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assimilation - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2018-09-23 19:44

2018-08-08 Wed

#3390. 日本語の i-mutation というべき母音交替 [i-mutation][vowel][japanese][reconstruction][assimilation]

 日本語の動詞には「活用」と呼ばれるものがあるが,名詞にもそれに相当するものがある.「風」は単独では「かぜ」と発音されるが,「風上」などの複合語では「かざかみ」となる.この「かぜ」と「かざ」は,それぞれ独立形と非独立形,あるいは露出形と被覆形と呼ばれる.同じ関係は,「船」(ふね)と「船乗り」(ふなのり),「雨」(あめ)と「雨ごもり」(あまごもり),「木」(き)と「木陰」(こかげ),「月」(つき)と「月夜」(〔古語〕つくよ)にも見られる.これらは名詞の「活用」とみなすこともできる.
 これらのペアの関係は「露出形=被覆形+ *i」として措定される.*i は,正確には上代特殊仮名遣でいうところの *i のことである.これは,単語を独立化させる接辞と考えられる.上の例で具体的にいえば,

 ・ ama + *i → ame
 ・ ko + *i → ki
 ・ tuku + *i → tuki


となる.母音ごとにいえば,a → e, o → i, u → i となっており,甲音・乙音の音価は定かではないものの,英語を含むゲルマン諸語において広く生じた i-mutation の効果にかなりの程度似ている.もちろん古今東西の諸言語に普通にみられる母音調和 (vowel harmony) の一種であり,たまたま日本語と英語に似たような現象が確認されるからといって,まったく驚くには当たらないわけではあるが.
 以上,沖森 (45) を参照して執筆した.

 ・ 沖森 卓也 『日本語全史』 筑摩書房〈ちくま新書〉,2017年.

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2018-05-19 Sat

#3309. なぜ input は *imput と綴らないのか? [spelling][pronunciation][prefix][assimilation][morpheme][consonant][sobokunagimon]

 接頭辞 in- は,原則として後続する基体がどのような音で始まるかによって,デフォルトの in- だけでなく, imb, m, p の前), il- (l の前), ir- (r の前), i- (g の前)などの異形態をとる.意味としては,接頭辞 in- には「否定」と「中に」の2つが区別されるが,異形態の選択については両方とも同様に振る舞う.それぞれ例を挙げれば,inactive, inconclusive, inspirit; imbalance, immature, immoral, imperil, implode, impossible; illegal, illicit, illogical; irreducible, irregular, irruptive; ignoble, ignominy, ignorant などである.
 in- の末尾の子音が接続する音によって調音点や調音様式を若干変異させる現象は,子音の同化 (assimilation) として説明されるが,子音の同化という過程が生じたのは,ほとんどの場合,借用元のラテン語(やフランス語)においてであり,英語に入ってくる際には,すでにそのような異形態をとっていたというのが事実である.むしろ,英語側の立場からは,それらの借用語を後から分析して,接頭辞 in- を切り出したとみるのが妥当である.ただし,いったんそのような分析がなされて定着すると,以降 in- はあたかも英語固有の接頭辞であるかのように振る舞い出し,異形態の取り方もオリジナルのラテン語などと同様に規則的なものととらえられるようになった.
 ラテン語由来の「否定」と「中に」を意味する接頭辞 in- は上記のように振る舞うが,注意すべきは英語本来語にも「中に」を意味する同形態の in が存在することだ.前置詞・副詞としての英語の in が接頭辞として用いられる場合には,上記のラテン語の接頭辞 in- のように異形態をとることはない.つまり,in- は不変化である.標題の単語 inputin- は,反対語の outputout- と比べれば分かるとおり,あくまで本来語の接頭辞 in- である.したがって,*imput とはならない(ちなみにラテン語で in- に対応するのは ex- である).この観点から in-between, in-place, inmate なども同様に説明できる.
 ただし,発音上は実際のところ子音の同化を起こしていることも多く,input と綴られていても,/ˈɪnpʊt/ に加えて /ˈɪmpʊt/ も行なわれている.

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2017-03-14 Tue

#2878. comfortm の発音 [phonetics][phoneme][assimilation][allophone][prefix]

 2月28日付の掲示板で,comfort(able)m について質問が寄せられた.ラテン語に由来する接頭辞 com- の末子音は,p, b, m の前では computer, combine, communicate に見られるように m に保たれるが,それ以外の場合では後続音に応じて n, l, r などに変化したり,ときに失われたりするのが普通である.com- は f の前では con- となるのが通例であり,confer, conflict, confront, convict などに見られる通りである.しかし,comfort では f の前に m が現われている.これは,どういうことだろうか.借用元である対応するフランス単語は confort(able)n で綴られているわけなので,ますます疑問が深まる.あわせて,英単語の m はいかように発音されるのか,という質問も受けた.
 英語でなぜ m が見られるのかについては,少し調べてみたが,いまだ納得いくような解決を得られていない.ここでは,とりあえず m の発音の問題について先に解説しておこう.英語では,<m> の文字はほぼ1対1の関係で /m/ の音素に対応する.音素 /m/ の最も典型的な実現形は有声両唇鼻音 [m] だが,環境によってはそれ以外の異音 (allophone) としても実現される.直後に [f] や [v] のような唇歯音が続く場合には,/m/ は調音点の逆行同化 (assimilation) により有声唇歯鼻音 [ɱ] となるのが普通である.要するに,[f] を発音する口の構えで鼻から息を抜いてやればよい.この音を単独で調音することはないと思われるが,[f] や [v] が後続する位置では無意識のうちに [ɱ] の調音となっているはずである.comfortm はまさにこの異音で実現される.
 以下に,Jespersen と Cruttenden から,異音 [ɱ] について触れている部分を引用しよう.

Before [f, v], as in nymph, pamphlet, comfort, triumph, triumvir, circumvent [nimf, pæmflit, kʌmfət, traiəmf, traiˈʌmvə, səkəmˈvent], the [m]-closure is frequently formed not by means of both lips, but of the lower lip alone, which is applied to the lower edge of the upper front teeth. (Jespersen 395)


When followed by a labiodental sound /f,v/, the front closure may be labiodental [ɱ] rather than bilabial, e.g. in nymph, comfort, triumph, come first, circumvent, warm vest. Additionally pronunciations of infant, enforce, unforced, etc. with assimilation of [n] to [ɱ] can be regarded as having an allophone of /m/. (Cruttenden 212)


In connected speech /m/ frequently results from a final /n/ of the citation form before a following bilabial, e.g. one mile /wʌm ˈmaɪl/, more and more /mɔːr əm ˈmɔː/, ten pairs /tem ˈpeəz/, gone back /gɒm ˈbak/; sometimes /m/ is a realisation of word-final /ən/ or /n/ following /p/ or /b/, e.g. happen /ˈhapm/, ribbon /ˈrɪbm/, or, in context, cap and gown /kap m ˈgaʊn/ . . . . (Cruttenden 212)


 注意したいのは,confer, conflict, confront, convict などにおいては,注意深い発音では,次に [f] や [v] が続くとはいえ,しっかり歯茎鼻音 [n] で発音されるのが普通ということだ.いずれにせよ,comfort(able) はやはり変わった単語である.
 なお,日本語では通常 [f] や [v] の発音もないので,ましてや [ɱ] など現われることがないように思われるが,口を極端に横に開いた状態でマ行を発音すると,たいてい [ɱ] となる.口をニカッと左右に開き,満面の笑みで「初めまして」というときの「め」と「ま」の子音が否応なしに [ɱ] となってしまう.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spelling. 1954. London: Routledge, 2007.
 ・ Cruttenden, Alan. Gimson's Pronunciation of English. 8th ed. Abingdon: Routledge, 2014.

Referrer (Inside): [2017-03-15-1]

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2016-10-17 Mon

#2730. palatalisation [palatalisation][assimilation][consonant][phonetics][oe][vowel]

 古英語期中に生じた子音変化のなかでも,現在にまで効果残っているものに,口蓋化 (palatalisation) がある.これまでにも,以下の記事を含め,様々な形でこの音韻過程について触れてきた.

 ・ 「#49. /k/ の口蓋化で生じたペア」 ([2009-06-16-1])
 ・ 「#168. <c> と <g> の音価」 ([2009-10-12-1])
 ・ 「#2015. seekbeseech の語尾子音」 ([2014-11-02-1])
 ・ 「#2054. seekbeseech の語尾子音 (2)」 ([2014-12-11-1])
 ・ 「#2367. 古英語の <c> から中英語の <k> へ」 ([2015-10-20-1])

 英語の姉妹言語である Frisian にも認められる音韻過程であり(「#787. Frisian」 ([2011-06-23-1]) ,それが生じた時期は,英語史においても相応して古い段階のことと考えられている.具体的には,4--5世紀に始まり,11世紀まで進行したといわれる.
 起こったことは,軟口蓋閉鎖音 [k], [gg], [g] 音が口蓋前寄りでの調音となり,かつ前者2つについては擦音化したことである.典型的に古英語で <c> で綴られた [k] は,[i, iː, e, eː, æ, æː, ie, iːe, eo, eːo, io, iːo, ea, eːa] のような前母音(を含む2重母音)の前後の位置で,無声口蓋閉鎖音 [c] となり,後に [ʧ] へと発展した.これにより,例えば ċiriċe [ˈcirice] は [ˈʧiriʧe] へ,ċeosan [ˈceozɑn] は [ˈʧeozɑn] へ,benċ [benc] は [benʧ] へと変化した.
 [gg] については [k] と同じ環境で,有声口蓋閉鎖音の [ɟɟ] となり,後に擦音化して [ʤ] となった.これにより,brycg [bryɟɟ] は [bryʤ] へ,secg [seɟɟ] は [seʤ] へ, licgan [ˈliɟɟɑn] は [ˈliʤɑn] へと変化した.
 [g] の場合も同様の条件で口蓋化して [j] となったが,これは擦音化しなかった.例として,ġift [gift] は [jift] へ, ġeong [geoŋg] は [jeoŋg] へ変化した.
 これらの音韻過程の効果は,現代英語の多くの単語に継承されている.以上,寺澤・川崎 (4, 6) を参照した.

 ・ 寺澤 芳雄,川崎 潔 編 『英語史総合年表−英語史・英語学史・英米文学史・外面史−』 研究社,1993年.

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2016-01-25 Mon

#2464. 音変化の原因 [phonetics][phonology][causation][language_change][substratum][spelling_pronunciation][folk_etymology][hypercorrection][assimilation][dissimilation][terminology]

 音変化は言語の宿命ともいえるほど普遍的なものであり,古今東西,これを免れた言語はない.それくらい遍在していながらも,その原因がいまだに明らかとされていないのが不思議といえば不思議である.そもそも,「意味」を伴わない音(韻)が変化するというのはどういうことなのか.語彙や意味が変化するというのは理解しやすいが,音が変化することで誰が何の得をするというのか.言語学の最も難解かつ魅力的な問題である.
 音変化の原因については,古くから様々な説が唱えられてきた.Algeo and Pyles (34--35) を参照して,いくつか代表的なもの を紹介しよう.
 まず,2つの言語AとBが接触し,言語Aの話者が言語Bを不完全に習得したとき,Aの発音の特徴がBへ持ち越されるということがある.換言すれば,新しく獲得される言語に,基層言語の発音特徴が導入されるケースだ.これは,基層言語仮説 (substratum_theory) と呼ばれる.逆に,上層言語の発音特徴が基層言語に持ち越され,結果的に後者に音変化が生じる場合には "superstratum theory" と呼ばれる.
 なるべく音が互いに体系内で等間隔となるよう微調整が働くのではないかという "phonological space" (音韻空間)の観点からの説もある.日本語のように前舌母音として [i, e] をもち,後舌母音として [u, o, ɑ] をもつ母音体系は,よく均衡の取れた音韻空間であり,比較的変化しにくいが,均衡の取れていない音韻空間を示す言語は,均衡を目指して変化しやすいかもしれない.
 音の同化 (assimilation) や異化 (dissimilation),脱落 (elision) や介入 (intrusion),ほかに「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1]) で示したような各種の音韻過程の背後には,いずれも "ease of articulation" (調音の容易さ)という動機づけがあるように思われる.古くから唱えられてきた説ではあるが,もしこれが音変化の唯一の原因だとすれば,すべての言語が調音しやすい音韻の集合へと帰着してしまうことになるだろう.したがって,これは,いくつかありうる原因の1つにすぎないといえる.
 話者の意識がある程度関与する類の音変化もある.「#192. etymological respelling (2)」 ([2009-11-05-1]) で語源的綴字 (etymological_spelling) の例として触れたように,comptroller の中間子音群が [mptr] と発音されるようになったとき,ここには一種の spelling_pronunciation が起こったことになる.また,「#2174. 民間語源と意味変化」 ([2015-04-10-1]) でみたように,chaise longuechaise lounge として発音されるようになったのは,民間語源 (folk_etymology) によるものである.
 威信ある発音への意識が強すぎることによって生じる過剰修正 (hypercorrection) も,音変化の1要因と考えられる.talkin'somethin' のような g の脱落した発音を疎ましく思うあまり,本来 g が予期されない環境でも g を挿入して [ɪŋ] と発音するようなケースである.例えば chickenVirgin Islands が,それぞれ chicking, Virging Islands などと発音が変化する.関連して,rajah, cashmere, kosher などの歯擦音に,本来は予期されなかった /ʒ/ が現われるようになった過剰一般化 (overgeneralization) もある.
 様々な仮説が提案されてきたが,いずれも単独で音変化を説明し尽くすことはできない.常に複数の要因が関与していること (multiple causation of language change) を前提とする必要があろう.
 音変化の原因に限らず,より一般的に言語変化の原因に関しては「#442. 言語変化の原因」([2010-07-13-1]) を参照されたい.

 ・ Algeo, John, and Thomas Pyles. The Origins and Development of the English Language. 5th ed. Thomson Wadsworth, 2005.

Referrer (Inside): [2016-04-08-1]

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2015-07-21 Tue

#2276. 13世紀以降に生じた v 削除 (2) [phonetics][etymology][consonant][assimilation]

 「#1348. 13世紀以降に生じた v 削除」 ([2013-01-04-1]) で取り上げたように,英語には本来存在した語中の [v] が削除された語が少なくない.特に,神山 (156) が指摘するように「母音が先行する語中の [v] が同化を経て失われる過程」は英語史では珍しくない.いくつか例を挙げよう.

 ・ OE hlāford > lord
 ・ OE hlǣfdiġe > lady (cf. 「#23. "Good evening, ladies and gentlemen!"は間違い?」 ([2009-05-21-1]))
 ・ OE heafod > head
 ・ OE havoc > hawk
 ・ OE lāferce > lark
 ・ OE wīfmann > woman (cf. 「#223. woman の発音と綴字」 ([2009-12-06-1]))
 ・ OE hæfde > had (cf. 「#2200. なぜ *haves, *haved ではなく has, had なのか」 ([2015-05-06-1]))

 ほかに never > ne'er, ever > e'er, over > o'er も類例だろうし,of clock > oclock > o'clock の例も加えられるかもしれない.
 [v] は摩擦が弱まって,[w] へと半母音化しやすく,それがさらに [u] へと母音化しやすいのだろう.そして,前後の母音に呑み込まれて消失してゆくという過程を想像することができる.

 ・ 神山 孝夫 「OE byrðen "bur<i>d</i>en'' vs. fæder "fa<i>th</i>er" ―英語史に散発的に見られる [d] と [ð] の交替について―」 『言葉のしんそう(深層・真相) ―大庭幸男教授退職記念論文集―』 英宝社,2015年,155--66頁.

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2015-05-06 Wed

#2200. なぜ *haves, *haved ではなく has, had なのか [phonetics][consonant][assimilation][conjugation][inflection][3sp][verb][paradigm][oe][suffix]

 標記のように,現代英語の have は不規則変化動詞である.しかし,has に -s があるし, had に -d もあるから,完全に不規則というよりは若干不規則という程度だ.だが,なぜ *haves や *haved ではないのだろうか.
 歴史的にみれば,現在では許容されない形態 haveshaved は存在した.古英語形態論に照らしてみると,この動詞は純粋に規則的な屈折をする動詞ではなかったが,相当程度に規則的であり,当面は事実上の規則変化動詞と考えておいて差し支えない.古英語や,とりわけ中英語では,haveshaved に相当する「規則的」な諸形態が確かに行われていたのである.
 古英語 habban (have) の屈折表は,「#74. /b/ と /v/ も間違えて当然!?」 ([2009-07-11-1]) で掲げたが,以下に異形態を含めた表を改めて掲げよう.

habban (have)Present IndicativePresent SubjunctivePreterite IndicativePreterite SubjunctiveImperative
1st sg.hæbbehæbbehæfdehæfde 
2nd sg.hæfst, hafasthafa
3rd sg.hæfþ, hafaþ 
pl.habbaþhæbbenhæfdonhæfdenhabbaþ


 Pres. Ind. 3rd Sg. の箇所をみると,古英語で has に相当する形態として,hæfþ, hafaþ の2系列があったことがわかる. のように2子音が隣接する前者の系列では,中英語期に最初の子音 f が脱落し,hath などの形態を生んだ.この hath は近代英語期まで続いた.
 3単現の語尾が -(e)th から -(e)s へ変化した経緯について「#2141. 3単現の -th → -s の変化の概要」 ([2015-03-08-1]) を始め,「#1855. アメリカ英語で先に進んでいた3単現の -th → -s」 ([2014-05-26-1]),「#1856. 動詞の直説法現在形語尾 -eth は17世紀前半には -s と発音されていた」 ([2014-05-27-1]),「#1857. 3単現の -th → -s の変化の原動力」 ([2014-05-28-1]),「#2156. C16b--C17a の3単現の -th → -s の変化」 ([2015-03-23-1]) などの記事で取り上げてきたが,目下の関心である現代英語の has という形態の直接の起源は,hath の屈折語尾の置換に求めるよりは,古英語の Northumbria 方言に確認される hæfis, haefes などに求めるべきだろう.この -s 語尾をもつ古英語の諸形態は,中英語期にはさらに多くの形態を発達させたが,f が母音に挟まれた環境で脱落したり,fs のように2子音が隣接する環境で脱落するなどして,結果的に has のような形態が出力された.hathhas から唇歯音が脱落した過程は,このようにほぼ平行的に説明できる.関連して,haveof について,後続語が子音で始まるときに唇歯音が脱落することが後期中英語においてみられた.ye ha seyn (you have seen) や o þat light (of that light) などの例を参照されたい (中尾,p. 411).
 なお,過去形 had についてだが,こちらは「#1348. 13世紀以降に生じた v 削除」 ([2013-01-04-1]) で取り上げたように,多くの語に生じた v 削除の出力として説明できる.「#23. "Good evening, ladies and gentlemen!"は間違い?」 ([2009-05-21-1]) も合わせて参照されたい.
 MEDhāven (v.) の壮観な異綴字リストで,hashad に相当する諸形態を確かめてもらいたい.

 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.

Referrer (Inside): [2015-07-21-1]

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2015-03-17 Tue

#2150. 音変化における聞き手の役割 [phonetics][phonology][language_change][causation][teleology][hypercorrection][assimilation][dissimilation]

 「#2140. 音変化のライフサイクル」 ([2015-03-07-1]) の記事で,近年の音変化(および言語変化一般)の研究において,話し手よりも聞き手の役割が重要視されるようになってきていることに触れた.そのような論者の1人に Ohala がいる.Ohala (676) は,話し手の関与を否定し,原則として音変化は聞き手によって主導されるという立場を取っている.それぞれ関連する部分を抜き出そう.

. . . variation in the production domain does not by itself constitute sound change since there is no change in the pronunciation norm; the listener is able (somehow) to reconstruct the speaker's intended pronunciation.

Misperceptions are potential sound changes because they may result in a changed pronunciation norm on the part of listeners if their misperceptions are guides to their own pronunciation.


 発音の規範 ("pronunciation norm") の変化のことを音変化と呼ぶのであれば,それが生じ,定着する場は聞き手のなかであると想定せざるを得ない.もちろん聞き手は次の瞬間に話し手にもなるという意味においては,その音変化が音声的に実現されるのは話し手としての発話行為においてではあろう.しかし,音変化が生じるのは,聞き手としての役割を担っているときである.聞き手は,通常,話し手による規範から逸脱した変異的な発音を適切に「修正」することができるため,規範そのものを維持するのに貢献する.しかし,ときに聞き手が適切に「修正」することに失敗すると,聞き手の規範そのものが変化する可能性が生じる.この立場によれば,音変化の典型である同化 (assimilation) は聞き手による修正のしなさすぎ (hypocorrection) として,また異化 (dissimilation) は聞き手による修正のしすぎ (hypercorrection) として捉えることができる (Ohala 678) .
 Ohala (683) は,持論の終わりのほうで,音変化の無目的性,話し手の無関与,聞き手の役割の重視の3点を合わせて強く主張している.従来の音変化理論における目的論的な見方と,話し手(産出)重視の伝統に真っ向から反対する刺激的な論である.

. . . sound change, at least at its very initiation, is not teleological. It does not serve any purpose at all. It does not improve speech in any way. It does not make speech easier to pronounce, easier to hear, or easier to process or store in the speaker's brain. It is simply the result of an inadvertent error on the part of the listener. Sound change thus is similar to manuscript copyists' errors and presumably entirely unintended.


 写字生の写し誤りの比喩はおもしろい.しかし,比喩を文字通りに受け取ってあら探しをするという趣味のよくないことをあえてすれば,嘘から出た誠よろしく写字生による誤写が正しいのものと取り違えられて定着したという書き言葉上の言語変化は,皆無ではないかもしれないが,少なくとも音変化に比して滅多にないとは述べてよいだろう.この比喩の理解には,"at its very initiation" (その当初においては)の但し書きを重視したい.
 だが,Ohala の主張を聞いていると,言語変化一般において聞き手の役割を再考する必要があるのでないかと思えてくるのは確かだ.

 ・ Ohala, John J. "Phonetics and Historical Phonology." The Handbook of Historical Linguistics. Ed. Brian D. Joseph and Richard D. Janda. Malden, MA: Blackwell, 2003. 669--86.

Referrer (Inside): [2018-07-27-1] [2016-05-26-1]

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2015-01-17 Sat

#2091. <w> に後続する母音の発音 [pronunciation][spelling][vowel][assimilation]

 現代英語で母音字 <a> は様々な母音に対応するが,多くは cat /kæt/ や face /feɪs/ に代表される /æ/ か /eɪ/ かである.特に注意を要するのは,<w> の後に <a> が続くケースである.want, war は通常の綴字と発音の規則に従えばそれぞれ */wænt/, */wɑː/ となりそうだが,実際には /wɒnt/, /wɔː/ である.音声学的にいえば,母音が予想されるよりも後ろ寄りかつ円唇となる.<w> で表される半母音 [w] 自体が著しく後ろ寄りで円唇であるため,その特徴が後続する母音にも影響を与えたという意味で,一種の進行同化を反映しているものととらえられる.swan, wan, what, dwarf などにより,この効果を確認されたい.
 ただし,上のような例を説明する小規則にも例外が多いので注意が必要である.具体的には,短音の a に軟口蓋音 [k, g, ŋ] が続く場合には,上記の同化が阻止され,大規則で予想される通りの前舌母音 /æ/ になる (ex. wax; wag, wigwag, swag, swagger; twang, wangle) .
 また,活用形においても a は大規則で予想される通りになり,同化の影響は反映されない (ex. swam /swæm/, worn /wɔːn/) .
 <w> の影響は,同じ [w] 音を含む <qu> にもおよそ当てはまる.quality は予想される */ˈkwæləti/ ではなく,後ろ寄りで円唇化した母音を示す /ˈkwɒləti/ である.squat も同様であり,r が後続するときには quarry /ˈkwɔːri/, quarter /ˈkwɔːtə/ のようになるのも,<w> の場合と同じだ.<qu> についての例外も <w> の場合とおよそ同じであり,軟口蓋音が続く quack では /kwæk/ となる.ただし,quaffquagmire など両母音の間で揺れを示すものもあり,個々に考える必要がある.
 上では,<wa>- と <qua>- について見てきたが,<wo>- と <quo>- についても少し触れておこう.<o> から予想される短音は /ɒ/ であり,wobble, wok, quod, quondam などに示されるが,<wo>- については won /wʌn/, wolf /wʊlf/ など異なる母音が対応するケースもある.<wor>- については,通常は /wəː/ (ex. word, world, work, worm) だが,/wɔː/ (ex. wore , sworn) となることもある.
 <w> で表される /w/ はその調音上の著しい特徴により後続母音が影響を受けやすいが,他の音環境や類推などの作用も働くため,綴字と発音の関係づけについて一般化が難しい現状となっている.詳しくは,大名 (41--43) を参照されたい.

 ・ 大名 力 『英語の文字・綴り・発音のしくみ』 研究社,2014年.

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2014-11-14 Fri

#2027. イングランドで拡がる miuk の発音 [bre][dialect][phonetics][assimilation][map][rhotic][vowel]

 昨日の記事「#2026. intrusive r (2)」 ([2014-11-13-1]) で現代イングランドで分布を拡大させている現象の1つに注目したが,もう1つの急速に分布を拡げている音韻変化である [l] の母音化を紹介しよう.ある音韻環境において [l] が母音の音色を帯びる傾向がイングランド南東方言で顕著となってきており,拡大している (Trudgill 63--66; 地図は Trudgill 64 をもとに作成したもの) .

Map of 'Miuk' for 'Milk'

 その代表例として挙げられるのが,milk の発音である.従来の [mɪlk] の発音が,[mɪʊlk] を経て [mɪʊk] へと変化してきている.[l] (特に dark l; cf. 「#1817. 英語の /l/ と /r/ (2)」 ([2014-04-18-1])) のもつ後舌性が直前の母音に影響を与えて,[ɪ] を [ʊ] に変え,さらに [l] 自らは消えて行くという過程である.母音の後に [l] が続く環境で広く起こっており,hill, roll, ball などでも同じ現象が確認される.音声学的には同化 (assimilation) の1例であり,さほど珍しいことでもないが,ロンドンで特に顕著に起こっており,南東イングランドを中心に影響力をもち始めているという点が興味深い.そこでは,fillfeel がともに [fɪʊ 〜 fɪʊl] に合一しており,dolldole は [dʌʊ] へ収斂し,pullPaul も [pʌʊ] へ融合してしまっている.
 250年ほど前に non-prevocalic /r/ の脱落がロンドン周辺で起こり,勢力を拡大してきたことを考えると,現在 non-prevocalic /l/ の脱落がロンドンを中心に始まっているということは示唆的である.今後,イングランドのより広い地域の方言へ拡大し,イングランド現代方言における標準と目されるようになる可能性がある.

 ・ Trudgill, Peter. The Dialects of England. 2nd ed. Oxford: Blackwell, 2000.

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2013-09-10 Tue

#1597. starstella [consonant][phonetics][dissimilation][assimilation][etymology][suffix]

 8月20日付けで,「素朴な疑問」コーナーにて次のような質問をいただいたので,考えてみたい.

piano 2013-08-20 09:25:05
Online Etymology Dictionaryでstarを調べますと、ラテン語だけ"stella" と最後の子音が"l"になっています。"r"→"l"という子音の変化はしばしば起こることなのでしょうか。ご教示いただけるとうれしいです。


 [r] と [l] の単語内での交替については,「#72. /r/ と /l/ は間違えて当然!?」 ([2009-07-09-1]) で見たとおり,いくつかの事例が確認される.異化 (dissimilation) と呼ばれる音韻過程の典型例である.しかし,今回の英語 star とラテン語 stella との対応は,[r] と [l] の異化とは無関係だろう.「#90. taperpaper」 ([2009-07-26-1]) や「#259. phonaesthesia異化」 ([2010-01-11-1]) でも触れたが,異化は [r] や [l] が単語内で繰り返し現れる場合に起こりやすい.つまり,異化は個々の単語において単発に生じるものであるとはいえ,その動機がでたらめなわけではない.star やその印欧諸語の同根語の語形をみてみると,特に流音の繰り返しは確認されないので,たまたまこの語に作用した異化とみなすのには無理がある.では,starstella の子音の対応は,ほかにどのように説明されるのだろうか.
 まず,語源形と同根語の形態をざっとみてみよう.印欧祖語では *ster- (star) が再建されている.より古い段階の *əster- から発展したとされ,一説によると Akkadian Ištal (Venus に相当する女神)からの借用語という.ゲルマン祖語としては *sternōn が再建され,ゲルマン諸語では OE steorra, Du. ster, OHG sterno/sterro, G Stern, ON stjarna, Goth. staírnō などが文証される.いずれも問題の子音は r である.なお,n を残す形態は,英語でも ON stjarna に影響を受けた stern という形態として北部方言でいまなお確認される.非ゲルマン系でも,Gk astḗr, Welsh seren, Skt stár, Hitt. haster-, Toch. A śreǹ (nom.pl.) と軒並み r が現れる.
 ところが,ロマンス系では Latin stella を含め,問題の子音は l に対応しているか,あるいは脱落したかである.このラテン語形は,俗ラテン語形 *stēla を経由して,F étoile, It. stella, Rum. stea などへと発達した.唯一の妙な例は,rl を両方含む Sp. estrella で,これは Gk āstron を借用した L astrum との混成を示している.
 結局のところ,英語 star やその他ほとんどの同根語にみられる r こそが歴史的な子音なのであって,ラテン語 stella に含まれる l は例外的だということになる.では,ラテン語の例外的な子音 l はいかにした生じたのだろうか.OED の star, n.1 の語源欄によれば,L stella は文証されない *ster-la から発展したものではないかという.この仮定される接尾辞 -la について OED は説明を与えていないが,Skeat の語源辞典が指摘する通り,指小辞 (diminutive) と考えてよいだろう(cf. フランス語 soleil (太陽)が語根+指小辞の語形成であることと比較).この la の直前の位置において,語根の rl に同化(異化ではなく)され,ll を示すようになったのではないか.ただし,Partridge の語源辞典では,IE *ster- の異形として *stel- が再建されていることも異論として付け加えておこう.
 ラテン語 stella に基づく英語への借用語には,固有名詞 Stella のほか,constellation, stellar, stellate などがある.英国留学中にお世話になったビール Stella Artois も例として外せない.

 ・ Skeat, Walter William, ed. An Etymological Dictionary of the English Language. 4th ed. Oxford: Clarendon, 1910. 1st ed. 1879--82. 2nd ed. 1883.
 ・ Skeat, Walter William, ed. A Concise Etymological Dictionary of the English Language. New ed. Oxford: Clarendon, 1910. 1st ed. 1882.
 ・ Partridge, Eric Honeywood. Origins: A Short Etymological Dictionary of Modern English. 4th ed. London: Routledge and Kegan Paul, 1966. 1st ed. London: Routledge and Kegan Paul; New York: Macmillan, 1958.

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2013-04-14 Sun

#1448. wanna go と「行かまほし」 [japanese][assimilation][grammaticalisation][auxiliary_verb]

 現代英語の口語において,want to の省略形としての wanna が勢力を得てきている.「#914. BNC による語彙の世代差の調査」 ([2011-10-28-1]) でも,wannagonna (< going to) とともに若い世代を特徴づける表現であることが示されていた.また,この省略ないし変化は「#624. 現代英語の文法変化の一覧」 ([2011-01-11-1]) で簡単に触れたように,法助動詞化(より一般的には文法化)の過程としてみることもできる.wanna において wantto は音韻的,形態的に同化しており,話者は使用にあたって分析していないと想定される.もしそうだとすれば,wanna は「#64. 法助動詞の代用品が続々と」 ([2009-07-01-1]) のリストに加えて然るべきということになろう.
 興味深いことに,日本語の古語で希望を表わす助動詞「まほし」は,その形成過程が wanna の場合とそっくりである.例えば,「行かまほし」は「行かまくほし」の縮約形であり,後者を歴史的,形態的に分析すると,「行く」の未然形+推量の助動詞「む」の未然形+名詞をつくる接尾辞「く」(ク語法)+形容詞「ほし」となる.音韻的に示せば,/ma ku FoSi/ がつづまって /maFoSi/ となり,この形態音韻連鎖が独立した希望の助動詞として認識されるようになったということである.実際に,上代ではまだ「まくほし」の形が見られる.「まほし」は中世まで主として仮名文学作品の散文で用いられたが,近世以降は現在の「たい」に連なる「たし」が優勢となり,「まほし」を置き換えた.
 wanna go と「行かまほし」の形成過程の類似はこれだけにとどまらない.英語の不定詞 to は,後続する動詞を未来志向を込めた名詞へと作り替える働きをしている(反対に動名詞は過去志向の名詞を作るといわれる).同様に,「まほし」の前身「まくほし」に含まれる「まく」は,先述の通り,推量の助動詞「む」の未然形+名詞をつくる接尾辞「く」(ク語法)である.推量の助動詞「む」は未来をも表わす.形態素の並びの方向こそ,英語と日本語とで逆向きではあるが,対応する意味を担った形態素が並び,縮約され,結果として分析されない1つの助動詞として解されるようになった点が酷似している.

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2012-06-21 Thu

#1151. 多くの謎を解き明かす軟口蓋唇音 [indo-european][comparative_linguistics][phonetics][etymology][assimilation]

 昨日の記事「#1150. centumsatem」 ([2012-06-20-1]) で,印欧祖語に labiovelar (軟口蓋唇音)があったことに触れた.[k, g] のような軟口蓋音を調音する際に,同時に唇を丸めて出す音である.表記としては [kw, gw] などと示すのが通例である.2カ所の調音器官を同時に用いる独特な音であるため,調音にも聴解にもより簡便な,単なる唇音あるいは単なる軟口蓋音へと発達することも多い.異なる言語の同根語 (cognate) どうしの間で,/k, g/ が /w, b/ などに対応することになるわけだから,軟口蓋唇音は,大きな差を生み出しうる原因である.
 例えば,フランス語の疑問詞に見られる語頭子音 [k] (ex. que, qui, quoi) に対して,英語の疑問詞に見られる語頭子音 [w] (ex. what, who) は音声的には著しく異なっているように見えるが,印欧祖語 *kw を想定すれば,同根語の対応がよく理解できる.英語本来語の名詞 cow (ウシ)とラテン語由来の形容詞 bovine (ウシ属の)の語頭子音の著しい差異も,PIE *gwōus を想定することで,意外と小さく見えてくる(この語の究極の語源については,『英語語源辞典』 pp. 1647--48 が詳しい).
 音声環境によって [g] と [w] が非常に似ているということは,私も身近に体験したことがある.娘が幼児期に「レッグ・ウォーマー」を「レッグ・ゴーマー」と覚えてしまったという例がある.[regg(u) woːmaː] が [reggu goːmaː] と受け取られたのだろう.3拍目と4拍目の境に現われる軟口蓋唇音が,誤解の原因である.
 子供の言い違え,聞き違いということでいえば,最近の次男による作品として「トイレット・テーパー」がある.トイレッ「ト」の [t] により,次に来るはずの [p] が調音点の同化(進行同化)を受けて [t] となったものと考えられる.これを聞いたときに頭をよぎったのは,[2009-07-26-1]の記事「#90. taperpaper」である.その記事では,同化 (assimilation) ではなくむしろ異化 (dissimilation) が説明原理だったわけだが・・・.

 ・ 寺澤 芳雄 (編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.

Referrer (Inside): [2018-08-28-1]

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2012-04-11 Wed

#1080. なぜ five の序数詞は fifth なのか? [numeral][adjective][inflection][oe][phonetics][assimilation][analogy]

 標題は,先日素朴な疑問への投稿に寄せられた質問.基数詞 five に対して序数詞 fifth であるのはなぜか.基数詞 twelve に対して序数詞 twelfth であるのはなぜか,というのも同じ問題である.
 今回の疑問のように「基本形 A に対して,関連する A' が不規則形を帯びているのはなぜか」というタイプの問題は少なくないが,問題提起を逆さに見るほうが歴史的事実に対して忠実であるということが,しばしばある.今回のケースで言えば,「 /v/ をもつ基数詞 five に対して,関連する序数詞が不規則な /f/ をもつ fifth となっているのはなぜか」ではなく「 /f/ をもつ序数詞 fifth に対して,関連する基数詞が不規則な /v/ をもつ five となっているのはなぜか」と考えるべき問題である.歴史的には fifth の /f/ は自然であり,five の /v/ こそが説明を要する問題なの である.
 古英語に遡ると,基数詞「5」は fīf であり,基数詞「12」は twelf だった.綴字に示されている通り,語尾は無声音の [f] である(cf. 現代ドイツ語の fünf, zwölf).古英語で序数詞を作る接尾辞は -(o)þa だったが,この摩擦子音は [f] の後では破裂音 [t] として実現され,古英語での対応する序数詞は fīfta, twelfta として現われた.中英語以降に,他の序数詞との類推 (analogy) により tth に置き換えられ,現代英語の fifth, twelfth が生まれた.
 もう1つ説明を加えるべきは,古英語で「5番目の」は fīfta と長母音を示したが,現在では短母音を示すことだ.これは,語末に2子音が後続する環境で直前の長母音が短化するという,中英語にかけて生じた一般的な音韻変化の結果である.同じ音韻変化を経た語を含むペアをいくつか示そう.現代英語ではたいてい母音の音価が交替する.([2009-05-14-1]の記事「#16. 接尾辞-th をもつ抽象名詞のもとになった動詞・形容詞は?」も参照.)

 ・ feel -- felt
 ・ keep -- kept
 ・ sleep -- slept
 ・ broad -- breadth
 ・ deep -- depth
 ・ foul -- filth
 ・ weal -- wealth
 ・ wide -- width


 fifth については,このように接尾辞の子音の声や語幹の母音の量に関して多少の変化があったが,語幹の第2子音としては古英語以来一貫して無声の /f/ が継承されてきており,古英語の基数詞 fīf からの直系の子孫といってよいだろう.
 では,次に本質的な問題.古英語の基数詞 fīf の語末子音が有声の /v/ となったのはなぜか.現代英語でもそうだが,基数詞は「5」のように単独で名詞的に用いられる場合と「5つの」のように形容詞的に用いられる場合がある.古英語では,形容詞としての基数詞は,他の通常の形容詞と同様に,関係する名詞の性・数・格・定不定などの文法カテゴリーに従って特定の屈折語尾をとった.fīf は,当然ながら,数のカテゴリーに関して複数としての屈折語尾をとったが,それは典型的には -e 語尾だった(他の語尾も,結局,中英語までには -e へ収斂した).古英語では,原則として有声音に挟まれた無声摩擦音は声の同化 (assimilation) により有声化したので,fīfeの第2子音は <f> と綴られていても [v] と発音された.そして,やがてこの有声音をもつ形態が,無声音をもつ形態を置き換え,基本形とみなされるようになった.twelve についても同様の事情である.実際には,基数詞の屈折の条件は一般の形容詞よりも複雑であり,なぜ [v] をもつ屈折形のほうが優勢となり,基本形と認識されるようになったのかは,別に説明すべき問題として残る.
 数詞のなかでは,たまたま five / fifthtwelve / twelfth のみが上記の音韻変化の条件に合致したために,結果として「不規則」に見え,変わり者として目立っている.しかし,共時的には不規則と見られる現象も,通時的には,かなりの程度規則的な変化の結果であることがわかってくる.規則的な音韻変化が不規則な出力を与えるというのは矛盾しているようだが,言語にはしばしば観察されることである.また,不規則な形態変化が規則的な出力を与える(例えば類推作用)というのもまた,言語にはしばしば観察されるのである.

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2011-08-05 Fri

#830. sandhi [assimilation][euphony][phonetics][terminology][sanskrit][article]

 [2011-08-02-1]の記事「she の語源説」の (3) で,"sandhi-theory" に言及した.sandhi (サンディー)とはサンスクリット語 (Sanskrit) に由来する文法用語で,我が国では連声(れんじょう)と訳されることもある.原語では,「(彼は)まとめる,つなげる」を表わす saṃ-dadhāti の名詞形で「連結」を意味する.ある語の語末と後続する語の語頭のあいだに見られる音便 (euphony) を指し,その現われは言語によって様々だが,多くは母音や子音の同化 (assimilation) を含む.
 Sanskrit には sandhi が音韻形態規則として深く埋め込まれており,その音形が文字にも反映されるので非常に重要な音韻過程である.語と語のあいだ,あるいは複合語の構成要素のあいだに見られる連声は外連声 (external sandhi) と呼ばれ,語中の語幹と派生接辞・屈折接辞のあいだに見られる連声は内連声 (internal sandhi) と呼ばれる.
 英語に見られる(外)連声の例としては以下のようなものがある.

 ・ did you が [did juː] ではなく [diʤuː] となる子音の同化.
 ・ far 単独では [fɑː] のように non-rhotic だが,far away では [ˈfɑːrəˈweɪ] のように rhotic になる linking r の現象.
 ・ 不定冠詞 a が母音(ときに無強勢の h )で始まる語の前に置かれる場合に an となる現象 (see [2010-07-30-1], [2010-08-01-1]) .上記の2例と異なり,sandhi の有無を示す異形態が正書法上も区別されている点で,英語では珍しい例である.

 「連声」の概念は,「音便」という術語において日本語にも応用されており,アンオン(安穏)がアンノンに,オンヨウジ(陰陽師)がオンミョウジに,セツイン(雪隠)がセッチン,サンイ(三位)がサンミになるように,ン,チ,ツ音にア行・ワ行・ヤ行音が後続する環境で主として漢語の内部に生じる例が多数ある.12世紀を中心とする院政期までには特に仏典の読誦で頻発していたようだが,あくまで中世の現象であり,現在までに生産性を失って語彙的に固定化している.
 フランス語の vous aimez [vuzeme] や est-il [ɛtil] などに見られるリエゾン (liaison) も sandhi の一種だが,英語や日本語のそれよりも体系的である.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.

Referrer (Inside): [2017-01-09-1] [2011-08-06-1]

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2011-07-15 Fri

#809. euphony and cacophony [phonetics][euphony][assimilation][terminology]

 楽音と同様に,言語音にも快音と不快音がある.euphony 「快音調」と cacophony 「不快音調」の区別は,単音についても言えるし,音連続についても言える.一般には (1) 調音位置の非常に異なる音が連続する,(2) 子音群が連続する,(3) 同一音が近接して連続する,などの場合に cacophonous とみなされることが多いが,快不快はあくまで主観的な基準であり,言語や文化によってとらえ方は異なる.英語においては,柔らかい,流れるような,融合的な音が euphonious とみなされることが多く,具体的には長母音,半母音 /j, w/ ,鼻音や流音 /l, m, n, r/ が快音調の代表である.
 聴いて快適であるのと発音しやすいのとは別のことではあるが,関連はしている.特に後者は英語の形態論や統語論に少なからぬ影響を与えている.潜在的な異形が存在する場合に,cacophony を回避し euphony を得るという目的で,ある形態が選択されているように見える例がある.*a apple ではなく an apple, *Amn't I ではなく Aren't I, *tobaccoist ではなく tobacconist ( n の挿入については[2011-07-03-1]の記事「nightingale」を参照), *for conscience's sake ではなく for conscience' sake, *inpossible ではなく impossible などである.最後の例のような同化 (assimilation) も euphony の一種といえるだろう.
 このように,euphony が異形の選択に影響力をもっているように見える例はいくつもあるが,決定的な力をもっているかと言えばそうではないだろう.その言語の音素配列,語法の慣習,類推作用などがより強い影響力を有していることが多く,euphony は,[2011-04-09-1]の記事「独立した音節として発音される -ed 語尾をもつ過去分詞形容詞 (2)」で触れた eurhythmy と同様に,常に効いてはいるが相対的に弱い力として考えられる.
 では,cacophony は常に嫌われ者かといえば,R. Browning や Hopkins のような詩人にとってはむしろ武器であった.彼らは cacophony を積極的に利用することで,新鮮な音連続を作り出し,詩的効果を狙ったのである.

Referrer (Inside): [2011-07-16-1]

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2011-06-14 Tue

#778. P-Celtic と Q-Celtic [celtic][indo-european][family_tree][phonetics][assimilation]

 [2011-06-10-1]の記事「ケルト語の分布」でケルト諸語の歴史分布地図と系統図を示した.その系統図では詳細な区分が採用されていたが,[2009-06-17-1]の印欧語系統図に示されている伝統的な区分によれば,イギリス諸島を中心とするケルト諸語は大きく Brythonic と Goidelic 語群とに分かれる(下図参照).

Family Tree of Celtic Languages, Traditional Version

 Brythonic 語群と Goidelic 語群は,それぞれ別名で P-CelticQ-Celtic とも呼ばれる.この区分は,印欧祖語の *kw が,前者では /p/ へ発展し,後者ではそのまま受け継がれた(ただし後に非円唇化して /k/ へ発展した)事実に基づく./kw/ の /p/ への変化は一見すると飛躍に思えるが,調音音声学的には /w/ の円唇性が逆行同化で閉鎖音 /k/ に作用し,両唇閉鎖音 /p/ へ帰着したと説明される.
 無声音と有声音との違いはあるが,これと同種の音声変化は印欧語族の他の語派でも生じている.例えば,印欧祖語で「牛」を表わす *gwōus の語頭子音はゲルマン語派へは /k/ として伝わり,英語 cow, ドイツ語 Kuh などに残っているが,他の語派では両唇音 /b/ へと変化し,その効果はラテン語 bōs, ギリシア語 boûs などに確認される.フランス語やラテン語から英語へ借用された beefbovine は,究極的に cow と同根である.(『英語語源辞典』(pp. 1666--67) の「真の語源と見せかけの語源」を参照.)
 P-Celtic を代表する Welsh と Q-Celtic を代表する Irish の同根語 ( cognate ) で語形を比較してみよう.以下の表は,Price (17) に基づいて Fennell (30) がまとめた比較を再現したものである.

Welsh (Brythonic = P-Celtic)Irish (Goidelic = Q-Celtic)meaning
pwy"who"
pedwarceathair"four"
penceann"head"
pairċoire"cauldron"
prydcruth"appearance"


 ケルト諸語の現存する最も古い文献は,Welsh や Breton の gloss で,紀元800年頃から現われる.12世紀以降は,特に Welsh 文学の資料が豊富に伝わっている.

 ・ Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.
 ・ Price, Glanville. The Languages of Britain. London: Arnold, 1984.
 ・ 寺澤 芳雄 (編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.

Referrer (Inside): [2011-06-15-1]

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2009-12-31 Thu

#248. 「ウィメンズ」と「レディース」 [assimilation][dissimilation][language_change]

 [2009-12-29-1]の記事で,女性着は「レディース」か「ウィメンズ」かという問題に触れた.頻度としては「レディース」のほうが圧倒的だが,「ウィメンズ」を用いることの効用として,(1) 「メンズ」と韻を踏むので対比が強調されること,(2) 珍しいので広告的価値があること,が考えられる.特に (1) は,あえて「メンズ」と類似する形態を用いることがポイントであり,一種の同化作用 ( assimilation ) が働いているといえる.「ウィ」の有無という一点により女性着か男性着かの区別が付けられるようになり,言語表現の産出 ( production ) という観点からは,負担が少なくすむ.
 だが,言語表現の知覚 ( perception ) という観点からは,「ウィ」の有無のみに依存する差異というのは心許ない.「ウィ」の発音が弱かったり,周囲の雑音にかき消されたりする場合,そこだけに依存しているがゆえに,「メンズ」との区別が明確になされない,あるいは「メンズ」として誤解される危険がつきまとう.産出する側は「ウィ」の有無を意識的に制御するだけで区別がつけられるので利点は大きいが,知覚する側にとってはむしろ聞き間違えるというリスクが大きい.知覚の観点からは,「メンズ」と音声的・形態的に一致するところのない「レディース」を使ってもらった方が,聞き間違える心配がないのである.この場合,あえて異なる形態を用いて差異を明確にする異化作用 ( dissimilation ) が働いていることになる.
 言語表現を楽に産出しようとすれば,脳や口の回転の少ない,互いに似通った形態が好まれる.ここでは,いきおい assimilation の作用が優勢となる.一方,言語表現を知覚する立場からすると,あまり似通った形態ばかりだと,意味上の区別がつけられない,コミュニケーションが阻害される,といった弊害が生じることになる.効果的な知覚のためには,言語表現は互いにできるだけ異なっていたほうがよい.ここでは,いきおい dissimilation の作用が優勢となる.しかし,言語コミュニケーションにおいて産出と知覚は常にペアであり,一方を他方より優先させるわけにはいかない.
 assimilationdissimilation は互いに緊張関係にあり,綱引きをしあっている.この二つの作用が綱引きをしているという比喩は,言語変化についても言える.釣り合いを保とうとする天秤がシーソーのように上下して,なかなか静止しないのと同様に,言語変化においても二つの力が常に作用しているために,なかなか静止しない.言語が変化せずにいられないのは,一つには assimilationdissimilation が永遠の綱引きを競っているからである.

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2009-12-06 Sun

#223. woman の発音と綴字 [pronunciation][spelling][phonetics][assimilation][etymology]

 woman の複数形は <women> と綴り /wɪmɪn/ と発音する.<o> の綴字に /ɪ/ の音が対応するというのは,現代英語広しといえども相当な珍事であり,Bernard Shaw をして <ghoti> "fish" なる綴字を発明させたほどである([2009-05-13-1]).この <o> と /ɪ/ の珍奇なマッチングはいかにして生じたのだろうか.
 この謎を解くには,まずは単数形 <woman> /wʊmən/ から考えなければならない.この語の古英語の形は wīfmann である.これは,wīf "wife" + mann "man" の複合語である.古英語の wīf は「妻」のほかに「女性」一般を意味した(ドイツ語の Weib 「女性」と比較).一方,mann は現代英語と同様に「男」のほかに「人」をも意味した.したがって,複合語 wīfmann は「女性である人」すなわち「女性」を意味した.
 古英語以降,wīfmann はいくつかの音声変化を経ることとなった./f/ が直後の /m/ によって調音様式の同化を受け /m/ へと変化する一方で,長母音 /i:/ が /ɪ/ へ短化した.また,語頭の /w/ が後続する /ɪ/ 音に影響を及ぼし,/ɪ/ は /ʊ/ へと円唇化した.この一連の音声変化によって,現代的な発音 /wʊmən/ が生まれた.
 これで発音は説明できたが,綴字の <o> はまだ説明されていない.音声変化の結果として生じた新発音が発音通りに綴られれば,<wuman> となるはずだった.実際に,歴史的には <wumman> などの綴字が例証される.
 ところが,中英語期に,<m>, <n>, <v>, <w> のように縦棒 ( minim ) で構成される文字の近隣に <u> を置くことが避けられるようになった.<u> 自身も縦棒で構成されるため,これらの文字どうしで判別がつかなくなる恐れがあったためである.そこで,このような環境にある <u> は当時のフランス語の綴字習慣をまねて <o> で代用するという慣習が発達した.
 通常,発音は自然に発達するものだが,綴字は人為的に採用されるものである.かくして,woman は,発音こそ /wʊmən/ として定着したが,綴字は <woman> として定着することとなった.
 では,複数形 women の発音と綴字は? 明日の記事に続く.

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2009-08-28 Fri

#123. 同化 --- 生理と怠惰による言語変化 [assimilation][phonetics][consonant][language_change]

 音声学で同化 ( assimilation ) と呼ばれる現象がある.同化はどの言語にもありうる現象であり,言語変化においてそれが果たす役割は大きい.
 例として,否定の接頭辞 in- の子音の同化作用を取り上げよう.形容詞の基体とそれに in- を付加した否定形のペアは多数あるが,mature / immatureregular / irregular のペアを取りあげてみる.この二対のペアでは,基体の頭の子音にしたがって,in- の子音が変化していることに気づくだろう.例えば in + matureimmature となっているが,ここでは [n] -> [m] の変化が起こっている.これこそ,典型的な調音点の同化と呼ばれる現象である.
 [2009-05-29-1]の子音表によれば,[n] という子音は「有声・歯茎・鼻音」と記述される.舌を歯茎につけて声帯をふるわせながら呼気を鼻に抜くと,この [n] 音が出る.一方,mature は [m] で始まるが,この子音は「有声・両唇・鼻音」と記述される.両唇をしっかり閉じ,声帯を震わせながら呼気を鼻に抜く音である.
 [n] と [m] は音声学的には非常に似通っていることがわかるだろう.唯一の違いは,舌を歯茎につけるか両唇を閉じるかという,調音点だけの違いである.音がこれほど近いと,[nm] という連鎖を別々に調音するのはかえって厄介である.そこで,一方が他方に同化するという作用が起こる.多くの場合,後にくる音を予期して先に調音するという「早とちり」が起こる.[nm] のケースでは,[m] の両唇の閉めを一足早く [n] の段階で実行してしまうために [mm] となってしまうのである.そのあと,この重子音が単子音化して [m] となった.
 immature の場合には調音点で同化が起こったが,調音様式で同化が起こることもある.例えば,irregular では regular の語頭子音 [r] に影響されて接頭辞 in- が ir- へ変化している.[r] は「有声・歯茎・接近音」と記述されるが,[n] と異なっているのは,調音様式だけである.歯茎の辺り接近させて軽い摩擦を生じさせるか,舌を歯茎に当てながら鼻に抜かせるかの違いである.[nr] と続くと,後にくる [r] の調音様式が先の [n] の調音の段階で早めに適用され,[rr] となる.これがのちに単子音化し,[r] となった.
 連続する二音が似ているのならば,いっそのこと同じ音にしてしまえという同化の発想は,ヒトの調音生理と怠惰欲求に基づいているといってよい.そして,この生理と怠惰が英語史(そして言語史一般)で話した役割は甚大である.

Referrer (Inside): [2009-10-12-1]

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