01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
2024 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2023 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2022 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2021 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2020 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2019 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2018 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2017 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2016 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2015 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2014 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2013 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2012 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2011 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
現代英語の語彙の起源と割合については,[2010-05-16-1]でまとめたとおり,本ブログでも何度か扱ってきた.
・ [2010-03-02-1]: 現代英語の基本語彙100語の起源と割合
・ [2009-11-15-1]: 現代英語の基本語彙600語の起源と割合
・ [2009-11-14-1]: 現代英語の借用語の起源と割合 (2)
この種の英語語彙の語源調査については本格的なものは存在しないようだが,もう一つ関連する先行研究をみつけたので紹介したい.
Williams (67--68) は,数千通の商用書簡から最頻1万語を取り出し,頻度の高い順に1000語単位で10のグループを設けた.各グループについて語源別に比率をまとめた表を Williams より再掲する(宇賀治,pp. 84--85 にも掲載あり).ついでに,見やすいように棒グラフも作った.
|
English | 78.1% |
French | 15.2 |
Latin | 3.1 |
Danish | 2.4 |
Other (Greek, Dutch, Italian, Spanish, German, etc.) | 1.3 |
[2010-04-25-1]の記事で述べたとおり,近代の英語コーパスの走りとして Brown Corpus の果たしてきた役割は甚大である.Brown Corpus のコーパス・デザインに沿った類似コーパスが続々と誕生し,現在も ICE ( International Corpus of English ) のプロジェクトが進行中である.その中でも特に "the Brown family of corpora" と呼ばれる中核となる4つの関連コーパスがある.1960年代初頭のアメリカ英語(書き言葉)を代表する Brown Corpus,そのイギリス英語版の LOB Corpus,さらに30年時間をおいて1990年代初頭のアメリカ英語(書き言葉)を代表する Frown Corpus,そのイギリス英語版の FLOB Corpus である(各コーパスの概要は ICAME の HP を参照).この4つを駆使すると各時期の英米変種の異同だけでなく,各変種で30年の間に起こった言語変化を調べることができる.二つの観点をクロスさせれば,言語変化の英米差を比較することもできる.Leech and Smith (186) より,the Brown family of corpora の相関図を示す.
近年は数億語規模の巨大コーパスが林立するなかで,the Brown family のコーパスはそれぞれ約100万語とサイズとしては小型だが "comparable" であるところが最大の売りだろう.テーマによっては今後も十分に有用であり続けるだろうと思われるし,4コーパスを駆使した Leech and Smith の研究などを見ていると,まだまだいろいろな研究ができそうである ( see [2010-06-25-1], [2010-06-26-1] ) .そこで,the Brown family を利用する際の注意事項について,Leech and Smith (186--87) が述べているものを引用して学習しておきたい.以下は「危険な前提」とされているものである.
(a) that the size and composition of the corpora are sufficiently closely matched to validate the basic principle of the comparison: that we are comparing like with like despite different provenances;
(b) that the statistically significant results of the comparisons can be attributed to linguistic differences rather than other factors such as shifts in genre characteristics;
(c) that the grammatical categories are defined and used consistently and in a way that other linguists will find useful;
(d) that the extraction of classified data from the corpus has been acceptably, if not totally, free from error.
The Brown family of corpora は意図的に "comparable" となるように作られてはいるが "perfectly comparable" ではないし,そこから引き出される統計的な結論も絶対ではない.コーパス言語学で言われる一般的な注意点と同じだが,自分でコーパスを用いた研究をしていると,とかく忘れやすい.危険を伴う物品の「利用上の注意」は繰り返し喚起しておく必要があるだろう.毎回の調査結果の末尾に,呪文のように繰り返すくらいの態度が必要なのかもしれない.
コーパス利用の可能性とその他の注意点については,それぞれ[2010-04-30-1]と[2010-02-28-1], [2010-04-29-1]の記事も要参照.
・ Leech, Geoffrey and Nicholas Smith. "Recent Grammatical Change in Written English 1961--1992: Some Preliminary Findings of a Comparison of American with British English." The Changing Face of Corpus Linguistics. Ed. Antoinette Renouf and Andrew Kehoe. Amsterdam and New York: Rodopi, 2006. 185--204.
英語話者の分類については,いろいろな形で記事にしてきた ( see [2009-10-17-1], [2009-11-30-1], [2009-12-05-1], [2010-01-24-1], [2010-03-12-1], [2010-06-15-1] ) .もっとも基本的なモデルは[2009-11-30-1]の記事でみた Kachru による同心円モデルだが,Kachru はその後もこれに基づく応用モデルをいくつか公開してきた.今回は,そのうちの一つ,私が「泡ぶくモデル」と呼んでいるものを紹介する.下図は,各種のモデルを批評している McArthur の論文に掲載されていた図をもとに,私が改変を加えたものである.
これが同心円モデルの発展版であることは,国名の掲載されている楕円のうち,一番下が Inner Circle,真ん中が Outer Circle,一番上が Expanding Circle に対応することからも分かる.しかし,泡ぶくモデルが特徴的なのは以下の点においてである.
・ 太古の昔が下方,現在から未来にかけてが上方に位置づけられており,英語の拡大の歴史が「湧き上がるあぶく」としてより動的に表現されている
・ 英語の拡大が具体的な人口統計の情報とともに示されている.[2010-03-12-1]で示した銀杏の葉モデルも人口を示している点で類似するが,泡ぶくモデルでは主要な国について具体的な数値が挙げられている.なお,上記の人口統計は,[2010-05-07-1]で挙げた情報源を参照して,最新の2010年における数値を私が書き入れたものである.挙げた国名については網羅はできないので,[2009-10-21-1]のリストを参照しながら,特に人口の多い国をピックアップした.
・ 英語話者の中核を占めるのは Inner Circle ではなく,むしろ Outer Circle や Expanding Circle であるという解釈を誘う
・ McArthur, Tom. "Models of English." English Today 32 (October 1992). 12--21.
これまでも英語変種のモデルをいくつか紹介してきた ( see model_of_englishes ) .今日は,最新のモデルの一つとして Svartvik and Leech (225--27) のピラミッドモデルを紹介したい.基本となっているのは,本ブログでは未紹介の Kachru の平面同心円図だが,それを立体化して円錐形に発展させたのがこのモデルである.Svartvik and Leech (226) の図を改変したものを示す.
ピラミッドの最上部には抽象的な変種である WSE ( World Standard English ) が置かれる.抽象的というのは,これを母語として用いる者はいず,あくまで英語を用いる皆が国際コミュニケーションの目的で学習・使用するターゲットとしての変種であり,現在も発展途中であるからだ.WSE は国際的な権威も付与され,教育上の目標となり,言語的にもおよそ一様の変種であると思われるので,他よりも「高い」変種 ( acrolect ) として最上部に据えられている.占める部分が下部よりも狭いのは,言語的に一様であることに対応している.
抽象的な WSE 変種の下には,より具体的な地域変種が広がっている.中層上部には,広域変種として North American English や South Asian English などの変種が横並びに分布している.その下の中層下部には,より狭い地域(典型的には国や地方)レベルでの変種が広がる.この階層 ( mesolect ) では,変種の種類が豊富で,各変種の独自性も目立つので,区分けが細かくなってくる.American English, British English, South African English, Hong Kong English などがここに属する.
最下層 ( basilect ) は,州や村といったレベルでの区分けで,さらに多数の変種がひしめく.この階層では,各変種は言語的に一様どころかバラバラであり,社会的な権威は一般に低い.各地の方言,クレオール英語,ピジン英語などがここに属する.
ピラミッドの頂点に近い変種ほど,より広いコミュニケーションのために,すなわち mutual intelligibility のために用いられることが多い.逆にピラミッドの底辺に近い変種ほど,所属している共同体の絆として,すなわち cultural identity のために用いられることが多いといえる.
このモデルの特徴は,AmE や BrE の標準変種が他の国の標準変種とならんで中層に位置づけられていることである.WSE の基盤には多分に AmE の特徴が入り込んでいるはずだが,だからといって AmE を特別視しないところが従来の英語観とは異なる点だろう.
acrolect, mesolect, basilect は,creole を論じるときによく使用される術語だが ( see [2010-05-17-1] ),そのまま変種の議論にも当てはめられるそうである.
・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006.
英語は,中英語期から近代英語期にかけて広範なロマンス語からの影響を受けた.フランス語,ラテン語からの借用語を豊富に受け入れてきたことは,このブログでも幾度となく取りあげてきた ( see french, latin, and loan_word ) .ただし,語彙だけでなく統語についてもある程度の影響を受けてきたことは見過ごすことはできない.例えば,
(1) 疑問視と同形の関係詞 ( which など ) の使用の拡大
(2) s-genitive に代わって of-genitive が分布を広げてきたこと
(3) 「名詞 A +名詞 B」という複合語が「名詞 B of 名詞 A」という句で表されることが多くなったこと
(4) 強勢が第一音節以外に落ちる語が増えて英語本来の prosody が変容してきたこと
(5) 比較級・最上級に屈折形 ( -er, -est ) ではなく迂言形 ( more, most ) が頻用されるようになったこと
などはロマンス語的な特徴を反映しているとされる.しかし,近代英語期から現代英語期にかけて,上記の5点に関する限り,ロマンス語的な統語特徴が薄れ,ゲルマン語的な統語へと回帰する兆候が見られるようになってきている.
(1) 昨日の記事[2010-06-25-1]でみたとおり,疑問視と同形の wh- 関係詞は減少傾向にある
(2) s-genitive が勢力を広げつつあるといわれている
(3) 1750年以降の創作散文において名詞連結が大増加したとの報告がある ( Leonard, p. 4 quoted in Leech and Smith, p. 202 )
(4) ロマンス系借用語でも強勢が徐々に語頭に移ってきている
(5) [2010-06-04-1]の記事でみたように屈折形の比較級・最上級 ( -er, -est ) が分布を広げつつある
(1), (2), (3) については Leech and Smith (197) を参照.ゲルマンへの回帰現象が近代英語期以来の潮流であるという可能性を支持するような例は,ほかにあるだろうか?
・ Leech, Geoffrey and Nicholas Smith. "Recent Grammatical Change in Written English 1961--1992: Some Preliminary Findings of a Comparison of American with British English." The Changing Face of Corpus Linguistics. Ed. Antoinette Renouf and Andrew Kehoe. Amsterdam and New York: Rodopi, 2006. 185--204.
・ Leonard, R. The Interpretation of English Noun Sequences on the Computer. Amsterdam: North Holland, 1984.
現代英語に起きている文法上の変化として wh- 関係代名詞が減少し,that や zero 関係代名詞が増加しているという例が挙げられる.wh- 関係詞は比較的 formal な響きを有しており,話し言葉よりも書き言葉に現れることが多いとされるが,その書き言葉においても頻度が目に見えて落ちているという.
Leech and Smith (195--96) は the Brown family of corpora を用いて英米各変種における1961年と1991/1992年の間に起こったいくつかの言語変化を調査した.調査によると,AmE では30年ほどの間に関係詞 which が34.9%減少した.それに対して,that は48.3%増加し,zero も23.1%増加した.同様に,BrE でも which は9.5%減少し,that が9%増加,zero が17.1%増加した.いずれの関係詞も,AmE のほうが BrE よりも振れ幅が大きい,つまり増減が激しいということになる.特に AmE での which の減少率が著しい.
これには,私自身も思い当たる経験がある.ちょうど1991/1992年辺りに中学・高校の学校英文法をたたきこまれた私は,関係詞 which の使用についてはドリル練習を通じて精通していた.ところが,後に英語論文を書く立場になって自信をもって which を連発したところ,アメリカ英語母語話者のネイティブチェックでことごとく which でなく that にせよと朱を入れられてしまった経験がある.それが一種のトラウマになったようで,最近は関係詞 which の使用にはかなり慎重である.自分の中で Americanisation が起こりつつあるということだろうか.
アメリカ英語では which は非限定用法にしか使われなくなりつつあるというが,ワープロソフトの校正機能もこうした傾向を助長している節がある.かつてのあのドリル練習は何だったのだろうかと改めて思わせる言語変化である.ドリルに励んでいたあの1991年の時点でもすでに限定用法としての which の衰退は方向づけられていたのに・・・.
・ Leech, Geoffrey and Nicholas Smith. "Recent Grammatical Change in Written English 1961--1992: Some Preliminary Findings of a Comparison of American with British English." The Changing Face of Corpus Linguistics. Ed. Antoinette Renouf and Andrew Kehoe. Amsterdam and New York: Rodopi, 2006. 185--204.
昨日の記事[2010-06-23-1]で文字の種類に触れた.文字数という観点からもっとも経済的なのは音素文字体系 ( alphabet ) であり,それが発明されたことは人類の文字史にとって画期的な出来事だった.さらに,古今東西のアルファベットの各変種が North Semitic と呼ばれる原初アルファベットに遡るという点,すなわち単一起源であるという点も,その発明の偉大さを物語っているように思われる.
North Semitic と呼ばれる原初のアルファベットは,紀元前1700年頃にパレスチナやシリアで行われていた北部セム諸語 ( North Semitic languages ) の話し手によって発明されたとされる.かれらが何者だったかは分かっていないが,有力な説によるとフェニキア人 ( the Phoenicians ) だったのではないかといわれる.North Semitic のアルファベットは22個の子音字からなり,母音字は含まれていなかった.この文字を読む人は,子音字の連続のなかに文法的に適宜ふさわしい母音を挿入しながら読んでいたはずである.紀元前1000年頃,ここから発展したアルファベットの変種がギリシャに伝わり,そこで初めて母音字が加えられた.この画期的な母音字込みの新生アルファベットは,ローマ人の前身としてイタリア半島に分布して繁栄していた非印欧語族系のエトルリア人 ( the Etruscans ) によって改良を加えられ,紀元前7世紀くらいまでにエトルリア文字 ( the Etruscan alphabet ) へと発展していた.
このエトルリア文字は,英語の文字史にとって二重の意味で重要である.一つは,エトルリア文字が紀元前7世紀中にローマに継承され,ローマ字 ( the Roman alphabet or the Latin alphabet ) が派生したからである.このローマ字が,ずっと後の6世紀にキリスト教の伝道の媒介としてブリテン島に持ち込まれたのである ( see [2010-02-17-1] ) .以降,現在に至るまで英語はローマ字文化圏のなかで高度な文字文化を享受し,育んできた.
もう一つ英語史上で重要なのは,紀元前1世紀くらいに同じエトルリア文字からもう一つのアルファベット,ルーン文字 ( the runic alphabet ) が派生されたことである(ただし,起源については諸説ある).一説によるとゴート人 ( the Goths ) によって発展されたルーン文字は北西ゲルマン語派にもたらされ,後の5世紀に the Angles, Saxons, and Jutes とともにイングランドへ持ち込まれた.アングロサクソン人にとって,ローマ字が導入されるまではルーン文字が唯一の文字体系であったが,ローマ字導入後は <æ> と <ƿ> の二文字がローマ字に取り込まれたほかは衰退していった.
英語の文字史における主要な二つのアルファベット ( the runic alphabet and the Roman alphabet ) がいずれもエトルリア文字に起源をもつとすると,エトルリア人の果たした文化史的な役割の大きさが感じられよう.ルーン文字については,the Runic alphabet in Omniglot を参照.
・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006. 50--52.
(後記 2010/06/28(Mon):専門家より指摘していただいたところによると,ルーン文字の生成は紀元前1世紀でなく紀元1世紀という説が多くの論者のあいだで有力とのことです.Tineke Looijenga というオランダ人学者の説によると,ルーン文字はローマン・アルファベットの影響化で生まれたとのことです.要勉強.)
文字体系を扱う分野を文字論 ( grammatology ) という.古今東西の文字体系を文字と発音との関係から大きく分類すると以下のようになる.
・ 文字が発音に対応していない文字体系 = 非表音文字 ( non-phonographic )
・ 絵文字 ( pictographic ) .絵が指し示すモノそのものに対応.鳥の輪郭であれば鳥を指すなど.もっとも原始的な形態で,世界各地で発見される.紀元前3000年頃のエジプトやメソポタミアの絵文字,紀元前1500年頃の中国の絵文字,現代の道路標識など.
・ 表意文字 ( ideographic ) .絵文字から発展した形態で,文字の輪郭はより幾何学的な形態へ移行.文字はモノそのものだけでなく慣習的に結びついた意味も表すようになる.例えば初期のシュメール文字では,星をかたどる幾何学的文字は,「夜」「暗い」「黒い」など星と慣習的に結びついた意味をも示すようになる.現代では,アイロンの絵に大きな×のついた「アイロンがけ不可」を意味する標示では,アイロンが絵文字的,×が表意文字的な役割を果たしている.純粋な表意文字体系というのは珍しく,たいてい絵文字体系などと組み合わさって存在する.
・ 表語文字 ( logographic ) .漢字が典型的な表語文字といわれる.中国の漢字は 50,000 ほどあるといわれるが,基本文字に限れば日本の漢字の場合と同様に,2,000 程度で済む.必ずしも語 ( word ) という単位でなく形態素 ( morpheme ) に対応していることもあり,厳密には表語文字と呼ぶのは適切でないかもしれない.
・ 文字が発音に対応している文字体系 = 表音文字 ( phonographic )
・ 音節文字 ( syllabic ) .日本語の仮名が典型的な音節文字といわれる.表語文字に比べて文字数はぐっと少なくなり,数十から数百の間に収まる.
・ 音素文字 ( alphabetic ) .文字と音素の対応が緊密な文字体系.非常に経済的な文字体系で,文字数は20?30くらいに収まることが多い.Greek alphabet, Roman alphabet, runes, ogham など複数のアルファベットが存在するが,いずれも起源は North Semitic と呼ばれるパレスチナやシリアなどで紀元前1700年くらいに用いられた原初アルファベットに遡る.
およそリストの上から下に向かって文字体系が進化していったことが分かる.文字は世界各地で独立して発生しているが,アルファベットについては単一起源であり,古今東西のアルファベット系文字体系の各変種はいずれもそれからの派生という点が特異である.アルファベットは人類にとってたいへん貴重な発明だったといえるだろう.
文字の歴史が浅い点については,[2009-06-08-1]を参照.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1997. 199--205.
FIFA World Cup の次なる相手はデンマーク.ということで,今回はタイムリーに「デンマークと英語の関係」について.古代から現代にかけてデンマーク(語)と英語(学)とは,何かにつけて関わりが深い.以下は要点のみで詳しい解説は載せていないが,主に hellog 内の記事へのジャンプを豊富に含めているので参照を.以下と同じ内容をPDFスライドにしたもののほうが見やすいかもしれないので,そちらもどうぞ.
1. デンマーク語と英語はともにゲルマン系
2. ジュート人はデンマークに分布
3. 古代ゲルマン文化・文学を共有
4. 古代デンマーク語は英語に多大な影響を与えた
5. 著名な英語・ゲルマン語学者が輩出
6. 現在のデンマークは ESL 国へ
1. デンマーク語と英語はともにゲルマン系
・ See [2009-10-26-1] for Germanic languages
・ Danish = a mod. lang. of North Germanic
・ English = a mod. lang. of West Germanic
・ Old Norse = a common ancestor of modern Danish, Swedish, Norwegian, Icelandic, etc.
2. ジュート人はデンマークに分布
・ The Angles, Saxons, Jutes の故地 ([2010-05-21-1])
・ Hengist and Horsa がブリテン島へ第一歩を ([2009-05-31-1])
・ Kent や the Isle of Wight へ比較的小規模な定住
3. 古代ゲルマン文化・文学を共有
・ ルーン文字 ( the Runic Alphabet ) ( see http://www.omniglot.com/writing/runic.htm )
・ ゲルマン神話
・ 古英語で書かれた最高の英雄詩 Beowulf の舞台はデンマーク
4. 古代デンマーク語は英語に多大な影響を与えた
・ 8世紀後半?11世紀前半,ヴァイキングによるイングランド侵略
・ 基本語や機能語の高頻度語を中心に約900語が英語に入った
・ 英語の人名 ・地名に大きく貢献 ex. Derby; Johnson
・ 言語接触により英語の屈折の衰退が加速した ([2009-06-26-1])
・ その他,多くの計り知れない影響を与えた (old_norse)
5. 著名な英語 ・ゲルマン語学者が輩出
・ Rasmus Rask (1787--1832) cf. Grimm's Law ([2009-08-07-1])
・ Karl Verner (1846--96) cf. Verner's Law ([2009-08-09-1])
・ Otto Jespersen (1860--1943) ([2010-04-02-1])
6. 現在のデンマークは ESL 国へ
・ デンマーク人は英語が得意
・ 国内コミュニケーションのための英語
・ EFL → ESL への language shift ([2009-06-23-1])
似たような記事としては「アイスランド語と英語の関係」と題する記事を[2010-04-20-1]で書いたので,そちらも参照.
Carstairs-McCarthy (108--09) によると,20世紀後半に顕著な語形成が二種類認められるという.一つはラテン語やギリシャ語に由来する一部の接頭辞による派生,もう一つは特定のタイプの headless compound である.
19世紀以来,super-, sub- といったラテン語に由来する接頭辞や,hyper-, macro-, micro-, mega- といったギリシャ語に由来する接頭辞による派生語が多く作られた.superman, superstar, super-rich, supercooling などの例があり,それ以前の同接頭辞による派生語 supersede, superimpose などと異なり,本来語に由来する基体に付加されるのが特徴である.このブームは現在そして今後も続いていくと思われ,特に giga-, nano- などの接頭辞による派生語が増えてくる可能性がある.
headless compound は exocentric compound とも呼ばれ,pickpocket, sell-out などのように複合語全体を代表する主要部 ( head ) がない類の複合語のことである. sell-out, write-off, call-up, take-over, breakdown など「動詞+副詞」のタイプは対応する句動詞が存在するのが普通だが,そうでないタイプもあり,後者のうち -in をもつ複合語が1960年代ににわかに流行したという.sit-in, talk-in, love-in, think-in のタイプである.
いずれの流行も,近代英語期以降の語形成の一般的な潮流に反しているのが特徴である.ラテン語やギリシャ語の接頭辞は同語源の基体に付加され,その派生語は主に専門用語に限られてきたし,複合語も対応する句動詞が存在するのが通例だった.語形成の傾向にも大波と小波があるもののようである.
・ Carstairs-McCarthy, Andrew. An Introduction to English Morphology. Edinburgh: Edinburgh UP, 2002. 134.
他の様々な英語変種が伸張しているとはいえ,英語の二大変種としてアメリカ英語 ( AmE ) とイギリス英語 ( BrE ) があり,いまだ世界の英語使用や英語教育に大きな影響力を及ぼしていることは周知のとおりである.ところが,英米が取り囲んでいる大西洋の真ん中に「間大西洋変種の英語」 ( a Mid-Atlantic variety of English ) というものがある.
大西洋の真ん中に浮かぶ小島で話されている英語というわけではない.AmE とも BrE ともつかない英米の中間的な英語という意味で,言葉遊びを混じえた表現である.ヨーロッパの英語非母語話者によって用いられることが多く,その特徴は発音によく反映されている.例えば,Mid-Atlantic variety では語尾の r が,AmE ほど rhotic でなく BrE ほど non-rhotic でもない弱い /r/ で実現されるという.同様に,last や past などの母音が,AmE 的な /æ/ と BrE 的な /ɑ:/ との間で交替すると言われる ( see [2010-03-08-1] ).
Mid-Atlantic variety の発生にはいくつかの背景が関わっている.従来ヨーロッパでは,英語を学習したり使用したりする際に AmE か BrE のどちらかを意識的に選ぶということが行われてきた.しかし,lingua franca としての英語 ( ELF ) の役割が重要性を帯びてくると,ある特定の変種を絶対とする感覚は薄れてくる.AmE か BrE のどちらかにこだわるという態度が古いものとなってくると,明確にどちらともつかない Mid-Atlantic variety が生じてくるのは自然の成り行きだろう.
また,政治的な要因もあるだろう.EU など複数の公用語を設けている国際機関では,実質上の共通語として英語がもっとも幅を利かせていることは疑いようがないが,その上でピンポイントに BrE か AmE を選んでしまうと,言語的にイギリスかアメリカを優遇する形になり,それが政治的な優遇に結びつくという懸念があるようである.
ヨーロッパ人ではなくとも,英米変種の中間的な発音や表現を用いたり,交替させたりすることは頻繁に起こりうるのではないか.私自身,AmE を中心に英語を学習してきた経緯があるが,イギリスに留学するに及んで BrE にも慣れ親しんだ.結果として,英米ちゃんぽんの Mid-Atlantic Japanese variety なる何ともいえない英語変種を話していることに自分で気づくときがある.書き言葉でこそ英米変種のどちらかに統一するのがよいだろうという感覚は根強く残っているが,話し言葉ではしつこくどちらかを追求することはあまりない.区別を知っているに越したことはないが,実際的な使用ではこだわる必要がないのではないか.一英語学習者として Mid-Atlantic (Japanese?) variety の今後の発展に期待したい.
・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006. 233.
英語形態論の理論に bracketing paradox という問題がある.語を形態分析するときに,意味と形態の関係に不一致が生じるという問題である.形態分析に,樹形図 ( tree diagram ) やその簡易版としてのラベル付き角かっこ ( labelled bracketing ) が用いられることからこの名がついている.
unhappiness という語を考えよう.この形態分析は単純で,[[un-[happi-A]]A-ness]N ( unhappi-ness ) と分析される.語根の happi にまず un- が接頭辞付加され,その上で -ness が接尾辞付加されるという順番である.先に -ness を付加して,それから un- を付加するという分析 [un-[[happi-A]-ness]N]N ( un-happiness ) は不適切である.なぜならば,名詞に un- を接頭辞付加する例はきわめて少なく,一般的でないからである ( ex. unease, unrest, unconcern ) .
では,unhappiest はどうだろうか.unhappiness と同様の分析(左下図) [[un-[happi-A]]A-est]A ( unhappi-est ) で問題ないだろうか.確かに unhappiest は意味の上では unhappy の最上級を表すのであり,happiest の否定を表すわけではないので,unhappi-est という形態分析は意味分析とも一致しており申し分ないように見える.しかし,問題がある.最上級の接尾辞 -est は三音節の基体には付加することができないからである.三音節の形容詞の最上級は most を用いる迂言法が規則である.だが,だからといって代案(右下図)の [un-[[happi-A]-est]A]A ( un-happiest ) という形態分析を採用すると,意味分析との食い違いが生じてしまう.un- によって三音節になる形容詞については特例が働くということだろうか.理論的には悩ましい問題である.
・ Carstairs-McCarthy, Andrew. An Introduction to English Morphology. Edinburgh: Edinburgh UP, 2002. 134.
(後記 2010/06/23(Wed):Bracketing paradox の説明記事を Wikipedia と Lexicon of linguistics でみつけた.)
言語変化の典型的なパターンの一つに,文法化 ( grammaticalisation ) がある.『英語学要語辞典』によると文法化とは「言語変化の一種で,それ自体の語彙的意味をもつ語または句が文法関係を表す語や接辞 ( AFFIX ) などに変る現象をいう」とある.
日本語からの例を出せば,「もの」は本来は形のある物理的な存在としての「物体」が原義だが,「人生とはそんなものだ」の「もの」はある物体を指すわけではない.英訳すれば Such will be life. あるいは Life tends to be like that. ほどの意味であり,「もの」の原義は稀薄である.同様に,「ジョンという人」において「という」は本来は「言う」という実質的な意味をもつ動詞を用いた表現だが,本当に「言う」わけではない.単に「ジョン」と「人」を同格という文法関係で結ぶほどの役割である.本来的な「言う」の意味はここでは稀薄である.
英語の代表例としては while がある.古英語ではこの単語は「時間」を表す普通名詞だった.この意義は現代英語の for a while や It is worth while to see that movie. に現在も残っている.「時間」を表す普通名詞としての用法から,やがて接続詞の用法が発達する.While I was watching TV, my wife was cooking. における while は「時間」という名詞から「?の間に」という接続詞(より文法的とされる品詞の一つ)に変容している.「?の間に」ほどの意味であればまだ時間の観念が感じられるが,While I am stupid, my brother is clever. という場合の while には時間の観念は皆無である.ここでは対比を強調する,より文法的な機能を果たす接続詞として機能しているにすぎない.もともとの「時間」は遠く対比を表す文法機能にまで発展してしまったわけである.
本来の意味の稀薄化という事例は19世紀から論じられてきたが,これに grammaticalisation というラベルを貼ったのは Meillet (1912 [=1921, Vol. 1, p. 131]) である.Meillet は l'attribution du caractére grammatical à un mot jadis autonome 「以前自立的であった語に文法的性格が付与されること」と表現した.
文法化は一般に以下の三つの特徴をもつという.
(1) 文法化する要素は厳しく制限されている.例えば未来表現は,もっぱら意志・義務・目的地への運動を表す動詞構造から派生する.will, shall,be going to がその例である.
(2) 文法化は一方向に変化する.while の例に見られるように,命題的意味(「時間」)→談話的意味(「?の間に」)→表現的意味(「?と対比して」)へと発達するのが普通である.
(3) もとの意味を保持したままに新しい意味へ分岐する.例えば while は意味変化を経たのちにも,本来の「時間」は for a while などに残存している.
文法化の議論は近年さかんで,上記の特徴の反例が指摘されることもあるが,言語変化の典型的なパターンの一つであることは通言語的にも確かめられている.
・ 寺澤 芳雄(編)『英語学要語辞典』,研究社,2002年.298--99頁.
・ Meillet, Antoine. "L'évolution des formes grammaticales." Scientia 12 (1912). Rpt. in Linguistique historique et linguistique générale. Tome 1. Paris: Champion, 1921--36. Tome 2, Paris: Klincksieck.
言語変化,特に音声変化の原因を突き止めることは一般に難しい.[2010-06-07-1]の記事でみた New York City の /r/ の例は現代に起こっている変化であり,観察し得たがゆえに,社会言語学的な原因を突き止めることができた.しかし,古代に生じた音声変化については社会言語学的な文脈が判然としないことがほとんどで,まったくもってお手上げに近い.
とはいっても何らかの仮説を立てようとするのが研究者である.[2010-06-06-1]で紹介した Second Germanic Consonant Shift の原因に関して,Fennell (39) が substratum theory を引き合いに出している.substratum theory とは,征服などによってある地域に入り込んだ言語が,もともとその地に居住していた人々の言語(=基層言語 [ substratum ] )による影響を受けて変容するという仮説である.SGCS の例でいうと,もともと the Main, Rhine, Danube の地域に居住していたケルト民族が高地ゲルマン民族による征服を受けて高地ゲルマン語を習得したときに,基層言語であるケルト語の音声特徴を反映させたのではないかという.高地ゲルマン語の側からみれば,基層のケルト語の影響を受けて SGCS が始まったということになる.
SGCS に substratum の仮説を適用するというのは speculation 以外の何ものでもなく,検証することは不可能に近い.しかし,一般論としては substratum theory は強力であり,仮説としてであれば多くの古代の音声変化に適用されうるだろう.印欧祖語では後方にあったアクセントがゲルマン祖語で第一音節へと前方移動した変化や,グリムの法則を含む First Germanic Consonant Shift ([2009-08-08-1]) なども,基層言語からの影響ということは考えられうる.
古代の音声変化の原因は謎に包まれたままである.
・Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.
(後記 2010/06/26(Sat): Wikipedia に詳しい解説あり.)
本ブログでは英語の変種 ( varieties ) を取り上げる機会が多いが,変種とはそもそも捉えがたい存在である.Algeo によると,言語における変種はすべて虚構であり抽象化である.
ALL LINGUISTIC varieties are fictions. Because language is constantly changing, adapting to the circumstances of its use and the moods of its users, every instance of use is unique and different from every other. (3)
英語一つをとっても,国際的に広く用いられている英語 ( international English ) の変種を言語的に明確に定義することはできない.国際英語を特徴づけるおよその核があるということは誰しもがわかっている.しかし,国際英語全体にしろその核にしろ言語として刻一刻と揺れ動いているのであり,正確なスナップショットを捉えることは不可能である.同じことは,British English や London English といった地域変種,Old English や Middle English といった通時変種,学生英語や女性英語といった社会変種など,あらゆるレベルの変種についてもいえる.究極的には個人変種 ( idiolect ) ですら刻一刻と揺れ動いているのであり,正確なスナップショットを捉えることはできない ( see also [2009-12-11-1] ).
これが言語の現実であるから,言語を変種へ区切ろうとする営みはすべて抽象化の作業であり,結果として区切られた変種はすべて虚構である.だが,Algeo も言っているように,それは便利な ( useful ) な虚構である.変種に特定の名前をあてがい,それが言語的実在に対応するのだという仮定を立てない限り,もとより言語学は成り立たない.「言語」や「変種」といった用語を曖昧に用いることが許されるがゆえに,言語研究が可能になるのだから不思議である.言語学においても「変種」などの用語の定義はもちろん重要だが,定義というスナップショットでは捉えきれないものを相手にしているということは覚えておく必要がある.一つの視点として定義というスナップショットを利用すべき場面もあれば,定義にこだわらずにある用語を自由でルースに用いるべき場面もあるのだろう.
449年より前の段階の言語を English と呼ぶのは適切かどうか,Tok Pisin を English と呼ぶのは適切かどうか.このような問題は用語の問題に過ぎず,現実的には問われている文脈に応じて臨機応変に Yes か No と答えておけばいいのではないか.もっとも,一貫した態度を決めなければならない状況というのもあるのかもしれないが.
本記事は Algeo の "meditative" な論文を読んだ感想だが,つられて "meditative" な話になってしまった.
・ Algeo, John. "A Meditation of the Varieties of English." English Today 27 (July 1991): 3--6.
昨日の記事[2010-06-14-1]で,カメルーンで英語を巡って起こっている language shift を取りあげた.カメルーンで ENL 話者が徐々に増加するという傾向が続けば,同国は ESL 的な地域からより ENL 的な地域へと位置づけが変わることになるのかもしれない.一方,EFL 地域から ESL 地域へと位置づけが変わりつつある国については[2009-06-23-1]で列挙した.
[2009-11-30-1]や[2009-10-17-1]で導入した ENL, ESL, EFL という英語話者の同心円モデルはあくまで静的であるが,カメルーンを含めたこうした国々の言語事情をみていると,実際にはもっと動的なモデルが必要であることがわかる.この問題意識から,Graddol (10) は三つの円を部分的に重ね合わせた動的な英語話者モデルを新たに提案した.
このモデルの要点は二つある.一つは,language shift の現実が反映されているということだ.EFL から L2 ( ESL ) への乗り換えのほうが,L2 ( ESL ) から L1 ( ENL ) への乗り換えよりも数が大きいことが移行線の太さで示唆されている.もう一つは,L2 speakers が今後の英語話者の中核を担う層になってゆくことを暗示している点だ.L2 speakers は EFL 話者から language shift による大量の移行を受け,内部でも India, Pakistan, Bangladesh, Nigeria, the Philippines など人口増加率の大きい国を擁しているために ([2010-05-07-1]),規模と影響力において英語話者全体のなかで中心的な役割を果たすことになる可能性がある.このことは,L2 speakers が三つの円のなかで中央に位置づけられていることにより表されている.
Graddol のモデルは,少なくとも21世紀前半の英語話者のトレンドを表すものとして有効だと思われる.
・ Graddol, David. The Future of English? The British Council, 1997. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-futureofenglish.htm.
昨日の記事[2010-06-13-1]に続き,カメルーンの英語の話題.昨日も触れたが,現在のカメルーンでは標準的なイギリス英語 Educated English ( EdE ) はエリートと結びついており,対照的に Cameroon Pidgin English ( PE ) は社会的地位が相対的に低くなっている.PE は国内で広く長く使われてきた歴史があり,本来は社会言語学的にも無色透明に近いはずだが,公用語として採用された EdE との対比により「色」がついてきた.
他言語社会カメルーンの人々は多くが multilingual だが,どの言語を母語とするか,どの順序で複数の言語を習得するかについては都市部と地方部でかなりの揺れがある.特に近年は,都市部で現地の言語や PE ではなく EdE を母語として(第二言語としてではなく)教える親が増えているという.日本でも,将来性を見込んで我が子に英語の早期教育を,という状況は普通に見られるようになってきているが,まさか日本語をさしおいて英語を母語として教えるというケースはないだろう.以下は,カメルーンの諸都市で EdE と PE を第一言語としている子供の比率の通時的変化を示した表である ( Jenkins 176-77 ).20年ほどの間に,EdE を母語とする子供の比率が伸び出してきたのが分かる.
City | EdE (%) | PE (%) | ||
1977-78 | 1998? | 1977-78 | 1998? | |
Bamenda | 1 | 3.5 | 22 | 24 |
Mamfe | 0 | 1 | 25 | 25 |
Kumba | 1 | 3 | 19 | 22 |
Buea | 7 | 13 | 26 | 28 |
Limbe | 4 | 9 | 31 | 30 |
明日は FIFA World Cup の日本対カメルーン戦の試合日ということで,カメルーンの英語事情について.カメルーン共和国 ( Republic of Cameroon ) はアフリカ大陸の様々な特質を一つの国の中にもち,ミニ・アフリカと呼ばれる.[2010-06-02-1]の記事で掲載したが,民族や言語の多様性も著しく,言語の多様性指数 ( diversity index ) で世界第7位,実に279もの言語が国内に行われている.植民地の歴史により英語とフランス語が公用語だが,国民の70%以上が英語ベースのピジン語である Cameroon Pidgin English (PE) を話すとされ,潜在的には多民族を一つにまとめる役割を果たしうる.
カメルーンにおけるピジン英語 PE の歴史は,1400年にまで遡りうる.ポルトガルの商船がイングランドの使用人を引き連れてカメルーン海岸を訪れた際に,英語ベースのピジン語の種が蒔かれたという.ちなみに,国名のカメルーンは土地の川に産するエビを指すポルトガル語 Camarões にちなんだものという.15世紀以降にヨーロッパ人がやってくるようになると,交易やキリスト教の布教において初期にはポルトガルやオランダの影響が強かったが,後にイギリスやドイツが取って代わった.1844年にバプテスト宣教師が英語学校を設立してイギリス標準英語が入ってくることになるが,それまでは PE が支配的であった.PE はピジン英語とはいっても,長い年月の間に周辺のアフリカの言語の影響を大いに受けて独自の発展を遂げており,宣教師は PE を外国語として学ぶ必要があったほどである.
1884年,イギリスの影響力が圧倒的だったにもかかわらず,ドイツがカメルーンの領土権を主張した.ドイツによる併合と搾取の時代を経て,カメルーンは第一次世界大戦後にイギリスとフランスの統治時代に移る.イギリスが西側 1/5 の地域を,フランスが東側 4/5 の地域を支配し,後の国内分裂の原因を作った.第二次世界大戦後,東西統合の大きな問題を部分的に残しつつ1960年にカメルーン共和国として独立を達成した.
植民地の歴史は複雑だが,それ以前から数世紀ものあいだ非公式に用いられていた交易の言語たる PE が現在でも国民に広く通用するという事実が興味深い.しかし,Jenkins が論じているところによると,英語が公用語として採用されるようになるに及び,その反動として PE の社会的地位が相対的に低くなってきているという.広く通用するにもかかわらず社会的な stigmatisation が増してきているというのは,カメルーンのような多言語国での国内コミュニケーションの効率を考えれば損失以外の何ものでもない.しかし,そこには「エリートの英語,下層民の PE 」という社会言語学的な二分化があらがいがたく反映されているのだという.「あなたにとって英語とは?」という問いは,カメルーン国民と日本国民にとって,相当に異なる問いとして受け止められることだろう.[2010-01-19-1] の記事で触れた問題点を改めて考えさせられる.
カメルーンの諸言語については,Ethnologue の Language of Cameroon も参照.
・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. 2nd ed. London: Routledge, 2009. 176--83.
昨日の記事[2010-06-11-1]で再建の具体例を見た.再建する際の最初の作業は複数の言語から 同根語 ( cognate ) を取り出すことである.しかし,言語 A の形態 a と言語 B の形態 b が同根語の関係であることはどうしたらわかるのだろうか.昨日の snoru の例で分かるとおり,同根語どうしは形態が「それなりに」に似ており,意味も「ほぼ」同じであることから,形態と意味の両方が常識的に十分似ていれば同根語とみなしてよさそうだと考えられるかもしれない.
しかし,重大な落とし穴がある.借用語である.語の借用は系統的に無関係な言語間でもいくらでも起こりうる.例えば,英語と日本語は系統的に縁もゆかりもない言語だが,英語 rice とそれを借用した日本語「ライス」は形態も意味も当然ながら似ている.この場合には,両言語が縁もゆかりもないことがたまたま先に分かっているので,rice と「ライス」を同根語であると認定することが無意味であることは自明である.しかし,古代の言語などで前もって背景がよく分かっていないケースでは,借用語の罠にはまってしまう可能性がある.では,形態も意味も似ている一対の語どうしが,同根語の関係なのか借用の関係なのかを見極めるにはどうすればよいのだろうか.絶対的な判断基準はないが,ガイドラインはあるので示しておく.
(1) その語が基本語彙であれば借用語ではなく同根語の関係である可能性が高い.ありふれた事物(体の部位,親族名称,人の行為,自然現象,動植物,色,数,宗教など),基本的な動作,機能語(代名詞,指示詞,接続詞など)といった "core vocabulary" ( see [2009-11-15-1] ) は比較的,言語間で借用されにくいといわれるからである.ただしあくまで「比較的」であり,日本語の「一」「二」「三」などの数詞や,英語の uncle, aunt, nephew, niece, cousin などの親族名称は,みごとにそれぞれ中国語,フランス語からの借用語である.
(2) 形態が酷似している場合は,借用を疑うべきである.同根語は,それぞれの言語で独立した音変化を経ているので「適度に」似ている程度のことが多い.rice と「ライス」のように形態があまりに似ている場合には,同根であるかどうかはかえって疑わしい.
(3) 言語接触の歴史や事物伝来の経緯が分かっていれば,借用語である可能性を積極的に指摘できる場合がある.例えば,トマトは南米原産で大航海時代にヨーロッパへ伝来したことが分かっているので,それを表す tomato という英単語がアメリカ原住民の言語からの借用語であることは間違いない.
(4) その語の初出年が分かっており,それが比較的遅い時期であれば,その語は借用語である可能性が高い.本来語であればその言語の最初期から存在しているはずである.ただし初出年は文書に現れた年代を表すにすぎないので,話し言葉ではもっと前から用いられていたという可能性は排除できない.
・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006. 105--06.
比較言語学や語源学で用いられる再建 ( reconstruction ) の手法は,印欧祖語の復元に全力を注いだ19世紀の言語学者たちによって洗練されてきた合理的な手順である.有名な「音韻法則に例外なし」という原則に基づいて印欧諸語に現存する様々な言語証拠を比較し,系統図の穴を埋めてゆく手順には,考古学的な解明に似た一種のロマンが付随する.しかし実際のところ再建には難題がつきもので,素人が手を出せるような分野ではない.今回は,一つの語を例にとり再建の入り口を覗いてみたい.例と説明は Watkins によるものである.
取り上げる語は古英語の snoru 「義理の娘,嫁」である.この語は古英語に限らず印欧諸語に現れ,印欧祖語に遡ると考えられるが,印欧祖語ではどのような音形式をとっていたのだろうか.これを再建の手法によって復元してみたい.いくつかの言語に現れる snoru の対応語(これらを cognates と呼ぶ)を一覧してみよう.
Sanskrit, OE, OCS では sn- で始まっているが,Latin, Greek, Armenian, Albanian では n- で始まっている.他の多くの語でも同様の分布が確認されるので,印欧祖語 ( IE ) では *sn- だったのではないかと推測される.後者4言語では IE の語頭の s が消失したものと思われる.
次に第一音節の母音に関しては,OE を含むゲルマン語派ではこのような位置で u が o に変化したことが他の例からもわかっており,IE では *u だったことが確信をもって推測される.
次の子音は,IE *s を仮定すると都合がよい.他例から OE や Latin で s が r へ変化したことが知られており,OCS で s が kh へ変化したことが知られているからである.同様に,Greek, Armenian では母音に挟まれた s は消失したことも分かっており,すべてが説明される.
次に語末母音だが,この再建はやや難しい.Sanskrit, OE, OCS の形態からは他例より IE *ā が再建されうるが,一方で Latin, Greek, Armenian の形態からは IE *os が再建されうる.全体として IE *snusā を仮定するか *snusos を仮定するかの二者択一の問題が生じるが,Latin, Greek でこの語が女性名詞であるという事実が決め手となる.
Latin -us, Greek -os は通常は男性名詞語尾だが,実際には当該の語は女性名詞である.この予想に反する語尾と性の関係は,Latin や Greek で新たに生じた不規則性と考えるよりは,IE から受け継いだ特徴と考えるほうが合理的である.IE *snusos という女性名詞を仮定すると,Latin, Greek の形態と性に説明がつく.一方,Sanskrit, OE, OCS では -os は男性名詞と結びつく語尾であり,当該の語が女性名詞であることとの違和感から女性名詞特有の語尾 -ā で本来の -os を置き換えた,と考えればそれほど無理のない説明が可能である.
最後にアクセントの位置である.Sanskrit, OCS, Greek では後ろにアクセントが落ちることがわかっており,OE でも 上述の s から r への変化はその直後にアクセントが落ちるときのみに生じることが分かっている.したがって,最終的な IE 再建形は *snusós と仮定される.逆にいえば,この形態を仮定すれば,上記の各言語における形態がすべて無理なく説明される.
再建の一例に過ぎないが,諸言語の音変化やその音声学的な妥当性などを広く考慮してはじめて理論的な IE の形態が仮定されることがわかるだろう.
・ Watkins, Calvert, ed. The American Heritage Dictionary of Indo-European Roots. 2nd rev. ed. Boston: Houghton Mifflin, 2000. xiv--xvi.
現代世界で使用されている英語の変種をどのようにとらえ,どのように分類するかについては,これまでにも種々のモデルを紹介して考えてきた ( see model_of_englishes ).
今回は,ENL と ESL についてのみだが,イギリスによってどのように植民されたか,特にどのような人口構成で植民が行われたかに注目して英語変種の行われている地域を分類する方法を紹介する.Leith によると,イギリスによる植民地化には次の三つのタイプがあるという.
In the first type, exemplified by America and Australia, substantial settlement by first-language speakers of English displaced the precolonial population. In the second, typified by Nigeria, sparser colonial settlements maintained the precolonial population in subjection and allowed a proportion of them access to learning English as a second or additional language. There is yet a third type, exemplified by the Caribbean islands of Barbados and Jamaica. Here, a precolonial population was replaced by new labour from elsewhere, principally West Africa. (181--82)
この三分類は,イギリス出身植民者と先住民との関係という観点からの分け方で,理解しやすい.タイプ1は植民者がほぼ先住民を置き換えたという意味で displacement タイプと呼ぼう.タイプ2は,植民者は先住民を置き換えたのではなく,政治的に支配化におき,政治や教育などの制度 ( establishment ) を通じて英語を普及させたというタイプで,establishment タイプとでも呼べそうである.タイプ3は,植民者が西アフリカなどよその地域から労働力として奴隷を供給し,その奴隷たちが英語変種 ( pidgin や creole ) を習得して先住民とその言語を置き換えていったというタイプで,replacement タイプと呼べるかもしれない.
[2009-10-21-1]の (1a) のようにカリブ地域の英語国を指してアメリカやオーストラリアと同列に ENL 地域とみなす場合があるが,英語が根付くことになった歴史的経緯や人種の多様性を考慮したい文脈では,同列に並べるには違和感がある.このような場合に,イギリスによる植民地の設立と運営という観点からみた上記の三分類は役に立ちそうだ.
・ Leith, Dick. "English---Colonial to Post Colonial." Chapter 5 of English: History, Diversity and Change. Ed. David Graddol, Dick Leith and Joan Swann. London and New York: Routledge, 1996. 180--221.
昨日の記事[2010-06-08-1]では,17世紀のオランダ語に基づいて南アフリカで独自の発達をとげてきた Afrikaans を話題にした.南アでは Afrikaans と並んで英語も広く理解され,民族の壁を超えて国内コミュニケーションに供している.英語は,母語としては人口の1割ほどが使用するに過ぎないが,非母語としては人口の半分ほどが理解するといわれる.このように ENL と ESL が共存する興味深い国であることは,[2010-04-05-1]の記事でも取りあげた.
南アでの英語使用は19世紀初めにイギリスがオランダより the Cape を購入した時期に遡るが,本格的には1820年以降にイギリス人が大規模な移民を行うようになってからのことである.イギリス移民の最初期には,主に南東イングランドの田舎出身者が多く,かれらは Eastern Cape へ入った.このときの英語は諸言語との混交を経て,独特の変種を発達させた.これは Cape English と呼ばれる.
次の大規模移民は19世紀半ばに行われた.このときには社会階級の高い者が多く,Yorkshire や Lancashire など北イングランド諸州からの移民が多かった.かれらは Natal に住み着き,後に本国とも連絡を取り続けたため,この英語変種は威信のあるイギリス標準英語に近いままに保たれた.これは Natal English と呼ばれる.また,特定の地域に限定されず南アで広く聞かれる General South African English と呼ばれる変種も発達した.
上記の状況は,アメリカの変種の生まれた過程や現在の分布に似ている.主にイングランド西部からの植民者がアメリカ南部に Jamestown を設立してアメリカ南部方言の端緒を開き,主にイングランド東部からの植民者がアメリカ北東部を開拓して New England 方言の祖となった.一方,イングランド中部・北部やスコットランドなどからアメリカ中部に展開した植民者は,General American と呼ばれる地域色の薄いアメリカ英語変種の種を蒔いた.実際には移民の歴史はそう単純ではなく,いずれの変種も程度の差はあれ他変種との混交によって発展してきているが,移民元と移民先の変種に連続性があるという点では南アとアメリカの状況は比較される.実のところ,このような連続性は南アやアメリカのみならず,母語としての英語が移植された旧イギリス植民地では広く見られる現象である.
ちなみに,南アには上に挙げた英語三変種のほかに,独特な South African Indian English も聞かれる.1860年代以降,インド人が労働力として Natal に連れて来られ,後に独特な英語変種を話すようになったものである.
南アだけを見ても英語変種は少なくない.いわんや世界をや.
・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006. 112--15.
今月は FIFA World Cup の開催で South Africa が熱い.South Africa の英語使用については[2010-04-05-1]の記事で触れたが,今日は英語とも親戚関係にある Afrikaans を話題にする.
南アの言語構成は複雑である.1993年の憲法によると,実に11の言語が公用語として認定されている.Afrikaans, English, Ndebele, North Sotho, South Sotho, Swazi (Swati), Tsonga, Tswana, Venda, Xhosa, Zulu.このなかでも Afrikaans は英語と並んで,第一言語としても第二言語としても国内で広く影響力を保っている言語である.Afrikaans はゲルマン語派の系統図 ( [2009-10-26-1] ) にも組み込まれているとおり,英語とは広い意味で親戚関係にある.アフリカの南端でなぜヨーロッパに端を発する二つの西ゲルマン語が話されているかというと,オランダとイギリスによる植民地の歴史が背景にあるからである.1652年,オランダ東インド会社は南西端の喜望峰 ( the Cape of Good Hope ) に交易所を設けた.このときに当時のオランダ語 ( Dutch ) が持ちこまれ,現在おこなわれている Afrikaans ( 別名 Cape Dutch ) の種が蒔かれた.オランダ語の一変種として種が蒔かれた後は,ドイツやフランスからの移民,原住民の Khoisan,アフリカやアジアからの奴隷による使用により言語変化を経て,言語体系は非常に簡略化してきた.Afrikaans は文法カテゴリーとして格 ( case ) や性 ( gender ) を失なっており,この点で英語ともよく似ている.両言語とも,諸民族に揉まれるなかで簡略化を経てきたと言えるだろう.
Afrikaans についてはオランダ語との関係で,[2009-09-22-1]の記事でも少し触れているのでそちらも要参照.Ethnologue の Afrikaans の記述も参照.
car, hear などにみられる語尾の <r> が発音されるか ( rhotic ),発音されないか ( non-rhotic ) は,一般に英語の英米差と結びつけられることが多い.しかし,一般に non-rhotic とみなされるイギリス英語でも,ロンドンを中心とする南東部以外の方言では広く /r/ が聞かれるし,一般に rhotic とみなされるアメリカ英語でも,New England や Southern の方言では /r/ が発音されない.したがって,一般に言われている /r/ の英米差は,あくまでイギリス英語とアメリカ英語の標準的な変種を比べての話である.
New York City ( NYC ) も,20世紀前半にはアメリカ英語らしからぬ non-rhotic な地域であった.これは当時の諸記録や映画からも明らかである.しかし,以降,現在に至るまで,アメリカ英語の大半に歩調を合わせるかのごとく NYC でも /r/ が発音されるようになってきている.ここ数十年の間に一つの言語変化が起こってきたということになるが,この変化に注目し,社会言語学の先駆的な調査・研究を行ったのが University of Pennsylvania の William Labov だった.彼の研究は後の社会言語学のめざましい発展に貢献し,その独創的な手法は今なお人々の興味を引いてやまない.
20世紀後半の言語学者は NYC の人々が /r/ を発音したりしなかったりする事実には気づいていたが,その使い分けや分布はランダムであり,個々人の好みの問題にすぎないと考えていた.しかし,Labov はその分布はランダムではなく何らかの根拠があるはずだと考えた.そこで,社会階級によって分布が異なるのではないかという仮説を立て,それを検証すべく次のような調査を計画した.階級レベルの高い人々ほど /r/ を発音する傾向があり,低い人ほど /r/ を発音しない傾向があると仮定し,NYC にある客層の異なる三つの百貨店で販売員の発音を調査することにしたのである.というのは,別の研究で,販売員は主な客層の話し方に合わせて話す傾向があるとされていたので,販売員の発音は対応する客層の発音を代表しているはずだと考えたからである.
Labov は,高階級の Saks Fifth Avenue,中階級の Macy's,低階級の Klein's という百貨店をターゲットにした.いずれの百貨店も,一階は客で込み合っており商品も多く陳列されている庶民的なフロアだが,最上階は客が少なく商品もまばらで高級感のあるフロアとなっている.Labov はまず一階の販売員に,四階に売られていることがあらかじめわかっている商品を挙げて,○○の売場はどこですかと尋ねた.販売員の fourth floor という返答により,二つの /r/ の有無を確かめることができるというわけだ.さらに,Labov はその返答が聞こえなかったように装い,もう一度,今度はより意識された丁寧な発音をその販売員から引き出した.次に4階に上がり,ここは何階かと販売員に尋ねることで,再び /r/ の有無のデータを引き出した.このようにして多くのデータを集め,様々なパラメータで分析したところ,当初の予想通りの結果となった.
三つの百貨店を全体的に比べると,高階級の Saks で rhotic の率がもっとも高く,低階級の Klein's でもっとも低かった.また,各百貨店についてデータを見ると,一階よりも上層階での発音ほど /r/ を多く含んでいることがわかった.また Klein's については,聞き返した二度目の発音のほうが一度目よりも多く /r/ を含んでいることがわかった.結果として,NYC の話者は階級が高いほど,また意識して発音するほど rhotic であることが判明した.こうして,社会的な要因で rhotic か non-rhotic かが無意識のうちに使い分けられているということが明らかになったのである.
この調査の詳細は Labov の著書に詳しいが,上の要約は Aitchison (42--45) に拠った.
・ Labov, William. Sociolinguistic Patterns. Philadelphia: U of Pennsylvania P, 1972.
・ Aitchison, Jean. Language Change: Progress or Decay. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2001.
[2009-08-08-1]の記事で,グリムの法則 ( Grimm's Law ) を含む第一次ゲルマン子音推移 ( First Germanic Consonant Shift ) について触れた.印欧語族のなかでゲルマン語派を他の語派と区別する体系的な子音変化で,ゲルマン祖語において紀元前1000?400年あたりに生じたと考えられている. 第一次という名称があるということは第二次がある.今回は,西ゲルマン諸語 ( West Germanic ) の高地ゲルマン諸語 ( High Germanic ) に生じた第二次ゲルマン子音推移 ( Second Germanic Consonant Shift ) に触れたい.
ゲルマン語派の系統図 ([2009-10-26-1]) から分かるとおり,West Germanic は High Germanic と Low Germanic に分かれる.Second Germanic Consonant Shift (以下略して SGCS ) は High Germanic を Low Germanic と区別する体系的な子音変化で,6世紀から8世紀のあいだに生じたとされる.その効果は,例えば現代の標準ドイツ語である高地ドイツ語 ( High German ) に現れているが,英語には現れていないことになる.後に英語となる言語を話していた Angles, Saxons, Jutes はこの頃までにすでにドイツ北部の故地からブリテン島へ渡っており,英語は SGCS を受けることがなかったからである.別の見方をすれば,現代ドイツ語と現代英語の子音の一部は,SGCS を介して対応関係が見られるということになる.
SGCS の貫徹度は高地ドイツ方言によっても異なるが,標準ドイツ語は平均的とされ,比較には便がよい.SGCS では無声閉鎖音が無声摩擦音・破擦音へ,有声閉鎖音が無声閉鎖音へ,無声摩擦音が有声閉鎖音へとそれぞれ循環的に変化した.グリムの法則の説明に用いた循環図 ( [2009-08-08-1] の下図) でいえば,時計回りにもう一回りしたのに相当する.しかし,グリムの法則と異なり,各系列のすべての子音に生じたわけではない.現代英語と現代ドイツ語の対応語ペアを例としていくつか挙げながらまとめよう.
(1) 無声閉鎖音 → 無声摩擦音
・ /p/ > /pf/: carp/Karpfen, path/Phad, pepper/Pheffer, pound/Pfund
・ /p/ > /f/ <ff> (母音の後で): deep/tief, open/offen, ship/Schiff, sleep/shlafen
・ /t/ > /ts/ <z>: heart/Herz, smart/Schmerz, ten/zehn, tide/Zeit, to/Zu, tongue/Zunge, town/Zaun, two/zwei
・ /t/ > /s/ (母音の後で): better/besser, eat/essen, fetter/Fessel, great/gross, hate/Hass, water/Wasser, what/was
・ /k/ > /x/ <ch> (母音の後で): make/machen, book/Buch
(2) 有声閉鎖音 → 無声閉鎖音
・ /d/ > /t/: bride/Braut, daughter/Tochter, death/Tod, dream/Traum, middle/mittel
(3) 無声摩擦音 → 有声閉鎖音
・ /θ/ <th> > /d/: feather/Feder, north/Nord, thanks/Danke, that/das, thick/dick
SGCS は歴史時代に起こっているため,循環的な変化が drag chain によって進行したことがわかっている.ここから,歴史時代以前に起こった第一次子音ゲルマン子音推移もおそらく drag chain だったのではないかと推測することができる.
・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006. 141--42.
南米のギアナ ( The Guianas ) は,他の南米の国々がスペイン語かポルトガル語を公用語とするのに対して,言語的には特異である.ギアナは西から順にガイアナ ( Guyana ),スリナム ( Suriname ),仏領ギアナ ( French Guiana ) の3地域からなるが,それぞれ植民地の歴史に応じて英語,オランダ語,フランス語が公用語となっている.ガイアナについては[2010-05-17-1]の記事で南米唯一の英語国として紹介し,そのピジン語 ( pidgin ) にも触れたが,今日はガイアナの東の隣国スリナムの歴史と言語事情を簡単に紹介したい.
スリナムは1995年に共和国として独立した旧オランダ植民地で,旧名はオランダ領土ギアナ ( Dutch Guiana ) といった.海岸部の低地はオランダの堤防・干拓技術により拓かれたオランダ風の町並みが見られ,現在でも経済的にオランダとの連携は強い.漁業は近年のスリナムの産業の一つで,海岸で穫れるエビは日本にも輸出されている.
公用語はオランダ語だが,もともとはイギリス植民地として出発した歴史を背景に,イギリスの奴隷貿易時代に端を発する英語ベースのクレオール語 ( creole ) がいくつか話されている.その中でも Sranan ( Sranantonga or Taki-Taki ) というクレオール語は民族をまたいで国民の95%以上に理解されるので,国内コミュニケーションの主要な媒体となっている.英語そのものも広く用いられている.
この地域へは1651年にイギリス人が入植していたが,第2次英蘭戦争の結果,1667年にオランダ領となった.代わりにイギリスへ割譲されたのが,アメリカの Nieuw Amsterdam (現在の New York City )である.後から思えば,この領土交換はオランダにとって最大の損失だったといえるだろう.17世紀のイギリスとオランダは,北海の漁業権,海上貿易・海運,植民地支配を巡って反目していたが,この英蘭戦争の後,オランダの威信は衰退していった.
オランダ領ギアナでは黒人奴隷によってタバコ,コーヒー,カカオ,サトウキビが栽培されていたが,1863年の奴隷廃止令に伴い,農業が不況となった.そこで契約労働者として多数のインド人が呼ばれた.また,同じオランダ領であったインドネシアのジャワからも移民が続々と押しかけ,米も栽培されるようになった.結果として,アジア的な雰囲気の色濃い文化と民族構成になっている.国民の 1/3 強がインド系,さらに 1/3 ほどが黒人クレオール系というから,"a fruit salad rather than a melting pot" と表現されるのもうなずける.こうした民族構成のなかで,オランダ語の影響をうけつつも数世紀をかけて発達してきた古い英語ベースのピジン語 Sranan が果たしている役割は大きい.Sranan の雰囲気を示すとこんな感じである.
Mi sa gi(bi) yu tin sensi ( I shall give you ten cents )
Ethnologue の記述も参照.
・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006. 181--83.
現代英語の文法では,形容詞の比較級は,-er を接尾辞として付加する屈折 ( inflection ) か,more を前置する迂言 ( periphrasis ) かによって形成される.いずれを適用するかについては,例外はあるもののおよその傾向はある.一音節語は原則として屈折形をとり,それ以外の多音節語は原則として迂言形をとる.しかし,二音節語のうち語尾に -y, -ly, -er, -le などをもつものについては屈折形をとることが多いという.実際には両方法ともに可能な語も少なくない.
Kytö (123) によると,現代英語のこの傾向は16世紀の初めまでにおよそ確立したという.古英語期には散発的な迂言形の例を除いて,すべての形容詞において屈折形が原則だった.13世紀になるとラテン語の影響(おそらくはフランス語の影響よりも強い),そして強調の目的で自発的にも迂言形が生じてきて,中英語期を通じて拡大した.これは,総合 ( synthesis ) から 分析 ( analysis ) へ向かう英語の一般的な言語変化の流れに乗ったゆえとも考えられる.
しかし,後期中英語から初期近代英語の比較級(と最上級)の分布を Helsinki Corpus で調査した Kytö の研究によると,synthesis から analysis へという全体的な流れに反して,屈折形もかなり粘り強く残ってきたし,語群によってはむしろ復活・拡大してきたという.まとめとして,このように述べている.
The results indicate that while the comparison of adjectives first followed the tendency of English to favour analytic forms as against synthetic, it was the synthetic forms that finally took over during the period when the Present-day usage became established. (140)
流れに逆らっているように見える比較級形成の歴史はおもしろい.
・ Kytö, Merja. " 'The best and most excellentest way': The Rivalling Forms of Adjective Comparison in Late Middle and Early Modern English." Words: Proceedings of an International Symposium, Lund, 25--26 August 1995, Organized under the Auspices of the Royal Academy of Letters, History and Antiquities and Sponsored by the Foundation Natur och Kultur, Publishers. Ed. Jan Svartvik. Stockholm: Kungl. Vitterhets Historie och Antikvitets Akademien, 1996. 123--44.
[2010-05-28-1]の記事で米国の北部都市で起こっている短母音の体系的推移である Northern Cities Shift に触れた.NCS は非常に稀な短母音推移の例として英語史的な意義を付与されることがあるが,実のところ体系的な短母音推移は英語の他の変種でも起こっている.例えば Australian English ( AusE ), New Zealand English ( NZE ), South African English ( SAE ) の主要変種に共通して生じている短母音推移 ( Southern Hemisphere Shift ) が挙げられる.SHS では,以下のような連鎖的な推移 ( chain shift ) が認められる.
/æ/ -> /e/ -> /ɪ/ -> /i/ or /ə/
/ɪ/ が推移する先は,AusE では /i/,NZE では /ə/ になるという差異はあるが,全体として南半球としてまとめてよい程度に共通している.電話口で父親を出してくれと言われて父親に受話器を渡すとき,Here's Dad というところが He's dead の発音になってしまうので注意が必要である.
個人的な体験としては,しばらく New Zealand に滞在していたときに,bread が /brɪd/ あるいは /bri:d/ とすら発音されているのにとまどった.パンのことを言っているのだと気付くまでにしばらくかかった.また,滞在先にいた小学生に Sega のテレビゲームを一緒にやろうと誘われているのを cigar と聞き違えて,何か麻薬の誘いだろうかと驚いたこともある.
英語史上に有名な,長母音に生じた大母音推移 Great Vowel Shift ([2009-11-18-1]) の陰で,短母音系列の推移は目立たない.確かに長母音に比べると安定しているのは確かなようだが,標準的な変種から一歩離れてみてみると NCS や SHS の例がみられる.稀な単母音推移として NCS や SHS に付与される英語史上の意義というのも,どの変種を英語史の代表選手と考えるかによって価値が変わってくる相対的な意義であることを確認しておく必要があるだろう.
・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006. 108--09.
[2010-05-29-1], [2010-05-30-1]の記事に引き続き,Ethnologue からの話題.Table 6. Distribution of living languages by country は,世界の諸地域を言語多様性の高い順に並び替えたものである.言語の多様性指数 ( diversity index ) とは,その地域における言語の密度といってもよいが,その地域からランダムに二人を選び出したときにその二人が異なる母語をもつ確率として定義される.取り得る最大の値は1で,このとき同じ母語をもつ人は皆無ということになる.最小値は0で,このとき皆が同じ母語をもつということになる.例えば,日本の多様性指数は,対象となっている224地域のなかでも下から数えた方が早く,202位で 0.028 という値である.日本は言語的に非常に同質的な国であるといえる.
多様性指数のトップ10を見やすく抜き出してみよう.
Rank | Country | Diversity index | Living languages |
---|---|---|---|
1 | Papua New Guinea | 0.990 | 830 |
2 | Vanuatu | 0.974 | 114 |
3 | Solomon Islands | 0.967 | 71 |
4 | Central African Republic | 0.959 | 82 |
5 | Democratic Republic of the Congo | 0.948 | 217 |
6 | Tanzania | 0.947 | 129 |
7 | Cameroon | 0.946 | 279 |
8 | Chad | 0.944 | 133 |
9 | India | 0.940 | 445 |
10 | Mozambique | 0.932 | 53 |
Rank | Country | Diversity index | Living languages |
---|---|---|---|
1 | Papua New Guinea | 0.990 | 830 |
2 | Indonesia | 0.816 | 722 |
3 | Nigeria | 0.869 | 521 |
4 | India | 0.940 | 445 |
5 | United States | 0.319 | 364 |
6 | Mexico | 0.137 | 297 |
7 | China | 0.509 | 296 |
8 | Cameroon | 0.946 | 279 |
9 | Democratic Republic of the Congo | 0.948 | 217 |
10 | Australia | 0.124 | 207 |
先日,英語史の授業で,英語が古英語後期から中英語初期にかけての200年?300年ほどの短期間に総合的 ( synthetic ) な言語から分析的 ( analytic ) な言語へと言語タイプをほぼ180度転換させたことに触れた.英語の変化は,言語が変化するときにはいかに短期間で劇的に変化しうるかを示す好例である.この大変化の詳しい背景や原因 ( causation ) の仮説については授業で詳しく触れなかったので,なおさら不思議だと思う人が多かったようである.一方で,現代英語にも屈折の残滓がいろいろなところに化石的に見られることもあり,余計に英語の変化の不思議がかき立てられたのではないか.
ある学生のリアクション・ペーパーに,英語の大変化とそこから漏れ残ってきた屈折の残滓について,次のような感性豊かな比喩表現が用いられていた.
たったの200年足らずで,多くの人々が使う言語がこんなに大変化を起こすなんて,本当に驚いた.そして,三単現の s のように残ってしまったものは不便でも残り続けることが不思議だと思う.一度溶けるとどんな形にも変わり,固まると動きづらい温度によって形を変える鉄のようだと思った.言語にとっての温度は何なのだろう??
言語変化という鉄を溶かしたり固めたりする温度が何であるかを追究するのが,まさに歴史言語学 ( historical linguistics ) の究極の目的である.個々の言語変化の causation にしろ,言語変化一般の causation にしろ,決定的な要因を見つけ出すということはなかなか難しい.おそらくは多数の複雑な要因が融合してある言語変化が生じてくるのだろうと推測される.歴史的に起こった言語変化も,"the absolute cause" を突き止めることはできなくとも,"some conditioning factors" の見当をつけることくらいはできるだろう.
言語変化において温度の上げ下げを制御している factors はいったい何なのだろう.それにしてもいい喩えだなあ.この感性,ぜひ欲しい.
言語変化の causation については,[2009-12-21-1]の記事も参照.
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最終更新時間: 2024-11-16 09:58
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