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french - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2020-11-25 08:02

2020-11-17 Tue

#4222. 行為者接尾辞 -eer [suffix][agentive_suffix][loan_word][french][latin][register][stress][conversion]

 ゼミ生からのインスピレーションで,標記の行為者接尾辞 (agentive_suffix) に関心を抱いた.この接尾辞をもつ語はフランス語由来のものがほとんどであり,その来歴を反映して,語末音節を構成する接尾辞自身に強勢が落ちるという特徴がみられる.つまり語末の発音は /ˈɪə(r)/ となる.engineer, pioneer, volunteer をはじめとして,auctioneer, electioneer, gazetteer, mountaineer, profiteer などが挙がる.語源的には -ier もその兄弟というべきであり,cachier, cavalier, chevalier, cuirassier, financier, gondolier なども -eer 語と同じ特徴を有する.いずれもフランス語らしい振る舞いを示し,なぜ英語においてこのフランス語風の形式(発音と綴字)が定着したのだろうかという点で興味深い(cf. 「#594. 近代英語以降のフランス借用語の特徴」 ([2010-12-12-1]),「#1291. フランス借用語の借用時期の差」 ([2012-11-08-1])).
 Jespersen (§15.51; 243) より,-eer, -ier に関する解説を引用する.

   15.51 Words in -eer, -ier (stressed) -[ˈɪə] are mostly originally F words in -ier (generally from L -arius). Most of the OF words in -ier were adopted in ME with -er, and the stress was shifted to the first syllable . . . , as also in a few in which the i was kept . . . .
   A few words borrowed in ME times kept the final stress, and so did nearly all the later loans (many from the 16th and 17th c.). The established spelling of most of these, and of nearly all words coined on English soil, is -eer, as in auctioneer, cannoneer, charioteer (Keats 46), gazetteer, jargoneer (NED from 1913), mountaineer, muffineer, 'small castor for sprinkling salt or sugar on muffins' (NED 1806), muleteer [mjuˑliˈtiə], musketeer, pioneer, pistoleer (Carlyle Essays 251), routineer (Shaw D 54), and volunteer, but many of them preserved the F spelling, e.g. cavalier and chevalier, cuirassier, and finanicier.
   The recent motorneer, is coined on the pattern of engineer.
   Sh in some cases has initial-stressed -er-forms instead of -eer, e.g. ˈenginer, ˈmutiner (Cor I. 1.244), and ˈpioner.


 この解説に従えば,-eer は私たちもよく知る行為者接尾辞 -er の一風変わった兄弟としてとらえてよさそうだ.
 しかし, -eer には意味論的,語形成的に注目すべき点がある.まず,形成された行為者名詞は,軽蔑的な意味を帯びることが多いという事実がある.crotcheteer, garreteer, pamphleteer, patrioteer, privateer, profiteer, pulpiteer, racketeer, sonneteer などである.
 もう1つは,行為者名詞がそのまま動詞へ品詞転換 (conversion) する例がみられることだ.electioneer, engineer, pamphleteer, profiteer, pioneer, volunteer などである.これは上記の軽蔑的な語義とも密接に関係してくるかもしれない.なお,commandeer は,動詞としてしか用いられないという妙な -eer 語である.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part VI. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1942.

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2020-10-16 Fri

#4190. 借用要素を含む前置詞は少なくない [preposition][french][loan_word][borrowing][lexicology]

 昨日の記事「#4189. acrossa + cross」 ([2020-10-15-1]) で,across の語源に触れた.cross 自身が初期中英語期に借用された語であり,前置詞を伴った across の原型も同じく初期中英語期に初出している.一般に前置詞は高頻度の機能語として「閉じた語類」 (closed class) といわれるが,そのような語に借用要素が含まれているというのは,一見すると稀な例のように思われるかもしれない.
 しかし,英語の歴史において前置詞は「閉じた語類」らしからぬ性質を示してきた.時代とともに種類が増えてきたからである.そのなかには,フランス語やラテン語などからの借用要素を含むものも少なくない.「#947. 現代英語の前置詞一覧」 ([2011-11-30-1]) を眺めてみると,比較的高頻度の前置詞に限っても,先述の across のほか (a)round, concerning, considering, despite, during, except, past などがすぐに挙がる.複合前置詞を考慮に入れれば,according to, apart from, because of, due to, in place of, regardless of なども加えられる.前置詞における借用要素は珍しくない.
 歴史的な前置詞の増加は,とりわけ後期中英語から初期近代英語にかけて生じた(cf. 「#1201. 後期中英語から初期近代英語にかけての前置詞の爆発」 ([2012-08-10-1])).これは同時代のフランス語やラテン語からのインプットによるところが大きいことは明らかである.結果として,既存のものを含めた個々の前置詞の使い分けが複雑化することになり,現代の英語学習者を悩ませることにもなっている.そのような潮流の走りというべきものが,中英語の比較的早い時期に初出した across であり,around でもあるのだろう.罪深いといえば罪深い?

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2020-10-06 Tue

#4180. 講座「英語の歴史と語源」の第7回「ノルマン征服とノルマン王朝」を終えました [asacul][notice][norman_conquest][monarch][french][history][link][slide]

 「#4170. 講座「英語の歴史と語源」の第7回「ノルマン征服とノルマン王朝」のご案内」 ([2020-09-26-1]) でお知らせしたように,10月3日(土)の15:30〜18:45に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて「英語の歴史と語源・7 ノルマン征服とノルマン王朝」と題する講演を行ないました.久し振りのシリーズ再開でしたが,ご出席の皆さんとは質疑応答の時間ももつことができました.ありがとうございます.
 ノルマン征服 (norman_conquest) については,これまでもその英語史上の意義について「#2047. ノルマン征服の英語史上の意義」 ([2014-12-04-1]),「#3107. 「ノルマン征服と英語」のまとめスライド」 ([2017-10-29-1]) 等で論じてきましたが,今回の講座では,ノルマン征服という大事件のみならず,ノルマン王朝イングランド (1066--1154) という88年間の時間幅をもった時代とその王室エピソードに焦点を当て,そこから英語史を考え直すということを試してみました.いかがだったでしょうか.講座で用いたスライドをこちらに公開しておきます.以下にスライドの各ページへのリンクも張っておきます.

   1. 英語の歴史と語源・7 「ノルマン征服とノルマン王朝」
   2. 第7回 ノルマン征服とノルマン王朝
   3. 目次
   4. 1. ノルマン征服,ten sixty-six
   5. ノルマン人とノルマンディの起源
   6. エマ=「ノルマンの宝石」
   7. 1066年
   9. ノルマン王家の仲違いとその後への影響
   10. ウィリアム2世「赤顔王」(在位1087--1100)
   11. ヘンリー1世「碩学王」(在位1100--1135)
   12. 皇妃マティルダ(生没年1102--1167)
   13. スティーヴン(在位1135--1154)
   14. ヘンリー2世(在位1154--1181)
   15. 3. 英語への社会的影響
   16. ノルマン人の流入とイングランドの言語状況
   17. 4. 英語への言語的影響
   18. 語彙への影響
   19. 綴字への影響
   20. ノルマン・フランス語と中央フランス語
   21. ノルマン征服がなかったら,英語は・・・?
   22. まとめ
   23. 補遺: 「ウィリアムの文書」 (William’s writ)
   24. 参考文献

 次回は12月26日(土)の15:30〜18:45を予定しています.話題は,今回のノルマン王朝に続くプランタジネット王朝の前期に注目した「ジョン失地王とマグナカルタ」についてです.いかにして英語がフランス語の「くびき」から解放されていくことになるかを考えます.詳細はこちらからどうぞ.

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2020-10-02 Fri

#4176. なぜ lieutenant の発音に /f/ が出るのか? [sobokunagimon][pronunciation][spelling_pronunciation_gap][ame_bre][french][etymology][spelling_pronunciation]

 lieutenant (代理,副官;中尉)は,アメリカ発音では素直に /l(j)uːˈtɛnənt/ となるが,イギリス発音ではどういうわけか /lɛfˈtɛnənt/ と /f/ の子音が現われる(cf. 「#1343. 英語の英米差を整理(主として発音と語彙)」 ([2012-12-30-1])).このイギリス発音に含まれる /f/ の由来については説明するのが難しく,いくつかの説が提案されている.
 この語は中英語期に古フランス語 lieutenant を借用したものである.lieu (place) + tenant (holding) という語形成で,「別の人の地位を代わりに担う人」という原義から「代理;(大尉の代理役としての)中尉」などの語義が発達した.中英語期以来,主たる綴字は lieu-tenant など /f/ を示唆しないものではあったが,並行して /f/ を含む lieftenaunt なども行なわれており,早くから綴字上(そしておそらく発音上も)揺れがみられた.
 近代に入っても長らく揺れは継続した.OED の当該語の語源欄によると,Walker により /v/ の発音 (/f/ ですらない)の実態が指摘されている.

In 1793 Walker gives the actual pronunciations as /lɛv-/ /lɪvˈtɛnənt/, but expresses the hope that 'the regular sound, lewtenant' will in time become current. In England this pronunciation /ljuːˈtɛnənt/ is almost unknown. A newspaper quot. of 1893 in Funk's Standard Dict. Eng. Lang. says that /lɛfˈtɛnənt/ is in the U.S. 'almost confined to the retired list of the navy'.


 /f/ の由来について,OED は同語源欄で次のように2つの説を紹介している(以下の引用で,<f> を示さない綴字,示す綴字はそれぞれ「αタイプ」「βタイプ」と称されている).

The origin of the β type of forms (which survives in the usual British pronunciation, though the spelling represents the α type) is difficult to explain. The hypothesis of a mere misinterpretation of the graphic form (u read as v), at first sight plausible, does not accord with the facts. In view of the rare Old French form luef for lieu (with which compare especially the 15th cent. Scots forms luf-, lufftenand above) it seems likely that the labial glide at the end of Old French lieu as the first element of a compound was sometimes apprehended by English-speakers as a v or f. Possibly some of the forms may be due to association with LEAVE n.1 or LIEF adj.


 第1の説は,u/v の綴字が(渡り)母音 /w/ ではなく,子音 /f, v/ として解釈され,それが発音に反映されたというものである.識字率の高い現代では,そのような綴字発音 (spelling_pronunciation) もあり得ようが,中英語期や近代英語期にそのような現象があったという主張には,私は半信半疑である(cf. 「#1152. sneeze の語源」 ([2012-06-22-1])).どちらかというと,渡り母音 /w/ が異音 [v] と聞き間違えられたという音声的可能性を指摘する第2の説を採りたい.
 時代は下って18世紀には「#678. 汎ヨーロッパ的な18世紀のフランス借用語」 ([2011-03-06-1]) でみたように,フランス語より lieutenant-colonel (陸軍中佐)という複合語が英語にもたらされた.第2要素の colonel も綴字と発音の関係という点からは問題を含んでいる.これについては,「#3016. colonel の綴字と発音」 ([2017-07-30-1]) を参照.

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2020-10-01 Thu

#4175. 「なぜ英語とフランス語は似ているの?」の記事紹介 [french][history_of_french][norman_conquest][norman_french][sobokunagimon][hel_education][notice]

 三省堂のことばのコラムのシリーズとして,「歴史で謎解き!フランス語文法(フランス語教育 歴史文法派)」が展開しています.今回は,英語史との関連でその第18回「なぜ英語とフランス語は似ているの?」の記事をご紹介します.英語史の学徒として実に読みやすく,英仏海峡の向こうから英語史を記述してもらったようで,こそばゆいような,瑞々しいような気持ちになりました.英語とフランス語に関心のあるすべての方に一読をお薦めします.
 英語史の専門家がフランス語史を学ぶことは重要ですし,フランス語史に通じている方より英語史に関心を示してもらえるのは,お互いにメリットのあることだと思っています.学界的にも,この辺りの相互交流が欠如しているのは残念なことだと思っています.中世ヨーロッパにおいては現代のような厳密な国境意識はなく,言語的にいえば multilingual な世界が常態だったわけですから.今回の記事で扱われている時期の「イギリス」でも,「国語」が英語だったのか,フランス語だったのか,はたまたラテン語だったのか,はっきりしません.西欧近代諸国の「標準語」とて,背後にあるイギリス,フランス,ドイツ等の主権国家の「主たる言語」が前面に出てきたにすぎないわけです.
 21世紀の現在,英語が世界的な言語となったのは歴史の偶然にすぎません.英語という言語の本質的な力によるものではなく,主に18世紀から20世紀まで続いたイギリス,アメリカという二大国家の覇権のなせるわざです.
 そのような覇権的な動きが始まる近代より前の時代に焦点を移せば,ヨーロッパには「主権国家」もなければ「国語」も,厳密な意味においてはありませんでした.英語もヨーロッパのありふれた言語の1つにすぎませんでした.英語が大陸のゲルマン語にルーツを持ちつつも,同じく大陸のラテン系のロマンス諸語と長らく接触してきた歴史を,この機会にあらためて顧みてはいかがでしょうか.

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2020-09-29 Tue

#4173. Palsgrave のフランス語文典 [french][orthoepy][gvs][spelling_pronunciation_gap][spelling_reform][oed][emode]

 フランス語研究者であり正音学者だった16世紀前半に活躍したイギリス人 John Palsgrave は,英語(学)史上も重要である.フランス語研究者として1530年に英語でフランス語文典 Lesclarcissement de la Langue Francoyse を著わし,当時もっともよく知られたフランス語文典となった.「#3836. フランス語史の年表」 ([2019-10-28-1]) に名を挙げられるくらいであるから,その影響力はただものではない.
 Palsgrave はロンドンに生まれ,ケンブリッジ大学に学び,パリで修士号を取得した.帰国してフランス語教師となり Thomas More などとも親交を深めた.彼の英語学史上の最大の業績は,外国語であるフランス語を「音声表記」した点にあるといってよい.他言語の発音を客観的に記述するという,現代の音声学の基本的な姿勢の伝統を創始した人物である(渡部,p. 38).
 16世紀は,Palsgrave のような正音学者が多数輩出した時代である.大母音推移 (gvs) 等の音変化が進行し,発音と綴字のギャップ (spelling_pronunciation_gap) が開きつつあるなかで,綴字改革 (spelling_reform) の訴えが様々な陣営よりなされていた.外国語研究者は発音の問題に敏感である.Palsgrave も,例外ではなく英語の発音と綴字の問題に並々ならぬ関心を示す正音学 (orthoepy) の徒だったのである.なお,外国語研究の立場から英語の発音と綴字の問題に関心を示した初期近代英語期の「同志」としては,ほかに De pronunciation Graecae (1555) を著わした J. Cheke や Grammatica Linguae Anglicanae (1653) を著わした J. Wallis もいる(石橋,p. 616).
 Palsgrave のもう1つの注目すべき点は,OED の引用文の常連であることだ.OED は,かの Lesclarcissement から5418個もの用例を引いてきており,この時期の語彙記述に多大な貢献をなしている(cf. 「#642. OED の引用データをコーパスとして使えるか (4)」 ([2011-01-29-1])).この著書は語学書であるから,フィロロジストもである OED 編纂者にとって,当然ながら「大好物」である.編纂者が,このような垂涎ものの著書から(とりわけ文法用語などの)語彙を集めてこないわけがない.
 以上,Palsgrave が英語(学)史上ひとかどの人物とされている背景を簡単に紹介した.

 ・ 渡部 昇一 『英語学史』 英語学大系第13巻,大修館書店,1975年.
 ・ 石橋 幸太郎(編) 『現代英語学辞典』 成美堂,1973年.

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2020-09-26 Sat

#4170. 講座「英語の歴史と語源」の第7回「ノルマン征服とノルマン王朝」のご案内 [asacul][notice][norman_conquest][french][history][link]

 10月3日(土)の15:30〜18:45に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて「英語の歴史と語源・7 ノルマン征服とノルマン王朝」と題する講演を行ないます.趣旨は以下の通りです.

1066年のノルマン征服はイギリス史上最大の事件といわれますが,英語史の観点からも,その後の英語がたどってゆく進路を大きく方向づけた点できわめて重大な出来事でした.以後,英語はノルマン王朝の公用語であるフランス語との接触を強め,主に語彙,語法,綴字の領域で大きな言語的影響を被ることになりました.また,当時英語が一時的にフランス語のくびきの下で社会的権威を奪われ,標準形をも失ったという事実は,近代以降の英語の世界的な発展を思うとき,実に意味深長です.本講座で,ノルマン征服の英語史上の意義を改めて考えてみましょう.


 ノルマン征服とは? ノルマン人とは何者? 彼らは何語を話していたのか? イングランドや英語とはどのような関係があるのか? 現代の英語にいかなる影響を及ぼしたのか? 英国史のみならず英語史においても計り知れないインパクトをもつ1066年の事件とその余波に迫ります.
 本シリーズもしばらく中断を余儀なくされていましたが,久し振りの再開となります.関心のある方は是非お申し込みください.よろしくどうぞ.

Referrer (Inside): [2020-10-06-1]

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2020-09-17 Thu

#4161. アメリカ式 color はラテン語的,イギリス式 colour はフランス語的 [etymological_respelling][webster][spelling_reform][spelling][renaissance][french][ame_bre][johnson]

 color (AmE) vs colour (BrE) に代表される,アメリカ式 -or に対してイギリス式 -our の綴字上の対立は広く知られている.本ブログでも「#240. 綴字の英米差は大きいか小さいか?」 ([2009-12-23-1]),「#244. 綴字の英米差のリスト」 ([2009-12-27-1]),「#3182. ARCHER で colourcolor の通時的英米差を調査」 ([2018-01-12-1]),「#3247. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」の第5回「color か colour か? --- アメリカのスペリング」」 ([2018-03-18-1]),「#4152. アメリカ英語の -our から -or へのシフト --- Webster の影響は限定的?」 ([2020-09-08-1]) などで取り上げてきた.
 Anson もよく知られたこの問題に迫っているのだが,アメリカの綴字改革者 Noah Webster (1758--1843) が現われる以前の時代にも注意を払い,広い英語史の視点から問題を眺めている点が素晴らしい.主としてラテン語に由来し,フランス語を経由してきた語群が初出する中英語期から話しを説き起こしているのだ.このズームアウトした視点から得られる洞察は,非常に深い (Anson 36--38) .
 ラテン語に由来する語の場合,同言語の綴字としては,厳格な正書法に則って -or- が原則だった.colorem, ardorem, dolorem, favorem, flavorem, honorem, (h)umorem, laborem, rumorem, vigorem のごとくである.古フランス語では,これらのラテン語の -or- が受け継がれるとともに,異綴字として -our- も現われ,両者併用状況が生じた.そして,この併用状況が中英語期にもそのまま持ち込まれることになった.実際,中英語では両綴字が確認される.
 とはいえ,中英語では,これらフランス借用語についてはフランス語にならって問題の語尾を担う部分にアクセントが落ちるのが普通であり,アクセントをもつ長母音であることを示すのに,-or よりも視覚的に大きさの感じられる -our のほうが好まれる傾向があった.以降(イギリス)英語では,フランス語的な -our が主たる綴字として優勢となっていく.
 しかし,ラテン語的な -or も存続はしていた.16世紀になると,ルネサンスの古典語への回帰の風潮,いわゆる語源的綴字 (etymological_respelling) の慣習が知識人の間にみられるようになり,-or が勢力を盛り返した.こうして -or と -our の競合が再び生じたが,いずれかを規範的な綴字として採用しようとする標準化の動きは鈍く,時間が過ぎ去った.
 17世紀後半の王政復古期には,2音節語においては -our が,それよりも長い語においては -or が好まれる傾向が生じた.そして,理性の世紀である18世紀には,合理的な綴字として再び -or に焦点が当てられるようになった.一方,1755年に辞書を世に出した Johnson は,直前の語源の綴字を重視する姿勢から,フランス語的な -our を支持することになり,後のイギリス式綴字の方向性を決定づけた.その後のアメリカ英語での -or の再度の復活については,「#4152. アメリカ英語の -our から -or へのシフト --- Webster の影響は限定的?」 ([2020-09-08-1]) で述べた通りである.
 つまり,中英語期にこれらの語が借用されてきた当初より,-or vs -our の競合はシーソーのように上下を繰り返してきたのだ.アメリカ式 -or を支持する原理としては,ルネサンス期のラテン語回帰もあったし,18世紀の合理性重視の思想もあったし,Webster の愛国心もあった.イギリス式 -our を支持する原理としては,中英語期のフランス語式への恭順もあったし,18世紀半ばの Johnson の語源観もあった.
 ルネサンスと Webster を結びつけるなど考えたこともなかったが,Anson の優れたズームアウトによって,それが可能となった.

 ・ Anson, Chris M. "Errours and Endeavors: A Case Study in American Orthography." International Journal of Lexicography 3 (1990): 35--63.

Referrer (Inside): [2020-11-13-1] [2020-11-12-1]

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2020-08-29 Sat

#4142. guest と host は,なんと同語源 --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][grimms_law][indo-european][palatalisation][old_norse][loan_word][semantic_change][doublet][antonym][french][latin][old_norse]

 hellog ラジオ版も第20回となりました.今回は素朴な疑問というよりも,ちょっと驚くおもしろ語源の話題です.「客人」を意味する guest と「主人」を意味する host は,完全なる反意語 (antonym) ですが,なんと同語源なのです(2重語 (doublet) といいます).この不思議について,紀元前4千年紀という,英語の究極のご先祖様である印欧祖語 (Proto-Indo-European) の時代にまで遡って解説します.以下の音声をどうぞ.



 たかだか2つの英単語を取り上げたにすぎませんが,その背後にはおよそ5千年にわたる壮大な歴史があったのです.登場する言語も,印欧祖語に始まり,ラテン語,フランス語,ゲルマン祖語,古ノルド語(北欧諸語の祖先),そして英語と多彩です.
 語源学や歴史言語学の魅力は,このように何でもないようにみえる単語の背後に壮大な歴史が隠れていることです.同一語源語から,長期にわたる音変化や意味変化を通じて,一見すると関係のなさそうな多くの単語が芋づる式に派生してきたという事実も,なんとも興味深いことです.今回の話題について,詳しくは##170,171,1723,1724の記事セットをご覧ください.

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2020-08-25 Tue

#4138. フランス借用語のうち中英語期に借りられたものは4割強で,かつ重要語 [oed][french][latin][loan_word][statistics][lexicology][borrowing]

 英語語彙史において,フランス借用語の流入のピークが中英語期にあったことはよく知られている.このことは「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1]),「#2162. OED によるフランス語・ラテン語からの借用語の推移」 ([2015-03-29-1]),「#2385. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計 (2)」 ([2015-11-07-1]) などのグラフを見れば,容易に理解できるだろう.
 OED が提供している Middle English: an overview の "Borrowing from Latin and/or French" を読んでいたところ,この問題と関連して具体的な数字が挙げられていたので紹介しておきたい.

By 1500, over 40 per cent of all of the words that English has borrowed from French had made a first appearance in the language, including a very high proportion of those French words which have come to play a central part in the vocabulary of modern English. By contrast, the greatest peak of borrowing from Latin was still to come, in the early modern period; by 1500, under 20 per cent of the Latin borrowings found in modern English had yet entered the language.


 フランス借用語の流入のピークは中英語期であり,ラテン借用語のピークは近代英語期だったという順序についての指摘はその通りだが,ここで目を引くのは,引用の最初に挙げられている40%強という数字である.現代英語語彙におけるフランス借用語のうち40%強が中英語期の借用であり,しかも現在も中核的な語彙として活躍しているという.言い方をかえれば,この時期に借用されたフランス単語は,古株ながらも現在に至るまで有用性を保ち続けているものが多いということである.残存率が高いと言ってもよい.
 それに対するラテン借用語の残存率は,残念ながら数字で表わされていないが,フランス語のそれよりもずっと低いと考えられる.新参者でありながら,現在まで残っていない(あるいは少なくとも有用な語として残っていない)ものが多いのである(cf. 「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]),「#1409. 生き残ったインク壺語,消えたインク壺語」 ([2013-03-06-1])).英語史において,このフランス語とラテン語の語彙的影響の差異は興味深い.
 今回の話題と関連して,「#3180. 徐々に高頻度語の仲間入りを果たしてきたフランス・ラテン借用語」 ([2018-01-10-1]),「#2667. Chaucer の用いた語彙の10--15%がフランス借用語」 ([2016-08-15-1]),「#2283. Shakespeare のラテン語借用語彙の残存率」 ([2015-07-28-1]) なども参照されたい.

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2020-08-24 Mon

#4137. 中世イングランドで話されていたフランス語は Anglo-Norman か Anglo-French か [oed][anglo-norman][french][me][variety]

 中世イングランドで用いられていたフランス語変種を何と呼ぶべきかという問題には,私も長らく頭を悩ませてきた.英語史でも,かの変種についてしばしば言及する機会があるからだ.本ブログの記事に付しているタグとしては専ら (anglo-norman) を用いてきたが,記事本文中では Anglo-French の呼称も自由に使ってきた.
 先日の記事「#4133. OED による英語史概説」 ([2020-08-20-1]) で紹介した記事の1つ Middle English: an overview を読んでいたところ,"A multilingual context" と題する節のもとで標記の問題への言及を見つけた.

What to call the French used in Britain in this period is a difficult scholarly question. Traditionally the term 'Anglo-Norman' has been used, notably in the title of The Anglo-Norman Dictionary. In fact, the present-day editors of that dictionary note that in many ways 'Anglo-French' is a more appropriate term, since it better reflects the wide variety of inputs shown by the French used in medieval Britain. OED3 retains the term 'Anglo-Norman' largely to maintain consistency with the title of The Anglo-Norman Dictionary.


 引用の通り,OED の方針としては既存の The Anglo-Norman Dictionary の呼称と一致させて Anglo-Norman を用いるということのようだ.しかし,内心のところ,問題の変種へのインプットは Norman French に限られないことから,もっと広めに Anglo-French と呼ぶ方が適切だろうとは考えているらしい.
 直接 OED の当該の語に当たってみよう.まず Anglo-Norman は "The variety of the French language spoken and written in medieval England after the Norman Conquest." とある.言語名の名詞としては1818年,形容詞としては早く1735年に初出しているが,あくまで近代になってからの呼称である.
 一方,Anglo-French に当たってみると,"The variety of the French language spoken and written in medieval England." とある.ほとんと違いがない.言語名の名詞としては1862年,形容詞として1884年に初出している.しかし,その定義のすぐ下に,次の重要な注があった.

Anglo-French developed after the Norman Conquest of 1066, and remained current in some functions until the mid 15th cent. The term 'Anglo-Norman' has traditionally been used in the same meaning (cf. Anglo-Norman n. 2), but 'Anglo-French' is preferred by many scholars since this variety was not solely based on Norman French. French in later legal use is normally distinguished as Law French (see law-French n. at law n.1 Compounds 3).


 やはり OED も内心は Anglo-French の呼び名のほうを買っているように思われる.Law French という別の視点からのくくりも意識しておきたい (cf. law_french) .言語名を巡る問題は,それだけで歴史社会言語学的な難問となることが多い.「#3558. 言語と言語名の記号論」 ([2019-01-23-1]) も参照されたい.

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2020-07-27 Mon

#4109. boil, loin, point --- 中英語 ui から綴字発音へ [diphthong][vowel][centralisation][phoneme][french][anglo-norman][spelling_pronunciation]

 昨日の記事「#4108. boy, join, loiter --- 外来の2重母音の周辺的性格」 ([2020-07-26-1]) で触れたように,2重母音 /ɔɪ/ は歴史的に注目すべき背景を有している.この話題について,もう少し掘り下げてみたい.
 現代英語の /ɔɪ/ に連なる中英語での実現形は, [oi] あるいは [ui] だった.これらが結果的に現代の /ɔɪ/ へ一本化していったわけだが,特に中英語 [ui] についてはスペリングとの関係でも興味深い歴史的背景がある.Minkova (269--70) を引用しよう.

The original [ui] has an unusual history in that, like the more recent history of /h-/ . . . , it is one of the rare well-documented instances of a sound change in progress inhibited and partially reversed by the influence of spelling. Many of the words with PDE <oi> --- loin, boil, coy, oil, join, point, choice, poison --- had variant pronunciations with [oi] and [ui], the latter commonly from Anglo-Norman. The 'normal' development of [ui], involving lowering and centralisation of the first element of the diphthong . . . , was towards [əi], which in the seventeenth and into the eighteenth century was also a possible realisation of historical [iː]. That the two etymologically distinct entities were treated as identical is shown by rhymes like loin: line, boil: bile, point: pint as late as the second half of the eighteenth century. In spelling the [ui] > [əi] words alternated between <ui> and <oi>. Eventually the centralised pronunciation [əi] for historical [ui] was abandoned in favour of [ɔi], no doubt supported by the spelling and pronunciation of the majority of the loanwords in that group.


 中英語 [ui] は通常の音変化のルートに乗っていれば,近代では [əi] となっていたはずであり,実際にそうなっていたのだが,後期近代以降,綴字が <oi> として保たれていたこと,そして <oi> ≡ [ɔi] が多くの単語において確立していたことから,ある種の人為的な [əi] > [ɔi] という変化が生み出されたという.要するに,綴字発音 (spelling_pronunciation) の例である.

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2020-07-24 Fri

#4106. gaunt, aunt, lamp, danger --- 歴史的な /a(u)NC/ がたどった4つのルート [sound_change][vowel][diphthong][gvs][phonology][phonetics][anglo-norman][french][loan_word]

 歴史的に /a(u)NC/ の音連鎖をもっていた借用語は,標題に例示した通り,現代英語において4種類の発音(と揺れ)を示し得る.[ɔː 〜 ɑː], [ɑː 〜 æ(ː)], [æ(ː)], [eɪ] である.4種類間の区別は,音環境により,そしてある程度までは借用のソース方言により説明される.歴史的な /a(u)NC/ 語がたどってきた4つのルートをまとめた Minkova (241) による図表を,多少改変した形で以下に挙げよう.

SourceOutputExamples
/aNC/ (AN <-aunC>)[ɔː 〜 ɑː]gaunt, haunt, laundry, saunter
/aNC/ (OFr <-anC>)[ɑː 〜 æ(ː)]aunt, grant, slander, sample, dance
/aNC#/[æ(ː)]lamp, champ, blank, flank, bland
/aNC (palat. obstr.)/[eɪ]danger, change, range, chamber


 gaunt タイプはおよそアングロ・ノルマン語に由来し,aunt タイプは古(中央)フランス語に由来する.lamp タイプは,問題の音連鎖が語末に来る場合に観察される.danger タイプは,典型的には [ʤ] の子音が関わる語にみられ,大母音変化 (gvs) を経て長母音が2重母音変化した結果を示している(中西部から北部にかけての中英語方言の [aː] がベースとなったようだ).
 いずれのタイプについても,中英語のスペリングとしては母音部分が <a> のみならず <au> を示すことも多く,当時より母音四辺形の下部において音声実現上の揺れが様々にあったことが窺われる.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2020-07-17 Fri

#4099. sore の意味変化 [cognitive_linguistics][semantic_change][metaphor][metonymy][loan_word][french][prototype][polysemy]

 Geeraerts による,英語史と認知言語学 (cognitive_linguistics) のコラボを説く論考より.本来語 sore の歴史的な意味変化 (semantic_change) を題材にして,metaphor, metonymy, prototype などの認知言語学的な用語・概念と具体例が簡潔に導入されている.
 現代英語 sore の古英語形である sār は,当時よりすでに多義だった.しかし,古英語における同語の prototypical な語義は,頻度の上からも明らかに "bodily suffering" (肉体的苦しみ)だった.この語義を中心として,それをもたらす原因としての外科的な "bodily injury, wound" (傷)や内科的な "illness" (病気)の語義が,メトニミーにより発達していた.一方,"emotional suffering" (精神的苦しみ)の語義も,肉体から精神へのメタファーを通じて発達していた.このメタファーの背景には,語源的には無関係であるが形態的に類似する sorrow (古英語 sorg)との連想も作用していただろう.
 古英語 sār が示す上記の多義性は,以下の各々の語義での例文により示される (Geeraerts 622) .

(1) "bodily suffering"
   þisse sylfan wyrte syde to þa sar geliðigað (ca. 1000: Sax.Leechd. I.280)
   'With this same herb, the sore [of the teeth] calms widely'

(2) "bodily injury, wound"
   Wið wunda & wið cancor genim þas ilcan wyrte, lege to þam sare. Ne geþafað heo þæt sar furður wexe (ca. 1000: Sax.Leechd. I.134)
   'For wounds and cancer take the same herb, put it on to the sore. Do not allow the sore to increaase'

(3) "illness"
   þa þe on sare seoce lagun (ca. 900: Cynewulf Crist 1356)
   'Those who lay sick in sore'

(4) "emotional suffering"
   Mið ðæm mæstam sare his modes (ca. 888: K. Ælfred Boeth. vii. §2)
   'With the greatest sore of his spirit

 このように,古英語
sār'' は,あくまで (1) "bodily suffering" の語義を prototype としつつ,メトニミーやメタファーによって派生した (2) -- (4) の語義も周辺的に用いられていたという状況だった.ところが,続く初期中英語期の1297年に,まさに "bodily suffering" を意味する pain というフランス単語が借用されてくる.長らく同語義を担当していた本来語の sore は,この新参の pain によって守備範囲を奪われることになった.しかし,死語に追いやられたわけではない.prototypical な語義を (1) "bodily suffering" から (2) "bodily injury, would" へとシフトさせることにより延命したのである.そして,後者の語義こそが,現代英語 sore の prototype となった(他の語義が衰退し,この現代的な状況が明確に確立したのは近代英語期).

 ・ Geeraerts, Dirk. "Cognitive Linguistics." Chapter 59 of A Companion to the History of the English Language. Ed. Haruko Momma and Michael Matto. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2008. 618--29.

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2020-07-16 Thu

#4098. 短母音に対応する <ou> について --- country, double, touch [spelling][spelling_pronunciation_gap][digraph][french][loan_word][etymological_respelling]

 <ou> ≡ /ʌ/ の例は,挙げてみななさいと言われてもなかなか挙がらないのだが,調べてみると標題のように案外と日常的な語が出てくる.country, couple, courage, cousin, double, flourish, nourish, touch, trouble 等,けっこうある.
 これらの共通点は,いずれもフランス借用語であることだ.古フランス語から現代フランス語に至るまで,かの言語では <ou> ≡ /uː/ という対応関係が確立していた.英語では中英語期以降にフランス単語が大量に借用されるとともに,この綴字と発音の対応関係も輸入されることになった.中英語の /uː/ は,その後,順当に発展すれば大母音推移 (gvs) により /aʊ/ となるはずであり,実際に現代英語ではたいてい <ou> ≡ /aʊ/ となっている (ex. about, house, noun, round, south) .しかし,中英語の /uː/ が何らかのきっかけで短母音化して /u/ となれば,大母音推移には突入せず,むしろ中舌化 (centralisation) して /ʌ/ となる.その際に綴字が連動して変化しなかった場合に,今回話題となっている <ou> ≡ /ʌ/ の関係が生まれることになった(母音の中舌化については,「#1297. does, done の母音」 ([2012-11-14-1]) と「#1866. putbut の母音」 ([2014-06-06-1]),「#2076. us の発音の歴史」 ([2015-01-02-1]) の記事を参照).
 ただし <ou> ≡ /ʌ/ を示す上記の単語群は,中英語では <o> や <u> で綴られることが多く,現代風の <ou> の綴字は少し遅れてから導入されたようだ (Upward and Davidson 146) .このタイミングの背景は定かではないが,もし意識的なフランス語風綴字への回帰だとすれば,一種の語源的綴字 (etymological_respelling) の例ともなり得る.
 なお,本来語でも <ou> ≡ /ʌ/ の事例として southern がある.固有名詞の Blount も付け加えておこう.変わり種としては,アメリカ英語綴字 mustache に対してイギリス英語綴字の moustache の例がおもしろい.Carney (147--48) も参照.

 ・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.

Referrer (Inside): [2020-11-19-1]

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2020-07-10 Fri

#4092. shit, ordure, excrement --- 語彙の3層構造の最強例 [lexicology][synonym][loan_word][borrowing][french][latin][lexical_stratification][swearing][taboo][slang][euphemism]

 いかがでしょう.汚いですが,英語の3層構造を有便雄弁に物語る最強例の1つではないかと思っています.日本語の語感としては「クソ」「糞尿」「排泄物」ほどでしょうか.
 英語語彙の3層構造については,本ブログでも「#3885. 『英語教育』の連載第10回「なぜ英語には類義語が多いのか」」 ([2019-12-16-1]) やそこに張ったリンク先の記事,また (lexical_stratification) などで,繰り返し論じてきました.具体的な例も「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]),「#1296. 三層構造の例を追加」 ([2012-11-13-1]) で挙げてきました.
 もっと挙げてみよと言われてもなかなか難しく,典型的な ask, question, interrogatehelp, aid, assistance などを挙げて済ませてしまうのですが,決して満足はしておらず,日々あっと言わせる魅力的な例を探し求めいました.そこで,ついに標題に出くわしたのです.Walker の swearing に関する記述を読んでいたときでした (32) .

A few taboo words describing body parts started out as the 'normal' forms in Old English; one of the markers of the status difference between Anglo-Norman and Old English is the way the 'English' version became unacceptable, while the 'French' version became the polite or scientific term. The Old English 'scitte' gave way to the Anglo-Norman 'ordure' and later the Latin-via-French 'excrement'.


 これに出会ったときは,(鼻をつまんで)はっと息を呑み,目を輝かせてしまいました.
 shit は古英語 scitte にさかのぼる本来語ですが,古英語での意味は「(家畜の)下痢」でした. 動詞としては接頭辞つきで bescītan (汚す)のように長母音を示していましたが,後に名詞からの影響もあって短化し,中英語期に s(c)hite(n) (糞をする)が現われています.名詞の「糞」の語義としては意外と新しく,初期近代英語期の初出です.
 ordure は,古フランス語 ordure から中英語期に入ったもので,「汚物」「卑猥な言葉」「糞」を意味しました.語根は horrid (恐ろしい)とも共通します.
 excrement は初期近代英語期にラテン語 excrēmentum (あるいは対応するフランス語 excrément)から借用されました.
 現在では本来語の shit は俗語・タブー的な「匂い」をもち,その婉曲表現としては「匂い」が少し緩和されたフランス語 ordure が用いられます.ラテン語 excrement は,さらに形式張った学術的な響きをもちますが,ほとんど「匂い」ません.
 以上,失礼しました.

 ・ Walker, Julian. Evolving English Explored. London: The British Library, 2010.

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2020-06-30 Tue

#4082. chief, piece, believe などにみられる <ie> ≡ /i:/ [spelling][digraph][orthography][vowel][gvs][french][loan_word][etymological_respelling]

 英語圏の英語教育でよく知られたスペリングのルールがある."i before e except after c" というものだ.長母音 /iː/ に対応するスペリングについては,「#2205. proceed vs recede」 ([2015-05-11-1]) や「#2515. 母音音素と母音文字素の対応表」 ([2016-03-16-1]) でみたように多種類が確認されるが,そのうちの2つに <ie> と <ei> がある.標題の語のように <ie> のものが多いが,receive, deceive, perceive のように <ei> を示す語もあり,学習上混乱を招きやすい.そこで,上記のルールが唱えられるわけである.実用的なルールではある.
 今回は,なぜ標題のような語群で <ie> ≡ /iː/ の対応関係がみられるのか,英語史の観点から追ってみたい.まず,この対応関係を示す語を Carney (331) よりいくつか挙げておこう.リストの後半には固有名詞も含む.

achieve, achievement, belief, believe, besiege, brief, chief, diesel, fief, field, fiend, grief, grieve, hygiene, lief, liege, lien, mien, niece, piece, priest, reprieve, shield, shriek, siege, thief, thieves, wield, yield; Brie,, Fielden, Gielgud, Kiel, Piedmont, Rievaulx, Siegfried, Siemens, Wiesbaden


 リストを語源の観点から眺めてみると,believe, field, fiend, shield などの英語本来語も含まれているとはいえ,フランス語やラテン語からの借用語が目立つ.実際,この事実がヒントになる.
 brief /briːf/ という語を例に取ろう.これはラテン語で「短い」を意味する語 brevis, brevem に由来する.このラテン単語は後の古フランス語にも継承されたが,比較的初期の中英語に影響を及ぼした Anglo-French では bref という語形が用いられた.中英語はこのスペリングで同単語を受け入れた.中英語当時,この <e> で表わされた音は長母音 /eː/ であり,初期近代英語にかけて生じた大母音推移 (gvs) を経て現代英語の /iː/ に連なる.つまり,発音に関しては,中英語以降,予測される道程をたどったことになる.
 しかし,スペリングに関しては,少し込み入った事情があった.古フランス語といっても方言がある.Anglo-French でこそ bref という語形を取っていたが,フランス語の中央方言では brief という語形も取り得た.英語は中英語期にはほぼ Anglo-French 形の bref に従っていたが,16世紀にかけて,フランス語の権威ある中央方言において異形として用いられていた brief という語形に触発されて,スペリングに関して bref から brief へと乗り換えたのである.
 一般に初期近代英語期には権威あるスペリングへの憧憬が生じており,その憧れの対象は主としてラテン語やギリシア語だったのだが,場合によってはこのようにフランス語(中央方言)のスペリングへの傾斜という方向性もあった (Upward and Davidson (105)) .
 こうして,英語において,長母音に対応する <e> が16世紀にかけて <ie> へと綴り直される気運が生じた.この気運の発端こそフランス語からの借用語だったが,やがて英語本来語を含む上記の語群にも一般的に綴りなおしが適用され,現代に至る.
 細かくみれば,上述の経緯にも妙な点はある.Jespersen (77) によれば,フランス語の中央方言では achievechief に対応する語形は <ie> ではなく <e> で綴られており,初期近代英語が憧れのモデルと据えるべき <ie> がそこにはなかったはずだからだ(cf. 現代フランス語 achever, chef).
 それでも,多くの単語がおよそ同じタイミングで <e> から <ie> へ乗り換えたという事実は重要である.正確にいえば語源的綴字 (etymological_respelling) の例とは呼びにくい性質を含むが,その変種ととらえることはできるだろう.

 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.
 ・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spellings. London: Allen and Unwin, 1909.

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2020-06-14 Sun

#4066. /r/ 消失を開始・推進した要因と阻止した要因 [rhotic][r][sound_change][orthography][french][contact][ame_bre][emode][causation][multiple_causation]

 「rhotic なアメリカ英語」と「non-rhotic なイギリス英語」という対立はよく知られている.しかし,この対立は単純化してとらえられるきらいがあり,実際にはアメリカ英語で non-rhotic な変種もあれば,イギリス英語で rhotic な変種もある.アメリカ英語の一部でなぜ non-rhotic な発音が行なわれているかについては込み入った歴史があり,詳細はいまだ明らかにされていない (cf. 「#3953. アメリカ英語の non-rhotic 変種の起源を巡る問題」 ([2020-02-22-1])) .
 そもそも non-rhotic な発音を生み出すことになった /r/ 消失という音変化は,なぜ始まったのだろうか.Minkova (280) は,/r/ 消失に作用した音声学的,社会言語学的要因を指摘しつつ,一方で綴字に固定化された <r> が同音の消失傾向に歯止めをかけたがために,複雑な綱引き合いの結果として,rhotic と non-rhotic の両発音が並存することになっているのだと説く.

While loss of /r/ may be described as 'natural' in a phonetic sense, it is still unclear why some communities of speakers preserved it when others did not. One reason why the change may have taken off in the first place, not usually considered in the textbook accounts, is loan phonology. In Later Old French (eleventh to fourteenth century) and Middle French (fourteenth to sixteenth century), pre-consonantal [r] was assimilated to the following consonant and thereby lost in the spoken language (it is retained in spelling to this day), producing rhymes such as sage : large, fors : clos, ferme : meesme. Thus English orthography was at odds with the functional factor of ease of articulation and with the possibly prestigious pronunciation of recent loanwords in which pre-consonantal [-r] had been lost. This may account for the considerable lag time for the diffusion and codification of [r]-loss in early Modern English. Rhotic and non-rhotic pronunciations must have coexisted for over three centuries, even in the same dialects. . . . [C]onservatism based on spelling maintained rhoticity in the Southern standard until just after the first quarter of the nineteenth century.


 上で触れられているフランス語の "loan phonology" が関与していたのではないかという仮説は,斬新な視点である.
 「自然な」音過程,フランス語における /r/ 消失,綴字における <r> の保持 --- これらの /r/ 消失を開始し推進した音声学的,社会言語学的要因と,それを阻止しようと正書法的要因とが,長期にわたる綱引きを繰り広げ,結果的に1700年頃から現在までの300年以上にわたって rhotic と non-rhotic の両発音を共存させ続けてきたということになる.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2020-05-07 Thu

#4028. -ant か -ent か (1) [spelling][suffix][latin][french][participle][etymological_respelling][sobokunagimon]

 英語には語尾に -ant, -ent をもつ語が多く存在します.abundant, constant, important, attendant, descendant, servant; apparent, convenient, diligent, correspondent, president, solvent 等々.典型的には行為・性質・状態などを表わす形容詞として用いられますが,そこから派生して,関係する人・物を表わす名詞として用いられることもしばしばです.形容詞や名詞として用いられるのは,これらの接尾辞がラテン語の現在分詞語尾に由来するからです.attendant とは,いわば "(a/the) attending (one)" に等しいわけです.
 -ant と -ent はラテン語の現在分詞語尾に由来すると述べましたが,正確にはそれぞれ -ans と -ens という形態でした.これらはラテン語で主格単数の屈折形なのですが,それ以外の屈折形では子音に s の代わりに t が現われ,たとえば単数対格男・女性形では -antem, -entem となります.この t が現代英語における -ant と -entt の祖先ということになります.
 さて,問題は母音字です.ae は何が違うのかということです.端的にいえば,ラテン語の動詞にはいくつかの活用パターンがあり,基体となっている動詞の活用パターンに応じて現在分詞形が -ans となるか -ens となるかが決まっていました.具体的には第1活用として分類されている動詞が -ans で,第2,3,4活用として分類されているものが -ens でした.英語に借用されてきた語では,もとのラテン語の現在分詞形に由来する母音字が継承されているというわけです.
 しかし,そう単純な話しでもありません.というのは,ラテン語で区別されていた2種の現在分詞接尾辞は,フランス語では早期に -ant へと集約されてしまっていたからです.もしそのフランス単語が英語へ借用されてきたとすれば,究極のラテン語の語源形に照らせば -ent となるはずのところが,代わりにフランス語化した -ant として英語に取り込まれたことになるからです.例えばラテン語の crescent はそのまま英語に crescent として入ってきましたが,一方でフランス語化した croissant という形でも入ってきています.ラテン語形とフランス語形の混乱は,persistentresistantsuperintendentattendant 等にもみられます.実にややこしい状況になってしまいました (Upward and Davidson 88--89) .
 結論としては,建前上ラテン語の基体の動詞の活用パターンに応じて -ant か -ent かが決まっているといえますが,実際のところは -ant へ集約させたフランス語形の干渉により,両接尾辞の間に混同と混乱が生じ,必ずしもきれいに説明できない分布となってしまったということです.
 英単語の発音としては,これらの接尾辞には強勢が置かれることはないので,発音上はともに /-ənt/ となり,区別できません.それなのに綴字上は区別しなければならないわけですから学習者泣かせです.この困難は,先に発音を習得する英語母語話者の綴字学習者にとってむしろ深刻です.例えば,ネイティブが relevant (正)ではなく relevent (誤)と綴り間違えることなど日常茶飯です(cf. 「#3889. ネイティブがよく間違えるスペリング」 ([2019-12-20-1])).ただし,さらに語尾がつくなどして長くなった派生語で,問題の接尾辞に強勢が置かれる場合には,本来の母音の音色が明確に現われます(cf. confident /ˈkɑnfɪdənt/ と confidential /ˌkɑnfɪˈdɛnʃl/ を参照).

 ・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.

Referrer (Inside): [2020-05-09-1] [2020-05-08-1]

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2020-05-06 Wed

#4027. 接尾辞 -ese の起源 [suffix][etymology][latin][french]

 素朴な疑問「なぜ JapaneseChinese などは単複同形なのですか?」を取り上げてきた連日の記事 ([2020-05-03-1], [2020-05-04-1], [2020-05-05-1]) と関連して,接尾辞 -ese の起源について少し詳しく触れたい.
 現代英語では -ese 語の語義は多様である.Japanese を例にとると,形容詞としての「日本(人[語])の」という基本的語義に加え,名詞としての「日本人[語]」もある.特に「日本人」の語義について,one Japanese, two Japanese などと単複同形で用いられることは先に取り上げた通りだが,the Japanese (people) と定冠詞を付けると集合名詞「日本国民全体」となる.一方,無冠詞で Japanese (people) とすると「日本人一般」となるからややこしい.また,-ese は言語名を表わすことを出発点として,非難や軽蔑をこめて特殊な言葉使い・文体を表わす機能を獲得した.Johnsonese (ジョンソン博士流の文体),journalese (新聞・雑誌の文体), officialese (官庁用語)のごとくである.
 これらの語義の源泉は,ラテン語の形容詞を作る接尾辞 -ensis である.「〜に属する,〜に由来する」を意味する,汎用的で生産的な接尾辞だ.例えば化石人類にはラテン語の学名がついているが,ネアンデルタール人は Homo sapiens neanderthalensis であり,サヘラントロプス・チャデンシスは Sahelanthropus tchadensis である.地名などの固有名と相性がよいことが分かるだろう.
 さて,ラテン語 -ensis はロマンス諸語にも受け継がれ,古フランス語では -eis という反映形が認められる.さらに現代フランス語では -ois, -ais として継承されている (ex. français, François) .そして,古フランス語の -eis が中英語へ若干変化しつつ入ったのが -ese というわけである.
 かくして,ネアンデルターレンシス,ジャパニーズ,フランソワ(1世),そしてシロガネーゼ(?)に至るまで,各々接尾辞の部分に各言語の訛りが反映されているものの,究極的には同一の接尾辞を共有していることになる.
 参考までに,OED の -ese, suffix より語源の解説を引用しておこう.

Forming adjectives, < Old French -eis (modern French -ois, -ais):---Common Romanic -ese (Italian -ese, Provençal, Spanish -es, Portuguese -ez):---Latin ēnsem. The Latin suffix had the sense 'belonging to, originating in (a place)', as in hortēnsis, prātēnsis, < hortus garden, prātum meadow, and in many adjectives < local names, as Carthāginiēnsis Carthaginian, Athēniēnsis Athenian. Its representatives in the Romanic languages are still the ordinary means of forming adjectives upon names of countries or places. In English -ese forms derivatives from names of countries (chiefly after Romanic prototypes), as Chinese, Portuguese, Japanese, and from some names of foreign (never English) towns, as Milanese, Viennese, Pekinese, Cantonese. These adjs. may usually be employed as nouns, either as names of languages, or as designations of persons; in the latter use they formerly had plurals in -s, but the plural has now the same form as the singular, the words being taken rather as adjectives used absol. than as proper nouns. (From words in -ese used as plural have arisen in illiterate speech such singular forms as Chinee, Maltee, Portugee.) A frequent modern application of the suffix is to form words designating the diction of certain authors who are accused of writing in a dialect of their own invention; e.g. Johnsonese, Carlylese. On the model of derivatives from authors' names were formed Americanese, cablese, headlinese, journalese, newspaperese, novelese, officialese, etc.

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