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phonaesthesia - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-07-16 06:47

2018-11-07 Wed

#3481. 日本語のガ行鼻濁音の奥深さ? [phonology][phoneme][phonaesthesia][language_myth][sociolinguistics][phonetics][consonant][nasal]

 11月2日の読売新聞朝刊に「鼻濁音 大人の奥深さ醸し出す」と題する記事が掲載されていた.ボサ・ノヴァ・アーティストの中村善郎氏による「もったいない語辞典」の記事である.

 〽夕焼け空がマッカッカ とんびがくるりと輪を描いた――.三橋美智也の「夕焼けとんび」で,子供の頃心に残った一節.「とんびが」の「が」が「ンガ」という感じに近く,見事な鼻濁音.その頃知識はなかったけれど,話し言葉と違い,歌の中では甘く丸く響く.それが綺麗だな,と思っていた.
 鼻濁音は鼻に抜くと云うか,僕の印象では鼻の奥を後ろに広げて響かせる.普通に発音すると浅くがさつで耳障りな濁音を,柔らかく奥行きのある音に.邦楽や昭和の歌謡曲などでは必須の鼻濁音だが,ほぼ姿を消した.鼻濁音が醸し出すのは一定の距離感を崩さない大人の佇まいと奥深さ.濁音は押し付けがましく幼い自己主張.時にはそれが可愛さにも繋がるが.普段着のままの濁音,居住まいを正す鼻濁音,そんな面もある気がする.
 ポルトガル語で歌うボサ・ノヴァは鼻音系を駆使する.ポル語自体の特徴であるがそれ以上に,生の感情を投げつけるような無粋さとは対極のあり方が,より美しい発音を求める…….ジョアン・ジルベルトを聴くとそんな風に思う.
 鼻音を駆使する事は身体の後ろにも声を広げ,身体全体を響かせる事を可能に.その場を埋め尽くす声.発信すると云うよりは場の空気を変える.そう云ったかつての表現にも学ぶことは多いと思う.


 距離を置く大人の /ŋ/ と押しつけがましい子供っぽい /g/ という対比がおもしろい.ガ行鼻濁音鼻濁音が「甘く丸く響く」というのも,不思議と共感できる.ガ行鼻濁音が喚起するポジティヴなイメージは,広く共有されるものかもしれない.
 音声学や音韻論の立場からいえば,もちろんガ行鼻濁音も1子音にすぎない.日本語(共通語)では /g/ の異音,英語では独立した音素という違いはあるが,各言語を構成する1音にすぎず,機能的には他の異音や音素と変わるところがない.そこに何らかのイメージが付随しているとすれば,上記のような聴覚心理的な音感覚性 (phonaesthesia) の問題か,あるいは社会音声学的な問題だろう.
 英語の /ŋ/ を社会音声学的な観点から扱った話題としては,-ing 語尾に関するものが知られている(「#1363. なぜ言語には男女差があるのか --- 女性=保守主義説」 ([2013-01-19-1]),「#1370. Norwich における -in(g) の文体的変異の調査」 ([2013-01-26-1]),「#1508. 英語における軟口蓋鼻音の音素化」 ([2013-06-13-1]),「#1764. -ing と -in' の社会的価値の逆転」 ([2014-02-24-1]) を参照).厳密には /ŋ/ 音そのものの問題というよりも,/ŋ/ 音を含む形態素の異形態の問題というべきだが,これらの記事を読んでもらえば分かるように,音に付随するイメージは,普遍的なものというよりも,多分に言語共同体に依存する社会的なものかもしれない.標題の「日本語のガ行鼻濁音の奥深さ」も,自然なものというよりも,社会的なものなのかもしれない.

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2018-06-01 Fri

#3322. Many a mickle makes a muckle [proverb][phonaesthesia][sound_symbolism][alliteration][folk_etymology]

 「塵も積もれば山となる」に対応する英語の諺について「#564. Many a little makes a mickle」 ([2010-11-12-1]) で取り上げた.強弱音節が繰り返される trochee の心地よいリズムの上に,語頭音として m が3度繰り返される頭韻 (alliteration) も関与しており,韻律的にも美しいフレーズである.
 この諺には標記の「崩れた」ヴァージョンがあり,そちらもよく聞かれるようだ.muckle は語源的には mickle の異なる方言形にすぎず,同義語といってよい.
「#1557. mickle, much の語根ネットワーク」 ([2013-08-01-1]) で述べたように,古英語の myċel と同根だが,中英語では方言によって第1母音と第2子音が様々に変異し,多くの異形態が確認される.大雑把にいえば,mickle は北部方言寄り,muckle は中部方言寄りととらえておいてよい(MEDmuchel (adj.) の異綴字を参照).
 だが,micklemuckle が同義語ということになると,標記のヴァージョンは「山も積もれば山となる」ということになり,諺として意味をなさない.これが有意義たり得るためには,micklelittle が同義語であると勘違いされていなければならない.そして,このヴァージョンは,実際にそのような誤解のもとに成り立っているに違いない.民間語源 (folk_etymology) の1例とみなせそうだ.
 しかし,この誤解なり勘違いに基づく民間語源は,なかなかよくできた例である.まず,結果的に正しいヴァージョンよりも1つ多くの頭韻を踏んでいることになり,リズム的には完璧に近い.さらに,mickle が「小」で muckle が「大」という理解(あるいは誤解)は,「#242. phonaesthesia と 遠近大小」 ([2009-12-25-1]) で触れたように,英語の音感覚性 (phonaesthesia) に対応している.英語には,前舌母音の /ɪ/ が小さなものを, 後舌母音の /ʊ/ (現在の /ʌ/ はこの後舌母音からの発達)が大きなものを象徴する例が少なくない.かくして,「崩れた」ヴァージョンは,英語話者の音象徴 (sound_symbolism) の直感にも適っているのである.こちらのヴァージョンは初例が1793年となっており,正しいヴァージョンの1250年(より前)と比べればずっと新しいものだが,今後も人気を上げていく可能性があるかも!?

Referrer (Inside): [2018-08-22-1]

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2017-05-15 Mon

#2940. ideophone [phonaesthesia][sound_symbolism][terminology]

 ideophone, ideophonic という言語事象がある.「表意音(の)」と訳されるが,あまり馴染みがなかったので調べてみた.OED によると,2つの語義がある.

Linguistics (a) a term used by A. J. Ellis (in contradistinction to ideograph) for a sound or group of sounds denoting an idea, i.e. a spoken word; (b) an onomatopoeic or sound-symbolic word, especially one belonging to particular classes in Bantu languages.


 1つ目は,ideograph (表意文字)に対応するもので,実際的には,音声上の有意味単位である形態素や語のことを指すのだろう.たいてい言語学で用いられるのは2つ目の語義においてであり,こちらは特にアフリカの諸言語にみられる擬音的で有意味な要素を指す.つまり,より知られている用語でいえば,音象徴 (sound_symbolism),音感覚性 (phonaesthesia),オノマトペ (onomatopoeia) といった現象と重なる.
 生産的な ideophone の存在は,多くの言語で確認される.例えば,アメリカ原住民によって話される Yuman 語群の Kiliwa 語では,n, l, r の3子音が,意味的な基準で,強度や規模の程度によって,交替するのだという.n が「小」,l が「中」,r が「大」に対応する.例えば,「小さな丸」は tyin,「中丸」は tyil,「大丸」は tyir と言い,「ぬるい」は pan,「熱い」は pal,「極度に熱い」は par を表わすという.
 同様に,Lakota (Siouan) 語 では種々の歯擦音の間で交替を示し,「一時的に荒れた表面」が waza で,「永久に荒れた表面」は waž, さらに荒れて「ねじられた,曲がった」は baxa で表わされるという.
 上の例では,音列と意味によって構成されるある種の「体系」が感じられ,各子音に何らかの「意味」が伴っていると評価してもよさそうに思われる.しかし,その「意味」は抽象的で,的確には定義しがたい.明確な意味を有さない「音素」よりは有意味だが,明確な意味を有する「形態素」よりは無意味であるという点で,構造言語学の隙を突くような単位とみなすことができるだろう.何とも名付けがたい単位だが,このような単位は,実は古今東西の言語にかなり普遍的に存在するだろうと思っている.
 方法論的な課題としては,このような話題が,構造言語学の枠内においては,実に曖昧な単位であるがゆえに扱いにくいということである.これを言語学として,まともに真面目に扱いうる良いアイディアはないものだろうか.
 関連して,「#1269. 言語学における音象徴の位置づけ」 ([2012-10-17-1]),「#2222. 言語学における音象徴の位置づけ (2)」 ([2015-05-28-1]),「#2605. 言語学における音象徴の位置づけ (3)」 ([2016-06-14-1]) などの記事を参照.

 ・ Campbell, Lyle and Mauricio J. Mixco, eds. A Glossary of Historical Linguistics. Salt Lake City: U of Utah P, 2007.

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2016-12-23 Fri

#2797. floccinaucinihilipilification [spelling][word_formation][latin][neo-latin][lexicology][phonaesthesia][sound_symbolism]

 最長の英単語について,「#63. 塵肺症は英語で最も重い病気?」 ([2009-06-30-1]),「#391. antidisestablishmentarianism 「反国教会廃止主義」」 ([2010-05-23-1]),「#392. antidisestablishmentarianism にみる英語のロマンス語化」 ([2010-05-24-1]) の記事で論じてきた.もう1つ,おどけた表現として用いられる標題の単語 floccinaucinihilipilification を知った.『ランダムハウス英語辞典』では「英語で最も長い単語の例として引き合いに出される」とある.
 OED の定義によると,"humorous. The action or habit of estimating as worthless." とある.「無価値とみなすこと,軽視癖」の意である.
 語源・形態的に解説すると,ラテン語 floccus は「羊毛のふさ」,naucum は「取るに足りないもの」,nihil は「無」,pilus は「一本の毛」を意味し,これらの「つまらないもの」の束に,他動詞を作る facere を付加して,それをさらに名詞化した語である.ラテン語の語形成規則に則って正しく作られている語だが,あくまで英語の内部での造語であるという点では,一種の英製羅語である(関連して「#1493. 和製英語ならぬ英製羅語」 ([2013-05-29-1]) も参照).
 OED によると,初出は1741年.以下に,2つほど例文を引用しよう.

1741 W. Shenstone Let. xxii, in Wks. (1777) III. 49, I loved him for nothing so much as his flocci-nauci-nihili-pili-fication of money.
1829 Scott Jrnl. 18 Mar. (1946) 39 They must be taken with an air of contempt, a floccipaucinihilipilification [sic, here and in two other places] of all that can gratify the outward man.


 なお,発音は /ˌflɒksɪnɔːsɪˌnɪhɪlɪˌpɪlɪfɪˈkeɪʃən/ となっている.12音節,27音素からなる長大な1単語である.12の母音音素のうち,8個までが前舌後母音 /ɪ/ であるということは,「#242. phonaesthesia と 遠近大小」 ([2009-12-25-1]) で論じた phonaesthesia を思い起こさせる.小さいもの,すなわち無価値なものは,音象徴の観点からは前舌後母音と相性がよい,ということかもしれない.

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2016-06-22 Wed

#2613. 言語学における音象徴の位置づけ (4) [phonaesthesia][sound_symbolism][word_formation][semantic_change][etymology][blend]

 標題の第4弾 (cf. [2012-10-17-1], [2015-05-28-1]),[2016-06-14-1]) .Samuels は,phonaesthesia という現象が,それ自身,言語変化の1種として重要であるだけではなく,別種の言語変化の過程にも関与しうると考えている.以下のように,形態や意味への関与,そして新語形成にも貢献するだろうと述べている (Samuels 48) .

   (a) a word changes in form because its existing meaning suggests the inclusion of a phonaestheme, or the substitution of a different one;
   (b) a word changes in meaning because its existing form fits the new meaning better, i.e. its form thereby gains in motivation;
   (c) a new word arises from a combination of both (a) and (b).


 (a) の具体例として Samuels の挙げているのが,drag, fag, flag, lag, nag, sag のように phonaestheme -ag /-ag/ をもつ語群である.このなかで flag, lag, sag については,知られている語源形はいずれも /g/ ではなく /k/ をもっている.これは歴史上のいずれかの段階で /k/ が /g/ に置換されたことを示唆するが,これは音変化の結果ではなく,当該の phonaestheme -ag の影響によるものだろう.広い意味では類推作用 (analogy) といってよいが,その類推基盤が音素より大きく形態素より小さい phonaestheme という単位の記号にある点が特異である.ほかに,強意を表わすのに子音を重ねる "expressive gemination" も,(a) のタイプに近い.
 (b) の例としては,cl- と br- をもついくつかの語の意味が,その phonaestheme のもつ含意(ぞれぞれ "clinging, coagulation" と "vehemence" ほど)に近づきつつ変化していったケースが紹介されている (Samuels 55--56).

 earlier meaninglater meaning
CLOGfasten wood to (1398)encumber by adhesion (1526)
CLASPfasten (1386), enfold (1447)grip by hand, clasp (1583)
BRAZENof brass (OE)impudent (1573)
BRISTLEstand up stiff (1480)become indignant (1549)
BROILburn (1375)get angry (1561)


 (c) の例としては,flurry の語源の考察がある (Samuels 62) .この単語は,おそらく hurry という語が基体となっており,語頭子音 h が phonaestheme fl- により置き換えられたのだろうと推察している.そうだとすると,これは広い意味で混成語 (blend) の一種と考えられ,smog, brunch, trudge などの例と並列にみることができる.
 上記の例のなかには,しばしば語源不詳とされるものも含まれているが,phonaesthesia を語形成や意味変化の原理として認めることにより,こうした語源問題が解決されるケースが少なくないのではないか.
 音素より大きく,形態素より小さい単位としての phonaestheme という考え方には関心をもっている.昨年9月に口頭発表した "From Paragogic Segments to a Stylistic Morpheme: A Functional Shift of Final /st/ in Function Words Such As Betwixt and Amongst (cf. 「#2325. ICOME9 に参加して気づいた学界の潮流など」 ([2015-09-08-1])) や,"Betwixt and Between: The Ebb and Flow of Their Historical Variants" と題する拙論で調査した betwixtamongst の /-st/ が,まさに phonaestheme ではないかと考えている.

 ・ Samuels, M. L. Linguistic Evolution with Special Reference to English. London: CUP, 1972.
 ・ Hotta, Ryuichi. "Betwixt and Between: The Ebb and Flow of Their Historical Variants." Journal of the Faculty of Letters: Language, Literature and Culture 114 (2014): 17--36.

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2016-06-14 Tue

#2605. 言語学における音象徴の位置づけ (3) [phonaesthesia][sound_symbolism][arbitrariness][homonymy]

 「#1269. 言語学における音象徴の位置づけ」 ([2012-10-17-1]),「#2222. 言語学における音象徴の位置づけ (2)」 ([2015-05-28-1]) に引き続いての話題.音感覚性 (phonaesthesia) やオノマトペ (onomatopoeia) を含む音象徴 (sound_symbolism) に対しては,多くの言語学者,とりわけ英語学者が関心を寄せてきた.
 しかし,この問題については批判も少なくない.特に phonaesthsia についてよく聞かれる批判は,うまく当てはまる例があると思えば,同じくらい例外も多いということだ.例えば,英語で前舌高母音が小さいものを表わすという音感覚性は,little には当てはまるが,big には当てはまらない.「#2222. 言語学における音象徴の位置づけ (2)」 ([2015-05-28-1]) で引用した Ullmann は,音と意味がうまく当てはまる場合には,それは立派な phonaesthesia となり,そうでない場合には phonaesthesia の効果が現われないと,トートロジーのようなことを述べているが,それが真実なのではないかと思う.英語の言語変化を理論的に論じた Samuels もこの問題について論考し,Ullmann のものと類似してはいるが,通時的な観点を含めたさらに一歩踏み込んだ議論を展開している.

The answer to such objections is that the validity of a phonaestheme is, in the first instance, contextual only: if it 'fits' the meaning of the word in which it occurs, the more its own meaning is strengthened; but if the phoneme or phonemes in question do not fit the meaning, then their occurrence in that context is of the common arbitrary type, and no question of correlation arises. (Samuels 46)


 ある語において音と意味のフィット感が文脈上偶然に現われると,原初の phonaestheme というべきものが生まれる.そのフィット感がその語1つだけでなく,ほかの語にもたまたま感じられると,フィット感は互いに強め合い,緩く類似した意味をもつ語へ次から次へと波及していく.そのような語が増えれば増えるほど,phonaesthesia の効果は大きくなり,その存在感も強くなる.これは,phonaesthesia の発生,成長,拡散という通時的な諸段階の記述にほかならない.続けて Samuels は,phonaestheme の homonymy という興味深い現象について指摘している.

Furthermore, just as a phonaestheme may or may not be significant, depending on its context, so it may have two or more separate values which are again contextually determined. It may often be possible to treat them as one, e.g. Firth classed all exponents of /sl-/ together as 'pejorative'; but, firstly, this entails a great loss of specificity, and secondly, it is clear from the historical evidence that we are dealing with two patterns that have in the main developed independently from separate roots containing the meanings 'strike' and 'sleep' in Germanic. It is therefore preferable to reckon in such cases with homonymous phonaesthemes; if connections subsequently develop that suggest their unity, this is no more than may happen with normal homonymy of free morphemes, as in the historically separate words ear (for hearing) and ear (of corn). (Samuels 46)


 共時的にそれと認められる phonaesthemes や phonaesthesia は,このような文脈上の偶然の発達の結果として認識されているのであって,歴史の過程で作られてきた語群であり感覚なのである.もとより,反例があると声高に指摘するのにふさわしいほど普遍的な性格をもつ現象ではないだろう.
 なお,後の引用に名前の挙がっている Firth は,phonaestheme という用語の発案者である (Firth, J. R. Speech (London, 1930) and The Tongues of Men (London, 1937), both reprinted in one volume, London, 1964. p. 184.) .

 ・ Samuels, M. L. Linguistic Evolution with Special Reference to English. London: CUP, 1972.

Referrer (Inside): [2017-05-15-1] [2016-06-22-1]

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2015-12-24 Thu

#2432. Bolinger の視覚的形態素 [writing][morpheme][grapheme][grammatology][homophony][polysemy][spelling][orthography][phonaesthesia][suffix][punctuation]

 昨日の記事「#2431. 書き言葉の自立性に関する Bolinger の議論」 ([2015-12-23-1]) で,Bolinger の視覚的形態素 (visual morpheme) という用語を出した.それによると,書記言語の一部には,音声言語を媒介しない直接的な表形態素性を示す事例があるという.Bolinger (335--38) は現代英語の正書法の綴字を題材として,いくつかの種類に分けて事例を紹介している.説明や例を,他からも補いながら解説しよう.

 (1) 同音異綴語 (homonyms) .例えば,"Sea is an ocean and si is a tone, as you can readily see." という言葉遊びに見られるような例だ.ここでは文脈のヒントが与えられているが,3語が単体で発音されれば区別がつかない.しかし,書記言語においては3者は明確に区別される.したがって,これらは目に見える形で区別される形態素と呼んでよい.おもしろいところでは,"The big clock tolled (told) the hour." や "The danger is safely passed (past)." のように,単語対の使い分けがほとんど意味の違いに結びつかないような例もある.

 (2) 綴字の意味発達 (semantic evolution of spellings) .本来的には同一の単語だが,綴字を異ならせることにより,意味・機能を若干違えるケースがある.let uslet'sgood andgood などがその例である.graygrey では,前者が She has lovely gray eyes. などのように肯定的に用いられる傾向があるのに対して,後者は It was a grey, gloomy day. などのように否定的に用いられるとも言われる.check/cheque, controller/comptroller, compliment/complement なども類例ととらえられるかもしれない.なお,Hall (17) は,この (2) の種類を綴字の "semantic representation" と呼んでおり,文学ジャンルとしての fantasy と幻想としての phantasy の違いや,Ye Olde Gifte Shoppe などにおける余剰的な final_e の効果に注目している (cf. 「#13. 英国のパブから ye が消えていくゆゆしき問題」 ([2009-05-11-2]),「#1428. ye = the」 ([2013-03-25-1])) .(1) と (2) の違いは,前者が homonymy で,後者が polysemy に対応すると考えればよいだろうか.

 (3) 群集 (constellations) .ある一定の綴字をもつ語群が,偶然に共有する意味をもつとき,その綴字と意味が結びつけられるような場合に生じる.例えば,行為者接尾辞 (agentive suffix, subject suffix) の -or は,adjustor, auditor, chancellor, editor, mortgagor, sailor, settlor, tailor などに示唆されるように,-er に比べて専門性や威信の高さを含意するようである (see 「#1748. -er or -or」 ([2014-02-08-1])) .また,接尾辞 -y と -ie では,後者のほうが指小辞 (diminutive) としての性格が強いように感じられる.このような事例から,音声言語における phonaesthesia の書記言語版として "graphaesthesia" なる術語を作ってもよいのではないか.

 (4) 視覚的な掛詞 (visual paronomasia) .視覚的な地口として,収税吏に宛てた手紙で City Haul であるとか,意図的な誤綴字として古めかしさを醸す The Compleat Military Expert など.「海賊複数の <z>」 ([2011-07-05-1]) や「#825. "pronunciation spelling"」 ([2011-07-31-1]) の例も参照.

 (5) 綴字ではなく句読点 (punctuation) を利用するものもある.the dog's mastersthe dogs' masters は互いに異なる意味を表わすし,the longest undiscovered veinthe longest-undiscovered vein も異なる.「#1772. greengrocer's apostrophe」 ([2014-03-04-1]) も,この種類に数えられるだろう.

 以上の "visual morpheme" は,いずれも書記言語にのみ与えられている機能である.

 ・ Bolinger. "Visual Morphemes." Language 22 (1946): 333--40.
 ・ Hall, Robert A., Jr. "A Theory of Graphemics." Acta Linguistica 8 (1960): 13--20.

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2015-05-28 Thu

#2222. 言語学における音象徴の位置づけ (2) [sound_symbolism][onomatopoeia][phonaesthesia][arbitrariness][history_of_linguistics]

 オノマトペ (onomatopoeia) や音感覚性 (phonaesthesia) といった音象徴 (sound_symbolism) の例は,言語記号の恣意性 (arbitrariness) の反例としてしばしば言及される.言語記号がしばしば恣意的でなく,自然の動機づけをもっているらしいことは,古くから議論されてきたし,信じられてもきた.古代ギリシアでは「#1315. analogist and anomalist controversy (1)」 ([2012-12-02-1]) と「#1316. analogist and anomalist controversy (2)」 ([2012-12-03-1]) でみたように,大きな論争となったし,古代日本では「#1876. 言霊信仰」 ([2014-06-16-1]) として信じられた.
 音象徴を擁護する言語学者は,現在でも跡を絶たない.本ブログでも,これまで「#242. phonaesthesia と 遠近大小」 ([2009-12-25-1]),「#243. phonaesthesia と 現在・過去」 ([2009-12-26-1]),「#800. you による ye の置換と phonaesthesia」 ([2011-07-06-1]),「#1269. 言語学における音象徴の位置づけ」 ([2012-10-17-1]) で事例を紹介したり,議論してきた通りである.一方で,このような議論に反対する者も少なくない.
 擁護派は常に分が悪い.たやすく例外がみつかるからだ.反対派は,頑張らずとも攻める材料が手に入る.しかし,事はそれほど単純ではないはずだ.現代の音象徴の擁護派は,言語のすべてが音象徴で説明できるなどとは主張しておらず,音象徴の事例が(たいてい思いのほか多く)あると主張するにとどまるからである.擁護派は最初から「例外」が大量にあることは暗黙裏に認めているのであり,反対派がそのような「例外」を持ち出してきたところであまり応えていないのである.かくして論争は平行線をたどり,生産的な議論に発展せず,尻すぼみで閉じることになる.古代ギリシアから続くパターンだ.
 この状況については,Ullmann (87) が妥当な見解を示している.

   The principle of harmony between sound and sense explains some apparent anomalies which have often perplexed students of onomatopoeia. It is, for instance, generally agreed that the vowel |i| is admirably adapted to convey an idea of smallness and is frequently found in adjectives and nouns of that meaning: little, wee, French petit, Hungarian kicsi; bit, tit, whit, jiffy and many more. Yet this tendency seems to be contradicted by the adjectives big and small, and also by such examples as German Riese 'giant' and Hungarian apró 'tiny'. The explanation is quite simple: where a sound happens to occur with a meaning to which it is naturally attuned, it will become onomatopoeic and will add its own expressive force to the sense by a kind of 'resonance' effect. Where there is no intrinsic harmony the sound will remain neutral, there will be no resonance, the word will be opaque and inexpressive.
   It has often been suggested that the vitality of words may be affected, among other things, by phonetic motivation The Latin word for 'small', parvus, for example, was ill fitted by its form to convey that meaning and was therefore replaced by more expressive rivals such as French petit, Italian piccolo, Rumanian mic, etc. This sounds plausible enough, but the undiminished vitality of English small, which must have suffered from the same handicap and has yet withstood the pressure of its more expressive synonym little, is a warning that too much importance should not be attached to such factors.


 音象徴の議論のもう1つの難しさは,ある音が自然に何らかの意味を喚起するか否かの感受性が個人によって異なるものであり,同じ個人でも環境や文脈によって異なるものであることだ.要するに,主観が入らざるを得ない.Ullmann (88--89) 曰く,

More than half a century ago, Maurice Grammont enunciated an important principle concerning onomatopoeia: 'Un mot n'est une onomatopée qu'à condition d'être senti comme tel.' This introduces a subjective element into the study of phonetic motivation. While there would be a fair measure of agreement on the more obvious types of onomatopoeia, such as imitative interjections, the more subtle and more interesting cases will often be a matter of personal opinion; their evaluation will depend on the speaker's sensitivity, his imagination, his cultural background, and other imponderables. It might be possible to devise some statistical method . . . to establish a kind of average reaction to specific words, but there would still be the influence of context to reckon with, and one may wonder whether the statistical net would be fine enough to catch these delicate and elusive phenomena.


 ・ Ullmann, Stephen. Semantics: An Introduction to the Science of Meaning. 1962. Barns & Noble, 1979.

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2012-10-17 Wed

#1269. 言語学における音象徴の位置づけ [sound_symbolism][onomatopoeia][phonaesthesia][arbitrariness][origin_of_language]

 音象徴 (sound_symbolism) と,その下位区分である onomatopoeia 及び phonaesthesia は,言語記号の恣意性を公理とするソシュール以降の言語学にとっては,周辺的な話題である.しかし,周辺的だからこそ関心を惹くという側面もあり,ことに日本語母語話者にとっては,日本語に擬音語・擬態語という現象があるだけに,余計に関心をそそられる.今回は,音象徴が言語学のなかで周辺的でありながらもある位置づけを保っているという点について考えてみたい.
 音象徴の投げかける最大の問題は,言語記号の恣意性 (arbitrariness) への反例という問題だ.Jespersen はとくとくとこの問題について論じているし,Bloomfield も,非常に慎重なやり方ではあるが,音象徴の意味作用や音象徴の型について紙面を割いている([2010-01-10-1]の記事「#258. 動きや音を示唆する phonaethesia」を参照).20世紀の後半以降も,##207,242,243 で見たように,Samuels や Smith などが音象徴に熱いまなざしを向けている.
 しかし,彼らの論考は,音象徴が「記号の随意性を拒否するというよりも,むしろ随意性をきわめて周辺的に制限するものである」(ムーナン,p. 87)との主張とも解釈することができ,結果的に言語記号の恣意性の原則が強調されているともいえる.音象徴の制限的な性格については,Jespersen も十分に認識しており,「《ある種の》語について[だけ]は音の響きのシンボル表現のようなものが存在する」,「音声的シンボル表現を最大限にまで利用している言語はない」,「この音声的シンボル表現がなりたつ領域は何か,どのような音の場合にそれがなりたつのか,それに答えるのが将来の言語学者の仕事だろう」と述べている(ムーナン,p. 88).Jespersen の議論においてすら,音象徴は周辺にとどまらざるをえなかったのだ.
 音象徴のもつ別の言語学的な意義は,言語の起源にかかわるものである.[2010-07-02-1]の記事「#431. 諸説紛々の言語の起源」で見たように,言語の起源を onomatopoeia に見いだそうとする説があるからだ.しかし,この方向で有意義な議論が発展するとは考えられず,やはり周辺にとどまらざるをえない.
 音象徴の今ひとつの意義は,アメリカの分布主義者たちによる言語単位の切り出しの手法に関連する.Bloomfield や Harris という手堅い研究者ですら,there, then, thither, this, that などの語群から th という音象徴的な単位を切り出せるのではないかという誘惑に駆られた([2010-01-11-1]の記事「#259. phonaesthesia異化」を参照).Harris は,glide, gleam などの例を挙げつつ,「たとえ gl- のような要素連続に形態素としての資格を認めるべきだと主張することが困難だとしても,gl- で始まる要素連続のうちに意味作用の部分的類似性をもつものがそれほど多いという事実を説明しないでほうっておくこともまた感心できない」と述べている(ムーナン,p. 208).
 上に挙げてきた,音象徴に関心を寄せる研究者がすべて英語学に基盤をもつ言語学者であることに注目すべきである.ムーナン (87, 209) の示唆するところによると,印欧諸語のなかでも,ゲルマン諸語,とりわけ英語はすぐれて音象徴の例が豊富らしいのだ.非英語系の言語学者が比較的この問題に冷静なのに対して,英語系の言語学者は概ね熱い.そして,擬音語・擬態語の豊富な日本語を母語とする英語研究者もまた,この問題に熱くなりがちということがあるのかもしれない.

 ・ ジョルジュ・ムーナン著,佐藤 信夫訳 『二十世紀の言語学』 白水社,2001年.

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2012-06-10 Sun

#1140. なぜ mamapapa なのか? (1) [phonetics][consonant][phonaesthesia]

 [2012-06-06-1]の記事「#1136. 異なる言語の間で類似した語がある場合」で,(3) 言語普遍性 (language universals) の1例として,「非常に多くの言語で,母親を表わす語に ma, ba, da, ta が現われるのも,偶然の一致とは考えられず,何らかの言語普遍性が関与しているとされる」と述べたが,なぜ言語を超えて普遍的なのかの合理的な説明には触れなかった.母親が mama で,父親が papa なのはなぜか.
 様々な説が提案されてきた.かつてよく唱えられたのは,英語の papamam(m)a や,ドイツ語,デンマーク語,イタリア語等々の対応語は,いずれもフランス語からの借用であるという説である.しかし,現代のヨーロッパの諸言語のみならず,古代ギリシア語にも,そして世界中の言語にも類例がみられることから,フランス語借用説を受け入れるわけにはいかない.確かに,特に17世紀にヨーロッパに広まっていたフランス文化の流行が,ヨーロッパの近隣の言語において papamam(m)a などの使用を促したということはあったかもしれない.しかし,これらの語の発生は,通言語的に独立したものであると考えるべきだろう (Jespersen, VIII. 8 (p. 159)) .
 また,父母を表わすそれぞれの語は,幼児による創出ではなく,他の語彙と同様に,世代から世代へと受け継がれているにすぎないとした研究者もいた.だが,Jespersen (VIII. 8 (p. 160)) も切り捨てているように,多くの言語で類似した子音をもつこれらの語が確認されることから,この説も受け入れがたい.
 では,papamama の独立発生を前提とすると,それはどのように合理的に説明されるだろうか.phonaesthesia の観点から,m 音節は求心的かつ情緒的であり,p 音節は遠心的かつ意志的であり,それぞれ母と父のイメージに適合するという説が唱えられたことがある.しかし,広く知られるようになったのは, Jespersen (VIII. 8 (p. 154)) の唱えるような,次の説である.

In the nurseries of all counties a little comedy has in all ages been played---the baby lies and babbles his 'mamama' or 'amama' or 'papapa' or 'apapa' or 'bababa' or 'ababab' without associating the slightest meaning with his mouth-games, and his grown-up friends, in their joy over the precocious child, assign to these syllables a rational sense, accustomed as they are themselves to the fact of an uttered sound having a content, a thought, an idea, corresponding to it.


 幼児が何気なく発したいまだ言語的意味をもたない音のつながりを,親が自分を指示しているものと勘違いする,という説である.幼児による言語習得の研究の知見からも支持される説であり説得力はあるが,半ば普遍的に母が /m/ で父が /p/ に対応するのはなぜなのか,その説明が与えられていない.

 ・ Jespersen, Otto. Language: Its Nature, Development, and Origin. 1922. London: Routledge, 2007.

Referrer (Inside): [2014-12-27-1] [2012-06-11-1]

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2012-06-09 Sat

#1139. 2項イディオムの順序を決める音声的な条件 (2) [phonetics][syllable][binomial][idiom][prosody][alliteration][phonaesthesia]

 昨日の記事[2012-06-08-1]に続いて,binomial (2項イディオム)の構成要素の順序と音声的条件の話題.昨日は「1音節語 and 第1音節に強勢のある2音節語」という構成の binomial が多く存在することを見た.この著しい傾向の背景には,強弱強弱のリズムに適合するということもあるが,Bolinger の指摘するように,「短い語 and 長い語」という一般的な順序にも符合するという要因がある.もっとも典型的な長短の差異は2要素の音節数の違いということだが,音節数が同じ(単音節の)場合には,長短の差異は音価の持続性や聞こえ度の違いとしてとらえることができる.Bolinger の表現でいえば,"openness and sonorousness" (40) の違いである.
 分節音を "open and sonorous" 度の高いほうから低いほうへと分類すると,(1) 母音,(2) 有声持続音,(3) 有声閉鎖音・破擦音,(4) 無声持続音,(5) 無声閉鎖音・破擦音,となる.この観点から「短い語 and 長い語」を言い換えれば,「openness and sonorousness の低い語 and 高い語」ということになろう.Bolinger (40--44) は,現実には存在しない語により binomial 形容詞をでっちあげ,構成要素の順序を替えて,英語母語話者の被験者にどちらが自然かを選ばせた."He lives in a plap and plam house." vs "He lives in a plam and plap house." のごとくである.結果は,統計的に必ずしも著しいものではなかったが,ある程度の傾向は見られたという.
 でっちあげた binomial による実験以上に興味深く感じたのは,p. 40 の注記に挙げられていた一連の頭韻表現である(関連して,[2011-11-26-1]の記事「#943. 頭韻の歴史と役割」を参照).flimflam, tick-tock, rick-rack, shilly-shally, mishmash, fiddle-faddle, riffraff, seesaw, knickknack. ここでは,2要素の並びは,それぞれの母音の聞こえ度が「低いもの+高いもの」の順序になっている.この順序については,phonaesthesia の観点から,心理的に「近いもの+遠いもの」とも説明できるかもしれない (see ##207,242,243) .
 音節数,リズム,聞こえ度,頭韻,phonaesthesia 等々,binomial という小宇宙には英語の音の不思議がたくさん詰まっているようだ.

 ・ Bolinger, D. L. "Binomials and Pitch Accent." Lingua (11): 34--44.

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2012-06-06 Wed

#1136. 異なる言語の間で類似した語がある場合 [comparative_linguistics][arbitrariness][onomatopoeia][phonaesthesia][sound_symbolism]

 ランダムに選んだ言語Aと言語Bの単語リストを見比べて,意味も形態も十分に似通った語があったとする.このような場合には,4つの可能性のいずれか,あるいは複数の組み合わせが想定される.Fortson (1--3) を参考に説明しよう.

 (1) 偶然の一致 (chance) .言語記号は恣意的 (arbitrary) であり,犬のことを「イヌ」と呼ぶ必然性もなければ,dog と呼ぶ必然性もない.したがって,2つの異なる言語で同じ(あるいは類似した)意味をもつ語が同じ(あるいは類似した)形態をもつ可能性は低いと考えられるが,ゼロではない.無数の単語の羅列を見比べれば,たまたま意味と形態が一致するような項目も2,3は見つかるだろう.よくあることではないが,偶然の一致という可能性を排除しきることはできない.
 (2) 借用 (borrowing) .言語Aが言語Bからその語を借用した,あるいはその逆の場合,当然ながら,借用されたその語の意味と形態は両言語で共有されることになる.日本語「コンピュータ」は英語 computer からの借用であり,意味と形態が(完全に同じではないとしても)似ていることはいうまでもない.
 (3) 言語普遍性 (language universals) .言語の恣意性の反例としてしばしば出される onomatopoeiaphonaesthesia を含む sound_symbolism の例.ある種の鳥は英語で cuckoo,フランス語で coucou,ドイツ語で Kuckuck,非印欧語である日本語で「カッコウ」である.非常に多くの言語で,母親を表わす語に ma, ba, da, ta が現われるのも,偶然の一致とは考えられず,何らかの言語普遍性が関与しているとされる.
 (4) 同系 (genetic relation) .(2), (3) の可能性が排除され,かつ言語間で多くの単語が共有されている場合,(1) の偶然の一致である可能性も限りなく低い.この場合に可能な唯一の説明は,それらの言語がかつては1つであったと仮定すること,言い換えれば互いに同系統であると仮定することである.

 比較言語学の再建 (reconstruction) の厳密な手続きによる同系証明は,理論上,(1), (2), (3) の可能性の否定の上に成り立っているということに注意したい.(1) と (3) には言語の恣意性 (arbitrariness) の問題がかかわっており,(2) と (4) の区別には,系統と影響の問題 (##369,371) がかかわっている.言語の同系証明とは,言語の本質に迫った上での真剣勝負なのである.

 ・ Fortson IV, Benjamin W. Indo-European Language and Culture: An Introduction. Malden, MA: Blackwell, 2004.

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2012-05-09 Wed

#1108. 言語記号の恣意性,有縁性,無縁性 [semantics][semantic_change][language_change][arbitrariness][sound_symbolism][phonaesthesia][onomatopoeia][saussure][sign][root_creation]

 ソシュール (Ferdinand de Saussure; 1857--1913) が言語の恣意性 (arbitrariness) を公準として唱えて以来,恣意性を巡る無数の論争が繰り返されてきた.例えば,恣意性の原理に反するものとして,オノマトペ (onomatopoeia) や音象徴 (sound_symbolism) がしばしば挙げられてきた.しかし,ギローは,これらの論争は不毛であり,規約性と有縁性という2つの異なる性質を区別すれば解決する問題だと主張した.
 ギロー (24--27) によれば,記号の本質として規約性があることは疑い得ない.記号の signifiant と signifié は,常に社会的な規約によって結びつけられている.規約による結合というと,「でたらめ」や「ランダム」のような恣意性を思い浮かべるかもしれないが,必ずしも有縁性を排除するわけではない.むしろ,「どんな語もみな語源的には有縁的である」 (25) .有縁的というときには,自然的有縁性と言語的有縁性を区別しておく必要がある.前者は自然界にきこえる音を言語音に写し取る onomatopoeia の類であり,後者は派生や複合などの形態的手段によって得られる相互関係(例えば,possibleimpossible の関係)である.まれな語根創成 (root_creation) の例を除いて,すべての語はいずれかの種類の有縁性によって生み出されるという事実は注目に値する.
 重要なのは,有縁性は限定的でもなければ被限定的でもなく,常に自由であるという点だ.限定的でないというのは,いったん定まった signifiant と signifié の対応は不変ではなく,自由に関係を解いてよいということである.被限定的でないというのは,比喩,派生,複合,イディオム化など,どんな方法を用いても,命名したり意味づけしたりできるということである.
 したがって,ほぼすべての語は様々な手段により有縁的に生み出され,そこで signifiant と signifié の対応が確定するが,確定した後には再び対応を変化させる自由を回復する.換言すれば,当初の有縁的な関係は時間とともに薄まり,忘れられ,ついには無縁的となるが,その無縁化した記号が出発点となって再び有縁化の道を歩み出す.有縁化とは意識的で非連続の個人の創作であり,無縁化とは無意識的で連続的な集団の伝播である (45) .有縁化と無縁化のあいだの永遠のサイクルは,意味論の本質にかかわる問題である.語の意味変化を有縁性という観点から図示すれば,以下のようになろう.

Guiraud's Arbitrariness from a Diachronic Point of View


 ギローにとって,ソシュールのいう恣意性とは,いつでも自由に有縁化・無縁化することができ,なおかつ常に規約的であるという記号の性質を指すものなのである.
 「#1056. 言語変化は人間による積極的な採用である」 ([2012-03-18-1]) や「#1069. フォスラー学派,新言語学派,柳田 --- 話者個人の心理を重んじる言語観」 ([2012-03-31-1]) の記事でみた柳田国男の言語変化論は,上のサイクルの有縁化の部分にとりわけ注目した論ということになるだろう.

 ・ ピエール・ギロー 著,佐藤 信夫 訳 『意味論』 白水社〈文庫クセジュ〉,1990年.

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2011-10-02 Sun

#888. 語根創成について一考 [word_formation][onomatopoeia][phonaesthesia][root_creation][origin_of_language]

 語形成の究極的な方法に語根創成 (root creation) がある.Algeo の新語ソースの分類基準によれば「etymon をもたない語形成」と定義づけられる.
 典型的な例として挙げられるものに,googol がある.「10を100乗した数;天文学的数字」を表わし,1940年に米国の数学者 Edward Kasner (1878--1955) が9歳の甥に造語してもらったものとされている.OED に造語の経緯を示す例文が掲載されている.

1940 Kasner & Newman Math. & Imagination i. 23 The name 'googol' was invented by a child (Dr. Kasner's nine-year-old nephew) who was asked to think up a name for a very big number, namely, 1 with a hundred zeros after it. . . At the same time that he suggested 'googol' he gave a name for a still larger number: 'Googolplex'. Ibid. 25 A googol is 10100; a googolplex is 10 to the googol power.


 別の有名な例は,商標 Kodak だ.Eastman Kodak Co. の創業者 George Eastman (1854--1932) の造語で,Strang (24--25) に詳細が記されている.
 語根創成は,数ある新語形成法のなかでは一般的でないどころか,例外といってよい.しかし,とりわけ個性的な名称を必要とする商標には語根創成が見られることは首肯できる.
 さて,語根創成は,いわば無からの創造と考えられるが,本当に「無」かどうかは不明である.語根創成は定義上 etymon をもたないが,参照点をまったくもたないということではない.Algeo の分類では,語根創成は音韻的な動機づけの有無により "onomatopoeia" (ex. miaow) と "arbitrary coinage" (ex. googol) に区別されているが,前者では自然界の音という参照点が一応存在する.音による参照ということでいえば phonaesthesia もそれと近い概念であり,"arbitrary coinage" とされている googol も,少年の頭の中では phonaesthetic な表象があった,淡い音韻的動機づけがあったという可能性は否定できないだろう.Kodak も音の印象を考えに考えての造語だったということなので,語根創成がどの程度「無からの創造」であるかは,不鮮明である.また,その不鮮明さは,単に語源的な情報や知識が不足しているがゆえかもしれない.語源学者の知見の及ばないところに,実は etymon があったという可能性は常にある (Algeo 124) .
 語根創成は,当然のことながら,言語の起源とも密接に関わる問題だ([2010-07-02-1]の記事「#431. 諸説紛々の言語の起源」を参照).言語が生まれた当初の新語形成は,ある意味ではすべて語根創成だったと言えるかもしれない.人類言語の発展は,新語形成における語根創成の比率が,当初の100%から限りなく0%へと近づいてゆく過程と捉えることができるかもしれない.

 ・ Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.
 ・ Algeo, John. "The Taxonomy of Word Making." Word 29 (1978): 122--31.

Referrer (Inside): [2011-10-10-1]

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2011-07-20 Wed

#814. 名前動後ならぬ形前動後 [stress][diatone][statistics][derivation][prefix][suffix][phonaesthesia]

 同綴りで品詞によって強勢位置の交替する語 (diatone) の典型例である「名前動後」については,[2009-11-01-1], [2009-11-02-1], [2011-07-07-1], [2011-07-08-1], [2011-07-10-1], [2011-07-11-1]の一連の記事で論及してきた.主に名詞と動詞の差異を強調してきたが,形容詞もこの議論に関わってくる([2011-07-07-1]の記事では関連する話題に言及した).強勢位置について,形容詞は原則として名詞と同じ振る舞いを示し,動詞と対置される.いわば「形前動後」である.
 形前動後の事実は,まず統計的に支持される.Bolinger (156--57) によれば,3万語の教育用語彙集からのサンプル調査によると,多音節語について,形容詞の91%が non-oxytonic (最終音節以外に強勢がある)だが,動詞の63%が oxytonic (最終音節に強勢がある)であるという.単音節語については,強勢の位置が前か後ろかを論じることはできないしその意味もないが,単純に動詞と形容詞の個数の比率を取ると動詞が60.7%を占める.単音節語の強勢は通常 oxytonic と解釈されるので,この比率は形容詞に比して動詞の oxytonic な傾向を支持する数値といえよう.
 形前動後という強勢位置の分布に関連して,Bolinger は両品詞の語形成上の差異に言及している.形容詞は接尾辞によって派生されるものが多いが (ex. -ant, -ent, -ean, -ial, -al, -ate, -ary, -ory, -ous, -ive, -able, -ible, -ic, -ical, -ish, -ful) ,動詞は接頭辞による派生が多い (ex. re-, un-, de-, dis-, mis-, pre-) .例外的にそれ自身に強勢の落ちる -ose のような形容詞接尾辞もあるが,例外的であることによってかえって際立ち,音感覚性 (phonaesthesia) に訴えかける 増大辞 ( augmentative ) としての機能を合わせもつことになっている(増大辞については[2009-08-30-1]の記事「投票と風船」も参照).bellicose, grandiose, jocose, otiose, verbose などの如くである.
 当然のことながら,強勢のない接尾辞により派生された多くの形容詞は必ず non-oxytonic となるし,強勢のない接頭辞により派生された多くの動詞は強勢が2音節目以降に置かれることになり oxytonic となる可能性も高い.この議論を発展させるには,各接辞の生産性や派生語の実例数を考慮する必要があるが,接辞による派生パターンの相違が形前動後の出現に貢献したということであれば大いに興味深い.また,名詞の派生も,形容詞の派生と同様に,接頭辞ではなく接尾辞を多用することを考えれば,名前動後の説明にも同じ議論が成り立つのではないだろうか.

 ・ Bolinger, Dwight L. "Pitch Accent and Sentence Rhythm." Forms of English: Accent, Morpheme, Order. Ed. Isamu Abe and Tetsuya Kanekiyo. Tokyo: Hakuou, 1965. 139--80.

Referrer (Inside): [2012-06-29-1]

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2011-07-06 Wed

#800. you による ye の置換と phonaesthesia [personal_pronoun][sound_symbolism][phonaesthesia]

 近代英語期に,本来の2人称単数代名詞 thou が対応する複数の you に取って代わられた背景については,これまでにも多くの記事で触れてきた ([2009-10-11-1], [2009-10-29-1], [2010-02-12-1], [2010-03-26-1], [2010-07-11-1], [2010-10-08-1], [2011-03-01-1]) .2人称代名詞系列の整理に関して事情がややこしいのは,それと同時に本来の主格 ye が対格・与格の you に呑み込まれていったという,もう一つの変化が関わってくることである.前者の thou/you 置換については主に語用論的に研究が盛んだが,後者の you/ye 置換についての研究はあまり聞き覚えがない.
 [2009-12-25-1]の記事「phonaesthesia と 遠近大小」で掲げた表を眺めていて,ふと気付いたことがある.you/ye 置換には phonaesthesia が関与しているのではないか,ということである.その表によれば,1人称代名詞 は「近い」語として前舌母音を用いる傾向があるのに対して,2人称代名詞は「遠い」語として後舌母音へ偏っているとされる.そこでは me, we, you を例として挙げたが,もう少し範囲を拡大すれば I, my, me, mine もすべてどちらかといえば前舌母音の部類である.大母音推移前の発音を想定すれば,余計に前舌である.一方,you, your, yours はいずれも後舌母音である.ただし,1人称複数代名詞 we の屈折形を考慮に入れると,us, our, ours などの母音はどちらかといえば後舌母音の部類に属し,ここでは phonaesthesia の遠近対立があてはまらない.
 このように phonaesthsia はあくまで弱い説明であることを認めつつも,あえてこの視点から you/ye 置換を考えてみれば,you の後舌母音が「遠い」2人称代名詞にはより適切だったということがいえるのではないか.さらに,大母音推移前の発音としてではあるが,thouyou との脚韻の成立も you の主格への昇格を促す要因だったのではないか.(ちなみに,you が大母音推移を経なかったのは /j/ によるブロックとされる.他例に youth があり.[2009-11-12-1]の記事「<U> はなぜ /yu:/ と発音されるか」も参照.)
 閉じた語類は内部に体系性や対称性を示す傾向が強い.[2009-12-25-1]の表で phonaesthesia の遠近対立の例として挙げたものも,すべて閉じた語類である代名詞や指示詞である.証明は難しいのかもしれないが,ye に代わる形態として you が選択された経緯には,体系性の指向と phonaesthesia という,言語に内在する微弱ではあるが普遍的な傾向が関与しているのではないか.

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2011-01-18 Tue

#631. blending の拡大 [word_formation][morphology][phonaesthesia][blend][productivity]

 昨日の記事[2011-01-17-1]blending 「混成」,blend 「混成語」,portmanteau word 「かばん語」といった術語を紹介したが,今日は英語における blending の通時的傾向について概説しつつ,blend の例を挙げたい.
 中英語期以前には,混成語の明らかな例はほとんどない.Chaucer の nifle ( nihil + trifle ) "trifle" が例として挙げられることがあるが,MED の語源によれば Anglo-French からの借用語だという.近代英語以降は少しずつ混成語が現われ始め,2語の意味を合成するという本来の機能に加えて,滑稽・揶揄・嘲笑などの効果を狙ったものも出てくる.foolosopher ( fool + philosopher ), balloonacy ( balloon + lunacy ) などである.Lewis Carroll (1832--98) は昨日の記事で挙げた slithy, mimsy のほかにも chortle ( chuckle + snort ) や galumph ( gallop + triumphant ) などの例を生み出しており,まさに portmanteau word の生みの親といえる.
 しかし,混成語の生産性が真の意味で爆発したのは20世紀に入ってからである.政治・文化・科学など社会のあらゆる側面で情報量が爆発的に増加するに伴って,新しい語彙の需要も増した.少ない音節に多くの情報を詰め込む "densification" の潮流 ( see [2011-01-12-1] ) に合致するスマートな語形成の1つが,混成だったのである.
 上記の経緯で,現代英語にはきわめて多数の混成語が存在する.枚挙にいとまがないが,混成語の生産性の高さと活用の広さをつかむために,ランダムに例を挙げてみよう.

blend1st element2nd element
avionicsaviationelectronics
brunchbreakfastlunch
docudramadocumentarydrama
EbonicsEbonyphonics
edutainmenteducationentertainment
electretelectricitymagnet
electrocuteelectroexecute
EurovisionEuro-television
flushflashblush
FranglaisFrançaisAnglais
infomercialinformationcommercial
ligerliontiger
motelmotorhotel
OxbridgeOxfordCambridge
ParalympicsparallelOlympics
podcastpodbroadcast
simulcastsimultaneousbroadcast
SinglishSingaporeEnglish
smogsmokefog
telethontelephonemarathon


 多くの混成語は一方の語の前部と他方の語の後部を組み合わせる構成になっているが,docudramapodcast のように一方の語は縮約されずに語幹全体が活用されているものもあるし,electrocuteelectro- や EurovisionEuro- のように combining form ( see [2010-10-31-1] ) として定着している要素が用いられているものもある.
 最新の例としては,2010年の流行語 ( see [2011-01-10-1] ) としてノミネートされた語から,メキシコ湾への石油流出事件に引っかけた「多数」を意味する spillion ( spill + million ) ,米政治家 Sarah Palin による造語 refudiate ( refute + repudiate ) ,hacktivism ( hacking + activism ) などがある.現代英語で最も勢いのある語形成の1つであることは間違いないだろう.
 なお,[2010-01-10-1]の記事で挙げた phonaesthesia の各例も広い意味では blending の一種と考えられるかもしれない.

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2010-01-11 Mon

#259. phonaesthesia異化 [dissimilation][sound_symbolism][phonaesthesia]

 昨日の記事[2010-01-10-1]で確認したように,ある音の連続とある(漠然とした)意味が緩やかに結びついてカプセル化されている例は多数ある.音素 ( phoneme ) より大きく,形態素 ( morpheme ) より小さいこの単位は phonaestheme とでも呼ぶべきものだが,Bloomfield (245) は root-forming morpheme という用語をあてがっている.
 Bloomfield の見方では,flicker, glimmer などの -er 語尾は,形態音韻論的に,brother, river などの語根に埋め込まれた -er と区別されるばかりか,rather, reader などの接尾辞とも明確に区別されるという.flicker, glimmer などに見られる phonaestheme と考えられる -er は,直前の形態素が /r/ を含む場合には現れ得ないという.逆に,brother, river, rather, reader などに見られる phonaestheme ではない -er は,直前の形態素が /r/ を含んでいてもかまわない.
 同じことが,phonaestheme としての -le 語尾についてもいえる.直前の形態素が /l/ を含んでいる場合に,-le 語尾が現れることはないという.Bloomfield (245) が挙げている例によれば,brabble 「口論する」や blabber 「口の軽い人」は英語として許容される phonestheme の分布であり,実際に正規の語として存在するが,一見するとあってもおかしくない *brabber や *blabble は存在しない.
 ここで思い出すのは,[2009-07-26-1], [2009-07-09-1]で話題にした dissimilation 「異化(作用)」である./r/ と /l/ は音声学的にはともに流音 ( liquid ) であり,日本語母語話者の耳ならずとも,似ている音である.全く同じ音が短い間隔で連続すると,発音上ろれつが回らないという結果になるので,あえて少しだけ音を替えるということが生じる.例えば,同一語内に /r/ が二回現れる場合には,二つ目の /r/ を /l/ に替える,などといったことが起こりうる.brabbleblabber はこの dissimilation でみごとに説明される.
 一般に,dissimilation は単発的な例を説明する後付けの原理であり,言語変化論でも陰のうすい話題である.実際,brother, river など多くの語では働いていないわけであり,一般性の薄さは明らかである.だが,phonaestheme としての -er や -le には分布上のルールがあり,「構造」をもつ独立した単位として他の -er や -le と区別すべきだという Bloomfield の立場は,日陰の存在たる dissimilation にとっては朗報である.「phonaestheme が含まれる語においては dissimilation が特に生じやすい」などという形で,形態音韻論規則(というほど強力なものではないかもしれないが)に取り込まれ,立場が明確になるからである.「単発じゃない,ランダムじゃない,地味だけどオレはいつもここにいるよ」的な叫びが聞こえてきそうである.
 ライバルの assimilation 「同化(作用)」が比較的日の当たる存在であるだけに,dissimilation を救ってあげようという趣旨での記事でした.

 ・Bloomfield, Leonard. Language. Rev. ed. London: George Allen & Unwin, 1935.

Referrer (Inside): [2013-09-10-1] [2012-10-17-1]

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2010-01-10 Sun

#258. 動きや音を示唆する phonaethesia [sound_symbolism][phonaesthesia]

 [2009-12-26-1], [2009-12-25-1]phonaesthesia と考えられる例をいくつか紹介したが,他にも該当するとおぼしき例は,身近なところに多数ある.特に語頭や語末に現れる特定の音の連続が,特定の connotation と結びついていると考えられる例である.以下は,Bloomfield (245) より抜き出したものである.

root-forming morphemessignificationword examples
[fl-]"moving light"flash, flare, flame, flick-er, flimm-er
[fl-]"movement in air"fly, flap, flit (flutt-er)
[gl-]"unmoving light"glow, glare, gloat, gloom (gleam, loam-ing, glimm-er), glint
[sl]"smoothly wet"slime, slush, slop, slobb-er, slip, slide
[kr-]"noisy impact"crash, crack (creak), crunch
[skr-]"grating impact or sound"scratch, scrape, scream
[sn-]"breath-noise"sniff (snuff), snore, snort, snot
[sn-]"quick separation or movement"snap (snip), snatch (snitch)
[sn-]"creep"snake, snail, sneak, snoop
[dʒ]"up-and-down movement"jump, jounce, jig (jog, jugg-le), jangle (jingle)
[b-]"dull impact"bang, bash, bounce, biff, bump, bat
[-æʃ]"violent movement"bash, clash, crash, dash, flash, gash, mash, gnash, slash, splash
[-ɛə]"big light or noise"blare, flare, glare, stare
[-aʊns]"quick movement"bounce, jounce, pounce, trounce
[-im] mostly with determinative [-ə]"small light or noise"dim, flimmer, glimmer, simmer, shimmer
[-ʌmp]"clumsy"bump, clump, chump, dump, frump, hump, lump, rump, stump, slump, thump
[-æt] with determinative [-ə]"particled movement"batter, clatter, chatter, spatter, shatter, scatter, rattle, prattle


 このように列挙されると,特定の音の連続が特定の connotation と結びつけられている phonaesthesia の存在を認めずにはいられない.だが,この結びつきはあくまで緩やかな,あるいは漠然としたものであり,多数の例外が存在するだろうことは容易に想像できる.Bloomfield (244--45) も認めているように:

. . . in these [English symbolic words] we can distinguish, with varying degrees of clearness, and with doubtful cases on the border-line, a system of initial and final root-forming morphemes, of vague signification.


 Bloomfield のような構造主義言語学者にとって,形態素を音素へ分解しようとする過程に現れる phonaesthesia は,形態素とも音素ともつかない中途半端な存在に映ったかもしれない.だが,主に「語頭」や「語末」に起こるという語の内部における分布を指摘し,歴とした構造 ( system ) なのだと力強く説いているあたり,実に構造主義言語学らしい論じ方だと感心する.

 ・Bloomfield, Leonard. Language. Rev. ed. London: George Allen & Unwin, 1935. 245.

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2009-12-26 Sat

#243. phonaesthesia と 現在・過去 [sound_symbolism][phonaesthesia][phonetics][conjugation]

 昨日の記事[2009-12-25-1]で,前舌・高母音が「近い,小さい」を,後舌・低母音が「遠い,大きい」を示唆するという英語の phonaesthesia を話題にした.
 認知科学では,空間的な「遠近」と時間的な「遠近」が関係していることは広く認められている.前舌・高母音は "here-me-now" を,後舌・低母音は "there-you-then" を象徴するという.時間の遠近の phonaesthesia についても,Smith 先生のお気に入りの例があるので紹介したい.
 その例というのは Prokosch からの引用にもとづいたものであり,以下は孫引きとなるが,Smith 先生の論文より再掲する.

American nursery talk offers an amusing illustration. A little steam train tries to climb a hill and says cheerfully, 'I think I can, I think I can.' But the hill is too steep, the poor little engine slides back and says sadly, 'I thought I could, I thought I could.' The front vowels [ɪ æ] aptly characterize the active interest in the successful performance, the back vowels [ɔ ʊ] the melancholy retrospect to what might have been. (Prokosch 122 qtd in Smith 13)


 不規則変化動詞の母音交替 ( Ablaut or gradation ) を観察してみると,現在形と過去形に現れる母音が前舌母音と後舌母音の対応を示している例が少なからずある ( Smith 14 ).特に,大母音推移以前の発音を想定すると,この傾向がよりよくわかるだろう.

現在形過去形
writewrote
bindbound
bearbore
treadtrod
shakeshook


 phonaesthesia は音と意味の関係の傾向にすぎない.例外を探せばいくらでも挙げられるだろう.だが,複数の variants が競合している環境で,ある variant が選ばれることになった場合,その選択を左右するパラメータの一つになりうるということは議論できるのではないだろうか.

 ・Prokosch, Eduard. A Comprehensive Germanic Grammar. Philadelphia: Linguistic Society of America, 1939.
 ・Smith, Jeremy J. "Phonaesthesia, Ablaut and the History of the English Demonstratives." Medieval English and its Heritage. Ed. Nikolaus Ritt, Herbert Schendl, Christiane Dalton-Puffer, and Dieter Kastovsky. Frankfurt am Main: Peter Lang, 2006.

Referrer (Inside): [2015-05-28-1] [2010-01-10-1]

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