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implicature - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2020-08-06 09:15

2019-04-12 Fri

#3637. 依頼を表わす Will you . . . ? の初例 (2) [oed][speech_act][politeness][interrogative][historical_pragmatics][pragmatics][implicature][auxiliary_verb][construction]

 [2019-04-07-1]の記事に引き続き,Will you . . . ? 依頼文の発生について.OED によると,この構文の初出は1300年以前の Vox & Wolf という動物寓話にあるとされる.Bennett and Smithers 版の The Fox and the Wolf より,問題の箇所 (l. 186) の前後の文脈 (ll. 171--97) を取り出してみよう.

'A!' quod þe wolf, 'gode ifere, 
Moni goed mel þou hauest me binome! 
Let me adoun to þe kome, 
And al Ich wole þe forȝeue.'175
'Ȝe!' quod þe vox, 'were þou isriue, 
And sunnen heuedest al forsake, 
And to klene lif itake, 
Ich wolde so bidde for þe 
Þat þou sholdest comen to me.'180
'To wom shuld Ich', þe wolf seide, 
'Ben iknowe of mine misdede?--- 
Her nis noþing aliue 
Þat me kouþe her nou sriue. 
Þou hauest ben ofte min ifere---185
Woltou nou mi srift ihere, 
And al mi liif I shal þe telle?' 
'Nay!' quod þe vox, 'I nelle.' 
'Neltou?' quod þe wolf, 'þin ore! 
Ich am afingret swiþe sore---190
Ich wot, toniȝt Ich worþe ded, 
Bote þou do me somne reed. 
For Cristes loue, be mi prest!' 
Þe wolf bey adoun his brest 
And gon to siken harde and stronge.195
'Woltou', quod þe vox, 'srift ounderfonge? 
Tel þine sunnen, on and on, 
Þat þer bileue neuer on.' 

 物語の流れはこうである.つるべ井戸に落ちてしまった狐が,井戸のそばを通りかかった知り合いの狼を呼び止めた.言葉巧みに狼をそそのかし,狼を井戸に落とし,自分は脱出しようと算段する.狼にこれまでの悪行について懺悔するよう説得すると,狼はその気になり,狐に懺悔を聞いて欲しいと願うようになる.そこで,Woltou nou mi srift ihere, / And al mi liif I shal þe telle? (ll. 168--69) という狼の発言になるわけだ.
 付近の文脈では全体として法助動詞が多用されており,狐と狼が掛け合いのなかで相手の意志や意図を確かめ合っているという印象を受ける.問題の箇所は,will を原義の意志の意味で取ると,「さあ,あなたには私の懺悔を聞こうという意志がありますか?そうであれば私は人生のすべてをあたなに告げましょう.」となる.しかし,ここでは文脈上明らかに狼は狐に懺悔を聞いてもらいたいと思っている.したがって,依頼の読みを取って「さあ,私の懺悔を聞いてくださいな.私は人生のすべてをあなたに告げましょう.」という解釈も可能となる.もとより相手の意志を問うことと依頼とは,意味論・語用論的には僅差であり,グラデーションをなしていると考えられるわけだから,ここでは両方の意味が共存しているととらえることもできる.
 しかし,直後の狐の返答は,依頼というよりは質問に答えるかのような Nay! . . . I nelle. である.現代英語でいえば Will you hear my shrift now? に対して No, I won't. と答えているようなものだ.少なくとも狐は,先の狼の発言を「懺悔を聞こうとする意志があるか?」という疑問と解釈(したふりを)し,その疑問に対して No と答えているのである.狼としては依頼のつもりで言ったのかもしれないが,相手には疑問と解釈されてしまったことになる.実際,狼はその答えに落胆するかのように,Neltou? (その意志がないというか?)と返している.
 もし狼の側に依頼の意味が込められていたとしても,その依頼という含意は,文脈に支えられて初めて現われる類いの特殊化された会話的含意 (particularized conversational implicature) であって,一般化された会話的含意 (generalized conversational implicature) ではないし,ましてや慣習的含意 (conventional implicature) でもないように思われる.今回の事例を Will you . . . ? 依頼文の初例とみなすことは相変わらず可能かもしれないが,慣習化された構文,あるいは独り立ちした表現とみなすには早すぎるだろう.

 ・ Bennett, J. A. W. and G. V. Smithers, eds. Early Middle English Verse and Prose. 2nd ed. Oxford: OUP, 1968.

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2019-04-07 Sun

#3632. 依頼を表わす Will you . . . ? の初例 [oed][speech_act][politeness][historical_pragmatics][pragmatics][implicature][construction][auxiliary_verb]

 現代英語には法助動詞 will を用いた依頼を表わす形式として,Will you do me a favor? などの表現がある.比較的親しい間柄で用いられることが多く,場合によっては Will you shut up? のようにややきつい命令となることもある.一方,公的な指示として Will you sign here, please? のようにも用いられ,ポライトネスの質や程度が状況に応じて変わるので,使いこなすのは意外と難しい.形式的には未来の意ともなり得るので,依頼の意図を明確にしたい場合には please を付すことも多い.
 この表現の起源は,2人称の意志を問う意志未来としての Will you . . . ? にあると考えられる.一方的に頼み事を押しつけるのではなく,あくまで相手の意志を尊重し,それを問うという体裁をとるので,その分柔らかく丁寧な言い方になるからだ.疑問文の外見をしていながら,実際に行なっているの依頼・命令・指示ということで,ポライトネスを考慮した典型的な間接発話行為 (indirect speech act) の事例といえる.
OED の will, v1. によると,I. The present tense will. のもとの6bに,依頼の用法が挙げられている.

b. In 2nd person, interrog., or in a subord. clause after beg or the like, expressing a request (usually courteous; with emphasis, impatient).

a1300 Vox & Wolf in W. C. Hazlitt Remains Early Pop. Poetry Eng. (1864) I. 64 Thou hauest ben ofte min i-fere, Woltou nou mi srift i-here?
a1400 Pistill of Susan 135 Wolt þou, ladi, for loue, on vre lay lerne?
1470--85 Malory Morte d'Arthur i. vi. 42 Sir said Ector vnto Arthur woll ye be my good and gracious lord when ye are kyng?
1592 R. Greene Philomela To Rdr. sig. A4 I..craue that you will beare with this fault.
1600 Shakespeare Henry V ii. i. 43 Will you shog off?
1608 Shakespeare King Lear vii. 313 On my knees I beg, That you'l vouchsafe me rayment, bed and food.
1720 A. Ramsay Young Laird & Edinb. Katy 1 O Katy wiltu gang wi' me, And leave the dinsome Town a while.
1823 Scott St. Ronan's Well III. iv. 96 I desire you will found nothing on an expression hastily used.
1878 T. Hardy Return of Native III. v. iii. 144 Oh, Oh, Oh,..Oh, will you have done!

 依頼表現としての Will you . . . ? が,依頼動詞の従属節内に現われる will から発達した可能性も確かに理論的にはありそうだが,OED の用例でいえば,従属節の例は4つめの1592年のものであり,時間の前後関係が逆のようにみえる.また,初例は1300年以前とかなり早い時期だが,おそらく表現として定着したのは近代英語に入ってからだろう.ただし,疑問ではなく依頼という語用論的な機能や含意 (implicature) がいつ一般化したといえるのかは,歴史語用論研究に常について回るたいへん微妙な問題であり,明確なことをいえるわけではない.関連して「#1976. 会話的含意とその他の様々な含意」 ([2014-09-24-1]),「#1984. 会話的含意と意味変化」 ([2014-10-02-1]) も参照.

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2018-08-21 Tue

#3403. presupposition の3つの特性 [presupposition][pragmatics][implicature]

 昨日の記事「#3402. presupposition trigger のタイプ」 ([2018-08-20-1]) で presupposition (前提)について取り上げたが,それにはとりわけ重要な特性が3つある.(1) constancy under negation, (2) defensibility or cancellability, (3) the projection problem である (Huang 67--75) .

 (1) constancy under negation

   文が否定されても,前提は無傷のままに残るという興味深い特性がある.昨日の記事の例でいえば,The king of France is bald. という文は,"There is a king of France" を前提とするが,同文を否定して The king of France isn't bald. としても前提は揺るがない.この重要な性質に基づいて,「前提」を改めて定義すると次のようになる.

An utterance of a sentence S presupposes a proposition p if and only if

     a. if S is true, then p is true
     b. if S is false, then p is still true

 (2) defeasibilty or cancellability

   前提には,背景となる想定,現実の知識,会話の含意 (conversational implicature),談話の文脈によっては無効となり得るという特性がある.例えば,John got an assistant professorship before he finished his Ph.D. では "John finished his Ph.D" の前提が成立するが,ほぼ同じ構文で John died before he finished his Ph.D. では同前提は成立しなくなる.死んだ後には何もできないという現実の知識があるからこそ,前提が否認されるのである.
   また,There is no king of France. Therefore the king of France isn't bald. では,第1文の存在により,第2文から通常生じるはずの "There is a king of France" という前提が成立しなくなる.
   ほかには,The president doesn't regret vetoing the bill (because in fact he never did so!) では,because 以下がない文では "The president vetoed the bill" が前提とされるが,because 以下を加えた文では,そこで明示的に前提が否定されることになる.
   発話動詞が使用される場合にも,前提が成立しないことがある.John said that Mary managed to speak with a broad Irish accent. では,"Mary managed to speak with a broad Irish accent" は前提とされない.

 (3) the projection problem

   単文が組み合わさって複文となるとき,単文によって生み出された前提は,複文においても投射 (projection) され,受け継がれるものと思われるかもしれない.確かにそのような場合も多いが,一方で (2) でも例をみたように,単文での前提が複文全体の趣旨と整合しない場合には,その前提が崩れることもある.どのようなケースで投射され,あるいは投射されないのかを公式化することは難しく,投射の問題は "the curse and the blessing of modern presupposition theory" とも呼ばれている.理論の構築が困難であることが "curse" であり,語用論的な発想をもってしなければ対処できないという点で,語用論の意味論からの独立性を支持するものとして "blessing" だというわけである.

 ・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.

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2018-02-18 Sun

#3219. 中英語に関する歴史語用論の話題 [me][pragmatics][historical_pragmatics][syntax][passive][grammaticalisation][invited_inference][implicature][subjunctive][auxiliary_verb][standardisation]

 古英語に関する歴史語用論の話題として,最近の2つの記事で触れた(cf. 「#3208. ポライトネスが稀薄だった古英語」 ([2018-02-07-1]),「#3211. 統語と談話構造」 ([2018-02-10-1])).およそ speech_act, politeness, discourse_analysis, information_structure に関する問題だった.今回は Traugott の概説にしたがって,中英語に関する歴史語用論の話題として,どのようなものがあるかを覗いてみたい.
 Traugott は,ハンドブックの冒頭で3つを指摘している (466) .

 (1) "the shift from information-structure-oriented word order in Old English to 'syntacticized' order in Middle English; this in tern led, at the end of the period, to new strategies for marking topic and focus in special ways."
 (2) "the development of auxiliary verbs in contexts where implied abstract temporal, modal, or aspectual meanings of certain concrete verbs became salient"
 (3) "the appearance of a large set of new discourse types, from romances to drama, scientific writings, and letters"

 (1) は語用論と統語論のインターフェースに関わる精緻な問題といってよい.古英語から中英語にかけて屈折が衰退し,語順が固定化していったことにより,以前は比較的自由な語順を利用して情報構造を整えるという方略をもっていたものが,今や語順に頼ることができなくなったために,別の手段に訴えかけなければならなくなったということである.例えば,後期中英語に,行為者を標示する by 句を伴う受動態の構文が発達してきたことは,このような情報構造上の要請に起因する部分があるかもしれない.もしこの仮説が受け入れられるのであれば,語用論的な要因こそがくだんの統語変化の引き金となったと言えることになろう.
 (2) も統語的な含みをもち,(1) と間接的に関連すると思われるが,主に本動詞から助動詞への発達(いわゆる典型的な文法化 (grammaticalisation) の事例)を説明するのに,文脈に助けられた含意 (implicature) や誘導推論 (invited_inference) などの道具立てをもってする研究を指す.中英語期には屈折の衰退による接続法・仮定法の衰退により,統語的な代替手段として法助動詞が発達するが,この発達にも語用論的なメカニズムが関与している可能性がある.
 (3) は新種の談話の出現である.時代が下るにつれ,以前の時代にはなかったジャンルやテキスト・タイプが現われてくることは中英語期に限った現象ではないが,中英語でも確かに新種が生み出された.Traugott はロマンス,演劇,科学的文章,手紙といったジャンルを指摘しているが,その他にもフランス語(およびラテン語)の影響を受けた,あるいは混合した多言語使用の散文や韻文なども挙げられるだろう.
 ほかに中英語後期には英語の書き言葉の標準化 (standardisation) も起こり始めており,誰がいつどこで標準変種を用いたのか,用いなかったのかといった社会語用論的な問題も議論の対象となるだろう.

 ・ Traugott, Elizabeth Closs. "Middle English: Pragmatics and Discourse" Chapter 30 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 466--80.

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2017-04-28 Fri

#2923. 左と右の周辺部 [pragmatics][grammaticalisation][syntax][subjectification][intersubjectification][implicature]

 近年,語用論では,「周辺部」 (periphery) 周辺の研究が注目されてきている.先月も青山学院大学の研究プロジェクトをベースとした周辺部に関する小野寺(編)の論考集『発話のはじめと終わり』が出版された(ご献本ありがとうございます).
 理論的導入となる第1章に「周辺部」の定義や研究史についての解説がある.作業上の定義を確認しておこう (9) .


 周辺部には最初の位置(すなわち左)と最後の位置(右)の2つがあることになるが,両者の間には働きの違いがあるのではないかと考えられている.先行研究によれば,「左と右の周辺部の言語形式の使用」として,次のような役割分担が仮説され得るという (25) .

左の周辺部 (LP)右の周辺部 (RP)
対話的 (dialogual)二者の視点的 (dialogic)
話順を取る/注意を引く (turn-taking/attention-getting)話順を(譲り,次の話順を)生み出す/終結を標示する (turn-yielding/end-marking)
前の談話につなげる (link to previous discourse)後続の談話を予測する (anticipation of forthcoming discourse)
返答を標示する (response-marking)返答を促す (response-inviting)
焦点化・話題化・フレーム化 (focalizing/topicalizing/framing)モーダル化 (modalizing)
主観的 (subjective)間主観的 (intersubjective)

 周辺部の問題は,語用論と統語論の接点をなすばかりでなく,文法化 (grammaticalisation),主観化 (subjectification),間主観化 (intersubjectification),慣習的含意 (conventional implicature) の形成など広く言語変化の事象にも関与する.今後の展開が楽しみな領域である.

 ・ 小野寺 典子(編) 『発話のはじめと終わり ―― 語用論的調整のなされる場所』 ひつじ書房,2017年.

Referrer (Inside): [2018-09-03-1]

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2017-01-20 Fri

#2825. 「トランプ話法」 [discourse_analysis][rhetoric][implicature]

 本日,いよいよ Donald John Trump が第45代アメリカ大統領に就任する(cf. 「#2656. 歴代アメリカ大統領と任期の一覧」 ([2016-08-04-1])).
 トランプ氏の話す英語については,選挙戦を通じて様々な評価がなされてきた.2日前の1月18日の読売新聞朝刊6面にも「トランプ話法」に関する記事があった.昨年3月の大統領候補者の話法研究によると,トランプ氏の文法は6年生レベルで,ヒラリー・クリントン氏は7年生レベルだったという.最近は plain spoken の英語が有権者に受けるということで,リンカーンやケネディの格調高い演説はすでに過去のものとなったかのようだ.
 認知言語学の大家 George Lakoff によると,トランプ大統領のツイッター上の発言を分析すると,誇張やすり替えを効果的に利用しつつ保守層を取り込んでいることが分かるという.論法という側面で言うと,(1) はなから決めつける,(2) 極端な物言い,(3) 論点のすり替え,(4) 観測気球を揚げる,という特徴が見られるという.これらのレトリックはもちろん意図的であり,国民もマスコミもその手に乗ってしまっていると分析する.(1) は,根拠のないことを前提として提示し,話を進める傾向があることを指す.(2) については,直接いわずとも,保守層には理解できる言い方をすることで示唆する,いわゆる implicature の戦略的利用に長けているという.(4) は,世論の反応を見極めるために「メキシコとの国境の壁を作った後にメキシコに弁済させる」などとぶち上げることなどが相当する.
 演説,討論,ツイッターでは registerstyle も異なり,それに応じてレトリックを含む言語戦略が異なってくるのは当然だが,ときにメディアを嫌う姿勢を示しながらも実はおおいに利用してきたトランプ氏の談話分析は,大統領就任以降も,ますます注目されていくことになるかもしれない.
 少々前のことになるが,2013年2月12日の The Guardian より,アメリカ大統領のスピーチレベルの変化に関して,The state of our union is . . . dumber: How the linguistic standard of the presidential address has declined のデータも参照.

Referrer (Inside): [2017-01-23-1]

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2015-04-14 Tue

#2178. 新グライス学派語用論の立場からみる意味の一般化と特殊化 [semantic_change][pragmatics][cooperative_principle][implicature][zipfs_law][information_theory][hyponymy]

 Grice の協調の原理 (cooperative_principle) と会話的含意 (implicature) について,「#1122. 協調の原理」 ([2012-05-23-1]),「#1133. 協調の原理の合理性」 ([2012-06-03-1]),「#1134. 協調の原理が破られるとき」 ([2012-06-04-1]),「#1976. 会話的含意とその他の様々な含意」 ([2014-09-24-1]),「#1984. 会話的含意と意味変化」 ([2014-10-02-1]) などの記事で話題にしてきた.Grice の理論は語用論に革命をもたらし,その後の研究の進展にも大きな影響を及ぼしたが,なかでも新グライス学派 (Neo-Gricean) による理論の発展は注目に値する.
 新グライス学派を牽引した Laurence R. Horn は,Grice の挙げた4つの公理 (Quality, Quantity, Relation, Manner) を2つの原理へと再編成した.Q[uantity]-principle と R[elation]-principle とである.両原理の定式化は,以下の通りである (Huang 38 より).

Horn's Q- and R-principles
a. The Q-principle
  Make your contribution sufficient;
  Say as much as you can (given the R-principle)
b. The R-principle
  Make your contribution necessary;
  Say no more than you must (given the Q-principle)

 Q-principle はより多くの情報を提供しようとする原理であり,R-principle はより少ない情報で済ませようとする原理である.この観点からは,会話の語用論とは両原理のせめぎ合いにほかならない.ここには言語使用における "most effective, least effort" の思想が反映されており,言語使用の経済的な原理であるジップの法則(Zipf's Law;cf. 「#1101. Zipf's law」 ([2012-05-02-1]))とも深く関係する.Huang (39--40) 曰く,

Viewing the Q- and R-principles as mere instantiations of Zipfian economy . . ., Horn explicitly identified the Q-principle ('a hearer-oriented economy for the maximization of informational content') with Zipf's Auditor's Economy (the Force of Diversification) and the R-principle ('a speaker-oriented economy for the minimization of linguistic form') with Zipf's Speaker's Economy (the Force of Unification).

 さて,意味変化の代表的な種類として,一般化 (generalization) と特殊化 (specialization) がある.それぞれの具体例は,「#473. 意味変化の典型的なパターン」 ([2010-08-13-1]),「#2060. 意味論の用語集にみる意味変化の分類」 ([2014-12-17-1]),「#2102. 英語史における意味の拡大と縮小の例」 ([2015-01-28-1]) で挙げた通りであり,繰り返さない.ここでは,意味の一般化と特殊化が,新グライス学派の語用論の立場から,それぞれ R-principle と Q-principle に対応するものしてとらえることができる点に注目したい.
 ある語が意味の一般化を経ると,それが使用される文脈は多くなるが,逆説的にその語の情報量は小さくなる.つまり,意味の一般化とは情報量が小さくなることである.すると,この過程は,必要最小限の情報を与えればよいとする R-principle,すなわち話し手の側の経済によって動機づけられているに違いない.
 一方で,ある語が意味の特殊化を経ると,それが使用される文脈は少なくなるが,逆説的にその語の情報量は大きくなる.つまり,意味の特殊化とは情報量が大きくなることである.すると,この過程は,できるだけ多くの情報を与えようとする Q-principle,すなわち聞き手の側の経済によって動機づけられているに違いない (Luján 293--95) .

 ・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.
 ・ Luján, Eugenio R. "Semantic Change." Chapter 16 of Continuum Companion to Historical Linguistics. Ed. Silvia Luraghi and Vit Bubenik. London: Continuum International, 2010. 286--310.

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2014-10-02 Thu

#1984. 会話的含意と意味変化 [semantic_change][pragmatics][implicature][polysemy][cooperative_principle][metonymy][metaphor]

 「#1976. 会話的含意とその他の様々な含意」 ([2014-09-24-1]) で,異なる種類の含意 (implicature) を整理した.このなかでも特に相互の区別が問題となるのは,Grice の particularized conversational implicature, generalized conversational implicature, conventional implicature の3種である.これらの含意は,この順序で形態との結びつきが強くなり,慣習化あるいはコード化の度合いが高くなる.
 ところで,これらの語用論的な含意と意味変化や多義化とは密接に結びついている.意味変化や多義化は,ある形態(ここでは語を例にとる)と結びつけられている既存の語義に,新しい語義が付け加わったり,古い語義が消失していく過程である.意味変化を構成する基本的な過程には2つある (Kearns 123) .

 (1) Fa > Fab: Form F with sense a acquires an additional sense b
 (2) Fab > Fb: Form F with senses a and b loses sense a

 (1) はある形態 F に結びつけられた語義 a に,新語義 b が加えられる過程,(2) はある形態 F に結びつけられた語義 ab から語義 a が失われる過程だ.(1) と (2) が継起すれば,結果として Fa から Fb へと語義が推移したことになる.特に重要なのは,新らしい語義が加わる (1) の過程である.いかにして,F と関連づけられた a の上に b が加わるのだろうか.
 ここで上記の種々の含意に参加してもらおう.particularized conversational implicature では,文字通りの意味 a をもとに,推論・計算によって含意,すなわち a とは異なる意味 b が導き出される.しかし,それは会話における単発の含意にすぎず,形態との結びつきは弱いため,定式化すれば F を伴わない「a > ab」という過程だろう.一方,conventional implicature は,形態と強く結びついた含意,もっといえば語にコード化された意味であるから,意味変化の観点からは,変化が完了した後の安定した状態,ここでは Fab という状態に対応する.では,この2つの間を取り持ち,意味変化の動的な過程,すなわち (1) で定式化された「Fa > Fab」の過程に対応するものは何だろうか.それは generalized conversational implicature である.generalized conversational implicature は,意味変化の過程の第1段階に関わる重要な種類の含意ということになる.
 会話的含意と意味変化の接点はほかにもある.例えば,意味変化の典型的なパターンである一般化 (generalisation) と特殊化 (specialisation) (cf. 「#473. 意味変化の典型的なパターン」 ([2010-08-13-1])) は,協調の原則 (cooperative principle) に基づく含意という観点から論じることができる.Grice を受けて協調の原則を発展させた新 Grice 派 (neo-Gricean) の Horn は,一般化は例外なく,そして特殊化も主として R[elation]-principle ("Make your contribution necessary.") によって説明されるという (Kearns 129--31) .
 Kearns は,implicature と metonymy や metaphor との関係についても論じている.そして,意味変化における implicature の役割の普遍性について,次のように締めくくっている.

. . . if implicature is construed broadly to subsume all the inferential processes available in language use, then most, perhaps all of the major types of semantic change can be attributed to implicature. Differentiating more finely, metaphor and metonymy (which are themselves not always readily distinguishable) produce the ambiguity or polysemy pattern of added meaning, in contrast to the merger pattern, which is commonly attributed to information-strengthening generalized conversational implicature . . . . On an alternative view, implicature (narrowly construed) and metonymy are grouped together in contrast to metaphor, on the grounds that the two former mechanisms are based on sense contiguity, while metaphor is based on sense comparison or analogy. (139)

 ・ Kearns, Kate. "Implicature and Language Change" Variation and Change. Ed. Mirjam Fried et al. Amsterdam: Benjamins, 2010. 123--40.

Referrer (Inside): [2019-04-07-1] [2015-04-14-1]

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2014-09-24 Wed

#1976. 会話的含意とその他の様々な含意 [pragmatics][implicature][cooperative_principle]

 語用論で話題とされる含意 (implicature) には様々なものがある.最もよく知られているのは Grice 流の会話的含意 (conversational implicature) だが,その位置づけは,他の種類の含意との関係において理解する必要がある.様々な種類の含意は,Levinson に拠った春木 (45) が以下のように整理している.

System of Implicature

 まず,発話 (utterance) は,意味論的に解釈される文字通りの意味 (what is said) と,語用論的に解釈される含意 (implicature) とに分かれる.含意は,大きく慣習的含意 (conventional implicature) とそれ以外に分かれる.Grice 以降,慣習的含意の有無については議論があるが,but のもつ対比や逆接の意味などが慣習的含意の典型とされる.John is rich but he is modest. という文における butand に置き換えても,命題の真理条件は影響を受けない.しかし,butand とでは文の意味は直感的に明らかに異なる.Grice は,but の使用によって生じる対比や逆接の意味は,but が語としてもっている(記号化している)慣習的含意によるものだと考えた.協調の原則 (cooperative principle) や会話の公準 (maxims of conversation) を経由しない,語に埋め込まれた含意である
 次に,非慣習的含意の下に,有名な会話的含意 (conversational implicature) が位置づけられるが,それと並んであまり知られていない非会話的含意 (non-conversational implicature) なるものがある.これは,Grice の協調の原則と会話の公準からは漏れるが,その他に認められる種々の公準 ("Be polite" であるとか,"aesthetic, social, or moral in character" などの特徴をもつもの)による含意のことである.
 さて,会話的含意の下には,特定の会話内で単発に生じる特殊化された会話的含意 (particularlized conversational implicature) と,より広く頻繁に観察される一般化された会話的含意 (generalized conversational implicature) が区別される.例えば,夫婦喧嘩で妻が I'm very happy to have married you. と言えば皮肉となるが,幸せな結婚10周年のお祝いでは皮肉とならない.これは,場合によって皮肉の含意が生まれるという意味で,一般化されたものではなく特殊化された会話的含意の例である.一方,I ate some of the apples on the table. などの数量表現を含む文において典型的に,一般化された会話的含意が観察される.この文は,論理的にはテーブルにあるすべてのリンゴを食べた場合にも発することができる.しかし,その場合,嘘とはいわずとも妙な感じがするのは,"some" というからには "all" ではないはずだという一般化された会話的含意が汲み取られるからである.このような数量表現に関する一般化された会話的含意は,特に尺度含意 (scalar implicature) と呼ばれる.

 (1) 取り消し可能性 (cancellability) .例えば,I ate some of the apples on the table. の直後に,In fact, I ate all of them. と付け加えて,上述の尺度含意を打ち消すことができる.
 (2) 発話内容からの分離不可能性 (non-detachability) .テストで0点を取った Jack に対して,You are a genius. は皮肉となるが,同じ文脈である限りにおいて You must win a Nobel prize. などの類義の文でもやはり皮肉となる.
 (3) 計算可能性 (calculability) .会話的含意は推論・計算であるから,時間や空間を越えて適用される.状況が同じであれば,推論・計算の過程も同じはずである.
 (4) 非慣習性 (non-conventionality) .会話的含意は,語に慣習的にエンコードされているのではなく,あくまで推論によって導かれるものである.
 (5) 伝達後明示可能性 (reinforceability) .The soup is warm. は尺度含意により "not hot" を含意するが,その後に付け加えて The soup is warm, not hot. としても冗長さは感じられない.含意の内容を後から実際に発話によって示すことが許容されるのである.
 (6) 普遍性 (universality) .言語を越えて,おそらく普遍的である.
 (7) 完全特定化不可能性 (not fully determinable) .推論・計算により生まれる含意なので,一意に特定することはできない.転義表現など,聴者だけでなく話者ですら含意を特定することができないケースもありうる.

 ・ 春木 茂宏 「会話における推論」 『語用論』(中島信夫(編)) 朝倉書店,2012年,33--52頁.

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2012-06-04 Mon

#1134. 協調の原理が破られるとき [pragmatics][cooperative_principle][implicature][rhetoric]

 協調の原理 (the Cooperative Principle) について,[2012-05-23-1], [2012-06-03-1]の記事で取り上げてきた.談話の参加者が暗黙のうちに遵守しているとされるルールのことであるが,あくまで原則として守られるものとしてと捉えておく必要がある.原則であるから,ときには意識的あるいは無意識的に破られることもある.例えば,Grice (30) によれば,原理 (principle) あるいは公理 (maxims) は以下のような場合に破られることがある.適当な例を加えながら解説しよう.

 (1) 相手に知られずに公理を犯す場合.結果として,聞き手の誤解を招くことが多い.嘘をつくことがその典型である.嘘は,質の公理を犯すことによって,聞き手に誤ったメッセージを信じさせる行為である.嘘に限らず,誤解を生じさせることを目的とした意地悪な物言いなども,このタイプである.
 (2) 原理や公理から意図的に身を引く場合.質問に対して「その質問には答えません」と返したり,「ところで・・・」と話しをそらすようなケース.
 (3) ある公理に従うことで他の公理を犯すことになってしまう場合.「○○さんはどこに住んでいるんだろうね?」に対して,具体的な住所は知らずに「東北地方のどこか」と答えるようなケース.量の公理によれば,質問に対して必要なだけ詳しい回答を与えることが期待されるが,質の公理によれば,知らないものは口にすべきではないということになり,後者の遵守が前者の遵守を妨げる結果となる.
 (4) 公理をあえて無視し,それにより特定の含意 (implicature) を生み出す場合.[2012-05-23-1]の記事で挙げた,"How is that hamburger?" --- "A hamburger is a hamburger." のような例.別の例を挙げよう.

A: Smith doesn't have a girlfriend these days.
B: He has been paying a lot of visits to New York lately.

このやりとりで,B の発言は額面通りに取れば A の発言に呼応しておらず,関係の公理を犯しているかのようにみえる.しかし,B が対話から身を引いているようには思われない以上,B は A の発言に有意味な発言をしているにちがいない.B はあえて関係の公理を破り,そのことを A もわかっているはずだとの前提のもとに,A に言外の意味を推測するよう駆り立てているのである.「Smith はニューヨークに新しい彼女がいる」という含意 (implicature) が生まれるのは,このためである.公理の力を利用した裏技といえるだろう.皮肉や機知や各種の修辞的技法はこのタイプである.

 ・ Grice, Paul. "Logic and Conversation." Studies in the Way of Words. Cambridge, Mass.: Harvard UP, 1989. 22--40.

Referrer (Inside): [2015-04-14-1] [2013-10-31-1]

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2012-05-23 Wed

#1122. 協調の原理 [pragmatics][implicature][cooperative_principle][philosophy_of_language]

 協調の原理 (cooperative principle) とは,哲学者 H. Paul Grice (1912?--88) によって提案された会話分析の用語で,会話において正しく効果的な伝達を成り立たせるために,話し手と聞き手がともに暗黙のうちに守っているとされる一般原則を指す.会話の含意 (conversational implicature) ,すなわち言外の意味が,なぜ適切に理解されるのかという問題にも関わる原則で,近年の語用論の発展の大きな拠り所となっている.Huang (25) に掲載されている "Grice's theory of conversational implicature" を示す.

Grice's theory of conversational implicature

a. The co-operative principle
   Make your conversational contribution such as is required, at the state at which it occurs, by the accepted purpose or direction of the talk exchange in which you are engaged.
b. The maxims of conversation
   Quality: Try to make your contribution one that is true.
     (i) Do not say what you believe to be false.
     (ii) Do not say that for which you lack adequate evidence.
     (i) make your contribution as informative as is required (for the current purposes of the exchange).
     (ii) Do not make your contribution more informative than is required.
   Relation: Be relevant.
   Manner: Be perspicuous.
     (i) Avoid obscurity of expression.
     (ii) Avoid ambiguity.
     (iii) Be brief (avoid unnecessary prolixity).
     (iv) Be orderly.

 協調の原理は,4つの公理 (maxim) を履行することによって遵守されると言われる.その4つとは,質の公理,量の公理,関係の公理,様態の公理である.聞き手は,話し手が会話において協力的であること,上記の原則と公理を守っていることを前提として,話し手の発話を解釈する.例えば,話し手 A の "How is that hamburger?" という疑問に対して聞き手 B が "A hamburger is a hamburger." と答えたとする.B の発話はそれ自体では同語反復であり情報量はゼロだが,A は B が協調の原理を守っているとの前提のもとで B の言外の意味(会話の含意)を読み取ろうとする.協調の原理のもとでは,B は A の質問に対して relevant な答えを返しているはずであるから,A はその返答を「そのハンバーガーはごく平凡なハンバーガーであり,それ以上でも以下でもない」などと解釈することになる.この会話が有意味なものとして成り立つためには,B による会話の含意の読み取りが必要であり,読み取るに当たっては A が協力的であるという前提が必要である.この前提は事前に両者で申し合わせたものではなく,あくまで暗黙の了解であるから,これは会話の一般原則として仮定する必要がある,ということになる.

 ・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.

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