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linguistics - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2025-02-22 08:49

2025-02-15 Sat

#5773. 品詞とは何か? --- 厳密に機能を基準にした分類の試み [pos][terminology][linguistics][category][semantics][function_of_language][functionalism][syntax]

 昨日の記事「#5772. 品詞とは何か? --- 厳密に意味を基準にした分類は可能か」 ([2025-02-14-1]) で,1つの基準を厳密に適用した場合の品詞論について考え始めた.引き続き『新英語学辞典』の parts of speech の項に依拠しながら,今回は機能のみに基づいた品詞分類を思考実験してみよう.

 (3) 機能を基準にした品詞分類. Fries (1952, ch. 6) は品詞を厳密に機能を基準にして分類すべきであると主張し,独自の品詞分類を提案した.語の位置[機能]を基準にして,同一の位置にくる語を一つの語類にまとめた.The concert was good (always). / The clerk remembered the tax (suddenly). / The team went there. の3種の代表的な検出枠 (test frame) を出発点として,文法構造を変えずに,これらの文のどの語の位置にくるかによって,次の4種の類語 (CLASS WORD) --- ほぼ内容語 (CONTENT WORD) に同じ --- を設定し,これらを品詞とした.
 第一類語 (class 1 word): concert, clerk, tax, team の位置にくる語
 第二類語 (class 2 word): was, remembered, went の位置にくる語
 第三類語 (class 3 word): good の位置にくる語
 第四類語 (class 4 word): always, suddenly, there の位置にくる語
これ以外は機能語 (FUNCTION WORD) として A から O まで15の群 (group) に分けた.注意すべきは,The poorest are always with us. の poorest は,その形態がどうであろうとその位置から第一類語とするし,また,I know the poorest man. の poorest は,第三類語とするのである.さらに,a boy friend と a good friend の boy も good も同じ第三類語に入れられるのは明らかである.従って a cannon ball の cannon が名詞であるか形容詞であるかの議論も生じてこない.〔もちろんこの場合の cannon は第三類語となる.〕 この分類によれば,一つの語がただ一つの品詞に入れられなくなるのは全くなつのことになり,ある環境にどんな語が現われるかと問われると,名詞とか代名詞とかでなく,1語ずつ現われうるすべての語を答えなければならない.このような分類は方法論の厳密さに価値はあるが,文法体系全体としては余り意味のない場合も生じるかもしれない.


 ここまで読むと分かると思うが,「機能」とは「統語的機能」のことである.確かにこれはこれで理論的に一貫している.しかし,実用には供しづらい.『新英語学辞典』の記述の前提には,品詞分類の要諦は実用性にあり,という姿勢があることが確認できる.この点は重要だと思う.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.

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2025-02-14 Fri

#5772. 品詞とは何か? --- 意味のみを基準にした厳密な分類は可能か [pos][terminology][linguistics][category][semantics]

 標題について「#5763. 品詞とは何か? --- ただの「語類」と呼んではダメか」 ([2025-02-05-1]),「#5765. 品詞とは何か? --- Bloomfield の見解」 ([2025-02-07-1]),「#5771. 品詞とは何か? --- 分類基準の問題」 ([2025-02-13-1]) で議論してきた.
 品詞 (parts of speech, or pos) というものを設けると決めた以上,何に基づいて分類するのがベストなのかという問題が生じる(品詞を設ける必要がないというのも1つの立場だが,では言語を何で分けるのがよいのかという別の問いが生じる).昨日の記事では,伝統的な品詞分類が意味,機能,形態の3つの基準の複合に拠っていることを確認した.基準のオーバーラップが問題となるのであれば,いずれか1つに基づいた厳密な理論化こそが目指すべき方向となる.
 では,意味(論) (semantics) に基づいた厳密な分類をするとどうなるか.『新英語学辞典』の parts of speech の項では,この試みはうまく行かないだろうと論じられている.以下に引用しよう (p. 837) .

意味,機能,形態の3種の基準のうち,どれを採用してもよいわけであるが,ある一つを基準とした場合,まず,正確に分類できるかどうか,また仮に,分類できたにしても,その分類が文法記述に有効かどうかを考えなければならない.例えば,意味を基準に分類してみると,品詞間の境界を明確に区別することが困難であり,さらにもしあえて分類したとしても,その分類が文法記述には余り有益にはならないであろう.例えば,arrive と arrival を同じ品詞に入れたとすると,その用法について記述しようとすれば,その分類は,語形成とか,節から句への転換とかいう場合を除いては全く無意味になろう.このように意味基準の品詞分類の無益さから,次に機能,形態を基準にした分類が考えられる.


 意味による分類は,言うまでもなく意味論としてはおおいに意義があるのだが,品詞を区切る基準としては有益ではないようだ.とすると,品詞というのは,そもそも意味が関わる余地が少ないということになるのだろうか.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.

Referrer (Inside): [2025-02-15-1]

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2025-02-13 Thu

#5771. 品詞とは何か? --- 分類基準の問題 [pos][terminology][linguistics][history_of_linguistics][category][structuralism]

 「#5763. 品詞とは何か? --- ただの「語類」と呼んではダメか」 ([2025-02-05-1]) と「#5765. 品詞とは何か? --- Bloomfield の見解」 ([2025-02-07-1]) で品詞論を紹介してきた.今回は『新英語学辞典』の parts of speech の項を参照しながら,英語の伝統的な8品詞の分類基準について考えてみる.
 英語の伝統的な8品詞は,意味,機能,形態の3つの分類基準がごちゃ混ぜになった分類であり,理論的には問題があるとされる.まず,名詞,形容詞,動詞,間投詞については,主に意味的な基準で分けられているといってよい.もちろん意味的な基準といっても微妙なケースはいくらでもある.英語で white は,日本語では「白」という名詞にも,「白い」という形容詞にも相当し,意味的には互いに限りなく近い.同様に,分詞は形容詞と動詞の合いの子といってよいが,合いの子からみればいずれにも意味的に近い.さらに,以上4品詞の分類については形態的な基準も少なからず関わっており,意味的な基準だけで語れるわけではない.間投詞は他と比べて意味的な自律性があるといえそうだが,これもまだ検討の余地があるかもしれない.
 一方,代名詞,副詞,接続詞は機能的な基準による分類だ.ただし,言語において「機能的」とのラベルはカバーする範囲が非常に広い.かりに「統語的」と狭めておけば,それなりに説明できるかもしれないが,グレーゾーンは残る.副詞や接続詞は統語的に決定できそうだが,代名詞は統語論的機能と同時に語用論的機能も帯びており,「機能的」のカバー範囲をもっと広めに設定しておく必要があるようにも思われる.
 最後に前置詞はどうだろうか.基本的には統語的な機能の観点からの分類といってよさそうだが,意味的な考慮が入っていないとはいえない.likeworth は後ろに「目的語」らしきものをとる点で統語的には前置詞的な振る舞いを示すが,比較的中身のある語彙的意味をもっている点では形容詞ぽい.
 品詞間の境目が明確でないという問題自体は古くからあり,個々の論点が指摘されてきたが,それ以前に3つの分類基準が複雑にオーバーラップしているという本質的な課題を抱えているのである.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.

Referrer (Inside): [2025-02-14-1]

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2025-02-07 Fri

#5765. 品詞とは何か? --- Bloomfield の見解 [pos][terminology][linguistics][history_of_linguistics][category][structuralism]

 一昨日の記事「#5763. 品詞とは何か? --- ただの「語類」と呼んではダメか」 ([2025-02-05-1]) で,"parts of speech" (品詞),"word-class" (語類),"form-class" (形式類)といった近似する用語群について考えた.アメリカ構造主義の旗手 Bloomfield は,代表的著書 Language (§12.11) にて,この3つを区別して考えている.

The syntactic form-classes of phrases . . . can be derived from the syntactic form-classes of words: the form-classes of syntax are most easily described in terms of word-classes. Thus, in English, a substantive expression is either a word (such as John) which belongs to this form-class (a substantive), or else a phrase (such as poor John) whose center is a substantive; and an English finite verb expression is either a word (such as ran) which belongs to this form-class (a finite verb), or else a phrase (such as ran away) whose center is a finite verb. An English actor-action phrase (such as John ran or poor John ran away) does not share the form-class of any word, since its construction is exocentric, but the form-class of actor-action phrases is defined by their construction: they consist of a nominative expression and a finite verb expression (arranged in a certain way), and this, in the end, again reduces the matter to terms of word-classes.
   The term parts of speech is traditionally applied to the most inclusive and fundamental word-classes of a language, and then, in accordance with the principle just stated, the syntactic form-classes are described in terms of the parts of speech that appear in them. However, it is impossible to set up a fully consistent scheme of parts of speech, because the word-classes overlap and cross each other.


 form-class は語句の統語的な役割に対応する単位,word-class はその form-class の典型的な主要部を示す語の属する語彙的な区分,parts of speech はその word-class の伝統的で基本的な型,ということになるだろうか.
 あえてすっきりまとめるのであれば,それぞれ統語的単位,語彙的単位,語彙・統語・形態的単位といってよい.「品詞」 (parts of speech) は実用的な便利さゆえに広く用いられているが,実際には複合的(で意外と複雑)な単位ということになる.

 ・ Bloomfield, Leonard. Language. 1933. Chicago and London: U of Chicago P, 1984.

Referrer (Inside): [2025-02-14-1] [2025-02-13-1]

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2025-02-05 Wed

#5763. 品詞とは何か? --- ただの「語類」と呼んではダメか [pos][terminology][linguistics][history_of_linguistics][category][structuralism]

 昨日の記事 ([2025-02-04-1]) に続き,品詞 (parts of speech, or pos) という概念・用語をめぐる話題.今回は Crystal の言語学用語辞典を繰ってみた.

part of speech The TRADITIONAL term for a GRAMMATICAL CLASS of WORDS. The main 'parts of speech' recognized by most school grammars derive from the work of the ancient Greek and Roman grammarians, primarily the NOUN, PRONOUN, VERB, ADVERB, ADJECTIVE, PREPOSITION, CONJUNCTION and INTERJECTION, with ARTICLE, PARTICIPLE and others often added. Because of the inexplicitness with which these terms were traditionally defined (e.g. the use of unclear NOTIONAL criteria), and the restricted nature of their definitions (reflecting the characteristics of Latin or Greek), LINGUISTS tend to prefer such terms as WORD-class or FORM-class, where the grouping is based on FORMAL criteria of a more UNIVERSALLY applicable kind.


 ギリシア語やラテン語の文法の遺産を引き継いだ歴史的で伝統的な文法範疇 (category) であることが強調されており,それが必ずしも明確な語彙の区分であるわけではないことにも触れられている.従来,品詞は概念的な語彙区分として理解されることが多かったが,実際にはそれも "unclear" (不明確)であるとすら述べられている.
 加えて,Crystal は言語学ではむしろ "word-class" (語類)や "form-class" (形式類)と呼ぶ向きも多いと述べている.確かに「品詞」という用語を敢えて避けるケースはありそうだ.「品詞」できれいに割り切れない場合に,より一般的な概念・用語としての「語類」を持ち出すことはあると思う.
 それでも,言語学においては,拠って立つ理論次第ではあるが,「品詞」はあまりに便利すぎて手放せないケースのほうが多いのではないか.方便としてここまで踏み固められた「品詞」を手放すのは惜しい.

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.

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2025-02-04 Tue

#5762. 品詞とは何か? --- 日本語の「品詞」を辞典・事典で調べる [pos][terminology][linguistics][history_of_linguistics][category]

 品詞 (parts of speech, or pos) は最古の文法範疇の1つといってよい.古代から現代にいたる広い意味での言語学 (linguistics) の歴史のなかで,きわめて有用であり続けた言語理論である.
 日本語の「品詞」という用語について,国語辞典や百科事典の記述を確かめてみたい.まず『日本国語大辞典』より.

ひん-し【品詞】〔名〕〈英 parts of speech の訳語〉({英}parts of speech の訳語)文法上の意義・職能・形態などから分類した単語の区分け。欧米語の学校文法では、現在一般に八品詞(名詞・代名詞・形容詞・動詞・副詞・接続詞・前置詞・間投詞)とされる。国文法では、名詞・数詞・代名詞・動詞・形容詞・形容動詞・連体詞・副詞・接続詞・感動詞・助詞・助動詞が挙げられるが、併合、細分する場合もあり、また、学説によって異同がある。「品詞」の語は、日本文法書としては、明治七年(一八七四)に田中義廉が「小学日本文典」で七品詞を説いたのが最も早い。*小学日本文典〔1874〕〈田中義廉〉二・八「七品詞の名目」*風俗画報‐一六八号〔1898〕言語門「一は品詞の如何に関せず、単に標準語を伊呂波順に配列し而して是に対照する方言を蒐集するもの」*日本文法中教科書〔1902〕〈大槻文彦〉一「単語の以上八品を品詞と名づく」*中等教科明治文典〔1904〕〈芳賀矢一〉一・一三「助詞は種々の品詞の下につきて他の品詞との関係を示し又は其作用を助くる詞なり」


 次に『デジタル大辞泉』より.

ひん-し【品詞】《parts of speech》文法上の職能によって類別した単語の区分け。国文法ではふつう、名詞・代名詞・動詞・形容詞・形容動詞・連体詞・副詞・接続詞・感動詞・助動詞・助詞の11品詞に分類する。分類については、右のうち、形容動詞を認めないものや、右のほかに数詞を立てるものなど、学説により異同がある。


 『世界大百科事典』では長い項目となっている.冒頭の1段落のみを引用する.

品詞 ひんし
文法用語の一つ。それぞれの言語における発話の規準となる単位,すなわち,文は,文法のレベルでは最終的に単語に分析しうる(逆にいえば,単語の列が文を形成する)。そのような単語には,あまり多くない数の範疇(はんちゆう)(カテゴリー)が存在して,すべての単語はそのいずれかに属している。一つの範疇に属する単語はある種の機能(用いられ方,すなわち,文中のどのような位置に現れるか)を共有している。こうした範疇を従来より品詞 parts of speech と呼んできた。名詞とか動詞とかと呼ばれているものがそれである。


 『日本大百科全書』でも長い項目なので,最初の3段落のみ示す.

品詞 ひんし
文法上の記述、体系化を目的として、あらゆる語を文法上の性質に基づいて分類した種別。語義、語形、職能(文構成上の役割)などの観点が基準となる。個々の語はいずれかの品詞に所属することとなる。
 品詞の名称は parts of speech (英語)、parties du discours (フランス語)などの西洋文典の術語の訳として成立したもの。江戸時代には、オランダ文法の訳語として、「詞品」「蘭語九品」「九品の詞」のようなものがあった。語の分類意識としては、日本にも古くからあり、「詞」「辞」「てにをは」「助け字」「休め字」「名(な)」などの名称のもとに語分類が行われていたが、「品詞」という場合は、一般に、西洋文典の輸入によって新しく考えられた語の類別をさす。品詞の種類、名称には、学説によって多少の異同もあるが、現在普通に行われているものは、名詞・数詞・代名詞・動詞・形容詞・形容動詞・連体詞・副詞・接続詞・感動詞・助詞・助動詞などである。これらのうちの数種の上位分類である「体言」「用言」などの名称、および下位分類である「格助詞」「係助詞」なども品詞として扱われることもある。なお、「接頭語」「接尾語」なども品詞の名のもとに用いられることもある。
 それぞれの品詞に所属する具体的な語も、学説によって異同がある。たとえば、受身・可能・自発・尊敬・使役を表す「る・らる・す・さす・しむ(れる・られる・せる・させる)」は、山田孝雄 (よしお) の学説では「複語尾」、橋本進吉の学説では「助動詞」、時枝誠記 (もとき) の学説では「接尾語」とされる。現在の国語辞書では、見出し語の下に品詞名を記すことが普通である。ただし、圧倒的に数の多い「名詞」については、これを省略しているものが多い。


 重要と思われる4点を抽出すると,次のようになる.

 ・ 品詞は語を意義・職能・形態によって区分したものである
 ・ 学説・論者によって品詞の区分や数が異なる
 ・ 一般に区分された品詞の数は少数で,一つひとつの単語はいずれかの品詞に属する
 ・ 日本語の「品詞」は,西洋語から輸入された語の区分を指すのに主として用いられる

Referrer (Inside): [2025-02-05-1]

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2025-01-29 Wed

#5756. Oxford Bibliographies の Linguistics の項目 [oxford_bibliographies][bibliography][linguistics][link]

 閲覧は購読者限定となるが,Oxford Bibliographies の Linguistics の項に集積されている書誌がきわめて秀逸である.すでに以下の記事で触れてきた.

 ・ 「#4631. Oxford Bibliographies による意味・語用変化研究の概要」 ([2021-12-31-1])
 ・ 「#4634. Oxford Bibliographies による英語史研究の歴史」 ([2022-01-03-1])
 ・ 「#4742. Oxford Bibliographies による統語変化研究の概要」 ([2022-04-21-1])
 ・ 「#5124. Oxford Bibliographies による文法化研究の概要」 ([2023-05-08-1])

 今回は Linguistics の項の配下の全書誌について,開閉できる一覧と,各書誌へのリンクを張っておきたい.研究・学習のお供にどうぞ.

+ Linguistics

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2024-11-02 Sat

#5668. 3種類の言語普遍性 --- 実質的,形式的,含意的 [typology][universal][linguistics][category][implicational_scale]

 連日,言語類型論 (typology) と言語普遍性 (universal) について話題にしている.言語普遍性といっても,その強度により,絶対的な普遍性もあれば,相対的,あるいは確率論的な普遍性もあると述べた.さらにいえば,普遍性には異なる種類のものがある.今回紹介するのは,Crystal (85) が区別している3種類の普遍性だ.それぞれ「実質的」「形式的」「含意的」と訳しておきたい.

Substantive
Substantive universals comprise the set of categories that is needed in order to analyse a language, such as 'noun', 'question', 'first-person', 'antonym', and 'vowel'. Do all languages have nouns and vowels? The answer seems to be yes. But certain categories often thought of as universal turn out not to be so: not all languages have case endings, prepositions, or future tenses, for example, and there are several surprising limitations on the range of vowels and consonants that typically occur . . . . Analytical considerations must also be borne in mind. Do all languages have words? The answer depends on how the concept of 'word' is defined . . . .

Formal
Formal universals are a set of abstract conditions that govern the way in which a language analysis can be made --- the factors that have to be written into a grammar, if it is to account successfully for the way sentences work in a language. For example, because all languages make statements and ask related questions (such as The car is ready vs Is the car ready?), some means has to be found to show the relationship between such pairs. Most grammars derive question structures from statement structures by some kind of transformation (in the above example, 'Move the verb to the beginning of the sentence'). If it is claimed that such transformations are necessary in order to carry out the analysis of these (and other kinds of) structures, as one version of Chomskyan theory does, then they would be proposed as formal universals. Other cases include the kinds of rules used in a grammar, or the different levels recognized by a theory . . . .

Implicational
Implicational universals always take the form 'If X, then Y', their intention being to find constant relationships between two or more properties of language. For example, three of the universals proposed in a list of 45 by the American linguist Joseph Greenberg (1915--) are as follows:

Universal 17. With overwhelmingly more-than-chance frequency, languages with dominant order VSO [=Verb-Subject-Object] have the adjective after the noun.

Universal 31. If either the subject or object noun agrees with the verb in gender, then the adjective always agrees with the noun in gender.

Universal 43. If a language has gender categories in the noun, it has gender categories in the pronoun.

As is suggested by the phrasing, implicational statements have a statistical basis, and for this reason are sometimes referred to as 'statistical' universals . . . .


 以上の3種類の言語普遍性をまとめると次のようになるだろう.

 1. 実質的普遍性 (Substantive universals): 名詞,疑問文,人称,母音など,言語分析に必要な基本的な範疇 (category) のこと.すべて言語に共通して存在する要素もあれば,前置詞や未来時制のように必ずしも普遍的でない要素もある.
 2. 形式的普遍性 (Formal universals): 文の構造を説明するために必要な抽象的な条件や文法規則のこと.例えば,平叙文から疑問文への変換規則などが含まれ,チョムスキーの理論では,このような変形規則は形式的普遍性として扱われる.
 3. 含意的普遍性 (Implicational universals): 「もし X ならば Y」という形式で表わされる言語特性間の関係のこと.統計的な傾向に基づいており,例えば VSO 語順の言語では形容詞が名詞の後に来る傾向がある等の指摘がなされる.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd. Cambridge: CUP, 2003.

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2024-11-01 Fri

#5667. 言語類型論と言語普遍性はトンネルの掘り方が異なる [typology][universal][linguistics]

 昨日の記事「#5666. 歴史言語学,言語普遍性,言語類型論」 ([2024-10-31-1]) の最後に,言語学の各分野は「言語という山のトンネルを異なる方向から掘り進めているという違いがあるにすぎない」と述べた.言語類型論 (typology) と言語普遍性 (universal) の研究は,しかし,方法論的には大きく異なっている.前者はなるべく多くの言語を調査して異同点を収集するのに対して,後者は極端な場合には1言語のみを深く研究すれば事足りると主張するからだ.浅く広くか,深く狭くか.Crystal (85) が "BREADTH OR DEPTH?" と題する1節で論じている.

The distinction between typological and universalist approaches to language study is doubtless ultimately an arbitrary one; and both have considerable insights to offer. But the two approaches, as currently practised, differ greatly in their procedures. Typologists typically study a wide range of languages as part of their enquiry, and tend to make generalizations that deal with the more observable aspects of structure, such as word order, word classes, and types of sound. In contrast with the empirical breadth of such studies, universalists rely on in-depth studies of single languages, especially in the field of grammar --- English, in particular, is a common language of exemplification --- and tend to make generalizations about the more abstract, underlying properties of language.
   This focus on single languages might at first seem strange. If we are searching for universals, then surely we need to study many languages? Chomsky argues, however, that there is no paradox. Because English is a human language, it must therefore incorporate all universal properties of language, as well as those individual features that make it specifically 'English'. One way of finding out about these properties, therefore, is the detailed study of single languages. The more languages we introduce into our enquiry, the more difficult it can become to see the central features behind the welter of individual difference.
   On the other hand, it can be argued that the detailed study of single languages is inevitably going to produce a distorted picture. There are features of English, for example, that are not commonly met with in other languages, such as the use of only one inflectional ending in the present tense (third-person, as in she runs), or the absence of a second-person singular/plural distinction (cf. French tu/vous). Without a typological perspective, some say, it is not possible to anticipate the extent to which our sense of priorities will be upset. If languages were relatively homogeneous entities, like samples of iron ore, this would not be a problem. But, typologists argue, languages are unpredictably irregular and idiosyncratic. Under these circumstances, a focus on breadth, rather than depth, is desirable.


 分野によって,トンネルを掘る方向だけでなく,掘り方そのものが大きく異なることを確認し,実感した.皆さんはどちらのタイプでしょうか?

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd. Cambridge: CUP, 2003.

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2024-03-16 Sat

#5437. phonotacitcs 「音素配列論」 [phonotactics][graphotactics][terminology][linguistics][phonology][morphology][linearity]

 一昨日の heldio で「#1018. sch- よもやま話」をお届けした.英語では sch- の綴字が比較的珍しいことなどを話題にしたが,これは文字素配列論 (graphotactics) の問題である.
 この文字素配列論の背後にあるのが音素配列論 (phonotactics) である.各言語における音素の並び順に注目する音韻論の1分野だ.2つの用語辞典より,phonotactics について関連する別の用語とともに紹介したい.まずは,Crystal より.

phonotactics (n.)  A term used in PHONOLOGY to refer to the sequential ARRANGEMENTS (or tactic behaviour) of phonological UNITS which occur in a language --- what counts as a phonologically well-formed word. In English, for example, CONSONANT sequences such as /fs/ and /spm/ do not occur INITIALLY in a word, and there are many restrictions on the possible consonant+VOWEL combinations which may occur, e.g. /ŋ/ occurs only after some short vowels /ɪ, æ, ʌ, ɒ/. These 'sequential constraints' can be stated in terms of phonotactic rules. Generative phonotactics is the view that no phonological principles can refer to morphological structure; any phonological patterns which are sensitive to morphology (e.g. affixation) are represented only in the morphological component of the grammar, not in the phonology. See also TAXIS.


taxis (n.)  A general term used in PHONETICS and LINGUISTICS to refer to the systematic arrangements of UNITS in LINEAR SEQUENCE at any linguistic LEVEL. The commonest terms based on this notion are: phonotactics, dealing with the sequential arrangements of sounds; morphotactics with MORPHEMES; and syntactics with higher grammatical units than the morpheme. Some linguistic theories give this dimension of analysis particular importance (e.g. STRATIFICATIONAL grammar, where several levels of tactic organization are recognized, corresponding to the strata set up by the theory, viz. 'hypophonotactics', 'phonotactics', 'morphotactics', 'lexicotactics', 'semotactics' and 'hypersemotactics'). See also HARMONIC PHONOLOGY.


 次に Bussmann より.

phonotactics  Study of the sound and phoneme combinations allowed in a given language. Every language has specific phonotactic rules that describe the way in which phonemes can be combined in different positions (initial, medial, and final). For example, in English the stop + fricative cluster /ɡz/ can only occur in medial (exhaust) or final (legs), but not in initial position, and /h/ can only occur before, never after, a vowel. The restrictions are partly language-specific and partly universal.


 言語は,その線状性 (linearity) ゆえに要素の並び順,組み合わせ方を重視せざるを得ない.その点では,音素配列論に限らず -tactics は必然的に言語学的な意義をもつ領域だろう.また,--tactics が通時的に変化し得ることも歴史言語学では重要な点である.

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
 ・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.

Referrer (Inside): [2025-01-01-1]

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2024-03-02 Sat

#5423. 文字によって表わされる言語学的情報はさまざまである [writing][linguistics][grammatology][orthography][spelling_reform]

 表音文字は音声を表わす.表意文字は意味を表わす.表語文字は語を表わす.定義そのものを述べているだけで,当たり前のように思われるかもしれない.しかし,実際にはそれぞれの文字種は,機能的に互いに乗り入れることも多く,さまざまな言語学的情報を伝えている.
 音声学の観点から文字をみると,文字は発話の流れ,音声,異音を表わすことができる.音韻論的には,文字は音節,モーラ,子音や母音の分節音,そして超分節音を表わせる.形態論的には,文字は語,屈折,派生,形態音韻論的単位に対応し得る.統語論的には,文字は構成素構造や談話構造を伝える.語用論的には,文字は強調やポライトネスを表わすこともあり得る.文字が背負い得る言語学的情報は,ほかにも考えられるだろう.
 Daniels (69) は,「言語学史としての文字史」と題する論考の結論で,今後の文字論においては,文字が表わし得る言語学的情報の種類に注目することが必要であると説く.

What emerges from this survey is the unsurprising conclusion that aspects of linguistic structure that are most salient to the language user---the most accessible to conscious control: words, syllables, discourse, emphasis---are the most likely to be taken into account in their orthographies. Other features have emerged more or less incidentally over the centuries, and have either been incorporated into common usage or have dropped out of fashion. Needed is investigation of the origin and persistence of all these features in all the world's orthographies (vs the prevailing concentration on the evolution of the shapes of characters and beyond the recent attention to the acquisition of orthographies). It may show that imposition of script reform outside the context of adoption or adaptation of a script to a new language is an otiose and even futile exercise. The twin examples of Sassanian conservatism and Turkish innovation reveal that only in extraordinary circumstances can either of these extremes succeed. In every case, a writing system must be understood through the pens of those who write it.


 これからの文字論のあり方に示唆を与えてくれる重要な洞察だ.

 ・ Daniels, Peter T. "The History of Writing as a History of Linguistics." Chapter 2 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 53--69.

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2024-02-25 Sun

#5417. 表記体系は母語話者による言語学的分析の結果である [history_of_linguistics][writing][linguistics][grammatology][medium]

 ある言語を書き取る文字やその書き言葉の体系は,それ自体がその言語の話し言葉を対象とした言語学の1つの形である.言語を意識的に分析することなしに,人は文字や表記体系を考案することはできないからだ.そして,それを読み書きする能力を後から身につけた人もまた,間接的に考案者の言語分析を追体験することになるからだ.
 Daniels (54) は「言語学史としての書き言葉の歴史」のなかで,次のように述べている.

Ordinarily, speakers have no insight into the nature of their language or what they are doing when they are speaking. But when a language is written, it is consciously written, and every writing system embodies an analysis of its languages. And that analysis is known not only to the deviser of the writing system (however great an accomplishment the act of devising a writing system may be), but also---consciously---to everyone who learns to write, and even read, that writing system. Ergo, every writing system informs us of 'native speaker analysis' of every written language, and such analyses have touched on virtually every level of analysis known to modern linguistics.


 書き言葉の発明は,それ自身が話し言葉の言語学的分析の証拠とみなすことができる.したがって,言語学史書の最初に置かれるべき話題である.なるほど,その通り.

 ・ Daniels, Peter T. "The History of Writing as a History of Linguistics." Chapter 2 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 53--69.

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2023-11-19 Sun

#5319. 伊藤雄馬(著)『ムラブリ』(集英社インターナショナル,2023年) [review][mlabri][writing][linguistics][youtube][notice][yurugengogakuradio]


伊藤 雄馬 『ムラブリ』 集英社インターナショナル,2023年.


 伊藤雄馬さんによる『ムラブリ』(集英社インターナショナル,2023年)は,「ゆる言語学ラジオ」「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」他でもすでに紹介されており,言語学界隈ではよく知られた存在になっています.



 本書はインドシナ最後の森の狩猟民,ムラブリ (Mlabri) とその言語をフィールド調査した記録ですが,そのままムラブリに「持っていかれてしまった」言語学者,伊藤雄馬さんの青春記というべきものにもなっています.
 先日,井上・堀田の YouTube に伊藤さんをゲストとしてお招きし,ムラブリや言語一般をめぐる対談回を収録しました.ただいま準備中ですが,いずれ公開されますので,そちらもお楽しみに!

 ・ 伊藤 雄馬 『ムラブリ』 集英社インターナショナル,2023年.

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2023-10-27 Fri

#5296. theolinguistics --- 神言語学? [linguistics][religion][philology][theolinguistics]

 Crystal の言語学用語辞典をパラパラとめくっていて,theolinguistics という項目に目が留まった.こんな分野があるのかと驚いた.theo- はギリシア語由来の連結形で「神」を表わす.文字通りにいえば「神言語学」となる.もう少し拡げた「宗教言語学」辺りの訳がよいのだろうか.OED にも立項されていない.以下,Crystal (484) からの説明を読んでみよう.

theolinguistics (n.) A term which has been used for the study of the relationship between LANGUAGE and religious thought and practice, as illustrated by ritual, sacred texts, preaching, doctrinal statements and private affirmations of belief. The distinctiveness of religious language usually takes the forms of a special set of VARIETIES within a language, but special scripts and languages (as with Ge'ez in the Ethiopian Church) may also be found, and considerable attention needs to be paid to PHILOLOGICAL enquiry, given the way much religious language takes its origin from old texts and practices.


 宗教と言語の関係については本ブログでも religion のタグを付けた記事群で様々な角度から取り上げてきたが,このような関心に対して分野名がつけられているとは知らなかった.例えば,上記の説明と関連の深い話題として「#5230. 「宗教の言葉」 --- 『宗教学事典』より」 ([2023-08-22-1]) や「#5233. 「言葉の宗教」 --- 『宗教学事典』より」 ([2023-08-25-1]) などを参照されたい.
 さらに上記の説明で驚いたのは,最後の部分でことさらに philology (文献学)との関係が注目されていることだ.宗教言語の保守性については私も関心を抱いており「#753. なぜ宗教の言語は古めかしいか」 ([2011-05-20-1]),「#2417. 文字の保守性と秘匿性」 ([2015-12-09-1]) などで触れてきたが,この関心の持ち方はそもそも theolinguistic なものだったことになる.
 "theolinguistics" --- 名前を与えられると,突然,対象がまとまりをもったものに見えてきた.この分野の書籍として例えば次のようなものが出版されているようだ.さらなる関心を寄せていきたい.

 ・ Chilton, Paul A. and Monika Weronika Kopytowska. Religion, Language, and the Human Mind. New York: OUP, 2018.
 ・ Hobbs, Valerie. An Introduction to Religious Language: Exploring Theolinguistics in Contemporary Contexts. Bloomsbury, 2021.

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008.

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2023-10-03 Tue

#5272. 言語習得におけるオノマトペの役割 [onomatopoeia][iconicity][linguistics][acquisition]

 連日紹介している話題の本,今井むつみ・秋田喜美(著)『言語の本質』(中公新書,2023年)より,本書の最も重要な主張の1つを紹介する.言語習得においてオノマトペの役割が大きいという洞察だ.第4章の最後,120ページより引用する(原書の傍点を太字に変えてある).

言語習得におけるオノマトペの役割〔中略〕は,子どもに言語の大局観を与えることと言えよう.何の知識も持たない状態から始めなければならない子どもと,抽象的な記号の膨大かつ複雑な体系である言語の姿.最初は歩くことはもとより,立つこともできなかった子どもが,どのような方法をもって言語という高い山を登りきることができるのだろう? その秘密に迫ることが,記号接地問題,そして言語習得の謎を解き明かすことなのである.
 本章では,音とそれ以外の感覚モダリティの対応づけを助けるオノマトペのアイコン性が,言語という膨大で抽象的な記号の体系に踏み出す赤ちゃんの背中を押し,足場をかけるという大事な役割を果たすことを述べてきた.


 具体から抽象への橋渡し,アナログからデジタルへの橋渡しが,オノマトペだったとは! この観点から,改めて「#5269. オノマトペは思ったよりも言語性が高かった」 ([2023-09-30-1]) と「#5271. オノマトペは意外にも離散的である」 ([2023-10-02-1]) の記事も読んでいただければ.

 ・ 今井 むつみ・秋田 喜美 『言語の本質 --- ことばはどう生まれ,進化したか』 中公新書,2023年.

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2023-10-02 Mon

#5271. オノマトペは意外にも離散的である [onomatopoeia][linguistics][iconicity][number]

 一昨日の記事「#5269. オノマトペは思ったよりも言語性が高かった」 ([2023-09-30-1]) で,今井むつみ・秋田喜美(著)『言語の本質』(中公新書,2023年)を参照して,オノマトペ (onomatopoeia) の高度に言語的な性質を確認した.
 10の性質に注目した考察だが,そのなかで「離散性」は必ずしも理解しやすくないかもしれない.離散性とはアナログではなくデジタルな性質であると簡単に説明したが,そもそもオノマトペには両側面があるのではないかと疑われるからだ.
 今井・秋田は,この疑問に対して次のように答えている (81--83) .

 オノマトペは離散的か,アナログ的か.一般言語に近いのか,口笛や音真似に近いのか.第2章では,オノマトペのアイコン性に言及し,そのアナログ的側面を浮かび上がらせた.しかし,オノマトペの意味に連動して声を強めたり弱めたり,一部の音を延ばしたり,ジェスチャーを伴わせたり,というようなアナログ的側面は,実は,オノマトペそのものの性質というより,私たちがオノマトペを使うときの特徴である.オノマトペはたしかに,アナログ的な状況描写を誘いやすい.しかしオノマトペの語としての性質はどうだろうか.
 結論から言えば,オノマトペには明確な離散性が認められる.まずは語形から見ていこう.語形でも,「コロコロ」と「コロッ」「コロン」「コロリ」で区別するのは一回転か複数回転かである.可算名詞の複数形と同様に,「コロコロ」という重複形は回転が二回以上であることを表す.したがって,「コロコロと二回転した」とも「コロコロと十回転した」とも言える.一方,「コロッ」「コロン」「コロリ」といった単一形は,単数形の名詞と同様,きっかり一回を表す.よって,「コロンと一回転した」とは言えても,「コロンと二回転した」や「コロンと十回転した」とはいえない.
 オノマトペが用いる音の対比にも離散性が見られる.オノマトペは意味を対比させるために,特定の音を対比させる.清濁の音象徴を考えてみよう.語頭の清濁は「コロコロ」と「ゴロゴロ」のように二択であり,したがって,表し分けられる意味も〈小さい,軽い,弱い〉と〈大きい,重い,強い〉などのように二種類のみである.「コロコロ」とも「ゴロゴロ」ともつかない中間的な音で微妙な意味を表すということは考えにくい.
 オノマトペはそれ以外のことばに比べれば,さまざまにアイコン的な特徴を持つ.しかし,離散性,つまりデジタルかアナログかという観点からは,多くのジェスチャーや口笛,音真似などよりもはるかに離散的である.この点においても,オノマトペは言語の特徴を色濃く持っていると言える.


 オノマトペの一見するとアナログ的な性質は,オノマトペの語の性質というよりは,オノマトペの使い方に付随する性質だ,という点は納得である.また,数カテゴリーの単複の区別を引き合いに出しているのも,とても理解しやすい.十回転する場合に「コロコロコロコロコロコロコロコロコロコロ」と10回繰り返すことが求められるようでは,言葉として使い物にならないだろう.ここには思い切った抽象化,アイコン性の打破が生じているのであり,その程度において離散的という言い方はうなずける.


今井 むつみ・秋田 喜美 『言語の本質 --- ことばはどう生まれ,進化したか』 中公新書,2023年.



 ・ 今井 むつみ・秋田 喜美 『言語の本質 --- ことばはどう生まれ,進化したか』 中公新書,2023年.

Referrer (Inside): [2023-10-03-1]

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2023-09-30 Sat

#5269. オノマトペは思ったよりも言語性が高かった [onomatopoeia][arbitrariness][productivity][double_articulation][linguistics][communication][iconicity]

 今井むつみ・秋田喜美(著)『言語の本質』(中公新書,2023年)の第3章「オノマトペは言語か」の最終節「まとめ」にて,言語を特徴づける10の性質を勘案した上で,オノマトペ (onomatopoeia) が高い言語性を示すことが結論づけられている.比較対照されているメディアは,一般語,口笛,咳払い,音真似,泣きである.89ページの表3-1「一般語,オノマトペ,非言語音の言語性」を引用する.

 一般語オノマトペ口笛咳払い音真似泣き声
コミュニケーション機能×/○×/○  
意味性×/○×/○××
超越性××  
継承性×/○ ×
習得可能性    
生産性××××
経済性××××
離散性××××
恣意性××××
二重性××××


 この表にしたがえば,オノマトペは「ほぼ言語」といってよい.少なくとも予想以上の言語性の高さであると認めてよいだろう.
 上記の言語を特徴づける10の性質の各々については,ぜひ本書を熟読していただきたいが,以下にメモ程度に説明しておく.

 ・ コミュニケーション機能:発信の目的が意図を伝えることに特化していること
 ・ 意味性:特定の音形が特定の意味に結びつくこと
 ・ 超越性:イマ・ココ以外の物事に言及できること
 ・ 継承性:特定の伝統・文化のなかで世代を通じて教えられ,習得されること
 ・ 習得可能性:母語以外の言語をも学ぶことができること
 ・ 生産性:新たな発話を次々に作り出せること
 ・ 経済性:なるべく単純な形式でなるべく複雑な機能を果たそうとすること
 ・ 離散性:アナログではなくデジタルであること
 ・ 恣意性:形式と意味の間に必然性がないこと
 ・ 二重性:音それ自体は意味をなさないが,それを適切に組み合わせると意味をもつようになること

 想像される通り,言語学者は言語の性質について考え続けてきた.言語を特徴づける性質群については,様々なバージョンが提案されてきた.例えば「#1327. ヒトの言語に共通する7つの性質」 ([2012-12-14-1]),「#3770. 人間の言語の特徴,8点」 ([2019-08-23-1]) などを参照されたい.

 ・ 今井 むつみ・秋田 喜美 『言語の本質 --- ことばはどう生まれ,進化したか』 中公新書,2023年.

Referrer (Inside): [2023-10-03-1] [2023-10-02-1]

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2023-09-27 Wed

#5266. 今井・秋田版「言語の大原則」7箇条 [linguistics][language_change][function_of_language]

 昨日の記事「#5265. 今井むつみ・秋田喜美著『言語の本質』(中公新書,2023年)」 ([2023-09-26-1]) で紹介した,爆発的に話題を集めている新刊書『言語の本質』より.
 本書のメインの議論が味読に値することは間違いないが,何よりも驚いたのは本書の最後で野心的な今井・秋田版「言語の大原則」が挙げられていることだ.「ホケットの向こうを張って,筆者たちの考える「言語の大原則」を述べて,本書を締めくくりたい」 (257) と述べられている.
 各項目の各箇条書きについて検討していくとおもしろそうだし,これをたたき台として複数人で議論していくのもエキサイティングだろう.そのために,今回は7箇条をそのまま引用しておこう (257--61) .

言語の本質的特徴

(1) 意味を伝えること
 ・ 言語は意味を表現する
 ・ 言語の形式は意味に,意味は形式に結びついていて,両者は双方向の関係にある
 ・ 言語はイマ・ココを超越した情報伝達を可能にする
 ・ 言語は意図を持って発話され,発話は受け取り手によって解釈される
 ・ 意味は推論によって作り出され,推論によって解釈される
 ・ よって話し手の発話意図と聞き手の解釈が一致するとは限らない

(2) 変化すること   
 ・ 慣習を守る力と,新たな形式と意味を創造して慣習から逸脱しようとする力の間の戦いである
 ・ 典型的な形式・意味からの一般化としては完全に合っていても,慣習に従わなければ「誤り」あるいは「不自然」と見なされる
 ・ ただし,言語コミュニティの大半が新たな形式や意味,使い方を好めば,それが既存の形式,意味,使い方を凌駕する
 ・ 変化は不可避である

(3) 選択的であること
 ・ 言語は情報を選択して,デジタル的に記号化する
 ・ 記号化のための選択はコミュニティの文化に依存する.つまり,言語の意味は文化に依存する
 ・ 文化は多様であるので,言語は必然的に多用途なり,恣意性が強くなっていく

(4) システムであること
 ・ 言語の要素(単語や接辞など)は,単独では意味を持たない
 ・ 言語は要素が対比され,差異化されることで意味を持つシステムである
 ・ 単語の意味の範囲は,システムの中の当該の概念分野における他の単語群との関係性によって決まる.つまり,単語の意味は当該概念分野がどのように切り分けられ,構造化されていて,その単語がその中でどの位置を占めるかによって決まる.とくに,意味が隣接する単語との差異によってその単語の意味が決まる
 ・ したがって,「アカ」や「アルク」のようにもっとも知覚的で具体的な概念を指し示す単語でさえ,その意味は抽象的である

(5) 拡張的であること
 ・ 言語は生産的である.塊から要素を取り出し,要素を自在に組み合わせることで拡張する
 ・ 語句の意味は換喩・隠喩によって広がる
 ・ システムの中での意味の隙間があれば,新しい単語が作られる
 ・ 言語は知識を拡張し,観察を超えた因果メカニズムの説明を可能にする
 ・ 言語は自己生成的に成長・拡張し,進化していく

(6) 身体的であること
 ・ 言語は複数の感覚モダリティにおいて身体に接地している
 ・ その意味では言語はマルチモーダルな存在である
 ・ 言語はつねにその使い手である人間の情報処理の制約に沿い,情報処理がしやすいように自らの形を整える
 ・ 言語はマルチモーダルに身体に接地したあと,推論によって拡張され,体系化される
 ・ その過程によってヒトはことばに身体とのつながりを感じ,自然だと感じる.本来的に似ていないもの同士にも類似性を感じるようになり,もともとの知覚的類似性と区別がつかなくなる(二次的類似性の創発とアイコン性の輪)
 ・ 文化に根ざした二次的類似性は,言語の多様性と恣意性を生む.しかし,それらは身体的なつながりに発し,そこから拡張されて実現されている.このことにより,言語は,人間が情報処理できないような拡張の仕方はしない.また,言語習得可能性も担保されている

(7) 均衡の上に立っていること
 ・ 言語は身体的であるが,同時に恣意的であり,抽象的である
 ・ 慣習に制約されながらつねに変化する(慣習を守ろうとする力と新たに創造しようとする力の均衡)
 ・ 多様でありながら,同時に普遍的側面を包含する
 ・ 言語は,特定のコミュニティにおいて,共時的←→通時的,慣習の保守←→習慣からの逸脱,アイコン性←→恣意性,多様性←→普遍性,身体性←→抽象性など,複数の次元における二つの相反する方向に向かうベクトルの均衡点に立つ


 ・ 今井 むつみ・秋田 喜美 『言語の本質 --- ことばはどう生まれ,進化したか』 中公新書,2023年.

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2023-09-26 Tue

#5265. 今井むつみ・秋田喜美著『言語の本質』(中公新書,2023年) [review][linguistics][language_change][yurugengogakuradio][youtube][onomatopoeia][abduction][language_acquisition][evolution][dynamic_equilibrium]


今井 むつみ・秋田 喜美 『言語の本質 --- ことばはどう生まれ,進化したか』 中公新書,2023年.


 中公新書の新刊書『言語の本質』.言語学界隈ではすでに多くのメディアで取り上げられ,話題となっている.中央公論新社のサイトでは特設サイトが設けられており,盛り上がりの様子がわかる.
 私が同僚の井上逸兵氏とともに運営している YouTube の「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」でも「#141. ベストセラー本,今井むつみ・秋田喜美『言語の本質』を語ってみました.」を2ヶ月ほど前に紹介している.また,人気 YouTube/Podcast チャンネル「ゆる言語学ラジオ」でも,本書の著者の1人である今井むつみ氏の出演回を含め多くの関連回が配信されている.
 本書では,(1) 従来の言語学研究では周辺的な扱いを受けてきたオノマトペ (onomatopoeia) が,言語進化・言語習得の初期段階においてきわめて大きな役割を演じており,(2) その基盤の上に,仮説形成推論 (abduction) というヒト固有の推論に駆動される形で,言語能力が雪だるま式に発展・向上していく(=ブートストラッピング)モデルが提案されている.仮説モデルではあるものの,豊富な先行研究に基づきつつ発達心理学の実証実験に裏打ちされた議論には,強い知的興奮を感じる.
 本書は,言語変化や言語変異を考える上でも示唆的な指摘に富む.終章では7点の「言語の大原則」が提案されているが,その2点目に「変化すること」が掲げられている.そちらを引用する (258) .

 ・ 慣習を守る力と,新たな形式と意味を創造して慣習から逸脱しようとする力の間の戦いである
 ・ 典型的な形式・意味からの一般化としては完全に合っていても,慣習に従わなければ「誤り」あるいは「不自然」と見なされる
 ・ ただし,言語コミュニティの大半が新たな形式や意味,使い方を好めば,それが既存の形式,意味,使い方を凌駕する
 ・ 変化は不可避である


 言語は,維持しようとする力と変化しようとする力の拮抗と均衡により,結局は変化していくとはいえ体系としては維持されていくという,まさに動的平衡 (dynamic_equilibrium) を体現する不思議な存在であることが,ここでは謳われている.
 『言語の本質』,ぜひご一読を.

 ・ 今井 むつみ・秋田 喜美 『言語の本質 --- ことばはどう生まれ,進化したか』 中公新書,2023年.

Referrer (Inside): [2023-09-27-1]

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2023-07-22 Sat

#5199. 社会名前学名前の社会学 [terminology][sociolinguistics][onomastics][linguistics]

 言語学と社会学を掛け合わせると,いずれに力点を置くかによって,社会言語学 (sociolinguistics) と言語の社会学 (sociology of language) が生じる(cf. 「#1380. micro-sociolinguistics と macro-sociolinguistics」 ([2013-02-05-1]),「#4750. 社会言語学の3つのパラダイム」 ([2022-04-29-1])).
 さらに,これらと固有名詞学 (onomastics) を掛け合わせると,標題の通り社会名前学 (socio-onomastics) と名前の社会学 (sociology of names) が立ち現われてくる.この2つの領域について,De Stefani (57) による解説を聞こう.

I draw a distinction between socio-onomastics and the sociology of names by observing divergent methodological procedures and research topics in the two fields. Socio-onomasticians apply methods inherited from sociolinguistics to the analysis of names. They use interviews, focus group discussions or questionnaires as the basis of their analyses, and describe name usage with respect to previously defined social categories (e.g. 'male', 'female', 'young', 'native', 'migrants', etc.). In this line of research, name variants as used by different populations in urban settings constitute a privileged topic of investigation . . . . By contrast, the sociology of names mainly addresses larger societal questions, arising for instance from language contact, in particular in the presence of so-called minority languages or dialects. The use of names in the construction of an individual's or a community's identity is a central topic of investigation, as exemplified for example by numerous studies on linguistic landscapes . . . .


 とても分かりやすい区分である.しかし,もとにある社会言語学と言語の社会学の区別をあまりに絶対的なものととらえると見えなくなってしまうことがあるのと同様に,社会名前学と名前の社会学の区別もあくまで相対的なものとしてとらえておくほうのがよいだろうと考える.
 De Stefani では,もう1つの掛け合わせとして,相互行為の名前学 (interactional onomastics) という魅力的な領域も紹介されている.
 名前学の守備範囲は広い.「#5189. 固有名詞学の守備範囲」 ([2023-07-12-1]) を参照.

 ・ De Stefani, Elwys. "Names and Discourse." Chapter 4 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 52--66.

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