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folk_etymology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-07-23 04:52

2019-05-06 Mon

#3661. 複数所有格のアポストロフィの後に何かが省略されているかのように感じるのは自然 [apostrophe][genitive][plural][punctuation][haplology][folk_etymology][sobokunagimon]

 先日「#3656. kings' のような複数所有格のアポストロフィの後には何が省略されているのですか?」 ([2019-05-01-1]) と題する素朴な疑問を取り上げた.歴史的な観点からの回答として,端的に「何も省略されていない」と答えた.共時的に想像を膨らませれば,kings という複数形に,さらに所有格の 's を付したが,綴字上,末尾が s's とうるさくなりそうなので,簡略表記したのではないか,とみることもできそうだ (cf. haplology) .実際,そのような発想のもとで近代英語期に現行の句読法 (punctuation) が定まっていた可能性は高いのではないかと思われる.もしそうだったとしたら,歴史的な事実に基づくというよりは,共時的な想像に基づく正書法の確立だったということになる.これを非難するつもりもないし,先の記事で述べたように複数形 kings,単数所有格形 king's,複数所有格形 kings' の3つが,せめて表記上は区別されることになったわけだから,結果として便利になったと考えている.ただし,歴史的にはそういうわけではなかった,ということをここでは主張しておきたい.
 この辺りの問題については,Jespersen (272) がまさに取り上げている.それを引用するのが手っ取り早いだろう.

   16.86. These forms [genitive plurals with -es] (in which e was still pronounced) show that the origin of the ModE gen pl is the old gen pl in -a (which in ME became e) + the ending s from the gen sg, which was added analogically for the sake of greater distinctiveness. The s' in kings' thus is not to be considered a haplological pronunciation of -ses, though some of the early grammarians look upon it as an abbreviation: Bullokar Æsop 225 writes the gen pl ravenzz and crowzz with his two z-letters, which do not denote two different sounds, but are purely grammatical signs, one for the plural and the other for the genitive.---Wallis 1653 writes "the Lord's [sic] House, the House of Lords . . pro the Lords's House", with the remark "duo s in unum coincident." Lane, Key to the Art of Lettters 1700 p. 27: "Es Possessive is often omitted for easiness of pronunciation as . . . the Horses bridles, for the Horsesses bridles."
   In dialects and in vg speech the ending -ses is found: Franklin 152 (vg) before gentle folkses doors | GE M 1.10 other folks's children; thus also 1.293, 1.325, 2.7 | id A 251 gentlefolks's servants; ib 403; all in dialect | London schoolboy, in Orig. English 25: I wish my head was same as other boyses. Cf Murray D 164 the bairns's cleose, the færmers's kye, the doags's lugs; Elworthy, Somers. 155 voaksez (not other words, cf GE)


 このような解説を読んでいると,標準語の「正史」としては -s's がうるさいから -s' にしたという理屈は採用できないものの,非標準語の歴史という観点からみると,それもあながち間違っているとは言い切れないのかなと思い直したりする.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part VI. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1942.

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2018-06-07 Thu

#3328. Joseph の言語変化に関する洞察,5点 [language_change][contact][linguistic_area][folk_etymology][teleology][reanalysis][analogy][diachrony][methodology][link][simplification]

 連日の記事で,Joseph の論文 "Diachronic Explanation: Putting Speakers Back into the Picture" を参照・引用している (cf. 「#3324. 言語変化は霧のなかを這うようにして進んでいく」 ([2018-06-03-1]),「#3326. 通時的説明と共時的説明」 ([2018-06-05-1]),「#3327. 言語変化において話者は近視眼的である」 ([2018-06-06-1])) .言語変化(論)についての根本的な問題を改めて考え直させてくれる,優れた論考である.
 今回は,Joseph より印象的かつ意味深長な箇所を,備忘のために何点か引き抜いておきたい.

[T]he contact is not really between the languages but is rather actually between speakers of the languages in question . . . . (129)


 これは言われてみればきわめて当然の発想に思われるが,言語学全般,あるいは言語接触論においてすら,しばしば忘れられている点である.以下の記事も参照.「#1549. Why does language change? or Why do speakers change their language?」 ([2013-07-24-1]),「#1168. 言語接触とは話者接触である」 ([2012-07-08-1]),「#2005. 話者不在の言語(変化)論への警鐘」 ([2014-10-23-1]),「#2298. Language changes, speaker innovates.」 ([2015-08-12-1]) .
 次に,バルカン言語圏 (Balkan linguistic_area) における言語接触を取り上げながら,ある忠告を与えている箇所.

. . . an overemphasis on comparisons of standard languages rather than regional dialects, even though the contact between individuals, in certain parts of the Balkans at least, more typically involved nonstandard dialects . . . (130)


 2つの言語変種の接触を考える際に,両者の標準的な変種を念頭に置いて論じることが多いが,実際の言語接触においてはむしろ非標準変種どうしの接触(より正確には非標準変種の話者どうしの接触)のほうが普通ではないか.これももっともな見解である.
 話題は変わって,民間語源 (folk_etymology) が言語学上,重要であることについて.

Folk etymology often represents a reasonable attempt on a speaker's part to make sense of, i.e. to render transparent, a sequence that is opaque for one reason or another, e.g. because it is a borrowing and thus has no synchronic parsing in the receiving language. As such, it shows speakers actively working to give an analysis to data that confronts them, even if such a confrontation leads to a change in the input data. Moreover, folk etymology demonstrates that speakers take what the surface forms are --- an observation which becomes important later on as well --- and work with that, so that while they are creative, they are not really looking beyond the immediate phonic shape --- and, in some instances also, the meaning --- that is presented to them. (132)


 ここでは Joseph は言語変化における話者の民間語源的発想の意義を再評価するにとどまらず,持論である「話者の近視眼性」と民間語源とを結びつけている.「#2174. 民間語源と意味変化」 ([2015-04-10-1]),「#2932. salacious」 ([2017-05-07-1]) も参照.
 次に,話者の近視眼性と関連して,再分析 (reanalysis) が言語の単純化と複雑化にどう関わるかを明快に示した1文を挙げよう.

[W]hen reanalyses occur, they are not always in the direction of simpler grammars overall but rather are often complicating, in a global sense, even if they are simplificatory in a local sense.


 言語変化の「単純化」に関する理論的な話題として,「#928. 屈折の neutralization と simplification」 ([2011-11-11-1]),「#1839. 言語の単純化とは何か」 ([2014-05-10-1]),「#1693. 規則的な音韻変化と不規則的な形態変化」 ([2013-12-15-1]) を参照されたい.
 最後に,言語変化の共時的説明についての引用を挙げておきたい.言語学者は共時的説明に経済性・合理性を前提として求めるが,それは必ずしも妥当ではないという内容だ.

[T]he grammars linguists construct . . . ought to be allowed to reflect uneconomical "solutions", at least in diachrony, but also, given the relation between synchrony and diachrony argued for here, in synchronic accounts as well.


 ・ Joseph, B. D. "Diachronic Explanation: Putting Speakers Back into the Picture." Explanation in Historical Linguistics. Ed. G. W. Davis and G. K. Iverson. Amsterdam: Benjamins, 1992. 123--44.

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2018-06-01 Fri

#3322. Many a mickle makes a muckle [proverb][phonaesthesia][sound_symbolism][alliteration][folk_etymology]

 「塵も積もれば山となる」に対応する英語の諺について「#564. Many a little makes a mickle」 ([2010-11-12-1]) で取り上げた.強弱音節が繰り返される trochee の心地よいリズムの上に,語頭音として m が3度繰り返される頭韻 (alliteration) も関与しており,韻律的にも美しいフレーズである.
 この諺には標記の「崩れた」ヴァージョンがあり,そちらもよく聞かれるようだ.muckle は語源的には mickle の異なる方言形にすぎず,同義語といってよい.
「#1557. mickle, much の語根ネットワーク」 ([2013-08-01-1]) で述べたように,古英語の myċel と同根だが,中英語では方言によって第1母音と第2子音が様々に変異し,多くの異形態が確認される.大雑把にいえば,mickle は北部方言寄り,muckle は中部方言寄りととらえておいてよい(MEDmuchel (adj.) の異綴字を参照).
 だが,micklemuckle が同義語ということになると,標記のヴァージョンは「山も積もれば山となる」ということになり,諺として意味をなさない.これが有意義たり得るためには,micklelittle が同義語であると勘違いされていなければならない.そして,このヴァージョンは,実際にそのような誤解のもとに成り立っているに違いない.民間語源 (folk_etymology) の1例とみなせそうだ.
 しかし,この誤解なり勘違いに基づく民間語源は,なかなかよくできた例である.まず,結果的に正しいヴァージョンよりも1つ多くの頭韻を踏んでいることになり,リズム的には完璧に近い.さらに,mickle が「小」で muckle が「大」という理解(あるいは誤解)は,「#242. phonaesthesia と 遠近大小」 ([2009-12-25-1]) で触れたように,英語の音感覚性 (phonaesthesia) に対応している.英語には,前舌母音の /ɪ/ が小さなものを, 後舌母音の /ʊ/ (現在の /ʌ/ はこの後舌母音からの発達)が大きなものを象徴する例が少なくない.かくして,「崩れた」ヴァージョンは,英語話者の音象徴 (sound_symbolism) の直感にも適っているのである.こちらのヴァージョンは初例が1793年となっており,正しいヴァージョンの1250年(より前)と比べればずっと新しいものだが,今後も人気を上げていく可能性があるかも!?

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2017-08-31 Thu

#3048. kangaroo の語源 [etymology][loan_word][language_myth][folk_etymology]

 オーストラリアの有袋類 kangaroo の語源について,多くの人が耳にしたことがあるだろう.それによると,オーストラリアの原住民 (Aborigine) の言語に由来するが,もともとはその動物を指す語ではなかったという.Captain Cook が原住民に動物の名前を尋ねたところ,この語が返ってきたのだが,それは原住民の言語で I don't know. ほどを意味するものだったという.つまり,勘違いが原因で生まれた一種の民間語源 (folk_etymology) とも考えられる例だ.しかし,この語源説は後世の俗説と思われる.このまことしやかな説は広く流布することになり,現在でも再生産され続けている.
 では,実際のところはどうだったのか.語源説に絶対的な正解はないといってよいが,I don't know 説よりはずっと信憑性があると考えられる説を紹介しよう.オーストラリア原住民の諸言語のなかに,かの動物のうちでも大型の黒い種類を指して gangaru, gangurru, ganurru などと呼ぶ言語がある(北西部の Guugu Yimidhirr).おそらくこれが kangaroo という形態で西洋の言語へ借用されたのだろう.その後,西洋の言語で確立したこの語が,オーストラリア原住民の他の言語へも広がった.つまり,実は多くの原住民の言語にとって,kangaroo は西洋からの借用語ということである.
 Horobin (136--37) がこの過程を説明している.

Sadly, the story that the name of the kangaroo derives from the locals' bemused response, 'I do not know', when asked the name of the animal, appears to be entirely fictional; rather more prosaically, the word kangaroo comes from a native word ganurru. The word and the animal were introduced to the English in an account of Captain Cook's expedition of 1770. Shortly after this, during his tour of the Hebrides, Dr Johnson is reputed to have performed an imitation of the animal, gathering up the tails of his coat to resemble a pouch and bounding across the room. Later voyages to Botany Bay brought English settlers into contact with Aboriginals who knew the kangaroo by the alternative name patagaran, but who subsequently adopted the word kangaroo. Kangaroo, therefore, is an interesting example of a word borrowed into one Aboriginal language from another, via European settlers.


 American Heritage Dictionary の Notes より,kangaroo も要参照.

 ・ Horobin, Simon. How English Became English: A Short History of a Global Language. Oxford: OUP, 2016.

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2017-07-30 Sun

#3016. colonel の綴字と発音 [spelling][pronunciation][spelling_pronunciation_gap][dissimilation][silent_letter][folk_etymology]

 (陸軍)大佐を意味する colonel は,この綴字で /ˈkəːnəl/ と発音される.別の単語 kernel (核心)と同じ発音である.l が黙字 (silent_letter) であるばかりか,その前後の母音字も,発音との対応があるのかないのかわからないほどに不規則である.これはなぜだろうか.
 この単語の英語での初出は1548年のことであり,そのときの綴字は coronell だった.l ではなく r が現われていたのである.これは対応するフランス語からの借用語で,そちらで coronnel, coronel, couronnel などと綴られていたものが,およそそのまま英語に入ってきたことになる.このフランス単語自体はイタリア語からの借用で,イタリア語では colonnello, colonello のように綴られていた.つまり,イタリア語からフランス語へ渡ったときに,最初の流音が元来の l から r へすり替えられたのである.これはロマンス諸語ではよくある異化 (dissimilation) の作用の結果である (cf. Sp. coronel) .語中に l 音が2度現われることを嫌っての音変化だ(英語に関する類例は「#72. /r/ と /l/ は間違えて当然!?」 ([2009-07-09-1]),「#1597. starstella」 ([2013-09-10-1]),「#1614. 英語 title に対してフランス語 titre であるのはなぜか?」 ([2013-09-27-1]) を参照).
 さらに語源を遡ればラテン語 columnam (円柱)に行き着き,「兵士たちの柱(リーダー)」ほどの意味で用いられるようになった.フランス語で変化した coronnel の綴字についていえば,民間語源 (folk_etymology) により corona, couronne "crown" と関係づけられて保たれた.しかし,フランス語でも16世紀後半には l が綴字に戻され,colonnel として現在に至る.
 英語では,当初の綴字に基づき l ではなく r をもつ発音がその後も用いられ続けたが,綴字に関しては早くも16世紀後半に元来の綴字を参照して l が戻されることになった.フランス語における l の復活も同時に参照したものと思われる.18世紀前半までは古い coronel も存続していたが,徐々に消えていき現在の colonel が唯一の綴字となった.発音は古いものに据えおかれ,綴字だけが変化したがゆえに,現在にまで続く綴字と発音のギャップが生じてしまったというわけだ.
 しかし,実際の経緯は,上の段落で述べたほど単純ではなかったようだ.綴字に l が戻されたのに呼応して発音でも l が戻されたと確認される例はあり,/ˌkɔləˈnɛl/ などの発音が19世紀初めまで用いられていたという.発音される音節数についても通時的に変化がみられ,本来は3音節語だったが17世紀半ばより2音節語として発音される例が現われ,19世紀の入り口までにはそれが一般化しつつあった.
 <colonel> = /ˈkəːnəl/ は,綴字と発音の関係が複雑な歴史を経て,結果的に不規則に固まってきた数々の事例の1つである.

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2017-05-07 Sun

#2932. salacious [etymology][history][folk_etymology]

 salacious という語は「好色な;卑猥な;催淫性の」を意味する.語源を探ると,ラテン語 salāc, salāx (飛び跳ねるのが好きな)に遡り,さらに語根 salīre (飛び跳ねる)に行き着く.これは,salient, saltant, assail, assault 等をも生み出した語根動詞である.英語の salacious はラテン語から借用され,1647年に初出が確認されている.
 語源的には以上の通りだが,古くはむしろ salt (ラテン語 sāl) と結びつけられて理解されていたようだ.『塩の世界史』の著者カーランスキー(上巻,pp. 13--14)は,心理学者アーネスト・ジョーンズの1912年の論考を紹介しながら,次のように述べている.

 塩は,ジョーンズに言わせれば生殖に関連付けられることが多い.これは塩辛い海に生息する魚が,陸上の動物よりはるかに多くの子を持つことから来たのだろう.塩を運ぶ舟にはネズミがはびこりやすく,ネズミは交尾することなしに塩につかえるだけで出産できる,と何世紀にもわたって信じられていた.
 ジョーンズは,ローマ人は恋する人間を「サラックス」すなわち「塩漬けの状態」と呼んだと指摘する.これは「好色な (salacious)」という単語の語源だ.ピレネー山脈ではインポテンツを避けるために,新郎新婦が左のポケットに塩を入れて教会に行く習慣があった.フランスでは地方により,新郎だけが塩を持っていくところと,新婦だけが持っていくところがあった.ドイツでは新婦の靴に塩をふりかける習慣があった.


 同著の p. 14 には,『夫を塩漬けにする女たち』と題する1157年のパリの版画が掲載されている.数人の妻とおぼしき女性が男たちを塩樽に押し込んでいる絵で,ほとんどリンチである.版画には詩が添えてあり,「体の前と後ろに塩をすりこむことで,やっと男は強くなる」とある.塩サウナくらいなら喜んで,と言いたくなるが,この塩樽漬けは勘弁してもらいたい.
 ジョーンズの salacious の語源解釈は,実際にあった風俗や習慣によって支えられた一種の民間語源 (folk_etymology) ということができる.比較言語学に基づくより厳密な語源論(「学者語源」)の立場からは一蹴されるものなのかもしれないが,民間語源とは共時態に属する生きた解釈であり,その後の意味変化などの出発点となり得る力を秘めていることに思いを馳せたい(関連して「#2174. 民間語源と意味変化」 ([2015-04-10-1]) を参照).

 ・ マーク・カーランスキー(著),山本 光伸(訳) 『塩の世界史』上下巻 中央公論新社,2014年.

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2016-10-12 Wed

#2725. ghost word [lexicography][word_formation][folk_etymology][ghost_word][terminology]

 ghost word (幽霊語),あるいは ghost form (幽霊形)と呼ばれるものがある.「#912. の定義がなぜ難しいか (3)」 ([2011-10-26-1]) で簡単に触れた程度の話題だが,今回はもう少し詳しく取り上げたい.
 『英語学要語辞典』によれば,"ghost word" とは「誤記や誤解がもとで生じた本来あるべからざる語」と定義づけられている.転訛 (corruption),民間語源 (folk_etymology),類推 (analogy),非語源的綴字 (unetymological spelling) などとも関連が深い.たいていは単発的で孤立した例にとどまるが,なかには嘘から出た誠のように一般に用いられるようになったものもある.例えば,aghastghost, ghastly からの類推で <h> が挿入されて定着しているし,short-lived は本来は /-laɪvd/ の発音だが,/-lɪvd/ とも発音されるようになっている.
 しかし,幽霊語として知られている有名な語といえば,derring-do (勇敢な行為)だろう.Chaucer の Troilus and Criseyde (l. 837) の In durryng don that longeth to a knyght (= in daring to do what is proper for a knight) の durryng don を,Spenser が名詞句と誤解し,さらにそれを Scott が継承して定着したものといわれる.
 別の例として,Shakespeare は Hamlet 3: 1: 79--81 より,The undiscovered country, from whose bourne No traveller returns という表現において,bourne は本来「境界」の意味だが,Keats が文脈から「王国」と取り違え,fiery realm and airy bourne と言ったとき,bourne は幽霊語(あるいは幽霊語彙素)として用いられたことになる.このように,幽霊語は,特殊なケースではあるが,1種の語形成の産物としてとらえることができる.
 なお,ghost word という用語は Skeat の造語であり (Transactions of the Philological Society, 1885--87, II. 350--51) ,その論文 ("Fourteenth Address of the President to the Philological Society") には多数の幽霊語の例が掲載されている.以下は,Skeat のことば.

1886 Skeat in Trans. Philol. Soc. (1885--7) II. 350--1 Report upon 'Ghost-words', or Words which have no real Existence..We should jealously guard against all chances of giving any undeserved record of words which had never any real existence, being mere coinages due to the blunders of printers or scribes, or to the perfervid imaginations of ignorant or blundering editors.


 ・ 寺澤 芳雄(編)『英語学要語辞典』,研究社,2002年.298--99頁.

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2016-01-25 Mon

#2464. 音変化の原因 [phonetics][phonology][causation][language_change][substratum][spelling_pronunciation][folk_etymology][hypercorrection][assimilation][dissimilation][terminology]

 音変化は言語の宿命ともいえるほど普遍的なものであり,古今東西,これを免れた言語はない.それくらい遍在していながらも,その原因がいまだに明らかとされていないのが不思議といえば不思議である.そもそも,「意味」を伴わない音(韻)が変化するというのはどういうことなのか.語彙や意味が変化するというのは理解しやすいが,音が変化することで誰が何の得をするというのか.言語学の最も難解かつ魅力的な問題である.
 音変化の原因については,古くから様々な説が唱えられてきた.Algeo and Pyles (34--35) を参照して,いくつか代表的なもの を紹介しよう.
 まず,2つの言語AとBが接触し,言語Aの話者が言語Bを不完全に習得したとき,Aの発音の特徴がBへ持ち越されるということがある.換言すれば,新しく獲得される言語に,基層言語の発音特徴が導入されるケースだ.これは,基層言語仮説 (substratum_theory) と呼ばれる.逆に,上層言語の発音特徴が基層言語に持ち越され,結果的に後者に音変化が生じる場合には "superstratum theory" と呼ばれる.
 なるべく音が互いに体系内で等間隔となるよう微調整が働くのではないかという "phonological space" (音韻空間)の観点からの説もある.日本語のように前舌母音として [i, e] をもち,後舌母音として [u, o, ɑ] をもつ母音体系は,よく均衡の取れた音韻空間であり,比較的変化しにくいが,均衡の取れていない音韻空間を示す言語は,均衡を目指して変化しやすいかもしれない.
 音の同化 (assimilation) や異化 (dissimilation),脱落 (elision) や介入 (intrusion),ほかに「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1]) で示したような各種の音韻過程の背後には,いずれも "ease of articulation" (調音の容易さ)という動機づけがあるように思われる.古くから唱えられてきた説ではあるが,もしこれが音変化の唯一の原因だとすれば,すべての言語が調音しやすい音韻の集合へと帰着してしまうことになるだろう.したがって,これは,いくつかありうる原因の1つにすぎないといえる.
 話者の意識がある程度関与する類の音変化もある.「#192. etymological respelling (2)」 ([2009-11-05-1]) で語源的綴字 (etymological_respelling) の例として触れたように,comptroller の中間子音群が [mptr] と発音されるようになったとき,ここには一種の spelling_pronunciation が起こったことになる.また,「#2174. 民間語源と意味変化」 ([2015-04-10-1]) でみたように,chaise longuechaise lounge として発音されるようになったのは,民間語源 (folk_etymology) によるものである.
 威信ある発音への意識が強すぎることによって生じる過剰修正 (hypercorrection) も,音変化の1要因と考えられる.talkin'somethin' のような g の脱落した発音を疎ましく思うあまり,本来 g が予期されない環境でも g を挿入して [ɪŋ] と発音するようなケースである.例えば chickenVirgin Islands が,それぞれ chicking, Virging Islands などと発音が変化する.関連して,rajah, cashmere, kosher などの歯擦音に,本来は予期されなかった /ʒ/ が現われるようになった過剰一般化 (overgeneralization) もある.
 様々な仮説が提案されてきたが,いずれも単独で音変化を説明し尽くすことはできない.常に複数の要因が関与していること (multiple causation of language change) を前提とする必要があろう.
 音変化の原因に限らず,より一般的に言語変化の原因に関しては「#442. 言語変化の原因」([2010-07-13-1]) を参照されたい.

 ・ Algeo, John, and Thomas Pyles. The Origins and Development of the English Language. 5th ed. Thomson Wadsworth, 2005.

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2015-06-27 Sat

#2252. Waldron による意味変化の分類 [semantic_change][semantics][folk_etymology]

 昨日の記事「#2251. Ullmann による意味変化の分類」 ([2015-06-26-1]) の最後で,Ullmann の体系的な分類にも問題があると述べた.批判すべき点がいくつかあるなかで,Waldron はなかんずく昨日の図の B の II に相当する "Transfers of senses" の2つ,Popular etymology と Ellipsis を取り上げて,これらが純粋な意味変化ではない点を批判的に指摘している.この問題については,本ブログでも「#2174. 民間語源と意味変化」 ([2015-04-10-1]),「#2175. 伝統的な意味変化の類型への批判」 ([2015-04-11-1]),「#2177. 伝統的な意味変化の類型への批判 (2)」 ([2015-04-13-1]) で触れているが,改めて Waldron (138) の言葉により考えてみよう.

To confine our attention in the first instance to the fourfold division which is the heart of the scheme, we may feel some uneasiness at the inequality of these four categories in consideration of the exact correlation of their descriptions. This is not a question of their relative importance or frequency of occurrence but (again) of the level of analysis at which they emerge. Specifically, it seems possible to describe transfers based on sense-similarity and sense-contiguity as in themselves kinds of semantic change, whereas name-similarity and name-contiguity appear rather changes of form which are potential causes of a variety of types of change of meaning. To say that so-and-so is a case of metonymy or metaphor is far more informative as to the nature of the change of meaning than is the case with popular etymology or ellipsis. The former changes always result, by definition, in a word's acquisition of a complete new sense, while the result in the case of popular etymology is more often a peripheral modification of the word's original sense (as in the change from shamefast to shamefaced) and in the case of ellipsis a kind of telescoping of meaning, so that the remaining part of the expression has the meaning of the whole. In neither case is the result as clear cut and invariable as metonymy and metaphor.


 Waldron は,B II に関してこのように批判を加えた上で,それを外して自らの意味変化の分類を提示した.B III の "Composite changes" も除き,A と B I からなる分類法である.Waldron は,A を "Shift" (Stern 流の分類でいう adequation と substitution におよそ相当する)と呼び,B I (a) を "Metaphoric Transfer",B I (b) を "Metonymic Transfer" と呼んだ.図式化すると以下のような分類となる.

                        ┌─── Shift
Change of Meaning ───┤                      ┌─── Metaphoric Transfer
                        └─── Transfer ───┤
                                                └─── Metonymic Transfer

 これで,本ブログ上にて Stern ([2014-06-13-1]), Ullmann ([2015-06-26-1]), Waldron による古典的な意味変化の分類を3種示してきたことになる.##1873,2251,2252 で比較対照されたい.

 ・ Waldron, R. A. Sense and Sense Development. New York: OUP, 1967.

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2015-04-13 Mon

#2177. 伝統的な意味変化の類型への批判 (2) [semantic_change][semantics][folk_etymology][prediction_of_language_change]

 「#2175. 伝統的な意味変化の類型への批判」 ([2015-04-11-1]) の記事に補足したい.McMahon (184--86) は,意味変化を扱う章で,やはり伝統的な意味変化の類型を概説しながらも,それに対する批判を繰り広げている.前回の記事と重なる内容が多いが,McMahon の議論を聞いてみよう.
 まず,伝統的な意味変化の類型においては,一般化 (generalization),特殊化 (specialization),悪化 (pejoration),良化 (amelioration) のほかメタファー (metaphor),メトニミー (metonymy),省略 (ellipsis),民間語源 (folk_etymology) などのタイプがしばしば区別されるが,最後の2つは厳密には意味変化の種類ではない.意味にも間接的に影響を及ぼす形態の変化というべきものであり,せいぜい二次的な意味における意味変化にすぎない.換言すれば,これらは semasiological というよりは onomasiological な観点に関するものである.この点については,「#2174. 民間語源と意味変化」 ([2015-04-10-1]) でも批判的に論じた.
 次に,複数の意味変化の種類が共存しうることである.例えば,民間語源の例としてしばしば取り上げられる現代英語の belfry (bell-tower) では,鐘 (bell) によって鐘楼を代表する "pars pro toto" のメトニミー(あるいは提喩 (synecdoche))も作用している.この意味変化を分類しようとすれば,民間語源でもあり,かつメトニミーでもあるということになり,もともとの類型が水も漏らさぬ盤石な類型ではないことを露呈している.このことはまた,意味変化の原因やメカニズムが極めて複雑であること,そして予測不可能であることを示唆する.
 最後に,従来挙げられてきた類型によりあらゆる意味変化の種類が挙げ尽くされたわけではなく,網羅性が欠けている.もっとも意味変化の種類をでたらめに増やしていけばよいというものでもないし,そもそも類型として整理しきることができるのかという問題はある.
 結局のところ,類型の構築が難しいのは,(1) 意味変化が社会や文化を参照しなければ記述・説明ができないことが多く,(2) 不規則で予測不可能であり,(3) 共時的意味論の理論的基盤が(共時的音韻論などよりも)いまだ弱い点に帰せられるように思われる.

 ・ McMahon, April M. S. Understanding Language Change. Cambridge: CUP, 1994.

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2015-04-10 Fri

#2174. 民間語源と意味変化 [folk_etymology][semantic_change][homonymy][polysemy]

 昨日の記事「#2173. gospel から d が脱落した時期」 ([2015-04-09-1]) で,gospel が "good + spell" ではなく "God + spell" と「誤って」解釈されたとする説を紹介した.民間語源の一種である.民間語源については,これまでも folk_etymology の各記事で sand-blind, bikini/monokini, wedlock, bridegroom, bonfire などの例を挙げてきた.
 民間語源では,同じあるいは類似した音形をもつ2つの形態素の間に意味的結びつきが生じることによって起こる.上の例でいえば,それぞれ sam- (半分の)と sand (砂),bi- (それ自身は無意味な非形態素)と bi- (2つの),-lāc (動作名詞の接尾辞)と lock (錠前),guma (人間)と groom (若者),bone (骨)と bon (良い)とが結びつき,結果として元来の前者の表す意味よりも後者の表わす意味が前面に出てきて,現在はその意味で理解されることが多い.ここで生じていることは,やや雑ぱくながらも別の言い方をすれば,2つの同音異義形態素 (homonymic morphemes) が,意味的につながりのあるもの,すなわち1つの多義形態素 (polysemic morpheme) として再解釈される過程である.つまり,多義化の一種といえるが,元来の語義が忘れ去られ,消失してしまえば,古い意味から新しい意味への意味変化が生じたことにもなる.この点で,民間語源は意味変化と密接な関係にある.
 ただし注意したいのは,民間語源は,2つの形態素が厳密に同じ音形でなくとも,ある程度類似さえしていれば生じることができるという点である.実際,上に挙げた例の多くに見られるのは,同一ではなく類似した音形の対にすぎない.一方で,意味変化とは,同一の音形 (signifiant) に対応する意味 (signifié) が,あるものから他のものへと置き換わることである.したがって,民間語源と意味変化の関係はやや複雑だ.民間語源の生じる過程は,厳密に同じではないが類似する2つの音形という緩いつながりのもとに,意味の連関,多義化,意味変化が生じる過程である.民間語源が意味変化の例と呼びうるのは,このような間接的な意味においてのみだろう.
 民間語源と意味変化の込み入った関係について,Luján (292) は次のように述べている.

Folk etymology plays an important role in morphological reshaping and in lexical modification, and it must be mentioned here in connection with semantic change---a synchronically unanalyzable word or expression is restructured, so that its form allows for a semantic connection with other lexical items in the same language. This is what has happened in well-known cases as English asparagussparrow-grass or chaise lounge (from chaise longue 'long chair').


 この関係には,homonymy (同義)と polysemy (多義)の区別の問題も関わってくるに違いない.両者の区別の曖昧さについては,「#286. homonymy, homophony, homography, polysemy」 ([2010-02-07-1]),「#815. polysemic clash?」 ([2011-07-21-1]),「#1801. homonymy と polysemy の境」 ([2014-04-02-1]) を参照されたい.

 ・ Luján, Eugenio R. "Semantic Change." Chapter 16 of Continuum Companion to Historical Linguistics. Ed. Silvia Luraghi and Vit Bubenik. London: Continuum International, 2010. 286--310.

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2015-04-09 Thu

#2173. gospel から d が脱落した時期 [phonetics][consonant][etymology][loan_translation][folk_etymology][laeme]

 福音(書)を意味する gospel の語源はよく知られている.この語は,ラテン語 evangelium (これ自体はギリシア語 euaggélion "good news" に由来する)からの翻訳借用 (loan_translation) であり,古英語期に取り入れられた.古英語 godspel (good news) の第1要素は gōd (good) に等しく,本来は長母音をもっていたが,god (God) との類推から短母音も早くから行われていたようだ.これは,一種の民間語源 (folk_etymology) といってよいだろう.OED や Jespersen (126) もこの民間語源説を支持している.しかし,もう1つの説明として,「#2063. 長母音に対する制限強化の歴史」 ([2014-12-20-1]) で触れたように,この短母音は3子音前位置短化という音韻過程の結果と考えることもできるかもしれない.中尾 (142) は,この過程がすでに初期古英語から始まっていたと述べている.
 母音の量については上のような説明が与えられているが,古英語 godspel からの d の脱落についてはどうだろうか.中尾 (405) によれば,13世紀に,子音の後続する d の削除の過程がいくつかの語において観察されるという.例を挙げると,an (and), handeselle > hanselle (handsel), wenesday (Wednesday), godspell > gospel, andswerian > answerie (answer) である(cf. 「#1261. Wednesday の発音,綴字,語源」 ([2012-10-09-1])).
 d の脱落という問題に関心をもったのは,Wordorigins.orggospel に関する記事に,13世紀末に godspel から d が突如として消えたとの記述があったからである.突如としてということであれば,注目に値する.LAEME で簡単に調べてみた.
 結果は,当該語の種々の異形を含む合計213例のうち,18例において問題の破裂音 (多数の d に加えて t の例も1つあった)の脱落が見られた(脱落率は8.45%).これらの例は6テキストに集中しており,方言は North, South-West Midland, Southwestern とばらばらだが,時期的には13世紀前半からの1例を除いてすべて13世紀後半から14世紀前半について,つまり1300年を挟む時期である.ただし,1300年以降にも d を示す例のほうが多数派ではあるし,d に関して揺れを示すテキストもある.全体として,Wordorigins.org の上の記事で述べられているように13世紀末に d が脱落したという形跡はなかったし,脱落が突如として生じたというわけでもなさそうだ.おそらくは中尾の言及にもある通り,13世紀中に d の削除が始まったが,その削除は突如として起こったわけではなく,14世紀以降に向けて徐々に進行したと考えるのが妥当だろう.MEDgospel (n) も参照されたい.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spellings. 1954. London: Routledge, 2007.
 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.

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2014-02-10 Mon

#1750. bonfire [etymology][semantic_change][phonetics][folk_etymology][johnson][history]

 昨日の記事「#1749. 初期言語の進化と伝播のスピード」 ([2014-02-09-1]) で,Aitchison の "language bonfire" の仮説を紹介したが,この bonfire (焚き火)という語の語誌が興味深いので触れておきたい.意味と形態の両方において,変化を遂げてきた語である.
 この語の初出は15世紀に遡り,bonnefyre, banefyre などの綴字で現れる.語源としては比較的単純で,bone + fire の複合語である.文字通り骨を集めて野外で火を焚く,おそらくキリスト教以前に遡る行事を指していたようで,「宗教的祭事・祝典・合図などのため野天で焚く大かがり火」を意味した. 黒死病の犠牲者の骨を山のように積んで燃やす火のことでもあり,火あぶりの刑や焚書に用いる火のことでもあった.Onians (268fn) によると,骨は生命の種と考えられており,それを燃やすことで豊饒,多産,幸運が得られると信じられていたともいう.ラテン語 ignis ossium,フランス語 feu d'os などの対応語句がある.初期の例は,MED bōn-fīr を参照.
 16世紀からは第1音節がつづまった bonfire の綴字が普及するにつれて bone の原義が忘れられるようになり,一般化した語義「焚き火」「ゴミ焚き」が現れてくる.ただし,スコットランドでは,OED bonfire, n. の語源欄にあるように,元来の綴字と原義が1800年頃まで保たれていたようだ ("In Scotland with the form bane-fire, the memory of the original sense was retained longer; for the annual midsummer 'banefire' or 'bonfire' in the burgh of Hawick, old bones were regularly collected and stored up, down to c1800.") .ほかにも近代の方言形では長母音を示す綴字が残っている (see "bonefire" in EDD Online) .
 第1要素の bon が何を表すのか不明になってくると,民間語源風の解釈が行われるようになり,1755年には Johnson の辞書ですら次のような解釈を示した.

BO'NFIRE. n. s. [from bon, good, Fr. and fire.] A fire made for some publick cause of triumph or exultation.


 だが,複合語の第1要素がこのように短縮するのは珍しいことではない.もともとの長母音が,複合により語全体が長くなることへの代償として,短母音化するという音韻過程は,gospell (< God + spell), holiday (< holy + day), knowledge (< know + -ledge), Monday (< moon + day) などで普通に見られる.
 bonfire といえば,イギリスでは11月5日に行われる民間行事 Bonfire Night あるいは Guy Fawkes Night が有名である.1605年11月5日,カトリック教徒が議会爆破と James I 暗殺をもくろんだ火薬陰謀事件 (Gunpowder Plot) が実行される予定だったが,計画が前日に露見し,実行者とされる Guy Fawkes (1570--1606) が逮捕された.以来,陰謀の露見と国王の無事を祝うべく,街頭で大きなかがり火を燃やし,Guy Fawkes をかたどった人形を燃やし,花火をあげる習俗が行われてきた.

 ・ Onians, Richard Broxton. The Origins of European Thought about the Body, the Mind, the Soul, the World, Time, and Fate. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1954.

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2012-05-25 Fri

#1124. 地を這う賤しくも謙虚な人間 [etymology][folk_etymology][loan_word][cognate][word_family]

 印欧祖語で "earth" を意味する *dhghem- の派生語はおびただしい.天の神に対する,地の「人間」 (L homo) ,地は低きものという連想による「低い,賤しい,謙遜な」 (L humilis) 辺りを基本として,*dhghem- 単語群が生まれ,様々な経路で現代英語の語彙にも入り込んでいる.
 ラテン語あるいは他のロマンス諸語から借用したものは,もっとも数が多い.対応する形態素の子音は h または h の脱落した無音である.ex. bonhomie, exhumation, exhume, exhume, homage, hombre, homicide, homicide, Hominidae, hominoid, homo, Homo sapiens, homunculus, human, human, humane, humane, humanism, humanist, humanistic, humanitarian, humanitarianism, humanities, humanity, humanization, humanize, humankind, humanly, humble, humble, humbly, humiliate, humiliate, humiliating, humiliation, humility, humility, humus, inhume, ombre, omerta, transhumance.
 ギリシア語に由来するものは,形態素の頭の子音が /kh/ <ch> となっている(ただし,ラテン語を経由して g のものもある).ex. autochthon, chamae-, chamaephyte, chameleon, chamomile, chthonic, germander.
 次に,土壌に関する専門用語 chernozem (チェルノーゼム,黒土), sierozem (シーロゼム,灰色土),また zemstvo (ゼムストボオ,帝政ロシアの地方自治体機関)は,対応する古ロシア語の z をもつ形態素から派生した語を借用したものである.同じく z をもつ zamindar (徴税請負人)はペルシア語からである.
 最後に,英語本来語に遡れるものとしては bridegroom の第2要素がある.この語は,[2011-09-29-1]の記事「#885. Algeo の新語ソースの分類 (3)」の 50 で,folk_etymology (民間語源)の例として挙げられているもので,*dhghem- と直接の語源的関係はないが,間接的には関わっている.古英語で「人」を表わす語は様々あったが,その1つに *dhghem- に由来する guma があった.これと brȳd (花嫁)が合わさって複合語 brȳdguma (花嫁の人(男)=花婿)が古英語から用いられていた.他のゲルマン諸語にも,オランダ語 bruidegom,ドイツ語 Bräutigam,古ノルド語 brúðgumi などの同根語が確認される.この古英語形は,中英語へも bridgome などの形で受け継がれたが,15世紀には一旦廃れた.代わりに, bride が花嫁のみならず花婿も表わす語として用いられるようになった.そして,16世紀になって聖書のなかで bridegroom が突如として初出する.これが,後続の聖書や Shakespeare に継承され定着した.
 15世紀に語源的な bridgome が消えて,16世紀に bridegroom が生じた経緯については不明な点が多い.第2要素 -gome が音声的な類似および意味の適合(groom は「若者」を意味した)から -groom に置換されたという一種の民間語源説が有力だが,bride が一時単独で「花婿」を表わした事実を考えると,-gome と -groom の置換ではなく,bride (花婿)と groom (若者)が新しく複合したのではないかという説もある.
 本記事の内容と類似した語根ネットワークの話題については,[2012-03-05-1]の記事「#1043. mind の語根ネットワーク」も参照.

 ・ Watkins, Calvert, ed. The American Heritage Dictionary of Indo-European Roots. 2nd Rev. ed. Boston: Houghton Mifflin, 2000.

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2011-05-12 Thu

#745. 結婚の誓いと wedlock [etymology][folk_etymology][royal_wedding][suffix][thesaurus][youtube][book_of_common_prayer]

 先日の William & Catherine の royal wedding の「結婚の誓約」 (marriage vows) について,transcript が BBC: Royal wedding: Transcript of marriage service に掲載されている(本記事の末尾に再掲).誓約の場面は,こちらの Youtube 動画よりどうぞ.
 結婚式を含む宗教的儀式の言語は,古い表現を豊富に残していることが多い.英国国教会の marriage vows は,1549年に出版された The Book of Common Prayer の誓約が土台となっており,以降,軽微な改変はあったものの,ほぼそのままの形で現在にまで伝わっている.したがって,今回の誓いも現代英語より近代英語を体現しているというほうが適切であり,古風な表現に満ちている.聖書の言語と同様,歴史英語の入門にはうってつけの教材だろう.
 さて,英国国教会の長 the Archbishop of Canterbury が用いた古風な表現の1つに「結婚(している状態);婚姻」を表わす wedlock がある.holy wedlock と使われているように,宗教的に認められた婚姻関係を指すことが多い.語形をみる限り,lock 「錠前」と結びつけられるのではないかと考えるのが普通だろう.新郎新婦が "till death us do part" と誓い合っているように,夫婦の愛が錠前のように固く結びつけられるという含意ならばロマンチックだが,既婚者の多くが真っ先に想像する「結婚の錠前」とは,日常生活上のあれやこれやの制限のことだろう."Wedlock is a padlock." なる金言がある通りである.中世の登記には,独身者はラテン語で solutus 「放たれた,つながれていない」と表記されたが,これもよく理解できる.
 wedlock を上記のように「結婚という錠前」と解釈する語源は言い得て妙,と膝をたたく既婚者も少なくないと思われるが,これはよくできた民間語源 ( folk etymology ) である.語源学の正しい教えに従えば,既婚者は錠前から解放される.wedlock は古英語より使われていた本来語で,当時は wedlāc という形態だった.-lāc は動作名詞を作る接尾辞で,wed 「誓い」と合わせて,本来は「誓いの行為;誓約」ほどの意味だった.そこから「結婚の誓約」の語義が生じ,中英語期には「結婚(している状態)」を表わすようになったのである.接尾辞 -lāc は,古英語では他にも以下のような派生語に見られたが,現代にまで残ったのは wedlock のみである.

brȳdlāc "nuptials", beadolāc "warfare", feohtlāc "warfare", heaðolāc "warfare", hǣmedlāc "carnal intercourse", wiflāc "carnal intercourse", rēaflāc "robbery", wītelāc "punishment", wrōhtlāc "calumny"


 wedlockmarriage は類義語が多い.Visuwordsmarriagewedlock で類義語の関係図を見ると,結婚がすぐれて社会的な制度,社会的な拘束力のある「誓約の行為」であることを実感することができる.類義語の視覚化ツールとしては,[2010-08-11-1]の記事「toilet の豊富な婉曲表現を WordNet と Visuwords でみる」で紹介した Visual Thesaurus も参考までに.

Archbishop to Prince William: William Arthur Philip Louis, wilt thou have this woman to thy wedded wife, to live together according to God's law in the holy estate of matrimony?

Wilt thou love her, comfort her, honour and keep her, in sickness and in health; and, forsaking all other, keep thee only unto her, so long as ye both shall live?

He answers: I will.

Archbishop to Catherine: Catherine Elizabeth, wilt thou have this man to thy wedded husband, to live together according to God's law in the holy estate of matrimony? Wilt thou love him, comfort him, honour and keep him, in sickness and in health; and, forsaking all other, keep thee only unto him, so long as ye both shall live?

She answers: I will.

The Archbishop continues: Who giveth this woman to be married to this man?

The Archbishop receives Catherine from her father's hand. Taking Catherine's right hand, Prince William says after the Archbishop: I, William Arthur Philip Louis, take thee, Catherine Elizabeth to my wedded wife, to have and to hold from this day forward, for better, for worse: for richer, for poorer; in sickness and in health; to love and to cherish, till death us do part, according to God's holy law; and thereto I give thee my troth.

They loose hands. Catherine, taking Prince William by his right hand, says after the Archbishop: I, Catherine Elizabeth, take thee, William Arthur Philip Louis, to my wedded husband, to have and to hold from this day forward, for better, for worse: for richer, for poorer; in sickness and in health; to love and to cherish, till death us do part, according to God's holy law; and thereto I give thee my troth.

They loose hands. The Archbishop blesses the ring: Bless, O Lord, this ring, and grant that he who gives it and she who shall wear it may remain faithful to each other, and abide in thy peace and favour, and live together in love until their lives' end. Through Jesus Christ our Lord. Amen.

Prince William takes the ring and places it upon the fourth finger of Catherine's left hand. Prince William says after the Archbishop: With this ring I thee wed; with my body I thee honour; and all my worldly goods with thee I share: in the name of the Father, and of the Son, and of the Holy Ghost. Amen.

The congregation remains standing as the couple kneels. The Archbishop says: Let us pray.

O Eternal God, Creator and Preserver of all mankind, giver of all spiritual grace, the author of everlasting life: send thy blessing upon these thy servants, this man and this woman, whom we bless in thy name; that, living faithfully together, they may surely perform and keep the vow and covenant betwixt them made, whereof this ring given and received is a token and pledge; and may ever remain in perfect love and peace together, and live according to thy laws; through Jesus Christ our Lord. Amen.

The Archbishop joins their right hands together and says: Those whom God hath joined together let no man put asunder.

The Archbishop addresses the congregation: Forasmuch as William and Catherine have consented together in holy wedlock, and have witnessed the same before God and this company, and thereto have given and pledged their troth either to other, and have declared the same by giving and receiving of a ring, and by joining of hands; I pronounce that they be man and wife together, in the name of the Father, and of the Son, and of the Holy Ghost. Amen.

The Archbishop blesses the couple: God the Father, God the Son, God the Holy Ghost, bless, preserve, and keep you; the Lord mercifully with his favour look upon you; and so fill you with all spiritual benediction and grace, that ye may so live together in this life, that in the world to come ye may have life everlasting. Amen.


 ・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.

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2010-10-17 Sun

#538. monokinitrikini [etymology][folk_etymology][metanalysis][analogy][suffix]

 昨日の記事[2010-10-16-1]bikini の語源について調べたが,語形成上おもしろい関連語がある.monokinitrikini だ.
 詳しい解説は野暮だが,一応,簡単に説明を.まず,bikinibi をラテン語で「2」を意味する接頭辞と分析し「2ピースの水着」と解釈する.これに引っかけて「1ピースの水着」を表現するのにギリシア語の「1」を意味する接頭辞 mono- を用いたということである.同様に「3ピースの水着」にはラテン語・ギリシア語の「3」を意味する接頭辞 tri- を当てた.
 それぞれの水着のサンプル画像(モデル付き)をぜひ見たいという方は以下を参照.

 ・ monokini
 ・ bikini
 ・ trikini

 昨日の記事でみたように,bikini は本来はマーシャル諸島の現地語の固有名詞に由来するので,語源的にラテン語やギリシア語接頭辞とは関係ない.したがって,monokinitrikini も一種の遊びによる造語である.おもしろいのは,この語形成に対する各辞書の説明・解釈の相違だ.例えば monokini について,研究社『新英和辞典第6版』は「戯言的造語」と説明しているが,老舗の OALD8 は "the first syllable misinterpreted as bi- 'two'" としている.後者のお堅さが伝わってくる.これはお遊びでしょう,と言いたい.
 詳しい解説は野暮とはいったものの,OALD8 の路線でお堅く語形成を解説するとどうなるだろうか.改めて順を追って解説する.

 (1) bikinibi + kini異分析 ( metanalysis ) する
 (2) bi- を「2」を意味するラテン語接頭辞として,kini を "piece(s)" くらいの意味に解釈し,ここに民間語源 ( folk etymology ) が誕生する
 (3) bi-, mono-, tri- という古典語に基づく数接頭辞の体系を類推 ( analogy ) 的に応用し,新派生語 monokinitrikini が生まれる

 この語形成がお遊びであれ勘違いであれ,結果として3語に含まれることになった kini は英語において一人前の形態素として独立したといってもいいかもしれない.

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2010-04-15 Thu

#353. sand-blind の語源 [etymology][oe][prefix][folk_etymology][johnson]

 sand-blind 「かすみ目の,半盲の」という語がある.OED によると初出は15世紀とされる.この語の語源,特に sand- の部分についの由来については確かなことはわかっていないが,Johnson's Dictionary によると "Having a defect in the eyes, by which small particles appear to fly before them" という説明がつけられている.
 有力な説として,古英語にあったと推測される *sāmblind に由来するのではないかという説がある.この形は古英語では例証されていないが,「盲目の」を意味する blind に「半分の」を意味する接頭辞 sām- が付加されたものと解釈できるのではないかという.古英語には sāmbærned "half-burnt", sām-cwic "half-dead", sāmgrēne "half-green", sāmhāl "unwell, weakly", sāmlǣred "half-taught, badly instructed", sāmlocen "half-closed", sāmmelt "half-digested", sāmsoden "half-cooked", sāmstorfen "half-dead", sāmswǣled "half-burnt", sāmweaxen "half-grown", sāmwīs "stupid, dull, foolish", sāmworht "unfinished" など多数の合成語が例証されており,*sāmblind もありえない話しではない.これが後に,上記の Johnson の説明にあるように「砂塵に視界がさえぎられるかのように半盲の」と解され,音声的にも sand と結びつけられて,sand-blind という形態が生じたのではないかという.このように,sam- 「半分の」という歴史的な語源で解釈されずに,半ば強引に新たな語源や来歴が付与されるようなケースを民間語源 ( folk etymology ) と呼ぶ.
 さて,sam- 「半分の」で気づいたかもしれないが,これは昨日の記事[2010-04-14-1]で触れたラテン語 semi-,ギリシャ語 hemi- と同語根の接頭辞の英語版である.いずれも印欧祖語の *sēmi- にさかのぼる.現代標準英語では,(上記の説を受け入れるならば)sam- の僅かな痕跡は sand-blind に残るばかりとなってしまったが,イングランドの方言を考慮に入れると,現在でも sam-ripe, sam-sodden などが使われている.印欧語の歴史を感じさせるマイナー接頭辞である.

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