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lexicalisation - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-04-19 09:34

2024-01-26 Fri

#5387. methinks のたどった変化は文法化でもあるし語彙化でもある [lexicalisation][grammaticalisation][methinks][semantic_change][subjectivication][intersubjectivication]

 この2日間の記事で,興味深い振る舞いを示す methinks の話題を取り上げてきた(「#5385. methinks にまつわる妙な語形をいくつか紹介」 ([2024-01-24-1]) および「#5386. 英語史上きわめて破格な3単過の -s」 ([2024-01-25-1])).
 Wischer は,この周辺的な表現の歴史を調査し,それが経てきた変化は文法化 (grammaticalisation) の側面をもつとともに,語彙化 (lexicalisation) の側面ももつ変化であると論じた.例えば,methinks に(間)主観的意味の発生や命題的意味の消失という点では文法化の事例と考えられるし,一方で義務性の欠如という点ではむしろ語彙的な性質を示しており,語彙化の1例とも考えられ得る.Wischer (365) より,論文の結論部を引用する.

   Methinks passed through a syntactic lexicalization process which was not accompanied by an addition of a specific semantic component, but rather by an opposite semantic change: Impersonal think has no longer a meaning of its own. It cannot combine with other persons any more (*himthinks, *us thought ...). So, methinks has lost its original propositional meaning denoting an act of cognition and has acquired an exclusively speaker-oriented, or interpersonal, meaning. This change can be regarded as an increase in subjectivity. Thus it operates as a marker of evidentiality, and as such it has become a member of a relatively closed class. Although we can notice an increase in frequency in Early Modern English, methinks never becomes obligatory, but always stands in free variation with expressions like I think, it seems to me, obviously etc. Grammatical elements of this kind are less constrained and therefore situated at the periphery of grammar.
   And this must also be the reason for the relatively shortlasting existence of methinks. Linguistic elements, once they are grammaticalized, normally have a rather stable position in the language, whereas lexical units are less constrained, more flexible and pass out of existence more easily.


 文法化と語彙化という2つの過程は,必ずしも相反するものではない.それぞれに重なり合うところもあれば,異なるところもある,そのような関係だということになる.methinks の遂げた変化は複雑であり,1つの過程に落とし込んで説明するのは難しい.

 ・ Wischer, Ilse. "Grammaticalization versus Lexicalization: 'Methinks' there is some confusion." Pathways of Change: Grammaticalization in English. Ed. Olga Fischer, Anette Rosenbach, and Dieter Stein. Amsterdam: John Benjamins, 2000. 355--70.

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2024-01-22 Mon

#5383. 5種類の語彙化 [lexicalisation][grammaticalisation][terminology]

 この2日間の記事で文法化 (grammaticalisation) の特徴に注目してきた.しばしば,それと対比して語彙化 (lexicalisation) という現象や用語が話題とされる.確かに,言語学の常識では文法と語彙は異なる2つの部門であり,互いに異なる規則が働いていることが前提とされてきたので,文法化に対して語彙化が論じられるのは自然なのかもしれない.
 しかし,よく比較対照してみると,文法化と語彙化とは必ずしも互いに反対向きの過程ではないということがわかる.確かに対立する側面もあるが,むしろ似ている側面もあるということが分かってきたのだ.
 大雑把にいえば,語彙化とは,さほど語彙的でなかったものが語彙的な性質を帯びてくる過程といってよいが,中を覗いてみると,なかなか複雑なようである.Bauer (50--61) が語彙化の5つのパターンについて論じてりう.それを手際よく要約した Wischer (358) より,関連する1節を引用したい.

   As several mechanisms are involved in the process of lexicalization, not necessarily proceeding simultaneously, Bauer (1983: 50--61) distinguishes between different "types of lexicalization":
1. Changes of stress patterns and/or phonetic reductions are features of "phonological lexicalization" (cf. famous [ˈfeɪməs] -- infamous [ˈinfəməs]).
2. Linking elements and/or non-productive roots or affixes are features of "morphological lexicalization" (cf. eat -- edible).
3. Lack of semantic compositionality is a feature of "semantic lexicalization" (cf. understand).
4. Non-productive syntactic patterns and/or unusual functions of syntactic patterns are features of "syntactic lexicalization" (cf. pickpocket).
5. Many examples are "mixed lexicalizations", which can lead to a complete demotivation, so that the results have to be treated as simplex lexemes (cf. husband).


 ある言語項が語彙的になるとは,要するに言語体系のなかで自立した1単語となるということである.文法規則に縛られず,独自の振る舞いをする単位として許されるようになることである.言語界における自立と独立の問題 --- きわめておもしろい話題ではないか.

 ・ Wischer, Ilse. "Grammaticalization versus Lexicalization: 'Methinks' there is some confusion." Pathways of Change: Grammaticalization in English. Ed. Olga Fischer, Anette Rosenbach, and Dieter Stein. Amsterdam: John Benjamins, 2000. 355--70.
 ・ Bauer, Laurie. English Word-Formation. Cambridge: CUP, 1983.

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2021-04-23 Fri

#4379. social distance/social distancing の語彙項目化 [corpus][oed][covid][lexeme][unidirectionality][lexicalisation][khelf_hel_intro_2021]

 この4月にゼミの学部生・院生で立ち上げた「英語史導入企画2021」より,昨日アップされたコンテンツとして「「社会的」な「距離」って結局何?」を紹介します.悲しいかな,今を時めく語となってしまった日本語「ソーシャル・ディスタンス」と英語の social distance/social distancing に関する話題です.英語のこの2つの表現について,OED を用いて丁寧に情報を整理してもらいました.
 この話題は,およそ1年前から日本国内のみならず世界中で話題にされていましたね(あれから早1年ですが,まだ「渦中」ならぬ「禍中」というのが悲しい現実です).日本語では「ソーシャル・ディスタンス」が定着した感がありますが,英語では social distancing という表現のほうが一般的です.distance という純粋な名詞というよりも distancing という動詞由来の名詞を用いることで「距離を取る」という動詞本来の動作・行為が前面化していると考えられます.ただし,いったん日本語に取り込まれれば,もともとの英語における名詞と動詞名の区別などは吹き飛んでしまうわけなので,音節数の少ない「ソーシャル・ディスタンス」のほうが好まれたということではないかと,私は理解しています.
 コロナ禍に見舞われたこの1年余,言語学者もただただ巣ごもりしていたわけではありません.「#4129. 「コロナ禍と英語」ならこれしかないでしょ! --- OED の記事より」 ([2020-08-16-1]),「#4339. American Dialect Society による2020年の "Word of the Year" --- Covid」 ([2021-03-14-1]) などから分かる通り,むしろ精力的といえる仕事がなされてきましたし,Coronavirus Corpus なるコーパスも出現しているのです.このコーパスは,2020年1月から現在までのコロナ関連のニュースを集めた9億7300万語からなるコーパスです.単純検索にすぎませんが,social distance は17,180件,social distancing は243,636件がヒットしました.つまり,後者のほうが15倍近く多く用いられていることが確認されたのです.
 この1年間,人類がなすべきだったことは social distancing ではなく physical distancing ではなかったのかという表現の選択に関する問題点は,早い段階から WHO も指摘しており,私自身もずっと気になっていました.しかし,上記コンテンツでも述べられている通り,social distancing のように「一度定着してしまったものを違う語に置き換えることは容易ではないの」でしょう.
 本来の「形容詞+名詞」からなる名詞句 social distance/social distancing は「社会的な距離(を取ること)」という予測可能な意味をもっていたはずです.しかし,この表現は実態としてはもっぱら「物理的な距離(を取ること)」(典型的には2メートルと言われていますね)を意味します.つまり,意味的な予測可能性が減じているのです.名詞句ではなく,複合名詞という単位に近づいていると言い換えてもよいでしょう.つまり,語彙(項目)化 (lexicalisation) の例なのです.
 ちなみに,social distance/social distancing は,本ブログでも,現在の感染症とは無関係に社会言語学上の用語として用いてきた経緯がああります.「#1127. なぜ thou ではなく you が一般化したか?」 ([2012-05-28-1]) と「#1935. accommodation theory」 ([2014-08-14-1]) で用いていますので,そちらも参照.

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2016-05-16 Mon

#2576. 脱文法化と語彙化 [grammaticalisation][unidirectionality][lexicalisation]

 昨日の記事「#2575. 言語変化の一方向性」 ([2016-05-15-1]) で取り上げたように,文法化の一方向性の仮説に対する反例として,脱文法化 (degrammaticalisation) の事例があるとされる.より文法的な要素がより語彙的な要素に変化するという点では,脱文法化は語彙化 (lexicalisation) のプロセスとも近い.「#1974. 文法化研究の発展と拡大 (1)」 ([2014-09-22-1]) では,この2つの用語を並記した.
 昨日は脱文法化と考えられ得る例として ifs, down, -'s などを挙げたが,今回は他の例を辻(編) (101, 223) より挙げよう.日本語の格助詞「より」が,「より大きく」のように比較を強める副詞へ発達した例が報告されている.接続助詞「が」が,統語的に自立して,接続詞として文頭で用いられる例もある.「で」や「と」も似たような発達を示す.「てにをは」がそのまま名詞へ転換された例も加えてよいかもしれない.古語の助動詞「けり」から,「けりをつける」(終わりにする)という表現が生まれたのも,「けり」が名詞へと転じた例である.
 英語では,omnibus の語末要素 bus が独立したケースや,接尾辞 ism の語としての独立も例として挙げられる.「#133. 形容詞をつくる接尾辞 -ish の拡大の経路」 ([2009-09-07-1]) でみた,単独で用いられる Ish. も類例である.いずれも,脱文法化とみることもできるし,語彙化ともとらえられる.
 昨日の記事で見たように,これらは一方向性仮説への真正な反例とはならないという立場もある.また,たとえ反例と認めるにせよ,やはり事例としては相対的にまれであるという事実は動かない.とすると,なぜそのように分布や頻度が偏っているのかが次に問うべき問題となろう.文法化,脱文法化,語彙化という各々のプロセスについて,それを引き起こす動機づけや条件などを探る必要がある.

 ・ 辻 幸夫(編) 『新編 認知言語学キーワード事典』 研究社.2013年.

Referrer (Inside): [2024-02-19-1] [2023-02-04-1]

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