一昨日11月16日(日),東京ポニークラス慶友会にて「英語標準化の歴史」と題して講演させていただきました.対面・オンラインで参加された皆さん,ありがとうございました.講演後の質疑応答も長時間にわたって盛り上がりました.懇親会でも皆さんと貴重な交流の機会を持つことができました.準備・運営に当たられた慶友会メンバーの方々に心より感謝申し上げます.
講義自体は2時間超となりました.それでも時間が足りないくらいでしたが,講義内容を markmap というウェブツールを利用してマインドマップ化しました(画像としてはこちらからどうぞ).515通りの through の話題から入り,英語史における言語的多様性と標準化 (standardisation) のサイクル,最後には20--21世紀の世界英語 (world_englishes) 現象を議論しました.
「#2646. オランダ借用語に関する統計」 ([2016-07-25-1]) で,英語史におけるオランダ借用語をめぐって Durkin を参照した.そこで Dutch でも Low German でもなく,中間的な Low Dutch という用語が使われていた.これが何を指すのかといえば,Durkin 自身が丁寧に解説してくれていた.その1節 (354) を読んでみよう.
Loanwords into English from Dutch (including Flemish) and Low German are normally considered together, because it is so difficult to tell them apart. This is partly because word forms in both languages were, and to some extent still are, so similar, and partly because the social and cultural circumstances of borrowing into English are also often hard to tell apart. 'Low Dutch' is sometimes used as a collective cover term for borrowings from either or both languages into English, although it is important to note that Low Dutch is not itself a language name, but simply a terminological shorthand for referring to a complex situation.
Dutch と Low German は各々区別される言語変種ではあるが,単語の形態が互いによく似ており,借用元同定の文脈においては,実際上区別がつかないことも多いために,便宜上2変種を合わせた用語として Low Dutch を設定しておく,ということだ.ある意味で Low Dutch はフィクションということになる.フランス借用語かラテン借用語か判別がつきにくいときに,便宜上「フランス・ラテン系借用語」などと一括して呼ぶのに似ている.
しかし,こうした用語のフィクション性それ自体も程度の問題ともいえるかもしれない.というのは,上記の Dutch にしても Low German にしても,「区別される言語変種」と一応のところ述べはしたが,やはり何らかの程度においてフィクションでもあるからだ.この点については「#415. All linguistic varieties are fictions」 ([2010-06-16-1]) を参照.
便利に使えるのであれば Low Dutch というタームは悪くない.
・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.
去る10月,山口美知代先生(京都府立大学)と Voicy heldio で3度にわたり対談させていただきました.
最初の2回は,昨年昭和堂より出版された『World Englishes 入門』の共著者のお一人として世界英語 (world_englishes) について,とりわけ「カリブ海の英語」と「中華世界の英語」について,お話しを賜わりました.
・ 「#1231. 著者と語る『World Englishes 入門』(昭和堂,2023年) --- 山口美知代先生とのカリブ海の英語をめぐる対談」(2024年10月12日配信)
・ 「#1235. 著者と語る『World Englishes 入門』(昭和堂,2023年) --- 山口美知代先生との中華世界の英語をめぐる対談」(2024年10月16日配信)
「カリブ海の英語」は,おそらく多くの方々にとってあまり馴染みのない変種と思われますが,それだけに英語の世界の奥深さが伝わるはずです.一方,「中華世界の英語」はずっと身近な気はするものの,具体的には知らないことが意外と多いのではないでしょうか.
2回の対談を通じて,世界の隅々で英語が用いられていることが再確認できたと思います.ぜひ,これまでの『World Englishes 入門』関連の hellog 記事や heldio 対談回へ,we_nymon を通じてアクセスしていただければ.
さて,山口先生との第3回目の対談回では,今年開拓社より出版されました単著『ハリウッド映画と英語の変化』について,著者直々にご紹介いただきました.「#1241. 著者と語る『ハリウッド映画と英語の変化』(開拓社,2024年) --- 山口美知代先生との対談」(2024年10月22日配信)をお聴きください.
『ハリウッド映画と英語の変化』については,今年の4月11日の heldio にて私単独で「#1046. 山口美知代『ハリウッド映画と英語の変化』(開拓社,2024年)」としても紹介していますので,そちらもお聴きください.hellog 記事としては「#5469. 山口美知代『ハリウッド映画と英語の変化』(開拓社,2024年)」 ([2024-04-17-1]) をどうぞ.
山口先生,お忙しいところ,対談のお時間を割いていただきまして,ありがとうございました!
・ 大石 晴美(編) 『World Englishes 入門』 昭和堂,2023年.
・ 山口 美知代 『ハリウッド映画と英語の変化』 開拓社,2024年.
今年4月に出版された日本語史の新著です.Voicy heldio の先日の配信回「#1158. 今野 真二 『日本語と漢字 --- 正書法がない言葉の歴史』 岩波書店〈岩波新書〉,2024年.」で簡単に紹介しました.
序章から重要な議論が様々に展開しているのですが,ここでは pp. 9--10 より1段落を引用します.
これまでは,奈良時代の日本語について「音声・音韻」「語彙」「統語(文法)」「文字・表記」のように,分野を分けて記述し,平安時代,鎌倉時代も同様に記述していくというやりかたがとられてきた.奈良時代,平安時代はたしかにある時間幅をもっているので,それぞれを別の「共時態」とみることはできる.しかしそれをつなげてとらえていいかどうかはわからないともいえる.なぜならば,奈良と京都では,空間が異なるからだ.つまり奈良時代の日本語と思っている日本語はいわば「奈良方言」であり,平安時代の日本語と思っている日本語はいわば「京都方言」であり,異なる方言なのだから違うのは当たり前という可能性が完全には排除されていないからだ.こうした語り方が不都合とまではいえないかもしれないが,そうしたことにも目を配る必要がある.しかし,あまりそうした配慮はなされてきていないと思われる.
この指摘は日本語史のみならず英語史にもそのまま当てはまる点で,注目に値します.英語史でも,古英語期の「標準語」はイングランド南西部のウェストサクソン方言でしたが,後期中英語期以降のそれは,イングランド南東部を基盤としつつ他の方言特徴も取り込んだロンドン方言となりました.
古英語と後期中英語の言語的差異を説明する際に,通時的な変化を思い浮かべるのが普通だと思います.しかし,比べているのが古英語のウェストサクソン方言と後期中英語のロンドン方言だということに注意する必要があります.問題の差異は,通時的変化ではなく方言差を反映している可能性があるのです.もちろん通時的変化と方言差の両方が関わっているケースも多いでしょう.ポイントは,時間軸だけではなく空間軸をも考慮しなければならないということです.これは○○語史を読む際に常に注意したい点です.
・ 今野 真二 『日本語と漢字 --- 正書法がないことばの歴史』 岩波書店〈岩波ジュニア新書〉,2024年.
研究室で積ん読状態になっていた言語多様性 (language diversity) に関する本をパラパラとめくってみた.UNESCO ETXEA より2005年に出版された Words and Worlds: World Languages Review という題名の本だ.いつどのような経緯で入手したのかも覚えていないような多数の図書のうちの1冊である.
冒頭の1節を読んでいると,なかなか読ませる英文である.序章 (Prologue) の "The value of language diversity" と小見出しのついた1節の第1段落である (p. x) .以下に引用するので,ぜひ味わっていただければ.
Languages are humanity's most valuable cultural heritage. They are fundamental to understanding. Each language provides a system of concepts which helps us to interpret reality. The complexity of reality is easier to understand thanks to the diversity of languages. Progress in understanding is due, amongst other things, to the growing linguistic diversity that has characterised the human species. Languages are also fundamental in the generation and transmission of values. Each language expresses a differentiated ethical sensibility. Each language provides us with symbols and metaphors to deal with the mysterious and the sacred. Furthermore, languages are not closed or exclusive universes. All of them express the rationality of the human species as well as its common fears and hopes. Linguistic diversity is the most obvious manifestation of cultural diversity. In a world characterised by growing processes of globalisation, it seems necessary to assert the value of cultural diversity as a guarantee of more democratic and more creative coexistence. Cultural uniformity would mean a decline, to the extent that we would lose our ability to give specialised answers to specific challenges. The report "Our Creative Diversity", published by UNESCO in 1995, pointed out what orientations were necessary to preserve diversity without renouncing positive aspects of globalisation in the field of cultural and linguistic diversity. We often coincide with the criteria of the defenders of diversity of living species in the natural environment. In both cases it is said that there is a need to protect the heritage. The reason is not exclusively ethical. Both the defence of biological diversity and the defence of cultural and linguistic diversity are necessary conditions for the well-being of humans, for the balances that protect life and for the life quality we aspire to develop.
言語多様性の問題は生物多様性の問題と平行的に論じられることが多く,その旨がこの引用文でも明確に述べられている.ただし,前者は後者に比べて現代的課題として認知度が低い.
引用の最後にかけて,言語多様性を擁護する理由は倫理的なものだけではない,というくだりにとりわけ説得力を感じた.その点では生物多様性も言語多様性も同じであり,多様性の擁護は,人類の安寧,生活を守るバランス,生活の質の発展のための必要条件なのだという.多様性は "specialised answers to specific challenges" を提供してくれるという議論も同様に説得力がある.
以下,本書の目次を掲げておきたい.パラパラとしか読んでいないが,通読したい本が1冊増えた.
Prologue
Introduction
Chapter 1. Linguistic Communities
Chapter 2. The Linguistic Heritage
Chapter 3. The Official Status of Languages
Chapter 4. The Use of Languages in Public Administration
Chapter 5. Language and Writing
Chapter 6. Language and Education
Chapter 7. Languages and the Media
Chapter 8. Language and Religion
Chapter 9. Transmission and Intergenerational Use of Language
Chapter 10. Linguistic Attitudes
Chapter 11. The Threats to Languages
Chapter 12. The Future of Languages
・ Martí, Fèlix, Paul Ortega, Itziar Idiazabal, Andoni Barreña, Patxi Juaristi, Carme Junyent, Belen Uranga, and Estibaliz Amorrortu. Words and Worlds: World Languages Review. UNESCO ETXEA, 2005.
本ブログでたびたび紹介している,この10月に昭和堂から出版された『World Englishes 入門』より,第12章「モンゴルの英語」というユニークな話題を紹介します.モンゴルの言語事情や英語学習・教育事情は,多くの日本人にとって未知の領域ではないでしょうか.私自身も,まったくといってよいほど知りませんでした.
先日,この章を執筆された梅谷博之先生(明海大学)と Voicy heldio にて対談する機会を得ました.初めてお目にかかっての対談でしたが,あまりに楽しくおもしろいおしゃべりとなり,いろいろな意味で目を開かれました.梅谷先生,ありがとうございました.そして,今後ともどうぞよろしくお願いいたします.「#901. 著者と語る『World Englishes 入門』(昭和堂,2023年) --- 梅谷博之先生とのモンゴルの英語をめぐる対談」です.本編で20分ほどの音声コンテンツとなっています.
今回取り上げた本書の第12章「モンゴルの英語」 (pp. 189--99) は,以下の構成となっています.
・ 大石 晴美(編) 『World Englishes 入門』 昭和堂,2023年.
新著『World Englishes 入門』は,本ブログでもすでに何度か取り上げてきました.その第2章「アメリカとカナダの英語」を執筆された今村洋美先生(中部大学)と,Voicy heldio にて対談させていただきました.「#883. 著者と語る『World Englishes 入門』(昭和堂,2023年) --- 今村洋美先生とのアメリカ・カナダ英語をめぐる対談」です.本編とアフタートークを合わせて20分ほどの音声コンテンツです.ぜひお聴きください.
以下,第2章の内部の小見出し等を紹介します.
・ 大石 晴美(編) 『World Englishes 入門』 昭和堂,2023年.
このブログでもすでに何度か紹介している新刊書『World Englishes 入門』の第1章「イギリスとケルトの英語」を執筆された和田忍先生(駿河台大学)と,直接対談する機会を得ました.一昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて配信しました.「#869. 著者と語る『World Englishes 入門』(昭和堂,2023年) --- 和田忍さんとの対談」です(15分ほどの音声コンテンツ).ぜひお聴きいただければ.
本書は文字通り世界英語 (world_englishes) に関する本ですが,その礎となる第1章は,実は凝縮された英語史概説となっています.つまり,古英語期以前から近代英語までを要領よくカバーした,18ページほどの英語史入門として読めるということです.
世界英語入門を謳う本書を手に取る読者の多くは,英米以外の英語の諸変種,例えばインド英語,シンガポール英語,ジャマイカ英語などの状況についてとりわけ知りたいと思っているのではないでしょうか.そのような読者にとっては,伝統的かつ主流派に属する英語変種であるイギリス英語やアメリカ英語には,むしろあまり関心が湧かないということもあるかと思います.
しかし,なぜ世界英語がこのように多様なのかという本質的な謎を解くためには,英語がたどってきた歴史の理解が欠かせません.その礎として,英語史の概略的な知識がぜひとも必要になります.第1章は,そのような位置づけとして読めるのではないかと思います.
しかも,単なる「イギリスの英語」ではなく「イギリスとケルトの英語」と「ケルト」がタイトルに添えてあるのが,心憎い演出です.英語は主に近代以降にイギリスの植民地支配を通じて世界展開していきますが,すでにその千年以上前から,ケルト人が住まっていたブリテン諸島において植民地支配の練習のようなことが行なわれていたからです.第1章は近代以降の英語の世界展開のミニチュア版を示してくれている --- そのような読み方が可能です.また,英語が歴史的に言語接触の多かった言語であることもよく分かる章となっています.
以下,第1章のなかの小見出しとコラムを挙げておきます.
「#5268. 大石晴美(編)『World Englishes 入門』(昭和堂,2023年)」 ([2023-09-29-1]) で紹介したこちらの本の序章において,標準英語で用いられる子音や母音の音素が,世界英語の諸変種では母語からの影響を受けて異なる発音で代用される例が挙げられている.
まず「子音が母語からの影響を受ける例」を挙げてみよう (12) .
子音の変容 | 英語変種 |
---|---|
[θ] [ð] を [t] [d] で代用(歯摩擦音が歯茎閉鎖音になる) | インド英語 [th],ガーナ英語,フィリピン英語,シンガポール英語,マレーシア英語,日本の英語,モンゴルの英語,ミャンマーの英語 |
[θ] [ð] を [s] [z] で代用(歯摩擦音が歯茎摩擦音になる) | ドイツの英語,スロベニアの英語,韓国の英語 [s],日本の英語,モンゴルの英語 |
[f] を [p] で代用(唇歯摩擦音が両唇閉鎖音になる) | フィリピン英語,韓国の英語 [ph],モンゴルの英語,ミャンマーの英語 |
[v] と [w] の区別をしない | ドイツの英語,フィンランドの英語,インド英語,中国語母語話者の英語,モンゴルの英語 |
母音の変容・添加 | 英語変種 |
---|---|
二重母音が長母音になる | ジャマイカ英語,インド英語 |
二重母音が短い単母音になる | ガーナ英語,フィリピン英語,シンガポール英語,マレーシア英語 |
子音の後に母音が入る | 韓国の英語,日本の英語,モンゴルの〔英〕語 |
長母音と短母音の区別をしない | フィリピン英語,シンガポール英語,マレーシア英語,韓国の英語,スロベニアの英語 |
・ 大石 晴美(編) 『World Englishes 入門』 昭和堂,2023年.
19世紀のイングランド英語を研究するというのはどういうことか.確かに100年以上前の英語ではあるにせよ,歴史と呼ぶには新しい感じがするし,実際ほぼ普通に読むことができる.19世紀の英文学や英国文化に関心があるというのであれば分かるが,19世紀の英語そのものに関心が湧くというのはどういうことか.
先日,逝去された英語史の大家 Manfred Görlach は,上記のように評価されることが多い19世紀のイングランド英語に真っ向から立ち向かい,1999年に一冊の本を著わした.ずばり English in Nineteenth-Century England: An Introduction である.この本の冒頭の節は "Motivations for the present book" である.まず前口上を引用しよう (1) .
Interest in the history of English has recently focused on more modern periods than the traditionally favoured ones of OE and ME. However, whereas EModE is becoming a well-researched field, the investigation of the language after 1700 has been more patchy. The 18th century has, for various reasons, received more attention than the period between 1800 and 1900.
No comprehensive description of 19th-century English --- in particular that of England --- has ever been attempted. And yet such a study promises to yield important insights, for the following reasons:
そして19世紀のイングランド英語に注目すべき3つの理由が続く (1--5) .
(1) The sociolinguistic foundations of PDE were laid in a period when the population expanded tremendously, especially in the industrial urban centres . . . , when the standard form of the language (St E) spread from the limited number of 'refined' speakers in the 18th century to a considerable section of the Victorian middle classes, and when general education began to level speech forms to an extent that is impossible to imagine for earlier periods.
(2) Comparisons between varieties of English in England and overseas are likely to provide evidence of the drifting apart of the colonial Englishes in spite of the retarding influences of British administration, the schools, and the influence of the high prestige of London English on educated speakers world-wide. Moreover, a description of the BrE of the time is a necessary precondition for evaluating the British linguistic input in overseas Englishes --- in regions where English is a native language (= ENL), like the American West, Upper Canada, Australia and New Zealand, the Cape and Natal, and in the great number of varieties of English used as a second language (= ESL) in Africa and Asia.
(3) A comparison of English in England with standard languages on the continent may well permit interlinguistic insights into parallels and differences in development within the framework of an increasingly similar West European material culture. Such comparisons might also prompt new questions and the application of new methods in cases where it has proved fruitful to look at sociolinguistic conditions in one culture which have been neglected in another.
この3つの視点はざっくり次のような趣旨と読めるだろう.
(1) 20世紀以降のイングランド英語を生み出した土壌を知る
(2) 世界に拡散した ENL や ESL の種を知る
(3) ヨーロッパの諸言語の社会言語学的事情と比較対照する
・ Görlach, Manfred. English in Nineteenth-Century England: An Introduction. Cambridge: CUP, 1999.
先日 OED Online のインターフェースが突如変更された.見栄えや操作性が大幅に変化したため,毎日のように OED を利用している1ユーザーとしては,かなり戸惑ってしまったし,今もまだ戸惑っている.変更直後には大学院生などと「困ったねぇ」とやりとりしたほとだ.
ただ,新インターフェースに慣れるために,当てもなくサイトをブラウズしていたら,これまで気づかなかった記事なども多く発見できた.今回紹介する World Englishes の項もその1つだ.
OED は2028年に初版が出版されて100周年を迎える.その "The OED100 project" に向けて,OED は世界英語への関心を高めていくことに積極的な姿勢を示している.OED の編纂が始まった19世紀後半には,英語はまだ「真の世界語」ではなかった.しかし,現在では英語は17億5千万人の話者人口を擁する(British Council による調査)リンガフランカとして事実上の世界語となっている.とりわけこの100年を振り返ると,世界中で様々な英語の変種が出現し,標準化し,場合によっては規範化される世紀だった.OED も世界英語をめぐるこの急激な変化を反映し,様々な変種で一般的に使われている語句やその発音を積極的に採録していく姿勢を示している.
上記のページは,OED が World Englishes に関する情報を提供するハブとなっており,リンクの張られているコンテンツを読み視聴していくだけでも,おおいに勉強になるだろう.とりわけページ下部に配置されている,各変種の案内へのリンクは重要である.OED は着実に進化している!
おおよそ2週間後に迫ってきましたが,2023年3月4日(土)15:30--18:45に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて全4回のシリーズ「英語の歴史と世界英語」の第4回(最終回)講座「21世紀の英語のゆくえ」が開講されます.昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で,講座の予告編となる話しをしていますので,ぜひお聴きください.「#630. 世界英語の ENL, ESL, EFL モデルはもう古い? --- 3月4日,朝カル新宿教室で「英語の歴史と世界英語」のシリーズが完結します」です.
3月4日の講義は,教室での対面およびオンラインによるハイブリッドの講義となります.受講される方は,リアルタイム受講のほか1週間限定で講義動画を視聴できますので,ご都合のよい方法での参加をご検討ください.
シリーズのまとめの回という位置づけではありますが,実際には各回は独立しています.これまでの回を受講していない方にも,問題なく受講していただけますのでご安心ください.講座の詳細とお申し込みはこちらの公式ページよりお願い致します.
講座の概要は,公式ページからの引用となりますが以下の通りです.
「21世紀の英語のゆくえ」
世界中のコミュニケーションがますます求められる21世紀,英語の世界語としての役割に期待が寄せられる一方,世界各地で異なる種類の英語が生まれ続けています.求心力と遠心力がともに作用する英語を巡るこの複雑な状況について,英語史の観点から解釈を加えます.また,世界英語を記述するいくつかのモデルを紹介しながら World Englishes とはいかなる現象なのかを考察し,今後の英語のゆくえを占います.
シリーズの第1回から第3回までの講座と関連する話題は,hellog や heldio でも取り上げてきました.次回第4回に向けて復習・予習ともなりますので,以下のバックナンバーを参考までにどうぞ.なお,新年度からは,同じ朝日カルチャーセンター新宿教室にて英語史に関する新シリーズを開始する予定です.
[ 第1回 世界英語入門 (2022年6月11日)]
・ hellog 「#4775. 講座「英語の歴史と世界英語 --- 世界英語入門」のシリーズが始まります」 ([2022-05-24-1])
・ heldio 「#356. 世界英語入門 --- 朝カル新宿教室で「英語の歴史と世界英語」のシリーズが始まります」
・ heldio 「#378. 朝カルで「世界英語入門」を開講しました!」
[ 第2回 いかにして英語は拡大したのか (2022年8月6日)]
・ hellog 「#4813. 朝カル講座の第2回「英語の歴史と世界英語 --- いかにして英語は拡大したのか」のご案内」 ([2022-07-01-1])
・ heldio 「#393. 朝カル講座の第2回「英語の歴史と世界英語 --- いかにして英語は拡大したのか」」
[ 第3回 英米の英語方言 (2022年10月1日)]
・ hellog 「#4875. 朝カル講座の第3回「英語の歴史と世界英語 --- 英米の英語方言」のご案内」 ([2022-09-01-1])
・ heldio 「#454. 朝カル講座の第3回「英語の歴史と世界英語 --- 英米の英語方言」」
2023年3月4日(土)15:30--18:45に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて全4回のシリーズ「英語の歴史と世界英語」の第4回講座「21世紀の英語のゆくえ」を開講します.シリーズ最終回です.教室・オンライン同時開催で,受講された方は後日1週間限定のアーカイヴ動画も視聴できますので,ご都合に合う方法でご参加ください.シリーズものではありますが各回は独立していますので,第1回から第3回までの講座を受講していない方も安心してご参加いただけます.講座の詳細とお申し込みはこちらの公式ページよりどうぞ.
講座そのものは4ヶ月近く先なのですが,昨日11月18日(金)の朝日新聞夕刊4面にて以下のように紹介されましたので,hellog でもこのタイミングでご案内(第1弾)します.
講座の概要は,公式ページからの引用となりますが以下の通りです.
「21世紀の英語のゆくえ」
世界中のコミュニケーションがますます求められる21世紀,英語の世界語としての役割に期待が寄せられる一方,世界各地で異なる種類の英語が生まれ続けています.求心力と遠心力がともに作用する英語を巡るこの複雑な状況について,英語史の観点から解釈を加えます.また,世界英語を記述するいくつかのモデルを紹介しながら World Englishes とはいかなる現象なのかを考察し,今後の英語のゆくえを占います.
シリーズの第1回から第3回までの講座と関連する話題は,hellog や heldio でも取り上げてきました.次回第4回に向けて復習・予習ともなりますので,以下のバックナンバーも参考までにどうぞ.
[ 第1回 世界英語入門 (2022年6月11日)]
・ hellog 「#4775. 講座「英語の歴史と世界英語 --- 世界英語入門」のシリーズが始まります」 ([2022-05-24-1])
・ heldio 「#356. 世界英語入門 --- 朝カル新宿教室で「英語の歴史と世界英語」のシリーズが始まります」
・ heldio 「#378. 朝カルで「世界英語入門」を開講しました!」
[ 第2回 いかにして英語は拡大したのか (2022年8月6日)]
・ hellog 「#4813. 朝カル講座の第2回「英語の歴史と世界英語 --- いかにして英語は拡大したのか」のご案内」 ([2022-07-01-1])
・ heldio 「#393. 朝カル講座の第2回「英語の歴史と世界英語 --- いかにして英語は拡大したのか」」
[ 第3回 英米の英語方言 (2022年10月1日)]
・ hellog 「#4875. 朝カル講座の第3回「英語の歴史と世界英語 --- 英米の英語方言」のご案内」 ([2022-09-01-1])
・ heldio 「#454. 朝カル講座の第3回「英語の歴史と世界英語 --- 英米の英語方言」」
社会言語学のキーワードである威信 (prestige) については,hellog でもタグとして設定しており,当たり前のように用いてきたが,改めて定義を確認してみようと思い立った.私は日常的には「エラさ」「カッコよさ」と超訳しているのだが,念のために正式な定義が欲しいと思った次第.
ところが,手元の社会言語学系の用語集などを漁り始めたところ,意外と見出しが立っていない.数分かかって,最初に引っかかったのが Lyle and Mixco の歴史言語学の用語集だった.数分を犠牲にした後のありがたみがあるので,こちらを一字一句引用することにしよう (155--56) .
prestige In sociolinguistics, the positive value judgment or high status accorded certain languages, certain varieties and certain variables favored over other less prestigious languages, varieties or variables. The prestige accorded linguistic variables is a factor that often leads to linguistic change. The prestige of a language can lead speakers of other languages to take loanwords from it or to adopt the language outright in language shift. Overt prestige is the most common; it is the positive or high value attributed to variables, varieties and languages typically widely recognized as prestigious among the speakers of a language. The prestige varieties and variables are usually those recognized as belonging to the standard language or that are used by highly educated or influential people. Covert prestige refers to the positive evaluation given to non-standard, low-status or 'incorrect' forms of speech by some speakers, a hidden or unacknowledged prestige for non-standard variables that leads speakers to continue using them and sometimes causes such forms to spread to other speakers.
なるほど,prestige とは,言語変種 (variety) についていわれる場合と,言語変項 (variable) についていわれる場合があるというのは,確かにそうだ.言語変種についていわれる prestige はマクロ的な概念であり,言語交替 (language_shift) や語彙借用の方向性に関与する.一方,言語変項についていわれる prestige はミクロ的であり,個々の言語変化の原動力となり得る要因である.この2つは概念上区別しておく必要があるだろう.
考えてみれば prestige という語自体が,フランス語風に /prɛsˈtiːʒ/ と発音され,prestigious な響きがある.実際,フランス語 prestige を借りたもので,このフランス単語自体はラテン語の praest(r)īgia(illusion) に由来する.語自体の英語での初出は,17世紀の辞書編纂家 T. Blount が Glossographia で,そこでの語義は「威信」ではなく原義の「錯覚」である ("deceits, impostures, delusions, cousening tricks") .「威信」という語義で最初に用いられたのは,ずっと遅く1829年のことである.
prestige のもとであるラテン単語の原義は物理的に「強い締め付け」ほどであり,そこから認知的・精神的な「幻惑;錯覚」を経て,最後に「威信」となった.拘束的で抑圧的な力を想起させる意味変化といってよく,この経緯自体が意味深長である.
・ Campbell, Lyle and Mauricio J. Mixco, eds. A Glossary of Historical Linguistics. Salt Lake City: U of Utah P, 2007.
昨今,世界英語 (World Englishes) について考察したり議論したりする機会が多くなってきた.私は英語史の立場から,世界英語現象を伝統的英米諸方言の話題の延長線上にあるものとしてとらえている.平たくいえば,世界英語は英語方言という広いテーマの1つであり,その点では英語史上のイギリス方言やアメリカ方言の話題と異ならない,という立場だ.単に方言展開の舞台が数カ国という狭い空間から世界という広い空間に拡大しただけで質的な違いはない,とみている.
もちろんこれは見方の問題であるし,すべてが見方次第である.世界英語の多様性と,例えばイギリス英語の多様性を比べるとき,相違点を列挙していくことはたやすい.
1. 世界英語にあっては,諸方言が展開する舞台は世界全体であり,狭いブリテン諸島のみとはわけが違う.
2. 世界英語にあっては,諸方言がいかにして発達してきたか,その方法や経路が明らかに多様である.
3. 世界英語にあっては,言語接触の果たす役割が段違いに大きい.
4. 世界英語にあっては,母語方言のみならず非母語方言も考慮に入れる必要がある.
5. 世界英語は20世紀後半から21世紀にかけての現代的な話題である.
5点のみ挙げたが,他にもいろいろと指摘することができるだろう.上記5点はそれぞれ興味深い論点ではあるが,異議を唱える(あるいは少なくとも議論の再考を促す)ことも同じくらい容易である.
1'. イギリス英語にあっては,諸方言が展開する舞台はブリテン諸島全体であり,狭いイングランドのみとはわけが違う.
2'. イギリスにあっては,諸方言がいかにして発達してきたか,その方法や経路が明らかに多様である.(古英語から現代英語に至るまでイングランド諸方言の発達を巡って未解決の問題が山積している.方言発達の方法や経路は十分に複雑で多様である.)
3'. イギリス英語にあっては,言語接触の果たす役割が大きい.(世界英語における言語接触の果たす役割が本当に「段違いに」大きいかどうかは慎重な議論を要する.というのは,そもそも英語史は言語接触の歴史といってもよいほどだからだ.)
4'. イギリス英語にあっては,母語方言のみならず非母語方言も考慮に入れる必要がある.(ウェールズやアイルランドの英語方言は,非母語方言として始まり発展してきた.)
5'. イギリス英語は20世紀後半から21世紀にかけての現代的な話題で「も」ある.(もちろん,それ以前の話題でもあったが.)
議論する上で2つの問題を切り分ける必要がない,と主張しているわけではない.見方を変えれば切り分けずに議論することもできるということを,英語史の立場から述べておきたい次第.
先日の khelf-conference-2022 (=ゼミ合宿)で,専修大学の菊地翔太先生に eWAVE 講習会@khelf-conference-2022を開いていただきました.実践的にご紹介いただき,たいへん勉強になりました(菊地先生,ありがとうございます!).
eWAVE 3.0 (= The Electronic World Atlas of Varieties of English) は,世界中の英語変種の言語学的特徴が格納されているデータベースです.現在までに77の変種に関する言語学的(主に形態統語的)情報,および背景情報が整理されて提供されています.言語データの提供源は,各変種についての記述的研究,コーパス,そして84人の専門家のインフォーマントです.
変種間の比較対照のために設定されている言語項目は235件の形態統語的特徴で,Attestation, Pervasiveness, Area の3つのパラメータによりソートすることができ,結果を容易に世界地図上にプロットできる仕様となっています.
eWAVE のイントロによると,このデータベースを利用することで,次のような問いに答えを出すことができるとのことです.
・ Which features are most/least widespread across varieties of English worldwide?
・ How many varieties of English worldwide share feature X?
・ Is feature X restricted to or characteristic of a particular part of the English-speaking world?
・ Is feature X restricted to or characteristic of a particular group of varieties?
・ Does variety A have feature X?
・ In which area of grammar does variety A differ most from variety B?
世界英語 (world_englishes) を研究する上で,間違いなく重要なツールとなります.一方,使用するに当たって注意すべき点もあります.詳細や関連情報については,eWAVE 講習会@khelf-conference-2022の資料が有用です.ぜひじっくり学んでみてください.
eWAVE の編纂者の1人 Kortmann については,本ブログでも世界英語の話題と関連して,以下で触れていますので,合わせてどうぞ.
・ 「#4509. "angloversals" --- 世界英語にみられる「普遍的な」言語項目」 ([2021-08-31-1])
・ 「#4763. 多くの世界英語変種にみられる非標準的な言語項目トップ11」 ([2022-05-12-1])
・ Kortmann, Bernd, Kerstin Lunkenheimer, and Katharina Ehret, eds. The Electronic World Atlas of Varieties of English. Zenodo, 2020. Available online at http://ewave-atlas.org.
近刊書『言語の標準化を考える --- 日中英独仏「対照言語史」の試み』(大修館,2022年)について,本ブログや Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で,様々に紹介してきました(まとめてこちらの記事セットからどうぞ).
本書は,5言語の標準化の歴史を共通のテーマに据えて「対照言語史」 (contrastive_language_history) という新たなアプローチを提示し,さらに脚注で著者どうしがツッコミ合うという特殊なレイアウトを通じて活発な討論を再現しようと試みました.この企てが成功しているかどうかは,読者の皆さんの判断に委ねるほかありません.
このたび高田博行氏(ドイツ語史),田中牧郎氏(日本語史),堀田隆一(英語史)の編者3名が話し合い,各々の立場から本書を紹介する文章を作成し公開しようという話しになりました.そして,公開の場は,お二人の許可もいただき,この「hellog~英語史ブログ」にしようと決まりました.結果として,英語(史)に関心をもって本ブログをお読みの皆さんを意識した文章になったと思います.
今日はその第1弾として,まず堀田の文章をお届けします.
私たちが学習・教育の対象としている「英語」は通常「標準英語」を指す.世界で用いられている英語にはアメリカ英語,イギリス英語,インド英語をはじめ様々な種類があるが,学習・教育のターゲットとしているのは最も汎用性の高い「標準英語」だろうという感覚がある.しかし,「標準英語」とは何なのだろうか.実は皆を満足させる「標準英語」の定義はない.比較的よく参照される定義に従うと,外国語として学習・教育の対象とされている類いの英語を指すものとある.明らかに循環論法に陥っている.
つまり,私たちは「標準英語」というターゲットが何なのかを明確に理解しないままに,そこに突き進んでいることになる.とはいえ「標準英語」という概念・用語は便利すぎて,今さら捨てることはできない.私たちは「標準英語」をだましだまし理解し,受け入れているようなのである.
実のところ,筆者は「標準英語」を何となくの理解で受け入れておくという立場に賛成である.それは歴史的にも「揺れ動くターゲット」だったし,静的な存在として定義できるようなものではないと見ているからだ.「標準英語」は1600年ほどの英語の歴史のなかで揺れてきたし,それ自身が消失と再生を繰り返してきた.そして,英語が世界化した21世紀の現在,「標準英語」は過去にもまして揺れ動くターゲットと化しているように思われるのである.
歴史を通じて「標準英語」が揺れ動くターゲットだったことは,本書の第6章と第7章で明らかにされる.第6章「英語史における「標準化サイクル」」(堀田隆一)では,英語が歴史を通じて標準化と脱標準化のサイクルを繰り返してきたこと,標準英語の存在それ自体が不安定だったことが説かれる.さらに同章では,近現代英語期にかけての標準化の様相が,日本語標準化の1側面である明治期の言文一致の様相と比較し得ることが指摘される.これは,言語や社会や時代が異なっていても,標準化という過程には何か共通点があるのではないか,という問いにつながる.
第7章「英語標準化の諸相――20世紀以降を中心に」(寺澤盾)では,まず標準化を念頭に置いた英語史の時代区分が導入され,続いて「標準化」が「統一化」「規範化」「通用化」の3種類に分類され,最後に20世紀以降の標準化の動きが概説される.過去の標準化では「統一化」「規範化」の色彩が濃かった一方,20世紀以降には「通用化」の流れが顕著となってきているとして,現代の英語標準化の特徴が浮き彫りにされる.
本書は「対照言語史」という方法論を謳って日中英独仏5言語の標準化史をたどっている.英語以外の言語の標準化の歴史を眺めても「標準語」は常に揺れ動くターゲットだったことが繰り返し確認できる.各言語史を専門とする著者たちが,脚注を利用して紙上で「ツッコミ」合いをしている様子は,各自が動きながら揺れ動くターゲットを射撃しているかのように見え,一種のカオスである.しかし,知的刺激に満ちた心地よいカオスである.
冒頭の「標準英語」の問題に戻ろう.「標準英語」が揺れ動くものであれば,標準英語とは何かという静的な問いを発することは妥当ではないだろう.むしろ,英語の標準化という動的な側面に注目するほうが有意義そうだ.英語学習・教育の真のターゲットは何なのかについて再考を促す一冊となれば,編著者の一人として喜びである.
明日,明後日も編者からの紹介文を掲載します.
ちょうど1ヶ月後のことになりますが,2022年10月1日(土)15:30--18:45に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて全4回のシリーズ「英語の歴史と世界英語」の第3回講座「英米の英語方言」を開講します.対面・オンラインのハイブリッド講座として開講される予定です.ご関心のある方は,ぜひ参加をご検討ください.シリーズ講座ではありますが,毎回独立した講座となっていますので,第1回,第2回に参加されていない方もご安心ください.詳細とお申し込みはこちらの公式ページよりどうぞ.第3回講座の概要は以下の通りです.
現代の「世界英語」を構成するさまざまな変種は,英語の諸方言とみることができます.実際,英語の歴史において方言は常に多様な形で存在し続けてきており,決して現代に特有の現象ではありません.アメリカ英語にも多くの方言が,イギリス英語にはさらに多くの方言がありましたし,今もあります.つまり「世界英語」は,歴史的な英語諸方言の延長線上にある現象なのです.英米方言,および諸方言の対極にある標準語の役割にも注目します.
21世紀の世界英語 (World Englishes) も,英語史を通じて存在し続けてきた英語諸方言も,様々な英語の集合体という点では変わりありません.多様性が展開する舞台こそ,狭いブリテン島から広い地球へと拡がってきましたが,本質的に新しいことが生じているわけではありません.現代世界で英語に生じている出来事は,歴史的には必ずしも特別なものではないのです.
とはいえ,もちろんすべてが同じわけでもありません.そのような異同を考えることで,現代の世界英語現象の特殊性をも浮き彫りにしていきたいと思います.かつての英語の多様性を振り返るに当たって,2大英語国である英米の諸方言に焦点を当てます.
第3回講座についてもう少し詳しく知りたい方は,予告編として Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」を通じて「#454. 朝カル講座の第3回「英語の歴史と世界英語 --- 英米の英語方言」」を配信していますので,そちらをお聴きください.
シリーズ講座の第1回,第2回については,以下の hellog や heldio でも取り上げています.こちらも参考までにどうぞ.
・ hellog 「#4775. 講座「英語の歴史と世界英語 --- 世界英語入門」のシリーズが始まります」 ([2022-05-24-1])
・ heldio 「#356. 世界英語入門 --- 朝カル新宿教室で「英語の歴史と世界英語」のシリーズが始まります」 (2022/05/22)
・ heldio 「#378. 朝カルで「世界英語入門」を開講しました!」 (2022/06/13)
・ hellog 「#4813. 朝カル講座の第2回「英語の歴史と世界英語 --- いかにして英語は拡大したのか」のご案内」 ([2022-07-01-1])
・ heldio 「#393. 朝カル講座の第2回「英語の歴史と世界英語 --- いかにして英語は拡大したのか」」 (2022/06/28)
1860年代に出版された Marsh による英語史講義録をパラパラめくっている.Marsh によれば,アングロサクソン語,すなわち古英語は,大陸からブリテン島に持ち込まれた諸方言の混合体であり,その意味においてブリテン島に "aboriginal" な言語とは言えないものの "indigenous" な言語ではあると述べている.言語としては混合体ならではの "diversity" を示し,"obscure", "confused", "imperfect", "anomalous", "irregular" であるという.以下,関連する箇所を引用する.
§15. It has been already shown that the Anglo-Saxon conquerors consisted of several tribes. The border land of the Scandinavian and Teutonic races, whence the Anglo-Saxon invaders emigrated, has always been remarkable for the number of its local dialects. The Friesian, which bears a closer resemblance than any other linguistic group to the English, differs so much in different localities, that the dialects of Friesian parishes, separated only by a narrow arm of the sea, are often quite unintelligible to the inhabitants of each other. Moreover, the Anglo-Saxon language itself supplies internal evidence that there was a great commingling of nations in the invaders of our island. This language, in its obscure etymology, its confused and imperfect inflexions, and its anomalous and irregular syntax, appears to me to furnish abundant proof of a diversity, not of a unity, of origin. It has not what is considered the distinctive character of a modern, so much as of a mixed and ill-assimilated speech, and its relations to the various ingredients of which it is composed are just those of the present English to its own heterogeneous sources. It borrowed roots, and dropped endings, appropriated syntactical combinations without the inflexions which made them logical, and had not yet acquired a consistent and harmonious structure when the Norman conquest arrested its development, and imposed upon it, or, perhaps we should say, gave a new stimulus to, the tendencies which have resulted in the formation of modern English. There is no proof that Anglo-Saxon was ever spoken anywhere but on the soil of Great Britain; for the 'Heliand,' and other remains of old Saxon, are not Anglo-Saxon, and I think it must be regarded, not as a language which the colonists, or any of them, brought with them from the Continent, but as a new speech resulting from the fusion of many separate elements. It is, therefore, indigenous, if not aboriginal, and as exclusively local and national in its character as English itself.
古英語の生成に関する Marsh のこの洞察は優れていると思う.しかし,評価するにあたり,この講義録がイギリス帝国の絶頂期に出版されたという時代背景は念頭に置いておくべきだろう.引用の最後にある "exclusively local and national in its character as English itself" も,その文脈で解釈する必要があるように思われる.
古英語の生成については「#389. Angles, Saxons, and Jutes の故地と移住先」 ([2010-05-21-1]),「#2868. いかにして古英語諸方言が生まれたか」 ([2017-03-04-1]),「#4439. 古英語は混合方言として始まった?」 ([2021-06-22-1]) の記事も参照.
・ Marsh, George Perkins. Lectures on the English Language: Edited with Additional Lectures and Notes. Ed. William Smith. 4th ed. London: John Murray, 1866. Rpt. HardPress, 2012.
hellog では,この5月に大修館書店より出版された『言語の標準化を考える --- 日中英独仏「対照言語史」の試み』(大修館,2022年)について,たびたび広報しています.
今度の日曜日,7月31日(日)11:00--12:00 には編者3人の対談が,Voicy にて生放送される予定です.事前の質問なども受け付けていますので,こちらの Google Forms よりお寄せください.詳細は「#4836. 7月31日(日)11:00--12:00 に生放送!『言語の標準化を考える』をめぐる編者鼎談第2弾」 ([2022-07-24-1]) をご覧ください.
本書では英語の標準化 (standardisation) の歴史を,6章と7章にわたって詳述しています.とりわけ7章では「英語標準化の諸相―20世紀以降を中心に」と題して,20--21世紀の英語の「標準化」,実質的には英語の世界的な「通用化」という私たちにとって直接関わりのある話題が議論されています.執筆者は寺澤盾先生(青山学院大学)です.
この章の前半では,Norman Blake に依拠し,標準化を念頭に置いた英語史の流れが概説されます.そして,真骨頂の後半では,1900年以降の英語の標準化について,とりわけ現代と未来を見据えた英語のあり方について,Basic English, Special English, Globish, Nuclear English, World Standard Spoken English という具体的な「変種」を参照しながら議論がなされます.
寺澤先生の議論の趣旨は,目安として1900年を境に英語の標準化のあり方が変容したということです.この年代以前の標準化は,書き言葉の「統一化」「規範化」というトップダウンの標準化が基本でした.一方,この年代以降は,話し言葉の「通用化」というボトムアップの標準化が進んできているということです.
私自身が執筆した6章「英語史における「標準化サイクル」」と合わせて,今や世界的な言語となった英語の,広い意味での「標準化」について,様々な観点から議論が活性化してくるとおもしろいですね.
・ 寺澤 盾 「英語標準化の諸相―20世紀以降を中心に」『言語の標準化を考える --- 日中英独仏「対照言語史」の試み』高田 博行・田中 牧郎・堀田 隆一(編著),大修館,2022年.
Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow