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hellog〜英語史ブログ / 2013-12

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2013-12-31 Tue

#1709. 主要英訳聖書年表 [timeline][bible]

 英訳聖書の歴史を参照することが多いので,手近に関連年表を置いておくと便利である.「#1427. 主要な英訳聖書に関する年表」 ([2013-03-24-1]) でも年表を示したが,今回は寺澤 (744--45) の英訳聖書年表を追加したい.表中の * は米国訳を示す.関連して,英語訳聖書 - Wikipediaの情報も有用.

9c中葉Vespasian Psalter [ラテン語聖書「詩篇」行間注釈 (interlinear gloss).マーシア方言]
10c初頭Paris Psalter [ラテン語訳とOE訳の対訳「詩篇」.第50篇まではウエストサクソン方言を主とする散文訳,以下は頭韻詩訳からなる]
c950Lindisfarne Gospels [700年ごろっくられたラテン語訳「福音書」装飾写本本文の行間に,950年ごろ主に.ノーザンブリア方言による語注を加えている]
10c後半Rushworth Gospels [Lindisfarne Gospels の行間注にならう.ただし,マタイ伝は北マーシア方言による独自の逐語訳]
c1000West-Saxon Gospels [当時の標準的方言ウエストサクソン方言による最初!)本格的翻訳聖書]

Ælfric's Heptateuch ['文法家' Ælfric が旧約の最初の7書 (Genesis-Judges) を自由な文体で抄訳したもの]
c1120Eadwine's Psalterium Triplex [ラテン語訳「詩篇」にアングロノルマン語訳と英訳を加える]
a1350West-Midland Psalter [William of Shoreham の詩が同じ写本にふくまれていたので,かつては同詩人の訳に帰されていた]

Richard Rolle's Psalter [ラテン語「詩篇」にノーサンブリア方言による訳と注解を加える]
c1384Wycliffite Bible (Early Version) [J. Wyclif 一門の Nicholas of Hereford が中心となってラテン語訳聖書を逐語的に訳した最初の完訳英語聖書.ラテン語法が顕著]
c1388--95Wycliffite Bible (Later Version) [Wyclif 一門の John Purvey が中心となって,上記逐語訳を慣用的英語表現に改めたもの]
c1520Murdoch Nisbet: Wyclif Version in Scots [Wycliffite Bible のスコットランド方言訳]
1525--26Tyndale's New Testament [ギリシア語原典から直接訳した最初の印刷本英訳聖書.改訂版 1534, 1535]
1530Martin Bucer: The Earliest English Psalter printed [Martin Bucer の新しいラテン語訳による.1535年刊行の Primer などに収録された]

Tyndale's Pentateuch
1531Tyndale's Jona
1535Coverdale's Bible ['一人の訳者 (Miles Coverdale) による' 最初の印刷本完訳聖書]
1537Matthew Bible [Tyndale の既刊の訳に未公刊の訳稿を加え,欠けたところは Coverdale 訳で補っている. 'Matthew' は Tyndale の友人 John Rogers の偽名か]
1539Taverner's Bible [Matthew Bible の改訳]

The Great Bible [Coverdale による Matthew Bible の改訳.その「詩篇」訳は1949年出版の Prayer Book に収録]
1550Sir John Cheke,「マタイ伝」および「マルコ伝」の最初の一部を主に本来語で訳す
1560The Geneva Bible [「新約」は1557年出版.Calvin 派の学者・聖職者の協力になる.正確で簡明な訳文とくわしい欄外注が大衆の要望に合致,広く流布する]
1567Testament newydd [ウェールズ語訳.旧約1588]
1568The Bishops' Bible [Matthew Parker を主幹に主教を委員として The Great Bible を改訂.AV の底本となる]
1582--1610The Rheims-Douai Bible [「新約」は1582年出版,大陸に亡命中のカトリックの学者・聖職者の協力になる.ラテン語訳聖書からの重訳.Richard Challoner 改訂版 (1749--72) が現行流布版の基礎となる]
1602Tiomna Naadh [William Daniel によるアイルランド語訳.旧約1686]
1611Authorised Version [略:AV.とくに米国では King James Bible ともいう.Lancelot Andrews を委員長とする50余名の聖職者・学者からなる委員会で完成・英訳聖書の頂点を示すとともに,Shakespeareと並んで近代英語の性格を決定したといわれる.現行流布版は1769年 Benjamin Blayney が監修した Oxford 版による]
1611--1881この聞に70種をこえる英訳聖書が出版された
1640*The Bay Psalter Book [Massachusetts Bay に植民した牧師 Richard Mather, John Eliot ほか1名が「詩篇」にもとづいて訳した讃美歌集]
1729Daniel Mace: The New Testament in Greek and English [ギリシァ語本文と英訳の対訳.その英語は当時の口語英語を多少反映しているという]
1755John Wesley's New Testament [原典にあたり,AV の用語を約1万2千ヵ所改めた.のちの AV 改訳に影響をあたえた]
1764Anthony Purver: A New and Literal Translation of...the Old and New Testament 「18c後半に流行した美文体をもちいた大胆な自由訳.訳者にちなみ Quaker Bible ともよばれる]
1768Edward Harwood: A Liberal Translation of the New Testament[冗長で cliché を濫用した修辞的文体をもちいたパラフレーズ訳]
1808*Charles Thomson: The Holy Bible [米国における七十人訳聖書 (Septuaginta) の最初の英訳]
1833*Noah Webster: The Holy Bible...in Common Version [AV の古語的表現や卑俗な訳語を改める]
1876*Julia E. Smith's Bible [最初の女性による聖書翻訳(完訳)]
1881--85The Revised Version [略:RV.一原語一訳語主義にもとづき AV の改訂を試みたが,多くの点で不徹底]
1898--1901The Twentieth Century New Testament [最初の平易な現代語訳の試み.改訂版1904;米国版1961]
1901*The American Standard Version [略:ASV.RV の保守性に不満をもつ米国側委員による改訳]
1903F. R,Weymouth: The New Testament in Modern Speech [自ら校訂したギリシァ語本文にもとづき,正確な現代訳を試みる.改訂版1924, 1929]
1913--24James Moffatt: A New Translation of the Bible [単なる翻訳の域を越え,多くの新機軸を試みた口語的訳]
1923*E. J. Goodspeed: The New Testament: An American Translation ['日常のアメリカ英語'で大胆に訳す.J. M. P. Smith 等による旧約は1927年刊]
1937*C. B. Williams: The New Testament in the Language of the People [パラフレーズ的訳]
1940The New Testament in Basic English [Basic English の基礎語彙850語に聖書訳に必要な150語を加え,1000語で訳す.旧約1949年刊]
1941*The Confraternity Version [Rheims-Douai (1582--1510) の Challoner 改訂版 (1749--72) にもとつく米国司教協議会公認の新約聖書訳]
194--50Ronald Knox: The Holy Bible=ラテン語証聖書からの新訳.原文に意図された意味を現代読者に過不足なく伝える訳文をめざる.改訂版1955]
1945--59*The Berkeley Version [改訂訳 The Modern Language Bible (1969)]
1946--52*The Revised Standard Version [略:RSV.ASV を底本とし,正確な原文解釈と訳語の現代性の2点から AV の新しい改訳をと行なったが,AV の「簡素で古典的な文体」の伝続はできる限り保存することを目標とした.]
1947--58J. B. Phillips: The New Testament in Modern English [新約聖書書簡の訳 Letters to Young Churches (1947,19572) から始め,原典の意味と文体をできる限り忠実に伝えようと試みた.のちに Four Prophets (1963) を出版]
1952E. V. Rieu: The Four Gospels [Penguin Books 所収.その息子の C. H. Rieu による The Acts は1957年出版]

C. K. Williams: The New Testament: A New Translation of Plain English [外国人に対する英語教育の経験から1700語の 'plain English' で訳す]
1961--70The New English Bible [AVの伝統から独立した新しい平明な現代イギリス英語訳を標榜する.文体諮問委員会を設ける]
1966The Jerusalem Bible [フランス語訳 La Bible Jerusalem (1961) に範をとった,やや文語的な訳.改訂版 The New Jerusalem Bible (1985)]
1966--76*Good News Bible,or Today's English Version [現代の若い読者層が抵抗なく読めるような平易な米口語訳]

Dick Williams & Frank Shaw: Liverpool Vernacular Gospels [リヴァプール方言訳.改訂版1977]
1968--70*Clarence Jordan: Cotton Patch Version [米国南部方言で訳す]
1970*The New American Bible [The Confraternity Versionの新約を改訂,旧約を加え,題名を改めて出版.改訂版1987]
1971*Kenneth Taylor: The Living Bible: An Expanded Paraphrase [平明な口語によるパラフレーズ訳.米国の伝道家 Billy Graham の推薦でひろく流布する]
1973--78*The New International Version [AV の伝統を尊重しつつ現代英語化を試みた,やや文語的な訳.神に対しても you, your をもちいる.性差別に対する配慮なし]
1981*The New Jewish Version [ユダヤ教会の旧約英訳 The Holy Scriptures according to the Massoretic Text (1917) に代る新訳]
1982The Revised Authorized Version,or the New King James Version [古語法を徹底的に推除]
1989The Revised English Bible [The New English Bible (l961--70) の全面改訂訳;thou, thy, thee の完全除去,性差別表現の回避など現代化を推し進めるが,後者では不徹底]

*The New Revised Standard Version [刊行は1990年.thou, thy, thee の完全除去;性差別表現の回避では Revised English Bible より徹底]
1991*The Bible for Today's Family: Contemporary English Version. New Testament. [あらゆる面から現代読者に理解しやすい現代口語訳をめざす.性差別表現についても徹底して排除を試みる]


 ・ 寺澤 芳雄,川崎 潔 編 『英語史総合年表−英語史・英語学史・英米文学史・外面史−』 研究社,1993年.

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2013-12-30 Mon

#1708. *wer- の語根ネットワークと weird の語源 [etymology][indo-european][literature][shakespeare][word_family]

 昨日の記事「#1707. Woe worth the day!」 ([2013-12-29-1]) で,印欧語根 *wer- (to turn, bend) に由来する動詞 worth について取り上げた.この語根に由来する英単語は数多く,語彙の学習に役立つと思われるので,『英語語源辞典』 (1643) に従って語根ネットワークを示そう.

 ・ Old English: inward, stalworth, -ward, warp, weird, worm, sorry, worth, wrench, wrest, wrestle, wring, wrinkle, wrist, wry
 ・ Middle English: (wrap)
 ・ Old Norse: wrong
 ・ Other Germanic: gaiter, garrote, ribald, (wrangle), wrath, wreath, wriggle, writhe, wroth
 ・ Latin: avert, controversy, converge, converse, convert, dextrorse, diverge, divert, extrovert, introvert, inverse, obvert pervert, prose, reverberate, revert, (ridicule), subvert, transverse, universe, verge, vermeil, vermi-, vermicelli, vermicular, vermin, versatile, verse, version, versus, vertebra
 ・ Greek: rhabd(o)-, rhabdomancy, rhapsody, (rhomb, rhombus)
 ・ Slavic: verst
 ・ Sanskrit: bat (speech)


 一見すると形態的には簡単に結びつけられない語もあるが,意味的には「曲がりくねった」でつながるものも多い.くねくね動く虫 (worm) のイメージと結びつけられるものが多いように思われる.
 この中で,特に weird (不思議な,気味の悪い)を取り上げよう.この語の語源を古英語まで遡ると,(ge)wyrd (運命)にたどりつく.古英語文学においてとりわけ重要な単語であり概念である."to happen" を意味する weorþan の名詞形であり,"what is to happen" (起こるべきこと)を意味した.現代標準英語では「運命」の語義は古風だが,スコットランド方言などではこの語義が生きている.
 さて,この語は古英語以来,名詞として用いられていたが,1400年くらいから「運命を司る」を意味する形容詞としての用法が発達した.形容詞用法としては,Shakespeare が Macbeth において weird sisters (魔女;運命の3女神)を用いたことが後世に影響を与え,Shelley, Keats などのロマン派詩人もそれにならった.しかし,Shelley らは意味を「運命を司る」から「不可思議な,超自然的な」へと拡大し,さらに「奇妙な,風変わりな」の語義も発展させた.ロマン派詩人ならではの意味の発展のさせ方といえよう.この語は,古英語と後期近代英語の文学を象徴するキーワードといってもよいのではないか.
 現在の語形 weird は,中英語の北部方言形 wērd, weird に由来するとされる.Shakespeare 1st Folio では,the weyward sisters という綴字が見られ,語源的に区別すべき wayward (強情な;気まぐれな)との混同がうかがえる.

 ・ 寺澤 芳雄 (編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.

Referrer (Inside): [2017-01-25-1]

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2013-12-29 Sun

#1707. Woe worth the day! [verb][impersonal_verb]

 標記の文は「今日は何という厄日か;この日に呪いあれ」を意味する.ここで,worth は古英語 weorþan (to become, be, be done, be made; to happen) に遡る動詞であり,「価値(のある)」を意味する worth とは別ものである.印欧祖語まで遡れば,両語は究極的に同根である可能性はあるが,互いに異なる語としておいてよい.この動詞は,ドイツ語 werden (to become) ,ラテン語 verto (to turn) などと同根である.
 古英語 weorþan は高頻度の基礎動詞だったが,現代英語では標記のような成句,あるいは Woe worth you! のように人称代名詞を伴う形でしか用いられない.関連表現として,Woe betide (to) me!Woe is me. (「#1439. 聖書に由来する表現集」 ([2013-04-05-1]) に挙げた1例として)が見られる.
 動詞 worth に関わるこれらの表現は,いずれも非人称構文を取っている.標記の文でいえば,woeworth の補語,the day は与格に相当し,主語が欠けている.換言すれば,worth は非人称動詞であり,接続法3人称単数現在の屈折形を表わしている.祈願や呪いを表わす接続法の用法ということになろう.古くは,woe のほかに well も可能で,その場合には「〜に幸あれ」を意味した.
 この種の表現は,古英語末期からの歴史があり,OED では worth, v. 1 の語義 1c のもとに,あるいは woe, int., and adv., n., and adj. の語義 4a のもとに,多くの表現が見つけられる.MED では,worthen (v.) の語義 2c(b) に記述がある.中英語からの例をいくつかランダムに示そう.

 ・ a1150(OE) Vsp.D.Hom.(Vsp D.14) 5/15: Ne wurðe þe næfre swa wa þæt þu þe ne wene betere, for þan þe se wene þe ne lætt næfre forwurðen.
 ・ c1275 (?a1200) Laȝamon Brut (Calig.) (1963) l. 1678 Wa worðe þan monne. þe lond haueðe mid menske.
 ・ (c1300) Havelok (LdMisc 108) 2221: Euere wurþe him yuel and wo!
 ・ c1400(?c1390) Gawain (Nero A.10) 2127: Wel worth þe, wyȝe, þat woldez my gode.
 ・ a1425(c1385) Chaucer TC (Benson-Robinson) 2.344-6: Wo worth the faire gemme vertulees! Wo worth that herbe also that dooth no boote! Wo worth that beaute that is routheles!


 OED によると,中英語より後の時代では,16--17世紀に woe-worth のようにハイフンでつながれた形式が見られた.また,18--19世紀にはスコットランド方言などの諸方言で聞かれた.
 古英語で動詞として大活躍していた weorþan が後世にはほぼ廃用となってしまった理由については,学者間で諸説紛々としている.Mustanoja (616--18) によれば,諸言語からの影響説や機能主義的な説明が紹介されているが,いまだ決着はついていない.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

Referrer (Inside): [2013-12-30-1]

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2013-12-28 Sat

#1706. 中英語の one the most [syntax][me][superlative][sggk]

 中世の英語ロマンスの傑作 Sir Gawain and the Green Knight で,緑の騎士が登場する場面 (ll. 135--56) で,標記の「one the + 最上級」の表現が現れる(引用は Andrew and Waldron 版より).

Þer hales in at þe halle dor an aghlich mayster,
On þe most on þe molde on mesure hyghe;


 ここで On þe most は,"the very biggest (one)" ほどの強調された意味をもち,"one of the very biggest (ones)" とは区別されることに注意されたい.最上級を強める働きをする one の用法である.中英語では非常に頻繁に現れる用法で,MED でも ōn (pron.) の語義 7b のもとに,多くの例が挙げられている.OED では,one, adj., n., and pron. の見出し語とのもとで C. pron. †3a に当該の用法の記述がある.
 Mustanoja (297) によると,「the + 最上級」の代わりに「the + 原級」が使われる例が Trin. Hom. 185 に1つあるという.

þat is þat bihotene lond, þar is on þe wunsume bureh and on þe hevenliche wunienge þar alle englen inne wunien


 しかし,「the + 最上級」のほうが普通であり,この用法は11世紀より文証される.ane þa mæstan synne, on þe fairest toun, oon the grettest remedye, oon the unworthieste, oon the beste knyght, on þe sellokest swyn など枚挙にいとまがない.この用法は16世紀にはまれとなり,Spenser や Shakespeare がほぼ最後の使用者となる.まさに,中英語に華々しく咲いて散った強意の表現だったといえる.
 Middle High German, Early Modern High German, Middle Low German, Middle Dutch, Old Norse,Swedish など他のゲルマン諸語にも対応表現が文証され,ギリシア語 μóνος やラテン語 unus の強調用法にも通じるところがあり,またフランス語の une dame la plus belle にも比較されるので,英語の one the most の型にはこれらの関与があるのではないかと疑う向きもあるが,Mustanoja (298--99) は英語独自の発達と見ている.

There is every reason to look upon the types one the good man and one the best man as natural outgrowths of the organic structural pattern of native linguistic usage. They offer striking parallels to the common OE type min se leofa (leofesta) freond. The characteristic feature in constructions of this kind is the isolation of an attribute or other defining word from the noun or noun-group by means of an intervening element (called a Gelenkspartikel and particule d'articulation by German and French Romance scholars). This isolation has the effect of bringing out into relief the idea expressed by the attribute, i.e., of making this word and the whole group more emphatic.


 onethe + 最上級とを隔離することによって統語的及び意味的に際立たせるという点に関して,Mustanoja (299) は次のような表現との関連も指摘している.

This peculiar rhythmic arrangement, which probably has counterparts in most languages of the world, is responsible for such common types as all the world, both the(se) boys, half a bottle, too long a story, what a night, etc.


 half a bottle のような表現の語順については,「#788. half an hour」 ([2011-06-24-1]) で韻律的な要因を議論したが,Mustanoja のいうように意味的,機能的な要因も考慮する必要があろう.
 one the most の型が中英語に咲いて散った表現ということであれば,その前後の時代を含めた通時的な調査も必要となる.

 ・ Andrew, Malcolm and Ronald Waldron, eds. The Poems of the Pearl Manuscript. 3rd ed. Exeter: U of Exeter P, 2002.
 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2013-12-27 Fri

#1705. Basic English で書かれたお話し [artificial_language][basic_english][elt][bible]

 Gramley (354--55) を参照しながら,「#960. Basic English」 ([2011-12-13-1]) について補足し,英語教育用に Basic English で書かれたお話しを1つ挙げたい.
 Basic English は,1930年に C. K. Ogden によって策定され,戦後に I. A. Richards によって改訂され,さらに1990年代に Bill Templer によって再改訂された.本来,EFL のため,あるいは国際補助言語として計画されたものだが,その影響力は小さかった.850の基本語彙からなり,動詞は be, do, have, may, will, come, get, give, go, keep, let, make, put, say, see, seem, send, take の18個のみに限定されている.実際には,学習者は一般的な100語と,各自にとって中心的な分野の専門的な50語を追加して学ぶよう期待されており,計1000語の語彙が習得の目標となる.ただし,この1000語は見出し語として数えた場合の数であり,例えば be は1語とカウントされるが,当然ながら活用形been, being, was, were, am, are, is は区別して覚えなければならない.また,Ogden は標準的なレベルに達するには,国際的に使用される語彙 (ex. geography, gram, hotel) を含めて,計2000語は習得する必要があると考えており,Basic English の「850語」という売り文句は,あくまで最小限のものととらえておく必要がある.
 文法については,習得すべき項目は限られており,当面は以下の10項目を押さえておけばよい.第10項目の British English へのこだわりなどは,21世紀の現在では奇異に感じるが,発案当時の世界におけるイギリス英語の位置づけをよく伝えている.

1. Use an "S" to make a noun plural.
2. Adjectives can be extended using "-ER" and "-EST."
3. Verb can end in "-ING" and "-ED."
4. Adjectives become adverbs by adding "-LY."
5. "MORE" and "MOST" are used to talk about amounts.
6. "Opposite" adjectival meaning is expressed using "UN-."
7. To make questions use opposite word order and "DO."
8. Operators and pronouns conjugate as in normal English.
9. Two nouns (e.g. milkman) or a noun and a directive (sundown) make combined words (compounds).
10. Measures, numbers, money, days, months, years, clock time, and international words are in the British form, for example Date/Time: 20 May 1972 at 21:00.


 では,お話しを1つ.

One day last May there was a rat in a hole. It was a good rat which took care of its little ones and kept them out of the way of men, dogs, and poison. About sundown a farmer who was walking that way put his foot into the hole and had a bad fall. "Oh," was his thought, when he got on his legs again, "a rat for my dog, Caesar!" Naturally the rat had the same idea and kept very quiet. After an hour or two, Caesar got tired of waiting, and the farmer put his spade over the top of the hole, so that the rat was shut up till the morning when there might be some sport. But the farmer's daughter, May, had seen him from her window. "What a shame," said May, "Poor rat! there is no sport in letting cruel dogs loose on good mothers! I will take the spade away. There --- the rat may go." Then she took the spade to her father: "See! your spade was out there in the field, and I went to get it for you. Here it is." "You foolish girl," was his answer, "I put that spade over a rat-hole till the morning and now --- the rat may go."


 語彙は確かに basic かもしれないが,語法や文法は必ずしも basic ではないという印象を受ける.いかがだろうか.
 他にもサンプルテキストは,Readings in Basic English より豊富に入手できる.Bible in Basic English も参照.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

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2013-12-26 Thu

#1704. a great many years [syntax][phrase]

 標記の句は現代英語でも用いられるが,文法的にどのように分析されるのだろうか.many years というつながりだと解釈すると,多さを強調するのになぜ形容詞 great が用いられるのか説明できないし,さらに不定冠詞 a が先行するのも解せない.全体が「かなり多くの年」の意となることは予想できるとしても,文法的にはどうなっているのか.手元の複数の辞書では,分析せずに,a great [good] many 全体として,やや略式に「かなり多くの」を表わす熟語ととらえている.例文は少なからず挙げることができる.

 ・ There were a great many people present there.
 ・ I've known her for a great many years.
 ・ A great many people who voted for her in the last election will not be doing so this time.
 ・ Most of the young men went off to the war, and a great many never came back.
 ・ We've both had a good many beers.


 この many は「多数」を意味する名詞ととらえられる.名詞なのだから,a great で修飾されているのも不思議はない.類例として a great multitude もあれば,a large number もある.しかし,a great many years の場合には,複数名詞 years が直接後続しているのが妙だということである.*a great many of years のように of が介在していれば理解しやすいが,a great manyyears が直接に接続するのはどういうわけか.強いて共時的に分析しようとすれば,a great manyyears は同格と解釈するほかない.
 歴史的には,標記の句は「a great many of + 複数名詞」のような構造から of が脱落したものではないか.OED の many, adj., pron., and n., and adv. の語義 6.a によると,「a great many of + 複数名詞」の型は16世紀前半から現れる.現在では of の後には冠詞,指示詞,所有形容詞を伴った名詞,あるいは代名詞が来るのが原則だが,古くは名詞の複数形単体で現れることもあった.一方,語義 6.b では,of を伴わずに a many が直接複数名詞を後続させる用法が挙がっている.「a many + 複数名詞」の型は16世紀後半から文証され,強調した「a great many + 複数名詞」のような表現も,OED の例文としては18世紀から現れている(もちろん実際にはもっと早かった可能性もある).また,語義 6.c では a great many が単体で名詞句として用いられる用法が記述されているが,こちらの初例は16世紀半ばである.
 共時的な立場から統語的に分析しようとすると妙であるという感覚は否めないが,通時的な立場で考えれば違和感は多少なりとも解消するだろう.なお,few を使った同様の表現として She must have cooked a good few dinners over the years. のような例もある.

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2013-12-25 Wed

#1703. 南アフリカの植民史と国旗 [south_africa][history][afrikaans][vexillology]

 南アフリカ (South Africa) では,1/10ほどの国民が英語を母語として話している.その意味では ENL (English as a Native language) 国といってよいが,Afrikaans, Xhosa, Zulu ほか多くの言語が国民によって用いられており,英米のような ENL 国とは状況が異なる(「#177. ENL, ESL, EFL の地域のリスト」 ([2009-10-21-1]) を参照).南アフリカで話されている英語変種については,「#408. South African English と American English の変種構成の類似」 ([2010-06-09-1]) で簡単に取り上げたが,今日は同国植民史と国旗の話をしたい.
 1488年,ポルトガルの航海士 Bartholomew Diaz (1450?--1500) が喜望峰 (Cape of Good Hope) を周回してアジアへと向かう航路を,ヨーロッパ人として初めて開拓した.その後,多くのヨーロッパ船がこの航路を往来したが,17世紀初頭にはオランダとイギリスがこの航路のポルトガルによる独占支配に挑戦するようになった.1652年,オランダ東インド会社が,船舶のための供給基地として Table Bay (現在の Cape Town)に植民地を建設した.オランダ人植民者はオランダ語で農民を意味する Boer と呼ばれるようになり,後に Afrikaner とも呼称された.彼らはアフリカ各地,インド,マレーシアなどからの労働者を使役し,農業を営んで内陸部へ進出していった.そして,Khoekhoe や San などの先住民族と衝突すると,打ち負かしていった.
 1795年,イギリスが Cape 植民地をオランダから奪い,1814年に買い取った.1820年,イギリスは,ボーア人とコサ族 (Xhosa) との紛争に割って入り,両者の新植民地を建設した.これによりイギリスの支配権は強まったが,地域の不安は増した.1830年代から40年代初頭にかけて,反抗するボーア人が Cape 植民地を脱出し,北部への移住 (the Great Trek) を開始した.結果として,1850年代にボーア人によりトランスヴァール国 (Transvaal) とオレンジ自由国 (Orange Free State) が建国された.
 19世紀後半,金山が発見されると,イギリス人やドイツ人がこの地に押し寄せた.イギリス植民地 Natal とボーア人の Transvaal との間で緊張が高まり,後者が前者に軍事侵略したことで,ボーア戦争 (the Boer War; 1880--81, 1899--1902) が勃発.1902年にボーア人が降伏し,ボーア人の両共和国はイギリス植民地となった.1910年,Cape, Natal, Transvaal, Orange Free State の4植民地は,長い協議を経て,南アフリカ連邦 (Union of South Africa) へと統合.1961年に現在の南アフリカ共和国の名前に変わった.
 南アフリカは以上のような複雑な植民史を経ており,国旗もそれを反映している.現在の国旗は下に掲げた左側のもので,6色(使用色数は世界最多)のデザインだが,これは1994年に改められたものである.それ以前の1928--94年には右側のような図案が用いられていた.この図案では,大きな国旗の中に3つの小さな国旗が配置されている.大きな黄白青の横縞の国旗は昔のオランダの国旗である.小さな国旗については,左が Union Jack,中央がオレンジ自由国の国旗,右がトランスヴァール国の国旗である.中央と右のものには,赤白青の縞が見えるが,これは現在のオランダの国旗である.つまり,全体としてオランダのルーツ(ボーア人)をとどめながらも,イギリス植民地としての歴史をも刻んでいる,植民史を体現したような国旗だったといえよう.

National Flag of South AfricaNational Flag of South Africa from 1928 to 1994

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2013-12-24 Tue

#1702. カリブ海地域への移民の出身地 [geography][geolinguistics][history][timeline][map][caribbean]

 この4日間の記事 ##1698,1699,1700,1701 で,Gramley の英語史のコンパニオンサイトより,7章のための補足資料を参照しながら,英語圏の人々の移住とそれに伴う英語拡散の歴史を,目的地あるいは出身地により整理してきた.今日はこの一連の話題の最後として,同資料の pp. 7--8 より,カリブ海地域 (the Caribbean) への人々と英語の進出を整理したい.

FROMTO
17th Century Movements
BritainBermuda (1609); Providence Island (1631); Cayman Islands (1670)
IrelandSt. Kitts (1624); Barbados (1627); Nevis, Barbuda (1628)
AfricaBermuda (1609)
BermudaProvidence (1631); Bahamas (1648); Jamaica (1655); Turks + Caicos (1678)
New EnglandProvidence (1631)
St. KittsNevis, Barbuda (1628); Antigua (1632); Montserrat (1633)
The Leeward IslandsAnguilla (1650); Jamaica (1655); St. Thomas (1672)
BarbadosSuriname (1651); Jamaica (1655)
SurinameJamaica (1655)
JamaicaCayman Islands (1670)
St. ThomasSt. John (1684)
18th Century Movements
Belizethe Moskito Coast (1730)
Jamaicathe Moskito Coast (1730)
LeewardsSt. Croix (1733); Guyana (1740s); St. Vincent, Grenada (1763)
St. ThomasSt. Croix (1733)
BarbadosGuyana (1740s); St. Vincent, Grenada (1763), Trinidad (1797)
American SouthBahamas (1780ff)
Moskito CoastBelize, Andros, Bahamas (1786)
WindwardsTrinidad (1797)
19th Century Movements
US (freed slaves)Samaná (Dominican Republic) (1824)
San AndrésCocas del Toro (Panama) (1827)
Cayman IslandsBay Islands (Honduras) (1830s)
JamaicaPuerto Limón (Costa Rica) (1871)
USPuerto Rico (1898)
20th Century Movements
JamaicaPanama (1904--1914)
USthe American Virgin Islands (1917)


 カリブ海地域は日本にとってあまり馴染みのない地域なので,地理関係もつかみにくいかもしれない.地域の地図は,「#1679. The West Indies の英語圏」 ([2013-12-01-1]) を参照.  *
 外からの人口流入もさることながら,同地域内での人々の移動も頻繁だったことがよくわかる.例えば,Barbados, Belize, Bermuda, Cayman Islands, Jamaica, the Moskito Coast, St. Kitts, St. Thomas, Suriname の名前は,出発地にも目的地にも現れている.また,Jamaica 発で英語が広がった the Bay Islands (Honduras), the Corn Islands (Nicaragua), Blue Fields (Nicaragua), Puerto Limón (Costa Rica) や Belize など中米に属する英語圏の存在は忘れられがちだが,英語の拡散を扱う上では見逃せない.この地域の英語拡散の歴史についての詳細は,Holm を参照.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.
 ・ Holm, J. A. "The Spread of English in the Caribbean Area." Focus on the Caribbean. Ed. M. Görlach and J. A. Holm. Amsterdam: Benjamins, 1986. 1--22.

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2013-12-23 Mon

#1701. アメリカへの移民の出身地 [geography][geolinguistics][history][timeline][caribbean]

 「#1699. アメリカ発の英語の拡散の年表」 ([2013-12-21-1]) の記事では,アメリカ「から」の人々の移住と英語の拡大の歴史を一覧したが,アメリカ「へ」の人口流入の歴史も,アメリカ英語の形成過程を論じる上では重要な知識である.アメリカ移民史は一大分野をなすが,英語史の話題として論じるにあたっては,簡便なリストが手元にあると重宝する.「#158. アメリカ英語の時代区分」 ([2009-10-02-1]) よりは詳しいが,本格的な移民史よりは簡略な表が,Gramley の英語史のコンパニオンサイトにあった.7章のための補足資料 (pp. 6--7) より再現しよう.一部,目的地として米国以外の地域も含まれている.

FROMTO
Southern EnglandEastern New England, the coastal South (from the early 17th century)
The CaribbeanVirginia and the plantation South (from the early 17th century)
Northern England, Scotland, UlsterSoutheast Pennsylvania, the Piedmont, and the Appalachian South (all from the late 17th century)
GermanyPennsylvania (from the late 17th century)
The 13 coloniesUpper Canada, the Maritimes (in the late 18th century)
HaitiLouisiana (in the late 18th century)
New EnglandNorthwest Territory (from the early 19th century)
Pennsylvania, Maryland, Virginia, and the Carolinas, and Georgiathe Ohio Valley and Southern Appalachians (from the 18th century)
US (freed slaves)Liberia (from 1822)
Upper Canadathe Prairie and Mountain provinces; British Columbia (19th century)
Midwestthe Oregon Territory, California, and the Mountain West (19th century)
New EnglandHawaii (late 19th century)
Far WestAlaska (late 19th century)
US (colonial administration)Philippines (from 1898--1946)


 上掲は,主としてアメリカが目的地となる移住についての表だが,部分的にアメリカが出発地となる移住の情報とも読める.移民はアメリカへ移動し,アメリカ内を移動し,アメリカから移動しているのである.その意味では,「#1698. アメリカからの英語の拡散とその一般的なパターン」 ([2013-12-20-1]) の略図も参考になるだろう.
 上の年表によれば,アメリカ英語の形成と拡散の歴史は,17世紀初頭に始まり20世紀半ばまで続いたことが示唆されるが,その後もアメリカ(英語)が現在にいたるまで世界各地に影響力を行使し続けていることを考えれば,広い意味でのアメリカ英語の拡散史は約400年に及ぶことになる.対応するイギリス英語の拡散史は450年余なので,近現代における英語の世界展開の歴史に限定するのであれば,アメリカ英語にも充分に長い歴史があるということになろう.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

Referrer (Inside): [2015-07-06-1] [2014-01-24-1]

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2013-12-22 Sun

#1700. イギリス発の英語の拡散の年表 [bre][geography][geolinguistics][history][timeline][caribbean]

 昨日の記事「#1699. アメリカ発の英語の拡散の年表」 ([2013-12-21-1]) を受けて,今日はイギリス版を.昨日と同様,Gramley の英語史のコンパニオンサイトより,7章のための補足資料の p. 6 を転載する.イギリス諸島のどの地域から,世界のどの地域へ人々と英語が移動したかを時代順に示したものである.

FROMTO
Southwest EnglandSoutheastern Ireland (from 1556 to well into the 17th century)
Scotland + EnglandUlster (from 1606 to the 1690's)
England + ScotlandNorth America (from 1607)
Britain + Irelandthe Caribbean (esp. Barbados) (from 1627)
Britain + IrelandAustralia (from 1788)
EnglandSouth Africa (from 1820)
Britain + AustraliaNew Zealand (from 1820)
Britain (exploration, trade, colonial administration)West Africa: Gambia (1661, 1816); Sierra Leone (1787); Ghana (1824; 1850); Nigeria (1851, 1861); Camero on (1914)
East Africa: Uganda (1860's); Malawi (1878); Kenya (1886); Tanzania (1880's)
Southern Africa: South Africa (1795); Botswana (19th century); Namibia (1878); Zambia (1888); Zimbabwe (1890); Swaziland (1894)
South Asia: India (1600); Bangla Desh (1690); Sri Lanka (1796); Pakistan (1857)
Southeast Asia: Malaysia (1786); Singapore (1819); Hong Kong (1841)


 この表をじっくり眺めれば,いかにイギリスが16世紀半ばから19世紀半ばまでの約300年間にわたって,ゆっくりと確実に英語の種を世界中に蒔いてきたかが分かるだろう.もちろん19世紀半ば以降もイギリスによる世界各地の統治は続いたし,現在でもその遺産は「#1676. The Commonwealth of Nations」 ([2013-11-28-1]) として生きているので,広い意味でのイギリス英語の拡散は優に450年を超える歴史を有しているといえよう.
 関連する年表や地域リストについては,「#1368. Fennell 版,英語史略年表」 ([2013-01-24-1]),「#1377. Gelderen 版,英語史略年表」 ([2013-02-02-1]),「#215. ENS, ESL 地域の英語化した年代」 ([2009-11-28-1]) も参照.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

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2013-12-21 Sat

#1699. アメリカ発の英語の拡散の年表 [ame][geography][geolinguistics][history][timeline]

 昨日の記事「#1698. アメリカからの英語の拡散とその一般的なパターン」 ([2013-12-20-1]) で,アメリカを中心地とする英語の拡散について話題にした.近代から現代にかけての英語の拡散の中心地といえば真っ先にイギリス,すなわち大英帝国の存在が思い浮かぶが,19世紀以降のアメリカ発の拡散も,現在の英語の分布に大きく貢献している.
 アメリカ発の英語の拡散も,その領土の拡大と二人三脚で進行した.イギリスと比較した場合のアメリカの領土拡大の特徴は,世界を目指す外的な拡大ではなく,概ね北米にとどまる内的な拡大だった点である.確かに,「#255. 米西戦争と英語史」 ([2010-01-07-1]),「#1589. フィリピンの英語事情」 ([2013-09-02-1]),「#1697. Liberia の国旗」 ([2013-12-19-1]) の記事で取り上げた Guam, Puerto Rico, the Philippines, Liberia などのように,世界への展開もあるにはあるのだが,基本的には内的な拡大とみてよい.アメリカの領土拡大と英語拡散の歴史については,「#1368. Fennell 版,英語史略年表」 ([2013-01-24-1]),「#1377. Gelderen 版,英語史略年表」 ([2013-02-02-1]),「#215. ENS, ESL 地域の英語化した年代」 ([2009-11-28-1]) などで触れているが,とりわけこの点に注目した年表を以下に掲げたい.Gramley の英語史のコンパニオンサイトの,著書の7章に相当する補足資料の p. 5 より抜き出したものである.

1. The original extent of the US according to the Treaty of Paris at the end of the War of Independence in 1783 extended to the Mississippi River.
2. In 1803 the Louisiana Purchase, the territory ceded to the U.S. by Napoleon for $15 million, doubled the territory of the US, which now reached the Rocky Mountains.
3. First West Florida (1810 and 1813) and then East Florida (1819) were taken from Spain by invasion and the payment of $5 million.
4. Texas, once a Mexican state, then an independent republic run by American settlers since 1836, was annexed by the US in 1845.
5. The Northwest Territory (Oregon, Washington, and British Colombia), claimed by Britain and the U.S. as well as Spain and Russia, was peaceably divided between the former two in 1846.
6. In the Mexican-American War (1846--1848) vast conquered areas in the west (California) and southwest (New Mexico, Arizona) were annexed. The US indemnified Mexico for $10 million. Many speakers of Native American languages and Spanish became US citizens.
7. Further Mexican territory (the Gadsden Purchase, 1853) was acquired for $10 million to ease the building of a rail line to California.
8. The US bought Alaska from Russia for $7.2 million in 1867 (Seward's Folly). The original Inuit peoples are today a distinct minority.
9. The kingdom of Hawaii (formerly known as the Sandwich Islands) became a republic after a coup by Americans living there in 1893. It was annexed in 1898. Today the Hawaiian language is making something of a comeback within a context of a society dominated by StE and Hawaiian Creole English.
10. The Spanish-American War ended with the US taking over numerous territories, some such as Cuba only temporarily, others longer. Today Puerto Rico is a commonwealth, Spanish-language American territory, and Guam in the Pacific, a bilingual territory. The Philippines, for which the U.S. paid Spain $20 million, remained an American colony until 1946. Pilipino is the national language in this very multilingual country, and English is a widely used L2.


 19世紀の最初の2/3の時期のあいだに,アメリカ合衆国は大西洋沿岸から内陸へ,西へ南へ北へと領土を拡大した.この時期に,アメリカは北米に盤石な基礎を作りあげた.19世紀後半からは,Hawaii, Guam, other Pacific islands, the Philippines, Puerto Rico, the American Virgin Islands など世界へも進出したが,その頃までには,世界には進出できる主要な地域は多く残されていなかったのが実態である.
 上記の Gramley の補足資料には,その他にも人々の移住と英語の拡散との関係をまとめた表が盛りだくさんで,重宝する.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

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2013-12-20 Fri

#1698. アメリカからの英語の拡散とその一般的なパターン [ame][variety][map][geography][geolinguistics][history][linguistic_imperialism]

 昨日の記事「#1697. Liberia の国旗」 ([2013-12-19-1]) で,Liberia の英語が,イギリス英語ではなくアメリカ英語に基礎を置いている歴史的背景を略述した.「#376. 世界における英語の広がりを地図でみる」 ([2010-05-08-1]) では歴史的にイギリス英語とアメリカ英語の影響化にある地域を図示したが,今日はアメリカ英語を基盤とした英語の世界展開,さらに英語の世界展開の一般的なパターンについて考えてみたい.
 移民,征服,交易などによる人々の移動は,言語そのものの地理的拡大に貢献する.これは,geolinguistics や geography of language と呼ばれる分野で専門的に取り扱われる話題である.19世紀より前には,英語の中心地はブリテン諸島にあり,そこから英語が植民や交易により北アメリカ,カリブ海,アフリカ,オーストラリア,ニュージーランド,アジアなどへと展開していた.しかし,19世紀に近づくと,アメリカが英語の拡散のもう一つの中心地として成長してきた.英語は,そこからアメリカ西部,アラスカ,カナダを始め,カリブ海,ハワイ,フィリピン,リベリアなどへも展開した(関連して「#255. 米西戦争と英語史」 ([2010-01-07-1]) を参照).アメリカからの英語の拡散を駆動した要素は,当初はイギリスの場合と同様に重商主義 (mercantilism) と領土の拡大 (territorial expansion) だったが,19世紀終わりまでには,新たに宗教と文明という要素もアメリカ発の英語の拡大に貢献した.
 やがて,New England から出発してカナダに入った英語も,それ自身がもう一つの中心となろうとしていた.こちらは北米の外へ展開することはなく,内部的な拡散でとどまったが,拡散の過程で新たな中心地が生み出されたという点では,イギリスやアメリカが先に示していたパターンと変わるところがない.英語の拡散の過程で生まれた中心地と,そこからのさらなる拡散を,Gramley (159) の図を参考に,下のように表わしてみた.

Spread of English In and From America

 この英語の拡散のパターンは世界の至る所で繰り返された.イギリス英語の流れを汲む Jamaica の英語も,それ自体が拡散の中心となり,中央アメリカの沿岸部へ影響を及ぼした.Western Jamaica から広がった Belize, Bay Islands, Corn Islands, Blue Fields, Puerto Limón の英語がその例である.また,Australia は,New Zealand, the Solomon Islands, Fiji, Papua New Guinea への展開の中心地となったし,South Africa は Namibia, Zimbabwe, Lesotho, Malawi への展開の中心地となった.極めて類似したパターンである.
 英語は,他の帝国主義国の言語と異なり,このパターンにより大成功を収めたのである.Gramley (159--60) は,英語の拡大の成功について次のように分析している.

What we see, then, is economically and demographically motivated expansion and closely related to it, a geographical spread of English to a unique extent. While the other major European colonial powers, Spain, Portugal, France, and The Netherlands, also acquired colonial empires, they differed because they did not establish settler communities which repeated the process of expansion to the degree that Britain did. In the case of Russia there was "merely" what is most frequently seen as "internal" expansion eastward. And the late-comers to the field, Germany, Italy, and Japan, were able to acquire relatively few and less desirable territories and were knocked out of the game at the latest by losing World War I (Germany) or World War II (Japan, Italy).


 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

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2013-12-19 Thu

#1697. Liberia の国旗 [vexillology][link][map][geography]

 旗を研究対象とする旗章学 (vexillology) と呼ばれる分野がある.国旗のデザイン,由来,変遷の歴史なども研究対象となるが,世界の地理や歴史を学ぶ上で,よい教材を提供してくれる.英語史でも,近代以降の英語の世界展開をたどるのに時に有益である.例えば,英国の歴史をたどる上で,Union Jack (Union Flag) 成立の経緯は重要である(詳しくはこちらのサイトを参照).国旗に関する出版物は多いが,ウェブ上のリソースも便利なものが多いので,いくつかを紹介しておこう.
 
 ・ Flags of the World (FOTWO): 由来や変遷の歴史など詳細な情報を含み,非常に有用.
 ・ World Flag Database: アルファベット順で,大きくデザインを表示する.国の地図へも飛べる.
 ・ All Flags in Alphabetical Sequence: アルファベット順にサムネイルで一覧.各種のサイズをフリーで利用できる.
 ・ 外務省 世界の国旗: 地域ごとにサムネイルで一覧するのに便利

 さて,今日は リベリア共和国 (Republic of Liberia) とその国旗を取り上げる.西アフリカ南西部,大西洋に面したこの土地には,古来多数の土着民族が住んでいた.建国につながる近現代史に限れば,1822年にアメリカ植民協会 (American Colonization Society) が米国の黒人解放奴隷の入植地として買収したことに始まる.首都となる Monrovia (アメリカ第5代大統領 James Monroe にちなむ)へ移住したアメリカの解放奴隷が支配層となり,1847年に独立した.アフリカで最も古い共和国である.国名には,ラテン語で「自由な」を意味する liber が含まれている.

Map of Liberia

 350万人ほどの国民のうち,解放奴隷の子孫は数パーセントを占めるにすぎないが,早くから欧米式の教育を受け,社会的には影響力のある集団となっている.英語が国語として採用されているのもそのためである.使用されている英語変種としては,アメリカ英語の影響を受けた標準的な変種のほか,Liberian English と呼ばれるピジン英語もある.アフリカにおける標準英語変種は,英植民地の歴史によりイギリス英語のそれに大きく偏っているが,リベリアはアメリカ英語に基づいており,特異な存在である.「#376. 世界における英語の広がりを地図でみる」 ([2010-05-08-1]) で,アフリカ大陸のなかで唯一リベリアがピンクで示されていることを確認されたい.ほかに Ethnologue: Liberia も参照.
 アメリカとの関連の深さは,国旗にもよく現れている.アメリカの星条旗 (Stars and Stripes) を基にしたデザインであることが明らかである.赤白11本の縞は憲法の起草者の数を,白い1つの星 (Lone Star) はアフリカにおいて模範となるべき欧米風独立国家の象徴を表わす.

National Flag of Liberia

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2013-12-18 Wed

#1696. 英語変種の2次元モデル [model_of_englishes][elf][variety][sociolinguistics][pidgin][creole][covert_prestige]

 英語変種や英語話者を分類・整理するモデルは,「#217. 英語話者の同心円モデル」 ([2009-11-30-1]) で示した Kachru による古典的な同心円モデルを始めとして,様々なモデルを model_of_englishes の各記事で紹介してきた.今回は,Gramley (177) に示されていた,英語の社会言語学的な地位と標準性・非標準性という2つの軸を組み合わせた2次元モデルを紹介しよう.以下は,"A two-dimensional model of English showing status variation (ENL, ESL, EFL, Pidgin and Creole English) as well as GenE and traditional dialects" とラベルの貼られた図式を再現したものである.

Two-dimensional Model of English Showing Status Variation

 この図の水平軸には,Kachru の同心円がフラットに展開されている.ENL が中央に位置し,垂直軸との交点にあることは,この変種の威信の象徴である.その左右の隣には ESL と EFL が配され,さらに外側には Pidgin English や Creole English が置かれている.PE や CE が周辺に置かれているのは,言語的には英語から独立しているものの,歴史的,社会的には英語と関連づけられるからである.
 垂直軸の表わすものについては議論の余地があるが,ここでは標準的な度合いを表わすものと考えられている.上端がもっとも標準的で,下端がもっとも非標準的ということになる.上下ともに末端は複数に分岐しており,標準英語にも非標準英語にも多数の変種があることが示されている.特に非標準変種は,General English の範囲外にあると考えられている伝統的な方言 (traditional dialects) とも近縁であることが示されている.
 全体として,上に行けば行くほど顕在的権威 (overt prestige) が強く,教育と結びつけられた変種であるという解釈になる.逆に,下に行けば行くほど,潜在的権威 (covert_prestige) が強く,末広がりで互いの変異も大きい.
 ピジン語やクレオール語の位置づけ,非標準変種と伝統的方言の関係などいくつかの点ではよく考えられているが,全体としては直感的にとらえにくいモデルのように思われる.例えば,Kachru の同心円モデルがフラットに水平軸に展開されていることの意味がよくわからない.垂直軸には標準・非標準というラベルを貼ることができるが,この水平軸にはどのようなラベルを貼ればよいのだろうか.また,このモデルは静的である.英語変種の収束と発散が同時進行している現代英語を記述するのには,「#414. language shift を考慮に入れた英語話者モデル」 ([2010-06-15-1]) や「#1106. Modiano の同心円モデル (2)」 ([2012-05-07-1]) のような動的なモデルがふさわしいように思われる.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

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2013-12-17 Tue

#1695. 句動詞の品詞転換 [conversion][phrasal_verb][compound][word_formation][diatone]

 近代英語以降,品詞転換 (conversion) が生産力を増してきた経緯については,「#190. 品詞転換」 ([2009-11-03-1]) や「#1414. 品詞転換はルネサンス期の精力と冒険心の現われか?」 ([2013-03-11-1]) などの記事で取り上げてきた.品詞転換のなかでも,特に現代英語になってはやり出したのが,句動詞の名詞への転換である.「#420. 20世紀後半にはやった二つの語形成」 ([2010-06-21-1]) では,sell-out, write-off, call-up, take-over, breakdown などの例を挙げ,複合による語形成という観点からこれらを headless compounds あるいは exocentric compounds と呼んだが,句動詞からの転換ととらえたほうがわかりやすいかもしれない.ただし,対応する句動詞がない love-in, think-in などの名詞もあるので,その場合には転換とは考えられず,直接の複合による語形成ということになる.
 ほとんどの場合,句動詞は本来語の要素を用いるので,ロマンス系形の派生語と比べると,直接的に心に響く.力強く感情的で,気取らない口語風といえばよいだろうか.Potter (171) も次のように述べている.

Among the commonest of recent shifts are those of Germanic-derived phrasal verbs into nouns. These new forms are felt to be more forceful and vigorous than those Latin-derived synonyms which they so often supplant.


 Potter (172--73) が挙げている例を列挙すると,breakaway, breakdown, breakout, breakthrough, breakup, buildup, dropout, followup, frameup, getaway, getby, getout, gettogether, getup, hideout, holdup, hookup, layout, leadin, leftover, letup, makeup, payoff, rakeoff, sellout, setback, setup, shakeup, shareout, showdown, stepup, takeoff, takeover, throwaway, walkout, walkover となるが,電子辞書で検索すると他にいくらでも出てくる.例えば,OALD8 で -away を後方一致検索すると,+breakaway, castaway, +cutaway, getaway, +giveaway, hideaway, layaway, +runaway, stowaway, takeaway, tearaway などがヒットする.+ を付したものは限定形容詞としても用いられ,他にも形容詞としてのみ用いられる flyaway, foldaway, soaraway, throwaway なども見つかる.句動詞→形容詞の転換例も少なくないようで,むしろ名詞への転換よりも時間的に先行しているものもある.
 away にとどまらずに主要な前置詞で同じように後方一致検索をかけて関連語の一覧を作ろうと思ったが,これは少々時間がかかりそうなので,今回は見送っておく.初出年代を逐一チェックする必要があるが,後期近代英語から現代英語にかけての時期に出現したものが多そうである.
 句動詞からの転換の生産力そのものが研究対象になるほか,名前動後 (diatone) の強勢パターンの観点からも,句動詞由来の名詞・形容詞は要注目である.

 ・ Potter, Simon. Changing English. London: Deutsch, 1969.

Referrer (Inside): [2015-08-14-1]

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2013-12-16 Mon

#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由 [greek][compounding][scientific_name][lexicology][combining_form]

 科学語彙 (ISV = International Scientific Vocabulary) には,ギリシア語の要素を複合させたものが多い.しばしば neo-Hellenic compounds と呼ばれるが,これらの語彙は主として近代の産物である(ラテン語の場合には neo-Latin compounds とも呼ばれ,合わせて neo-classical compounds と呼ばれることもある).学名においても,「#511. Myrmecophaga tridactyla」 ([2010-09-20-1]) や「#512. 学名」 ([2010-09-21-1]) でみたように,ギリシア語要素が特権的に利用されているし,「#552. combining form」 ([2010-10-31-1]) の供給源としても同言語の役割は大きい.また,eco-, micro-, tele-, -ology などのギリシア語に由来する接辞は生産力が著しく高く,ISV の枠をはみ出して,一般語彙の形成にも及んでいる.
 ISV においてギリシア語が繁栄した背景には,近代科学が発展した西洋において,ラテン語と並んでギリシア語が長い間権威ある言語とみなされてきた伝統がある.ヨーロッパにおいて,ギリシア語の威信が語派を超越して広がっていたというのは,近代科学の発展にとっては幸運なことだった.英語もフランス語もドイツ語も,ISV のためには等しくギリシア語を利用するという慣習が確立しやすかった.ルネサンス以降,尊ぶべき知識の源泉はギリシア語(及びラテン語)にあり,と共通して考えられるようになったことで,その後の科学(語彙)の発展と拡大にとって,好条件が整ったのである.
 Potter (86) は,知識の源泉としてのギリシア語という考え方が,ゲルマン諸語やロマンス諸語のみならず,スラヴ系のロシア語にも当てはまったことは,とりわけ幸運なことであったと述べている.

In the ever expanding world of science and invention most of these new words are either taken direct from Greek or compounded of Greek elements. This applies not only to English but also to the other three widely disseminated languages --- French, Spanish and Portuguese. Moreover, and in some ways more important still, this also applies to Russian. The modified Cyrillic 33-letter alphabet of modern Russian is based upon the 22-letter alphabet of Greek which is the same today as it was in the time of Plato and Aristotle. Ties between Kiev, Byzantium and Athens have been close throughout the ages. / It is indeed most fortunate that the scientists of the two leading powers --- the United States and the Soviet Union --- both go to Greek for their technical terms. Scientists now have at their disposal a copious store of neo-Hellenic components. They have come to regard the Greek language as a kind of quarry from which they can mine blocks to be shaped at need to make new words or to adapt forms already in use. (86)


 ロシア語は,文字体系を含む言語文化の歴史を通じて,ギリシア語との密な接触を保ってきた.西ヨーロッパ諸語文化とロシア語文化との間には歴史的に直接の接点は多くなく,したがって,ともすれば世界の ISV も2つ(以上)の系列に分かれてしまっていたかもしれない.もしそうなっていたら,近代科学の発展の速度はもっと遅くなっていただろう.しかし,ヨーロッパの東西で共通して威信ありと認められていたギリシア語が科学語彙形成の基礎とされたことで,幸運にも ISV は1系列に収まっているのである.
 日本語母語話者にとって,ISV の基盤にギリシア語があるからといって,それを学ぶ上で特にメリットがあるわけではない.しかし,ISV が1系列でまとまっていることによって科学の発展が最大限に促され,その恩恵を世界市民として最大限に享受していると考えれば,やはりギリシア語の働きは大きいと評価できるだろう.

 ・ Potter, Simon. Changing English. London: Deutsch, 1969.

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2013-12-15 Sun

#1693. 規則的な音韻変化と不規則的な形態変化 [entropy][phonetics][analogy][morphology][i-mutation]

 残念ながら,どの文献で読んだかは失念したが,「音韻変化は規則的に生じるが形態論に不規則性をもたらし,形態変化は不規則に生じるが形態論に規則性をもたらす」という謂いがある.音韻変化と形態変化(典型的には類推作用)の特徴をうまく言い表したものである.「#838. 言語体系とエントロピー」 ([2011-08-13-1]) の記事では,同じことを「形態論において,規則的な音声変化はエントロピーを増大させ,不規則的な類推作用はエントロピーを減少させる」と換言した(関連して,「#1674. 音韻変化と屈折語尾の水平化についての理論的考察」 ([2013-11-26-1]) も参照).
 具体例を1つ挙げよう.「#157. foot の複数はなぜ feet か」 ([2009-10-01-1]) で取り上げたように,foot (sg.) vs feet (pl.) は現代英語では形態的に不規則ととらえられている.大部分の名詞が屈折形態素 {s} を付加するという規則で複数形を作ることに照らせば,確かに不規則といって然るべきである.しかし,この不規則性の由来を探ると,i-mutation と呼ばれる規則的な音韻変化に行き着く.規則的な過程であれば,その結果も規則的になるはずではないかと疑われるかもしれないが,音韻変化でいう規則性とは多くの場合条件つき規則性であるというのがミソである.foot -- feet の場合には,後続音節に前舌高母音 /i/ が含まれることが条件である.しかも,この /i/ が後に消失してしまうという,さらなる音韻変化が作用した結果,件の複数形は予想不可能な形態をもつに至ってしまった.以上をまとめれば,音韻変化の規則性とはあくまで条件つきの規則性であることが多く,さらにそのような音韻変化が複数重なることにより,実際上は予測不可能な形態に至ってしまうものなのである.これで,上記の謂いの前半部分「音韻変化は規則的に生じるが形態論に不規則性をもたらす」が説明される.
 次に,後半部分「形態変化は不規則に生じるが形態論に規則性をもたらす」に移ろう.foot -- feet と同様に,古英語では「本」を表わす bōc の複数(主格・対格)形は i-mutation の効果で bēc という形態だった.そのまま現代英語に伝わっていれば,*beech などとなっていたはずだが,この語に関しては類推 (analogy) の作用により,大多数の -s 複数形に呑み込まれ,中英語以降に books と「規則化」した.ここでは類推という典型的な形態変化の過程が結果として規則性をもたらしたことになるが,bōc には働き,fōt には働かなかったという意味で,単発的である.どの語に働くのか予測不可能なのであるから,その点では不規則である.
 規則的な音韻変化が形態論に不規則性をもたらし,その不規則性を部分的に修復するかのように,形態変化が不規則に作用する.音韻変化はさながら自然的,機械的,無意識的であり,形態変化はさながら人為的,選択的,意識的である,と対比できようか.このような相反する機構がシーソーのように繰り返し作動し,言語変化を駆動しているのだろう.
 音韻変化と形態変化の特性の対比について,タンバ (56) が似たようなことを述べている.時期と時間的長さという点においても,2つの変化の間に明確な対比があるという指摘は重要だろう.

音素は,規則的な音韻法則によって変化するが,その法則はある時期ある一定のあいだだけに適用されるものである.一方,形態素は不規則に変化し,その変化は時期,時間的長さによって限定されない.


 ・ イレーヌ・タンバ 著,大島 弘子 訳 『[新版]意味論』 白水社〈文庫クセジュ〉,2013年.

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2013-12-14 Sat

#1692. 意味と形態の関係 [sign][arbitrariness][double_articulation][diachrony][semantic_change][polysemy][semantics]

 記号の恣意性については,arbitrariness の記事を中心に,とりわけ「#1108. 言語記号の恣意性,有縁性,無縁性」 ([2012-05-09-1]) で議論した.そこでは,恣意性,規約性,有縁性・無縁性を区別する必要があることに触れた.signifié と signifiant との関係,平たくいえば意味と形態との関係についてを真剣に考察するのがソシュール以来の(特にフランス)言語学の伝統といえるが,意味論学者であればなおのこと,この問題に並々ならぬ関心を示す.
 タンバの第2章は,ほとんど意味と形態の関係の考察に費やされている.タンバは,言語の二重分節性について「#767. 言語の二重分節」 ([2011-06-03-1]) で紹介した Martinet の用語を引き合いに出して説明しながら,記号における signifié と signifiant の関係の問題へ迫っていく.タンバの示唆的な評言をいくつか引用しよう.

意味は一方では,それを示す形態から分離できないが,言語の意味と形態の不分離の結合は1対1の対応をなしておらず,形態の特定は意味を特定するのに充分ではない.このパラドックスによって,言語の意味と形態の関係を明らかにする必要が生じる.(54)


記号内容は,定義によると,第1次分節の単位であるから,音素にならって作られた意味素ノエームなどの意味の原子である第2次分節の有限の要素には還元できない.(56)


共時的,通時的という2重の観点は,記号表現のレベルよりも記号内容のレベルでの方が不鮮明だということが明らかになる.確かに,一定の言語態の中で語の意味を定めることと,その歴史的進化を研究することとは明らかに異なる2つのアプローチである.〔中略〕さまざまな時期に現れたいくつかの意味も,多様性という風に考えれば,同時代のものだということにもならないだろうか.そして,新しいものは,しばしば既存のパターンを用いるので――ソシュールは,「言語は共ぎれでつぎはぎをした衣である」とのべている.」(『講義』,235頁).一定の意味関係は1つの共時態から他の共時態へと生き続け,1種の無意識的記号論が作り出されることもある.無意識的記号論は,超時的原型にならって1つの言語の意味形態を形成するのである.(61)


記号意味の対立は,閉じられた音韻体系の中で生じるものではなく,開かれた語彙体系の中で生じるものである.故に,音韻的相違にならって意味の相違を把握することはできない.(62)


 歴史的言語学的な関心からは,とりわけ3番目の引用で触れられている,共時的な多義性と通時的な意味変化との関係についての考察が目を引く.意味変化は時間とともに徐々に進行し,新しい意味は必ずしも古い意味を置き換えず,むしろ両方の意味が累積していくことも多い.累積した結果は,共時的には多義となる.この共時的多義性は,1人の話者が作り出したものではなく,集団的に数世代を経て作り出されたものであるという点で,無意識的記号論と呼びうるし,共時態と通時態とを超越した超時間的記号論とも呼びうるだろう.
 上記のように意味は累積しうるが,形態には累積という概念はそれほどうまく当てはまらないように思われる.すると,形態における無意識的,超時間的な次元というものは,より考えにくいということになるだろう.この辺りに,意味と形態の特徴の大きな差があるのではないか.

 ・ イレーヌ・タンバ 著,大島 弘子 訳 『[新版]意味論』 白水社〈文庫クセジュ〉,2013年.

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2013-12-13 Fri

#1691. than の代用としての as [conjunction][comparison][preposition]

 than は形容詞や副詞の比較級の後に用いられるのが通常である.一方,原級は as [so] . . . as ののように,as をもって比較対象を示す.しかし,比較級と as がタッグを組む構造がある.規範文法に照らせば誤用となるが,歴史的に文証されるし,現在でも各方言で見られる.OED の as, adv. and conj. の B. 5 では,次のようにある.

5. After the comparative degree: than. Now Eng. regional (Yorks.), Sc. regional, Irish English (north.) and U.S. regional.
   [Compare German besser als better than, classical Latin tam...quam as..as, plus quam more than.]


 例文も,c1300年の初例から,現代英語に至るまで15例が取り上げられている.MEDas (conj.) の語義 3(b) のもとに,3つの例文が挙げられている.いくつかランダムに挙げよう.

 ・ c1300 St. Edward Elder (Laud) l. 38 in C. Horstmann Early S.-Eng. Legendary (1887) 48 (MED), Fellere þing nis non ase wumman ȝware heo wole to vuele wende.
 ・ ?a1425(1373) * Lelamour Macer (Sln 5) 67b: Also this erbe haviþ mo vertues as endyue haþe.
 ・ (1460) Paston 3.241: I hadde never more neede for to have help of my goode, as I have at this tyme.
 ・ a1475(?a1430) Lydg. Pilgr.(Vit C.13) 2914: Hys lordshepe was nat mor at al, As ben thys lordys temporal.
 ・ ?a1600 Marriage Wit & Wisdom (1846) iii. 27, I had rather haue your rome as your componie.
 ・ 1893 H. A. Shands Some Peculiarities of Speech in Mississippi 17 Illiterate whites..say: 'This is better as that', 'I'd rather have this as that', etc.


 なお,than の代用としての as については,細江 (447) が次のように述べている.

 これは今日においてはまず廃語ではあるが,近世初期にはなお多く用いられたもので,その後の書中にも散見する。
 たとえば,
 Darkness itself is no more opposite to light as their actions were diametrical to their words.---James Howell.
 I rather like him as otherwise.---Scott.


 ラテン語,ドイツ語でも原級の場合と比較級の場合とでは同じ接続詞を用いるし,フランス語 que もそうだ.このように他言語と比べると,むしろ英語が asthan を区別するほうが説明を要するのではないかとすら思えてくる.比較級の asthan に比べれば歴史的にも周辺的ではあったろうが,中英語から近代英語にかけての分布は調べてみる価値がありそうだ.
 asthan の語源については,それぞれ「#693. as, so, also」 ([2011-03-21-1]) 及び「#1038. thenthan」 ([2012-02-29-1]) を参照.また,比較の前置詞 to については,「#1180. ロマンス系比較級と共起する比較基準の前置詞 to」 ([2012-07-20-1]) を参照.

 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

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2013-12-12 Thu

#1690. pidgin とその関連語を巡る定義の問題 [pidgin][creole][lingua_franca][dialect][koine][terminology]

 「#444. ピジン語とクレオール語の境目」 ([2010-07-15-1]) の記事で,pidgin の creole の区別が程度の問題であることをみた.一方で,pidgin も creole も,「#1671. dialect contact, dialect mixture, dialect levelling, koineization」 ([2013-11-23-1]) で話題にした koiné とともに,lingua_franca として機能しうることを,「#1391. lingua franca (4)」 ([2013-02-16-1]) の記事で確認した.そこでは,lingua franca は,trade language, contact language, international language, auxiliary language, mixed language など複数の種類に区別されるという議論だったが,Gramley はこれらの用語の指示対象の間に異なる関係を想定しているようだ.Gramley (219) はピジン語とその関連用語との区別を,contact, marginal, mixed, non-native, reduced という5つのパラメータを用いて以下のように示している.


contactmarginalmixednon-nativereduced
trade jargonyesyesyesyesyes
pidginyesyesyesyesyes/no
lingua francayesyesnoyes/noyes
koinéyesnoyesnoyes/no
dialectnoyes/nononono
creolenonononono


 それぞれのパラメータを解説すると,contact は接触変種として発達してきたかどうか,marginal は使用される状況が制限されているかどうか,mixed は複数の変種の要素が混じり合っているか,non-native は主として非母語話者によって話されているか,reduced は言語的に簡略化しているか,ということである.
 当然ながらそれぞれの値が yes なのか no なのかが重要となってくるが,ここに定義の問題が関わってくる.例えば,pidgin の行を横に見ると,yes, yes, yes, yes, yes/no という値の並びとなっているが,これは pidgin を定義していることになるのだろうか,それとも pidgin を記述していることになるのだろうか.yes だけからなる trade jargon を一方の端に設定し,no だけからなる creole をもう一方の端に設定して,その間に様々なタイプを位置づけたということなのかもしれない.
 上記の疑問があるのだが,とりあえずこの問題は横に置いておくとして,「#1681. 中英語は "creole" ではなく "creoloid"」 ([2013-12-03-1]) で取り上げた "creoloid" というタイプの変種をこの表の中に位置づけるとすると,どこに収まるだろうかと考えてみた.だが,考えれば考えるほど,それぞれのパラメータの指す内容が分からなくなってきた.そもそも,creole が contact や mixed で no の値を取るということはどういうことなのか.それぞれのタイプの定義の問題以前に,パラメータの定義の問題となってしまうようである.
 それぞれの用語とその指示対象が弁別素性によってうまく切り分けられるのであればよいが,そううまくいかないように思われる.pidgin とその関連語を巡る定義の問題は難しい.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

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2013-12-11 Wed

#1689. 南西太平洋地域のピジン語とクレオール語の語彙 [pidgin][creole][map][reduplication][lexicology][etymology][tok_pisin]

 昨日の記事「#1688. Tok Pisin」 ([2013-12-10-1]) を受けて,南西太平洋地域のピジン語とクレオール語の話題.関連諸言語の分布図を,Gramley (220) の地図を参考に示してみた.

Map of Southwestern Pacific Pidgins and Creoles

 ここに挙げられているピジン語やクレオール語は歴史的に関連が深く,言語的にも近い.いずれも英語を上層言語 (superstrate language) 及び語彙供給言語 (lexifier) とする混成語で,実際にいずれも語彙の8割前後は英語ベースである.Mühlhäusler を参照した Gramley (220) の表によると,ヴァヌアツの Bislama (「#1536. 国語でありながら学校での使用が禁止されている Bislama」 ([2013-07-11-1]) を参照), パプアニューギニアの Tok Pisin, ソロモン諸島の Solomon Pijin の3ピジン語でみると,語種分布は以下の通りである.


EnglishIndigenousOthers
Bislama90%53 (French)
Tok Pisin77167 (German etc.)
Solomon Pijin8965


 一般にピジン語やクレオール語の語彙は,上層言語を基準とすると,迂言,翻訳借用 (loan_translation),意味変化,加重 (reduplication),異分析などの例に満ちている.以下に,Gramley (220--22) に拠って Tok Pisin からの例を示そう.hair という代わりに gras bilong hed (grass that belongs to the head),beard という代わりに gras bilong fes (grass that belongs to the face) といった風である.現在形と過去形の区別はなく,例えば stei (stay) は文脈次第で現在・過去いずれの意味にもなりうる.tudir (too dear) は,「高価な」を表わす1語として分析され,同様に lego (let go) は「行かせる」, sekan (shake hands) は「和解する」として語彙化している.英語 arse (尻)に起源をもつ, as は文体的に中立な「後部;尻」であり,さらに意味変化を起こして「起源;原因」の意でも用いられる.that's all に起源をもつ tasol は,一般的に but の意味の接続詞として発達した.加重の例については,「#65. 英語における reduplication」 ([2009-07-02-1]) を参照されたい.
 現地の文化が語彙に反映されることもある.とりわけ親族名称 (kinship terms) では,mama (mother), papa (father) までは標準英語と同じだが,父系のおじとおばはそれぞれ smalpapa, smalmama だが,母系のおじとおばはともに kandare という1語で表わす.祖父母と孫は性別の区別もなく,一緒くたに tumbuna と表現する.兄弟姉妹も,同性であれば brata,異性であれば susa を用いるという点で,標準英語と異なる.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

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2013-12-10 Tue

#1688. Tok Pisin [pidgin][creole][lingua_franca][tok_pisin][link]

 英語ベースのピジン語 (pidgin) としておそらく最も知られているのは Tok Pisin だろう.多言語国家 Papua New Guinea の事実上の国家語として用いられており,lingua_franca として機能している.新聞,ラジオ,テレビ,辞書,文法,聖書などの言語として採用されており,話者により積極的な社会言語学的評価を付されている.第2言語として400万人により話されており,第1言語としても5万人の話者がいる.後者の母語話者の存在は,Tok Pisin がクレオール語化 (creolisation) を始めていることの現れでもある.
 New Guinea は,Greenland に次いで世界で2番目に大きな島である.政治的には西半分のインドネシア領 Irian Jaya と東半分の Papua New Guinea (PNG) に分かれる.島全体としてみれば使用されている言語は1,000に及び,PNG だけに限っても,「#401. 言語多様性の最も高い地域」 ([2010-06-02-1]) で見たとおり,830言語を数える.言語多様性指数としては,世界最高値を示す国である.この超多言語地域が lingua franca を持ち始める契機となったのは,19世紀にヨーロッパの植民地主義列が介入したときである.Samoa, Vanuatu, Queensland など,オセアニア地域のプランテーション契約労働者が各地を往来したこと,孤立していた言語共同体が孤立を維持できなくなったことが,lingua franca の発生を促した.結果として,PNG の土着語から発生したピジン語 Hiri Motu や,英語ベースのピジン語 Tok Pisin が広がっていった.
 オセアニア地域のピジン語の発達については不明の点も多いが,Australia 経由で広がった系列 (ex. Australian Pidgin English, Roper river Creole, Cape York Creole) と,Vanuatu (the New Hebrides), the Solomon Islands, Queensland, Fiji を経て Papua や New Guinea へ広がった系列が区別される.19世紀,この地域では,New England の捕鯨,メラネシアのビャクダン交易,中国の食材としてのナマコ採取,Queensland や Fiji での綿花やサトウキビのプランテーション,Samoa でのコプラのプランテーション,トレス海峡 (the Torres Strait) での真珠採取などが,経済と労働の推進力となっていた.初期の Tok Pisin は,これらの経済活動を通じて Bislama (「#1536. 国語でありながら学校での使用が禁止されている Bislama」 ([2013-07-11-1]) を参照), Solomon Islands Pidgin, Torres Straits Creole などと接した帰国労働者によって PNG に広まっていったとされる.
 上述のように,Tok Pisin は英語ベースの(すわなち英語を lexifier とする)ピジン語である.標準英語と比べれば,音韻,文法,語彙などあらゆる部門において確かに簡略化されているが,一方で独特な規則をもつ.言語体系としては,英語とは異なる言語といって差し支えないだろう.Gramley (239--40) に掲載されている Tok Pisin で書かれた文章のサンプルについて,標準英語の対訳つきで見やすく作り直したものをこちらのPDFで用意した.その他,Tok Pisin については以下のサイトも参照.

 ・ 「#463. 英語ベースのピジン語とクレオール語の一覧」 ([2010-08-03-1])
 ・ Ethnologue: Tok Pisin
 ・ Tok Pisin -- Pidgin / English Dictionary
 ・ Tok Pisin Translation, Resources, and Discussion

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

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2013-12-09 Mon

#1687. 初期近代英語の3複現の -s (4) [verb][conjugation][emode][number][agreement][analogy][3pp]

 「#1413. 初期近代英語の3複現の -s」 ([2013-03-10-1]),「#1423. 初期近代英語の3複現の -s (2)」 ([2013-03-20-1]),「#1576. 初期近代英語の3複現の -s (3)」 ([2013-08-20-1]) に引き続いての話題.Wyld (340) は,初期近代英語期における3複現の -s を北部方言からの影響としてではなく,3単現の -s からの類推と主張している.

Present Plurals in -s.

   This form of the Pres. Indic. Pl., which survives to the present time as a vulgarism, is by no means very rare in the second half of the sixteenth century among writers of all classes, and was evidently in good colloquial usage well into the eighteenth century. I do not think that many students of English would be inclined to put down the present-day vulgarism to North country or Scotch influence, since it occurs very commonly among uneducated speakers in London and the South, whose speech, whatever may be its merits or defects, is at least untouched by Northern dialect. The explanation of this peculiarity is surely analogy with the Singular. The tendency is to reduce Sing. and Pl. to a common form, so that certain sections of the people inflect all Persons of both Sing. and Pl. with -s after the pattern of the 3rd Pres. Sing., while others drop the suffix even in the 3rd Sing., after the model of the uninflected 1st Pers. Sing. and the Pl. of all Persons.
   But if this simple explanation of the present-day Pl. in -s be accepted, why should we reject it to explain the same form at an earlier date?
   It would seem that the present-day vulgarism is the lineal traditional descendant of what was formerly an accepted form. The -s Plurals do not appear until the -s forms of the 3rd Sing. are already in use. They become more frequent in proportion as these become more and more firmly established in colloquial usage, though, in the written records which we possess they are never anything like so widespread as the Singular -s forms. Those who persist in regarding the sixteenth-century Plurals in -s as evidence of Northern influence on the English of the South must explain how and by what means that influence was exerted. The view would have had more to recommend it, had the forms first appeared after James VI of Scotland became King of England. In that case they might have been set down as a fashionable Court trick. But these Plurals are far older than the advent of James to the throne of this country.


 類推説を支持する主たる論拠は,(1) 3複現の -s は,3単現の -s が用いられるようになるまでは現れていないこと,(2) 北部方言がどのように南部方言に影響を与え得るのかが説明できないこと,の2点である.消極的な論拠であり,決定的な論拠とはなりえないものの,議論は妥当のように思われる.
 ただし,1つ気になることがある.Wyld が見つけた初例は,1515年の文献で,"the noble folk of the land shotes at hym." として文証されるという.このテキストには3単現の -s は現われず,3複現には -ith がよく現れるというというから,Wyld 自身の挙げている (1) の論拠とは符合しないように思われるが,どうなのだろうか.いずれにせよ,先立つ中英語期の3単現と3複現の屈折語尾を比較検討することが必要だろう.

 ・ Wyld, Henry Cecil. A History of Modern Colloquial English. 2nd ed. London: Fisher Unwin, 1921.

Referrer (Inside): [2014-05-26-1] [2014-05-21-1]

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2013-12-08 Sun

#1686. 言語学的意味論の略史 [history_of_linguistics][semantics]

 イレーヌ・タンバによる『[新版]意味論』を読んだ.訳者あとがきにも述べられているように,導入的な文庫クセジュにしてはやや難解ではないかと思いつつ読んだのだが,2度読んでみたら,随所に鋭い洞察がちりばめられていることがわかった.とりわけ第1章,意味論史の概略は有益だった.以下にその概略の概略を記そう.

 (1) 歴史的語彙意味論が支配的であった比較言語学の進化論.「#1666. semantics の意味の歴史」 ([2013-11-18-1]) でも触れたように,Michel Bréal (1832--1915) が1883年に sémantique を創始した(1897年の著作をもって意味論の誕生とする見解もある).Bréal の意味論は進化論に発想を得ており,意味の進化,進化の一般法則,一般法則の経験的観察からの導出を拠り所としている.これにより,意味論は自然科学の方向と歴史科学の方向へと発展をとげることになった.前者の方向は言語有機体説として Arsène Darmesteter (1846--88) や August Schleicher (1821--68) などにより,後者の方向は Antoine Meillet (1866-1936) などにより盛んとなった.このように,言語学的意味論は進化論の影響を受けながら,哲学,論理学,心理学から区別されるものとして自らの立場を見いだしたが,一方で歴史社会学の方向へ歩み寄ることによって,自ら制御できない領域を作り出すに至った.

 (2) 共時的語彙意味論が特徴の構造主義的時代.ソシュールの登場により言語学は構造主義の時代に入ったが,意味論も,1931年,Jost Trier (1894--1970) による意味場の理論により,構造主義時代に入った.意味場とは,1言語の語彙の総体は構造をなす部分集合(=場)からなっており,有限個の語によって満たされた概念場が指定されるという説である.その延長として,統計による主題場のキーワード分析なども出た.
 意味場と並ぶもう1つの主役は意味素分析である.語の意味は,弁別特徴をもつ有限個の基本意味成文に分解できるという説である.しかし,意味素体系の確立という計画は挫折したようである.

 (3) 文と談話の意味論が出現する形式文法の時代.1963年に Jerrold J. Katz (1932--2002) and Jerry A. Fodor (1935--) が,1965年に Noam Chomsky (1928--) が,文の統語構造と意味構造との関係に着目した新しい意味論を開始した.Chomsky は生成文法に意味解釈部門を導入し,それがもとで1968--72年の間に生成意味論との間に「言語学戦争」が勃発した.生成文法における意味論は行き詰まった感があるが,1970--73年の間に Richard Merett Montague (1930--71) がラムダ計算による数学的手段を導入し,形式文法が進展した.
 一方,談話の意味論も展開を見せた.そこでは,指示記号の働きを巡る論理学的語用論,イギリス哲学の日常言語学派による言語行為の問題,会話の公理,発話の意味論などが考察される.

 (4) 言語の意味形態ではなく,言語活動の認知的側面との関係の中で意味をとらえる概念意味論が現れる認知科学の時代.(3) で示された心理主義の流れは,言語学,生物学,心理学を接近させ,1978年以降の認知機構に基盤をおく意味論が生じた.とりわけこの方向は,1987年に G. Lacoff (1941--) の Women, Fire, and Dangerous Things 及び R. Langacker (1942--) の Foundations of Cognitive Grammar, Vol. 1 が出版されることにより決定づけられた.この認知意味論は,意味を脳の一般的な働きと結びつけることで意味に神経生理学的基盤を与えようとする.そこでは,主として空間表現,カテゴリ化とプロトタイプ,メタファーなどの問題が扱われる.また人工知能 (artificial intelligence) や結合主義 (connectionism) との親和性が高い.

 以上のように,1883年,1931年,1963年,1978年を境に,異なる種類の意味論が現れてきたが,先行するものが後続するものに直接に置換されたわけではない.むしろ,後続するものが新たな層を付け加え,意味論が厚みを増してきたというべきだろう.ただし,お互い部分的に影響を与えながらも,それぞれ比較的独立性が高いのも事実であり,この事実を重視して,著者のタンバは書名を現行の単数形 la sémantique ではなく,複数形で les sémantiques と表現したかったというのが本音のようだ.実際に,1980年以降も意味論の進展は続いており,談話標示理論,関係性理論,語彙・文法理論などの種々のアプローチが生まれている.言語学的意味論は日々学際的になってきており,独自の領域にとどまっていることはできなくなっているのだ.

 ・ イレーヌ・タンバ 著,大島 弘子 訳 『[新版]意味論』 白水社〈文庫クセジュ〉,2013年.

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2013-12-07 Sat

#1685. 口頭言語のもつ規範と威信 [prescriptive_grammar][writing][medium]

 昨日の記事「#1684. 規範文法と記述文法」 ([2013-12-06-1]) で言語における規範について取り上げたので,今日も関連する話題を.「#430. 言語変化を阻害する要因」 ([2010-07-01-1]) の記事で少し触れたように,言語の規範は言語変化を阻止したり,その速度を遅くするということが言われる.通常,このような規範は書き言葉の存在,とりわけ威信のある書き言葉変種の存在を前提としている.だが,言語の規範を話題にするのに,必ずしもそのような前提は必要ないという指摘がある.Bradley (13) は次のように述べている.

[C]ulture is one of the influences which retard the process of simplification. But it should be remembered that culture may exist without books: there have been peoples in which there was little or no reading and writing, but in which nevertheless the arts of poetry and oratory were highly developed, and traditional correctness of speech was sedulously cultivated.


 規範の源泉は,言語に関わる文化 (culture) や伝統 (tradition) の存在であるという指摘だ.なるほど,規範は書き言葉によって体現されるのが普通ではあるが,(威信のある)話し言葉によって体現される場合もあるというのは納得がいく.口承文学,話芸,雄弁術,レトリックの伝統などは,口頭言語でありながらも,威信という社会言語学的機能を有しているように思われる.
 「#748. 話し言葉書き言葉」 ([2011-05-15-1]),「#849. 話し言葉書き言葉 (2)」 ([2011-08-24-1]) ,「#1001. 話しことばと書きことば (3)」 ([2012-01-23-1]),「#230. 話しことばと書きことばの対立は絶対的か?」 ([2009-12-13-1]),「#1665. 話しことばと書きことば (4)」 ([2013-11-17-1]) などの記事で取り上げてきた書き言葉と話し言葉の対比という観点から考えると,口頭言語の威信という上記の例は,書き言葉に典型的である機能が(書き言葉不在のもとで)話し言葉に付されているケースとして解釈できるだろう.

 ・ Bradley, Henry. The Making of English. New York: Dover, 2006. New York: Macmillan, 1904.

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2013-12-06 Fri

#1684. 規範文法と記述文法 [prescriptive_grammar][hel][historiography]

 標題は「#747. 記述規範」 ([2011-05-14-1]) でも取り上げた話題だが,きわめて重要な区別なので改めて話題にしたい.規範文法 (prescriptive grammar) と記述文法 (descriptive grammar) は,Crystal (230--31) によれば,次のように説明される.

A prescriptive grammar is essentially a manual that focuses on constructions where usage is divided, and lays down rules governing the socially correct use of language. These grammars were a formative influence on language attitudes in Europe and America during the 18th and 19th centuries. Their influence lives on in the handbooks of usage widely found today, such as A Dictionary of Modern English Usage (1926) by Henry Watson Fowler (1858--1933), though such books include recommendations about the use of pronunciation, spelling, and vocabulary, as well as grammar.


A descriptive grammar describes the form, meaning, and use of grammatical units and constructions in a language, without making any evaluative judgements about their standing in society. These grammars became commonplace in 20th-century linguistics, where it was standard practice to investigate a corpus of spoken or written material, and to describe in detail the patterns it contains.


 さらに,記述文法が包括的になると「参考文法」というカテゴリーに移行するという指摘がある.これは規範主義的な目的で参照されることもあるため,そのような場合には,規範と記述の中間点にあるともいえる.
 

When a descriptive grammar acts as a reference guide to all patterns of usage in a language, it is often called a reference grammar. An example is A Comprehensive Grammar of the English Language (1985) by Randolph Quirk (1920--) and his associates. Such grammars are not primarily pedagogical in intent, as their aim --- like that of a 'reference lexicon', or unabridged dictionary --- is to be as comprehensive as possible. They provide a sourcebook of data from which writers of pedagogical grammars can draw their material.


 「文法」を語る場合には,いずれの意味の文法かを常に区別しておく必要がある.ただし,規範と記述は,概念上は峻別すべきだが,個人のなかで同居しうることにも注意したい.
 言語学者は記述を規範に優先させるのが原則であり,その原則に異存はないが,規範がいかにして生じ,育ち,根付くかという問題は社会言語学の最重要テーマの1つであり,規範それ自体が記述対象になりうるということは忘れてはならない.「英語史」という分野は,狭い意味では記述英語文法の歴史に限定されるが,広い意味では規範英語文法の歴史をも含む.後者は「英語学史」という分野に入れられることが多いが,規範と記述が相互乗り入れを許容するものであるとするならば,初めから広い意味での「英語史」を前提とし,志向するのが適切のように思われる.

 ・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.

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2013-12-05 Thu

#1683. Pitkern [creole][contact][history]

 イングランドの航海士・探検家の William Bligh (1754--1817) は,James Cook (1728--79) の南洋の最終航海にも付き従った腕利きの船乗りだった.西インド諸島のプランテーション経営者より,奴隷用の食料としてのパンノキを確保する方法を探るよう求められ,1787年12月,Bligh は海軍の科学調査船バウンティー号 (HMS Bounty) の船長として Tahiti への航海に出た.船上の指揮や天候等の幾多の困難の末,1788年10月に Tahiti に到着した.数ヶ月の滞在の後,1789年4月4日にイングランドへの帰路についたが,船員の無能に腹を立てることの多かった Bligh に対して,長年の右腕であった航海仲間 Fletcher Christian (1764--c1790) が,4月28日,9人の仲間とともに反乱を起こした.世に知られる "Mutiny on the Bounty" である.Bligh と18人の船員はボートで海に流されたが,Bligh は不屈の精神で翌年イングランドにたどりつく.一方,バウンティー号に残った Christian 一行は,Tahiti に戻るが,その後現地の男女数名を引き連れて,Tahiti の南東へ2000キロ以上も離れた Pitcairn Island へたどり着き,船を焼き払って小さな植民地を設立した.その後20年弱の詳細は不明だが,1808年,アメリカの捕鯨船によって彼らの子孫が島で生き延びていることが発見された.
 Pitcairn はこの事件に先立つ1767年に英国船によって発見されていたが,当時は無人だった.人が住み始めたのはこの事件がきっかけであり,現在,島民のほとんどが「反乱者たち」の末裔である.Pitcairn は,19世紀にはアメリカとオーストラリアの間の捕鯨基地として機能したが,1856年に人口過剰を解消すべく島民の一部が現在のオーストラリア領 Norfolk Island へ移住した.
 現在も,英領 Pitcairn と豪領 Norfolk Island では,反乱事件とその後の経緯で生じた creole である Pitkern が話されている.英語とタヒチ語が完全に入り交じった混成語である.どちらの言語が基盤であるか分からないほどの混成ぶりであり,"dual-source creole" の例と言われる.Norfolk Island における creole は,英語の影響を受けて post-creole 化している.Trudgill (183) の記述を引用しよう.

Pitcairnese, the language of the remote Pacific Ocean island Pitcairn, is a dual-source creole which is the sole native language of the small community there. The Pitcairnese are for the most part descendants of the British sailors who carried out the famous mutiny on the Bounty and Tahitian men and women who went with them to hide on Pitcairn from the British Royal Navy. Their language is a mixed and simplified form of English and Tahitian (a Polynesian language) . . . . Pitcairnese also has speakers on Norfolk Island, in the Western Pacific, who are descended from people who resettled there from Pitcairn. On Norfolk Island, the language is in close contact with Australian English, and is consequently decreolizing (in the direction of English, not Tahitian). We can therefore describe it as a dual-source post-creole.


 両地域の詳細については,CIA: The World Factbook より Pitcairn Islands および Norfolk Island を参照.

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.

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2013-12-04 Wed

#1682. Young as he is, he is rich. の構文 [syntax][conjunction][analogy]

 標題の文は,受験英語などでもよく現れる as を用いた譲歩構文である.Though he is young, he is rich. などと言い換えられるとされる.また,Young though he is, he is rich. とも言うことができるので,譲歩の用法としては as = though と考えられるようにも思える.とすると,補語となる形容詞が接続詞の前に移動したと考えられそうである.
 しかし,歴史的にみると,asthough の構文の起源は異なる.英文法書などに解説されている通り,as の譲歩構文は,As young as he is, he is rich. の最初の As が消えたものであり,主節に対して付帯状況を表わす従属節を含む文ということになる.実際,特にアメリカ英語では最初の As が現れる例も見られる.あくまで主節に対する付帯状況を示すのであるから,その意味は譲歩に限定されない.文脈によっては,Young as he is, he is reckless. のように,理由を表わす節ともとなりうる.OED as, adv. and conj. の B. 4 を参照すると,歴史的な起源と発達がよくわかる.
 問題の構文の初出は1200年頃で,so young as . . . の型で現れる.ただし,これは近代英語へは生き残らなかった.

c1225 (?c1200) St. Katherine l. 173 (MED), Þohte þah..se ȝung þing as ha wes, hwet hit mahte ȝeinen þa heo hire ane were aȝein se kene keisere.


 次に,1300年頃に as young as . . . の型が現れ出し,現在まで続く.

c1300 St. Michael (Laud) l. 656 in C. Horstmann Early S.-Eng. Legendary (1887) 318 (MED), And ȝeot, ase gret ase þe eorþe þinchez and ase luyte ase heo is, þare nis bote þat seouenþe del.


 最後に,17世紀に,先頭の as が消えた young as . . . の型が現れる.

a1627 H. Shirley Martyr'd Souldier (1638) ii. sig. D2v, Darke as it is, by the twilight of my Lanthorne, Methinks I see a company of Woodcocks.


 Young as he is . . . の構文は歴史的には上記のように発展してきたわけが,意味的,統語的に though と関連づけられるようになったのは無理からぬことである.Young though he is . . . はあくまで倒置であり,形容詞ではなく動詞(句)が先頭に来ることもできる (ex. Go to Kyoto every week though he does, Jim likes Tokyo better.) .そこから,同じことが as でもできるようになった (ex. Try as she may, she never seems to be able to do the work satisfactorily.) .asthough の間に,統語的な類推作用 (analogy) が作用した結果だろう.
 as のこの構文について,細江 (p. 215fn) が次のように述べているので,引用しておこう.

元来この形は as...as であったので,as が文句中に陥没したのではない。初めの as が強勢がないために脱落したのである。Eliot の The Mill of the Floss, I. iii に Big a puzzle as it was, it hadn't got the better of Riley. という文が見えるが,Big の次に a のあるのは文頭にある As が落ちたばかりの姿を示すものである。


 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

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2013-12-03 Tue

#1681. 中英語は "creole" ではなく "creoloid" [creole][pidgin][me][old_norse][contact][terminology][creoloid]

 「#1223. 中英語はクレオール語か?」 ([2012-09-01-1]),「#1249. 中英語はクレオール語か? (2)」 ([2012-09-27-1]),「#1250. 中英語はクレオール語か? (3)」 ([2012-09-28-1]),「#1251. 中英語=クレオール語説の背景」 ([2012-09-29-1]) を受けて,もう少し議論の材料を提示したい.直接この問題に迫るというよりは,2言語の混合という過程とピジン化 (pidginisation) という過程とをどのように区別するかという問題を考察したい.
 混合の前後に連続性が見られず,"the drastic break" (Görlach 341) があると判断される場合にはピジン化といってよいと考えるが,Trudgill (181--82) も Afrikaans を取り上げて同趣旨の議論を展開している.

Interestingly, there are some languages in the world which look like post-creoles, but which are not. These are varieties which, compared to some source, show a certain degree of simplification and admixture. We do not, however, call these languages creoles, because the extent of the simplification and admixture is not very great. And we do not call them post-creoles because they have never been creoles --- which is in turn because they have never been pidgins! Afrikaans, the other major language of the white community in South Africa alongside English, used to be considered a dialect of Dutch . . . . During the course of the twentieth century, however, it achieved autonomy . . . and now has its own literature, dictionaries, grammar books, and so on. Compared to Dutch, Afrikaans shows significant amounts of regularization in the grammar, and a significant amount of admixture from Malay, Portuguese and other languages. It still remains mutually intelligible with Dutch, however. The crucial feature of Afrikaans is that, although it is now spoken by some South Africans who are the descendants of people who spoke it as a non-native language --- hence the influence from Portuguese, Malay and so on --- and who undoubtedly therefore spoke a pidginized form of Dutch/Afrikaans, the language was at no time a pidgin. In the transition from Dutch to Afrikaans, the native-speaker tradition was maintained throughout. The language was passed down from one generation of native speakers to another; it was used for all social functions and was therefore never subjected to reduction. Such a language, which demonstrates a certain amount of simplification and admixture, relative to some source language, but which has never been a pidgin or a creole in the sense that it has always had speakers who spoke a variety which was not subject to reduction, we can call a creoloid.


 標準オランダ語に比べれば,Afrikaans には確かに単純化や規則化がみられる.また,マレー語,ポルトガル語などから言語項目の著しい借用がみられる.しかし,だからといって pidgin だとか creole だとか呼ぶわけにはいかない.というのは,Afrikaans には間違いなく歴史的な連続性があるからだ.各世代の話者は,単純化や接触を経験しながらも,途切れることなくこの言語変種を用いてきたし,接触言語と合わせて即席の便宜的な言語を作り出したという痕跡もない."the drastic change" はなかったのである.では,この言語を何と呼ぶのか.Trudgill は,新しい用語として "creoloid" が適切ではないかと主張する.
 この "creoloid" という用語は,中英語にもそのまま当てはめられるだろう.古英語と古ノルド語との接触は,creole を生み出したわけではなく,あくまで creoloid を生み出したにすぎなかったといえる.なぜならば,古ノルド語との接触は古英語以来の言語変化の速度を速めたが,あくまで自然な路線の延長であり,連続性があったからだ.同趣旨の議論として,「#1224. 英語,デンマーク語,アフリカーンス語に共通してみられる言語接触の効果」 ([2012-09-02-1]) も参照.

 ・ Görlach, Manfred. "Middle English --- a Creole?" Linguistics across Historical and Geographical Boundaries. Ed. D. Kastovsky and A. Szwedek. Berlin: Gruyter, 1986. 329--44.
 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.

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2013-12-02 Mon

#1680. The West Indies の言語事情 [geography][creole][world_languages][diglossia][sociolinguistics][language_shift][caribbean]

 昨日の記事「#1679. The West Indies の英語圏」 ([2013-12-01-1]) で示唆したように,西インド諸島の言語事情は,歴史的な事情で複雑である.近代における列強の領土分割により,島ごとに支配的な言語が異なるという状況が生じ,島嶼間の地域的な連携も希薄となっている.独立国家と英米仏蘭の自治領とが混在していることも,地域の一体性が保たれにくい要因となっている.全体として,各地域では旧宗主国の言語が支配的だが,そのほかに主として英語やフランス語をベースとしたクレオール諸語(「#1531. pidgin と creole の地理分布」 ([2013-07-06-1])),移民の言語も行われており,言語事情は込み入っている.以下,Encylopædia Britannica 1997 の記事を参照してまとめる.
 クレオール語についていえば,Jamaica における英語ベースのクレオール語がよく知られている.Jamaica では,ラジオ放送,小説,詩,劇などでクレオール語が広く使用されており,しばしば標準英語は不在である.場の雰囲気により,クレオール語と標準英語とのはざまで切り替えが生じることも通常である(Jamaican creole の具体例については,Jamaican Creole Texts を参照されたい).Jamaica に限らず,脱植民地化を経た the Commonwealth Caribbean でも,一般に英語ベースのクレオール語が重要性を増している.
 フランス語ベースのクレオール語使用については,Haiti が典型例として挙げられる.Jamaica の場合と同様に,Haiti でもクレオール語が広範に使用されており,実際に大多数の国民が標準フランス語を理解しない.「#1486. diglossia を破った Chaucer」 ([2013-05-22-1]) で Haiti における diglossia について触れたように,クレオール語は,上位変種の標準フランス語に対して下位変種として位置づけられるものの,実用性の度合いでいえばむしろ優勢である.一方,Guadeloupe や Martinique の仏領アンティル諸島では,フランス本国の政治体制に組み込まれているために,標準フランス語の使用が一般的である.
 スペイン語ベースのクレオール語は,Cuba, Puerto Rico, the Dominican Republic などの主要なスペイン地域においては発達しなかった.ただし,Aruba, Curaçao, Bonaire など蘭領アンティル諸島では Papiamento と呼ばれる西・蘭・葡・英語の混成クレオール語が広く話されている.Puerto Rico では,帰国移民により,アメリカ英語の影響を受けたスペイン語が話されている.
 移民の言語としては Hindi, Urdu, Chinese が行われている.奴隷制廃止後に,契約移民としてインドや中国からこの地域にやってきた人々の言語である.話者の多くは,それぞれの地域における支配的な言語へと徐々に同化していっている.例えば,Trinidad and Tobago では国民の4割がインド系移民だが,彼らの間で Hindi や Urdu の使用は少なくなってきているという.言語交替が進行中ということだろう.

Referrer (Inside): [2014-01-02-1]

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2013-12-01 Sun

#1679. The West Indies の英語圏 [map][enl][creole][geography][caribbean]

 The West Indies (西インド諸島)は,南北アメリカにはさまれ,大西洋からカリブ海およびメキシコ湾を隔てる大弧状列島を指す.名称はコロンブスが Indias と名付けたことに由来する.Greater Antilles, Lesser Antilles, Bahamas の諸島からなる.地域一帯は,ロッキー山脈とアンデス山脈をつなぐ火山帯の島嶼であること,植民地,プランテーション,奴隷制の歴史をもつことによって結びつけられている.現在13の独立国を含むが,その他は英・仏・米・蘭の領土である.

Map of the West Indies  *  *

 17--18世紀の西・仏・英・蘭・デンマークなどの列強による熾烈な領土分割の結果,地域内の連絡は弱くなった.各地域は言語的にも分割・個別化されており,英語圏,フランス語圏,オランダ語圏などの区別が明確である.現在も西インド諸島全体としての一体性はないが,歴史的・政治的な観点から4つの地域に分けるのが通例である.ハイチを含むヒスパニック系グループ,英領西インド諸島 (The British West Indies or the Commonwealth Caribbean; cf. 「#1676. The Commonwealth of Nations」 ([2013-11-28-1])),仏領アンティル諸島 (The French Antilles),蘭領アンティル諸島 (The Dutch Antilles) の4つだ.
 とりわけ英語圏に注目しよう.歴史的な英領インド諸島は,Bahamas, Jamaica, Caymans, British Virgin Islands, Barbados, Trinidad, Tobago, Leeward Islands, Winward Islands から構成されていたが,1958年に大部分が Federation of West Indies (西インド諸島連邦)として独立し,その中から Bahamas, Barbados, Jamaica, Trinidad and Tobago などいくつかの地域が共和国として独立した.現在,西インド諸島でENL地域と呼べるのは以下の17地域である.

Anguilla, Antigua and Barbuda, Bahamas, Barbados, Bermuda, the Cayman Islands, Dominica, Grenada, Jamaica, Montserrat, Saint Christopher and Nevis (St. Kitts-Nevis), Saint Lucia, Saint Vincent and the Grenadines, Trinidad and Tobago, the Turks and Caicos Islands, the Virgin Islands (US), the Virgin Islands (British)


 周辺国を含むと,南米の Guyana や中米の Belize も公用語として英語を採用している.スペイン語やポルトガル語が支配的な中南米にあっては,珍しい2国である(ただし,Belize ではスペイン語も支配的).Guyana については,「#385. Guyanese Creole の連続体」 ([2010-05-17-1]) の記事も参照.
 より一般的に世界の英語地域については,「#1591. Crystal による英語話者の人口」 ([2013-09-04-1]),「#177. ENL, ESL, EFL の地域のリスト」 ([2009-10-21-1]),「#215. ENS, ESL 地域の英語化した年代」 ([2009-11-28-1]) も参照.
 また,同地域は世界有数のクレオール地域でもある.関連して,「#1531. pidgin と creole の地理分布」 ([2013-07-06-1]) も参照.

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