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dryden - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-01-23 05:22

2018-03-10 Sat

#3239. 英語に関する不平不満の伝統 [complaint_tradition][prescriptivism][prescriptive_grammar][dryden][swift][language_myth]

 英語には,近代以降の連綿と続く "the complaint tradition" (不平不満の伝統)があり,"the complaint literature" (不平不満の文献)が蓄積されてきた.例えば,「#301. 誤用とされる英語の語法 Top 10」 ([2010-02-22-1]) で示した類いの,「こんな英語は受け入れられない!」という叫びのことである.典型的に新聞の投書欄などに寄せられてきた.
 この伝統は,標準英語がほぼ確立した後で,規範主義的な風潮が感じられるようになってきた王政復古あたりの時代に遡る.著名人でいえば,John Dryden (1631--1700) や,少し後の Jonathan Swift (1667--1745) が伝統の最初期の担い手といえるだろう(cf. 「#3220. イングランド史上初の英語アカデミーもどきと Dryden の英語史上の評価」 ([2018-02-19-1]),「#1947. Swift の clipping 批判」([2014-08-26-1])).
 Milroy and Milroy によれば,この伝統には2つのタイプがあるという.両者は重なる場合もあるが,目的が異なっており,基本的には別物と考える必要がある.まずは Type 1 から.

Type 1 complaints, which are implicitly legalistic and which are concerned with correctness, attack 'mis-use' of specific parts of the phonology, grammar, vocabulary of English (and in the case of written English 'errors' of spelling, punctuation, etc.). . . . The correctness tradition (Type 1) is wholly dedicated to the maintenance of the norms of Standard English in preference to other varieties: sometimes writers in this tradition attempt to justify the usages they favour and condemn those they dislike by appeals to logic, etymology and so forth. Very often, however, they make no attempt whatever to explain why one usage is correct and another incorrect: they simply take it for granted that the proscribed form is obviously unacceptable and illegitimate; in short, they believe in a transcendental norm of correct English. / . . . . Type 1 complaints (on correctness) may be directed against 'errors' in either spoken or written language, and they frequently do not make a very clear distinction between the two. (30--31)


 Type 1 は,いわゆる最も典型的なタイプであり,上で前提とし,簡単に説明してきた種類の不平不満である.「誤用批判」とくくってよいだろう.このタイプの伝統が標準英語を維持 (maintenance) する機能を担ってきたという指摘もおもしろい.
 次に挙げる Type 2 は Type 1 ほど知られていないが,やはり Swift あたりにまで遡る伝統がある.

Type 2 complaints, which we may call 'moralistic', recommend clarity in writing and attack what appear to be abuses of language that may mislead and confuse the public. . . . / Type 2 complaints do not devote themselves to stigmatising specific errors in grammar, phonology, and so on. They accept the fact of standardisation in the written channel, and they are concerned with clarity, effectiveness, morality and honesty in the public use of the standard language. Sometimes elements of Type 1 can enter into Type 2 complaints, in that the writers may sometimes condemn non-standard usage in the belief that it is careless or in some way reprehensible; yet the two types of complaints can in general be sharply distinguished. The most important modern author in this second tradition is George Orwell . . . (30)


 Type 1 を "the correctness tradition" と呼ぶならば,Type 2 は "the moralistic tradition" と呼んでよいだろう.引用にあるように,George Orwell (1903--50) が最も著名な主唱者である.Type 2 を代表する近年の動きとしては,1979年に始められた "Plain English Campaign" がある.公的な情報には誰にでも分かる明快な言葉遣いを心がけるべきだと主張する組織であり,明快な英語で書かれた文書に "Crystal Mark" を付す活動を行なっているほか,毎年,明快な英語に対して賞を贈っている.

 ・ Milroy, Lesley and James Milroy. Authority in Language: Investigating Language Prescription and Standardisation. 4th ed. London and New York: Routledge, 2012.

Referrer (Inside): [2018-11-01-1]

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2018-02-19 Mon

#3220. イングランド史上初の英語アカデミーもどきと Dryden の英語史上の評価 [academy][double_comparative][preposition_stranding][dryden]

 初期近代の西欧では,アカデミーを設立して国語を統制すべきという考え方が広まり,大陸諸国ではいち早くアカデミーが設立された.1582年にイタリアで Accademia della Crusca が設けられ,1612年にはそこで編纂されたイタリア語辞書の出版をみた.フランスでは,1635年に Richelieu により Académie Française が成り,1660年には Grammaire de Port-Royal が,1694年にはフランス語辞書が出版された.ドイツでも17世紀中にアカデミーの趣旨に近いいくつかの言語に関する協会が立ち上がっていた.
 一方,イングランドでは,1712年の Jonathan Swift によるアカデミー設立の提案がなされ,それが半ば政治的な理由で成就しなかった経緯について「#2759. Swift によるアカデミー設立案が通らなかった理由」 ([2016-11-15-1]) でみた通りだが,大陸に比べて動きが遅かったように思われるかもしれない.しかし,イングランドでも英語を統制するアカデミー設立の発想の萌芽はエリザベス朝の1570年代からみられた.その後,1617年に Edmund Bolton が王立アカデミーの設立を提案し,文学への干渉を図ろうとしていた.この試みも頓挫はしたものの,イングランドでも大陸諸国と同様に16世紀後半以降にアカデミー設立の要望があったことは銘記すべきである.
 そして,1660年に王政復古が成ると,その後,本格的な英語改善アカデミーの候補となるべき機関 (The Royal Society of London for Improving Natural Knowledge) が設立された.22名の会員からなり,なかには John Dryden, John Evelyn, Thomas Sprat, Edmund Waller, John Aubrey の名が連なっていた.しかし,ほとんどの会員は英語そのものに直接関心があるというよりは,政治的な立場のために,そして名売りのために,英語問題を,そしてアカデミーを利用しようとしたのである.
 とりわけ Dryden は,自らの文豪としての名を高めるべく単音節語使用を非難したり,2重比較級や前置詞懸垂 (preposition_stranding) の構造を断罪したりした (Knowles 113--14) .Knowles (114) は,Dryden の英語語法に関する独断的な見解に対し,皮肉たっぷりに次のような歴史的評価を与えている.

In making these attacks Dryden is possibly the first person to select examples of the language usage of others and arbitrarily assert that they are intrinsically incorrect. To prove his points, Dryden attempted to find observable evidence in his opponents' texts. The problem was that he did not know enough about language to do this properly, and consequently from a linguistic point of view his remarks are ill founded. Nevertheless he did successfully establish the convention whereby people without any special knowledge of language feel entitled to assert that some other people have failed in the acquisition of their mother tongue.


 ・ Knowles, Gerry. A Cultural History of the English Language. London: Arnold, 1997.

Referrer (Inside): [2018-03-10-1]

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2018-01-20 Sat

#3190. 言語変化の偶然と必然,そして運命 [language_change][causation][teleology][spaghetti_junction][invisible_hand][drift][dryden]

 「#2867. 言語変化の偶然と必然」 ([2017-03-03-1]) で論じた話題だが,九鬼周造の『偶然性の問題』を読んで,改めてこの問題について考えてみた.
 偶然と必然は明らかに対立する概念である.しかし,私たちはときに「偶然の必然」や「必然的偶然」などのオクシモロンを口にする.なぜこのような矛盾した表現が可能なのだろうか.
 九鬼 (74) によれば,因果的必然性と目的的偶然性は結びつきやすく,因果的偶然性と目的的必然性は結びつきやすい.つまり「異種結合」が起こりやすいという.

およそ機械観はその徹底した形においては因果的必然性のみより認めない.従って因果的偶然性の存在の余地はない.しかし,目的的必然性を否定し,その結果として,目的的偶然性を承認する.自然科学的世界観はこの傾向を代表している.それに反して,目的観が徹底的な形を取った場合には,目的的必然性によってのみ一切を説明しようとする.従って目的的偶然性は存在しない.その代りに,因果的必然性の否定の結果として,因果的偶然性は存在することができる.基督教神学が神の意志によってすべてを説明する場合,因果的偶然を意味する奇蹟の存在を認めるのはこの関係に基いている.この意味において,因果的必然性は目的的偶然性と結合しやすく,目的的必然性は因果的偶然性と結合しやすい.「偶然の必然」というような逆説的の語はこういう結合の可能性に基づいたものである.


 つまり,ある現象が「必然でもあり偶然でもある」という言い方の1つの解釈は,それが因果的には必然だが目的的には偶然であるということだろう.この異種結合の解釈は,目的論 (teleology) ではなく機械論 (mechanism) の立場の解釈である.したがって,機械論的に理解すれば,言語変化もまた「必然でもあり偶然でもある」現象なのである.
 この異種結合と関連して,九鬼 (244) が別の箇所で「偶然と運命」について論考している(以下,原著の傍点は下線で置き換えた).

偶然に対する形而上的驚異は運命に対する驚異の形を取ることがある.偶然が人間の実存性にとって核心的全人格的意味を有つとき,偶然は運命と呼ばれるのである.そうして運命としての偶然性は,必然性との異種結合によって,「必然―偶然者」の構造を示し,超越的威力をもって厳として人間の全存在性に臨むのである.


 この考え方によれば,運命とは,ある人にとって「核心的全人格的意味」をもつ,因果的には必然だが目的的には偶然である現象と理解できるだろう.平たくいえば,人にとってきわめて重要な結果がもたらされた場合,本当は目的論的に偶然であったとしても,あたかも目的論的に必然であるかのようにとらえてしまう傾向があり,それを運命と呼びたがるということだ.
 言語変化において,ときに運命と表現されることもある drift (偏流)について,この観点から考えてみるとおもしろい.印欧語族では数千年の間,屈折の衰退という drift が続いているとされるが,その駆動力の源泉が何であるかについては明確な出されていない.したがって,これをある種の運命であるととらえる論者がいる.そのような論者は,drift を印欧語族にとって「核心的全人格的意味」をもつものと信じており,それゆえに目的論的に必然の現象であるかのように感じて,運命と呼んでいるのではないか.つまり,drift という現象に多大な価値をおいているからこそ,ひょっとすると偶然の出来事にすぎないものを,運命という大仰な名前で,驚異をもって呼びたくなるのではないか.
 言語変化の偶然,必然,運命の問題については,invisible_handspaghetti_junction の考え方も参照されたい.

 ・ 九鬼 周造 『偶然性の問題』 岩波書店,2012年.

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2016-12-08 Thu

#2782. 18世紀のフランス借用語への「反感」 [french][loan_word][purism][dryden]

 18世紀は,ヨーロッパにおけるフランス語の威信が高まった時代である.イギリスにおいてもこの傾向は確かにみられ,実際に,18世紀には少なからぬフランス借用語が英語に流れ込んでいる(「#594. 近代英語以降のフランス借用語の特徴」 ([2010-12-12-1]),「#678. 汎ヨーロッパ的な18世紀のフランス借用語」 ([2011-03-06-1]),「#1792. 18--20世紀のフランス借用語」 ([2014-03-24-1]) を参照),
 中英語期の大量借用とは比べるべくもないが,英語史においてフランス語が再び威信を取り戻した1つの時代ではあった.しかし,この世紀は比較的保守的で渋好みの新古典主義時代(Augustan Period) にも相当しており,とりわけその前半期には外来語への「反感」を示す声も一部から漏れていたというのも事実である.一般に,外来のものが大好きという向きが多い時代には,一方で大嫌いという向きも必ず現われるものである.語彙の借用を推進する人々がいれば,語彙の純粋さ (purism) を保とうと運動する保守的な論客も現われるというのが,古今東西の通例である.以下,この時代の状況を,Baugh and Cable (281--82) に引用されている当時の原文により伝えたい.
 18世紀に外来語(主としてフランス借用語)の流入に苦言を呈した文人として,例えば Daniel Defoe (1660--1731) がいる.1708年10月10日付の Review では,"I cannot but think that the using and introducing foreign terms of art or foreign words into speech while our language labours under no penury or scarcity of words is an intolerable grievance." と述べている.
 それよりも少し前の1672年のことだが,John Dryden (1631--1700) も Dramatic Poetry of the Last Age のなかで英語におけるフランス語の乱用を非難している.

I cannot approve of their way of refining, who corrupt our English idiom by mixing it too much with French: that is a sophistication of language, not an improvement of it; a turning English into French, rather than a refining of English by French. We meet daily with those fops who value themselves on their travelling, and pretend they cannot express their meaning in English, because they would put off on us some French phrase of the last edition; without considering that, for aught they know, we have a better of our own. But these are not the men who are to refine us; their talent is to prescribe fashions, not words.


 Addison (1672--1719) も,1711年に Spectator (no. 165) で次のように述べている.

I have often wished, that as in our constitution there are several persons whose business is to watch over our laws, our liberties, and commerce, certain men might be set apart as superintendents of our language, to hinder any words of a foreign coin, from passing among us; and in particular to prohibit any French phrases from becoming current in this kingdom, when those of our own stamp are altogether as valuable.


 語彙の純粋さを巡る問題の常として,借用語使用を批判する論客が人々の言語使用に影響を与えることは,ほとんどない.18世紀の場合も例外ではなく,彼らは苦言こそ呈したが,ほぼ効き目はなかったのである.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2016-07-27 Wed

#2648. 17世紀後半からの言語的権威のブルジョワ化 [sociolinguistics][history][monarch][dryden]

 近代英語において,言語的権威はどこにあると考えられていたか.この答えは,近代英語の初期とそれ以降の時代とで異なっていた.
 Knowles (120) によれば,Elizabeth 朝を含め,それ以降の1世紀のあいだ君主と結びつけられていた言語的権威が,17世紀後半から18世紀にかけて中産階級と結びつけられるようになり,現在にまで続くイギリスにおける階級と言語使用の密接な関係の歴史が始まったという.

In a hierarchical society, it must seem obvious that those at the top are in possession of the correct forms, while everybody else labours with the problems of corruption. The logical conclusion is that the highest authority is associated with the monarchy. In Elizabeth's time, the usage of the court was asserted as a model for the language as a whole. After the Restoration, Dryden gave credit for the improvement of English to Charles II and his court. It must be said that this became less and less credible after 1688. William III was a Dutchman. Queen Anne was not credited with any special relationship with the language, and Addison and Swift were rather less than explicit in defining the learned and polite persons, other than themselves, who had in their possession the perfect standard of English. Anne's successor was the German-speaking elector of Hanover, who became George I. After 1714, even the most skilled propagandist would have found it difficult to credit the king with any authority with regard to a language he did not speak. Nevertheless, the monarchy was once again associated with correct English when the popular image of the monarchy improved in the time of Victoria.
   After 1714 writers continued to appeal to the nobility for support and to act as patrons to their work on language. Some writers, such as Lord Chesterfield, were themselves of high social status. Robert Lowth became bishop of London. But ascertaining the standard language essentially became a middle-class activity. The social value of variation in language is that 'correct' forms can be used as social symbols, and distinguish middle class people from those they regard as common and vulgar. The long-term effect of this is the development of a close connection in England between language and social class.


 ここで説かれているのは,政治的権威と言語的権威の連動である.理想的な君主制においては,君主の指導者としての地位と,彼らが話す言語の地位とが連動しているはずである.絶対的な政治的権力をもっている国王の口から出る言葉が,その言語の典型であり,模範であり,理想であるはずである.しかし,18世紀末以降に君臨したイギリス君主は,オランダ人の William III だったり,ドイツ人の George I であったりと,ろくに英語を話せない外国人だったのである(関連して,「#141. 18世紀の規範は理性か慣用か」 ([2009-09-15-1]) も参照).そこから推測されるように,イギリス君主は実際にイギリスの政治にそれほど関心がなかったのであり,イギリス国民によって「典型」「模範」「理想」とみなされるわけもなかった.ここから,国王の代理として政治を運営する "Prime Minister" 職(初代は Sir Robert Walpole)が作り出され,その職の重要性が増して現在に至るのだから,皮肉なものである.こうして,政治的権威は,国王から有力国民の代表者,実質的には富裕なブルジョワの代表者へと移行した.
 当然ながら,それと連動して,言語的権威の所在も国王からブルジョワの代表者へと,とりわけ言語に対して意識の高い文人墨客へと移行した.こうして,国王ではなく,身分の高い教養のある階級の代表者が英語の正しさを定め,保つ伝統が始まった.21世紀の言葉遣いにもの申す "pundit" たちも,この伝統の後継者に他ならない.

 ・ Knowles, Gerry. A Cultural History of the English Language. London: Arnold, 1997.

Referrer (Inside): [2016-07-30-1] [2016-07-28-1]

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