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最終更新時間: 2024-04-19 09:34

2023-05-09 Tue

#5125. 「ゆる言語学ラジオ」初出演回で話題となった縦棒16連発の単語 --- unmummied [youtube][yurugengogakuradio][notice][heldio][voicy][link][note][minim][spelling]


 「ゆる言語学ラジオ」からこちらの「hellog~英語史ブログ」に飛んでこられた皆さん,ぜひ

   (1) 本ブログのアクセス・ランキングのトップ500記事,および
   (2) note 記事,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の人気放送回50選
   (3) note 記事,「ゆる言井堀コラボ ー 「ゆる言語学ラジオ」×「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」×「Voicy 英語の語源が身につくラジオ (heldio)」」

をご覧ください.



 先日5月6日(土)に,人気 YouTube チャンネル「ゆる言語学ラジオ」に初出演させていただきました.パーソナリティの堀元さんと水野さんに挟まれて,英語史の観点からオモシロイ英単語をいくつか取り上げています.「歴史言語学者が語源について語ったら,喜怒哀楽が爆発した【喜怒哀楽単語1】#227」です.



 この記念すべき初出演回に合わせて,当日,3つほど関連するコンテンツを発信しました.「ゆる言語学ラジオ」との馴れ初めその他の雑談風の話題が多いですが,ご関心のある方はぜひどうぞ.

 (1) 本ブログの記事 「#5122. 本日公開の「ゆる言語学ラジオ」に初ゲスト出演しています」 ([2023-05-06-1])
 (2) Voicy heldio 放送回 「#705. ゆる言語学ラジオにお招きいただき初めて出演することに!」
 (3) note 記事 「ゆる言井堀コラボ ー 「ゆる言語学ラジオ」×「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」×「Voicy 英語の語源が身につくラジオ (heldio)」」

 さて,上記の初出演回では <i, n, m, u> などの縦棒 (minim) で主として構成される「怒れる」単語として unmummied を紹介しました.元ネタは本ブログの「#4134. unmummied --- 縦棒で綴っていたら大変なことになっていた単語の王者」 ([2020-08-21-1]) で取り上げています.英語史では,縦棒に関する驚きの話題は尽きませんが,今朝の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」でいくつか話していますので,ぜひお聴きいただければ.「#708. unmummied --- 「ゆる言語学ラジオ」初出演回で話題となった縦棒16連発を記録した単語」です.



 本日5月9日(火)中に「ゆる言語学ラジオ」の最新回として上記の続編が配信される予定です.英語史の立場からみて,さらに凄まじい単語を多く挙げています.公開されましたら,ぜひそちらもご視聴いただければと思います.

Referrer (Inside): [2024-01-01-1] [2023-05-14-1]

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2023-01-15 Sun

#5011. 英語綴字史は「フランスかぶれ・悪筆・懐古厨」!? by ゆる言語学ラジオ [graphotactics][orthography][spelling][gh][digraph][yurugengogakuradio][spelling_pronunciation_gap][grapheme][voicy][prestige][minim][linguistics][link][youtube]

 言語学 (linguistics) というメジャーとはいえない学問をポップに広めるのに貢献している YouTube/Podcast チャンネル「ゆる言語学ラジオ」.昨日1月14日に公開された最新回では,1つ前の回に引き続き,<ghoti> ≡ /fɪʃ/ の問題を中心に英語の綴字と発音の珍妙な関係が話題となっています(前回の話題については「#5009. なぜバーナード・ショーの綴字ネタ「ghoti = fish」は強引に感じられるのか?」 ([2023-01-13-1]) も参照).2回にわたり私が監修させていただいたのですが,その過程もたいへん楽しいものでした(水野さん,関係者の方々,ありがとうございます!).
 ghoti, high, women, nation, debt などの綴字について,水野さんと堀元さんの軽妙洒脱なトークをどうぞ.ものすごいタイトルで「フランスかぶれ・悪筆・懐古厨。綴りの変遷理由が意外すぎる。【発音2】#194」です.



 「フランスかぶれ・悪筆・懐古厨」というフレーズですが,英語綴字史のツボのうち3点を実におもしろく体現している表現だと思います.英語の綴字は,中英語以降にフランス語風にかぶれたというのは事実です.また,悪筆というのは写字生個人の悪筆というわけではありませんが,当時の特殊な字体や字形が,現代の観点からは悪筆と見える場合があることを指摘しています(今回は縦棒 (minim) が問題となっていました).懐古厨は,英国ルネサンスと重なる初期近代英語期に古典語(特にラテン語)への憧憬が募ったことを指しています.
 フランス語かぶれと(ラテン語)懐古厨は,時代も動機も異なってはいますが,社会言語学的にいえば,いずれも威信 (prestige) ある言語への接近としてとらえることができます.これは,英語綴字史を通じて観察される大きな潮流です.
 この2回の「ゆる言語学ラジオ」で取り上げられた話題に関して,私自身も「hellog~英語史ブログ」,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」,YouTube チャンネル「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」,著書などを通じて,様々に発信してきています.ここにリンクをまとめると煩雑になりそうですので,note 上に特設ページ「「ゆる言語学ラジオ」の ghoti 回にまつわる堀田リンク集」を作ってみました.そちらも合わせてご覧ください.
 なお,最新回の最後の「おおおっ,オレかよ!」は,「#224. women の発音と綴字 (2)」 ([2009-12-07-1]) のことです.12年前の個人的な仮説(というよりも感想)で,書いたこと自体も忘れていますよ,そりゃ(笑).
 Voicy パーソナリティ兼リスナーとして,「ゆる言語学ラジオ」の Voicy 版があることも紹介しておきたいと思います.最新回「フランスかぶれ・悪筆・懐古厨。綴りの変遷理由が意外すぎる。#194」です.


Referrer (Inside): [2023-05-14-1] [2023-04-28-1]

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2022-05-15 Sun

#4766. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第15回「なぜ I は大文字で書くの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][minim][spelling][orthography][punctuation][capitalisation][alphabet][hel_contents_50_2022][hellog_entry_set]

 『中高生の基礎英語 in English』の6月号が発売となりました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」の第15回は,英語史上の定番ともいえる素朴な疑問を取り上げています.なぜ1人称単数代名詞 I は常に大文字で書くのか,というアノ問題です.

『中高生の基礎英語 in English』2022年6月号



 関連する話題は,本ブログでも「#91. なぜ一人称単数代名詞 I は大文字で書くか」 ([2009-07-27-1]) をはじめ様々な形で取り上げてきましたが,背景には中世の小文字の <i> の字体に関する不都合な事実がありました.上の点がなく <ı> のように縦棒 (minim) 1本で書かれたのです.これが数々の「問題」を引き起こすことになりました.連載記事では,このややこしい事情をなるべく分かりやすく解説しましたので,どうぞご一読ください.
 実は目下進行中の khelf イベント「英語史コンテンツ50」において,4月15日に大学院生により公開されたコンテンツが,まさにこの縦棒問題を扱っています.「||||||||||←読めますか?」というコンテンツで,これまでで最も人気のあるコンテンツの1つともなっています.連載記事と合わせて,こちらも覗いてみてください.
 連載記事では,そもそもなぜアルファベットには大文字と小文字があるのかという,もう1つの素朴な問題にも触れています.これについては以下をご参照ください.

 ・ hellog-radio: #1. 「なぜ大文字と小文字があるのですか?」
 ・ heldio: 「#50. なぜ文頭や固有名詞は大文字で始めるの?」
 ・ heldio: 「#136. 名詞を大文字書きで始めていた17-18世紀」
 ・ 関連する記事セット

 ほぼ1年ほど前のことになりますが,2021年5月14日(金)に NHK のテレビ番組「チコちゃんに叱られる!」にて「大文字と小文字の謎」と題してこの話題が取り上げられ,私も監修者・解説者として出演しました(懐かしいですねぇ).  *

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2020-09-14 Mon

#4158. gravy は n と v の誤読から? [etymology][minim][ghost_word][doublet]

 gravy は「肉汁;肉汁ソース,グレイビー」を意味する英単語である.この語の語源に関しては不確かなこともあるが,OED を含めたいくつかの語源記述によれば,同様の味付けしたソースを意味した古フランス語 granén が,何らかのタイミングで v と誤読された結果,中英語で grave, gravi などとして定着したものと説明される.本ブログでも「#4134. unmummied --- 縦棒で綴っていたら大変なことになっていた単語の王者」 ([2020-08-21-1]) を含む多くの記事で何度も取り上げてきたが,中世の字体では nv (および u) は minim と呼ばれる縦棒を2つ並べた <<ıı>> として明確に区別されずに書かれていた.gravy もこの種の誤読から生じた1種の幽霊語 (ghost_word) なのではないかということだ (cf. 「#2725. ghost word」 ([2016-10-12-1])) .
 古フランス語 grané は味付けされたスパイス・ソースを指し,ラテン語 grānum (穀粒)にさかのぼる.英語の grain も,このラテン単語が古フランス語を経由して英語に入ってきたものなので,graingravy は,途中で少々勘違いが入ってしまったものの,2重語 (double) とみることができそうだ.
 問題の誤読が古フランス語で起こったものなのか,中英語に借用された後に起こったものなのかは難しい問題だが,中英語で grane の形がまれなことから,おそらく前者なのではないかと想定される.
 OED の gravy, n. の語源欄を引用しておこう.

Etymology: Of obscure origin.
The receipts quoted under sense 1 below are substantially identical with receipts in Old French cookery books, in which the word is grané. For the Old French word the reading grané seems certain (though in printed texts gravé usually appears); it is probably cognate with Old French grain 'anything used in cooking' (Godefroy), and with grenade n.2, grenadine n.1; compare also faus grenon = 'gravy bastard'. But in the English manuscripts the word has nearly always either a v or a letter which looks more like u than n (the only exception being in the 'table' to Liber Cocorum, which has thrice grane, while the text has graue). As the Middle English word was therefore identical in form with the modern word, it seems difficult, in spite of the difference in sense, to regard them as unconnected. In the present state of the evidence, the most probable conclusion is that the Old French grané was early misread as gravé, and in that form became current as a term of English cookery.


 gravy の誤読に関する話題と,その類例に関して,Simon Horobin による "Five words in the English language people usually use incorrectly" の記事がおもしろい.

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2020-08-21 Fri

#4134. unmummied --- 縦棒で綴っていたら大変なことになっていた単語の王者 [minim][spelling][orthography][byron]

 中世英語の筆記における縦棒 (minim) が当時のスペリングの解読しにくさの元凶であることは,以下の記事で様々に取り上げてきた.

 ・ 「#91. なぜ一人称単数代名詞 I は大文字で書くか」 ([2009-07-27-1])
 ・ 「#1094. <o> の綴字で /u/ の母音を表わす例」 ([2012-04-25-1])
 ・ 「#2450. 中英語における <u> の <o> による代用」 ([2016-01-11-1])
 ・ 「#2453. 中英語における <u> の <o> による代用 (2)」 ([2016-01-14-1])
 ・ 「#3607. 中英語における <u> の <o> による代用 (3)」 ([2019-03-13-1])
 ・ 「#3608. 中英語における <u> の <o> による代用 (4)」 ([2019-03-14-1])
 ・ 「#3069. 連載第9回「なぜ try が tried となり,die が dying となるのか?」」 ([2017-09-21-1])

 <i> は中英語まではドットなしの <<ı>> と書かれた.そして,<m, n, u, v> も同じくドットなしの <<ı>> を複数組み合わせた字形にすぎず,水平方向への「渡し」がなかったことが,混乱を増幅させた.<<ııı>> は,<iii>, <in>, <ni>, <ui>, <iu>, <m> のいずれの読みもあり得たのである.
 幸運なことに,近代英語期にかけて様々な処方箋が提案されることになった.ドットを付した <<i>> が生じたり,下方向にフックを付した <<j>> が現われたり,<<u>> と <<v>> が分化するなど,それなりに頑張った感はある.
 仮にこのような改善策が講じられなかったどうなっていただろうか.問題の縦棒は専門用語で minim と呼ばれるが,この単語などは,ı が10個続いて ıııııııııı と綴られることになっていただろう.正書法の世界における地獄絵図といってよい.
 しかし,この地獄絵図など,まだ生やさしい.もしドットなしの ı や,その組み合わせの <m, n, u, v> が続いていたら,英語の書き言葉は,さらにむごい阿鼻叫喚の巷と化していただろう.興味本位で「縦棒で綴っていたら大変なことになっていたはずの単語,ワースト5」を探ってみた.
 第5位(タイで第4位)は,ı が内部で14個続く aluminiummumming である.各々 alıııııııııııııı, ııııııııııııııg となり,ほとんど訳が分からない.それぞれ先頭の <al> と末尾の <g> が悲しいほどに愛おしい.
 第3位は,minimum である(15連続).壮観なるかな ııııııııııııııı.縦棒のみで構成される単語という基準を立てるならば,文句なしのタイトルホルダーである.
 そして,栄えある第1位(タイで第2位)は,unmummiedunimmunized である(16連続).それぞれ ııııııııııııııııed, ıııııııııııııııızed となる(←こんなの読めるか!).
 ネタとして強引に作られた単語なのではないかって? 確かに unimmunized はに少々その気があるが,unmummied に関しては,そんなことはない.BNCweb や COCA ではヒットしないものの,OED では例文が3つ挙がる.

1822 Ld. Byron Vision of Judgm. xi As the mere million's base unmummied clay.
1911 E. A. W. Budge Osiris & Egyptian Resurrection II. 43 An unmummied man lying on a bier.
2011 H. W. Strachan Finding Path 63 Unmummied kings disintegrating midst decaying leaves


 初例は,かのバイロン卿 (1788--1824) から.これには,しびれた.最強.まさか「ミイラ化されていない」がトップとなり得る分野があったとは.

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2019-03-14 Thu

#3608. 中英語における <u> の <o> による代用 (4) [spelling][orthography][minim][vowel][spelling_pronunciation_gap][eme][me_dialect][lexical_diffusion]

 昨日の記事 ([2019-03-13-1]) に引き続いての話題.中英語における <u> と <o> の分布を111のテキストにより調査した Wełna (317) は,結論として以下のように述べている.

. . . the examination of the above corpus data has shown a lack of any consistent universal rule replacing <u> with <o> in the graphically obscure contexts of the postvocalic graphemes <m, n>. Even words with identical roots, like the forms of the lemmas SUN (OE sunne), SUMMER (OE sumor) and SON (OE sunu), SOME (OE sum) which showed a similar distribution of <u/o> spellings in most Middle English dialects, eventually (and unpredictably) have retained either the original spelling <u> (sun) or the modified spelling <o> (son). In brief, each word under discussion modified its spelling at a different time and in different regions in a development which closely resembles the circumstances of lexical diffusion.


 このように奥歯に物が挟まったような結論なのだが,Wełna は時代と方言の観点から次の傾向を指摘している.

. . . o-spellings first emerged in the latter half of the 12th century in the (South-)West (honi "honey" . . .). Later, a tendency to use the new spelling <o> is best documented in London and in the North.


 Wełna 本人も述べているように,調査の対象としたレンマは HUNDRED, HUNGER, HONEY, NUN, SOME, SUMMER, SUN, SON の8つにすぎず,ここから一般的な結論を引き出すのは難しいのかもしれない.さらなる研究が必要のようだ.

 ・ Wełna, Jerzy. "<U> or <O>: A Dilemma of the Middle English Scribal Practice." Contact, Variation, and Change in the History of English. Ed. Simone E. Pfenninger, Olga Timofeeva, Anne-Christine Gardner, Alpo Honkapohja, Marianne Hundt and Daniel Schreier. Amsterdam/Philadelphia: Benjamins, 2014. 305--23.

Referrer (Inside): [2020-08-21-1]

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2019-03-13 Wed

#3607. 中英語における <u> の <o> による代用 (3) [spelling][orthography][minim][vowel][spelling_pronunciation_gap][eme][scribe][anglo-norman]

 標題に関連する話題は「#2450. 中英語における <u> の <o> による代用」 ([2016-01-11-1]),「#2453. 中英語における <u> の <o> による代用 (2)」 ([2016-01-14-1]),「#3513. comesome の綴字の問題」 ([2018-12-09-1]),「#3574. <o> で表わされる母音の問題 --- donkey vs monkey」 ([2019-02-08-1]) で取り上げてきた.今回は,「<u> の <o> による代用」という綴字慣習が初期中英語に生じ,後に分布を拡大させていった経緯に焦点を当てた Wełna の論文に依拠しつつ,先行研究の知見を紹介したい.
 現代英語の monk, son, tongue などにみられる <o> の綴字は,歴史的には <u> だったものが,初期中英語期以降に <o> と綴りなおされたものである.この綴りなおしの理由は,上にリンクを張った記事でも触れてきたように,一般に "minim avoidance" とされる.[2016-01-11-1]の記事で述べたように,「母音を表す <u> はゴシック書体では縦棒 (minim) 2本を並べて <<ıı>> のように書かれたが,その前後に同じ縦棒から構成される <m>, <n>, <u>, <v>, <w> などの文字が並ぶ場合には,文字どうしの区別が難しくなる.この煩わしさを避けるために,中英語期の写字生は母音を表す <u> を <o> で置換した」ということだ.
 しかし,英語史研究においては,"minim avoidance" 以外の仮説も提案されてきた.合わせて4つほどの仮説を Wełna (306--07) より,簡単に紹介しよう.

 (1) 当時のフランス語やアングロ・ノルマン語でみられた <u> と <o> の綴字交替 (ex. baron ? barun) が,英語にももたらされた
 (2) いわゆる "minim avoidance"
 (3) ノルマン方言のフランス語で [o] が [u] へと上げを経た音変化が綴字にも反映された
 (4) フランス語の綴字慣習にならって /y(ː)/ ≡ <u> と対応させた結果,/u/ に対応する綴字が新たに必要となったため

 このように諸説あるなかで (2) が有力な説となってきたわけだが,実際には当時の綴字を詳しく調べても (2) の仮説だけですべての事例がきれいに説明されるわけではなく,状況はかなり混沌としているようだ.そのなかでも初期中英語期の状況に関する比較的信頼できる事実を Morsbach に基づいてまとめれば,次のようになる (Wełna 306) .

a. the 12th century English manuscripts employ the spelling <u>;
b. the first o-spellings emerge in the latter half of the 12th century;
c. <o> for <u> is still rare in the early 13th century and is absent in Ormulum, Katherine, Vices and Virtues, Proclamation, and several other texts;
d. from the latter half of the 13th century onwards the frequency of <o> grows, which results in both old <u> and new <o> spellings randomly used in texts composed even by the same scribe.


 当時の「ランダム」な分布が,現代英語にまで延々と続いてきたことになる.手ごわい問題である.

 ・ Wełna, Jerzy. "<U> or <O>: A Dilemma of the Middle English Scribal Practice." Contact, Variation, and Change in the History of English. Ed. Simone E. Pfenninger, Olga Timofeeva, Anne-Christine Gardner, Alpo Honkapohja, Marianne Hundt and Daniel Schreier. Amsterdam/Philadelphia: Benjamins, 2014. 305--23.
 ・ Morsbach, Lorenz. Mittelenglische Grammatik. Halle: Max Niemayer, 1896.

Referrer (Inside): [2020-08-21-1] [2019-03-14-1]

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2019-02-08 Fri

#3574. <o> で表わされる母音の問題 --- donkey vs monkey [vowel][pronunciation][minim]

 昨日の記事「#3573. accomplishone の強勢母音の変異」 ([2019-02-07-1]) で,<o> の綴字に対応する発音が /ʌ/ と /ɒ/ の間で揺れている例をみた.この問題は,そもそも <o> の綴字が典型的にこの2つの母音に対応しうることに起因する.単語例としては <o> ≡ /ɒ/ のほうがずっと多く,だからこそ昨日取り上げたように spelling_pronunciation のモデルとなり得るのだが,<o> ≡ /ʌ/ も決して少なくないし,むしろ日常的な語に多く観察されるという事実もある.したがって,どちらの対応が規則であり,どちらが例外なのか,直観的には判然としない.
 Carney (355) は,<o> についてのデフォルト規則として <o> ≡ /ɒ/ を立てている.単語例を示そう.

across, belong, block, bobbin, bronze, catalogue, choreography, confident, dog, donkey, glottal, jolly, obstinate, off, olive, plonk, stock, tonsils; cost, lost, frost, costume, ostensible, posterior


 一方,<o> ≡ /ʌ/ は,上記のデフォルトからは逸れるものの,/v/ の前では広くみられるし,それ以外でも多くの例を挙げることができる.Carney (351, 355) より例を抜き出そう.

above, coven, covenant, cover, covet, covey, discover, dove, glove, govern, love, oven, plover, recover, shove, shovel, slovenly; accomplice, accomplish, among, another, borough, brother, colour, comfort, company, compass, conjure, fishmonger, front, frontier, ironmonger, mongrel, monk, monkey, month, mother, nothing, one, once, other, smother, son, sponge, ton, tongue, won, wonder, Monday


 このリストには挙げられていないが「#3513. comesome の綴字の問題」 ([2018-12-09-1]) で論じた come, some も <o> ≡ /ʌ/ の例である.この2つめのリストの語群については,多く <o> の前後に <m>, <n>, <v> (= <u>) がみられ,"minim avoidance" の理屈で説明することができるのも確かだが,それだけですべてを片付けることはできない("minim avoidance" については,「#2450. 中英語における <u> の <o> による代用」 ([2016-01-11-1]),「#2453. 中英語における <u> の <o> による代用 (2)」 ([2016-01-14-1]) を参照).
 2つのリストを見比べると,donkey /ˈdɒŋki/ と /ˈmʌŋki/ は,似たような綴字をしていながら異なる強勢母音をもつことがわかる.しかし,この対立も標準的で一般的なイギリス発音に基づいた場合にのみ成り立つものであり,アメリカ英語では donkey に /ˈdʌŋki/ の発音もあり得ることを付け加えておこう.
 逆もまた真なり.昨日の記事の one でみたとおり,通常は /ʌ/ で発音される among, mongrel, nothing, once, tongue の強勢母音が,方言や個人の発音によっては /ɒ/ として現われ得ることにも注意しておきたい.<o> の発音は難しい.

 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.

Referrer (Inside): [2019-03-13-1]

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2018-12-09 Sun

#3513. comesome の綴字の問題 [spelling][spelling_pronunciation_gap][final_e][minim]

 標題の2つの高頻度語の綴字には,末尾に一見不要と思われる e が付されている.なぜ e があるのかというと,なかなか難しい問題である.歴史的にも共時的にも <o> が表わしてきた母音は短母音であり,"magic <e>" の出る幕はなかったはずだ(cf. 「#1289. magic <e>」 ([2012-11-06-1])).
 類例として one, none, done も挙げられそうだが,「#1297. does, done の母音」 ([2012-11-14-1]) でみたように,こちらは歴史的に長母音をもっていたという違いがある.この語末の <e> は,この長母音を反映した magic <e> であると説明することができるが,come, some はそうもいかない.また,関わっているのが <-me> であるので,「#1827. magic <e> とは無関係の <-ve>」 ([2014-04-28-1]) でみた <-ve> の問題とも事情が異なる.
 当面,語末の <e> の問題はおいておき,<o> = /ʌ/ の部分に着目すれば,これは「#2450. 中英語における <u> の <o> による代用」 ([2016-01-11-1]) や「#2453. 中英語における <u> の <o> による代用 (2)」 ([2016-01-14-1]) でみたように,例も豊富だし,ある程度は歴史的な説明も可能である.いわゆる "minim avoidance" の説明だ.Carney (148) にも,<o> = /ʌ/ に関して次のような記述がある.

   The use of <o> spellings [for /ʌ/] seems to be dictated by minim avoidance, at least Romance words (Scragg 1974: 44). Certainly, TF [= text frequency] 90 per cent, LF [= lexical frequency] 76 per cent of /ʌ/ ≡ <o> spellings occur before <v>, <m> or <n>. Typical <om> and <on> spellings are:

become, come, comfort, company, compass, somersault, etc.; conjure, front, frontier, ironmonger, Monday, money, mongrel, monk, monkey, month, son, sponge, ton, tongue, wonder, etc.

On the other hand there are equally common words with <u> spellings before <m> and <n>:

drum, jump, lumber, mumble, mumps, munch, mundane, number, pump, slum, sum, thump, trumpet, etc.; fun, fund, gun, hundred, hunt, lunch, punch, run, sun, etc.

There are also a few <o> spellings where adjacent letters do not have minim strokes: brother, colour, colander, thorough, borough, other, dozen. In the absence of context-based rules, such spelling can only be taught by sample lists . . . .


 だが,語末の <e> の問題はいまだ解決されないままである.

 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.
 ・ Scragg, D. G. A History of English Spelling. Manchester: Manchester UP, 1974.

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2018-02-17 Sat

#3218. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」の第3回「515通りの through --- 中英語のスペリング」 [slide][spelling][spelling_pronunciation_gap][norman_conquest][chaucer][manuscript][reestablishment_of_english][timeline][me_dialect][minim][orthography][standardisation][digraph][hel_education][link][asacul]

 朝日カルチャーセンター新宿教室で開講している講座「スペリングでたどる英語の歴史」も,全5回中の3回を終えました.2月10日(土)に開かれた第3回「515通りの through --- 中英語のスペリング」で用いたスライド資料を,こちらにアップしておきました.
 今回は,中英語の乱立する方言スペリングの話題を中心に据え,なぜそのような乱立状態が生じ,どのようにそれが後の時代にかけて解消されていくことになったかを議論しました.ポイントとして以下の3点を指摘しました.

 ・ ノルマン征服による標準綴字の崩壊 → 方言スペリングの繁栄
 ・ 主として実用性に基づくスペリングの様々な改変
 ・ 中英語後期,スペリング再標準化の兆しが

 全体として,標準的スペリングや正書法という発想が,きわめて近現代的なものであることが確認できるのではないかと思います.以下,スライドのページごとにリンクを張っておきました.その先からのジャンプも含めて,リンク集としてどうぞ.

   1. 講座『スペリングでたどる英語の歴史』第3回 515通りの through--- 中英語のスペリング
   2. 要点
   3. (1) ノルマン征服と方言スペリング
   4. ノルマン征服から英語の復権までの略史
   5. 515通りの through (#53, #54), 134通りの such
   6. 6単語でみる中英語の方言スペリング
   7. busy, bury, merry
   8. Chaucer, The Canterbury Tales の冒頭より
   9. 第7行目の写本間比較 (#2788)
   10. (2) スペリングの様々な改変
   11. (3) スペリングの再標準化の兆し
   12. まとめ
   13. 参考文献

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2017-09-21 Thu

#3069. 連載第9回「なぜ try が tried となり,die が dying となるのか?」 [spelling][y][spelling_pronunciation_gap][minim][cawdrey][mulcaster][link][rensai][sobokunagimon][three-letter_rule]

 昨日9月20日付けで,英語史連載企画「現代英語を英語史の視点から考える」の第9回の記事「なぜ try が tried となり,die が dying となるのか?」が公開されました.
 本ブログでも綴字(と発音の乖離)の話題は様々に取りあげてきましたが,今回は標題の疑問を掲げつつ,言うなれば <y> の歴史とでもいうべきものになりました.書き残したことも多く,<y> の略史というべきものにとどまっていますが,とりわけ各時代における <i> との共存・競合の物語が読みどころです.ということは,部分的に <i> の略史ともなっているということです.標題の素朴な疑問を解消しつつ,英語の綴字の歴史のさらなる深みへと誘います.
 本文の第3節で "minim avoidance" と呼ばれる中英語期の特異な綴字習慣を紹介していますが,これは英語の綴字に広範な影響を及ぼしており,本ブログでも以下の記事で触れてきました.連載記事を読んでから以下のそれぞれに目を通すと,おそらくいっそう興味をもたれることと思います.

 ・ 「#91. なぜ一人称単数代名詞 I は大文字で書くか」 ([2009-07-27-1])
 ・ 「#870. diacritical mark」 ([2011-09-14-1])
 ・ 「#223. woman の発音と綴字」 ([2009-12-06-1])
 ・ 「#1094. <o> の綴字で /u/ の母音を表わす例」 ([2012-04-25-1])
 ・ 「#2227. なぜ <u> で終わる単語がないのか」 ([2015-06-02-1])
 ・ 「#2740. word のたどった音変化」 ([2016-10-27-1])
 ・ 「#2450. 中英語における <u> の <o> による代用」 ([2016-01-11-1])
 ・ 「#3037. <ee>, <oo> はあるのに <aa>, <ii>, <uu> はないのはなぜか?」 ([2017-08-20-1])

 第4節では,リチャード・マルカスターの綴字提案とロバート・コードリーの英英辞書に触れました.1600年前後に活躍したこの2人の教育者については,「#441. Richard Mulcaster」 ([2010-07-12-1]) と「#603. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (1)」 ([2010-12-21-1]) を始め,mulcastercawdrey の各記事もご参照ください.
 最後に,第5節で「3文字」規則に触れましたが,こちらに関しては「#2235. 3文字規則」 ([2015-06-10-1]),「#2437. 3文字規則に屈したイギリス英語の <axe>」 ([2015-12-29-1]) の記事を読むことにより理解が深まると思います.

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2017-08-20 Sun

#3037. <ee>, <oo> はあるのに <aa>, <ii>, <uu> はないのはなぜか? [spelling][vowel][spelling][minim][sobokunagimon]

 現代英語の綴字で feet, greet, meet, see, weed など <ee> は頻出するし,foot, look, mood, stood, took のように <oo> も普通に見られる.それに比べて,aardvark, bazaar, naan のような <aa> は稀だし,日常語彙で <ii>, <uu> もほとんど見られないといっていよい.長母音を表わすのに母音字を重ねるというのは,きわめて自然で普遍的な発想だと思われるが,なぜこのような偏った分布になっているのだろうか.
 古英語では,短母音とそれを伸ばした長母音を区別して標示するのに特別は方法はなかった."God" と "good" に対応する語はともに god と綴られたし,witan は短い i で発音されれば "to know" の意味の語,長い i で発音されれば "to look" の意味の語となった.しかし,中英語になると,このような母音の長短の区別をつけようと,いくつかの方法が編み出された.それらの方法はおよそ現代英語に残っており,<ae>, <ei>, <eo>, <ie>, <oe> のように異なる複数の母音字を組み合わせるものもあれば,<a .. e>, <i .. e>, <u .. e> など遠隔的に組み合わせる方法もあったし,より直観的に,同じ母音字を重ねる <aa>, <ee>, <ii>, <oo>, <uu> などもあった.単語により,あるいはその単語のもっている発音により相当に込み入った事情があるなかで,徐々に典型的な綴り方が絞られていったが,同じ母音字を重ねる方式に関しては,<ee>, <oo> だけが残った.いったいなぜだろうか.
 <ee> と <oo> が保持されやすい特殊な事情があったというよりは,むしろ <aa>, <ii>, <uu> が採用されにくい理由があったと考えるほうが妥当である.というのは上に述べたように,母音字を重ねるという方式はしごく自然と考えられ,それが採用されない理由を探るほうが容易に思われるからだ.
 <ii> と <uu> が避けられたのは説明しやすい.中世においては,これらの綴字はいずれも点の付かない縦棒 (minim) のみで構成されており,それぞれ <ıı>, <ıııı> と綴られた.このように複数の縦棒が並列すると,意図されているのがどの文字(の組み合わせ)なのかが読み手にとって分かりにくくなるからだ.例えば,<ıııı> という綴字を見せられても,意図されているのが <iiii>, <ini>, <im>, <mi>, <nn>, <nu>, <un>, <wi> 等のいずれを表わすかは文脈を参照しなければわからない.関連して,「#91. なぜ一人称単数代名詞 I は大文字で書くか」 ([2009-07-27-1]),「#223. woman の発音と綴字」 ([2009-12-06-1]),「#870. diacritical mark」 ([2011-09-14-1]),「#1094. <o> の綴字で /u/ の母音を表わす例」 ([2012-04-25-1]),「#2227. なぜ <u> で終わる単語がないのか」 ([2015-06-02-1]),「#2450. 中英語における <u> の <o> による代用」 ([2016-01-11-1]) を参照されたい.
 <aa> については,なぜこれが採用されなかったのかの説明は難しい.初期中英語には,<aa> で綴られる単語もいくつかあったが,後世に伝わらなかった.Crystal (46) は,"aa never survived, probably because the 'silent' e spelling had more quickly established itself as the norm, as in name, tale, etc." と考えているが,もうそうだとしてももっと説得力のある説明が欲しいところだ.
 結局,特に差し障りがなく自然なまま生き残ったのが <ee>, <oo> ということだ.関連して,「#2092. アルファベットは母音を直接表わすのが苦手」 ([2015-01-18-1]) および「#2887. 連載第3回「なぜ英語は母音を表記するのが苦手なのか?」」 ([2017-03-23-1]) を参照

 ・ Crystal, David. Spell It Out: The Singular Story of English Spelling. London: Profile Books, 2012.

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2016-10-27 Thu

#2740. word のたどった音変化 [pronunciation][phonetics][vowel][minim]

 「#2180. 現代英語の知識だけで読めてしまう古英語文」 ([2015-04-16-1]) で挙げたように,現代英語の word は,古英語でもそのまま <word> と綴られており,一見すると何も変わっていないように思われるが,とりわけ発音に関しては複雑な変化を経ている.『英語語源辞典』によると,「OE wordo は -rd の前で ō と長音化し,/woːrd → wuːrd → wurd → wʌrd → wəːd/ と発達したと説明されるのがふつうだが,この場合 /wurd/ と短くなったのは,末尾の -d が無声化したため母音延長の起こらなかった北部・東部方言の影響か」とある.
 だが,音変化について他の説明もありうるようだ.例えば,中尾 (163) によれば,後期古英語から [p, b, f, m, w] のような唇音の後位置で [ɔ] > [ʊ] の上げの過程が生じたとされる.これは,以下のような単語群に観察される.

borgian > burgian (to borrow)
fol > full (full)
forþor > furþer (further)
fugol (fowl)
morþor > murþer (murder)
spora > spura (spur)
worc > wurc (work)
word > wurd (word)
worold > wurold (world)
wulf (wolf)


 そして,中英語から初期近代英語にかけて [ʊ] > [ʌ] の中舌化・非円唇化が起こり,結果としての /ʌr/ が,後期近代英語になると /ɪr, ɛr/ と合流し,現在の /ər/ へと連なったという.関連する単語群としては,以下のものがある(中尾,p. 306).burn, burst, burden, burr, cur, curd, curse, curtain, curl, church, demur, disturb, fur, furnish, further, furze, hurl, hurt, hurdle, journey, murder, nurse, occur, purse, purchase, prefer, purple, purpose, spur, spurn, surge, scurf, turf, turn, Thursday, work, worm, worse, worst, worship, worth, worthy, world, word.中舌化については,「#1297. does, done の母音」 ([2012-11-14-1]),「#1866. putbut の母音」 ([2014-06-06-1]),「#1094. <o> の綴字で /u/ の母音を表わす例」 ([2012-04-25-1]) などを参照されたい.
 なお,上に挙げた語群では <ur> の綴字が多いが,<w> で始まる語については <or> が多いことに注意.これは,"minim avoidance" (Carney 188) のもう1つの例であり,<wu>, <wi> を嫌った結果である("minim avoidance" については,「#2450. 中英語における <u> の <o> による代用」 ([2016-01-11-1]) も参照).だが,歴史的には中英語などで <wurd> を含めた <wur-> をもつ綴字もあったことには注意しておきたい.中英語の異綴字については,MED より wōrd (n.) を参照.
 word のたどった変化,特に音変化の問題は,深入りするとなかなか大変そうである.

 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.
 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.

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2016-04-10 Sun

#2540. 視覚の大文字化と意味の大文字化 [punctuation][capitalisation][noun][writing][spelling][semantics][metonymy][onomastics][minim]

 英語における大文字使用については,いくつかの観点から以下の記事で扱ってきた.

 ・ 「#583. ドイツ語式の名詞語頭の大文字使用は英語にもあった」 ([2010-12-01-1])
 ・ 「#1309. 大文字と小文字」 ([2012-11-26-1])
 ・ 「#1310. 現代英語の大文字使用の慣例」 ([2012-11-27-1])
 ・ 「#1844. ドイツ語式の名詞語頭の大文字使用は英語にもあった (2)」 ([2014-05-15-1])

 語頭の大文字使用の問題について,塩田の論文を読んだ.現代英語の語頭の大文字使用には,「視覚の大文字化」と「意味の大文字化」とがあるという.視覚の大文字化とは,文頭や引用符の行頭に置かれる語の最初の文字を大文字にするものであり,該当する単語の品詞や語類は問わない.「大文字と大文字化される単語の機能の間に直接的なつながりがな」く,「文頭とか,行頭を示す座標としての意味しかもたない」 (47) .外的視覚映像の強調という役割である.
 もう1つの意味の大文字化とは,語の内的意味構造に関わるものである.典型例は固有名詞の語頭大文字化であり,塩田はその特徴を「名詞の通念性」と表現している.意味論的には,この「通念性」をどうみるかが重要である.塩田 (48--49) の解釈と説明がすぐれているので,関係する箇所を引こう.

 大文字化された名詞は自己の意味構造の一つである通念性を触発されて通念化する。名詞の意味構造の一つである通念性が大文字という形式を選んで具視化したと考えられる。ここが視覚の大文字化とは違う点である。名詞以外の品詞には大文字化を要求する内部からの意味的及び心理的要求が欠けている。
 名詞は潜在的に様々な可能性を持っている。様々ある可能性の内,特に「通念」という可能性を現実化し,これをひき立てて,読者の眼前に強調してみせるのが大文字化の役割である。
 しからばこの通念とはいかなる概念であるのであろうか。
 通念は知的操作が加わる以前の名詞像である。耳からある言葉を聴いてすぐに心に浮ぶイメージが通念である。聴覚映像とも言えよう。したがって,知的,論理的に定義や規定を行う以前の原初的,前概念が通念である。
 通念には二つの派生的性質がある。
 第一に通念は名詞に何の操作も加えない極めて普遍的なイメージである。ラングとしての名詞の聴覚映像と呼ぶことが出来る。名詞の聴覚映像のうち万人に共通した部分を通念と呼ぶわけである。したがって名詞は,この通念の領域に属する限り,一言で,背景や状況を以心伝心の如く伝達することが出来る。名詞のうちによく人口に膾炙し,大衆伝達のゆきとどいているものほど一言で背景や状況を伝達する力は大きい。そこで,特に名詞の内広い通念性を獲得したものを Mass Communicated Sign MCS と呼ぶことにする。
 MCS は一言で全てを伝達する。一言でわかるのだから,その「すべて」は必ずしも細やかで概念的に正確な内容ではなく,単純で直線的なインフォメーションに違いない。
 第二に通念は MCS のように共通で同一のイメージを背景とした面を持っている。巾広い共通の含みが通念の命である。したがって通念の持つ含みは,個人的個別的であってはならない。個人にしかないなにかを伝達するには色々の説明や断わりが必要である。個人差や地方差が少なくなればなる程,通念としての適用範囲を増すし,純度も高くなる。したがって通念は常に個別差をなくす方向に動く。類と個の区別を意識的に排除し,類で個を表わしたり,部分で全体を代表させたりする。通念は個をこえて 類へ一般化する傾向がある。
 通念の一般化や普遍化がすすむと,個有化絶対化にいたる。この傾向は人間心理に強い影響を及ぼす通念であるほど,強い。万人に影響を与えられたイメージは一本化され,集団の固有物となる。
 以上をまとめると,通念には,大衆伝達性と,固有性という二つの幅があることになる。


 通念の固有性という側面は,典型的には唯一無二の固有名詞がもつ特徴だが,個と類の混同により固有性が獲得される場合がある.例えば,Bible, Fortune, Heaven, Sea, World の類いである.これらは,英語文化圏の内部において,あたかも唯一無二の固有名詞そのものであるかのようにとらえられてきた語である.特定の文化や文脈において疑似固有名詞化した例といってもいい.曜日,月,季節,方位の名前なども,個と類の混同に基づき大文字化されるのである.同じく,th River, th Far East, the City などの地名や First Lady, President などの人を表す語句も同様である.ここには metonymy が作用している.
 通念の大衆伝達性という側面を体現するのは,マスコミが流布する政治や社会現象に関する語句である.Communism, Parliament, the Constitution, Remember Pearl Harbor, Sex without Babies 等々.その時代を生きる者にとっては,これらの一言(そして大文字化を認識すること)だけで,その背景や文脈がただちに直接的に理解されるのである.
 なお,一人称段数代名詞 I を常に大書する慣習は,「#91. なぜ一人称単数代名詞 I は大文字で書くか」 ([2009-07-27-1]) で明らかにしたように,意味の大文字化というよりは,むしろ視覚の大文字化の問題と考えるべきだろう.I の意味云々ではなく,単に視覚的に際立たせるための大文字化と考えるのが妥当だからだ.一般には縦棒 (minim) 1本では周囲の縦棒群に埋没して見分けが付きにくいということがいわれるが,縦棒1本で書かれるという側面よりも,ただ1文字で書かれる語であるという側面のほうが重要かもしれない.というのは,塩田の言うように「15世紀のマヌスクリプトを見るとやはり一文字しかない不定冠詞の a を大書している例があるからである」 (49) .
 大文字化の話題と関連して,固有名詞化について「#1184. 固有名詞化 (1)」 ([2012-07-24-1]),「#1185. 固有名詞化 (2)」 ([2012-07-25-1]),「#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである」 ([2015-05-18-1]),「#2397. 固有名詞の性質と人名・地名」 ([2015-11-19-1]) を参照されたい.

 ・ 塩田 勉 「Capitalization について」『時事英語学研究』第6巻第1号,1967年.47--53頁.

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2016-01-14 Thu

#2453. 中英語における <u> の <o> による代用 (2) [alphabet][spelling][orthography][minim]

 [2016-01-11-1]の記事の続編.先の記事では,中英語以来 <u> が期待されるところで <o> が代わりに綴られる傾向が観察されることについて,"minim avoidance" という標準的な説明を紹介した.しかし,英語綴字史を著わした Scragg (44) は,この仮説に懐疑的である.

Thus <o> replaced <u> in a large number of words with a short vowel, most of which now have RP /ʌ/ (e.g. come, some, Somerset, monk, son, tongue, wonder, honey, worry, above, dove, love), though some preserve the close vowel, RP /ʊ/ (wolf, woman). The use of <o> was valuable in distinguishing the vowel from a neighbouring consonant, particularly <v> (identical with <u> at this time . . .) and <w> (written <uu>, as the name of the letter suggests). The fact that the convention survives also in the neighbourhood of <n> and <m> has led many commentators to suggest that <o> was preferred to <u> to make reading easier, since the characters <u n m> all consisted in bookhand of a series of minims (or straight down-strokes), the series in <un ini iui uu iw im> etc. being in danger of being misdivided and of causing confusion. It is an argument that is hard to accept for the native language, since it is unlikely that English readers of the Middle Ages read letter by letter any more than modern readers do, but it is possible that such an explanation may hold for Latin, where <o> for <u> first appeared. In English, indeed, <o> for <u> also appeared occasionally in words in which there was no danger of minim confusion (cf. Mod. E borough, thorough), and the convention may have been established in part because of an English sound change whereby /ɒ/ became /u/ (now RP /ʌ/), e.g. among, money.


 Scragg は,むしろ,英語の写字生によるこの代用の背景には,ラテン語の読み書きにおける便宜なり,対応する英語の発音の変化なりがあったのではないかという考えだ.Scragg は,p. 44 の注で,部分的には同綴り異義語の衝突 ("homographic clash") を避ける目的での代用だったのではないかという案も出している.

Though <o> for /ʌ/ is a widespread convention in current English spelling, it should perhaps be observed that a great many words survive with <u>, e.g. hunt, under, humble, thumb. The use of <o>/<u> to avoid homophones becoming homographs as well is also worth noting: some, sum; son, sun; ton, tun. Similarly <u> is perhaps preserved in nut to avoid confusion with not.


 昨日も述べたように,問題の代用の背景には,複数の要因が働いていること (multiple causation) を前提とする必要がありそうだ.なお,"homographic clash" の回避とおぼしき他の事例については,「#1345. read -- read -- read の活用」 ([2013-01-01-1]) を参照.

 ・ Scragg, D. G. A History of English Spelling. Manchester: Manchester UP, 1974.

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2016-01-11 Mon

#2450. 中英語における <u> の <o> による代用 [alphabet][spelling][orthography][causation][minim]

 英語綴字史において,<u> を <o> で代用する習慣については「#223. woman の発音と綴字」 ([2009-12-06-1]),「#1094. <o> の綴字で /u/ の母音を表わす例」 ([2012-04-25-1]) で少々触れた.標準的な見解によると,母音を表す <u> はゴシック書体では縦棒 (minim) 2本を並べて <<ıı>> のように書かれたが,その前後に同じ縦棒から構成される <m>, <n>, <u>, <v>, <w> などの文字が並ぶ場合には,文字どうしの区別が難しくなる.この煩わしさを避けるために,中英語期の写字生は母音を表す <u> を <o> で置換した.かくして,<sume> は <some> へ,<sun> (息子)は <son> へ,<luue> は <loue> へと置換され,それが後に標準化したのだという.Jespersen (88--89) の以下の引用が,この説明の典型を与えてくれる.

In ME texts of a more recent date (Chaucer, etc.) we find o used still more extensively for /u/, namely in the neighbourhood of any of the letters m, n, and u (v, w). The reason is that the strokes of these letters were identical, and that a multiplication of these strokes, especially at a time when no dot or stroke was written over i, rendered the reading extremely ambiguous and difficult (five strokes might be read as uni, nui, uui (uni or wi), iuu (ivu or iw), mii, imi, etc.). This accounts for the present spelling of won, wonder, worry, woman, monk, monkey, sponge, ton, tongue, some, Somerset, honey, cover, above, love (ME loue for luue) and many others.


 Carney (148) によれば,現在の標準的な綴字において,語源的に <u> が期待されるところで,<m> や <n> の前位置にある場合に <o> として現われる単語は確かに非常に多い (ex. become, come, comfort, company, compass, somersault; conjure, front, frontier, ironmonger, Monday, money, mongrel, monk, monkey, month, son, sponge, ton, tongue, wonder) .また,中英語で <<uu>> と綴られた <w> の後位置に <u> が現われる環境においても,綴字はひどく読みにくくなるだろうから,現代英語の wolf に相当する <uuulf> が <uuolf> と綴られることになったのも首肯できる.なお,古英語では <<uu>> の代わりに <ƿ> が用いられたので縦棒問題は生じず,順当に <ƿulf> と綴られた.Upward and Davidson (59) による wolf の綴字に関するこの説明は,確かに説得力をもっている.

. . . the U [is] replaced by O in ƿulf 'wolf' and by OO in ƿul 'wool', ƿudu 'wood'. The purpose of this change from U to O was not to reflect any change in pronunciation, but to clarify scribal writing in ME . . . . OE, like ModE, used four distinct letters to spell ƿulf 'wolf', but when in ME the letter wyn (ƿ) was replaced by UU (the early form of W), the effect was that such a word would have appeared as uuulf, with U three times in succession. When, furthermore, one takes into account that the 'Gothic' style of scribal writing reduced many non-capital letters more or less to short vertical strokes ('minims'), one can see how difficult the reading of uuulf could be. If, on the other hand, the vowel is respelt O, then the form uuolf is less likely to confuse readers.


 このように <u> の <o> による置換に関する "minim avoidance" の仮説はある程度の説得力をもっているように見えるが,一方で,<o> に置換されず,期待される <u> がそのまま <m> や <n> の前位置に現われる単語も実は少なくない (ex. drum, jump, lumber, mumble, mumps, munch, mundane, number, pump, slum, sum, thump, trumpet; fun, fund, gun, hundred, hunt, lunch, punch, run, sun) .さらに,縦棒の連続を避けるためという理由に帰することのできない <u> → <o> の置換もある (ex. brother, colour, colander, thorough, borough, other, dozen) .したがって,"minim avoidance" は,問題の置換の一因となっている可能性は認められるにせよ,それがすべてではないことに注意する必要がある.この過程についても "multiple causation" を前提としたほうがよいだろう.
 関連して,"minim avoidance" については「#2227. なぜ <u> で終わる単語がないのか」 ([2015-06-02-1]),「#870. diacritical mark」 ([2011-09-14-1]),「#91. なぜ一人称単数代名詞 I は大文字で書くか」 ([2009-07-27-1]) も参照.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spellings. 1954. London: Routledge, 2007.
 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.
 ・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.

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2012-04-25 Wed

#1094. <o> の綴字で /u/ の母音を表わす例 [spelling][pronunciation][spelling_pronunciation_gap][phonetics][scribe][paleography][centralisation][minim]

 英語の綴字と発音の関係には1対1ならぬ多対多の対応例が無数にあるが,<o> の綴字で [u] の母音を表わす例はないのかという質問が院生より出された.その場ですぐに思いつく例はなかったが,これは思いつきを待つというよりは,考えるべき,調べるべき問題である.考えるべきというのは,絞り込みをかける方法がいくつかありそうだからだ.まず,現代英語で奥舌高母音 /ʊ/ は最も頻度が低い短母音である([2012-02-13-1]の記事を参照).これで,例となる単語の絶対数は少なそうだという予測が立つ.
 次に,この母音をもつ単語を思い浮かべてみる.すぐに挙がってくるのは push, put, pull などの <u> をもつグループと,book, foot, look などの <oo> をもつグループである.前者は古英語 /ʊ/ = <u> の関係が現代英語まで連綿と継承されてきた例である.この母音は一般的には1600年くらいまでに中舌化を経て,現代英語へ続く /ʌ/ を出力したが,主に唇音と /l/ や /ʃ/ に挟まれた環境では,上の例のように中舌化を経なかった.「唇音に後続する環境」をヒントに,標題の質問に対応するような例外がないだろうかと考えてみると,1つ思いつくことができた.古英語 wulf に由来する wolf の母音(字)である.前者は,綴字で縦棒 (minim) の連続する環境を避けるために <u> を <o> へ書き換えたという中英語の一般的な綴字習慣でうまく説明される例である.w を <uu> と綴る書記習慣では,wolf は <uuulf> として実現されてしまい,ひどく読みにくい.そこで,せめて <uuolf> として紛らわしさを減じた,ということである (Upward and Davidson 59) .この <u> を <o> で代用する習慣については,[2009-12-06-1]の記事「#223. woman の発音と綴字」や[2009-07-27-1]の記事「#91. なぜ一人称単数代名詞 I は大文字で書くか」でも取り上げた.とここまで書いて,woman の第1母音(字)も標題の質問に対するもう1つの答えであることに気づいた.
 続いて,<oo> をもつグループを考えてみよう.このグループが示唆する音韻史は,/oː/ → (大母音推移) → /uː/ → (短化) → /ʊ/ という変化である.この音韻変化をたどりながらも綴字のほうは典型的な <oo> に落ち着かず,<o> を取っているような例を探せばよいことになるが,古英語 bōsm に由来する bosom の第1母音(字)がこれに相当する(中尾,p. 111).第2音節の母音は挿入によるものだが,第1音節の母音の変化は <oo> のグループと歴史をともにしている.
 他には,to の弱化した発音の1つとして /tʊ/ がある.

 ・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.

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2009-07-27 Mon

#91. なぜ一人称単数代名詞 I は大文字で書くか [palaeography][spelling][flash][punctuation][capitalisation][minim][personal_pronoun]

 先日,前期の最終授業時に,話しの種にと思い紹介した内容.そのときに使用したスライドを本ブログに掲載してほしいと要望があったので,Flash 化した「Why Capital "I" ?」を載せてみた.下のスクリーンで映らない,あるいは PDF で見たいという方は,こちら.



 本当は,写本から字体をいろいろ挙げ,実例で確認するといいのだろうが,省略.

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