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intersubjectification - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-03-19 05:58

2018-04-07 Sat

#3267. 談話標識とその形成経路 [discourse_marker][pragmatics][language_change][terminology][subjectification][intersubjectification][grammaticalisation][historical_pragmatics]

 談話標識 (discourse marker, DM) について,「#2041. 談話標識,間投詞,挿入詞」 ([2014-11-28-1]) や discourse_marker の各記事で取り上げてきた.ここでは,種々の先行研究から要点をまとめた Archer に従って,談話標識の特徴と形成経路について紹介する.
 まず,談話標識の特徴から.Archer (660) は次の4点を上げている.

- DMs are phonologically short items that normally occur sentence-initially (but can occur in medial or final position . . .);
- DMs are syntactically independent elements (often constituting separate intonation units) which occur with high frequency (in oral discourse in particular);
- DMs lack semantic content (i.e. they are non-referential/non-propositional in meaning)
- DMs are non-truth-conditional elements, and thus optional (i.e. they may be deleted).


 たいていの談話標識は,歴史をたどれば,談話標識などではなかった.歴史の過程で,ある表現が談話標識らしくなってきたということである.では,どのような表現が談話標識へと発展しやすいのだろうか.典型的な談話標識の形成経路については,統語的な観点から記述したものと,意味論的な観点のものがある.まず,前者について (Archer 661) .

- adverb/preposition > conjunction > DM;
- predicate adverb > sentential adverb structure > parenthetical DM . . .;
- imperative matrix clause > indeterminate structure > parenthetical DM;
- relative/adverbial clause > parenthetical DM.


 意味論的な観点からの経路は,次の通り (Archer 661) .

- truth-conditional > non-truth conditional . . .,
- content > procedural, and nonsubjective > subjective > intersubjective meaning,
- scope within the proposition > scope over the proposition > scope over discourse.


 ・ Archer, Dawn. "Early Modern English: Pragmatics and Discourse" Chapter 41 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 652--67.

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2017-04-28 Fri

#2923. 左と右の周辺部 [pragmatics][grammaticalisation][syntax][subjectification][intersubjectification][implicature]

 近年,語用論では,「周辺部」 (periphery) 周辺の研究が注目されてきている.先月も青山学院大学の研究プロジェクトをベースとした周辺部に関する小野寺(編)の論考集『発話のはじめと終わり』が出版された(ご献本ありがとうございます).
 理論的導入となる第1章に「周辺部」の定義や研究史についての解説がある.作業上の定義を確認しておこう (9) .

周辺部とは談話ユニットの最初あるいは最後の位置であり,そこではメタテクスト的ならびに/ないしはメタ語用論的構文が好まれ,ユニット全体を作用域とする


 周辺部には最初の位置(すなわち左)と最後の位置(右)の2つがあることになるが,両者の間には働きの違いがあるのではないかと考えられている.先行研究によれば,「左と右の周辺部の言語形式の使用」として,次のような役割分担が仮説され得るという (25) .

左の周辺部 (LP)右の周辺部 (RP)
対話的 (dialogual)二者の視点的 (dialogic)
話順を取る/注意を引く (turn-taking/attention-getting)話順を(譲り,次の話順を)生み出す/終結を標示する (turn-yielding/end-marking)
前の談話につなげる (link to previous discourse)後続の談話を予測する (anticipation of forthcoming discourse)
返答を標示する (response-marking)返答を促す (response-inviting)
焦点化・話題化・フレーム化 (focalizing/topicalizing/framing)モーダル化 (modalizing)
主観的 (subjective)間主観的 (intersubjective)


 周辺部の問題は,語用論と統語論の接点をなすばかりでなく,文法化 (grammaticalisation),主観化 (subjectification),間主観化 (intersubjectification),慣習的含意 (conventional implicature) の形成など広く言語変化の事象にも関与する.今後の展開が楽しみな領域である.

 ・ 小野寺 典子(編) 『発話のはじめと終わり ―― 語用論的調整のなされる場所』 ひつじ書房,2017年.

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2015-02-01 Sun

#2106.「狭い」文法化と「広い」文法化 [grammaticalisation][bleaching][pragmatics][subjectification][intersubjectification]

 「#417. 文法化とは?」 ([2010-06-18-1]),「#1972. Meillet の文法化」([2014-09-20-1]),「#1974. 文法化研究の発展と拡大 (1)」 ([2014-09-22-1]),「#1975. 文法化研究の発展と拡大 (2)」 ([2014-09-23-1]) の記事でみたように,文法化の研究が進むにつれて,文法化そのもののとらえ方も変化してきた.伝統的な「狭い」見解と,比較的新しい「広い」見解とが区別される.以下,Traugott (59--61) に従って紹介する.
 「狭い」見解によれば,文法化とは縮小 (reduction) である.この見方は主として形式的な観点からのものであり,文法化とは構造と形式の縮小,作用域 (scope) の縮小,そして依存関係の増加よってに特徴づけられるとする.この見方の伝統は Meillet に遡り,ラテン語の分析的な dare habes がロマンス語の総合的な未来形へと変化した例などが典型例とされる.この伝統に則して文法化を定義するのであれば,「ある構文スキーマの一部がより強い内的依存関係を持つようになる歴史的変化」ということになる(Traugott 60) .
 一方,機能的な観点,とりわけ語用論的な観点から文法化をみる視点が育ってくるにしたがって,文法化とはむしろ拡張 (extension) であるという考え方が広まってきた.3種類のコンテクスト拡張が提起されている.1つはコロケーション的拡張であり,例えば be going to (〜するために行く)が未来を表す助動詞になった事例においては,文法化するにつれて後続する動詞の種類が増加したことが知られている.「行く」という原義が漂白 (bleaching) することにより,likethink などの動詞とも自由に共起することができるようになった.2つ目は形態統語的拡張である.指示詞が定冠詞へ文法化する場合,最初は主語と目的語の位置に生じるのが一般的であり,空間・時間を表す句にまで拡張されるのは文法化の過程が進んでからのことが多い.3つ目は意味・語用論的拡張である.文法化を経る言語項は,時間とともに多義・多機能になることが多い.例えば,助動詞 can は「知っている」という動詞の意味から出発したが,今では能力・許可・可能性などの多義・多機能を発達させるに至った.
 上記の「狭い」文法化と「広い」文法化は,それぞれ反対の方向を向いているようでありながら,実は同じコインの表裏である.前者は形式的な観点,後者は機能的な観点に注目しているという違いにすぎない.意味の漂白 (bleaching) あるいは脱意味化 (desemanticization) についても,原義を中心に考えれば縮小 (reduction) ととらえられるが,一方で新たに獲得される抽象的でスキーマ的な意味(時制,相,格,連結性など)を中心に考えれば拡張 (extension) ととらえられる.スキーマ的な意味の獲得とは,換言すれば,「手続き型」 (procedural) の用法の獲得であり,それにより発話を解析するのに必要となる種々の推論や算定を制約することが可能となるという点で,語用論的な機能が発達することにほかならない.ここにきて,文法化と語用論化が結びつけられることになる.
 近年,文法化,語用論化,主観化,間主観化などの用語や概念が林立してきたが,それぞれが互いにどのような関係にあるのかはまだ明らかにされていない.ただし,部分的に重なり合うことはわかってきており,合わせて理解していくことにより,より一般的な意味変化(あるいは言語変化)の問題の解明につながるのではないかという期待がある.

 ・ Traugott, Elizabeth Closs (著),福元広二(訳) 「文法化と(間)主観化」『歴史語用論入門 過去のコミュニケーションを復元する』(高田 博行・椎名 美智・小野寺 典子(編著)),大修館,2011年.59--70頁.

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2015-01-21 Wed

#2095. 主観化と間主観化 [subjectification][intersubjectification][unidirectionality][grammaticalisation][face]

 以前の記事で取り上げた「#1980. 主観化」 ([2014-09-28-1]) と「#1981. 間主観化」 ([2014-09-29-1]) について,補足する.トラウゴットによる主観化の定義を,高田ほか (32) により示そう.

語の意味が,[客観的な]事柄や状況ではなく,談話というコミュニケーションにおける話し手(書き手)の[主観的な]視点・態度を,時間の経過のなかで,記号化・明示化するようになるメカニズム (Traugott 2003: 126)


 一方,トラウゴットによる間主観化の定義は,同じく高田ほか (32--33) によると,

「話し手(書き手)が,聞き手(読み手)の「自己」へ向けた注意が明確に表現されること」 (Traugott 2003: 128) と定義できる。ここでいう「注意」とは,「発話で言われている内容に対する,聞き手(読み手)の態度に向けられる注意」と「聞き手(読み手)の面子と,聞き手(読み手)が維持しようとするイメージに対する注意」のことである。間主観化は,「意味が,より聞き手に焦点を置いたものになるメカニズム」であり,「話し手(書き手)が聞き手(読み手)の『自己』へ向けた注意から生じた含意が,時間を経て,記号化・明示化するプロセス(ここでの話し手の注意は,認識的・社会的両方の関心を指す)と定義することができる。したがって,間主観化とは,「歴史的に,主観化よりあとに起こり」,「主観化を基盤として生じる」ものを指すことになるのである (Traugott 2003: 129--130)


 端的に表現すれば,話し手の態度(主観性)がコード化されるのが主観化,話し手の聞き手への配慮(間主観性)がコード化されるのが間主観化といえる.
 主観化と間主観化のプロセスについて歴史言語学の観点から理論的に最も重要な点は,"non-subjective > subjective > intersubjective" という一方向性の仮説が提起されていることだ.この仮説は通言語的に多くの事例により支持されており,同じように一方向性が唱えられている文法化 (grammaticalisation) との相互関係についても議論が交わされている.これらの一方向性の仮説には異論もあるが,いずれにせよ意味変化への語用論の貢献は近年いちじるしい.
 日本語からの主観化と間主観化の例として,丁寧語「〜ございます」の発達が挙げられる.もともと室町時代において客観的に「貴人の座がある」を意味していた「御座(名詞)+ある(動詞)」という表現が,16世紀末に音韻的に「ござる」とつづまるとともに意味が素材敬語(話題としている人物を高める敬語)に用いられるようになった.敬語の使用は話者の主観的な判断に関わるのだから,敬語化とは主観化の例にほかならない.後に「ござる」は「〜ございます」と形を変え,現在では対者敬語(聞き手を高める敬語)として間主観的に機能している.

 ・ 高田 博行・椎名 美智・小野寺 典子(編著) 『歴史語用論入門 過去のコミュニケーションを復元する』 大修館,2011年.
 ・ Traugott, Elizabeth Closs. "From Subjectification to Intersubjectification." Motives for Language Change. Ed. Raymond Hickey. Cambridge: CUP, 2003. 124--39.

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2014-10-07 Tue

#1989. 機能的な観点からみる借用の尺度 [borrowing][contact][pragmatics][discourse_marker][subjectification][intersubjectification][evolution]

 言語接触の分野では,借用されやすい言語項はあるかという問題,すなわち借用尺度 (scale of adoptability, or borrowability scale) の問題を巡って議論が繰り広げられてきた.Thomason and Kaufman は借用され得ない言語項はないと明言しているが,そうだとしても借用されやすい項目とそうでない項目があることは認めている.「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]),「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]) などで議論の一端をみてきたが,いずれも形式的な基準による尺度だった.およそ,語を代表とする自立性の高い形態が最も借用されやすく,次に派生形態素,屈折形態素などの拘束された形態が続くといった順序だ.そのなかに音韻,統語,意味などの借用も混じってくるが,これらは順序としては比較的後のほうである.
 自立語が最も借用されやすく統語的な文法項目が最も借用されにくいという形式的な尺度は,直感的にも受け入れやすく,個々の例外的な事例はあるにせよ,およそ同意されているといってよいだろう.ところで,形式的な基準ではなく機能的な基準による借用尺度というものはあり得るだろうか.この点について Matras (209--10) が興味深い指摘をしている.

. . . it was proposed that borrowing hierarchies are sensitive to functional properties of discourse organization and speaker-hearer interaction. Items expressing contrast and change are more likely to be borrowed than items expressing addition and continuation. Discourse markers such as tags and interjections are on the whole more likely to be borrowed than conjunctions, and categories expressing attitudes to propositions (such as focus particles, phrasal adverbs like still or already, or modals) are more likely to be borrowed than categories that are part of the propositional content itself (such as prepositions, or adverbs of time and place). Contact susceptibility is thus stronger in categories that convey a stronger link to hearer expectations, indicating that contact-related change is initiated through the convergence of communication patterns . . . . In the domain of phonology and phonetics, sentence melody, intonation and tones appear more susceptible to borrowing than segmental features. One might take this a step further and suggest that contact first affects those functions of language that are primary or, in evolutionary perspective, primitive. Reacting to external stimuli, seeking attention, and seeking common ground with a counterpart or interlocutor. Contact-induced language change thus has the potential to help illuminate the internal composition of the grammatical apparatus, and indeed even its evolution.


 付加詞や間投詞をはじめとする談話標識 (discourse_marker) や態度を表わす小辞など,聞き手を意識したコミュニケーション上の機能をもつ表現のほうが,命題的・指示的な機能をもつ表現よりも借用されやすいという指摘である.だが,談話標識はたいてい文の他の要素から独立している,あるいは完全に独立してはいなくとも,ある程度の分離可能性は保持している.つまり,この機能的な基準による尺度は,統語形態的な独立性や自由度と関連している限りにおいて,従来の形式的な基準による尺度とは矛盾しない.むしろ,従来の形式的な基準のなかに取り込まれる格好になるのではないか.
 と,そこまで考察したところで,しかし,上の引用の後半で述べられている言語音に関する借用尺度のくだりでは,分節音よりも「かぶさり音韻」である種々の韻律的要素のほうが借用されやすいとある.従来の形式的な基準では,分節音や音素の借用への言及はあったが,韻律的要素の借用はほとんど話題にされたことがないのではないか(昨日の記事「#1988. 借用語研究の to-do list (2)」 ([2014-10-06-1]) の (6) を参照).韻律的要素が相対的に借用されやすいという指摘と合わせて,引用の前半部分の内容を評価すると,機能的な借用尺度の提案に一貫性が感じられる.話し手と聞き手のコミュニケーションに直接関与する言語項,言い換えれば(間)主観性を含む言語項が,そうでないものよりも借用されやすいというのは,言語の機能という観点からみて,確かに合理的だ.言語の進化 (evolution) への洞察にも及んでおり,刺激的な説である.
 このように一見なるほどと思わせる説ではあるが,借用された項目の数という点からみると,discourse marker 等の借用は,それ以外の命題的・指示的な機能をもつ表現(典型的には名詞や動詞)と比べて,圧倒的に少ないことは疑いようがない.形式的な基準と機能的な基準が相互にどのような関係で作用し,借用尺度を構成しているのか.多くの事例研究が必要になってくるだろう.

 ・ Matras, Yaron. "Language Contact." Variation and Change. Ed. Mirjam Fried et al. Amsterdam: Benjamins, 2010. 203--14.

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2014-09-29 Mon

#1981. 間主観化 [subjectification][intersubjectification][semantic_change][unidirectionality][face][t/v_distinction][terminology][discourse_marker]

 今日は,昨日の記事「#1980. 主観化」 ([2014-09-28-1]) を発展させた話題として間主観化 (intersubjectification) について取り上げる.Traugott は,"nonsubjective > subjective" という意味変化の延長線上に "subjective > intersubjective" というもう1つの段階があり得ることを提案している.まず,間主観化 (intersubjectification) の行き着く先である間主観性 (intersubjectivity) について,Traugott (128) の説明をみてみよう.

[I]ntersubjectivity is the explicit expression of the SP/W's attention to the 'self' of addressee/reader in both an epistemic sense (paying attention to their presumed attitudes to the content of what is said), and in a more social sense (paying attention to their 'face' or 'image needs' associated with social stance and identity). (128)


 そして,間主観化 (intersubjectification) とは,"the development of meanings that encode speaker/writers' attention to the cognitive stances and social identities of addressees" (124) と説明される.
 英語から間主観的な表現の例を挙げよう.Actually, I will drive you to the dentist. の "Actually" が間主観的な役割を果たしているという.この "Actually" は,「あなたはこの提案を断るかもしれないことを承知であえて言いますが」ほどの意味を含んでおり,聞き手の face に対してある種の配慮を表わす話し手の態度を表わしている.また,かつての英語における2人称代名詞 youthou の使い分け (cf. t/v_distinction) も,典型的な間主観的表現である.
 間主観化を示す例を挙げると,Let's take our pills now, Roger. における let's がある.本来 let's は,let us (allow us) という命令文からの発達であり,let's へ短縮しながら "I propose" ほどの奨励・勧告の意を表わすようになった.これが,さらに親が子になだめるように動作を促す "care-giver register" での用法へと発展したのである.奨励・勧告の発達は主観化とみてよいだろうが,その次の発展段階は,話し手(親)の聞き手(子)への「なだめて促す」思いやりの態度をコード化しているという点で間主観化ととらえることができる.命令文に先行する pleasepray などの用法の発達も,同様に間主観化の例とみることができる.さらに,「まあ,そういうことであれば同意します」ほどを意味する談話標識 well の発達ももう1つの例とみてよい.
 聞き手の face を重んじる話し手の態度を埋め込むのが間主観性あるいは間主観化だとすれば,英語というよりはむしろ日本語の出番だろう.実際,間主観性や間主観化の研究では,日本語は引っ張りだこである.各種の敬譲表現に始まり,終助詞,談話標識としての「さて」など,多くの表現に間主観性がみられる.Traugott の "nonsubjective > subjective > intersubjective" という変化の方向性を仮定するのであれば,日本語は,そのどん詰まりにまで行き切った表現が数多く存在する,比較的珍しい言語ということになる.では,どん詰まりにまで行き切った表現のその後はどうなるのか.次の発展段階がないということになれば,どん詰まりには次々と表現が蓄積されることになりそうだが,一方で廃用となっていく表現も多いだろう.Traugott (136) は,次のように想像している.

. . . by hypothesis, intersubjectification is a semasiological end-point for a particular form-meaning pair; onomasiologically, however, an intersubjective category will over time come to have more or fewer members, depending on cultural preference, register, etc.


 ・ Traugott, Elizabeth Closs. "From Subjectification to Intersubjectification." Motives for Language Change. Ed. Raymond Hickey. Cambridge: CUP, 2003. 124--39.

Referrer (Inside): [2016-02-08-1] [2015-01-21-1]

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