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最終更新時間: 2019-08-23 07:45

2018-07-31 Tue

#3382. 神様を「大日」,マリアを「観音」,パライソを「極楽」と訳したアンジロー [japanese][christianity][borrowing][semantic_borrowing][religion]

 1549年に鹿児島に入ったフランシスコ・ザビエルは,3人の有能な日本人信者を獲得した.そのうち素性がよく分かっているのは「アンジロー」である.ザビエルはこのアンジローのつてで,薩摩の領主,島津貴久に拝謁することができた.ザビエルは,早速布教を開始したが,キリスト教について何も知られていない日本での布教が多難であったことは想像に難くない.ザビエルやアンジローは,布教に際していかにしてキリスト教の概念や用語を日本人に理解させるかという問題に頭を悩ませたことだろう.この点について,平川 (46--47) が次のように述べている.

 それにしても,ザビエルのおぼつかない日本語やアンジローの通訳した説教を聞いて,日本人は本当にキリスト教を理解したのだろうか.実際のところアンジローは,聖母マリアのことを「観音」,天国(パライソ)のことは「極楽」と訳していた.神様の訳語は「大日」であった.大日如来の「大日」のことである.唯一神の観念が日本にはないのでアンジローは困ってしまって「大日」と訳したのだろう.のちに来日した宣教師ヴァリニャーノは,「全くひどい訳だ」と批判しているが,大日如来は仏教では無限宇宙にあまねく存在する超越者という位置づけであるから,最初の訳語としてはそれなりに筋が通っているといってもよい.つまりザビエルたちは日本人に「大日を拝みなさい」と呼びかけたわけであるから,日本人達はキリスト教を仏教の一派だと思って抵抗感なく受け入れたということだろう.
 その後ザビエルは,さすがに「大日」ではまずいということに気づいて「天道」と言うようになった.「天道」は「天地をつかさどり,すべてを見通す超自然の存在」という意味をもっているので,日本語で超越的存在を示す用語としては不自然ではない.もう少しあとになると,こうした翻訳語ではキリスト教の正しい概念を伝えられないとして,神のことはそのまま「デウス」,「マリア」のことも「観音」ではなく原語通りに「マリア」と言うようになった.しかしこれまでの研究により,慶長年間(一六〇〇年初頭)まではイエズス会もデウスのことを「天道」と呼ぶことを容認していたとされている.
 デウスとは「天道」のことであるという説教を聞けば,多くの日本人はあまり抵抗を感じなかったのではないか.だからこそキリスト教が伝来してわずか四〇年ほどで三〇万人もの信者を得ることができたのだろう.仏教において,僧侶らはともかく,一般レベルでは各宗派の教義にこだわることはあまりなかったし,家付きの宗派または縁故などによって所属の宗派が決まっていたようなものだった.寺院自体が宗派替えをすることもあったのだから,俗人の宗派替えもありえただろう.したがって新しく知ったキリスト教に帰依することは,それほど深奥な宗派替えでも不自然なことでもなかったと思われる.


 つまり,アンジローは当初,伝統的な仏教用語にしたがって,キリスト教の神様を「大日」,マリアを「観音」,パライソを「極楽」と訳していたのだ.これは,日本語の語彙体系の観点からいえば既存の用語に新語義を導入したということであり,つまるところ,ここで起こっていることは意味借用 (semantic_borrowing) である.「デウス」「マリア」「パライソ」という,当時の日本人にとってあまりに異質で,それゆえにショッキングであろう語形を借用語として導入するよりも,聞き慣れている既存の日本語のなかにそっと(むっつりと)新たな語義(あるいは宗教的解釈)を滑り込ませるほうが,布教・改宗を進める上では好都合だっただったろうと思われる.
 おもしろいことに,6世紀以降にアングロサクソン人の間にキリスト教を広めようとした宣教師も,最初,似たような方法を選んだ.ラテン語 deus (神)を直接英語に導入するのではなく,英語本来語の God を利用して,その語義だけをそっと(むっつりと)キリスト教的な単一神に置き換えたのである.これについては「#1619. なぜ deus が借用されず God が保たれたのか」 ([2013-10-02-1]) と「#2663. 「オープン借用」と「むっつり借用」 (1)」 ([2016-08-11-1]) を参照されたい.

 ・ 平川 新 『戦国日本と大航海時代』 中央公論新社〈中公新書〉,2018年.

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2017-05-12 Fri

#2937. 宗教改革,印刷術,英語の地位の向上 (2) [reformation][printing][medium][history][religion][latin][german]

 [2017-05-02-1]の記事に引き続いての話題.この英語史上の問題に迫るには,先行するドイツ語史における情況を見ておくのが早い.というのは,宗教改革も印刷術もドイツにおいて始まったからだ.宗教改革者ルター (Martin Luther; 1483--1546) と,少々先立つ時代の活版印刷術の発明者グーテンベルク (Johannes Gutenberg; 1400?--68) の時代である.
 ルターのドイツ語訳聖書 (1521) が俗語ドイツ語の地位を高めた事実について,野々瀬 (35--36) の解説を引く.

ルター訳聖書は,ドイツ語史の中でも重要な位置を占めている.当時ドイツ語には,多様な方言が存在し,統一的な共通語はまだ形成されていなかった.ルターは,この翻訳に際して,技巧をこらした複雑な表現ではなく,話し言葉を多く採用した.〔中略〕彼は,官房で使われていた法律家風の言葉だけでなく,民衆の言い回しの中にある豊かな表現を選抜して,それを多用した.ルターの言葉は,突然生み出された新しいものではなく,当時生きていたドイツのすべての言語的な伝統の系譜を集約したような貯水槽であった.ルターは,誰にでもわかる言語形式で聖書の翻訳を試みたのである.このような翻訳に従事することによってルターは,聖書全体を民衆に役立たせようと格闘した.ルター訳聖書は,商品として市場で普通に売買され,一般家庭で読まれるための書物となった.以降ルターのドイツ語訳聖書は,ドイツ語を学ぶための民衆の教材として扱われ,近代ドイツ文学の源泉の一つとなり,国語としてのドイツ語の成立に寄与したことは間違いない.宗教改革運動が聖書の翻訳に加えて教会の典礼での俗語の使用を促進したので,結果としてそのことが,中世では支配的であったラテン語の使用範囲を著しく狭め,俗語の地位を高めることに繋がった.またルター訳聖書は,ティンダル訳や欽定訳などの英訳聖書にも重大な影響を与えたのである.


 ルター訳聖書は,俗語ドイツ語で書かれることによって,不動と思われていたラテン語の権威を脅かしたという点において,ドイツ語史上に大きな意義を有している.これを契機に,何世紀ものあいだカトリック教会の権威と結びつけられ,絶対的な地位を守り続けたラテン語の権威が,相対的に陰りはじめたのである.この影響はすぐに近隣国へも広がり,イングランドにおいても俗語たる英語への聖書翻訳が次々に企画され,実践されていくことになった.おりしも活版印刷はグーテンベルクの発明から半世紀を経て,軌道に乗り始め,宗教改革を支える強力な推進力となった.ドイツ語と同様,英語もラテン語に対抗しうるひとかどの言語として認識されるようになっていく.
 以上を野々瀬 (41) の言葉でまとめよう.

宗教改革運動が,万人司祭主義と聖書中心主義を掲げて,原典に依拠した俗語訳聖書を出版したことによって,民衆にとって聖書は直接触れることのできる身近な存在へと変貌した.聖書の解釈権も俗人に開放された.聖書は,すべての社会層の日常生活の中に浸透し,熱心に読まれ始めたのである.その結果宗教改革は,ヨーロッパの教会におけるラテン語の権威を低下させ,書き言葉としての俗語の地位を高め,標準語の形成に寄与した.グーテンベルクの活版印刷術の発明が,そのような動きを後押しした.


 ・ 野々瀬 浩司 「ドイツ宗教改革期における聖書と共同体」『聖書テクストと共同体』 慶應義塾大学文学部編,2017年,29--42頁.

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2017-05-02 Tue

#2927. 宗教改革,印刷術,英語の地位の向上 [reformation][printing][medium][history][religion][latin]

 カーランスキー (230) は,著書『紙の世界史』の第10章「印刷と宗教改革」において,印刷術という最新テクノロジーが宗教改革を駆動したことについて,次のように述べている.

印刷機は宗教改革の申し子だといったほうがよほど真実に近いだろう.宗教改革は宣伝戦略として印刷を利用したはじめての運動だった.宗教改革があったからこそ,印刷はあの時代に,あの場所で発明されたのだ.つまるところ,ヨーロッパ人は印刷機の製造法も,金属の彫り方も,鉛の鋳造も,彫られた像にインクをつけて刷る方法も,ずいぶんまえから知っていて,その気になれば,いつでも可動活字で印刷を始められた.世情の混乱や新しい思想や変化への欲求が沸き返っているドイツで印刷が発明されたのは偶然ではない.プロテスタントの宗教改革運動には,この新しいテクノロジーの可能性を直観的に理解する力があったのだろう.プロテスタントは巧みに印刷機を使いこなした.以来,インターネットの隆盛を迎えるまで,印刷機はあらゆる運動を組織化する一種の手本としての機能を果たした.


 それ以前は,思想を広める手段といえば,口頭の説教くらいのものだった.しかし,人々の識字率が上がってくると,文字広告がより効果的な手段として台頭してくる.宗教改革に内在していた,ある思想を広めたいという強い要求と人々の識字率の向上,そして印刷術というテクノロジーの誕生が,時代的にぴたっと符合したのである.こうして,宗教改革と印刷術はいわば二人三脚で進むことになった.
 16世紀初頭のドイツで始まったこの二人三脚は,すぐにイングランドにも伝わった.ローマ・カトリック教会と断絶してイングランド国教会を設立したヘンリー8世は,イングランド国民の支持を取り付けるために,文字広告を,つまり印刷術を利用したのである.カーランスキー (258) は,これについて次のように説明している(原文の傍点は下線に替えてある).

イングランド国教会には大衆の支持が必要であり,イングランドの出来事をローマが指示することは許されるべきではないという主張なら大衆の教会を得られるかもしれない.だが,それを売って広めなければならない.王の腹心,トマス・クロムウェルはこの戦略を議会と協議する一方,ドイツのプロテスタントのように印刷業者を利用して大衆の支持を集めさせた.クロムウェルは,反教皇の大義を日常の英語で論じる一連の小論文を出版した.そうしたパンフレットもそのなかで論じられている考え方も大衆に充分に受け入れられるものだった.物事を進める際の新しい形はこんな背景で十六世紀に定着したのだ.


 クロムウェルが,印刷術を利用して小論文という形の文字広告によりヘンリー8世の大義を民衆に受け入れさせようとした点が,重要である.そして,その媒介言語が,ローマ・カトリック教会と結びついたラテン語ではなく,皆が理解できる土着語たる英語であったことが,さらに重要である.ここにおいて,宗教改革,印刷術,土着の英語の3つが結びつくことになった.宗教改革が進めば,ますます多くの英語が印刷に付されてその地位が向上するし,英語の地位が向上して印刷される機会が増えれば,それだけ宗教改革の路線も強化された.一見結びつかないような様々な現象が,16世紀のイングランド社会を大きく動かしていたのである.

 ・ マーク・カーランスキー(著),川副 智子(訳)『紙の世界史 歴史に突き動かされた技術』 徳間書店,2016年.

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2017-04-06 Thu

#2901. Hinduism は意外と遅い19世紀の造語 [etymology][religion][history][persian]

 Hinduism (ヒンドゥー教)といえば,人口にして世界第3位の宗教である.2001年の国勢調査(井上,p. 165)によると,インド人口の80.5%がヒンドゥー教徒であり,絶対数でいえば数億人以上となるから,地域宗教といえども世界へのインパクトは大きい.実際,2010年のCIAの統計では,キリスト教徒の33.3%,イスラム教徒の21.0%に次いで,ヒンドゥー教徒13.3%は第3位である(井上,p. 11;ちなみに第4位は仏教徒の5.8%).これほどの大宗教でありながら,その呼称が意外と新しいことを最近知った.
 OEDHinduism を引くと,"The polytheistic religion of the Hindus, a development of the ancient Brahmanism with many later accretions." と定義がある.その初例を確認すると,割と最近といってよい1829年のことである.

1829 Bengalee 46 Almost a convert to their goodly habits and observances of Hindooism.


 さらに驚くのは,ヒンディー語などのインド諸語にも,ずばりヒンドゥー教を指す表現はないのだという.井上 (169) 曰く,

「ヒンドゥー教」とは,「ヒンドゥーイズム」という英語表現の訳です.実はこれにぴたりと対応するインドの語彙はありません.厳密に言えば,一つのまとまった宗教があるというより,ヴェーダ文献とその文明から発した多様な信仰や伝統を総称して「ヒンドゥーイズム」と呼んでいるのです.〔中略〕
 この「ヒンドゥー」に「ism」が付いて宗教を示す英語表現になったのは19世紀のことです.インド支配に乗り出したイギリス人がインドの宗教文化を理解しようとしたとき,これを総称する言葉がなかったため,「ヒンドゥーイズム」という表現を用いるようになり,それが次第に一般化したのでした.


 ちなみに,Hindu (ヒンドゥー)自体は,「インダス川」を指す語がペルシア語で Hindū となり,広く「インドの住人」を指し示すようになった言葉である.ペルシア語から英語へは,17世紀半ばに借用された.Hindi (ヒンディー語)も,英語での最初の使用は1801年と遅めである.
 さて,ヒンドゥー教をどの理解すべきか.上記 OED の定義にあるように,様々な歴史的発展を内包したインド土着の多神教の総体と捉えるよりほかないだろう.井上 (170) も次のように述べている.

つまり「ヒンドゥー教」とは,インドに自然に成り立って来た多様な宗教文化を総称する幅の広い言葉なのです.その内容は実に多様で,イエスやブッダのような創唱者もいませんし,大きな協会組織もなく,キリスト教やイスラムのような明確な枠組みがありません.しかし,聖典ヴェーダを重んじている点は共通しています.


 ヒンドゥー教の源である聖典ヴェーダ (Veda) とその言語については,「#1447. インド語派(印欧語族)」 ([2013-04-13-1]) を参照されたい.

 ・ 井上 順孝 『90分でわかる!ビジネスマンのための「世界の宗教」超入門』 東洋経済新報社,2013年.

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2016-03-18 Fri

#2517. 古典語とは何か? [variety][sociolinguistics][terminology][language_death][standardisation][religion][history][latin][greek][sanskrit][arabic]

 英語史をはじめ歴史言語学や言語史を学んでいると,しばしば古典語 (classical language) という用語に出くわす.古典語の典型的な例は,西洋(史)の古典文化や古典時代と結びつけられる言語としてのラテン語 (Latin) や古典ギリシア語 (Ancient Greek) である.古典語は現代語 (modern language) と対立するものであり,そこから「古典語=死んだ言語 (dead language)」という等式が連想されそうだが,それほど単純なものではない (cf. 「#645. 死語と廃語」 ([2011-02-01-1])) .古典語の属性としては,活力 (vitality) のほか,自律性 (autonomy) と標準性 (standardisation) も肝要である (see 「#1522. autonomyheteronomy」 ([2013-06-27-1])) .Trudgill (22) の用語集より説明を引こう.

classical language A language which has the characteristics of autonomy and standardisation but which does not have the characteristic of vitality, that is, although it used to have native speakers, it no longer does so. Classical European languages include Latin and Ancient Greek. The ancient Indian language Sanskrit, an ancestor of modern North Indian languages such as Hindi and Bengali, is another example of a classical language, as is Classical Arabic. Classical languages generally survive because they are written languages which are known non-natively as a result of being used for purposes of religion or scholarship. Latin has been associated with Catholicism, Sanskrit with Hinduism, and Classical Arabic with Islam.


 日本においては,古い中国語,いわゆる漢文が古典語として扱われてきた.漢文は,現在では日常的使用者がいないという意味で vitality を欠いているが,そこには autonomy と standardisation が認められ,学問・思想と強く結びつけられてきた書き言葉の変種である.
 なお,古典語のもう1つの属性として,上の引用中にも示唆されているものの,歴史的な権威 (historical authority) を明示的に加えてもよいのではないかと思われる.

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.

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2016-02-15 Mon

#2485. 文字と宗教 [writing][alphabet][religion][history][geolinguistics][geography][sociolinguistics][greek][christianity][bible]

 言語・文字と宗教の関係については,本ブログの様々な箇所で触れてきた (例えば「#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響」 ([2010-02-17-1]),「#753. なぜ宗教の言語は古めかしいか」 ([2011-05-20-1]),「#1455. gematria」 ([2013-04-21-1]),「#1545. "lexical cleansing"」 ([2013-07-20-1]),「#1546. 言語の分布と宗教の分布」 ([2013-07-21-1]),「#1636. Serbian, Croatian, Bosnian」 ([2013-10-19-1]),「#1869. 日本語における仏教語彙」 ([2014-06-09-1]),「#2408. エジプト聖刻文字にみられる字形の変異と字体の不変化」 ([2015-11-30-1]),「#2417. 文字の保守性と秘匿性」 ([2015-12-09-1]) などを参照) .
 宗教にとって,文字には大きく2つの役割があるのではないか.1つは,聖典を固定化し,その威信を保持する役割,もう1つは,宗教を周辺の集団へ伝道する媒介としての役割である.前者が本質的に文字の保守性を強化する方向に働くのに対して,後者においては文字は必要に応じて変容することもある.実際,イスラム教では,イスラム地域でのアラビア文字の威信が高く保たれていることから,文字の前者の役割が優勢である.しかし,キリスト教では,むしろ伝道する先々で,新たな文字体系が生み出されるという歴史が繰り返されてきており,文字の後者の役割が強い.この対比を指摘したのは,「文字と宗教」 (103--27) と題する文章を著わした文字学者の矢島である.関連する部分を3箇所抜き出そう.

 人間が文字を発明した直接の動機は――少なくともオリエントにおいては――経済活動と関係のある「記録」のためであったように思われるが,宗教との結び付きもかなり大きな部分を占めているような気がする。オリエントでは上記の「記録」の多くは神殿で神官が管理するものであったし,中国の初期の文字(甲骨文字類)は神命を占うという,広義の宗教活動と切り離せなかったからである。(p. 105)

キリスト教の思想は民族のわくを越えたものであり,その教えは広く述べ伝えられるべきものであった。その中心的文書である『新約聖書』(ヘー・カイネー・ディアテーケー)さえ,イエス・キリストが話したと思われる西アラム語ではなくて,より国際性の強い平易なギリシア語(コイネー)で記された。しかしキリスト教徒は必ずしもギリシア語聖書を読むことを強制されることはない。キリスト教の普及に熱心な伝道者たちが,次々と聖書(この場合『新約聖書』であるが今日では外典とか偽典と呼ばれる文書を含むこともある)を翻訳してくれているからである。その熱心さは,文字がないところに文字を創り出すほどであり,こうして現われ出た文字の代表的なものとしてはコプト文字,ゴート文字,スラヴ文字,そしてカフカスのアルメニア文字,グルジア文字がある。 (pp. 110--11)

『コーラン』はイスラム教徒にとってアッラーの言葉そのものであるが,これがアラビア語で表わされたことから,アラビア語はいわば神聖な言語と考えられ,イスラム教徒にはアラビア語の学習が課せられることになった。こうしてイスラム教徒アラビア語は切っても切れないつながりをもつことになり,さらにはアラビア文字の伝播と普及が始まった。キリスト教が『聖書』の翻訳を積極的に行ない,各地の民族語に訳すためには文字の創造をも行なったのに対して,イスラム教は『コーラン』の翻訳を禁じ(イスラム圏では近年に至るまで公けには翻訳ができなかったが,今はトルコ語訳をはじめいくつか現われている),アラビア語による『コーラン』の学習を各地のマドラサ(モスク付属のコーラン学校)で行なって来た。そのために,アラビア語圏の周辺ではアラビア文字が用いられることになった。今日のイラン(ペルシア語),アフガニスタン(パシュトゥ語など),パキスタン(ウルドゥー語など)などのほか,かつてのトルコやトルキスタン(オスマン・トルコ語など),東部アフリカ(スワヒリゴなど),インドネシア(旧インドネシア語,マライ語など)がそれである。 (pp. 124--25)


 このように,文字の相反する2つの性質という観点からは,キリスト教とイスラム教の対比は著しくみえる.一見すると,キリスト教は開放的,イスラム教は閉鎖的という対立的な図式が描けそうである.しかし,わかりやすい対比であるだけに,注意しなければならない点もある.西洋史を参照すれば,キリスト教でも聖書翻訳にまつわる血なまぐさい歴史は多く記録されてきたし,イスラム教でも少なからぬ地域でアラビア語離れは実際に生じてきた.
 言語と同様に,文字には保守性と革新性が本質的に備わっている.使い手が文字のいずれの性質を,いかなる目的で利用するかに応じて,文字の役割も変異する,ということではないだろうか.

 ・ 矢島 文夫 『文字学のたのしみ』 大修館,1977年.

Referrer (Inside): [2019-01-10-1]

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2015-12-09 Wed

#2417. 文字の保守性と秘匿性 [writing][grammatology][alphabet][hieroglyph][religion]

 文字を利用する書き言葉という媒体は,話し言葉に対して保守的である.このことは,これまでの文字や書き言葉に関する記事において前提としてきた.これについては,例えば「#15. Bernard Shaw が言ったかどうかは "ghotiy" ?」 ([2009-05-13-1]),「#753. なぜ宗教の言語は古めかしいか」 ([2011-05-20-1]),「#2292. 綴字と発音はロープでつながれた2艘のボート」 ([2015-08-06-1]),「#2405. 綴字と発音の乖離 --- 英語綴字の不規則性の種類と歴史的要因の整理」 ([2015-11-27-1]) を参照されたい.
 文字には,保守性に加えて,特に古代においては秘匿性があった.文字の読み書き能力は,特権階級にのみ習得の認められた秘密の技能であり,それは権力や威信の保持にもあずかって大きかった.また,世俗的な権力と宗教的な威信も分かち難いものであったから,それらと強く結びつく文字もまた「守り」に入る傾向が顕著だった.秘匿するくらい大事に守る文字であるから,権力者や宗教人がやすやすとそれを変化させるはずもない.文字の保守性と秘匿性は密接に関係している.
 文字のこの性質を示す歴史的な事例は豊富にある.「#2408. エジプト聖刻文字にみられる字形の変異と字体の不変化」 ([2015-11-30-1]) でも触れたように,王=神が字形の変化を許さなかったと考えられる聖刻文字(ヒエログリフ)の事例があるし,同じようなケースが中国の漢字(篆書)にもみられる.加藤 (172) は,アルファベットを発明したフェニキア人の秘匿性について,次のように述べている.

 これほどアルファベットの発明と普及に貢献したフェニキア人であったが、かれら自身は自分たちのもとめた文字の「実用性」ということを活用しただけで、この新しい文字をもちいて実用以上のもの、つまり文学とか哲学を記すということはあまりしなかったようである。そればかりでなく、かれらはこの文字でしるした商業上・行政上の文書もあまりのこしていない。その理由は、かれらの都市国家内では、特権階級を構成していた大商人たちが寡頭政治をしき、なにごとにも秘密主義をモットーにしていたからと考えられている。


 なお,この引用の次の段落で,加藤 (172) は「それゆえ,ギリシア人がアルファベットによせた貢献は,単に母音の記号を加え,左ヨコ書きをはじめたという形式的なものよりも,この実用の文字ですぐれた学芸の文書をしるしたこと,つまりはじめてアルファベットに学芸の魂を吹きこんだことであったといってよいであろう」とも述べており,興味深い.ギリシア文字は,それほど秘密主義に陥らなかったということか.
 文字の保守性に関わるもう1つの要因として,文字体系は言語以上に特定の言語社会を越えて広く伝播しうるという事情があるかもしれない.広く種が蒔かれて,別の言語にも適用されやすいことになるから,どこかしらで生き延びる確率も高い.場所は移れども長く生き残り得るから,その分「保守的」に見えるという要因があるかもしれない.例えば,中国語で漢字が滅びたとしても,日本語で残りさえすれば,漢字という文字体系は存続することになり,長生きで「保守的」と見えるだろう.ロビンソン (77) は,言語の滅びやすさに対する文字の生存率の高さについて,次のように表現している.

いつの時代にも、言語の数は文字の数をはるかに上回る。しかし言語は文字よりもずっと簡単に消滅してしまう。一方、文字のほうは、新しい言語に応用されたおかげで、より広く使われるようになることがめずらしくない。文字によってはそうしたことが一度ならず起きる。楔形文字や漢字、ギリシアのアルファベットがそうだった。ところがエジプトやマヤのヒエログリフは、そうはいかなかった。文字がなぜ生き残ったり消滅したりするのか、その理由は定かではない。記号の単純さや、音声をうまく表記できるかどうかだけが、生き残りの決め手になるのでないことは確かだろう。もしそうだったら、中国から漢字は消え、アルファベットに取って代わられただろうし、日本人が漢字を借用することもなかったにちがいない。政治や経済の力、宗教や文化の威信、そして重要な文献の存在。そうしたことのすべてが文字の歴史的な運命を担うのだ。


 ・ 加藤 一郎 『象形文字入門』 講談社〈講談社学術文庫〉,2012年.
 ・ ロビンソン,アンドルー(著),片山 陽子(訳) 『文字の起源と歴史 ヒエログリフ,アルファベット,漢字』 創元社,2006年.

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2015-11-30 Mon

#2408. エジプト聖刻文字にみられる字形の変異と字体の不変化 [hieroglyph][grammatology][grapheme][alphabet][kanji][hiragana][katakana][speed_of_change][religion]

 英語や日本語の字体や字形について,共時的な変異と通時的な変化に関心をもっている.ここでいう字体とは emic な単位,字形とは etic な単位を指し,それぞれ音韻論でいう音素 (phoneme) と異音 (allophone) に相当するものである.「#2401. 音素と文字素」 ([2015-11-23-1]) の用語を用いれば,文字素 (grapheme) と異文字体 (allograph) といってもよい.
 歴史的にみて,ローマン・アルファベット,漢字,仮名などの文字体系における字形や字体の変異や変化は少なくなかった.文字単位の出入りは激しくみられたし,新たな書体や書風の分化や発達もしばしば生じてきた,ところが,加藤一郎(著)『象形文字入門』を読んでいて,エジプト聖刻文字 (hieroglyph) の変異と変化の様式(変化についてはその欠如の様式というべきか)に驚いた.
 まず,字形の変異の様式について.ローマン・アルファベットや日本の文字においては,通常,字形の変異は,筆記具の種類,行草体の別,個人の筆記の癖などに依存する変異であり,ある程度幾何学的に記述されうるだろう.しかし,エジプト聖刻文字では,幾何学的というよりは美術的に記述されるもののようである.加藤 (142) によると,

このヒエログリフは諸民族の象形文字のなかでももっとも絵に近いもので、どの程度くわしく実物を写すべきであるかという規準がない。誰にでも読めるように、人物、鳥、獣を写す一定の方式があり、その輪郭はきまっていた。しかしこの輪郭のなかで、思いきりこまかに実物を写すことも、また簡単に仕上げることも自由であった。そこで美術家たちは、ちょうど南画の賛のように、同じ画面の浮彫りや絵に似つかわしい文字の製作をすることになった。


 これは,字形の輪郭は一定だが,その中に描く要素の精緻さで字形を変異させているというに等しい.絵画的な要素を多分に含む象形文字ならではの,特異な字形の変異のさせ方である.
 次に字体の不変化について.エジプト聖刻文字は,そこから実用的な行草書体の神官文字(ヒエラティック,hieratic)や民用文字(デモティック,demotic) という新たな文字体系を派生させたことは事実であるが,それ自身は独自の文字体系として3000年以上もの長きにわたって,基本的な字体を変化させることなく存続し続けた.これは,気の遠くなるような,驚くべき保守性である.同様の長い歴史を誇る漢字を比較してみれば,漢字という文字体系は3500年以上のあいだアイデンティティを連綿と継いできたものの,各字体については原初の甲骨文字や金石文から,篆書,隷書,楷書に至るまで相当な変化を遂げてきた.だが,エジプト聖刻文字ではそのような変化がなかったというのである.この点について,加藤 (52--53) は次のように述べている.

なぜこの型がくずれなかったのであろうか。もともと美術は神である王に奉仕するものであったので、一度型がきまると、後代の美術家は神を冒瀆することを恐れて変更しようとしなかったのか、それとも神である王自身が変更を許さなかったのであろうか。


 宗教的権威(及び古代においてそれと分かち難い世俗的権威)が付されたがゆえに,字体の変化を許されなかったということは確かにあるだろう.まさに「聖なる象形文字」である.
 中国でも秦の始皇帝の制定した篆書は,神の字体,王の字体として長らく威信を誇り,官職の印を経て現代の印鑑にまで,ある種の権威を保ち続けている.エジプト聖刻文字と篆書には,彫る文字だったという共通点も指摘されよう.アルファベットや仮名には,そこまで権威が付される機会がなかったために,字体も自由闊達に変化してきたのではないか.
 関連して,「#753. なぜ宗教の言語は古めかしいか」 ([2011-05-20-1]) も参照.

 ・ 加藤 一郎 『象形文字入門』 講談社〈講談社学術文庫〉,2012年.

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2014-06-09 Mon

#1869. 日本語における仏教語彙 [japanese][kanji][loan_word][religion][buddhism][lexicology]

 宗教の伝来が受け入れ側の言語に著しい影響を及ぼすことについて,「#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響」 ([2010-02-17-1]) で取り上げた.その記事では,日英において顕著な類似点があることを指摘した.ユーラシア大陸の両端で,時をほぼ同じくする6世紀という時期に,それぞれ大陸から仏教とキリスト教が伝わった.各々,漢字とローマ字を受容して本格的な文字文化が始まり,その宗教と関連した種々の文物や語彙が流入した.新宗教は乗り物として機能しており,語彙はそれに乗って,日本とイングランドへ到着したのである.
 キリスト教が英語に与えた語彙上の影響については,「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1]) や「#1439. 聖書に由来する表現集」 ([2013-04-05-1]) で触れ,日英の語彙史の比較対照は「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]) や「#1049. 英語の多重語と漢字の異なる字音」 ([2012-03-11-1]) で言及した.今回は,日本語における仏教語の受容について取り上げる.以下,『日本語学研究事典』 (407--08) を参照して記す.
 6世紀半ばに仏教が伝来すると,以降,多くの仏教語(あるいは仏語)が日本語へ流入した.聖徳太子以後,仏教を振興した上代には「香炉」「蝋燭」「脇息」「高座」「功徳」「供養」などが入り,天台・真言の二宗の栄えた中古には「大徳」「修法」「念誦」「新発意」「持仏」「名号」「数珠」「加持」「精進」「彼岸」「布施」「回向」「出家」,また「道理」「本意」「世界」「世間」「孝養」「懈怠」「道心」「変化」「稀有」「愛敬」「執念」などが見られた.中古から中世にかけては,信仰がいっそう深まり,仏教説話も多く現われ,「諸行無常」「盛者必衰」「煩悩」「衆生」「修行」「三界」「智慧」「過去」,また「発心」「悲願」「勧進」「微塵」「安穏」など300語以上が借用されている.中世から近世にかけては,臨済・曹洞などの禅宗の伝来とともに使用の拡がった「挨拶」「以心伝心」「向上」「到底」「到頭」「端的」「滅却」「毛頭」「行脚」「看経」に加え,「一得一失」「主眼」「自粛」「体得」「打開」「単刀直入」「門外漢」「老婆心」のように日常化したものも多い.また,インドの経論が漢文に音訳された,いわゆる梵語も「閼伽」「伽藍」「娑婆」「卒塔婆」「荼毘」「檀那」のように日本語へ入ってきている.
 仏教語はその他多数あるが,以下に『学研 日本語「語源」辞典』に挙げられている仏教語・梵語に由来することばを列挙しよう.借用された時期はまちまちだが,仏教が日本語の語彙や表現に与えてきた影響の甚大さが知られる.

愛敬〔あいきょう〕,挨拶〔あいさつ〕,愛着〔あいちゃく〕,阿吽〔あうん〕,閼伽〔あか〕,悪魔〔あくま〕,阿修羅〔あしゅら〕,痘痕〔あばた〕,尼〔あま〕,行脚〔あんぎゃ〕,安心〔あんしん〕,意識〔いしき〕,以心伝心〔いしんでんしん〕,一大事〔いちだいじ〕,一念発起〔いちねんほっき〕,一蓮托生〔いちれんたくしょう〕,衣鉢〔いはつ〕,因果〔いんが〕,因業〔いんごう〕,引導〔いんどう〕,因縁〔いんねん〕,有為転変〔ういてんぺん〕,有象無象〔うぞうむぞう〕,有頂天〔うちょうてん〕,優曇華〔うどんげ〕,優婆夷・優婆塞〔うばい・うばそく〕,盂蘭盆〔うらぼん〕,雲水〔うんすい〕,会釈〔えしゃく〕,縁起〔えんぎ〕,往生〔おうじょう〕,応用〔おうよう〕,お題目〔おだいもく〕,億劫〔おっくう〕,餓鬼〔がき〕,加持祈祷〔かじきとう〕,呵責〔かしゃく〕,火宅〔かたく〕,我慢〔がまん〕,空念仏〔からねんぶつ〕,伽藍〔がらん〕,迦陵頻伽〔かりょうびんが〕,瓦〔かわら〕,観念〔かんねん〕,甘露〔かんろ〕,伽羅〔きゃら〕,経木〔きょうぎ〕,行住坐臥〔ぎょうじゅうざが〕,苦界〔くがい〕,愚痴〔ぐち〕,功徳〔くどく〕,供養〔くよう〕,庫裏〔くり〕,紅蓮〔ぐれん〕,怪訝〔けげん〕,袈裟〔けさ〕,解脱〔げだつ〕,外道〔げどう〕,玄関〔げんかん〕,香典〔こうでん〕,虚仮〔こけ〕,居士〔こじ〕,後生〔ごしょう〕,乞食〔こつじき〕,御来迎〔ごらいごう〕,御利益〔ごりやく〕,権化〔ごんげ〕,言語道断〔ごんごどうだん〕,金輪際〔こんりんざい〕,散華〔さんげ〕,懺悔〔ざんげ〕,三途の川〔さんずのかわ〕,三昧〔さんまい〕,四苦八苦〔しくはっく〕,獅子身中の虫〔しししんちゅうのむし〕,竹篦返し〔しっぺがえし〕,七宝〔しっぽう〕,慈悲〔じひ〕,娑婆〔しゃば〕,舎利〔しゃり〕,出世〔しゅっせ〕,修羅〔しゅら〕,精進〔しょうじん〕,正念場〔しょうねんば〕,所詮〔しょせん〕,新発意〔しんぼち〕,随喜〔ずいき〕,頭陀袋〔ずだぶくろ〕,世間〔せけん〕,世知〔せち〕,殺生〔せっしょう〕,雪隠〔せっちん〕,刹那〔せつな〕,専念〔せんねん〕,禅問答〔ぜんもんどう〕,相好〔そうごう〕,息災〔そくさい〕,作麼生〔そもさん〕,醍醐味〔だいごみ〕,大衆〔たいしゅう〕,荼毘〔だび〕,他力本願〔たりきほんがん〕,旦那〔だんな〕,断末魔〔だんまつま〕,知恵〔ちえ〕,長広舌〔ちょうこうぜつ〕,長者〔ちょうじゃ〕,爪弾き〔つまはじき〕,道具〔どうぐ〕,堂堂巡り〔どうどうめぐり〕,道楽〔どうらく〕,内緒〔ないしょ〕,南無三〔なむさん〕,奈落〔ならく〕,涅槃〔ねはん〕,拈華微笑〔ねんげみしょう〕,暖簾〔のれん〕,馬鹿〔ばか〕,彼岸〔ひがん〕,比丘・比丘尼〔びく・びくに〕,非業〔ひごう〕,火の車〔ひのくるま〕,不思議〔ふしぎ〕,普請〔ふしん〕,布施〔ふせ〕,分別〔ふんべつ〕,法師〔ほうし〕,坊主〔ぼうず〕,方便〔ほうべん〕,菩提〔ぼだい〕,法螺〔ほら〕,煩悩〔ぼんのう〕,摩訶不思議〔まかふしぎ〕,魔羅〔まら〕,曼荼羅〔まんだら〕,満遍なく〔まんべんなく〕,微塵〔みじん〕,未曾有〔みぞう〕,冥利〔みょうり〕,未来〔みらい〕,無垢〔むく〕,無残〔むざん〕,無常〔むじょう〕,無尽蔵〔むじんぞう〕,冥土〔めいど〕,滅相もない〔めっそうもない〕,滅法〔めっぽう〕,妄想〔もうそう〕,野狐禅〔やこぜん〕,夜叉〔やしゃ〕,唯我独尊〔ゆいがどくそん〕,遊山〔ゆさん〕,律儀〔りちぎ〕,輪廻〔りんね〕,流転〔るてん〕,瑠璃〔るり〕,老婆心〔ろうばしん〕,渡りに船〔わたりにふね〕


 上述のとおり,日本では仏教が国民生活に深く浸透したために,仏教語は日本語語彙に広く見られるだけでなく,転義を生じて俗語となったものも多い.英語側でも同様に,「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1]) や「#1439. 聖書に由来する表現集」 ([2013-04-05-1]) の語彙・表現リストに見られるように,当初はキリスト教の専門用語として始まったものの,後に専門的な響きを弱め,使用域 (register) を拡げた語 (ex. candle, master, noon, school, verse) も少なくない.この点でも,日英両言語において宗教伝来と語彙史の関連を比較対照することは意義深い.

 ・ 『日本語学研究事典』 飛田 良文ほか 編,明治書院,2007年.

Referrer (Inside): [2016-02-15-1] [2014-10-17-1]

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2013-07-21 Sun

#1546. 言語の分布と宗教の分布 [religion][sociolinguistics][christianity][geolinguistics][map][buddhism][hebrew]

 言語と宗教の関係の深さについては,多くの説明を要さないだろう.古今東西,人間集団はしばしば言語と宗教とをひとまとめにして暮らしてきた.宗教がもたらす言語的影響が甚大であることは,英語史と日本語史からの1例だけをとっても,「#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響」 ([2010-02-17-1]) で述べた如く明らかである.英語については,語彙という目につきやすいレベルにおいて,「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1]) や「#1439. 聖書に由来する表現集」 ([2013-04-05-1]) で示した通り,キリスト教の影響は濃厚である.
 言語の体系から言語の分布へと視点を移しても,宗教の関与は大きい.宗教を隔てる線がそのまま言語を隔てる線になっている例は少なくない.昨日の記事「#1545. "lexical cleansing"」 ([2013-07-20-1]) の最後で触れたように,Serbo-Croatian という方言連続体をなす言語が Serbian と Croatian の2言語へ分裂したのは,前者のギリシャ正教と後者のカトリック教との宗教的対立が言語的対立へと投影された結果として理解できる(さらに,事実上同じ言語でありながら,イスラム教徒による Bosnian も3つ目の「言語」として認知されつつある).インド北部とパキスタンでは,互いに理解可能な Hindustani 口語方言が,ヒンズー教とイスラム教の対立に基づき,Hindi と Urdu という異なる2言語へと分けられている.キプロス島では,ギリシア語話者集団とトルコ語話者集団が,それぞれギリシャ正教徒とイスラム教徒に対応している.
 地理的に離散して分布しているにもかかわらず,宗教を同じくするがゆえにそれと結びつけられる言語が保たれたり,あらたに採用されたりするケースもある.例えば,インドで最南端にまで存在するイスラム教徒の諸集団が,元来,非印欧語族系のタミール語などの環境におかれていたにもかかわらず,自発的かつ組織的に印欧語である Urdu へと言語を交替させた例がある(ブルトン,pp. 75--76).2000年ものあいだ離散していたユダヤの民が,イスラエル建国とともに,口語としては死語となっていたヘブライ語を蘇らせたが,その大きな原動力はユダヤ教の求心力だった.
 宗教の拡大とともにその担い手となる言語も拡大するということは,ヨーロッパにおけるキリスト教とラテン語,イスラム世界におけるアラビア語,東アジアにおける仏教と中国語など,多くの例がある.しかし,縮小した言語が宗教的な求心力により延命され,保持されるような例もある.分割以降のポーランドでカトリック教会がポーランド語を使用し続けたことは,ポーランド語の存在感を保つことに貢献したし,フランドル地方におけるオランダ語のフランス語に対する地位向上も,聖職者の活動によって可能となった.
 しかし,上記のように関連の深さを理解する一方で,言語と宗教とが必然的な関係ではないことも強調しておく必要がある.移住民の多い社会にあっては,祖先の宗教は保っているものの,祖先の言語は失い,移住先の優勢な言語へ乗り換えているケースが少なくない.例えば,米国のユダヤ教徒やイスラム教徒を思い浮かべればよい.
 言語と宗教は関連は深いが,その関連は必然的ではない.両者がどのように依存し,どのように独立しているのかという問題は,「#1543. 言語の地理学」 ([2013-07-18-1]) の取り組むべき課題の1つだろう. * 

 ・ ロラン・ブルトン 著,田辺 裕・中俣 均 訳 『言語の地理学』 白水社〈文庫クセジュ〉,1988年.

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2011-05-20 Fri

#753. なぜ宗教の言語は古めかしいか [speed_of_change][language_change][religion][sociolinguistics][sobokunagimon]

 [2011-05-12-1], [2011-05-13-1]の記事でそれぞれ,結婚の誓約と Amen の発音を取り上げ,宗教の言語が保守的な振る舞いを示す事実の一端を見た.古今東西,宗教にまつわる言語使用,ことに聖典の言語や儀式の言語は保守的であり,変化に対して抵抗を示すのが常である.キリスト教,イスラム教,仏教でも然り.では,なぜ宗教の言語は古いまま保たれるのだろうか.
 以下,思いつくままに可能性のある要因をブレストしてみたが,他にもいろいろ挙がるかもしれない.

 ・ 古いままの言語あるいは理解不能の言語のほうが宗教的な神秘性,ありがたみが感じられるから
 ・ 教義の不変性・普遍性に対応すべく,それを表わす言語も不変・普遍でなければならないから
 ・ 教祖の言葉をそのままに伝えることが重要だから
 ・ 聖典や儀式の文句などがいったん文字化されたあとでは,そこに書き言葉の特性である保守性が付与されるのは当然である
 ・ 宗教の言語には諺や詩に見られるようなレトリックが用いられている場合が多く,そのようなレトリックは現代語に翻訳することが難しいから
 ・ 宗教組織においては,庶民にとって理解不能な言語であるほうが,その言語を使いこなせる聖職者階級が権威を保ちやすいから

 これらの要因が組み合わさって,宗教の言語は変化しない,少なくとも変化の速度が緩いということになるのではないか.言語変化の速度については speed_of_change の各記事で話題にしてきたが,特に「言語変化を阻害する要因」の記事[2010-07-01-1]で言語が変化しにくい環境について論じた.今回の話題にも応用できるはずである.
 例えば,[2010-07-01-1]の記事で言語変化を阻害する要因の3点目として挙げた "political and social stability" は,社会体制としての宗教についてそのまま当てはまるだろう.4点目の "attitudes of ethnic and linguistic purism" については,ここに "religious purism" を含めても自然な文脈である.宗教的 purism を追求するのであれば,当然,それを伝える言語の purism も追求することになるだろう.英語史でも,宗教改革の時代に聖書翻訳の問題と絡んで言語的 purism の議論が生じた.5点目の "a strong written tradition" も上に触れた通りである.
 1点目,2点目の "isolation", "separation" が示唆するのは,宗教の非日常性である.日常世界から逸脱している雰囲気をかもすには,言語を古くするのが手っ取り早い.同時に,神秘性,ありがたみをかもすこともできる.
 いずれの点も,宗教という体制の特徴を要として相互に関係している.宗教の言語の古さは,宗教に内在する特徴の現われと言えるのではないか.

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2010-02-17 Wed

#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響 [japanese][hybrid][loan_word][latin][christianity][alphabet][religion][buddhism][hebrew]

 [2009-05-30-1]の記事で,6世紀にブリテン島にもたらされたキリスト教が,アングロサクソン人と英語に多大な影響を与えたことを見た.キリスト教は,布教の媒体であったラテン語とともに英語の語彙に深く入り込んだだけでなく,英語に alphabet という文字体系をもたらしもした.6世紀のキリスト教の伝来は,英語文化史的にも最重要の事件だったとみてよい.
 興味深いことに,同じ頃,ユーラシア大陸の反対側でも似たような出来事が起こっていた.6世紀半ば,大陸から日本へ仏教という外来宗教がもたらされた.仏教文化を伝える媒体は漢語(漢字)だった.日本語は,漢字という文字体系を受け入れ,仏教関連語彙として「法師(ほふし)」「香(かう)」「餓鬼(がき)」「布施(ふせ)」「檀越(だにをち)」などを受容した.『万葉集』には漢語は上記のものなど少数しか見られないが,和歌が主に大和言葉を使って歌われるものであることを考えれば,実際にはより多くの漢語が奈良時代までに日本語に入っていたと考えられる.和語接辞と漢語基体を混在させた「を(男)餓鬼」「め(女)餓鬼」などの混種語 ( hybrid ) がみられることからも,相当程度に漢語が日本語語彙に組み込まれていたことが想像される.
 丁寧に比較検討すれば,英語と日本語とでは文字や語彙の受容の仕方の詳細は異なっているだろう.しかし,大陸の宗教とそれに付随する文字文化を受け入れ,純度の高いネイティブな語彙体系に外来要素を持ち込み始めたのが,両言語においてほぼ同時期であることは注目に値する.その後,両言語の歴史で外来語が次々と受け入れられてゆくという共通点を考え合わせると,ますます比較する価値がありそうだ.
 また,上に挙げた「餓鬼(がき)」「布施(ふせ)」「檀越(だにをち)」などの仏教用語が究極的には梵語 ( Sanskrit ) という印欧語族の言語にさかのぼるのもおもしろい.英語に借用されたキリスト教用語もラテン語 ( Latin ) やギリシャ語 ( Greek ) という印欧語族の言語の語彙であるから,根っことしては互いに近いことになる.(もっとも,究極的にはキリスト教用語の多くは非印欧語であるヘブライ語 ( Hebrew ) にさかのぼる).偶然の符合ではあるが,英語と日本語における外来宗教の言語的影響を比べてみるといろいろと発見がありそうだ.

 ・山口 仲美 『日本語の歴史』 岩波書店〈岩波新書〉,2006年. 40--42頁.

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