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preposition - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-03-19 07:57

2023-11-08 Wed

#5308. 地名では前置詞付き与格形が残ることがある [name_project][onomastics][toponymy][dative][preposition][metanalysis][determiner][article]

 昨日の記事「#5307. Birmingham の3つの発音」 ([2023-11-07-1]) の引用した一節にも言及があったように,地名は古くは位格(古英語以降は与格)の形を取ることが多かった.同様に前置詞を伴って生起することも,やはり多かった.これは考えてみれば自然のことである.すると,与格語尾や前置詞が,そのまま地名本体の一部に取り込まれてしまう例も出てくる.さらに,この形成過程が半ば忘れ去られると,異分析 (metanalysis) が生じることにもなる.そのような産物が,現代の地名に残っている.
 Clark (476--77) によると,例えば Attercliffe は古英語 *æt þǣm clife (DB Atecliue) "beside the escarpment" に由来し,Byfleet は古英語 bī flēote "by a stream" に,Bygrave は後期古英語 bī grafan "beside the diggings" にそれぞれ由来する.
 現代の定冠詞 the に相当する決定詞の一部が地名に取り込まれてしまう例もある.例えば Thurleigh は古英語 (æt) þǣre lēage "at the lye" に遡る.Noke は中英語 atten oke に,それ自体は古英語 *(æt) þǣm ācum "at the oak-trees" に遡るというから,語頭の n は決定詞の屈折語尾の(変形した)一部を伝えているといえる.RyeRea も同様で,古英語 (æt) þǣre īege/ēa "at the water" からの異分析による発達を表わす.
 もう1つ興味深いのは Scarborough, Edinburgh, Canterbury などに見られる borough 「市」の異形態だ.古英語の主格・対格 -burg に由来するものは -borough/-burgh となるが,与格 -byrig に由来するものは -bury となる.
 複数形についても同様の揺れが見られ,Hastings の -s は複数主格・対格形に遡るが,Barking, Reading などは複数与格形に遡るという(古英語の複数与格形は -um だが,これが段階的に弱化して消失した).
 以上,前置詞,決定詞,格形との複雑な絡み合いが,地名の形態を複雑で豊かなものにしてきたことが分かるだろう.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

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2023-09-03 Sun

#5242. 川端朋広先生と20世紀の英文法について対談しました [voicy][heldio][review][corpus][pde][syntax][phrasal_verb][subjunctive][complementation][preposition]


秋元 実治(編),片見 彰夫・福元 広二・田辺 春美・山本 史歩子・中山 匡美・川端 朋広・秋元 実治(著) 『近代英語における文法的・構文的変化』 開拓社,2023年.



 こちらの本は6月に開拓社より出版された『近代英語における文法的・構文的変化』です.6名の研究者の各々が,15--20世紀の各世紀の英文法およびその変化について執筆されています.
 本書については本ブログや Voicy heldio で何度かご紹介してきましたが,今回は,第6章「20世紀の文法的・構文的変化」を執筆された川端朋広先生(愛知大学)との heldio 対談をご案内します.「#824. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 川端朋広先生との対談 (1)」と題し,40分超でじっくりお話しをうかがっています.



 2023年の現在,20世紀の英語は正確にいえば「過去の英語」となりますが,事実上は私たちが日常的に触れている英語と同じものと考えられます.しかし,100年余の時間を考えれば,当然ながら細かな言語変化はたくさん起こってきたはずです.1901年と2023年の英語とでは,お互いに通じないことはないにせよ,やはり微妙なズレはあるはずです.現代英語の文法にも確かに変化が生じてきたのです.
 英語史ときくと,古英語や中英語のような古文を研究する分野という印象があるかもしれませんが,直近数十年に生じた英語の変化を追うのも立派な英語史研究の一部です.今回の川端先生のお話しからも,言語変化のダイナミックさと複雑さが伝わるのではないでしょうか.
 本書についてご関心をもった方は,ぜひ以下のコンテンツも訪問していただければと思います.



 ・ YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」より「#137. 辞書も規範文法も18世紀の産業革命富豪が背景に---故山本史歩子さん(英語・英語史研究者)に捧ぐ---」

 ・ hellog 「#5166. 秋元実治(編)『近代英語における文法的・構文的変化』(開拓社,2023年)」 ([2023-06-19-1])
 ・ hellog 「#5167. なぜ18世紀に規範文法が流行ったのですか?」 ([2023-06-20-1])
 ・ hellog 「#5182. 大補文推移の反対?」 ([2023-07-05-1])
 ・ hellog 「#5186. Voicy heldio に秋元実治先生が登場 --- 新刊『近代英語における文法的・構文的変化』についてお話しをうかがいました」 ([2023-07-09-1])
 ・ hellog 「#5208. 田辺春美先生と17世紀の英文法について対談しました」 ([2023-07-31-1])
 ・ hellog 「#5224. 中山匡美先生と19世紀の英文法について対談しました」 ([2023-08-16-1])
 ・ hellog 「#5235. 片見彰夫先生と15世紀の英文法について対談しました」 ([2023-08-27-1])

 ・ heldio 「#769. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 秋元実治先生との対談」
 ・ heldio 「#772. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 16世紀の英語をめぐる福元広二先生との対談」
 ・ heldio 「#790. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 田辺春美先生との対談」
 ・ heldio 「#806. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 中山匡美先生との対談」
 ・ heldio 「#817. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 片見彰夫先生との対談」




 ・ 秋元 実治(編),片見 彰夫・福元 広二・田辺 春美・山本 史歩子・中山 匡美・川端 朋広・秋元 実治(著) 『近代英語における文法的・構文的変化』 開拓社,2023年.

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2023-08-27 Sun

#5235. 片見彰夫先生と15世紀の英文法について対談しました [voicy][heldio][review][corpus][lme][syntax][phrasal_verb][subjunctive][complementation][caxton][malory][negative][impersonal_verb][preposition][periodisation]


秋元 実治(編),片見 彰夫・福元 広二・田辺 春美・山本 史歩子・中山 匡美・川端 朋広・秋元 実治(著) 『近代英語における文法的・構文的変化』 開拓社,2023年.



 6月に開拓社より出版された『近代英語における文法的・構文的変化』について,すでに何度かご紹介してきました.6名の研究者の各々が,15--20世紀の各世紀の英文法およびその変化について執筆するというユニークな構成の本です.
 本書の第1章「15世紀の文法的・構文的変化」の執筆を担当された片見彰夫先生(青山学院大学)と,Voicy heldio での対談が実現しました.えっ,15世紀というのは伝統的な英語史の時代区分では中英語期の最後の世紀に当たるのでは,と思った方は鋭いです.確かにその通りなのですが,対談を聴いていただければ,15世紀を近代英語の枠組みで捉えることが必ずしも無理なことではないと分かるはずです.まずは「#817. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 片見彰夫先生との対談」をお聴きください(40分超の音声配信です).



 私自身も,片見先生と対談するまでは,15世紀の英語はあくまで Chaucer に代表される14世紀の英語の続きにすぎないという程度の認識でいたところがあったのですが,思い違いだったようです.近代英語期への入り口として,英語史上,ユニークで重要な時期であることが分かってきました.皆さんも15世紀の英語に関心を寄せてみませんか.最初に手に取るべきは,対談の最後にもあったように,Thomas Malory による Le Morte Darthur 『アーサー王の死』ですね(Arthur 王伝説の集大成).
 時代区分の話題については,本ブログでも periodisation のタグのついた多くの記事で取り上げていますので,ぜひお読み下さい.
 さて,今回ご案内した『近代英語における文法的・構文的変化』については,これまで YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」,hellog, heldio などの各メディアで紹介してきました.以下よりご参照ください.



 ・ YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」より「#137. 辞書も規範文法も18世紀の産業革命富豪が背景に---故山本史歩子さん(英語・英語史研究者)に捧ぐ---」

 ・ hellog 「#5166. 秋元実治(編)『近代英語における文法的・構文的変化』(開拓社,2023年)」 ([2023-06-19-1])
 ・ hellog 「#5167. なぜ18世紀に規範文法が流行ったのですか?」 ([2023-06-20-1])
 ・ hellog 「#5182. 大補文推移の反対?」 ([2023-07-05-1])
 ・ hellog 「#5186. Voicy heldio に秋元実治先生が登場 --- 新刊『近代英語における文法的・構文的変化』についてお話しをうかがいました」 ([2023-07-09-1])
 ・ hellog 「#5208. 田辺春美先生と17世紀の英文法について対談しました」 ([2023-07-31-1])
 ・ hellog 「#5224. 中山匡美先生と19世紀の英文法について対談しました」 ([2023-08-16-1])

 ・ heldio 「#769. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 秋元実治先生との対談」
 ・ heldio 「#772. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 16世紀の英語をめぐる福元広二先生との対談」
 ・ heldio 「#790. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 田辺春美先生との対談」
 ・ heldio 「#806. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 中山匡美先生との対談」
 ・ heldio 「#817. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 片見彰夫先生との対談」




 ・ 秋元 実治(編),片見 彰夫・福元 広二・田辺 春美・山本 史歩子・中山 匡美・川端 朋広・秋元 実治(著) 『近代英語における文法的・構文的変化』 開拓社,2023年.

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2023-03-11 Sat

#5066. 英語の前置詞としての sans [french][loan_word][preposition][shakespeare][connotation][idiom]

 この1週間は hellog でも Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」でも前置詞 (preposition) に注目する機会がたまたま多く,途中から「前置詞ウィーク」と呼んで発信していました.前置詞にご関心のある方は,ぜひこの数日間の記事や放送回を振り返っていただければと思います..
 今日も同じ流れで,意外性のある前置詞として sans を紹介します.without に相当するフランス語の前置詞でフランス語では sans /sɑ̃/ と発音されますが,英語としては綴字通りに /sænz/ と発音されます.フランス語からそのまま取り入れた慣用表現の前置詞句は,例えば sans doute 「疑いもなく」 /sɑ̃ duːt/ のように,フランス語風に発音されますが,そうでない場合には英語化した /sænz/ で発音されます.英語の文脈では,たいてい古風,あるいは冗談めかした connotation で用いられます.例文を挙げてみましょう.

 ・ Sans teeth, sans eyes, sans taste, sans everything. 「(老いぼれて)歯もなく,目もなく,味もなければ何もなし」(Shakespeare, As You Like It II. vii)
 ・ a wallet sans cash
 ・ There were no potatoes so we had fish and chips sans the chips.
 ・ He came to the door sans shirt.
 ・ She went to the party sans her husband.
 ・ She would not be happy with people seeing her sans makeup.
 ・ He was wearing running shoes, sans socks.


 こうしてみると,なかなか使ってみたくなる前置詞ですね.
 OED の sans, prep. によると,英語での初出は初期近代英語の Kyng Alisaunder です.

c1300 K. Alis. 134 Of gold he made a table Al ful of steorren, saun fable.


 ただし,Shakespeare 以前の用法はいずれも目的語としてフランス単語を伴っており,いわばフランス語の慣用表現をそのまま英語に取り込んだもののようです (ex. sans delay, sans doubt, sans fable, sans pity, sans return).英語において生産的な前置詞として発達したのは,かの言葉遊びの天才がユーモアを交えて再導入したからといってよさそうです.

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2023-03-09 Thu

#5064. notwithstanding [preposition][participle][grammaticalisation][conjunction][adverb][loan_translation][french][latin]

 昨日の記事「#5063. 前置詞は名詞句以外の補文を取れるし「後置詞」にすらなり得る」 ([2023-03-08-1]) で取り上げた前置詞 notwithstanding 「~にもかかわらず」について,もう少し掘り下げてみたい.前置詞 (preposition) でありながら目的語の後に置かれることもあるという変わり種だ.notwithstanding + NP と NP + notwithstanding の例文を各々挙げてみよう.

 ・ Notwithstanding some members' objections, I think we must go ahead with the plan.
 ・ Notwithstanding his love of luxury, his house was simple inside.
 ・ They started notwithstanding the bad weather.
 ・ His relations with colleagues, differences of opinion notwithstanding, were unfailingly friendly.
 ・ Injuries notwithstanding, he won the semi-final match.
 ・ She is an intolerable person, her excellent work notwithstanding.

 意味としては,in spite ofdespite が積極的で強めの反対を含意するのに対し,notwithstanding は障害があることを暗示する程度で弱い.また,格式張った響きをもつ.
 副詞として Notwithstanding, the problem is a significant one. のように単体で用いられるほか,接続詞として I went notwithstanding (that) he told me not to. のような使い方もある.
 OED によると,この単語は1400年頃に初出し,アングロノルマン語や古フランス語の non obstant,あるいは古典時代以降のラテン語の non obstante のなぞりとされる.要するに,現在分詞の独立分詞構文として「○○が障害となるわけではなく」ほどを意味した慣用表現が,文法化 (grammaticalisation) し前置詞として独り立ちしたという経緯である.この前置詞の目的語は,由来としてはもとの分詞構文の主語に相当するために,前に置かれることもあるというわけだ.
 前置詞のほか,副詞,接続詞としての用法も当初から現われている.いくつか例を挙げてみよう.

 ・ c1400 Bk. to Mother (Bodl.) 113 (MED) And ȝut notwiþstondinge al þis..religiouse men and wommen trauelen..to make hem semliche to cursed proude folk.
 ・ 1490 W. Caxton tr. Eneydos vi. 23 This notwystondyng, alwaye they be in awayte.
 ・ c1425 J. Lydgate Troyyes Bk. (Augustus A.iv) iv. 5474 Not-wiþstondynge þat he trouþe ment, ȝit for a worde he to exile went.
 ・ ?a1425 tr. Catherine of Siena Orcherd of Syon (Harl.) (1966) 22 (MED) Which synne worþily askide and disceruede a peyne þat schulde haue noon eende, notwiþstondynge þe deede of synne had eende.
 ・ 1425 Rolls of Parl. IV. 274/1 Which proves notwithstondyng, yat hie and myghti Prince my Lord of Glouc'..and your oyer Lordes..will not take upon hem declaration for my said place.

 なお,問題の前置詞のもととなる動詞 withstand の接頭辞 with は,現在普通の「~といっしょに」の意味ではなく,古い「~に対抗して」ほどの意味を表わしている.

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2023-03-08 Wed

#5063. 前置詞は名詞句以外の補文を取れるし「後置詞」にすらなり得る [preposition][terminology][pos][word_order][syntax]

 昨日の記事「#5062. 前置詞の伝統的な定義」によれば,前置詞 (preposition) は名詞あるいは代名詞を支配するものとされる.より正確には,名詞句 (noun phrase) を支配するといっておくのがよいだろうか.しかし,実際には典型的な前置詞とみられる語の後ろに,一見したところ名詞句ではない別のものが続くケースも少なくない.例えば,Huddleston and Pullum (599) より4つの例を挙げよう.

i The magician emerged [from behind the curtain]. [PP]
ii I didn't know about it [until recently]. [AdvP]
iii We can't agree [on whether we should call in the police]. [interrogative clause]
iv They took me [for dead]. [AdjP]


 それぞれ前置詞の後に,別の前置詞句,副詞句, 疑問節,形容詞句が続いている例となっているが,このような例は珍しくない.ただし,前置詞が一般にこれらの異なる補文を取り得るというわけではない.前置詞ごとに,どのような補文を取れるかが決まっている,ということである.例えば until は副詞句を支配することができるが,疑問節は支配できない.逆に on は副詞句を支配できないが,疑問節は取れる.ちょうど個々の動詞によって支配できる補文のタイプが決まっているのと同じことである.
 また,伝統的な定義によれば,前置詞は補文の前に置かれるものである(だからこそ「前置」詞と呼ばれる).しかし,一部の前置詞については補文の後に置かれることがあり,その限りにおいては「後置」詞とすら呼べるのである.Huddleston and Pullum (631) より,notwithstandingapart/aside (from) が異なる語順で用いられている例文を挙げよう.

i a. [Notwithstanding these objections,] they passed ahead with their proposal.
i b. [These objections notwithstanding,] they passed ahead with their proposal.
ii a. [Apart/Aside from this,] he performed very creditably.
ii b. [This apart/aside,] he performed very creditably.


 前置詞を議論する場合には,今回挙げたような,らしくない振る舞いをする前置詞(の用法)にも注意する必要がある.関連して heldio 「#133. 前置詞ならぬ後置詞の存在」も参照.

 ・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum, eds. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.

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2023-03-07 Tue

#5062. 前置詞の伝統的な定義 [preposition][terminology][youtube][pos]

 一昨日に公開された YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新回は「#107. 英語に前置詞はなぜこんなに多いのか?」です.現代英語には前置詞が194種類もあるのですが,古英語では30種類ほどでした.英語の歴史に何が起こり,前置詞がここまで増えてしまったのでしょうか.12分ほどの動画です.どうぞご視聴ください.



 今回の動画と関連して,以下の関連する hellog 記事や heldio 放送もご参照ください.

 ・ hellog 「#30. 古英語の前置詞と格」 ([2009-05-28-1])
 ・ hellog 「#947. 現代英語の前置詞一覧」 ([2011-11-30-1])
 ・ hellog 「#1201. 後期中英語から初期近代英語にかけての前置詞の爆発」 ([2012-08-10-1])
 ・ hellog 「#4190. 借用要素を含む前置詞は少なくない」 ([2020-10-16-1])

 ・ heldio 「#133. 前置詞ならぬ後置詞の存在」
 ・ heldio 「#260. 英語史を通じて前置詞はどんどん増えてきた」
 ・ heldio 「#343. 前置詞とは何?なぜこんなにいろいろあるの?」
 ・ heldio 「#374. ラテン語から借用された前置詞 per, plus, via」

 そもそも前置詞 (preposition) とは何なのでしょうか.現代英語の前置詞の伝統的な定義・解説を Huddleston and Pullum (598) より引用しましょう.

The general definition of a preposition in traditional grammar is that it is a word that governs, and normally precedes, a noun or pronoun and which expresses the latter's relation to another word. 'Govern' here indicates that the preposition determines the case of the noun or pronoun (in some languages, certain prepositions govern an accusative, others a dative, and so on). In English, those pronouns that have different (non-genitive) case forms almost invariably appear in the accusative after prepositions, so the issue of case government is of less importance, and many definitions omit it.


 ただし,この伝統的な定義よりも広く前置詞をとらえる立場もあり,前置詞とは何かという問いは思いのほか容易ではありません.194種類あるとはいえ,あくまで小さな語類ではありますが,なかなか奥の深い品詞です.

 ・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum, eds. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.

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2023-02-22 Wed

#5049. 句動詞の多様な型 [phrasal_verb][syntax][word_order][verb][adverb][preposition][particle][idiom]

 英語には,動詞 (verb) と小辞 (particle) の組み合わせからなる句動詞 (phrasal_verb) が数多く存在している.とりわけ口語で頻出し,慣習的・比喩的な意味をもつものも多い.さらに統語構造上も多様な型を取り得るため,しばしば英語学習の障壁となる.
 例えば runup を組み合わせた表現を考えてみよう.統語的には4つのパターンに区分される.

 (1) A girl ran up. 「ある少女が駆け寄ってきた」
    ran up が全体として1つの自動詞に相当する.
 (2) The spider ran up the wall. 「そのクモは壁を登っていった」
   自動詞 ran と前置詞句 up the wall の組み合わせである.
 (3) The soldier ran up a flag. 「その兵士は旗を掲げた」
   ran up の組み合わせにより1つの他動詞に相当し,目的語を取る.この場合,小辞 up と名詞句の目的語 a flag の位置はリバーシブルで,The soldier ran a flag up. の語順も可能.ただし,目的語が it のような代名詞の場合には,むしろ The soldier ran it up. の語順のみが許容される.
 (4) Would you mind running me up the road? 「道路の先まで車に乗せていっていただけませんか」
   他動詞 run と前置詞句 up the road の組み合わせである.

 runup の組み合わせのみに限定しても,このように4つの型が認められる.他の動詞と他の小辞の組み合わせの全体を考慮すれば,型としては8つの型があり,きわめて複雑となる.

 ・ Cowie, A. P. and R Mackin, comps. Oxford Dictionary of Phrasal Verbs. Oxford: OUP, 1993.

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2022-12-10 Sat

#4975. 2重目的語を取る動詞,取りそうで取らない動詞 [transitive_verb][masanyan][voicy][heldio][preposition][complementation][syntax][genius6]

 昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて,まさにゃんと対談した.「#557. まさにゃん対談:supply A with B の with って要りますか? --- 『ジーニアス英和辞典』新旧版の比較」と題して,supplyprovide などの動詞が give と同じように SVOO,すなわち2重目的語構文を作る動詞 (ditransitive_verb) になりつつあるという統語変化について,辞書の新旧版を比較しながら歓談した.



 この放送と関連して,現代英語で2重目的語を取る動詞,および取れそうで取れない動詞(前置詞を用いる必要のある動詞など)を整理してみたい.ただし,網羅的な一覧を作ることを目指すわけではなく,Huddleston and Pullum (309) の分類と事例を引用するにすぎない.
 まず補文に2つの項を取る give タイプの動詞を,構文ごとに5種類に分類する.

    Oi + Od    Od + NON-CORE COMP
i a. I gave her the key.b. I gave the key to her.[Oi or to]
ii a. *I explained her the problem.b. I explained the problem to her.[to only]
iii a. I bought her a hat.b. I bought a hat for her.[Oi or for]
iv a. *I borrowed her the money.b. I borrowed the money for her.[for only]
v a. I spared her the trouble.b. *I spared the trouble to/for her.[Oi only]


 この5分類に従って,それぞれの動詞のサンプルを与えよう.i, iii, v の3種が,いわゆる2重目的語を取る動詞である.

 i Oi or TO: award, bequeath, bring, cable, deny, feed, give, hand, kick, leave1, lend, offer, owe, pass, post, promise, read, sell, send, show, take, teach, tell, throw, write
 ii TO only: announce, confess, contribute, convey, declare, deliver, donate, exhibit, explain, mention, narrate, refer, return, reveal, say, submit, transfer
 iii Oi or FOR: bake, build, buy, cook, design, fetch, find, get, hire, leave2, make, order, reach, rent, reserve, save1, sing, spare1, write
 iv FOR only: acquire, borrow, collect, compose, fabricate, obtain, recover, retrieve, withdraw
 v Oi only: allow, begrudge, bet, charge, cost, envy, excuse, fine, forgive, permit, refuse, save2, spare2, strike, tax, tip, wish

 放送で話題になった supply, provide は2重目的語を取る動詞として含まれていないことからも,上記はあくまで標準的な用法に限った上でのサンプルである.
 ほかに2重目的語を取り得る動詞として,Quirk et al. (§16.57) のリストも引用しておきたい.

pay, provide, serve, tell; bring, deny, give, grant, hand, leave, lend, offer, owe, promise, read, send, show, teach, throw; do, find, make, order, reserve, save, spare; ask, envy, excuse, forgive; allow, charge, fine, refuse, wish


 ・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum, eds. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.
 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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2022-07-26 Tue

#4838. worth の形容詞的特徴 [adjective][preposition][pos][prototype][complementation][syntax]

 昨日の記事「#4837. worth, (un)like, due, near は前置詞ぽい形容詞」 ([2022-07-25-1]) に引き続き,worth の品詞分類の問題について.Huddleston and Pullum (607) によると,まず worth が例外的な形容詞であるとの記述が見える.

As an adjective, . . . worth is highly exceptional. Most importantly for present purposes, it licenses an NP complement, as in The paintings are [worth thousands of dollars]. In this respect, it is like a preposition, but overall the case for analysing it as an adjective is strong.


  では,Huddleston and Pullum は何をもって worth がより形容詞的だと結論づけているのだろうか.まず,機能的な特性として2点を指摘している.1つは,典型的な形容詞らしく become の補語になれるということ.もう1つは,(分詞構文的に)述語として機能できるということである.それぞれ以下の2つの例文によって示される,前置詞ではあり得ない芸当ということだ.

 ・ What might have been a $200 first edition suddenly became [worth perhaps 10 times that amount].
 ・ [Worth over a million dollars,] the jewels were kept under surveillance by a veritable army of security guards.


 一方,比較変化および修飾という観点からみると,worth は形容詞らしくない.It was more worth the effort than I'd expected it to be. のような比較級の文は可能ではあるが,worth それ自体の意味について比較しているのかどうかについては議論がある.同様に,It was very much worth the effort. のように worth が強調されているかのような文はあり得るが,この強調は本当に worth の程度を強調しているのだろうか,議論があり得る.
 もう1つ,精妙な統語論的な分析がある.worth が前置詞であれば関係代名詞の前に添えることができるが,形容詞であれば難しいと予想される.そして,その予想は当たっているのだ.

 ・ This was far less than the amount [which she thought the land was now worth].
 ・ *This was far less than the amount [worth which she thought the land was now].


 上記を検討した上で総合的に評するならば,worth は典型的な形容詞とはいえず,前置詞的な特徴を持つものの,それでもどちらかといえば形容詞だ,ということになりそうだ.奥歯に物が挟まった言い方であることは承知しつつ.

 ・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum, eds. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.

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2022-07-25 Mon

#4837. worth, (un)like, due, near は前置詞ぽい形容詞 [adjective][preposition][pos][prototype][complementation][syntax]

 先日 khelf(慶應英語史フォーラム)内で,worth は形容詞か前置詞かという問題が議論された.歴史的には古英語の形容詞・名詞 w(e)orþ に遡ることが分かっているが,現代英語の worth を共時的に分析するならば,どちらの分析も可能である.
 まず,「価値がある」という明確な語彙的な意味をもち,「価値」の意味をもつ対応する名詞もあることから,形容詞とみるのが妥当という意見がある.一方,後ろに原則として補語(目的語)を要求する点で前置詞のような振る舞いを示すことも確かだ.実際に,いくつかの英和辞書を参照すると,形容詞と取っているものもあれば,前置詞とするものもある.
 一般に英語学では,このような問題を検討するのに prototype のアプローチを取る.典型的な形容詞,および典型的な前置詞に観察される言語学的諸特徴をあらかじめリストアップしておき,問題の語,今回の場合であれば worth について,どちらの品詞の特徴を多く有するかによって,より形容詞的であるとか,より前置詞的であるといった判断をくだすのである.
 この分析自体がなかなかおもしろいのだが,当面は worth を,後ろに補語を要求するという例外的な特徴をもつ「異質な」形容詞とみておこう.Huddleston and Pullum (546--47) によれば,似たような異質な形容詞の仲間として (un)likedue がある.以下の例文で,角括弧に括った部分が,それぞれ補語を伴った形容詞句として分析される.

 ・ The book turned out to be [worth seventy dollars].
 ・ Jill is [very like her brother].
 ・ You are now [due $750]. / $750 is now [due you].

 さらにこのリストに near も加えることができるだろう.
 関連して「#947. 現代英語の前置詞一覧」 ([2011-11-30-1]),「#4436. 形容詞のプロトタイプ」 ([2021-06-19-1]),「#209. near の正体」 ([2009-11-22-1]) を参照.
 品詞分類を巡る英語の問題としては,形容詞と副詞の区分を巡る議論も有名だ.これについては「#981. 副詞と形容詞の近似」 ([2012-01-03-1]),「#995. The rose smells sweet. と The rose smells sweetly.」 ([2012-01-17-1]),「#1354. 形容詞と副詞の接触点」 ([2013-01-10-1]),「#2441. 副詞と形容詞の近似 (2) --- 中英語でも困る問題」 ([2016-01-02-1]) などを参照.

 ・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum, eds. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.

Referrer (Inside): [2022-07-26-1]

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2022-05-14 Sat

#4765. 慣習化して前置詞に近づいた懸垂分詞 [participle][syntax][grammaticalisation][preposition][french][contact][dangling_participle][conjunction]

 昨日の記事「#4764. 慣用的な懸垂分詞の起源と種類」 ([2022-05-13-1]) に続き,懸垂分詞の起源について.
 この構文を Jespersen (407) は "dangling participle" や "loose participle" と呼び,数ページにわたって議論している.とりわけ pp. 409--10 では,"perfectly established" したものとして allowing for, talking of, speaking of, judging by, judging from, saving, begging your pardon, strictly speaking, generally speaking, counting, taking, considering の例が挙げられている.
 pp. 410--11 では,さらに慣習化して前置詞に近くなったものがあるとして,中英語以降からの豊富な例文とともに挙げられている.今後の考察のためにも,ここに引用しておきたい.

22.29. A loose participle sometimes approaches the value of a preposition. This use is with possibly doubtful justice ascribed to French influence by Ross, The Absolute Participle, 30. Examples: Ch B 4161 as touching daun Catoun | More U 64 Now as touchyng this question . . . But as concernyng this matter . . . | Caxton R 11 touchyng this complaint | Hawthorne S 247 I am utterly bewildered as touching the purport of your words | Caxton R 54 alle were there sauyng reynard | Gay BP 40 . . . a Jew; and bating their religion, to women they are a good sort of people | Hawthorne Sn 51 barring the casualties to which such a complicated piece of mechanism is liable | Quincey 116 one may bevouack decently, barring rain and wind, up to the end of October | Scott I 31 incapable of being removed, excepting by the use of the file | Di Do 239 Edith, saving for a curl of her lip, was motionless | Dreiser F 292 what chance would he have, presuming her faithfulness itself | Defoe R 2.190 his discourse was prettily deliver'd, considering his youth | Hope D 77 Considering his age, your conduct is scandalous | Thack N 5 there may be nothing new under and including the sun.
   Cf. also regarding, respecting (e.g. Ruskin S 1.291) | according to (Caxton R 57, etc.) | owing to | granting (Stevenson JHF 103 even granting some impediments, why was this gentleman to be received by me in secret?).
   Cf. pending, during, notwithstanding 6.34.
   On the transition of seeing, granting, supposing, notwithstanding with or without that to use as conjunctions, see ch. XXI; on being see above 6.35.


 これによると,慣習化した懸垂分詞はフランス語の対応構文からの影響の結果とみなす説もあるようだが,昨日の記事でもみたとおり古英語にルーツを探ることができる以上,少なくともフランス語からの影響のみに依拠する説明は妥当ではないだろう.
 引用の最後の部分にあるように,現代までに完全に前置詞化,あるいは接続詞化したものも数例あるので,judging from 問題を考察するに当たって,そのような事例にも目を配っていく必要がある.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 5. Copenhagen: Munksgaard, 1954.

Referrer (Inside): [2022-06-01-1]

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2022-05-13 Fri

#4764. 慣用的な懸垂分詞の起源と種類 [participle][syntax][grammaticalisation][preposition][dangling_participle]

 「#4754. 懸垂分詞」 ([2022-05-03-1]) で取り上げたように,judging from のように慣用表現として定着している懸垂分詞 (dangling participle) の例がある.speaking of, strictly speaking, considering, including なども仲間だろう.もともと現在分詞句として始まった表現が,文法化 (grammaticalisation) を経て,機能的に前置詞に近いものへ発展してきたのだろうと考えることができる.
 この統語構造について,Visser (§1075) が1セクションを割いている.先駆的表現はすでに古英語にあったとのことだ.

>>
   1075 --- Types 'Speaking of daughters, I have seen Miss Dombey' 'This is, strictly speaking, no quibble'

   Here follow a number of instances of the use of non-related free -ing adjuncts which have nowadays begun to be generally considered established usage. In this case the adjunct never takes the having + past participle or the being + past participle form. Some of the adjuncts are more or less halfway in their development to prepositions, e.g. 'talking of' = 'apropos of'.
   It seems worth while to cite the following Old English passage as being a kind of forerunner of the idiom under discussion: Ælfric, Gen. 13, 10, 'eall se eard . . . wæs mirige mid wætere gemenged swa swa godes neorxna wang and swa swa Egipta land becumendum on Segor' (Auth. V.: as thou comest unto Zoar). A Middle English instance is: c1450 Cov. Myst. p. 387, 'My name is great and marveylous, treuly you telland.'


 Visser は同セクションで,近代英語期からの用例を多数引きつつ,16種類の関連表現を列挙している.allowing, begging, considering, counting, excluding, excusing, granting, including, judging, letting alone, reckoning, speaking, supposing, taking, talking, waiving
 同セクションには,この問題を掘り下げていくに当たって(必然的に古いものではあるが)有用な参考文献が数多く紹介されているので,その辺りからスタートするのがよさそうだ.

 ・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.

Referrer (Inside): [2022-06-01-1] [2022-05-14-1]

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2022-01-09 Sun

#4640. of/「の」をもつ名詞的繋辞構文の出現 [syntax][preposition][generative_grammar]

 英語の an angel of a girl 「天使のような少女」のような of を用いた構文について「#2461. an angel of a girl (1)」 ([2016-01-22-1]) や「#2462. an angel of a girl (2)」 ([2016-01-23-1]) で取り上げたことがあるが,日本語にも統語意味論的に類例があるという見解に出会った.小川 (83) によると,日本語と英語の様々なソースから集めた例として次のものが挙げられている.
 
 (1) a. 女性の運転手(=女性である運転手;cf. 女性運転手)
   b. 運転手の女性(=運転手である女性;cf. *運転手女性)
 (2) a. a village like a jewel
   b. a jewel *(of) a village
 (3) a. あの山は高さ(が)3000メートルだ/である。
   b. あの山は3000メートル*(の)高さだ/である。
 (4) a. It rose with great rapidity until it reached the height of 400 feet, ...
   b. Lead-glazed earthenware; height 7 feet, 10 1/2 inches over-all.
   c. Asher smiled quizzically, as he spread his broad brown hands before his face and drew himself up to his full six feet *(of) height.

 小川 (83) は,生成文法の枠組みに依拠し,このような構文を「名詞的繋辞構文」と呼んで分析している.名詞句内で意味的に主語と述語に相当する部分が倒置できる場合があり,その際に繋辞(of や「の」)が生じる構文のことである.(1a), (2a), (3a), (4a, b) では繋辞が生じない(あるいは義務的ではない)が,(1b), (2b), (3b), (4c) では繋辞が義務的となるという特徴がある.また,歴史的に後者グループは前者グループよりも後に生じているという共通点もあるという.小川は後者グループの歴史的な出現は統語構造が複雑化した結果とみており,この複雑化を「統語的構文化」と呼んでいる (92) .
 (3), (4) のように数量や単位に関する名詞句の統語構造(小川は p. 83 で「尺度名詞構文」と呼んでいる)は,日本語でも英語でも確かに複雑だと思っていたが,それと a jewel of a villagean angel of a girl の問題が結びつき得るとは予想もしなかった.統語理論がおもしろいのは,このような予想外の関連を示してくれる点にある.
 of が関わる統語論上の他の問題としては,「#4116. It's very kind of you to come.of の用法は?」 ([2020-08-03-1]),「#4117. It's very kind of you to come. の of の用法は歴史的には「行為者」」 ([2020-08-04-1]) 辺りも参照.

 ・ 小川 芳樹 「日英語の名詞的繋辞構文の通時的変化と共時的変異」『レキシコン研究の新たなアプローチ』岸本 秀樹・影山 太郎(編),くろしお出版,2019年,81--111頁.

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2021-08-09 Mon

#4487. Shakespeare の前置詞使用のパターンは現代英語と異なる [shakespeare][preposition][emode]

 Baugh and Cable (242--43) が,Shakespeare を中心とするエリザベス朝期の英語について,前置詞 (preposition) 使用のパターンが現代と異なる点に注目している.

Perhaps nothing illustrates so richly the idiomatic changes in a language from one age to another as the uses of prepositions. When Shakespeare says, I'll rent the fairest house in it after threepence a bay, we should say at; in Our fears in Banquo stick deep, we should say about. The single preposition of shows how many changes in common idioms have come about since 1600: One that I brought up of (from) a puppy; he came of (on) an errand to me; 'Tis pity of (about) him; your name. . . . I now not, nor by what wonder you do hit of (upon) mine; And not be seen to wink of (during) all the day; it was well done of (by) you; I wonder of (at) their being here together; I am provided of (with) a torchbearer; I have no mind of (for) feasting forth tonight; I were better to be married of (by) him than of another; and That did but show three of (as) a fool. Many more examples could be added.


 続く部分で Baugh and Cable (243) は,初期近代英語期の研究のみならず一般の英語史の研究において有効かつ重要な視点を指摘している.

Although matters of idiom and usage generally claim less attention from students of the language than do sounds and inflections or additions to the vocabulary, no picture of Elizabethan English would be adequate that did not give them a fair measure of recognition.


 普段,異なる時代の英文を読んでいると,確かに前置詞使用のパターンの変化と変異には驚かされる.あまりに複雑すぎて研究しようという気にもならないくらい,通時的変化と共時的変異に一貫性がないように映る.
 まず,英語史を通じて前置詞の種類が増え続けてきたという事実がある.前置詞はしばしば閉じた語類である機能語として分類されるが,否,その種類は歴史的に増加してきた.「#1201. 後期中英語から初期近代英語にかけての前置詞の爆発」 ([2012-08-10-1]),「#947. 現代英語の前置詞一覧」 ([2011-11-30-1]) を参照されたい.
 各前置詞の機能や用法も変化と変異を繰り返してきた.受動態の動作主を示す前置詞(現代英語でのデフォルトは by)に限っても,「#1350. 受動態の動作主に用いられる of」 ([2013-01-06-1]),「#1351. 受動態の動作主に用いられた throughat」 ([2013-01-07-1]),「#2269. 受動態の動作主に用いられた byof の競合」 ([2015-07-14-1]) のように議論はつきないし,現代の話題として「#4383. be surprised at ではなく be surprised by も実は流行ってきている」 ([2021-04-27-1]) という興味深いトピックもある.テーマとしてたいへんおもしろいが,研究の実際を考えるとかなりの難物である.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2021-05-01 Sat

#4387. なぜ名詞(句)が副詞的に用いられることがあるのですか? [sobokunagimon][preposition][adverbial_accusative][adverbial_genitive][adverb][case][dative][japanese][khelf_hel_intro_2021]

 次の各文の赤字の部分をみてください.いずれもその形態だけみれば名詞(句)ですが,文中での働き(統語)をみれば副詞として機能しています.前置詞 (preposition) がついていれば分かりやすい気もしますが,ついていません.形式は名詞(句)なのに機能は副詞というのは何か食い違っているように思えますが,このような例は英語では日常茶飯で枚挙にいとまがありません.

 ・ I got up at five this morning.
 ・ Every day they run ten kilometers.
 ・ He repeated the phrase twice.
 ・ She lives just three doors from a supermarket.
 ・ We cook French style.
 ・ You are all twenty years old.
 ・ They travelled first-class.

 上記のような副詞的に用いられる名詞句は,歴史的には副詞的対格 (adverbial_accusative),副詞的与格 (adverbial dative),副詞的属格 (adverbial_genitive) などと呼ばれます.本ブログでも歴史的な観点から様々に取り上げてきた話題です.
 昨日大学院生により公表された「英語史導入企画2021」のためのコンテンツ「先生、ここに前置詞いらないんですか?」は,この問題に英語史の観点から迫った,読みやすい導入的コンテンツです.古英語の事例を提示しながら,最後は「名詞が副詞の働きをするというのは,格変化が豊かであった古英語時代の用法が現代にかすかに生き残ったものなのである」と締めくくっています.
 古英語期に名詞(句)が格変化して副詞的に用いられていたものが,中英語期以降に格変化を失った後も化石的に生き残ってきたという説明は,およそその通りだと考えています.一方で,それだけではないとも思っています.とりわけ時間,空間,様態に関わる副詞が,名詞(句)から発達するということは,歴史的な格変化を念頭におかずとも,通言語的にありふれているように思われるからです.日本語の,「昨日」「今日」「明日」「先週」「来年」はもとより「短時間」「半世紀」「未来永劫」や「突然」「畢竟」「誠心誠意」も形態的には典型的な名詞句のようにみえますが,機能的には副詞で用いられることも多いでしょう.
 上記コンテンツで例示されているように,古英語には名詞が対格・与格・属格に屈折して副詞として用いられている例は多々あります.しかし,例えば hwīlum ("sometimes, once"; > PDE whilom) などは,語源・形態的には語尾の -um は複数与格を表わすとはいえ,すでに古英語の時点で語彙化していると考えられます.名詞 hwīl (> PDE while) が格屈折したものであるという意識は,古英語話者にすら稀薄だったのではないかと想像されるのです.屈折の衰退を待たずして,古英語期にも名詞由来の hwīlum がすでに副詞として認識されていた(もし仮に認識されることがあったとして)のではないかと思われます.
 中英語期以降の格変化の衰退が,現代につながる「副詞的名詞(句)」の拡大に貢献したことは認めつつも,歴史的経緯とは無関係に,時間,空間,様態などを表わす名詞(句)が副詞化する傾向は一般的にあるのではないでしょうか.

Referrer (Inside): [2023-01-01-1]

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2021-04-27 Tue

#4383. be surprised at ではなく be surprised by も実は流行ってきている [hel_education][link][khelf][passive][preposition][corpus][clmet][lmode][oed][khelf_hel_intro_2021]

 この4月を通じて宣伝してきた「英語史導入企画2021」も,そろそろ折り返し地点にたどり着きます.大学院と学部の英語史ゼミのメンバーが日々「英語史コンテンツ」を提供するという,年度初め限定のキャンペーンを展開しています.
 4月6日に公表された初回コンテンツは,「#4362. 「英語史導入企画2021」がオープンしました」 ([2021-04-06-1]) で紹介した「be surprised at―アッと驚くのはもう古い?(1)」でした.英語学習者の誰もが習う be surprised at ですが,最近では be surprised by も多くなっているという衝撃の事実(?)を指摘した大学院生によるコンテンツでした.
 それを受けて昨日アップされたのは,同院生による第2弾「be surprised at―アッと驚くのはもう古い?(2)」です.前回は現代英語の諸変種に焦点を当てた「共時的」な内容でしたが,今回はいよいよ英語史的の醍醐味ともいえる「通時的」なアプローチでの分析です.おお,そうなのか!という驚きの事実が明らかになります.英語史導入企画としてナイスです,ぜひどうぞ.
 私もその洞察に刺激を受け,18--19世紀辺りの分布はどうだったのだろうと,後期近代英語のコーパス CLMET3.0 でちらっと検索してみました.70年刻みの3期に分け,(be 動詞はあえて指定せず)surprised atsurprised by でヒット数を単純に比較してみました.

Periodsurprised atsurprised by
1710--178015840
1780--185018955
1850--192015730


 この時代には surprised by はまだ全体の2,3割程度だったということになります.上記のコンテンツによれば,その後 surprised by が20世紀後半から伸張してきたということで,ますます目を離せない追い上げといってよいですね.なお,コンテンツ内でも触れられている通り,この問題に関する本格的な研究として以下のものがありますので,改めて明記しておきます.

 ・ Taketazu, Susumu. Psychological Passives and the Agentive Prepositions in English: A Historical Study. Tokyo: Kaibunsha, 2019.

 今回のコンテンツは,英語史学習への導入としてはややハイレベルだったかもしれませんが,英語史研究への導入としては,基本的ながらもたいへん重要な指摘を多く含んでいると思いました.5点ほど挙げれば次のようになるでしょうか.

 ・ 英語史研究にはコーパス利用がたいへん有効であること
 ・ 同じく OED (= Oxford English Dictionary) の利用が不可欠であること
 ・ ただし,これらから得られた情報は,単純に結論につなげるのではなく,慎重に分析し議論することが必要であること
 ・ 言語は常に変化しているということ
 ・ 新しいと思っていた表現が,実は古くから用いられたということ

 「英語史導入企画2021」はまだまだ続きます.引き続きよろしくお願い致します.

Referrer (Inside): [2021-08-09-1]

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2021-04-06 Tue

#4362. 「英語史導入企画2021」がオープンしました [hel_education][link][khelf][passive][preposition][khelf_hel_intro_2021][notice]

 4月1日に「#4357. 新年度の英語史導入キャンペーンを開始します」 ([2021-04-01-1]) と宣言して以来,英語史の学びを促す記事を書き続けていますが,一人で続けるのでは息切れしてしまいます.ということで,慶應義塾大学文学部および文学研究科に在籍している英語史を専攻するゼミの学部生・院生より力を借りることにしました.この趣旨で,実はすでに昨日から「英語史導入企画2021」なるものが立ち上がっています.
 私のゼミにて英語史を学ぶ学部生・院生,ゼミ卒業生,その他少数の関係者からなる緩いフォーラムが存在しており,非公式に khelf (= Keio History of the English Language Forum) と称しています.作成途中ながら,そのホームページもありますのでご覧ください.今回の企画の協力者は,ほかならぬこの khelf メンバーたちです.
 この企画について,「英語史導入企画2021」ページより説明を転載します.

2021年度がスタートしました.本年度も khelf としての活動に力を入れていきます.

年度初めの4月,5月は,学生も教員も一般人も新しい学びに積極的になる時期です.そこで,英語史を専攻する私たち khelf メンバー(大学院と学部のゼミ生たちが中心)が発信元となって,英語史という分野とその魅力を世の中に広く伝えるべく,何らかの「コンテンツ」を毎日1つずつウェブ上に公表していこうという「英語史導入企画2021」を立てました.

4月5日(月)から始めて5月下旬まで,日曜日を除く毎日更新していく予定です.「こんなに身近なトピックが英語史の入口になり得るのか」とか「こんな他愛のない問題について真剣に学問している集団があるのか」とか,様々に感じてもらい,英語史に関心をもってもらえればと思います.

コンテンツはリンクフリーですが,コンテンツ提供者(匿名)である khelf メンバー(大学院と学部のゼミ生たちが中心)の学習・研究・教育活動にご理解とご協力をお願い致します.


 昨日アップロードされた第1回コンテンツは,大学院生による「be surprised at―アッと驚くのはもう古い?(1)」です.英語学習者であれば必ず学習しているはずの熟語 be surprised at の前置詞 at に関して,意外な事実が明らかにされます.この意外な事実をコーパスを駆使して明らかにするという内容です.昨今の英語史研究のトレンドである World Englishes の視点も取り入れており,とても参考になります.受動態の動作主に用いられる前置詞の歴史については,本ブログより ##1333,1350,1351,2269 もご参照ください.
 本ブログも,「英語史導入企画2021」上に日々アップされてくるコンテンツと連動する形で英語史の魅力の発信に努めていきたいと思います.企画ともども,よろしくお願い致します.

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2021-03-25 Thu

#4350. 剥奪の of について格の観点から再考 [preposition][case][syntax][word_order][semantic_role]

 いわゆる「剥奪の of」と呼ばれる用法や構文について,「#1775. rob A of B」 ([2014-03-07-1]) の記事で英語史の観点から少し考えてみた.なかなか難しい問題で,英語学的にもきれいには解決していないようである.
 Blake (134) が,格 (case) や意味役割 (semantic_role) の観点からこの問題に迫っている議論をみつけたので,そちらを引用したい.

(39)a.The vandalsstrippedthe branchesoff the tree
agentpatientsource
b.The vandalsstrippedthe treeof its branches
agentsourcepatient


   The roles appropriate for (39a) are noncontroversial. The vandals are clearly the agent, the branches patient and the tree source. Of the two sentences (39a) would appear to be unmarked, since it exhibits a normal association of role and relation: patient with direct object and source with a noncore or peripheral relation. The ascription of roles in (39b) is more problematic. Under a common interpretation of constructions like this the tree in (39b) would still be the source and the branches the patient. But note the different in meaning. (39a) presents the situation from the point of view of the effect of the activity on the branches, whereas (39b) emphasises the fate of the tree. In fact, the phrase of its branches can be omitted from (39b). This makes it problematic for those who claim that every clause has a patient. The problem could be avoided by claiming that the tree in (39b) has been reinterpreted as a patient, but that creates the further problem of finding a different role for the branches.


 剥奪の構文の問題について格の理論的観点から議論したものだが,およそ私たちの直感的な問題意識に通じる議論となっており,結局のところ未解決なのである.最後に触れられているように,(39b) において the tree の意味役割を patient とするのであれば,of its branches の意味役割は何になるのか.そして,その意味役割を担わせる前置詞 of の意味・用法はいかなるものであり,それは of の原義や他の主要語義からどのように派生したものと考えるべきなのか.
 1つ気になるのは,両文で用いられている前置詞が,起源を同じくする offof であることだ(ただし,前者は from でも言い換えられる).両語の同一起源については「#55. through の語源」 ([2009-06-22-1]),「#4095. 2重語の分類」 ([2020-07-13-1]) を参照.

 ・ Blake, Barry J. Case. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2001.

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2021-02-24 Wed

#4321. あまり知られていない前置詞 anent (= about) を紹介 [preposition]

 古英語に由来する anent なる前置詞を紹介します.「?に関して」 (about, concerning) を意味する古風,戯言的,あるいはスコットランド方言の前置詞として,次のように使います(OED の anent, prep. and adv. の例文より).

 ・ 1908 S. E. White Riverman iv. 37 He departed, catching fragments of vows anent never going on any more errands for nobody.
 ・ 1993 Herald (Glasgow) 3 May 10 I write anent Duncan Campbell's article (Black magic circle).
 ・ 2007 www.scottish.parliament.uk 10 July (O.E.D. Archive) The Visitor Centre has braw visual an interactive displays that lats ye explore information anent the Pairlament.

 語源をひもとくと,古英語の on emn/efen (= on even [ground]) にさかのぼります.「?と同じ平面で,並んで」ほどの原義から発達したものです.このような一般的な原義だったので,この前置詞(副詞も兼ねる)が歴史的に担ってきた意味範囲は広く,「?に面して」「?の間近に」「?と並んで」「?といっしょに」「?に反して」など様々です.意味変化の辞書を編纂した Room にも,見出しが立てられています.

anent (concerning)
This now old-fashioned word, used mostly humorously ('I would like a word anent the procedure here'), originally meant 'in company with' in Old English, a sense which survived in dialect use down to the nineteenth century. It also meant 'facing', 'towards', as in the Voiage of Sir John Maundevile (1366), which tells of 'Wylde Bestes' that 'slen and devouren alle that comen aneyntes hem'. However, the word does still have some Scottish usage in these senses, as well as the general one of 'concerning'.


 中英語期には多義でごく普通に使われていた前置詞なので,MEDanent(es (prep.) にもたくさんの例文が挙げられています.形態的にも,onefent, onevent, anempt(es, anem(p)st; onent(es, onence, onon(t, anundes, anen, anend(es, anintice, anens(t, anence, enent(es, enens, inent(es, inence などと様々に記録されています.
 もともとは古英語 efen に由来する前置詞であり,諸形態の語尾に現われる t, s, d のような子音字や,その組み合わせは非語源的な要素ということになります.前置詞,副詞,接続詞という語類にこれらの子音を含む非語源的な語尾が添加されるということは英語の歴史ではしばしば起こっており,本ブログでも様々に取り上げてきました.この話題については,こちらの記事セットをご覧ください.

 ・ Room, Adrian, ed. NTC's Dictionary of Changes in Meanings. Lincolnwood: NTC, 1991.

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