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hellog〜英語史ブログ / 2018-04

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2018-04-30 Mon

#3290. アフリカの公用語事情 [africa][official_language][language_planning][map]

 昨日の記事「#3289. SwazilandeSwatini に国名変更」 ([2018-04-29-1]) で,日本人にとって馴染みの薄いと思われるアフリカの1国を取り上げたが,話題をアフリカ全体に広げてみても,やはり馴染みが薄いというところではないか.本ブログでも,「#2472. アフリカの英語圏」 ([2016-02-02-1]) などを書いてきたが,アフリカの扱いは全体的に弱かったと思い,今回はアフリカの公用語事情について紹介することにした.
 Ethnologue による2000年時点での調査によれば,アフリカには2058言語が使用されているという.これは,世界中の言語総数6,809の約30%割に相当する数である(ちなみにアジアが32%で1位であり,3位以下は太平洋地域の19%,南北アメリカの15%,ヨーロッパの3%と続く).アフリカ諸国はヨーロッパの植民地支配を被ってきた歴史をもち,その結果としてとりわけフランス語や英語が広く通じるという印象をもって見られるが,その公用語事情は非常に複雑である.公用語が単一が複数か.複数の場合,土着の言語はいかなる立場にあるか.言語政策の内実も国によって様々である.そもそも公用語の定義が国によって揺れている場合もある.以下は,1998年のデータに基づいた2002年の三好 (218--19) による各国・地域の公用語の一覧である.情報が古い可能性もあるので(例えば2011年に独立した南スーダンが入っていないなど),当面は概略として理解されたい.  *

 [ アラビア語公用語国・地域 ]

  ・ アルジェリア (Algeria)
  ・ エジプト (Egypt)
  ・ リビア (Libya)
  ・ モーリタニア (Mauritania)
  ・ モロッコ (Morocco)
  ・ スーダン (Sudan)
  ・ チュニジア (Tunisia)

 [ ポルトガル語公用語国・地域 ]

  ・ アンゴラ (Angola)
  ・ カボベルデ (Capo Verde)
  ・ ギニア・ビサウ (Guinea-Bissau)
  ・ モザンビーク (Mozambique)
  ・ サントーメ・プリンシペ (São Tom Príncipe)

 [ スペイン語公用語国・地域 ]

  ・ カナリヤ諸島 (Canary Islands)
  ・ 赤道ギニア (Equatorial Guinea)

 [ フランス語公用語国・地域 ]

  ・ ベニン (Benin)
  ・ ブルキナファソ (Burkina Faso)
  ・ コンゴ共和国 (Republic of Congo)
  ・ ガボン (Gabon)
  ・ ギニア (Guinea)
  ・ コートジボワール (Côte d'Ivoire)
  ・ マリ (Mali)
  ・ マヨット (Mayotte)
  ・ ニジェール (Niger)
  ・ レユニオン (Reunion)
  ・ トーゴ (Togo)
  ・ コンゴ民主共和国 (Democratic Republic of Congo)
  ・ セネガル (Senegal)

 [ 英語公用語国・地域 ]

  ・ ガンビア (Gambia)
  ・ ガーナ (Ghana)
  ・ リベリア (Liberia)
  ・ モーリシャス (Mauritius)
  ・ ナミビア (Namibia)
  ・ ナイジェリア (Nigeria)
  ・ シェラレオネ (Sierra Leone)
  ・ ウガンダ (Uganda)
  ・ ザンビア (Zambia)
  ・ ジンバブエ (Zimbabwe)

 [ アフリカ土着語公用語国・地域 ]

  ・ セイシェル (Seychelles):セイシェル・クレオール・フレンチ (Seychelles Creole French)

 [ 複数公用語公用語国・地域(アラビア語+土着語) ]

  ・ ソマリア (Somalia):アラビア語+ソマリ語 (Somali)
  ・ エリトリア (Eritrea):アラビア語+英語+ティグリニア語 (Tigrinya)

 [ 複数公用語国・地域(フランス語+土着語) ]

  ・ ブルンジ (Burundi):フランス語+ルンジ語 (Rundi)
  ・ 中央アフリカ (Central African Republic):フランス語+サンゴ語 (Sango)
  ・ マダガスカル (Madagascar):フランス語+マラガシー語 (Malagasy)
  ・ ルワンダ (Rwanda):フランス語+英語+ルワンダ語 (Rwanda)

 [ 複数公用語国・地域(英語+土着語) ]

  ・ ボツワナ (Botswana):英語+ツワナ語 (Tswana)
  ・ エチオピア (Ethiopia):英語+アムハラ語 (Amharic)+14の土着語
  ・ ケニア (Kenya):英語+スワヒリ語 (Swahili)
  ・ レソト (Lesotho):英語+レソト語 (Sotho)
  ・ マラウィ (Malawi):英語+チェワ語 (Chewa)
  ・ 南アフリカ共和国 (South Africa):英語+アフリカーンス語 (Afrikaans)+9つの土着語
  ・ スワジランド (Swaziland):英語+スワティ語 (Swati)
  ・ タンザニア (Tanzania):英語+スワヒリ語

 [ 公用語として土着語を含まない複数公用語国・地域 ]

  ・ カメルーン (Cameroon):英語+フランス語
  ・ チャド (Chad):フランス語+アラビア語
  ・ コモロ (Comoros):フランス語+アラビア語
  ・ ジブチ (Djibouti):アラビア語+フランス語

 ・ 三好 重仁 「第9章 2000の言語が話される大陸アフリカにおける言語政策概観」 河原俊昭(編著)『世界の言語政策 他言語社会と日本』 くろしお出版,2002年.217--24頁.

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2018-04-29 Sun

#3289. SwazilandeSwatini に国名変更 [map][official_language][history][esl]

 アフリカ南部,南アフリカ共和国とモザンビークに囲まれた内陸国の Swaziland (スワジランド)が,国王 (King Mswati III) の発議により,国名を eSwatini (エスワティニ)に変えることになったという(BBCの記事を参照).
 この国は「アフリカのスイス」とも称される高原国で,人口約130万人を擁する.人口の約90%がバントゥー系のスワジ族で,スワジ語(スワティ語; Swazi, Swati)を話す.公用語はスワジ語とともに英語が採用されている.19世紀より,イギリス領ケープ植民地やボーア人からの圧力を受け,それぞれの保護下・統治下に入ったが,ボーア戦争後の1902年に正式にイギリス高等弁務官領となった.そこでは伝統的な政治体制が据え置かれ,国王も存続した.1960年代のアフリカ諸国の独立に刺激を受け,1968年にスワジランド王国として独立し,ソブフザ2世を頂く立憲君主国となった.1986年,後継者争いを経て,ムスワティ3世が即位し,絶対君主制を敷きつつ現在に至る.英連邦に加盟している(「#1676. The Commonwealth of Nations」 ([2013-11-28-1])).歴史的には南アへの依存度が高かったが,独立期以来,経済が発展し,依存度は低くなってきたという.HIV感染率が世界一高いなど深刻な問題を抱えている国でもある.

Map of Swaziland

 英語との関係でいえば,英語が公用語の1つとして採用されているので,ESL国である.「#2472. アフリカの英語圏」 ([2016-02-02-1]) で示したように,英語を用いる人口は5万人ほどいると推計されている.その英語変種は,「#1919. 英語の拡散に関わる4つの crossings」 ([2014-07-29-1]) で触れた通り,「ESL と EFL の中間的な」変種とされる.言語事情については,Ethnologue より Swaziland を参照.
 また,この国家については,BBC より Swaziland country profileSwaziland chronological profile などを参照.
 関連の深い隣国,南アフリカ共和国の英語事情については,「#343. 南アフリカ共和国の英語使用」 ([2010-04-05-1]),「#407. 南アフリカ共和国と Afrikaans」 ([2010-06-08-1]),「#1703. 南アフリカの植民史と国旗」 ([2013-12-25-1]) をどうぞ.

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2018-04-28 Sat

#3288. restaurant の発音の英語化 [french][loan_word][pronunciation][spelling_pronunciation][spelling_pronunciation][spelling_pronunciation_gap]

 学生から restaurant の <au> 部分が発音されず,2音節となるのはなぜかという質問を受けた.しかし,以下に示すように,この単語には多種多様な発音があり,<au> の部分が曖昧母音 /ə/ として実現される3音節の発音も普通にある.つまり,/ˈrɛstrɒnt/ も /ˈrɛstərɒnt/ もある.
 この中間音節の母音は,オリジナルのフランス語では /ɔ/ と明瞭な母音で発音されるが,英語では19世紀初めにこの語が借用された当初から,弱化された /ə/ で発音されていたと思われる.語頭音節と語末音節にそれぞれ第1,第2強勢が置かれるのならば,中間音節は弱音節となり,その母音は弱母音となるはずだからだ.さらに当該音節の弱化が進めば,消失ということになる.
 しかし,この語の発音の揺れが激しいのは,実はこの中間音節というよりも,語末音節においてなのである.LPD の発音表記を見てみよう.

Pronunciation of

 母音の質・量の変異もさることながら,鼻音化しているか否か,有声軟口蓋鼻音 /ŋ/ が付随するか否か,/t/ が実現されているか否か等をめぐって,相当な変異が認められる.表記中のコメントにあるように,イギリス英語の1973年生まれ以降では /-rɒnt/ が大多数となってきているようであり,近年のトレンドと解釈することができる.
 歴史的にみれば,この語が借用された当初はオリジナルのフランス語発音を真似て /t/ なしの鼻母音で発音されていたが,時とともに英語化した発音へと推移してきたといえる.まず非英語的な鼻母音が,英語的な有声軟口蓋鼻音 /ŋ/ に置き換えられ,次に綴字発音 (spelling_pronunciation) として /t/ をもつ発音も現われてきたのだろう.しかし,前の発音が後の発音に置き換えられたというのは正確ではなく,前の発音も勢力を弱めながら存続し,後の発音が次々とその上に積み重なってきたと理解すべきである.結果として,累積してきた種々の発音が,現在,並立しているというわけだ.
 まとめれば,中間音節にせよ語末音節にせよ,いずれもフランス語の原音から次々と英語化する形で変異を増やしてきたということができる.この歴史的な変遷については OED が詳しいので,以下に引用しておこう.

Pronunciation of

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2018-04-27 Fri

#3287. タガログ語語彙の三層構造 [tagalog][lexicology][lexical_stratification]

 英語語彙および日本語語彙の三層構造について,「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]) や「#335. 日本語語彙の三層構造」 ([2010-03-28-1]) を始めとして,「#2977. 連載第6回「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」」 ([2017-06-21-1]) に張ったリンク先の多くの記事で取り上げてきた.
 フィリピンで最も広く話されるタガログ語(Tagalog; 公式名称 Pilipino)にも,英語や日本語のものと緩く比較される三層構造があると知った.背景には,「#1589. フィリピンの英語事情」 ([2013-09-02-1]),「#1593. フィリピンの英語事情 (2)」 ([2013-09-06-1]) で紹介した,近代期のスペインやアメリカによる支配の歴史がある.語彙の下層,中層,上層を構成するのは,それぞれタガログ語(本来語),スペイン語,英語の単語群である.河原 (70) を引用しよう.

 ここで,タガログ語の三重構造に触れるべきだろう.それはタガログ語の語彙には三重構造(元来のタガログ語の語彙,スペイン語系の語彙,英語系の語彙)が見られることである.ある事柄を示すのに,三種類の表現法が並列している場合がある.たとえば,お金の単位で50ペソを示すときには,limampung piso (タガログ語),singkwenta pesos (スペイン語),fifty pesos (英語)のすべての表現が可能であり,市場では,どの表現も十分に理解される.どれを選択するかは相手や状況によって定まっていく.
 ここで,日本語の体系を考えてみよう.日本語の語彙は,和語―漢語―外来語から成り立っている.かなり強引なアナロジーであるが,フィリピンでは,元来のタガログ語―スペイン語―英語の語彙は,和語のような機能を果たしている.つまり kumain (食べる) uminom (飲む)のような基本語である.スペイン語の語彙は,スペイン時代に取り入れられた宗教,社会組織,法律,統治システムに関する語が多く,日本語の中での漢語のような働きをしている.abogado (弁護士),munisipyo (市)などの語彙である.英語は現代的な制度・概念を示し,政府,科学技術,ビジネス,産業,娯楽に関連する語彙が多く,日本語における外来語に相当する.例えば,miting (ミーティング),weyter (ウェイター),kabinet (内閣)などである.
 ただ,元来のタガログ語,スペイン語,英語とも同じアルファベットを用いているので,日本語と比べれば,相互の距離感は少ない.日本語では,ひらがな(和語),漢字(漢語),カタカナ(外来語)と,別々の表記法があり,互いの違いが際立っていて,書き言葉の場合は否応なしに,互いの違いを意識してしまう.


 引用の最後の段落で述べられていることは,英語語彙における三層構造についても言える.英語でも文字種は常にローマン・アルファベットのみであるから,見た目での語種の区別は日本語の場合に比べて著しくない.
 英語,日本語,タガログ語の語彙の間に比較される三層構造が確認されるとはいっても,その規模,分布,あり方はそれぞれ独自のものだろう.世界中の言語を調査すれば,このような語彙の階層構造はある程度見られるものかもしれないが,当たり前のように多く存在するとは思えない.比較的特異な類似点であると理解しておいて妥当だろう.

 ・ 河原 俊昭 「第3章 フィリピンの国語政策の歴史 ―タガログ語からフィリピノ語へ―」 河原俊昭(編著)『世界の言語政策 他言語社会と日本』 くろしお出版,2002年.65--97頁.

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2018-04-26 Thu

#3286. 津田幸男による英語支配を脱する試案,3点 [linguistic_imperialism]

 英語支配に抗う論客の1人,津田幸男は『英語支配とことばの平等』のなかで,国際的な取り組みとして,(1) 英語税,(2) 英語教育の無償化,(3) 外国語使用の義務化の3案を提起している (192--204) .以下に要約しよう.

 (1) 「英語税」導入で英語支配を抑制する
  「トービン税」という国際金融取引税に発想を得て,国際コミュニケーションなどで用いられるすべての英語について課税するという提案である.特に英語国から非英語国への英語使用に対して,文書であれ,電子メールであれ,話し言葉であれ「英語税」が課される.英語税により得られた資金は,少数言語の反故や復興その他,国際コミュニケーション上の平等を達成するために用いられる.英語使用へのためらいが生ずる機会が増え,英語帝国主義の独走に歯止めをかけられると期待される.

 (2) 英語教育は無償にすべきである
  現在,英語学習の費用は学習者持ちである.このことは当然のように思われているが,そんなことはない.英語学習の増加により最も利益を被るのは,英語国と英語話者である.コミュニケーション強者である彼らは過剰な利益を得ているのだから,コミュニケーション弱者である英語学習者にその利益を還元するのが筋である.むしろ,「英語支配による過剰な利益に対する罪滅ぼしの意味も含めて,英語国,英語話者は英語を教えることを通して一切経済的な利益を得ないことを国際的協定にすべきである」(津田,p. 201).要するに,英語母語話者はボランティアで英語を教え,英語学習者は英語教育を無償で受けられるべきである.

 (3) 外国語使用の義務化
  国際コミュニケーションにおいて,誰もが外国語を使用することを義務づけるという提案である.すべての人が,自分の母語でない言語を使うことによって,ハンディキャップを平等化するという発想である.それによりコミュニケーションがあまりに複雑化する場合には,通訳で対応すればよい.国際コミュニケーションでは,誰もが外国語を使うという常識が行き渡れば,世界の言語的不平等は軽減されるだろう.

 これらの提案は実現可能性という観点からは課題が多すぎるというのが大方の反応だろうが,この提案から読み取りたいことは,津田の根幹にある,英語帝国主義がもたらしている世界の言語的不平等への筋金入りの反発心である.英語帝国主義批判については,以下の記事も参照.

 ・ 「#3010. 「言語の植民地化に日本ほど無自覚な国はない」」 ([2017-07-24-1])
 ・ 「#2458. 施光恒(著)『英語化は愚民化』と土着語化のすゝめ」 ([2016-01-19-1])
 ・ 「#2306. 永井忠孝(著)『英語の害毒』と英語帝国主義批判」 ([2015-08-20-1])
 ・ 「#1194. 中村敬の英語観と英語史」 ([2012-08-03-1])

 ・ 津田 幸男 『英語支配とことばの平等』 慶應義塾大学出版会,2006年.

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2018-04-25 Wed

#3285. chivalry の語頭子音 [pronunciation][french][loan_word][consonant][digraph]

 「騎士道」を意味する chivalry は /ˈʃɪvəlri/ のように語頭に無声歯茎硬口蓋摩擦音 /ʃ/ をもって発音される.しかし,これは一見すると理解しがたい発音である.というのは,この単語はフランス語からの借用語であり,1300年頃の Kyng Alysaunder に "He schipeth into Libie, With al his faire chivalrie." (l. 1495) のように現われることから考えて,当時のフランス語の原音に忠実な破擦音 /ʧ/ をもって発音されていたはずだからだ.
 確かに現代英語の <ch> は最も典型的には破擦音 /ʧ/ に対応するといいつつも,摩擦音 /ʃ/ への対応も決して珍しくない.しかし,「#2201. 誕生おめでとう! Princess Charlotte」 ([2015-05-07-1]) の記事で触れたように,フランス借用語に関する限り,<ch> がいずれの子音を表わすかは,およそ借用の時期によって決まる.先の記事で,次のように述べた通りである.

現代英語におけるフランス借用語で <ch> と綴られるものが,破擦音 [ʧ] を示すか摩擦音 [ʃ] を示すかという基準は,しばしば借用時期を見極めるのに用いられる.例えば chance, charge, chief, check, chair, charm, chase, cheer, chant はいずれも中英語期に借用されたものであり,champagne, chef, chic, chute, chaise, chicanery, charade, chasseur, chassis はいずれも近代英語期に入ったものである.


 つまり,問題は何かといえば,現代英語の chivalry は中英語期に借用された語であるから,当時から現在まで破擦音 /ʧ/ を持ち続けたはずであると予想されるにもかからず,むしろ近代英語期の借用語であるかのような摩擦音 /ʃ/ を示すのが妙だということだ.OED でも,現代で /ʧɪvəlri/ の発音もあり得ると示唆しながらも,"As a Middle English word the proper historical pronunciation is with /ʧ-/; but the more frequent pronunciation at present is with /ʃ-/, as if the word had been received from modern French." と述べられている.
 『英語語源辞典』によると次のような事情があったようだ.

この語派1600年以前に一度すたれたが,やがて18C後半のロマンス作家たちがよみがえらせた.〔中略〕ME では OF 同様 /ʧ-/ と発音されたが,今では ModF の影響による /ʃ-/ がふつう(ちなみに OF では ch- は13Cの間に /ʧ/ から /ʃ/ に変化している).


 ここで「一度すたれた」とあるが,OED の用例を見渡す限り,完全に途絶えたというわけではなさそうだ.だが,中世の騎士道への懐古的な関心をもちながら近代の語として蘇らせた,あるいは再借用されたという筋書きを想定すれば,現在ふつうである破擦音の謎が解ける.そうだとすれば,chivalry という語は,/ʃ/ を示すがゆえに,近現代的な中世観を体現する語として,現代人にとってロマンチックなほどに中世的な語と言えるのかもしれない.
 2重字 <ch> については,「#3251. <chi> は「チ」か「シ」か「キ」か「ヒ」か?」 ([2018-03-22-1]), 「#1893. ヘボン式ローマ字の <sh>, <ch>, <j> はどのくらい英語風か」 ([2014-07-03-1]) の記事も参照.関連して「#2049. <sh> とその異綴字の歴史」 ([2014-12-06-1]) もどうぞ.

Referrer (Inside): [2018-05-07-1]

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2018-04-24 Tue

#3284. be 動詞の特殊性 [be][inflection][inflection][clitic][verb][auxiliary_verb]

 be 動詞が特殊な動詞であることは,改めて言うまでもないように思われる.他の動詞にないような複雑な屈折を示す,共時的には実にへんてこな動詞だ.実際に,「#3279. 年度初めの「素朴な疑問」を3点」 ([2018-04-19-1]) の3点目にも挙げたように,be 動詞は多くの英語学習者に激しい「なぜ?」を引き起こす.
 be 動詞に執拗にこだわった Crystal の著書 The Story of Be の序章 (p. xi--xii) では,be 動詞の特殊性が列挙されている.

 (1) be 動詞は,英語の他のあらゆる動詞よりも多様な変化形をもつ.walk ならば walk, walks, walked, walked と4種類の異なる形を示し,go ならば go, goes, going, gone, went の5種類の異なる形を示すが,be では be, am, is, are, was, were, being, been の8種類が区別される.さらに歴史的にいえば,be 語形の多様性は目のくらむほどである.
 (2) すべての他の動詞では,現在形において有標の形態をもつのは3人称単数の -s のみだが,be 動詞では上記のように1,2,3人称のそれぞれにおいて異なる形態を示す.
 (3) be では,強勢のある発音 (be, been) と強勢のない発音 (bi, bin, bn) が区別される.
 (4) (接語的)代名詞と接続して,twas (< it was), wast (< was it) のように融合する.また,you're, I'm, aren't, weren't などの縮約形を示す.同様の縮約を示すのは,ほかに havedo のみである (ex. hasn't, don't) .
 (5) be 動詞は3つの非常に異なる文法機能をもつ.1つ目に「存在する」を意味する一般動詞として,2つ目に進行形や受動態を作る助動詞として,3つ目に連結詞 (copula) としてである.他の動詞でここまで多彩な機能を有するものはない.

 Crystal の締めくくりは,次の如く.

It is thus hardly surprising to find that, over the past 1,500 years, be has developed a wide range of meanings and uses, and a wider range of variant forms than any other English verb. It is the second most frequent word in English, after the. If any verb deserves its own story, it is this one.


 ・ Crystal, David. The Story of Be. Oxford: OUP, 2017.

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2018-04-23 Mon

#3283. 『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]が出版されました [notice][hel_education][historical_linguistics]

 この3月に,私も寄稿させていただいた 服部 義弘・児馬 修(編) 『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.が出版されました.朝倉書店の紹介ページをどうぞ.
 この本は,日英対照言語学をテーマとしたシリーズ中の一冊として,歴史言語学・言語史を専門とする8名の執筆者によって書かれたものです.日英語を比較対照し,かつ歴史言語学の視点を取った解説書というのは,これまでに意外となかったジャンルです.大学などで英語史を講義していても,関連する日本語の話題に引きつけながら論じられるかどうかで学生の反応が変わるのを日々経験しているので,日英比較対照の視点をもった歴史言語学は必要だと思っていました.

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服部 義弘・児馬 修(編) 『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.200頁.ISBN: 9784254516333.定価3400円(税別).



 本書の目次は,以下の通りとなっています.



第1章 日本語史概観 [清水 史]

 1.1 日本語という言語
 1.2 日本語史の資料
 1.3 日本語史の時期区分
 1.4 文字史・表記史概観

第2章 英語史概観 [児馬 修]

 2.1 言語(英語)の歴史とは
 2.2 英語の系統(449年以前の歴史概観)
 2.3 英語史の時代区分とその根拠
 2.4 古英語の資料(7世紀から11世紀の初めまで):その特徴と留意点
 2.5 中英語の資料(11世紀から15世紀まで):その特徴と留意点
 2.6 英語と社会(標準語と呼べるものが出現する前の不安定期)
 2.7 16世紀〜17世紀概観
 2.8 18世紀〜21世紀概観(近代後期〜現代)

第3章 音変化 [服部義弘]

 3.1 音変化総説
 3.2 英語における音変化
 3.3 日本語の音韻体系と音変化
 3.4 音変化の日英対照

第4章 韻律論の歴史 [岡崎正男]

 4.1 英詩の形式の変遷
 4.2 古英語頭韻詩と中英語頭韻詩の形式
 4.3 中英語期のさまざまな脚韻詩の形式
 4.4 近代英語期以降の脚韻詩
 4.5 無韻詩と自由詩における句またがり
 4.6 英詩の押韻に関する問題
 4.7 日本語定型詩の詩形の変遷概観
 4.8 『万葉集』の詩形
 4.9 『万葉集』以後の詩形
 4.10 音数律の本質と詩形の内なる変化  
 4.11 その他の論点

第5章 書記体系の変遷 [堀田隆一]

 5.1 書記言語と音声言語
 5.2 書記体系の歴史
 5.3 書記体系の変化

第6章 形態変化・語彙の変遷 [輿石哲哉]

 6.1 本章の構成
 6.2 形態・語彙に関する基本的な概念
 6.3 形態論・語彙の変化
 6.4 英語の形態変化・語彙の変遷
 6.5 日本語の形態変化・語彙の変遷
 6.6 英語と日本語の比較

第7章 統語変化 [柳田優子]

 7.1 語順の変化
 7.2 英語における語順の変化
 7.3 日本語における語順の変化

第8章 意味変化・語用論の変化 [堀田隆一]

 8.1 意味と意味変化
 8.2 意味変化の類型
 8.3 意味変化の要因
 8.4 意味変化の仕組み
 8.5 語用論の変化

第9章 言語変化のメカニズム [保坂道雄]

 9.1 言語変化の要因と理論的説明
 9.2 文法化現象
 9.3 言語変化と言語進化



 私は「第5章 書記体系の変遷」 (pp. 89--105) と「第8章 意味変化・語用論の変化」 (pp. 151--69) を執筆しました.特に5章の日英語の書記体系に関する歴史対照言語学的視点は珍しいと思いますので,関心のある方はぜひご一読ください.

 ・ 服部 義弘・児馬 修(編) 『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.

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2018-04-22 Sun

#3282. The Parsed Corpus of Middle English Poetry (PCMEP) [corpus][me][hc][ppcme][laeme][link]

 中英語の韻文を集めた統語タグ付きコーパスをみつけた.The Parsed Corpus of Middle English Poetry より編纂者 Richard Zimmermann 氏の許可を得て利用できる.
 現段階で,同コーパスは41のテキスト,160432語からなっている(テキスト・リストはこちら).カバーする時代範囲は c. 1150--1420年,すなわちHelsinki Corpus の区分でいえば M1, M2, M3 に相当する時代である.統語タグは Penn Parsed Corpora of Historical English と同じ方法で付されており,Corpus Search 2 などのツールを用いて解析できる.
 Related Corpora のページの情報も有用で,そこにある中英語に関する各種コーパスやデータベースへのリンクを,以下にも張りつけておきたい.

 ・ The Penn-Parsed Corpus of Middle English
 ・ The Corpus of Middle English Prose and Verse
 ・ The Innsbruck Corpus of Middle English Prose
 ・ A Parsed Linguistic Atlas of Early Middle English (P-LAEME)
 ・ Database of Middle English Romance

 アンテナ張りを怠っているうちに,いろいろなプロジェクトや成果物が現われていたのだなという感慨.

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2018-04-21 Sat

#3281. Hopper and Traugott による文法化の定義と本質 [grammaticalisation][terminology][language_change]

 Hopper and Traugott による文法化 (grammaticalisation) の定義および捉え方を紹介しておきたい.文法化というとき,それは言語変化のあるパターンを指すこともあれば,そのような言語変化を研究する枠組みのことを指すこともある.まずは,Hopper and Traugott (231) より,その辺りの定義から.

. . . we have considered grammaticalization as (i) a research framework for studying the relationships between lexical, constructional, and grammatical material in language, whether diachronically or synchronically, whether in particular languages or cross-linguistically, and (ii) a term referring to the change whereby lexical items and constructions come in certain linguistic contexts to serve grammatical functions and, once grammaticalized, continue to develop new grammatical functions.


 (ii) の意味での文法化について,Hopper and Traugott (231) は,その本質は話し手と聞き手の間における意味の交渉であるとみている.文法化は,このようにコミュニケーションの基本的なポイントに立脚しているがゆえに,語用論的な観点や認知言語学的な観点も含み込むことになり,射程が広いフレームワークということになるのだろう.

We have argued that grammaticalization can be thought of as the result of the continual negotiation of meaning that speakers and hearers engage in in the context of discourse production and perception. The potential for grammaticalization lies in speakers attempting to be maximally informative, and in hearers attempting to be maximally cooperative, depending on the needs of the particular situation. Negotiating meaning may involve innovation, specifically, pragmatic, semantic, and ultimately grammatical enrichment. This means that grammaticalization is conceptualized as a type of change not limited to early child language acquisition or to perception (as is assumed in some models of language change), but due also to adult acquisition and to production.


 この射程の広さが,文法化研究の魅力の1つといってよい.

 ・ Hopper, Paul J. and Elizabeth Closs Traugott. Grammaticalization. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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2018-04-20 Fri

#3280. アメリカにおける民族・言語的不寛容さの歴史的背景 [sociolinguistics][aave][ame_bre][ame][linguistic_ideology]

 英語を主たる言語としてもつ英米両国では,言語における標準 (standard) のあり方,捉え方が異なる.イギリスでは標準的な発音である RP が存在するが,アメリカでは RP に相当する威信をもった唯一の発音は存在しない.また,標準と非標準を区別する軸は,イギリスでは階級 (class) といえるが,アメリカでは民族 (ethnic group) にあるというべきだろう.この違いは両国の歴史と社会を反映している.以下,18世紀以降のアメリカの状況を Milroy and Milroy (157--58) に従って略述しよう.
 アメリカが民族という観点から,例えば AAVE のような英語変種に対する寛容さを欠いているのには歴史的な背景がある.18世紀までは,アメリカにも言語的寛容さが相当に存在した.国家としても話者個人としても多言語使用は日常の事実だったのだ.まず第1に,18世紀のアメリカには,植民地支配の伝統を有する支配的な言語として,英語のほかにスペイン語やフランス語も存在していた.南西部やフロリダでは,むしろ英語よりもスペイン語を使用する伝統のほうが長かったし,フランス語の伝統を受け継ぐ地域もあった.第2に,初期の植民者たちはアメリカ先住民の諸言語に触れてきた経緯があり,ほかにドイツ人植民者のコミュニティなどもあった.アメリカにおける全体的な英語の優勢は疑い得なかったとしても,多言語使用は社会的に忌避される対象などではなかった.
 ところが,19世紀が進むにつれ多言語使用に対する寛容さが失われ,英語偏重思想が表出してきた.これには,世紀半ばのゴールド・ラッシュが1つの契機となっている.中国人移民が金を求めて西部に大量に入ったことにより,強烈な排外思想が生まれた.1848年のアメリカによる南西部メキシコ領の併合も,スペイン語話者に対する英語話者の優勢思想を惹起し,民族・言語的不寛容を増長させるのに一役買った.そして,1878年にはカリフォルニアが初の「英語オンリー」の州となった.このような不寛容な社会風潮のなかで,先住民の諸言語も軽視されるようになった.最後に,奴隷貿易や南北戦争の歴史も,当然ながらこの民族・言語的不寛容の重要な背景をなしている.その後,この風潮は,20世紀,そして21世紀にも受け継がれている.
 Milroy and Milroy (160) のまとめに耳を傾けよう.

In the US, bitter divisions created by slavery and the Civil War shaped a language ideology focused on racial discrimination rather than on the class distinctions characteristic of an older monarchical society like Britain which continue to shape language attitudes. Also salient in the US was perceived pressure from large numbers of non-English speakers, from both long-established communities (such as Spanish speakers in the South-West) and successive waves of immigrants. This gave rise in the nineteenth and twentieth centuries to policies and attitudes which promoted Anglo-conformity. To this day these are embodied in a version of the standard language ideology which has the effect of discriminating against speakers of languages other than English --- again an ideology quite different from that characteristic of Britain.


 ・ Milroy, Lesley and James Milroy. Authority in Language: Investigating Language Prescription and Standardisation. 4th ed. London and New York: Routledge, 2012.

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2018-04-19 Thu

#3279. 年度初めの「素朴な疑問」を3点 [sobokunagimon][alphabet][numeral][be]

 本年度も大学で英語史概説の講義が始まった.いつも初回には英語の「素朴な疑問」を学生より収集しているが,しばしば多くの学生から重複した疑問が寄せられる.およそ本ブログのどこかで回答したり解説を加えたりしているので,今回とりわけ目に付いた3つの「素朴な疑問」について,簡単なコメントを付し,関連するブログ記事へのリンクを張っておきたい.

[ 素朴な疑問1 ] 英語のアルファベットはなぜ A, B, C . . . Z という並び順になっているのか?

 一言でいえば,英語がラテン語からアルファベットを借りたときに,およそその並び順だったから.そして,そのラテン語はギリシア語からアルファベットを借りたときに,およそその並び順だったから.さらに,そのギリシア語は・・・と続けていくと,最終的には紀元前1700年頃に北セム諸語を表記した原初のアルファベットがおよそその並び順だったから,ということになる.では,その原初のアルファベットにおける並び順の論理はといえば,なかなか一意に定めがたい.以下の記事を参照.

   ・ 「#2105. 英語アルファベットの配列」 ([2015-01-31-1])
   ・ 「#423. アルファベットの歴史」 ([2010-06-24-1])
   ・ 「#1849. アルファベットの系統図」 ([2014-05-20-1])
   ・ 「#1832. ギリシア・アルファベットの文字の名称 (1)」 ([2014-05-03-1])
   ・ 「#1833. ギリシア・アルファベットの文字の名称 (2)」 ([2014-05-04-1]

[ 素朴な疑問2 ] なぜ eleven, twelve は,*oneteen, *twoteen などではないのか?

 これも難しい問題だが,英語の属するゲルマン語派において12進法の伝統があったことが関与する.12進法の体系と,後にキリスト教とともにもたらされたと考えられる10進法の体系が衝突し,混合型の数詞体系ができあがったとのだろう.これに関していずれも間接的な視点からではあるが,以下の記事を参照.

   ・ 「#2286. 古英語の hundseofontig (seventy), hundeahtatig (eighty), etc.」 ([2015-07-31-1])
   ・ 「#2304. 古英語の hundseofontig (seventy), hundeahtatig (eighty), etc. (2)」 ([2015-08-18-1])
   ・ 「#2473. フランス語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-03-1])
   ・ 「#2477. 英語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-07-1])
   ・ 「#2491. フランス語にみられる20進法の起源説」 ([2016-02-21-1])
   ・ 「#2474. 数字における「底の原理」」 ([2016-02-04-1])

[ 素朴な疑問3 ] なぜ be 動詞は is, am, are ほか様々な形があり使い分けなければならないのか?

 古英語では be 動詞に限らず,一般の動詞が主語の文法的・意味的な特性に応じて異なる形に活用しなければならなかったが,後の歴史においてそのような活用が大幅に失われ,現在に至る.しかし,超高頻度語である be 動詞に限っては,古い活用がかなりよく保たれている.したがって,この素朴な疑問を英語史的な観点からパラフレーズすると,「なぜ be 動詞以外では様々な形が消失してしまったのか?」となる.以下を参照.

   ・ 「#2600. 古英語の be 動詞の屈折」 ([2016-06-09-1])
   ・ 「#2601. なぜ If I WERE a bird なのか?」 ([2016-06-10-1])
   ・ あわせて,拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』の「4.2節 なぜ If I were a bird となるのか?」も参照

Referrer (Inside): [2018-04-24-1]

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2018-04-18 Wed

#3278. 社会史あるいは「進出・侵略」の観点からの英語史時代区分 [periodisation][linguistic_imperialism]

 昨日の記事「#3277. 「英語問題」のキーワード」 ([2018-04-17-1]) に引き続き,英語帝国主義批判の立場から英語史を論じる中村に拠り,英語の「進出・侵略」という観点から,英語史を時代区分する案について考えてみたい.中村 (30) によれば,1350年を開始点とする英語史は5期に区分される.

 期間それぞれの時期の特徴
第1期1350〜1600[英語が]イングランドの「公用語」(「国家語」)となる時期
第2期1600〜1800海外に大々的に進出する時期
第3期1800〜1900帝国主義的性格を発揮し始める時期
第4期1900〜1945フランス語に代って「世界語」「(世界の)共通語」の地位を確立する時期
第5期1945〜「共通語」的性格と新・植民地主義的性格を推し進める時期


 各期の区切りの年代について,中村 (30--31) にしたがって付言しておこう.第1期の始まりは,イングランドがノルマンの支配から脱していく14世紀半ばに設定されている.その後,イングランドが独立国家となるテューダー朝の開始(1603年)をもって第2期へ移るという発想だ.また,イングランド人が母語である英語に自信を持ち始めるのも16世紀末である(cf. 「#2580. 初期近代英語の国語意識の段階」 ([2016-05-20-1])).
 第2期は三角貿易に代表される海外貿易が盛んとなり,イングランドが豊かになっていく時期である.植民地主義から帝国主義へ移行する時代で,とりわけ象徴的なのは7年戦争 (1756--63) だろう.歴史家トインビーは,この戦争を世界語としての英語の歩みの開始点とみている.
 第3期は,産業革命が進んできた1800年を便宜的な開始点としているようだが,工業化で蓄積した富を武器に,イギリスが帝国主義的な性格を発揮した100年間をカバーしている.標準英語が国民・国家の言語として教育されるようになり,非標準英語は軽視されるに至った.
 第4期は,帝国間の争いが激化し,その争いのなかから英語が大きく抜け出していく20世紀前半をカバーしている.覇権国家はイギリスからアメリカへと移行し,英語はフランス語を押しのけて世界語の地位を得る.それ以前にはフランス語のみで書かれていた国際条約が,ベルサイユ会議 (1919) ではフランス語のほか英語も使われるようになり,さらにワシントン会議 (1921) で締結された条約は,史上初めて英語のみで書かれた.
 第2次世界大戦の終了した1945年以降の第5期は,世界的に民族語復権の時代ではあるが,一方で英語が世界語としてますます利便性と通用度を高め,世界を操作する覇権言語となった.

 ・ 中村 敬 『なぜ,「英語」が問題なのか? 英語の政治・社会論』 三元社,2004年.

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2018-04-17 Tue

#3277. 「英語問題」のキーワード [linguistic_imperialism][link][hel_education]

 本ブログでも何度かその名前に触れているが,英語帝国主義批判の立場から現在の英語問題を斬る論客の1人に中村敬がいる.2004年に出版された『なぜ,「英語」が問題なのか? 英語の政治・社会論』の「まえがきに代えて――『英語問題』とは何か」において,中村は「英語問題」を読み解くためのキーワードとして,以下の17点を挙げている (13) .

 1. 関係の非相互性
 2. 支配と被支配
 3. 英語賛美(英語奴隷)と国粋
 4. (日本における)英語一言語主義と天皇制
 5. 一元化と多元化
 6. アングロサクソン(西洋)中心主義と(政策としての)二国間関係
 7. 植民地主義(教育)
 8. 下からの植民地主義
 9. 精神の植民地化
 10. 強迫観念
 11. 他者観
 12. ことばの身体性と身体化
 13. 英語普遍主義
 14. 再生産
 15. 言語的不平等と社会経済的不平等
 16. 英語帝国主義と英語一極集中状況
 17. 市場原理

 そして,これらを1つのキーワードで要約すれば「社会的不正義(不公正)」だという.中村の立場がよく分かるキーワードが並んでいるが,多くのキーワードが,近代における英語の世界的拡大の歴史を前提とした概念を表わしている点は重要である.もっといえば,これらは英語史上のキーワードでもあるのだ.英語史研究・教育はこれらの問題に対して何を提供できるか.真面目に向かい合うべき問題群である.
 中村の英語(史)観については,以下の記事も参照.

 ・ 「#1067. 初期近代英語と現代日本語の語彙借用」 ([2012-03-29-1])
 ・ 「#1072. 英語は言語として特にすぐれているわけではない」 ([2012-04-03-1])
 ・ 「#1073. 英語が他言語を侵略してきたパターン」 ([2012-04-04-1])
 ・ 「#1194. 中村敬の英語観と英語史」 ([2012-08-03-1])
 ・ 「#1606. 英語言語帝国主義,言語差別,英語覇権」 ([2013-09-19-1])

 ・ 中村 敬 『なぜ,「英語」が問題なのか? 英語の政治・社会論』 三元社,2004年.

Referrer (Inside): [2018-04-18-1]

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2018-04-16 Mon

#3276. Churchill の We Shall Fight on the Beaches 演説 [popular_passage][lexicology][lexical_stratification]

 先日,『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(原題 Darkest Hour)を観に行った.アカデミー賞で Gary Oldman が主演男優賞を獲得し,日本人の辻一弘氏がメイクアップ賞を初受賞した.ダンケルクの戦いを制することになるイギリス宰相 Winston Churchill の,対ドイツ戦線の苦悩を綴った作品である.詳細は省くが,映画ではかの有名な We Shall Fight on the Beaches の演説のシーンが再現される.1940年6月4日の下院における演説である.以下に,演説の最後の部分を転載しよう(典拠はこちら).映画ではなく本物の音源は,こちらなどから YouTube で視聴できる.

I have, myself, full confidence that if all do their duty, if nothing is neglected, and if the best arrangements are made, as they are being made, we shall prove ourselves once again able to defend our Island home, to ride out the storm of war, and to outlive the menace of tyranny, if necessary for years, if necessary alone. At any rate, that is what we are going to try to do. That is the resolve of His Majesty's Government --- every man of them. That is the will of Parliament and the nation. The British Empire and the French Republic, linked together in their cause and in their need, will defend to the death their native soil, aiding each other like good comrades to the utmost of their strength. Even though large tracts of Europe and many old and famous States have fallen or may fall into the grip of the Gestapo and all the odious apparatus of Nazi rule, we shall not flag or fail. We shall go on to the end, we shall fight in France, we shall fight on the seas and oceans, we shall fight with growing confidence and growing strength in the air, we shall defend our Island, whatever the cost may be, we shall fight on the beaches, we shall fight on the landing grounds, we shall fight in the fields and in the streets, we shall fight in the hills; we shall never surrender, and even if, which I do not for a moment believe, this Island or a large part of it were subjugated and starving, then our Empire beyond the seas, armed and guarded by the British Fleet, would carry on the struggle, until, in God's good time, the New World, with all its power and might, steps forth to the rescue and the liberation of the old.


 
 この演説を英語語彙(史)の観点からみると,クライマックスの we shall fight on the beaches のくだりで用いられている語彙が概ね英語本来語であることが,寺澤盾先生の『英語の歴史』 (pp. 48--50) で触れられている.この箇所にフランス語やラテン語由来の語彙が豊富に織り交ぜられていたら,イギリス国民にさほど受けなかったかもしれない.歴史を変えたかもしれない(?)本来語使用というわけだ.
 英語語彙の種類と階層性については,「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]) や「#2977. 連載第6回「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」」 ([2017-06-21-1]) の記事ほか,lexical_stratification の諸記事を参照.

 ・ 寺澤 盾 『英語の歴史』 中央公論新社〈中公新書〉,2008年.

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2018-04-15 Sun

#3275. 乾杯! wassail [be][etymology][oe][bible][imperative][old_norse]

 4月は新歓の季節ということで,この話題.wassail /ˈwɒseɪl, ˈwɑːsl/ という語は,名詞として「(主にクリスマスの)祝いの酒」を,動詞として「酒盛りをする;酒で祝う」を意味する.ここには,今はなき be 動詞の命令形が化石的に埋め込まれている(Crystal 21 を参照).
 古英語での乾杯の挨拶は,相手が単数の場合には wes hal "(you (sg.)) be in good health",相手が複数の場合には wesað hale "(you (pl.)) be in good health" と言った.weswesað は,現在では使われていない be 動詞の一種 wesan の2人称命令形(それぞれ単数と複数)である(cf. 「#2600. 古英語の be 動詞の屈折」 ([2016-06-09-1])).hal(e) は,現代英語で「健全な;健康な」を表わす wholehale の古英語形であり,「万歳」という呼びかけに対応する hail とも同根である(cf. 「#1783. whole の <w>」 ([2014-03-15-1])).古英語のウェストサクソン福音書では,Luke 1.28 で天使がマリアに対して Hal wes ðu と挨拶する箇所がある.
 中英語では wesan 系列の be 動詞の命令形は消失していったが,くだんの乾杯の表現は wassail として固定化した状態で生き残った.なお,wassail に対する返しの挨拶は,drinkhail である.
 古ノルド語にも同種の表現 ves heill があり,英語表現の語源説としてはむしろこの古ノルド語形の影響が大きいとされるが,現在は wassail はいかにも伝統的なイギリス風の乾杯の仕方として知られている.

 ・ Crystal, David. The Story of Be. Oxford: OUP, 2017.

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2018-04-14 Sat

#3274. 話し言葉と書き言葉 (5) [media][writing][punctuation][prosody][linguistics][paralinguistics][link]

 話し言葉と書き言葉は言語の2大メディアだが,それぞれに特有の,情報を整序し意味を伝える形式的なデバイスが存在する.英語に関するものとして,Stubbs (117) がいくつか列挙しているので,Milroy and Milroy (117--18) 経由で示そう.

Speech (conversation): intonation, pitch, stress, rhythm, speed of utterance, pausing, silences, variation in loudness; other paralinguistic features, including aspiration, laughter, voice quality; timing, including simultaneous speech; co-occurrence with proxemic and kinesic signals; availability of physical context.

Writing (printed material): spacing between words; punctuation, including parentheses; typography, including style of typeface italicization, underlining, upper and lower case; capitalization to indicate sentence beginnings and propoer nouns; inverted commas, for instance to indicate that a term is being used critically (Chimpanzees' 'language' is. . . .); graphics, including lines, shapes, borders, diagrams, tables; abbreviations; logograms, for example, &; layout, including paragraphing, spacing, margination, pagination, footnotes, headings and sub-headings; permanence and therefore availability of the co-text.


 このようなデバイスのリストは,両メディアを比較対照して論じる際にたいへん有用である.本ブログでも,この種の比較対照は多くの記事で取り上げてきた話題なので,主たるものを参考のため,以下に示しておこう.

 ・ 「#230. 話しことばと書きことばの対立は絶対的か?」 ([2009-12-13-1])
 ・ 「#748. 話し言葉と書き言葉」 ([2011-05-15-1])
 ・ 「#849. 話し言葉と書き言葉 (2)」 ([2011-08-24-1])
 ・ 「#1001. 話しことばと書きことば (3)」 ([2012-01-23-1])
 ・ 「#1655. 耳で読むのか目で読むのか」 ([2013-11-07-1])
 ・ 「#1665. 話しことばと書きことば (4)」 ([2013-11-17-1])
 ・ 「#1829. 書き言葉テクストの3つの機能」 ([2014-04-30-1])
 ・ 「#2301. 話し言葉と書き言葉をつなぐスペクトル」 ([2015-08-15-1])

 ・ Milroy, Lesley and James Milroy. Authority in Language: Investigating Language Prescription and Standardisation. 4th ed. London and New York: Routledge, 2012.
 ・ Stubbs, M. Language and Literacy: The Sociolinguistics of Reading and Writing. London: Routledge & Kegan Paul, 1980.

Referrer (Inside): [2018-05-21-1]

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2018-04-13 Fri

#3273. Lehman による文法化の尺度,6点 [grammaticalisation][category][tense][future][prototype]

 通時的であれ共時的であれ文法化 (grammaticalisation) を問題にする場合,取りあげている事例がどの程度「文法化」らしいのか,「文法的」なのかを判断する基準が必要である.しかし,そのような基準を設定することは,言い換えれば文法化に定義を与えることにほかならず,自ずから困難な課題であることは論を俟たない.このような基準,ないしパラメータとしては,Lehmann の提案が古典的なものとされている.議論はあるものの,たたき台として重要である.Hopper and Traugott (31) に Lehmann のパラメータが要領よくまとまっているので,そちらを引用しよう.連合関係の軸 (paradigm) から3点,統合関係の軸 (syntagm) から3点である.

   Of relevance on the paradigmatic axis are:
   1. the "weight" or size of an element (Lehmann refers to "signs"); weight may be phonological (Lat. ille 'that' has more phonological weight than the French article le that derives from it) or semantic (the motion verb go is thought to be semantically weightier than the future marker go) --- "Grammaticalization rips off the lexical features until only the grammatical features are left" (1995: 129);
   2. the degree to which an element enters into a cohesive set or paradigm; e.g., Latin tense is paradigmatically cohesive whereas English tense is not (contrast the Latin with its translation in amo 'I love,' amabo 'I will love,' amavi 'I have loved');
   3. the freedom with which an element may be selected; in Swahili if a clause is transitive, an object marker must be obligatorily expressed in the verb (given certain semantic constraints), whereas none is required in English.
   Of relevance on the syntagmatic axis are:
   4. the scope or structural size of a construction; periphrasis, as in Lat. scribere habeo 'write:INF have:1stSg', is structurally longer and weightier and larger than inflection, as in Ital. scriverò, 'I shall write';
   5. the degree of bonding between elements in a construction (there is a scale from clause to word to morpheme to affix boundary, 1995: 154); the degree of bonding is greater in the case of inflection than in that of periphrasis;
   6. the degree to which elements of a construction may be moved around; in earlier Latin scribere habeo and habeo scribere could occur in either order, but in later Latin this order became fixed, which allowed the word boundaries to be erased.


 これらを現代英語の文法事象に照らしてみよう.例えば,現代英語の法助動詞 will による「未来時制」の発達はどのくらい「文法化」的な問題だろうか.「#2317. 英語における未来時制の発達」 ([2015-08-31-1]),「#2208. 英語の動詞に未来形の屈折がないのはなぜか?」 ([2015-05-14-1]) で論じたように,法助動詞 will の発達は文法化の典型例の1つと考えられているが,上記の2から示唆される通り,現代英語の will による「未来時制」は連合関係の観点から,さほど cohesive とはいえないようにも思われ,どこまで時制という文法カテゴリーの成員として扱えるのか疑問が残る.もちろん,これは Yes/No の問題ではなく程度の問題であり,プロトタイプ的に理解する必要はあるだろう.6つのパラメータをすべて満たす完璧な事例だけを「文法化」としてしまうと,多くを見落としてしまうことになる.

 ・ Lehmann, Christian. Thoughts on Grammaticalization. Munich: Lincom Europa, 1995.
 ・ Hopper, Paul J. and Elizabeth Closs Traugott. Grammaticalization. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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2018-04-12 Thu

#3272. 文法化の2つのメカニズム [metaphor][metonymy][analogy][reanalysis][syntax][grammaticalisation][language_change][auxiliary_verb]

 文法化 (grammaticalisation) の典型例として,未来を表わす助動詞 be going to の発達がある (cf. 「#417. 文法化とは?」 ([2010-06-18-1]),「#2106.「狭い」文法化と「広い」文法化」 ([2015-02-01-1]),「#2575. 言語変化の一方向性」 ([2016-05-15-1]) ) .この事例を用いて,文法化を含む統語意味論的な変化が,2つの軸に沿って,つまり2つのメカニズムによって発生し,進行することを示したのが,Hopper and Traugott (93) である.2つのメカニズムとは,syntagm, reanalysis, metonymy がタッグを組んで構成するメカニズムと,paradigm, analogy, metaphor からなるメカニズムである.以下の図を参照.

          --------------------------------------------------------------------------- Syntagmatic axis
                                                                                 Mechanism: reanalysis
                                                                                                 |
          Stage I          be                  going            [to visit Bill]                  |
                           PROG                Vdir             [Purp. clause]                   |
                                                                                                 |
          Stage II         [be going to]       visit Bill                                        |
                           TNS                 Vact                                              |
             (by syntactic reanalysis/metonymy)                                                  |
                                                                                                 |
          Stage III        [be going to]       like Bill                                         |
                           TNS                 V                                                 |
             (by analogy/metaphor)                                                               |
                                                                                     Paradigmatic axis
                                                                                    Mechanism: analogy

 Stage I は文法化する前の状態で,be going はあくまで「行っている」という字義通りの意味をなし,それに目的用法の不定詞 to visit Bill が付加していると解釈される段階である.
 Stage II にかけて,この表現が統合関係の軸 (syntagm) に沿って再分析 (reanalysis) される.隣接する語どうしの間での再分析なので,この過程にメトニミー (metonymy) の原理が働いていると考えられる.こうして,be going to は,今やこのまとまりによって未来という時制を標示する文法的要素と解釈されるに至る.
 Stage II にかけては,それまで visit のような行為の意味特性をもった動詞群しか受け付けなかった be going to 構文が,その他の動詞群をも受け入れるように拡大・発展していく.言い換えれば,適用範囲が,動詞語彙という連合関係の軸 (paradigm) に沿った類推 (analogy) によって拡がっていく.この過程にメタファー (metaphor) が関与していることは理解しやすいだろう.文法化は,このように第1メカニズムにより開始され,第2メカニズムにより拡大しつつ進行するということがわかる.
 文法化において2つのメカニズムが相補的に作用しているという上記の説明を,Hopper and Traugott (93) の記述により復習しておこう.

In summary, metonymic and metaphorical inferencing are comlementary, not mutually exclusive, processes at the pragmatic level that result from the dual mechanisms of reanalysis linked with the cognitive process of metonymy, and analogy linked with the cognitive process of metaphor. Being a widespread process, broad cross-domain metaphorical analogizing is one of the contexts within which grammaticalization operates, but many actual instances of grammaticalization show that conventionalizing of the conceptual metonymies that arise in the syntagmatic flow of speech is the prime motivation for reanalysis in the early stages.


 ・ Hopper, Paul J. and Elizabeth Closs Traugott. Grammaticalization. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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2018-04-11 Wed

#3271. 言語変化の multiple causation 再考 [causation][multiple_causation][contact][pidgin][creole][link]

 標題については,以下の記事をはじめとして何度も議論してきた.私の言語変化への関心のコアにある問題である.

 ・ 「#443. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か?」 ([2010-07-14-1])
 ・ 「#1232. 言語変化は雨漏りである」 ([2012-09-10-1])
 ・ 「#1233. 言語変化は風に倒される木である」 ([2012-09-11-1])
 ・ 「#1582. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (2)」 ([2013-08-26-1])
 ・ 「#1584. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (3)」 ([2013-08-28-1])
 ・ 「#1977. 言語変化における言語接触の重要性 (1)」 ([2014-09-25-1])
 ・ 「#1978. 言語変化における言語接触の重要性 (2)」 ([2014-09-26-1])
 ・ 「#1986. 言語変化の multiple causation あるいは "synergy"」 ([2014-10-04-1])
 ・ 「#3152. 言語変化の "multiple causation"」 ([2017-12-13-1])

 文法化 (grammaticalisation) を本格的に広く論じた Hopper and Traugott (213) に,この問題への言及がある.

. . . distinctions are often made in historical work between "internal" and "external" factors in change. Roughly speaking, "internal" change is associated with child language acquisition in a relatively homogeneous speech community, and "external" change with contact, whether with communities speaking dialects of the "same language" or other languages. This distinction is essentially similar to the contrast regarding the locus of change between mind/brain and grammar (= "internal") and social interaction and use (= "external"). . . . [S]uch a polarization obscures the realities of language change, in which structure and use, cognitive and social factors continually interact: "speakers' mutual accommodations can draw materials from either the same linguistic system or separate ones" (Mufwene 2001: 15). This is nowhere clearer than in pidgin and creole situations, where the notion of "homogeneous speech community" is typically not appropriate, and where, as we will see, second language acquisition plays a significant role in structural innovation.


 言語変化論では内的な要因と外的な要因を分ける伝統があるが,その境は明確ではないし,いずれにせよ両者が組み合わさって言語変化が生じ,進むことが多いという議論だ.まっとうな見解だと思う.多くの言語変化には,multiple causation が関与している.

 ・ Hopper, Paul J. and Elizabeth Closs Traugott. Grammaticalization. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
 ・ Mufwene, Salikoko S. The Ecology of Language Evolution. Cambridge: CUP, 2001.

Referrer (Inside): [2018-07-04-1]

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2018-04-10 Tue

#3270. mother tongue は複合語ではなく名詞句だった? [compound][genitive][inflection][oe][relationship_noun]

 「#2654. a six-foot mana ten-mile drive に残る(残っていない?)古英語の複数属格形」 ([2016-08-02-1]) で触れたように,現代英語では無屈折形にみえるものの,それはかつての屈折形が音の弱化・消失を経た結果の形態であるというような例が,ときに確認される.a six-foot manfootwhilom, seldom,そして Lady Chapel, ladybird などにおける第1要素 lady.いずれも一見すると屈折などしていない裸の形態とみえるが,それぞれかつての複数属格形,複数与格形,単数属格形に由来する.いずれも後に語尾が弱まったり失われたりして,結果的に無屈折形であるかのようにとらえられるようになったものである.
 最近,mother tongue (母語)もそのような例の1つらしいと知った.現代英語では複合語という認識だが,語源的には第1要素 mother はこのままで単数属格形だという.つまり,現代英語の発想で置き換えれば,まさに "mother's tongue" と言っているようなものだったのだ.「#703. 古英語の親族名詞の屈折表」 ([2011-03-31-1]) でみたように,mother は特殊な屈折をする女性名詞の1つで,単数主格形 mōdor と同形で単数属格形ともなりうる.mother tongue という表現の初例は,中英語後期の Wyclif に moder tonge として出現し,ほぼ同じ時期に modir langage も現われている.これらの形態が,遠く古英語の無屈折形を反映・踏襲しているというわけだ.また,近現代的な明確な属格語尾を伴った modiris langage も同時期に文証されていることを付け加えておこう.
 とはいうものの,気になる点がある.これらの "mother" が,古英語の無変化の属格形に遡ると言える積極的な根拠は何だろうか.中英語で初出した当初から,現代英語と同じ感覚で,複合語としてとらえられたという可能性はないのだろうか.上記のように modiris langage が併存していたということは,議論の1つのポイントになるかもしれないが,確言できるほど強い根拠はないようにも思われる.OED でも,属格形に由来するという解釈には "Probably" が添えられている.この辺りは,後期中英語の複合語形成のパターンについてよく学ばないと,判断できなさそうだ.

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2018-04-09 Mon

#3269. Blake の英語史時代区分の第2期 [periodisation][norman_conquest][grapheme][ab_language][ormulum][standardisation]

 「#3231. 標準語に軸足をおいた Blake の英語史時代区分」 ([2018-03-02-1]) で紹介したように,Blake による英語史時代区分は,徹頭徹尾,標準化という観点からなされた区分である.一般的な英語史の時代区分に慣れていると,おやと思うところがいくつかあるが,とりわけノルマン征服 (norman_conquest) に一顧だにせず,1066年という点をさらりと乗り越えていくかのような第2期(9世紀後半〜1250年)の設定には驚くのではないか.ノルマン征服といえば,通常,英語史上およびイングランド史上最大の事件として扱われるが,Blake の見解によると,あくまで第2期の内部での事件という位置づけだ.
 Blake によれば,第2期はウェストサクソン方言の書き言葉標準が影響力をもった時代とされる.しかし,ノルマン征服によってウェストサクソンの書き言葉標準は無に帰したのではなかったか.また,「#2712. 初期中英語の個性的な綴り手たち」 ([2016-09-29-1]) で取り上げたように,1250年までに局所的ではあれ,AB language, Orm, Laȝamon において標準語に準ずる類の一貫した綴字習慣が発達しており,これらは来たるべき新しい時代の到来を予感させるという意味で,むしろ第3期に接近しているととらえるべきではないか.
 しかし,ノルマン征服後,12世紀後半から13世紀にかけて見られるこれらの限定的な「標準的」綴字は,Blake によれば,あくまで後期古英語のウェストサクソン標準語に起源をもつものであり,そこからの改変形・発展形ととらえるべきだという.確かに少なからぬ改変が加えられており,独自の発展も遂げているかもしれないが,かつての標準語の流れを汲んでいるという意味で,その本質は回顧的なものであるとみている.
 この回顧的な性質を保っていた,第2期の最後のテキストの1つは,1258年の「#2561. The Proclamation of Henry III」 ([2016-05-01-1]) だろう.ここではかつての標準語の名残が見られるといわれ,その最も分かりやすい例が <æ> の使用である.Blake (135) によれば,古英語の流れを汲んだ <æ> の英語史上最後の使用例だという.
 この辺りの年代を超えると,回顧的な雰囲気は消え,明らかに新しい次の時代,つまり標準語という概念がない時代へと入っていく.Blake (131) 曰く,

From now on there were no further attempts to create a standard English writing system which could be said to look back to that found earlier, and Old English manuscripts ceased to be living texts which were copied and recopied. A period of uncertainty as to writing in English succeeded, and when a new standard started to arise it would be based on different premises and a different dialect area.


 ・ Blake, N. F. A History of the English Language. Basingstoke: Macmillan, 1996.

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2018-04-08 Sun

#3268. 談話標識のライフサイクルは短い [discourse_marker][pragmatics][historical_pragmatics][language_change][intensifier][euphemism][sociolinguistics][speed_of_change]

 言語には変化の回転が速い領域というものがある.「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」 ([2012-01-14-1]) や「#1219. 強意語はなぜ種類が豊富か」 ([2012-08-28-1]) で述べたように,強意語 (intensifier) や,タブー表現 (taboo) の響きをやわらげる婉曲表現 (euphemism) が次々と生まれては消えることは,よく知られている.視点を変えれば,これらの表現はライフサイクルが短いということになろう.
 同様に,昨日の記事「#3267. 談話標識とその形成経路」 ([2018-04-07-1]) で取り上げた談話標識も,比較的ライフサイクルが短いとされている.実際,談話標識は歴史的に新しい表現が生まれては消える過程を繰り返してきた.昨日の記事でも示したように,談話標識は特に話し言葉において頻度が高いこと,そして種々の源から形成されうることが,背景にあるのだろう.この点について Lewis (909) が次のように述べている.

Discourse markers are known for their frequent renewal. Particularly subject to sociolinguistic factors and fashion, they tend to be "caught" easily, spreading quickly among social networks. Choice of markers therefore can reflect age, social position, and so on. Discourse markers date quickly: many of the most frequent discourse markers and connectives of the 20th century arose only in the 18th or 19th century, including of course, after all, still, I say.


 ライフサイクルが速いといっても数世代以上の時間がかかるようであり,強意語や婉曲語法に見られるライフサイクルほど速いわけではなさそうだ.しかし,そのうちにきっと変わるにちがいないと言わしめるほどには「規則的な」言語変化の一種とみなせそうだ.また,引用の最初にあるように,談話標識に話者の世代を特徴づける性質があるというのも興味深い.歴史社会言語学的な観察対象になり得ることを意味するからだ.談話標識の流行としての側面は,もっと注目してもよいだろう.

 ・ Lewis, Diana M. "Late Modern English: Pragmatics and Discourse" Chapter 56 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 901--15.

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2018-04-07 Sat

#3267. 談話標識とその形成経路 [discourse_marker][pragmatics][language_change][terminology][subjectification][intersubjectification][grammaticalisation][historical_pragmatics]

 談話標識 (discourse marker, DM) について,「#2041. 談話標識,間投詞,挿入詞」 ([2014-11-28-1]) や discourse_marker の各記事で取り上げてきた.ここでは,種々の先行研究から要点をまとめた Archer に従って,談話標識の特徴と形成経路について紹介する.
 まず,談話標識の特徴から.Archer (660) は次の4点を上げている.

- DMs are phonologically short items that normally occur sentence-initially (but can occur in medial or final position . . .);
- DMs are syntactically independent elements (often constituting separate intonation units) which occur with high frequency (in oral discourse in particular);
- DMs lack semantic content (i.e. they are non-referential/non-propositional in meaning)
- DMs are non-truth-conditional elements, and thus optional (i.e. they may be deleted).


 たいていの談話標識は,歴史をたどれば,談話標識などではなかった.歴史の過程で,ある表現が談話標識らしくなってきたということである.では,どのような表現が談話標識へと発展しやすいのだろうか.典型的な談話標識の形成経路については,統語的な観点から記述したものと,意味論的な観点のものがある.まず,前者について (Archer 661) .

- adverb/preposition > conjunction > DM;
- predicate adverb > sentential adverb structure > parenthetical DM . . .;
- imperative matrix clause > indeterminate structure > parenthetical DM;
- relative/adverbial clause > parenthetical DM.


 意味論的な観点からの経路は,次の通り (Archer 661) .

- truth-conditional > non-truth conditional . . .,
- content > procedural, and nonsubjective > subjective > intersubjective meaning,
- scope within the proposition > scope over the proposition > scope over discourse.


 ・ Archer, Dawn. "Early Modern English: Pragmatics and Discourse" Chapter 41 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 652--67.

Referrer (Inside): [2018-04-08-1]

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2018-04-06 Fri

#3266. ヨーロッパ諸言語の標準化の共通点 [standardisation][chancery_standard]

 これまで英語の標準化 (standardisation) に注目する記事を多く書いてきたが,周辺のヨーロッパの諸言語の事情はどうだったのだろうか.Fisher (81) によれば,諸言語の標準化の歴史からは2つの共通項がくくり出せる.

First, it is apparent that the European languages were standardized first in writing and only later, if ever, in speech. Second, standard written forms appeared first in official government and business documents. These served as the basis for the usage of scribes and printers and eventually of handbooks and dictionaries created for teaching the standard written language.


 特に2点目が重要で,ヨーロッパの諸言語における(書き言葉)標準の萌芽は常に公的な文書にあったということである.その書き手は誰かといえば,当然ながら,公職事務員 (official secretariats) である.つまり,標準語の源泉は,学者やアカデミーでもなければ君主や権力者その人でもない.多数の名もない公職事務員だったのだ.この点について,Fisher (83) は揺るぎない確信を抱いている.

. . . there is no ambiguity as to what standard language is today. It is the official language of government, the judiciary, and business. And so it always has been. Since the advent of printing, popular education, and the mass media, the standard language appears to have moved out from under the aegis of government bureaucracy. Indeed, there is much criticism today of bureaucratese and legalese. But make no mistake, standard language is still anchored as firmly in the seats of power as it has been since the dawn of writing. When there have been efforts at spelling or lexical reform, as there were by the academies of Italy, Spain, and France, they have been government sponsored and supported and, one might add, not notably successful. Scholars and writers have had less influence on the shape of the standard language than the nameless bureaucrats and clerks in government offices.


 うーむ,官僚の書く文章が標準なのかぁ・・・.

 ・ Fisher, John H. "European Chancelleries and the Rise of Written Language." Chapter 4 of The Emergence of Standard English. John H. Fisher. Lexington: UP of Kentucky, 1996. 65--83.

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2018-04-05 Thu

#3265. 中世から初期近代まで行政の書き言葉標準はずっとラテン語だった [latin][french][standardisation][chancery_standard][reestablishment_of_english][statute_of_pleading]

 15世紀前半に Chancery Standard という書き言葉英語の変種が芽生えたことについて,「#3214. 1410年代から30年代にかけての Chancery English の萌芽」 ([2018-02-13-1]) をはじめとする chancery_standard の記事で述べてきた.これは行政上の文書を記すために用いられた英語変種を指すが,行政の書き言葉標準ということでいえば,イングランド(及びその後の英国)におけるそれは18世紀前半に至るまでラテン語であり続けたという事実は押さえておく必要がある.つまり,真の "Chancery Standard" とは,英語の1変種のことなどではなく,ラテン語のことなのである.Schaefer (214) が次のように書いている.

English was not the language of the administration, but rather the minor partner of French and Latin. As Benskin (2004: 38) unmistakably states: "Chancery Standard was Latin, and save for nine years during the Commonwealth, it remained so until 1731, when for official purposes it was abolished altogether by Act of Parliament.


 英語の書き言葉標準の元祖といわれる Chancery Standard は,"Standard" と呼ばれこそすれ,実際にはより威信の高いラテン語やフランス語の書き言葉に比べれば,マイナーな位置づけにすぎなかったという指摘がおもしろい.
 このように中世から初期近代にかけてのイングランドの公的な書き言葉を巡る状況を俯瞰的に眺めると,しばしば英語の復権 (reestablishment_of_english) を象徴するとみなされている1362年の "Statute of Pleading" (裁判所における訴訟手続の英語化を定めた法律)も,所詮はラテン語とフランス語の盤石な権威に対する小さな抵抗にすぎないとも見えてくる(cf. 「#324. 議会と法廷で英語使用が公認された年」 ([2010-03-17-1])).Schaefer (217) より,関連する言及を引く.

The so-called "Statute of Pleading" of 1362 --- which is so often judged as having considerably raised the status of English --- indeed mandates that English be the (spoken) language of pleading at court. Yet it does so in French --- and in the complicated left-branching syntax of "courtly style" --- because, at the time, French was the language in which royal statutes where (sic) published; and it also regulates that the pleas be "entered and enrolled" in Latin, because this was the language of permanent record.


 ・ Schaefer, Ursula. "Standardization." Chapter 11 of The History of English. Vol. 3. Ed. Laurel J. Brinton and Alexander Bergs. Berlin/Boston: De Gruyter, 2017. 205--23.
 ・ Benskin, Michael. "Chancery Standard." New Perspectives on English Historical Linguistics. Selected Papers from 12 ICEHL, Glasgow, 21--26 August 2002. Vol. 2. Lexis and Transmission. Ed. Christian Kay, Carole Hough, and Irené Wotherspoon. Amsterdam/Philadelphia: John Benjamins, 2004. 1--40.

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2018-04-04 Wed

#3264. Saussurian Paradox [saussure][sociolinguistic][history_of_linguistics][idiolect][methodology]

 標題の「ソシュールのパラドックス」について,「#3245. idiolect」 ([2018-03-16-1]) で触れた通りだが,改めて『新英語学辞典』の "sociolinguistics" の項 (1124) の記述を読んでみよう,

構造言語学では,言語単位の対立関係に基づいて成立している構造を明らかにすることが中心的な課題であり,そのために言語を共時的な静態においてとらえ,資料はできるだけ等質的であることが必要であると考えた.その裏にある言語観は,言語はその理想的な姿においては単一の構造体である (monolithic) とするものである.その単一体を求めるために,個人的なゆれ,場面ごとに変容する部分は自由変異,あるいは乱れ・逸脱として切り捨てた.目標はある言語社会に共通の構造体(=ラング)を求めることでありながら,資料の等質性を求めて,ついには個人言語 (idiolect) を対象とするという状態に至った.Labov (1972a) はこれを 'Saussurian Paradox' と呼ぶ.構造の単一性を求めて言語は実際の使用場面から切り離され,単一の 'ideal speaker-hearer' の言語能力を求めるのだとして,資料は高度に理想化され,現実から遊離した形に整えられた.


 言語学史的には,ソシュールの創始した構造言語学は,言語構造が等質的であり単一的であることを意識的に前提とすることで,揺れを考慮しなくてよいという方法論上の正当性を確保したのだろうと考えている.実際には等質的でもなければ単一的でもないし,揺れも存在する.しかし,あえて切り捨てて前進するという行き方もあるだろうと.その行き方は確かに方法論としては悪いことではないだろう.しかし,言語の variation や variability は,あくまで脇に置いたのであって,存在しないわけではない.
 理論的理想と実践的現実は常に背反する.理論を扱っている場合には,現実から遊離しすぎていないだろうかという問いかけを,実践的に研究している場合には,あまりに小さな揺れにこだわってはいないかという自問が必要だろう.
 関連して「#2202. langue と parole の対比」 ([2015-05-08-1]) を参照.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.

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2018-04-03 Tue

#3263. なぜ古ノルド語からの借用語の多くが中英語期に初出するのか? [sobokunagimon][old_norse][standardisation][loan_word][borrowing][medium][oe][eme]

 「#2869. 古ノルド語からの借用は古英語期であっても,その文証は中英語期」 ([2017-03-05-1]) でも取り上げた話題だが,改めてこの問題について考えてみたい.
 現代英語の語彙には古ノルド語からの借用語が多数含まれている.その歴史的背景としては,9世紀後半以降に古ノルド語を母語とするヴァイキングがイングランド北部・東部に定住し,そこで英語話者と混じり合ったという経緯がある.しかし,そこで借用されたはずの多くの古ノルド語からの単語が文献上に初めて現われるのは,ヴァイキングの定住が進んだ古英語後期においてではなく,少なからぬ時間を空けた初期中英語期以降,とりわけ13世紀以降のことなのである.歴史的状況から予想される借用年代と実際に文証される年代との間にギャップがあるというこの問題は,英語史でもしばしば取り上げられるが,その理由は一般的に次のように考えられている(Blake, p. 92 より).

It is a feature of the history of the English language that there are a considerable number of Old Norse loans in the language, but the appearance of these loans in writing occurs mainly from the thirteenth century onwards and not from the pre-Conquest period which is when the Viking invasions and settlements occurred. The usual explanation for this is as follows. Most Old English literature which has survived is written in the West Saxon dialect, and the dialect represents those areas of England which were least affected by the Scandinavian invasions and settlements. Hence Scandinavian influence in these areas cannot have been very significant. Even in those areas where the Danes had settled, they continued to live in their own communities and would only gradually have become absorbed among the Anglo-Saxon population. This implies that the new settlers were for a long time regarded as foreigners and no attempt was made to assimilate them. Consequently the introduction of Old Norse words into English was delayed in the Anglian dialects, and their southward drift would be even later than that. It is hardly surprising in this view that words of Scandinavian origin are not found in English in any numbers until the thirteenth century.


 つまり,ヴァイキングは確かにイングランド北部・東部にしたが,必ずしもすぐには先住のアングロサクソン人と混じり合ったわけではなく,語彙借用を含めた言語的な融合は案外遅かったというわけだ.また,後期古英語の文献として残っているものの多くはイングランド南西部 West Saxon の方言で書かれているため,ヴァイキングの言語的影響は古英語期中には文証されにくいのだという.
 しかし,Blake (93--94) はこの一般的な見解が本当に正しいかどうかは非常に怪しいとみている.

The continuity of West Saxon as Standard Old English would have discouraged the adoption of new words from other varieties and even from other languages. The tenth-century reforms were a continuation of the policies introduced by Alfred, and it is not surprising that the attitude towards standardisation and conservatism should have become more rigid as the standard grew in importance.


 Blake の考え方はこうだ.話し言葉のレベルでは,歴史的経緯から自然に予想されるとおり,古ノルド語からの借用語の多くがすでに後期古英語期に入っていた.しかし,標準的で保守的な West Saxon 方言の書き言葉においては,口語的で略式的な響きをもつ当時の新語ともいうべき古ノルド語借用語を使用することはふさわしくないと考えられ,排除されたのではないか.つまり,人々の口からは発せられていたが,文章には反映されなかったということではないか.
 書き言葉の保守性はよく知られた事実だが,さらに標準的な書き言葉ともなればますます保守的になるということは,確かに考えられる.

 ・ Blake, N. F. A History of the English Language. Basingstoke: Macmillan, 1996.

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2018-04-02 Mon

#3262. 後期中英語の標準化における "intensive elaboration" [lme][standardisation][latin][french][register][terminology][lexicology][loan_word][lexical_stratification]

 「#2742. Haugen の言語標準化の4段階」 ([2016-10-29-1]) や「#2745. Haugen の言語標準化の4段階 (2)」 ([2016-11-01-1]) で紹介した Haugen の言語標準化 (standardisation) のモデルでは,形式 (form) と機能 (function) の対置において標準化がとらえられている.それによると,標準化とは "maximal variation in function" かつ "minimal variation in form" に特徴づけられる現象である.前者は codification (of form),後者は elaboration (of function) に対応すると考えられる.
 しかし,"elaboration" という用語は注意が必要である.Haugen が標準化の議論で意図しているのは,様々な使用域 (register) で広く用いることができるという意味での "elaboration of function" のことだが,一方 "elaboration of form" という別の過程も,後期中英語における標準化と深く関連するからだ.混乱を避けるために,Haugen が使った意味での "elaboration of function" を "extensive elaboration" と呼び,"elaboration of form" のほうを "intensive elaboration" と呼んでもいいだろう (Schaefer 209) .
 では,"intensive elaboration" あるいは "elaboration of form" とは何を指すのか.Schaefer (209) によれば,この過程においては "the range of the native linguistic inventory is increased by new forms adding further 'variability and expressiveness'" だという.中英語の後半までは,書き言葉の標準語といえば,英語の何らかの方言ではなく,むしろラテン語やフランス語という外国語だった.後期にかけて英語が復権してくると,英語がそれらの外国語に代わって標準語の地位に就くことになったが,その際に先輩標準語たるラテン語やフランス語から大量の語彙を受け継いだ.英語は本来語彙も多く保ったままに,そこに上乗せして,フランス語の語彙とラテン語の語彙を取り入れ,全体として序列をなす三層構造の語彙を獲得するに至った(この事情については,「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]) や「#2977. 連載第6回「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」」 ([2017-06-21-1]) の記事を参照).借用語彙が大量に入り込み,書き言葉上,英語の語彙が序列化され再編成されたとなれば,これは言語標準化を特徴づける "minimal variation in form" というよりは,むしろ "maximal variation in form" へ向かっているような印象すら与える.この種の variation あるいは variability の増加を指して,"intensive elaboration" あるいは "elaboration of form" と呼ぶのである.
 つまり,言語標準化には形式上の変異が小さくなる側面もあれば,異なる次元で,形式上の変異が大きくなる側面もありうるということである.この一見矛盾するような標準化のあり方を,Schaefer (220) は次のようにまとめている.

While such standardizing developments reduced variation, the extensive elaboration to achieve a "maximal variation in function" demanded increased variation, or rather variability. This type of standardization, and hence norm-compliance, aimed at the discourse-traditional norms already available in the literary languages French and Latin. Late Middle English was thus re-established in writing with the help of both Latin and French norms rather than merely substituting for these literary languages.


 ・ Schaefer Ursula. "Standardization." Chapter 11 of The History of English. Vol. 3. Ed. Laurel J. Brinton and Alexander Bergs. Berlin/Boston: De Gruyter, 2017. 205--23.

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2018-04-01 Sun

#3261. ドイツ国歌の「父なる祖国」を巡るジェンダー問題 [gender][sociolinguistics][political_correctness][grimms_law][verners_law]

 ドイツ国歌の歌詞にある Vaterland (父なる祖国)が男性バイアスの用語なので,Heimatland (故郷の国)に変更しようという political_correctness の提案がドイツ国内でなされている.ドイツ政府による男女共同参画の推進を担当する女性の政治活動家が提案したもので,目下,物議を醸している.ジェンダーについて中立な言葉遣いが時勢に合っているからという理由での提案だが,保守系の政治家は「やりすぎだ」「これを変えるなら『母語』という言葉も使えない」などと反発している.メルケル首相も変更は不要という立場のようだ.
 ドイツ国歌は,オーストリアの作曲家ハイドンの曲に対して1841年に歌詞づけしたもので,国歌としては旧西ドイツから東西統一後のドイツへの引き継がれた.国歌の歌詞におけるジェンダーの問題は最近オーストリアやカナダでも起こっており,そこでは中立的な表現に置き換えられたという経緯がある.これらの先例を受けての,ドイツでの論争という次第である.
 英語でも「祖国,故国」を表わす語として fatherland という言い方がある.motherland という言い方もあるが,PC の観点からはジェンダーについて中立な homeland, native country, home が用いられることが多くなっているという.しかし,借用語の patriot (愛国者),patriotism (愛国心)などでは語幹にラテン語で「父」を意味する pater が含まれており,発想としては fatherland と酷似するのだが,これについては特にジェンダー論争が起こっているという話しは聞かない.借用語では,語幹の「父」の意味が直接には感じ取られにくいからだろうか.
 ラテン語 pater と英語 father は語源的には同根だが,その関係を詳しく理解しようと思えば「グリムの法則」 (grimms_law) や「ヴェルネルの法則」 (verners_law) の知識が必要となる.それには,「#2277. 「行く」の意味の repair」 ([2015-07-22-1]),「#102. hundredグリムの法則」 ([2009-08-07-1]),「#480. fatherヴェルネルの法則」 ([2010-08-20-1]),「#2297. 英語 flow とラテン語 fluere」 ([2015-08-11-1]) 辺りの記事をどうぞ.

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最終更新時間: 2018-07-22 06:58

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