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最終更新時間: 2024-04-16 20:12

2024-01-31 Wed

#5392. 中英語の姓と職業名 [name_project][me][onomastics][personal_name][occupation][etymology][oe][morphology][lexicology][word_formation][agentive_suffix]

 「名前プロジェクト」 (name_project) との関連で,中英語期の人名 (personal_name),とりわけ現代の姓 (last name) に相当する "by-name" あるいは "family name" に関心を抱いている.古英語や中英語にみられる by-name の起源は,Clark (567) によれば4種類ある(ただし,古中英語に限らず,おおよそ普遍的な分類だと想像される).

 (a) familial ones, viz. those defining an individual by parentage, marriage or other tie of kinship
 (b) honorific and occupational ones (categories that in practice overlap)
 (c) locative ones, viz. those referring to present or former domicile
 (d) characteristic ones, often called 'nicknames'

 このうち (b) は名誉職名・職業名ととらえられるが,中英語におけるこれらの普通名詞としての使用,そして by-name として転用された事例に注目している.中英語の職業名は多々あるが,Clark (570--71) を参照しつつ,語源的・形態論的に分類すると以下のようになるだろうか.

 1. フランス語(あるいはラテン語?)からの借用語 (French loanword)
   barber, butcher, carpenter, cordwainer/cordiner, draper, farrier, mason, mercer, tailor; fourbisseur, pestour
 2. 本来語 (native word)
   A. 単一語 (simplex)
     cok, herde, smith, webbe, wrighte
   B. 複素語 (complex),すなわち派生語や複合語
     a. 動詞ベース
       bruere/breuster, heuere, hoppere/hoppestre; bokebynder, bowestrengere, cappmaker, lanternemaker, lymbrenner, medmowere, rentgaderer, sylkthrowster, waterladestre
     b. 名詞ベース
       bureller, glovere, glasier, madrer, nailere, ropere, skinnere; burelman, candelwif, horseknave, maderman, plougrom, sylkewymman; couherde, swynherde, madermongere, stocfisshmongere, ripreve, bulleward, wodeward, wheelewrighte

 古中英語の人名をめぐる話題については,以下の hellog 記事でも取り上げてきたので要参照.

 ・ 「#590. last name はいつから義務的になったか」 ([2010-12-08-1])
 ・ 「#2365. ノルマン征服後の英語人名の姓の採用」 ([2015-10-18-1])
 ・ 「#5231. 古英語の人名には家系を表わす姓 (family name) はなかったけれど」 ([2023-08-23-1])
 ・ 「#5297. 古英語人名学の用語体系」 ([2023-10-28-1])
 ・ 「#5338. 中英語期に人名にもたらされた2つの新機軸とその時期」 ([2023-12-08-1])
 ・ 「#5346. 中英語期に英語人名へ姓が導入された背景」 ([2023-12-16-1])
 ・ 「#5299. 中英語人名学の用語体系」 ([2023-10-30-1])

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Ed. Olga Fischer. Cambridge: CUP, 1992. 542--606.

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2023-12-08 Fri

#5338. 中英語期に人名にもたらされた2つの新機軸とその時期 [name_project][me][oe][onomastics][personal_name]

 「#5299. 中英語人名学の用語体系」 ([2023-10-30-1]) で,Clark に拠って,古英語から中英語にかけて人名のあり方が大きく変わったことを確認した(cf. 「#5297. 古英語人名学の用語体系」 ([2023-10-28-1])).(1) かつての "idionym" が "baptismal name" へと変容していったこと,そして (2) オプションだった "by-name" が徐々に現代的な "family name" へと発展していったことの2点が重要である.
 中英語人名の新機軸ともいえるこの2点が中英語期のどのぐらいのタイミングで定着・確立したのかを明確に述べることはできない.あくまで徐々に発展した特徴だからだ.しかし,Clark (552) は,1点目は1250年頃,2点目は1450年頃とみている.

This twofold shift in English personal naming was a specifically Middle English process. Among the mass of the population, the name system of ca 1100 was still virtually the classic Late Old English one, modified only by somewhat freer use of ad hoc by-names . . .; but ca 1450 a structure prefiguring the present-day one had been established, with hereditary family names in widespread use, though not yet universally adopted. As for the ousting of pre-Conquest baptismal names by what were virtually the present-day ones, that had been accomplished by ca 1250. This series of changes involved several convergent processes.


 大雑把にいえば,1点目の新機軸は初期中英語期 (1100--1300) の間に固まっていき,2点目の新機軸は主に後期中英語期 (1300--1500) に発展していったと言えそうだ.アングロサクソン的な名付けから現代的な名付けへの変化の中心となる時代は,ほぼきれいに中英語期 (1100--1500) といっておいてよいことになる.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Ed. Olga Fischer. Cambridge: CUP, 1992. 542--606.

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2023-11-28 Tue

#5328. 用語辞典でみる diglossia (5) [terminology][diglossia][bilingualism][sociolinguistics][hel_education][me][french][latin][prestige]

 専門用語をじっくり考えるシリーズ.diglossia (二言語変種使い分け)も第5弾となる.これまでの「#5306. 用語辞典でみる diglossia (1)」 ([2023-11-06-1]),「#5311. 用語辞典でみる diglossia (2)」 ([2023-11-11-1]),「#5315. 用語辞典でみる diglossia (3)」 ([2023-11-15-1]),「#5326. 用語辞典でみる diglossia (4)」 ([2023-11-26-1]) と比べながら,今回は Pearce の英語学用語辞典を参照する (143--44) ."diglossia" に当たると "polyglossia" の項目を見よとあり,ある意味で野心的である.

Polyglossia A situation in which two or more languages exist side by side in a multilingual society, but are used for different purposes. Typically, one of the languages (usually labelled the 'H' or 'high' variety) has greater prestige than the others, and is used in formal, public contexts such as education and administration. The other languages in a polyglossic situation (usually labelled the 'L' or 'low' varieties) tend to be used in informal, private contexts (and also in popular culture). England was a triglossic society, with English as the 'L' variety, and French and Latin as 'H' varieties. As French died out, England became diglossic in English and Latin (which was maintained as the language of education and the Church).


 最後に英語史における triglossia と diglossia (そして polyglossia)が言及されているのは,さすが「英語学」用語辞典である.英語史における polyglossia を論じる際には,このように中英語期の言語事情が持ち出されることが多いが,この場合に1つ注意が必要である.
 このような議論では,中英語期のイングランドが triglossia の社会としてとらえられることが多いが,英語,フランス語,ラテン語の3言語のすべてを扱えるのは,ピラミッドの最上層を構成する一部の宗教的・知的エリートのみである.英語とフランス語の2言語の使い手となれば,もう少しピラミッドの下方まで下がるが,とうていピラミッドの全体には及ばない.つまり,中英語期イングランド社会の3層構造のピラミッドを指して,ゆるく triglossia や diglossia ということができたとしても,イングランド社会の構成員の全員(あるいは大多数)が,複数言語を操るわけではないということだ.むしろ,英語のみを操るモノリンガルが圧倒的多数を占めるということは銘記しておいてよい.
 ここで思い出したいのは,典型的な diglossia 社会の状況である.それによると,とりわけ H 変種の習得の程度については程度の差はあるとはいえ,当該社会の全員(あるいは大多数)が L と H のいずれの言語変種をも話せるというが前提だった.スイス・ドイツ語と標準ドイツ語,口語アラビア語と古典アラビア語,ハイチクレオール語とフランス語等々の例が挙げられてきた.
 この典型的な diglossia 社会に照らすと,中英語期イングランドは本当に diglossia/triglossia と呼んでよいのだろうかという疑問が湧く.緩い用語使いは,diglossia という概念の活用の益となるのか害となるのか,この辺りが私の問題意識である.

 ・ Pearce, Michael. The Routledge Dictionary of English Language Studies. Abingdon: Routledge, 2007.

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2023-10-30 Mon

#5299. 中英語人名学の用語体系 [name_project][me][onomastics][personal_name][terminology]

 「#5297. 古英語人名学の用語体系」 ([2023-10-28-1]) の中英語版をお届けする.中英語になると,人名のあり方がガクンと変わり,それに伴って人名学の用語使いも変わる.Clark (551--52) より,関連する箇所を引用する.

Neither the structure nor the content of the Present-Day English personal-name system owes much to pre-Conquest styles. The typical Old English personal designation consisted of a single distinctive name (or 'idionym'), such as Dudda, Godgifu or Wulfstan; and only occasionally was this supplemented by a qualifying by-name (usually postposed), such as sēo dæge 'the dairymaid' or sē hwīta 'the white(-haired man)' . . . . A Present-Day English 'full name', on the other hand, necessarily involves two components; the second denoting a patrilinear family group and the first (which may consist of one unit or or several), an individual within that group. In Present-Day English usage, moreover, the familial, hereditary component is the crucial one for close identification, whereas in Old English usage, as in early Germanic ones generally, the idionym was central, any addition being optional. Beside this total change of structure, it is trivial that, out of the hundreds of Old English idionyms, only a handful, and those mainly ones which, like Edith, Edmund and Edward, were associated with widely venerated saints, are today represented among Present-Day English first-names.
   The change of system demands a change of terminology. The special term 'idionym', no longer appropriate, will be replaced by 'baptismal name' ('Christian name' is needed for a more specific sense, neither 'forename' nor 'first name' is appropriate until family naming is well established, and 'font name' is unidiomatic). For an optional identifying component, the term 'by-name' will be retained. Only when continuity between generations is demonstrable will the term 'family name' be used ('surname' is rejected as insufficiently precise).


 古英語と異なり,中英語では2つの種類を組み合わせた人名が一般的になってくる.つまり,現代的な「名+姓」という構成が一般的となってくるわけだ.この点で,古英語からの idionym という概念・用語は廃れていくことになる.むしろ,キリスト教社会における名前として baptismal name という概念・用語がふさわしくなってくる.この baptismal name に加える形で,それを限定するために by-name が加えられるようになった,と考えられる.この by-name は実際上家族・家系を表わす役割を果たすことが多い.こうして中英語に,現代に続く人名システムが定まったのである.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Ed. Olga Fischer. Cambridge: CUP, 1992. 542--606.

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2023-09-24 Sun

#5263. 10月7日(土),朝カルのシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第3回「中英語の綴字 --- 標準なき繁栄」 [asacul][notice][writing][spelling][orthography][me][standardisation][me_dialect][norman_conquest][link][voicy][heldio]

 約2週間後の10月7日(土)の 15:30--18:45 に,朝日カルチャーセンター新宿教室にてシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第3回となる「中英語の綴字 --- 標準なき繁栄」が開講されます.


10月7日(土),朝カルのシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第3回「中英語の綴字 --- 標準なき繁栄」



 今回の講座は,全4回のシリーズの第3回となります.シリーズのラインナップは以下の通りです.

 ・ 第1回 文字の起源と発達 --- アルファベットの拡がり(春・4月29日)
 ・ 第2回 古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ(夏・7月29日)
 ・ 第3回 中英語の綴字 --- 標準なき繁栄(秋・10月7日)
 ・ 第4回 近代英語の綴字 --- 標準化を目指して(冬・未定)

 これまでの2回の講座では,まず英語史以前の文字・アルファベットの起源と発達を確認し,次に古英語期(449--1100年)におけるローマ字使用の実際を観察してきました.第3回で注目する時期は中英語期(1100--1500年)です.この時代までに英語話者はローマ字にはすっかり馴染んでいましたが,1066年のノルマン征服の結果,「標準英語」が消失し,単語の正しい綴り方が失われるという,英語史上でもまれな事態が展開していました.やや大げさに言えば,個々の英語の書き手が,思い思いに好きなように単語を綴った時代です.これは秩序崩壊とみればネガティヴとなりますが,自由奔放とみればポジティヴです.はたしてこの状況は,後の英語や英語のスペリングにいかなる影響を与えたのでしょうか.英語スペリング史において,もっともメチャクチャな時代ですが,だからこそおもしろい話題に満ちています.講座のなかでは中英語原文も読みながら,この時代のスペリング事情を眺めてみたいと思います.
 講座の参加にご関心のある方は,ぜひこちらのページよりお申し込みください.対面のほかオンラインでの参加も可能です.また,参加登録された方には,後日見逃し配信としてアーカイヴ動画へのリンクも送られる予定です.ご都合のよい方法でご参加ください.全4回のシリーズものではありますが,各回の内容は独立していますので,単発でのご参加も歓迎です.
 本シリーズと関連して,以下の hellog 記事,および Voicy heldio 配信回もご参照ください.

[ 第1回 文字の起源と発達 --- アルファベットの拡がり ]

 ・ heldio 「#668. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まります」(2023年3月30日)
 ・ hellog 「#5088. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まります」 ([2023-04-02-1])
 ・ hellog 「#5119. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」の第1回を終えました」 ([2023-05-03-1])

[ 第2回 古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ ]

 ・ hellog 「#5194. 7月29日(土),朝カルのシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第2回「古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ」」 ([2023-07-17-1])
 ・ heldio 「#778. 古英語の文字 --- 7月29日(土)の朝カルのシリーズ講座第2回に向けて」(2023年7月18日)
 ・ hellog 「#5207. 朝カルのシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第2回「古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ」を終えました」 ([2023-07-30-1])

[ 第3回 中英語の綴字 --- 標準なき繁栄 ](以下,2023/09/26(Tue)の後記)

 ・ heldio 「#848. 中英語の標準なき綴字 --- 10月7日(土)の朝カルのシリーズ講座第3回に向けて」(2023年9月26日)

Referrer (Inside): [2024-02-03-1]

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2023-09-21 Thu

#5260. 喜びに満ちた delicious の同根類義語 [eebo][synonym][me][cognate][lexicology][borrowing][loan_word][latin][french][oed][thesaurus][htoed][voicy][heldio]



 今週の月・火と連続して,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」(毎朝6時に配信)にて delicious とその類義語の話題を配信しました.

 ・ 「#840. delicious, delectable, delightful」
 ・ 「#841. deleicious の歴史的類義語がたいへんなことになっていた」

 かつて「#283. delectabledelight」 ([2010-02-04-1]) と題する記事を書いたことがあり,これとも密接に関わる話題です.ラテン語動詞 dēlectāre (誘惑する,魅了する,喜ばせる)に基づく形容詞が様々に派生し,いろいろな形態が中英語期にフランス語を経由して借用されました(ほかに,それらを横目に英語側で形成された同根の形容詞もありました).いずれの形容詞も「喜びを与える,喜ばせる,愉快な,楽しい;おいしい,美味の,芳しい」などのポジティヴな意味を表わし,緩く類義語といってよい単語群を構成していました.
 しかし,さすがに同根の類義語がたくさんあっても競合するだけで,個々の存在意義が薄くなります.なかには廃語になるもの,ほとんど用いられないものも出てくるのが道理です.
 Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary (= HTOED) で調べてみたところ,歴史的には13の「delicious 語」が浮上してきました.いずれも語源的に dēlectāre に遡りうる同根類義語です.以下に一覧します.

 ・ †delite (c1225--1500): Very pleasant or enjoyable; delightful.
 ・ delightable (c1300--): Very pleasing or appealing; delightful.
 ・ delicate (a1382--1911): That causes pleasure or delight; very pleasing to the senses, luxurious; pleasurable, esp. in a way which promotes calm or relaxation. Obsolete.
 ・ delightful (a1400--): Giving or providing delight; very pleasant, charming.
 ・ delicious (c1400?-): Very pleasant or enjoyable; very agreeable; delightful; wonderful.
 ・ delectable (c1415--): Delightful; extremely pleasant or appealing, (in later use) esp. to the senses; very attractive. Of food, drink, etc.: delicious, very appetizing.
 ・ delighting (?a1425--): That gives or causes delight; very pleasing, delightful.
 ・ †delitous (a1425): Very pleasant or enjoyable; delightful.
 ・ delightsome (c1484--): Giving or providing delight; = delightful, adj. 1.
 ・ †delectary (?c1500): Very pleasant; delightful.
 ・ delighted (1595--1677): That is a cause or source of delight; delightful. Obsolete.
 ・ dilly (1909--): Delightful; delicious.
 ・ delish (1915--): Extremely pleasing to the senses; (chiefly) very tasty or appetizing. Sometimes of a person: very attractive. Cf. delicious, adj. A.1.

 廃語になった語もあるのは確かですが,意外と多くが(おおよそ低頻度語であるとはいえ)現役で生き残っているのが,むしろ驚きです.「喜びを与える,愉快な;おいしい」という基本義で普通に用いられるものは,実際的にいえば delicious, delectable, delightful くらいのものでしょう.
 このような語彙の無駄遣い,あるいは類義語の余剰といった問題は,英語では決して稀ではありません.関連して,「#3157. 華麗なる splendid の同根類義語」 ([2017-12-18-1]),「#4969. splendid の同根類義語のタイムライン」 ([2022-12-04-1]),「#4974. †splendidious, †splendidous, †splendious の惨めな頻度 --- EEBO corpus より」 ([2022-12-09-1]) もご覧ください.

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2023-03-18 Sat

#5073. 15世紀 Chancery Standard の注目すべき3単語の異綴りを紹介 --- England, merchant, notwithstanding [spelling][me][chancery_standard][me_dialect][standardisation]

 「#193. 15世紀 Chancery Standard の through の異綴りは14通り」 ([2009-11-06-1]) で紹介した通り,中英語も終わりに近づいた15世紀の公的な文書ですら,綴字にはまだ相当の変異や揺れがあった.14世紀末に始まりかけていた綴字の標準化は,あくまでゆっくりと進行していたのである.An Anthology of Chancery English のグロッサリーを眺めていると,through 以外にも,異綴りの観点からおもしろい単語はいくつもある.目についた3単語 (England, merchant, notwithstanding) を取り上げ,異綴りを鑑賞してみよう.括弧内の数字は頻度である.

England (35), Englande (10), Engeland (7), Englond (28), Englonde (3), Engelond (1), Inglond (6), Ingelond (3), Ingland (1), Yngelond (2), Ynglond (1)


merchant (1), marchant (8), marchaunt (6), merchaunt (4); (pl.) marchauntȝ (10), merchauntȝ (6), marchaunts (4), merchauntes (3), marchantes (3), merchantes (2), marchantȝ (2), merchandes (1), marchandes (1), marchauntes (1), merchantȝ (1)


notwithstanding (3), notwithstondyng(e) (16), natwiþstandyng (6), notwiþstandyng(e) (3), notwiþstanding (2), notwithstonding (1), notwyþstandyng (1), notwythstondyng (1), notwistanding (1), natwithstandyng (1), naughtwithstandinge (1), nogthwithstondyng (1), nottewithstondyng (1), notwythstondyng (1)


 国号ですらこれだけ揺れているというのが興味深い.もちろんこの3語は氷山の一角である.他も推して知るべし.
 関連して England については「#1145. EnglishEngland の名称」 ([2012-06-15-1]) と「#2250. English の語頭母音(字)」 ([2015-06-25-1]) を,notwithstanding については「#5064. notwithstanding」 ([2023-03-09-1]) を参照.

 ・ Fisher, John H., Malcolm Richardson, and Jane L. Fisher, comps. An Anthology of Chancery English. Knoxville: U of Tennessee P, 1984. 392.

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2023-03-15 Wed

#5070. ソーシャルメディアと中英語の綴字のヴァリエーションは酷似している [spelling][me][nlp][med][social_media][media]

 ソーシャルメディアの書き言葉は,省略やタイポが多い.英語でいえば単語の省略の仕方は一通りではなく,いずれの省略綴字が用いられるかは予測できない.自然言語処理 (nlp) においては,このような省略綴字を正規化するなどの前処理が必要となり,なかなか厄介な問題のようだ.
 一方,中英語の綴字のヴァリエーションも豊富である.綴り方は一通りではなく,いずれの綴字が用いられるかは,方言ごとに緩い傾向はあるものの,完全には予測できない.中英語を読んだり分析する際には,多様な綴字を「正規化」する必要があり,かなり厄介な問題だ.
 両者は,このようにとても似ている."tomorrow" という単語の綴字ヴァリエーションを例に取り,比較してみよう.ソーシャルメディアの例は Vajjala 他 (p. 295) から,中英語の例は MED から取った.

[ ソーシャルメディアからの "tomorrow" の綴字 ]

tmw, tomarrow, 2mrw, tommorw, 2moz, tomorro, tommarrow, tomarro, 2m, tomorrw, tmmrw, tomoz, tommorow, tmrrw, tommarow, 2maro, tmrow, tommoro, tomolo, 2mor, 2moro, 2mara, 2mw, tomaro, tomarow, tomoro, 2morr, 2mro, tmoz, tomo, 2morro, 2mar, 2marrow, tmr, tomz, tmorrow, 2mr, tmo, tmro, tommorrow, tmrw, tmrrow, 2mora, tommrow, tmoro, 2ma, 2morrow, tomrw, tomm, tmrww, 2morow, 2mrrw, tomorow

[ MED からの "tomorrow" の綴字 ]

tōmōrn, tomorne, -moroun(e, -morwen, -morwin, -morewen, -morgen, tomor3en, -moregan, -moreuin, -marewene, -marwen, -marhen, -mar3an, -mar3en, -mær3en, temarwen; tōmōrwe, tomorewe, -moreu, -mor(r)owe, -mor(r)ou, -morou, -moru(e, -mor3e, -marewe, temorwe, tomoruwe, -more3e, -mar3e, -mær3e

 もう主旨はお分かりだろう.ソーシャルメディアを対象とする自然言語処理技術の発展は,中英語研究にも有用にちがいない! 笑い話のようでありながら,いや,なかなかおもしろい比較ではないか.

 ・ Vajjala, Sowmya, Bodhisattwa Majumder, Anuj Gupta, Harshit Surana (著),中山 光樹(訳) 『実践 自然言語処理 --- 実世界 NLP アプリケーション開発のベストプラクティス』 オライリー・ジャパン,2022年.

Referrer (Inside): [2023-03-17-1]

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2023-02-20 Mon

#5047. 「大航海時代略年表」 --- 『図説大航海時代』より [timeline][history][age_of_discovery][me][emode][renaissance][link]

 世界史上,ひときわきらびやかに映る大航海時代 (age_of_discovery) .広い視野でみると,当然ながら英語史とも密接に関わってくる(cf. 「#4423. 講座「英語の歴史と語源」の第10回「大航海時代と活版印刷術」を終えました」 ([2021-06-06-1])).
 以下,『図説大航海時代』の巻末 (pp. 109--10) の略年表を掲載する.大航海時代の範囲についてはいくつかの考え方があるが,1415年のポルトガル軍によるセウタ占領に始まり,1648年のウェストファリア条約の締結に終わるというのが1つの見方である.しかし,下の略年表にみえるように,その前史は長い.

紀元前5世紀スキュラクス,インダス河口からスエズ湾まで航海
4世紀後半ネアルコス,インダス地方からティグリス河口まで探検
111漢の武帝,南越を併合
1世紀カンボジヤ南部に扶南国興る
60--70頃『エリュトラ海案内記』
1世紀前半「ヒッパロスの風」によるアラビア海航海がさかんになる
2世紀扶南とローマ,インドと中国の交易がおこなわれる
166大秦王安敦(マルクス・アウレリウス)の支社日南郡に至る
207南越国建国
4--5世紀東南アジアのインド化進む
399--412東晋の法顕のインド,セイロン旅行.『仏国記』を書く
7世紀前半扶南,真臘に併合される
618唐建国
639アラブ人のエジプト侵入
7世紀後半シュリーヴィジャヤ王国マラッカ海峡の交易を支配
671--95唐の仏僧義浄インド滞在.『南海寄帰内法伝』
750バグダートにアッバース朝おこる.インド洋貿易に進出
875チャンパ(占城)興る
907唐滅亡.五代十国時代に入る
960宋建国.海外貿易の隆盛
969ファーティマ朝カイロに移る.紅海を通じてのアジア貿易.以後エジプトは紅海経由のインド洋貿易を主導する
1096第1次十字軍 (--99) .イタリア港市の台頭
1127南宋興る
1147第2次十字軍 (--48)
1169エジプトにアイユーブ朝成立
1245--47プラノ・カルピーニ,教皇の命によりカラコルムに至る旅行記を著わす
1254リュブリュキ,教皇の命によりカラコルムまで旅行.旅行記を書く
1258モンゴル軍バグダート占領.アッバース朝滅亡.ただしモンゴル軍はシリア,エジプトに侵入できず
1271--95マルコ・ポロのアジア旅行と中国滞在.旅行記を口述
1291ジェノヴァのヴィヴァルディ兄弟西アフリカ航海
1293ジャヴァにマジャパヒト王国成立.モンゴル軍ジャヴァに侵攻
1312ジェノヴァのランチェローテ・マロチェーロ,カナリア諸島に航海
1349(ママ)イブン・バトゥータ,24年にわたるアフリカ,アジア旅行からタンジールに帰る
1336南インドにヴィジャヤナガル王国興る
1345マジャパヒト,全ジャヴァに勢力拡大
1351--54イブン・バトゥータ西アフリカ旅行.『三大陸周遊記』を書く
1360マンデヴィルの『東方旅行記』この頃成立
1368明建国
1372明,海禁政策をとる
1403スペインのクラビーホ,中央アジアに旅行しティムールに謁す.ラ・サルとベタンクール,カナリア諸島に航海
1405鄭和の大航海.1433年まで7回にわたる
1415ポルトガル軍セウタ占領.間もなく西アフリカ航路の探検が始まる
1434ジル・エアネス,ボジャドール岬回航
1453オスマン軍によるコンスタンティノープル攻略
1455ヴェネツィア人カダモストの西アフリカ航海
1475ヴィチェンツァでプトレマイオスの『地理学』刊行
1479スペイン,ポルトガル間にアルカソヴァス条約
1482ポルトガルの西アフリカの拠点エルミナ建設.ポルトガル人コンゴ王国と接触
1488ディアスによる喜望峰発見.大航海時代
1492コロンブス第1回航海 (--93)
1493コロンブス第2回航海
1494スペイン,ポルトガル間にトルデシリャス条約
1498ガマのインド航海.コロンブス第3回航海.南米本土に達する
1500カブラル,インドへの途次ブラジルに漂着
1501アメリゴ・ヴェスプッチ南アメリカの南緯52°まで航海
1502コロンブス第4回航海.中米沿岸航海
1505トロ会議.西回りで香料諸島探検を議決
1508ブルゴス会議で同様な趣旨の議決
1509アルメイダ,ディウ沖で,エジプト,グジャラート連合艦隊撃破
1510ポルトガル,ゴア完全占領
1511ポルトガル,マラッカ攻略
1512ポルトガル人香料諸島に到着
1513バルボア,パナマ地峡を横断して太平洋岸に達する
1519--21コルテスのメキシコ(アステカ王国)征服
1520マゼラン,地峡を発見し,太平洋を横断してフィリピンに至る
1522エルカノ以下18人,最初の世界回航をとげてセビリャ着
1527モンテホのユカタン探検
1528--33ピサロのインカ帝国征服
1529サラゴッサ条約により香料諸島のポルトガル帰属決定
1534カルティエのカナダ探検
1535アルマグロのチリ探検
1537ケサーダのムイスカ(チブチャ)征服
1538皇帝・教皇・ジェノヴァ連合艦隊プレヴェザでトルコ人に敗北
1541ゴンサーロ・ピサロのアマゾン探検.部下のオレリャーナ,河口まで航海 (1542)
1543三人のポルトガル人,種子島着
1545ボリビアのポトシ銀山発見,翌年メキシコでも大銀山発見
1553ウィロビーの北東航路探検
1565ウルダネータ,大圏航路によりフィリピンからメキシコまで航海
1567メンダーニャの太平洋航海.翌年ソロモン諸島発見
1568ジョン・ホーキンズ,サン・ファン・デ・ウルアでスペインの奇襲をうけて脱出
1570ドレイクのカリブ海スペイン基地の掠奪
1571レガスピ,マニラ市建設.キリスト教徒の海軍レパントでオスマン艦隊に勝利
1575フロビッシャー,北西航路探検の勅許を得る
1577--80ドレイク,掠奪の世界周航をおこなう
1578アルカサルーキヴィルでポルトガル軍モロッコ軍に大敗
1584--85ウォルター・ローリのヴァージニア植民計画
1586--88キャベンディシュの世界周航
1595ローリの第1次ギアナ探検.メンダーニャの太平洋探検,マルケサス諸島発見
1598ファン・ノールト,オランダ人として最初の世界周航
1599オランダ人ファン・ネック東インド航海
1600イギリス東インド会社設立.この頃ブラジルに砂糖産業が興り,アフリカ人奴隷の輸送始まる
1605キロスの航海.ニュー・ヘブリデスまで
1606キロク帰国後,あとに残されたトレス,ニュー・ギニア,オーストラリア間の海峡を発見し,マニラに向かう
1610ハドソン,アニアン海峡を求めて行方不明になる
1614メンデス・ピントの東洋旅行記『遍歴記』刊行
1615オランダ人スホーテンとル・メールの航海.ホーン岬発見
1617ローリ第2回ギアナ探検
1620メイフラワー号ニュー・イングランドに到着
1622インド副王の艦隊,モサンビケ沖でオランダ船隊の攻撃を受け壊滅
1623アンボイナ事件.オランダ人によるイギリス人,日本人の殺害.これ以後イギリス人は東インドの香料貿易から撤退し,インドに集中
1637オランダ人西アフリカのエルミナ奪取
1639マカオの対日貿易,鎖国のため不可能になる.タスマンの太平洋航海
1641オランダ人マラッカ奪取
1642--43タスマン,オーストラリアの輪郭を明らかにする
1645オランダ人セント・ヘレナ島占領
1647オランダ,アンボイナ島完全占領.カサナーテのカリフォルニア探検
1648セミョン・デジニョフ,アジア最北東端の岬(デジニョフ岬)に到達.ただしベーリング海峡の存在には気がつかなかった.ウェストファリア条約の締結による三十年戦争の終わり.オランダの独立承認される


 hellog ではこれまでも関連する年表を多く掲載してきた.大航海時代との関連で,以下のリンクを挙げておこう.

 ・ 「#2371. ポルトガル史年表」 ([2015-10-24-1])
 ・ 「#3197. 初期近代英語期の主要な出来事の年表」 ([2018-01-27-1])
 ・ 「#3478. 『図説イギリスの歴史』の年表」 ([2018-11-04-1])
 ・ 「#3479. 『図説 イギリスの王室』の年表」 ([2018-11-05-1])
 ・ 「#3487. 『物語 イギリスの歴史(上下巻)』の年表」 ([2018-11-13-1])
 ・ 「#3497. 『イギリス史10講』の年表」 ([2018-11-23-1]) を参照.

 ・ 増田 義郎 『図説大航海時代』 河出書房新社,2008年.

Referrer (Inside): [2024-01-01-1]

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2022-11-01 Tue

#4936. なぜ間接目的語や前置詞の目的語が主語となる受動文が可能なのか? [passive][syntax][inflection][verb][me][sobokunagimon][word_order]

 一昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で,リスナーさんから寄せられた質問に回答する形で「#517. 間接目的語が主語になる受動態は中英語期に発生した --- He was given a book.」を配信しました.ぜひお聴きください.



 原則として古英語では動詞の直接目的語が主語となる受動文しか存在しませんでした.ところが,続く中英語期になり,動詞の間接目的語や前置詞の目的語までもが主語となる受動文も可能となってきました(概要は中尾・児馬 (125--31) をご覧ください).今日はこの配信への補足となります.
 Fischer によれば,現代英語では次のすべての受動文が可能です.

1 The book was selected by the committee
2 Nicaragua was given the opportunity to protest
3 His plans were laughed at
4 The library was set fire to by accident


 英語史研究では,この受動文の拡大に関する議論は多くなされてきました.いくつかの考え方があるものの,概ね受動化 (passivisation) に関する統語規則の適用範囲が変化してきたととらえる向きが多いようです.要するに,受動化の対象が,時間とともに動詞の直接目的語から間接目的語へ,さらに前置詞の目的語へ拡大してきた,という見方です.
 ただし,これも1つの仮説です.もしこれを受け入れるとしても,なぜそうなのかというより一般的な問題も視野に入れる必要があります.受動化とは異なるけれども何らかの点で関係する統語現象においても類似の変化・拡大が起こっているとすれば,それと合わせて考察する必要があります.この辺りの事情を Fischer (384) に語ってもらいましょう.

There are two general paths along which one could look for an explanation of these developments. One can hypothesise that there was a change in the nature of the rule that generates passive constructions . . . Another possibility is that there was a change in the application of the rule due to changes having taken place elsewhere in the system of the language . . . The latter course seems to be the one now more generally followed. Additional factors that may have influenced the spread of passive construction are the gradual loss of the Old English active construction with indefinite man . . . (this construction could most easily be replaced by a passive) and the change in word order . . . .


 統語変化の仮説の設定と検証は,なかなか容易ではありません.そのために英語史という専門分野があり,日々研究が続けられているのです.

 ・ 中尾 俊夫・児馬 修(編著) 『歴史的にさぐる現代の英文法』 大修館,1990年.
 ・ Fischer, Olga. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Cambridge: CUP, 1992. 207--408.

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2022-10-06 Thu

#4910. 中英語と古英語の違い3点 --- 借用語の増加,標準の不在,屈折語尾の水平化 [oe][me][loan_word][standardisation][inflection][synthesis_to_analysis]

 古い Wardale の中英語入門書の復刻版を手に取っている.中英語 (Middle English) は古英語 (Old English or Anglo-Saxon) と何がどう異なるのか.Wardale (2--3) が明快に3点を挙げている.

   (a) One of these marked differences is that whereas the latter contained very little foreign element, only a limited number of Latin words and a very few from Celtic and other sources being found, the vocabulary of Middle English has been enormously enriched, especially from Old Norse and French.
   (b) Another point of distinction is that whereas in the O.E. period the West Saxon dialect under Ælfred's encouragement of learning had come to be the standard literary dialect, the others being relegated chiefly to colloquial use, in M.E. times no such state of affairs existed. In them all dialects were used for literary purposes and only towards the end of the period do we find that of Chaucer beginning to assume its position as the leading literary language.
   (c) But more important than these external points of difference, if perhaps less obvious, and more essential because inherent in the language itself, is the modification which gradually made itself seen in that language. English, like all Germanic tongues, has at all times been governed by what is known as the Germanic accent law, that is by the system of stem accentuation. By this law, except in a few cases, the chief emphasis of the word was thrown on the stem syllable, all others remaining less stressed or entirely unaccented. . . . But by [the M.E. period] all vowels in unaccented syllables have been levelled under one uniform sound e . . .


 つまり,古英語と比べたときの中英語の際立ちは3点ある.豊富な借用語,標準変種の不在,無強勢母音の水平化だ.とりわけ,3点目が言語内的で本質的な特徴であり,それは2つの重大な結果をもたらしたと,Wardale (3--4) は議論する.

   The consequences of this levelling of all unaccented vowels under one are twofold.
   (a) Since many inflectional endings had by this means lost their distinctive value, as when a nominative singular caru, care, an a nominative plural cara both gave a M.E. care, or a nominative plural limu, limbs, and a genitive plural lima both gave a M.E. lime, those few endings which did remain distinctive, such as the -es, of the nominative plural of most masculine nouns, were for convenience' sake gradually taken for general use and the regularly developed plurals care and lime were replaced by cares and limes. In the same way and for the same reason the -es of genitive singular ending of most masculine and neuter nouns came gradually to be used in other declensions as when for an O.E. lāre, lore's we find a M.E. lǫres
   (b) The second consequence follows as naturally. The older method of indicating the relationship between words in a sentence having thus become inadequate, it was necessary to fin another, and pronouns, prepositions, and conjunctions came more and more into use. Thus an O.E. bōca full, which would have normally given a M.E. bōke full was replaced by the phrase full of bōkes, and an O.E. subjunctive hie 'riden, which in M.E. would have been indistinguishable from the indicative riden from an O.E. ridon, by the phrase if hi riden. In short, English from having been a synthetic language, became one which was analytic.


 1つめの結果は,明確に区別される -es のような優勢な屈折語尾が一般化したということだ.2つめは,語と語の関係を標示するのに屈折に頼ることができなくなったために,代名詞,前置詞,接続詞といった語類に依存する度合が増し,総合的な言語から分析的な言語へ移行したことだ.
 以上,中英語と古英語の違いについて要を得た説明だったので紹介した.

 ・ Wardale, E. E. An Introduction to Middle English. Routledge and Kegan Paul, 1937. 2016. Abingdon: Routledge, 2016.

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2022-06-08 Wed

#4790. therethey に相当する中英語の it の用法 [personal_pronoun][expletive][syntax][agreement][me][french][german][existential_sentence]

 中英語を読んでいると,it の用法が現代英語よりも広くて戸惑うことがある.例えば there is 構文のような存在文 (existential_sentence) における there の代わりに it が用いられることがある(cf. フランス語 il y a, ドイツ語 es gibt).Mustanoja (132) から解説と例文を示そう.動詞が it ではなく意味上の主語に一致していることに注意.

In many instances it occurs in a pleonastic function carried out by there in Pres. E: --- of hise mouth it stod a stem, Als it were a sunnebem (Havelok 591); --- of þe erth it groues tres and gress (Cursor 545, Cotton MS); --- it es na land þat man kan neven ... þat he ne sal do þam to be soght (Cursor 22169, Cotton MS); --- bot it were a fre wymmon þat muche of love had fonde (Harley Lyr. xxxii 3); --- hit arn aboute on þis bench bot berdles chylder (Gaw. & GK 280); --- bot hit ar ladyes innoȝe (Gaw. & GK 1251).


 関連して「#1565. existential there の起源 (1)」 ([2013-08-09-1]),「#1566. existential there の起源 (2)」 ([2013-08-10-1]),「#4473. 存在文における形式上の主語と意味上の主語」 ([2021-07-26-1]) を参照.
 もう1つは,事実上 they に相当するような it の用法だ.こちらも Mustanoja (132--33) より解説と例を示そう.

Another aspect in the ME use of the formal it is seen in the following cases where it is virtually equivalent to 'they:' --- holi men hit were beiene (Lawman B 14811; cf. hali men heo weoren bæien, A); --- it ben aires of hevene alle þat ben crounede (PPl. C vi 59); --- thoo atte last aspyed y That pursevantes and heraudes ... Hyt weren alle (Ch. HF 1323). --- to þe gentyl Lomb hit arn anioynt (Pearl 895); --- hit arn fettled in on forme, þe forme and þe laste ... And als ... hit arn of on kynde (Patience 38--40); --- þei ... cownseld hyr to folwyn hyr mevynggys and hyr steringgys and trustly belevyn it weren of þe Holy Gost and of noon evyl spyryt (MKempe 3). This use goes back to OE. Cf. also German es sind ... and French ce sont ...


 いずれもフランス語やドイツ語に類似した構文が見られるなど興味深い.中英語の構文は,フランス語からの言語接触という可能性はあり得るが,むしろ統語論的な要請に基づくものではないかと睨んでいる.どうだろうか.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

Referrer (Inside): [2022-12-30-1]

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2021-12-08 Wed

#4608. 中英語の叙情詩の "I" [personal_pronoun][literature][me][genre]

 昨日の記事「#4607. 中英語の叙情詩」 ([2021-12-07-1]) で,"Middle English lyric" というジャンルの特徴について見た.特徴の1つとして「"I" が "you" に語りかける」ことが挙げられていた.この点について,昨日も引用した Greentree (388--89) が次のように加えている.

The 'lyric I' who addresses the 'you' implied in Middle English lyrics is a general, typical figure, an 'I' without ego, who may make the reader a participant in the poem. Anonymity helps efface the poets of many medieval lyrics, removing distractions to focus attention on the poem itself. Aspects of style may suggest a particular poet, place or time of composition. Some political verses recount historical events, and some poets describe their situations, but a manuscript's time of compilation does not necessarily reveal the dates when its contents were written, and biographical details may be fictions. These factors can enhance or diminish the reader's appreciation of a work. Acrostics and other devices sometimes reveal a poet's name or the place of composition. However, the lack of details of a poet's life and state of mind spares the reader fruitless speculation, since it is both easier and more profitable to concentrate on the lyric 'I'.


 中英語叙情詩の "I" は詩人本人を指示するというよりも,読み手・聞き手を取り込んで作品の中に同化させた1人称単数代名詞として機能している,という見方だ.これにより,詩人が誰かという問いは背景化し,詩の内容そのものに焦点が当てられることになる.作品への没入を誘う1人称単数代名詞の文体的用法とでも言おうか.
 中英語叙情詩の特徴が少し分かり始めてきた.

 ・ Greentree, Rosemary. "Lyric." A Companion to Medieval English Literature and Culture: c.1350--c.1500. Ed. Peter Brown. Malden, MA: Blackwell, 2007. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009. 387--405.

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2021-12-07 Tue

#4607. 中英語の叙情詩 [literature][me][genre]

 目下,大学院の授業で Bennett and Smithers のアンソロジーより中英語の叙情詩 (Middle English lyrics) を読んでいる.最もよく知られているのは,輪唱の歌詞 Sumer is icumen in だろう(cf. 「#1438. Sumer is icumen in」 ([2013-04-04-1])).現代の歌い手による輪唱を生で聴いたことがあるが,調子と歌詞が明るくすがすがしい.輪唱だけに,頭の中でぐるぐる回ってしまい,口ずさまずにはいられない中毒性がある.
 中英語の叙情詩といっても,話題としては世俗的なものもあれば宗教的なものまである.政治詩,恋愛詩,賛美歌を含めカバーする範囲は広い.Sumer is icumen in のように音楽に載せたものもあれば,そうでないものもある.形式も様々だ.基本的に短い詩が多いが,逆にいうと短い詩であれば "lyric" と呼んでしまえるのではないかという感がある.実際,このジャンルを定義づける要素は何かという問いに対して,端的に「短い詩である」という答えもあり得るようだ.Greentree (388) の "Characteristics of Lyrics" に関する説明を読んでみよう.

There are some constants in the genre. Ann S. Haskell notes a 'cluster of characteristics' including brevity, metrical pattern, rhyme scheme, theme and occasional hints of a plot. To John Burrow, the term 'usually means no more than a short poem', but he emphasizes 'the most characteristic axis of lyric poetry: the "I" addressing the "you", and distinguishes that 'I' from any other personal utterance, since the lyric 'I' 'speaks not for an individual but for a type' (Burrow 1982: 61). The voice of the lyric 'I' is always present, sounding many notes: laughing, weeping, expressing countless human feelings, praying, teaching or passing on scraps of knowledge.


 このジャンルを定義づける試みがうまくいかないのは,そこでは相反するものが共存しているからである.むしろ,それこそが中英語の叙事詩の特徴なのかもしれない.このことを Greentree (387) が次のように表現している.

          'Oh, to vex me, contraries meet in one'

Anyone who seeks the essence and boundaries of the medieval English lyric may find John Donne's line an apt expression of the task's pleasures and exasperations. The Middle English lyric attracts contraries of matter and manner, metre, diction and form. The slightest of structures may bear the weight of serious content with a paradox or exploration of holy mysteries in a form equally suited to celebration. Apparently artless forms may prove sophisticated and lavishly allusive. The disparate members of this genre vary from the glorious to the mundane . . . . Vexation comes from attempts to define the genre, to confine its members within a few descriptive sentences. Every statement can be questions, every adjective is ambiguous, every category has exceptions.


 中英語の叙事詩は,そこに一定の傾向は見られるにせよ,かなり緩いジャンルととらえておいてよい.

 ・ Bennett, J. A. W. and G. V. Smithers, eds. Early Middle English Verse and Prose. 2nd ed. Oxford: OUP, 1968.
 ・ Greentree, Rosemary. "Lyric." A Companion to Medieval English Literature and Culture: c.1350--c.1500. Ed. Peter Brown. Malden, MA: Blackwell, 2007. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009. 387--405.
 ・ Burrow, John. Medieval Writers and their Work: Middle English Literature and its Background 1100--1500. Oxford: OUP, 1982.

Referrer (Inside): [2021-12-08-1]

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2021-10-03 Sun

#4542. 中英語の人名のトレンド [onomastics][personal_name][me][norman_conquest]

 「#4539. アングロサクソン人名の構成要素」 ([2021-09-30-1]) で古英語の人名の傾向をみたので,続いて中英語の人名のトレンドも覗いてみたい (Coates 320--21) .すでに以下の記事などで述べてきたとおりだが,基本的にはノルマン征服を境に,古英語の人名の大多数が受け継がれずに消え,新たにフランス語かぶれの人名が流入し人気を博したといってよい.

 ・ 「#813. 英語の人名の歴史」 ([2011-07-19-1])
 ・ 「#590. last name はいつから義務的になったか」 ([2010-12-08-1])
 ・ 「#2364. ノルマン征服後の英語人名のフランス語かぶれ」 ([2015-10-17-1])
 ・ 「#2365. ノルマン征服後の英語人名の姓の採用」 ([2015-10-18-1])
 ・ 「#3902. 純アングロサクソン名の Edward, Edgar, Edmond, Edwin」 ([2020-01-02-1])

 フランス語かぶれの人名という言い方をしたが,厳密にいえばフランス語を経由して入ってきた人名ということであり,起源を探ればフランス語ではなく別の言語に起源をもつ名前がほとんどである.おおまかに2種類に分けられる.
 1つは,もともとは英語自身が属している西ゲルマン語に由来する人名で,それがフランス語を経由して再び英語に戻ってきたとでもいうべき人名である.William, Robert, Richard, Gilbert, Alice, Eleanor, Rose/Rohais, Maud などが挙げられる.いずれもフランス語ぽい香りがするが,実はもとはゲルマン系の人名である.
 もう1つは聖書に現われる人物や,人気のある聖人にちなむ名前で,Adam, Matthew, Bartholomew, James, Thomas, Andrew, Stephen, Nicholas, Peter/Piers, John; Joan, Anne, Margaret/Margery などが挙げられる.12世紀後半からは Mary が,14世紀からは Christopher なども入ってきている.
 その他,アーサー王伝説の有名な登場人物の名前として Arthur, Guenevere, Launcelot や,ブルトン語からの Alan などもあったが,さほど目立たない.
 現代でも世代によって人気のある名付けというのは異なるものだが,中英語期も同じで,はやりすたりがあったようである.

 ・ Coates, Richard. "Names." Chapter 6 of A History of the English Language. Ed. Richard Hogg and David Denison. Cambridge: CUP, 2006. 312--51.

Referrer (Inside): [2023-12-09-1]

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2021-01-15 Fri

#4281. ICAMET --- 中英語散文コーパス [icamet][corpus][me][link]

 ICAMET (= Innsbruck Computer Archive of Machine-Readable English Texts) は,約780万語(私の持っている古い Version 2.4 は約600万語ほど)からなる中英語散文コーパスである.2012年以来手元に置いていたもののほとんど活用する機会のなかったコーパスだが,同コーパスを用いた谷の論文によって思い出した次第.当時 CD-ROM で購入した有料コーパスだが,ICAMET 以外にも tagged Brown Corpus, Wall Street Journal, Switchboard tagged が含まれていた.ICAMET のファイル形式は doc と rtf で,テキストの annotation が COCOA 方式で与えられている.
 中英語テキストを含むコーパスといえば代表的なものとして以下が思い浮かぶが,このラインナップに ICAMET が加わるとなかなか強力な布陣だ.

 ・ Helsinki Corpus (HC) の中英語部分
 ・ The Penn-Helsinki Parsed Corpus of Middle English, second edition (PPCME2)
 ・ Corpus of Middle English Prose and Verse
 ・ The Middle English Grammar Corpus (MEG-C)
 ・ The Parsed Corpus of Middle English Poetry (PCMEP)

 上記コーパスにはそれぞれの特徴があるが,今回は ICAMET に注目する.まず,ジャンルとしては中英語散文のみが含まれているという点が特異である.規模については,Version 2.4 に基づいた谷 (63) によれば,次の通り.

世紀1212--131313--141414--1515Total
ファイル数38911413111159
茯????110,45458,692344,2683,996704,137378,0804,349,8085,949,435
%1.91.05.80.111.96.473.1100


 全体で約600万語というコーパスサイズは,Helsinki Corpus の中英語部分の約10倍であり,PPCME2 の約5倍である.時代の分布としては14世紀と15世紀を合わせて91.4%となっており,相当に後期中英語に偏っている.この点は使用に際して注意すべき点だろう.
 中英語コーパスについては,「#3282. The Parsed Corpus of Middle English Poetry (PCMEP)」 ([2018-04-22-1]) も参照.

 ・ 谷 明信 「ICAMET 中英語散文コーパスを用いた認識動詞 wit の衰退の調査」『コーパスと英語史』堀 正広・赤野 一郎(監修),西村 秀男(編).ひつじ書房.2019年.59--95頁.
 ・ Markus, Manfred, ed. The Middle English Prose Corpus of the ICAMET. U of Innsbruck, 2003.

Referrer (Inside): [2021-01-16-1]

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2020-08-24 Mon

#4137. 中世イングランドで話されていたフランス語は Anglo-Norman か Anglo-French か [oed][anglo-norman][french][me][variety]

 中世イングランドで用いられていたフランス語変種を何と呼ぶべきかという問題には,私も長らく頭を悩ませてきた.英語史でも,かの変種についてしばしば言及する機会があるからだ.本ブログの記事に付しているタグとしては専ら (anglo-norman) を用いてきたが,記事本文中では Anglo-French の呼称も自由に使ってきた.
 先日の記事「#4133. OED による英語史概説」 ([2020-08-20-1]) で紹介した記事の1つ Middle English: an overview を読んでいたところ,"A multilingual context" と題する節のもとで標記の問題への言及を見つけた.

What to call the French used in Britain in this period is a difficult scholarly question. Traditionally the term 'Anglo-Norman' has been used, notably in the title of The Anglo-Norman Dictionary. In fact, the present-day editors of that dictionary note that in many ways 'Anglo-French' is a more appropriate term, since it better reflects the wide variety of inputs shown by the French used in medieval Britain. OED3 retains the term 'Anglo-Norman' largely to maintain consistency with the title of The Anglo-Norman Dictionary.


 引用の通り,OED の方針としては既存の The Anglo-Norman Dictionary の呼称と一致させて Anglo-Norman を用いるということのようだ.しかし,内心のところ,問題の変種へのインプットは Norman French に限られないことから,もっと広めに Anglo-French と呼ぶ方が適切だろうとは考えているらしい.
 直接 OED の当該の語に当たってみよう.まず Anglo-Norman は "The variety of the French language spoken and written in medieval England after the Norman Conquest." とある.言語名の名詞としては1818年,形容詞としては早く1735年に初出しているが,あくまで近代になってからの呼称である.
 一方,Anglo-French に当たってみると,"The variety of the French language spoken and written in medieval England." とある.ほとんと違いがない.言語名の名詞としては1862年,形容詞として1884年に初出している.しかし,その定義のすぐ下に,次の重要な注があった.

Anglo-French developed after the Norman Conquest of 1066, and remained current in some functions until the mid 15th cent. The term 'Anglo-Norman' has traditionally been used in the same meaning (cf. Anglo-Norman n. 2), but 'Anglo-French' is preferred by many scholars since this variety was not solely based on Norman French. French in later legal use is normally distinguished as Law French (see law-French n. at law n.1 Compounds 3).


 やはり OED も内心は Anglo-French の呼び名のほうを買っているように思われる.Law French という別の視点からのくくりも意識しておきたい (cf. law_french) .言語名を巡る問題は,それだけで歴史社会言語学的な難問となることが多い.「#3558. 言語と言語名の記号論」 ([2019-01-23-1]) も参照されたい.

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2020-06-25 Thu

#4077. MED の辞書としての特徴 [lexicography][dictionary][med][me][corpus][website][link][bibliography][onomastics]

 昨日の記事「#4076. Dictionary of Old EnglishDictionary of Old English Corpus」 ([2020-06-24-1]) に引き続き,英語史研究にはなくてはならないツールについて.中英語研究といえば,何をおいても MED を挙げなければならない (Kurath, Hans, Sherman M. Kuhn, John Reidy, and Robert E. Lewis. Middle English Dictionary. Ann Arbor: U of Michigan P, 1952--2001. Available online at http://quod.lib.umich.edu/m/med/) .昨日の DOE と DOEC の関係と同様に,MED にも関連する MEC というコーパスがあり,こちらもたいへん有用である (MEC = McSparran, Frances, ed. Middle English Compendium. Ann Arbor: U of Michigan P, 2006. Available online at http://quod.lib.umich.edu/m/mec/) .
 MED は1952年に最初の小冊が出版され,1991年に最後の小冊が出版されて完成した.その後,2000年にオンライン版の Middle English Compendium に組み込まれ,使い勝手が大幅に向上した.細かな検索ができることはもちろん,hyperbibliography の充実振りが嬉しい.56,000件ほどの見出し語を誇る中英語最大の辞書であることはいうにおよばず,中英語研究史上の最大の成果物といえる.2018年にはほぼ20年振りの改訂版が公開され,現在も中英語研究の第一線を走っている.
 MED には,使用に当たって知っておくべきいくつかの特徴がある.Durkin (1150--52) に拠って指摘しておこう.まず,MED は,語義に多くの注意を払う辞書だということだ.OED ではある語の語形を大きな基準として記述を仕分けているが,MED のエントリーの最大の構成原理は語義である.ある意味では語形の違いなどは方言差と割り切って,LALME や LAEME に委ねているといった風である.しかし,この語義優先という特徴により,語学的な研究のみならず,文化的,歴史的な研究にも資するツールとなっているという側面がある.
 語義の重視と関連して,MED は該当語の固有名詞としての使用にも意を払っている.たいてい最後の語義として言及されるが,これは固有名詞研究や歴史研究に有用である.多言語テキストに記されている英語の地名なども拾い上げられており,他言語文献や言語接触の研究にも資する情報である.
 MED で惜しむらく点は,語源記述が少ないことだ.直前の古英語形や借用語であればソース言語での形態などを挙げているにとどまり,深みがない.
 最後に指摘しておくべきは,例文に付されている年代について,(1) 写本(証拠)そのものの年代と,(2) テキストが作成されたとおぼしき年代とが,分けて記されている点である(後者はカッコでくくられている).両年代を念頭におけば,例えば異写本間での語形の比較に際して貴重な判断材料となるだろう.この重要な情報は,diplomatic な読みを追求する文献学的な関心に答えてくれる可能性を秘めている.
 関連して「#4016. 中英語研究のための基本的なオンライン・リソース」 ([2020-04-25-1]) も参照.

 ・ Durkin, Philip. "Resources: Lexicographic Resources." Chapter 73 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1149--63.

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2020-04-25 Sat

#4016. 中英語研究のための基本的なオンライン・リソース [bibliography][website][link][corpus][dictionary][hel_education][auchinleck][oed][htoed][laeme][lalme][med][ceec][me]

 標記について,Smith (47--48) の参考文献表よりいくつか抜き出し,整理し,リンクを張ってみた(現時点で生きたリンクであることを確認済み).本ブログでは,その他各種のオンライン・リソースも紹介してきたが,まとめきれないので link を参照.とりわけ Chaucer 関連のリンクは「#290. Chaucer に関する Web resources」 ([2010-02-11-1]) をどうぞ.



 ・ AM = Burnley, David and Alison Wiggins, eds. Auchinleck Manuscript. National Library of Scotland, 2003. Available online at http://www.nls.uk/auchinleck/ .
 ・ CEEC = Nevalainen, Terttu, Helena Raumolin-Brunberg, Jukka Keränen, Minna Nevala, Arja Nurmi, and Minna Palander-Collin. Corpus of Early English Correspondence (CEEC). Department of English, U of Helsinki. Available online at https://varieng.helsinki.fi/CoRD/corpora/CEEC/index.html .
 ・ CSC = Meurman-Solin, Anneli. Corpus of Scottish Correspondence. U of Helsinki, 2007. Available online at https://varieng.helsinki.fi/CoRD/corpora/CSC/ .
 ・ CTP = Robinson, Peter and Barbara Bordalejo. The Canterbury Tales Project. Institute of Textual Scholarship and Electronic Editing, U of Birmingham, 1996--. Available online at http://server30087.uk2net.com/canterburytalesproject.com/index.html .
 ・ HTOED = Kay, Christian, Jane Roberts, Michael Samuels, and Irené Wotherspoon, eds. Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary. Oxford: OUP, 2009. Available online via http://www.oed.com/ .
 ・ LAEME = Laing, Margaret and Roger Lass. LAEME: A Linguistic Atlas of Early Middle English, 1150--1325. U of Edinburgh, 2007. Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme2/laeme2.html .
 ・ LALME = McIntosh, Angus, Michael Samuels, and Michael Benskin, with Margaret Laing and Keith Williamson. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English (LALME). Aberdeen: Aberdeen UP, 1986. Available online as eLALME at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/elalme/elalme_frames.html .
 ・ LAOS = Williamson, Keith. A Linguistic Atlas of Older Scots, Phase 1: 1380--1500 (LAOS). 2007. Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laos1/laos1.html .
 ・ MEC = McSparran, Frances, ed. Middle English Compendium. Ann Arbor: U of Michigan P, 2006. Available online at http://quod.lib.umich.edu/m/mec/ .
 ・ MED = Kurath, Hans, Sherman M. Kuhn, John Reidy, and Robert E. Lewis. Middle English Dictionary. Ann Arbor: U of Michigan P, 1952--2001. Available online at http://quod.lib.umich.edu/m/med/ .
 ・ MEG-C = Stenroos, Merja, Martti Mákinen, Simon Horobin, and Jeremy Smith. The Middle English Grammar Corpus (MEG-C). Version 2011.2. Available online at https://www.uis.no/research/history-languages-and-literature/the-mest-programme/the-middle-english-grammar-corpus-meg-c/ .
 ・ OED = Simpson, John, ed. The Oxford English Dictionary. 3rd ed. Oxford UP, 2000--. Available online at http://www.oed.com/.
 ・ TOE = Edmonds, Flora, Christian Kay, Jane Roberts, and Irené Wotherspoon. Thesaurus of Old English. U of Glasgow, 2005. Available online at https://oldenglishthesaurus.arts.gla.ac.uk/ .
 ・ VARIENG = Nevalainen, Terttu, Irma Taavitsainen, and Sirpa Leppänen. The Research Unit for Variation, Contacts and Change in English (VARIENG). Department of English, U of Helsinki. Available online at https://varieng.helsinki.fi/index.html .



 ・ Smith, Jeremy J. "Periods: Middle English." Chapter 3 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 32--48.

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2020-04-24 Fri

#4015. いかにして中英語の発音を推定するか [methodology][phonetics][phonology][comparative_linguistics][reconstruction][cognate][me][dialect][spelling][sobokunagimon]

 録音記録など直接の音声証拠が残っていない古い時代の言語音をいかにして推定するかという問いは,素朴な疑問でありながら,歴史言語学にとって本質的な課題である.英語史におけるこの課題については,これまでも一般的な観点から「#437. いかにして古音を推定するか」 ([2010-07-08-1]),「#758. いかにして古音を推定するか (2)」 ([2011-05-25-1]) などで取り上げてきた.
 しかし,推定の対象となる時代によっても,推定のために利用できる手段には違いがある.今回は Smith (40) を参照して,とりわけ中英語の発音を推定する方法に注目してみたい.5点ほど挙げられている.

a) "reconstruction", both comparative (dealing with cognate languages) and internal (dealing with paradigmatic variation);
b) analysis of "residualisms" surviving in modern accents of English;
c) analysis of the writings of spelling-reformers and phoneticians from the Early Modern English period, supplying information about usages closer to the Middle English period than now;
d) analysis of contemporary verse-practices, based on the analysis of rhyme, alliteration and meter; and
e) analysis of spellings.


 逆順にコメントを加えていきたい.e) のスペリングの分析というのは拍子抜けするくらい当たり前のことに思われるかもしれない.中英語は表音文字を標榜するローマン・アルファベットを用いて書かれている以上,単語のスペリングを参考にするのは当然である.しかし,現代英語の発音とスペリングの関係を考えてみれば分かるように,スペリングは素直に発音を表わしているわけではない.したがって,中英語においても完全に素直に発音を表わしていたわけではいだろうという懐疑的な前提がどうしても必要となる.それでも素直ではないとはいえ少なくとも間接的な形で発音を表わそうとしていることは認めてよさそうであり,どのように素直でないのか,どのくらい間接的なのかについては,当時の文字体系やスペリング体系の詳細な分析を通じてかなりの程度明らかにすることができる.
 d) は韻文の利用である.中英語の韻文は,とりわけ後期にかけて大陸から新しくもたらされた脚韻 (rhyme) が栄えた.脚韻の証拠は,とりわけ母音の質量や強勢位置に関して多くの情報を与えてくれる.一方,古英語で隆盛をきわめた頭韻 (alliteration) は中英語期には陰りをみせたものの,北西方言を中心に根強く生き残り,中英語の子音や強勢位置に関するヒントを与え続けてくれる.また,韻文からは,上記の脚韻や頭韻とも密接に関わるかたちで韻律 (meter) の種々の要素が,やはり当時の発音に示唆を与えてくれる.
 c) は,後続する近代英語期に史上初めて本格的に現われてくる音声学者たちによる,当時の発音についてのメタ・コメントに依拠する方法である.彼らのコメントはあくまで近代英語期の(主として規範的な)発音についてだが,それが正確に推定できれば,前代の発音についても大きなヒントとなろう.一般的な音変化の特徴を理解していれば,出力(近代英語期の発音)から逆算して入力(中英語期の発音)を得られる可能性が高まる.
 b) 近現代の周辺的な方言には,非常に古い形式が残存していることがある.時間軸をさかのぼるのに空間軸をもってする,という手法だ.関連して「#1000. 古語は辺境に残る」 ([2012-01-22-1]),「#2019. 地理言語学における6つの原則」 ([2014-11-06-1]) などを参照されたい.
 最後に a) は,関連する諸言語との比較 (comparative_linguistics) に基づく再建 (reconstruction) や内的再建による理論的な推定法である.再建というと,文献のない時代の言語を復元する手法と思われるかもしれないが,文献が確認される古英語,中英語,近代英語においても証拠の穴を埋めるのに十分に利用され得る.
 中英語の発音の研究は,上記のような数々の手法で進められてきており,今では相当詳しいことが明らかにされている.

 ・ Smith, Jeremy J. "Periods: Middle English." Chapter 3 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 32--48.

Referrer (Inside): [2023-11-14-1] [2021-08-21-1]

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