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centralisation - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2020-07-06 09:56

2020-06-16 Tue

#4068. 初期近代英語の -ir, -er, -ur の融合の音声学的メカニズム [rhotic][r][vowel][sound_change][emode][phonetics][centralisation][merger][assimilation]

 標記の音変化は,本ブログでもすでに扱ったように「#3507. NURSE Merger」 ([2018-12-03-1]) と呼ばれている.その音声学的メカニズムについて Minkova (277--78) の解説を聞いてみよう.

A coda /-r/ is a neutralising environment. For the short vowels neutralisation of [ɪ], [ʊ], [ɛ] results in merger into the featurally neutral schwa outcome. The phonetic rationale behind this is the coarticulation of the short vowel + /-r/ which affects both segments: it lowers and centralises the vowel, while the adjacent sonorant coda becomes more schwa-like; its further weakening can eliminate the consonantal cues, leading to complete loss of the consonantal properties of /r/. The difficulty of perceiving the distinctive features of pre-/r/ vowels is attributed to the acoustic similarity of the first two formants of [ɹ], [ɻ], and [ə 〜 ɨ] . . . .


 音節末 (coda) の /r/ は,直前の母音を中舌化(いわゆる曖昧母音化)させ,それにより /r/ 自身も子音的性質を減じて中舌母音に近づく.結果として,/r/ は子音性を完全に失うことになり,直前の短母音と合流して対応する長母音となる,という顛末だ.本来は固有の音声的性質を保持していた2音が,相互に同化 (assimilation) し,ついには弛緩しきった [əː] へと終結したという,何だか哀れなような,だらしないような結果だが,これが英単語の語末には溢れているのだから仕方ない.
 関連して,「#2274. heart の綴字と発音」 ([2015-07-19-1]) の記事もどうぞ.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2020-05-27 Wed

#4048. much, shut, such, trust の母音と中英語方言学 [vowel][me_dialect][dialectology][centralisation]

 中英語方言学では,よく知られた母音の変異がある.古英語ウェストサクソン方言で <y> と綴られた母音(古英語初期では [y(ː)],後期では [i(ː)] とされる)の中英語での対応形が,典型的に北部・東部方言では <i> = [i(ː)] として,中西部方言では <u> = [y(ː)] として,南東部方言では <e> = [e(ː)] として現われるというものである.これについては,以下の記事で話題にしてきた.

 ・ 「#562. busy の綴字と発音」 ([2010-11-10-1])
 ・ 「#563. Chaucer の merry」 ([2010-11-11-1])
 ・ 「#570. bury の母音の方言分布」 ([2010-11-18-1])
 ・ 「#1341. 中英語方言を区分する8つの弁別的な形態」 ([2012-12-28-1])
 ・ 「#1434. left および hemlock は Kentish 方言形か」 ([2013-03-31-1])

 この母音変異は,中英語方言を大きく3区分してくれる分かりやすい指標として重宝されてきたが,中西部における <u> = [y(ː)] (特に短母音)については,関係する語群のすべてが,その伝統的な区分法できれいに説明できるわけではないということが指摘されている.Lass and Laing の研究を参照した Minkova (194--95) によれば,中西部の <u> = [y] は必ずしも水を漏らさぬ公式というわけではないようだ.
 中西部方言の [y] は,従来の解釈によれば,やがて非円唇化して北部・東部方言と同様に [i] へ発達したとされる.しかし,実際には非円唇化せず,むしろ後舌化して [u] となったとおぼしき語が一定数観察される.この後舌化した [u] は,さらに後の近代英語期に中舌化を経て現代標準英語の [ʌ] になったため,現代標準英語の <u> = [ʌ] の対応で考えると分かりやすい.具体的にいえば,blush, church, churn, clutch, crutch, cudgel, dung, furze, hurdle, much, shut, shuttle, such, sundry, thrush, thud, trust 等である.これらの語における [ʌ] 音は,古英語や中英語の中西部方言の [y] を入力とし,おそらく中英語期中に後舌化して [u] となったものが,さらに近代英語期に中舌化したものと考えるほかない.
 ただし,上で想定されている中英語期の後舌化は短母音 [y] に起こりこそすれ,原則として長母音 [y(ː)] には起こっていないのである.少なくとも中英語から近現代英語にかけて予想される [yː] → [uː] → [əʊ] の発達を示す語は存在しない.
 標題の語はいずれも日常語だが,歴史的には謎の多い方言に由来する謎の母音を含んでいるのである.
 母音の中舌化については,「#1297. does, done の母音」 ([2012-11-14-1]) と「#1866. putbut の母音」 ([2014-06-06-1]) の記事を参照.

 ・ Lass, Roger and Margaret Laing. "Are Front Rounded Vowels Retained in West Midlands Middle English?" Rethinking Middle English: Linguistic and Literary Approaches. Ed. Nikolaus Ritt and Herbert Schendl. Frankfurt am Main: Peter Lang, 2005. 280--90.
 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

Referrer (Inside): [2020-05-30-1]

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2020-02-11 Tue

#3942. 印欧祖語からゲルマン祖語への主要な母音変化 [vowel][indo-european][germanic][sound_change][centralisation]

 標題は,印欧祖語の形態から英単語の語源を導こうとする上で重要な知識である.上級者は,語源辞書や OED の語源欄を読む上で,これを知っているだけでも有用.Minkova (68--69) より.

a──┐ PIE *al- 'grow', Lat. aliment, Gmc *alda 'old'
   ├──a 
o──┘ PIE *ghos-ti- 'guest', Lat. hostis, Goth. gasts
    
ā──┐ PIE *māter, Lat. māter, OE mōder 'mother'
   ├──ō 
ō──┘ PIE *plōrare 'weep', OE flōd 'flood'
    
i──┐ PIE *tit/kit 'tickle', Lat. titillate, ME kittle
   ├──i 
e──┘ Lat. ventus, OE wind 'wind', Lat. sedeo, Gmc *sitjan 'sit'


 たとえば,印欧祖語で *māter "mother" は ā の長母音をもっていたが,これがゲルマン祖語までに ō に化けていることに注意.実際,古英語でも mōdor として現われている.この長母音が後に o へと短化し,さらに一段上がって u となり,最終的に中舌化するに至って現代の /ʌ/ にたどりついた.英語の母音は,5,6千年の昔から,概ね規則正しく変化し続けて現行のものになっているのである.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2018-12-03 Mon

#3507. NURSE Merger [sound_change][phonetics][centralisation][vowel][merger][ame_bre]

 herd, heard, stir, word, nurse, myrrh などの <Vr> の綴字をもつ単語において,対応する音はいずれも /əː(r)/ となる.発音と綴字の関係が「1対多」となり英語学習においては厄介な現象なのだが,これは近代英語期に生じた NURSE Merger (中舌化 (centralisation) とも)という音変化の結果である.初期近代英語期までは,これらの語はおよそ綴字に示される通りの母音をもっており,発音上互いに区別されていた.ところが,後に融合 (merger) が生じ,すべて同一音に帰してしまった.一方,綴字はかつての母音に対応したまま固定してしまったのである.
 この融合が始まった時期は,/ɪr/, /ɛr/, /ʌr/ の各々によっても方言によっても異なっていた./ɪr/, /ɛr/ については15世紀初めから北部方言,続いて東部方言で始まっており,16世紀初めにはロンドンの俗語にもみられた.標準英語では16世紀半ばから始まっていたようだ.一方,/ʌr/ の融合は遅れて17世紀半ばから始まり,個人によっては18世紀まで区別を保った者もあった(Shakespeare は区別していた).全体としていえば,標準英語における3者の融合は18世紀末までに完了していたとみてよいだろう(中尾,p. 304--07).
 なお,/ɛr/ については,中英語期に下げを経た /ar/ との間で揺れがみられ,その揺れが現在まで受け継がれた結果として,clerk のイギリス発音 /ˈklɑ:k/ とアメリカ発音 /ˈklə:rk/ などの差が生まれている(他の例として Derby, Berkeley, sergeant, person/parson, vermin/varmin(t), university/varsity なども).これについては「#211. spelling pronunciation」 ([2009-11-24-1]),「#1343. 英語の英米差を整理(主として発音と語彙)」 ([2012-12-30-1]),「#2274. heart の綴字と発音」 ([2015-07-19-1]) の記事を参照.
 NURSE Merger について,伝統方言ではこれが生じておらず,いまだ初期近代英語期の母音の区別が保たれているケースも多いことを付け加えておこう.たとえばスコットランド英語では stirred /stɪrd/, heard /hɛrd/, word /wʌrd/ などの発音が健在である (Gramley 381) .グラスゴーに留学していた私は「綴字通りの発音でわかりやすい!」と感動したものである.共時的にはスコットランド英語が綴字発音 (spelling_pronunciation) を採用しているかのようにみえるが,歴史的にはスコットランド英語が古音を保持しているにすぎない.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.
 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.

Referrer (Inside): [2020-06-16-1]

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2015-01-02 Fri

#2076. us の発音の歴史 [personal_pronoun][phonetics][centralisation][verners_law][compensatory_lengthening]

 現代英語の1人称複数代名詞目的格の形態は us である.発音は,LDP によると強形が /ʌs, §ʌz/,弱形が /əs, §əz/ である(語尾子音に /z/ を示すものは "BrE non-RP").古英語では長母音をもつ ūs であり,この長母音が後に短化し,続けて中舌化 (centralisation) したものが,現代の強形であり,さらに曖昧母音化したものが現代の弱形である.と,これまでは単純に考えていた.この発展の軌跡は大筋としては間違っていないと思われるが,直線的にとらえすぎている可能性があると気づいた.
 人称代名詞のような語類は,機能上,常に強い形と弱い形を持ち合わせてきた.通常の文脈では旧情報を担う語として無強勢だが,ときに単体で用いられたり対比的に使われるなど強調される機会もあるからだ.強形から新しい弱形が生まれることもあれば,弱形から新しい強形が作り出されることもあり,そのたびに若干異なる音形が誕生してきた.例えば「#1198. icI」 ([2012-08-07-1]) の記事でみたように,古英語の1人称単数代名詞主格形態 ic が後に I へ発展したのも,子音脱落とそれに続く代償延長 (compensatory_lengthening) の結果ではなく,機能語にしばしば見られる強形と弱形との競合を反映している可能性が高い.この仮説については,岩崎 (66) も「OE iċ は,ME になって,stress を受けない場合に /ʧ/ が脱落して /i/ となり,この弱形から強形の /íː/ が生じたと考えられる」との見解を示している.
 岩崎 (67) は続けて1人称複数代名詞対格・与格形態の発音にも言い及んでいる.古英語 ūs がいかにして現代英語の us の発音へと発達したかについて,icI と平行的な考え方を提示している.

OE ūs は,ME になって強形 /ús/ が生じ,これが Mod E /ʌ́/ になったものであろう。ME /uːs/ は,正常な音変化を辿れば,Great Vowel Shift によって /áus/ になはずのものである。事実,ME /üːr/ は ModE /áuə/ となっている。


 まず /uːs/ から短母音化した弱形 us が生じ,そこから曖昧母音化した次なる弱形 /əs/ が生まれた.ここで短母音化した us はおそらく弱形として現われたのだから強勢をおびていないはずであり,そのままでは通常の音変化のルートに乗って /ʌs/ へ発展することはないはずである.というのは,/u/ > /ʌ/ の中舌化は強勢を有する場合にのみ生じたからである.逆にいえば,現代英語の /ʌs/ を得るためには,そのための入力として強勢をもつ /ús/ が先行していなければならない.それは,弱化しきった /əs/ 辺りの形態から改めて強化したものと考えるのが妥当だろう.
 したがって,古英語 ūs から現代英語の強形 /əs/ への発展は,直線的なものではなく多少の紆余曲折を経たものと考えたい.なお,現代英語の非標準形 /ʌz, əz/ は有声子音 /z/ を示すが,この有声化も音声的な弱化の現れだろう (cf. 「#858. Verner's Law と子音の有声化」 ([2011-09-02-1])) .
 OED に挙げられている us の異形態一覧を眺めれば,強形,弱形,様々な形態が英語史上に行われてきたことがよく理解できる.

α. OE-16 vs, OE- us, eME uss (Ormulum), ME oos, ME os, ME ows, ME vsse, ME vus, ME ws, ME wus, ME-15 ous, 16 vss; Eng. regional 18 as (Yorks.), 18 ehz (Yorks.), 18 ust (Norfolk), 18- az (Yorks.), 18- es (chiefly south-west.), 18- ess (Devon), 18- ez (Yorks. and south-west.), 18- uz (chiefly north. and north midl.), 19 is (north-east.), 19 ous (Yorks.); Sc. pre-17 os, pre-17 us, pre-17 uss, pre-17 usz, pre-17 vs, pre-17 ws, pre-17 wsz, pre-17 17 ous, 17 ows, 18 wes (Orkney), 18 wez (Orkney), 18 wus (Orkney), 18- 'is, 18- iz, 18- wis (Shetland), 18- wiz (Shetland), 19- is, 19- 'iz, 19- oos, 19- uz; Irish English 17 yus (north.), 18 ouse (Wexford), 18- iz (north.); N.E.D. (1926) also records a form 18 ous (regional).

β. eME hous, ME hus, ME husse, ME hvse, ME hws, 15 huse; Eng. regional 18- hess (Devon), 18- hiz (Cumberland), 18- hus (Northumberland), 18- huz (north. and midl.); Sc. 15 18- his, 17-18 hus, 18 hooz (south.), 18 huzz, 18- hiz, 18- huss, 18- huz, 19- hes, 19- hez; Irish English (north.) 18- hiz, 19- his, 19- hus, 19- huz.

γ. Enclitic (chiefly in let's: cf. LET v.1 14a) 15- -s (now regional and nonstandard), 16- -'s, 18- -'z (chiefly Sc.), 19- -z (chiefly Sc.).



 ・ 岩崎 春雄 『英語史』第3版,慶應義塾大学通信教育部,2013年.

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2014-06-06 Fri

#1866. putbut の母音 [vowel][pronunciation][scots_english][centralisation]

 中尾 (299--301) によれば,[ʊ] > [ʌ] の過程は,早くは15世紀初めから始まり,17世紀半ばには確立した.地域的には Wash の南側に限られ,以北では生じていない(「#1297. does, done の母音」 ([2012-11-14-1]) の方言地図を参照).この過程が阻止されたのは,(1) [uː] > [ʊ] の過程が遅れた語彙項目 (ex. stood, foot, good) ,または (2) 唇音 [w, p, b, f] が先行している語彙項目 (ex. wolf, put, bush, full) においてである.しかし,(2) については,17世紀においてもなお [ʊ] 〜 [ʌ] の揺れが激しく,いずれか一方へと固定しなかった語彙項目も多い.したがって,長引く揺れと遅れた固定化により,音声環境としてはほぼ同一である putbut が異なる母音を示す結果となったと考えられる.put vs but のように非中舌母音と中舌母音の食い違いペアを以下に挙げよう(中尾,p. 301).

 ・ [wʊ]: wool, wolf, wood, woman, worsted, Worcester, Woolwich, Wolseley, Wolsey, Wolstan, Wolverley
 ・ [wʌ]: won, wonder, worry

 ・ [pʊ]: pull, push, put, pulpit, pullet, pudding, puss, pulley, Pulborough, Pulman
 ・ [pʌ]: puttee, pulse Puck pug, pun, puff, pulp, punish, impulse, pulmonary

 ・ [bʊ]: bull, bush, bullet, bushel, bullock, bullion, butcher, ambush, bully, bulwark, bulrush, bullace, bulletin, Bulwer, Boleyn, Bolingbroke
 ・ [bʌ]: bulb, but, bus, butter, bulk, buffet, bud, budget

 ・ [fʊ]: full, Fulham, Fulton, fulsome
 ・ [fʌ]: fulminate, fulgent, fulvous, fun, vulture


 put の中舌化については,こぼれ話がある.後期古英語に初出する put の原義は「押す,突く,刺す,打つ」であり,そこから意味が派生して「置く」となったが,ずっと遅れて18世紀になるとスコットランド方言でゴルフ用語としての「パット(軽打)」がまず名詞として現われ,続く19世紀に動詞が現われた.put からの変形とされるが,綴字は <putt> (異綴りで <put> もあり)となり,発音は中舌化した /pʌt/ を示すというのがおもしろい.スコットランドでは上述の中舌化の過程は生じていないので,/pʌt/ の中舌母音は自然発達ではなく,意識的ななにがしかの変形だろう.
 関連して,「#547. <oo> の綴字に対応する3種類の発音」 ([2010-10-26-1]),「#1353. 後舌高母音の長短」 ([2013-01-09-1]) も参照.なお,「#1022. 英語の各音素の生起頻度」 ([2012-02-13-1]) で確認されるように,/ʊ/ は現代標準英語では,最も生起頻度の低い短母音音素である.

 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.

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2012-11-14 Wed

#1297. does, done の母音 [phonetics][gvs][vowel][pronunciation][map][dialect][centralisation][trish]

 do /duː/ の円唇長母音に対して,does /dʌz/, done /dʌn/ が非円唇短母音を示すのはなぜか.
 do とその屈折形は中英語ではいずれも長母音 /oː/ をもっていたと考えられるが,これが大母音推移により /uː/ へと変化した.do ではこの長母音が保たれたが,屈折語尾のつく does, doest, doth, done では短化が生じ,/uː/ とともに /u/ も行なわれだす.この短化した発音が,/u/ > [ʌ] の変化(中舌化)に合流し,現在の /dʌz, dʌst, dʌθ, dʌn/ が出力された.基底形 do を除けば,全体的な音韻変化の流れは,「#547. <oo> の綴字に対応する3種類の発音」 ([2010-10-26-1]) で取り上げた blood, flood と同じということになる.ほかには,OE mōste > PDE must, OE ōþer > PDE other, OE mōdor > PDE mother, OE brōþor > PDE brother, OE mōnandæg > PDE Monday などの母音変化も同様である.nothing, none の母音も然り.
 この中舌化は17世紀に生じたとされる.Jespersen による記述を引用しよう.

The change /u/ > [ʌ], by which /u/ was perhaps first unrounded into the high-back-wide vowel and then lowered, must have taken place in the 17th c. (11.61)

The change /u/ > [ʌ] affects . . . all short /u/s existing in the 17th c. . . . (11.64)


 中舌化の過程については,Jespersen の主張する平行移動→垂直移動ではなく,垂直移動→平行移動だったのではないかという説もある(中尾,p. 300).
 この中舌化は The Wash より北側(イングランド北部)の方言では生じず,そこでは現在でも伝統的な方言発音として /ʊ/ が聞かれる(中尾, p. 299) .以下に Chambers and Trudgill (128) の現代英語方言地図を掲げよう.some における円唇母音 [ʊ] の南限が実線で示されている.なお,波線は chaff における短母音 [a] の南限を示す.

Chambers and Trudgill's Map of Centralisation of /u/

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spellings. 1954. London: Routledge, 2007.
 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.
 ・ Chambers, J. K. and Peter Trudgill. Dialectology. Cambridge: CUP, 1980.

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2012-04-25 Wed

#1094. <o> の綴字で /u/ の母音を表わす例 [spelling][pronunciation][spelling_pronunciation_gap][phonetics][scribe][paleography][centralisation]

 英語の綴字と発音の関係には1対1ならぬ多対多の対応例が無数にあるが,<o> の綴字で [u] の母音を表わす例はないのかという質問が院生より出された.その場ですぐに思いつく例はなかったが,これは思いつきを待つというよりは,考えるべき,調べるべき問題である.考えるべきというのは,絞り込みをかける方法がいくつかありそうだからだ.まず,現代英語で奥舌高母音 /ʊ/ は最も頻度が低い短母音である([2012-02-13-1]の記事を参照).これで,例となる単語の絶対数は少なそうだという予測が立つ.
 次に,この母音をもつ単語を思い浮かべてみる.すぐに挙がってくるのは push, put, pull などの <u> をもつグループと,book, foot, look などの <oo> をもつグループである.前者は古英語 /ʊ/ = <u> の関係が現代英語まで連綿と継承されてきた例である.この母音は一般的には1600年くらいまでに中舌化を経て,現代英語へ続く /ʌ/ を出力したが,主に唇音と /l/ や /ʃ/ に挟まれた環境では,上の例のように中舌化を経なかった.「唇音に後続する環境」をヒントに,標題の質問に対応するような例外がないだろうかと考えてみると,1つ思いつくことができた.古英語 wulf に由来する wolf の母音(字)である.前者は,綴字で縦棒 (minim) の連続する環境を避けるために <u> を <o> へ書き換えたという中英語の一般的な綴字習慣でうまく説明される例である.w を <uu> と綴る書記習慣では,wolf は <uuulf> として実現されてしまい,ひどく読みにくい.そこで,せめて <uuolf> として紛らわしさを減じた,ということである (Upward and Davidson 59) .この <u> を <o> で代用する習慣については,[2009-12-06-1]の記事「#223. woman の発音と綴字」や[2009-07-27-1]の記事「#91. なぜ一人称単数代名詞 I は大文字で書くか」でも取り上げた.とここまで書いて,woman の第1母音(字)も標題の質問に対するもう1つの答えであることに気づいた.
 続いて,<oo> をもつグループを考えてみよう.このグループが示唆する音韻史は,/oː/ → (大母音推移) → /uː/ → (短化) → /ʊ/ という変化である.この音韻変化をたどりながらも綴字のほうは典型的な <oo> に落ち着かず,<o> を取っているような例を探せばよいことになるが,古英語 bōsm に由来する bosom の第1母音(字)がこれに相当する(中尾,p. 111).第2音節の母音は挿入によるものだが,第1音節の母音の変化は <oo> のグループと歴史をともにしている.
 他には,to の弱化した発音の1つとして /tʊ/ がある.

 ・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.

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2010-10-26 Tue

#547. <oo> の綴字に対応する3種類の発音 [gvs][vowel][spelling][pronunciation][spelling_pronunciation_gap][centralisation]

 現代英語で <oo> の綴字で表わされる発音には,3種類があることが知られている.

 ・ /uː/: doom, food, pool, tooth, soot
 ・ /ʊ/: book, good, hood, look, stood
 ・ /ʌ/: blood, flood

 綴字と発音が一対多である典型的な例だが,この3通りの発音が生じたのは,中英語後期から異なる複数の音声変化が順次 <oo> の表わす音に対して作用したためである.まずは,15世紀以降に生じた大母音推移 ( Great Vowel Shift ) である ( see [2009-11-18-1] ) .中英語期には <oo> は /oː/ という発音に対応したが,大母音推移により一律に上げ ( raising ) を経て /uː/ へ変化した.
 次に,/uː/ となった <oo> の一部(歯音 /k, t, d/ が後続するものの一部)(← 後記:/k/ は歯音ではありませんでした.2010/10/26(Tue))が16〜17世紀に短化 ( shortening ) を起こし /ʊ/ となった.こうして /ʊ/ へと変化した語群のさらに小さな部分集合が,今度は16世紀半ば以降に中舌化 ( centralisation ) を起こし /ʌ/ となった(以上をまとめた下図を参照).

Sound Changes to <oo>

 このように,異なる音声変化が <oo> をもつ語の部分集合,さらにその部分集合に対して働いたために,現代英語の共時的な視点からみれば <oo> に対して3種類の発音が対応することになった.
 <oo> と <oa> の関係については[2010-07-06-1]の記事を参照.

 ・中尾 俊夫,寺島 廸子 『図説英語史入門』 大修館書店,1988年,174頁.

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