hellog〜英語史ブログ

#1805. Morse code[semiotics][sign][double_articulation][cgi][web_service]

2014-04-06

 標題は,アメリカの画家・発明家 Samuel Finley Breese Morse (1791--1872) が発明した電信用の符合.トン・ツーとも称される.短点 (dot),その3倍の長さからなる長点 (dash),空白 (space) の組み合わせからなり,その組み合わせがアルファベットや数字に対応する.
 Morse は,1830年代に電信符号の着想を得て,1838年に後のモールス符号の原型を築いた.その後,1844年に Baltimore から Washington への最初の電信を開通させ,歴史的な最初のメッセージ "What has God wrought!" を送信した.彼の発明は世界的な反響を呼び,その後,ヨーロッパで改訂が加えられ,1851年に国際会議により International (or Continental) Morse Code が制定された.1938年に小さな変更が加えられたが,現在に至るまで国際的には国際版が原則として用いられている(ただし,アメリカはオリジナル版の使用にこだわり続けた).モールス符号による電信は,電話やラジオの発明により世界的に影が薄くなったが,劣悪な通信環境でも最低限の情報交換が可能であることから,21世紀の現在でも完全に無用となったわけではない.別途,和文モールス符合などの言語別変種も現れたが,現在ではアマチュア無線家による利用などに使用範囲が限られている.
 記号論的には,モールス符号はいくつかの特徴をもった記号体系である.最たる特徴は,言語,とりわけ文字言語に大きく依存した記号体系であるということだろう.自立した記号体系というよりは,言語の代用記号といってよく,その点では点字や手旗信号やタムタムの太鼓言語と同様である.Saussure や「#1074. Hjelmslev の言理学」 ([2012-04-05-1]) の用語でいえば,実質 (substance) が変わっただけで,形相 (form) は変わっていないということになる.モールス符号では,あるトン・ツーの組み合わせが,アルファベット1文字に厳密に対応しており,それがもとの文字列と同じ順序で時間上あるいは空間上に配列される.そこに並び順という統辞論はあるにはあるが,それは自立した固有の統辞論ではなく,背後にある文字言語の統辞論をなぞったものにすぎない(池上,p. 125).
 モールス符号のもう1つの特徴は,言語の写しであるとはいいつつも,言語とは異なる二重分節 (double_articulation) をもっていることだ.言語のように二重分節を有する記号体系というのは珍しいが,モールス符号は人工的な記号体系であるから,そこに二重分節の経済性が意図的に組み込まれたということは驚くべきことではないだろう(二重分節をもつほかの記号体系として,遺伝子の情報伝達,楽譜,電話番号などもある).しかし,言語とは異なる形で二重分節が組み込まれていることは注目に値する.モールス符号では,言語の音素に相当するものはトンとツーの2種類である.この2種類の「音素」を決まった順序で決まった個数組み合わせることで,1つの文字に対応する「形態素」を作りだし,そのような「形態素」を上記の言語依存の統辞論に則って配列してゆくのだ(池上,p. 87).ほかには,コードの規程が強い,余剰性が低いなどの特徴も挙げられよう.
 では,国際モールス符号の実際をみてみよう.規約の詳細は,Recommendation ITU-R M.1677-1 (10/2009) International Morse code (PDF) より確認できる.一般の(英文)テキストと国際モールス符合の変換器は,ウェブ上に Morse Code Translator などいろいろなものがあるが,以下に hellog 版を作ってみた.テキストあるいはモールス符号を入力すると,他方へ変換される仕様.

    


 例えば,What has God wrought! を入力すると,.-- .... .- -  .... .- ...  --. --- -..  .-- .-. --- ..- --. .... - -.-.-- が得られる.そして,... --- ... と入力すると,SOS が返される.なお,SOS はモールス符号として打ちやすく聞きやすい文字を並べたものであり,それ自体に意味があるものではない.

 ・ ピエール・ギロー 著,佐藤 信夫 訳 『記号学』 白水社〈文庫クセジュ〉,1972年.
 ・ 池上 嘉彦 『記号論への招待』 岩波書店〈岩波新書〉,1984年.

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