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renaissance - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2021-10-26 08:42

2021-08-07 Sat

#4485. 講座「英語の歴史と語源」の第11回「ルネサンスと宗教改革」を終えました [asacul][notice][history][link][slide][renaissance][reformation]

 先週7月31日(土)15:30〜18:45に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて「英語の歴史と語源・11 「ルネサンスと宗教改革」」と題してお話しをしました.今回も多くの方々に参加いただきました.質問やコメントも多くいただき活発な議論を交わすことができました.ありがとうございます.
 今回は,16世紀の英語が抱えていた3つの「悩み」に注目しました.現在,英語は世界のリンガ・フランカとなっており,威信を誇っていますが,400年ほど前の英語は2流とはいわずともいまだ1.5流ほどの言語にすぎませんでした.千年以上の間,ヨーロッパ世界に君臨してきたラテン語などと比べれば,赤ちゃんのような言語にすぎませんでした.しかし,そのラテン語を懸命に追いかけるなかで,後の飛躍のヒントをつかんだように思われます.16世紀は,英語にとって,まさに産みの苦しみの時期だったのです.
 今回の講座で用いたスライドをこちらに公開します.以下にスライドの各ページへのリンクも張っておきますので,復習などにご利用ください.

   1. 英語の歴史と語源・11「ルネサンスと宗教改革」
   2. 第11回 ルネサンスと宗教改革
   3. 目次
   4. 1. 序論
   5. 16世紀イングランドの5つの社会的変化
   6. 2. 宗教改革とは?
   7. イングランドの宗教改革とその特異性
   8. 印刷術と宗教改革の二人三脚
   9. 3. ルネサンスとは?
   10. イングランドにおける宗教改革とルネサンスの共存
   11. 4. ルネサンスと宗教改革の英語文化へのインパクト
   12. 16世紀の英語が抱えていた3つの悩み
   13. 5. 英語の悩み (1) - ラテン語からの自立を目指して
   14. 古英語への関心の高まり
   15. 6. 英語の悩み (2) - 綴字標準化のもがき
   16. 語源的綴字 (etymological spelling)
   17. debt の場合 (#116)
   18. 他の語源的綴字の例
   19. 語源的綴字の礼賛者 Holofernes
   20. 7. 英語の悩み (3) - 語彙増強のための論争
   21. R. コードリーの A Table Alphabeticall (#1609)
   22. 一連の聖書翻訳
   23. まとめ
   24. 参考文献
   25. 補遺1:Love’s Labour’s Lost
   26. 補遺2:「創世記」11:1-9 (「バベルの塔」)の Authorised Version と新共同訳

 次回の第12回はシリーズ最終回となります.「市民革命と新世界」と題して2021年10月23日(土)15:30〜18:45に開講する予定です.

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2021-07-18 Sun

#4465. 講座「英語の歴史と語源」の第11回「ルネサンスと宗教改革」のご案内 [asacul][notice][history][link][renaissance][reformation]

 全12回ということで2年前に開始した「英語の歴史と語源」シリーズですが,ゆっくりと進めているうちに,気づいてみれば,残すところ2回となりました.本日は第11回のお知らせです.
 2週間後の7月31日(土)15:30〜18:45に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて「英語の歴史と語源・11 「ルネサンスと宗教改革」」と題してお話しします.英語が世界的な地位を築いた現在からは予想すらできない,当時の英語が抱えていた様々な「悩み」に注目します.関心をお持ちの方は是非こちらよりお申し込みください.趣旨は以下の通りです.

16世紀イングランドでは,ルネサンスと宗教改革は奇妙な形で共存していました.ルネサンスに伴う知識の爆発はラテン語やギリシア語への憧れを生み出し,英語はそこから大量の単語を借用することで語彙を格段に豊かにしました.一方,宗教改革に伴う自国語意識の高まりから,英語そのものの評価も高まりました.このような相矛盾する言語文化の中で英訳聖書が誕生することになりました.英語がいよいよ輝きを増してきた時代に焦点を当てます.


 今から4--5世紀も前の話しであり,ずいぶんと昔のことに聞こえるかもしれませんが,英語全盛の現代に直接つながる時代の話題です.歴史的に弱小言語だった英語が,いかにして現代にかけて威信と覇権を獲得することになったのか.これを真に理解するには,今回注目する16世紀,英語にとっての苦しみの時期を振り返っておくことが必要になります.現代における英語の覇権の起源について,皆さんと一緒に考えていきたいと思います.

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2021-04-20 Tue

#4376. 現代日本で英語と向き合っている生徒・学生と17世紀イングランドでラテン語と向き合っていた庶民 [renaissance][emode][loan_word][borrowing][latin][japanaese][contrastive_linguistics][inkhorn_term][khelf_hel_intro_2021]

 4月5日にスタートした「英語史導入企画2021」も,3週目に突入しました.学部・院のゼミ生を総動員しての,5月末まで続く少々息の長い企画なのですが,本ブログ読者の皆さんにも懲りずにお付き合いのほどよろしくお願い申し上げます.毎日,コンテンツを提供する学生のガッツを感じながら,私自身がおおいにインスピレーションをゲットしています.年度初めとして,なかなかフレッシュでナイスなオープニングです.
 さて,上の段落では,いやらしいほどにカタカナ語を使い倒してみました.英語が嫌いな人,横文字が嫌いな人には,ケッと吐いて捨てたくなるような文章だろうと思います(うーむ,我ながら軽薄な文章).昨日,本企画ために院生よりアップされたコンテンツは「英語嫌いな人のための英語史」と題する,このカタカナ語嫌いに寄り添った考察です.その冒頭の2つの段落の出だしが,何とも歯切れよく心地よいですね.

「一生英語を使わなくてもいい環境で暮らしてやる」……このような恨みつらみのこもった台詞は、英語嫌いの人間ならば一度は発したことがあるだろう。そして、何を隠そう、十年ほど前、中学生・高校生だったころの筆者自身が毎日のようにこぼしていた言葉でもあった。


英語嫌いの人間が辟易するのは、まずもって、世の中に氾濫している横文字の多さであるだろう。レガシー、コミット、アカウンタビリティ……なぜそこで英語を(あるいは英語由来の和製英語を)使わなければならないのかと、ニュースなどを見ながら突っ込みたくなる日々である。


 これは読みたくなるコンテンツではないでしょうか.内容としては,現代日本で英語と向き合っている生徒・学生と,17世紀イングランドでラテン語と向き合っていた庶民とを,空間・時間を超えて比較した英語史の好コンテンツとなっています.
 現代日本語におけるカタカナ語とルネサンス期イングランドのラテン借用語を巡る比較対照は,対照言語史 (contrastive_linguistics) の観点から興味の尽きないテーマです.一般に2つのものを比較しようとする際には,共通点だけでなく相違点に留意することも重要です.上記コンテンツでは,意図的に両者の共通点を拾い出して近づけて見せているわけですが,あえて相違点に注目することで,先の共通点の意義を浮かび上がらせることができます.以下に2点指摘しておきましょう.
 1点目.現代日本で英語と向き合っている生徒・学生,とりわけ「英語なんて嫌い」と吐き捨てるタイプと,17世紀イングランドでラテン語と向き合っていた庶民とでは,各言語に対する思いがかなり異なります.「英語なんて嫌い」の背景には,逆説的に英語に対する「憧れ」があるのではないかというコンテンツでの指摘は当たっていると私も思います.しかし,17世紀イングランドの庶民はラテン語を「嫌い」と吐き捨ててはいなかったでしょう.ラテン語は,もっと純粋な「憧れ」,手に届かないところにいる「スター」に近いものではなかったでしょうか.
 両者の違いは,端的にいえば,むりやり学ばされているか否かにあります.現代日本では,たとえ英語が「憧れ」だったとしても,義務教育で強制的に学ばされるという意味では,現実の学習上の「苦労」がセットになっています.学校で学ぶべき「科目」となっていては,好きなものも好きではなくなるはずです.17世紀イングランドでは,庶民にとってラテン語学習はおろか教育の機会そのものがまだ高嶺の花であり,現実の学習上の「苦労」とは無縁なために,「憧れ」は純然たる憧れとして生き延び得たのです.
 2点目は,17世紀イングランドではラテン借用語が inkhorn_term として批判されたというのは事実ですが,批判の主は,若い生徒・学生でもなければ庶民でもなく,バリバリの知識人でした.Sir John Cheke (1514--57) のようなケンブリッジ大学の古典語教授が,借用語を批判していたほどなのです.この状況は,どう控えめにみても,日本の英語嫌いの生徒・学生がカタカナ語に悪態をついているのとは比較できないように思われます.
 もちろん,2つのものを比較対照するときに,共通点を重視して「比較」の議論にもっていくか,相違点を重視して「対照」の議論にもっていくかは,論者の方針次第でもあり,言ってしまえばレトリックの問題でもあります.いずれにしても比較する場合には相違点に,対照する場合には共通点に注意しておくと考察が深まる,ということを述べておきましょう.
 関連する話題は,本ブログとしては「#1999. Chuo Online の記事「カタカナ語の氾濫問題を立体的に視る」」 ([2014-10-17-1]),「#2977. 連載第6回「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」」 ([2017-06-21-1]) その他の記事で扱ってきました.いろいろとリンクを張っているので,是非そちらをどうぞ.

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2021-01-24 Sun

#4290. なぜ island の綴字には s が入っているのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hellog_entry_set][etymological_respelling][etymology][spelling_pronunciation_gap][reanalysis][silent_letter][renaissance]

 英語には,文字としては書かれるのに発音されない黙字 (silent_letter) の例が多数みられます.doubt の <b> や receipt の <p> など,枚挙にいとまがありません.そのなかには初級英語で現われる非常に重要な単語も入っています.例えば island です.<s> の文字が見えますが,発音としては実現されませんね.これは多くの英語学習者にとって不思議中の不思議なのではないでしょうか.
 しかし,これも英語史の観点からみると,きれいに解決します.驚くべき事情があったのです.音声解説をどうぞ.



 「島」を意味する古英語の単語は,もともと複合語 īegland でした.「水の(上の)陸地」ほどの意味です.中英語では,この複合語の第1要素の母音が少々変化して iland などとなりました.
 一方,同じ中英語期に古フランス語で「島」を意味する ile が借用されてきました(cf. 現代フランス語 île).これは,ラテン語の insula を語源とする語です.古フランス語の ile と中英語 iland は形は似ていますが,まったくの別語源であることに注意してください.
 しかし,確かに似ているので混同が生じました.中英語 iland が,古フランス語 ileland を継ぎ足したものとして解釈されてしまったのです.
 さて,16世紀の英国ルネサンス期になると,知識人の間にラテン語綴字への憧れが生じます.フランス語 ile を生み出したラテン語形は insulas を含んでいましたので,英語の iland にもラテン語風味を加味するために s を挿入しようという動きが起こったのです.
 現代の英語学習者にとっては迷惑なことに,当時の s を挿入しようという動きが勢力を得て,結局 island という綴字として定着してしまったのです.ルネサンス期の知識人も余計なことをしてくれました.しかし,それまで数百年の間,英語では s なしで実現されてきた発音の習慣自体は,変わるまでに至りませんでした.ということで,発音は古英語以来のオリジナルである s なしの発音で,今の今まで継続しているのですね.
 このようなルネサンス期の知識人による余計な文字の挿入は,非常に多くの英単語に確認されます.語源的綴字 (etymological_respelling) と呼ばれる現象ですが,これについては##580,579,116,192,1187の記事セットもお読みください.

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2020-09-17 Thu

#4161. アメリカ式 color はラテン語的,イギリス式 colour はフランス語的 [etymological_respelling][webster][spelling_reform][spelling][renaissance][french][ame_bre][johnson]

 color (AmE) vs colour (BrE) に代表される,アメリカ式 -or に対してイギリス式 -our の綴字上の対立は広く知られている.本ブログでも「#240. 綴字の英米差は大きいか小さいか?」 ([2009-12-23-1]),「#244. 綴字の英米差のリスト」 ([2009-12-27-1]),「#3182. ARCHER で colourcolor の通時的英米差を調査」 ([2018-01-12-1]),「#3247. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」の第5回「color か colour か? --- アメリカのスペリング」」 ([2018-03-18-1]),「#4152. アメリカ英語の -our から -or へのシフト --- Webster の影響は限定的?」 ([2020-09-08-1]) などで取り上げてきた.
 Anson もよく知られたこの問題に迫っているのだが,アメリカの綴字改革者 Noah Webster (1758--1843) が現われる以前の時代にも注意を払い,広い英語史の視点から問題を眺めている点が素晴らしい.主としてラテン語に由来し,フランス語を経由してきた語群が初出する中英語期から話しを説き起こしているのだ.このズームアウトした視点から得られる洞察は,非常に深い (Anson 36--38) .
 ラテン語に由来する語の場合,同言語の綴字としては,厳格な正書法に則って -or- が原則だった.colorem, ardorem, dolorem, favorem, flavorem, honorem, (h)umorem, laborem, rumorem, vigorem のごとくである.古フランス語では,これらのラテン語の -or- が受け継がれるとともに,異綴字として -our- も現われ,両者併用状況が生じた.そして,この併用状況が中英語期にもそのまま持ち込まれることになった.実際,中英語では両綴字が確認される.
 とはいえ,中英語では,これらフランス借用語についてはフランス語にならって問題の語尾を担う部分にアクセントが落ちるのが普通であり,アクセントをもつ長母音であることを示すのに,-or よりも視覚的に大きさの感じられる -our のほうが好まれる傾向があった.以降(イギリス)英語では,フランス語的な -our が主たる綴字として優勢となっていく.
 しかし,ラテン語的な -or も存続はしていた.16世紀になると,ルネサンスの古典語への回帰の風潮,いわゆる語源的綴字 (etymological_respelling) の慣習が知識人の間にみられるようになり,-or が勢力を盛り返した.こうして -or と -our の競合が再び生じたが,いずれかを規範的な綴字として採用しようとする標準化の動きは鈍く,時間が過ぎ去った.
 17世紀後半の王政復古期には,2音節語においては -our が,それよりも長い語においては -or が好まれる傾向が生じた.そして,理性の世紀である18世紀には,合理的な綴字として再び -or に焦点が当てられるようになった.一方,1755年に辞書を世に出した Johnson は,直前の語源の綴字を重視する姿勢から,フランス語的な -our を支持することになり,後のイギリス式綴字の方向性を決定づけた.その後のアメリカ英語での -or の再度の復活については,「#4152. アメリカ英語の -our から -or へのシフト --- Webster の影響は限定的?」 ([2020-09-08-1]) で述べた通りである.
 つまり,中英語期にこれらの語が借用されてきた当初より,-or vs -our の競合はシーソーのように上下を繰り返してきたのだ.アメリカ式 -or を支持する原理としては,ルネサンス期のラテン語回帰もあったし,18世紀の合理性重視の思想もあったし,Webster の愛国心もあった.イギリス式 -our を支持する原理としては,中英語期のフランス語式への恭順もあったし,18世紀半ばの Johnson の語源観もあった.
 ルネサンスと Webster を結びつけるなど考えたこともなかったが,Anson の優れたズームアウトによって,それが可能となった.

 ・ Anson, Chris M. "Errours and Endeavors: A Case Study in American Orthography." International Journal of Lexicography 3 (1990): 35--63.

Referrer (Inside): [2020-11-13-1] [2020-11-12-1]

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2020-08-31 Mon

#4144. 20世紀の語彙爆発 [oed][pde][lexicology][statistics][renaissance]

 「#4133. OED による英語史概説」 ([2020-08-20-1]) で紹介した OED が運営しているブログに,Twentieth century English --- an overview と題する記事がある.20世紀の英語のすぐれた評論となっており,ぜひ読んでいただきたい.
 そのなかの1節 "Lexis: dreadnought and PEP talk" で,20世紀の英語の語彙爆発の様子が具体的な数字とともに記述されている.

The Oxford English Dictionary records about 185,000 new words, and new meanings of old words, that came into the English language between 1900 and 1999. That leaves out of account the so-called lexical 'dark matter', words not common enough to catch the lexicographers' attention or, if they did, to compel inclusion, words perhaps that were never even committed to paper (or any other recording medium). Even so, those 185,000 on their own represent a 25 per cent growth in English vocabulary over the century --- making it the period of most vigorous expansion since that of the late-sixteenth and seventeenth centuries.


 20世紀中(厳密には1900--1999年)に,OED に採用されたものだけに限っても18万5千もの新語(義)が加わったというのは,想像を絶する爆発ぶりである.引用の後半で触れられている通り,それ以前の時代でいえば,最大級の語彙爆発は1600年前後の英国ルネサンス期にみられた.「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」 ([2009-08-19-1]),「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1]) で見たとおり,Görlach (136) は "The EModE period (especially 1530--1660) exhibits the fastest growth of the vocabulary in the history of the English language, in absolute figures as well as in proportion to the total." と述べている.
 20世紀と17世紀では社会の状況も変化速度も大きく異なるので,単純に数字だけでは比較できないが,20世紀は(そしてまだ駆け出しといってよい21世紀もおそらく)英語の語彙爆発の記録を塗り替えた,あるいは塗り替えつつある時代といってよいだろう.

 ・ Görlach, Manfred. Introduction to Early Modern English. Cambridge: CUP, 1991.

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2020-07-11 Sat

#4093. 標準英語の始まりはルネサンス期 [standardisation][renaissance][emode][sociolinguistics][chaucer][chancery_standard][spenser][ethnic_group]

 英語史において、現代の標準英語 (Standard English) の直接の起源はどこにあるか.「どこにあるか」というよりも,むしろ論者が「どこに置くのか」という問題であるから,いろいろな見解があり得る.書き言葉の標準化の兆しが Chaucer の14世紀末に芽生え,"Chancery Standard" が15世紀前半に発達したこと等に言及して,その辺りの時期を近代の標準化の嚆矢とする見解が,伝統的にはある.しかし,現代の標準英語に直接連なるのは「どこ」で「いつ」なのかという問題は,標準化 (standardisation) とは何なのかという本質的な問題と結びつき,なかなか厄介だ.
 Crowley (303--04) は,標準英語の形成に関する論考の序説として "Renaissance Origins" と題する一節を書いている.標準化のタイミングに関する1つの見方として,洞察に富む議論を提供しているので,まるまる引用したい.Thomas Wilson, George Puttenham, Edmund Spenser という16世紀の著名人の言葉を借りて,説得力のある標準英語起源論を展開している.

The emergence of the English vernacular as a culturally valorized and legitimate form took place in the Renaissance period. It is possible to trace in the comments of three major writers of the time the origins of a persistent set of problems which later became attached to the term "standard English." Following the introduction of Thomas Wilson's phrase "the king's English" in 1553, the principal statement of the idea of a centralized form of the language in the Renaissance was George Puttenham's determination in 1589 of the "natural, pure and most usual" type of English to be used by poets: "that usual speech of the court, and that of London and the shires lying about London, within lx miles and not much above" (Puttenham 1936: 144--5). In the following decade the poet and colonial servant Edmund Spenser composed A View of the State of Ireland (1596) during the height of the decisive Nine Years War between the English colonists in Ireland and the natives. In the course of his wide-ranging analysis of the difficulties facing English rule, Spenser offers a diagnosis of one of the most serious causes of English "degeneration" (a term often used in Tudor debates on Ireland to refer to the Gaelicization of the colonists): "first, I have to finde fault with the abuse of language, that is, for the speaking of Irish among the English, which, as it is unnaturall that any people should love anothers language more than their owne, so it is very inconvenient, and the cause of many other evils" (Spenser 1633: 47). Given Spenser's belief that language and identity were linked ("the speech being Irish, the heart must needes bee Irish), his answer was the Anglicization of Ireland. He therefore recommended the adoption of Roman imperial practice, since "it hath ever been the use of the Conquerour, to despise the language of the conquered, and to force him by all means to use his" (Spencer 1633: 47).
   There are several notable features to be drawn from these Renaissance observations on English, a language which, it should be recalled, was being studied seriously and codified in its own right for the first time in this period. The first point is the social and geographic basis of Wilson and Puttenham's accounts. Wilson's phrase "the king's English" was formed by analogy with "the king's peace" and "the king's highway," both of which had an original sense of being restricted to the legal and geographic areas which were guaranteed by the crown; only with the successful centralization of power in the figure of the monarch did such phrases come to have general rather than specific reference. Puttenham's version of the "best English" is likewise demarcated in terms of space and class: his account reduces it to the speech of the court and the area in and around London up to a boundary of 60 miles. A second point to note is that Puttenham's definition conflates speech and writing: its model of the written language, to be used by poets, is the speech of courtiers. And the final detail is the implicit link between the English language and English ethnicity which is evoked by Spenser's comments on the degeneration of the colonist in Ireland. These characteristics of Renaissance thinking on English (its delimitation with regard to class and region, the failure to distinguish between speech and writing, and the connection between language and ethnicity) were characteristics which would be closely associated with the language throughout its modern history.


 英国ルネサンスの16世紀に,(1) 階級的,地理的に限定された威信ある変種として,(2) 「話し言葉=書き言葉」の前提と,(3) 「言語=民族」の前提のもとで生み出された英語.これが現代まで連なる "Standard English" の直接の起源であることを,迷いのない文章で描き出している.授業で精読教材として使いたいほど,読み応えのある文章だ.同時代のコメントを駆使したプレゼンテーションと議論運びが上手で,内容もすっと受け入れてしまうような一節.このような文章を書けるようになりたいものだ.
 上記の Puttenham の有名な一節については,「#2030. イギリスの方言差別と方言コンプレックスの歴史」 ([2014-11-17-1]) で原文を挙げているので,そちらも参照.

 ・ Crowley, Tony. "Class, Ethnicity, and the Formation of 'Standard English'." Chapter 30 of A Companion to the History of the English Language. Ed. Haruko Momma and Michael Matto. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2008. 303--12.

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2020-02-05 Wed

#3936. h-dropping 批判とギリシア借用語 [greek][loan_word][renaissance][inkhorn_term][emode][lexicology][h][etymological_respelling][spelling][orthography][standardisation][prescriptivism][sociolinguistics][cockney]

 Cockney 発音として知られる h-dropping を巡る問題には,深い歴史的背景がある.音変化,発音と綴字の関係,語彙借用,社会的評価など様々な観点から考察する必要があり,英語史研究において最も込み入った問題の1つといってよい.本ブログでも h の各記事で扱ってきたが,とりわけ「#1292. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ」 ([2012-11-09-1]),「#1675. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (2)」 ([2013-11-27-1]),「#1899. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (3)」 ([2014-07-09-1]),「#1677. 語頭の <h> の歴史についての諸説」 ([2013-11-29-1]) を参照されたい.
 h-dropping への非難 (stigmatisation) が高まったのは17世紀以降,特に規範主義時代である18世紀のことである.綴字の標準化によって語源的な <h> が固定化し,発音においても対応する /h/ が実現されるべきであるという規範が広められた.h は,標準的な綴字や語源の知識(=教養)の有無を測る,社会言語学的なリトマス試験紙としての機能を獲得したのである.
 Minkova によれば,この時代に先立つルネサンス期に,明確に発音される h を含むギリシア語からの借用語が大量に流入してきたことも,h-dropping と無教養の連結を強めることに貢献しただろうという.「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」 ([2009-08-19-1]),「#516. 直接のギリシア語借用は15世紀から」 ([2010-09-25-1]) でみたように,確かに15--17世紀にはギリシア語の学術用語が多く英語に流入した.これらの語彙は高い教養と強く結びついており,その綴字や発音に h が含まれているかどうかを知っていることは,その人の教養を示すバロメーターともなり得ただろう.ギリシア借用語の存在は,17世紀以降の h-dropping 批判のお膳立てをしたというわけだ.広い英語史的視野に裏付けられた,洞察に富む指摘だと思う.Minkova (107) を引用する.

Orthographic standardisation, especially through printing after the end of the 1470s, was an important factor shaping the later fate of ME /h-/. Until the beginning of the sixteenth century there was no evidence of association between h-dropping and social and educational status, but the attitudes began to shift in the seventeenth century, and by the eighteenth century [h-]-lessness was stigmatised in both native and borrowed words. . . . In spelling, most of the borrowed words kept initial <h->; the expanding community of literate speakers must have considered spelling authoritative enough for the reinstatement of an initial [h-] in words with an etymological and orthographic <h->. New Greek loanwords in <h->, unassimilated when passing through Renaissance Latin, flooded the language; learned words in hept(a)-, hemato-, hemi-, hex(a)-, hagio-, hypo-, hydro-, hyper-, hetero-, hysto- and words like helix, harmony, halo kept the initial aspirate in pronunciation, increasing the pool of lexical items for which h-dropping would be associated with lack of education. The combined and mutually reinforcing pressure from orthography and negative social attitudes towards h-dropping worked against the codification of h-less forms. By the end of the eighteenth century, only a set of frequently used Romance loans in which the <h-> spelling was preserved were considered legitimate without initial [h-].


 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2020-01-13 Mon

#3913. (偽の)語源的綴字を肯定的に評価する (2) [etymological_respelling][renaissance]

 昨日の記事 ([2020-01-12-1]) に引き続き,(偽の)語源的綴字を肯定的に評価する視点について.一昨日の記事「#3911. 言語体系は,本来非同期的な複数の時のかたちが一瞬出会った断面である」 ([2020-01-11-1]) で引用している中谷は,そもそもの論考では,明治初期に流行して20年程度で衰退した西洋様式風の建築,一般に「擬洋風」と称される建築(「築地ホテル」がその嚆矢)について,クブラーを援用しながら評価していたのだった.その視点を,英語史上の(偽の)語源的綴字の問題に対して応用してみたらおもしろそうだと思い,昨日の記事で試してみた次第である.
 そこで改めて中谷 (91) に戻ると,「擬洋風」を日本建築史のなかに肯定的に位置づけようと力説している箇所があり,はっとさせられた.そのまま(偽の)語源的綴字の評価にもつながるではないか.

 むしろ擬洋風という言葉には,何か魅惑的な野蛮さがある.様式は忠実に典型を模倣するのみならず,さまざまな意匠様式を主体的に選択しこれまでになかったような雰囲気を作り出すことが可能である.少なくとも優れた折衷主義建築を輩出した一九世紀ヨーロッパにおいては,そのような信念が存在していた.むしろ擬洋風の「擬」とは,じつはこの様式の模倣に潜在する可能性をこそ的確に表現していた,とさえいえる.
 当時の擬洋風建築をかたちづくった大工棟梁達に要請されていたのは,何か,時代が「開いた」ことを建築として示そうとする感覚である.開化のかたちは,まだいずこに行くとも知れない流動する当時の世界のなかで,利用できそうなさまざまな様式的断片をつなぎあわせ,手探りで組みたてられはじめた.以上のような意味で擬洋風建築は様式的な可能性・自由の領域,クブラーのいう開かれたシークエンスに接続しているのである.


 (偽の)語源的綴字が表わしているものは,ラテン語かぶれの俗物根性などではなく,可能性の追求であり自由の謳歌なのだ.この発想は,それこそルネサンスらしく前向きで,底抜けに明るい.

 ・ 中谷 礼仁 「一九世紀擬洋風建築とG・クブラーの系統年代について」『文化系統学への招待』中尾 央・三中 信宏(編),勁草書房,2012年.85--117頁.

Referrer (Inside): [2021-01-12-1]

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2020-01-12 Sun

#3912. (偽の)語源的綴字を肯定的に評価する (1) [etymological_respelling][silent_letter][hypercorrection][renaissance]

 doubt の <b> のような語源的綴字 (etymological_respelling) は,一般的には現代英語の抱えている「発音と綴字の乖離」問題の元凶として否定的にみられることが多い.古典を重視する16世紀の英国ルネサンスの潮流のなかで,ラテン語の語源形に存在した <b> の子音字を,崩れた英語の綴字のなかに戻してやることによって,英(単)語にラテン語風味と威信を付加したいという俗物的な時代精神の産物として説明されることが多い.そのような俗物根性ゆえに,後代の英語学習者は理不尽な黙字 (silent_letter) に付き合わされることになったしまったのだと.
 さらに,island における <s> の挿入のように,ラテン語の語源形が正しく参照されず,俗物根性だけが発揮されてしまった,偽の語源的綴字 (pseudo-etymological spelling) ,あるいは「非語源的綴字」 (unetymological spelling) の例も少なくない (cf. 「#580. island --- なぜこの綴字と発音か」 ([2010-11-28-1])).これなど,ミーハー精神丸出しの恥ずかしい過剰修正 (hypercorrection) の事例とみる向きが多い.
 しかし,昨日の記事「#3911. 言語体系は,本来非同期的な複数の時のかたちが一瞬出会った断面である」 ([2020-01-11-1]) で取り上げたクブラーの思想にしたがえば,(偽の)語源的綴字という現象は,初期近代当時の「文化形成の重要なモーメント」として肯定的に評価することもできる.結果として発音と綴字の乖離が生じたことは否定できないが,それ以上にこの現象は当時の生き生きとした言語活動の証として,「開かれたクラスすなわちシークエンス」を推し進める営みとしてみることができる.当時の英語が抱えていた威信の欠如という「問題」に対して,ラテン語にあやかるという「解答」が出されることによって,新たなシークエンスが生み出されたのだと.
 そのシークエンスを始めたプライム・オブジェクトの1つが,たとえば doubt の <b> のような著名な例だった可能性がある.この辺りから開始された一連の流れは,やがて偽の語源的綴字を生み出すまでに至ったが,これも現象の劣化とみる必要はなく,自律的な突然変異として,自然なシークエンスの一部として解釈することができる.改めて中谷 (89) より引用すれば,「プライム・オブジェクトからはじまる模倣は,完全なコピーではなく,むしろ時がたつにつれて,完全を期そうとも,伝言ゲームのように不可避的に変形し,時の流れ自体が自律的に突然変異 (mutant) をも生み出すのだ」.
 island の <s> などを指して「偽の語源的綴字」というときのネガティブな修飾語「偽の」は,クブラーの見方によれば,むしろ模倣に潜在する開かれた可能性や,自由で主体的な創造性としてポジティブに評価され得るものなのだ.発想の転換を促すすぐれた視点だと思う.

 ・ 中谷 礼仁 「一九世紀擬洋風建築とG・クブラーの系統年代について」『文化系統学への招待』中尾 央・三中 信宏(編),勁草書房,2012年.85--117頁.

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2019-02-23 Sat

#3589. 「インク壺語」に対する Ben Jonson の風刺 [inkhorn_term][lexicology][hapax_legomenon][renaissance][emode][borrowing][latin][loan_word]

 ルネサンス期のラテン・ギリシア語熱に浮かされたかのような「インク壺語」 (inkhorn_term) について,本ブログでも様々に取り上げてきた(とりわけ「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]),「#1408. インク壺語論争」 ([2013-03-05-1]),「#1409. 生き残ったインク壺語,消えたインク壺語」 ([2013-03-06-1]),「#1410. インク壺語批判と本来語回帰」 ([2013-03-07-1]),「#2479. 初期近代英語の語彙借用に対する反動としての言語純粋主義はどこまで本気だったか?」 ([2016-02-09-1]),「#3438. なぜ初期近代英語のラテン借用語は増殖したのか?」 ([2018-09-25-1]) を参照).
 インク壺語は同時代からしばしば批判や風刺の対象とされてきたが,劇作家 Ben Jonson も,1601年に初上演された The Poetaster のなかでチクリと突いている.Crispinus という登場人物が催吐剤を与えられ,小難しい単語を「吐く」というくだりである.吐かれた順にリストしていくと,次のようになる (Johnson 192; †は現代英語で廃語) .

retrograde, reciprocall, incubus, †glibbery, †lubricall, defunct, †magnificate, spurious, †snotteries, chilblaind, clumsie, barmy, froth, puffy, inflate, †turgidous, ventosity, oblatrant, †obcaecate, furibund, fatuate, strenuous, conscious, prorumped, clutch, tropological, anagogical, loquacious, pinnosity, †obstupefact


 OED では,pinnosity を除くすべての単語が見出し語として立てられている.しかし,このなかには Jonson の劇でしか使われていない1回きりの単語も含まれている.現代でも普通に通用するものもあるにはあるが,確かに立て続けに吐かれてはかなわない単語ばかりである.典型的なインク壺語のリストとして使えそうだ.

 ・ Johnson, Keith. The History of Early English: An Activity-Based Approach. Abingdon: Routledge, 2016.

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2018-09-25 Tue

#3438. なぜ初期近代英語のラテン借用語は増殖したのか? [emode][renaissance][loan_word][borrowing][latin][inkhorn_term][lexicography]

 16世紀後半にピークに達するルネサンス期のラテン借用語の流入について,本ブログで様々に取り上げてきた.英語史上もっとも密度の濃い語彙借用の時代だったといわれるが,なぜこれほどまでに借用語が増殖したのだろうか.貧弱だった英語の語彙を補うためという必要不可欠論も部分的には当たっているが,ラテン語の威を借りるという虚飾的な理由が特に大きかったと思われる.なにしろ,「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]) で見たように,むやみやたらに取り込んだのだ.
 Görlach (162--62) が,この辺りの事情をうまく説明している.この時代より前にはラテン語そのものをマスターすることがステータスだった.しかし,俗語たる英語の地位が徐々に上昇し,ある程度のラテン借用語が蓄積してきた16世紀後半からは,ラテン語そのものというよりも,英語に取り込まれたラテン借用語を使いこなすことが社会的に重要なスキルとなった.とはいえ,ラテン語を学習しているわけではない多くの人々にとって,ラテン借用語を「正しい」形式と意味で使いこなすことは簡単ではない.形式上の勘違いは頻繁に起こったし,意味についても,緩く対応する既存語とのニュアンスの差を正確に習得することはたやすくなかった.そのような状況下でも,人々はある意味では勘違いを恐れず,積極的にラテン借用語を使おうとした.なぜならば,その試み自体が,話者のステータスを高めると信じていたからである.
 例えば,Hart は以下のような形式上の間違いを挙げながら,この風潮を非難している(カッコの中の形式が当時としては「正しい」もの).temporall (temperate), sullender (surrender), statute (stature), obiect (abiect), heier (heare), certisfied (certified or satisfied), dispence (suspence), defende (offende), surgiant (surgian). 内容に関しては,ancientantique を 'old と同義に,つまり old の単なる見栄えのよい言い換えとして用いている例があるという.
 17世紀初めから続出する難語辞書は,このような誤用を正し,適切なラテン借用語を教育するために出版されたともいえるが,実のところ,むしろ虚飾的な借用語の使用を促す役割を果たしたのかもしれない.結果として,ラテン借用語は,当時の人々の言葉遣いの風潮にいわば培養される形で,自己増殖していったと考えられるだろう.この経緯を,Görlach (162) がうまく表現している.

To judge by the success of Cockeram and his imitators . . ., there was a large market in the seventeenth century for dictionaries translating common expressions into elevated diction. This indicates how difficult it must have been to limit loanwords to a moderate number. The issue was obviously not the objective need to fill lexical gaps for the sake of unambiguous reference, but the pairing of common words with their Latinate equivalents, the implication being that use of the elevated term was more prestigious --- even if it was unintelligible and therefore useless for communication.


 ・ Görlach, Manfred.
Introduction to Early Modern English''. Cambridge: CUP, 1991.

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2018-07-20 Fri

#3371. 初期近代英語の社会変化は英語の語彙と文法にどのような影響を及ぼしたか? [emode][renaissance][printing][speed_of_change][lexicology][grammar][reading][historiography]

 近代英語期の始まる16世紀には,その後の英語の歴史に影響を与える数々の社会変化が生じた.「#1407. 初期近代英語期の3つの問題」 ([2013-03-04-1]) で紹介したとおり,Baugh and Cable (§156)は以下の5点を挙げている.

 1. the printing press
 2. the rapid spread of popular education
 3. the increased communication and means of communication
 4. the growth of specialized knowledge
 5. the emergence of various forms of self-consciousness about language

 これらの要因は,しばしば相重なって,英語の文法と語彙に間接的ながらも遠大な影響を及ぼすことになった.Baugh and Cable (§157, pp. 200--01) によれば,この影響力は急進的でもあり,同時に保守的でもあったという.どういうことかといえば,語彙については急進的であり,文法については保守的であったということだ.

A radical force is defined as anything that promotes change in language; conservative forces tend to preserve the existing status. Now it is obvious that the printing press, the reading habit, the advances of learning and science, and all forms of communication are favorable to the spread of ideas and stimulating to the growth of the vocabulary, while these same agencies, together with social consciousness . . . work actively toward the promotion and maintenance of a standard, especially in grammar and usage. . . . We shall accordingly be prepared to find that in modern times, changes in grammar have been relatively slight and changes in vocabulary extensive. This is just the reverse of what was true in the Middle English period. Then the changes in grammar were revolutionary, but, apart from the special effects of the Norman Conquest, those in vocabulary were not so great.


 なるほど,近代的な社会条件は,開かれた部門である語彙に対しては,むしろ増加を促すものだろうし,閉じた部門である文法に対しては規範的な圧力を加える方向に作用するだろう(「近代的な」を「現代的な」と読み替えてもそのまま当てはまりそうなので,私たちには分かりやすい).
 この引用でおもしろいのは,最後に近代英語期を中英語期と対比しているところだ.中英語では,上記のような諸条件がなかったために,むしろ語彙に関して保守的であり,文法に関して急進的だったと述べられている.「ノルマン征服によるフランス語の特別な影響を除いては」というところが鋭い.中英語の語彙事情としては,すぐにフランス語からの大量の借用語が思い浮かび,決して「保守的」とはいえないはずだが,それはあまりに特殊な事情であるとして脇に置いておけば,確かに上記の観察はおよそ当たっているように思われる.Baugh and Cable は,具体的・個別的な歴史記述・分析に定評があるが,ところどろこに今回のように説明の一般化を試みるケースもあり,何度読んでも発見がある.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2018-06-27 Wed

#3348. 初期近代英語期に借用系の接辞・基体が大幅に伸張した [word_formation][prefix][suffix][neologism][french][latin][loan_word][lexicology][renaissance][emode]

 Wersmer (64, 67) や Nevalainen (352, 378, 391) を参照した Cowie (610--11) によれば,接辞を用いた新語形成において,本来系の接辞を利用したものと借用系のものと比率が,初期近代英語期中に大きく変化したという.

The relative frequency of nonnative affixes to native affixes in coined words rises from 20% at the beginning of the Early Modern English period to 70% at the end of it . . . . The proportion of Germanic to French and Latin bases in new coinages falls from about 32% at the beginning of the Early Modern period to some 13% at the end . . . . Together these measures confirm the emergence of non-native affixes as independent English morphemes over the Early modern period. They also seem to contradict claims that the native affixes in Early Modern English are just as, if not more productive, than ever . . . , although it is always less likely that words coined with native affixes would be recorded in a dictionary . . . .


 この時期の初めには借用系は20%だったが,終わりには70%にまで増加している.一方,基体に注目すると,借用系に対する本来系の比率は,期首で32%ほど,期末で13%ほどに落ち込んでいる.全体として,初期近代英語期中に,借用系の接辞および基体が目立つようになってきたことは疑いない.ただし,引用の最後の但し書きは重要ではある.
 関連して,「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1]),「#3165. 英製羅語としての conspicuousexternal」 ([2017-12-26-1]),「#3166. 英製希羅語としての科学用語」 ([2017-12-27-1]),「#3258. 17世紀に作られた動詞派生名詞群の呈する問題 (1)」 ([2018-03-29-1]),「#3259. 17世紀に作られた動詞派生名詞群の呈する問題 (2)」 ([2018-03-30-1]) を参照.

 ・ Wersmer, Richard. Statistische Studien zur Entwicklung des englischen Wortschatzes. Bern: Francke, 1976.
 ・ Nevalainen, Terttu. "Early Modern English Lexis and Semantics." 1476--1776. Vol. 3 of The Cambridge History of the English Language. Ed. Roger Lass. Cambridge: CUP, 1999. 332--458.
 ・ Cowie, Claire. "Early Modern English: Morphology." Chapter 38 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 604--20.

Referrer (Inside): [2019-11-24-1]

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2018-06-12 Tue

#3333. なぜ doubt の綴字には発音しない b があるのか? [indo-european][etymological_respelling][latin][french][renaissance][spelling_pronunciation_gap][silent_letter][sobokunagimon]

 語源的綴字 (etymological_respelling) については,本ブログでも広く深く論じてきたが,その最たる代表例といってもよい b を含む doubt (うたがう)を取り上げよう.
 doubt の語源をひもとくと,ラテン語 dubitāre に遡る.このラテン単語は,印欧祖語で「2」を表わす *dwo- の語根(英語の two と同根)を含んでいる.「2つの選択肢の間で選ばなければならない」状態が,「ためらう」「おそれる」「うたがう」などの語義を派生させた.
 その後,このラテン単語は,古フランス語へ douter 「おそれる」「うたがう」として継承された.母音に挟まれたもともとの b が,古フランス語の段階までに音声上摩耗し,消失していることに注意されたい.したがって,古フランス語では発音においても綴字においても b は現われなくなっていた.
 この古フランス語形が,1200年頃にほぼそのまま中英語へ借用され,英単語としての doute(n) が生まれた(フランス語の不定詞語尾の -er を,対応する英語の語尾の -en に替えて取り込んだ).正確にいえば,13世紀の第2四半世紀に書かれた Ancrene Wisse に直接ラテン語綴字を参照したとおぼしき doubt の例がみつかるのだが,これは稀な例外と考えてよい.
 その後,15世紀になると,英語でも直接ラテン語綴字を参照して b を補う語源的綴字 (etymological_respelling) の使用例が現われる.16世紀に始まる英国ルネサンスは,ラテン語を中心とする古典語への傾倒が深まり,一般に語源的綴字も急増した時代だが,実際にはそれに先駆けて15世紀中,場合によっては14世紀以前からラテン語への傾斜は見られ,語源的綴字も散発的に現われてきていた.しかし,b を新たに挿入した doubt の綴字が本格的に展開してくるのは,確かに16世紀以降のことといってよい.
 このようにして初期近代にdoubt の綴字が一般化し,後に標準化するに至ったが,発音については従来の b なしの発音が現在にまで継続している.b の発音(の有無)に関する同時代の示唆的なコメントは,「#1943. Holofernes --- 語源的綴字の礼賛者」 ([2014-08-22-1]) で紹介した通りである.
 もう1つ触れておくべきは,実はフランス語側でも,13世紀末という早い段階で,すでに語源的綴字を入れた doubter が例証されていることだ.中英語期に英仏(語)の関係が密だったことを考えれば,英語については,直接ラテン語綴字を参照したルートのほかに,ラテン語綴字を参照したフランス語綴字に倣ったというルートも想定できることになる.これについては,「#2058. 語源的綴字,表語文字,黙読習慣 (1)」 ([2014-12-15-1]) や Hotta (51ff) を参照されたい.

 ・ Hotta, Ryuichi. "Etymological Respellings on the Eve of Spelling Standardisation." Studies in Medieval English Language and Literature 30 (2015): 41--58.

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2018-03-30 Fri

#3259. 17世紀に作られた動詞派生名詞群の呈する問題 (2) [synonym][loan_word][borrowing][renaissance][inkhorn_term][emode][lexicology][word_formation][suffix][affixation][neologism][derivation][statistics]

 昨日の記事 ([2018-03-29-1]) の続編.昨日示した Bauer からの動詞派生名詞のリストでは,-ment や -ure の接尾辞の存在が目立っていた.17世紀の名詞を作る接尾辞にどのような種類のものがあり,それぞれがいくつの名詞を作っていたのだろうか.これについても,Bauer (185) が OED に基づいて統計をとっている.結果は以下の通り.

SuffixNumber
-y2
-ery8
-ancy10
-ency10
-ence18
-ion20
-ance49
-al56
-ure96
-ation190
-ment258


 トップ数種類の接尾辞が大半をカバーしていることから,頻度の高い「典型的な」接尾辞があることは確かにわかる.しかし,典型的な接尾辞が少数あるということで,問題が解決することにはならない.これらの典型的な接尾辞を含めた複数種類の接尾辞が,同一の基体に接続し得たということ,そして実際にそのように造語され併用されたという状況こそが,問題だったである.
 昨日の記事で触れたように,Bauer はこの問題を新語のニーズに関わる複雑さに帰しているが,それと関連して,生産的な派生に対して非生産的な派生への需要も常に存在するものだという主張を展開している.

. . . there is a constant application of unproductive morphology in order to solve problems provided by productive morphology, so that the language is continually having new words added to it which are not the forms which would be the predicted ones, as well as a number of predicted forms. That is, the processes of history add irregularities (which are available to turn into regularities if enough of them are coined). History, rather than simplifying matters (or rather than merely simplifying matters), reflects a process of building in extra complications.


 言語使用者の新語への要求は,必ずしも生産的な派生が与えてくれる手段とその結果だけでは満たされないほどに複雑で精妙なのだろう.そこで,あえて非生産的な派生の手段を用いて,不規則な派生語を作り出すこともあるのかもしれない.現代の歴史言語学者は,過去に生きた言語使用者の,そのような複雑で精妙な造語心理にどこまで迫れるのだろうか.困難ではあるがエキサイティングなテーマである.

 ・ Bauer, Laurie. "Competition in English Word Formation." Chapter 8 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 177--98.

Referrer (Inside): [2019-11-24-1] [2018-06-27-1]

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2018-03-29 Thu

#3258. 17世紀に作られた動詞派生名詞群の呈する問題 (1) [synonym][lexical_blocking][loan_word][borrowing][renaissance][inkhorn_term][emode][lexicology][word_formation][suffix][affixation][neologism][derivation][cognate]

 英国ルネサンス期の17世紀には,ラテン語やギリシア語を中心とする諸言語から大量の語彙が借用された.この経緯については,これまで「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]),「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」 ([2009-08-19-1]),「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1]) などの記事で様々な角度から取り上げてきた.この時代には,しばしば「同じ語」が異なった接尾辞を伴って誕生するという現象が見られた.例えば,すでに1586年に discovery が英語語彙に加えられていたところに,17世紀になって同義の discoverancediscoverment も現われ,短期間とはいえ競合・共存したのである(関連して,「#3157. 華麗なる splendid の同根類義語」 ([2017-12-18-1]) も参照).
 以下は,Bauer (186) が OED から収集した,17世紀に初出する動詞派生名詞の組である.

abutmentabuttal 
bequeathalbequeathment 
bewitcherybewitchment 
commitmentcommittalcommittance
composalcompositure 
comprisalcomprisementcomprisure
concumbenceconcumbency 
condolementcondolence 
conducenceconducency 
contrivalcontrivance 
depositationdepositure 
deprivaldeprivement 
desistancedesistency 
discoverancediscoverment 
disfigurationdisfigurement 
disprovaldisprovement 
disquietaldisquietment 
dissentationdissentment 
disseverationdisseverment 
encompassmentencompassure 
engraftmentengrafture 
exhaustmentexhausture 
exposalexposementexposure
expugnanceexpugnancy 
expulsationexpulsure 
extendmentextendure 
impartmentimparture 
imposalimposementimposure
insistenceinsisture 
interposalinterposure 
pretendencepretendment 
promotementpromoval 
proposalproposure 
redamancyredamation 
renewalrenewance 
reposancereposure 
reservalreservancy 
resistalresistment 
retrievalretrievement 
returnalreturnment 
securancesecurement 
subdualsubduement 
supportmentsupporture 
surchargementsurchargure 


 これらの語のなかには,現在でも標準的なものもあれば,すでに廃語となっているものもある.短期間しか用いられなかったものもあれば,広く受け入れられたものもある.17世紀より前か後に作られた同義の派生名詞と競合したものもあれば,そうでないものもある.この時代の後,現代に至るまでに,これらの2重語や3重語の並存状況が整理されていったケースもあれば,そうでないケースもある.整理のされ方が lexical_blocking の原理により説明できるものもあれば,そうでないものもある.つまり,これらの組について一般化して言えることはあまりないのである.
 17世紀に限らないとはいえ,とりわけこの世紀に,互いに意味を違えない派生名詞が複数作られ,競合・共存したという事実は何を物語るのだろうか.ラテン語やギリシア語から湯水のように語を借用した結果ともいえるし,それらから抽出した名詞派生接尾辞を利用して無方針に様々な派生名詞を造語していった結果ともいえる.しかし,Bauer (197) は社会言語学的な観点から,次のように示唆している.

Individual ad hoc decisions on relevant forms may or may not be picked up widely in the community. . . . [I]t is clear from the history which the OED presents that the need of the individual for a particular word is not always matched by the need of the community for the same word, with the result that multiple coinages are possible.


 いずれにせよ,この歴史的事情が,現代英語の動詞派生名詞の形態に少なからぬ不統一と混乱をもたらし続けていることは事実である.今後,整理されてゆくとしても,おそらくそれには数世紀という長い時間がかかることだろう.

 ・ Bauer, Laurie. "Competition in English Word Formation." Chapter 8 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 177--98.

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2018-02-26 Mon

#3227. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」の第4回「doubt の <b>--- 近代英語のスペリング」 [slide][spelling][spelling_pronunciation_gap][etymological_respelling][emode][renaissance][standardisation][orthography][lexicography][hel_education][link][asacul]

 朝日カルチャーセンター新宿教室の講座「スペリングでたどる英語の歴史」(全5回)の第4回が,2月24日(土)に開かれました.今回は「doubt の <b>--- 近代英語のスペリング」と題して,近代英語期(1500--1900年)のスペリング事情を概説しました.講座で用いたスライド資料をこちらにアップしておきます.
 今回の要点は以下の3つです.

 ・ ルネサンス期にラテン語かぶれしたスペリングが多く出現
 ・ スペリング標準化は14世紀末から18世紀半ばにかけての息の長い営みだった
 ・ 近代英語期の辞書においても,スペリング標準化は完全には達成されていない

 とりわけ語源的スペリングについては,本ブログでも数多くの記事で取り上げてきたので,etymological_respelling の話題をご覧ください.以下,スライドのページごとにリンクを張っておきます.各スライドは,ブログ記事へのリンク集としても使えます.

   1. 講座『スペリングでたどる英語の歴史』第4回 doubt の <b>--- 近代英語のスペリング
   2. 要点
   3. (1) 語源的スペリング (etymological spelling)
   4. debt の場合
   5. 語源的スペリングの例
   6. island は「非語源的」スペリング?
   7. 語源的スペリングの礼賛者 Holofernes
   8. その後の発音の「追随」:fault の場合
   9. フランス語でも語源的スペリングが・・・
   10. スペリングの機能は表語
   11. (2) 緩慢なスペリング標準化
   12. 印刷はスペリングの標準化を促したか?
   13. (3) 近代英語期の辞書にみるスペリング
   14. Robert Cawdrey's A Table Alphabeticall (1603)
   15. Samuel Johnson's Dictionary of the English Language (1755)
   16. まとめ
   17. 参考文献

Referrer (Inside): [2021-07-28-1] [2018-07-18-1]

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2018-02-23 Fri

#3224. Thomas Harman, A Caveat or Warening for Common Cursetors (1567) [dictionary][slang][lexicology][lexicography][renaissance][register]

 昨日の記事「#3223. George Andrews, A Dictionary of the Slang and Cant language (1809)」 ([2018-02-22-1]) で,英語史上初の俗語・隠語の用語集,Thomas Harman の A Caveat or Warening for Common Cursetors (1567) に言及した.英語史上初の英英辞書,Robert Cawdrey の A Table Alphabeticall に30年以上も先駆けて出版されたというのは驚くべきことに思われるかもしれない.普通の英英辞書よりも,裏世界の用語集のほうが早いというのは,何だかおもしろい.
 しかし,ルネサンス期以前のイングランドにおける辞書編纂の経緯を振り返ってみると,むしろこの流れは自然である.まず,ある言語について最初に作られる辞書・用語集は,ほぼ間違いなく外国語辞書,つまり bilingual dictionaries/glossaries である.実際,羅英辞書,仏英辞書,伊英辞書などが英語史上,先に現われている.このことは,考えてみれば当然である.何といっても,理解できない言語の単語を母語の単語で教えてくれるのが,辞書の第1の役割である.すでによく知っている母語の単語を母語で言い換えたり説明したりする monolingual dictionaries/glossaries は,現代でこそ価値あるものと了解されているが,近代初期にあっては,いまだその意義は人々にピンとこなかったろう.
 そして,外国語辞書に準ずるものとして,次に裏世界の俗語・隠語 (canting language) の用語集が編まれることになった.善良な一般市民にとって,canting language は外国語も同然である.したがって,A Caviat もある種の bilingual glossary だったと言ってよいのである.
 続けて,1604年に英語史上初の「普通の英英辞書」と先ほど言及した A Table Alphabeticall が出版されたが,実際には「普通」の英単語を集めたものではなく,主としてラテン借用語などからなる「難語」を集めたものだった.これも見方によっては bilingual dictionary とも言えるものである.その後,17世紀を通じて英語に関する辞書がたくさん出版されたが,いずれも難語辞書であり,bilingual dictionaries の域を出てはいなかったとも考えられる(cf. 「#609. 難語辞書の17世紀」 ([2010-12-27-1])).
 上記の経緯を勘案すると,いたずらぽい見方をして,英語史上初の英英辞書・用語集は A Caviat であると宣言することもできるかもしれないのだ.この点について,Blank (231) を引用したい.

In fact the original English-English dictionaries, long preceding those produced in the seventeenth century, were glossaries of the canting language. As Thomas Harman and his followers often noted, cant was otherwise known in the period as 'pedlar's French', a term which again reinforced notions of its 'foreign' nature. Harman's popular pamphlet A Caveat or Warening for Common Cursetors (1567) describes the underworld language as a 'leud, lousey language of these lewtering Luskes and lasy Lorrels . . . a vnknowen toung onely, but to these bold, beastly, bawdy Beggers, and vaine Vacabondes'. As a measure of social precaution, he included a glossary intended to expose the 'vnknowen toung', thereby translating the 'leud, lousey' language into 'common' English:

Nab,a pratling chete,quaromes,
a head.a tounge.a body.
  
Nabchet,Crashing chetes,prat,
a hat or cap.teeth.a buttocke.


and so on through a list that includes 120 terms.


 ・ Blank, Paula. "The Babel of Renaissance English." Chapter 8 of The Oxford History of English. Ed. Lynda Mugglestone. Oxford: OUP, 2006. 212--39.

Referrer (Inside): [2020-06-26-1]

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2018-01-27 Sat

#3197. 初期近代英語期の主要な出来事の年表 [timeline][history][emode][chronology][monarch][caxton][reformation][book_of_common_prayer][bible][renaissance][shakespeare][johnson]

 Algeo and Pyles の英語史年表シリーズの第3弾は初期近代英語期 (153--55) .著者らは初期近代英語期を1500--1800年として区切っていることに注意.「#3193. 古英語期の主要な出来事の年表」 ([2018-01-23-1]) と「#3196. 中英語期の主要な出来事の年表」 ([2018-01-26-1]) も参照.

1476William Caxton brought printing to England, thus both serving and promoting a growing body of literate persons. Before that time, literacy was confined to the clergy and a handful of others. Within the next two centuries, most of the gentry and merchants became literate, as well as half the yeomen and some of the husbandmen.
1485Henry Tudor ascended the throne, ending the civil strife called the War of the Roses and introducing 118 years of the Tudor dynasty, which oversaw vast changes in England.
1497John Cabot went on a voyage of exploration for a Northwest Passage to China, in which he discovered Nova Scotia and so foreshadowed English territorial expansion overseas.
1534The Act of Supremacy established Henry VIII as "Supreme Head of the Church of England," and thus officially put civil authority above Church authority in England.
1549The first Book of Common Prayer was adopted and became an influence on English literary style.
1558At the age of 25, Elizabeth I became queen of England and, as a woman with a Renaissance education and a skill for leadership, began a forty-five-year reign that promoted statecraft, literature, science, exploration, and commerce.
1577--80Sir Francis Drake circumnavigated the globe, the first Englishman to do so, and participated in the defeat of the Spanish Armada in 1588, removing an obstacle to English expansion overseas.
1590--1611William Shakespeare wrote the bulk of his plays, from Henry VI to The Tempest.
1600The East India Company was chartered to promote trade with Asia, leading eventually to the establishment of the British Raj in India.
1604Robert Cawdrey published the first English dictionary, A Table Alphabeticall.
1607Jamestown, Virginia, was established as the first permanent English settlement in America.
1611The Authorized or King James Version of the Bible was produced by a committee of scholars and became, with the Prayer Book and the works of Shakespeare, one of the major examples of and influences on English literary style.
1619The first African slaves in North America arrived in Virginia.
1642--48The English Civil War or Puritan Revolution overthrew the monarchy and resulted in the beheading of King Charles I in 1649 and the establishment of a military dictatorship called the Commonwealth and (under Oliver Cromwell) the Protectorate, which lasted until the Restoration of King Charles II in 1660.
1660The Royal Society was founded as the first English organization devoted to the promotion of scientific knowledge and research.
1670The Hudson's Bay Company was chartered for promoting trade and settlement in Canada.
ca. 1680The political parties---Whigs (named perhaps from a Scots term for 'horse drivers' but used for supporters of reform and parliamentary power) and Tories (named from an Irish term for 'outlaws' but used for supporters of conservatism and royal authority), both terms being originally contemptuous---became political forces, thus introducing party politics as a central factor in government.
1688The Glorious Revolution was a bloodless coup in which members of Parliament invited the Dutch prince William of Orange and his wife, Mary (daughter of the reigning English king, James II), to assume the English throne, resulting in the establishment of Parliament's power over that of the monarchy.
1702The first daily newspaper was published in London, followed by an extension of such publications throughout England and the expansion of the influence of the press in disseminating information and forming public opinion.
1719Daniel Defoe published Robinson Crusoe, sometimes identified as the first modern novel in English, although the evolution of the genre was gradual and other works have a claim to that title.
1755Samuels Johnson published his Dictionary of the English Language, a model of comprehensive dictionaries of English
1775--83The American Revolution resulted in the foundation of the first independent nation of English speakers outside the British Isles. Large numbers of British loyalists left the former American colonies for Canada and Nova Scotia, introducing a large number of new English speakers there.
1788The English first settled Australia near modern Sydney.


 初期近代英語期は,外面史的には英語の世界展開の種が蒔かれた時代であり,社会言語学的には種々の機能的な標準化が進んだ時代だったとまとめられるだろう.

 ・ Algeo, John, and Thomas Pyles. The Origins and Development of the English Language. 5th ed. Thomson Wadsworth, 2005.

Referrer (Inside): [2018-02-04-1] [2018-01-30-1]

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