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polysemy - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2022-10-02 19:12

2022-09-23 Fri

#4897. this apple の驚くべき多義性 [polysemy][semantics][pragmatics][demonstrative][deixis]

 ある人が,果物屋でリンゴを1つ取り上げながら,I like this apple. という英文を発話している場面を想像してください.私たちはこの英文を「私はこのリンゴが好きです」と容易に和訳できますし,その意味を完全に理解できていると思い込んでいますが,本当にそうでしょうか? この文がきわめて多義的となり得ることに気づいたことがあるでしょうか? とりわけ this apple の部分が意外と難しいのです.
 まず,this apple が unit の読みか type の読みかという多義性があります.「隣のリンゴではなく,今取り上げているこのリンゴ」というつもりであれば unit の読みとなりますが,「隣の箱の別品種のリンゴではなく,今取り上げているものが代表している品種のリンゴ(例えば「ふじ」)」であれば type の読みとなります.
 しかし,本当は type の読みにも様々な可能性があります.上記ではたまたま「品種」という観点から type 分けをしたのですが,type 分けには他の観点もあり得ます.国内産か否かという観点からの区分もあり得ますし,収穫された農園ごとの区分もあり得ます.大きさ,色,成熟度,値段という観点もあり得ます.実際の文脈では,いずれの観点からの type か,聞き手が高い確率で推測できるケースがほとんどだろうとは思いますが,this apple という表現に少なくとも潜在的な多義性があることは分かってきたのではないでしょうか.
 指示詞 this のもつ直示性に由来する意味論的・語用論的多義性,および名詞 apple の指示対象である「りんご」の意味論的・語用論的多義性が合わさって,一見すると何も難しいところのなさそうな this apple という表現の意味内容が,驚くほど複雑かつ多様であり得ることが分かったかと思います.
 以上,Cruse (50) の議論を参照して執筆しました.

 ・ Cruse, D. A. Lexical Semantics. Cambridge: CUP, 1986.

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2022-08-25 Thu

#4868. 英語の意味を分析する様々なアプローチ --- 通信スクーリング「英語学」 Day 4 [english_linguistics][semantics][prototype][metaphor][metonymy][cognitive_linguistics][polysemy][voicy][2022_summer_schooling_english_linguistics][history_of_linguistics][lexicology][semantic_field]

 言葉の意味とは何か? 言語学者や哲学者を悩ませ続けてきた問題です.音声や形態は耳に聞こえたり目に見えたりする具体物で,分析しやすいのですが,意味は頭のなかに収まっている抽象物で,容易に分析できません.言語は意味を伝え合う道具だとすれば,意味こそを最も深く理解したいところですが,意味の研究(=意味論 (semantics))は言語学史のなかでも最も立ち後れています(cf. 「#1686. 言語学的意味論の略史」 ([2013-12-08-1])).
 しかし,昨今,意味を巡る探究は急速に深まってきています(cf. 「#4697. よくぞ言語学に戻ってきた意味研究!」 ([2022-03-07-1])).意味論には様々なアプローチがありますが,大きく伝統的意味論と認知意味論があります.スクーリングの Day 4 では,両者の概要を学びます.



1. 意味とは何か?
  1.1 「#1782. 意味の意味」 ([2014-03-14-1])
  1.2 「#2795. 「意味=指示対象」説の問題点」 ([2016-12-21-1])
  1.3 「#2794. 「意味=定義」説の問題点」 ([2016-12-20-1])
  1.4 「#1990. 様々な種類の意味」 ([2014-10-08-1])
  1.5 「#2278. 意味の曖昧性」 ([2015-07-23-1])
2. 伝統的意味論
  2.1 「#1968. 語の意味の成分分析」 ([2014-09-16-1])
  2.2 「#1800. 様々な反対語」 ([2014-04-01-1])
  2.3 「#1962. 概念階層」 ([2014-09-10-1])
  2.4 「#4667. 可算名詞と不可算名詞とは何なのか? --- 語彙意味論による分析」 ([2022-02-05-1])
  2.5 「#4863. 動詞の意味を分析する3つの観点」 ([2022-08-20-1])
3. 認知意味論
  3.1 「#1961. 基本レベル範疇」 ([2014-09-09-1])
  3.2 「#1964. プロトタイプ」 ([2014-09-12-1])
  3.3 「#1957. 伝統的意味論と認知意味論における概念」 ([2014-09-05-1])
  3.4 「#2406. metonymy」 ([2015-11-28-1])
  3.5 「#2496. metaphor と metonymy」 ([2016-02-26-1])
  3.6 「#2548. 概念メタファー」 ([2016-04-18-1])
4. 本日の復習は heldio 「#451. 意味といっても様々な意味がある」,およびこちらの記事セットより




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2022-06-06 Mon

#4788. 英語の同音異義語および付加疑問の謎 [homonymy][polysemy][sound_change][semantic_change][lexicology][youtube][tag_question][pragmatics][voicy][homophony][homography][sobokunagimon]

 本日は直近の YouTube と Voicy で取り上げた話題をそれぞれ紹介します.

 (1) 昨日,YouTube の「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第29弾が公開されました.「英語と日本語とでは同音異義語ができるカラクリがちがう!」です.



 英語にも日本語にも同音異義語 (homonymy) は多いですが,同音異義語が歴史的に生じてしまう経緯はおおよそ3パターンに分類される,という話題です.1つは,異なっていた語が音変化により発音上合一してしまったというパターン.もう1つは,同一語が意味変化により異なる語とみなされるようになったというパターン.さらにもう1つは,他言語から入ってきた借用語が既存の語と同形だったというパターンです.
 英語の同音異義語の例をもっと知りたいという方は「#2945. 間違えやすい同音異綴語のペア」 ([2017-05-20-1]),「#4533. OALD10 が注意を促している同音異綴語の一覧」 ([2021-09-24-1]) の記事がお薦めです.第2パターンの例として挙げた flowerflour については Voicy 「#2. flower (花)と flour (小麦粉)は同語源!」をお聴きください.
 また,対談内でも出てきた,故鈴木孝夫先生による「テレビ型言語」か「ラジオ型言語」かという著名な区別については「#1655. 耳で読むのか目で読むのか」 ([2013-11-07-1]),「#2919. 日本語の同音語の問題」 ([2017-04-24-1]),「#3023. ニホンかニッポンか」 ([2017-08-06-1]) でも触れています.
 今回の話題に関心をもたれた方は,本チャンネルへのチャンネル登録もよろしくお願いします.

 (2) 今朝,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 にて,リスナーさんからいただいた付加疑問 (tag_question) に関する質問に回答してみました.「#371. なぜ付加疑問では肯定・否定がひっくり返るのですか? --- リスナーさんからの質問」です.なかなかの難問で,当面の不完全な回答しかできていませんが,ぜひお聴きください.



 どうやら主文の表わす命題の肯定・否定を巡る単純な論理の問題ではなく,話し手の命題に関する前提と,話し手が予想する聞き手の反応との組み合わせからなる複雑な語用論の問題となっているようです.あくまで前者がベースとなっていると考えられますが,歴史的にはそこから後者が派生してきたのではないかとみています.未解決ですので,今後も考え続けていきたいと思います.なお,放送で述べていませんでしたが,今回参考にしたのは主に Quirk et al. です.
 上記の Voicy 放送はウェブ上でも聴取できますが,以下からダウンロードできるアプリ(無料)を使うとより快適に聴取できます.Voicy チャンネル「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」のフォローも合わせてよろしくお願いいたします! また,放送へのコメントや質問もお寄せください.

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 新しい一週間の始まりです.今週も楽しい英語史ライフを!

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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2022-02-14 Mon

#4676. Mond の質問「同じ発音なのにまったく意味の違う言葉が存在するのはなぜでしょうか?」 [sobokunagimon][homonymy][polysemy][sound_change][homonymic_clash][mond][hellog_entry_set]

 「#4672. 知識共有サービス「Mond」で英語に関する素朴な疑問に回答しています」 ([2022-02-10-1]) で触れたように,ここ数日間「Mond」にて,いくつかの質問に回答しています.そのなかでもそこそこの反応を得た,標題の素朴な疑問への回答について,本ブログでも改めて紹介します.その質問と回答のHPはこちらになりますが,以下にも転載します.転載だけのブログ記事となっては芸がありませんので,本記事末尾には少々のコメントと関連リンクを付してあります.なお,私の他の質問への回答記事もご覧いただければと思います.

同じ発音なのにまったく意味の違う言葉が存在するのはなぜでしょうか?
橋(はし)と箸(はし)など、わりと日常的に使う言葉が全く同じ音で構成されていて、コミュニケーション上の無駄も多く発生しているはずなのに、言語が生まれてからこれまでの間に淘汰されずにいるのはなぜですか?


 私の回答は,以下の通りです.

 質問の「同音異義語」の出来方には,3つの可能性があると考えています.(1) 異なる2語だったものが発音上合一してしまった,(2) 1語だったものが意味上分化してしまった,(3) たまたま同じ発音の別の語ができてしまった.

 私の専門は言葉を歴史的にみることですので,標題の質問を「同じ発音なのにまったく意味の違う言葉が存在するに至ったのにはどのような経緯があったのでしょうか?」とパラフレーズさせてもらいます.なぜ存在するかというよりも,なぜ存在するに至ってしまったのか,という風に考えるほうが,具体的な議論もしやすくなります.以下,日本語でも英語でも他の言語でも,まったく同じように考えることができます.

 (1) 異なる2語だったものが発音上合一してしまった

 どの言語でも,発音の変化というのは避けられませんし,実際,頻繁に生じています.もともと異なっていた2語が,発音変化の結果,合一してしまうということもよくあります.

 火事(クワジ)と家事(カジ)は古い表記からわかるとおり,もともと異なる発音でしたが「クワ」→「カ」(合拗音の消失)という変化により,両語が同じ発音になってしまいました.英語の last (最後の)と last (継続する)も,千年ほど前には母音が異なっており,2つの別々の語だったのですが,歴史の過程で母音が合一してしまいました.

 (2) 1語だったものが意味上分化してしまった

 単語の意味の変化も,発音の変化と同じように頻繁に生じます.通常,古い意味と新しい意味は何らかの点で関係しているものなので,意味変化もそれと分かることが多いのですが,意味変化が連鎖的に繰り返されていくと,出発点と到着点の意味に関連性を見いだすのが難しくなります.

 例えば,容器の「壺」と急所の「ツボ」は,語源を探れば同一語の派生義です.もともと「くぼみ」ほどを意味していたこの単語は,形状の類似から容器やお灸を据える体の部位の意味を発達させ,後者から「急所」の意味を派生させました.出発点と到着点の意味が離れすぎているので,現在では別々の語という感覚が一般的なのではないでしょうか(だからこそ表記も「壺」と「ツボ」と分けているわけです).英語の flower 「花」と flour 「小麦粉」も,もともとは同一語だったのですが,著しい意味変化の結果,関連づけが難しくなり,別々の語とみなされるようになりました.

 (3) たまたま同じ発音の別の語ができてしまった

 どの言語にも,使える音(音素)のリストがあり,さほど多数ではありません.また,その音素の組み合わせ方にも規則があるので,すべての単語に独自の異なる語形(発音)を与えることはできません.単語を多く作れば作るほど,既存の単語と同じ発音のものが出てきてしまうのです.橋(はし)と箸(はし)などがその典型例です.関連する例としては,すでに「牡丹」という単語があったところにポルトガル語から「ボタン」が入ってきてしまったというようなパターンもあります.

 最後に,同音異義語はコミュニケーションにとって不利のはずなのに,これまでの間に淘汰されずにいるのはなぜかという質問に回答します.

 1つは,区別化の試みはそこそこなされてきたということです.「壺」と「ツボ」の表記,flower と flour の綴字,橋と箸の(共通語における)アクセントの違いなどが,その試みの跡です.ただし,そのような試みがなされ,ある程度成功したとしても,別のところで上記 (1), (2), (3) の理由により,新たな同音異義語が次々と発生しているので,いつまでたっても全般的な淘汰には至らないということです.

 もう1つは,もっと本質的な回答となりますが,実は同音異義語はコミュニケーションにとってさほど不利ではないということです.ほとんどの場合,文脈の支えがあるために,いずれの語・意味として用いられているかが自明だからです.例えば I'll give you a ring. が「指輪をあげるよ」なのか「電話するよ」なのかが曖昧なシチュエーションは,想像するほうが難しいですね.同音異義語は,思われているほどにはコミュニケーション上の問題とならないのです.

 flower/flour については「flower (花)と flour (小麦粉)は同語源!」をお聴きください.last についてはこちらの記事をどうぞ.


 同音異義 (homonymy) は,まずもって語彙論の話題と思われるかもしれませんが,音韻論,形態論,統語論,正書法,意味論,語用論にも深く関わる話題です.つまり,言語のあらゆる側面に関わる懐の深いトピックなのです.
 今回の質問は,歴史言語学の用語でいえば「同音異義衝突」 (homonymic_clash) の問題です.理論的にも様々に論じられてきましたし,本ブログでもしばしば論じてきました.homonymy に関する記事セットを用意しましたので,ぜひご一読ください.

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2021-11-09 Tue

#4579. 複数形になると意味が変わる名詞 [plural][number][noun][semantics][homonymy][polysemy]

 『英語便利辞典』をペラペラとめくっていたら「単数と複数で意味の異なる名詞」のページ (p. 473) を発見.知らないものも多かったので,改めて英語の名詞の単複というのは難しいなと思った次第.例えば glass は「ガラス」だけれど,glasses は「眼鏡」というタイプ.

(1) 名詞の複数形が単数形の意味に加えて別の意味をもつもの

appearance出現appearances状況
armarms武器,兵器
bonebones骨格
brainbrains知力
chainchains束縛
colorcolors軍旗
compass羅針盤compassコンパス
custom習慣customs関税,税関
future未来futures(商品・為替)先物
letter文字,手紙letters文学
line行,線lines詩句
manner方法manners作法
mountainmountains山脈
numbernumbers韻文
oiloils油絵
part部分parts才能
quarter四分の一quarters宿舎
spectacle光景spectacles眼鏡
teartears悲嘆
term期間,学期terms条件


(2) 名詞の複数形が単数形の意味とは全く別の意味しかもたないもの

accomplishment成就accomplishments芸能
advice忠告advices報告
air空気airs気取り
arrangement配列,整頓arrangements手配,準備
attention注意attentions求愛
authority権威authorities当局
charge管理,世話charges料金
clothcloths衣服
coppercoppers小銭
damage損害damages損害賠償(額・金)
direction指導,指揮directions指図
forceforces軍勢
glassガラスglasses眼鏡
good????????????goods??????
ground地面grounds構内
height蕭????heights蕭????
humanity人間性humanities人文科学
instruction教えることinstructions指図
look見ることlooks容貌
need必要性needs必要品
pain苦痛pains骨折
physic医薬physics物理学
powerpowers列強,体[知]力
sale販売sales売上高
sandsands砂州
saving拙訳savings預貯金
security安全securities証券
spirit精神spirits火酒
timetimes時代
waterwaters領海,水域
wood木材woods
work仕事works工場


 これらの例において複数形は事実上語彙化しているのだろう.多義語というよりも同音異義語に近いということだ.
 関連して「#4214. 強意複数 (1)」 ([2020-11-09-1]),「#4215. 強意複数 (2)」 ([2020-11-10-1]),「#1169. 抽象名詞としての news」 ([2012-07-09-1]) を参照.

 ・ 小学館外国語辞典編集部(編) 『英語便利辞典』 小学館,2006年.

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2021-10-09 Sat

#4548. 比喩と意味借用の関係 [metaphor][semantic_borrowing][semiotics][semantic_change][semantics][polysemy]

 語の意味変化に関して Williams を読んでいて,なるほどと思ったことがある.これまであまり結びつけてきたこともなかった2つの概念の関係について考えさせられたのである.比喩 (metaphor) と意味借用 (semantic_borrowing) が,ある点において反対ではあるが,ある点において共通しているというおもしろい関係にあるということだ.
 比喩というのは,既存の語の意味を,何らかの意味的な接点を足がかりにして,別の領域 (domain) に持ち込んで応用する過程である.一方,意味借用というのは,既存の語の形式に注目し,他言語でそれと類似した形式の語がある場合に,その他言語での語の意味を取り込む過程である.
 だいぶん異なる過程のように思われるが,共通点がある.記号論的にいえば,いずれも既存の記号の能記 (signifiant) はそのままに,所記 (signifié) を応用的に拡張する作用といえるのである.結果として,旧義と新義が落ち着いて共存することもあれば,新義が旧義を追い出すこともあるが,およその傾向はありそうだ.比喩の場合にはたいてい旧義も保持されて多義 (polysemy) に帰結するだろう.一方,意味借用の場合にはたいてい旧義はいずれ破棄されて,結果として語義置換 (semantic replacement) が生じたことになるだろう.
 動機づけについていえば,比喩は主にオリジナリティあふれる意味上の関連づけに依存しているが,意味借用はたまたま他言語で似た形式だったことによる関連づけであり,オリジナリティの点では劣る.
 上記のインスピレーションを得ることになった Williams (193) の文章を引用しておきたい.

Semantic Replacement
   In our linguistic history, there have been cases in which the reverse of metaphor occurred. Instead of borrowing a foreign word for a new semantic space, late OE speakers transferred certain Danish meanings to English words which phonologically resembled the Danish words and shared some semantic space with them. The native English word dream, meaning to make a joyful noise, for example, was probably close enough to the Scandinavian word draumr, or sleep vision, to take on the Danish meaning, driving out the English meaning. The same may have happened with the words bread (originally meaning fragment); and dwell (OE meaning: to hinder or lead astray).


 引用中で話題となっている意味借用の伝統的な例としての dream, bread, dwell については「#2149. 意味借用」 ([2015-03-16-1]) を参照.とりわけ bread については「#2692. 古ノルド語借用語に関する Gersum Project」 ([2016-09-09-1]) を参照されたい.

 ・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: Free P, 1975.

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2021-04-25 Sun

#4381. friend の意味変化と多義性 [semantic_change][polysemy][grimms_law][johnson][hellog_entry_set][khelf_hel_intro_2021]

 friend という当たり前の単語を英語史的に考察するとどうなるでしょうか? これがとてもおもしろいのです.ぜひ英語史コンテンツ「友達と恋人の境界線」をご覧ください.連日「英語史導入企画2021」にて英語史コンテンツを届けしていますが,今回のものは昨日学部ゼミ生により公表されたものです.3ページほどの短い文章のなかに friend という語の歴史スペクタクルが詰まっています.
 friend と聞いて最初に思い浮かべる語義は「友達」でしょう.しかし,この語にはほかに「恋人」 (cf. boyfriend, girlfriend),「味方;支持者」,「親類」などの語義もあります.この様々な語義は,広く「身内」を意味するものとまとめられますが,細かな使い分けはおよそ文脈に依存し,なかなか使いこなすのが難しい語なのです.
 friend の多義性は,この語が印欧祖語の時代以降,意味変化を繰り返してきた結果といえます.語の意味変化というのは,ビフォーとアフターがスパッと切り替わるというよりも,古い語義の上に新しい語義が積み重なるという「累積性」を示すことのほうが多いものです.つまり,語義Aが語義Bにシフトするというよりは,語義Aの上に語義Bが付け加えられるというケースが多いのです.friend もそのような語でした.
 上記コンテンツでも詳述されていることですが,friend の意味変化について,語の意味変化に特化した Room の辞典より,同語の項を引用しておきたい.

friend ('one joined to another in mutual benevolence and intimacy' [Johnson])
In Old English, 'friend' meant 'lover', a sense exploited by Shakespeare in Love's Labour's Lost (1588), where Berowne says to Rosaline:

   O! never will I trust to speeches penn'd
      Nor to the motion of a school-boy's tongue,
   Nor never come in visor to my friend,
      Nor woo in rime, like a blind harper's song.

Something of this sense survives in modern 'girlfriend' and 'boyfriend'. From the twelfth century, too, 'friend' was frequently used to mean 'relative', 'kinsman', so that the Ordynarye of Cristen Men (1502) tells of 'All the sones & doughters of Adam & of Eue the which were our fyrst frendes', and in Shakespeare's Two Gentlemen of Verona (1591) the Duke, speaking to Valentine of his daughter Silvia, says:

   But she I mean is promis'd by her friends
   Unto a youthful gentleman of worth.

Even today, someone can speak of his or her 'friends', meaning relatives. ('I'm going to stay the night with friends.')


 上記コンテンツの内容と関連して,friend の綴字・発音の問題およびグリムの法則 (grimms_law) について,こちらの記事セットも要参照.

 ・ Room, Adrian, ed. NTC's Dictionary of Changes in Meanings. Lincolnwood: NTC, 1991.

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2021-04-16 Fri

#4372. dog の多義性 [semantic_change][metaphor][proverb][polysemy][link][khelf_hel_intro_2021]

 昨日の記事「#4371. 価値なきもの イチジク,エンドウ,ピーナッツ,ネギ,マメ,ワラ」 ([2021-04-15-1]) で,英語において「取るに足りない」と評価されている植物の話題を取り上げた.英語と日本語とで当該植物に対する認識が異なることを示唆する,いわゆる異文化比較の問題だが,これは動物にも当てはまる.よく知られているように,同一の動物であっても,英語と日本語では表象や受容の仕方が異なる.
 例えば,最も身近な動物を表わす英単語 dog を取り上げよう.言うまでもなく,日本語「犬」の英語バージョンである.しかし,このように何の変哲もない単語にこそ,実はおもしろみが詰まっているものだ.殊に意味論の観点からは,いくらでも議論できる.dog は多義 (polysemy) なのである.
 『リーダーズ英和辞典』によれば,dog は10の語義をもつ.多少の編集を加えつつ,その10語義を大雑把に示したい.

1. 犬; イヌ科の動物《オオカミ・ヤマイヌなど》.雄犬; 雄.犬に似た動物《prairie dog, dogfish など》.
2. 《口》 くだらない[卑劣な]やつ; 《米俗・豪俗》 密告者, 裏切り者, 犬; 《俗》 魅力のない[醜い]女, ブス; *《俗》 いかす女, いい女; 《俗》 淫売; 《ののしって》ちくしょう!
3. *《俗》 不快なもの, くだらないもの, 売れない[売れ残りの]品物, 負け犬, 死に筋, 失敗(作), おんぼろ, ぽんこつ, 役立たず, クズ, カス.
4. 《口》 見え, 見せびらかし.
5. 鉄鉤((かぎ)), 回し金, つかみ道具; 【金工】 つかみ金, チャック; 《車の》輪止め.
6. [pl] *《口》 ホットドッグ (hot dog).
7. [the ?s] *《口》 ドッグレース (greyhound racing).
8. 《俗》 [euph] 犬の糞 (dog-doo).
9. 【天】 [the D-] 大犬座 (the Great Dog), 小犬座 (the Little Dog).シリウス, 天狼星 (the Dog Star, Sirius).
10. 【気】 幻日 (parhelion, sun dog), 霧虹 (fogbow, fogdog).


 上記からも分かる通り,英単語の dog は一般にネガティヴな含意的意味 (connotation) をもつ.この事実を確認するには,英語文化の結晶ともいえる英語のことわざ (proverb) をみるとよい.「#3419. 英語ことわざのキーワード」 ([2018-09-06-1]) では上位にランクインしているし,実際に「#3420. キーワードを複数含む英語ことわざの一覧」 ([2018-09-07-1]) からことわざの例を見てみると,Better be the head of a dog than the tail of a horse/lion. とか We may not expect a good whelp from an ill dog. のように,あまり良い意味には使われていない.
 こんなことを考えたみたのは,昨日「英語史導入企画2021」の一環として学部ゼミ生による「dog は犬なのか?」というコンテンツがアップされたからである.
 本ブログでも,dog の通時的意味変化や共時的多義性について,以下の記事で間接的に触れてきた.参考までに.

 ・ 「#683. semantic prosody と性悪説」 ([2011-03-11-1])
 ・ 「#1908. 女性を表わす語の意味の悪化 (1)」 ([2014-07-18-1])
 ・ 「#2101. Williams の意味変化論」 ([2015-01-27-1])
 ・ 「#2187. あらゆる語の意味がメタファーである」 ([2015-04-23-1])

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2020-11-01 Sun

#4206. なぜ as にはあんなに多くの用法があるのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][sobokunagimon][preposition][conjunction][adverb][relative_pronoun][polysemy]

 as という語は,発音も綴字も単純です.短く,高頻度でもあります.しかし,気が遠くなるほど多くの用法があり,品詞としてでみても前置詞,接続詞,副詞,関係代名詞と多彩です.以下に様々な用法の例文をあげておきましょう.

 ・ They were all dressed as clowns.
 ・ I respect him as a doctor.
 ・ You're as tall as your father.
 ・ As she grew older, she gained in confidence.
 ・ Leave the papers as they are.
 ・ As you were out, I left a message.
 ・ Happy as they were, there was something missing.
 ・ I have never heard such stories as he tells.

 この多義性はいったい何なのでしょうか.では,語源から as の多義性の謎に迫ってみましょう.そうなのか!



 そう,そうなのです.so だったのです.「同じ」を原義に含む soall で強められたのが also で,also が弱まったのが as というわけでした.原義が広く一般的なので,そこから多方面に派生して,用法も多彩になってきたということです.詳しくは「#693. as, so, also」 ([2011-03-21-1]) をご覧ください.

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2020-08-14 Fri

#4127. spirit にみる OED3 の改訂作業 [oed][wycliffe][bible][lexicography][polysemy]

 本ブログで,去る6月の前半に「#4060. なぜ「精神」を意味する spirit が「蒸留酒」をも意味するのか?」 ([2020-06-08-1]),「#4061. spritespright か」 ([2020-06-09-1]),「#4062. ラテン語 spirare (息をする)の語根ネットワーク」 ([2020-06-10-1]) の記事を公開したが,奇しくもその数日後に OED3 編集者の手による spirit の項目に関するブログ記事 That's the spirit: revising 'spirit', n. for OED3 がアップされていた.
 spirit は,得体の知れない超自然的な指示対象をもち,多義であり,文化史上も重要で,かつ使用頻度も高い単語なので,OED のなかでも大きめのエントリーとなっている.編集者としては,このような多義語に関して語義の順序をいかにするかというのが問題となる.とりわけこの単語の場合には,当初より多義語として英語に借用されたために,英語史の枠内にとどまっている限り,複数の語義を時間順に整理するということがあまり意味をなさないのだ.実際,様々な語義が,14世紀末の Wycliffe の英訳聖書において初出している.「歴史的原則」を謳う OED のポリシーとして,多義を通時的に関係づけたいのはやまやまだが,さすがに OED もそれ以前のフランス語史やラテン語史にまで深く踏み込むことはしないので,語義の順序問題はかなり悩ましかったようだ.それでも種々の例文を解釈しなおして語義区分を改めたり,なるべく論理的な順序を目指して試行錯誤するなど,涙ぐましい編集努力の様子が,その記事に綴られている.
 ほかに,従来版では spirit の項のもとで扱われていた Holy Spirit が,改訂版では独立の見出し語として立てられたという.これも文化史的な意義において重要な改編というべきだろう.
 OED 改訂の舞台裏を覗き見したかのような,また philology の素養のある編集者の職人技を目の当たりにしたかのような読後感の記事だった.OED 改訂の苦難,ひいては辞書編纂にまつわる苦労がよく分かる記事である.お薦め.

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2020-07-17 Fri

#4099. sore の意味変化 [cognitive_linguistics][semantic_change][metaphor][metonymy][loan_word][french][prototype][polysemy]

 Geeraerts による,英語史と認知言語学 (cognitive_linguistics) のコラボを説く論考より.本来語 sore の歴史的な意味変化 (semantic_change) を題材にして,metaphor, metonymy, prototype などの認知言語学的な用語・概念と具体例が簡潔に導入されている.
 現代英語 sore の古英語形である sār は,当時よりすでに多義だった.しかし,古英語における同語の prototypical な語義は,頻度の上からも明らかに "bodily suffering" (肉体的苦しみ)だった.この語義を中心として,それをもたらす原因としての外科的な "bodily injury, wound" (傷)や内科的な "illness" (病気)の語義が,メトニミーにより発達していた.一方,"emotional suffering" (精神的苦しみ)の語義も,肉体から精神へのメタファーを通じて発達していた.このメタファーの背景には,語源的には無関係であるが形態的に類似する sorrow (古英語 sorg)との連想も作用していただろう.
 古英語 sār が示す上記の多義性は,以下の各々の語義での例文により示される (Geeraerts 622) .

(1) "bodily suffering"
   þisse sylfan wyrte syde to þa sar geliðigað (ca. 1000: Sax.Leechd. I.280)
   'With this same herb, the sore [of the teeth] calms widely'

(2) "bodily injury, wound"
   Wið wunda & wið cancor genim þas ilcan wyrte, lege to þam sare. Ne geþafað heo þæt sar furður wexe (ca. 1000: Sax.Leechd. I.134)
   'For wounds and cancer take the same herb, put it on to the sore. Do not allow the sore to increaase'

(3) "illness"
   þa þe on sare seoce lagun (ca. 900: Cynewulf Crist 1356)
   'Those who lay sick in sore'

(4) "emotional suffering"
   Mið ðæm mæstam sare his modes (ca. 888: K. Ælfred Boeth. vii. 則2)
   'With the greatest sore of his spirit

 このように,古英語
sār'' は,あくまで (1) "bodily suffering" の語義を prototype としつつ,メトニミーやメタファーによって派生した (2) -- (4) の語義も周辺的に用いられていたという状況だった.ところが,続く初期中英語期の1297年に,まさに "bodily suffering" を意味する pain というフランス単語が借用されてくる.長らく同語義を担当していた本来語の sore は,この新参の pain によって守備範囲を奪われることになった.しかし,死語に追いやられたわけではない.prototypical な語義を (1) "bodily suffering" から (2) "bodily injury, would" へとシフトさせることにより延命したのである.そして,後者の語義こそが,現代英語 sore の prototype となった(他の語義が衰退し,この現代的な状況が明確に確立したのは近代英語期).

 ・ Geeraerts, Dirk. "Cognitive Linguistics." Chapter 59 of A Companion to the History of the English Language. Ed. Haruko Momma and Michael Matto. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2008. 618--29.

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2020-04-09 Thu

#4000. want の英語史 --- 意味変化と語義蓄積 [semantics][semantic_change][polysemy][gerund]

 昨日の記事「#3999. want の英語史 --- 語源と意味変化」 ([2020-04-08-1]) で,want が「欠いている」→「必要である」→「欲する」という意味変化を経てきたことを説明した.意味変化といっても様々なタイプがある.古い意味 A が新しい意味 B に完全に取って代わられることもあれば,新しい意味 B が派生した後も古い意味 A が相変わらず残り,結果として両方の意味が並び立っているというケースもある.後者の場合,通時的にみれば複数の語義が蓄積してきたと表現できるし,共時的にみればその語に多義性 (polysemy) があると表現できることになる.want はまさにこの後者の例であり,新参の「欲する」という語義が圧倒的に優勢には違いないが,最も古い「欠いている」の語義も,次に古い「必要である」の語義も一応生き残っている.
 以下,やや古めかしい響きをもつ例文もあるが,(1)--(3) では「欠いている」の語義が,(4)--(6) では「必要である」の語義が認められる.

 (1) She wants courage. (彼女には勇気がない.)
 (2) The time wants ten minutes to four. (4時10分前だ.)
 (3) The sum wanted two dollars of the desired amount. (その金額は希望額に2ドル足りなかった.)
 (4) This dirty floor wants a scrub. (この汚れた床はごしごし磨く必要がある.)
 (5) This CD player wants repairing. (このCDプレーヤーは修理の必要がある.)
 (6) Your hair wants to be cut. (君の髪の毛は刈る必要がある.)

 (5) のように動名詞が続く構文は,意味的には受け身となる点で need の用法と同じである(cf. 「#3605. This needs explaining. --- 「need +動名詞」の構文」 ([2019-03-11-1])).
 名詞 want も同様で,古い「必要」の語義も周辺的ながら残っている.The homeless are in want of shelter. (ホームレスは雨露をしのげる場所を求めている.)では,wantneed に置き換えても通用する.また「欠乏,不足」の語義も for want of . . . (?不足のために)という句に残っている.これも for lack of . . . と言い換えることができる.Mother Goose の伝承童謡 (nursery rhyme) に,この句を繰り返す教訓詩として有名なものがある.

For want of a nail the shoe was lost.釘がないので蹄鉄が打てない
For want of a shoe the horse was lost.蹄鉄が打てないので馬が走れない
For want of a horse the rider was lost.馬が走れないので騎士が乗れない
For want of a rider the battle was lost.騎士が乗れないので戦いが出来ない
For want of a battle the kingdom was lost.戦いが出来ないので国が滅びた
And all for the want of a horseshoe nail.すべては蹄鉄の釘がなかったせい


 多義語の学習はしばしば難しいが,なぜその語が多義なのかを考えてみるとおもしろい.過去に意味変化を経てきた過程で,古い語義の上に新しい語義が蓄積されてきた可能性が高いからだ.とりわけ意味変化に強い次の辞典をそばに置いておくと便利である.

 ・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.
 ・ Room, Adrian, ed. NTC's Dictionary of Changes in Meanings. Lincolnwood: NTC, 1991.

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2018-12-21 Fri

#3525. 二重目的語構文の多義性 [construction_grammar][polysemy][prototype]

 構文文法では構文的多義性 (constructional polysemy) という考え方がある.同一の構文形式が,異なるけれども関係する複数の意味と結びついている状況を指す.中心的な意味から体系的に派生した意味が,いわば群をなして多義 (polysemy) を構成しているという捉え方だ.構文文法におけるプロトタイプ (prototype) 理論にほかならない.
 S V O1 O2 をとる二重目的語構文の多義性を例にとろう.その中心的意味は,give の構文に代表されるように,S (= agent) が O1 (= recipient) に O2 (= patient) を能動的に首尾よく移動させることである.この中心的意味としては,patient に具体的な物が想定されているが,抽象的な方向へ拡がれば teach のような動詞がここに加えられるだろう.以下,中心的意味からの派生を Goldberg (38) の図により示す.

Constructional Polysemy of Double Object Construction

 中心的意味に多少の制限をかけ,移動が成立するのに話者の義務が関与する方向で派生したのが,「保証」「約束」などを意味する左下のB群である.一方,むしろ移動を成立させないという否定の方向へ派生すると,「拒否」を意味する右下のC群となる.移動が未来の時点で起こることが前提とされる場合には,右上のD群が派生する.また,移動を「起こさせる」のではなく「可能にさせる」と若干弱めると,「許可」を表わす上部のE群が派生する.最後に,移動の意図が含意される場合には,左側のF群のような動詞も当該の構文を取ることができるようになる.
 このように語の意味だけでなく構文の意味も,プロトタイプ理論にしたがって中心的なものから周辺的なものへと派生していき,結果として共時的に多義性を帯びるようになるというのが,constructional polysemy のポイントである.

 ・ Goldberg, Adele E. Constructions: A Construction Grammar Approach to Argument Structure. Chicago: U of Chicago P, 1995.

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2018-03-28 Wed

#3257. 文法的な多義性と同音異義衝突の回避について [polysemy][homonymic_clash][functionalism]

 同音異義語 (homonymy),多義性 (polysemy),同音異義衝突 (homonymic_clash) の関係を巡る問題について,「#286. homonymy, homophony, homography, polysemy」 ([2010-02-07-1]),「#815. polysemic clash?」 ([2011-07-21-1]),「#1801. homonymy と polysemy の境」 ([2014-04-02-1]),「#2823. homonymy と polysemy の境 (2)」 ([2017-01-18-1]) などの記事で見てきた.とりわけ,同音異義衝突を回避しようとする話者の言語行動が言語変化を引き起こす要因であるとする主張について,理論的な立場からの反論は少なくないことに触れた(例えば,「#714. 言語変化における同音異義衝突の役割をどう評価するか」 ([2011-04-11-1]),「#717. 同音異義衝突に関するメモ」 ([2011-04-14-1]),「#835. 機能主義的な言語変化観への批判」 ([2011-08-10-1]) を参照).
 同音異義衝突の回避が話題になるのは,ほとんどの場合,単語レベル,主として内容語レベルである.しかし,機能語や形態素というレベルで考えてみると,同音異義衝突について新たな見方ができるように思われる.例えば,現代英語で形態素 -s は,名詞の複数を標示するのみならず,名詞(句)の所有格をも標示するし,動詞の3単現をも標示する.その意味で -s はその文法機能において多義的・同音異義的といってよく,ある意味で衝突が起こっているといえるわけだが,それを回避しようとする傾向は特に見当たらないように思われる.Hopper and Traugott の議論に耳を傾けよう.

. . . grammatical items are characteristically polysemous, and so avoidance of homonymic clash would not be expected to have any systematic effect on the development of grammatical markers, especially in their later stages. This is particularly true of inflections. We need only think of the English -s inflections: nominal plural, third-person-singular verbal marker; or the -d inflections: past tense, past participle. Indeed, it is difficult to predict what grammatical properties will or will not be distinguished in any one language. Although English contrasts he, she, it, Chinese does not. Although OE contrasted past singular and past plural forms of the verb (e.g., he rad 'he rode,', hie ridon 'they rode'), PDE does not except in the verb be, where we find she was/they were. (Hopper and Traugott 103)


 機能語や形態素には内容語とは異なるメカニズムが作用しており,同音異義衝突に対する反応も異なっているのだと議論することは,ひょっとしたらできるかもしれないが,このような観点から改めて言語変化の要因としての同音異義衝突の回避を批判的に考察してみるのもおもしろいだろう.文法的な多義性・同音異義性という話題は奥が深そうだ.

 ・ Hopper, Paul J. and Elizabeth Closs Traugott. Grammaticalization. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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2017-08-01 Tue

#3018. industry の2つの語義,「産業」と「勤勉」 (2) [semantic_change][polysemy]

 昨日の記事に引き続き,industry の多義性と意味変化について.industry という語について,「器用さ」から「勤勉」の語義が発展し,さらに「産業」へと展開した経緯は,労働観が中世的な「個人の能力」から近代的な「集団的な効率」へとシフトしていった時代の流れのなかでとらえられる.
 西洋においても日本においても,中世の時代には,領主から独立して農業をうまく経営する「器用な」農民は自分の時間を管理する達人であり,その意味で「勤勉」であった.しかし,近代に入ると,分業と協業を旨とする工場で働く労働者にとって,「勤勉」とは,むしろ他の皆に合わせて時間内に決まった仕事をこなす能力を指すようになった.つまり,いまや「勤勉な」労働者とは,個人的に才覚のある人間ではなく,むしろ没個性的に振る舞い,集団のなかでうまく協働できる人間を指すようになったのである.これは,18世紀後期に industry の後発の語義(=産業)が本格的に到来したことにより,元からある語義(=勤勉)の社会的な定義が変わったことを意味する.「勤勉」の語義そのものは,英語に借用された15世紀後期から断絶せずに,ずっと継続しているが,その指し示す範囲や内容,もっといえば社会的に「勤勉」とは何を意味するのかという価値観自体は変容してきたのである.現在「勤勉」といって喚起されるイメージは,およそ近代にできあがったものであり,それ以前の時代の「勤勉」とは別物だったと考えてよい.
 industry の「勤勉」を巡る近代的な価値観の変化は,industry の意味の変化そのものというよりは,それに対する社会の態度の変化というべきものである.しかし,これを意味変化の一種と緩くとらえるのならば,「#1953. Stern による意味変化の7分類 (2)」 ([2014-09-01-1]) でいうところの,「A 外的要因」の「i 代用」のうちで「(c) 指示対象に対する態度の変化」に属するものといえるだろう.社会史的な関心からみれば,industry の「勤勉」の語義も,中世から近代にかけてある種の意味変化を起こしてきたといえるのである.このような意味変化は語源辞典からも容易に読み取れない類いのものだが,社会史的にはすこぶる重要な価値をもつ意味変化である.

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2017-07-31 Mon

#3017. industry の2つの語義,「産業」と「勤勉」 (1) [semantic_change][polysemy][etymology][latin][french][industrial_revolution]

 多くの辞書で industry という語の第1語義は「産業;工業」である.heavy industry (重工業),the steel industry (鉄鋼業)の如くだ.そして,第2語義として「勤勉」がくる.a man of great industry (非常な勤勉家)という表現や,Poverty is a stranger to industry. 「稼ぐに追い付く貧乏なし」という諺もある.2つの語義は「勤労,労働」という概念で結びつけられそうだということはわかるが,明らかに独立した語義であり,industry は典型的な多義語ということになる.実際,形容詞は分かれており,「産業の」は industrial,「勤勉な」は industrious である.
 語源を遡ると,ラテン語 industria (勤勉)に行き着く.これは indu- (in) + struere (to build) という語形成であり,「内部で造る」こと,すなわち個人的な自己研鑽や知識・技能の修養という意味合いがあった.原義は職人に求められる「器用さ」や「腕の達者」だったのである.この単語がこの原義を携えて,フランス語経由で15世紀後半の英語に入ってきた.そして,すでに15世紀末までには,原義から「勤勉」の語義も発達していた.
 16世紀になると,これまでの個人的な職業と結びつけられていた語義が,より集合的な含意を得て「産業」の新語義が生じる.しかし,この新語義が本格的に用いられるようになったのは18世紀後期のことである.1771年にフランス語 industrie がこの語義で用いられたのに倣って,英語での使用が促進されたという.この年代は,後に Industrial Revolution (産業革命)と命名された社会の一大潮流の開始時期とおよそ符合する.
 対応する形容詞の歴史を追っていくと,原義に近い「達者な,器用な」「勤勉な」の意味で industrious がすでに15世紀後期に現われている.実は「産業の」を意味する industrial も同じ15世紀後期には現われており,その点ではさして時間差はない.しかし,industrial (産業の)が本格的に用いられるようになったのは,18世紀に対応するフランス語 industriel の影響を受けてからであり,主として19世紀以降である.
 名詞形も形容詞形も,18世紀後期が用法の点でのターニングポイントとなっているが,これは上でも触れたとおり Industrial Revolution の社会的・言語的な影響力に負っている.なお,Industrial Revolution という用語は,1840年に初出するが,1848年に John Stuart Mill (1806--73) によって導入されたといってよく,それが歴史学者 Arnold Toynbee (1852--83) によって広められたという経緯をもつ.

Referrer (Inside): [2022-01-01-1]

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2017-02-11 Sat

#2847. statestatistics [etymology][semantic_change][polysemy]

 state には,原義としての「状態」のほか「国家」という語義がある.この語は,古フランス語 estat が初期中英語に入ったものであり,それ自体はラテン語 status からの借用語である.これはラテン語の動詞 stāre "to stand" の名詞形なので,本来的な意味は「立場,姿勢」ほどである.
 その後,ラテン語でもフランス語でも様々な意味変化を経て多義語となったが,英語もその経路をなぞるようにして語義を発展させていった.「状態,形勢」から「地位,身分」へと発展し,さらに「威厳」や「階級」へも展開した.意味を限定して「支配階級」となると,その後「為政者集団」,そして集合的に「国家」にたどり着くまでの道のりは遠くなかった.このようにして,英語における state =「国家」の語義は,まさに近代国家の現われる16世紀前半に初出する.
 さて,「国家」の語義を発展させた state と,「統計学」を意味する statistics の関わりは思いのほか深い.statistics の英語での初出は1787年と案外遅く,ドイツ語で造語された Statistik を借りたものだが,当時の意味は「国家の政治的事実の研究」ほどだった.つまり,statistics とは政治学の1分野として発展してきたものなのである.「国家の政治的事実」の最たるものは人口統計であり,国家,政治,人口,統計というキーワードは互いに結び付きが強かったのである.
 日本語では,英語の population census を単なる「人口調査」ではなく,ものものしく「国勢調査」と訳している.これは,幕末から明治にかけての日本人が,西洋の思想と学問に触れ,statistics の訳語を検討した際に,現在に続く「統計学」のほか「国勢学」「形勢学」「政表」などの訳語を試用したことと無縁ではない.
 最近は,言語学でも少し数字を駆使すれば "stats" として提示できるような,ある種の「軽さ」も禁じ得ない雰囲気があるが,本来 statistics は「国家」の影のちらつく,ものものしく重々しい語感を備えていたもののようだ.
 1月9日の読売新聞朝刊の「翻訳語事情」に,population census = 「国勢調査」に関する記事があったので参考まで.

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2017-02-10 Fri

#2846. 言語変化における「世代」 [language_change][kanji][semantic_change][generative_grammar][diachrony][semantic_change][polysemy]

 2月6日の読売新聞朝刊のコーナー「翻訳語事情」に,generation の訳語としての「世代」について,解説があった.本来,「世代」という漢語は「年代」「時代」「代々」「世々代々」ほどの意味で使われていたが,明治後半の教科書などで生物学用語として遺伝的な意味での「世代」が広まっていったという.さらに,19--20世紀にドイツ人文学から「歴史的体験を共有する同年齢層の集団」を意味する用法が哲学,社会学,芸術,文学などにおいて広がった.とりわけカール・マンハイム (1893--1947) が社会学的見地から「世代」を考察したことで,その潮流を受けた日本においても,現代的な意味での「世代」が定着するようになった.
 生物学的な「世代」と社会学的な「世代」とでは,形としては同じ単語であっても,大きな意味の差がある.前者は順に交替していくという意味での段階性を表わすのに対して,後者は同年齢層集団としての継続性が含意される.例えば「団塊の世代」の価値観は,時とともに構成員の年齢は上がっていくものの,それ自体は変化しないという点で継続性があるといえる.
 しかし,解説者の斎藤希史氏によれば,両方の意味において共通しているのは,「世代という語には,世の中を輪切りにして,断絶を意識させる傾向がある」ということだ.だが,冒頭に述べた原義にたち帰れば,「世々代々」とは「世を重ねて未来へ続いていくイメージ」があった.つまり,「世代」と聞いて喚起するイメージは,「世代交替」よりは「世代間交流」のほうに近かった可能性がある.
 「世代」に対する2つのイメージの差は,言語変化を考察するに当たっても示唆的である,生成文法の立場からは,言語変化とは文法変化のことであり,そこでは「世代交代」の発想が原則である.しかし,社会言語学的な立場から見れば,言語変化のイメージは「世代間交流」のほうに近いだろう.年上話者層と年下話者層では,確かに言葉遣いの平均値は異なっているだろうが,個々の話者を見れば,年下の言葉遣いの影響を受ける年上の人もいれば,その逆のケースもある.両話者層は,生まれた年代は異なるものの,現在を含むある幅の期間,(言語)生活を共有しているのだから,その共有の程度に応じて,多少なりとも存在している言語上の格差は薄められるだろう.言語変化は,世代交替によりカクカクと進んでいく側面もあるかもしれないが,世代間交流によりあくまで緩やかに進んでいくという部分が大きいのではないか.
 Bloomfield の言語変化における「世代」の認識も,「#1352. コミュニケーション密度と通時態」 ([2013-01-08-1]) で見たように,「世代間交流」の発想に近かったように思われる.

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2017-01-18 Wed

#2823. homonymy と polysemy の境 (2) [semantics][homonymy][polysemy]

 標題について「#286. homonymy, homophony, homography, polysemy」 ([2010-02-07-1]),「#815. polysemic clash?」 ([2011-07-21-1]),「#1801. homonymy と polysemy の境」 ([2014-04-02-1]),「#2174. 民間語源と意味変化」 ([2015-04-10-1]) などで扱ってきた.今回はもう2つの例を挙げ,同音異義 (homonymy) と多義 (polysemy) の境界の曖昧性について改めて考えてみたい.
 意味論の概説書を著わした Saeed (65) が,英語から solegay の語を挙げている.sole には,名詞として "bottom of the foot" (足の裏)と "flatfish" (カレイの仲間)の2つの語義がある.両語義は多くの母語話者にとって互いに関係のないものとして理解されており,したがって同音異義語と認識されている.しかし,歴史的にはラテン語 solea "sandal" がフランス語経由で英語に入ったものであり,同根である.確かに,言われてみれば,ともに平べったい「サンダル」である.辞書での扱いもまちまちであり,2つの見出し語を立てているものもあれば,1つの見出し語のもとに2つの語義を分けているものもある.とすると,公正な立場を取るのであれば,歯切れは悪いが,両者の関係は homonymy でもあり polysemy でもあると結論せざるを得ない.
 もう1つの例は,形容詞 gay である.この語には "homosexual" (同性愛の)と "lively, light-hearted, bright" (陽気な)という,2つの主たる意味がある.特に若い世代にとって,両語義の関連は,あったとしても薄いものに感じられるようで,その点では homonymy の関係にあると把握されているのではないか.しかし,なかには両語義は相互に関係するととらえている人もいるかもしれないし,実際,通時的には「陽気な」から「同性愛の」への意味変化が生じたものとされている.ここでも,ある人にとっては homonymy,別の人にとっては polysemy という状況が見られる.ある見方をすれば homonymy,別の見方をすれば polysemy と言い換えてもよい.
 客観的な意味論の観点から,いずれの関係かを決めることは極めて難しい.homonymy と polysemy の境について,言語学的に理論化するのが困難な理由が分かるだろう.
 gay の用法については,American Heritage Dictionary の Usage Note より gay も参照.

 ・ Saeed, John I. Semantics. 3rd ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009.

Referrer (Inside): [2018-03-28-1]

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2016-10-09 Sun

#2722. sad の意味変化 [semantic_change][polysemy][etymology]

 現代英語で「悲しい」を意味する sad は,古英語の sæd に対応するが,後者には「悲しい」の語義はなく,当時の意味は「満足した,十分な;飽きた」だった.ゲルマン祖語の形態は *saðaz と再建されており,ゲルマン諸語の同根語はオランダ語 zat, ドイツ語 satt, 古ノルド語 saðr, ゴート語 saþs となる.さらに印欧祖語に遡ると * "to satisfy" にたどりつき,ここからはラテン語 satis "enough" も生まれている.したがって,ラテン語から英語に入った satis, satisfaction, satisfy は,sad と同じ語根をもっていることになる.
 古英語の語義「満足した」はその後15世紀半ばまで存続したが,一方で「悲しい」の語義が1300年までに生じていた.14世紀中には「確固たる」「真剣な,まじめな」などの語義も生じている.したがって,中英語には,上記の様々な語義が共存していた.例えば,Cursor Mundi では,原義の「満足した」が Thof that thou euer vpon him se, / Of him sadd sal thou neuer be. として観察されるし,Chaucer の "The Man of Law's Tale" からは In Surrye whilom dwelte a compaignye / Of chapmen riche and therto sadde and trewe. では「まじめな」の語義が認められる.同じく Chaucer の The Romaunt of the Rose では,現代的な語義が She was cleped Avarice. . . Full sad and caytif was she. において見られる.
 このように,複数の語義が,初出年代は多少前後するものの14世紀前半辺りに立て続けに現われていることから,いずれかの語義がつなぎ役となって,原点「満足した」から仕舞いには「悲しい」へと到着したものと想像される.しかし,いかなる「つなぎ」により,「満足した」から「悲しい」へ至ったのかという問題については,確かなことはわかっていない.シップリーの語源辞典では「十分に満たされると飽きた (sated) 気持ちになり,少しもの悲しく (sad) なるものである」と述べられているが,別の可能性もある.例えば,食べ過ぎて「満足した」状態になると,人間は動きたくなくなり,実際に動けなくなる.動けずに居座っていると「腰を据えた,落ち着いた,安定した」あるいは「重々しい」状態となる.ここから「真剣な,まじめな」が生じ,これが度を超すと「悲しい,悲壮な」状態に至る,という道筋はどうだろうか.『英語語義語源辞典』はこの道筋を取っているようだ.
 sad については,「#1954. 意味変化によって意味不明となった英文」 ([2014-09-02-1]) でも少し触れているので,要参照.

 ・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.
 ・ 小島 義郎,岸 暁,増田 秀夫・高野 嘉明(編) 『英語語義語源辞典』 三省堂,2007年.

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