢に格上げされさえすれば「動後」となる.では,この格上げの動機づけは何だったのだろうか.Bolinger はそこまでは述べていない.

 ・ Bolinger, Dwight L. "Pitch Accent and Sentence Rhythm." Forms of English: Accent, Morpheme, Order. Ed. Isamu Abe and Tetsuya Kanekiyo. Tokyo: Hakuou, 1965. 139--80.

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2011-07-06 Wed

#800. you による ye の置換と phonaesthesia [personal_pronoun][sound_symbolism][phonaesthesia]

 近代英語期に,本来の2人称単数代名詞 thou が対応する複数の you に取って代わられた背景については,これまでにも多くの記事で触れてきた ([2009-10-11-1], [2009-10-29-1], [2010-02-12-1], [2010-03-26-1], [2010-07-11-1], [2010-10-08-1], [2011-03-01-1]) .2人称代名詞系列の整理に関して事情がややこしいのは,それと同時に本来の主格 ye が対格・与格の you に呑み込まれていったという,もう一つの変化が関わってくることである.前者の thou/you 置換については主に語用論的に研究が盛んだが,後者の you/ye 置換についての研究はあまり聞き覚えがない.
 [2009-12-25-1]の記事「phonaesthesia と 遠近大小」で掲げた表を眺めていて,ふと気付いたことがある.you/ye 置換には phonaesthesia が関与しているのではないか,ということである.その表によれば,1人称代名詞 は「近い」語として前舌母音を用いる傾向があるのに対して,2人称代名詞は「遠い」語として後舌母音へ偏っているとされる.そこでは me, we, you を例として挙げたが,もう少し範囲を拡大すれば I, my, me, mine もすべてどちらかといえば前舌母音の部類である.大母音推移前の発音を想定すれば,余計に前舌である.一方,you, your, yours はいずれも後舌母音である.ただし,1人称複数代名詞 we の屈折形を考慮に入れると,us, our, ours などの母音はどちらかといえば後舌母音の部類に属し,ここでは phonaesthesia の遠近対立があてはまらない.
 このように phonaesthsia はあくまで弱い説明であることを認めつつも,あえてこの視点から you/ye 置換を考えてみれば,you の後舌母音が「遠い」2人称代名詞にはより適切だったということがいえるのではないか.さらに,大母音推移前の発音としてではあるが,thouyou との脚韻の成立も you の主格への昇格を促す要因だったのではないか.(ちなみに,you が大母音推移を経なかったのは /j/ によるブロックとされる.他例に youth があり.[2009-11-12-1]の記事「<U> はなぜ /yu:/ と発音されるか」も参照.)
 閉じた語類は内部に体系性や対称性を示す傾向が強い.[2009-12-25-1]の表で phonaesthesia の遠近対立の例として挙げたものも,すべて閉じた語類である代名詞や指示詞である.証明は難しいのかもしれないが,ye に代わる形態として you が選択された経緯には,体系性の指向と phonaesthesia という,言語に内在する微弱ではあるが普遍的な傾向が関与しているのではないか.

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2011-07-05 Tue

#799. 海賊複数の <z> [plural][netspeak][suffix][corpus][z][alphabet]

 複数形ウォッチャーとして,気になる複数接尾辞がある.発音は -s の場合と同様だが,綴字が <z> となる「z 複数」である.Crystal (137) が以下のように指摘していた.

New spelling conventions have emerged, such as the replacement of plural -s by -z to refer to pirated versions of software, as in warez, tunez, gamez, serialz, pornz, downloadz, and filez. (137)


 それぞれ発音の差異を伴わない完全に綴字上の異形態だが,いかがわしい効果は抜群である.このいかがわしさが何に由来するのかといえば,<z> の文字自体のもつ異様さだろう.[2010-07-17-1]の記事「しぶとく生き残ってきた <z>」で取りあげたように,<z> はきわめて影の薄い文字だが,<s> の明らかに期待されるところで <z> が前景化されるとやけに目立つ.
 しかし,「海賊複数」 ( plural of piracy ) とでも呼びたくなるこの <z> 接尾辞(字)の使用は,現在では NetSpeak での隠語としての使用に限定されているようだ.COCA ( Corpus of Contemporary American English ) の検索によると,warez で4例がヒットした( warez 以外の上掲の語はヒットなし).以下はそのうちの1例で,2004年の Houston Chronicle からの記事である.

CW Shredder - www.spyware info.com/merijn/ Developed by the same author as Hijack This!, CW Shredder removes a very common piece of spyware known as the Coolwebsearch Trojan. It takes advantage of a flaw in a key component of Windows - Microsoft's version of the Java Virtual Machine - to install itself via pop-ups often found on porn and illegal software (a.k.a. "warez") sites.


 他に BNCweb で "*z_NN2" として検索してみると,BOYZ が多数ヒットした.ただし,これはアメリカの人気グループ Boyz II Men やアメリカ英語 Boyz n the Hood への言及によるもので,海賊複数とは趣が異なる.とはいえ,固有名や商品名(の宣伝)に非標準的な綴字を用いることは商業広告では広く見られる現象であり(例えば Heinz 社の "Heinz Buildz Kidz" ),目立たせる効果を狙っている点では共通性が感じられる.
 ちなみに,Kirg(h)iz 「キルギス人」がヒットしたが,これはロシア語の綴字に準じたもので単複同形であるにすぎない(異形として Kirg(h)izes もあり).

 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.

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2011-07-04 Mon

#798. the powers that be [be][conjugation][paradigm]

 英語で最も不規則な屈折を示す動詞は何か.答えは,be 動詞である.確かに現代英語のすべての動詞は数,人称,時制,法により屈折するが,大部分は規則的に屈折するし,不規則な屈折を示すものですら,異なる屈折形(定形)の種類は最大でも4つである ( ex. have, has, had ) .ところが,be に関しては,定形に限っても is, am, are, was, were の5屈折形が区別される.原形(不定詞)が3人称単数以外の現在形と異なる屈折形をもつのも,be 動詞のみである.最も頻度の高い動詞であり,連結詞 (copula) として特殊な機能を担う動詞(かつ助動詞)でもあるので,be が形態的にも例外的に不規則であることは不思議ではない.
 中英語に遡れば,be 動詞の屈折の方言による変異は著しい.以下は,Burrow and Turville-Petre (36--37) に挙げられている中英語の2方言の be の屈折表である.それぞれ中西部の南部 (Ancrene Wisse) と北部 (Gawain) からのパラダイムである.


Acnrene WisseGawain
infinitivebeonbe, bene
present indicative
sg. 1am, beoam
sg. 2art, bistart
sg. 3is, biðis, betz
pl.beoðar(n), ben
present subjunctive
sg.beobe
pl.beonbe(n)
past indicative
sg.1weswatz, was
sg. 2werewatz, were
sg. 3weswatz, was
pl.werenwer(en)
past subjunctive
sg.werewer(e)
pl.werenwer(e), wern
past participleibeonben(e)


 ここで注目したいのは,直説法現在複数で are に相当する形態の代わりに ben があったということである.これは現代の be に相当し,現代英語の表現としては化石的に表題の the powers that be に痕跡をとどめている.この be は直説法現在複数 are の代用であり,完全自動詞として "exist, be present" ほどの意を担う.全体として,「権力者,官憲,当局」 (the authorities) を意味する慣用表現となっているが,かつての be 動詞の定形を保持する貴重な言語的シーラカンスといえよう.
 ちなみに,この表現はしばしば「当局」を否定的にとらえる文脈で用いられ,"There is no mutual understanding between the people and the powers that be." のごとくに用いられる.OALD8COBUILD English Dictionary より定義を示そう.

OALD8: (often ironic) the people who control an organization, a country, etc

COBUILD English Dictionary: You can refer to people in authority as the powers that be, especially when you want to say that you disagree with them or do not understand what they say or do.


 ・ Burrow, J. A. and Thorlac Turville-Petre, eds. A Book of Middle English. 3rd ed. Malden, MA: Blackwell, 2005.

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2011-07-03 Sun

#797. nightingale [etymology][phonetics][owl_and_nightingale]

 「ナイチンゲール」あるいは「サヨナキドリ」.ユーラシア西部,アフリカに分布するツグミ科 (Turdidae) ノゴマ属 (Luscinia) の鳥.ヨーロッパ随一の鳴鳥で,繁殖期の夜間に雄が美しい声で鳴く.美声歌手の代名詞でもある.イギリスでは通常 Luscinia megarhynchos を指す.

examples of birds [2] - Visual Dictionary Online

 英文学でも有名なこの鳥は,実際に鳴くのは雄なのだが,伝統的に女性扱いである.12世紀末から13世紀の始めの時代に書かれたとされる debate poem の傑作 The Owl and the Nightingale (O&N) では,人生の陰気で憂鬱な側面を代表するフクロウに対して,ナイチンゲールは人生の楽しく喜ばしい側面を代表している.この作品では,双方とも女性という設定である.
 さて,nightingale の古英語の形態は nihtegale (女性名詞)である.niht 「夜」 + gale 「歌う人」という複合語で,後者と関連する古英語の動詞 galan 「歌う」は,口蓋化した子音をもつ giellan という異形態を通じて,現代英語の yell 「わめく,叫ぶ」につながる.同じ語形成は他のゲルマン諸語でも見られる( Du nachtegaal, G Nachtigall ) .
 ここで注意したいのは,古英語形では第2音節に n が含まれていないことである.中英語でも n を欠いた nyhtegale などの綴字が見られる (see MED entry for "nighte-gale") .ところが,中英語では O&N を初例として,n を含む niȝtingale などの刷新形も現われ始める (see MED entry for "nightin-gale") .Atkins (p. 2, fn. 5) によれば,O&N を収めている現存する2つの写本(13世紀の最後の四半世紀のものとされる)により問題の語形を調べると,C 写本で n ありが16回,n なしが5回(この5回はいずれも,綴字体系の差異により B section として区分されているテキストの箇所に現われる),J 写本では l. 203 の Nihtingale を除き nyhtegale が決まった形だという.
 語源辞典などによると,中英語での n の挿入は第2音節の母音の鼻音化変形とされているが,他の単語でこのような n の挿入の例はあまり見られない.16世紀,婦人のスカートを張り広げるのに用いたくじらひげ製の張り骨 farthingale は,フランス語 verdugale の借用だが,ここでは nightingale の場合と同様の n の挿入が見られる.他には,古い例として The Peterborough Chronicle の1137年の記録から,þolendenþoleden の意味で用いられている例が見つかる.しかし,これは写字生による誤記と疑われ,n の挿入の確かな例とはいえない.
 [ŋ] の鼻音が nightingale の語に柔らかく洗練された響きを与えているように思うが,いかがだろうか.クリミヤ戦争の従軍看護婦 Florence Nightingale (1820--1910) が思い出される.

 ・ Atkins, J. W. H., ed. The Owl and the Nightingale. New York: Russel & Russel, 1971. 1922.

Referrer (Inside): [2013-06-21-1] [2011-07-15-1]

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2011-07-02 Sat

#796. 中英語に脚韻が導入された言語的要因 [rhyme][alliteration][meter][stress][prosody][romancisation][french]

 英語の韻律の型の変遷は,英語の言語的変化そのものと連動している.
 古英語の典型的な韻律は,詩行に一定数の強勢が配される強勢韻律 (accentual meter) であり,かつ語頭子音を合わせる頭韻 (alliteration) に特徴づけられていた.ところが,中英語になると韻律の主流は古英語以来の強勢韻律に加え,詩行に一定数の音節が配される音節韻律 (syllabic meter) の要素が入り込んでくる.なおかつ,語末の母音(+子音群)を合わせる脚韻 (rhyme) が一世を風靡した.見方によれば,古英語から中英語にかけて韻律が180度の転換を経験したかのようであり,この転換の背後には相応の言語的変化があったのではないかと疑われる.
 古英語から中英語にかけての時代は,英語史において劇的な変化の時代だが,韻律の転換にかかわる項目を厳選すれば以下の2点に絞り込める.

 (1) 屈折の衰退に伴い単音節語が増えた
 (2) フランス語からの大量の借用語により,最終音節あるいは最後から2番目の音節に強勢をもつ語が増えた

 まず (1) についてだが,古英語の後の強勢は,接頭辞を除き原則として第1音節に落ちた ([2009-10-26-1], [2009-10-31-1]) .この特徴は頭韻にとっては都合がよかったが,脚韻にとっては不都合だった.脚韻を担当する語尾部分が,強勢のない屈折語尾により占められることが多かったからだ.ところが,中英語期にかけて屈折が衰退してくると,それ自身が強勢をもつ単音節語が多くなる.これは頭韻にとって特に不利になる変化ではないが,脚韻にとっては有利は変化となった.また,屈折の衰退は付随的に前置詞や助動詞の発達を生みだし,統語的にも「前置詞+名詞」や「助動詞+動詞」のような弱強格 (iamb) が増加し,脚韻にとって好都合な条件が整っていった.
 次に (2) についてだが,これは,フランス語からの大量借用により,英語にフランス語型の強勢パターンがもたらされたということを意味する ([2011-04-15-1], [2009-11-13-1]) .語の後方に強勢をもつフランス借用語は脚韻にはうってつけの材料となった.この (1) と (2) の要因によって,全体として語の終わりのほうに強勢をもつ語が増え,脚韻に利用できる語彙資源が豊富になった.
 英語の詩における音節韻律と脚韻は,直接的にはフランス・イタリア詩の伝統に倣っての導入である.しかし,言語的に相応の受け入れ態勢が整っていなければ,中英語にみられたような円滑な導入と定着はなかっただろう.古英語から中英語にかけての言語変化は,新しい韻律を積極的に呼び寄せたとは言えずとも,それが活躍する舞台を設定したとは言えるだろう.

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2011-07-01 Fri

#795. インターネット時代は言語変化の回転率の最も速い時代 [speed_of_change][language_change][internet][netspeak][pde_language_change]

 インターネットの到来により,言語の使用のあらゆる次元における慣習が変化しつつある.関連語彙の増殖はもとより,NetSpeak に特有の書記習慣の発達,簡略化した文法の多用,新しい語用慣習の模索など,近年の通信技術の発展にともなう言語変化の回転率は,人類の言語史上,最も著しいものといえる.そして,この技術革新にとりわけ大きな影響を受けているのが,英語であることは疑いを容れない.
 これらの多くの言語変化が,今後も長らく存続することになるのか,あるいは一過性のものであり次に来たる新たな変化に置換されるのかは現時点では分からない.したがって,言語変化の定着率が言語史上もっとも著しい時代であるかどうかは未知だが,少なくとも言語変化の回転率(そして絶対量)という点では,おそらく歴史上に類を見ないといえるだろう.そして,今後もこの回転率はさらに増加してゆくものと予想される.
 やや長いが,Crystal, The English Language の第8章 "The Effect of Technology" の最終段落を引用する.

The speed with which Internet usages are taken up is unprecedented in language change --- another manifestation of the influence of the technology on English. Traditionally, a new word entering the language would take an appreciable time --- typically a decade or two --- before it became so widely used that it would be noted in dictionaries. But in the case of the Internet, a new usage can travel the world and receive repeated exposure within a few days. It is likely that the pace of language change will be much increased through this process. Moreover, as word-inventors all over the world now have a global audience at their disposal, it is also likely that the amount of linguistic innovation will increase. Not by any means all innovations will become a permanent feature of the English language; but the turnover of candidates for entry at any one time is certainly going to be greater than at any stage in the past. Nor is it solely a matter of new vocabulary, new spellings, grammatical constructions, patterns of discourse, and regional preferences (intranational and international) can also be circulated at an unprecedented rate, with consequences that as yet cannot be anticipated. (140)


 コミュニケーション技術の革新の時代には,言語は大きく変化する.文字,紙,印刷術,タイプライター,電話,ラジオ,映画,テレビ,コンピュータ,インターネット.これらの発明の後には,対応する言語の変化と言語使用慣習の変化が続いた.近年のインターネット関連技術が,一連のコミュニケーション技術革新の最終章を飾っているとは考えられず,現在では予想のつかない新技術が次の時代を飾るだろうことは間違いない.しかし,少なくとも現在に至る技術革新の歴史のなかでは,このインターネットの到来ほど大規模に言語変化を誘引した技術革新はないだろう.

 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.

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