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consonant - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2018-06-21 05:26

2018-05-19 Sat

#3309. なぜ input は *imput と綴らないのか? [spelling][pronunciation][prefix][assimilation][morpheme][consonant][sobokunagimon]

 接頭辞 in- は,原則として後続する基体がどのような音で始まるかによって,デフォルトの in- だけでなく, imb, m, p の前), il- (l の前), ir- (r の前), i- (g の前)などの異形態をとる.意味としては,接頭辞 in- には「否定」と「中に」の2つが区別されるが,異形態の選択については両方とも同様に振る舞う.それぞれ例を挙げれば,inactive, inconclusive, inspirit; imbalance, immature, immoral, imperil, implode, impossible; illegal, illicit, illogical; irreducible, irregular, irruptive; ignoble, ignominy, ignorant などである.
 in- の末尾の子音が接続する音によって調音点や調音様式を若干変異させる現象は,子音の同化 (assimilation) として説明されるが,子音の同化という過程が生じたのは,ほとんどの場合,借用元のラテン語(やフランス語)においてであり,英語に入ってくる際には,すでにそのような異形態をとっていたというのが事実である.むしろ,英語側の立場からは,それらの借用語を後から分析して,接頭辞 in- を切り出したとみるのが妥当である.ただし,いったんそのような分析がなされて定着すると,以降 in- はあたかも英語固有の接頭辞であるかのように振る舞い出し,異形態の取り方もオリジナルのラテン語などと同様に規則的なものととらえられるようになった.
 ラテン語由来の「否定」と「中に」を意味する接頭辞 in- は上記のように振る舞うが,注意すべきは英語本来語にも「中に」を意味する同形態の in が存在することだ.前置詞・副詞としての英語の in が接頭辞として用いられる場合には,上記のラテン語の接頭辞 in- のように異形態をとることはない.つまり,in- は不変化である.標題の単語 inputin- は,反対語の outputout- と比べれば分かるとおり,あくまで本来語の接頭辞 in- である.したがって,*imput とはならない(ちなみにラテン語で in- に対応するのは ex- である).この観点から in-between, in-place, inmate なども同様に説明できる.
 ただし,発音上は実際のところ子音の同化を起こしていることも多く,input と綴られていても,/ˈɪnpʊt/ に加えて /ˈɪmpʊt/ も行なわれている.

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2018-05-11 Fri

#3301. なぜ wolf の複数形が wolves なのか? (4) [sobokunagimon][genitive][plural][consonant][phonetics][fricative_voicing][analogy][number][inflection][paradigm][clitic]

 3日間にわたり標題の話題を発展させてきた ([2018-05-08-1], [2018-05-09-1], [2018-05-10-1]) .今回は第4弾(最終回)として,この問題にもう一ひねりを加えたい.
 wolves (および間接的に wives)の背景には,古英語の男性強変化名詞の屈折パターンにおいて,複数主格(・対格)形として -as が付加されるという事情があった.これにより古英語 wulfwulfas となり,f は有声音に挟まれるために有声化するのだと説明してきた.wīf についても,本来は中性強変化という別のグループに属しており,自然には wives へと発達しえないが,後に wulf/wulfas タイプに影響され,類推作用 (analogy) により wives へと帰着したと説明すれば,それなりに納得がいく.
 このように,-ves の複数形については説得力のある歴史的な説明が可能だが,今回は視点を変えて単数属格形に注目してみたい.機能的には現代英語の所有格の -'s に連なる屈折である.以下,単数属格形を強調しながら,古英語 wulfwīf の屈折表をあらためて掲げよう.

(男性強変化名詞)単数複数
主格wulfwulfas
対格wulfwulfas
属格wulfeswulfa
与格wulfewulfum
(中性強変化名詞)単数複数
主格wīfwīf
対格wīfwīf
属格wīfeswīfa
与格wīfewīfum


 両屈折パターンは,複数主格・対格でこそ異なる語尾をとっていたが,単数属格では共通して -es 語尾をとっている.そして,この単数属格 -es を付加すると,語幹末の f は両サイドを有声音に挟まれるため,発音上は /v/ となったはずだ.そうだとするならば,現代英語でも単数所有格は,それぞれ *wolve's, *wive's となっていてもよかったはずではないか.ところが,実際には wolf's, wife's なのである.複数形と単数属格形は,古英語以来,ほぼ同じ音韻形態的条件のもとで発展してきたはずと考えられるにもかかわらず,なぜ結果として wolves に対して wolf'swives に対して wife's という区別が生じてしまったのだろうか.(なお,現代英語では所有格形に ' (apostrophe) を付すが,これは近代になってからの慣習であり,見た目上の改変にすぎないので,今回の議論にはまったく関与しないと考えてよい(「#582. apostrophe」 ([2010-11-30-1]) を参照).)
 1つには,属格標識は複数標識と比べて基体との関係が疎となっていったことがある.中英語から近代英語にかけて,属格標識の -es は屈折語尾というよりは接語 (clitic) として解釈されるようになってきた(cf. 「#1417. 群属格の発達」 ([2013-03-14-1])).換言すれば,-es は形態的な単位というよりは統語的な単位となり,基体と切り離してとらえられるようになってきたのである.それにより,基体末尾子音の有声・無声を交替させる動機づけが弱くなっていったのだろう.こうして属格表現において基体末尾子音は固定されることとなった.
 それでも中英語から近代英語にかけて,いまだ -ves の形態も完全に失われてはおらず,しばしば類推による無声の変異形とともに並存していた.Jespersen (§16.51, pp. 264--65) によれば,Chaucer はもちろん Shakespeare に至っても wiues などが規則的だったし,それは18世紀終わりまで存続したのだ.calues も Shakespeare で普通にみられた.特に複合語の第1要素に属格が用いられている場合には -ves が比較的残りやすく,wive's-jointure, staves-end, knives-point, calves-head などは近代でも用いられた.
 しかし,これらとて現代英語までは残らなかった.属格の -ves は,標準語ではついえてしまったのである.いまや複数形の wolves など少数の語形のみが,古英語の音韻規則の伝統を引く最後の生き残りとして持ちこたえている.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part VI. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1942.

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2018-05-10 Thu

#3300. なぜ wolf の複数形が wolves なのか? (3) [sobokunagimon][plural][consonant][phonetics][fricative_voicing][analogy][number][inflection]

 2日間の記事 ([2018-05-08-1], [2018-05-09-1]) で,標記の素朴な疑問を題材に,英語史の奥深さに迫ってきた.今回は第3弾.
 古英語の wulf (nom.acc.sg.)/wulfas (nom.acc.pl) を原型とする wolf (sg.)/wolves (pl.) という単複ペアのモデルが,類推作用 (analogy) によって,歴史的には wulf と異なる屈折クラスに属する,語尾に -f をもつ他の名詞にも拡がったことを見た.leaf/leaveslife/lives はそれにより説明される.
 しかし,現代英語の現実を眺めると,語尾に -f をもつ名詞のすべてが複数形において -ves を示すわけではない.例えば,roof/roofs, belief/beliefs などが思い浮かぶが,これらは完全に「規則的」な複数形を作っている.とりわけ roof などは,古英語では hrōf という形態で,まさに wulf と同じ男性強変化グループに属していたのであり,正統には古英語で実際に用いられていた hrōfas が継承され,現在は *rooves となっていて然るべきなのである.ところが,そうなっていない(しかし,rooves については以下の表も参照).
 ここで起こったことは,先に挙げたのとは別種の類推作用である.wife などの場合には,類推のモデルとなったのは wolf/wolves のタイプだったのだが,今回の roof を巻き込んだ類推のモデルは,もっと一般的な,例えば stone/stones, king/kings といったタイプであり,語尾に -s をつければ済むというという至極単純なタイプだったのである.同様にフランス借用語の grief, proof なども,もともとのフランス語での複数形の形成法が単純な -s 付加だったこともあり,後者のモデルを後押し,かつ後押しされたことにより,現在その複数形は griefs, proofs となっていると理解できる.
 語尾に -f をもつ名詞群が,類推モデルとして wolf/wolves タイプを採用したか,あるいは stone/stones タイプを採用したかを決める絶対的な基準はない.個々の名詞によって,振る舞いはまちまちである.歴史的に両タイプの間で揺れを示してきた名詞も少なくないし,現在でも -fs と -ves の両複数形がありうるという例もある.類推作用とは,それくらいに個々別々に作用するものであり,その意味でとらえどころのないものである.
 一昨日の記事 ([2018-05-08-1]) では,wolf の複数形が wolves となる理由を聞いてスッキリしたかもしれないが,ここにきて,さほど単純な問題ではなさそうだという感覚が生じてきたのではないだろうか.現代英語の現象を英語史的に考えていくと,往々にして問題がこのように深まっていく.
 以下,主として Jespersen (Modern, §§16.21--16.25 (pp. 258--621)) に基づき,語尾に -f を示すいくつかの語の,近現代における複数形を挙げ,必要に応じてコメントしよう(さらに多くの例,そしてより詳しくは,Jespersen (Linguistic, 374--75) を参照).明日は,懲りずに第4弾.

単数形複数形コメント
beefbeefs/beeves 
beliefbeliefs古くは believe (sg.)/believes (pl.) .この名詞は,OE ġelēafa と関連するが,語尾の母音が脱落して,f が無声化した.16世紀頃には believe (v.) と belief (n.) が形態上区別されるようになり,名詞 -f が確立したが,これは grieve (v.)/grief (n.), prove (v.)/proof (n.) などの類推もあったかもしれない.
bluffbluffs 
briefbriefs 
calfcalves 
chiefchiefs 
cliffcliffs古くは cleves (pl.) も.
cuffcuffs 
delfdelves方言として delfs (pl.) も.また,標準英語で delve (sg.) も.
elfelvesまれに elfs (pl.) や elve (sg.) も.
fieffiefs 
fifefifes 
gulfgulfs 
halfhalves「半期(学期)」の意味では halfs (pl.) も.
hoofhoofs古くは hooves (pl.) .
knifeknives 
leafleavesただし,ash-leafs (pl.) "ash-leaf potatoes".
lifelives古くは lyffes (pl.) など.
loafloaves 
looflooves/loofsloove (sg.) も.
mastiffmastiffs古くは mastives (pl.) も.
mischiefmischiefs古くは mischieves (pl.) も.
oafoaves/oafs 
rebuffrebuffs 
reefreefs 
roofroofsイングランドやアメリカで rooves (pl.) も.
safesafes 
scarfscarfs18世紀始めからは scarves (pl.) も.
selfselves哲学用語「自己」の意味では selfs (pl.) も.
sheafsheaves 
shelfshelves 
sheriffsheriffs 古くは sherives (pl.) も.
staffstaves/staffs「棒きれ」の意味では staves (pl.) .「人々」の意味では staffs (pl.) .stave (sg.) も.
strifestrifes 
thiefthieves 
turfturfs古くは turves (pl.) も.
waifwaifs古くは waives (pl.) も.
wharfwarfs古くは wharves (pl.) も
wifewives古くは wyffes (pl.) など.housewife "hussy" でも housewifes (pl.) だが,Austen ではこの意味で huswifes も.
wolfwolves 


 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part VI. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1942.
 ・ Jespersen, Otto. Linguistica: Selected Papers in English, French and German. Copenhagen: Levin & Munksgaard, 1933.

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2018-05-09 Wed

#3299. なぜ wolf の複数形が wolves なのか? (2) [sobokunagimon][plural][consonant][oe][phonetics][fricative_voicing][analogy][number][conjugation][inflection][paradigm]

 昨日の記事 ([2018-05-08-1]) で,wolf (sg.) に対して wolves (pl.) となる理由を古英語の音韻規則に照らして説明した.これにより,関連する他の -f (sg.)/ -ves (pl.) の例,すなわち calf/calves, elf/elves, half/halves, leaf/leaves, life/lives, loaf/loaves, knife/knives, self/selves, sheaf/sheaves, shelf/shelves, thief/thieves, wife/wives などもきれいに説明できると思うかもしれない.しかし,英語史はそれほどストレートで美しいものではない.言語という複雑なシステムがたどる歴史は,一癖も二癖もあるのが常である.
 例えば,wife (sg.)/wives (pl.) の事例を取り上げよう.この名詞は,古英語では wīf という単数主格(見出し語)形を取っていた(当時の語義は「妻」というよりも「女性」だった).f は,左側に有声母音こそあれ右側には何もないので,「有声音に挟まれている」わけではなく,デフォルトの /f/ で発音される.そして,次に来る説明として予想されるのは,「ところが,複数主格(・対格)形では wīf に -as の屈折語尾が付くはずであり,f は有声音に挟まれることになるから,/v/ と有声音化するのだろう」ということだ.
 しかし,そうは簡単にいかない.というのは,wulf の場合はたまたま男性強変化というグループに属しており,昨日の記事で掲げた屈折表に従うことになっているのだが,wīf は中性強変化というグループに属する名詞であり,古英語では異なる屈折パターンを示していたからだ.以下に,その屈折表を掲げよう.

(中性強変化名詞)単数複数
主格wīfwīf
対格wīfwīf
属格wīfeswīfa
与格wīfewīfum


 中性強変化の屈折パターンは上記の通りであり,このタイプの名詞では複数主格(・対格)形は単数主格(・対格)形と同一になるのである.現代英語に残る単複同形の名詞の一部 (ex. sheep) は,古英語でこのタイプの名詞だったことにより説明できる(「#12. How many carp!」 ([2009-05-11-1]) を参照).とすると,wīf において,単数形の /f/ が複数形で /v/ に変化する筋合いは,当然ながらないことになる./f/ か /v/ かという問題以前に,そもそも複数形で s など付かなかったのだから,現代英語の wives という形態は,上記の古英語形からの「直接の」発達として理解するわけにはいかなくなる.実は,これと同じことが leaf/leaveslife/lives にも当てはまる.それぞれの古英語形 lēaflīf は,wīf と同様,中性強変化名詞であり,複数主格(・対格)形はいわゆる「無変化複数」だったのだ.
 では,なぜこれらの名詞の複数形が,現在では wolves よろしく leaves, lives となっているのだろうか.それは,wīf, lēaf, līf が,あるときから wulf と同じ男性強変化名詞の屈折パターンに「乗り換えた」ことによる.wulf のパターンは確かに古英語において最も優勢なパターンであり,他の多くの名詞はそちらに靡く傾向があった.比較的マイナーな言語項が影響力のあるモデルにしたがって変化する作用を,言語学では類推作用 (analogy) と呼んでいるが,その典型例である(「#946. 名詞複数形の歴史の概要」 ([2011-11-29-1]) を参照).この類推作用により,歴史的な複数形(厳密には複数主格・対格形)である wīf, lēaf, līf は,wīfas, lēafas, līfas のタイプへと「乗り換えた」のだった.その後の発展は,wulfas と同一である.
 ポイントは,現代英語の複数形の wives, leaves, lives を歴史的に説明しようとする場合,wolves の場合ほど単純ではないということだ.もうワン・クッション,追加の説明が必要なのである.ここでは,古英語の「摩擦音の有声化」という音韻規則は,まったく無関係というわけではないものの,あくまで背景的な説明というレベルへと退行する.本音をいえば,昨日と今日の記事の標題には,使えるものならば wolf (sg.)/wolves よりも wife (sg.)/wives (pl.) を使いたいところではある.wife/wives のほうが頻度も高いし,両サイドの有声音が母音という分かりやすい構成なので,説明のための具体例としては映えるからだ.だが,上記の理由で,摩擦音の有声化の典型例として前面に出して使うわけにはいかないのである.英語史上,ちょっと「残念な事例」ということになる.
 とはいえ,wives は,類推作用というもう1つのきわめて興味深い言語学的現象に注意を喚起してくれた.これで英語史の奥深さが1段深まったはずだ.明日は,関連する話題でさらなる深みへ.

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2018-05-08 Tue

#3298. なぜ wolf の複数形が wolves なのか? (1) [sobokunagimon][plural][consonant][oe][phonetics][fricative_voicing][number][v][conjugation][inflection][paradigm]

 標題は,「#1365. 古英語における自鳴音にはさまれた無声摩擦音の有声化」 ([2013-01-21-1]) で取り上げ,「#1080. なぜ five の序数詞は fifth なのか?」 ([2012-04-11-1]) や「#2948. 連載第5回「alive の歴史言語学」」 ([2017-05-23-1]) でも具体的な例を挙げて説明した問題の,もう1つの応用例である.wolf の複数形が wolves となるなど,単数形 /-f/ が複数形 /-vz/ へと一見不規則に変化する例が,いくつかの名詞に見られる.例えば,calf/calves, elf/elves, half/halves, leaf/leaves, life/lives, loaf/loaves, knife/knives, self/selves, sheaf/sheaves, shelf/shelves, thief/thieves, wife/wives などである.これはどういった理由だろうか.
 古英語では,無声摩擦音 /f, θ, s/ は,両側を有声音に挟まれると自らも有声化して [v, ð, z] となる音韻規則が確立していた.この規則は,適用される音環境の条件が変化することもあれば,方言によってもまちまちだが,中英語以降でもしばしばお目にかかるルールである.必ずしも一貫性を保って適用されてきたわけではないものの,ある意味で英語史を通じて現役活動を続けてきた根強い規則といえる.摩擦音の有声化 (fricative_voicing) などという名前も与えられている.
 今回の標題に照らし,以下では /f/ の場合に説明を絞ろう.wolf (狼)は古英語では wulf という形態だった.この名詞は男性強変化というグループに属する名詞で,格と数に応じて以下のように屈折した.

(男性強変化名詞)単数複数
主格wulfwulfas
対格wulfwulfas
属格wulfeswulfa
与格wulfewulfum


 単数主格(・対格)の形態,いわゆる見出し語形では wulf には屈折語尾がつかず,f の立場からみると,確かに左側に有声音の l はあるものの右側には何もないので「有声音に挟まれている」環境ではない.したがって,この f はそのままデフォルトの /f/ で発音される.しかし,表のその他の6マスでは,いずれも母音で始まる何らかの屈折語尾が付加しており,問題の f は有声音に挟まれることになる.ここで摩擦音の有声化規則が発動し,f は発音上 /f/ から /v/ へと変化する.古英語では綴字上 <f> と <v> を使い分ける慣習はない(というよりも <v> の文字が存在しない)ので,文字上は無声であれ有声であれ <f> のままである(文字 <v> の発達については「#373. <u> と <v> の分化 (1)」 ([2010-05-05-1]),「#374. <u> と <v> の分化 (2)」 ([2010-05-06-1]) を参照).この屈折表の複数主格(・対格)の wulfas が,その後も生き残って現代英語における「複数形」として伝わったわけだ.この複数形では,綴字こそ wolves と書き改められたが,発音上は古英語の /f/ ならぬ /v/ がしっかり残っている.
 このように,古英語の音韻規則を念頭におけば,現代の wolf/wolves の関係はきれいに説明できる.現代英語としてみると確かに「不規則」と呼びたくなる関係だが,英語史を参照すれば,むしろ「規則的」なのである.このような気づきこそが,英語史を学ぶ魅力であり,英語史の奥深さといえる.
 しかし,英語史の奥深さはここで止まらない.上の説明で納得して終わり,ではない.ここから発展してもっとおもしろく,不可思議に展開していくのが英語史である.新たな展開については明日以降の記事で.

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2018-05-07 Mon

#3297. chivalry の語頭子音 (2) [pronunciation][french][loan_word][consonant][digraph][doublet]

 「#3285. chivalry の語頭子音」 ([2018-04-25-1]) への補足.古いフランス借用語でありながら chivalry においては,<ch> が /ʧ/ ではなく /ʃ/ に対応するのはなぜかという問題だが,Jespersen (§14.74; pp. 407--08) がこの点について次のように説明している.

Though chivalry is an old loan (Chaucer, etc.), it is now generally pronounced [ʃivəlri] instead of [ʧ]: when the institution itself became obsolete, the word disappeared from actual speech, and when revived, was made to conform with chevalier.


 chivalry という語自体は,中世から近代にかけても書き言葉において死に絶えることはなかったが,指示対象である騎士制度そのものが衰退することによって,日常的な語の地位からは脱落したというのはもっともな見解だろう.近代後期になってから,「近代化」した発音とイメージを伴って,事実上復活した語だったということができる.
 <ch> = /ʃ/ を示す近代フランス語からの借用語の例をいくつか挙げておこう.chagrin, chaise (早くに借用された chair と同根), chamade, champagne, chandelier, chaperon, charade, charlatan, Charlemagne, Charlotte (より早い Charles と比較; cf. 「#2201. 誕生おめでとう! Princess Charlotte」 ([2015-05-07-1])), chamois, château, chauvinism, chef (より早い chief と比較), chemise, chmisette, chenille, chevalier, chic, chicane, chiffon, machine, marchioness, moustache, douche, cartouche などがある.
 なお,Charlie はペット名としては,雄の場合は /ʧ/ で,雌の場合は /ʃ/ で発音されるという.また,champaign, champignon, debauch では両方の子音発音があり得るようだ.
 <ch> にまつわる話題としては,「#3251. <chi> は「チ」か「シ」か「キ」か「ヒ」か?」 ([2018-03-22-1]), 「#1893. ヘボン式ローマ字の <sh>, <ch>, <j> はどのくらい英語風か」 ([2014-07-03-1]),「#2049. <sh> とその異綴字の歴史」 ([2014-12-06-1]) の記事を参照.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spelling. 1954. London: Routledge, 2007.

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2018-04-25 Wed

#3285. chivalry の語頭子音 [pronunciation][french][loan_word][consonant][digraph]

 「騎士道」を意味する chivalry は /ˈʃɪvəlri/ のように語頭に無声歯茎硬口蓋摩擦音 /ʃ/ をもって発音される.しかし,これは一見すると理解しがたい発音である.というのは,この単語はフランス語からの借用語であり,1300年頃の Kyng Alysaunder に "He schipeth into Libie, With al his faire chivalrie." (l. 1495) のように現われることから考えて,当時のフランス語の原音に忠実な破擦音 /ʧ/ をもって発音されていたはずだからだ.
 確かに現代英語の <ch> は最も典型的には破擦音 /ʧ/ に対応するといいつつも,摩擦音 /ʃ/ への対応も決して珍しくない.しかし,「#2201. 誕生おめでとう! Princess Charlotte」 ([2015-05-07-1]) の記事で触れたように,フランス借用語に関する限り,<ch> がいずれの子音を表わすかは,およそ借用の時期によって決まる.先の記事で,次のように述べた通りである.

現代英語におけるフランス借用語で <ch> と綴られるものが,破擦音 [ʧ] を示すか摩擦音 [ʃ] を示すかという基準は,しばしば借用時期を見極めるのに用いられる.例えば chance, charge, chief, check, chair, charm, chase, cheer, chant はいずれも中英語期に借用されたものであり,champagne, chef, chic, chute, chaise, chicanery, charade, chasseur, chassis はいずれも近代英語期に入ったものである.


 つまり,問題は何かといえば,現代英語の chivalry は中英語期に借用された語であるから,当時から現在まで破擦音 /ʧ/ を持ち続けたはずであると予想されるにもかからず,むしろ近代英語期の借用語であるかのような摩擦音 /ʃ/ を示すのが妙だということだ.OED でも,現代で /ʧɪvəlri/ の発音もあり得ると示唆しながらも,"As a Middle English word the proper historical pronunciation is with /ʧ-/; but the more frequent pronunciation at present is with /ʃ-/, as if the word had been received from modern French." と述べられている.
 『英語語源辞典』によると次のような事情があったようだ.

この語派1600年以前に一度すたれたが,やがて18C後半のロマンス作家たちがよみがえらせた.〔中略〕ME では OF 同様 /ʧ-/ と発音されたが,今では ModF の影響による /ʃ-/ がふつう(ちなみに OF では ch- は13Cの間に /ʧ/ から /ʃ/ に変化している).


 ここで「一度すたれた」とあるが,OED の用例を見渡す限り,完全に途絶えたというわけではなさそうだ.だが,中世の騎士道への懐古的な関心をもちながら近代の語として蘇らせた,あるいは再借用されたという筋書きを想定すれば,現在ふつうである破擦音の謎が解ける.そうだとすれば,chivalry という語は,/ʃ/ を示すがゆえに,近現代的な中世観を体現する語として,現代人にとってロマンチックなほどに中世的な語と言えるのかもしれない.
 2重字 <ch> については,「#3251. <chi> は「チ」か「シ」か「キ」か「ヒ」か?」 ([2018-03-22-1]), 「#1893. ヘボン式ローマ字の <sh>, <ch>, <j> はどのくらい英語風か」 ([2014-07-03-1]) の記事も参照.関連して「#2049. <sh> とその異綴字の歴史」 ([2014-12-06-1]) もどうぞ.

Referrer (Inside): [2018-05-07-1]

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2018-03-22 Thu

#3251. <chi> は「チ」か「シ」か「キ」か「ヒ」か? [digraph][h][phoneme][arbitrariness][alphabet][grammatology][grapheme][graphemics][spelling][consonant][diacritical_mark][sobokunagimon]

 イタリアの辛口赤ワイン CHIANTI (キャンティ)を飲みつつ,イタリア語の <chi> = /ki/ に思いを馳せた.<ch> という2重字 (digraph) に関して,ヨーロッパの諸言語を見渡しても,典型的に対応する音価はまちまちである.前舌母音字 <i> を付して <chi> について考えてみよう.主要な言語で代表させれば,英語では chill, chin のように /ʧi/,フランス語では Chine, chique のように /ʃi/,イタリア語では chianti, chimera のように /ki/,ドイツ語では China, Chinin のように /çi/ である.同じ <ch> という2重字を使っていながら,対応する音価がバラバラなのはいったいなぜだろうか.
 この謎を解くには,文字記号の恣意性 (arbitrariness) と,各言語の音韻体系とその歴史の独立性について理解する必要がある.まず,文字記号の恣意性から.アルファベットを例にとると,<a> という文字が /a/ という音と結びつくはずと考えるのは,長い伝統と習慣によるものにすぎず,実際には両者の間に必然的な関係はない.この対応関係がアルファベットを使用する多くの言語で見られるのは,当該のアルファベット体系を借用するにあたって,借用元言語に見られたその結び付きの関係を引き継いだからにすぎない.特別な事情がないかぎりいちいち関係を改変するのも面倒ということもあろうが,確かに文字と音との関係は代々引き継がれることは多い.しかし,何らかの特別な事情があれば――たとえば,対応する音が自分の言語には存在しないのでその文字が使われずに余ってしまう場合――,<a> を廃用にすることもできるし,まったく異なる他の音にあてがうことだってできる.たとえば,言語共同体が <a> = /t/ と決定し,同意しさえすれば,その言語においてはそれでよいのである.文字記号は元来恣意的なものであるから,自分たちが合意しさえすれば,他人に干渉される筋合いはないのである.<ch> は単字ではなく2重字であるという特殊事情はあるが,この2文字の結合を1つの文字記号とみなせば,この文字記号を各言語は事情に応じて好きなように利用してよい.その言語に存在するどんな子音に割り当ててもよいし,極端なことをいえば母音に割り当てても,無音に割り当ててもよい.つまり,<ch(i)> の読みは,まずもって絶対的,必然的に決まっているわけではないと理解することが肝心である.
 次に,各言語の音韻体系とその歴史の独立性について.言うまでもないことだが,同系統の言語であろうがなかろうが,それぞれ独自の音韻体系をもっている.英語には /f, l, θ, ð, v/ などの音素があるが,日本語にはないといったように,言語ごとに特有の音素セットがあるのは当然である.各言語の音韻体系の発展の歴史も,原則として独立的である.音韻の借用などがあった場合でも,その影響は限定的だ.したがって,異なる言語には異なる音素セットがあり,音素セット間で互いに対応させようとしても数も種類も違っているのだから,きれいに揃うということは望めないはずである.表音文字たるアルファベットは原則として音素を写すものだから,音素セット間でうまく対応しないものを文字セット間において対応させようとしたところで,やはり必ずしもきれいには揃わないはずである.
 上で挙げた西ヨーロッパの主要な言語は,歴史の経緯からともにローマン・アルファベットを受容したし,範となるラテン語において <ch> という2重字が活用されていることも知っていた.また,原則としての恣意性や独立性は前提としつつも,互いの言語を横目で見てきたのも事実である.そこで,2重字 <ch> を活用しようというアイディア自体は,いずれの言語も自然に抱いていたのだろう.ただし,<ch> をどの音にあてがうかについては,各言語に委ねられていた.そこで,各言語では <c> で典型的に表わされる音と共時的・通時的に関係の深い別の音に対応する文字として <ch> をあてがうことにした,というわけだ.つまり,英語では /ʧi/,フランス語では /ʃi/,イタリア語では /ki/,ドイツ語では /çi/ である.たいていの場合,各言語の歴史において,もともとの /k/ が歯擦音化した音を表わすのに <ch> が用いられている.
 まとめれば,いずれの言語も,歴史的に <ch> という2重字を使い続けることについては共通していた.しかし,各言語で歴史的に異なる音変化が生じてきたために,<ch> で表わされる音は,互いに異なっているのである.
 英語における <ch> = /ʧ/ に関する話題については,以下の記事も参照.

 ・ 「#1893. ヘボン式ローマ字の <sh>, <ch>, <j> はどのくらい英語風か」 ([2014-07-03-1])
 ・ 「#2367. 古英語の <c> から中英語の <k> へ」 ([2015-10-20-1])
 ・ 「#2393. <Crist> → <Christ>」 ([2015-11-15-1])
 ・ 「#2423. digraph の問題 (1)」 ([2015-12-15-1])

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2017-08-22 Tue

#3039. 連載第8回「なぜ「グリムの法則」が英語史上重要なのか」 [grimms_law][consonant][loan_word][sound_change][phonetics][french][latin][indo-european][etymology][cognate][germanic][romance][verners_law][sgcs][link][rensai]

 昨日付けで,英語史連載企画「現代英語を英語史の視点から考える」の第8回の記事「なぜ「グリムの法則」が英語史上重要なのか」が公開されました.グリムの法則 (grimms_law) について,本ブログでも繰り返し取り上げてきましたが,今回の連載記事では初心者にもなるべくわかりやすくグリムの法則の音変化を説明し,その知識がいかに英語学習に役立つかを解説しました.
 連載記事を読んだ後に,「#103. グリムの法則とは何か」 ([2009-08-08-1]) および「#102. hundredグリムの法則」 ([2009-08-07-1]) を読んでいただくと,復習になると思います.
 連載記事では,グリムの法則の「なぜ」については,専門性が高いため触れていませんが,関心がある方は音声学や歴史言語学の観点から論じた「#650. アルメニア語とグリムの法則」 ([2011-02-06-1]) ,「#794. グリムの法則と歯の隙間」 ([2011-06-30-1]),「#1121. Grimm's Law はなぜ生じたか?」 ([2012-05-22-1]) をご参照ください.
 グリムの法則を補完するヴェルネルの法則 (verners_law) については,「#104. hundredヴェルネルの法則」 ([2009-08-09-1]),「#480. fatherヴェルネルの法則」 ([2010-08-20-1]),「#858. Verner's Law と子音の有声化」 ([2011-09-02-1]) をご覧ください.また,両法則を合わせて「第1次ゲルマン子音推移」 (First Germanic Consonant Shift) と呼ぶことは連載記事で触れましたが,では「第2次ゲルマン子音推移」があるのだろうかと気になる方は「#405. Second Germanic Consonant Shift」 ([2010-06-06-1]) と「#416. Second Germanic Consonant Shift はなぜ起こったか」 ([2010-06-17-1]) のをお読みください.英語とドイツ語の子音対応について洞察を得ることができます.

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2017-05-19 Fri

#2944. ship, skiff, skip(per) [doublet][etymology][phonetics][palatalisation][consonant][digraph][cognate][germanic][sgcs][loan_word][dutch]

 「#1511. 古英語期の sc の口蓋化・歯擦化」 ([2013-06-16-1]),「#1511. 古英語期の sc の口蓋化・歯擦化」 ([2013-06-16-1]) でみたように,ゲルマン語の [sk] は後期古英語期に口蓋化と歯擦化を経て [ʃ] へと変化した.後者は,古英語では scip (ship) のように <sc> という二重字 (digraph) で綴られたが,「#2049. <sh> とその異綴字の歴史」 ([2014-12-06-1]) で説明したとおり,中英語期には新しい二重字 <sh> で綴られるようになった.
 ゲルマン諸語の同根語においては [sk] を保っていることが多いので,これらが英語に借用されると,英語本来語とともに二重語 (doublet) を形成することになる.英語本来語の shirt と古ノルド語からの skirt の関係がよく知られているが,標題に挙げた ship, skiff, skip(per) のような三重語ともいうべき関係すら見つけることができる.
 「船」を意味する古高地ドイツ語の単語は scif,現代ドイツ語では Schiff である.語末子音 [f] は,第2次ゲルマン子音推移 (sgcs) の結果だ.古高地ドイツ語 sciff は古イタリア語へ schifo として借用され,さらに古フランス語 esquif を経て中英語へ skif として小型軽装帆船を意味する語として入った.これが,現代英語の skiff である.フランス語の equip (艤装する)も関連語だ.
 一方,語頭の [sk] を保った中オランダ語の schip に接尾辞が付加した skipper は,小型船の船長を意味する語として中英語に入り,現在に至る.この語形の接尾辞部分が短縮され,結局は skip ともなり得るので,ここでみごとに三重語が完成である.skipper については,「#2645. オランダ語から借用された馴染みのある英単語」 ([2016-07-24-1]) も参照.
 なお,語根はギリシア語 skaptein (くり抜く)と共通しており,木をくりぬいて作った丸木船のイメージにつながる.

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2017-03-23 Thu

#2887. 連載第3回「なぜ英語は母音を表記するのが苦手なのか?」 [notice][link][vowel][diphthong][consonant][alphabet][writing][grapheme][history][spelling_pronunciation_gap][grammatology][rensai][sobokunagimon]

 3月21日付で,英語史連載企画「現代英語を英語史の視点から考える」の第3回の記事「なぜ英語は母音を表記するのが苦手なのか?」が公開されました.今回は,拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』の第2章「発音と綴字に関する素朴な疑問」で取り上げた話題と関連して,特に「母音の表記の仕方」に注目し,掘り下げて考えています.現代英語の母音(音声)と母音字(綴字)の関係が複雑であることに関して,音韻論や文字史の観点から論じています.この問題の背景には,実に3千年を優に超える歴史物語があるという驚愕の事実を味わってもらえればと思います.
 以下に,第3回の記事と関連する本ブログ内の話題へのリンクを張っておきます.合わせてご参照ください.

 ・ 「#503. 現代英語の綴字は規則的か不規則的か」 ([2010-09-12-1])
 ・ 「#1024. 現代英語の綴字の不規則性あれこれ」 ([2012-02-15-1])
 ・ 「#2405. 綴字と発音の乖離 --- 英語綴字の不規則性の種類と歴史的要因の整理」 ([2015-11-27-1])
 ・ 「#1021. 英語と日本語の音素の種類と数」 ([2012-02-12-1])
 ・ 「#2515. 母音音素と母音文字素の対応表」 ([2016-03-16-1])
 ・ 「#1826. ローマ字は母音の長短を直接示すことができない」 ([2014-04-27-1])
 ・ 「#2092. アルファベットは母音を直接表わすのが苦手」 ([2015-01-18-1])
 ・ 「#1837. ローマ字とギリシア文字の字形の差異」 ([2014-05-08-1])
 ・ 「#423. アルファベットの歴史」 ([2010-06-24-1])
 ・ 「#1849. アルファベットの系統図」 ([2014-05-20-1])

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2017-01-09 Mon

#2814. 母音連続回避と声門閉鎖音 [glottal_stop][phonetics][phonotactics][euphony][vowel][consonant]

 英語は一般に母音連続 (hiatus) を嫌うといわれる.母音連続が起こりそうな場合,それを避けるべく何らかの(半)子音が挿入されることが多い.例えば,前舌高母音が関与するときには [j] が,後舌高母音が関与するときには [w] が渡り音 (glide) として挿入され,seeing [ˈsiːɪŋ] が [ˈsiːjɪŋ] として発音されたり,door [dɔə] が [ˈdɔwə] となったりする.the apple のような場合でも,[ði ˈæpl] に渡り音 [j] が挿入され [ðiˈjæpl] と発音されることが多い(「#906. the の異なる発音」 ([2011-10-20-1]),「#2236. 母音の前の the の発音について再考」 ([2015-06-11-1]) を参照).これらは,調音上自然に現われる渡り音の例である(「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1]) を参照).
 これ以外にも,純粋に調音的な理由によるものとは考えられず,多少なりとも形態音韻論的な要因も関与しているものとして,an apple のような母音の前位置の不定冠詞にみられる n の挿入(歴史的には n の保持というべき)の例や,the idea(r) is . . . のような r の挿入の例も,英語の母音連続回避策の一環とみることができる(「#831. Why "an apple"?」 ([2011-08-06-1]),「#500. intrusive r」 ([2010-09-09-1]) を参照).
 もう1つおもしろい例は,声門閉鎖音 (glottal_stop) [ʔ] の挿入である.声門閉鎖音はともすれば無音と片付けられてしまいそうだが,歴とした子音である.しかし,無音として聞き取られやすいということは,母音間に挿入されて,音の切れ目を標示するのに役立ち得るということでもある.渡り音が流ちょうな発音において母音連続を回避すべく挿入されるのに対して,声門閉鎖音はむしろ丁寧な発音において2つの母音を明確に響かせたい場合に挿入されることが多い.以下の語句は,丁寧な発音における声門閉鎖音の挿入の例である(藤原,p. 35).

 ・ co-operate [cəʊˈʔɒəreɪt]
 ・ geometry [ðɪˈʔɒmətrɪ]
 ・ reaction [rɪˈʔækʃn]
 ・ day after day [ˈdeɪ ʔɑːftə ˈdeɪ]
 ・ law and order [ˈlɔː ʔənd ˈɔːdə]
 ・ better off [ˌbetə ˈʔɒf]

 一見,母音のあいだに「間」を置く戦略のように思えるが,これも [j], [w], [n], [r] の挿入と同じ,立派な「子音」の挿入である.
 母音連続回避の問題と関連して,「#830. sandhi」 ([2011-08-05-1]) も参照.

 ・ 藤原 保明 『言葉をさかのぼる 歴史に閉ざされた英語と日本語の世界』 開拓社,2010年.

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2017-01-05 Thu

#2810. 日本語の音位転換も子音の交替だった [metathesis][japanese][phonetics][consonant]

 昨日の記事「#2809. 英語の音位転換は直接隣り合う2音に限られる」 ([2017-01-04-1]) の後半で,日本語の音位転換 (metathesis) では,母音を挟んで2つの子音が交替することに言及した.実は,これは驚くべき事実である.日本語では,仮名書きすると「ぶんぶくちゃがま」と「ぶんぶくちゃまが」のように,「が」と「ま」がひっくり返っているように見えるので,仮名単位あるいはモーラ単位での交替と記述すればスマートのように思われる.「あらた」と「あたら」,「つごもり」と「つもごり」,「したづつみ」と「したつづみ」でも,2モーラの位置が入れ替わっているとみなすのが単純である.
 しかし,幼児の言い間違えの例として「てがみ」と「てまぎ」,「めがね」と「めなげ」,「たまご」と「たがも」,「おまけ」と「おかめ」などの例を考えると,文字やモーラの入れ替えとして説明することはできない.ローマ字書きすれば明らかだが,karada と kadara,tegami と temagi,megane と menage,tamago と tagamo,omake と okame のように,問題の2モーラについて母音は据え置かれるが,子音が入れ替わっていると考えられる.前段落に挙げた「あらた」と「あたら」などの例では,たまたま2モーラの母音が同一なので,生じている音位転換はモーラ単位での入れ替えと見えるが,実際にはここでも子音が入れ替わっているものと考えておくほうが,理論的一貫性が保てる.「さざんか」 (sazaNka) と「さんざか」 (saNzaka) のように,モーラ単位で考える必要がある例も見受けられるものの,概ね上記の記述は有効だろう.
 その他,様々な例を勘案すると,日本語の音位転換は「3音節以上の語で,2音節以降の隣接する音節間で生じる」ものであり,かつ原則として「子音だけが入れ替わる」ものであることが分かる(藤原,p. 6--7, 9).以上のことは,藤原 (9) が論じたことであり,驚きをもって次のように評している.

 日本語はモーラ言語であり,仮名は音節文字である。それゆえ,子音+母音は緊密に結合した単位として,音位転換の場合にも両音が分離することはないと思われるが,実際にはこの結束は破られ,子音だけが入れ替わる。この事実は分析を行った筆者にとっても大きな驚きであった。
 英語と日本語以外のさまざまな言語の音位転換の例を分析して,個々の言語における原則を引き出し,音節構造と音位転換との関係を調べると,興味深い事実が発掘できそうである。


 ・ 藤原 保明 『言葉をさかのぼる 歴史に閉ざされた英語と日本語の世界』 開拓社,2010年.

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2016-10-17 Mon

#2730. palatalisation [palatalisation][assimilation][consonant][phonetics][oe][vowel]

 古英語期中に生じた子音変化のなかでも,現在にまで効果残っているものに,口蓋化 (palatalisation) がある.これまでにも,以下の記事を含め,様々な形でこの音韻過程について触れてきた.

 ・ 「#49. /k/ の口蓋化で生じたペア」 ([2009-06-16-1])
 ・ 「#168. <c> と <g> の音価」 ([2009-10-12-1])
 ・ 「#2015. seekbeseech の語尾子音」 ([2014-11-02-1])
 ・ 「#2054. seekbeseech の語尾子音 (2)」 ([2014-12-11-1])
 ・ 「#2367. 古英語の <c> から中英語の <k> へ」 ([2015-10-20-1])

 英語の姉妹言語である Frisian にも認められる音韻過程であり(「#787. Frisian」 ([2011-06-23-1]) ,それが生じた時期は,英語史においても相応して古い段階のことと考えられている.具体的には,4--5世紀に始まり,11世紀まで進行したといわれる.
 起こったことは,軟口蓋閉鎖音 [k], [gg], [g] 音が口蓋前寄りでの調音となり,かつ前者2つについては擦音化したことである.典型的に古英語で <c> で綴られた [k] は,[i, iː, e, eː, æ, æː, ie, iːe, eo, eːo, io, iːo, ea, eːa] のような前母音(を含む2重母音)の前後の位置で,無声口蓋閉鎖音 [c] となり,後に [ʧ] へと発展した.これにより,例えば ċiriċe [ˈcirice] は [ˈʧiriʧe] へ,ċeosan [ˈceozɑn] は [ˈʧeozɑn] へ,benċ [benc] は [benʧ] へと変化した.
 [gg] については [k] と同じ環境で,有声口蓋閉鎖音の [ɟɟ] となり,後に擦音化して [ʤ] となった.これにより,brycg [bryɟɟ] は [bryʤ] へ,secg [seɟɟ] は [seʤ] へ, licgan [ˈliɟɟɑn] は [ˈliʤɑn] へと変化した.
 [g] の場合も同様の条件で口蓋化して [j] となったが,これは擦音化しなかった.例として,ġift [gift] は [jift] へ, ġeong [geoŋg] は [jeoŋg] へ変化した.
 これらの音韻過程の効果は,現代英語の多くの単語に継承されている.以上,寺澤・川崎 (4, 6) を参照した.

 ・ 寺澤 芳雄,川崎 潔 編 『英語史総合年表−英語史・英語学史・英米文学史・外面史−』 研究社,1993年.

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2016-10-06 Thu

#2719. autophagy [etymology][greek][onomatopoeia][combining_form][consonant]

 一昨日,東京工業大学の大隅良典栄誉教授によるノーベル医学生理学賞受賞が報じられた.日本人科学者による3年連続のノーベル賞受賞は,すばらしい.大隅教授は,autophagy (細胞自食作用;同一細胞内で酵素が他の成分を消化する作用)の研究で受賞したということだが,私にはその内容はさっぱりである(オートファジーと聞いて,ファジー理論 (fuzzy theory) か何かかと思ったほどの音痴である.だが,このように理解していた人は結構いたと一昨日の新聞で読んだ).今回は,このギリシア語要素からなる複合語,特に第2要素 phagy について語源をひもとく.
 まず,この複合語の第1要素はギリシア語 autós "self" に由来する連結形 (combining_form) である.「自分,自己;独自」の意味をもち,autobiography, autocracy, autograph, automatic, automaton, automobile, autonomy などの複合語を英語語彙に提供している.第2要素の -phagyは,ギリシア語の動詞 phageîn "to eat" に対応する名詞 -phagía に遡り,「常食」を意味する連結形である.したがって,autophagy とは,文字通り "self-eating" (自食)と理解できる.
 ギリシア語 phageîn の語根は,印欧祖語の *bhag- (to share out) に遡り,「分配する,割り当てる」ほどが原義らしい.食料の分配という関連からか,「食べる」の語義がすでに Sanskrit でも発達していた.Sanskrit に由来する pagoda (仏塔,パゴダ)にこの語幹が含まれている.ここでは,「分配」から「豊穣」を経て,神性と結びついたものらしい.サンスクリット語からタミル語,ポルトガル語を経て,17世紀に英語に入った.
 -phagy や,同語根の -phage, phago-, -phagous をもつ英単語は少なくない.「食い尽くす」や「破壊する」の比喩的意味を発展させて,anthropophagy (食人習慣), entomophagy (食虫習慣), geophagy (土食習慣), coprophagy (糞食); bacteriophage (バクテリオファージ,細菌ウィルス), bibliophage (読書狂), macrophage (大食細胞), microphage (小食細胞), xylophage (食材性生物); phagocyte (食細胞), phagology (食学), phagophobia (恐食症)などの語が生み出されている.ほかに,ペルシア語から入った baksheesh, buckshee(心付け,わいろ)も,同語根に遡る.
 さて,印欧祖語の語根 *bhag- やギリシア語 phageîn を眺めていると,日本語の「パクパク」「バクバク」「モグモグ」の子音が思い出される.食べるという動作では唇,歯,舌,喉すべての連係が必須であり,その往復運動が両端の器官による調音で代表されているかのようである.一種の擬音語・擬態語 (onomatopoeia) に基づく語形成と考えることは的外れではないように思われるが,どうだろうか.

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2016-08-24 Wed

#2676. 古英詩の頭韻 [alliteration][oe][consonant][stress][prosody][germanic]

 英語には,主に語頭の子音を合わせて調子を作り出す頭韻 (alliteration) の伝統がある.本ブログでは,「#943. 頭韻の歴史と役割」 ([2011-11-26-1]) をはじめ,alliteration の各記事で,主に現代英語に残る頭韻の現象を扱ってきた.
 しかし,英語史で「頭韻」といえば,なによりも古英詩における韻律規則としての頭韻が思い出される.頭韻は,古英語のみならず,古アイスランド語,古サクソン語,古高地ドイツ語などゲルマン諸語の韻文を特徴づける韻律上の手段であり,ラテン語・ロマンス諸語の脚韻 (rhyme) と際立った対比をなす.すぐれてゲルマン的なこの韻律手段について,古英詩においていかに使用されたかを,Baker (124--26) に拠って概説したい.
 古英詩の1行 (line) は2つの半行 (verse) からなっており,前半行を on-verse (or a-verse),後半行を off-verse (or b-verse) と呼ぶ.その間には統語上の行間休止 (caesura) が挟まっており,現代の印刷では長めの空白で表わされるのが慣例である.各半行には2つの強勢音節(それぞれを lift と呼ぶ)が含まれており,その周囲には弱音節 (drop) が配置される.このように構成される詩行において,on-verse の2つの lifts の片方あるいは両方の語頭音と,off-verse の最初の lift の語頭音は,同じものとなる.これが古英詩の頭韻である.
 頭韻の基本は語頭子音によるものだが,実際には語頭母音によるものもある.母音による頭韻では母音の音価は問わないので,例えば ei でも押韻できる.また,子音による頭韻については,sc, sp, st の子音群に限って,その子音群自身と押韻しなければならず,例えば stānsāriġ は押韻できない (see 「#2080. /sp/, /st/, /sk/ 子音群の特異性」 ([2015-01-06-1])) .一方,gġcċ は音価こそ異なれ,通常,互いに韻を踏むことができる.
 頭韻が行に配置されるパターンには,いくつかのヴァリエーションがある.基本は以下の3種類である.

 ・ xa|ay: þæt biþ in eorle   indryhten þēaw
 ・ ax|ay: þæt hē his ferðlocan   fæste binde.
 ・ aa|ax: ne se hrēo hyġe   helpe ġefremman

 時々,以下のような ab|ab の型 (transverse alliteration) や ab|ba の型 (crossed alliteration) も見られるが,特別に修辞的な響きをもっていたと考えられる.

 ・ ab|ab: Þær æt hȳðe stōd   hringedestefna
 ・ ab|ba: brūnfāgne helm,   hringde byrnan

 古英語頭韻詩の詩行は,上記の構造を基本として,その上で様々な細則に沿って構成されている.関連して,「#1897. "futhorc" の acrostic」 ([2014-07-07-1]),「#1560. Chaucer における頭韻の伝統」 ([2013-08-04-1]) も参照.

 ・ Baker, Peter S. Introduction to Old English. 3rd ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2012.

Referrer (Inside): [2016-08-25-1]

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2016-03-19 Sat

#2518. 子音字の黙字 [silent_letter][phoneme][grapheme][spelling_pronunciation_gap][spelling][consonant][phonology][orthography][digraph][statistics][haplology][spelling_pronunciation]

 磯部 (118) の調べによると,現代英語の正書法において子音字が黙字 (silent_letter) を含む語形は,派生語や屈折形を含めて420語あるという.子音字別に内訳を示すと以下の通り.<b> (24 words), <c> (11), <ch> (4), <d> (17), <f> (2), <g> (41), <gh> (41), <h> (57), <k> (11), <l> (67), <m> (1), <n> (14), <s> (22), <p> (31), <ph> (2), <r> (1), <t> (37), <th> (2), <w> (33), <x> (2) .磯部論文では,これらの具体例がひたすら挙げられており,壮観である.以下,読んでいておもしろかった点,意外だった例などを独断と偏見で抜き出し,紹介したい.

 (1) 語末の <mb> で <b> が黙字となる例は「#34. thumb の綴りと発音」 ([2009-06-01-1]), 「#724 thumb の綴りと発音 (2)」 ([2011-04-21-1]), 「#1290. 黙字と黙字をもたらした音韻消失等の一覧」 ([2012-11-07-1]),「#1917. numb」 ([2014-07-27-1]) などで挙げてきたが,もう少し例を追加できる.古英語や中英語で <b> (= /b/) はなかったが,後に <b> が挿入されたものとして limb, crumb, numb, thumb がある.一方,かつては実現されていた <b> = /b/ が後に無音化した例として,climb, bomb, lamb, comb, dumb, plumb, succumb がある.<mb> の組み合わせでも,rhomb (菱形), zimb (アブの一種), iamb (弱強格)などの専門用語では <b> が発音されることもある.
 (2) 「#2362. haplology」 ([2015-10-15-1]) の他の例として,mineralogy < mineralology, pacifism < pacificism, stipend < stipi-pendium, tragicomedy < tragic comedy がある.
 (3) perhaps はくだけた発音では /præps/ となり,<h> は黙字となる.
 (4) iron において,アメリカ英語では <r> は発音されるが,イギリス英語では <r> が無音の /ˈaɪən/ となる.
 (5) kiln は綴字発音 (spelling_pronunciation) の /kɪln/ が普通だが,中英語期に <n> が無音となった歴史的な発音 /kɪl/ もある.同様に Milne も /mɪln/ が普通だが,Jones の発音辞典 (1967) では /mɪl/ のみが認められていたというから,綴字発音はつい最近のことのようだ.
 (6) Christmas は注意深い発音では /ˈkrɪstməs/ となり <t> は黙字とならない.このような子音に挟まれた環境では,歴史的に <t> は無音となるのが通常だった (see 「#379. oftenspelling pronunciation」 ([2010-05-11-1])) .
 (7) 航海用語としての southeast, northeast では <th> は無音となる./saʊ ˈiːst/, /nɔːr ˈiːst/ .

 この論文を熟読すると,君も黙字のプロになれる!

 ・ 磯部 薫 「Silent Consonant Letter の分析―特に英語史の観点から見た場合を中心として―」『福岡大学人文論叢』第5巻第1号, 1973年.117--45頁.

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2016-03-17 Thu

#2516. 子音音素と子音文字素の対応表 [phoneme][grapheme][spelling_pronunciation_gap][spelling][consonant][phonology][orthography][digraph][statistics]

 昨日の記事「#2515. 母音音素と母音文字素の対応表」 ([2016-03-16-1]) に引き続き,磯部 (19--21) を参照して,子音(字)の対応表を掲げる.

 consonantal phonemeconsonantal grapheme の例種類
1/p/p, gh, pp, ph, pe5
2/b/b, bh, bb, pb, be5
3/t/t, th, pt, ct, ed, tt, bt7
4/d/d, bd, dh, dd, ed, ddh6
5/k/k, c, kh, ch, que, qu, cque, cqu, q, cch, cc, ck, che, ke, x, gh, cu17
6/q/g, gu, gh, gg, gue5
7/ʧ/ch, tch, t, c, cz, te, ti7
8/ʤ/j, g, dg, gi, ge, dj, g, di, d, dge, gg, ch12
9/f/f, ph, gh, ff, v, pph, u, fe8
10/v/v, f, ph, vv, v5
11/θ/th1
12/ð/th1
13/s/s, sci, c, sch, ce, ps, ss, sw, se9
14/z/z, se, x, ss, cz, zz, sc7
15/ʃ/sh, shi, sch, s, si, ss, ssi, ti, ch, ci, ce, sci, chsi, se, c, psh, t17
16/ʒ/s, z, si, zi, ti, ge6
17/h/h, wh, x3
18/m/m, mb, mn, mm, mpd, gm, me7
19/n/n, mn, ne, pn, kn, gn, nn, mpt, ln, dn10
20/ŋ/ng, n, ngue, nd, ngh5
21/l/l, ll, le3
22/r/r, rh, rrh, rr, wr5
23/j/y, j, i, ll4
24/w/w, o, ou, u4
 合計 159


 数で見ると,24種類の音素に対して計159種類の文字素(digraph 等を含む)が対応している.平均して1音素を表すのに6.625個の文字素が使用されうるということになる.
 昨日取り上げた母音と今日の子音とを合算すると,44種類の音素に対して計400個の文字素(digraph 等を含む)が認められることになり,平均して1音素を表すのに9.09個の文字素が使用されうるということになる.
 発音と綴字の組み合わせが多様化してきた歴史的要因については「#2405. 綴字と発音の乖離 --- 英語綴字の不規則性の種類と歴史的要因の整理」 ([2015-11-27-1]) で触れた通りだが,それにしてもよくここまで複雑化してきたものだ.

 ・ 磯部 薫 「現代英語の単語の spelling と sound のdiscrepancy について―特に英語史の観点から見た orthography と phonology の関係について―」『福岡大学人文論叢』第8巻第1号, 1976年.49--75頁.

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2016-02-28 Sun

#2498. yogh の文字 [grammatology][grapheme][alphabet][consonant][g][yogh][terminology][paleography]

 中英語で yogh /joʊk, jɔux/ と呼ばれる <ȝ> の文字が用いられていたことについては,「#1914. <g> の仲間たち」 ([2014-07-24-1]) で取り上げた.現代英語の <g> の文字の周辺に関わる事情は歴史的には複雑だが,今回は yogh の文字に的を絞って考えてみたい.
 まず重要なことは,<ȝ> は基本的には中英語において用いられた文字素 (grapheme) に対する呼称であるということだ.古英語でも,字形としてはさして変わらない文字が用いられていたのだが,それを指して yogh と称することはない.古英語のそれは,あくまで <g> (精確にいえば flat-headed g)と呼ぶべきである.
 この事情をもう少し説明しよう.現代英語の <g> に相当する古英語の文字は,half-uncial 書体からアイルランド書体を経由して伝わった <<Ӡ>> の字形 (flat-headed g) をもっており,対応する音素は [g, j, ɣ] であった.ノルマン征服を経て中英語期に入ると,Anglo-French の綴字習慣の影響のもとで,<g> がさらに /ʤ/ の音価にも対応するようになり,文字素 <g> の機能負荷は高まった.一方,現代英語につらなる round-headed g は,ローマ草書体に由来し,それを受けたカロリンガ書体がノルマン征服後に輸入されることにより,英語の書記においても定着していた.そこで,<g> の機能過多を解消するという動機づけもあったのだろう,本来異なる書体に属する新参の round-headed g (<<g>>) と古参の flat-headed g (<<Ӡ>>) が,機能分化することになったのである.前者はフランス語にならって [g, ʤ] の音価に対応し,後者は古英語由来の摩擦音 [j, x, ɣ] を表わすようになった.ところで,後者は前述のように元来は flat-headed であったが,これも頭が丸い字形へ進化し,中英語までには「3」に似た <<ȝ>> になっていた.起源としては古英語に遡る,この頭の丸まった中英語の文字を指して yogh と呼ぶのである.このようにして,<g> と <ȝ> とは,中英語期の間,役割の異なる2つの文字素として,それぞれの務めを果たした.
 しかし,やがて <ȝ> は,それが表わしていた音化 [j], [x], [ɣ] が各々 <y>, <gh>, <w> で綴られるようになるに及び,衰退していった.現代英語の文字素 <g> の周辺をまとめれば,古英語で1種類だったものが,中英語で2種類に分化したが,その後再び1種類に戻って,今に至るということである.
 以上,田中 (128--30) を参照して執筆した.この話題に関連して「#447. Dalziel, MacKenzie, Menzies の <z>」 ([2010-07-18-1]),「#1651. jg」 ([2013-11-03-1]),「#1824. <C> と <G> の分化」 ([2014-04-25-1]) も参照.

 ・ 田中 美輝夫 『英語アルファベット発達史 ―文字と音価―』 開文社,1970年.

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2015-12-15 Tue

#2423. digraph の問題 (1) [alphabet][grammatology][writing][digraph][spelling][grapheme][terminology][orthography][final_e][vowel][consonant][diphthong][phoneme][diacritical_mark][punctuation]

 現代英語には <ai>, <ea>, <ie>, <oo>, <ou>, <ch>, <gh>, <ph>, <qu>, <sh>, <th>, <wh> 等々,2文字素で1単位となって特定の音素を表わす二重字 (digraph) が存在する.「#2049. <sh> とその異綴字の歴史」 ([2014-12-06-1]),「#2418. ギリシア・ラテン借用語における <oe>」 ([2015-12-10-1]),「#2419. ギリシア・ラテン借用語における <ae>」 ([2015-12-11-1]) ほかの記事で取り上げてきたが,今回はこのような digraph の問題について論じたい.beautiful における <eau> などの三重字 (trigraph) やそれ以上の組み合わせもあり得るが,ここで述べる digraph の議論は trigraph などにも当てはまるはずである.
 そもそも,ラテン語のために,さらに遡ればギリシア語やセム系の言語のために発達してきた alphabet が,それらとは音韻的にも大きく異なる言語である英語に,そのままうまく適用されるということは,ありようもない.ローマン・アルファベットを初めて受け入れた古英語時代より,音素の数と文字の数は一致しなかったのである.音素のほうが多かったので,それを区別して文字で表記しようとすれば,どうしても複数文字を組み合わせて1つの音素に対応させるというような便法も必要となる.例えば /æːa/, /ʤ/, /ʃ/ は各々 <ea>, <cg>, <sc> と digraph で表記された (see 「#17. 注意すべき古英語の綴りと発音」 ([2009-05-15-1])) .つまり,英語がローマン・アルファベットで書き表されることになった最初の段階から,digraph のような文字の組み合わせが生じることは,半ば不可避だったと考えられる.英語アルファベットは,この当初からの問題を引き継ぎつつ,多様な改変を加えられながら中英語,近代英語,現代英語へと発展していった.
 次に "digraph" という用語についてである.この呼称はどちらかといえば文字素が2つ組み合わさったという形式的な側面に焦点が当てられているが,2つで1つの音素に対応するという機能的な側面を強調する場合,"compound grapheme" (Robert 14) という用語が適切だろう.Robert (14) の説明に耳を傾けよう.

We term ai in French faire or th in English thither, compound graphemes, because they function as units in representing single phonemes, but are further divisible into units (a, i, t, h) which are significant within their respective graphemic systems.


 compound grapheme (複合文字素)は連続した2文字である必要もなく,"[d]iscontinuous compound grapheme" (不連続複合文字素)もありうる.現代英語の「#1289. magic <e>」 ([2012-11-06-1]) がその例であり,<name> や <site> において,<a .. e> と <i .. e> の不連続な組み合わせにより2重母音音素 /eɪ/ と /aɪ/ が表わされている.
 複合文字素の正書法上の問題は,次の点にある.Robert も上の引用で示唆しているように,<th> という複合文字素は,単一文字素 <t> と <h> の組み合わさった体裁をしていながら,単一文字素に相当する機能を果たしているという事実がある.<t> も <h> も単体で文字素として特定の1音素を表わす機能を有するが,それと同時に,合体した場合には,予想される2音素ではなく新しい別の1音素にも対応するのだ.この指摘は,複合文字素の問題というよりは,それの定義そのもののように聞こえるかもしれない.しかし,ここで強調したいのは,文字列が横一列にフラットに表記される現行の英語書記においては,<th> という文字列を見たときに,(1) 2つの単一文字素 <t>, <h> が個別の資格でこの順に並んだものなのか,あるいは (2) 1つの複合文字素 <th> が現われているのか,すぐに判断できないということだ.(1) と (2) は文字素論上のレベルが異なっており,何らかの書き分けがあってもよさそうなものだが,いずれもフラットに th と表記される.例えば,<catham> と <catholic> において,同じ見栄えの <th> でも前者は (1),後者は (2) として機能している.(*)<cat-ham>, *<ca(th)olic> などと,丁寧に区別する正書法があってもよさそうだが,一般的には行われていない.これを難なく読み分けられる読み手は,文字素論的な判断を下す前に,形態素の区切りがどこであるかという判断,あるいは語としての認知を先に済ませているのである.言い換えれば,英語式の複合文字素の使用は,部分的であれ,綴字に表形態素性が備わっていることの証左である.
 この「複合文字素の問題」はそれほど頻繁に生じるわけでもなく,現実的にはたいして大きな問題ではないかもしれない.しかし,体裁は同じ <th> に見えながらも,2つの異なるレベルで機能している可能性があるということは,文字素論上留意すべき点であることは認めなければならない.機能的にレベルの異なるものが,形式上区別なしにフラットに並べられ得るという点が重要である.

 ・ Hall, Robert A., Jr. "A Theory of Graphemics." Acta Linguistica 8 (1960): 13--20.

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