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lexicalisation - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2021-12-08 15:53

2021-04-23 Fri

#4379. social distance/social distancing の語彙項目化 [corpus][oed][covid][lexeme][unidirectionality][lexicalisation][khelf_hel_intro_2021]

 この4月にゼミの学部生・院生で立ち上げた「英語史導入企画2021」より,昨日アップされたコンテンツとして「「社会的」な「距離」って結局何?」を紹介します.悲しいかな,今を時めく語となってしまった日本語「ソーシャル・ディスタンス」と英語の social distance/social distancing に関する話題です.英語のこの2つの表現について,OED を用いて丁寧に情報を整理してもらいました.
 この話題は,およそ1年前から日本国内のみならず世界中で話題にされていましたね(あれから早1年ですが,まだ「渦中」ならぬ「禍中」というのが悲しい現実です).日本語では「ソーシャル・ディスタンス」が定着した感がありますが,英語では social distancing という表現のほうが一般的です.distance という純粋な名詞というよりも distancing という動詞由来の名詞を用いることで「距離を取る」という動詞本来の動作・行為が前面化していると考えられます.ただし,いったん日本語に取り込まれれば,もともとの英語における名詞と動詞名の区別などは吹き飛んでしまうわけなので,音節数の少ない「ソーシャル・ディスタンス」のほうが好まれたということではないかと,私は理解しています.
 コロナ禍に見舞われたこの1年余,言語学者もただただ巣ごもりしていたわけではありません.「#4129. 「コロナ禍と英語」ならこれしかないでしょ! --- OED の記事より」 ([2020-08-16-1]),「#4339. American Dialect Society による2020年の "Word of the Year" --- Covid」 ([2021-03-14-1]) などから分かる通り,むしろ精力的といえる仕事がなされてきましたし,Coronavirus Corpus なるコーパスも出現しているのです.このコーパスは,2020年1月から現在までのコロナ関連のニュースを集めた9億7300万語からなるコーパスです.単純検索にすぎませんが,social distance は17,180件,social distancing は243,636件がヒットしました.つまり,後者のほうが15倍近く多く用いられていることが確認されたのです.
 この1年間,人類がなすべきだったことは social distancing ではなく physical distancing ではなかったのかという表現の選択に関する問題点は,早い段階から WHO も指摘しており,私自身もずっと気になっていました.しかし,上記コンテンツでも述べられている通り,social distancing のように「一度定着してしまったものを違う語に置き換えることは容易ではないの」でしょう.
 本来の「形容詞+名詞」からなる名詞句 social distance/social distancing は「社会的な距離(を取ること)」という予測可能な意味をもっていたはずです.しかし,この表現は実態としてはもっぱら「物理的な距離(を取ること)」(典型的には2メートルと言われていますね)を意味します.つまり,意味的な予測可能性が減じているのです.名詞句ではなく,複合名詞という単位に近づいていると言い換えてもよいでしょう.つまり,語彙(項目)化 (lexicalisation) の例なのです.
 ちなみに,social distance/social distancing は,本ブログでも,現在の感染症とは無関係に社会言語学上の用語として用いてきた経緯がああります.「#1127. なぜ thou ではなく you が一般化したか?」 ([2012-05-28-1]) と「#1935. accommodation theory」 ([2014-08-14-1]) で用いていますので,そちらも参照.

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2016-05-16 Mon

#2576. 脱文法化と語彙化 [grammaticalisation][unidirectionality][lexicalisation]

 昨日の記事「#2575. 言語変化の一方向性」 ([2016-05-15-1]) で取り上げたように,文法化の一方向性の仮説に対する反例として,脱文法化 (degrammaticalisation) の事例があるとされる.より文法的な要素がより語彙的な要素に変化するという点では,脱文法化は語彙化 (lexicalisation) のプロセスとも近い.「#1974. 文法化研究の発展と拡大 (1)」 ([2014-09-22-1]) では,この2つの用語を並記した.
 昨日は脱文法化と考えられ得る例として ifs, down, -'s などを挙げたが,今回は他の例を辻(編) (101, 223) より挙げよう.日本語の格助詞「より」が,「より大きく」のように比較を強める副詞へ発達した例が報告されている.接続助詞「が」が,統語的に自立して,接続詞として文頭で用いられる例もある.「で」や「と」も似たような発達を示す.「てにをは」がそのまま名詞へ転換された例も加えてよいかもしれない.古語の助動詞「けり」から,「けりをつける」(終わりにする)という表現が生まれたのも,「けり」が名詞へと転じた例である.
 英語では,omnibus の語末要素 bus が独立したケースや,接尾辞 ism の語としての独立も例として挙げられる.「#133. 形容詞をつくる接尾辞 -ish の拡大の経路」 ([2009-09-07-1]) でみた,単独で用いられる Ish. も類例である.いずれも,脱文法化とみることもできるし,語彙化ともとらえられる.
 昨日の記事で見たように,これらは一方向性仮説への真正な反例とはならないという立場もある.また,たとえ反例と認めるにせよ,やはり事例としては相対的にまれであるという事実は動かない.とすると,なぜそのように分布や頻度が偏っているのかが次に問うべき問題となろう.文法化,脱文法化,語彙化という各々のプロセスについて,それを引き起こす動機づけや条件などを探る必要がある.

 ・ 辻 幸夫(編) 『新編 認知言語学キーワード事典』 研究社.2013年.

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