複合語のうち,中に動詞的な要素を含まず,名詞と名詞,あるいは名詞と形容詞の要素からなるものを1次複合名詞と呼ぶ.竝木 (56--57) より,英語と日本語からの例を挙げてみよう.とりわけ2要素間の意味関係に注目されたい.
a. 2番目の名詞が最初の名詞に似ているもの
catfish (ナマズ),eggplant (ナス);こうもり傘,ほうき星
b. 2番目の名詞が最初の名詞の用途を表すもの
ashtray (灰皿),birdcage (鳥かご);目薬,歯ブラシ
c. 2番目の名詞が最初の名詞の一部であるもの
doorknob (ドアの取っ手),pianokey (ピアノの鍵盤);目頭,矢じり
d. 2番目の名詞が最初の名詞を作り出すもの
honeybee (ミツバチ),silkworm (カイコ);サトウカエデ
e. 最初の単語が形容詞で2番目が名詞であるもの
darkroom (暗室),blackboard (黒板);青信号,赤辛抱
第1要素を○,第2要素を△とすると,次のようにまとめられるだろうか.
a. ○のような△
b. ○のための△
c. ○の△
d. ○を作る△
e. ○な△
ただし,これは典型的な2要素間の意味関係を例示したものにすぎない.複合語にはその他の様々な意味関係があり得る.例えば「#4856. 長い複合語 --- farm produce delivery truck repair shop」 ([2022-08-13-1]) より student film society committee scandal や「一人親方組合」などの例はどうだろうか.要素間の意味関係はきれいに整理できないくらい多様である.
・ 竝木 崇康 「第2章 形態論」『日英対照 英語学の基礎』(三原 健一・高見 健一(編著),窪薗 晴夫・竝木 崇康・小野 尚久・杉本 孝司・吉村 あき子(著)) くろしお出版,2013年.
昨日の記事「#4855. 複合語の認定基準 --- blackboard は複合語で black board は句」 ([2022-08-12-1]) に続き,複合語 (compound) の話題.現代英語期に存在感を増してきた語形成の1つに長い名詞連鎖の複合がある.多くの情報を狭いスペースに詰め込みたいという情報化社会のニーズを反映しているのだろう,World Heath Organization, Trades union congress centenary, New York City Ballet School instructor, railway station waiting room murder inquiry verdict など枚挙にいとまがない.新聞などを漁れば,いくらでも例を集めることができそうだ(cf. 「#399. 現代英語に起こっている言語変化」 ([2010-05-31-1]),「#629. 英語の新語サイト Word Spy」 ([2011-01-16-1]),「#860. 現代英語の変化と変異の一覧」 ([2011-09-04-1])).
竝木 (52--53) は,英語と日本語より長い複合語の例を挙げながら,その「繰り返し可能」 (recursive) な性質に注目している.
・ farm produce delivery truck repair shop (農場で採れた成果物配達用トラックの修理店)
・ student film society committee scandal inquiry (学生映画協会委員会のスキャンダルの調査)
・ bathroom towel rack designer training (浴室用タオル掛けのデザイナー養成)
・ bathroom towel rack designer training program committee (浴室用タオル掛けのデザイナー養成計画委員会)
・ 一人親方組合作り
・ 地方公務員制度調査研究会報告
・ 中高年労働移動支援特別助成金
・ 南関東地区震災応急対策活動要領
両言語とも,このように要素を数珠つなぎにしていくらでも長い複合語を作り出していくことができる.これが "recursive" の意味である.原則として最後に現われる要素(下線部)が意味的な主要部となり,複合語の性質を定めることになる.
戯れに,上記の最後の例で,さらにどこまで長くつなげられるか挑戦してみた.「南関東地区震災応急対策活動要領執筆作業部会副会長失踪事件担当刑事宛書簡集編纂事業支援募金口座解約騒動」というのはいかがでしょう(recursive なのでキリがなく50文字で止めました).
・ 竝木 崇康 「第2章 形態論」『日英対照 英語学の基礎』(三原 健一・高見 健一(編著),窪薗 晴夫・竝木 崇康・小野 尚久・杉本孝司・吉村 あき子(著)) くろしお出版,2013年.
独立した語を複数組み合わせて,新たな1つの語を作り出す語形成を複合 (compounding) といい,そのようにして形成されたものを複合語 (compound) という.複合(語)の分類については「#924. 複合語の分類」 ([2011-11-07-1]),「#2652. 複合名詞の意味的分類」 ([2016-07-31-1]) を参照されたい.
今回は,複合語と句 (phrase) がどのように区別されるのかという問題を取り上げる.両者とも独立した語を複数組み合わせて作るという点では同じだが,一般に複合語は形態的な単位であり,句は統語的な単位であると区別してとらえられる.例えば,black board (黒い板)は句で blackboard (黒板)は複合語と判断されるが,どのように区別されるのだろうか.なお,綴字上2要素間にスペースが置かれているかどうかは慣習的な正書法の問題にすぎず,本質的な決め手とはならないことを先に述べておく.
複合語の認定基準について,竝木 (39) より3点を示そう.
a. 意味に関する基準(普遍的なもの)
2つ(またはそれ以上)の単語がまとまりをなすとき,全体の意味が部分の意味から合成的に得られない場合,そのまとまりは複合語である.(意味の非合成性)
b. 形態に関する基準(普遍的なもの)
2つの単語がまとまりをなすとき,両者の間に他の要素を入れられない場合や,最初の単語のみを修飾する単語が付けられない場合,そのまとまりは複合語である.(形態的な緊密性)
c. 音韻的な基準(個別言語に特有で,ここでは英語の場合)
2つの単語がまとまりをなすとき,第1強勢が最初の単語に置かれる場合,そのまとまりは複合語である.
black board と blackboard の具体的なペアで上記の基準を確認してみよう.black (黒い)と board (板)という2つの独立した単語とその意味を知っていれば,意味の足し算により black board の意味「黒い板」を容易に割り出すことができる.しかし,blackboard は一般的な黒い板ではなく,学校教室での授業など特定の用途のために使われるモノにつけられた名前である.だから,実際には緑色に近かったとしても blackboard ということができる.blackboard は単純な意味の足し算によって予想することができない特殊な意味をもつのである(意味の非合成性).
次に,句である black board については very black board や blacker board のように black の意味を強調・比較させることができるが,複合語である blackboard については *very blackboard や *blackerboard のようにすることは許されない.複合語を構成する2要素の関係があまりに緊密だからである(形態的な緊密性).
最後に,句の blàck bóard と複合語の bláckbòard とでは,強勢の置かれる部分が異なる.前者は一般的な句の強勢パターンに従い,後者は一般的な語の強勢パターンに従っている.
上記の複合語の認定基準は,当然ながら語 (word) そのものの認定基準と重なるところが多い.この関連する問題については「#910. 語の定義がなぜ難しいか (1)」 ([2011-10-24-1]),「#911. 語の定義がなぜ難しいか (2)」 ([2011-10-25-1]),「#912. 語の定義がなぜ難しいか (3)」 ([2011-10-26-1]),「#921. 語の定義がなぜ難しいか (4)」 ([2011-11-04-1]),「#922. 語の定義がなぜ難しいか (5)」 ([2011-11-05-1]) を要参照.
・ 竝木 崇康 「第2章 形態論」『日英対照 英語学の基礎』(三原 健一・高見 健一(編著),窪薗 晴夫・竝木 崇康・小野 尚久・杉本 孝司・吉村 あき子(著)) くろしお出版,2013年.
この概念と用語を知っていれば英語の語彙関係についてもっと効果的に説明したり議論したりできただろう,と思われるものに最近出会った.Görlach (110) が,consociation と dissociation という語彙関係について紹介している(もともとは Leisi によるものとのこと)
Words can be said to be consociated if linked by transparent morphology; they are dissociated if morphologically isolated. Consociation is common in languages in which compounds and derivations are frequent (OE, Ge, Lat). Dissociation occurs when foreign words are borrowed, or when derivations become opaque . . . .
例えば,heart → hearty → heartiness は形態的に透明に派生されており,典型的な consociation の関係にあるといえる.foul → filth → filthy → filthiness についても,最初の foul → filth こそ透明度は若干下がるが(ただし古英語では音韻形態規則により,ある程度の透明度があったといえる),全体としては consociation の関係といえるだろう.ただ,consociation といっても程度の差のありうる語彙関係であることが,ここから分かる.
一方,いわゆる英語語彙の3層構造の例などは,典型的な dissociation の関係を示す.「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]) からいくつか示せば,ask -- question -- interrogate, fair -- beautiful -- attractive, help -- aid -- assistance などだ.「#331. 動物とその肉を表す英単語」 ([2010-03-24-1]) も有名だが,cow -- beef, swine -- pork, sheep -- mutton などの語彙関係も dissociation といえる.
eye -- ocular などの名詞・形容詞の対応も,dissociation の関係ということになる.ここから日本語に話を広げれば,和語と漢語の関係,あるいは漢字の読みでいえば訓読みと音読みの関係も,典型的な dissociation といってよいだろう.「めがね」(眼鏡)と「眼鏡」(眼鏡)の関係は,上記の eye -- ocular の関係に似ている.関連して「#335. 日本語語彙の三層構造」 ([2010-03-28-1]) も参照されたい.
・ Görlach, Manfred. The Linguistic History of English. Basingstoke: Macmillan, 1997.
・ Leisi, Ernst. Das heutige Englische: Wesenszüge und Probleme.'' 5th ed. Heidelberg, 1969.
英語語彙史におけるギリシア語 (greek) の役割は,ラテン語,フランス語,古ノルド語のそれに比べると一般的には目立たないが,とりわけ医学や化学などの学術レジスターに限定すれば,著しく大きい.本ブログでも様々に取り上げてきたが,以下に挙げる記事などを参照されたい.
・ 「#516. 直接のギリシア語借用は15世紀から」 ([2010-09-25-1])
・ 「#552. combining form」 ([2010-10-31-1])
・ 「#616. 近代英語期の科学語彙の爆発」 ([2011-01-03-1])
・ 「#617. 近代英語期以前の専門5分野の語彙の通時分布」 ([2011-01-04-1])
・ 「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1])
・ 「#3014. 英語史におけるギリシア語の真の存在感は19世紀から」 ([2017-07-28-1])
・ 「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1])
・ 「#3166. 英製希羅語としての科学用語」 ([2017-12-27-1])
・ 「#4191. 科学用語の意味の諸言語への伝播について」 ([2020-10-17-1])
Joseph (1720) が,英語とギリシア語の歴史的な関係について次のように総論的にまとめている.
English and Greek share some affinity in that both are members of the Indo-European language family, but within Indo-European, they are not particularly closely related. Nor is it the case that at any point in their respective prehistories were speakers of Greek and speakers of English in close contact with one another, and such is the case throughout most of historical times as well. Thus the story of language contact involving English and Greek is actually a relatively brief one.
However, the languages have not been inert over the centuries with respect to one another and some contact effects can be discerned. For the most part, these involve loanwords, as there are essentially no structural effects . . . and in many, if not most, instances, as the following discussion shows, the loans are either learned borrowings that do not even necessarily involve overt speaker-to-speaker contact, or ones that only indirectly involve Greek, being ultimately of Greek origin but entering English through a different source.
近代英語期以降に,ギリシア語とその豊かな語形成が本格的に英語に入ってきたとき,確かにそれは専門的なレジスターにおける限定的な現象だったといえばそうではあるが,やはり英語の語形成に大きなインパクトを与えたといってよいだろう.極端な例として encephalograph (脳造影図)を取り上げると,これはギリシア語に由来する encephalon (脳) + graph (図)という2つの連結形 (combining_form) から構成される.これを基に encephalography, electroencephalography, electroencephalographologist などの関連語を「英語側で」簡単に生み出すことができたのである.
化学用語においても然りで,1,3-dimethylamino-3,5-propylhexedrine といった(私の理解を超えるが)そのまま化学記号に相当する「複合語」を生み出すこともできる.ちなみに,完全にギリシア語要素のみからなる化学物質の名称として bromochloroiodomethane なる語がある (Joseph (1722)) .
さらに,もう少し専門的な形態論の立場からいえば,ギリシア語要素による語形成は,本来の英語の語形成としては比較的まれだった並列複合語 (dvandva/copulative/appositional compound) の形成を広めたという点でも英語史的に意義がある.例えば otorhinolaryngologist (耳鼻咽喉科医)は,文字通り「鼻・耳・咽喉・科・医(者)」の意である.
dvandva compound については,「#2652. 複合名詞の意味的分類」 ([2016-07-31-1]),「#2653. 形態論を構成する部門」 ([2016-08-01-1]) を参照.
・ Joseph, Brian D. "English in Contact: Greek." Chapter 109 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1719--24.
標題は breath-taking や man-made の類いの複合形容詞を指す.第2要素として現在分詞をとる「N + V-ing 型」と過去分詞をとる「N + V-ed 型」の2種類がある.名詞と分詞になっている動詞との統語意味論的関係にはどのようなものがあるのだろうか.大石 (100--01) を参照し,各々の型について例を挙げる.合わせて,OED より初出年を括弧内に付す.
[ N + V-ing 型 ]
(1) N が V の目的語となる例
breath-taking (1840), man-eating (1607), fact-finding (1833), habit-forming (1899), time-consuming (1600), English-speaking (1798); self-defeating (1812), self-sacrificing (1654), self-respecting (1597)
(2) N が表面化していない前置詞の目的語となる例(以下では関与する前置詞を補う)
ocean-going [across] (1854), fist-fighting [with] (1950), law-abiding [by] (1839)
[ N + V-ed 型 ]
(3) "V-ed by [at, in, with] N" とパラフレーズできる関係(以下では関与する前置詞を補う)
moth-eaten [by] (c1400), self-taught [by] (1586), man-made [by] (1845), home-made [at] (1547), country-bred [in] (1620), star-spangled [with] (1600)
例を眺めてみると,複合形容詞の要素となる名詞と動詞(分詞)の統語的関係は,緩く多様であることが分かる.換言すれば,複合形容詞は,統語的に展開されたフレーズと比べると,要素間の意味関係が明示的でないともいえよう.もちろん,そのような明示性を多少犠牲にしつつ形式としてのコンパクトさを獲得していることこそが,複合形容詞の存在意義なのだろうとは思う.
今回取り上げたタイプの複合形容詞の歴史的な発生に関しては,上記例の初出年を眺める限り,近代英語のものがほとんどである.より早い中英語期から用いられている類例はどれだけあるのだろうか,探してみたくなった.
・ 大石 強 『形態論』 開拓社,1988年.
parasynthesis(並置総合)は語形成 (word_formation) の1種で,複合 (compounding) と派生 (derivation) を一度に行なうものである.この語形成によって作られた語は,"parasynthetic compound" あるいは "parasyntheton" (並置総合語)と呼ばれる.その具体例を挙げれば,warm-hearted, demoralize, getatable, baby-sitter, extraterritorial などがある.
extraterritorial で考えてみると,この語は extra-(territori-al) とも (extra-territory)-al とも分析するよりも,extra-, territory, -al の3つの形態素が同時に結合したものと考えるのが妥当である.結合の論理的順序についてどれが先でどれが後かということを決めるのが難しいということだ.この点では,「#418. bracketing paradox」 ([2010-06-19-1]),「#498. bracketing paradox の日本語からの例」 ([2010-09-07-1]),「#499. bracketing paradox の英語からの例をもっと」 ([2010-09-08-1]) の議論を参照されたい.そこで挙げた数々の例はいずれも並置総合語である.
品詞転換 (conversion) あるいはゼロ派生 (zero-derivation) を派生の1種と考えるならば,pickpocket や blockhead のような (subordinative) exocentric compound も,複合と派生が同時に起こっているという点で並置総合語といってよいだろう.
石橋(編)『現代英語学辞典』 (p. 630) では並置総合語を要素別に5種類に分類しているので,参考までに挙げておこう.
(1) 「形容詞+名詞+接尾辞」 hot-tempered, old-maidish. (2) 「名詞+名詞+接尾辞」 house-wifely, newspaperdom. (3) 「副詞+動詞+接尾辞」 oncoming, half-boiled. (4) 「名詞+動詞+接尾辞」 shopkeeper, typewriting. (5) そのほか,matter-of-factness, come-at-able (近づきやすい)など.
・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.
・ 石橋 幸太郎(編) 『現代英語学辞典』 成美堂,1973年.
昨日の記事「#3960. 子音群前位置短化の事例」 ([2020-02-29-1]) で触れた SHOCC (= Shortening before Consonant Clusters) とおよそ同時期に生じたもう1つの母音短化として,3音節短化 (Trisyllabic Shortening (= TRISH)) という音変化がある.3音節語において強勢のある第1音節の長母音が短化するというものだ.定式化すると次のようになる.
V → [-long]/__C(C)σσ
Ritt (99--100) より,初期中英語での形態により例を挙げよう.現代英語の形態と比較できるもののみを挙げる.
heafodu PL | 'head' |
cicenu PL | 'chicken' |
linenes GEN | 'linen' |
æniȝe PL | 'any' |
ærende | 'errand' |
æmette | 'ant' |
suþerne | 'southern' |
westenne DAT | 'waste (desert)' |
deorlingas PL | 'darling' |
feorþinȝas PL | 'farthing' |
feowertiȝ | 'forty' |
freondscipe | 'friendship' |
haliȝdaȝ | 'holiday' |
alderman | 'alderman' |
heringes PL | 'herring' |
stiropes PL | 'stirrup' |
Monenday | 'Monday' |
Thuresday | 'Thursday' |
seliness | 'silliness' |
redili | 'readily' |
bretheren PL | 'brethren' |
evere | 'ever' |
othere ACC | 'other'' |
redeles PL | 'riddle' |
boseme ACC | 'bosom' |
wepenes PL | 'weapon' |
1月14日に,『英語教育』(大修館書店)の2月号が発売されました.英語史連載「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ」の第11回となる今回は「なぜ英語には省略語が多いのか」という話題です.
今回の連載記事は,タイトルとしては省略語に焦点を当てているようにみえますが,実際には英語の語形成史の概観を目指しています.複合 (compounding) や派生 (derivation) などを多用した古英語.他言語から語を借用 (borrowing) することに目覚めた中英語.品詞転換 (conversion) あるいはゼロ派生 (zero-derivation) と呼ばれる玄人的な技を覚えた後期中英語.そして,近現代英語にかけて台頭してきた省略 (abbreviation) や短縮 (shortening) です.
英語史を通じて様々に発展してきたこれらの語形成 (word_formation) の流れを,四則計算になぞらえて大雑把にまとめると,(1) 足し算・掛け算の古英語,(2) ゼロの後期中英語,(3) 引き算・割り算の近現代英語となります.現代は省略や短縮が繁栄している引き算・割り算の時代ということになります.
英語の語形成史を上記のように四則計算になぞらえて大づかみして示したのは,今回の連載記事が初めてです.荒削りではありますが,少なくとも英語史の流れを頭に入れる方法の1つとしては有効だろうと思っています.ぜひ原文をお読みいただければと思います.
省略や短縮について,連載記事と関連するブログ記事へリンクを集めてみました.あわせてご一読ください.
・ 「#631. blending の拡大」 ([2011-01-18-1])
・ 「#876. 現代英語におけるかばん語の生産性は本当に高いか?」 ([2011-09-20-1])
・ 「#887. acronym の分類」 ([2011-10-01-1])
・ 「#889. acronym の20世紀」 ([2011-10-03-1])
・ 「#893. shortening の分類 (1)」 ([2011-10-07-1])
・ 「#894. shortening の分類 (2)」 ([2011-10-08-1])
・ 「#1946. 機能的な観点からみる短化」 ([2014-08-25-1])
・ 「#2624. Brexit, Breget, Regrexit」 ([2016-07-03-1])
・ 「#2982. 現代日本語に溢れるアルファベット頭字語」 ([2017-06-26-1])
・ 「#3075. 略語と暗号」 ([2017-09-27-1])
・ 「#3329. なぜ現代は省略(語)が多いのか?」 ([2018-06-08-1])
・ 「#3708. 省略・短縮は形態上のみならず機能上の問題解決法である」 ([2019-06-22-1])
・ 「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ 第11回 なぜ英語には省略語が多いのか」『英語教育』2020年2月号,大修館書店,2020年1月14日.62--63頁.
「#3801. gan にみる古英語語彙の結合的性格」 ([2019-09-23-1]) では,主として古英語の派生語 (derivative) の広がりをみたが,古英語語彙の結合的性格は,複合語 (compound) によって一層よく示される.複合語とは,自立した2つ以上の単語をつなぎ合わせて新たに1つの単語を作ったもので,現代英語でも girlfriend や convenience store などでお馴染みのタイプの単語である.
したがって,現代英語でも複合 (compounding) という語形成はおおいに活躍しているのだが,古英語ではその活躍の幅が広く,また天真爛漫,天衣無縫ですらある.複合語の各要素の意味を知っていれば,それらをつなぎ合わせた複合語自体の意味もおよそ容易に理解できることから,"self-explaining compounds" と呼ばれることもある.Crystal (22) より,古英語からの「自明の複合語」の例をいくつか挙げてみよう.
・ gōdspel < gōd 'good' + spel 'tidings': gospel
・ sunnandæg < sunnan 'sun's' + dæg 'day': Sunday
・ stæfcræft < stæf 'letters' + cræft 'crat': grammar
・ mynstermann < mynster 'monastery' + mann 'man': monk
・ frumweorc < frum 'beginning' + weorc 'work': creation
・ eorþcræft < eorþ 'earth' + cræft 'craft': geometry
・ rōdfæstnian < rōd 'cross' + fæstnian 'fasten': crucify
・ dægred < dæg 'day' + red 'red': dawn
・ lēohtfæt < lēoht 'light' + fæt 'vessel': lamp
・ tīdymbwlātend < tīd 'time' + ymb 'about' + wlātend 'gaze': astronomer
もちろん「自明の」といっても程度の差はあり,最後の tīdymbwlātend などは本当に自明かどうかは疑わしい.また,形式的な変形により本来の自明度が失われた偽装複合語 (disguised_compound) なるものもあれば,あえて自明さを封じ込めることで文学的効果やナゾナゾ効果を醸し出す隠喩的複合語 (kenning) なるものもある(各々「#260. 偽装合成語」 ([2010-01-12-1]),「#472. kenning」 ([2010-08-12-1]) を参照).ただし,いずれも「自明の複合語」という基礎があった上での応用編ともいうべきものではあろう.「自明の複合語」は,古英語の語形成における際立った特徴の1つといってよい.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2019.
混成語 (blend) について,「#630. blend(ing) あるいは portmanteau word の呼称」 ([2011-01-17-1]),「#631. blending の拡大」 ([2011-01-18-1]),「#876. 現代英語におけるかばん語の生産性は本当に高いか?」 ([2011-09-20-1]) などの記事で取り上げてきた.
音節数という観点から混成語をみてみると,おもしろい性質があることに気づく.混成語の音節数(モーラ数)は,そのもととなっている2単語のうち後半の語(右側主要部)の音節数(モーラ数)に一致するという事実である.
西原・菅原 (102--03) による,日本語と英語からの例を挙げよう.
混成語 | 音節数(モーラ数) |
ダスト+ゾーキン → ダスキン | 3 + 4 → 4 |
ママ+アイドル → ママドル | 2 + 4 → 4 |
オ+シッポ → オッポ | 1 + 3 → 3 |
smoke+fog → smog | 1 + 1 → 1 |
breakfast+lunch → brunch | 2 + 1 → 1 |
lunch+supper → lupper | 1 + 2 → 2 |
ウェセックスのアルフレッド大王の孫に当たるアゼルスタン(Athelstan; 在位 924--40年)は,ウェセックス王にとどまらず,事実上の最初のイングランド王と呼ぶべき存在である.彼は937年のブルナンブルフの戦いで軍功をあげたほか,アルフレッド大王が作った州制を発展させ,法典を編纂し,銀ペニー貨の鋳造権を獲得し,諸外国と同盟するなどの業績を重ねた.君塚 (20--21) によれば,
しかしアゼルスタンにとって最大の功績は,のちの国王評議会や議会の起源ともいうべき機関を設置したことであろう.アゼルスタン以降の国王は「立法」に深く携わるようになり,そのために定期的に有力者たちとの会議を開くようになった.王が司教や伯(エアルダーマン)らに相談して立法を行う慣習は,ノーサンブリアのエドウィン王の時代(六二〇年代)やウェセックスのイネ王の時代(六九〇年代)にも見られたが,アゼルスタンはこれをさらに大規模なものとし,キリスト教の重要な行事であるキリスト降誕祭(一二月),復活祭(四月頃),聖霊降臨祭(五月頃)に定期的に開催するようになった.
これが「賢人会議」(ウィテナイェモート)と呼ばれるものである.イングランド各地から代表者を集めた会議で,カンタベリーとヨークの大司教,多くの司教や大修道院長たち,伯(エアルダーマン)らの有力貴族,豪族(セイン)らが出席するようになり,地方的な問題よりも,イングランド全体に関わる外交や防衛問題,さらには律法や司法に関わる問題を主に協議した.そしてこの会議に集まるようになった有力者たちにとって大切な役割となったのが,先王の死から次王の継承までの間に問題が生じないよう調整するという,まさに王位継承規範に関わる事柄であった.
賢人会議は,前期のキリスト教行事とは関わりのない時期にも召集されたが,復活祭の会議では春の軍事遠征に関わる相談も頻繁に行なわれた.また時代が下るとともに,出席者の席次(序列)も徐々に形成されるようになっていった.
アゼルスタンの設置した「賢人会議」は,古英語では witenagemōt と言い表した.これは witena + gemōt の2語からなる複合語であり,前者 witena は「賢人;評議員」を意味する名詞 wita の複数属格形である.この名詞は,現代英語の名詞 wit (cf. 古英語動詞 witan 「知る」)や形容詞 wise と語源的に関連している.
後者 gemōt は「会議」を意味する名詞だが,これ自体は接頭辞 ge- と名詞 mōt に分解される.ge- は集合を表わす接頭辞で,中英語以降に弱化し消失していったが,yclept, yclad, alike, among, enough, either, handicraft, handiwork などの母音に痕跡を残す.mōt は,語源的に meet (会う)と関係しており,現代では moot という語形で「議論の余地のある」を意味する形容詞として用いられている.
したがって,witenagemōt の意味はまさに「賢人たちが集合する会議」である.なお,現代英語での歴史用語としての発音は /ˈwɪtnəgəˌmoʊt/ となる.
ノルマン征服以降の議会 (parliament) については,「#2334. 英語の復権と議会の発展」 ([2015-09-17-1]) と「#2335. parliament」 ([2015-09-18-1]) を参照.また,アングロサクソン王朝の系図と年表について,「#2620. アングロサクソン王朝の系図」 ([2016-06-29-1]) と「#2547. 歴代イングランド君主と統治年代の一覧」 ([2016-04-17-1]) をどうぞ.
・ 君塚 直隆 『物語 イギリスの歴史(上下巻)』 中央公論新社〈中公新書〉,2015年.
「#2654. a six-foot man や a ten-mile drive に残る(残っていない?)古英語の複数属格形」 ([2016-08-02-1]) で触れたように,現代英語では無屈折形にみえるものの,それはかつての屈折形が音の弱化・消失を経た結果の形態であるというような例が,ときに確認される.a six-foot man の foot や whilom, seldom,そして Lady Chapel, ladybird などにおける第1要素 lady.いずれも一見すると屈折などしていない裸の形態とみえるが,それぞれかつての複数属格形,複数与格形,単数属格形に由来する.いずれも後に語尾が弱まったり失われたりして,結果的に無屈折形であるかのようにとらえられるようになったものである.
最近,mother tongue (母語)もそのような例の1つらしいと知った.現代英語では複合語という認識だが,語源的には第1要素 mother はこのままで単数属格形だという.つまり,現代英語の発想で置き換えれば,まさに "mother's tongue" と言っているようなものだったのだ.「#703. 古英語の親族名詞の屈折表」 ([2011-03-31-1]) でみたように,mother は特殊な屈折をする女性名詞の1つで,単数主格形 mōdor と同形で単数属格形ともなりうる.mother tongue という表現の初例は,中英語後期の Wyclif に moder tonge として出現し,ほぼ同じ時期に modir langage も現われている.これらの形態が,遠く古英語の無屈折形を反映・踏襲しているというわけだ.また,近現代的な明確な属格語尾を伴った modiris langage も同時期に文証されていることを付け加えておこう.
とはいうものの,気になる点がある.これらの "mother" が,古英語の無変化の属格形に遡ると言える積極的な根拠は何だろうか.中英語で初出した当初から,現代英語と同じ感覚で,複合語としてとらえられたという可能性はないのだろうか.上記のように modiris langage が併存していたということは,議論の1つのポイントになるかもしれないが,確言できるほど強い根拠はないようにも思われる.OED でも,属格形に由来するという解釈には "Probably" が添えられている.この辺りは,後期中英語の複合語形成のパターンについてよく学ばないと,判断できなさそうだ.
昨日の記事「#3165. 英製羅語としての conspicuous と external」 ([2017-12-26-1]) と関連して,再び「英製羅語」の周辺の話題.後期近代英語期には,科学の発展に伴いおびただしい科学用語が生まれたが,そのほとんどがギリシア語やラテン語に由来する要素 (combining_form) を利用した合成 (compounding) による造語である(「#552. combining form」 ([2010-10-31-1]),「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1]),「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1]) を参照).
Kay and Allan (20--21) が,次のようにコメントしている.
While borrowing continues to reflect contact with other cultures, many scientific words are not strictly speaking loanwords. Rather, they are constructed from roots adopted from the classical languages. This has the advantage of a degree of semantic transparency: if you know that tele, graph and phone come from Greek roots meaning respectively 'afar', 'writing' and 'sound', and vision from a Latin root meaning 'see, look', you can begin to understand telegraph, telephone and television. You can also coin other words using similar patterns, and possibly elements from other sources, as in telebanking.
"neo-Hellenic compounds" や "neo-Latin compounds" とも呼ばれる上記のような語彙は,ある意味ではラテン語やギリシア語からの借用語ともみなしうるかもしれないが,より適切に「英製希語」あるいは「英製羅語」とみなすのがよいのではないか.ただし,いくつかの単語が単発で造語されたわけではなく,造語に体系的に利用された方法であるから「パターン化された英製希羅語」と呼ぶのがさらに適切かもしれない.
・ Kay, Christian and Kathryn Allan. English Historical Semantics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2015.
昨日の記事「#3059. ベンガル語の必修化を巡るダージリンのストライキ」 ([2017-09-11-1]) で Darjeeling について取り上げたので,関連して tea の話題を.「#2934. tea とイギリス」 ([2017-05-09-1]) で見たように,英語における tea の初出は1655年である.The Diary of Samuel Pepys より1660年9月25日の記録を引こう.tea が舶来の飲み物としてはやり始めた頃だったとわかる.
Tuesday 25 September 1660 . . . . To the office, where Sir W. Batten, Colonel Slingsby, and I sat awhile, and Sir R. Ford coming to us about some business, we talked together of the interest of this kingdom to have a peace with Spain and a war with France and Holland; where Sir R. Ford talked like a man of great reason and experience. And afterwards I did send for a cup of tee (a China drink) of which I never had drank before, and went away.
17世紀後半から18世紀にかけて,tea は洗練された嗜みとして庶民にも拡がっていき,コーヒーを追い抜いていくことなる.tea の人気振りは,関連する食器や家具などを表わす複合語が次々と現われた事実からも見て取ることができるだろう.Crystal (370) から,例を初出年とともに拾ってみよう.
tea-pot (1662), tea-spoon (1666), tea-table (1688), tea-house (1689), tea-water (1693), tea-cup (1700), tea-room (1702), tea-equipage (1702), tea-dish (1711), tea-canister (1726), tea-tongs (1738), tea-time (1741), tea-shop (1745), tea-things (1747), tea-treats (1748), tea-box (1758), tea-saucer (1761), tea-visit (1765), teaware (1766), tea-cloth (1770), tea-tray (1773), tea-set (1786), tea-urn (1786)
・ Crystal, David. The Stories of English. London: Penguin, 2005.
昨日の記事「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1]) でも触れたように,19世紀は専門用語の造語のために,古典語に由来する要素が連結形 (combining_form) としておおいに利用された時代である.古典語とはラテン語とギリシア語を指す.前者は英語史を通じて多大な影響を及ぼしてきたものの,後者の存在感は中英語まではほとんど感じられない.ようやく初期近代英語期に入って,直接の語彙借用がなされるようになってきたにすぎず,その後もしばらく特に目立つところもなかった (cf. 「#516. 直接のギリシア語借用は15世紀から」 ([2010-09-25-1]),「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」 ([2009-08-19-1])) .
しかし,「#2385. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計 (2)」 ([2015-11-07-1]) のグラフや「#2357. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計」 ([2015-10-10-1]) の要約からわかるとおり,19世紀にギリシア語要素が著しく存在感を増した.通時的にみると,ギリシア語由来の英単語の圧倒的過半数が,19世紀以降の導入である.Beal (26) のコメントを参照しよう.
Whilst Greek had been recognized as a language of learning for centuries, it was not until the nineteenth century that large numbers of neologisms were formed from etymologically Greek words and elements. Indeed, Bailey (1996: 144 [= Bailey, R. W. Nineteenth-Century English. Ann Arbor: U of Michigan P, 1996]) points out that 70 per cent of the Greek words in the 80,000-word core vocabulary of English appeared after 1800.
具体例としては当時の専門用語が多いが,現在までに一般化したものも含まれている.cyclosis (細胞質環流), creosote (防腐用・医療用クレオソート), eclecticism (折衷技法), ideograph (表意文字), phonograph (蓄音機), telephone (電話機)などだ.
なお,これらの単語の多くは,厳密にいえばギリシア語からの借用語というよりもギリシア語に由来する要素による造語とみなすのが適切だろう.「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1]) も参照されたい.
・ Beal, Joan C. English in Modern Times: 1700--1945. Arnold: OUP, 2004.
形態論 (morphology) という部門は,屈折形態論 (inflectional morphology) と派生形態論 (derivational morphology) に分けられるのが慣例である.この2分法は,「#456. 比較の -er, -est は屈折か否か」 ([2010-07-27-1]),「#1761. 屈折形態論と派生形態論の枠を取っ払う「高さ」と「高み」」 ([2014-02-21-1]) で触れたように,理論的な問題もなしではないが,現代言語学では広く前提とされている.
この2分法を基準にさらに細分化してゆくことができるが,Bauer (33) が基本的な用語群を導入しつつ形態論を構成する部門や区分を概説してくれているので,それを引用しよう.ここには,昨日の記事「#2652. 複合名詞の意味的分類」 ([2016-07-31-1]) で紹介した区分も盛り込まれている.
Morphology deals with the internal structure of word-forms. In morphology, the analyst divides word-forms into their component formatives (most of which are morphs realizing roots or affixes), and attempts to account for the occurrence of each formative. Morphology can be divided into two main branches, inflectional morphology and word-formation (also called lexical morphology). Inflectional morphology deals with the various forms of lexemes, while word-formation deals with the formation of new lexemes from given bases. Word-formation can, in turn, be subdivided into derivation and compounding (or composition). Derivation is concerned with the formation of new lexemes by affixation, compounding with the formation of new lexemes from two (or more) potential stems. Derivation is sometimes also subdivided into class-maintaining derivation and class-changing derivation. Class-maintaining derivation is the derivation of new lexemes which are of the same form class ('part of speech') as the base from which they are formed, whereas class-changing derivation produces lexemes which belong to different form classes from their bases. Compounding is usually subdivided according to the form class of the resultant compound: that is, into compound nouns, compound adjectives, etc. It may also be subdivided according to the semantic criteria . . . into exocentric, endocentric, appositional and dvandva compounds.
上の文章で説明されている形態論の分類のうち,主要な諸部門について図示しよう(Bauer (34) を少々改変して示した).
[ The Basic Divisions of Morphology ] ┌─── INFLECTIONAL │ (deals with forms ┌─── CLASS-MAINTAINING │ of individual lexemes) │ MORPHOLOGY ───┤ ┌─── DERIVATION ───┤ │ │ (affixation) │ │ │ └─── CLASS-CHANGING └─── WORD-FORMATION ─────┤ (deals with │ ┌─── COMPOUND NOUNS formation of │ │ new lexemes) └─── COMPOUNDING ───┼─── COMPOUND VERBS (more than one │ root) └─── COMPOUND ADJECTIVES
「#924. 複合語の分類」 ([2011-11-07-1]) で複合語 (compound) の分類を示したが,複合名詞に限り,かつ意味の観点から分類すると,(1) endocentric, (2) exocentric, (3) appositional, (4) dvandva の4種類に分けられる.Bauer (30--31) に依拠し,各々を概説しよう.
(1) endocentric compound nouns: beehive, armchair のように,複合名詞がその文法的な主要部 (hive, chair) の下位語 (hyponym) となっている例.beehive は hive の一種であり,armchair は chair の一種である.
(2) exocentric compound nouns: redskin, highbrow のような例.(1) ように複合名詞がその文法的な主要部の下位語になっているわけではない.redskin は skin の一種ではないし,highbrow は brow の一種ではない.むしろ,表現されていない意味的な主要部(この例では "person" ほど)の下位語となっているのが特徴である.したがって,metaphor や metonymy が関与するのが普通である.このタイプは,Sanskrit の文法用語をとって,bahuvrihi compound とも呼ばれる.
(3) appositional compound nouns: maidservant の類い.複合名詞は,第1要素の下位語でもあり,第2要素の下位語でもある.maidservant は maid の一種であり,servant の一種でもある.
(4) dvandva: Alsace-Lorraine, Rank-Hovis の類い.いずれが文法的な主要語が判然とせず,2つが合わさった全体を指示するもの.複合名詞は,いずれの要素の下位語であるともいえない.dvandva という名称は Sanskrit の文法用語から来ているが,英語では 'copulative compound と呼ばれることもある.
・Bauer, Laurie. English Word-Formation. Cambridge: CUP, 1983.
屈折 (inflection) には,より語彙的な含蓄をもつ固有屈折 (inherent inflection) と,より統語的な含蓄をもつ文脈屈折 (contextual inflection) の2種類があるという議論がある.Booij (1) によると,
Inherent inflection is the kind of inflection that is not required by the syntactic context, although it may have syntactic relevance. Examples are the category number for nouns, comparative and superlative degree of the adjective, and tense and aspect for verbs. Other examples of inherent verbal inflection are infinitives and participles. Contextual inflection, on the other hand, is that kind of inflection that is dictated by syntax, such as person and number markers on verbs that agree with subjects and/or objects, agreement markers for adjectives, and structural case markers on nouns.
このような屈折の2タイプの区別は,これまでの研究でも指摘されることはあった.ラテン語の単数形 urbs と複数形 urbes の違いは,統語上の数の一致にも関与することはするが,主として意味上の数において異なる違いであり,固有屈折が関係している.一方,主格形 urbs と対格形 urbem の違いは,意味的な違いも関与しているが,主として統語的に要求される差異であるという点で,統語の関与が一層強いと判断される.したがって,ここでは文脈屈折が関係しているといえるだろう.
英語について考えても,名詞の数などに関わる固有屈折は,意味的・語彙的な側面をもっている.対応する複数形のない名詞,対応する単数形のない名詞(pluralia tantum),単数形と複数形で中核的な意味が異なる(すなわち異なる2語である)例をみれば,このことは首肯できるだろう.動詞の不定形と分詞の間にも類似の関係がみられる.これらは,基体と派生語・複合語の関係に近いだろう.
一方,文脈屈折がより深く統語に関わっていることは,その標識が固有屈折の標識よりも外側に付加されることと関与しているようだ.Booij (12) 曰く,"[C]ontextual inflection tends to be peripheral with respect to inherent inflection. For instance, case is usually external to number, and person and number affixes on verbs are external to tense and aspect morphemes".
言語習得の観点からも,固有屈折と文脈屈折の区別,特に前者が後者を優越するという説は支持されるようだ.固有屈折は独自の意味をもつために直接に文の生成に貢献するが,文脈屈折は独立した情報をもたず,あくまで統語的に間接的な意義をもつにすぎないからだろう.
では,言語変化の事例において,上で提起されたような固有屈折と文脈屈折の区別,さらにいえば前者の後者に対する優越は,どのように表現され得るのだろうか.英語史でもみられるように,種々の文法的機能をもった名詞,形容詞,動詞などの屈折語尾が消失していったときに,いずれの機能から,いずれの屈折語尾の部分から順に消失していったか,その順序が明らかになれば,それと上記2つの屈折タイプとの連動性や相関関係を調べることができるだろう.もしかすると,中英語期に生じた形容詞屈折の事例が,この理論的な問題に,何らかの洞察をもたらしてくれるのではないかと感じている.中英語期の形容詞屈折の問題については,ilame の各記事を参照されたい.
・ Booij, Geert. "Inherent versus Contextual Inflection and the Split Morphology Hypothesis." Yearbook of Morphology 1995. Ed. Geert Booij and Jaap van Marle. Dordrecht: Kluwer, 1996. 1--16.
「#1695. 句動詞の品詞転換」 ([2013-12-17-1]) の最後に示唆したが,breakaway, sellout, writeoff などの句動詞から転換 (verb-particle conversion) した名詞と,increase, project, record などの動詞兼用の名詞との間には,注目すべき共通点がある.それは,いわゆる名前動後の強勢パターンをもっていることである.
名前動後については,「#803. 名前動後の通時的拡大」 ([2011-07-09-1]),「#804. 名前動後の単語一覧」 ([2011-07-10-1]),「#805. 将来,名前動後になるかもしれない語」 ([2011-07-11-1]) をはじめ,diatone の各記事で話題にしてきた(論文としても公表しているので,「#2. 自己紹介」 ([2009-05-01-73]) の書誌を参照).しかし,verb-particle conversion における名前動後の強勢パターンは扱ったことはなかった.品詞転換の研究では,上記の共通点については早くから気づかれていたようで,例えば本格的な品詞転換の研究書を著わした Biese (246) は,次のように指摘している.
It is of interest to note that the structural type so often characteristic of both simple conversion-substantives and verb-adverb combinations converted into nouns is the same, e.g. very often of a form ‿-́ . . .; the simple conv.-subst. showing a light, unstressed first syllable and a heavy, stressed second syllable, while in the adverb groups a (mostly) short verb is followed by an adverb having the main stress of the word-group.
おもしろいのは,2音節語に関して,íncrease (n.) vs incréase (v.) のような通常の名詞・動詞ペアではロマンス系借用語が多いということもあり,第1音節が意味の軽い接頭辞で,第2音節が意味の重い語根という構成を示すが,brékawày (n.) vs brèak awáy (v.) では構成が逆となっていることだ.もっとも,句動詞に用いられる動詞は軽い意味のものが多いことは事実だが,名前動後という共通の強勢パターンを示すのは注目すべきである.これは,名前動後という韻律上の現象が,語形成という過程の関与する形態論の問題というよりは,むしろ品詞の決定に関わる統語論や語彙論の問題であることを示唆するのではないか.
名前動後という韻律は,初期近代英語以降に発達した比較的新しい現象だが,句動詞に由来する名前動後の強勢パターンはさらに新しい現象と思われる.
品詞転換一般と名前動後の関係については,最近の記事「#2291. 名動転換の歴史と形態音韻論」 ([2015-08-05-1]) で触れたので参照されたい.
・ Biese, Y. M. Origin and Development of Conversions in English. Helsinki: Annales Academiae Scientiarum Fennicae, B XLV, 1941.
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