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me - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2020-05-25 07:01

2020-04-25 Sat

#4016. 中英語研究のための基本的なオンライン・リソース [bibliography][website][link][corpus][dictionary][hel_education][auchinleck][oed][htoed][laeme][lalme][med][ceec][me]

 標記について,Smith (47--48) の参考文献表よりいくつか抜き出し,整理し,リンクを張ってみた(現時点で生きたリンクであることを確認済み).本ブログでは,その他各種のオンライン・リソースも紹介してきたが,まとめきれないので link を参照.とりわけ Chaucer 関連のリンクは「#290. Chaucer に関する Web resources」 ([2010-02-11-1]) をどうぞ.



 ・ AM = Burnley, David and Alison Wiggins, eds. Auchinleck Manuscript. National Library of Scotland, 2003. Available online at http://www.nls.uk/auchinleck/ .
 ・ CEEC = Nevalainen, Terttu, Helena Raumolin-Brunberg, Jukka Keränen, Minna Nevala, Arja Nurmi, and Minna Palander-Collin. Corpus of Early English Correspondence (CEEC). Department of English, U of Helsinki. Available online at http://www.helsinki.fi/varieng/CoRD/corpora/CEEC/index.html .
 ・ CSC = Meurman-Solin, Anneli. Corpus of Scottish Correspondence. U of Helsinki, 2007. Available online at http://www.helsinki.fi/varieng/CoRD/corpora/CSC/ .
 ・ CTP = Robinson, Peter and Barbara Bordalejo. The Canterbury Tales Project. Institute of Textual Scholarship and Electronic Editing, U of Birmingham, 1996--. Available online at http://server30087.uk2net.com/canterburytalesproject.com/index.html .
 ・ HTOED = Kay, Christian, Jane Roberts, Michael Samuels, and Irené Wotherspoon, eds. Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary. Oxford: OUP, 2009. Available online via http://www.oed.com/ .
 ・ LAEME = Laing, Margaret and Roger Lass. LAEME: A Linguistic Atlas of Early Middle English, 1150--1325. U of Edinburgh, 2007. Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme2/laeme2.html .
 ・ LALME = McIntosh, Angus, Michael Samuels, and Michael Benskin, with Margaret Laing and Keith Williamson. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English (LALME). Aberdeen: Aberdeen UP, 1986. Available online as eLALME at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/elalme/elalme_frames.html .
 ・ LAOS = Williamson, Keith. A Linguistic Atlas of Older Scots, Phase 1: 1380--1500 (LAOS). 2007. Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laos1/laos1.html .
 ・ MEC = McSparran, Frances, ed. Middle English Compendium. Ann Arbor: U of Michigan P, 2006. Available online at http://quod.lib.umich.edu/m/mec/ .
 ・ MED = Kurath, Hans, Sherman M. Kuhn, John Reidy, and Robert E. Lewis. Middle English Dictionary. Ann Arbor: U of Michigan P, 1952--2001. Available online at http://quod.lib.umich.edu/m/med/ .
 ・ MEG-C = Stenroos, Merja, Martti Mákinen, Simon Horobin, and Jeremy Smith. The Middle English Grammar Corpus (MEG-C). Version 2011.2. Available online at https://www.uis.no/research/history-languages-and-literature/the-mest-programme/the-middle-english-grammar-corpus-meg-c/ .
 ・ OED = Simpson, John, ed. The Oxford English Dictionary. 3rd ed. Oxford UP, 2000--. Available online at http://www.oed.com/.
 ・ TOE = Edmonds, Flora, Christian Kay, Jane Roberts, and Irené Wotherspoon. Thesaurus of Old English. U of Glasgow, 2005. Available online at https://oldenglishthesaurus.arts.gla.ac.uk/ .
 ・ VARIENG = Nevalainen, Terttu, Irma Taavitsainen, and Sirpa Leppänen. The Research Unit for Variation, Contacts and Change in English (VARIENG). Department of English, U of Helsinki. Available online at http://www.helsinki.fi/varieng/index.html .



 ・ Smith, Jeremy J. "Periods: Middle English." Chapter 3 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2nd vol. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 32--48.

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2020-04-24 Fri

#4015. いかにして中英語の発音を推定するか [methodology][phonetics][phonology][comparative_linguistics][reconstruction][cognate][me][dialect][spelling][sobokunagimon]

 録音記録など直接の音声証拠が残っていない古い時代の言語音をいかにして推定するかという問いは,素朴な疑問でありながら,歴史言語学にとって本質的な課題である.英語史におけるこの課題については,これまでも一般的な観点から「#437. いかにして古音を推定するか」 ([2010-07-08-1]),「#758. いかにして古音を推定するか (2)」 ([2011-05-25-1]) などで取り上げてきた.
 しかし,推定の対象となる時代によっても,推定のために利用できる手段には違いがある.今回は Smith (40) を参照して,とりわけ中英語の発音を推定する方法に注目してみたい.5点ほど挙げられている.

a) "reconstruction", both comparative (dealing with cognate languages) and internal (dealing with paradigmatic variation);
b) analysis of "residualisms" surviving in modern accents of English;
c) analysis of the writings of spelling-reformers and phoneticians from the Early Modern English period, supplying information about usages closer to the Middle English period than now;
d) analysis of contemporary verse-practices, based on the analysis of rhyme, alliteration and meter; and
e) analysis of spellings.


 逆順にコメントを加えていきたい.e) のスペリングの分析というのは拍子抜けするくらい当たり前のことに思われるかもしれない.中英語は表音文字を標榜するローマン・アルファベットを用いて書かれている以上,単語のスペリングを参考にするのは当然である.しかし,現代英語の発音とスペリングの関係を考えてみれば分かるように,スペリングは素直に発音を表わしているわけではない.したがって,中英語においても完全に素直に発音を表わしていたわけではいだろうという懐疑的な前提がどうしても必要となる.それでも素直ではないとはいえ少なくとも間接的な形で発音を表わそうとしていることは認めてよさそうであり,どのように素直でないのか,どのくらい間接的なのかについては,当時の文字体系やスペリング体系の詳細な分析を通じてかなりの程度明らかにすることができる.
 d) は韻文の利用である.中英語の韻文は,とりわけ後期にかけて大陸から新しくもたらされた脚韻 (rhyme) が栄えた.脚韻の証拠は,とりわけ母音の質量や強勢位置に関して多くの情報を与えてくれる.一方,古英語で隆盛をきわめた頭韻 (alliteration) は中英語期には陰りをみせたものの,北西方言を中心に根強く生き残り,中英語の子音や強勢位置に関するヒントを与え続けてくれる.また,韻文からは,上記の脚韻や頭韻とも密接に関わるかたちで韻律 (meter) の種々の要素が,やはり当時の発音に示唆を与えてくれる.
 c) は,後続する近代英語期に史上初めて本格的に現われてくる音声学者たちによる,当時の発音についてのメタ・コメントに依拠する方法である.彼らのコメントはあくまで近代英語期の(主として規範的な)発音についてだが,それが正確に推定できれば,前代の発音についても大きなヒントとなろう.一般的な音変化の特徴を理解していれば,出力(近代英語期の発音)から逆算して入力(中英語期の発音)を得られる可能性が高まる.
 b) 近現代の周辺的な方言には,非常に古い形式が残存していることがある.時間軸をさかのぼるのに空間軸をもってする,という手法だ.関連して「#1000. 古語は辺境に残る」 ([2012-01-22-1]),「#2019. 地理言語学における6つの原則」 ([2014-11-06-1]) などを参照されたい.
 最後に a) は,関連する諸言語との比較 (comparative_linguistics) に基づく再建 (reconstruction) や内的再建による理論的な推定法である.再建というと,文献のない時代の言語を復元する手法と思われるかもしれないが,文献が確認される古英語,中英語,近代英語においても証拠の穴を埋めるのに十分に利用され得る.
 中英語の発音の研究は,上記のような数々の手法で進められてきており,今では相当詳しいことが明らかにされている.

 ・ Smith, Jeremy J. "Periods: Middle English." Chapter 3 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2nd vol. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 32--48.

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2020-02-23 Sun

#3954. 母音の長短を書き分けようとした中英語の新機軸 [me][vowel][spelling][ormulum][final_e][meosl][digraph]

 英語は全般的に母音の長短を表記し分けるのが苦手である.この問題とその背景については,以下の記事などで論じてきた.

 ・ 「#1826. ローマ字は母音の長短を直接示すことができない」 ([2014-04-27-1])
 ・ 「#2092. アルファベットは母音を直接表わすのが苦手」 ([2015-01-18-1])
 ・ 「#2887. 連載第3回「なぜ英語は母音を表記するのが苦手なのか?」」 ([2017-03-23-1])
 ・ 「#2092. アルファベットは母音を直接表わすのが苦手」 ([2015-01-18-1])
 ・ 「#2075. 母音字と母音の長短」 ([2015-01-01-1])

 しかし,母音の長短を書き分けようという動きが全くなかったわけではない.あくまで書き分けが苦手だったというだけで,書き分けの方法は模索されてきた.確かに古英語ではそのような試みはほぼなされなかったが,中英語になるといくつかの新機軸が導入され,なかには現代まで受け継がれたものもある.Minkova (189--90) より,そのような新機軸を5点挙げよう.

 (1) 後続の子音字を重ねて短母音を表わす
   Ormulum で採用された方法.follc (folk), þiss (this), þennkenn (think) などとする.一方,長母音を示すには,一貫していたわけではないが, (for), tīme (time) のようにアクセント記号を付す方法も採られることがあった.もっとも,この新機軸は Ormulum 以外ではみられず,あくまで孤立した単発の試みである(cf. 「#2712. 初期中英語の個性的な綴り手たち」 ([2016-09-29-1])).

 (2) 母音字を重ねて長母音を表わす
   aa (aye), see (sea), stoone (stone(s)), ook (oak) など.分かりやすい方法として部分的には現代まで続いている.関連して「#3037. <ee>, <oo> はあるのに <aa>, <ii>, <uu> はないのはなぜか?」 ([2017-08-20-1]) を参照.

 (3) 子音字の後に <e> を加えて,その前の母音が長いことを表わす
   いわゆる "magic <e>" と称される長母音表記.wife, stone, hole など.中英語開音節長化 (Middle English Open Syllable Lengthening; meosl) と密接に関連する表記上の新機軸である.本格的に規則化するのは16世紀のことだが,その原型は中英語期に成立していることに注意(cf. 「#2377. 先行する長母音を表わす <e> の先駆け (1)」 ([2015-10-30-1]),「#2378. 先行する長母音を表わす <e> の先駆け (2)」 ([2015-10-31-1])).

 (4) 異なる母音字を2つ組み合わせた2重字 (digraph) で長母音を表わす
   <ie> ≡ [eː], <eo> ≡ [eː] など.このような2重字は古英語にもあったが,母音の長短を表わすために使われていたわけではなかった.中英語では2重字が長母音を表わすのに用いられた点で,新機軸といえる.現代英語の beat, boat, bound などを参照.

 (5) 母音字に <i/y> を添えて長母音を表わす
   イングランド北部方言やスコットランド方言に分布が偏るが,baith/bayth (both), laith/layth (poath), stain/stayn (stone), keip (keep), heid (head), weill (well), bluid (blood), buik (book), guid (good), puir (poor) などとして長母音を表わした.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2020-01-23 Thu

#3923. 中英語の「〜しながら来る」などの移動の様態を表わす不定詞構文 [infinitive][participle][syntax][construction][me]

 現代英語では「〜しながら来る/行く」を意味する場合には,典型的に「come/go + 現在分詞」 が用いられる.移動動詞の後に現在分詞を添えて,移動の様態を示す用法である.以下に BNCweb からランダムに例を挙げよう.

 ・ Jack came rushing down from his room on the top floor and . . . .
 ・ The question came sneaking into her mind . . . .
 ・ She had contrarily thought that if he really cared he would have come running after her.
 ・ A great mammoth of an American truck went thundering past, forcing me on to the dirt shoulder.
 ・ He gulped and went rushing on.
 ・ . . . the crowd of silver helmets went flooding in pursuit, . . . .


 古英語期の特に韻文や,続く中英語の時代には,このような場合に現在分詞ではなく不定詞が用いられるのが一般的だった.とりわけ移動動詞として come が使われる場合に例が多くみられる.Mustanoja (536--37) より例を挙げよう.いずれも to を伴わない不定詞であることがポイントである.

 ・ þer comen seilien . . . scipes (Lawman A 25525)
 ・ þer com a wolf gon after þan (Fox & Wolf 108)
 ・ in him com ur Lord gon (Judas 25)
 ・ He comme flie too felde (Alis. Macedoine 995)
 ・ wiþ þat came renne sire Bruyllant (Ferumbras 2333)
 ・ nece, ysee who comth here ride (Ch. TC ii 1253)
 ・ on his hunting as he cam ride (Gower CA i 350)


 静止動詞というべき liestand にも類例がみられるが,これらの動詞については to を伴わない不定詞の例もあれば,to を伴う不定詞の例もみられる (Mustanoja 537) .この場合,不定詞は様態ではなく目的を表わす用法として解釈できる例もあり,両義的だ.

 ・ feowertene niht fulle þere læe þa verde þeos wederes abiden (Lawman A 28238)
 ・ ne þurve þa cnihtes . . . careles liggen slæpen (Lawman A 18653)
 ・ hu mynecene slapan liggen (Wint. Ben. Rule 63)
 ・ the fraunchise of holi churche hii laten ligge slepe ful stille (Pol. Songs 325)
 ・ þanne he lieþ to slepen, Sal he nevre luken þe lides of hise eȝen (Best. 15)
 ・ on a bed of gold she lay to reste Til that the hote sonne gan to weste (Ch. PF 265)
 ・ faire in the soond, to bathe hire myrily, Lith Pertelote (Ch. CT B NP 4457)
 ・ --- and in my barm ther lith to wepe Thi child and myn, which sobbeth faste (Gower CA iii 302)
 ・ ennȝless stanndenn aȝȝ occ aȝȝ To lofenn Godd (Orm. 3894)
 ・ --- he stood for to biholde (Ch. TC i 310)


 中英語後期になると「come + 不定詞」で様態を表わす用法は衰退していき,現代につらなる「come + 現在分詞」が取って代わるようになる.もっとも,後者の構文も古英語以来知られていないわけではなかったことを付け加えておきたい.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2018-10-03 Wed

#3446. 5つの爵位の筆頭 duke [me][history][title]

 イギリスの爵位として,公侯伯子男の5つが知られている.duke (公爵), marquess (侯爵), earl (伯爵), viscount (子爵), baron (男爵)である.14世紀半ばまでは,議会に参加する世俗諸侯は,大雑把に earlbaron かに分類される程度だったが,この時期から5つの爵位が定着していく.爵位名はそれぞれ独自の由来をもち,ここに合流して初めてセットとして捉えられるようになった.
 筆頭の duke (公爵,大公)に注目しよう.この語は,ラテン語 dux, duc- (軍勢の指導者)に起源をもつ.対応する動詞は ducere (導く)である.dux はフランス語 duc を経て,初期中英語に duk, duc などとして入ってきたが,当初は「小国の君主」「指導者」ほどの意味であり,爵位の筆頭としての「公爵」の意に用いられるのは14世紀前半のことである.
 dux はローマ帝国の拡大に貢献した軍団の長を指す語だったが,帝国崩壊の後,フランク王国などで最上位の称号となった.ノルマン征服以降のイングランド王はノルマンディ公爵でもあったために,自身と同じ格付けを軽々に与えるのをよしとせず,公爵位の授爵をためらってきたが,14世紀になるとそれも解禁されるようになった.イングランドで最初に「公爵」の地位を与えられたのは Edward III の子の Edward (後に黒太子 "Black Prince" と呼ばれる)であり,彼は1337年に Duke of Cornwall に叙せられた.その後,彼の弟たちにも公爵位が与えられ,Duke of Clarence, Duke of Lancaster, Duke of York, Duke of Gloucester などが誕生した.
 女性形 duchess (公爵夫人)も同じ時期に英語に入ってきており,duchy (公国,公国領)もしかりである.これらの派生語で第2子音が /ʧ/ と破擦音化しているのはフランス語での発音を反映したものである.前者は,16--19世紀には発音に引かれて dutchess の綴字で用いられることが多かった.

Referrer (Inside): [2018-10-19-1]

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2018-09-21 Fri

#3434. 近代英語期までもつれこんだ英語の公用語化 [reestablishment_of_english][me][french][latin][law_french][norman_conquest]

 ノルマン征服により,イングランドの公用語はフランス語およびラテン語となった.英語は非公式の言語として地下に潜ったわけだが,その後の数世紀をかけてゆっくりと,しかし着実に復権を遂げていった.この経緯については,reestablishment_of_english の数々の記事で取り上げてきたが,とりわけ以下の記事を挙げておこう.

 ・ 「#131. 英語の復権」 ([2009-09-05-1])
 ・ 「#324. 議会と法廷で英語使用が公認された年」 ([2010-03-17-1])
 ・ 「#336. Law French」 ([2010-03-29-1])
 ・ 「#1207. 英語の書き言葉の復権」 ([2012-08-16-1])
 ・ 「#3096. 中英語期,英語の復権は徐ろに」 ([2017-10-18-1])
 ・ 「#3265. 中世から初期近代まで行政の書き言葉標準はずっとラテン語だった」 ([2018-04-05-1])

 君塚 (134--35) は,公用語としての英語の復権を13世紀以降の流れのなかで描いているが,その終点はといえば,近代に入った1649年である.

 なお,「ノルマン征服」以後,イングランド貴族の日常言語はフランス語であり,公式の文書などにはラテン語が用いられてきた.これがジョンによる「ノルマン喪失」以降,貴族間でも英語が日常的に使われ,エドワード3世治世下の一三六三年からは議会での日常語は正式に英語と定められた.庶民院にはフランス語ができない層が数多くいたこととも関わっていた.
 議会の公式文書のほうは,一五世紀前半まではラテン語とともにフランス語が使われていたが,一四八九年からは法令の草稿も英語となった(議会制定法自体はラテン語のまま).最終的に法として認められる「国王による裁可」(ロイヤル・アセント)も,一七世紀前半まではフランス語が使われていたが,共和制の到来(一六四九年)とともに英語に直され,以後今日まで続いている.


 だが,さらに後の話題もある.法律を含めた公文書が英語で書かれなければならなくなる,いわゆる「ラテン語の全廃」は,ハノーヴァー朝の1713年のことである.イングランドは,ノルマン征服以降,英語を公的な場に完全に取り戻すのに,ざっと650年を要したことになる.

 ・ 君塚 直隆 『物語 イギリスの歴史(上下巻)』 中央公論新社〈中公新書〉,2015年.

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2018-09-09 Sun

#3422. 古英語・中英語のことわざ [proverb][oe][me][hel_education]

 英語ことわざは,古英語期や中英語期にもたくさん記録されている.最古の英語ことわざ集に Proverbs of Alfred (c. 1150--80) と呼ばれるものがあるし,いわゆる文学作品にも聖書由来のものを含めて数々のことわざが収録されてきた.
 13--14世紀のものを中心とした,Skeat 編のことわざ集がある.現代にも受け継がれているものが多いので,中世英語や英語史の学習にうってつけである.以下に,現代語訳をつけていくつか拾い出してみよう.

 ・ Hwa is thet mei thet hors wettrien the him-self nule drinken? (Old English Homilies): "Who is he that may water the horse and not drink himself?"
 ・ Nis nawer nan so wis mon / That me ne mai bi-swiken. (Layamon): "There is nowhere so wise a man that one cannot deceive him."
 ・ Euer so the hul is more and herre, so the wind is more theron. (Ancrene Riwle): "The greater and higher the hill, the greater the wind on it." (方言形 hul について「#1812. 6単語の変異で見る中英語方言」 ([2014-04-13-1]) を参照)
 ・ Wel fight that wel specth --- seide Alvred. (Owl and Nightingale): "He that speaks will, fights well --- said Alfred."
 ・ Strong hit is to rowe ayeyn the see that floweth, So hit is to swynke ayeyn un-ylimpe. (Prov. of Alfred): "As it is hard to row against the sea that flows, so it is to toil against misfortune."
 ・ For qua bigin wil ani thing / He aght to thinc on the ending. (Cursor Mundi): "For he who will begin a thing ought to think how it may end."
 ・ Ther God wile helpen, nouht ne dereth. (Havelok): "Where God will help, nothing does harm."
 ・ More honour is, faire to sterve, Than in servage vyliche to serve. (Kyng Alisaunder): "It is more honour to die fairly than to serve cunningly in servitude."
 ・ Tel thou neuer thy fo that thy fot aketh. (Hending): "Never tell thy foe that thy foot aches."
 ・ The lyf so short, the craft so long to lerne. (Parlement of Foules): "Life is so short, art is so long to learn."
 ・ Hit is not al gold, that glareth. (Hous of Fame): "All is not gold that glitters."
 ・ The nere the cherche, the fyrther fro Gode. (Handlyng Synne): "The nearer to the church, the further from God."
 ・ That that rathest rypeth ・ roteth most saunest. (P. Pl.): "What ripes most quickly, rots earliest."
 ・ A litell stane, as men sayis, / May ger weltir ane mekill wane. (Bruce): "A little stone, as many say, can cause a great waggon to be overturned."
 ・ For spechëles may no man spede. (Confessio Amantis): "For no man can succeed by being speechless."
 ・ It is nought good a sleping hound to wake. (Troilus): "It is not good to wake a sleeping dog."
 ・ Mordre wol out. (Canterbury Tales) (方言形 wol について「#89. one の発音は訛った発音」 ([2009-07-25-1]) を参照)
 ・ Charite schuld bigyne at hem-self. (Wyclif, Works): "Charity should begin at home."

 ・ Skeat, Walter W., ed. Early English Proverbs, Chiefly of the Thirteenth and Fourteenth Centuries, with Illustrative Quotations. Oxford: Clarendon, 1910.

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2018-08-03 Fri

#3385. 中英語に弱強移行した動詞 [me][verb][conjugation][inflection][tense][preterite][participle]

 動詞の「強弱移行」の過程は,英語の形態論の歴史においてメジャーな話題である.これについて,「#178. 動詞の規則活用化の略歴」 ([2009-10-22-1]) ,「#527. 不規則変化動詞の規則化の速度は頻度指標の2乗に反比例する?」 ([2010-10-06-1]) ,「#528. 次に規則化する動詞は wed !?」 ([2010-10-07-1]),「#764. 現代英語動詞活用の3つの分類法」 ([2011-05-31-1]),「#1287. 動詞の強弱移行と頻度」 ([2012-11-04-1]) などで取り上げてきた.
 しかし,この大きな潮流に逆らう小さな逆流,すなわち「弱強移行」の事例もしばしば指摘されてきた.イギリス英語の dive -- dived (-- dived) に対するアメリカ英語の dive -- dove (-- dived) の例がよく知られているが,歴史的にはその他の例も散見される.
 たとえば,Wełna (425) によれば,中英語期に弱強移行し,今なお過去形か過去分詞形において強変化(不規則)形が用いられ続けているものとして,次のような例があるという(中英語の語形で挙げる).

INFINITIVEPASTPAST PARTICIPLE
chidechidde, chōdechidden
ringringde, rongen (PL)runge
sawesawed, sewsawid, sown
sewsowedsewed, sowen
shew, showshowedshowed, showen
styckestiked, stackesticked, stōken
weerwēred, wōrewēred, worn


 ほかにも,強変化形としては現代まで生き延びなかったものの,中英語期に短期的に弱強移行した経験のある動詞はいくつかあったようだ.珍しい例としては,通常は間違いなく弱変化動詞となるはずのフランス借用語が,過去形において弱変化形のみならず強変化形を取るようになった strive -- strōve/strīved がある.
 主流派に抵抗するこのような反乱分子の存在は,言語史において最も興味深い話題の1つである.

 ・ Wełna, Jerzy. "Middle English: Morphology." Chapter 27 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 415--34.

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2018-07-28 Sat

#3379. 大母音推移は複数の音韻変化の集合体か? (1) [gvs][phonetics][diphthong][vowel][me][emode]

 大母音推移 (gvs) が英語音韻史上,最大の謎と称されるのは,連鎖的な推移であるとは想定されているものの,母音四辺形のどこから始まったかについて意見が分かれているためである.上昇や2重母音化の過程がどこから始まり,次にどこで生じたのかが分からなければ,push chain も drag chain も論じにくい.近年では「大母音推移」は1つの連鎖的な推移とみなすことはできず,複数の変化の集合体にすぎないという立場を取る論者も少なくない.服部 (58--59) は,大母音推移の開始点と開始時期を巡る問題について,学説史を踏まえて次のようにまとめている.

GVS を構成する各変化は同時に起こったわけではなく,上二段の変化 (eː → iː, oː → uː, iː → əɪ, uː → əʊ) は下二段の変化に比べかなり早く,1400年頃に始まり1550年頃までには完了していたと考えられる.一方,下二段の変化については,それから数十年遅れて開始され,1700年代中頃まで変化の過程が継続していたとされる.上二段のうち,狭母音の二重母音化と狭中母音の上昇化のいずれかが先に起こったかについては,意見が分かれ,Jespersen (1909) は,まず狭母音が二重母音化を開始し,次いでその結果生じた空白を埋めるべく,一段下の狭中母音が引き上げられたと主張した.これを引き上げ連鎖説 (drag-chain theory) という.他方,オーストリアの Karl Luick (1865--1935) はその著書 (1914--1940) において,Jespersen とは逆に,狭中母音の上昇化が先に起こり,/iː/, /uː/ の位置まで高められたため,/iː/, /uː/ は新しい狭母音との融合を回避するため,いわばそれに押し上げられる形で二重母音化したとする説を提唱した.これを押し上げ連鎖説 (push-chain theory) と称する.押し上げ連鎖説に関して,母音空間の最下段,すなわち広母音からの連鎖的押し上げを主張する論者が少なからずいるが,GVS に関する限りは,上述の上二段と下二段の時期的ずれからみて,最下段から連鎖推移が始まったと考えるのは無理である.また,GVS の開始時期についても意見が分かれており,近年では13世紀にまで遡らせることができ,しかも上二段の変化はほぼ同時に始まったとする論者もいる (Stenbrenden 2010, 2016 など).


 いわゆる GVS は,上二段と下二段に関する少なくとも2つの異なる音韻変化からなっていると考えた方がよさそうである.先に上二段の過程が,後に下二段の過程が開始され,振り返ってみれば全体として音韻がシフトしたように見えるというわけだ.上二段について引き上げなのか押し上げなのかという論争にも決着がついていない.
 明日の記事で,影響力のある Minkova and Stockwell が近年提示した GVS の解釈を覗いてみたい.

 ・ 服部 義弘 「第3章 音変化」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.47--70頁.
 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Copenhagen: Munksgaard, 1909.
 ・ Luick, Karl. Historische Grammatik der englischen Sprache. 2 vols. Oxford: Basil Blackwell, 1914--40.
 ・ Stenbrenden, Gjertrud Flermoen. The Chronology and Regional Spread of Long-Vowel Changes in English, c. 1150--1500. Diss. U of Oslo, Oslo, 2010.
 ・ Stenbrenden, Gjertrud Flermoen. Long-Vowel Shifts in English, c. 1150--1700: Evidence from Spelling. Cambridge: CUP, 2016.

Referrer (Inside): [2018-07-29-1]

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2018-07-21 Sat

#3372. 古英語と中英語の資料の制約について数点のメモ [oe][me][philology][manuscript][statistics][representativeness][methodology]

 「#1264. 歴史言語学の限界と,その克服への道」 ([2012-10-12-1]),「#2865. 生き残りやすい言語証拠,消えやすい言語証拠――化石生成学からのヒント」 ([2017-03-01-1]) で取り上げてきたが,歴史言語学には資料の限界という,いかんともしがたい問題がある.質量ともに望むほどのものが残っていてくれないのが現実である.児馬 (29) は,『歴史言語学』のなかの「古英語資料の留意点:量的・質的制約」という節において次のように述べている.

歴史言語学では現存する資料が最重要であることはいうまでもない.現代の言語を研究対象とするのであれば,文字資料・録音資料に加えて,話者の言語直観・内省などの言語心理学的資料も含めて実に豊富な資料を使えるのであるが,歴史言語学ではそうは簡単にならない.古い時代の資料を使うことが多い分野なので,この種の限界は当然のように思えるが,実際は,想像以上に厳しい制約があるのを認識しなければならない.特に扱う資料が古ければ古いほど厳しいものがあり,英語史では,特にOE資料の限界についてはよく認識したうえで,研究を進めていかなくてはならない.


 具体的にどれくらいの制約があるのかを垣間見るために,古英語と中英語の資料について児馬が触れている箇所を数点メモしておこう.

 ・ 古英語期の写本に含まれる語数は約300万語で,文献数は約2000である.部分的にはヴァイキングによる破壊が原因である.この量はノルマン征服以降の約200年間に書かれた中英語の資料よりも少ない.(29)
 ・ とくに850年以前の資料で残っているものは,4つのテキストと35ほどの法律文書・勅許上などの短い公的文書が大半である.(29)
 ・ 古英語資料の9割がウェストサクソン方言で書かれた資料である.(31)
 ・ 自筆資料 (authorial holograph) は非常に珍しく,中英語期でも Ayenbite of Inwit (1340年頃),詩人 Hoccleve (1370?--1450?) の書き物,15世紀ノーフォークの貴族の手による書簡集 Paston Letters やその他の同時期の書簡集ほどである.(34)

 英語史における資料の問題は非常に大きい.文献学 (philology) や本文批評 (textual criticism) からのアプローチがこの分野で重要視される所以である.
 関連して「#1264. 歴史言語学の限界と,その克服への道」 ([2012-10-12-1]),「#2865. 生き残りやすい言語証拠,消えやすい言語証拠――化石生成学からのヒント」 ([2017-03-01-1]),「#1051. 英語史研究の対象となる資料 (1)」 ([2012-03-13-1]),「#1052. 英語史研究の対象となる資料 (2)」 ([2012-03-14-1]) も参照.

 ・ 児馬 修 「第2章 英語史概観」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.22--46頁.

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2018-04-22 Sun

#3282. The Parsed Corpus of Middle English Poetry (PCMEP) [corpus][me][hc][ppcme][laeme][link]

 中英語の韻文を集めた統語タグ付きコーパスをみつけた.The Parsed Corpus of Middle English Poetry より編纂者 Richard Zimmermann 氏の許可を得て利用できる.
 現段階で,同コーパスは41のテキスト,160432語からなっている(テキスト・リストはこちら).カバーする時代範囲は c. 1150--1420年,すなわち Helsinki Corpus の区分でいえば M1, M2, M3 に相当する時代である.統語タグは Penn Parsed Corpora of Historical English と同じ方法で付されており,Corpus Search 2 などのツールを用いて解析できる.
 Related Corpora のページの情報も有用.そこにある中英語に関する各種コーパスやデータベースへのリンクを,以下にも張りつけておきたい.

 ・ The Penn-Parsed Corpus of Middle English
 ・ The Corpus of Middle English Prose and Verse
 ・ The Innsbruck Corpus of Middle English Prose
 ・ A Parsed Linguistic Atlas of Early Middle English (P-LAEME)
 ・ Database of Middle English Romance

 アンテナ張りを怠っているうちに,いろいろなプロジェクトや成果物が現われていたのだなという感慨.

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2018-02-18 Sun

#3219. 中英語に関する歴史語用論の話題 [me][pragmatics][historical_pragmatics][syntax][passive][grammaticalisation][invited_inference][implicature][subjunctive][auxiliary_verb][standardisation]

 古英語に関する歴史語用論の話題として,最近の2つの記事で触れた(cf. 「#3208. ポライトネスが稀薄だった古英語」 ([2018-02-07-1]),「#3211. 統語と談話構造」 ([2018-02-10-1])).およそ speech_act, politeness, discourse_analysis, information_structure に関する問題だった.今回は Traugott の概説にしたがって,中英語に関する歴史語用論の話題として,どのようなものがあるかを覗いてみたい.
 Traugott は,ハンドブックの冒頭で3つを指摘している (466) .

 (1) "the shift from information-structure-oriented word order in Old English to 'syntacticized' order in Middle English; this in tern led, at the end of the period, to new strategies for marking topic and focus in special ways."
 (2) "the development of auxiliary verbs in contexts where implied abstract temporal, modal, or aspectual meanings of certain concrete verbs became salient"
 (3) "the appearance of a large set of new discourse types, from romances to drama, scientific writings, and letters"

 (1) は語用論と統語論のインターフェースに関わる精緻な問題といってよい.古英語から中英語にかけて屈折が衰退し,語順が固定化していったことにより,以前は比較的自由な語順を利用して情報構造を整えるという方略をもっていたものが,今や語順に頼ることができなくなったために,別の手段に訴えかけなければならなくなったということである.例えば,後期中英語に,行為者を標示する by 句を伴う受動態の構文が発達してきたことは,このような情報構造上の要請に起因する部分があるかもしれない.もしこの仮説が受け入れられるのであれば,語用論的な要因こそがくだんの統語変化の引き金となったと言えることになろう.
 (2) も統語的な含みをもち,(1) と間接的に関連すると思われるが,主に本動詞から助動詞への発達(いわゆる典型的な文法化 (grammaticalisation) の事例)を説明するのに,文脈に助けられた含意 (implicature) や誘導推論 (invited_inference) などの道具立てをもってする研究を指す.中英語期には屈折の衰退による接続法・仮定法の衰退により,統語的な代替手段として法助動詞が発達するが,この発達にも語用論的なメカニズムが関与している可能性がある.
 (3) は新種の談話の出現である.時代が下るにつれ,以前の時代にはなかったジャンルやテキスト・タイプが現われてくることは中英語期に限った現象ではないが,中英語でも確かに新種が生み出された.Traugott はロマンス,演劇,科学的文章,手紙といったジャンルを指摘しているが,その他にもフランス語(およびラテン語)の影響を受けた,あるいは混合した多言語使用の散文や韻文なども挙げられるだろう.
 ほかに中英語後期には英語の書き言葉の標準化 (standardisation) も起こり始めており,誰がいつどこで標準変種を用いたのか,用いなかったのかといった社会語用論的な問題も議論の対象となるだろう.

 ・ Traugott, Elizabeth Closs. "Middle English: Pragmatics and Discourse" Chapter 30 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 466--80.

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2018-01-26 Fri

#3196. 中英語期の主要な出来事の年表 [timeline][me][history][chronology][norman_conquest][reestablishment_of_english][monarch][hundred_years_war][black_death][wycliffe][chaucer][caxton]

 「#3193. 古英語期の主要な出来事の年表」 ([2018-01-23-1]) に引き続き,中英語期の主要な出来事の年表を,Algeo and Pyles (123--24) に拠って示したい,

1066The Normans conquered England, replacing the native English nobility with Anglo-Normans and introducing Norman French as the language of government in England.
1204King John lost Normandy to the French, beginning the loosening of ties between England and the Continent.
1258King Henry III was forced by his barons to accept the Provisions of Oxford, which established a Privy Council to oversee the administration of the government, beginning the growth of the English constitution and parliament.
1337The Hundred Years' War with France began and lasted until 1453, promoting English nationalism
1348--50The Black Death killed an estimated one-third of England's population, and continued to plague the country for much of the rest of the century
1362The Statute of Pleadings was enacted, requiring all court proceedings to be conducted in English.
1381The Peasants' Revolt led by Wat Tyler was the first rebellion of working-class people against their exploitation; although it failed in most of its immediate aims, it marks the beginning of popular protest.
1384John Wycliffe died, having promoted the first complete translation of scripture into the English language (the Wycliffite Bible).
1400Geoffrey Chaucer died, having produced a highly influential body of English poetry.
1476William Caxton, the first English printer, established his press at Westminster, thus beginning the widespread dissemination of English literature and the stabilization of the written standard.
1485Henry Tudor became king of England, ending thirty years of civil strife and initiating the Tudor dynasty.


 中英語の外面史は,まさに英語の社会的地位の没落とその後の復権に特徴づけられていることがよくわかる.

 ・ Algeo, John, and Thomas Pyles. The Origins and Development of the English Language. 5th ed. Thomson Wadsworth, 2005.

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2017-07-06 Thu

#2992. 中英語における不定詞補文の発達 [me][infinitive][syntax][tense][passive]

 中英語期では,不定詞補文が著しく発達した.Los (Los, Bettelou. The Rise of the to-Infinitive. Oxford: OUP, 2005.) を参照した Sawada (28) に簡潔にまとめられているように,その発達には,(1) 原形不定詞の生起する環境が狭まる一方で to 不定詞の頻度が顕著に増したという側面と,(2) 古英語では見られなかった種々の新しい不定詞構造が現われたという側面がある.(2) については,5種類の新構造が指摘される.以下に,現代英語からの例文とともに示そう.

 (a) 受動態の to 不定詞: The clothes need to be washed.
 (b) 完了の have を伴う to 不定詞: He expected to have finished last Wednesday.
 (c) 独立して否定される to 不定詞: They motioned to her not to come any further.
 (d) いわゆる不定詞付き対格構文における to 不定詞: They believed John to be a liar.
 (e) 分離不定詞 (split infinitive): to boldly go where no one has gone before.

 このような近現代的な to 不定詞構造が生まれた背景には,対応する that 節による補語の衰退も関与している.というよりは,結果的には that 節の果たした節として種々の機能が,複雑な構造をもつ to 不定詞に取って代わられた過程と理解すべきだろう.しかし,この置換は一気に生じたわけではなく,受動態などの複雑な意味・構造が関わる場合には that 節の補文がしばらく保たれたことに注意すべきである.

 ・ Sawada, Mayumi. "The Development of a New Infinitival Construction in Late Middle English: The Passive Infinitive after Suffer." Studies in Middle and Modern English: Historical Variation. Ed. Akinobu Tani and Jennifer Smith. Tokyo: Kaitakusha, 2017. 27--47.

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2016-11-06 Sun

#2750. "Present Perfect Puzzle" --- 中英語からの過去形と現在完了形の並列の例 [perfect][preterite][aspect][tense][adverb][present_perfect_puzzle][me][french][prosody][poetic_license]

 「#2492. 過去を表わす副詞と完了形の(不)共起の歴史 」 ([2016-02-22-1]),「#2633. なぜ現在完了形は過去を表わす副詞と共起できないのか --- Present Perfect Puzzle」 ([2016-07-12-1]),及び昨日の記事「#2749. "Present Perfect Puzzle" --- 近現代英語からの「違反」例」 ([2016-11-05-1]) に引き続き,"Present Perfect Puzzle" について.中英語には,このパズルと関連する事例として,過去形と現在完了形の動詞が統語的あるいは文脈的に並列・共起して現われるケースが散見される.両者の間に際立った機能的な区別は感じられないことから,いまだ現代英語のような明確な区別はなかったことを示す例と解釈できる.Visser (2198) から,いくつか例を挙げよう.

 ・ c1386 Chaucer, C. T. E 1956, Adoun by olde Januarie she lay, That sleep til that the coughe hath hym awaked.
 ・ c1386 Chaucer, C. T. F 1082, His brother . . . Up caughte hym, and to bedde hath hym broght.
 ・ c1386 Chaucer, C. T. E 2132, er that dayes eighte Were passed . . . Januarie hath caught so greet a wille . . . hym for to pleye In his gardyn . . . That . . . unto this May seith he: Rys up, my wif!
 ・ c1390 Gower, Conf. Am. (Morley) II p. 107, And whan it came into the night, This wife with her hath to bedde dight Where that this maiden with her lay.
 ・ c1430 Syr Tryamowre (ed. Erdman Schmidt) 830, [he] bare hym downe of hys hors, And hath hym hurted sare.

 これらは,"epic (present) perfect" という事例とも解することができるし,韻律の要請による詩的許容 (poetic_license) も関与しているかもしれない.Visser (2198) は,フランス語にも同様の揺れが見られることから,その影響の可能性もありそうだと述べている.

It is not difficult to concur with 1960 Mustanoja and 1970 Bauer in assuming French influence as very likely. (As a matter of fact Modern colloquial French often prefers the type 'Je l'ai vu tomber' to that with the 'passé défini': 'Je le vis tomber.)'


 ・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.

Referrer (Inside): [2016-11-19-1]

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2016-05-07 Sat

#2567. 13世紀のイングランド人と英語の結びつき [me][reestablishment_of_english][history]

 「#2561. The Proclamation of Henry III」 ([2016-05-01-1]) の記事でみたように,ノルマン征服以降の数世紀間,イングランドでは公文書が英語で書かれることはまれだった.イングランドと英語は,フランス人とフランス語のくびきの下にあったといってよい.とりわけ13世紀の Henry III による長い統治期間 (1216--72) にはフランス贔屓が激しく,英語の地位は低かった.しかし,この状態は土着のイングランド人にとっては耐えがたいものであり,ついに英語を母語とする諸侯の堪忍袋の緒が切れた.諸侯は,1258年にオックスフォードで開かれた議会 (Mad Parliament) で,Henry III に放漫な国政を改革するように迫るオックスフォード条款 (Provisions of Oxford) を認めさせ,王はその確認のために Proclamation of Henry III を発行したが,まもなく承認を取り消した.ここから貴族と王による争い,世にいう Barons' War (1259--65) が生じた.貴族側の指導者は,皮肉なことに,生まれも教育もノルマン人たる(ただしイングランド人の祖母をもつ) Simon de Montfort (c. 1208--65) という人物であり,1264年には Henry を捉えて国政を握ったが,1265年,Edward 王子(後の Edward I)率いる国王軍との戦いで死んだ.
 Henry III のフランス人重用と無能な政治は,確かに英語の復権を時間的に遅らせはしたが,フランス人やフランス語への反動を招く原因そのものとなったことによって,後の英語の復権を決定づけたと評価することもできるだろう.英語という言語が,イングランド人のアイデンティティと堅く結びつけられる契機となったのだ.Baugh and Cable (128) の評価が参考になる.

The effect of the foreign incursions in the thirteenth century was undoubtedly to delay somewhat the natural spread of the use of English by the upper classes that had begun. But it was also to arouse such widespread hostility to foreigners as greatly to stimulate the consciousness of the difference between those who for a generation or several generations had so participated in English affairs as to consider themselves Englishmen, and to cause them to unite against the newcomers who had flocked to England to bask in the sun of Henry's favor. One of the reproaches frequently leveled at the latter is that they did not know English. It would be natural if some knowledge of English should come to be regarded as a proper mark of an Englishman.


 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2016-05-01 Sun

#2561. The Proclamation of Henry III [me][reestablishment_of_english][history][popular_passage][me_dialect][me_text]

 ノルマン征服以来,初めて英語で発行された王による宣言書は1258年の Proclamation of Henry III である.これは,フランス語のくびきのもとにあった中世イングランドにあって,記念碑的な出来事だった.(実際には,もう1つ早い例外があり,1155年に Henry II がカンタベリ大司教らに与えた特許状がそれである).Henry III によるこの宣言書は,1258年に諸侯たちが王より獲得した Provisions of Oxford を確認するものであり,フランス語と,おそらくラテン語でも発行された.英語でも書かれることになったのは,Simon de Montfort が英語を話すことのできない者を根絶するよう王に要求し,圧力をかけたことと関係する.
 この宣言書はイングランドとアイルランドのすべての州に配布されたようで,そのうち英語版としては2つのみ現存している.1つは Oxfordshire に送られたもので,もう1つは Huntingdon 宛てのものである.後者は,これが原本となってさらなる写しが作られたもののようだ.Huntingdon 宛てのこの写しは,13世紀という早い時期(現存する最古)のロンドン方言を表わしていると考えられ,英語史的にも価値が高い.本来ロンドン方言は南部的な要素が強かったが,14世紀までにはむしろ東中部的な特徴を主として示すようになっていた.この写しのテキストは,したがって,13世紀後半の両方言の混交の過程をまさに示しているという点で重要なのである.
 以下に,Dickins and Wilson 版 (8--9) より,テキスト全文を掲げよう.

A Proclamation

   Henri, þurȝ Godes fultume King on Engleneloande, Lhoauerd on Yrloande, Duk on Normandi, on Aquitaine, and Eorl on Aniow, send igretinge to alle hise holde, ilærde and ileawede, on Huntendoneschire. Þæt witen ȝe wel alle þæt we willen and vnnen þæt, þæt vre rædesmen alle, oþer þe moare dæl of heom, þæt beoþ ichosen þurȝ us and þurȝ þæt loandes folk on vre kuneriche, habbeþ idon and shullen don in þe worþnesse of Gode and on vre treowþe, for þe freme of þe loande þurȝ þe besiȝte of þan toforeniseide redesmen, beo stedefæst and ilestinde in alle þinge a buten ænde. And we hoaten alle vre treowe in þe treowþe þæt heo vs oȝen, þæt heo stedefæstliche healden and swerien to healden and to werien þo isetnesses þæt beon imakede and beon to makien, þurȝ þan toforeniseide rædesmen, oþer þurȝ þe moare dæl of heom, alswo alse hit is biforen iseid; and þæt æhc oþer helpe þæt for to done bi þan ilche oþe aȝenes alle men riȝt for to done and to foangen. And noan ne nime of loande ne of eȝte wherþurȝ þis besiȝte muȝe beon ilet oþer iwersed on onie wise. And ȝif oni oþer onie cumen her onȝenes, we willen and hoaten þæt alle vre treowe heom healden deadliche ifoan. And for þæt we willen þæt þis beo stedefæst and lestinde, we senden ȝew þis writ open, iseined wiþ vre seel, to halden amanges ȝew ine hord. Witnesse vsseluen æt Lundene þane eȝtetenþe day on þe monþe of Octobre, in þe two and fowertiȝþe ȝeare of vre cruninge. And þis wes idon ætforen vre isworene redesmen, Boneface Archebischop on Kanterburi, Walter of Cantelow, Bischop on Wirechestre, Simon of Muntfort, Eorl on Leirchestre, Richard of Clare, Eorl on Glowchestre and on Hurtford, Roger Bigod, Eorl on Northfolke and Marescal on Engleneloande, Perres of Sauueye, Willelm of Fort, Eorl on Aubemarle, Iohan of Plesseiz, Eorl on Warewik, Iohan Geffrees sune, Perres of Muntfort, Richard of Grey, Roger of Mortemer, Iames of Aldithele, and ætforen oþre inoȝe.
   And al on þo ilche worden is isend into æurihce oþre shcire ouer al þære kuneriche on Engleneloande, and ek in-tel Irelonde.


 ・ Dickins, Bruce and R. M. Wilson, eds. Early Middle English Texts. London: Bowes, 1951.

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2016-03-27 Sun

#2526. 古英語と中英語の文学史年表 [literature][chronology][timeline][me][oe][history]

 中世英文学の主要作品と年表について「#1433. 10世紀以前の古英語テキストの分布」 ([2013-03-30-1]),「#1044. 中英語作品,Chaucer,Shakespeare,聖書の略記一覧」 ([2012-03-06-1]),「#2323 中英語の方言ごとの主要作品」 ([2015-09-06-1]),「#2503. 中英語文学」 ([2016-03-04-1]) で見てきたが,もう少し一覧性の高いものが欲しいと思い,Treharne の中世英文学作品集の pp. xvi--xvii に掲げられている年表を再現することにした.政治史と連動した文学史の年表となっている.

Historical eventsLiterary landmarks
From c. 449: Anglo-Saxon settlements 
597: St Augustine arrives to convert Anglo-Saxons 
664: Synod of Whitby 
 c. 670? Cædmon's Hymn
 731: Bede finishes Ecclesiastical History
735: Death of Bede 
793: Vikings raid Lindisfarne 
869: Vikings kill King Edmund of East Anglia 
879--99: Alfred reigns as king of Wessexfrom c. 890: Anglo-Saxon Chronicle
 Alfredian translations of Bede's Ecclesiastical History; Gregory's Pastoral Care; Orosius; Boethius's Consolation of Philosophy; Augustine's Soliloquies
937: Battle of Brunanburh 
from c. 950: Benedictine reform 
 c. 970: Exeter Book copied
959--75: King Edgar reignsc. 975: Vercelli Book copied
978--1016: Æthelred 'the Unready' reigns990s: Ælfric's Catholic Homilies and Lives of Saints
c. 1010: death of Ælfricc. 1010?: Junius manuscript copied
 c. 1014: Wulfstan's sermo Lupi ad Anglos
1016--35: Cnut, king of England 
1023: death of Wulfstan 
1042--66: Edward the confessor reignsApollonius of Tyre
1066: Battle of Hastings 
1066--87: William the Conqueror reigns 
1135: Stephen becomes kingGeoffrey of Monmouth's Historia Regum Britanniae
1135--54: civil war between King Stephen and Empress MatildaPeterborough Chronicle continuations
1154--89: Henry II reigns1155: Wace's Roman de Brut
 1170--90: Chrétien de Troyes's Romances
 c. 1170s: The Orrmulum
 Poema Morale
 1180s: Marie de France's Lais
1189--99: Richard I reignsc. 1190--1200? Trinity Homilies
1199--1216: John reignsc. 1200? Hali Meiðhad
1204: loss of Normandy 
1215: Magna Carta 
1215: fourth Lateran Council 
1216--72: Henry III reignsc. 1220 Laȝamon's Brut
1224: Franciscan friars arrive in Englandc. 1225: Ancrene Wisse
 c. 1225: King Horn
1272--1307: Edward I reignsManuscript Digby 86 copied
 Manuscript Jesus 29 copied
 Manuscript Cotton Caligula A. ix copied
 Manuscript Arundel 292 copied
 Manuscript Trinity 323 copied
 South English Legendary composed
 c. 1300: Cursor Mundi
 1303: Robert Mannyng of Brunne begins Handlyng Synne
1307--27: Edward II reigns 
1327--77: Edward III reignsAuchinleck Manuscript copied
 Manuscript Harley 2253 copied
1337(--1454): Hundred Years' War with France 
 1338: Robert Mannyng of Brunne's Chronicle
 1340: Ayenbite of Inwit
c. 1343: Geoffrey Chaucer born 
 Ywain and Gawain translated
1349: Black Death comes to England 
1349: Richard Rolle dies 
 1355--80: Athelston
 Wynnere and Wastoure written
 1360s--1390s: Piers Plowman
1362: English displaces French as language of lawcourts and Parliament 
 1370s--1400: Canterbury Tales
1377: Richard II accedes to throne1370s: Julian of Norwich's Vision
1381: Peasants' Revolt breaks out 
1399: Richard II deposed 
1399: Henry IV accedes to the throne 
 c. 1400: Sir Gawain and the Green Knight
 c. 1400: Chaucer dies
 c. 1410--30: Book of Margery Kempe


 ・ Treharne, Elaine, ed. Old and Middle English c. 890--c. 1450: An Anthology. 3rd ed. Malden, Mass.: Wiley-Blackwell, 2010.

Referrer (Inside): [2019-11-02-1]

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2016-03-15 Tue

#2514. Chaucer と Gawain 詩人に対する現代校訂者のスタンスの違い [chaucer][sggk][spelling][editing][abbreviation][thorn][literature][me]

 中世英文学の規範テキストといえば,言わずとしれた Geoffrey Chaucer (1340--1400) の諸作品,なかんずく The Canterbury Tales である.英文学史の本流をなすこのテキストの評価は,今なお高い.一方,中世英文学の珠玉の名作と言われる Sir Gawain and the Green Knight をものした無名の詩人の諸テキストも文学的な評価は高いが,英文学史上の位置づけは Chaucer と比して周辺的である.これは,SGGK に類似したテキストが後に現われなかったことや,詩人の用いた言語が,英語の本流から外れた非標準的な匂いのするイングランド北西方言のものだったことが関わっているだろう.このように,英語や英文学に何らかの規範性を無意識のうちに認めている現代の校訂者や読者のもつ Chaucer と Gawain 詩人に対する見解には,多分に先入観が含まれている可能性がある.
 Horobin (106) は,この先入観を,現代の校訂者が各々のテキストにおける綴字をどのように校訂したかという観点から明らかにしようとした.Horobin は,The Canterbury Tales の "The General Prologue" の有名な冒頭部分について,現代の標準的な校訂版である Riverside Chaucer のものと,最も権威ある写本の1つ Hengwrt 写本のものとを対比して,いかに校訂者が写本にあった綴字を現代風に改変しているかを示した.例えば,写本に現われる <þ> は校訂本では <th> に置き換えられており,種々の省略記号も暗黙のうちに展開されており,句読点も現代の読者に自然に見えるように付加されている.
 一方,SGGK では,校訂者は写本テキストにそれほど改変を加えていない.<þ> や <ȝ> はそのまま保たれており,校訂本でも写本の見栄えを,完璧とはいわずともなるべく損なわないようにとの配慮が感じられるという.
 Horobin (106) は,両作品の綴字の校訂方法の違いは現代校訂者の両作品に対する文学史上の評価を反映したものであると考えている.

The tendency for editors to remove the letter thorn in modern editions of Chaucer is quite different from the way other Middle English texts are treated. The poem Sir Gawain and the Green Knight, for instance, written by a contemporary of Chaucer's, is edited with its letters thorn and yogh left intact. This difference in editorial policy is perhaps a reflection of different attitudes to the two authors. Because Chaucer is seen as central to the English literary canon, there is a tendency to present his works as more 'modern', thereby accentuating the myth of an unbroken, linear tradition. The anonymous poet who wrote Sir Gawain and the Green Knight, using a western dialect and the old-fashioned alliterative metrical form, is further cut off from the literary canon by presenting his text in authentic Middle English spelling.


 このような現代校訂者には,特に悪意はないかもしれないが,少なくとも何らかの英文学史上の評価に関わる作為はあるということだろうか.

 ・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.

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2016-03-04 Fri

#2503. 中英語文学 [me][literature][chaucer][norman_conquest][romance][reestablishment_of_english][wycliffe][bible][langland][sggk][pearl][lydgate]

 中英語期の英語で書かれた文学について,主として Baugh and Cable の110節 "Middle English Literature" (149--51) に依拠し,英語史に関連する範囲内で大雑把に概括したい.
 中英語が社会言語的にたどった運命と,中英語文学は密接にリンクしている.ノルマン征服により,フランス語を話す上流階級の文学的嗜好は,当然ながらフランス語で書かれた書物へ向かっており,英語で書かれたものにパトロンが付く可能性は皆無だった.しかし,英語で物する者がいたことは確かであり,彼らは別の目的で書くという行為を行なっていたのである.それは,英語しか解さない一般庶民にキリスト教を布教しようという情熱に駆られた宗教者たちだった.したがって,1150--1250年に相当する初期中英語期に英語で書かれたものは,ほぼすべてが宗教的・説諭的な文学である.Ancrene RiwleOrmulum (c. 1200) のような聖書の福音書の解釈本や,古英語に由来する聖者伝や説教集の焼き直しが,この時代の英語文学だった.例外的に Layamon's Brut (c. 1200) や The Owl and the Nightingale (c. 1195) のような非宗教的な文学も出たが,例外と言ってよい.この時代は,原則として "Period of Religious Record" と呼べるだろう.
 次の100年間は,フランス語に対して英語が徐々に復権の兆しを示し初め,英語がより広く文学として表わされるようになってきた.フランス語で書かれた文学が翻訳されるなどして,14世紀にかけて英語の文学は勢いを増してきた.具体的には,非宗教的なロマンス (romance) というジャンルが英語という媒体に乗せられるようになった.1250--1350年の英語文学の時代は,"Period of Religious and Secular Literature" と呼ぶことができるだろう.
 14世紀の後半までには,イングランドにおいて英語はほぼ完全な復活 (reestablishment_of_english) を果たし,この時期は中世英語文学史における華を体現することになる.Canterbury TalesTroilus and Criseyde といった大著を残した Geoffrey Chaucer (1340--1400) を初めとして,社会的寓話 Piers Plowman (1362--87) を著わした William Langland,聖書翻訳で物議をかもした John Wycliffe (d. 1384),Sir Gawain and the Green Knight ほか3つの寓意的・宗教的な珠玉の詩を残した詩人が現われ,まさに "Period of Great Individual Writers" と言ってよいだろう.
 15世紀は,Chaucer などの偉大な先人の影響下で,英語文学史上,影が薄い時期となっており,"Imitative Period",あるいは初期近代の Shakespeare までのつなぎの時期という意味で "Transition Period" などと呼ばれている.文学史的には相対的に過小評価されてきたきらいがあるが,Lydgate, Hoccleve, Skelton, Hawes などの傑物が現われている.スコットランドでも,Henryson, Dunbar, Gawin Douglas, Lindsay などが著しい活躍をなした.世紀末には Malory や Caxton が現われるが,この15世紀の語学や文学はもっと真剣に扱われてしかるべきである.この最後の時代の語学・文学的事情については,「#292. aureate diction」 ([2010-02-13-1]) および「#1719. Scotland における英語の歴史」 ([2014-01-10-1]) も要参照.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

Referrer (Inside): [2016-08-05-1] [2016-03-27-1]

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