hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新    

icelandic - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-06-24 08:21

2011-11-10 Thu

#927. ゲルマン語の屈折の衰退と地政学 [germanic][inflection][synthesis_to_analysis][contact][geography][map][dutch][german][faroese][icelandic][danish][afrikaans]

Map of Germanic Europe

 中世のゲルマン語派の話者の分布を地図に示すと,北東端を Continental Scandinavian,南東端を High German,南西端を English,北西端を Icelandic にもつ四辺形が描かれる.この地図が示唆する興味深い点は,青で示した English と Continental Scandinavia は歴史的に屈折を激しく摩耗させてきたゲルマン語であり,赤で示した Icelandic と High German は歴史的に屈折を最もよく残してきたゲルマン語であるという事実だ.そして,革新的な北東・南西端と保守的な北西・南東端に囲まれた,緑で示した四辺形の中程に含まれる Faroese, Dutch, Frisian, Low German は,屈折をある程度は摩耗させているが,ある程度は保持しているという中間的な性格を示す.この地理と言語変化の相関関係は見かけだけのものだろうか,あるいは実質的なものだろうか.
 この点について好論を展開しているのが,O'Neil である.

Now from the point of view of their inflectional systems, it is in the languages of the extreme southwest and northeast areas, among the Scandinavians and the English, that things are farthest from the state of the old languages, where --- in fact --- the old inflectional system has become so simplified that the languages can barely be said to be inflected at all. It is in the other two areas, in the northwest in Iceland and in the southeast among the High Germans (but most especially in Iceland) that an older inflectional system is best preserved. Between these two extremes and their associated corners or areas and languages, lie other Germanic languages (Faroese, Frisian, Dutch, etc.) of neither extreme characteristic: i.e. not stripped (essentially) of their inflections, nor heavily inflected like the older languages. (250)


 地理が直接に言語の変化に影響を及ぼすということはあり得ない.しかし,地理が言語話者の地政学的な立場に影響を及ぼし,地政学的な立場が歴史に影響を及ぼし,歴史が言語の発展に影響を及ぼすという間接的な関係を想定することは可能だろう.
 屈折が大いに単純化した英語の場合,古ノルド語 (Old Norse) との接触が単純化の決定的な引き金となったという論は,今では広く受け入れられている([2009-06-26-1]の記事「#59. 英語史における古ノルド語の意義を教わった!」を参照).一方で,アイスランド語 (Icelandic) が地理的に孤立しているがゆえに,古い屈折を現代までよく残しているということもよく言われる([2010-07-01-1]の記事「#430. 言語変化を阻害する要因」を参照).いずれも歴史的に経験してきた言語接触の程度との関数として説明されているが,その言語接触の歴史とは地政学上の要因によって大いに条件付けられているのである.ここでは言語変化が地理的条件により間接的に動機づけられているといえるだろう.
 では,英語やアイスランド語以外のゲルマン諸語についても,同様の説明が可能だろうか.O'Neil は,大陸スカンジナビア諸語の屈折の単純化も英語のそれと平行的な関係にあると主張する.この場合,大陸スカンジナビア諸語が接触したのは低地ドイツ語 (Middle Low German) である.

It is clear then that Continental Scandinavian is inflectionally simple like English, with --- however --- its idiosyncratic sense of simplicity. The reasons for its simplicity seem to be exactly those that led to the development of the neutralized northern Middle English inflectional system: language contact between Middle Low German and Danish in the countryside and between Middle Low German and all Continental Scandinavian languages in the centers of trade. (267)


 さらに,英語や大陸スカンジナビア諸語と同じように単純化した屈折をもつアフリカーンス語 (Afrikaans) についても,同様の議論が成り立つ.ここでは,オランダ語 (Dutch) と低地ゲルマン語 (Low German) との接触が関与している.

. . . the original population that settled Capetown and then the Cape was not a homogeneous Dutch-speaking population. The group of people that arrived in Capetown in 1652 was first of all predominantly German (Low German mercenaries) and the Dutch part of it was of mixed Dutch dialects. Thus just the right conditions for the neutralization of inflections existed in Capetown at the time of its settlement. (268--69)


 他にも,フリジア語 (Frisian) とオランダ語 (Dutch) とが都市部で言語接触を経験した結果としての "Town Frisian" (268) の例も挙げられる.
 反対に,複雑な屈折を比較的よく保っている例として,アイスランド語の他に挙げられているのが高地ドイツ語 (High German) である.ここでも O'Neil は,高地ドイツ語もアイスランドほどではないが,地政学的に見て隔離されていると論じている.

. . . High German has not been so completely isolated as Icelandic. But then neither is its inflectional system as conservative. Yet in fact the area of High German has been generally isolated from other Germanic contact --- the sort of contact that would lend to neutralization, for the general motion of High German has always been away from the Germanic area and onto its periphery among non-Germanic peoples. (277)


 最後に,地図上の四辺形の内部に納まる中間的な屈折度を示す言語群についても O'Neil は地政学的な相関関係を認めているので,指摘しておこう.以下は,フェロー語 (Faroese) の屈折の中間的な特徴を説明づけている部分からの引用である.

. . . the Faroese fished and worked among the Icelanders and still do, at the same time being administered, educated, and exploited by continental Scandinavians. Thus for centuries was Faroese exposed to the simplified inflectional systems of continental Scandinavia while in constant contact with the conservative system of Icelandic. Unless this conflict was resolved Faroese could neither move toward Continental Scandinavian, say, nor remain essentially where it began like Icelandic: neither completely neutralize its inflections, nor simplify them trivially. The conflict was not resolved and as a consequence Faroese moved in a middle state inflectionally. (280)


 ・ O'Neil, Wayne. "The Evolution of the Germanic Inflectional Systems: A Study in the Causes of Language Change." Orbis 27 (1980): 248--86.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2011-10-17 Mon

#903. 借用の多い言語と少ない言語 [borrowing][loan_word][icelandic]

 昨日の記事「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]) で取り上げた "scale of adoptability" は,ある言語項目の借用されやすさは,それが言語体系に構造的に組み込まれている程度と反比例するという趣旨だった.ここで,次の疑問が生じてくる.言語体系の構造は言語によって異なるのだから,比較的借用の多い言語と少ない言語というものがあることになるのだろうか.
 例えば,英語や日本語はしばしば借用の多い言語と言われるが,それは借用が少ないとされる言語(アイスランド語,チェコ語など)との比較においてなされている言及にちがいない.中英語期から近代英語期にかけての語彙史は借用語の歴史と言い換えてもよいほどで,現代英語では勢いが減じているものの([2011-09-17-1]の記事「#873. 現代英語の新語における複合と派生のバランス」を参照),英語史全体を借用の歴史として描くことすら不可能ではないかもしれない.一方,[2010-07-01-1]の記事「#430. 言語変化を阻害する要因」で示したように,アイスランド語は「借用語使用を忌避する強い言語純粋主義」をもっているとされ,借用が著しく少ない言語の典型として取り上げられることが多い.このように見ると,諸言語間に "scale of receptivity" なる,借用の受けやすさの尺度を設けることは妥当のように思われる.Haugen (225) によれば,Otakar Vočadlo という研究者が,homogeneous, amalgamate, heterogeneous という3区分の scale of receptivity を設けており,この種の尺度の典型を示しているという.
 しかし,諸言語間の借用の多寡はあるにせよ,それが言語構造に依存するものかどうかは別問題である.Kiparsky は,言語構造依存の考え方を完全に否定しており,借用の多寡は話者の政治的・社会的な立場に依存するものだと明言している (Haugen 225) .この問題について,Haugen (225) はお得意の importation vs. substitution の区別を持ち出して,Kiparsky に近い立場から次のように結論している.

Most of the differences brought out by Vočadlo are not differences in actual borrowing, but in the relationship between importation and substitution, as here defined. Some languages import the whole morpheme, others substitute their own morphemes; but all borrow if there is any social reason for doing so, such as the existence of a group of bilinguals with linguistic prestige.


 この Haugen の見地では,例えば借用の多いと言われる英語と少ないと言われるアイスランド語の差は,実のところ,借用の多寡そのものの差ではなく,2つの借用の方法 (importation and substitution) の比率の差である可能性があるということになる.importation に対する substitution の特徴は,形態的・音韻的に借用らしく見えないことであるから,借用する際に substitution に依存する比率の高い言語は,その分,借用の少ない言語とみなされることになるだろう.両方法による借用を加え合わせたものをその言語の借用の量と考えるのであれば,一般に言われているほど諸言語間に著しい借用の多寡はないのかもしれない.借用の議論において比較的目立たない loan translation (翻訳借用) や semantic loan (意味借用)に代表される substitution の重要性を認識した次第である.

 ・ Haugen, Einar. "The Analysis of Linguistic Borrowing." Language 26 (1950): 210--31.
 ・ Vočadlo, Otakar. "Some Observations on Mixed Languages." Actes du IVe congrès internationale de linguistes. Copenhagen: 1937. 169--76.[sic]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2010-07-01 Thu

#430. 言語変化を阻害する要因 [language_change][sociolinguistics][icelandic][old_norse][speed_of_change]

 言語変化はほとんどの場合,人為的な制御がきかない.起こるときには自然に起こってしまうものである.綴字改革や常用漢字制定など,人々が意識的に言語を統制しようとする例もあるが,必ずしもうまくいかないことが多い.しかし,Keller のいうように,個々の人間の制御は効かないとしても社会全体が見えざる手となって言語変化をもたらしていることは確かである.そして,言語変化の起こりやすさや進行速度も,社会条件によって変化すると考えられる.
 英語は相当の変化を経てきた言語だと思うが,それはイギリスを中心とした英語社会が歴史的に変動の多い社会だったからだと言われる.イギリスは幾多の征服を被り,人口構成を組み替え,大陸文化を吸収し,自らも外に飛び出して世界帝国となった.多くの激しい社会変動を経た国であるから,その言語も大きく激しく様変わりするというのは理解しやすい.
 それとは反対に,一般に社会変動が少ないと言語変化も少ないと考えられる.ここでは言語変化を阻害しうる要因を考えてみたい.以下は,Brinton and Arnovick (16) に挙げられている要因である.

 ・ geographic isolation, which protects a language from foreign influence;
 ・ separation from the mother tongue, which leads to conservatism on the part of speakers who are reluctant to depart from tradition;
 ・ political and social stability, which eliminates the need for linguistic change to meet changing social conditions;
 ・ attitudes of ethnic and linguistic purism, which encourage the vigilance of speakers of a language against external influences and internal change; and
 ・ a strong written tradition.


 Brinton and Arnovick はその他に言語的統一を推奨する mass communication も言語変化を阻害する要因であるとしている.さらに,purism や written tradition とも深く関係するが,教育の普及,特に言語教育の普及も規範主義 ( prescriptivism ) を促進するため,言語変化を阻害する要因の一つと考えられるだろう.
 さて,これらの要因の多くを合わせもつ社会の典型に Iceland がある.Iceland で話されている Modern Icelandic は,Old Icelandic の時代から言語的に大きく変化していない ( see [2010-04-20-1] ) .特に書き言葉に関する限り,変化は僅少である.これは,Iceland が (1) 地理的に孤立しており,(2) Scandinavia の故地から遠く隔たっていることにより保守的であり,(3) 政治社会的に安定しており,(4) 借用語使用を忌避する強い言語純粋主義をもっており,(5) 11世紀からの長い書き言葉の伝統を有していることによると考えられる.
 一方で,英語が比較的短期間の間に著しく変化した古英語後期から初期中英語期のイギリス社会を考えてみよう.そこでは,(1)(2) 島国ながらも大陸との関係が深く,孤立していず ( see [2009-10-03-1] ) ,むしろ大陸のヴァイキング(ゲルマン語派の同胞)やノルマン人と激しく接触していた.また,(3) 征服による動乱の政治社会であり,(4) 民族混交によりそもそも純粋主義を掲げている場合ではなく,(5) ノルマン人のフランス語が書き言葉の標準となったために,英語の書き言葉の伝統はほぼ失われた.言語変化を阻害する要因が一切見あたらないのである.
 では,現代英語はどうだろうか.globalisation や社会の可動性という側面を考えれば,現代英語では言語変化が激しく生じるだろうという可能性を予想させる.一方で,マスメディアの隆盛や教育の普及という側面を考えると,言語変化が阻害されるだろうという可能性も予想できる.言語変化の促進剤と抑制剤が今後どのように働いていくか,じっくりと見守っていきたい.

 ・ Keller, Rudi. On Language Change: The Invisible Hand in Language. Trans. Brigitte Nerlich. London and New York: Routledge, 1994.
 ・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2010-04-20 Tue

#358. アイスランド語と英語の関係 [icelandic][old_norse]

 今月14日に噴火したアイスランド南部の Eyjafjallajoekull 火山がヨーロッパ中に灰を降らせ,大きな被害をもたらした.アイスランドは日本の国土面積の4分の1ほどの国だが,周辺に30以上の活火山をもつ,日本に負けず劣らずの火山国である.国際的に注目されることの少なかった最果ての島国だが,近年は,地球温暖化により北極海の新航路開発の可能性が開けてきたことで,その地勢上の重要性が注目されつつある.ヨーロッパにとっては苦々しいことだろうが,今回の噴火もアイスランドの知名度を上げることとなった.
 アイスランドでは,25万人ほどの国民(末尾の後記を参照)がアイスランド語 ( Icelandic ) を話している( Ethnologue の記述を参照).話者人口としてはさして大きくない言語だが,英語史においてアイスランド語がもつ意義は深い.アイスランド語と英語の関係について,授業で使う英語史5分ネタとして Icelandic and English と題するPDFスライドを作成したので,アップしておく.スライドの目次と,関連する本ブログ内の記事へのポインタは以下の通り.

 ・ アイスランド語と英語の関係
 ・ ヨーロッパ地図
 ・ ゲルマン語派
 ・ ゲルマン語派の系統樹 [2009-10-26-1]
 ・ 古アイスランド文学
 ・ 北欧語の英語に与えた影響 [2010-04-02-1]
 ・ すべて北欧語単語で構成された英文

(後記 2010/04/22(Thu):本文内の25万人というアイスランド(語話者)の人口は1980年代の古いものを使っていました.[ご指摘ありがとうございます.] CIA の The World Factbook によると,2009年7月時点の推計で30万7千人ほどとのことです.)

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow