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2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
3年ほど前の年度末に「#2470. 2015年度,英語史の授業を通じて何を学びましたか?」 ([2016-01-31-1]) というアンケートを取ったが,今年度も大学で英語史概説の講義を一通り終えたあとで感想や意見を募ってみた.いくつか目にとまったものを再現したい.
・ 英語史的な「裏を返してみる」といった思考が備わったことが大きいと思いました.〔中略〕なぜ,a apple はだめなのか,なぜ children なのか,なぜ三単現がいるのか,など.このような疑問に答えられる先生が自分の学校に欲しかったという思いから来ている部分もありますが,この1年で学んだことをこれからさらに深め,そうした形で知識を活かせる程の力をつけたいと考えています.
・ 今後の英語学習において疑問が浮かんだ際に,「この問題は英語史的な観点ではどう見えるのだろう」という新しい一つの観点を獲得できたことは,私にとってとても大きな財産であると考えます.何よりも,人間の歴史と英語の歴史を重ねて研究していく作業そのものが,とても楽しかったです.
・ 世界史で覚えていた事柄に英語史という新たな歴史が肉付けされていく喜びを感じました.
・ なんだか英語史と聞くととっつきにくいイメージがあったが,英語史というものは,結構人間くさくておもしろいものだと分かった.
・ 言葉はその言葉を使っている人全員で作りあげるものだと思います.なので今自分も英語を勉強していますが,気構えずにもっと気楽に英語を使う姿勢が大切だと気づけたことが,最も価値のある学びだったと思っています.
・ こうした権力と深く結びついた言語を日常で用いることは,まさに日常に於いて社会の権力関係を反すうすることであり,これを無意識的に行うのは問題のあることではないかと感じさせられた.そうした気付きを通じて,言語をより重大なものと捉えるようになった.
・ 言語が歴史・文化そして何よりも人々の mind をうつし出す鏡であると感じた.戦争があれば独自性を自国の母語に求め,合理的な考え方が流行すれば言語表現や解釈にも合理性をもとめる.刻一刻と変化しつづける世の中の態度でもって言語は簡単(でもないが)に変化してしまう.そういう鏡であると感じた.
・ 私は英語の教員を目指すなかで,生徒に英語を楽しく学んでもらうにはどうするべきか,ということにとても頭を悩ませてきた.今年度の英語史を受講してそのヒントとなることをたくさん見つけることができた気がする.英語の「実は○○」を知って,自分がとてもわくわくしたのと同じように,生徒にも,英語をわくわくしながら学んでもらえる授業をしたいと思う.
・ [英語が]今後どのような変化をするのか知ることはできないが興味がわいたし,この授業をとらなければそんな感情は抱かなかったと思う.
・ 物事を判断する際は何となくで1つの結論におとしこまず,その背景をよく見てから判断していく必要があるのだろう.
・ 世界史の授業のように「覚えることが多くて大変そう」というようなマイナスイメージで始まった英語史でしたが,今では偶然が偶然を呼ぶ,奇跡の記録という認識を持っているのでとても楽しいです.〔中略〕「英語史は一流のコントである」が私の1年間の英語史の授業を通して学んだことです.
・ これまで学校や塾で何十年も英語を学んできて「なぜ?」と思っても「そういうルールだから」と流されてしまっていた事をこの英語史の講義を通して知ることができたと思っています.〔中略〕おそらくこの講義を受けていなければ知ることも知ろうとすることもなかったと思います.また,この講義を通して,疑問を持つことの重要さも知ることができました.普段何とも思っていないような事柄に長い歴史があることなども知ることができました.
・ 言語というものは,人間が用いる道具としての役割を持つだけでなく,人間の歴史と人間そのものを表しているということである.
・ つづりがむずかしいのは生徒のせいではないということをちゃんと説明できるようになりました.
・ 単なる教科としての「言語」に,こんなにも広い背景と歴史との関わりがあったことがわかり,一種の息吹が生まれたというか,言語も「生きている」のだなと感じた.
・ 知っていたけれどもわかっていたわけではなかったことに気付かされたということに私は価値を見出しました.
・ 言語はさかのぼって解きほぐすことはできるけど,未来の形は予想できないということです.
・ 「もしも」や歴史の見方を英語史の授業から学べたことは,とても価値があったと思う.
・ 「英語」という偉大な大きな何かではなく,人の中にある,利用される生きた言語としてうけとめやすくなる.私は英語の教員免許の取得を目指しているが,教員になった暁には,ぜひ生徒にも伝えたいと思う学びであった.
・ これからも英語は長い年月をかけて少しづつ変わっていくのかもしれないが,それも我々の行動に基づいて形成されていくのだとすると,我々がことばという1つの道具をぞんぶんに活用することは,私たちの権利というよりは義務なのかもしれないとも思う.
・ 改めて学際的な学問の良さすばらしさに気づかせてくれたことが,私にとって最も価値あることである.
・ 英語を学問する立場として英語史の知識は必要不可欠であるし,スキルの向上にしか目が無い学習者との一線や豊かな知識をたくわえることができると感じる.
・ 今英語という言語が存在し,ましてや世界的言語という地位にのぼるまでには,本当にたくさんの人々の行動や努力によってなされたのだな,とそう考えることもできると思います.フランス語から支配されており,もしフランス語が英語を放っておかずに強制的に庶民にもフランス語をたたきこんでいたら英語は消えていたのか?と考えると英語の存在はきせきであると感じます.私達がこのように当たり前に使い,時には嫌っているものが,その歴史や詳細を学ぶことでその存在自体がすごいと思える,このことを英語史で学べました.
・ 私は今も英語を勉強し,話したりもするが,何百年も前の時代や人々の息吹がかかった言葉を使っているのだと思いながらすると,非常にワクワクドキドキする.そして英語がさらに好きになる.この授業を通して,英語に新たに大きな魅力を見出すことが出来た.
・ 英語史を学ぶまで,英語は数学や物理と同じ“科目”としか思っていませんでした.〔中略〕英語は義務教育で習う科目の1つではなく,日本語と同じ言語の1つなんだということに気づかせてくれた点で,英語史は私にとって価値あるものでした.
・ 英語も使い倒され,刻々と変化してきた言語であり,これからも変わっていくと考えると,英語の学びにも柔軟になった気がする.
様々なレベルの「学び」があったようで,講義担当者としては嬉しい限りである.来年度も英語史を,そして英語史から,学んでいきましょう.
英語には,歴史的な大母音推移 (Great Vowel Shift; gvs) とは別に,現代英語の共時的な現象としての "Modern English Vowel Shift Rule (alterations)" というものがある.後者は,現代英語の派生語ペアにみられる音韻形態論的な変異に関する共時的な規則である.Chomsky and Halle に端を発し,その後の語彙形態論でも扱われてきたトピックだ.たとえば,次のようなペアの母音に関して交替がみられる.various ? variety, comedy ? comedian, study ? studious, harmony ? harmonious; divine ? divinity, serene ? serenity, sane ? sanity, reduce ? reduction, fool ? folly, profound ? profundity (McMahon 342) .
McMahon は,この共時的な規則を最適性理論 (Optimality Theory; ot) で分析した先行研究の不備を指摘しながら,同理論は韻律論 (prosody) の問題を扱うのには長けているが,母音交替のような分節音に関する問題には適用しにくいのではないかと論じている.両部門は,一般には同じ「音韻論」にくくられるとはいえ,実際には独立性が高いのではないかという.McMahon (357) は,独立性の根拠をあげながら次のように論じている.
. . . we must recognise prosodic and melodic phonology as two different systems, and in fact there are many different strands of evidence pointing in that direction. For instance, prosodic phonology shows clearer connections with emotion, with gesture, and with aspects of call systems in other primates. Prosodic and segmental phonology behave very differently in cases of language disorder and breakdown, with some children who are seriously language-impaired finding considerable compensatory strength in prosody, for instance. Prosodic phonology is also acquired early, and there is evidence that the brain lateralisation of prosody and melody is different too, with more involvement of the right hemisphere in prosody, and strong left hemisphere localisation for segmentals. If prosody phonology and segmental phonology are actually two very different systems, which have evolved differently, are processed differently, are acquired differently, and interact with different systems (as with the paralinguistic uses of prosody, for instance), then there is no need for us to expect a single theory to deal with both.
この見解は,OT の理論的な扱いに関するにとどまらず,言語学における音韻論の位置づけについても再考を促すものとなるだろう.
・ Chomsky, Noam and Morris Halle. The Sound Pattern of English. New York: Harper & Row, 1968.
・ McMahon, April. "Who's Afraid of the Vowel Shift Rule?" Language Sciences (Issues in English Phonology) 29 (2007): 341--59.
Brengelman は,17世紀中に確立した英語の綴字標準化は,印刷業者の手によるものというよりは正音学者たち(および彼らとコラボした教育者たち)の功績であると考えている.これは「#1384. 綴字の標準化に貢献したのは17世紀の理論言語学者と教師」 ([2013-02-09-1]) で紹介したとおりである.綴字の標準化は,17世紀半ばに秩序を示しつつ成るべくして成った旨を,Brengelman (334) より引用しよう.
Above all, it is significant that the English spelling system that emerged from the seventeenth century is not a collection of random choices from the ungoverned mass of alternatives that were available at the beginning of the century but rather a highly ordered system taking into account phonology, morphology, and etymology and providing rules for spelling the new words that were flooding the English lexicon. / Printed texts from the period demonstrate clearly that, during the middle half of the seventeenth century, English spelling evolved from near anarchy to almost complete predictability.
では,正音学者は具体的にどんな正書法上の改善点をもたらしたのだろうか.主立った5点を,Brengelman (347) よりあげよう.
1. The rationalization of the use of final e.
2. The rationalization of the use of consonant doubling, including the use of tch and ch, dg and g, ck and k.
3. The rationalization of the use of i and j, v and u.
4. Resolution of the worst problems relating to the use of i, y, and ie.
5. The almost total regularization of morphemes borrowed from Latin, including those borrowed by way of French.
これらの改善点は,個々の単語レベルでみれば軽微なものにすぎないが,集合的にいえば綴字の見栄えをぐんと現代的にしてくれた.
綴字標準化に関する Brengelman の重要な論考については,「#1383. ラテン単語を英語化する形態規則」 ([2013-02-08-1]),「#1385. Caxton が綴字標準化に貢献しなかったと考えられる根拠」 ([2013-02-10-1]),「#1385. Caxton が綴字標準化に貢献しなかったと考えられる根拠」 ([2013-02-10-1]),「#1387. 語源的綴字の採用は17世紀」 ([2013-02-12-1]),「#2377. 先行する長母音を表わす <e> の先駆け (1)」 ([2015-10-30-1]) でも言及しているのでので要参照.
・ Brengelman, F. H. "Orthoepists, Printers, and the Rationalization of English Spelling." JEGP 79 (1980): 332--54.
昨日の記事「3562. may 祈願文の生産性」 ([2019-01-27-1]) を含め起源の may については may の各記事で取り上げてきたが,歴史的には法助動詞を用いた祈願文として,mote (「#2256. 祈願を表わす may の初例」 ([2015-07-01-1]) を参照)や might (「#3423. 祈願の might (1)」 ([2018-09-10-1]),「#3424. 祈願の might (2)」 ([2018-09-11-1]) を参照)の例がある(ただし,後者は may と異なり非現実的祈願).
もう1つ歴史的にも非常に稀なのだが,mote の過去形に相当する most(e (形態的に現代英語の must に連なる)を用いた祈願文が存在した.Visser (1800) に,少数の例が挙げられている.
・ 13.. Curs. Mundi 25387, "Amen," þat es "Sua most it be." (But cf. 25294, þi nam mot halud be).
・ c1425 Chester Pageant of Abraham, Melchisedec & Isaac, Everym. Libr. p. 41, 12, Abraham, welcome must thou be . . . Blessed must thou be.
・ c1450 Chester Pl., Noah's Flood (in: Pollard, Eng. Mir. Pl.) 284, Ah lord honoured most thou be!
・ c1475 Siege of Rouen (ed. Gairdner; Camb. Soc.) p. 25, Hym wanted no thynge þat a prynce shulde have: Almyghty God moste [v.r. mote] hym save!
Visser は,祈願の most(e の例があまりに少ないことから,写字生が mote を書き誤ったものではないかとも示唆しており,また2人称単数主語の場合について most は古英語の現在形を保持しているものではないかとも述べている.真正な祈願の must が存在していたのか,怪しいというわけだ.確かに少ない例文を眺めていると,mote との混同という気がしないでもない.
・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.
may 祈願文の歴史や現代での事例について may や optative の記事で扱ってきた.松瀬 (78) が引用している Declerck (416) によると,may 祈願文の特徴として4点が指摘されている.
a. In a main clause, a wish (malediction or benediction) is introduced by may.
b. This use of may is very formal and rarely found in modern English, except in standing expressions.
c. May always expresses a present wish with future actualisation.
d. Might cannot be used in a similar way.
a, c, d については問題なく受け入れられるが,b についてはどうだろうか.誤りとはいわずとも,補足が必要なように思われる.
may 祈願文の現状をみるために,BNCweb で例を集めてみた.ただし,助動詞の may (検索式に "may_VM0" と指定)は,3,537のテキストから112,397例がヒットし,そのなかから少数派の祈願用法の例を漏れなく探すのにはあまりに骨が折れる.そこで,may 祈願文の典型的な統語パターンや感嘆符の存在などを頼りに,なるべく多くの例が網にかかるはずという次善の策で今回は満足することにした.その上で,手作業にて確かな文例を拾い出した.
結果として取り出せたのは100個ほどの例文である(結果をまとめたテキストファイルはこちら).取り残しも相当数あるだろうが,1億語からなるコーパスから100例ということは,頻度として相当に貧弱とはいえる.また,定型表現 (Declerck の "standing expressions")に多いということも確認された.もっとも,上述のように定型表現などの「型」を頼りに検索しているので,この結果は当然といえば当然である.たとえば May God bless/forgive/rest . . . や Long may it flourish/continue/last . . . や May . . . be with you . . . や Much good may it do . . . などは,明らかなパターンを示している.
しかし,これらの型にはまりきったものばかりではない.may 祈願文は,上のようなお決まりのパターンに基づいて語句を入れ替えただけの「パロディ」の枠をはみ出し,数は多くないとはいえ,新たなタイプの文を確かに生産しているのである.その意味で,「頻度」は低くとも「生産性」は必ずしも衰えていないと言えるのではないか.次のような例を挙げておこう.
・ Happy days, Jack, and may all your troubles be little ones!' (A73 91)
・ AN OLD CAMBRIDGE toast is, 'Here's to pure mathematics - may she never be of any use to anyone!' (B7C 2026)
・ St Augustine taught that God had created man in his own image and so it was by looking at his own soul that man would discover God: 'May I know myself! may I know thee!' he had cried. (CD4 417)
・ May you be doing so well into the next century! (CGB 37)
・ With joy may we burn and cleanse!' (CM4 255)
・ May all dealers have this problem! (EBU 2407)
・ May you take that knowledge to your grave!' (HGV 6054)
もう1つ authentic な例を.1ヶ月ほど前,年始に海外から次のような文で始まるメールを受け取った.
We hope this email finds you all well and settling in to the New Year. May it be a productive and enjoyable one for one and all!
・ 松瀬 憲司 「"May the Force Be with You!"――英語の may 祈願文について――」『熊本大学教育学部紀要』64巻,2015年.77--84頁.
・ Declerck, R. A Comprehensive Descriptive Grammar of English. Tokyo: Kaitaku-sha, 1991.
[2019-01-24-1], [2019-01-25-1] に引き続いての話題.丁寧な依頼・命令を表わす語用標識 (pragmatic_marker) としての please の発達の諸説についてみてきたが,発達に関する2つの仮説を整理すると (1) Please (it) you that . . . などが元にあり,主節動詞である please が以下から切り離されて語用標識化したという説と,(2) if you please, . . . などが元にあり,条件を表わす従属節の please が独立して語用標識化したという説があることになる.(1) は主節からの発達,(2) は従属節からの発達ということになり,対照的な仮説のようにみえる.
Brinton (21) も,どちらかを支持するわけでもなく,Allen の研究に基づいて両説を対比的に紹介している.
An early study looking at an adverbial comment clause is Allen's argument that the politeness marker please originated in the adverbial clause if you please (1995; see also Chen 1998: 25--27). Traditionally, please has been assumed to originate in the impersonal construction please it you 'may it please you' > please you > please (OED: s.v. please, adv. and int.; cf. please, v., def. 3b). Such a structure would suggest the existence of a subordinate that-clause (subject) and argue for a version of the matrix clause hypothesis. However, the OED allows that please may also be seen as a shortened form of if you please (s.v. please, adv. and int.; cf. please, v., def. 6c). Allen notes that the personal construction if/when you please does not arise through reanalysis of the impersonal if it please you; rather, the two constructions exist independently and are already clearly differentiated in Shakespeare's time. The impersonal becomes recessive and is lost, while the personal form is routinized as a polite formula and ultimately (at the beginning of the twentieth century) shortened to please.
語用標識 please の原型はどちらなのだろうか,あるいは両方と考えることもできるのだろうか.この問題に迫るには,初期近代英語期における両者の具体例や頻度を詳しく調査する必要がありそうだ.
・ Brinton, Laurel J. The Evolution of Pragmatic Markers in English: Pathways of Change. Cambridge: CUP, 2017.
・ Allen, Cynthia L. "On Doing as You Please." Historical Pragmatics: Pragmatic Developments in the History of English. Ed. Andreas H. Jucker. Amsterdam: John Benjamins, 1995. 275--309.
・ Chen, Guohua. "The Degrammaticalization of Addressee-Satisfaction Conditionals in Early Modern English." Advances in English Historical Linguistics. Ed. Jacek Fisiak and Marcin Krygier. Berlin: Mouton de Gruyter, 1998. 23--32.
昨日の記事 ([2019-01-24-1]) に引き続いての話題.現代の語用標識 (pragmatic_marker) としての please は,次に動詞の原形が続いて丁寧な依頼・命令を表わすが,歴史的には please に後続するのは動詞の原形にかぎらず,様々なパターンがありえた.OED の please, v. の 6d に,人称的な用法として,様々な統語パターンの記述がある.
d. orig. Sc. In imperative or optative use: 'may it (or let it) please you', used chiefly to introduce a respectful request. Formerly with bare infinitive, that-clause, or and followed by imperative. Now only with to-infinitive (chiefly regional).
Examples with bare infinitive complement are now usually analysed as please adv. followed by an imperative. This change probably dates from the development of the adverb, which may stand at the beginning of a clause modifying a main verb in the imperative.
1543 in A. I. Cameron Sc. Corr. Mary of Lorraine (1927) 8 Mademe..pleis wit I have spokin with my lord governour.
1568 D. Lindsay Satyre (Bannatyne) 3615 in Wks. (1931) II. 331 Schir pleis ȝe that we twa invaid thame And ȝe sell se vs sone degraid thame.
1617 in L. B. Taylor Aberdeen Council Lett. (1942) I. 144 Pleis ressave the contract.
1667 Milton Paradise Lost v. 397 Heav'nly stranger, please to taste These bounties which our Nourisher,..To us for food and for delight hath caus'd The Earth to yeild.
1688 J. Bloome Let. 7 Mar. in R. Law Eng. in W. Afr. (2001) II. 149 Please to procure mee weights, scales, blow panns and sifters.
1716 J. Steuart Let.-bk. (1915) 36 Please and forward the inclosed for Hamburg.
1757 W. Provoost Let. 25 Aug. in Beekman Mercantile Papers (1956) II. 659 Please to send me the following things Vizt. 1 Dozen of Black mitts. 1 piece of Black Durant fine.
1798 T. Holcroft Inquisitor iv. viii. 49 Please, Sir, to read, and be convinced.
1805 E. Cavanagh Let. 20 Aug. in M. Wilmot & C. Wilmot Russ. Jrnls. (1934) ii. 183 Will you plaise to tell them down below that I never makes free with any Body.
1871 B. Jowett tr. Plato Dialogues I. 88 Please then to take my place.
1926 N.E.D. at Way sb.1 There lies your way, please to go away.
1973 Punch 3 Oct. Please to shut up!
1997 P. Melville Ventriloquist's Tale (1998) ii. 140 Please to keep quiet and mime the songs, chile.
例文からもわかるように,that 節, to 不定詞,原形不定詞,and do などのパターンが認められる.このうち原形不定詞が続くものが,現代の一般的な丁寧な依頼・命令を表わす語法として広まっていったのである.
丁寧な依頼・命令を表わす副詞・間投詞としての please は,機能的にはポライトネス (politeness) を果たす語用標識 (pragmatic_marker) といってよい.もともとは「?を喜ばせる,?に気に入る」の意の動詞であり,動詞としての用法は現在も健在だが,それがいかにして語用標識化していったのか.OED の please, adv. and int. の語源解説によれば,道筋としては2通りが考えられるという.
As a request for the attention or indulgence of the hearer, probably originally short for please you (your honour, etc.) (see please v. 3b(b)), but subsequently understood as short for if you please (see please v. 6c). As a request for action, in immediate proximity to a verb in the imperative, probably shortened from the imperative or optative please followed by the to-infinitive (see please v. 6d).
考えられる道筋の1つは,非人称動詞として用いられている please (it) you などが約まったというものであり,もう1つは,人称動詞として用いられている if you please が約まったというものである.起源としては前者が早く,後者は前者に基づいたもので,1530年に初出している.人称動詞としての please の用法は,15世紀にスコットランドの作家たちによって用いられ出したものである.これらのいずれかの表現が約まったのだろう,現代的な語用標識の副詞として初めて現われるのは,OED によれば1771年である.
1771 P. Davies Let. 26 Sept. in F. Mason John Norton & Sons (1968) 192 Please send the inclosed to the Port office.
現代的な用法の please が,いずれの表現から発達したのかを決定するのは難しい.原型となりえた表現は上記の2種のほかにも,そこから派生した様々な表現があったからである.例えば,ほぼ同じ使い方で if it please you (cf. F s'il vous plaît), may it please you, so please you, please to, please it you, please you などがあった.現代の用法は,これらのいずれ(あるいはすべて)に起源をもつという言い方もできるかもしれない.
ある言語を何と呼ぶか,あるいはある言語名で表わされている言語は何かという問題は,社会言語学的に深遠な話題である.言語名と,それがどの言語を指示するかという記号論的関係の問題である.
日本の場合,アイヌ語や八重山語などの少数言語がいくつかあることは承知した上で,事実上「言語名=母語話者名=国家名=民族名」のように諸概念の名前が「日本」できれいに一致するので,言語を「日本語」と呼ぶことに何も問題がないように思われるかもしれない(cf. 「#3457. 日本の消滅危機言語・方言」 ([2018-10-14-1])).しかし,このように諸概念名がほぼ一致する言語は,世界では非常に珍しいということを知っておく必要がある.
アジア,アフリカ,太平洋地域はもとより,意外に思われるかもしれないがヨーロッパ諸国でも言語,母語話者,国家,民族は一致せず,したがってそれらを何と呼称するかという問題は,ときに深刻な問題になり得るのだ(cf. 「#1374. ヨーロッパ各国は多言語使用国である」 ([2013-01-30-1])).たとえば,本ブログでは「#1659. マケドニア語の社会言語学」 ([2013-11-11-1]) や「#3429. マケドニアの新国名を巡る問題」 ([2018-09-16-1]) でマケドニア(語)について論じてきたし,「#1636. Serbian, Croatian, Bosnian」 ([2013-10-19-1]) では旧ユーゴの諸言語の名前を巡る話題も取り上げてきた.
本ブログの関心から最も身近なところでいえば,「英語」という呼称が指すものも時代とともに変化してきた.古英語期には,"English" はイングランドで話されていた西ゲルマン語群の諸方言を集合的に指していた.しかし,中英語期には,この言語の話者はイングランド以外でも,部分的にではあれスコットランド,ウェールズ,アイルランドでも用いられるようになり,"English" の指示対象は地理的も方言的にも広まった.さらに近代英語期にかけては,英語はブリテン諸島からも飛び出して,様々な変種も含めて "English" と呼ばれるようになり,現代ではアメリカ英語やインド英語はもとより世界各地で行なわれているピジン英語までもが "English" と呼ばれるようになっている.「英語」の記号論的関係は千年前と今とでは著しく異なっている.
前段の話題は "English" という名前の指す範囲の変化についての semasiological な考察だが,逆に A と呼ばれていたある言語変種が,あるときから B と呼ばれるようになったという onomasiological な例も挙げておこう.「#1719. Scotland における英語の歴史」 ([2014-01-10-1]) で紹介した通り,スコットランド低地地方に根付いた英語変種は,15世紀以前にはあくまで "Inglis" の1変種とみなされていたが,15世紀後半から "Scottis" と称されるようになったのである.この "Scottis" とは,本来,英語とは縁もゆかりもないケルト語派に属するゲール語を指していたにもかかわらずである.平田 (57) が指摘する通り,このような言語名の言い換えの背景には,必ずやその担い手のアイデンティティの変化がある.
古スコッツ語は,一一〇〇年から一七〇〇年まで初期スコッツ語,中期スコッツ語と変遷した歴史を持つが,もっとも大きな変化は,一五世紀末に呼び名が変わったこと,すなわちイングリスがスコティス(Scottis は Scottish の古スコッツ語異形.Scots は Scottis の中間音節省略形)と呼ばれるようになったことである.かつてスコティスという言葉はあきらかにハイランド(とアイルランド)のゲール語を指していた.スコットランド性はゲール語と結びつけられていた.ところが,ローランド人は,この言語変種の呼び名はスコティスであると主張した.これははっきりとした自己認識の転換であった.スコティスはこれ以後はゲール語以外の言語を指すようになった.これはスコットランドの言語的なアイデンティティが転換したことを示しているのである.
言語と言語名の記号論ほど,すぐれて社会言語学的な話題はない.
・ 平田 雅博 『英語の帝国 ―ある島国の言語の1500年史―』 講談社,2016年.
古今東西の○○英語において,3単現の動詞はどのように屈折しているのか.長らく追いかけている問題で,本ブログでも以下の記事をはじめとして 3sp の各記事で取り上げてきた.
・ 「#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布」 ([2011-06-26-1])
・ 「#1850. AAVE における動詞現在形の -s」 ([2014-05-21-1])
・ 「#1889. AAVE における動詞現在形の -s (2)」 ([2014-06-29-1])
・ 「#1852. 中英語の方言における直説法現在形動詞の語尾と NPTR」 ([2014-05-23-1])
・ 「#2310. 3単現のゼロ」 ([2015-08-24-1])
・ 「#2112. なぜ3単現の -s がつくのか?」 ([2015-02-07-1])
・ 「#2136. 3単現の -s の生成文法による分析」 ([2015-03-03-1])
・ 「#2566. 「3単現の -s の問題とは何か」」 ([2016-05-06-1])
・ 「#2857. 連載第2回「なぜ3単現に -s を付けるのか? ――変種という視点から」」 ([2017-02-21-1])
現在の世界中の○○英語においては,3単現の語尾はどのようになっているのか,Mesthrie and Bhatt (66--67) の記述をまとめておきたい.
3単現で -s 語尾とゼロ語尾が交替するケースは,数多く報告されている.ナイジェリア変種や東アフリカ諸変種をはじめ,アメリカ・インディアン諸変種,インド変種,インド系南アフリカ変種,黒人南アフリカ変種,フィリピン変種 (e.g. He go to school.),シンガポール変種,ケープ平地変種などがある.
標準英語の反対を行く興味深い変種もある.単数でゼロとなり,複数で -s を取るという分布だ.アメリカ・インディアン変種のなかでもイスレタ族変種 (Isletan) では,次のような文例が確認されるという.
・ there are some parties that goes on over there.
・ Some peoples from the outside comes in.
・ All the dances that goes on like that occur in the spring.
・ The women has no voice to vote.
・ Maybe the governor go to these parents' homes.
・ About a dollar a day serve out your term.
・ This traditional Indian ritual take place in June.
・ By this time, this one side that are fast have overlapped.
・ The governor don't take the case.
イスレタ族変種と同様の傾向が,ケープ平地変種でも確認されるという (e.g. They drink and they makes a lot of noise.) .
標準英語の逆を行くこれらの変種の文法もある意味では合理的といえる.主語が単数であれば主語の名詞にも述語の動詞にも -s が現われず,主語が複数であればいずれにも -s が付加されるという点で一貫しているからだ.Mesthrie and Bhatt (66) は,この体系を "-s plural symmetry" と呼んでいる.
ただし,"-s plural symmetry" を示す変種は inherent variety なのか,あるいは話者個人が標準英語などを目標として過剰修正 (hypercorrection) した結果の付帯現象なのかは,今後の調査を待たなければならない.また,これらの変種が,北部イングランドの歴史的な Northern Present Tense Rule (nptr) と歴史的因果関係があるのかどうかも慎重に検討しなければならないだろう.
・ Mesthrie, Rajend and Rakesh M. Bhatt. World Englishes: The Study of New Linguistic Varieties. Cambridge: CUP, 2008.
昨日の記事「#3555. 『コンプトン 英国史・英文学史』の「英国史」の目次」 ([2019-01-20-1]) に引き続き,同じ『コンプトン』より今回は「英文学史」の部分の目次 (ix--x) を掲げよう.イギリス史と同じく,要点を押さえたコンパクトな英文学史概説として勧められる.
イギリス史の目次シリーズの一環として『コンプトン 英国史・英文学史』の「英国史」の部分に関する目次 (vii--ix) を掲げよう.『コンプトン』の英国史は,アメリカの百科全書 Compton's Encyclopedia (1987年版)所載の "England" 中の "History" の部分を翻訳したもので,短いながらもよく書かれたイギリス史の概説として勧められる.
もう1つのイギリス史の目次として「#3430. 『物語 イギリスの歴史(上下巻)』の目次」 ([2018-09-17-1]) も参照.
「#3552. 大母音推移の5つの問題」 ([2019-01-17-1]) で大母音推移 (gvs) にまつわる主要な問題を整理したが,ほかにも関連する難題が山積している.昨日の記事「#3553. 大母音推移の各音変化の年代」 ([2019-01-18-1]) で取り上げたように,母音四辺形でいうところの上半分の母音(高母音群)の変化は比較的早い年代に生じているが,下半分の母音(低母音群)では数十年から1世紀ほども遅れている.全体として連鎖的な推移を想定するのであれば,少しずつ時間がずれているのは自然だが,時間のずれ幅が大きい場合には,1つの大きな推移とみるのではなく,2つ(以上)の小さな推移が独立して生じたと解釈するほうがよいのではないか.だが,1つの大推移と主張するためには全体がどのくらいの時間幅に収まっていればよいのか.50年ほどならOKで,100年ではダメなのか.客観的な基準はない.この上半分と下半分の連結・分離の問題を「大母音推移の上下問題」と呼んでおこう.
もう1つ「大母音推移の左右問題」と呼べる問題がある.伝統的な大母音推移の説では,左側の母音(前舌母音群)と右側の母音(後舌母音群)が平行的に上げや2重母音化を経たことになっており,左右の対称性がはなから前提とされている.しかし,左側が変化すれば必然的に右側も変化する(あるいはその逆)ということは特に音韻論的に支持されるわけではなく,一種の美学にすぎない(「#1405. 北と南の大母音推移」 ([2013-03-02-1]) を参照).そうでないと言うならば,対称性を前提としてよいと考える根拠が欲しい.あるいは全般的に長母音の上げを示す駆流 (drift) が,英語の歴史(ないしは言語の歴史)にはあるということだろうか.そうであるならば,やはりその証拠が欲しい.
Krug は「上下問題」と「左右問題」という表現は使わずとも両問題に言及しながら,大母音推移を巡る様々な立場は,言語変化の事実に関する見解の相違というよりは,定義に関する見解の相違だと言い切る.いずれの立場も,それ自体では正しいとも誤っているともいえない,ということだ.
In terms of the classic musical chairs analogy, we might ask: how long may it take for a chair (or a gap in the system) to be filled to still qualify as one and the same game? For those theorists who allow a gap of up to 150 years . . . the whole series of changes . . . can be interpreted as forming a unitary Great vowel Shift --- even though . . . it would seem preferable to speak of one shift in the back and one in the front since the two are not interrelated. For those who require lockstep or a maximum time gap of 50 years, however, it will be two smaller shifts (affecting the upper half of the ME vowel inventory) followed by another small chain shift raising ME /aː/ and /ɛː/ in the first half of the 17th century plus an individual, but roughly contemporaneous change from ME /ɔː/ to [oː]. Both of these positions are legitimate and neither one is inherently superior from an analytic point of view.
・ Krug, Manfred. "The Great Vowel Shift." Chapter 14 of The History of English. 4th vol. Early Modern English. Ed. Laurel J. Brinton and Alexander Bergs. Berlin: Mouton de Gruyter, 2017. 241--66.
昨日の記事「#3552. 大母音推移の5つの問題」 ([2019-01-17-1]) で取り上げたように,大母音推移 (gvs) には様々な問題が立ちはだかっている.昨日挙げた5点のすべてに通底する根本的な問いは,当時の書き言葉からしか得られない情報に基づき,いかに正しく音価を復元しうるのかという文献学的な問題である.綴字の分析や解釈の仕方に応じて,各長母音・2重母音の音価や変化のタイミングに関する結論が,研究者間で異なってしまうということになりかねない.これが大母音推移研究の最大の難問なのである.
しかし,膨大な研究の蓄積により,各音変化の年代についてある程度の事実が分かってきていることも確かである.綴字以外にも,詩の脚韻の慣習,脚韻語の辞書,正音学者による記述なども音価の特定に貢献してきたし,情報を総合すればある程度の実態が浮かび上がってくるものである.Krug (249) は,主要な先行研究をまとめる形で,大母音推移の各変化の生じた年代を示す図を作成した.以下に,"Dating the changes of Middle English long vowels" と題されたその図を再現しよう.
Middle English | c.1500 | c.1600 | c.1700 | Modern English | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
c.1300 | (RP) | ||||||||
(I) | iː | > | ɪi | > | əɪ | > | aɪ | ≈ | aɪ |
(II) | uː | > | ʊu | > | əʊ | > | aʊ | ≈ | aʊ |
(III) | eː | > | iː | ≈ | iː | ||||
(IV) | oː | > | uː | ≈ | uː | ||||
(V) | ɛː | > | e̞ː | > | eː | > | iː | ≈ | iː |
(VI) | ɔː | > | oː | > | oʊ > əʊ | ||||
(VII) | aː | > | æː > ɛː | > | eː | > | eɪ |
大母音推移 (gvs) の研究は,Jespersen が1909年にこの用語を導入して以来,110年もの間,英語史や音韻論の研究者を魅了してきた.長い研究史のなかでも,この40年ほどは,この変化が本当に「大」であるのか,そして「推移」であるのかという本質的な問題に注目が集まってきた.その過程で GVS の様々な側面が議論されてきたが,特に重要な論題を整理すると5点にまとめられるという.Lass と Stockwell and Minkova を参照した Krug (242--43) より,その5点を示そう.
(i) Inception: where in the vowel space did the series of change begin?
(ii) Order: what is the chronology of individual and overlapping changes?
(iii) Structural coherence: are we dealing with interdependent changes forming a unitary overarching change or with local and independent changes?
(iv) Mergers: is the assumption of non-merger, i.e. preservation of phonemic contrasts, viable for language change in general and met in the specific changes of the GVS?
(v) Dialects: how do we deal with dialects which did not undergo the same changes as southern English or in which the changes proceeded in a different order?
この5点について丁寧に論じているのが,McMahon である.McMahon は,個々の問題に対して単純に答えを出すことはできないとしながらも,従来の「大母音推移」の呼称は妥当なのではないかと結論している.
・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spellings. London: Allen and Unwin, 1909.
・ Krug, Manfred. "The Great Vowel Shift." Chapter 14 of The History of English. 4th vol. Early Modern English. Ed. Laurel J. Brinton and Alexander Bergs. Berlin: Mouton de Gruyter, 2017. 241--66.
・ Lass, Roger. "Rules, Metarules and the Shape of the Great Vowel Shift". English Phonology and Phonological Theory: Synchronic and Diachronic Studies. Ed. Roger Lass. Cambridge: CUP, 1976. 51--102.
・ Stockwell, Robert and Donka Minkova. "The English Vowel Shift: Problems of Coherence and Explanation." Luick Revisited. Ed. Dieter Kastovsky, Gero Bauer, and Jacek Fisiak. Tübingen: Gunter Narr, 1988. 355--94.
・ McMahon, April. "Restructuring Renaissance English." The Oxford History of English. Ed. Lynda Mugglestone. Oxford: OUP, 147--77.
近代英語期にはゆっくりと英語の標準化 (standardisation) が目指されたが,標準化とは Haugen によれば "maximum variation in function" かつ "minimum variation in form" のことである(「#2745. Haugen の言語標準化の4段階 (2)」 ([2016-11-01-1])).後者は端的にいえば,1つの単語につき1つの形式(発音・綴字)が対応しているべきであり,複数の異形態 (allomorphs) が対応していることは望ましくないという立場である.
標題の機能語のペアは,n をもつ形態が語源的ではあるが,中英語では n を脱落させた異形態も普通に用いられており,特に韻文などでは音韻や韻律の都合で便利に使い分けされる「役に立つ変異」だった.形態的に一本化するよりも,音韻的な都合のために多様な選択肢を残しておくのをよしとする言語設計だったとでも言おうか.
ところが,初期近代英語期に英語の標準化が進んでくると,それ以前とは逆に,音韻的自由を犠牲にして形態的統一を重視する言語設計が頭をもたげてくる.標題の各語は,n の有無の間で自由に揺れることを許されなくなり,いずれかの形態が標準として採用されなければならなくなったのである.n のある形態かない形態か,いずれが選ばれるかは語によって異なっていたが,不定冠詞や1人称所有代名詞のように,用いられる分布が音韻的,文法的に明確に規定されさえすれば両形態が共存することもありえた.このような個々の語の振る舞いの違いこそあれ,基本的な思想としては,自由変異としての異形態の存在を許さず,それぞれの形態に1つの決まった役割を与えるということとなった.
a や my では n のない形態が選ばれ,in や on では n のある形態が選ばれたという違いは,音韻的には説明をつけるのが難しいが,標準化による異形態の整理というより大きな言語設計の観点からは,表面的な違いにすぎないということになるだろう.この鋭い観点を提示した Schlüter (29) より,関連箇所を引用しよう.
Possibly as part of this standardization process, the phonological makeup of many high-frequency words stabilized in one way or the other. While Middle English had been an era characterized by an unprecedented flexibility in terms of the presence or absence of variable segments, Early Modern English had lost these options. A word-final <e> was no longer pronounceable as [ə]; vowel-final and consonant-final forms of the possessives my/mine, thy/thine, and of the negative no/none were increasingly limited to determiner vs. pronoun function, respectively; formerly omissible final consonants of the prepositions of, on, and in became obligatory, and the distribution of final /n/ in verbs was eventually settled (e.g. infinitive see vs. past participle seen). In ME times, this kind of variability had been exploited to optimize syllable contact at word boundaries by avoiding hiatuses and consonant clusters (e.g. my leg but min arm, i þe hous but in an hous, to see me but to seen it). The increasing fixation of word forms in Early Modern English came at the expense of phonotactic adaptability, but reduced the amount of allomorphy; in other words, phonological constraints were increasingly outweighed by morphological ones . . . .
標題の語の n の脱落した異形態については「#831. Why "an apple"?」 ([2011-08-06-1]),「#2723. 前置詞 on における n の脱落」 ([2016-10-10-1]),「#3030. on foot から afoot への文法化と重層化」 ([2017-08-13-1]) などを参照.定冠詞の話題だが,「#907. 母音の前の the の規範的発音」 ([2011-10-21-1]) の問題とも関連しそうな気がする.
・ Schlüter, Julia. "Phonology." Chapter 3 of The History of English. 4th vol. Early Modern English. Ed. Laurel J. Brinton and Alexander Bergs. Berlin: Mouton de Gruyter, 2017. 27--46.
とある経緯により,今週末の1月19日(土)の15時より慶應義塾大学三田キャンパス(南校舎446番教室)にて,日本語用論学会関東地区の講演会にてお話しすることになっています.タイトルは「英語の may 祈願文の起源と発達」です.事前申込不要,参加費無料ですので,ご関心の向きはお運びください.
May the Force be with you! (フォースが共にあらんことを!)に代表される may を用いた祈願文の歴史については,ここ数年間,関心を持ち続けてきました.拙著『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』(研究社,2016年)の4.5節でも取り上げましたし,本ブログでも「#1867. May the Queen live long! の語順」 ([2014-06-07-1]),「#2256. 祈願を表わす may の初例」 ([2015-07-01-1]),「#2484. 「may 祈願文ができるまで」」 ([2016-02-14-1]) など optative の各記事で話題にしてきた通りです.
なぜよりによって may という助動詞が用いられているのか,なぜ VS 語順になる必要があるのかなど,共時的に謎が多い問題なのですが,通時的にみるとある程度は理由が分かってきます.しかし,通時的にみても依然として不明な部分が多々残っており,研究の余地があります.本格的に調べてみようと思い立ったのは比較的最近ですので,今度の講演会ではこれまでに分かっていることをまとめたり,目下考えているところをお話しするということになりますが,この不可思議で魅力的な構文について,語用論的な視点も含めつつ議論してみたいと思っています.
自身の拙い発表の宣伝はしにくいのですが,慶應大学文学部の同僚であり,日本語用論学会関東地区を仕切られている井上逸兵先生からのプッシュもあり紹介してみました.ちなみに井上先生は,昨年12月1--2日に開催の日本語用論学会第21回全国大会の2日目に行なわれた第1回 語用論グランプリにて,なんと総合優勝されました.強者です.こちらの右下の勝利の写真を参照.
「#3531. 講座「中世の英語 チョーサー『カンタベリ物語』」のお知らせ」 ([2018-12-27-1]) で告知したように,1月12日(土)に同タイトルで講座を開きました.参加された方におかれましては,600年も前のチョーサーの英語が,現代英語の知識で意外と読めることが分かったのではないでしょうか.むしろ,チョーサーの英語と比較しながら,現代英語の理解が深まることにも気づいたのではないかと思います.次のようなメニューで話しました.
1. まずは General Prologue の冒頭を音読
2. チョーサーと『カンタベリ物語』
3. 中英語期の言語事情
4. 『カンタベリ物語』の言語
5. General Prologue の冒頭を精読
6. 中英語から解きほぐす現代英語の疑問
講座で使用したスライド資料をこちらにアップしておきます.また,スライドのページごとのリンクも以下に張っておきます.スライド中からも本ブログの関連記事へリンクを豊富に張りつけていますので,ご参照ください.
1. シリーズ「英語の歴史」第1回 中世の英語チョーサー『カンタベリ物語』
2. 本講座のねらい
3. Ellesmere MS, fol. 1r
4. General Prologue の冒頭18行 (Benson)
5. 現代英語訳 (市河・松浪,p. 191)
6. 西脇(訳)「ぷろろぐ」より (pp. 7--8)
7. チョーサーと『カンタベリ物語』
8. 中英語期の言語事情
9. ノルマン征服から英語の復権までの略史 (#131)
10. 『カンタベリ物語』の言語
11. General Prologue の冒頭を精読
12. 中英語から解きほぐす現代英語の疑問
13. 異なる写本を覗いてみる(第7行目に注目)
14. まとめ
15. 参考文献
現在取りかかっている研究テーマの調査のために,CoRD ( Corpus Resource Database ) の Parsed Corpus of Early English Correspondence (PCEEC) より情報を得て,The Oxford Text Archive (OTA) 経由で PCEEC を入手した.統語タグ付きコーパスとして提供されているものだが,複雑な統語環境の条件によるサーチは必要ないので,附属のプレーンテキストか品詞タグ付きテキストからなるコーパスで今回は十分に用を足しそうだ.しかし,必要とあらば検索ツール Corpus Search 2 を用いて凝ったサーチもできる.
このコーパスの元となっている Corpus of Early English Correspondence (CEEC) は,1996--98年にヘルシンキ大学にて編纂作業が進められたコーパスで,1410?--1681年の書簡テキストが送り手の情報とともに集積されている.96の書簡集からなり,書き手は778人,書簡は6039通,そして総語数が270万語に及ぶコーパスである.編纂の狙いは,社会言語学的な手法を歴史英語へ適用することにあった.
この CEEC からいくつかの姉妹コーパスが派生しており,その1つが統語タグ付きの PCEEC である.CEEC 自体は一般公開されておらず,一般に入手できるのは PCEEC と Corpus of Early English Correspondence Sampler (CEECS) のみである.PCEEC は,CEEC から著作権の関係で1/4ほどを取り除いたコーパスとなっている.
その他の(未公開)派生コーパスである,Corpus of Early English Correspondence Supplement (CEECSU) と Corpus of Early English Correspondence Extension (CEECE) も合わせて,量的な情報を一覧しておこう.
Corpus | time covered | words | letters | writers | collections | published |
---|---|---|---|---|---|---|
CEEC | 1410?--1681 | 2.7 million | 6039 | 778 | 96 | ---- |
CEECS | 1418--1680 | 0.45 million | 1147 | 194 | 23 | 1998 |
PCEEC | 1410?--1681 | 2.2 million | 4979 | 657 | 84 | 2006 |
CEECE | 1681--1800 | c. 2.2 million | c. 4900 | > 300 | 74 | ---- |
CEECSU | 1402--1663 | c. 0.44 million | c. 900 | > 100 | 20 | ---- |
Period | Date | Word count | Token count |
---|---|---|---|
M3 | 1350--1419 | 19,505 | 684 |
M4 | 1420--1499 | 364,317 | 20,039 |
E1 | 1500--1569 | 309,220 | 11,056 |
E2 | 1570--1639 | 910,675 | 44,067 |
E3 | 1640--1710 | 555,415 | 29,185 |
古今東西の文字の種類について,「#422. 文字の種類」 ([2010-06-23-1]),「#2341. 表意文字と表語文字」 ([2015-09-24-1]),「#2344. 表意文字,表語文字,表音文字」 ([2015-09-27-1]),「#3443. 表音文字と表意文字」 ([2018-09-30-1]) などで話題にしてきた.
英語のアルファベットは原則として表音文字,とりわけ単音文字といってよいが,綴字としてみれば表語文字(正確には表形態素文字)に近いという点で混合的な性質をもっている.漢字は,典型的な表語文字と称されるが,ときに表音的な用いられ方もする.どの文字体系も,純粋に表音なり表語なりという単一の機能を担っているわけではなく,いずれも混合的ととらえるべきである.あくまで各原理の配分バランスの問題とみてよいだろう.
上で「機能」とか「原理」とか呼んできたものは,「表音」と「表語(あるいは表形態素)」の2種類につきるだろうか.いや,もう1つありそうに思われる.それは「歴史」あるいは「伝統」である.どういうことかというと,ソシュールと並ぶ構造主義言語学の先駆者 Jan Baudouin de Courtenay が "phonetic", "etymological", "historical" の3つを,文字体系における3つの原理として,つまり正書法の決定要因として挙げているのだ (Rutkowska 206) .これらは,換言すれば "pronunciation", "origin", "tradition" である.
2つめの "etymological/origin" とは,共時的に引きつけていえば表語・表形態素機能を指しているといってよい.そして,3つめの "historical/tradition" とは,共時的な表音・表語機能としては説明できない,その他の一切合切の綴字現象を説明するための(最後の)手段を指す.クルトネは,共時的にみて不規則なものを,この第3の箱に投げ込むということだ.
なるほど,「不規則」や「説明不能」といってしまっては身も蓋もないところを,「歴史」や「伝統」といえばスマートに聞こえるから,ものは言いようである.私が翻訳した『スペリングの英語史』の著者 Simon Horobin も,英語の綴字には「歴史」と「伝統」が宿っていると主張して筆を下ろすのだが,これも皮肉な見方をすれば「不規則」とか「無秩序」の体のよい言い換えなのかもしれない.
ただ,「ものは言いよう」ということも,それ自身が1つのものの言いようなのであって,別の言い方をすれば「見方の転換」なのである.文字体系が完璧な共時的機能を有する機構であるとする構造主義的な見方自体が,偏っているのだろう.おそらく文字体系の何割かは通時的な産物としてしか説明できず,歴史と伝統が生み出したものと考えざるをえない代物なのだろうと思う.
・ Rutkowska, Hanna. "Orthography." Chapter 11 of The History of English. 1st vol. Historical Outlines from Sound to Text. Ed. Laurel J. Brinton and Alexander Bergs. Berlin: Mouton de Gruyter, 2017. 201--17.
英語史や英語語源学が英語学習に貢献できる最大のものは,語源を利用した英単語の暗記である.ラテン系の接頭辞や接尾辞など,語源的な知識を用いて英語語彙を増やす方法は昔から試みられている.最近では『英単語の語源図鑑』が注目されているようだ.
この学習用の効果は私も疑わないが,この方向でさらにステップを目指すのであれば,ぜひ英語史概説の修得を視野に入れたい.そんなときに役立つのが,下宮ほか編の『スタンダード英語語源辞典』の付録である.語彙学習にカスタマイズされた簡易的な英語史の概説として,おおいに奨められる.pp. 611--41 という40頁ほどの(内容の割には)コンパクトな解説だが,よく書けており,これを読んでおくのとおかないのとではスタートラインが違うと思う.以下に,章節の見出しを再現し,雰囲気をつかんでもらおう.語彙の観点に立った英語史入門と理解して差支えない.
1. 英語の語源
1.1. 英語の語源を知るための予備知識
英語の歴史と同系の諸言語
1.2 歴史言語学 (historical linguistics) のキーワード
二重語
ウムラウトとアプラウト
1.3 単語の構造
派生語,複合語
混種語
1.4 音韻変化 (phonetic change)
同化
異化
音位転換
1.5 同源であるかどうかの見分け方
形が似ていて語源が異なる場合
形が異なっても同源の場合
1.6 印欧語根の例
1.7 英語・ドイツ語・フランス語の関係
ドイツ語とは文法・基本単語が共通
フランス語とは語彙が共通
2. 印欧祖語からゲルマン語へ
2.1 サンスクリットの発見と印欧祖語
比較言語学の成立
印欧語族の発見
2.2 印欧祖語と印欧語族
祖語の再建
印欧語族の系統
2.3 ゲルマン民族とゲルマン語
ゲルマン祖語
イギリス人の祖先
ゲルマン祖語の分化
2.4 印欧祖語からゲルマン語へ
グリムの法則
ヴェルナーの法則
ゲルマン語のアクセントの特徴
ゲルマン語の分化の進展
3. 英語の歴史 --- 古英語・中英語を中心にして ---
3.1 Stratford-upon-Avon について
英語の歴史の原点を見る
ブリテン島の原住民
ケルト語起源の語
ラテン語起源の語
本来の英語 --- ゲルマン起源の語 ---
3.2 英語の歴史の時代区分
3つの時代区分
古英語と中英語
古英語の時代
中英語の時代
3.3 外来語について
ラテン語からの借用
古ノルド語からの借用
フランス語からの借用
3.4 古英語ミニ解説
聖書の古英語訳
ドイツ語と似た文法上の性
名詞・形容詞・動詞の変化
屈折の実例
4. ラテン語・ギリシア語ミニマム
4.1 ヨーロッパの二大文明語
語彙の60%はギリシア・ラテン起源
4.2 ラテン語
名詞
動詞
文例
4.3 ギリシア語
豊富な変化形
名詞
動詞
用例
なお,筆者も別の観点から「語彙学習のための英語史」を試みたことがある(「#3381. 講座「歴史から学ぶ英単語の語源」」 ([2018-07-30-1]) を参照).
・ 下宮 忠雄・金子 貞雄・家村 睦夫(編) 『スタンダード英語語源辞典』 大修館,1989年.
安藤達朗(著)『いっきに学び直す日本史 古代・中世・近世 【教養編】』を読んでいる.様々な点で示唆に富む日本史だ.pp. 30--31 に「文化の受容」と題するコラムがあり,その鋭い洞察に目がとまった.
異質の文化が受容されるには,一般に3つの条件がある.第一に,それが先進的なものであるならば,それを受容しうる能力がなければならない.例えば,江戸幕末に欧米近代文明を受容できたのは,日本人の中にすでに合理的思考法の素地もあり,技術に対する理解もかなり進んでいたからである.第二に,それを受容することが必要とされなければならない.例えば,元寇の際に日本軍は元軍の「てつはう」に悩まされながらも,それを取り入れる関心を示さず,戦国時代には鉄砲が伝わると数年後に国産されるようになったのは,鎌倉時代には集団戦が一般化していなかったからである.第三に,受容するに際して,受容する側の主体的条件によって選択がなされ,変更が加えられる.例えば仏教が受容されるとき,その教義よりは呪術的な側面に関心が向けられ,一方では鎮護国家の仏教となり,一方では土俗信仰と密着していったことはそれを示す.
文化の受容には,(1) 受容能力,(2) 受容の必要性,(3) 選択と変更,の3点が要求されるということだ.
言語史に関連する文化の受容の最たるものは,文字の受容だろう.英語や日本語の文字の歴史を振り返ると,いずれも進んだ文字文化をもっていた大陸からの影響で文字を使い出した.アングロサクソン人も日本人も,ローマ字や漢字との接触こそ紀元前後からあったが,必ずしもその段階でそれを「受容」はしなかった.そこまで文化が開けておらず受容の「能力」も「必要性」も足りなかったからだろう.要は当時はまだ準備ができていなかったのである.アングロサクソンでも日本でも,先進的な文字は5--6世紀になってようやく,国家成立の機運や大陸の宗教の流入という契機と結びつく形で,本格的に受容されるに至った.文字受容の能力と必要性を磨くのに,最初の接触以来,数世紀の時間を要したのである.
また,「選択と変更」という観点から,両社会の文字の受容を再考してみるのもおもしろい.アングロサクソン人はローマ字を受容する以前にすでにルーン文字をもっていたのであり,その意味では2つの選択肢のなかから外来の文字セットをあえて「選択」したともいえる.あるいは,後に常用するようになったローマ字セットのなかにルーン文字に由来する <þ> や <ƿ> を導入したのも,一種の「選択」とも「変更」ともいえる.日本の漢字の受容についても,数世紀の時間は要したが,漢字セットの部分集合を利用し,大幅な形態や機能の「変更」を経て仮名を作り出したのだった.
日英の文字の受容史については,これまでもいろいろと書いてきたが,とりわけ以下の記事を参考として挙げておきたい.
・ 「#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響」 ([2010-02-17-1])
・ 「#850. 書き言葉の発生と論理的思考の関係」 ([2011-08-25-1])
・ 「#2386. 日本語の文字史(古代編)」 ([2015-11-08-1])
・ 「#2485. 文字と宗教」 ([2016-02-15-1])
・ 「#2505. 日本でも弥生時代に漢字が知られていた」 ([2016-03-06-1])
・ 「#2757. Ferguson による社会言語学的な「発展」の度合い」 ([2016-11-13-1])
・ 「#3138. 漢字の伝来と使用の年代」 ([2017-11-29-1])
・ 「#3486. 固有の文字を発明しなかったとしても……」 ([2018-11-12-1])
・ 安藤 達朗 『いっきに学び直す日本史 古代・中世・近世 【教養編】』 東洋経済新報社,2016年.
Dixon (242--44) より,英語に関する辞書史の略年表を掲げる.あくまで主要な辞書 (dictionary) や用語集 (glossary) に絞ってあるので注意.とりわけ18世紀以降には,ここで挙げられていない多数の辞書が出版されたことに留意されたい.それぞれのエントリーは特に記載のないかぎり単言語辞書を指しており,出版年は初版の年を表わす.
c725 | Corpus Glossary. Latin to Latin, Old English, and Old French. |
c1000 | Aelfric's glossary. Latin to Old English. |
1499 | Anonymous. Promptorium Parvalorum [ms version in 1430]. English to Latin. |
1500 | Anonymous. Hortus Vocabularum [ms version in 1440]. Latin to English. |
1535 | Ambrogio Calepino. Dictionarium Latinae Linguae. Monolingual Latin. |
1538 | Thomas Elyot. Dictionary. Latin to English. |
1552 | Richard Huloet. Abecedarium Anglo-Latinum. English to Latin. |
1565 | Thomas Cooper. Thesaurus Linguae Romanae & Britannicae. Latin to English. |
1573 | John Baret. An Alvearie or Triple Dictionarie. English, Latin, and French. |
1582 | Richard Mulcaster. Elementarie. [List of English words with no definitions.] |
1587 | Thomas Thomas. Dictionarium. Latin to English. |
1596 | Edmund Coote. The English Schoole-maister. |
1604 | Robert Cawdrey. A Table Alphabeticall. |
1613 | Academia della Crusca. Vocabulario. Monolingual Italian. |
1616 | John Bullokar. An English Expositor. |
1623 | Henry Cockeram. The English Dictionarie. |
1656 | Thomas Blount. Glossographia. |
1658 | Edward Phillips. The New World of English Words. |
1676 | Elisha Coles. An English Dictionary. |
1694 | Académie française. Dictionnaire. Monolingual French. |
1702 | John Kersey. A New English Dictionary. |
1721 | Nathan Bailey. A Universal Etymological English Dictionary. |
1730 | Nathan Bailey. Dictionarium Britannicum. |
1749 | Benjamin Martin. Lingua Britannica Reformata. |
1753 | John Wesley. The Complete English Dictionary. |
1755 | Samuel Johnson. Dictionary. |
1765 | John Baskerville. A Vocabulary, or Pocket Dictionary. |
1773 | William Kenrick. A New Dictionary of English. |
1775 | John Ash. The New and Complete Dictionary. |
1798 | Samuel Johnson, Junr. A School Dictionary. |
1828 | Noah Webster. American Dictionary. |
1830 | Joseph Emerson Worcester. Comprehensive Dictionary. |
1835--7 | Charles Richardson. A New Dictionary of the English Language. |
1847--50 | John Ogilvie. The Imperial Dictionary. |
1872 | Chambers's English Dictionary. Robert Chambers and William Chambers. |
1888--1928 | Oxford English Dictionary. James A. H. Murray et al. |
1889--91 | The Century Dictionary and Cyclopedia. William Dwight Whitney. |
1893--5 | A Standard Dictionary. Isaac K. Funk. [Later known as Funk and Wagnalls.] |
1898 | Webster's Collegiate Dictionary. [No editor stated.] |
1898 | Austral English. Edward E. Morris. |
1909 | Webster's New International Dictionary. William Torey Harris and F. Sturgis Allen. |
1911 | The Concise Oxford English Dictionary of Current English. H. W. Fowler and F. G. Fowler. |
1927 | The New Century Dictionary. H. G. Emery and K. G. Brewster. |
1933 | The Shorter Oxford English Dictionary. C. T. Onions. |
1935 | The New Method English Dictionary. Michael West and James Endicott. |
1938--44 | A Dictionary of American English. William A. Craigie and James R. Hulbert. |
1947 | The American College Dictionary. Clarence Barnhart. |
1948 | The Oxford Advanced Learner's Dictionary. As. S. Hornby. |
1951 | A Dictionary of Americanisms. Mitford M. Mathews. |
1965 | The Penguin English Dictionary. George N. Garmonsway. |
1966 | The Random House Dictionary Unabridged. Jess Stein. |
1969 | The American Heritage Dictionary. Anne H. Soukhanov. |
1971 | Encyclopedic World Dictionary. Patrick Hanks. |
1978 | Longman Dictionary of Contemporary English. Paul Proctor. |
1979 | Collins English Dictionary. Patrick Hanks. |
1981 | The Macquarie Dictionary. Arthur Delbridge |
1987 | COBUILD English Dictionary. John Sinclair. |
1988 | The Australian National Dictionary. W. S. Ramson. |
1995 | The Oxford English Reference Dictionary. Judy Pearsall and Bill Trumble. |
1999 | The Australian Oxford Dictionary. Bruce Moore. |
目下 may 祈願文と関連して optative (mood) 一般について調査中だが,備忘のために荒木・安井(編)『現代英文法辞典』 (963--64) より,同用語の解説記事を引用しておきたい
optative (mood) (願望法,祈願法) インドヨーロッパ語において認められる法 (MOOD) の1つ.ギリシャ語には独自の屈折語尾を持つ願望法があるが,ラテン語やゲルマン語はでは願望法は仮定法 (SUBJUNCTIVE MOOD) と合流して1つとなった.ゲルマン語派に属する英語においては,OE以来形態的に独立した願望法はない.
願望法が表す祈願・願望の意味は英語では通例いわゆる仮定法または法助動詞 (MODAL AUXILIARY) による迂言形によって表される: God bless you! (あたなに神のみ恵みがありますように)/ May she rest in peace! (彼女の冥福を祈る)/ O were he only here. (彼がここにいてくれさえしたらよいのに).多分このため,Trnka (1930, pp. 64, 67--74) は 'subjunctive' という用語の代わりに 'optative' を用いる.Kruisinga (Handbook, II. §1531) は動詞の語幹 (STEM) の用法の1つに願望用法があることを認め,この用法の語幹を願望語幹 (optative stem) と呼ぶ: Suffice it to say .... (...と言えば十分であろう).さらに,Quirk et al. (1985, §11.39) は仮定法の一種として願望仮定法 (optative subjunctive) を認め,願望仮定法は願望を表わす少数のかなり固定した表現に使われると述べている: Far be it from me to spoil the fun. (楽しみを台無しにしようなどという気は私にはまったくない)/ God save the Queen! (女王陛下万歳!)
言語化された願望・祈願を適切に位置づけようとすると,必ず形式と機能の複雑な関係が問題となる上に,通時態と共時態の観点の違いも相俟って,非常に難しい課題となる.今ひとつの観点は,語用論的な立場から願望・祈願を発話行為 (speech_act) とみなして,この言語現象に対して何らかの位置づけを行なうことだろう.だが,語用論的な観点から行為としての願望あるいは祈願とは何なのかと問い始めると,容易に人類学的,社会学的,哲学的,宗教学的な問題へと発展してしまう.手強いテーマだ.
関連して「#3538. 英語の subjunctive 形態は印欧祖語の optative 形態から」 ([2019-01-03-1]),「#3541. 英語の法の種類 --- Jespersen による形式的な区分」 ([2019-01-06-1]),「#3540. 願望文と勧奨文の微妙な関係」 ([2019-01-05-1]) も参照.
・ 荒木 一雄,安井 稔 編 『現代英文法辞典』 三省堂,1992年.
1月5日発売の朝日出版社の英語学習誌『CNN English Express』2月号に,「歴史を知れば納得! 英語の「あるある大疑問」」と題する拙論が掲載されています.英語史の観点から素朴な疑問を解くという趣向の特集記事で,英語史の記事としては珍しく,8頁ほどの分量を割いていただきました(編集の一柳沙織さんにはお世話になりました).
英語学習者に英語史の世界を紹介するために,なるべく分かりやすく文章をまとめました.既刊の拙著『英語史で解きほぐす英語の誤解 --- 納得して英語を学ぶために』(中央大学出版部,2011年)や『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』(研究社,2016年)の趣旨も汲んだ,入門的な記事となっています.本ブログを講読されている多くの方にも響く内容となっていると思いますので,どうぞご一読ください.
リード文は次の通りです.
「英語史」などといういかめしい表現を聞くと,多くの人が身構えてしまうかもしれません.しかしちょっとのぞいてみれば,この分野は,皆さんが英語に対して抱く素朴な疑問をスルスルと氷解してくれる,英語学習者の心強い味方だとわかるはずです.読者の皆さんが,納得しながら,肩の力を抜きつつ学習を進められるよう,英語の歴史という観点から,英語にまつわるさざざまな疑問や固定観念を解きほぐしていきましょう.
以下のような見出しで書いています.ほかに豆知識コラムもあります! ぜひご一読ください.
はじめに
英語の歴史の概略
日本人学習者が有利なこと?
なぜ英語は語順が決まっているの?
なぜ a apple じゃダメなの?
なぜ3単現の -s を付けるの?
なぜ doubt には発音しない b があるの?
なぜイギリス英語とアメリカ英語は違うの?
おわりに
・ 堀田 隆一 「歴史を知れば納得! 英語の「あるある大疑問」」『CNN English Express』2019年2月号,朝日出版社,2019年.41--49頁.
荒木・安井 (414--15) は,英語の法 (mood) について,形式的に区分した Jespersen の The Philosophy of Grammar (1924) を引きつつ紹介している.法 (mood) とは話者の心的態度のことであるから,意味的に区分しようとすると際限なく細かくなっていくに違いない.その泥沼にはまるのを防ぐために,Jespersen はあくまで形式的な分類にとどめている.
i) 意志を表わす場合
命令法 (jussive): Go.
強制法 (compulsive): He has to go.
義務法 (obligative): He ought to go. / We should go.
忠告法 (advisory): You should go.
嘆願法 (precative): Go, please.
勧奨法 (hortative): Let us go.
許可法 (permissive): You may go if you like.
約束法 (promissive): I will go. / It shall be done.
祈願法 (optative)[実現可能]: May he be still alive.
願望法 (desiderative)[実現不可能]: Would he were still alive.
目的法 (intentional): in order that he may go.
ii) 意志を含まない場合
必定法 (apodictive): Twice two must be (or is necessarily) four.
必然法 (necessitative): He must be rich (or he could not spend so much).
断定法 (assertive): He is rich.
推定法 (presumptive): He is probably rich. / He would (or will) know.
懐疑法 (dubitative): He may be (or is perhaps) rich.
可能法 (potential): He can speak.
条件法 (conditional): if he is rich.
仮定法 (hypothetical): if he were rich.
譲歩法 (concessional): though he is rich.
Jespersen は,この形式的な分類にすらこだわっていない.法とはあくまで言語に対して相対的なものだと考えておいたほうがよいだろう.
・ 荒木 一雄・安井 稔(編) 『現代英文法辞典』 三省堂,1992年.
Referrer (Inside): [2019-01-08-1][ 固定リンク | 印刷用ページ ]
「#3514. 言語における「祈願」の諸相」 ([2018-12-10-1]) でも触れたように,祈願 (optative) と勧奨 (hortative) の境目は曖昧である.
寺澤 (540) によると,Poutsma の分類に基づくと,文には (1) 平叙文 (declarative sentence),(2) 疑問文 (interrogative sentence),(3) 命令文 (imperative sentence) の3つがあり,そのうち (1) の平叙文の特別なものとして (a) 感嘆文 (exclamative sentence),(b) 願望文 (optative sentence),(c) 勧奨文 (hortative sentence) が挙げられている.(1c) の勧奨文の典型例として次のようなものがある.
・ Part we (= Let us part) in friendship from your land!---W. Scott (あなたの国から仲よく別れましょう)
・ So be it! (それはそれでよい)
・ Suffice it to say . . . ((. . . といえば)十分だ)
・ Be it known! (そのことを知っておきましょう)
・ Be it understood! (そのことを理解しておきましょう)
そして,「#948. Be it never so humble, there's no place like home.」 (1)」 ([2011-12-01-1]) などで取り上げた be it ever so humble (いかに質素であろうと)も起源的には,これらの勧奨文に由来するという.現在では,上記のように仮定法現在を用いるのは定型文に限られ,let による迂言法のほうが一般的である.
しかし,予想されるところだが,願望文との区別は現実的には微妙である.形式上区別がつけやすいのは,Let's . . . . は典型的に勧奨文であり,Let us . . . . は命令文あるいは願望文であるというケースくらいだろうか.
・ 寺澤 芳雄(編)『英語学要語辞典』,研究社,2002年.298--99頁.
tip (心付け)の語源は不詳である.シップリー (628) は,次のように記述している.
tip [típ] 軽打,先端,チップ
この語には意味がいくつかあり,その語源も曖昧な点が多いが,「軽打」という意味では tap (軽くたたく),「先端」という意味では top (頂き)に関係があるものと思われる.
良いサービスに対して支払われるお金の「チップ」は,他の言語ではより特定的であり,例えばフランス語 pourboire (チップ)は飲物に対するものである.英語の tip は,ロンドンのコーヒーハウスでの18世紀初めの習慣からできたという説がある.その店には箱が置いてあって,急いでいる人はすぐさま注意を引くために,そこに少額硬貨を落とすようになっており,箱には to Insure Promptness (迅速さを確保するために)というラベルが貼られていた.そのイニシャルを取って T.I.P. となったという.
ユーカーズ (140) も,コーヒーハウスに引っかけた同趣旨の語源説を紹介している.
「チップ」という言葉とその習慣も,コーヒー・ハウスで始まったとされる.コーヒー・ハウスには,真鍮の箱が置かれ,ウェイターのためにコインを入れるようになっていた.その箱には「迅速さをお約束するために To Insure Promptness」と書かれていて,この頭文字をとり「TIP」という語ができたといわれる.
しかし,この語源説は怪しいようで,OED をはじめとした権威ある主要な語源記述では,この説は触れられてすらいない.語源の世界も,専門家向けと一般向けのレファレンスでは,そもそも交わっていないところがあり,語源学の難しさを感じさせる.
・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.
・ ウィリアム H. ユーカーズ 著,山内 秀文 訳 『ALL ABOUT COFFEE コーヒーのすべて』 KADOKAWA,2017年.
古い英語における接続法 (subjunctive) の祈願用法 (optative) について印欧比較言語学の脈絡で考えようとする際に気をつけなければならないのは,印欧祖語とゲルマン語派の間にちょっとした用語の乗り入れ(と混乱)があることだ.
印欧祖語では,命令の機能を担当した "imperative", おそらく未来時制の機能を担当した "subjunctive", 祈願の機能を担当した "optative" の間で形態が区別されていた.その後,ゲルマン語派へ枝分かれしていくなかで,印欧祖語の "optative" の形態が,娘言語における接続法 (subjunctive) として受け継がれた.つまり,形態に関する限り,印欧祖語の "subjunctive" と英語を含むゲルマン諸語の "subjunctive" とは,同名を与えられているにもかかわらず無関係であるということだ.ゲルマン祖語(とそれ以下の諸言語)で "subjunctive" と呼ばれるカテゴリーは,形態的にいえば印欧祖語の "optative" を受け継いだものなのである(ややこしい!).したがって,古い英語の接続法の形式が祈願の機能を有するのは,印欧祖語からの伝統として不思議でも何でもないということになる.
ただし別の語派では事情は異なる.例えばバルト・スラヴ語派においては,印欧祖語の "optative" は「命令法」や「許可法」として継承されているようで,ますます混乱する.
では,印欧祖語のもともとの "subjunctive" はどうなってしまったかというと,ゲルマン語には継承されていないようだ.インド・イラン語派,ギリシア語,そして部分的にケルト語派では,「未来」として継承されているという.形式と機能を分けて各用語を理解しておかないと混乱は必至である.
さらに厄介なのは,何せ印欧語比較言語学のこと,Hittite などの証拠に基づき,そもそも印欧祖語には "optative" も "subjunctive" も存在しなかったのではないかという説も唱えられている (Szemerényi 337) .いやはや.
・ Fortson IV, Benjamin W. "An Approach to Semantic Change." Chapter 21 of The Handbook of Historical Linguistics. Ed. Brian D. Joseph and Richard D. Janda. Blackwell, 2003. 648--66.
・ Szemerényi, Oswald J. L. Introduction to Indo-European Linguistics. Trans. from Einführung in die vergleichende Sprachwissenschaft. 4th ed. 1990. Oxford: OUP, 1996.
「#3527. 呼称のポライトネスの通時変化,代名詞はネガティヴへ,名詞はポジティヴへ」 ([2018-12-23-1]) でみたように,近代英語の呼称を用いたポライトネス戦略は,なかなか複雑なものだったようだが,椎名 (66--67) は,呼称を通時的に調べてみると貧弱化や単純化の方向が確認されるという.その社会語用論的な背景についてコメントされている箇所があるので,引用しよう.
通時的に見ると,使用される語彙や意味の変化,修飾語 (modification) の減少による address terms の構造の単純化など,幾つかの変化が見られる.原因としては,識字率の向上・郵便制度の整備・プライバシーの尊重・社会的階層構造の流動化があげられている.簡単に言うと,幅広い階級において識字率が向上すると同時に,郵便制度が完備することにより,上流階級に限られていた手紙を書く習慣が庶民にも広がり,多くの人によって頻繁に書かれるようになったことである.もう片方には,人々の階級の流動性が高まり,人々の敬称が複雑化したことがあげられる.そうした社会的・文化的な諸事情により address terms が単純化していったのである.つまり,人々の階級の変動が多い時代には,礼を失することのない安全策として negative politeness の度合いの高い address terms を使うようになっていったということである.
「安全策として」説は,2人称単数代名詞 thou/you の対立が,近代英語期にネガティヴ・ポライトネスを表わす後者の you の方向へ解消されたのがなぜかを説明するのにも,しばしば引き合いに出される (cf. 「#1336. なぜ thou ではなく you が一般化したか? (2)」 ([2012-12-23-1])).当時の社会背景を汲み取った上で再訪してみたい問題である.
・ 椎名 美智 「第3章 歴史語用論における文法化と語用化」『文法化 --- 新たな展開 ---』秋元 実治・保坂 道雄(編) 英潮社,2005年.59--74頁.
明けましておめでとうございます.このブログも足かけ11年目に突入しました.平成も終わりに近づいていますが,来たるべき時代にかけても,どうぞよろしくお願い申し上げます.
新年一発目は,ある意味で難しい話題.最近,<o .. e> ≡ /ʌ/ の問題について「#3513. come と some の綴字の問題」 ([2018-12-09-1]) で触れた.その際に,one, none などにも触れたが,それと関連する once とともに,この3語は実に複雑な歴史をもっている.「#86. one の発音」 ([2009-07-22-1]),「#89. one の発音は訛った発音」 ([2009-07-25-1]) でも,現代に至る経緯は簡単に述べたが,詳しく調べると実に複雑な歴史的経緯があるようだ.母音の通時的変化と共時的変異が解きほぐしがたく絡み合って発達してきたようで,単純に説明することはできない.ということで,中尾 (207) の解説に丸投げしてしまいます.
one/none/once: ModE では [ū?ō?ɔː?ɔ] の交替をしめす.史的発達からいえば PE [oʊ] が期待される.事実 only (<ānlic/alone (<eall ān)/atone にはそれが反映されている.PE の [ʌ] をもつ例えば [wʌn] はすでに16--17世紀にみられるが,これは方言的または卑俗的であり,1700年まで StE には受けられていない.しかしそのころから [oːn] を置換していった.
上述3語の PE [ʌ] の発達はつぎのようであったと思われる.すなわち,OE ɑːn > ME ɔːn,方言的上げ過程 . . . を受け [oːn] へ上げられた.語頭に渡り音 [w] が挿入され (cf. Hart の wonly) . . . woːn > (GVS) uː > (短化 . . .) ʊ > (非円唇化) ʌ へ到達する . . . .
この解釈では,語頭への w 挿入により上げを経てきた歴史にさらに上げが上乗せされ,ついに高母音になってしまったというシナリオが想定されている.いずれにせよ,方言発音の影響という共時的な側面も相俟って,単純には説明できない発音の代表格といっていいのかもしれない.
なお,上では one, none, once の3語のみが注目されていたが,このグループに関連語 nothing (< nā(n) þing) も付け加えておきたい.
・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.
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