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suppletion - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-09-18 07:51

2018-08-23 Thu

#3405. esoterogenyexoterogeny [sociolinguistics][contact][lingua_franca][sociolinguistics][simplification][terminology][accommodation_theory][suppletion]

 「#1585. 閉鎖的な共同体の言語は複雑性を増すか」 ([2013-08-29-1]) で "esoterogeny" という概念に触れた.ある言語共同体が,他の共同体に対して排他的な態度をとるようになると,その言語をも内にこもった複雑なものへと,すなわち "esoteric" なものへと変化させるという仮説だ.裏を返せば,他の共同体に対して親密な態度をとるようになれば,言語も開かれた単純なものへと,すなわち "exoteric" なものへと変化するとも想定されるかもしれない.この仮説の真偽については未解決というべきだが,刺激的な考え方ではある.Campbell and Mixco の用語集より,両術語の解説を引用する.

esoterogeny 'A sociolinguistic development in which speakers of a language add linguistic innovations that increase the complexity of their language in order to highlight their distinctiveness from neighboring groups' . . . ; 'esoterogeny arises through a group's desire for exclusiveness' . . . . Through purposeful changes, a particular community language becomes the 'in-group' code which serves to exclude outsiders . . . . A difficulty with this interpretation is that it is not clear how the hypothesized motive for these changes --- conscious (sometimes subconscious) exclusion of outsiders . . . --- could be tested or how changes motivated for this purpose might be distinguished from changes that just happen, with no such motive. The opposite of esoterogeny is exoterogeny. (55)

exoterogeny 'Reduces phonological and morphological irregularity or complexity, and makes the language more regular, more understandable and more learnable' . . . . 'If a community has extensive ties with other communities and their . . . language is also spoken as a contact language by members of those communities, then they will probably value their language for its use across community boundaries . . . it will be an "exoteric" lect [variety]' . . . . Use by a wider range of speakers makes an exoteric lect subject to considerable variability, so that innovations leading to greater simplicity will be preferred.
   The claim that the use across communities will lead to simplification of such languages does not appear to hold in numerous known cases (for example, Arabic, Cuzco Qechua, Georgian, Mongolian, Pama-Nyungan, Shoshone etc.). The opposite of exoterogeny is esoterogeny. (59--60)


 exoterogeny と esoterogeny という2つの対立する概念は,カルヴェのいう「#1521. 媒介言語と群生言語」 ([2013-06-26-1]) の対立とも響き合う.平たくいえば,「開かれた」言語(社会)と「閉ざされた」言語(社会)の対立といっていいが,これが言語の単純化・複雑化とどう結びつくのかは,慎重な議論を要するところだ.「#1482. なぜ go の過去形が went になるか (2)」 ([2013-05-18-1]) では,私はこの補充法の問題について esoterogeny の考え方を持ち出して説明したことになるし,「#1247. 標準英語は言語類型論的にありそうにない変種である」 ([2012-09-25-1]) で紹介した Hope の議論も,標準英語の偏屈な文法を esoterogeny によって説明したもののように思われる.だが,これも1の仮説の段階にとどまるということは意識しておかなければならない.
 そもそも言語の「単純化」 (simplification) とは何を指すのかについて,諸家の間で議論があることを指摘しておこう (cf. 「#928. 屈折の neutralization と simplification」 ([2011-11-11-1]),「#1839. 言語の単純化とは何か」 ([2014-05-10-1]),「#3228. Joseph の言語変化に関する洞察,5点」 ([2018-06-07-1])) .また,どのような場合に単純化が生じるかについても,言語接触 (contact) との関係で様々な考察がある (cf. 「#1788. 超民族語の出現と拡大に関与する状況と要因」 ([2014-03-20-1]),「#3151. 言語接触により言語が単純化する機会は先史時代にはあまりなかった」 ([2017-12-12-1])) .

 ・ Campbell, Lyle and Mauricio J. Mixco, eds. A Glossary of Historical Linguistics. Salt Lake City: U of Utah P, 2007.

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2018-03-25 Sun

#3254. 高頻度がもたらす縮小効果と保存効果 [frequency][grammaticalisation][auxiliary_verb][suppletion][zipfs_law]

 言語項目は,高頻度であればあるほど形態がすり減って縮小するということはよく知られている.一方,言語項目は高頻度であればあるほど,新たな形態に取って代わられることが少なく,古い形態を保持しやすいこともしられている.高頻度性がもたらすそれぞれの効果は,"Reduction Effect" (縮小効果),"Conservation Effect" (保存効果)と呼ばれている (Hopper and Traugott 127--28) .
 縮小効果は,文法化 (grammaticalisation) と関連が深い.代表的な例は,「#64. 法助動詞の代用品が続々と」 ([2009-07-01-1]) で示したような新種の法助動詞群である.used to [ju:stə], have to [hæftə], have got to [hævgɑtə], (be) supposed to [spoʊstə], (be) going to [gɑnə] などの音形が,オリジナルの音形からすり減って縮小しているのが確認される.この効果は,「#1101. Zipf's law」 ([2012-05-02-1]) や「#1102. Zipf's law と語の新陳代謝」 ([2012-05-03-1]) で取り上げた Zipf's law とも関係するだろう (cf. zipfs_law) .頻度と音形の長さには相関関係があるのだ(ただし,頻度と文法化の間には予想されるほどの関係はないと論じる,「#2176. 文法化・意味変化と頻度」 ([2015-04-12-1]) で紹介したような立場もあることを付け加えておこう).縮小効果の一般論としては,「#1091. 言語の余剰性,頻度,費用」 ([2012-04-22-1]) も参照されたい.
 保存効果は,共時的には究極の不規則性を体現する形態,とりわけ補充法 (suppletion) の形態が,あちらこちらに残存していることから確認できる.人称代名詞の変化や be 動詞の活用など,超高頻度語においては古い形態がよく保持され,共時的にきわめて予測不可能な形態を示す.この点については,「#43. なぜ go の過去形が went になるか」 ([2009-06-10-1]),「#1482. なぜ go の過去形が went になるか (2)」 ([2013-05-18-1]),「#2090. 補充法だらけの人称代名詞体系」 ([2015-01-16-1]),「#2600. 古英語の be 動詞の屈折」 ([2016-06-09-1]),「#694. 高頻度語と不規則複数」 ([2011-03-22-1]) を参照.もちろん保存効果は形態のみならず語順などの統語現象にも見られるので,言語について一般にいえることだろう.

 ・ Hopper, Paul J. and Elizabeth Closs Traugott. Grammaticalization. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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2016-06-09 Thu

#2600. 古英語の be 動詞の屈折 [suppletion][be][verb][conjugation][inflection][oe][paradigm][indo-european][etymology]

 現代英語で最も複雑な屈折を示す動詞といえば,be 動詞である.屈折がおおいに衰退している現代英語にあって,いまだ相当の複雑さを保っている唯一の動詞だ.あまりに頻度が高すぎて,不規則さながらのパラダイムが生き残ってしまったのだろう.
 しかし,古英語においても,当時の屈折の水準を考慮したとしても,be 動詞の屈折はやはり複雑だった.以下に,古英語 bēon と現代英語 be の屈折表を掲げよう (Hogg and Fulk 309) .

OE

 明らかに異なる語根に由来する種々の形態が集まって,屈折表を構成していることがわかる.換言すれば,be 動詞の屈折表は補充法 (suppletion) の最たる例である.be は,印欧語比較言語学的には "athematic verb" と呼ばれる動詞の1つであり,そのなかでも最も複雑な歴史をたどってきた.Hogg and Fulk (309--10) によれば,古英語 bēon の諸形態はおそらく4つの語根に遡る.
 1つ目は,PIE *Hes- に由来するもので,古英語の母音あるいは s で始まる形態に反映されている(s で始まるものは,ゼロ階梯の *Hs- に由来する; cf. ラテン語 sum).
 2つ目は,PIE *bhew(H)- に由来し,古英語では b で始まる形態に反映される(cf. ラテン語 fuī 'I have been').古英語では,この系列は習慣的あるいは未来の含意を伴うことが多かった.
 3つ目は,PIE *wes- に遡り,古英語(そして現代英語に至るまで)ではもっぱら過去系列の形態として用いられる.元来は強変化第5類の動詞であり,現在形も備わっていたが,古英語期までに過去系列に限定された.
 4つ目は,古英語の直説法現在2人称単数の eart を説明すべく,起源として PIE *er- が想定されている(cf. ラテン語 orior 'I rise' と同語根).
 be 動詞のパラダイムは,古英語以来ある程度は簡略化されてきたものの,今なお,長い歴史のなかで培われた複雑さは健在である.

 ・ Hogg, Richard M. and R. D. Fulk. A Grammar of Old English. Vol. 2. Morphology. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.

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2015-01-16 Fri

#2090. 補充法だらけの人称代名詞体系 [personal_pronoun][suppletion][etymology][indo-european][paradigm]

 英語における人称代名詞体系の歴史は,それだけで本を書けてしまうほど話題が豊富である.今回は,(現代)英語の人称代名詞の諸形態が複数の印欧語根に遡ること,人称代名詞体系が複数語根の寄せ集め体系であることを示したい.換言すれば,人称代名詞体系が補充法の最たる例であることを指摘したい(安井・久保田, pp. 44--46).

PDE Personal Pronoun Paradigm as Suppletive

 色別にくくった表に示したとおり,8つの異なる語根が関与している.初期近代英語までは,2人称代名詞に単数系列の thou----thee--thyself--thy--thine も存在しており,印欧祖語の *tu- というまた異なる語根に遡るので,これを含めれば9つの語根からなる寄せ集めということになる.
 それぞれ印欧祖語の語根を示せば,I は *egme 以下は *me-,we は *weisus 以下は *n̥s に遡る (cf. 「#36. rhotacism」 ([2009-06-03-1])) .you 系列は *yu-,he 系列は *ki- に遡る.it 系列で語頭の /h/ の欠けていることについては,「#467. 人称代名詞 it の語頭に /h/ があったか否か」 ([2010-08-07-1]) を参照.they 系列は古ノルド語形の指示代名詞 þeir (究極的には印欧祖語の指示詞 *so などに遡る)に由来する.she は独立しているが,その語源説については「#827. she の語源説」 ([2011-08-02-1]) を始め she の各記事で取り上げてきたので,そちらを参照されたい.
 本来,屈折とは同語根の音を少しく変異させて交替形を作る作用を指すのだから,この表を人称代名詞の「屈折」変化表と呼ぶのは,厳密には正しくない.Imy とは正確にいえば屈折の関係にはないからだ.むしろ単に人称代名詞変化表と呼んでおくほうが正確かもしれない.
 パラダイムを史的に比較対照するには「#180. 古英語の人称代名詞の非対称性」 ([2009-10-24-1]),「#181. Chaucer の人称代名詞体系」 ([2009-10-25-1]),「#196. 現代英語の人称代名詞体系」 ([2009-11-09-1]) を順に参照されたい.

 ・ 安井 稔・久保田 正人 『知っておきたい英語の歴史』 開拓社,2014年.

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2013-08-29 Thu

#1585. 閉鎖的な共同体の言語は複雑性を増すか [suppletion][social_network][sociolinguistics][language_change][contact][accommodation_theory][language_change]

 Ross (179) によると,言語共同体を開放・閉鎖の度合いと内部的な絆の強さにより分類すると,(1) closed and tightknit, (2) open and tightknit, (3) open and tightloose の3つに分けられる(なお,closed and tightloose の組み合わせは想像しにくいので省く).(1) のような閉ざされた狭い言語共同体では,他の言語共同体との接触が最小限であるために,共時的にも通時的にも言語の様相が特異であることが多い.
 閉鎖性の強い共同体の言語の代表として,しばしば Icelandic が取り上げられる.本ブログでも,「#430. 言語変化を阻害する要因」 ([2010-07-01-1]), 「#903. 借用の多い言語と少ない言語」 ([2011-10-17-1]), 「#927. ゲルマン語の屈折の衰退と地政学」 ([2011-11-10-1]) などで話題にしてきた.Icelandic はゲルマン諸語のなかでも古い言語項目をよく保っているといわれる.social_network の理論によると,アイスランドのような,成員どうしが強い絆で結ばれている,閉鎖された共同体では,言語変化が生じにくく保守的な言語を残す傾向があるとされる.しかし,そのような共同体でも完全に閉鎖されているわけではないし,言語変化が皆無なわけではない.
 では,比較的閉鎖された共同体に起こる言語変化とはどのようなものか.Papua New Guinea 島嶼部の諸言語の研究者たちによると,閉鎖された共同体では,言語変化は複雑化する方向に,また周辺の諸言語との差を際立たせる方向に生じることが多いという (Ross 181) .具体的には異形態 (allomorphy) や補充法 (suppletion) の増加などにより言語の不規則性が増し,部外者にとって理解することが難しくなる.そして,そのような不規則性は,かえって共同体内の絆を強める方向に作用する.このことは「#1482. なぜ go の過去形が went になるか (2)」 ([2013-05-18-1]) で引き合いに出した accommodation_theory の考え方とも一致するだろう.補充法の問題への切り口として注目したい.
 閉鎖された共同体の言語における複雑化の過程は,Thurston という学者により "esoterogeny" と名付けられている.この過程に関して,Ross (182) の問題提起の一節を引用しよう.

In a sense, these processes, which Thurston labels 'esoterogeny', are hardly a form of contact-induced change, but rather its converse, a reaction against other lects. However, as they are conceived by Thurston their prerequisite is at least minimal contact with another community speaking a related lect from which speakers of the esoteric lect are seeking to distance themselves. Thurston's conceptions raises an interesting question: if a community is small, and closed simply because it is totally isolated from other communities, will its lect accumulate complexities anyway, or is the accumulation of complexity really spurred on by the presence of another community to react against? I am not sure of the answer to this question.


 "esoterogeny" の仮説が含意するのは,逆のケース,すなわち開かれた共同体では,言語変化はむしろ単純化する方向に生じるということだ.関連して,古英語と古ノルド語の接触による言語の単純化について「#928. 屈折の neutralization と simplification」 ([2011-11-11-1]) を参照されたい.

 ・ Ross, Malcolm. "Diagnosing Prehistoric Language Contact." Motives for Language Change. Ed. Raymond Hickey. Cambridge: CUP, 2003. 174--98.

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2013-08-24 Sat

#1580. 補充法研究の限界と可能性 [suppletion][analogy][arbitrariness][frequency][taboo][preterite-present_verb]

 補充法 (suppletion) は広く関心をもたれる言語の話題である.go -- went -- gone, be -- is -- am -- are -- was -- were -- been, good -- better -- best, bad -- worse -- worst, first -- second -- third など,なぜ同一体系のなかに異なる語幹が現われるのか不思議である.言語における不規則性の極みのように思われるから,とりわけ学習者の目にとまりやすい.
 しかし,専門の言語学においては,補充法への関心は必ずしも高くない.補充法を掘り下げて研究することには限界があると感じられているからだろう.その理由としては,(1) 単発であること,(2) 形態的に不規則で分析不可能であること,(3) 範列的な圧力 (paradigmatic pressure) から独立しており,形態的な類推 (analogy) が関与しないこと,などが挙げられる.つまり,個々の補充形は,文法のなかで体系的に扱うことができず,語彙項目として個別に登録されているにすぎないものと理解されている.一般にある語がなぜその形態を取っているのかが恣意的 (arbitrary) であるのと同様に,補充形がなぜその形態なのかも恣意的であり,より深く掘り下げられる種類の問題ではないということだろう.補充法の特徴を何かあぶりだせるとすれば,一握りの極めて高頻度の語にしか見られないということくらいである.
 Hogg は,一見すると矛盾するように思われる "Regular Suppletion" という題名を掲げて,補充法研究の限界を打ち破り,可能性を開こうとした.補充法は,形態理論の研究に重要な意味をもつという.Hogg は,英語史からの補充法の例により,次の4点を論じている.
 1つ目は,"the replacement of one suppletion by another" の例がみられることである.すでに古英語では yfel -- wyrsa -- wyrsta の補充法の比較が行なわれていたが,中英語では原級の語幹が入れ替わり,現代英語の bad -- worse -- worst へと至った.現在では,前者は evil -- more evil -- most evil となっている.yfel は極めて一般的な語義「悪い」を失い,宗教的な語義へ転じていったことにより,worse -- worst に対応する原級の地位を失い,後から一般的な語義を獲得した bad に席を譲ったということになる.Hogg は,古英語 *bæd はタブーだったために文証されていないだけであり,実際には14--18世紀に文証される badder -- baddest とともに,規則的な比較変化を示していたはずだと推測している (72) .あくまで仮説ではあるが,evilbad について,比較級変化は以下のような歴史的変化を経ただろうとしている (72) .

evilworseworse, more evilmore evil
badbadderworse, badderworse


 2つ目は,"the preference for suppletion over regularity" であり,go -- went に例をみることができる."to go" の補充過去形として古英語 ēode が中英語 went に置き換えられたことはよく知られている.それによって went の本来の現在形 wendwended という規則的な過去形を獲得したことが,英語史上も話題になっている.went の例で重要なのは,規則形よりも補充形が好まれるという補充法の傾向を示すものではないかということだ.ただし,北部方言やスコットランド方言では,別途,規則形 gaidgaed が生み出されたという事実もある.
 3つ目は,"the addition of regularity without disturbance of the suppletion" である.古英語 bēon の3人称複数現在形の1つ syndon は,印欧祖語 *-es からの歴史的な発展形である syndsynt という補充形に,過去現在動詞 (preterite-present_verb) の現在複数屈折語尾 -on を加えたものである.本来的に形態的類推を寄せつけないはずの語幹に,形態的類推による屈折語尾を付加した興味深い例である.これは,上で触れた (2), (3) の反例を提供する.
 4つ目は,"the creation of a new regular inflection on the basis of suppletion" である.古英語 bēon の1人称現在単数形の1つ (e)am は,Anglia 方言では語尾 -m の類推により非歴史的な bīom を生み出した.同方言ではこれが一般動詞に及び,非歴史的な1人称現在単数形 flēom (I flee) や sēom (I see) をも生み出すことになった.本来,補充形の内部にあって分析されないはずの -m がいまや形態素化したことになる.
 Hogg (80--81) は,以上のように補充法の語彙的,形態的な注目点を明らかにしたうえで,"[S]uppletion is not merely a linguistic freak which does no more than give a small amount of pleasure to a rather giggling schoolboy. . . . [S]uppletion is a dynamic process." と述べ,補充法研究の可能性を探りながら,論文を閉じている.

 ・ Hogg, Richard. "Regular Suppletion." Motives for Language Change. Ed. Raymond Hickey. Cambridge: CUP, 2003. 71--81.

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2013-05-18 Sat

#1482. なぜ go の過去形が went になるか (2) [preterite][verb][suppletion][accommodation_theory][functionalism][function_of_language][sobokunagimon]

 先日,「#43. なぜ go の過去形が went になるか」 ([2009-06-10-1]) に関して質問が寄せられた.そこで,改めてこの問題について考えてみる.gowent の関係にとどまらず,より広く,言語にはつきものの不規則形がなぜ存在するのかという大きな問題に関する考察である.
 なぜ go の過去形が went となったのかという問題と,なぜいまだに went のままであり *goed となる兆しがないのかという問題とは別の問題である.前者についてはおいておくとして,後者について考えてみよう.英語を母語として習得する子供は,習得段階に応じて went -> *goed -> went という経路を通過するという.形態規則に則った *goed の段階を一度は経るにもかかわらず,例外なく最終的には went に落ち着くというのが興味深い.なぜ,理解にも産出にもやさしいはずの *goed を犠牲にして,went を採用するに至るのか.言語の機能主義 (functionalism) という観点で迫るかぎり,この謎は解けない.
 went という不規則形(とりわけ不規則性の度合いの強い補充形)が根強く定着している要因として,しばしばこの語彙素の極端な頻度の高さが指摘される.頻度の高い語の屈折形は,形態規則を経ずに,直接その形態へアクセスするほうが合理的であるとされる.be 動詞の屈折形の異常な不規則性なども,これによって説明されるだろう.
 「高頻度語の妙な振る舞い」は,確かに1つの説明原理ではあろう.しかし,社会言語学の観点から,別の興味深い説明原理が提起されている.社会言語学の原理の1つに,話者は所属する共同体へ言語的な恭順 (conformity) を示すというものがある.社会言語学の概説書を著わした Hudson (12) は,この conformity について触れた後で,次のように述べている.

Perhaps the show-piece for the triumph of conformity over efficient communication is the area of irregular morphology, where the existence of irregular verbs or nouns in a language like English has no pay-off from the point of view of communication (it makes life easier for neither the speaker nor the hearer, nor even for the language learner). The only explanation for the continued existence of such irregularities must be the need for each of us to be seen to be conforming to the same rules, in detail, as those we take as models. As is well known, children tend to use regular forms (such as goed for went), but later abandon these forms simply in order to conform with older people.


 また,Hudson (233--34) は別の箇所でも,人には話し方を相手に合わせようとする意識が働いているとする言語の accommodation theory に言及しながら,次のように述べている.

The ideas behind accommodation theory are important for theory because they contradict a theoretical claim which is widely held among linguists, called 'functionalism'. This is the idea that the structure of language can be explained by the communicative functions that it has to perform --- the conveying of information in the most efficient way possible. Structural gaps like the lack of I aren't and irregular morphology such as went are completely dysfunctional, and should have been eliminated by functional pressures if functionalism was right.


 "conformity", "accommodation theory" と異なる術語を用いているが,2つの引用はともに,言語のコード最適化の機能よりも,その社会的な収束的機能に注目して,不規則な形態の存続を説明づけようとしている.この説明は,go の過去形が went である理由に直接に迫るわけではないが,言語の機能という観点から1つの洞察を与えるものではあろう.

 ・ Hudson, R. A. Sociolinguistics. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1996.

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2012-05-08 Tue

#1107. farther and further [comparison][superlative][etymology][i-mutation][suppletion]

 規範文法によれば,副詞・形容詞 far の比較級(および最上級)には標題のとおり2種類があり,用法の区別が説かれる.Usage and Abusage より,その区別をみてみよう.

farther, farthest; further, furthest. 'Thus far and no farther' is a quotation-become-formula; it is invariable. A rough distinction is this: farther, farthest, are applied to distance and nothing else; further, furthest, either to distance or to addition ('a further question').


 規範文法ではなく記述文法でいえば,口語や特に BrE では farther, farthest は廃れる傾向にあり,用法の区別も失われてきているという.
 用法の区別の前提となっているのが形態の区別だが,そもそもなぜ2つの異なる形態が生じたのだろうか.far の比較級,最上級の形態については,2つの問題がある.1つは,なぜ原級には含まれない th が挿入されているのか,もう1つは,なぜ第1母音(字)の異形として u が現われたのか.
 far の古英語の形態は feor(r) だった.さらに語源を遡れば,「#68. first は何の最上級か」 ([2009-07-05-1]) および「#695. 語根 fer」 ([2011-03-23-1]) で見たように,印欧語根 *per にたどりつく.古英語での比較級,最上級はウムラウト (i-mutation) 母音を示す fierr, fi(e)rrest だったが,これは12世紀以後には廃れた.代わって,原級の母音を反映した類推形 ferrer, farrer また ferrest, farrest が勢力を得て,17世紀頃まで用いられた.
 さて,古英語には,究極的な語源こそ同じ *per に遡るが,独立して発達してきた forþ "forth" という語があった.この比較級が furþor という形態だった."far" の比較級としての fierr と "forth" の比較級としての furþor は,意味の上では「さらに先(の),さらに遠く(の)」と類似しているので,形態的に混同が生じた.そうして,"far" の系列に非語源的な th が挿入され,"forth" の系列に非語源的な母音 e が侵入した.中英語では ferther などの形態が広く行なわれたが,近代英語の17世紀以後は,母音変化を経て生じた farther の形態が標準化された.これと平行して,混同以前の語形を伝える最も語源的といってよい further も存続した.こうして,fartherfurther が,ともに far の比較級と解釈されつつ生き残ってきたのである.最上級の形態も,同様に説明される.
 近代以後,両者の並立を支えてきたのは規範文法に基づく用法の区別であると推測されるが,用法の区別それ自体にある程度の歴史的な根拠のあることが,上述の語史からわかる.母音に注目すれば,fartherfar の比較級であり,furtherforth の比較級であるから,前者が物理的距離の意味に,後者が比喩的な順番などの意味に対応するのは理解しやすい.

 ・ Partridge, Eric. Usage and Abusage. 3rd ed. Rev. Janet Whitcut. London: Penguin Books, 1999.

Referrer (Inside): [2017-07-19-1] [2012-07-02-1]

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2011-06-01 Wed

#765. 補充法は古代人の実相的・質的・単一的な観念の表現か [suppletion]

 昨日の記事「現代英語動詞活用の3つの分類法」([2011-05-31-1]) で参照した小林論文は補充法に関する考察だが,speculative ながらその結論がたいへん興味深い.ゲルマン諸語と古典語からの補充法の例を考察したあとで,小林 (47--48) は次のように述べている(原文の圏点は,ここでは太字にしてある).

 このやうな現象は、それでは一體如何なる心理的事情に基いて發生したものであらうか。
 以上引照した諸例は、それらが最も日常茶版的な、從つて使用されることの最も頻繁な語に屬するといふことを示してゐる。言換へれば、補充法によつて表現される觀念は、我々に最も親しいものばかりである。このとが我々の心理的解釋に對して鍵を與へる。
「人間は肉眼を以て物を見るときは、いつも空間的に手近な物が特に細かく眼に映るものであるが、それと同じく、心眼を以て物を見るときも――言語はその鏡であるが――表象界の事物を、それが話手の感覺と思惟に近ければ近い程一層細かく一層個別的に把握するものである」(オストホフ四二頁)。
 原始人にあつては、見るということと見たといふことと見るだらうといふこととは、質的に異つた三つの樣相であつたのであつて、それらは實踐的價値を異にしてゐた。見たといふことは、單に見るといふ行爲が過去に行はれたことを囘想するものではなくて、見たことは知得したことである。見たは即ち今知つてゐることを意味するのである。また善いこととより善いこととは、單に善さの量的段階ではなかつた。他人がより善いとは、彼が我に優ることである。それは我の存立を或は脅かし或は助けたであらう。また行動主を示す名格と、他者の行動を被る者を示す所の對格、與格等、いはゆる斜格とは、同一類に屬すべきものではなかつた。なかんづく代名詞の第一人稱に於てこの區別が必須であつた。我がなすときと我をなすときとでは、話手の關心の度合は全然別であつたのである。直系親族に於て異根的表現が用ひられ、傍系親族にあつては同根的表現が用ひられるやうな事例も(參考、vater : mutter. これに對して neffe : nichte )同樣にして説明が付く。或は又、數詞に於て、「三――第三」以上は大體に於て純正資料的に算へられてをりながら、「一――第一」、「二――第二」の二つのみは補充的に算へられる。なぜであるか。第一は物の始めである。一切の先端に位するものである。かくして「最も始め」(最上級)を意味する語形が要求される( first, prôtus, prīmus )。第二は第一に續くものである。或はそれから隔るものである。かくして比較級形が要求される( deúteros, secundus )。
 之を要するに、原始人は物を質的に、個別的に、そして實踐的價値に基いて見たのである。之に反して文明人は物を量的に、總括的に、そして論物的價値に基いて見るのを特徴とする。言語の發展は具體的表象の世界から抽象的概念の世界への移行を如實に示してゐる。イェスペルセンは彼らは「これらの觀念に共通なるものを表現する力を缺いてゐた」(「言語」四二六)と見てゐるが、力を缺いてゐたのではなくて、恐らく興味を缺いていたのではあるまいか、サピアなどもさう見てゐるやうである。つまりは遠近法の相違である。


 古代人の実相的・質的・単一的な発想という論題は speculative であり,実証はできないものの,文明史的な含蓄をもつ話題としておもしろい.

 ・ 小林 英夫 「補充法について」 『英語英文学論叢』7巻(廣島文理科大學英語英文學論叢編輯室編),1935年,39--49頁,1935年.

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2011-05-31 Tue

#764. 現代英語動詞活用の3つの分類法 [verb][conjugation][suppletion][plural]

 一般に,現代英語の動詞は過去・過去分詞形の形成法により大きく規則変化動詞と不規則変化動詞に分けられる.この区分は,単純に形態音韻論的な1点のみに注目する.過去・過去分詞形の語尾に <-ed> が付加されるか否かという点である.音韻上の現われとしては /-d, -t, -ɪd/ の3種類があり得るが,原形の基体にいずれかがそのまま付加されるか(規則変化動詞),あるいはそれ以外か(不規則変化動詞)という大雑把な区分である.後者はさらに形態音韻論的に細分化されるのが普通だが,ここでは細部には立ち入らない.これを仮に「-<ed> の有無による共時的分類法」と名付け,以下のようにまとめる.

TypeExamples
-ed (規則変化)called, looked, visited
non-ed (不規則変化)bought, came, got, made, sent, set, went


 もう1つ,英語史ではゲルマン語比較言語学の観点から,弱変化動詞と強変化動詞の区分が広く用いられている.要点は,過去・過去分詞形に "dental suffix" を含むか含まないかという点である.表面的には「-<ed> の有無による共時的分類法」と類似しているが,原形(不定形)の基体に「そのまま」 dental suffix が付加されるかどうかという点は重要ではない.この意味では bought, made, sent, went は dental suffix をもっており,called, looked, visited と区別すべき理由はない.弱変化と強変化のほかにも周辺的な活用が存在するが,ここでは考えないこととする.これを仮に「通時的分類法」と名付け,以下のようにまとめる.

TypeExamples
弱変化bought, called, looked, made, sent, set, visited, went
強変化came, got


 ここまではよく知られているが,小林 (42) に「音相変異の大小」による区分という考え方が示されており,関心をもった.これは「-<ed> の有無による共時的分類法」よりもなおのこと共時的な発想で,過去・過去分詞形がどのくらい形態音韻論的に標示されているかという観点から,動詞を大きく3分するものである.音相変異の存在しない「無変異」タイプは,いわゆる無変化型と呼ばれる活用に対応し,cut, hit, hurt, put, set などがここに属する.その対極として,「完全変異」タイプの動詞,いわゆる補充法 ( suppletion ) により活用する動詞がある.be 動詞や went がその例となる.そして,両極の中間として,接辞法 ( called, looked ) ,母音変異 ( came, sang ) ,子音変異 ( sent ) による「不完全変異」タイプがある.これを仮に「音相変異の大小による共時的分類」と呼び,以下のようにまとめる.

TypeExamples
無変異set
不完全変異called, looked, visited; bought, came, got, made; sent
完全変異went


 「音相変異の大小による共時的分類」では,従来の「-<ed> の有無による共時的分類法」や「通時的分類法」では思いつかなかった,set タイプと went タイプの体系的な対置が得られる.これにより,補充法が単なる例外的な振る舞いとして扱われることから解放され,体系のなかで明確な位置づけをもって見直すことができるようになる.補充法の研究に,俄然意義を付されたかのようだ.
 これを名詞の複数形の分類に応用するのもおもしろいだろう.単純な規則・不規則形の対立による分類,あるいは通時的な形態クラスによる分類とは異なる第3の分類が以下の如く可能になる ( cf. [2009-05-11-1] ) .

TypeExamples
無変異carp, fish, hundred, sheep
不完全変異books, dogs, watches; children, oxen; feet, men; alumni, phenomena
完全変異people (for persons)


 ・ 小林 英夫 「補充法について」 『英語英文学論叢』7巻(廣島文理科大學英語英文學論叢編輯室編),1935年,39--49頁,1935年.

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2010-07-09 Fri

#438. 形容詞の比較級から動詞への転換 [conversion][suppletion][comparison][-ate]

 英語の品詞転換 ( see [2009-11-03-1] ) には,様々な方向があり得る.動詞→名詞,形容詞→名詞,名詞→動詞,形容詞→動詞,名詞→形容詞の例が比較的多い.形容詞→動詞の例では,「〜にする」あるいは「〜になる」の意へと転換した calm, dirty, humble; dry, empty, narrow などが挙げられる.広い意味では,ラテン語動詞の過去分詞形 -atus に由来する -ate をもつ多くの借用語動詞も,形容詞→動詞の転換の例と考えることができるだろう ( ex. assassinate, fascinate, separate ) .
 先日,授業で英文テキストを読解中に,学生が形容詞の比較級として用いられている lower を動詞として読み違えるという状況が生じた.そこで気づいたのだが,比較級の形態から動詞へ転換するという例は非常に珍しいのではないか.「低くする」という動詞へ転換させるのであれば,比較級ではなく原級のままの low ではいけないのだろうか.実のところ,OED によると動詞のとしての low は現在では廃用だが,1200年頃に現れ,18世紀まで使われていた.一方で,動詞としての lower は「下ろす」の意味で17世紀に初めて現れている.
 形容詞の比較級から動詞に転換した他の例を探そうとしたら,better を思いついた.こちらは古英語から使われている.worse も古英語から動詞として使われていたが,19世紀に廃用となっている(動詞派生語尾がついているので転換ではないが,13世紀に初出の worsen も比較されよう).どうも補充法 ( suppletion ) による「不規則比較級」が怪しいぞと目をつけて OED をさらに引いてゆくと,less も現在は廃用だが13〜17世紀まで動詞として用いられていたとわかったし,more も14〜15世紀に使用例があった.
 補充法による比較級は,対応する原級との形態的な結びつきが弱いので,いずれも別個の語として語彙のなかに登録されている,つまり語彙化されていると考えられる.例えば bettergood からの派生という形態過程によって生じたものではなく,good と独立した語彙として登録されているからこそ,動詞への転換が起こりうるのではないか.逆にいえば,補充法によらない一般の形容詞の -er をもつ比較級形態は,原級形態と強く結びついているので,転換を起こしにくいということなのではないか.だが,この仮説を採ると lower がその例外となってしまう.
 しかし,考えてみると形容詞 lower は単なる low の比較級ではないことに気づいた.lower は「より低い」という( than が後続できる)文字通りの意味の他に「(分類上)下位の」「劣った」という比喩的に発展した意味をもっている.後者の意味での初出は1590年で,その頃から lowerlow とは別個の語として語彙化したと考えることができるのではないか.lowlower は形態こそ -er の有無により密接に結びついているが,意味の上では少し「距離が開いた」と考えられる.これは,転換による動詞 lower が17世紀に現れ始めたことと時間的にも符合するように思える.

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2009-07-04 Sat

#67. 序数詞における補充法 [suppletion][numeral]

 屈折などのパラダイムにおいて,まったく語源の異なる形態があるスロットに入り込んで定着する現象を補充法 ( suppletion ) ということは,[2009-06-10-1]の記事で触れた.go -- wentgood -- better が代表的な例として挙げられるが,現代英語の序数詞の系列にも補充が起こっている.
 second の語源について話していたときに,学生が鋭く指摘してくれたことである.序数詞 second は,ラテン語の異態動詞 ( deponent verb ) sequī の過去分詞形 secūtus に由来する借用語である.だが,現代英語の序数詞の系列では second 以外はすべて本来語であり,second だけが浮き立っている.
 古英語では,second の意味を表すのに本来語の ōþer ( > PDE other ) を用いていた.その名残は,現代英語の every other day ( = every second day ) という句に見られる.だが,このスロットを後に( OED の初例は1297年)外来語の second が埋めたわけであるから,これは補充法の例ではないかというわけである.
 よく考えてみると,そもそも本来語の other 自体が補充形である.そして,これまた本来語の first も然り.「3番目」以上は,すべて基数詞に序数語尾 -th が付加されただけの「規則形」である.確かに,third のように若干の語尾音変化と音位転換[2009-06-27-1]を経たものもあるが,原則として規則的といっていいだろう.
 だが,firstone と語源的なつながりはないし,othertwo とは無関係である.語尾を見るとわかるが,first は最上級,other は比較級と関係しており,そこからそれぞれ「1番目」「2番目」の意味が生じてきているのであり,対応する基数詞には関係していない.
 以上から,序数詞系列について補充法を論じる場合 second のみが借用語であるという点において補充法の例となるのではなく,そもそも firstsecond ( other ) が接尾辞付加規則とは無縁である点において補充法の例となる,というほうが正しいように思われる.

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2009-06-10 Wed

#43. なぜ go の過去形が went になるか [preterite][verb][suppletion][sobokunagimon]

 現代英語には不規則変化動詞が250以上あるといわれるが,そのなかでも特に不規則性が激しい動詞に go がある.go -- went -- gone と活用する.過去分詞の gone はまだ分かるが,過去の wentgo との関連がまったくもって見えない.他の不規則動詞は,make -- made -- made にしろ,昨日([2009-06-09-1])取り上げた drive -- drove -- driven にしろ,原形との関連が見える.teach -- taught -- taught ですら,go に比べれば関連がありそうだということは見抜ける.
 実際,went は語源的に go とはまったく関係がない.went は本来 wend 「向ける,向かう」という別の動詞の過去形である.「行く」という意味に近いことはわかるが,だからといって go の過去形のスロットによそから went が入ってきたというのはどういうことだろうか.
 動詞の活用における「現在,過去,過去分詞」のように一定のパラダイムがあるとき,そのいずれかのスロットに,まったく語源の異なる形態が入り込むことがある.これを補充法 ( suppletion ) と呼ぶ.go の過去形としての went は現代英語に見られる補充法の一例である.
 補充法の他の例としては,形容詞の比較変化がある:good -- better -- bestbad -- worse -- worst.また,規則的な形容詞と副詞のペアは quick -- quickly のように副詞のほうに -ly をつけるのが通常だが([2009-06-07-1]),good -- well のように別語幹を用いる例もある.この場合も,well は補充された副詞と考えられる.
 現代英語において最もきわだった補充法の例は,be 動詞である.I amyou areshe is など,すべて異なる語幹をとっている.
 なぜ went が補充されたかという特定の問題に答えを与えることは難しい.ただ言えることは,補充法は高頻度語のパラダイムに起こることが多いということである.「高頻度語は妙なことをする」一例といえよう.

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