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最終更新時間: 2024-11-21 08:03

2018-09-21 Fri

#3434. 近代英語期までもつれこんだ英語の公用語化 [reestablishment_of_english][me][french][latin][law_french][norman_conquest]

 ノルマン征服により,イングランドの公用語はフランス語およびラテン語となった.英語は非公式の言語として地下に潜ったわけだが,その後の数世紀をかけてゆっくりと,しかし着実に復権を遂げていった.この経緯については,reestablishment_of_english の数々の記事で取り上げてきたが,とりわけ以下の記事を挙げておこう.

 ・ 「#131. 英語の復権」 ([2009-09-05-1])
 ・ 「#324. 議会と法廷で英語使用が公認された年」 ([2010-03-17-1])
 ・ 「#336. Law French」 ([2010-03-29-1])
 ・ 「#1207. 英語の書き言葉の復権」 ([2012-08-16-1])
 ・ 「#3096. 中英語期,英語の復権は徐ろに」 ([2017-10-18-1])
 ・ 「#3265. 中世から初期近代まで行政の書き言葉標準はずっとラテン語だった」 ([2018-04-05-1])

 君塚 (134--35) は,公用語としての英語の復権を13世紀以降の流れのなかで描いているが,その終点はといえば,近代に入った1649年である.

 なお,「ノルマン征服」以後,イングランド貴族の日常言語はフランス語であり,公式の文書などにはラテン語が用いられてきた.これがジョンによる「ノルマン喪失」以降,貴族間でも英語が日常的に使われ,エドワード3世治世下の一三六三年からは議会での日常語は正式に英語と定められた.庶民院にはフランス語ができない層が数多くいたこととも関わっていた.
 議会の公式文書のほうは,一五世紀前半まではラテン語とともにフランス語が使われていたが,一四八九年からは法令の草稿も英語となった(議会制定法自体はラテン語のまま).最終的に法として認められる「国王による裁可」(ロイヤル・アセント)も,一七世紀前半まではフランス語が使われていたが,共和制の到来(一六四九年)とともに英語に直され,以後今日まで続いている.


 だが,さらに後の話題もある.法律を含めた公文書が英語で書かれなければならなくなる,いわゆる「ラテン語の全廃」は,ハノーヴァー朝の1713年のことである.イングランドは,ノルマン征服以降,英語を公的な場に完全に取り戻すのに,ざっと650年を要したことになる.

 ・ 君塚 直隆 『物語 イギリスの歴史(上下巻)』 中央公論新社〈中公新書〉,2015年.

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2016-07-01 Fri

#2622. 15世紀にイングランド人がフランス語を学んだ理由 [reestablishment_of_english][french][bilingualism][lme][law_french]

 「#2612. 14世紀にフランス語ではなく英語で書こうとしたわけ」 ([2016-06-21-1]) で取り上げたように,後期中英語期にはイングランド人のフランス語使用は減っていった.14世紀から15世紀に入るとその傾向はますます強まり,フランス語は日常的に用いられる身近な言語というよりは,文化と流行を象徴する外国語として認識されるようになっていった.フランス語は,ちょうど現代日本における英語のような位置づけにあったのだ.
 15世紀初頭に John Barton がフランス語学習に関する Donet François という論説を書いており,イングランド人がフランス語を学ぶ理由は3つあると指摘している.1つ目は,フランス人と意思疎通できるようになるから,という自然な理由である.なお,イングランド人の間での日常的なコミュニケーションのためにフランス語を学ぶべきだという言及は,どこにもない.後者の用途でのフランス語使用はすでに失われていたと考えてよいだろう.
 2つ目は,いまだ法律がおよそフランス語で書かれていたからである.3つ目は,紳士淑女はフランス語で手紙を書き合うのにやぶさかではなかったからである.
 2つ目と3つ目の理由は後世には受け継がれなかったが,特に3つ目の理由に色濃く感じられる「フランス語=文化と流行の言語」のイメージそのものは存続した.フランス語のこの方面での威信は,後の18世紀に最高潮に達したが,その余韻は現在も息づいていると言ってよいだろう.フランス借用語彙に宿っているオシャレな含意と相まって,英語(話者)にとってのフランス語のイメージは,中世から大きく変化していないのである.以上,Baugh and Cable (147) を参照した.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2015-10-28 Wed

#2375. Anglo-French という補助線 (2) [semantics][semantic_change][semantic_borrowing][anglo-norman][french][lexicology][false_friend][methodology][borrowing][law_french]

 昨日の記事 ([2015-10-27-1]) に引き続き,英語史研究上の Anglo-French の再評価についての話題.Rothwell は,英語語彙や中世英語文化の研究において,Anglo-French の役割をもっと重視しなければならないと力説する.研究道具としての MED の限界にも言い及ぶなど,中世英語の文献学者に意識改革を迫る主張が何度も繰り返される.フランス語彙の「借用」 (borrowing) という概念にも変革を迫っており,傾聴に値する.いくつか文章を引用したい.

The MED reveals on virtually every page the massive and conventional sense and that in literally thousands of cases forms and meanings were adopted (not 'borrowed') into English from Insular, as opposed to Continental, French. The relationship of Anglo-French with Middle English was one of merger, not of borrowing, as a direct result of the bilingualism of the literate classes in mediaeval England. (174)

The linguistic situation in mediaeval England . . . produced . . . a transfer based on the fact that generations of educated Englishmen passed daily from English into French and back again in the course of their work. Very many of the French terms they used had been developing semantically on English soil since 1066, were absorbed quite naturally with all their semantic values into the native English of those who used them and then continued to evolve in their new environment of Middle English. This is a very long way from the traditional idea of 'linguistic borrowing'. (179--80)

[I]n England . . . the social status of French meant that it was used extensively in preference to English for written records of all kinds from the twelfth to the fifteenth century. As a result, given that English was the native language of the majority of those who wrote this form of French, many hundreds of words would have been in daily use in spoken English for generations without necessarily being committed to parchment or paper, the people who used them being bilingual in varying degrees, but using only one of their two vernaculars --- French --- to set down in writing their decisions, judgements, transactions, etc., for posterity. (185)


 昨日の記事では bachelor の「独身男性」の語義と apparel の「衣服」の語義の例を挙げた,もう1つ Anglo-French の補助線で解決できる事例として,Rothwell (184) の挙げている rape という語を取り上げよう.MED によると,「強姦」の意味での rāpe (n.(2)) は,英語では1425年の例が初出である.大陸のフランス語ではこの語は見いだされないのだが,Anglo-French では rap としてこの語義において13世紀末から文証される.

[A]s early as c. 1289 rape is defined in the French of the English lawyers as the forcible abduction of a woman; in c. 1292 the law defines it, again in French, as male violence against a woman's body. Therefore, for well over a century before the first attestation of 'rape' in Middle English, the law of England, expressed in French but executed by English justices, had been using these definitions throughout English society. rape is an Anglo-French term not found on the Continent. Admittedly, the Latin rapum is found even earlier than the French, but it was the widespread use of French in the actual pleading and detailed written accounts --- as distinct from the brief formal Latin record --- of cases in the English course of law from the second half of the thirteenth century onwards that has resulted in so very many English legal terms like rape having a French look about them. . . . As far as rape is concerned, there never was, in fact, a 'semantic vacuum' . . . .


 Rothwell (184) は,ほかにも larceny を始め多くの法律用語に似たような状況が当てはまるだろうと述べている.中英語の語彙の研究について,まだまだやるべきことが多く残されているようだ.

 ・ Rothwell, W. "The Missing Link in English Etymology: Anglo-French." Medium Aevum 60 (1991): 173--96.

Referrer (Inside): [2021-07-04-1] [2015-12-18-1]

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2015-09-17 Thu

#2334. 英語の復権と議会の発展 [law_french][register][french][bilingualism][latin][reestablishment_of_english][history][parliament][hundred_years_war]

 ノルマン征服 (norman_conquest) でいったん地位の下落した英語が,中英語期半ばからフランス語やラテン語に抗して徐々に復権していく過程について,本ブログでは reestablishment_of_english の各記事で取り上げてきた.英語の復権は数世紀にわたる緩慢な過程であるため,途中の各段階での共時的な状況がとらえにくい.この点で,同じく緩慢に進行した「#2321. 綴字標準化の緩慢な潮流」 ([2015-09-04-1]) とも類似する.この種の歴史的状況をよく理解するためには,同じ問題を様々な角度から眺め,立体的な像を作り上げていくしかない.
 関連した問題として,先日「#2330. 13--14世紀イングランドの法律まわりの使用言語」 ([2015-09-13-1]) を取り上げた.今回は,出版されたばかりの,読みやすい君塚直隆氏によるイギリス史概説書より,同じく法律まわりの使用言語という観点から,英語の復権について触れられている箇所があるので,引用したい.

「ノルマン征服」以後,イングランド貴族の日常言語はフランス語であり,公式の文書などにはラテン語が用いられてきた.これがジョンによる「ノルマン喪失」以降,貴族の間でも英語が日常的に使われ,エドワード3世治世下の一三六三年からは議会での日常語は正式に英語と定められた.庶民院にはフランス語ができない層が数多くいたこととも関わっていた.
 議会の公式文書のほうは,一五世紀前半まではラテン語とともにフランス語が使われていたが,一四八九年からは法令の草稿も英語となった(議会制定法自体はラテン語のまま).最終的に法として認められる「国王による裁可」(ロイヤル・アセント)も,一七世紀前半まではフランス語が使われていたが,共和制の到来(一六四九年)とともに英語に直され,以後今日まで続いている. (134--35)


 引用でも示唆されているとおり,英語の復権は,議会の発展と少なからず並行している.13世紀以降,イングランドの歴代の王は,John の失った大陸の領地を奪還すべく対仏戦争をしかけてゆく.しかし,戦争は費用がかかる.特に14世紀の百年戦争に際して,Edward III は戦費調達のために国民に対する課税を要求したが,すでにその時代までには,国王であれ非課税者の代表が集まる議会の承認なくしては実現しにくい案件となっていた.国政における議会の役割が大きくなり,構成員,審議内容,手続きなどが洗練されてきたのが,Edward III の治世 (1327--77) だった.この時代に,英語が公的な使用を認められてゆくようになるというのは,偶然ではない.
 話し言葉の世界では上記のように英語の復権が着々と進んだが,書き言葉の世界ではまだまだ伝統と惰性が物を言い,フランス語とラテン語がしばらく公用語としての地位を守り続けることになった.それでも,数世紀単位でみれば,やはり公的な英語の復権の潮流は,中英語半ばにはすでに生まれていたとみてよいだろう.

 ・ 君塚 直隆 『物語 イギリスの歴史(上)』 中央公論新社〈中公新書〉,2015年.

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2015-09-13 Sun

#2330. 13--14世紀イングランドの法律まわりの使用言語 [law_french][register][anglo-norman][french][bilingualism][latin][norman_conquest][reestablishment_of_english]

 ノルマン征服 (norman_conquest) 後のイングランドでは,法律関連で用いられる言語は複数あった.だが,法律の言語と一口にいっても,書き言葉か話し言葉という談話の媒体 (mode of discourse) というパラメータもあったし,法文,裁判記録,論文,口頭審問などという談話の場 (field of discourse) というパラメータもあった.使用言語は,ロンドンと地方とでは異なっていたかもしれないし,裁判の級によっても変異していた可能性がある.そして,時代とともに,ラテン語よりもフランス語へ,そしてフランス語よりも英語へという潮流もあった.中英語期における法律分野での羅・仏・英語の使い分けの実態は,残された資料に基づいて,ある程度明らかにすることは可能だが,多くの推理も必要となる.
 「#1443. 法律英語における同義語の並列」 ([2013-04-09-1]) の冒頭に記したように,概略としては「13世紀にはラテン語に代わってフランス語が法律関係の表現において優勢となってゆく.フランス語は法文書においてもラテン語と競り合い,14世紀には優勢となる.15世紀には,Law French は Law English に徐々に取って代わられてゆくが,近代に至るまでフランス語の遺産は受け継がれた」と考えてよい.Brand は,法律まわりの談話の使用域を細分化した上で,13--14世紀イングランドの法律まわりの使用言語を調査している.
 ノルマン征服後,法律関係の文書においてラテン語が最も普通の言語であったことは間違いないが,裁判で用いられる言語についてはどうだったのだろうか.Brand (66) は,Henry II (1133--89) が王立裁判所を設立した当初から,そこでの使用言語は英語ではなくフランス語だったとみている.

It seems much more likely that French had been the language of the royal courts from the very beginning of the system of central royal courts established by Henry II and that French was their language because in that period it was the first language of the men appointed as royal justices and of many of the litigants. French seems then to have remained the language of the courts in part because of cultural conservatism, the absence of any really compelling reason for changing accepted practice; in part because there were advantages to the professional elite who came to dominate legal practice in using a language which needed to be learned and mastered by outsiders and which enhance their mystique; in part also because the courts had developed a technical French vocabulary that was not easily translatable into English.


 ここでは,「#661. 12世紀後期イングランド人の話し言葉と書き言葉」 ([2011-02-17-1]) でもみたように,すでに12世紀後半にはノルマン系貴族を含むイングランド国民の多くが英語を母語としていたと考えられるが,法律や裁判という限定的な使用域においては,フランス語使用が惰性的に持続していたことが想定されている.
 この惰性は13世紀から14世紀にかけても続き,むしろ発展すらした.フランス語は法文書においてラテン語と競合し,1275年に初めてフランス語による公的に制定された法文書が現われると,1300年以降,フランス語は "the language of the future in 1300 for English legal instruction" (Brand 72) となった.
 しかし,フランス語の栄光は長く続かなかった.14世紀半ばには,「#324. 議会と法廷で英語使用が公認された年」 ([2010-03-17-1]) や「#131. 英語の復権」 ([2009-09-05-1]) でみたように,英語が徐々に法律の分野へも侵入してきたからである.
 Brand (75--76) は,13世紀から14世紀前半にかけて,フランス語が法律の分野で著しく用いられた状況について,次のように要約している.

The languages of English law in the thirteenth and fourteenth century were primarily Latin and French. Latin was and remained the language of formal record at all levels of the court hierarchy. It was also the language of some of the thirteenth-century instructional literature of English law and even perhaps of some of the actual instruction. Its status as the language of formal legislation appears to have gone unchallenged prior to the last quarter of the thirteenth century but thereafter was increasingly challenged by the Anglo-Norman French of the common lawyers. Anglo-Norman French was the language actually used in pleading not just in the royal courts but also in county and city courts and came to be the invariable language of the law reports which recorded such pleading and which were also used to teach the following generation of law students. Anglo-Norman was also the language of oral legal instruction and of the legal literature which grew out of such instruction and of some other instructional literature as well. Anglo-Norman may always have been the language for the drafting and discussion of legislation but was also from 1275 onwards one of the two languages used for the formal enactment of legislation as well. The third language used in thirteenth- and early-fourteenth-century England, English, is little in evidence here. It may have been used in the local proclamation of legislation, but it was not for the most part one of the written languages used in legal contexts.


 関連して,Law French については,「#336. Law French」 ([2010-03-29-1]) 及び law_french の各記事を参照されたい.

 ・ Brand, Paul. "The languages of the Law in Later Medieval England." Multilingualism in Later Medieval Britain. Ed. D. A. Trotter. Cambridge: D. S. Brewer, 2000. 63--76.

Referrer (Inside): [2015-10-02-1] [2015-09-17-1]

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2014-06-20 Fri

#1880. 接尾辞 -ee の起源と発展 (1) [suffix][loan_word][french][register][anglo-norman][law_french][etymology][-ate][agentive_suffix][french_influence_on_grammar]

 emplóyer (雇い主)に対して employée (雇われている人)というペアはよく知られている.appóinter/appointée, exáminer/examinée, páyer/payée, tráiner/trainée などのペアも同様で,それぞれの組で -er をもつ前者が能動的に動作主を,-ee をもつ後者が受動的に被動作主を表わす.
 しかし,absentee (欠席者), escapee (脱走者), patentee (特許権所有者), refugee (避難民), standee (立見客)など,意味的に受け身とは解釈できない例も存在する.実際,standeestander は同義ではないとしても,少なくとも類義ではある.-ee という接頭辞の働きはどのようなものだろうか.
 -er は本来的な接尾辞(古英語 -ere)だが,-ee はフランス語から借用した接尾辞である.フランス語 -é(e) は動詞の過去分詞接尾辞であり,他動詞に接続すれば受け身の意味となった.これ自体はラテン語の第1活用の動詞の過去分詞接辞 -ātus に遡るので,communicatee, dedicatee, educatee, legatee, relocatee などでは同根の2つの接尾辞が付加されていることになる(-ate 接尾辞については,「#1242. -ate 動詞の強勢移行」 ([2012-09-20-1]) や「#1748. -er or -or」 ([2014-02-08-1]) を参照).
 接尾辞 -ee の基本的な機能は,動詞語幹から人や有生物を表わす被動作主名詞を作ることである.他の特徴としては,接尾辞 -ee /ˈiː/ に強勢が落ちること,意志性の欠如という意味上の制約があること,法律用語として用いられる傾向が強いこと,などが挙げられる.法律という使用域 (register) についていえば,Anglo-Norman の法律用語 apelour/apelé から英語に入った appellor/appellee (上訴人/被上訴人)などのペアが嚆矢となり,後期中英語以降,基体の語源にかかわらず -or (or -er) と -ee による法律用語ペアが続々と生まれた.
 被動作主とひとくくりにいっても,統語的には基体の動詞の直接目的語,間接目的語,前置詞目的語に相当するもの,さらに主語に相当するものや,動詞とは直接に関連しないものを含めて,様々な種類がある (Isozaki 5--6).examinee は "someone who one examines" で直接目的語に相当,payee は "someone to whom one pays something" で間接目的語に相当,laughee は "someone who one laughs at" で前置詞目的語に相当, standeeattendee は "someone who stands" と "someone who attends something" で主語に相当する.その他,変則的な種類として,amputee は "someone whose limb was amputated" と複雑な統語関係を示し,patentee, redundantee, biographee は名詞や形容詞を基体としてもつ.
 この接尾辞について後期近代英語から現代英語へかけての通時的推移をみると,ロマンス系語幹ではなく本来語幹に接続する傾向が生じてきていること,standee のような動作主(主語)タイプが増えてきていることが指摘される.この潮流については,明日の記事で.

 ・ Isozaki, Satoko. "520 -ee Words in English." Lexicon 36 (2006): 3--23.

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2013-11-19 Tue

#1667. フランス語の影響による形容詞の後置修飾 (1) [adjective][word_order][syntax][french][law_french]

 現代英語では,通常,限定用法の形容詞は名詞の前に置かれるが,名詞の後に置かれる例も意外と多くある.形容詞の後置修飾には以下のような様々な種類が認められる.

 (1) 不定代名詞の -thing, -body, -one: ex. something strange, nobody else, everything possible; cf. all things English
 (2) all, any, every, 最上級を伴う -able, -ible: ex. every means imaginable, the latest information available
 (3) フランス語などの影響を受けた慣用的語法: ex. the sum total, from time immemorial, the devil incarnate, bloody royal
 (4) 固有名詞を区別する語法: ex. Elizabeth the Second, Asia Minor, Hotel Majestic
 (5) 修飾語を伴って長くなる場合: ex. a friend worthy of confidence, a meal typical of Japan
 (6) 叙述用法に近い場合: ex. all the people present, the authorities concerned, the person opposite
 (7) 動詞的性質をもつ分詞形容詞: ex. the people arrested, the best car going
 (8) 強調・対照・リズムの関係: ex. America, past and present
 (9) その他の慣用的語法: ex. on Monday next, for ten years past, me included, Poet Laureate, B flat/sharp/major/minor, Longman Group Limited/Ltd (UK), Hartcourt Brace Jovanovich, Incorporated/Inc (US)

 今回注目したいのは (3) のフランス語の影響を受けた慣用的な表現である.Quirk et al. (Section 7.21) によれば,"institutionalized expressions (mostly in official designations)" として次のような例が挙げられている.

 ・ attorney general
 ・ body politic
 ・ court martial
 ・ from time immemorial
 ・ heir apparent
 ・ notary public
 ・ postmaster general
 ・ the president elect ['soon to take office']
 ・ vice-chancellor designate


 これらの表現は慣用表現であるから,通常は分析されずに複合語のようにみなされている.とりわけ法律用語については,「#336. Law French」 ([2010-03-29-1]) を参照.
 英語史の観点から特に重要なのは,Quirk et al. (Section 7.21) の次の注記である.エリザベス朝で流行した語法とは興味深い指摘だが,確認と調査が必要だろう.

The postpositive adjective, as in the president elect and vice-chancellor designate, reflects a neoclassical style based on Latin participles and much in vogue in Elizabethan times.


 フランス語の影響による形容詞後置としてはエリザベス朝よりもずっと新しいものと思われるが,料理の分野に特有の "postposed 'mode' qualifier" と呼ばれる種類もある (Section 17.60) .

Postposed 'mode' qualifier: Lobster Newburg
There is another French model of postposition in English that we may call postposed 'mode' qualifier, as in Lobster Newburg. Though virtually confined to cuisine (rather than mere cooking), it is moderately productive within these limits, perhaps especially in AmE. In BrE one finds veal paprika and many others, but there is some resistance to this type of postposition with other than French lexical items, as in páté maison, sole bonne femme. Nevertheless (perhaps partly because, in examples like the latter, the French and English head nouns are identical), the language has become receptive to hybrids like poached salmon mayonnaise, English scallops provencal.


 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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2013-04-10 Wed

#1444. 法律英語の特徴 [register][law_french][french][loan_word][latin]

 昨日の記事で「#1443. 法律英語における同義語の並列」 ([2013-04-09-1]) に焦点を当てた.関連して,法律英語におけるフランス語の存在感については「#336. Law French」 ([2010-03-29-1]),「#433. Law French と英国王の大紋章」 ([2010-07-04-1]),「#1240. ノルマン・コンクェスト後の法律用語の置換」 ([2012-09-18-1]) で扱ってきたが,こうして見てくると,法律英語の主たる特徴はフランス借用語の多用にあり,ということがよくわかる.しかし,法律英語の特徴はこれだけにとどまらない.もう少し詳しく調べると,語法の癖,語用の傾向が見えてくる.Crystal (101) にしたがって,いくつかの特徴を列挙する.

(1) 書き言葉においても話し言葉においても,形式的,儀式的な表現が用いられる.
  Signed, sealed and delivered
  You may approach the bench
  Your Honour
  May it please the court
  . . . the truth, the whole truth, and nothing but the truth

(2) 一般の語がしばしば特殊な意味で用いられる.
  action (law suit)
  hand (signature)
  presents (this legal document)
  said (mentioned before) (cf. [2011-02-21-1]の記事「#665. Chaucer にみられる3人称代名詞の疑似指示詞的用法」)

(3) 現在では一般には用いられない古英語,中英語由来の単語が保たれている.
  aforesaid, forthwith, heretofore, thenceforth, thereby, witnesseth (cf. [2012-10-24-1]の記事「#1276. hereby, hereof, thereto, therewith, etc.」)

(4) ラテン語表現も多い.
  corpus delicti(罪体), ejusdem generis(同種の), nolle prosequi(訴えの取り下げ), res gestae(付帯状況), sui juris(法律上の能力をもった), vis major(不可抗力)

(5) フランス借用語が多く,一般化したものも多い.
  demurrer(訴答不十分の抗弁), easement(地役権), estoppel(禁反言), fee simple(単純封土権), lien(留置権), tort(私犯)

(6) 正確で厳密な意味をもった専門用語.
  appeal(上訴), bail(保釈(金)), contributory(清算出資者), defendant(被告), felony(重罪), negligence(過失), injunction(差止命令)

(7) より曖昧な意味をもった,日常的にも使われうる "argot".
  alleged(疑わしい), issue of law(法律上の争点), objection(異義), order to show cause(理由開示命令), superior court(上位裁判所), without prejudice(あとの手続きを何ら拘束することなく)

(8) 解釈に幅をもたせるために意図的に曖昧な意味で用いられる用語.
  adequate cause(相当の理由), as soon as possible(可及的速やかに), improper(不適切な), malice(犯意), nominal sum(名目額), reasonable care(相当なる注意)

 これらの「(冗漫で複雑な, しばしば素人には難解な)法律家[文書]独特の言い回し」を指して,英語で legalese という呼び名があるが,それは日本語でも他の言語でも変わりないことだろう.

 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.

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2013-04-09 Tue

#1443. 法律英語における同義語の並列 [french][law_french][latin][binomial][register][loan_word][euphony][lexical_stratification]

 英語の法律に関する使用域 (register) にフランス語の語句が満ちていることについては,「#336. Law French」 ([2010-03-29-1]),「#433. Law French と英国王の大紋章」 ([2010-07-04-1]),「#1240. ノルマン・コンクェスト後の法律用語の置換」 ([2012-09-18-1]) の各記事で取り上げてきた.中世イングランドにおける法律分野の言語交替の概略を示せば,13世紀にはラテン語に代わってフランス語が法律関係の表現において優勢となってゆく.フランス語は法文書においてもラテン語と競り合い,14世紀には優勢となる.15世紀には,Law French は Law English に徐々に取って代わられてゆくが,近代に至るまでフランス語の遺産は受け継がれた.
 法律分野でフランス語から英語への言語交替が進んでゆくと,法律用語におけるフランス単語から英単語への交替という問題も生じてくる.ところが,どちらの言語の用語を採用するかという問題は,多くの場合,どちらも採用するという決着をみた.つまり,両方を and などの等位接続詞でつなげて,2項イディオム (binomial idiom) にしてしまうという方策である(関連して[2011-07-26-1]の記事「#820. 英仏同義語の並列」も参照).2者の間に微妙な意味上の区別がある場合もあれば,さして区別はなく単に意味の強調であるという場合もあった.しかし,時間とともにこのような並列が慣習化し,法律分野の言語を特徴づける文体へと発展したというのが正しいだろう.というのは,英単語と仏単語の並列のみならず,仏単語2つや英単語2つの並列なども見られるようになり,語源の問題というよりは文体の問題ととらえるほうが適切であると考えられるからだ.もちろん,この文体の発展に,2項イディオムの特徴である韻律による語呂のよさ (euphony) も作用していただろうことは想像に難くない.
 以下に,Crystal (152--53) に示されている例を挙げよう.3つ以上の並列もある.

acknowledge and confess (English/French)
aid and abet (French/French)
breaking and entering (English/French)
cease and desist (French/French)
each and every (English/English)
final and conclusive (French/Latin)
fit and proper (English/French)
give and grant (English/French)
give, devise, and bequeath (English/French/English)
goods and chattels (English/French)
had and received (English/French)
have and hold (English/English)
heirs and assigns (French/French)
in lieu, in place, instead, and in substitution of (French/French/English/French or Latin)
keep and maintain (English/French)
lands and tenements (English/French)
let or hindrance (English/English)
made and provided (English/Latin)
new and novel (English/French)
null and void (French/French)
pardon and forgive (French/English)
peace and quiet (French/Latin)
right, title, and interest (English/English/French)
shun and avoid (English/Latin)
will and testament (English/Latin)
wrack and ruin (English/French)


 法律分野の要求する正確さと厳格さ,歴史的に育まれてきた英語語彙の三層構造,韻律と語呂を尊ぶ2項イディオムの伝統,このような諸要因が合わさって,中世後期以降,法律英語という独特の変種が発達してきたのだと考えられる.

 ・ Crystal, David. The Stories of English. London: Penguin, 2005.

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2012-09-18 Tue

#1240. ノルマン・コンクェスト後の法律用語の置換 [lexicology][norman_conquest][history][loan_word][french][norman_french][me][law_french]

 [2012-09-03-1]の記事「#1225. フランス借用語の分布の特異性」で言及した Lutz の論文に,標題の語彙交替を示す表が挙げられていた.古英語で用いられていた本来語の法律用語が,中英語以降(現代英語へ続く)に対応するフランス借用語語により置きかえられたという例である.網羅的ではないが,一瞥するだけで置換の様子がよく分かる表である.以下に再現しよう (149) .

OE ModE
   
dōm   --   judgment
dōmærn †, dōmhūs   --   court-house
dōmlic   --   judicial
dēma †, dēmere   --   judge
dēman   --   to judge
fordēman   --   to condemn
fordēmend   --   accuser
betihtlian   --   to accuse, charge
gebodian †, gemeldian   --   to denounce, inform
andsacian †, onsecgan   --   to renounce, abjure
gefriþian   --   to afford sanctuary
mānswaru †, āþbryce   --   perjury
mānswara   --   perjurer
mānswerian   --   to perjure oneself
(ge)scyld †, scyldignes   --   guilt
scyldig   --   guilty, liable
scyldlēas   --   guiltless
   
āþ   >   oath
þēof   >   thief
þeofþ   >   theft
morþ, morþor + OF murdre   >   murder


 doomdeem など,現代まで残っている本来語はあるが,法律用語としての語義は失っている.また,法律用語として残っている最後の4語についても,フランク語や古ノルド語の同根語がノルマン人の法律用語としてすでに定着していたゆえとも考えられる.
 Lutz は,征服者の制度と強く結びついたこれらの語彙が英語へ借用された事実を挙げ,とかくフランス文化への憧れというような借用の原動力に関する議論がなされるが,征服者の「力」を想定せざるを得ないフランス語借用もあるということを主張する.フランス語のもつ宮廷文化,ロマンス,食事,学問といった華やかな連想の影に,生々しい政治的,軍事的な力が隠されてしまっているのではないか,と問題を提起しているかのようだ.

. . . the particularly large share of French in the basic vocabulary of Modern Standard English cannot be attributed to its cultural appeal alone but results from forced linguistic contact exerted by the speakers of the language of a conquering power on that of the conquered population. Ordinary borrowing, guided by the wish to acquire new things and concepts and, together with them, the appropriate foreign terms, could not have led to such an extreme effect on the basic vocabulary of the recipient language.


 関連して,「#1209. 1250年を境とするフランス借用語の区分」 ([2012-08-18-1]) や「#1210. 中英語のフランス借用語の一覧」 ([2012-08-19-1]) を参照.また,法律におけるフランス語について,「#336. Law French」 ([2010-03-29-1]) と「#433. Law French と英国王の大紋章」 ([2010-07-04-1]) も参照.

 ・ Lutz, Angelika. "When did English Begin?" Sounds, Words, Texts and Change. Ed. Teresa Fanego, Belén Méndez-Naya, and Elena Seoane. Amsterdam and Philadelphia: John Benjamins, 2002. 145--71.

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2010-07-04 Sun

#433. Law French と英国王の大紋章 [me][french][loan_word][heraldry][law_french]

 [2010-03-29-1]の記事で触れた Law French について,佐藤 (31) からもう少し例を挙げたい.以下のフランス借用語句は本来的に法律用語であるが,一般化して広く使われるようになった名詞も少なくない.

accuse 「告発(告訴)する」, assize 「巡回裁判;陪審(審理)」, cause 「訴訟(事件)」, court 「法廷,裁判所」, crime 「犯罪」, damage 「損害(賠償金)」, demesne 「(権利に基づく土地の)占有」, dower 「寡婦産」, fee 「相続財産」, guile 「策略」, just 「公正な」, justice 「司法(官),裁判(官)」, petty 「(犯罪が)軽微な」, plea 「(被告の最初の)訴答,抗弁」, plead 「(訴訟事実などを)申し立てる」, property 「所有権」, puisne 「陪席判事」, session 「開廷期」, sue 「訴える」, suit 「訴訟」, summon 「召喚する」, heir male 「男子相続人」, issue male 「男子」, real estate 「不動産」


他に法律関連では,Le roi le veult 「王がそれをお望みだ」(王が裁可を下す時の形式文句)や Le roi s'avisera 「王はそれを考慮なさるだろう」(王が議案の裁可を拒むときの形式文句)という文としての表現が現在でも残っている.英国王の大紋章 ( great arms ) の銘文 ( motto ) として描かれている DIEU ET MON DROIT は「神とわが権利」を意味し,12世紀後半に Richard I が戦場で使った雄叫びに由来するといわれ,15世紀後半の Henry VI の時代に紋章に加えられたという(下図参照).ちなみに,英国王の大紋章には HONI SOIT QUI MAL Y PENSE という銘文も刻まれており,フランス語で「それを悪いと思う者に禍あれ」を意味する.これは1348年にガーター騎士団を創設した Edward III の発言に由来するとされる(森,p. 409).英国王の大紋章 "The Royal coat of arms" は英国王室の公式サイトから大画像を見ることができる.

The Royal coat of arms

・ 佐藤 正平 「英語史考」『学苑』 第227号,1959年,15--41頁.
・ 森 護 『英国王室史事典』 大修館,1994年.

(後記 2018/09/29(Sat):Wikipedia よりこちらの SVGもどうぞ.)

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2010-03-29 Mon

#336. Law French [me][french][reestablishment_of_english][norman_french][loan_word][law_french]

 [2010-03-17-1]の記事で触れたが,法律文書の英語化は非常に緩慢としたプロセスだった.1362年に口頭の訴訟手続きこそフランス語から英語に切り替わったが,法律関係の文書にはまだまだフランス語が使用されていた.実に1731年まで使われ続けたのである.このフランス語は Law French と呼ばれ,Norman Conquest 以来の Norman French がもととなって確立された法律文章語である.
 現在でも英語の法律用語の大半がフランス語由来であるのは,上述の歴史に負っている.法律関係の役職名と犯罪名だけをとってみても,英語の法律の世界がいかに French かが分かるだろう.

 ・ 役職名: advocate 「代言者」, attorney 「代理人」, bailiff 「執行吏」, coroner 「検視官」, counsel 「弁護人」, defendant 「被告」, judge 「裁判官」, jury 「陪審」, plaintiff 「原告」
 ・ 犯罪名: arson 「放火」, assault 「暴行」, felony 「重罪」, fraud 「詐欺」, libel 「文書誹毀」, perjury 「偽証」, slander 「口頭誹毀」, trespass 「侵害」

 また,フランス語の統語では「名詞+形容詞」という語順が普通なので,これを反映した法律関係の句がたくさん存在する.

 ・ attorney general 「司法長官;法務長官」, court martial 「軍法会議」, fee simple 「単純封土権」, heir apparent 「法定推定相続人」, letters patent 「開封勅許状」, malice aforethought 「予謀の犯意」

 英語で法律を勉強するのはものすごく大変そう・・・.

 ・McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992. 591.

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