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variety - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2020-10-25 11:06

2020-09-25 Fri

#4169. GloWbE --- Corpus of Global Web-Based English [glowbe][corpus][ice][englishes][world_englishes][variety][ame_bre][spelling]

 「#4166. 英語史の各時代のコーパスを比較すれば英語史がわかる(かも)」 ([2020-09-22-1]) で触れた World Englishes のコーパス GloWbE (= Corpus of Global Web-Based English) を少し試してみた.(先日の駒場英語史研究会にて本コーパスを導入していただきました菊地翔太先生(明海大学)には,改めて感謝します.)
 このコーパスは20カ国からの英語変種を総合した19億語からなる巨大コーパスで,変種間の比較が容易に行なえる仕様となっている.変種間比較についていえば,私はこれまで「#517. ICE 提供の7種類の地域変種コーパス」 ([2010-09-26-1]),「#1743. ICE Frequency Comparer」 ([2014-02-03-1]) などで取り上げたように ICE (International Corpus of English) しか知らなかったのだが,コーパスの世界は急速に進化しているようだ.GloWbE のインターフェースは,COCA (Corpus of Contemporary American English) や COHA (Corpus of Historical American English) などと共通なので,そちらに慣れたユーザーであれば,とっついやすいはずだ.
 きわめて単純な使い方ではあるが,GloWbE の最大の売りである変種間比較を colorcolour のスペリングに関して行なってみた.一般に color はアメリカ式,colour はイギリス式のスペリングといわれるが,この2変種間の比較に満足せず,20変種間で比べてみようという試みだ.インターフェースより単純に Chart 出力機能を選択し,各々のスペリングで検索し,返された図表を眺めるだけなのだが,それだけでも十分におもしろい.まずは,アメリカ式 color の図表から.



 次に,イギリス式 colour の図表を挙げよう.



 横方向の中央辺りに東南アジアの国々が集まっており,歴史的にはイギリス式が多いと予想される地域なわけだが,実はアメリカ式スペリングのほうが優勢のようだ.近年の英語のアメリカ化 (americanisation) の影響が疑われよう.一方,左側には(米国を除く)アングロサクソン系諸国が集まっており,そこでは予想通りにイギリス式が優勢である.右側に集まっているアフリカ諸国では,両スペリングの差はさほど大きくない.
 color vs colour の問題を米英間の問題として論じる時代は過ぎ去りつつある.凄いツールが出てきたものである.

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2020-09-24 Thu

#4168. 言語の時代区分や方言区分はフィクションである [me_dialectology][periodisation][dialectology][variety]

 英語史の概説書を読んでいると,「古英語」「中英語」「近代英語」などと特定の名前のついた時代区分が至るところに現われる.また「イングランド北部方言」「スコットランド方言」「ニューイングランド方言」などと名付けられた方言区分もよく出てくる.そのような区分名称があまりに自然に頻繁に用いられるために,英語に関して,時間や空間のなかで区切られた,そのような枠 --- 変種 (variety) --- が実際に存在すると思い込んでしまうことが多い.
 しかし,言語の変種というものは常にフィクションである.○○英語もフィクションだし,英語それ自体もフィクションである.そして,日本語も然り.それと連動して,時代区分や方言区分もまたフィクションにすぎない.
 これらの問題については,「#415. All linguistic varieties are fictions」 ([2010-06-16-1]),「#1373. variety とは何か」 ([2013-01-29-1]),「#2116. 「英語」の虚構性と曖昧性」 ([2015-02-11-1]),「#4123. 等語線と方言領域は方言学上の主観的な構築物である」 ([2020-08-10-1]) などで取り上げてきた.
 言語に関するあらゆることがフィクションだと聞くと,狐につままれたようなような気がするかもしれない.しかし,ポイントは簡単だ.言語(変種)は時間的にも少しずつ変化するし,空間的にも少しずつ変異する連続体であり,名称をつけた区域のどこが始まりで,どこが終わりかを正確に指差しすることができないからだ.ここだと指差ししたところの1日手前,あるいは1ミリ手前の点を代わりにとって,そこを始まり/終わりとしてはなぜダメなのか,ということを客観的に示すことができないのである.
 中英語の時代区分と方言区分について考察した Laing and Lass が,この問題について簡潔に解説している.まずは時代区分について.

The 'early'/'late' division is largely . . . a matter of convenience. The language of the 12th century and that of the 15th are different enough to justify separate identifying names. But language differences in time, like those in space, form continua: there are no sharp temporal boundaries. With respect to 'archaism' and 'modernness' Middle English before 1300 is certainly 'early' and that after 1350 'late'; the language written between is perhaps 'transitional', but this property exists only by virtue of the strong differences at both ends. (418--19)


 次に方言区分について.

There are no such things as dialects. Or rather, 'a dialect' does not exist as a discrete entity. Attempts to delimit a dialect by topographical, political or administrative boundaries ignore the obvious fact that within any such boundaries there will be variation for some features, while other variants will cross the borders. (417)


 「言語はフィクションである」というとき,必ずしも否定的な含みがあるわけではない.それは人間にとって便利なフィクションだし,おそらく不可欠なフィクションでもあるだろう.むしろそこには積極的な側面すらあり得る.「#2265. 言語変種とは言語変化の経路をも決定しうるフィクションである」 ([2015-07-10-1]) でみたように,言語のフィクション性そのものが言語の現実を変えてしまうこともあり得るのだから.

 ・ Laing, M. and R. Lass. "Early Middle English Dialectology: Problems and Prospects." Handbook of the History of English. Ed. A. van Kemenade and Loos B. L. Oxford: Blackwell, 2006.

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2020-08-24 Mon

#4137. 中世イングランドで話されていたフランス語は Anglo-Norman か Anglo-French か [oed][anglo-norman][french][me][variety]

 中世イングランドで用いられていたフランス語変種を何と呼ぶべきかという問題には,私も長らく頭を悩ませてきた.英語史でも,かの変種についてしばしば言及する機会があるからだ.本ブログの記事に付しているタグとしては専ら (anglo-norman) を用いてきたが,記事本文中では Anglo-French の呼称も自由に使ってきた.
 先日の記事「#4133. OED による英語史概説」 ([2020-08-20-1]) で紹介した記事の1つ Middle English: an overview を読んでいたところ,"A multilingual context" と題する節のもとで標記の問題への言及を見つけた.

What to call the French used in Britain in this period is a difficult scholarly question. Traditionally the term 'Anglo-Norman' has been used, notably in the title of The Anglo-Norman Dictionary. In fact, the present-day editors of that dictionary note that in many ways 'Anglo-French' is a more appropriate term, since it better reflects the wide variety of inputs shown by the French used in medieval Britain. OED3 retains the term 'Anglo-Norman' largely to maintain consistency with the title of The Anglo-Norman Dictionary.


 引用の通り,OED の方針としては既存の The Anglo-Norman Dictionary の呼称と一致させて Anglo-Norman を用いるということのようだ.しかし,内心のところ,問題の変種へのインプットは Norman French に限られないことから,もっと広めに Anglo-French と呼ぶ方が適切だろうとは考えているらしい.
 直接 OED の当該の語に当たってみよう.まず Anglo-Norman は "The variety of the French language spoken and written in medieval England after the Norman Conquest." とある.言語名の名詞としては1818年,形容詞としては早く1735年に初出しているが,あくまで近代になってからの呼称である.
 一方,Anglo-French に当たってみると,"The variety of the French language spoken and written in medieval England." とある.ほとんと違いがない.言語名の名詞としては1862年,形容詞として1884年に初出している.しかし,その定義のすぐ下に,次の重要な注があった.

Anglo-French developed after the Norman Conquest of 1066, and remained current in some functions until the mid 15th cent. The term 'Anglo-Norman' has traditionally been used in the same meaning (cf. Anglo-Norman n. 2), but 'Anglo-French' is preferred by many scholars since this variety was not solely based on Norman French. French in later legal use is normally distinguished as Law French (see law-French n. at law n.1 Compounds 3).


 やはり OED も内心は Anglo-French の呼び名のほうを買っているように思われる.Law French という別の視点からのくくりも意識しておきたい (cf. law_french) .言語名を巡る問題は,それだけで歴史社会言語学的な難問となることが多い.「#3558. 言語と言語名の記号論」 ([2019-01-23-1]) も参照されたい.

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2020-08-07 Fri

#4120. isoglossheterogloss の関係 [isogloss][dialectology][dialect][variety][terminology]

 昨日の記事「#4119. isogloss ならぬ heterogloss」 ([2020-08-06-1]) で,isogloss に対する heterogloss という方言学上の概念・用語を導入した.この対となるキーワードについては,理論的に考えておくべき点がいろいろとありそうだ.
 Chambers and Trudgill (104--05) によると,両者は互いに翻訳可能であり,方言区分に関する観点こそ異なれど,いずれがより優れた見方かという問題ではないと議論している.その趣旨を解説すると,次のようになる.
 注目している言語項に2つの異形があり,一方を△として,他方を○として地図上にプロットすることを考える.現実の分布を目の前にして,方言学者は方言区分のために境界線を引こうとするが,その際に2通りの引き方が可能である.1つは,下の左図のように異形を示す2領域の間の空間(「中途空間」と呼んでおく)に1本線を引くやり方.もう1つは,各々の異形の領域の下限と上限の観察点を結んでいき,計2本の線を引くやり方である.前者が isogloss,後者が heterogloss の考え方ということになる.

        △ △ △ △ △     |      △ △ △ △ △
                                      |
         △ △ △ △      |       △ △ △ △ 
                                      |
        △ △ △ △ △     |    ──△─△─△─△─△── ←heterogloss
isogloss→ ─────────────      |
        ○ ○ ○ ○ ○     |    ──○─○─○─○─○── ←heterogloss
                                      |
         ○ ○ ○ ○      |       ○ ○ ○ ○ 
                                      |
        ○ ○ ○ ○ ○     |      ○ ○ ○ ○ ○


 Chambers and Trudgill (105) は,中途空間に新たな○か△かの観察点が加えられたり,あるいは右上隅などに新たな○の観察点が発見されたりすれば,いずれの方法にせよ,線を引き直さなければならないのは同じであるとして,両方法の優劣には差がないという立場だ.つまり,両者の違いにこだわりすぎてはいけないと説く.
 確かに,上記のような架空の分布を例に取れば,そのように考えることはできるだろう.しかし,実際によくある分布は,○が優勢な下方の領域に△も多少食い込んでいたり,その逆もあるような分布である.つまり,○と△の混在エリアが存在する.そのような場合には,○と△の各々の限界線を heterogloss として引くことは意味があるだろう.これは,混在エリアを太い isogloss で引くということと同じことではない.

 ・ Chambers, J. K. and Peter Trudgill. Dialectology. 1st ed. Cambridge: CUP, 1980.

Referrer (Inside): [2020-08-10-1]

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2020-08-06 Thu

#4119. isogloss ならぬ heterogloss [isogloss][dialectology][dialect][me_dialect][variety][terminology][dialect_continuum]

 方言学 (dialectology) では,ある言語項の異形 (variants) の分布を地図上にプロットしてみせる視覚的表現がしばしば利用される.異形がぶつかり合うところは,いわば方言境界をなし,地図上には境界線らしきものが描き出される.この線は,等高線,等圧線,等温線になぞらえて等語線 (isogloss) と呼ばれる.
 例えば,言語史上有名の等語線の1つとして「#1506. The Rhenish fan」 ([2013-06-11-1]) で示したドイツ語の makenmaxen に関するものを挙げよう.その方言地図を一目見れば分かる通り,第2次子音推移 (sgcs) を経た南部と経ていない北部がきれいに分割されるような等語線が,東西に一本引かれている.
 しかし,「等語線」は一見すると分かりやすい概念・用語だが,実はかなりのくせ者である.1つには,どの単語に注目するかにより等語線の引き方が異なってくるからだ.「#1532. 波状理論,語彙拡散,含意尺度 (1)」 ([2013-07-07-1]) の表で示したとおり,上記の第2次子音推移に関する等語線は,maken/maxen を例にとれば先の地図上の線となるが,ik/ich を例にとればまた別の場所に線が引かれることになる.「#1505. オランダ語方言における "mouse"-line と "house"-line」 ([2013-06-10-1]) の例も同様である.どの単語の等語線を重視すべきかという問題については,「#1317. 重要な等語線の選び方」 ([2012-12-04-1]) で論じたように,ある程度の指標はあるとはいえ,最終的には方言学者の恣意的な判断に任されることになる.
 もう1つは,特定の単語に注目した場合ですら,やはりきれいな1本線を地図上に引けるとは限らないことである.例えば,maken は先の等語線の南部ではまったく観察されないかといえば,そうではない.等語線のわずかに南側では用いられているだろう.同じように maxen も等語線のわずかに北側では用いられているはずである.地図上では幅のない1本線で描かれているとしても,その境界は現実の地理においては幅をもった帯として存在しているはずである.つまり,境界線というよりは境界領域といったほうがよい.幅がどれだけ広いか狭いかは別として,その境界領域では両異形が用いられている.
 makenmaxen の使用分布を区分する1つの等語線という見方は,ある種の理想化された方言境界を示すものにすぎない.現実には make の南限を示す線と maxen の北限を示す線の,合わせて2本の線があり,両者に挟まれた帯の存在を念頭におかなければならない.換言すれば,この帯をいくぶん太く塗りつぶして1本の線のように見せたのが等語線ということだ.方言学者は,各異形の南限や北限を示す各々の線のことを,"isogloss" と対比させる意味で "heterogloss" と呼んでいる.これについて,中英語方言学の権威 Williamson (489) の説明に耳を傾けてみよう.

An isogloss is a cartographic construct, intended to show the geographical boundary between the distributions of two linguistic features. But the isogloss is problematic: it often distorts what typically happens when the bounds of two distributions meet, by sanitizing or idealizing the co-occurrence of the bounds. There is rarely a clear-cut line between the distributions of features. Rather, they may often overlap, so that there are areas when both forms are used to a greater or lesser extent in neighboring communities or used by the members of one community and understood by those of another. Where the boundaries of features meet, we find zones of transition. It is these zones of transition, shifting across space, which define the dialect continuum.
    . . . . An isogloss makes assumptions about what is or is not there. . . . I have resorted to a variant of the isogloss --- the "heterogloss". A heterogloss is a line which attempts to demarcate the bounds of the distribution of a single feature. Where the bounds of the distributions of two features meet, there will be two boundary lines --- one for each feature. Heteroglosses allow us to see where there are overlaps between the distributions.


 引用にもある通り,方言連続体 (dialect_continuum) の現実を理解する上でも,"heterogloss" という概念・用語の導入は重要である.関連して「#4114. 方言(特に中英語の方言)をどうとらえるか」 ([2020-08-01-1]) も参照されたい.

 ・ Williamson, Keith. "Middle English: Dialects." Chapter 31 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 480--505.

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2020-08-01 Sat

#4114. 方言(特に中英語の方言)をどうとらえるか [me_dialect][dialectology][dialect][variety][geography][isogloss][sociolinguistics][dialect_continuum]

 方言 (dialect) をどうみるかという問題は,(社会)言語学の古典的なテーマである.この問題には,言語と方言の区別という側面もあれば,方言どうしの区分という側面もある(cf. 「#4031. 「言語か方言か」の記事セット」 ([2020-05-10-1]),「#1501. 方言連続体か方言地域か」 ([2013-06-06-1])).そもそも方言とは言語学的にいかに定義できるのか,という本質的な問いもある.
 英語史研究では中英語方言 (me_dialect) が広く深く調査されてきたが,現在この分野の権威の1人といってよい Williamson (481) が,(中英語)方言とは何かという核心的な問題に言及している.議論の出発点となりそうな洞察に富む指摘が多いので,いくつか引用しておこう.

The most significant and paradoxical finding of dialect geography has been the non-existence of dialects, the objects which it purports to study. A "dialect" is a construct: a reification of some assemblage of linguistic features, defined according to criteria established by the dialectologist. These criteria may be linguistic, extra-linguistic, or some combination of these two kinds.


A (Middle English) dialect can be considered to be some assemblage of diatopically coherent linguistic features which co-occur over all or part of their geographical distributions and so delineate an area within the dialect continuum. Adding or taking away a feature from the assemblage is likely to alter the shape of this area: addition might reduce the area's size, subtraction, increase it. Any text which contains that assemblage of features can be considered as having its provenance within that area.


Linguistic variation across space exists because languages undergo change as a natural consequence of use and transmission from generation to generation of speakers. A linguistic change takes place in a community and subsequently becomes disseminated through time and across space as the next generation of speakers and neighboring communities adopt the change. A "dialect continuum" emerges from the language contacts of speakers in neighboring communities as they share some features, but not others. A continuum is thus made up of a set of overlapping distributions of linguistic features with varied geographical extents --- some extensive, some local. A continuum is not static and is constantly shifting more or less rapidly through time.


 特に2つめと3つめの引用は,方言連続体 (dialect_continuum) の精確な定義となっている.この方言観は「#1502. 波状理論ならぬ種子拡散理論」 ([2013-06-07-1]) とも通じるだろう.

 ・ Williamson, Keith. "Middle English: Dialects." Chapter 31 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 480--505.

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2020-05-10 Sun

#4031. 「言語か方言か」の記事セット [hellog_entry_set][language_or_dialect][variety][language_continuum][dialectology][geography][isogloss][sociolinguistics]

 先週の英語学(社会言語学)のオンライン授業で社会言語学の古典的問題である「言語か方言か」について議論した.ある言語変種 (variety) が "language" なのか "dialect" なのかは何によって決まるのか,という問題だ.これについて hellog 記事セットをまとめてみた.

 ・ 「言語か方言か」の記事セット

 琉球の言葉は琉球語なのか琉球方言なのか.前者では日本語とは(関連するが)独立した1つの言語としてとらえていることになり,後者では日本語のなかの1方言という位置づけとなる.一般には琉球方言として解釈されていると思われるが,その根拠はいったい何か.
 相互理解(不)可能性という基準がまず思い浮かぶ.しかし,互いに理解可能かどうかは,個々人の言語能力や言語慣習の問題である.聞き慣れてコツをつかめば理解できるようになってくるという側面もある.つまり,客観的な基準としては頼りないように思われる.中国の広い国土で話されている中国語の諸変種は,互いにほとんど理解不可能なほどかけ離れているものもあるが,いずれも中国語の方言として扱われている.一方,ノルウェー語とスウェーデン語は互いにおよそ通じるといわれるが,北欧語のノルウェー方言,スウェーデン方言などと呼ばれることはなく,あくまでノルウェー語でありスウェーデン語である.
 言語学的な構造の違いが歴然としていれば,別々の言語だとすることは妥当だろう.前段落で比較した諸変種は,理解(不)可能性の問題はあるにせよ,互いに比較言語学的に同族であり,言語構造はかなりの程度パラレルである.しかし,日本語とアイヌ語などを比べると,言語構造的にあまりにかけ離れていることは明らかであり,たとえば後者を前者の方言と位置づけるには無理がある.したがって,言語構造上の基準は間違いなく存在する.
 また,ノルウェー語とスウェーデン語の例からは,ある変種が言語か方言かは,国家という社会秩序がバックについているかどうかで決まり得るということも分かってくるだろう.セルビア語とクロアチア語も互いに通じ,言語構造も似通っているが,異なる国家がバックについているがゆえに,異なる言語(方言ではなく)と呼ばれるのである.社会言語学の金言として知られているように,"Language is a dialect with an army and a navy" なのである.
 一方,イギリス英語とアメリカ英語もほぼ100%互いに通じ,言語構造もほぼ同型といってよい点では,上の2例と同じはずだが,普通はイギリス語やアメリカ語とは呼ばない.あくまで英語という1つの言語のなかの2つの方言という位置づけでとらえられている.
 ほかに民族や宗教などの基準に拠るという意見もあるだろうし,標準語の存在を中心に据える議論もあるだろう.しかし,いずれにせよ,考え始めると「言語か方言か」の問題が実に厄介であることが分かってくる.
 上の記事セットと一部重なるが,language_or_dialect の各記事もどうぞ.

Referrer (Inside): [2020-08-01-1] [2020-05-11-1]

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2020-04-23 Thu

#4014. 初期ウェストサクソン方言と後期ウェストサクソン方言の関係 [oe][oe_dialect][variety][alfred]

 現存する古英語の文献の大多数がウェセックスに基礎をおくウェストサクソン方言 (West Saxon) で書かれている.それは9世紀以降ウェセックス王国がイングランドの盟主の立場にあり,イングランド統一の礎を築いたからである.ある土地の政治的な威信がその土着方言の地位を向上させ,国の「標準語」の有力候補となっていく過程は,古今東西で繰り返されてきた.8世紀後半には名君主アルフレッド大王 (Alfred the Great) が出てウェセックスの名声を高め(「#4012. アルフレッド大王の英語史上の意義」 ([2020-04-21-1]) を参照),その1世紀後には古英語最大の作家といってよいアルフリック (Ælfric) が出て古英語散文のモデルを示した.いずれも時期は異なるがウェストサクソン方言で書かれており,彼らに範を仰いだ他の作家たちも同方言をベースとした書き言葉でものした.ウェストサクソン方言は,古英語期を貫く随一の書き言葉のモデルを提供したといえる.(ただし,これを「古英語の標準語」と呼ぶことには問題がある.この問題については昨日の記事「#4013. 「古英語の標準語」の解釈」 ([2020-04-22-1]) を参照.)
 しかし,同じウェセックス地方を基盤としていると言われるものの,アルフレッド時代の Early West Saxon とアルフリックの Late West Saxon とを単純に直線で結びつけるわけにはいかない.両変種の関係は,直線というよりは斜めの曲がりくねった点線で表わされるべきものなのだ.これについて Mengden が Kastovsky を参照しながら次のように述べている.

Kastovsky (1992: 346) points out that the traditional distinction between "Early West Saxon" for the language prototypically represented by the Alfredian translations and "Late West Saxon", prototypically represented by Ælfric's texts, is misleading, as it suggests a mere diachronic distinction between two varieties within only a little more than a hundred years. Rather, it should be assumed that the differences between the two groups of documents are diatopic at least to the same extent as they are diachronic.


 これは Early West Saxon と Late West Saxon を1世紀ほどの間隔をあけた同じ方言とみなすのではなく,時間的にも空間的にもずれた,直接的には結びつかない変種とみなすほうが的確だ,という指摘だ.両変種の古英語を読み比べてみると,1世紀の時間の経過を差し引いたとしても,同じ "West Saxon" の名を冠している割には確かに異なった変種のようにみえる.この辺りは,古英語の「標準語」や書き言葉のモデルを論じるにあたって注意しておかなければならない点だろう.

 ・ Mengden, Ferdinand von. "Periods: Old English." Chapter 2 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 19--32.
 ・ Kastovsky, Dieter. "Semantics and Vocabulary." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 290--408.

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2020-03-18 Wed

#3978. 区別しておくべき2つの "Old Norse" [old_norse][terminology][germanic][variety]

 英語史において「古ノルド語」あるいは "Old Norse" (old_norse) という言語名を使うときに注意しなければならないのは,この名前が2つの異なる指示対象をもち得るということだ.
 1つは,北ゲルマン語群のうち現存する最古の資料としての古アイスランド語(12世紀以降)を,同語群の代表として指し示す用法.もう1つは,とりわけ英語史研究の文脈において,8世紀半ばから11世紀にかけて英語を母語とするアングロサクソン人が,主に北東イングランドで接触したヴァイキングたちの母語を指す用法である.
 この2つの指示対象は,まずもって時期が少なくとも1世紀以上異なる.また,空間的にも前者はアイスランド,後者は北ゲルマン語群のなかで西と東の両グループにまたがるものの,原則としてスカンジナビア半島である.OED の新版ではこの用語上の混乱を避けるために,前者を(文献があるという点で)具体的に "Old Icelandic" と,後者を(文献がないという点で)やや抽象的に "early Scandinavian" と呼び分けているようだ.この厳密な使い分けは確かに正確で便利だが,要は用語上の問題にすぎないので,文脈さえ明確であれば,いずれもこれまで通り "Old Norse" と呼んでおいても差し支えはない.ただし,区別を意識しておく必要はあるだろう.
 Durkin (175) がこの問題を明示的に指摘していた.私自身はこれまで2つの "Old Norse" を一応のところ区別していたと思うが,明示的に区別すべしという議論を聞いてハッとした.

One important, albeit slightly arcane, initial question concerns terminology. Traditionally, the term 'Old Norse' has been used to denote two different things: (i) the language of the earliest substantial documents in any Scandinavian language, namely the rich literature largely preserved in Icelandic manuscripts dating from the twelfth century and (mostly) later; and (ii) the language that was in contact with English in the British Isles. In fact this is somewhat misleading, since English was in contact with the ancestor varieties of both West Norse (Norwegian and Icelandic) and East Norse (Danish and Swedish), but at a time earlier than our earliest substantial surviving documents for any of the Scandinavian languages, and at a time when the differences between West and East Norse were still very slight. Thus it is only rarely that English words can be attributed to either West or East Norse influence with any confidence. In this book I follow the terminology used in the new edition of the OED, using 'early Scandinavian' as a catch-all for the early West Norse and East Norse varieties which were in contact with English, and distinguishing this from 'Old Icelandic' denoting the language of the early Icelandic texts, and from 'Old Norwegian', 'Old Danish', 'Old Swedish' denoting the oldest literary records of each of these languages.


 言語名というのはときにトリッキーで,注意しておかなければならないケースがある.関連して「#3558. 言語と言語名の記号論」 ([2019-01-23-1]),「#864. 再建された言語の名前の問題」 ([2011-09-08-1]) なども参照.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

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2019-12-28 Sat

#3897. Alternative Histories of English [hel_education][review][history][sociolinguistics][world_englishes][variety]

 この2日間の記事 ([2019-12-26-1], [2019-12-27-1]) で「歴史の if」について考えてみた.反実仮想に基づいた歴史の呼び方の1つとして alternative history があるが,この表現を聞いて思い出すのは,著名な社会言語学者たちによって書かれた英語史の本 Alternative Histories of English である.
 この本は,実際のところ,反実仮想に基づいたフィクションの英語史書というわけではない.むしろ,事実の記述に基づいた堅実な英語史記述である.ただし,現在広く流通している,いわゆる標準英語のメイキングに注目する「正統派」の英語史に対して,各種の非標準英語,すなわち "Englishes" の歴史に光を当てるという趣旨での「もう1つの歴史」というわけである.
 しかし,本書は(過去ではないが)未来に関するある空想に支えられているという点で,反実仮想と近接する部分が確かにある.このことは,2人の編者 Watts and Trudgill が執筆した "In the year 2525" と題する序論にて確認できる.以下に引用しよう.

   If the whole point of a history of English were, as it sometimes appears, to glorify the achievement of (standard) English in the present, then what will speakers in the year 2525 have to say about our current textbooks? We would like to suggest that orthodox histories of English have presented a kind of tunnel vision version of how and why the language achieved its present form with no consideration of the rich diversity and variety of the language or any appreciation of what might happen in the future. Just as we look back at the multivariate nature of Old English, which also included a written, somewhat standardised form, so too might the observer 525 years hence look back and see twentieth century Standard English English as being a variety of peculiarly little importance, just as we can now see that the English of King Alfred was a standard form that was in no way the forerunner of what we choose to call Standard English today.
   There is no reason why we should not, in writing histories of English, begin to take this perspective now rather than wait until 2525. Indeed, we argue that most histories of English have not added at all to the sum of our knowledge about the history of non-standard varieties of English --- i.e. the majority --- since the late Middle English period. It is one of our intentions that this book should help to begin to put that balance right. (1--2)


 正統派に属する伝統的な英語史の偏狭な見方を批判した,傾聴に値する文章である."alternative history" は,この2日間で論じてきたように,原因探求に効果を発揮するだけでなく,広く流通している歴史(観)を相対化するという点でも重要な役割を果たしてくれるだろう.
 本書の出版は2002年だが,それ以降,英語の非標準的な変種や側面に注目する視点は着実に育ってきている.関連して「#1991. 歴史語用論の発展の背景にある言語学の "paradigm shift"」 ([2014-10-09-1]) の記事も参照されたい.なお,このような視点を英語史に適用する試みは,いまだ多くないのが現状である.

 ・ Watts, Richard and Peter Trudgill, eds. Alternative Histories of English. Abingdon: Routledge, 2002.

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2019-11-27 Wed

#3866. Lumbee English [variety][world_englishes][ethnic_group][ame]

 アメリカ英語の民族変種の1つとして "Lumbee English" と呼ばれる変種があることを Smith and Kim (296--97) によって知った.
 ミシシッピ川の東側における最大のアメリカ先住民とされるラムビー族 (Lumbee) の中心地は,失われた植民地として有名な Roanoke からさほど遠くない,North Carolina の Robeson 郡である.彼らの話す言語は,先住民族固有のの土着の言語ではなく,あくまでアメリカ英語である.しかし,それは同民族と結びつけられている独特なアメリカ英語であり,Lumbee English と称されるものである.Robeson 郡の人口構成は複合的であり,40%はアメリカ先住民,35%はヨーロッパ系アメリカ人,25%はアフリカ系アメリカ人とされる.この3者が3様のアメリカ英語変種を話しており,その1つが Lumbee English というわけだ.
 同郡の他の変種と重なる言語特徴も少なくないが,Lumbee English には標準英語とは異なる次のような項目が観察される.

 ・ be 動詞の was/is の規則化(were/are は用いられない): they was dancin' all night.
 ・ 現在分詞に接頭辞 a- を付す語法: my head was just a'boilin.
 ・ 否定の were の規則化: she weren't here.
 ・ 完了の beI'm been there.
 ・ 語彙: ellick (クリーム入りコーヒー)

 若い世代の話者による Lumbee English は,同郡で話されているアフリカ系アメリカ人の英語変種と重なる部分も多いようだが,それでも十分な独立性を保っているために,独自の変種とみなされている.複数の民族の交わる複合的な言語接触から生まれた,独特のアメリカ英語変種として興味深い.

 ・ Smith, K. Aaron and Susan M. Kim. This Language, A River: A History of English. Peterborough: Broadview P, 2018.

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2019-02-12 Tue

#3578. 黒人英語 (= AAVE) の言語的特徴 --- 語彙,語法,その他 [aave][variation][variety][slang][lexicon][ame]

 「#3576. 黒人英語 (= AAVE) の言語的特徴 --- 発音」 ([2019-02-10-1]),「#3577. 黒人英語 (= AAVE) の言語的特徴 --- 文法」 ([2019-02-11-1]) に続き,McArthur より AAVE の言語的特徴を紹介する.今回は語彙,語法,その他について.

 (1) goober (peanut), yam (sweet potato), tote (to carry), buckra (white man) などは西アフリカの語彙に遡る.

 (2) 内集団で homeboy / homegirl (自分の近所出身の囚人),homies (homegirls) などが用いられる.

 (3) ある集団を軽蔑して呼ぶ名称として honkie / whitey (白人),redneck / peckerwood (田舎の貧しい(南部の)白人)などが用いられる.

 (4) 俗語として bad / cool / hot (良い),crib (家,住居),short / ride (車)などが用いられる.

 (5) 日常的な語法として,stepped-to ((喧嘩で)有利な),upside the head (頭のところで(殴られる)),ashy ((皮膚が)脱色して)などが用いられる.

 (6) 多くの AAVE 表現が,アメリカ英語の口語にも拡がっている.hip / hep (ポピュラーカルチャーに通じている人),dude (男)

 (7) アフリカの口頭伝統に由来する様々な表現が,やはりアメリカ英語の口語に拡がっている.the dozens (相手の母親に対する侮辱発言),rapping (雄弁で巧みな言葉遣い),shucking / jiving (白人を言葉巧みにからかったり,だましたりすること),sounding (言葉による対決)など.

 とりわけ語彙や表現の領域で顕著なのは,上にも述べたように,一般のアメリカ英語の口語・俗語にも多く入り込んでいることだ.アメリカ英語を論じる上で(ということは,ある程度は標準英語を論じる上でも),AAVE は無視できないくらいの存在感をもっているのである.とりわけ AAVE のポップカルチャーの言語への影響力は大きい.

 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.

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2019-02-11 Mon

#3577. 黒人英語 (= AAVE) の言語的特徴 --- 文法 [aave][variation][variety][morphology][syntax][negative][be][auxiliary_verb][tense][aspect][inversion]

 昨日の記事「#3576. 黒人英語 (= AAVE) の言語的特徴 --- 発音」 ([2019-02-10-1]) に引き続き,McArthur に依拠して AAVE の言語的特徴について.今回は文法に注目する.

 (1) 他の英語変種にもみられるが,多重否定は普通に用いられる.No way no girl can't wear no platform shoes to no amusement park.

 (2) 存在構文に there ではなく it を用いる.It ain't no food here.

 (3) 複数形,所有格形,3単現の -s,過去の -ed などが省略されることがある.He got three cent. / That's my brother book. / She like new clothes. / They talk all night.

 (4) 疑問文で倒置がなされないことがある.What it is? / How you are?

 (5) be 動詞の否定で do が用いられることがある.It don't all be her fault.

 (6) be の習慣相の用法.They be fightin. / He be laughing.

 (7) 強勢のある been により遠い過去の習慣的な行為を表わす.I béen see dat movie. / She béen had dat hat.

 (8) 時に小辞 a により意志を表わす.I'm a shoot you. (= I'm going to shoot you.)

 (9) steady が,進行形の前位置や,文末の位置において強勢を伴って相的な意味を表わす.We be steady rappin. / We steady be rappin. / We be rappin stéady. (= We are always talking.) / They steady be high. / They be stady high. / They be high stéady.. (= They are always intoxicated.)

 (10) Come が時に準助動詞として用いられる.He come tellin me some story. (= He told me a lie.) / They come comin in here like they own de place. (= They came in here like they owned the place.)

 (11) like を「ほとんど」の意味で副詞的に用いる.I like to die(d). (= I almost died.) / He like to hit his head on that branch. (= He almost hit his head on that branch.)

 確かにこのような英語で話しかけられれば,わかるはずの文も聞き取れないだろうと思われる.しかし,異なる言語というほどの距離感ではないのも事実である.AAVE の位置づけの論争も熱を帯びるわけだ.

 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.

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2019-02-10 Sun

#3576. 黒人英語 (= AAVE) の言語的特徴 --- 発音 [aave][variation][variety][rhotic][pronunciation][phonetics][phonotactics]

 日本語で「黒人英語」と言い習わされている英語変種は,社会言語学では AAVE (= African American Vernacular English) と呼ぶことが多い.他にも Black English Vernacular, African-American English, Afro-American (English), (American) Black English, black English など様々な呼び方が行なわれているが,以下は AAVE で通す.
 本ブログでは「#1885. AAVE の文法的特徴と起源を巡る問題」 ([2014-06-25-1]) を含む aave の各記事で AAVE の言語的特徴や起源について紹介してきた.毎年のように AAVE に関心のある学生がゼミなどに現われることもあり,今日から向こう数回にわたり,もう少し体系的に AAVE の言語的特徴を紹介していきたい.McArthur の英語事典の BLACK ENGLISH VERNACULAR の項 (133--35) に依拠しながら,発音,文法,語彙,語用などの部門別に紹介していく予定である.
 今回はイントロとして AAVE そのものが一枚岩ではなく,変異 (variation) に特徴づけられる変種であることをまず強調した上で,発音の特徴へと進みたい.AAVE は,米国の黒人の大多数が母方言とする英語変種である.しかし,その内部には種々の下位変種があり,社会階層によっても異なるし,都市・田舎の別によっても異なる.比較的「標準的な」ものから,教育を受けておらず,生まれ育った環境から外に出ない貧しい黒人によって話される「訛りのきつい」ものまで幅広い.標準的な AAVE といっても,標準英語と同様に地域による差異は存在する.南部の AAVE は(白人の話す)南部英語の語法を取り込んでいるし,北部の AAVE も同様である.個人や状況によっても,訛の強い AAVE 変種と標準英語に近い変種との交替 (style-shifting) がしばしば見られ,(社会)言語学的に正確な記述は困難を極める.
 では,典型的な AAVE の発音特徴をいくつか挙げていこう.

 (1) 一般的なアメリカ南部方言と同様に,non-rhotic である.car は "ca" のように,party は "pahty" のように発音される.唇音を含む子音群に起こる /l/ は脱落し,help は "hep" に,self は "sef" になる.rl は,We're comingWe'll be here などにおいても脱落し,"We comin" や "We be here" のようになる.

 (2) -ing において,/ŋ/ は /n/ で置換される.coming, running は,したがって "comin", "runnin" となる.

 (3) 語末の子音群は縮減される.desk, test, cold はそれぞれ "des", "tes", "col" となる.

 (4) 過去形語尾 /d/ も子音群において脱落する.looked, talked は,"look", "talk" となってしまう.

 (5) 語頭の /ð/ はしばしば /d/ で発音され,that day, this house が "dat day", "dis house" となる.

 (6) 語末の /θ/ はしばしば /f/ で発音され,booth, south が "boof", "souf" となる.

 (7) 2音節語において,しばしば第1音節に強勢が落ちる.たとえば,標準英語と異なり "pólice", "défine" などと発音される.

 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.

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2019-01-23 Wed

#3558. 言語と言語名の記号論 [world_languages][sociolinguistics][dialect][variety][scots_english][celtic]

 ある言語を何と呼ぶか,あるいはある言語名で表わされている言語は何かという問題は,社会言語学的に深遠な話題である.言語名と,それがどの言語を指示するかという記号論的関係の問題である.
 日本の場合,アイヌ語や八重山語などの少数言語がいくつかあることは承知した上で,事実上「言語名=母語話者名=国家名=民族名」のように諸概念の名前が「日本」できれいに一致するので,言語を「日本語」と呼ぶことに何も問題がないように思われるかもしれない(cf. 「#3457. 日本の消滅危機言語・方言」 ([2018-10-14-1])).しかし,このように諸概念名がほぼ一致する言語は,世界では非常に珍しいということを知っておく必要がある.
 アジア,アフリカ,太平洋地域はもとより,意外に思われるかもしれないがヨーロッパ諸国でも言語,母語話者,国家,民族は一致せず,したがってそれらを何と呼称するかという問題は,ときに深刻な問題になり得るのだ(cf. 「#1374. ヨーロッパ各国は多言語使用国である」 ([2013-01-30-1])).たとえば,本ブログでは「#1659. マケドニア語の社会言語学」 ([2013-11-11-1]) や「#3429. マケドニアの新国名を巡る問題」 ([2018-09-16-1]) でマケドニア(語)について論じてきたし,「#1636. Serbian, Croatian, Bosnian」 ([2013-10-19-1]) では旧ユーゴの諸言語の名前を巡る話題も取り上げてきた.
 本ブログの関心から最も身近なところでいえば,「英語」という呼称が指すものも時代とともに変化してきた.古英語期には,"English" はイングランドで話されていた西ゲルマン語群の諸方言を集合的に指していた.しかし,中英語期には,この言語の話者はイングランド以外でも,部分的にではあれスコットランド,ウェールズ,アイルランドでも用いられるようになり,"English" の指示対象は地理的も方言的にも広まった.さらに近代英語期にかけては,英語はブリテン諸島からも飛び出して,様々な変種も含めて "English" と呼ばれるようになり,現代ではアメリカ英語やインド英語はもとより世界各地で行なわれているピジン英語までもが "English" と呼ばれるようになっている.「英語」の記号論的関係は千年前と今とでは著しく異なっている.
 前段の話題は "English" という名前の指す範囲の変化についての semasiological な考察だが,逆に A と呼ばれていたある言語変種が,あるときから B と呼ばれるようになったという onomasiological な例も挙げておこう.「#1719. Scotland における英語の歴史」 ([2014-01-10-1]) で紹介した通り,スコットランド低地地方に根付いた英語変種は,15世紀以前にはあくまで "Inglis" の1変種とみなされていたが,15世紀後半から "Scottis" と称されるようになったのである.この "Scottis" とは,本来,英語とは縁もゆかりもないケルト語派に属するゲール語を指していたにもかかわらずである.平田 (57) が指摘する通り,このような言語名の言い換えの背景には,必ずやその担い手のアイデンティティの変化がある.

古スコッツ語は,一一〇〇年から一七〇〇年まで初期スコッツ語,中期スコッツ語と変遷した歴史を持つが,もっとも大きな変化は,一五世紀末に呼び名が変わったこと,すなわちイングリスがスコティス(Scottis は Scottish の古スコッツ語異形.Scots は Scottis の中間音節省略形)と呼ばれるようになったことである.かつてスコティスという言葉はあきらかにハイランド(とアイルランド)のゲール語を指していた.スコットランド性はゲール語と結びつけられていた.ところが,ローランド人は,この言語変種の呼び名はスコティスであると主張した.これははっきりとした自己認識の転換であった.スコティスはこれ以後はゲール語以外の言語を指すようになった.これはスコットランドの言語的なアイデンティティが転換したことを示しているのである.


 言語と言語名の記号論ほど,すぐれて社会言語学的な話題はない.

 ・ 平田 雅博 『英語の帝国 ―ある島国の言語の1500年史―』 講談社,2016年.

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2019-01-22 Tue

#3557. 世界英語における3単現語尾の変異 [variation][variety][world_englishes][new_englishes][3sp][verb][agreement][conjugation][inflection][link][nptr][hypercorrection]

 古今東西の○○英語において,3単現の動詞はどのように屈折しているのか.長らく追いかけている問題で,本ブログでも以下の記事をはじめとして 3sp の各記事で取り上げてきた.

 ・ 「#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布」 ([2011-06-26-1])
 ・ 「#1850. AAVE における動詞現在形の -s」 ([2014-05-21-1])
 ・ 「#1889. AAVE における動詞現在形の -s (2)」 ([2014-06-29-1])
 ・ 「#1852. 中英語の方言における直説法現在形動詞の語尾と NPTR」 ([2014-05-23-1])
 ・ 「#2310. 3単現のゼロ」 ([2015-08-24-1])
 ・ 「#2112. なぜ3単現の -s がつくのか?」 ([2015-02-07-1])
 ・ 「#2136. 3単現の -s の生成文法による分析」 ([2015-03-03-1])
 ・ 「#2566. 「3単現の -s の問題とは何か」」 ([2016-05-06-1])
 ・ 「#2857. 連載第2回「なぜ3単現に -s を付けるのか? ――変種という視点から」」 ([2017-02-21-1])

 現在の世界中の○○英語においては,3単現の語尾はどのようになっているのか,Methrie and Bhatt (66--67) の記述をまとめておきたい.
 3単現で -s 語尾とゼロ語尾が交替するケースは,数多く報告されている.ナイジェリア変種や東アフリカ諸変種をはじめ,アメリカ・インディアン諸変種,インド変種,インド系南アフリカ変種,黒人南アフリカ変種,フィリピン変種 (e.g. He go to school.),シンガポール変種,ケープ平地変種などがある.
 標準英語の反対を行く興味深い変種もある.単数でゼロとなり,複数で -s を取るという分布だ.アメリカ・インディアン変種のなかでもイスレタ族変種 (Isletan) では,次のような文例が確認されるという.

 ・ there are some parties that goes on over there.
 ・ Some peoples from the outside comes in.
 ・ All the dances that goes on like that occur in the spring.
 ・ The women has no voice to vote.

 ・ Maybe the governor go to these parents' homes.
 ・ About a dollar a day serve out your term.
 ・ This traditional Indian ritual take place in June.
 ・ By this time, this one side that are fast have overlapped.
 ・ The governor don't take the case.


 イスレタ族変種と同様の傾向が,ケープ平地変種でも確認されるという (e.g. They drink and they makes a lot of noise.) .
 標準英語の逆を行くこれらの変種の文法もある意味では合理的といえる.主語が単数であれば主語の名詞にも述語の動詞にも -s が現われず,主語が複数であればいずれにも -s が付加されるという点で一貫しているからだ.Methrie and Bhatt (66) は,この体系を "-s plural symmetry" と呼んでいる.
 ただし,"-s plural symmetry" を示す変種は inherent variety なのか,あるいは話者個人が標準英語などを目標として過剰修正 (hypercorrection) した結果の付帯現象なのかは,今後の調査を待たなければならない.また,これらの変種が,北部イングランドの歴史的な Northern Present Tense Rule (nptr) と歴史的因果関係があるのかどうかも慎重に検討しなければならないだろう.

 ・ Mesthrie, Rajend and Rakesh M. Bhatt. World Englishes: The Study of New Linguistic Varieties. Cambridge: CUP, 2008.

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2018-11-24 Sat

#3498. hybrid Englishes [world_englishes][new_englishes][variety][sociolinguistics][terminology]

 現在,世界中で現地化した○○英語が用いられており,これらは総称して "Englishes" と呼ばれている.Franglais, Singlish, Taglish などの名前で知られているものも多く,"nativized Englishes" あるいは "hybrid Englishes" とも言われる.しかし,"nativized Englishes" と "hybrid Englishes" という2つの呼称の間には,微妙なニュアンスの違いがある.Gramley (360) は "hybrid Englishes" について,次のように解説している.

Hybrid Englishes are forms of the language noticeably influenced by a non-English language. Examples include Franglais (French with English additions), Spanglish (ditto for Spanish), Singlish (Singapore English --- with substrate enrichment), TexMex (English with Spanish elements), Mix-Mix (Tagalog/Pilipino English), which may be more English (Engalog) or more Tagalog (Taglish). Such Englishes do not have the extreme structural change typical of pidgins and creoles. Rather, the non-English aspect of these hybrids depends on local systems of pronunciation and vocabulary. Marginally, they will also include structural change. The are likely, in any case, to be difficult for people to understand who are unfamiliar with both languages. In essence hybrid forms are not really different from the nativized Englishes . . .; the justification for a separate term may best be seen in the fact that hybrids are the result of covert norms while nativized Englishes are potentially to be seen on a par with StE.


 "nativized Englishes" と "hybrid Englishes" は本質的には同じものを指すと考えてよいが,前者は当該社会において標準英語と同じ,あるいはそれに準ずる価値をもつとみなされている変種を含意するのに対して,後者はそのような価値をもたない変種を含意する.「#1255. "New Englishes" のライフサイクル」 ([2012-10-03-1]) や「#2472. アフリカの英語圏」 ([2016-02-02-1]) で使った用語でいえば,前者は endonormative な変種を,後者は exonormative な変種を指すといってよい.あるいは,前者は威信と結びつけられる overt norms の結果であり,後者は団結と結びつけられる covert norms の結果であるともいえる.また,この差異は,書き言葉標準英語(いわゆる Standard English) と話し言葉標準英語(いわゆる General English) の違いとも平行的であるように思われる.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

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2018-10-15 Mon

#3458. 標準口語英語の確立 [speech][standardisation][variety][sociolinguistics][cockney][shakespeare][bible][emode]

 英語史における標準化 (standardisation) の話題といえば,第1義的に書き言葉の標準化が念頭に置かれているように思われる.本ブログでも,書き言葉の標準化については様々に紹介してきたが,話し言葉の標準化については扱いが薄かった.「#3356. 標準発音の整備は18世紀後半から」 ([2018-07-05-1]) では発音の標準化を取り上げており,これは話し言葉の標準化の話題の一部を成しはするものの,「話し言葉」と「発音」とは同一ではない.話し言葉には,発音以外に文法や語彙などその他の側面もある.
 話し言葉の標準化について,松浪ほかの「標準口語英語の確立」 (93) に記されている概要を引用する.

書き言葉の標準英語は既に15世紀前半頃までに,ロンドンを中心に形成され,その後教育の普及にともなって急速に広まったと考えられているが,話し言葉の標準語はまだその頃にはなく,EModE 期になって確立した.16世紀になって宮廷を中心に上流階級,文人,大学等で使われた話し言葉が標準語として確立した.これはロンドンで活躍した支配階級の言葉であるから階級方言であって,同じロンドンでも,下層階級の言葉は標準語とは別物で,後にコックニー (Cockney) として発達した.まだ,文法も辞書もない時代のことで,この標準語は,現代語からみれば発音・文法両面で統一性に欠けた,ある意味で自由奔放な英語でもあった.このような英語の状況を背景に登場し,活躍したのが,いうまでもなく英文学史上最大の作家シェイクスピア (William Shakespeare, 1564--1616) である.この大詩人の英語は〔中略〕欽定訳聖書と並んで,近代英語の2つの源泉と呼ばれている.


 ポイントは,話し言葉の標準化が,書き言葉の標準化よりも1世紀ほど遅れて始まったことである.また,その基盤となった変種がロンドンの支配階級の口語だったことも重要である.標準化の最初期には,その変種とて一様ではなく,相当程度の変異を許容する「緩い」ものだったといってよいが,少なくとも現代の標準口語英語の源泉をそこに見出すことができる.私たちの学んでいる「英会話」は,500年前のロンドンの上流サークルのおしゃべりに起源をもつということである.

 ・ 松浪 有 編,小川 浩,小倉 美知子,児馬 修,浦田 和幸,本名 信行 『英語の歴史』 大修館書店,1995年.

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2018-10-02 Tue

#3445. 日本語史も英語史も,時空間内の無数の点をそれらしく結んでいこうとする行為 [japanese][historiography][variety][philology][writing][medium]

 昨日の記事「#3444. 英語史は,英語の時空間内の無数の点をそれらしく結んでいこうとする行為」 ([2018-10-01-1]) の内容は,そのまま日本語史にも当てはまるし,さらにいえば他の多くの個別言語の歴史にも当てはまるだろう.日本語史について,清水 (4) は次のように述べている.

文献にみえる日本語がどのような日本語を反映しているのか,そのことは日本語の歴史を考える際に最も重要なことである.文献資料は幸いに古代から現代まで残っているものの,そこにはそれぞれの時代の文献に反映されている言葉の方処的な問題とその言葉の担い手の問題とがいつも絡んでいることに留意しなければならない.
 方処的な問題というのは,奈良時代にあっては大和地方の言葉,平安時代以降約千年弱は京都地方の言葉,江戸時代後半以降にあっては江戸・東京の言葉というように,政治・文化の中心地に即して移動していることである.したがって,ここに中央語の歴史という言い方をするならば,その流れは地域に連続性を欠くために,連綿としたときの流れの中に中央語の歴史を扱うのはなかなか厄介である.
 一方,言葉の担い手に関しても奈良〜平安時代には貴族や僧侶の言葉,鎌倉時代には武士の言葉,室町時代には上層町人の言葉,江戸時代後期には下層町人の言葉が加わることとなり,ひと口に中央語といってもその内実は等質的なものではないのである.


 一方,時の試練を経て長く保たれた京都の都言葉は,新興勢力の言葉によって大きく変更することはなかったのも事実である.とはいえ,上の事情は日本語史を記述する上で非常に重要な点である.
 英語史でも近年では The Stories of EnglishAlternative Histories of English などの諸変種の歴史を盛り込んだ記述が見られるようになってきたが,一般的に英語史といえば「中央語」の歴史記述が期待されるという状況は大きく変わっていない.英語史においても「中央語」は空間的にも位相的にも連続性を欠いているということは厳然たる事実であり,銘記しておく必要があるだろう.
 改めて,個別言語史は時空間内の無数の点をそれらしく結んでいこうとする行為なのである.

 ・ 清水 史 「第1章 日本語史概観」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.1--21頁.

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2018-10-01 Mon

#3444. 英語史は,英語の時空間内の無数の点をそれらしく結んでいこうとする行為 [historiography][register][dialect][variety][philology][writing][medium]

 英語史研究において,しばしば見過ごされるが,きわめて基本的な事実として,現存する文献資料のムラの問題がある.時代によって文献資料の量や種類に大きな差があるという事実だ.
 種類の差といっても,それ自体にも様々なタイプがある.時代によって,文献が書かれている方言が異なる場合もあれば,主立った書き手たちの階級や性など,社会的属性が異なる場合もある.時代によって,媒体も発展してきたし,文章のジャンルも広がってきた.書き表される位相の種類にも,時代によって違いがみられる.
 現存する文献資料の言語が,時代によって多種多様であるということは,その言語の歴史を通じての「定点観測」が難しいということである.地域方言に限定して考えても,主たる方言,すなわち「中央語」の方処は,後期古英語期ではウェストサクソンであり,初期中英語期では存在せず,後期中英語期以降はロンドンである.つまり,1つの方処に立脚して一貫した英語史を描くことはできない.
 時代ごとに書き言葉の担い手も変わってきた.中世ではものを書くのは,ほぼ聖職者や王侯貴族に限られていたが,中世後期からは,より広く世俗の人々にものを書き記す機会が訪れるようになり,近現代にかけては教育の発展とともに書き言葉は庶民に開かれていった.書き言葉の担い手という側面においても,定点観測の英語史を描くことは難しい.
 では,普段当たり前のように使う「英語の歴史」とは何を指すのだろうか.「英語」そのものと同じように「英語の歴史」も,かなりの程度,フィクションなのだろうと思う.英語史は,単なる英語という言語に関する事実の時系列的な記述ではなく,本来は互いに結びつけるには無理のある時空間内の無数の点を,ある程度の見栄えのする図形へと何とか結びつける営為なのではないか.ただし,ポイントはそれらの点をランダムに結ぶわけではないということだ.そこには,自然に見えるための工夫がほしい.自然に見えるということは,おそらく真実の何某かを反映しているはずだ,という希望をもちながら.

Referrer (Inside): [2018-10-02-1]

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