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do-periphrasis - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-03-22 05:17

2015-08-24 Mon

#2310. 3単現のゼロ [3sp][3pp][verb][paradigm][conjugation][inflection][contact][do-periphrasis][lmode]

 英語史上の3単現の -s や3複現の -s について,3sp3pp の多くの記事でそれぞれ論じてきた.一方で,あまり目立たないが3単現のゼロという問題がある.よく知られているのは「#1885. AAVE の文法的特徴と起源を巡る問題」 ([2014-06-25-1]),「#1889. AAVE における動詞現在形の -s (2)」 ([2014-06-29-1]) で取り上げたように AAVE での -s の脱落という現象があるし,イングランドでは East Anglia 方言が現在時制のパラダイムにおいて人称・数にかかわらず軒並みゼロ語尾をとるという事例がある.
 Wright (119) による3単現のゼロに関する歴史の概略によれば,East Anglia における3単現のゼロの起源は15世紀にさかのぼり,伝統的な解釈によれば,他の人称語尾のゼロを3単現へ類推的に拡張したものだろうとされるが,一方で方言接触の影響ではないかという説もある.16世紀後半までには,Norfolk の家族が41--77%という比率で -th に代わりにゼロを用いていたという報告があり,East Midland はその後も3単現のゼロを示す中心地であり続けている.しかし,Helsinki Corpus の調査によれば,歴史的にみれば3単現のゼロは2%という低い率ながらも East Anglia に限らず分布してきたのも事実であり,古い英語文献においてまれに出会うことはある.
 Wright の最新の論文は,19世紀前半の West Oxfordshire 出身のある従僕による日記をコーパスとして調査し,21%という予想以上の高い率で3単現のゼロが用いられていることを突き止めた.Wright は,East Anglia とは地理的にも離れたこの地域で,おそらくこの時期に限定して,3単現のゼロがある程度分布していたのではないかと推測した.また,この一時的な分布は,直前の世代に do 迂言法 (do-periphrasis) が衰退し,直後の世代に標準的な -s が拡大していった,まさに移行期の最中にみられた,つなぎ的な分布だろうと結論づけた.
 Wright の議論は込み入っているが,少なくとも英語史全体を見渡す限り,時代と方言に応じて様々なパラダイムが現われては消えていったことは確かであり,19世紀前半の West Oxfordshire に限定的に上記のような状況があったとしても,驚くにはあたらない.

 ・ Wright, Laura. "Some More on the History of Present-Tense -s, do and Zero: West Oxfordshire, 1837." Journal of Historical Sociolinguistics 1.1 (2015): 111--30.

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2015-06-08 Mon

#2233. 統語的な橋渡しとしての I not say. [negative][syntax][word_order][do-periphrasis]

 英語史では,否定の統語的変化が時代とともに以下のように移り変わってきたことがよく知られている.Jespersen が示した有名な経路を,Ukaji (453) から引こう.

(1) ic ne secge.
(2) I ne seye not.
(3) I say not.
(4) I do not say.
(5) I don't say.


 (1) 古英語では,否定副詞 ne を定動詞の前に置いた.(2) 中英語では定動詞の後に補助的な not を加え,2つの否定辞で挟み込むようにして否定文を形成するのが典型的だった.(3) 15--17世紀の間に ne が弱化・消失した.この段階は動詞によっては18世紀まで存続した.(4) 別途,15世紀前半に do-periphrasis による否定が始まった (cf. 「#486. 迂言的 do の発達」 ([2010-08-26-1]),「#1596. 分極の仮説」 ([2013-09-09-1])) .(5) 1600年頃に,縮約形 don't が生じた.
 (2) 以下の段階では,いずれも否定副詞が定動詞の後に置かれてきたという共通点がある.ところが,稀ではあるが,後期中英語から近代英語にかけて,この伝統的な特徴を逸脱した I not say. のような構文が生起した.Ukaji (454) の引いている例をいくつか挙げよう.

 ・ I Not holde agaynes luste al vttirly. (circa 1412 Hoccleve The Regement of Princes) [Visser]
 ・ I seyd I cowde not tellyn that I not herd, (Paston Letters (705.51--52)
 ・ There is no need of any such redress, Or if there were, it not belongs to you. (Sh. 2H4 IV.i.95--96)
 ・ I not repent me of my late disguise. (Jonson Volp. II.iv.27)
 ・ They ... possessed the island, but not enjoyed it. (1740 Johnson Life Drake; Wks. IV.419) [OED]


 従来,この奇妙な否定の語順は,古英語以来の韻文の伝統を反映したものであるとか,強調であるとか,(1) の段階の継続であるとか,様々に説明されてきたが,Ukaji は (3) と (4) の段階をつなぐ "bridge phenomenon" として生じたものと論じた.(3) と (4) の間に,(3') として I not say を挟み込むというアイディアだ.
 これは,いかにも自然といえば自然である.(3') I not say は,do を伴わない点で (3) I say not と共通しており,一方,not が意味を担う動詞(この場合 say)の前に置かれている点で (4) I do not say と共通している.(3) と (4) のあいだに統語上の大きな飛躍があるように感じられるが,(3') を仮定すれば,橋渡しはスムーズだ.
 しかし,Ukaji 論文をよく読んでみると,この橋渡しという考え方は,時系列に (3) → (3') → (4) と段階が直線的に発展したことを意味するわけではないようだ.Ukaji は,(3) から (4) への移行は,やはりひとっ飛びに生じたと考えている.しかし,事後的に,それを橋渡しするような,飛躍のショックを和らげるようなかたちで,(3') が発生したという考えだ.したがって,発生の時間的順序としては,むしろ (3) → (4) → (3') を想定している.このように解釈する根拠として,Ukaji (456) は,(4) の段階に達していない havebe などの動詞は (3') も示さないことなどを挙げている.(3) から (4) への移行が完了すれば,橋渡しとしての (3') も不要となり,消えていくことになった.と.
 英語史における橋渡しのもう1つの例として,Ukaji (456--59) は "compound numeral" の例を挙げている.(1) 古英語から初期近代英語まで一般的だった twa 7 twentig のような表現が,(2) 16世紀初頭に一般化した twenty-three などの表現に移行したとき,橋渡しと想定される (1') twenty and nine が15世紀末を中心にそれなりの頻度で用いられていたという.(1) から (2) への移行が完了したとき,橋渡しとしての (1') も不要となり,消えていった.と.
 2つの例から一般化するのは早急かもしれないが,Ukaji (459) は統語変化の興味深い仮説を提案しながら,次のように論文を結んでいる.

I conclude with the hypothesis that syntactic change tends to be facilitated via a bridge sharing in part the properties of the two chronological constructions involved in the change. The bridge characteristically falls into disuse once the transition from the old to the new construction is completed.


 ・ Ukaji, Masatomo. "'I not say': Bridge Phenomenon in Syntactic Change." History of Englishes: New Methods and Interpretations in Historical Linguistics. Ed. Matti Rissanen, Ossi Ihalainen, Terttu Nevalainen, and Irma Taavitsainen. Berlin: Mouton de Gruyter, 1992. 453--62.

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2015-01-08 Thu

#2082. 定着しなかった二重属格 *the knight of his [genitive][article][syntax][do-periphrasis][timeline][synthesis_to_analysis]

英語史には,ある変化A→Bが起きた後B→Aという変化によってまた元に戻る現象が見られることがあり、故中尾俊夫先生はしばしばそうした現象をマザーグースの一節になぞらえて「ヨークの殿様」 (Duke of York) と呼ばれた。ヨークの殿様は大勢の兵隊を一度山の上に上げて、それから下ろす。結果を見れば事情は何も変わっていない。しかし、一見無意味に見えるその行動にも何か理由があったはずで、「英語史にそのような変化が見られるときにはその背後にどんな意味があるのか考えなさい。大きな真実が隠れていることがある。」というのが中尾先生の教えであった。


 定冠詞を伴う二重属格構造に関する論文の出だしで,宮前 (179) が以上のように述べている.英語史のなかの "Duke of York" の典型例は,「#486. 迂言的 do の発達」 ([2010-08-26-1]) や「#491. Stuart 朝に衰退した肯定平叙文における迂言的 do」 ([2010-08-31-1]) でみた肯定平叙文での do 迂言法の発達と衰退である.16世紀に一度は発達しかけたが17世紀には衰退し,結局,定着するに至らなかった.ほかには,「#819. his 属格」 ([2011-07-25-1]) や「#1479. his 属格の衰退」 ([2013-05-15-1]) の例も挙げられる.
 宮前が扱っている二重属格とは a knight of histhis hat of mine のような構造である.現代英語では *a his knight や *this my hat のように冠詞・指示詞と所有格代名詞を隣接させることができず,迂言的な二重属格構造がその代用として機能する.この構造の起源と成立については諸説あるが,a his knight という原型からスタートし,後期中英語に属格代名詞 his が後置され of とともに現われるようになったという説が有力である(宮前,p. 183).通常,古英語から中英語にかけての属格構造の発達では,属格代名詞が後置されるか of 迂言形に置換されるかのいずれかだったが,二重属格の場合には,その両方が起こってしまったということだ.
 二重属格の発達は,14世紀半ばに a man of þair (a man of theirs) のタイプから始まり,名詞の所有者を示す an officer Of the prefectes へも広がった.100年後には,指示詞を伴う this stede of myne のタイプと定冠詞を伴う the fellys of Thomas Bettsons のタイプが現われた.しかし,この4者のうち最後の定冠詞を伴うもののみが衰退し,17世紀中に消えていった.
 宮前は,この最後のタイプに関する "Duke of York" の現象を,Dという機能範疇の創発と確立によって一時的に可能となったものの,最終的には「意味的に定冠詞 the をもつ必然性がない」 (192) ために不可能となったものとして分析する.Dという機能範疇の創発と確立は,「#1406. 束となって急速に生じる文法変化」 ([2013-03-03-1]) で触れたように,属格とその代替構造の発達全体に有機的に関わる現象と考えられ,二重属格の発達もその大きな枠組みのなかで捉えるべきだという主張にもつながるだろう(cf. 「#1417. 群属格の発達」 ([2013-03-14-1])).  *
 一方,定冠詞タイプの衰退について,宮前は意味的な必然性と説明しているが,これは構文の余剰性と言い換えてもよいかもしれない.your car と端的に表現できるところをわざわざ迂言的に the car of yours と表現する必要はない,という理屈だ(宮前,p. 193).
 "Duke of York" の背後にある大きな真実を探るというのは,確かに英語史の大きな魅力の1つである.

 ・ 宮前 和代 「英語史のなかの "Duke of York"」『生成言語研究の現在』(池内正幸・郷路拓也(編著)) ひつじ書房,2013年.179--96頁.

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2014-06-12 Thu

#1872. Constant Rate Hypothesis [speed_of_change][lexical_diffusion][neogrammarian][do-periphrasis][generative_grammar][schedule_of_language_change]

 言語変化の進行する速度や経路については,古典的な neogrammarian hypothesis や lexical_diffusion などの仮説が唱えられてきた.これらと関連はするが,異なる角度から言語変化のスケジュールに光を当てている仮説として,Kroch による "Constant Rate Hypothesis" がある.この仮説は Kroch のいくつかの論文で言及されているが,1989年の論文より,同仮説を説明した部分を2カ所抜粋しよう.

. . . change seems to proceed at the same rate in all contexts. Contexts change together because they are merely surface manifestations of a single underlying change in grammar. Differences in frequency of use of a new form across contexts reflect functional and stylistic factors, which are constant across time and independent of grammar. (Kroch 199)

. . . when one grammatical option replaces another with which it is in competition across a set of linguistic contexts, the rate of replacement, properly measured, is the same in all of them. The contexts generally differ from one another at each period in the degree to which they favor the spreading form, but they do not differ in the rate at which the form spreads. (Kroch 200)


 Kroch は,この論文で主として迂言的 do (do-periphrasis) を扱った.この問題は本ブログでも何度か取り上げてきたが,とりわけ「#486. 迂言的 do の発達」 ([2010-08-26-1]) で紹介した Ellegård の研究が影響力を持ち続けている.そこでグラフに示したように,迂言的 do は異なる統語環境を縫うように分布を拡げてきた.ここで注目すべきは,いずれの統語環境に対応する曲線も,概ね似通ったパターンを示すことだ.細かい違いを無視するならば,迂言的 do の革新は,すべての統語環境において "constant rate" で進行したとも言えるのではないか.これが,Kroch の主張である.
 さらに Kroch は,ある時点において言語的革新が各々の統語環境に浸透した度合いは異なっているのは,環境ごとに個別に関与する機能的,文体的要因ゆえであり,当該の言語変化そのもののスケジュールは,同じタイミングで一定のパターンを示すという仮説を唱えている.生成文法の枠組みで論じる Kroch にとって,統語的な変化とは基底にある規則の変化であり(「#1406. 束となって急速に生じる文法変化」 ([2013-03-03-1]) を参照),その変化が関連する統語環境の全体へ同時に浸透するというのは自然だと考えている.同論文では,迂言的 do の発展ほか,have gothave を置換する過程,ポルトガル語の所有名詞句における定冠詞の使用の増加,フランス語における動詞第2の位置の規則の消失といった史的変化が,同じ Constant Rate Hypothesis のもとで論じられている.
 なお,Constant Rate Hypothesis という名称は,やや誤解を招く気味がある."constant" とは各々の統語環境を表わす曲線が互いに同じパターンを描くという意味での "constant" であり,S字曲線に対して右肩上がりの直線を描く(傾きが常に一定)という意味での "constant" ではない.したがって,Constant Rate Hypothesis とS字曲線は矛盾するものではない.むしろ,Kroch は概ね言語変化のスケジュールとしてのS字曲線を認めているようである.

 ・ Kroch, Anthony S. "Reflexes of Grammar in Patterns of Language Change." Language Variation and Change 1 (1989): 199--244.
 ・ Ellegård, A. The Auxiliary Do. Stockholm: Almqvist and Wiksell, 1953.

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2014-04-12 Sat

#1811. "The later a change begins, the sharper its slope becomes." [lexical_diffusion][speed_of_change][language_change][entropy][do-periphrasis][schedule_of_language_change]

 昨日の記事「#1810. 変異のエントロピー」 ([2014-04-11-1]) の最後で,「遅く始まった変化は急速に進行するという,言語変化にしばしば見られるパターン」に言及した.これは必ずしも一般的に知られていることではないので,補足説明しておきたい.実はこのパターンが言語変化にどの程度よく見られることなのかは詳しくわかっておらず,この問題は私の数年来の研究テーマともなっている.
 言語変化のなかには,進行速度が slow-quick-quick-slow と変化する語彙拡散 (lexical_diffusion) と呼ばれるタイプのものがある.語彙拡散の研究によると,変化を開始するタイミングは語によって異なり,比較的早期に変化に呑み込まれるものから,比較的遅くまで変化に抵抗するものまで様々である.Ogura や Ogura and Wang の指摘で興味深いのは,このタイミングの早い遅いによって,開始後の変化の進行速度も異なる可能性があるということだ.早期に開始したもの (leaders) はゆっくりと進む傾向があるのに対して,遅れて開始したもの (laggers) は急ピッチで進む傾向があるという.譬えは悪いが,早起きしたけれども歩くのが遅いので遅刻するタイプと,寝坊したけれども慌てて走るので間に合うタイプといったところか.標記に挙げた "the later a change begins, the sharper its slope becomes" は,Ogura (78) からの引用である.
 私自身,初期中英語諸方言における複数形の -s の拡大に関する2010年の論文で,この傾向を明らかにした.その論文から,Ogura と Ogura and Wang へ言及している部分など2箇所を引用する.

In their series of studies on Lexical Diffusion, Ogura and Wang discussed whether leaders and laggers of a change are any different from one another in terms of the speed of diffusion. In case studies such as the development of periphrastic do and the development of -s in the third person singular present indicative, they proposed that the later the change, the more items change and the faster they change . . . . (12)

. . . the laggers catching up with the leaders in SWM C13b and in SEM C13b concurs with the recent proposition of Lexical Diffusion that "the later a change begins, the sharper its slope becomes." (14)


 変化に参与する各語をそれぞれS字曲線として表わすと,例えば以下のような非平行的なS字曲線の集合となる.



 ここで昨日の相対エントロピーの話に戻ろう.上のようなグラフを,Y軸を相対エントロピーの値として描き直せば,スタートは早いが進みは遅い語は,長い裾を引く富士山型の線を,スタートは遅いが進みは速い語は,尖ったマッターホルン型の線を描くことになるだろう.
 語彙拡散のS字曲線,エントロピー,[2013-09-09-1]の記事で触れた「#1596. 分極の仮説」などは互いに何らかの関係があると見られ,言語変化のスピードやスケジュールという一般的な問題に迫るヒントを与えてくれるだろう.

 ・ Ogura, Mieko. "The Development of Periphrastic Do in English: A Case of Lexical Diffusion in Syntax." Diachronica 10 (1993): 51--85.
 ・ Ogura, Mieko and William S-Y. Wang. "Snowball Effect in Lexical Diffusion: The Development of -s in the Third Person Singular Present Indicative in English." English Historical Linguistics 1994. Papers from the 8th International Conference on English Historical Linguistics. Ed. Derek Britton. Amsterdam: John Benjamins, 1994. 119--41.
 ・ Hotta, Ryuichi. "Leaders and Laggers of Language Change: Nominal Plural Forms in -s in Early Middle English." Journal of the Institute of Cultural Science (The 30th Anniversary Issue II) 68 (2010): 1--17.

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2013-09-09 Mon

#1596. 分極の仮説 [lexical_diffusion][language_change][speed_of_change][generative_grammar][negative][syntax][do-periphrasis][schedule_of_language_change]

 標題は英語で "polarization hypothesis" と呼ばれる.児馬先生の著書で初めて知ったものである.昨日の記事「#1572. なぜ言語変化はS字曲線を描くと考えられるのか」 ([2013-08-16-1]) および「#1569. 語彙拡散のS字曲線への批判 (2)」 ([2013-08-13-1]) などで言語変化の進行パターンについて議論してきたが,S字曲線と分極の仮説は親和性が高い.
 分極の仮説は,生成文法やそれに基づく言語習得の枠組みからみた言語変化の進行に関する仮説である.それによると,文法規則には大規則 (major rule) と小規則 (minor rule) が区別されるという.大規則は,ある範疇の大部分の項目について適用される規則であり,少数の例外的な項目(典型的には語彙項目)には例外であるという印がつけられており,個別に処理される.一方,小規則は,少数の印をつけられた項目にのみ適用される規則であり,それ以外の大多数の項目には適用されない.両者の差異を際立たせて言い換えれば,大規則には原則として適用されるが少数の適用されない例外があり,小規則には原則として適用されないが少数の適用される例外がある,ということになる.共通点は,例外項目の数が少ないことである.分極の仮説が予想するのは,言語の規則は例外項目の少ない大規則か小規則のいずれかであり,例外項目の多い「中規則」はありえないということだ.習得の観点からも,例外のあまりに多い中規則(もはや規則と呼べないかもしれない)が非効率的であることは明らかであり,分極の仮説に合理性はある.
 分極の仮説と言語変化との関係を示すのに,迂言的 do ( do-periphrasis ) による否定構造の発達を挙げよう.「#486. 迂言的 do の発達」 ([2010-08-26-1]) ほかの記事で触れた話題だが,古英語や中英語では否定構文を作るには定動詞の後に not などの否定辞を置くだけで済んだ(否定辞配置,neg-placement)が,初期近代英語で do による否定構造が発達してきた.do 否定への移行の過程についてよく知られているのは,know, doubt, care など少数の動詞はこの移行に対して最後まで抵抗し,I know not などの構造を続けていたことである.
 さて,古英語や中英語では否定辞配置が大規則だったが,近代英語では do 否定に置き換えられ,一部の動詞を例外としてもつ小規則へと変わった.do 否定の観点からみれば,発達し始めた16世紀には,少数の動詞が関与するにすぎない小規則だったが,17世紀後半には少数の例外をもつ大規則へと変わった.否定辞配置の衰退と do 否定の発達をグラフに描くと,中間段階に著しく急速な変化を示す(逆)S字曲線となる.

Polarization Hypothesis

 語彙拡散と分極の仮説は,理論の出所がまるで異なるにもかかわらず,S字曲線という点で一致を見るというのがおもしろい.
 合わせて,分極の仮説の関連論文として園田の「分極の仮説と助動詞doの発達の一側面」を読んだ.園田は,分極の仮説を,生成理論の応用として通時的な問題を扱う際の補助理論と位置づけている.

 ・ 児馬 修 『ファンダメンタル英語史』 ひつじ書房,1996年.111--12頁.
 ・ 園田 勝英 「分極の仮説と助動詞doの発達の一側面」『The Northern Review (北海道大学)』,第12巻,1984年,47--57頁.

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2013-08-30 Fri

#1586. 再分析の下位区分 [reanalysis][metanalysis][exaptation][analogy][terminology][do-periphrasis][negative_cycle]

 過去の記事で,再分析 (reanalysis) と異分析 (metanalysis) という用語をとりわけ区別せずに用いてきたが,Croft (82--86) は後者を前者の1種であると考えている.つまり,再分析は異分析の上位概念であるとしている.Croft によれば,"form-function reanalysis" は連辞的 (syntagmatic) な4種類の再分析と範列的 (paradigmatic) な1種類の再分析へ区別される.以下,各々を例とともに示す.

 (1) hyperanalysis: "[A] speaker ananlyzes out a semantic component from a syntactic element, typically a semantic component that overlaps with that of another element. Hyperanalysis accounts for semantic bleaching and eventually the loss of syntactic element" (82) .例えば,古英語には属格を従える動詞があり,動作を被る程度が対格よりも弱いという点で対格とは意味的な差異があったと考えられるが,受動者を示す点では多かれ少なかれ同じ機能を有していたために,中英語において属格構造はより優勢な対格構造に取って代わられた.この変化は,本来の属格の含意が薄められ,統語的に余剰となり,属格構造が対格構造に吸収されるという過程をたどっており,hyperanalysis の1例と考えられる.
 (2) hypoanalysis: "[A] semantic component is added to a syntactic element, typically one whose distribution has no discriminatory semantic value. Hypoanalysis is the same as exaptation . . . or regrammaticalization . . ." (83) .Somerset/Dorset の伝統方言では,3単現に由来する -sdo-periphrasis の発展が組み合わさることにより,標準変種には見られない相の区別が新たに生じた."I sees the doctor tomorrow." は特定の1度きりの出来事を表わし,"I do see him every day." は繰り返しの習慣的な出来事を表わす.ここでは,-sdo が歴史的に受け継がれた機能とは異なる機能を担わされるようになったと考えられる.
 (3) metanalysis: "[A] contextual semantic feature becomes inherent in a syntactic element while an inherent feature is analyzed out; in other words, it is simultaneous hyperanalysis/hypoanalysis. Metanalysis typically takes place when there is a unidirectional correlation of semantic features (one feature frequently occurs with another, but the second often does not occur with the first)." (83) .接続詞 since について,本来の時間的な意味から原因を示す意味が生み出された例が挙げられる."negative cycle" も別の例である.
 (4) cryptanalysis: "[A] covertly marked semantic feature is reanalyzed as not grammatically marked, and a grammatical marker is inserted. Cryptanalysis typically occurs when there is an obligatory transparent grammatical marker available for the covertly marked semantic feature. Cryptanalysis accounts for pleonasm (for example, pleonastic and paratactic negation) and reinforcement." (84) .例えば,"I really miss having a phonologist around the house." と "I really miss not having a phonologist around the house." は not の有無の違いがあるにもかかわらず同義である.not の挿入は,miss に暗に含まれている否定性を明示的に not によって顕在化させたいと望む話者による,cryptanalysis の結果であるとみなすことができる.
 (5) intraference: 同一言語体系内での機能の類似によって,ある形態が別の形態から影響を受ける例.Croft に詳しい説明と例はなかったが,範列的な類推作用 (analogy) に近いものと考えられる.interference が別の言語体系からの類推としてとらえられるのに対して,intraference は同じ言語体系のなかでの類推としてとらえられる.

 このような再分析の区分は,機能主義の立場から統語形態論の変化を説明しようとする際の1つのモデルとして参考になる.

 ・ Croft, William. "Evolutionary Models and Functional-Typological Theories of Language Change." Chapter 4 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 68--91.

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2012-10-02 Tue

#1254. 中英語の話し言葉の言語変化は書き言葉の伝統に掻き消されているか? [writing][standardisation][creole][celtic][contact][reestablishment_of_english][scribe][koine][do-periphrasis]

 話し言葉において生じていた言語変化が,伝統的で保守的な書き言葉に反映されずに,後世の観察者の目に見えてこないという可能性は,文献学上,避けることのできないものである.例えば,ある語が,ある時代の書き言葉に反映されていないからといって,話し言葉として用いられていたかもしれないという可能性は否定できず,OED の初出年の扱い方に関する慎重論などは至る所で聞かれる.確かに大事な慎重論ではあるが,これをあまりに推し進めると,文献上に確認されない如何なることも,話し言葉ではあり得たかもしれないと提起できることになってしまう.また,関連する議論として,書き言葉上で突如として大きな変化が起こったように見える場合に,それは書き言葉の伝統の切り替えに起因する見かけの大変化にすぎず,対応する話し言葉では,あくまで変化が徐々に進行していたはずだという議論がある.
 中英語=クレオール語の仮説でも,この論法が最大限に利用されている.Poussa は,14世紀における Samuels の書き言葉の分類でいう Type II と Type III の突如の切り替えは,対応する話し言葉の急変化を示すものではないとし,書き言葉に現われない水面下の話し言葉においては,Knut 時代以来,クレオール化した中部方言の koiné が続いていたはずだと考えている.そして,Type III の突然の登場は,14世紀の相対的なフランス語の地位の下落と,英語の地位の向上に動機づけられた英語標準化の潮流を反映したものだろうと述べている.

. . . if we take the view that the English speech of London had, since the time of Knut, been a continuum of regional and social varieties of which the Midland koiné was one, then it is easier to explain the changes in the written language [from Type II to Type III] as jerky adjustments to a gradual rise in social status of the spoken Midland variety. (80)


 似たような議論は,近年さかんに論じられるようになってきたケルト語の英語統語論に及ぼした影響についても聞かれる(例えば,[2011-03-17-1]の記事「#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響」を参照).古英語の標準書き言葉,Late West-Saxon Schriftsprache の伝統に掻き消されてしまっているものの,古英語や中英語の話し言葉には相当のケルト語的な統語要素が含まれていたはずだ,という議論だ.英語がフランス語のくびきから解き放たれて復権した後期中英語以降に,ようやく話し言葉が書き言葉の上に忠実に反映されるようになり,すでにケルト語の影響で生じていた do-periphrasis や進行形が,文献上,初めて確認されるようになったのだ,と論じられる.
 しかし,これらの議論は,文献学において写本研究や綴字研究で蓄積されてきた scribal error や show-through といった,図らずも話し言葉が透けて見えてしまうような書記上の事例を無視しているように思われる.写字生も人間である.書記に際して,完全に話し言葉を封印するということなどできず,所々で思わず話し言葉を露呈してしまうのが自然というものではないだろうか.
 話し言葉が,相当程度,書き言葉の伝統に掻き消されているというのは事実だろう.書き言葉習慣の切り替えによって,大きな言語変化が起こったように見えるという事例も確かにあるだろう.しかし,書き言葉に見られないことでも話し言葉では起こっていたかもしれない,いや起こっていたに違いないと,積極的に提案してよい理由にはならない.一時期論争を呼んだ英語=クレオール語の仮説と近年のケルト語影響説の間に似たような匂いを感じた次第である.

 ・ Poussa, Patricia. "The Evolution of Early Standard English: The Creolization Hypothesis." Studia Anglica Posnaniensia 14 (1982): 69--85.

Referrer (Inside): [2015-06-13-1] [2012-12-29-1]

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2011-03-17 Thu

#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響 [me_dialect][personal_pronoun][verb][celtic][contact][nptr][do-periphrasis]

 The Northern Personal Pronoun Rule (NPPR) は,中英語期に Scotland との国境付近からイングランド南部へ広がったとされる統語形態規則である.これは,Laing and Lass (26--27) により The Northern Present Tense Rule と呼ばれているものと同一である.3人称複数代名詞 "they" に隣接する現在形の動詞語尾(方言によって異なるが通常は -s や -eth )が抑制され,代わりに -en, -e, -ø の語尾が現われるという規則である.この規則は,中英語後期には The Wash 以北のイングランド方言でおよそ確立しており,同時期の終わりまでには,義務的な規則ではないものの選択肢の1つとしてロンドンへも到達していた ( Wright 147 ) .
 Wright には,14世紀の後期の Rosarium theologie からの例として次の例が挙げられている.

whiche is giffen to al sentis or holy men, þat cleueþ togeder in charite, weyþer þei knowe þam bodily or noȝt (qtd in Wright 147 as from Rosarium theologie)


 赤字で示した最初の cleueþ は通常の3人称複数形を示すが,次の knoweþei のすぐ次に続いているために NPPR が適用され -e 語尾をとっている.
 さて,現代のイングランド北部方言で動詞の現在形はどのように屈折するかといえば,主語の数・人称にかかわらず -s 語尾を取るのが規則である ( ex. I walks, you walks, Betty walks, we walks, Betty and Shirley walks ) .しかし,3人称複数形については,代名詞 they が用いられるときにのみ they walk と無語尾になるのが特徴だ.まさに中英語期の NPPR の遺産である.
 NPPR に関して興味深いのは,この統語形態規則がケルト語との接触に起因するものと疑われていることである.ケルト語影響説を強く主張する著名人に McWhorter がいる.McWhorter (48--51) は,北部方言の NPPR (彼の呼称では Northern Subject Rule )は,Welsh や Cornish といったケルト諸語の動詞屈折規則と平行的な関係にあると指摘する.Welsh では,"she learned" と "Betty and Shirley learned" はそれぞれ dysgodd hi, dysgodd Betty a Shirley となり共通の -odd 語尾をとるが,"they learned" は dysgon nhw のように異なる語尾 -on をとるという.(1) 広くゲルマン諸語を見渡してもイングランド北部の NPPR のように奇妙な規則をもっている言語や方言は他に見あたらないこと,(2) イングランドの基層にあるケルト諸語に平行的な統語形態規則が認められること.この2点を考え合わせると NPPR は偶然の産物とは考えられず,ケルト語との言語接触による結果と認めざるを得ない,という議論である.McWhorter は他にも英語史における do-periphrasis や進行形構文の発達をケルト語の影響と見ている.
 私はケルト語を知らないので具体的に論じることはできないが,英語では現在形に関する規則であるにもかかわらず,McWhorter が Welsh から過去形の例をもってきて比較しているのが引っかかった.また,一読すれば著者の書き方が一般向けでトンデモ本的な調子であることはすぐに分かるが,それをどこまで学術的に評価できるかは疑問である.ただし,現代英文法のいくつかの特徴の背景には,一般に英語史研究者が論じている以上に周辺諸言語との接触が関与しているに違いないという一貫した信念は,私自身の考えと一致しており,おもしろく読むことはできた.著者の言語変化の "why" にこだわる姿勢も最初はややうるさく聞こえたが,これは "why" を控えめにしか論じない英語史研究の現状への批判なのだろうと捉えたら,かえって痛快に読めた.
 [2009-08-31-1]の記事で少し触れたように,基層言語としてのケルト語が英文法に与えた影響については,近年,少しずつ議論されるようになってきたようである.

 ・ Wright, Laura. "The Languages of Medieval Britain." A Companion to Medieval English Literature and Culture: c.1350--c.1500. Ed. Peter Brown. Malden, MA: Blackwell, 2007. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009. 143--58.
 ・ McWhorter, John. Our Magnificent Bastard Tongue: The Untold History of English. New York: Penguin, 2008.

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2010-08-31 Tue

#491. Stuart 朝に衰退した肯定平叙文における迂言的 do [emode][syntax][synthesis_to_analysis][inflection][sociolinguistics][scots_english][do-periphrasis]

 [2010-08-26-1]の記事で見たように,迂言的 do ( do-periphrasis ) は,初期近代英語期に疑問文や否定文を中心に発達してきた.英語史の大きな視点から見ると,この発展は総合的言語 ( synthetic language ) から分析的言語 ( analytic language ) へと進んできた英語の発展の流れに沿っている.
 do, does, did を助動詞として用いることによって,後続する本動詞はいかなる場合でも原形をとれば済むことになる.主語の人称・数と時制を示す役割は do, does, did が受けもってくれるので,本動詞が3単現形や過去形に屈折する必要がなくなるからである.この流れでいけば,疑問文や否定文に限らず肯定平叙文でも do-periphrasis が発達することも十分にあり得たろう.実際に,16世紀には,現代風に強調を含意する用法とは考えられない,純粋に迂言的な do の使用が肯定平叙文で例証されており,do はこの路線を歩んでいたかのようにみえる.
 ところが,[2010-08-26-1]のグラフに示されている通り,肯定平叙文での do の使用は17世紀以降,衰退の一途をたどる.英語史の流れに逆らうかのようなこの現象はどのように説明されるのだろうか.Nurmi ( p. 179 ) は社会言語学的な視点からこの問題に接近した.Nevalainen ( pp. 109--10, 145 ) に触れられている Nurmi の説を紹介しよう.
 ロンドン地域における肯定平叙文での do の使用は,17世紀の最初の10年で減少しているとされる( Nevalainen によれば Corpus of Early English Correspondence のデータから示唆される).17世紀初頭といえば,1603年にスコットランド王 James VI がイングランド王 James I として即位するという歴史的な出来事( Stuart 朝の開始)があった.当時のスコットランド英語 ( Scots-English ) では肯定文での迂言的 do の使用は稀だったとされ,その変種を引きさげてロンドンに都入りした James I と彼の周辺の者たちが,その権威ある立場からロンドンで話される変種に影響を与えたのではないかという.
 この仮説は慎重に検証する必要があるが,言語変化を社会言語学的な観点から説明しようとする最近の潮流に沿った興味深い仮説である.

 ・ Nurmi, Arja. A Social History of Periphrastic DO. Mémoires de la Société Néophilologique de Helsinki 56. Helsinki: Société Néophilologique, 1999.
 ・ Nevalainen, Terttu. An Introduction to Early Modern English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006.

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2010-08-26 Thu

#486. 迂言的 do の発達 [emode][syntax][statistics][do-periphrasis]

 英語史で大きな統語上の問題はいくつかあるが,そのうちの1つに迂言的 do ( do-periphrasis ) の発達がある.現代英語では助動詞 do は疑問文,否定文,強調文で出現する最頻語だが,中英語以前はこれらの do の用法はいまだ確立していない.それ以前は,疑問文は Do you go? の代わりに Go you? であったし,否定文も I don't go. の代わりに I go not. などとすれば済んだ.do-periphrasis が初期近代英語期に確立した理由については諸説が提案されているが定説はなく,現在でも様々な方面から研究が続けられている.
 しかし,do-periphrasis が確立した過程については,少なくとも頻度の変化という形で研究がなされてきた.疑問文や否定文を作るのに do を用いない従来型を単純形 ( simplex ) ,do を用いる革新型を迂言形 ( periphrastic ) とすると,迂言形の占める割合が初期近代英語期 ( 1500--1700年 ) に一気に増加したことが知られている.
 以下は,英語史概説書を通じて広く知られている Ellegård による do-periphrasis の発達を示すグラフである.(中尾, p. 74 に再掲されている数値に基づいて作り直したもの.数値はHTMLソースを参照.)肯定平叙文 ( aff[irmative] declarative ) ,否定平叙文 ( neg[ative] declarative ) ,肯定疑問文 ( aff[irmative] interrogative ) ,否定疑問文 ( neg[ative] interrogative ) ,否定命令文 ( neg[ative] imperative ) と場合分けしてある.

Development of Do-Periphrasis

 疑問文での do-periphrasis の使用が,全体的な発展を先導していったことがわかる.ただし,実際には個々の動詞によって do-periphrasis を受け入れる傾向は異なり,否定文では care, know, mistake などが,疑問文では come, do, hear, say などが迂言形の受け入れに保守的であった.Ogura によると,談話的な要因,社会・文体的要因,音素配列,動詞の頻度などが複雑に相互作用して do-periphrasis がこの時期に拡大していったようだ.



 ・ Ellegård, A. The Auxiliary Do. Stockholm: Almqvist and Wiksell, 1953.
 ・ 中尾 俊夫,児馬 修 編 『歴史的にさぐる現代の英文法』第3版,大修館,1997年.
 ・ Ogura, Mieko. "The Development of Periphrastic Do in English: A Case of Lexical Diffusion in Syntax. Diachronica'' 10 (1993): 51--85.

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