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最終更新時間: 2019-01-18 05:57

2018-10-09 Tue

#3452. 歴史上,日本語は英語よりも意識的な書き言葉の改革が著しかった [japanese][writing][spelling_reform][style][language_planning]

 日英語を歴史的に比較するとき,書き言葉に関して両言語は意外と大きく異なる.日本語のほうが,人為的な関与が強かったという特徴がある.もちろん「書き言葉」であるから,一般的にいって「話し言葉」に比べれば意識的であり,したがって人為的な関与がみられるのも当然なのだが,それを考慮しても日本語史のほうが英語史よりも関与の度合いが強い.とりわけ明治以降,つまり近現代にその傾向は如実である.清水は「日本語史概観」で,次の2点に触れている.

明治期の後半には,また特筆すべき出来事がある.二葉亭四迷や坪内逍遥によって言文一致という大事業が完遂されたことである.旧来の言語意識を打破した「ことばの文明開化」ともいうべきこの言文一致の完成は,〔中略〕日本語の歴史において最も優れた言語改革といえよう.これによって新しい文学表現が誕生することとなった.(14)


第2次世界大戦以降,日本は大きく変貌した.外的要因によって社会的変革が行われたからである.これによって日本語も大きく変化した.それまで行われてきた歴史的仮名遣が,現代仮名遣へと変更されたのである.規範の更改である.日本語史上,規範の更改が外的要因によってなされたことの意義はきわめて大きいといわざるをえない.改革という大きな力が加わらなければ,規範自らは動かないのが常である.外的な強い要請に基づいて制定されたこの期の現代仮名遣の施行は,日本語史上きわめて大きな出来事として注目される (14--15)


 英語史において,このような文体やスペリングの更改が短期間で著しく生じたことは,ノルマン征服による規範的書き言葉の瓦解という劇的な契機を除けば,ほとんどないといってよい.書き言葉において「自然体の変化」というのは厳密にいえば矛盾した言い方ではあるが,日本語史に比べれば英語史での変化は,より「自然体」だったとはいえるだろう.言語計画や言語政策という概念や用語は,概して英語史よりも日本語史のほうにふさわしい.

 ・ 清水 史 「第1章 日本語史概観」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.1--21頁.

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2018-08-29 Wed

#3411. 話し言葉,書き言葉,口語(体),文語(体) [terminology][japanese][style][speech][writing][medium]

 標題は,意外と混乱を招きやすい用語群である.すでに,野村に基づいて「#3314. 英語史における「言文一致運動」」 ([2018-05-24-1]) でも取り上げたが,改めて整理しておきたい.
 まず,「話し言葉」と「書き言葉」の対立について.これについては多言を要しないだろう.ことばを表わす手段,すなわち媒体 (medium) の違いに注目している用語であり,音声を用いて口頭でなされるのが「話し言葉」であり,文字を用いて書記でなされるのが「書き言葉」である.それぞれの媒体に特有の事情があり,これについては,以下の各記事で扱ってきた.

 ・ 「#230. 話しことばと書きことばの対立は絶対的か?」 ([2009-12-13-1])
 ・ 「#748. 話し言葉と書き言葉」 ([2011-05-15-1])
 ・ 「#849. 話し言葉と書き言葉 (2)」 ([2011-08-24-1])
 ・ 「#1001. 話しことばと書きことば (3)」 ([2012-01-23-1])
 ・ 「#1665. 話しことばと書きことば (4)」 ([2013-11-17-1])
 ・ 「#1829. 書き言葉テクストの3つの機能」 ([2014-04-30-1])
 ・ 「#2301. 話し言葉と書き言葉をつなぐスペクトル」 ([2015-08-15-1])
 ・ 「#3274. 話し言葉と書き言葉 (5)」 ([2018-04-14-1])

 誤解を招きやすいのは「口語体」と「文語体」の対立である.それぞれ「体」を省略して「口語」「文語」と言われることも多く,これもまた誤解の種となりうる.「口語」=「話し言葉」とする用法もないではないが,基本的には「口語(体)」も「文語(体)」も書き言葉に属する概念である.書き言葉において採用される2つの異なる文体と理解するのがよい.「口語(体)」は「口語的文体の書き言葉」,「文語(体)」は「文語的文体の書き言葉」ということである.
 では,「口語的文体の書き言葉」「文語的文体の書き言葉」とは何か.前者は,文法,音韻,基礎語彙からなる言語の基層について,現在日常的に話し言葉で用いられているものに基づいて書かれた言葉である(基層については「#3312. 言語における基層と表層」 ([2018-05-22-1]) を参照).私たちは現在,日常的に現代日本語の文法,音韻,基礎語彙に基づいて話している.この同じ文法,音韻,基礎語彙に基づいて日本語を表記すれば,それは「口語的文体の書き言葉」となる.それは当然のことながら「話し言葉」とそれなりに近いものにはなるが,完全に同じものではない.「話し言葉」と「書き言葉」は根本的に性質が異なるものであり,同じ基層に乗っているとはいえ,同一の出力とはならない.「話すように書く」や「書くように話す」などというが,これはあくまで比喩的な言い方であり,両者の間にはそれなりのギャップがあるものである.
 一方,「文語的文体の書き言葉」とは,文法,音韻,基礎語彙などの基層として,現在常用されている言語のそれではなく,かつて常用されていた言語であるとか,威信のある他言語であるとかのそれを採用して書かれたものである.日本語の書き手は,中世以降,近代に至るまで,平安時代の日本語の基層に基づいて文章を書いてきたが,これが「文語的文体の書き言葉」である.中世の西洋諸国では,書き手の多くは,威信ある,しかし非母語であるラテン語で文章を書いた.これが西洋中世でいうところの「文語的文体の書き言葉」である.
 以上をまとめれば次のようになる.

     ┌── (1) 話し言葉
言葉 ──┤
     │            ┌── (3) 口語(体)
     └── (2) 書き言葉 ──┤
                  └── (4) 文語(体)

 (1) と (2, 3, 4) は媒体の対立である.(3) と (4) は書き言葉であるという共通点をもった上での文体の対立.(1, 3) と (4) は,拠って立つ基層が,同時代の常用語のそれか否かの対立である.この辺りの問題について,詳しくは野村 (4--13) を参照されたい.

 ・ 野村 剛史 『話し言葉の日本史』 吉川弘文館,2011年.

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2018-05-24 Thu

#3314. 英語史における「言文一致運動」 [japanese][terminology][medium][writing][emode][latin][style]

 言葉は,媒体の観点から大きく「話し言葉」と「書き言葉」に分かれる.書き言葉はさらに,フォーマリティの観点から「口語体」と「文語体」に分かれる.野村 (5) を参照して図示すると次の通り.

          ┌── 話し言葉
言葉 ──┤                    ┌── 口語体
          └── 書き言葉 ──┤
                                └── 文語体

 言語史を考察する場合には,しばしば後者の区分について意識的に理解しておくことが肝心である.現在の日本語でいえば,書き言葉といえば,通常は口語体のことを指す.この記事の文章もうそうだし,新聞でも教科書でも小説でも,日常的に読んでいるもののほとんどが,日常の話し言葉をもとにした口語体である.しかし,明治時代までは漢文や古典日本語に基づいた文語体が普通だった.言文一致運動は,文語体から口語体への移行を狙う運動だったわけだ.
 英語史においても,口語体と文語体の区別を意識しておくのがよい.中世から近代初期にかけて,イングランドにおける主たる書き言葉といえばラテン語(およびフランス語)だった.日常的には話し言葉で英語を使っていながら,筆記する際にはそれに基づいた口語体ではなく,外国語であるラテン語を用いていたのである.英語史における文語体とは,すなわち,ラテン語のことである.
 日英語における文語体の違いは,日本語では古典日本語に基づいたものであり,英語では外国語に基づいたものであるという点だ.だが,日常的に用いている話し言葉からの乖離が著しい点では一致している.近代初期にかけてのイングランドでは,書き言葉がラテン語から英語へと切り替わったが,この動きはある種の言文一致運動と表現することができる.なお,厳密な表音化を目指す綴字改革 (spelling_reform) も言文一致運動の一種とみなすことができるが,ここでは古典語たるラテン語が俗語たる英語にダイナミックに置き換わっていく過程,すなわち書き言葉の vernacularisation を指して「言文一致運動」と呼んでおきたい.
 この英語史における「言文一致運動」については,とりわけ「#1407. 初期近代英語期の3つの問題」 ([2013-03-04-1]) や「#2580. 初期近代英語の国語意識の段階」 ([2016-05-20-1]),「#2611. 17世紀中に書き言葉で英語が躍進し,ラテン語が衰退していった理由」 ([2016-06-20-1]) を参照されたい.

 ・ 野村 剛史 『話し言葉の日本史』 吉川弘文館,2011年.

Referrer (Inside): [2018-08-29-1]

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2018-03-17 Sat

#3246. 制限コードと精密コード [sociolinguistics][terminology][context][style]

 標題は,現在でも社会言語学においてたまに出会う用語・概念である.制限コード (restricted code) と洗練コード (elaborated code) は,対立する2つの言語使用形態を表わす.制限コードは,比較的少ない語彙や単純な文法構造を用いた,文脈依存性の高い言葉遣いである.一方,精密コードは,豊富な語彙と洗練された文法構造を用いた,文脈依存性の低い言葉遣いである.極端ではあるが,子供の用いるインフォーマルな話し言葉と,大人の用いるフォーマルな書き言葉の対立をイメージすればよい.
 この用語がある種の問題を帯びたのは,用語の導入者であるイギリスの社会言語学者 Basil Bernstein が,異なる階級の子供たちの言葉遣いを区別するのにそれを用いたからである.中流階級の子供は両コードを使えるが,労働者階級の子供は制限コードしか使えないという点を巡って,それが各階級の言語習慣の問題なのか,あるいは知性そのものの問題なのかという議論が持ち上がり,教育上の論争に発展した.現在では知性とは関係ないとされているものの,用語のインパクトは強く,いまなお健在である.
 Crystal の用語集より,"restricted" と "elaborated" の説明をみておこう.

restricted (adj.) A term used by British sociologist Basil Bernstein (1924--2000) to refer to one of two varieties (or codes) of language use, introduced as part of a general theory of the nature of social systems and social roles, the other being elaborated. Restricted code was thought to be used in relatively informal situations, stressing the speaker's membership of a group, was very reliant on context for its meaningfulness (e.g. there would be several shared expectations and assumptions between the speakers), and lacked stylistic range. Linguistically, it was highly predictable, with a relatively high proportion of such features as pronouns, tag questions, and use of gestures and intonation to convey meaning. Elaborated code, by contrast, was thought to lack these features. The correlation of restricted code with certain types of social-class background, and its role in educational settings (e.g. whether children used to this code will succeed in schools where elaborated code is the norm --- and what should be done in such cases), brought this theory considerable publicity and controversy, and the distinction has since been reinterpreted in various ways.


elaborated (adj.) A term used by the sociologist Basil Bernstein (1924--2000) to refer to one of two varieties (or codes) of language use, introduced as part of a general theory of the nature of social systems and social rules, the other being restricted. Elaborated code was said to be used in relatively formal, educated situations; not to be reliant for its meaningfulness on extralinguistic context (such as gestures or shared beliefs); and to permit speakers to be individually creative in their expression, and to use a range of linguistic alternatives. It was said to be characterized linguistically by a relatively high proportion of such features as subordinate clauses, adjectives, the pronoun I and passives. Restricted code, by contrast, was said to lack these features. The correlation of elaborated code with certain types of social-class background, and its role in educational settings (e.g. whether children used to a restricted code will succeed in schools where elaborated code is the norm --- and what should be done in such cases), brought this theory considerable publicity and controversy, and the distinction has since been reinterpreted in various ways.


 英語史上,制限コードに関連して取り上げられ得る話題は,「#3043. 後期近代英語期の識字率」 ([2017-08-26-1]) で見たような識字率の問題だろう.両コードの区別を念頭に,書き言葉というメディアと識字教育の歴史を再検討してみるとおもしろいかもしれない.

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.

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2017-01-12 Thu

#2817. 名詞構文と形式性 [noun][hypostasis][style][register][rhetoric][discourse_analysis]

 ヒトラーが演説の天才だったことはよく知られている.陰でオペラ歌手による発声法の指導まで受けていたというから,完全に演説の政治的価値を見て取っていたことがわかる.ヒトラーの演説を,その政治家としてのキャリアの各段階について,言語学的およびパラ言語学的に分析した著書に,高田著『ヒトラー演説』がある.言語学的分析に関しては,ヒトラー演説150万語からなる自作コーパスを用いた語彙調査が基本となっており,各時代について興味深い分析結果が示されている.
 とりわけ私が関心をもったのは,ナチ政権期前半に特徴的に見られる名詞 Ausdruck (表現),Bekenntnis (公言),Verständnis (理解)と関連した名詞構文の多用に関する分析である(高田,p. 161--62).いずれも動詞から派生した名詞であり,「名詞的文体(名詞構文)」に貢献しているという.名詞構文とは,「列車が恐ろしく遅れたこと」を「列車の恐ろしい遅延」と名詞を中心として表現するもので,英語でいえば (the fact) that the train was terribly delayedthe terrible delay of the train の違いである.
 思いつくところで名詞構文の特徴を挙げれば,(1) 密度が濃い(あるいはコンパクト),(2) 形式的で書き言葉らしい性格が付される,(3) 実体化 (hypostasis) の作用により意味内容が事実として前提されやすい,ということがある(「#1300. hypostasis」 ([2012-11-17-1]) も参照).これは,ドイツ語,英語,日本語などにも共通する特徴と思われる.
 名詞構文においては,対応する動詞構文ではたいてい明示される人称,時制,相,態,法などの文法範疇が標示されないことが多く,その分情報量が少ない.ということは,細かいニュアンスが捨象されたり曖昧のままに置かれるということだが,形式としては高密度でコンパクト,かつ格式張った響きを有するので,内容と形式の間に不安定なギャップが生まれる.外見はしっかりしていそうで中身は曖昧,というつかみ所のないカプセルと化す.それを使用者は「悪用」することができるというわけだ.政治家や役人が名詞構文をレトリックとして好んで使う所以である.
 高田の分析によれば,ヒトラーの場合には「このような形式性,書きことばらしさは,ナチ政権期前半においてさまざまな国家的行事における演説に荘厳な印象を与えるためのものであった」 (161--63) という.

 ・ 高田 博行 『ヒトラー演説』 中央公論新社〈中公新書〉,2014年.

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2016-11-01 Tue

#2745. Haugen の言語標準化の4段階 (2) [standardisation][sociolinguistics][terminology][register][style][language_planning]

 [2016-10-29-1]の記事に引き続き,標準化 (standardisation) の過程に認められる4段階について,Haugen を参照する.標準化は,時系列に (1) Selection, (2) Codification, (3) Elaboration, (4) Acceptance の順で進行するとされるが,この4つの過程と順序は,社会と言語,および形式と機能という2つの軸で整理することができる (下図は Haugen 933 をもとに作成).

 Form Function
Society(1) Selection (4) Acceptance
  
Language(2) Codification   →   (3) Elaboration


 まずは,規範となる変種を選択 (Selection) することから始まる.ここでは,社会的に威信ある優勢な変種がすでに存在しているのであれば,それを選択することになるだろうし,そうでなければ既存の変種を混合するなり,新たに策定するなどして,標準変種の候補を作った上で,それを選択することになろう.
 第2段階は成文化 (Codification) であり,典型的には,選択された言語変種に関する辞書と文法書を編むことに相当する.標準的となる語彙項目や文法項目を具体的に定め,それを成文化して公開する段階である.ここでは,"minimum variation in form" が目指されることになる.
 第3段階の精巧化 (Elaboration) においては,その変種が社会の様々な場面,すなわち使用域 (register) や文体 (style) で用いられるよう,諸策が講じられる.ここでは,"maximum variation in function" が目指されることになる.
 最後の受容 (Acceptance) の段階では,定められた変種が社会に広く受け入れられ,使用者数が増加する.これにより,標準化の全過程が終了する.
 社会・言語,および形式・機能という2つの軸からなるマトリックスにより,標準化の4段階が体系としても時系列としてもきれいに整理されてしまうのが見事である.この見事さもあって,Haugen の理論は,現在に至るまで標準化の議論の土台を提供している.

 ・ Haugen, Einar. "Dialect, Language, Nation." American Anthropologist. 68 (1966): 922--35.

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2016-08-05 Fri

#2657. 英語史上の Lydgate の役割 [chaucer][literature][lexicology][style][latin]

 文学史的には,John Lydgate (c1370--1449) は Chaucer の追随者にすぎず,独創性という点では見劣りがするものと評価されることが多い(「#2503. 中英語文学」 ([2016-03-04-1]) を参照).15世紀イングランドの宮廷のパトロンとして政治的な詩人とも言われ,その長大な著作は,彼の置かれていた環境によって,書いたというよりは書かされたともいえるものである.文体的には,「#292. aureate diction」 ([2010-02-13-1]) で触れたように,ラテン語を散りばめた華麗語法の使い手としても知られている.
 Pearsall は,"Lydgate as Innovator" という意外な題のもとに論考を著わし,Lydgate の英文学史上の再評価を試みている.結論としては,Lydgate は Chaucer が生み出した数々の作詩上の新機軸を模倣し,強調し,拡大することによって,それが後世に伝統として受け継がれていく礎を築いた,ということである.Pearsall の主張点をいくつか抜き出そう.

. . . Lydgate's career, poem by poem, was a determined effort not just to emulate Chaucer but to surpass him in each of the major poetic genres he had attempted. (7)

. . . Lydgate's ambitious attempt to build an English poetic tradition by "fortifying" (in Dryden's sense) preliminary structures thrown up by Chaucer . . . . (7)

. . . Lydgate did on a large scale what Chaucer had first hinted at on a small scale and in so doing introduced change by sheer reiteration. (8)

. . . Lydgate found himself extending the outbuildings of the mansion of English poetry that Chaucer had established. All he knew was how to lay one line beside another, but somehow, accidentally, he invented the English poetic tradition. (22)


 では,Lydgate の英語史上に果たした役割は何だろうか.Pearsall によると,Lydgate は,英語がラテン語やフランス語に比肩する文学語として機能し得ることを示した Chaucer の路線を決定的にし,さらに拡張するという役割を果たしたのだという.とりわけ新語彙導入に,Lydgate は大きく貢献したようだ.Pearsall (8--9) 曰く,"Someone . . . had to do the work of introducing the many new words that English needed to cope with the vast new range of responsibilities it was taking over from Latin and French, and in an extraordinarily large number of cases it was Lydgate."
 OED によると,Lydgate が初例となっている単語は少なくない.例えば abuse (vb.), adjacent, capacity, circumspect, combine (vb.), credulity, delude, depend, disappear, equivalent, excel などの通用単語が含まれる.Lydgate はこれらの単語を単に導入しただけではなく,繰り返し用いて定着に貢献したという点も見逃してはならない.同様に,Lydgate 自身が導入者ではなくとも,例えば Chaucer が導入したものの1度しか用いなかったような単語を,繰り返し人々の目に触れるようにした功績も看過できない.MED による調査では,casual, circular, continuation, credible, dishonest, examination, existence, femininity, finally, foundation, ignorant, influence, intelligence, introduction, modify, onward, opposition, perverse, refuge, remorse, rigour, seriously などが,そのような単語として挙げられる.逆にいえば,現代の私たちが Chaucer の言語に何らかの親しみを感じるとすれば,それは Lydgate が間に入って結びつけてくれているからとも言えるのである (Pearsall 9) .
 今ひとつ Lydgate の英語史上の役割をあげれば,華麗語法を導入することで「権威ある英語変種とはこれのことだ」と公的に宣言し,Henry V を筆頭とする体制側からはいかがわしく見えた Lollard などの用いる他の変種との差別化を図ったということがあろう.体制側からの「正しい」変種の喧伝である.Pearsall (20) は,Lydgate の aureate diction をそのように位置づけている.

[T]he writing that [Henry V] encouraged, and the writing that Lydgate did . . . in the aureate and Latinate style, demonstrates, one may assume, a policy of reasserting a kind of English as remote as possible from the vernacular promulgated in Lollard writings and biblical translation. English had replaced French as the literary language of England and was increasingly taking over roles traditionally reserved for Latin, but there were kinds of English more appropriate than the language of the people to the preservation of the clerical monopoly and its state sponsors. "Aureation" in Lydgate may be seen in this light as a political choice as well as a stylistic one.


 関連して,Lydgate の先輩文学者について「#298. Chaucer が英語史上に果たした役割とは? (2)」 ([2010-02-19-1]) も参照されたい.

 ・ Pearsall, Derek. "Lydgate as Innovator." Modern Language Quarterly 53 (1992): 5--22.

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2016-07-29 Fri

#2650. 17世紀末の質素好みから18世紀半ばの華美好みへ [rhetoric][style][johnson]

 文学史・文体論史では,17世紀終わりから18世紀終わりの Augustan Period において,特にその前半は,質素な文体が好まれたといわれる.しかし,18世紀前半から,地味な文体に飽き足りず,少しずつ派手好みの文体に挑戦する文筆家が現われていた.ラテン語の華美な魅力に耐えられず,派手さを喧伝する書き手が現われたのだ.その新しい方針を採った文豪の1人が Samuels Johnson である.彼こそが18世紀半ばの華美好みの書き手の代表者となったということから,この文体の潮流の変化は "Johnson's Latinate Revival" ともいわれる.

Samuel Johnson

 18世紀中に文体や使用する語種に変化があったことは,明らかである.Knowles (137) によれば,

   The typical prose style of the period following the Restoration of the monarchy . . . was essentially unadorned. This plainness of style was a reaction to the taste of the preceding period. Early in the eighteenth century taste began to change again, and there are suggestions that ordinary language is not really sufficient for high literature. Addison in the Spectator (no. 285) argues: 'many an elegant phrase becomes improper for a poet or an orator, when it has been debased by common use.' By the middle of the century, Lord Chesterfield argues for a style raised from the ordinary; in a letter to his son he writes: 'Style is the dress of thoughts, and let them be ever so just, if your style is homely, coarse, and vulgar, they will appear to as much disadvantage, and be as ill-received as your person, though ever so well proportioned, would, if dressed in rags, dirt and tatters.' At this time, Johnson's dictionary appeared, followed by Lowth's grammar and Sheridan's lectures on elocution. By the 1760s, at the beginning of the reign of George III, the elevated style was back in fashion.
   The new style is associated among others with Samuel Johnson. Johnson echoes Addison and Chesterfield: 'Language is the dress of thought . . . and the most splendid ideas drop their magnificence, if they are conveyed by words used commonly upon low and trivial occasions, debased by vulgar mouths, and contaminated by inelegant applications' . . . . This gives rise to the belief that the language of important texts must be elevated above normal language use. Whereas in the medieval period Latin was used as the language of record, in the late eighteenth century Latinate English was used for much the same purpose.


 ここで述べられているように,Augustan Period の前半は社会は保守的であり,その余波は言語的にも明らかである.例えば,OED でも他の時代に比べて新語があまり現われていない(cf. 「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1]),「#203. 1500--1900年における英語語彙の増加」 ([2009-11-16-1])).しかし,Augustan periods の後半,18世紀後半には前時代からの反動で,Johnson に代表される華美な語法が流行となるに至る.その2世紀前に "aureate diction" (cf. 「#292. aureate diction」 ([2010-02-13-1])) があったのと同様に,もう1度同種の流行がはびこったのである.
 文体や語彙借用に関する限り,英語史においてこの繰り返しは何度となく起こっている.これは,例えば日本における漢字を重視する傾向のリバイバルなどと似たような事情でなないだろうか.

 ・ Knowles, Gerry. A Cultural History of the English Language. London: Arnold, 1997.

Referrer (Inside): [2017-07-09-1]

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2016-05-04 Wed

#2564. varietylect [variety][terminology][style][register][dialect][sociolinguistics][lexical_diffusion][speed_of_change][schedule_of_language_change]

 社会言語学では variety (変種)という用語をよく用いるが,ときに似たような使い方で lect という用語も聞かれる.これは dialect や sociolectlect を取り出したものだが,用語上の使い分けがあるのか疑問に思い,Trudgill の用語集を繰ってみた.それぞれの項目を引用する.

variety A neutral term used to refer to any kind of language --- a dialect, accent, sociolect, style or register --- that a linguist happens to want to discuss as a separate entity for some particular purpose. Such a variety can be very general, such as 'American English', or very specific, such as 'the lower working-class dialect of the Lower East Side of New York City'. See also lect

lect Another term for variety or 'kind of language' which is neutral with respect to whether the variety is a sociolect or a (geographical) dialect. The term was coined by the American linguist Charles-James Bailey who, as part of his work in variation theory, has been particularly interested in the arrangement of lects in implicational tables, and the diffusion of linguistic changes from one linguistic environment to another and one lect to another. He has also been particularly concerned to define lects in terms of their linguistic characteristics rather than their geographical or social origins.


 案の定,両語とも "a kind of language" ほどでほぼ同義のようだが,variety のほうが一般的に用いられるとはいってよいだろう.ただし,lect は言語変化においてある言語項が lect A から lect B へと分布を広げていく過程などを論じる際に使われることが多いようだ.つまり,lect は語彙拡散 (lexical_diffusion) の理論と相性がよいということになる.
 なお,上の lect の項で参照されている Charles-James Bailey は,「#1906. 言語変化のスケジュールは言語学的環境ごとに異なるか」 ([2014-07-16-1]) で引用したように,確かに語彙拡散や言語変化のスケジュール (schedule_of_language_change) の問題について理論的に扱っている社会言語学者である.

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.

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2016-01-29 Fri

#2468. 「英語は語彙的にはもはや英語ではない」の評価 [lexicology][loan_word][borrowing][japanese][style][register]

 英語の語彙の大部分が諸言語からの借用語から成っていること,つまり世界的 (cosmopolitan) であることは,つとに指摘されてきた.そこから,英語は語彙的にはもはや英語とはいえない,と論じることも十分に可能であるように思われる.英語は,もはや借用語彙なしでは十分に機能しえないのではないか,と.
 しかし,Algeo and Pyles (293--94) は,英語における語彙借用の著しさを適切に例証したうえで,なお "English remains English" たることを独自に主張している.少々長いが,意味深い文章なのでそのまま引用する.

   Enough has been written to indicate the cosmopolitanism of the present English vocabulary. Yet English remains English in every essential respect: the words that all of us use over and over again, the grammatical structures in which we couch our observations upon practically everything under the sun remain as distinctively English as they were in the days of Alfred the Great. What has been acquired from other languages has not always been particularly worth gaining: no one could prove by any set of objective standards that army is a "better" word than dright or here., which it displaced, or that advice is any better than the similarly displaced rede, or that to contend is any better than to flite. Those who think that manual is a better, or more beautiful, or more intellectual word than English handbook are, of course, entitled to their opinion. But such esthetic preferences are purely matters of style and have nothing to do with the subtle patternings that make one language different from another. The words we choose are nonetheless of tremendous interest in themselves, and they throw a good deal of light upon our cultural history.
   But with all its manifold new words from other tongues, English could never have become anything but English. And as such it has sent out to the world, among many other things, some of the best books the world has ever known. It is not unlikely, in the light of writings by English speakers in earlier times, that this could have been so even if we had never taken any words from outside the word hoard that has come down to us from those times. It is true that what we have borrowed has brought greater wealth to our word stock, but the true Englishness of our mother tongue has in no way been lessened by such loans, as those who speak and write it lovingly will always keep in mind.
   It is highly unlikely that many readers will have noted that the preceding paragraph contains not a single word of foreign origin. It was perhaps not worth the slight effort involved to write it so; it does show, however, that English would not be quite so impoverished as some commentators suppose it would be without its many accretions from other languages.


 英語と同様に大量の借用語からなる日本語の語彙についても,ほぼ同じことが言えるのではないか.漢語やカタカナ語があふれていても,日本語はそれゆえに日本語性を減じているわけではなく,日本語であることは決してやめていないのだ,と.
 現在,日本では大和言葉がちょっとしたブームである.これは,1つには日本らしさを発見しようという昨今の潮流の言語的な現われといってよいだろう.ここには,消極的にいえば氾濫するカタカナ語への反発,積極的にいえばカタカナ語を鏡としての和語の再評価という意味合いも含まれているだろう.また,コミュニケーションの希薄化した現代社会において,人付き合いを円滑に進める潤滑油として和語からなる表現を評価する向きが広がってきているともいえる.いずれにせよ,日本語における語彙階層や語彙の文体的・位相的差違を省察する,またとない機会となっている.この機会をとらえ,日本語のみならず英語の語彙について改めて論じる契機ともしたいものである.
 関連して,以下の記事も参照されたい.

 ・ 「#153. Cosmopolitan Vocabulary は Asset か?」 ([2009-09-27-1])
 ・ 「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1])
 ・ 「#335. 日本語語彙の三層構造」 ([2010-03-28-1])
 ・ 「#1296. 三層構造の例を追加」 ([2012-11-13-1])
 ・ 「#1960. 英語語彙のピラミッド構造」 ([2014-09-08-1])
 ・ 「#2072. 英語語彙の三層構造の是非」 ([2014-12-29-1])
 ・ 「#756. 世界からの借用語」 ([2011-05-23-1])
 ・ 「#390. Cosmopolitan Vocabulary は Asset か? (2)」 ([2010-05-22-1])
 ・ 「#2359. 英語が非民主的な言語と呼ばれる理由 (3)」 ([2015-10-12-1])

 ・ Algeo, John, and Thomas Pyles. The Origins and Development of the English Language. 5th ed. Thomson Wadsworth, 2005.

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2015-10-07 Wed

#2354. 古ノルド語の影響は地理的,フランス語の影響は文体的 [old_norse][french][contact][dialect][register][style][sociolinguistics]

 古ノルド語とフランス語が英語に与えてきた影響は,英語史ではしばしば比較対照される.本ブログでも,「#111. 英語史における古ノルド語と古フランス語の影響を比較する」 ([2009-08-16-1]) や「#126. 7言語による英語への影響の比較」 ([2009-08-31-1]) でも取り上げてきた.その記事でも示したように,両言語の影響は様々な点で著しく対照的である.どの観点からみるか目移りするほどだが,Denison and Hogg (15) は,とりわけ社会言語学的な観点から,両言語の影響に関する重要な対立点を取り上げている.それによると,古ノルド語が地域方言の含意をもつのに対し,フランス語が文体 (style) や使用域 (register) の含意をもつことである.

. . . Scandinavian influence was originally predominant in the Danelaw. . . . [E]ventually many Scandinavian elements entered southern dialects as well, but this is a two-stage process. There is the original contact between the two language which brought Scandinavian features into the English of the Danelaw. Then, later, there is spread within English by means of interdialectal contact. Contact between French and English, on the other hand, shows a much lesser geographical variation. The key here is register. That is to say, the variables which affect English in respect of French are far more to do with a contrast between types of social language than geography. Thus, if a text is concerned with, say, religion or science, or it is a formal piece, then it is probably that it will contain a higher proportion of French loanwords than a text which is purely secular or colloquial, whichever part of the country the text comes from. In this respect we should also note that Scandinavian loans are more likely to be colloquial (or everyday).


 換言すれば,古ノルド語の影響が,少なくとも当初の「第1段階」においては地域方言(水平方向の変種)の差異をもたらしたのに対し,フランス語の影響は,主として文体や使用域(垂直方向の変種)の差異を生み出したということである.これは,両言語の影響に関する様々な対立点を要約する謂いとして,言い得て妙である.

 ・ Denison, David and Richard Hogg. "Overview." Chapter 1 of A History of the English Language. Ed. Richard Hogg and David Denison. Cambridge: CUP, 2006. 1--42.

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2014-09-07 Sun

#1959. 英文学史と日本文学史における主要な著書・著者の用いた語彙における本来語の割合 [statistics][lexicology][literature][style][japanese]

 標題について,Hughes (42) は,Frederic T. Wood (An Outline History of the English Language. London: Heinemann, 1959. p.47) を参照して,数値を挙げている.以下にグラフ化して示そう.

 King James Bible (1611) (94%): ********************************************************************************
Shakespeare (1564--1616) (90%): ****************************************************************************
     Spenser (c1552--99) (86%): *************************************************************************
       Milton (1608--74) (81%): ********************************************************************
    Addison (1672--1719) (82%): *********************************************************************
      Swift (1667--1745) (75%): ***************************************************************
       Pope (1688--1744) (80%): ********************************************************************
      Johnson (1709--84) (72%): *************************************************************
         Hume (1711--76) (73%): **************************************************************
       Gibbon (1737--94) (70%): ***********************************************************
   Macaulay (1881--1958) (75%): ***************************************************************
     Tennyson (1850--92) (77%): *****************************************************************

 最高値を示す The King James Version が94%,最低値を示す Gibbon が70%だが,いずれにせよ相当に高い割合で本来語が用いられていることがわかる.話し言葉において本来語が高いことは容易に予想されるが,上記のような書き言葉において,しかも概して荘厳な文体が好まれた近代英語期に,ここまで本来語比率が高いという事実は注目に値する.特に Milton, Johnson, Gibbon などは難解な語彙を多く用いているという印象が強いが,英語史を通じて中核的であり続けた本来語彙の底力が際立っている.一方,最高値と最低値の間の20%ほどの幅は,それぞれの著者の時代や文体の相対的な差異を浮き彫りにしてくれることも確かである.
 日本語の古典文学についても同様の調査を見てみよう.宮島達夫著『古典対称語い表』に基づいた加藤ほか (68, 73) に挙げられている数値を表にまとめて示す.

 和語漢語混種語語彙量(異なり語数)
万葉集(8世紀後半)99.6%0.3%0.1%6,505
竹取物語(9世紀末〜10世紀初め)91.7%6.7%1.6%1,311
伊勢物語(10世紀初め〜中ごろ)93.8%5.3%1.0%1,692
古今集(905年)99.9%0.1%0.1%1,994
土佐日記(935年)94.1%4.5%1.4%984
枕草子(1001年ごろ)84.1%12.2%3.6%5,247
源氏物語(11世紀初め)87.1%8.8%4.0%11,423
大鏡(12世紀初めごろ)67.6%27.6%4.8%4,819
方丈記(1212年)78.0%20.1%1.8%1,148
徒然草(1331年頃)68.6%28.1%3.3%4,242


 和語についても,英文学史の場合と同様にグラフ化してみよう.日英語の間で通じるところが多いことに気づくだろう.

            万葉集(8世紀後半) (99%): *******************************************************************************
竹取物語(9世紀末〜10世紀初め) (91%): *************************************************************************
 伊勢物語(10世紀初め〜中ごろ) (93%): ***************************************************************************
                古今集(905年) (99%): ********************************************************************************
              土佐日記(935年) (94%): ***************************************************************************
           枕草子(1001年ごろ) (84%): *******************************************************************
         源氏物語(11世紀初め) (87%): *********************************************************************
         大鏡(12世紀初めごろ) (67%): ******************************************************
               方丈記(1212年) (78%): **************************************************************
             徒然草(1331年頃) (68%): ******************************************************

 関連して,「#1645. 現代日本語の語種分布」 ([2013-10-28-1]) とそこに張られているリンク,および「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]) を参照されたい.

 ・ Hughes, G. A History of English Words. Oxford: Blackwell, 2000.
 ・ 加藤 彰彦,佐治 圭三,森田 良行 編 『日本語概説』 おうふう,1989年.

Referrer (Inside): [2014-09-08-1]

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2014-08-25 Mon

#1946. 機能的な観点からみる短化 [shortening][clipping][word_formation][morphology][function_of_language][style][semantics][semantic_change][euphemism][language_change][slang]

 shortening (短化)という過程は,言語において重要かつ頻繁にみられる語形成法の1つである.英語史でみても,とりわけ現代英語で shortening が盛んになってきていることは,「#875. Bauer による現代英語の新語のソースのまとめ」 ([2011-09-19-1]) で確認した.関連して,「#893. shortening の分類 (1)」 ([2011-10-07-1]),「#894. shortening の分類 (2)」 ([2011-10-08-1]) では短化にも様々な種類があることを確認し,「#1091. 言語の余剰性,頻度,費用」 ([2012-04-22-1]),「#1101. Zipf's law」 ([2012-05-02-1]),「#1102. Zipf's law と語の新陳代謝」 ([2012-05-03-1]) では情報伝達の効率という観点から短化を考察した.
 上記のように,短化は主として形態論の話題として,あるいは情報理論との関連で語られるのが普通だが,Stern は機能的・意味的な観点から短化の過程に注目している.Stern は,「#1873. Stern による意味変化の7分類」 ([2014-06-13-1]) で示したように,短化を意味変化の分類のなかに含めている.すべての短化が意味の変化を伴うわけではないかもしれないが,例えば private soldier (兵卒)が private と短化したとき,既存の語(形容詞)である private は新たな(名詞の)語義を獲得したことになり,その観点からみれば意味変化が生じたことになる.
 しかし,private soldier のように,短化した結果の語形が既存の語と同一となるために意味変化が生じるというケースとは別に,rhinocerosrhino, advertisementad などの clipping (切株)の例のように,結果の語形が新語彙項目となるケースがある.ここでは先の意味での「意味変化」はなく意味論的に語るべきものはないようにも思われるが,rhinocerosrhino の意味の差,advertisementad の意味の差がもしあるとすれば,これらの短化は意味論的な含意をもつ話題ということになる.
 Stern (256) は,短化を形態的な過程であるとともに,機能的な観点から重要な過程であるとみている.実際,短化の原因のなかで最重要のものは,機能的な要因であるとまで述べている.Stern (256) の主張を引用する.

Starting with the communicative and symbolic functions, I have already pointed out above . . . that brevity may conduce to a better understanding, and too many words confuse the point at issue; the picking out of a few salient items may give a better idea of the topic than prolonged wallowing in details; the hearer may understand the shortened expression quicker and better.
   The expressive function is partly covered by signals, but a shortened expression by itself may, owing to its unusual and perhaps ungrammatical, form, reflect better the speaker's emotional state and make the hearer aware of it. Clippings are very often intended to make the words express sympathy or endearment towards the persons addressed; nursery speech abounds in nighties, tootsies, etc., and clippings of proper names, transforming them into pet names, are often due to a similar desire for emotive effects . . . . The numerous shortenings (clippings) in slang and cant often aim at a humourous effect.
   Conciseness and brevity increase vivacity, and thus also the effectiveness of speech; brevity is the soul of wit; the purposive function may consequently be better served by shortened phrases.


 形態論や情報理論のいわば機械的な観点から短化をみるにとどまらず,言語使用の目的,表現力,文体といった機能的な側面から短化をとらえる洞察は,Stern の面目躍如たるところである.形態を短化することでむしろ新機能が付加される逆説が興味深い.
 引用の文章で言及されている婉曲表現 nighties と関連して,「#908. bra, panties, nightie」 ([2011-10-22-1]) 及び「#469. euphemism の作り方」 ([2010-08-09-1]) も参照されたい.

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.

Referrer (Inside): [2018-06-08-1] [2014-08-26-1]

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2014-08-14 Thu

#1935. accommodation theory [accommodation_theory][audience_design][sociolinguistics][variation][style]

 昨日の記事で取り上げた「#1934. audience design」 ([2014-08-13-1]) は,accommodation_theory と呼ばれるより一般的な理論から派生した仮説である.accommodation_theory についてはこれまでにもいくつかの記事で言及してきたが,今回は改めて考えてみたい.まずは,Trudgill (3) の用語辞典より説明を引用する.

accommodation The process whereby participants in a conversation adjust their accent, dialect or other language characteristics according to the language of the other participant(s). Accommodation theory, as developed by the British social psychologist of language, Howard Giles, stresses that accommodation can take one of two major forms: convergence, when speakers modify their accent or dialect, etc. to make them resemble more closely those of the people they are speaking to; and, less usually, divergence, when, in order to signal social distance or disapproval, speakers make their language more unlike that of their interlocutors. Accommodation normally takes place during face-to-face interaction.


 一言でいえば,話し手が聞き手を意識して話し方を選ぶという理論である.とりわけ,話し方を聞き手に合わせるか,逆に聞き手とは異なる方向へシフトするかを選ぶ理論といってもよい.(昨日取り上げた audience design は,聞き手 (audience) を,狭義の聞き手,傍聴人,偶然聞く人,盗み聞く人へと細分化し,それらを序列化した関連仮説である.)
 Wales の Cardiff の旅行代理店での事例が有名である.代理店社員が,小学校の先生,秘書,掃除夫など様々な社会階層の客と,旅の手配について電話で話している.N. Coupland がこの会話を録音して分析したところ,代理店社員は客の話し方に合わせて話す傾向があることを発見した.具体的には,母音間の /t/ が [t] と実現されるか有声化した [d] と実現されるかの違いとして現われた.Cardiff では母音間の /t/ は,社会階級の高くない人々では有声化した [d] で実現されることが多い.代理店社員は中流階級に属し,通常約25%の割合で [d] と発音していたが,[d] の比率が約75%の客と話すときには,その割合が約70%に達した.逆に,[d] の比率が約10%の客と話すときには,その割合が約10%に下がったという.代理店社員の [t] か [d] かの選択は,聞き手に合わせて行なわれていたのである.この事例は発音についての accommodation を示すものだが,単語,内容,ポーズ,話す速度,話の長さ,文法,非言語行動を含めた多くの項目についても同様の accommodation が生じると考えられる.
 accommodation にはいくつかの種類が区別される.上記の例でも,客に合わせて威信の高い [t] の方向へ合わせる "upward convergence" もあれば,客に合わせて威信の低い [d] の方向へ合わせる "downward convergence" もあった.前者の他の例としては,子供が友達の親と話すときに丁寧で標準的な言葉遣いになるケースが挙げられる.後者の他の例としては,子供に対して話しかけるときに子供言葉へ切り替えるケースや,日本語母語話者が非母語話者に対して不自然に易しい日本語で話しかけるときの "foreigner talk" が挙げられる.
 以上は,方向性の違いはあれ,いずれも相手に話し方を合わせる convergence の例だが,逆に相手と話し方を違える divergence の例もある.同一視されたくない相手,距離をおきたい相手と話すときには,話し方もできるだけ違えようとすることがある.よく知られている例は,ウェールズ語話者に対する実験である.最初,RP を話す面接官に対し,ウェールズ語話者は面接官の RP に近づけた威信のある発音で話していた.ところが,面接官がウェールズ語に対して侮蔑的な発言をするや,そのウェールズ語話者は,RP から離れた発音で英語を話し出した.これは,面接官に対する被験者の不信や嫌悪,距離を置きたいという心理が反映された負の accommodation の事例である.また,divergence は,流ちょうな2言語使用者が,援助を得るためなど何らかの利益のために,状況によって片方の言語があまり上手に話せないかのように振る舞うときにも見られる.話者は,相手の話し方に合わせるだけではなく,そこから逸脱することによって,何らかの社会的行動をなしているのだ.
 話し言葉のみならず書き言葉でも accommodation は観察される.例えば,敬語体系のない英語から敬語体系のある日本語への翻訳において,敬語表現が追加されたりされなかったりするのは,訳者の日本語読者への accommodation を反映している.
 accommodation は一種の戦略であるから,狙いが失敗することもある.話し方を相手に合わせる convergence を狙っても,相手にそれが伝わらなかったり,逆に divergence と受け取られることすらあり得る.例えば,イギリスのある町で,インド人移民が白人社会に受け入れられたいがために白人の英語変種に似せた発音で話したところ,それは白人にとって威信のない変種だったので,むしろ煙たがられたという.話し手による主観的 accommodation と聞き手による客観的 accommodation とが食い違ってしまったケースである.
 以上,東 (110--21) を参照して執筆した.

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
 ・ 東 照二 『社会言語学入門 改訂版』,研究社,2009年.

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2014-08-13 Wed

#1934. audience design [communication][language_change][sociolinguistics][audience_design][accommodation_theory][variation][style]

 昨日の記事 ([2014-08-12-1]) の最後に,言語変化における聴者の関与について触れた.言語変化は variation のなかからのある一定の選択が社会習慣化したものであると捉えるならば,言語選択における聴者の関与という問題は,言語変化論において重要な話題だろう.話者が聴者を意識して言葉を発するということはコミュニケーションの目的に照らせば自明のように思われるが,従来の言語変化の研究では,言語変化は話者主体で生じるという前提が当然視されてきた経緯があり,聴者は完全に不在とはいわずとも,限定的な役割を担うにすぎなかった.しかし,近年の研究においては聴者の役割が相対的に高まってきている.
 言語学にも諸分野,諸派があるが,例えば社会言語学でも聴者の役割を重視した考え方が現われてきている.その1つに,audience design というものがある.Trudgill の用語辞典に拠ろう.

audience design A notion developed by Allan Bell to account for stylistic variation in language in terms of speakers' responses to audience members i.e. to people who are listening to them. Bell's model derives in part from accommodation theory. (11)


 以下,東 (101--09) により補足して説明する.Allan Bell によって提唱された audience design は,話者が誰に対して注意 (attention) を払いつつ話しているのかによって,その文体的変異を説明しようとする仮説である.この仮説によれば,話し手 (Speaker) は,第一に聞き手 (Addressee) に最大限の注意を払うが,それ以外にも傍聴人 (Auditor),偶然聞く人 (Overhearer),盗み聞く人 (Eavesdropper) にもこの順序で多くの注意を払うものだという.話し手にとってその人が知られているか,認められているか,話しかけられているかという3つのパラメータで分析すると,それぞれ以下のような序列となる.

 知られている認められている話しかけられている
聞き手+++
傍聴人++-
偶然聞く人+--
盗み聞く人---


 喫茶店で1組のカップルとその共通の友人がお茶しているシーンを想定する.カップルの男が女に話しかけるとき,当然ながらその女に注意を払いながら話すだろうが,傍聴人である友人がいる以上,カップル二人きりでいる場合とは異なる話し方をする可能性が高いだろう.話し手にとって,傍聴人の存在も聞き手である女の存在に次いで言葉を選ばせる要因として大きいのである.そこへ,ウェイトレス(偶然聞く人)が注文したお茶を運んできた場合,話し手はこのウェイトレスに聞かれていることを意識した言葉遣いに変わるかもしれない.また,背後にこの3人の会話に耳を傾ける盗聴者(盗み聞く人)がいたとしても,それに気づかない限り,話し手は盗聴者を意識して言葉を選ぶという考えすら及ばないだろう.
 日本語を用いる日常的な場面でも,友人と二人で話しているところに,先生や上司など目上の人がやってくるのに気づくと,敬語を交えた話し方へ切り替えることは珍しくない.また,討論会では,直接話しかけていなくとも,会場の支持を得るべく傍聴者を意識して言葉を選ぶのも普通である.その場に誰がいるのか,またその人にどの程度の注意を払うのかによって,話し手は文体を変える,あるいは変えることを余儀なくされる.その意味で,audience は話し手に言葉を選択させる力をもっていると考えられる.東 (104) 曰く,

オーディエンスはふつう、話し手が話すのを聞くだけの役割、いわば受け身的なものだと思われているが、実はもっと積極的なもので、オーディエンスの持つ役割は思われているよりははるかに大きく、影響力大である。ちょうど役者が劇場で観客の感性、拍手、あるいは野次に影響されるように、オーディエンスに答える形で、話し手は自分のスタイルを調整していくのだと考える。


 最後に,上の表に示した audience の序列は絶対的なものではないことを付け加えておきたい.討論会の例のように,討論者は相手方の討論者を聞き手として話してはいるものの,もしかするとその聞き手よりも強く意識しているのは,会場にいる傍聴者かもしれないのだ.会場の支持を取り付けるために,むしろ傍聴者に向けて議論していると思われる場合がある.このとき,話し手の払う注意の量は「傍聴人>聞き手」となろう.
 なお,話し手が誰にも何の注意も払わずに話すという場面はあるだろうか.独り言がそれに相当しそうだが,独り言では通常話し手自身を聞き手と想定しているだろう.では,そのような想定すらない独り言はありうるだろうか.口をついてぼそっと出る独り語や,意識せずに出る口癖などが近いかもしれない.独り言について,「#1070. Jakobson による言語行動に不可欠な6つの構成要素」 ([2012-04-01-1]) も参照.

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
 ・ 東 照二 『社会言語学入門 改訂版』,研究社,2009年.

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2013-05-06 Mon

#1470. macaronic lyric [me][literature][style][bilingualism][register][latin][french][code-switching]

 中英語期の叙情詩には,"macaronic lyric" と呼ばれるものがある.macaronic とは,OALD7 の定義を借りれば "(technical) relating to language, especially in poetry, that includes words and expressions from another language" とあり,「各種言語の混じった;雅俗混交体の」などを意味する.macaronic lyric は,当時のイングランドにおいて日常的には英語が,宮廷ではフランス語が,教会ではラテン語が平行的に行なわれていた多言語使用の状況をみごとに映し出す文学作品である.例として,Greentree (396) に引用されている聖母マリアへの賛美歌の1節を挙げる(校訂は Brown 26--27 に基づく).これは,英語とラテン語が交替する13世紀の macaronic lyric である.

Of on that is so fayr and bright
      velud maris stella
Brighter than the day-is light
      parens & puella
Ic crie to the, thou se to me,
Leuedy, preye thi sone for me
      tam pia,
that ic mote come to the
      maria


 一見すると単なる羅英混在のへぼ詩にも見えるが,Greentree はこれを聖母マリアへの親密な愛着(英語による)と厳格な信仰(ラテン語による)との絶妙のバランスを反映するものとして評価する.気取らない英語と儀礼的なラテン語の交替は,そのまま13世紀の聖母信仰に特徴的な親密と敬意の混合を表わすという.社会言語学や bilingual 研究で論じられる code-switching の文学への応用といえるだろう.
 次の2例は,Greentree (395--96) に引用されている De amico ad amicam と名付けられたラブレターの往信と,Responcio と名付けられたそれへの復信である.英語,フランス語,ラテン語が目まぐるしく交替する.

A celuy que pluys eyme en mounde
Of alle tho that I have found
        Carissima
Saluz ottreye amour,
With grace and joye alle honoure
        Dulcissima


A soun treschere et special
Fer and her and overal
        In mundo,
Que soy ou saltz et gré
With mouth, word and herte free
        Jocundo


 ここでは,英語で嘘偽りのない愛情が表現され,フランス語で慣習的で儀礼的な挨拶が述べられ,ラテン語で警句風の簡潔にして巧みなフレーズが差し込まれている.
 私自身には,これらの macaronic lyric の独特な効果を適切に味わうこともできないし,ふざけ半分の言葉遊びと高い文学性との区別をつけることもできない.bilingual ではない者が code-switching の機微を理解しにくいのと同じようなものかもしれない.だが,例えば日本語でひらがな,カタカナ,漢字,ローマ字などを織り交ぜることで雰囲気の違いを表わす詩を想像してみると,中英語の macaronic lyric に少しだけ接近できそうな気もする.Greentree (396) は次のように評価して締めくくっている.

Fluent harmony is an enjoyable and consistent characteristic of the macaronic lyrics. They seem paradoxically unforced, moving easily between languages in common use, to exploit particular characteristics for effect.


 なお,後に中世後期より発展することになる「#292. aureate diction」 ([2010-02-13-1]) は,ある意味では macaronic lyric と同じような羅英混合体だが,むしろラテン語かぶれの文体と表現するほうが適切かもしれない.

 ・ Greentree, Rosemary. "Lyric." A Companion to Medieval English Literature and Culture: c.1350--c.1500. Ed. Peter Brown. Malden, MA: Blackwell, 2007. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009. 387--405.
 ・ Brown, Carleton, ed. English Lyrics of the XIIIth Century. Oxford: Clarendon, 1832.

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2013-04-29 Mon

#1463. euphuism [style][literature][inkhorn_term][johnson][emode][renaissance][alliteration][rhetoric]

 「#292. aureate diction」 ([2010-02-13-1]) で,15世紀に発生したラテン借用語を駆使する華麗語法について見た.続く16世紀には,inkhorn_term と呼ばれるほどのラテン語かぶれした語彙が押し寄せた.これに伴い,エリザベス朝の文体はラテン作家を範とした技巧的なものとなった.この技巧は John Lyly (1554--1606) によって最高潮に達した.Lyly は,Euphues: the Anatomy of Wit (1578) および Euphues and His England (1580) において,後に標題にちなんで呼ばれることになった euphuism (誇飾体)という華麗な文体を用い,初期の Shakespeare など当時の文芸に大きな影響を与えた.
 euphuism の特徴としては,頭韻 (alliteration),対照法 (antithesis),奇抜な比喩 (conceit),掛けことば (paronomasia),故事来歴への言及などが挙げられる.これらの修辞法をふんだんに用いた文章は,不自然でこそあれ,人々に芸術としての散文の魅力をおおいに知らしめた.例えば,Lyly の次の文を見てみよう.

If thou perceive thyself to be enticed with their wanton glances or allured with their wicket guiles, either enchanted with their beauty or enamoured with their bravery, enter with thyself into this meditation.


 ここでは,enticed -- enchanted -- enamoured -- enter という語頭韻が用いられているが,その間に wanton glanceswicket guiles の2重頭韻が含まれており,さらに enchanted . . . beautyenamoured . . . bravery の組み合わせ頭韻もある.
 euphuism は17世紀まで見られたが,17世紀には Sir Thomas Browne (1605--82), John Donne (1572--1631), Jeremy Taylor (1613--67), John Milton (1608--74) などの堂々たる散文が現われ,世紀半ばからの革命期以降には John Dryden (1631--1700) に代表される気取りのない平明な文体が優勢となった.平明路線は18世紀へも受け継がれ,Joseph Addison (1672--1719), Sir Richard Steele (1672--1729), Chesterfield (1694--1773),また Daniel Defoe (1660--1731), Jonathan Swift (1667--1745) が続いた.だが,この平明路線は,世紀半ば,Samuel Johnson (1709--84) の荘重で威厳のある独特な文体により中断した.
 初期近代英語期の散文文体は,このように華美と平明とが繰り返されたが,その原動力がルネサンスの熱狂とそれへの反発であることは間違いない.ほぼ同時期に,大陸諸国でも euphuism に相当する誇飾体が流行したことを付け加えておこう.フランスでは préciosité,スペインでは Gongorism,イタリアでは Marinism などと呼ばれた(ホームズ,p. 118).

 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.
 ・ 石橋 幸太郎 編 『現代英語学辞典』 成美堂,1973年.
 ・ U. T. ホームズ,A. H. シュッツ 著,松原 秀一 訳 『フランス語の歴史』 大修館,1974年.

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2013-01-27 Sun

#1371. New York City における non-prevocalic /r/ の文体的変異の調査 [sociolinguistics][style][rhotic][causation][language_change]

 昨日の記事「#1370. Norwich における -in(g) の文体的変異の調査」 ([2013-01-26-1]) で,文体の差による異形態の選択の事例をみた.今回も文体差の別の事例を紹介したい.「#406. Labov の New York City /r/」 ([2010-06-07-1]) と「#1363. なぜ言語には男女差があるのか --- 女性=保守主義説」 ([2013-01-19-1]) で取り上げた,ニューヨーク市における non-prevocalic /r/ の有無の分布についてである.これは Labov による社会言語学調査の成果だが,以下の略述は Trudgill (88--89) に与えられている概要に基づいたものであることを断わっておく.
 Labov は,ニューヨーク市において社会階級と non-prevocalic /r/ の発音の生起率とが相関しているという仮説を立て,それをフィールドワークにより実証した.すなわち,高い階級であればあるほどこの音声環境での /r/ の生起率が高いという./r/ が社会的な威信を結びついているというのだ.次に,Labov は階級別の分析 (Lower Class, Lower Working Class, Middle Working Class, Upper Working Class, Lower Middle Class, Upper Middle Class) と合わせて文体別の分析を試みた.文体の区別は,昨日触れた場合と同様に,(1) 単語リストを読み上げてもらう word-list style (WLS),(2) 文章を読み上げてもらう reading-passage style (RPS),(3) formal speech (FS),(4) casual speech (CS) の4種類である.分析結果は,およそ以下のグラフの通りとなった.

Stylistic Variation of Non-Prevocalic /r/ in New York City


 昨日の Norwich における -in' の調査結果と同様に,全体として,格式ばった文体であればあるほど威信ある /r/ の発音が選ばれる確率が高いことがわかる.ところが,ここには Norwich の場合と異なる,きわめて興味深い点が1つある.Lower Middle Class の word-list style において,予想を上回る /r/ の生起率が確認されることである.対応する Upper Middle Class の生起率を大きく越えて,約60%の高率を示しているのである.これはどのように説明すればよいのだろうか.
 有力な説明は次の通りである.LMC は,一種の上昇志向から,威信ある /r/ の有無に敏感であり,意識的な文体においては上位の UMC よりも /r/ を多く産出するに至るのではないか.さらに仮説を推し進めると,ニューヨーク市の英語共同体全体を /r/ を発音する方向へと牽引しているのは,ほかならぬ LMC ではないかという可能性も出てくる.実際,Labov の研究に端を発するその後の社会言語学の知見によれば,この仮説は概ね支持されてきている.言語変化の源と原動力についての謎が,少しずつ明らかにされてきているといえよう.

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.

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2013-01-26 Sat

#1370. Norwich における -in(g) の文体的変異の調査 [sociolinguistics][style][register]

 「#1363. なぜ言語には男女差があるのか --- 女性=保守主義説」 ([2013-01-19-1]) で,Norwich における -ing の発音に関する Trudgill による社会言語調査を見た.そこでは,標準的な -ing と非標準的な -in' のそれぞれの使用頻度が,階級別および性別にどのように異なるかを表で示した.Trudgill は,この -ing の変異について,ほかにも文体別に調査を行なっているので,それを見ておこう.
 一般に,くだけた会話などの略式的な文体では非標準的な異形が選ばれ,単語を丁寧に読み上げるように要求されるような格式ばった文体では標準的な異形が選ばれる可能性が高いと予想される.そこで,Trudgill は,各社会階級を代表する被験者から,4種類の文体における -in(g) の発音を引き出し,標準形と非標準形の生起率を比べた.4種類の文体とは,最も格式ばったものから順に,(1) 単語リストを読み上げてもらう word-list style (WLS),(2) 文章を読み上げてもらう reading-passage style (RPS),(3) formal speech (FS),(4) casual speech (CS) である.以下は,Trudgill (87) から取った,非標準形 -in' の階級別および文体別の生起率である.さらに,グラフでも表わした.


WLS (%)RPS (%)FS (%)CS (%)
Middle Middle Class00328
Lower Middle Class0101542
Upper Working Class5157487
Middle Working Class23448895
Lower Working Class296698100

Stylistic Variation of (ing) in Norwich

 予想通り,全階級において,略式的な文体であればあるほど,非標準形 -in' の生起率が高い.最も高い階級の最も略式的な文体における値と,最も低い階級の最も格式ばった文体における値が,それぞれ28%と29%でほぼ並んでいるのが注目に値する.いずれかの階級に属する個人であっても,文体に応じて標準形と非標準形を何らかの割合で使い分けているのが普通であることがわかるだろう.

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.

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2011-01-09 Sun

#622. 現代英語の文法変化は統計的・文体的な問題 [language_change][grammatical_change][speed_of_change][style][relative_pronoun][interrogative_pronoun][pde_language_change]

 [2011-01-07-1],[2011-01-08-1]で,文法変化が時間をかけて徐々に進行するものであることを述べた.ここから,典型的には,文法変化の観察は少なくとも数世代にわたる長期的な作業ということになる.長期間にわたって文法変化の旧項目が新項目に徐々に取って代わられてゆく速度を計るには,途中のいくつかの時点で新旧項目の相対頻度を調べることが必要になる.ここに,コーパスを利用した統計的な研究の意義が生じてくる.Leech et al. (50) は,通時変化の研究では頻度の盛衰こそが重要であると力説している.

Theorizing about diachronic changes has focused primarily on the processes whereby new forms are initiated and spread, and until recently has paid comparatively little attention to the processes by which the range and frequency of usage contracts, and eventually disappears from the language. . . . one of the message we wish to convey is that frequency evidence is far more important in tracing diachronic change than has generally been acknowledged in the past.


 Leech et al. (8) に引用されている以下の Denison の評も同様の趣旨で統語変化について述べたものだが,多かれ少なかれ形態変化にも当てはまるだろう(赤字は転記者).

Since relatively few categorial losses or innovations have occurred in the last two centuries, syntactic change has more often been statistical in nature, with a given construction occurring throughout the period and either becoming more or less common generally or in particular registers. The overall, rather elusive effect can seem more a matter of stylistic than of syntactic change, so it is useful to be able to track frequencies of occurrence from eModE through to the present day. (Denison 93)


 この引用文の重要な点は,往々にして統語変化が統計的 ( statistical ) な問題であると同時に文体的 ( stylistic ) な問題であることを指摘している点である.例えば,現代英語における疑問代名詞・関係代名詞 whom の衰退は,進行中の文法変化の例としてよく取り上げられるが,格 ( case ) に関する純粋に統語的な問題である以上に,統計的かつ文体的な問題ととらえるべきかもしれない.「統計的」というのは,統語環境による whomwho の区別それ自体は近代英語期以来あまり変化していず,あくまで両者の頻度の盛衰の問題,通時コーパスで盛衰の度合いを確認すべき問題だからである.
 「文体的」というのは,書き言葉と話し言葉の別,またテキストのジャンルによって whom の頻度が大きく異なるからである.格という統語的な区別が前提になっているとはいえ,whom / who の選択には formality という文体的な要素が大きく関わっているということは,もはやこの問題を純粋に統語変化の問題ととらえるだけでは不十分であることを示している.
 whom / who に関わる選択と文法変化については多くの先行研究があるが,現状と参考文献については Leech et al. の第1章,特に pp. 1--4, 12--16 が有用である.

 ・ Leech, Geoffrey, Marianne Hundt, Christian Mair, and Nicholas Smith. Change in Contemporary English: A Grammatical Study. Cambridge: CUP, 2009.
 ・ Denison, David. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 4. Ed. Suzanne Romaine. Cambridge: CUP, 1998. 92--329.

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