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conceptual_metaphor - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-07-18 08:44

2016-12-11 Sun

#2785. The Owl and the Nightingale にみる文と武 [conceptual_metaphor][rhetoric][owl_and_nightingale]

 初期中英語で書かれた,梟とナイチンゲールの2者による論争詩 The Owl and the Nightingale を Cartlidge 版で読み進めている.2者は,それぞれの人生観を言葉で議論し合っているのであり,肉体的に争っているわけではない.しかし,議論に関する表現には,肉体的な戦闘に用いられる語句がしばしば流用されており,そのような語句だけをピックアップすると,さながら果たし合いのバトルが繰り広げられているかのようだ.テキストを読んでいると,これぞ概念メタファー (conceptual_metaphor) としてよく知られた "ARGUMENT IS WAR" そのもの,というふうに見える(「#2548. 概念メタファー」 ([2016-04-18-1]) を参照).
 テキストには,文(言葉)と武(武器)による戦いの描写が,ある意味では比喩的に,ある意味では対比的に用いられている箇所がしばしば見られるが,とりわけ ll. 1067--74 の箇所がレトリック的にすぐれていると思う.ナイチンゲールが梟の言いぐさに腹を立て,まさに反論しようとしている箇所の記述である.以下に引用しよう.

Þe Niȝtingale at þisse worde
Mid sworde an mid speres orde,
Ȝif ho mon were, wolde fiȝte:
Ac þo ho bet do ne miȝte
Ho uaȝt mid hire wise tunge.
"Wel fiȝt þat wel specþ," seiþ in þe songe:
Of hire tunge ho nom red.
"Wel fiȝt þat wel specþ," seide Alured.


 Cartlidge の現代英語訳(意訳)も引用しておこう.

At these words the Nightingale would have fought with sword and spearpoint had she been a man: but, since she couldn't do any better, she fought with her wise tongue instead. "To fight well, speak well," as the song goes: and so she looked to her tongue for a strategy. "To fight well, speak well," that's what Alfred said.


 味読すべき部分は少なくない.

 ・ l. 1067 worde と l. 1068 orde の脚韻.文と武の対比がよく出ている.ただし,両語の母音は,厳密には同一ではない可能性もある(「#2740. word のたどった音変化」 ([2016-10-27-1]) を参照).
 ・ l. 1070 wolde と l. 1071 ne miȝte の対比.「したい」のに「できない」もどかしさ.
 ・ l. 1071 tunge と l. 1072 songe の脚韻.「文」の側に属する縁語(さらに l. 1073 tunge も合わせて).ただし,ここでも,同一母音で押韻するのかどうか,疑惑あり.
 ・ 全体が,文武両道の名君 Alured の格言として引用されているのもまた一興.

 l. 1070 や l. 1072 の韻律も規則的ではなく完璧とはいえないかもしれないが,この箇所は The Owl and the Nightingale における "ARGUMENT IS WAR" を味わうには最良の箇所と思ったので,メモしておいた.
 ちなみに,この箇所に付されている注によれば,ここは皮肉とも読めるという.これまた,おもしろい.

It is incongruous to imagine the Nightingale wielding such implements . . . and ironic that the narrator here implicitly associates reason with the animals and unrestrained violence with people.


 ・ Cartlidge, Neil, ed. The Owl and the Nightingale. Exeter: U of Exeter P, 2001.

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2016-11-02 Wed

#2746. 貨幣と言語 (2) [linguistics][metaphor][conceptual_metaphor][standardisation][prescriptivism][sign][semiotics]

 「#2743. 貨幣と言語」 ([2016-10-30-1]) に引き続き,"LANGUAGE IS MONEY" の概念メタファーについて.貨幣と言語の共通点を考えることで,この比喩のどこまでが有効で,どこからが無効なのか,そして特に言語の本質とは何なのかについて議論するきっかけとしたい.以下は,ナイジェル・トッド (152--67) の貨幣論における言語のアナロジーを扱った部分などを参照しつつ,貨幣と言語の機能に関する対応について,自分なりにブレストした結果である.

貨幣言語
貨幣は社会に流通する言語は社会に流通する
物流の活発化に貢献(主として書き言葉により)情報の活発化に貢献
貨幣統一(cf. 日本史では家康が650年振りに「寛永通宝」など)言語の標準化(cf. 英語史では書き言葉の標準化が400〜500年振りに)
撰銭(種々の貨幣から良質のものを選る)言語の標準化にむけての "selection" (cf. 「#2745. Haugen の言語標準化の4段階 (2)」 ([2016-11-01-1]))
貨幣の改鋳言語の "refinement" (cf. 「#2745. Haugen の言語標準化の4段階 (2)」 ([2016-11-01-1]))
貨幣システムはゼロサムではない(使用者間の信用創造が可能)言語システムはゼロサムではない(使用者間の関係創造が可能)
貨幣はどのような相互行為においても使用できるわけではない言語はどのような相互行為においても使用できるわけではない
非即時交換性を実現する掛け売り,付けでの支払い(cf. 通帳)書き言葉により可能となる非同期コミュニケーション
貨幣は価値を貯蔵できる(=貯金)言語は価値を貯蔵できる(=記憶)?
金貨,銀貨,銭貨,紙幣のあいだの換金性言語(変種)間の翻訳可能性
偽造・変造・私銭の違法性規範から外れた語法に対する批判
貨幣の収集(趣味のコレクション;貨幣で貨幣を買う)語彙の収集(メタ言語的な関心;言語で言語を説明する)
貨幣は諸悪の根源言葉は諸悪の根源?
貨幣の魔術性(魔除け,悪魔払い;cf. 硬貨に記された言葉や絵)言語の魔術性
商品価値のシンボルのなかのシンボル概念価値のシンボルのなかのシンボル? (cf. semantic primitive)


 貨幣と言語の比喩にも,いくつかの観点があるように思われる.「天下の回り物」「統一化・標準化」「両替・翻訳可能性」「魔術性」といった観点があるだろうか.また,「貨幣は,全体としての社会システムの文脈の中で特殊化した言語である」(トッド,p. 152--53) という視点も注目に値する.言語の市場価値 (see 「#147. 英語の市場価値」 ([2009-09-21-1])) や,産業としての言語という側面も,貨幣と関係しそうだ.
 一方,貨幣は物理的な価値と結びついているが,言語はあくまで概念的な価値と結びついているにすぎないという点は,むしろ両者の大きな相違点だろう.

 ・ ジョー・クリブ(著),湯本 豪一(日本語版監修) 『貨幣』 同朋社,1999年.
 ・ ナイジェル・トッド(著),二階堂 達郎(訳) 『貨幣の社会学』 青土社,1998年.

Referrer (Inside): [2016-11-11-1] [2016-11-10-1]

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2016-10-30 Sun

#2743. 貨幣と言語 [linguistics][semiotics][conceptual_metaphor][metaphor]

 貨幣と言語には共通点がある.いずれも社会に共有されており,流通しているからこそ価値がある.また,権威によりお墨付きを与えられることにより,いっそう広く流通することができる.このように社会性や公共性という点で比較される.また,貨幣は,物品やサービスという別のものと交換(購買)できるという点で,対応という機能を有している.同じように,言語記号において,形式と意味の間に対応関係がある.ほかにも,貨幣も言語も,古来,呪力のあるものとして魔術的な用途で用いられてきた.
 ここしばらくの間,貨幣と言語について,とりとめなく考えていた.とりとめのなさが昂じて,先日,日本橋にある日本銀行金融研究所貨幣博物館に足を運んでみた.博物館の資料によると,貨幣には以下の3つの大きな特徴があるという.

 (1) さまざまな人の間で誰でも使うことができる
 (2) さまざまなものと交換できる
 (3) 使いたい時まで貯めておくことができる

 言語を念頭に,この3つについて考えてみよう.(1) のように,言語もさまざまな人の間で誰でも使うことができる.(2) については,言語がさまざまなものと交換できるというのは,厳密にどのような状況を指すのか分からないが,先に述べたように形式と意味とが対応している記号であるということや,異なる言語どうしの間で翻訳が可能であるということが関係するかもしれない.(3) の貯金については「貯言」なるものが対応しそうだが,これは何のことやら分からない.貨幣と言語の比喩,あるいは "LANGUAGE IS MONEY" の概念メタファーは必ずしも単純で率直ではなさそうだ(cf. 「#1578. 言語は何に喩えられてきたか」 ([2013-08-22-1])).
 ところが,『世界大百科事典 第2版』の「貨幣」を調べてみると,なんと貨幣が思わぬ観点から言語に喩えられていた.言語が貨幣に喩えられるのではなく,である.以下に引用しよう.

貨幣はそれ自体価値として,他の事物を尺度する働きを必ず伴いつつ,交換手段,支払手段,貯蔵に用いうるものである。貨幣は価値を尺度するから交換,支払,貯蔵に用いられるのでもないし,交換手段だから,支払手段だから,あるいは貯蔵されるから,価値を尺度することになるというのでもない。これらでありうるのは,貨幣のもつ力,貨幣のもつ価値自身にある。それこそが,上記のような貨幣の用い方・働きを成り立たせている基本であって,それは,貨幣が価値中の価値,すなわち価値の原基,価値の本位だということに基づいている。貨幣の本質はここにある。/貨幣は価値の原基として,事物の評価の基になりながら,財を交換せしめ,さまざまに人間関係をつくりあげ,交換・支払の人間関係から人間を退避せしめるなどして,経済生活を編成する要の役割を果たす。ちょうどわれわれが言葉(広くいえば,シンボル)の存在を前提にして,言葉によって会話し(交換),言葉によって相手の行動を縛り,惹起(じゃっき)し,相手から縛られ,惹起され(支払),そして言葉によって記憶し(貯蔵),言葉によって思考する(価値尺度)ことから社会関係をかたちづくっているように,われわれは貨幣によって経済生活を成り立たせている。しかも,言葉によって思考するというとき,通常われわれは,時代によって,社会によって,あるいはさらに個々人によって様相は異なるが,さまざまの思考が陰に陽に最終的によるべとする言葉,その根拠を問うことをやめてそこを起点にそれにすがりついて思考し行動していかねばならない言葉,たとえば〈神〉〈天〉〈人道〉〈理性〉などを有している。貨幣が価値の本位だというのは,貨幣にかかわる事物一般を言葉にたとえれば,貨幣は上記の言葉のなかの言葉に当たるということである。貨幣とはこのようにまさに二重の意味においてシンボルであって,シンボルのなかのシンボルなのである。


 なんと,貨幣がシンボルのなかのシンボルであることを,〈神〉〈天〉〈人道〉〈理性〉などが言葉のなかの言葉であることと比較しているのである.とすると,普遍的基本語であるとか "semantic primitive" のようなものが,貨幣に相当するということになろうか.何だかますます分からなくなってきた.
 今後も貨幣と言語について,とりとめなく考えていきたい.

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2016-06-25 Sat

#2616. 政治的な意味合いをもちうる概念メタファー [metaphor][cognitive_linguistics][sapir-whorf_hypothesis][rhetoric][conceptual_metaphor]

 「#2593. 言語,思考,現実,文化をつなぐものとしてのメタファー」 ([2016-06-02-1]) で示唆したように,認知言語学的な見方によれば,概念メタファー (conceptual_metaphor) は思考に影響を及ぼすだけでなく,行動の基盤ともなる.すなわち,概念メタファーは,人々に特定の行動を促す原動力となりうるという点で,政治的に利用されることがあるということだ.
 Lakoff and Johnson の古典的著作 Metaphors We Live By の最終章の最終節に,"Politics" と題する文章が置かれているのは示唆的である.政治ではしばしば「人間性を奪うような」 (dehumanizing) メタファーが用いられ,それによって実際に「人間性の堕落」 (human degradation) が生まれていると,著者らは指摘する.同著の最後の2段落を抜き出そう.

   Political and economic ideologies are framed in metaphorical terms. Like all other metaphors, political and economic metaphors can hide aspects of reality. But in the area of politics and economics, metaphors matter more, because they constrain our lives. A metaphor in a political or economic system, by virtue of what it hides, can lead to human degradation.
   Consider just one example: LABOR IS A RESOURCE. Most contemporary economic theories, whether capitalist or socialist, treat labor as a natural resource or commodity, on a par with raw materials, and speak in the same terms of its cost and supply. What is hidden by the metaphor is the nature of the labor. No distinction is made between meaningful labor and dehumanizing labor. For all of the labor statistics, there is none on meaningful labor. When we accept the LABOR IS A RESOURCE metaphor and assume that the cost of resources defined in this way should be kept down, then cheap labor becomes a good thing, on a par with cheap oil. The exploitation of human beings through this metaphor is most obvious in countries that boast of "a virtually inexhaustible supply of cheap labor"---a neutral-sounding economic statement that hides the reality of human degradation. But virtually all major industrialized nations, whether capitalist or socialist, use the same metaphor in their economic theories and policies. The blind acceptance of the metaphor can hide degrading realities, whether meaningless blue-collar and white-collar industrial jobs in "advanced" societies or virtual slavery around the world.


 "LABOUR IS A RESOURCE" という概念メタファーにどっぷり浸かった社会に生き,どっぷり浸かった生活を送っている個人として,この議論には反省させられるばかりである.一方で,(反省しようと決意した上で)実際に反省することができるということは,当該の概念メタファーによって,人間の思考や行動が完全に拘束されるわけではないということにもなる.概念メタファーと思考・行動の関係に関する議論は,サピア=ウォーフの仮説 (sapir-whorf_hypothesis) を巡る議論とも接点が多い.

 ・ Lakoff, George, and Mark Johnson. Metaphors We Live By. Chicago and London: U of Chicago P, 1980.

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2016-06-02 Thu

#2593. 言語,思考,現実,文化をつなぐものとしてのメタファー [metaphor][cognitive_linguistics][sapir-whorf_hypothesis][rhetoric][conceptual_metaphor]

 Lakoff and Johnson は,メタファー (metaphor) を,単に言語上の技巧としてではなく,人間の認識,思考,行動の基本にあって現実を把握する方法を与えてくれるものととしてとらえている.今や古典と呼ぶべき Metaphors We Live By では一貫してその趣旨で主張がなされているが,そのなかでもとりわけ主張の力強い箇所として,"New Meaning" と題する章の末尾より以下の文章をあげよう (145--46) .

   Many of our activities (arguing, solving problems, budgeting time, etc.) are metaphorical in nature. The metaphorical concepts that characterize those activities structure our present reality. New metaphors have the power to create a new reality. This can begin to happen when we start to comprehend our experience in terms of a metaphor, and it becomes a deeper reality when we begin to act in terms of it. If a new metaphor enters the conceptual system that we base our actions on, it will alter that conceptual system and the perceptions and actions that the system gives rise to. Much of cultural change arises from the introduction of new metaphorical concepts and the loss of old ones. For example, the Westernization of cultures throughout the world is partly a matter of introducing the TIME IS MONEY metaphor into those cultures.
   The idea that metaphors can create realities goes against most traditional views of metaphor. The reason is that metaphor has traditionally been viewed as a matter of mere language rather than primarily as a means of structuring our conceptual system and the kinds of everyday activities we perform. It is reasonable enough to assume that words alone don't change reality. But changes in our conceptual system do change what is real for us and affect how we perceive the world and act upon those perceptions.
   The idea that metaphor is just a matter of language and can at best only describe reality stems from the view that what is real is wholly external to, and independent of, how human beings conceptualize the world---as if the study of reality were just the study of the physical world. Such a view of reality---so-called objective reality---leaves out human aspects of reality, in particular the real perceptions, conceptualizations, motivations, and actions that constitute most of what we experience. But the human aspects of reality are most of what matters to us, and these vary from culture to culture, since different cultures have different conceptual systems. Cultures also exist within physical environments, some of them radically different---jungles, deserts, islands, tundra, mountains, cities, etc. In each case there is a physical environment that we interact with, more or less successfully. The conceptual systems of various cultures partly depend on the physical environments they have developed in.
   Each culture must provide a more or less successful way of dealing with its environment, both adapting to it and changing it. Moreover, each culture must define a social reality within which people have roles that make sense to them and in terms of which they can function socially. Not surprisingly, the social reality defined by a culture affects its conception of physical reality. What is real for an individual as a member of a culture is a product both of his social reality and of the way in which that shapes his experience of the physical world. Since much of our social reality is understood in metaphorical terms, and since our conception of the physical world is partly metaphorical, metaphor plays a very significant role in determining what is real for us.


 この引用中には,本書で繰り返し唱えられている主張がよく要約されている.概念メタファーは,認知,行動,生活の仕方を方向づけるものとして,個人の中に,そして社会の中に深く根を張っており,それ自身は個人や社会の経験的基盤の上に成立している.言語表現はそのような盤石な基礎の上に発するものであり,ある意味では皮相的とすらいえる.メタファーとは,言語上の技巧ではなく,むしろその基盤のさらに基盤となるくらい認知過程の深いところに埋め込まれているものである.
 Lakoff and Johnson にとっては,言語を研究しようと思うのであれば,人間の認知過程そのものから始めなければならないということだろう.この前提が,認知言語学の出発点といえる.

 ・ Lakoff, George, and Mark Johnson. Metaphors We Live By. Chicago and London: U of Chicago P, 1980.

Referrer (Inside): [2016-06-25-1]

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2016-05-27 Fri

#2587. 未来は前方にあるのか後方にあるのか [cognitive_linguistics][conceptual_metaphor]

 英語で未来の時間を指す表現として,一見相反するような例が挙げられる."in the weeks ahead of us" では未来が物理的に前方にあるかのような表現だが,"in the following weeks" ではむしろ表現としては後方にあるかのようである.過去についても同様に,"That's all behind us now." という文では過去の時間が後方にあるかのようだが,"in the preceding weeks" では過去はむしろ前方にあるものとして表現されている.この矛盾はどのように説明されるのだろうか.
 Lakoff and Johnson (41) は,このような表現は矛盾に見えるだけであり,認知的には首尾一貫 (coherent) していると説く.英語では,時間は "TIME IS A MOVING OBJECT" という概念メタファー (conceptual_metaphor) によってとらえられる.例えば,時間は前方から私たちの方にやってきて,私たちの後方へと過ぎ去ってゆくものととらえることができるだろう.

 ・ The time will come when . . .
 ・ The time has long since gone when . . .
 ・ The time for action has arrived . . .


 未来は私たちの前方にあることを示す例を追加すると,

 ・ Coming up in the weeks ahead . . .
 ・ I look forward to the arrival of Christmas.
 ・ Before us is a great opportunity, and don't want it to pass us by.


 さらに,時間は前方の未来から顔を私たちの方に向けて近づいてくるというとらえかたを示す例を挙げる.

 ・ I can't face the future.
 ・ The face of things to come . . .
 ・ Let's meet the future head-on.


 以上は,私たち人間の立場からみて未来が前方にあるという例である.しかし,私たちの方に顔を向けて進んでくる時間の立場からすれば,自分の後ろからついてくるものは,さらに遠い未来である.したがって,"next week and the week following it" のような言い方が可能になる.さらに,未来を表わすのに両観点の混じった "We're looking ahead to the following weeks." なる表現も自然に理解される.
 以上をまとめれば,未来は,私たちの立場からみれば前方にあるが,時間の立場からみれば後方にある.相反するようでいて実のところ共通しているのは,私たちと時間が対向しているという構図である.いずれかの観点に立つと,他の観点と相容れない (inconsistent) ように見えるが,一歩引いて構図全体として理解すれば,時間に関するとらえ方,あるいはメタファー的概念は首尾一貫している (coherent) のである.

 ・ Lakoff, George, and Mark Johnson. Metaphors We Live By. Chicago and London: U of Chicago P, 1980.

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2016-05-09 Mon

#2569. dead metaphor (2) [metaphor][conceptual_metaphor][rhetoric][cognitive_linguistics][terminology]

 昨日の記事 ([2016-05-08-1]) に引き続き,dead metaphor について.dead metaphor とは,かつては metaphor だったものが,やがて使い古されて比喩力・暗示力を失ってしまった表現を指すものであると説明した.しかし,メタファーと認知の密接な関係を論じた Lakoff and Johnson (55) は,dead metaphor をもう少し広い枠組みのなかでとらえている.the foot of the mountain の例を引きながら,なぜこの表現が "dead" metaphor なのかを丁寧に説明している.

Examples like the foot of the mountain are idiosyncratic, unsystematic, and isolated. They do not interact with other metaphors, play no particularly interesting role in our conceptual system, and hence are not metaphors that we live by. . . . If any metaphorical expressions deserve to be called "dead," it is these, though they do have a bare spark of life, in that they are understood partly in terms of marginal metaphorical concepts like A MOUNTAIN IS A PERSON.
   It is important to distinguish these isolated and unsystematic cases from the systematic metaphorical expressions we have been discussing. Expressions like wasting time, attacking positions, going our separate ways, etc., are reflections of systematic metaphorical concepts that structure our actions and thoughts. They are "alive" in the most fundamental sense: they are metaphors we live by. The fact that they are conventionally fixed within the lexicon of English makes them no less alive.


 「死んでいる」のは,the foot of the mountain という句のメタファーや,そのなかの foot という語義におけるメタファーにとどまらない.むしろ,表現の背後にある "A MOUNTAIN IS A PERSON" という概念メタファー (conceptual metaphor) そのものが「死んでいる」のであり,だからこそ,これを拡張して *the shoulder of the mountain や *the head of the mountain などとは一般的に言えないのだ.Metaphors We Live By という題の本を著わし,比喩が生きているか死んでいるか,話者の認識において活性化されているか否かを追究した Lakoff and Johnson にとって,the foot of the mountain が「死んでいる」というのは,共時的にこの表現のなかに比喩性が感じられないという局所的な事実を指しているのではなく,話者の認知や行動の基盤として "A MOUNTAIN IS A PERSON" という概念メタファーがほとんど機能していないことを指しているのである.引用の最後で述べられている通り,表現が慣習的に固定化しているかどうか,つまり常套句であるかどうかは,必ずしもそれが「死んでいる」ことを意味しないという点を理解しておくことは重要である.

 ・ Lakoff, George, and Mark Johnson. Metaphors We Live By. Chicago and London: U of Chicago P, 1980.

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2016-04-23 Sat

#2553. 構造的メタファーと方向的メタファーの違い (2) [conceptual_metaphor][metaphor][metonymy][synaesthesia][cognitive_linguistics][terminology]

 昨日の記事 ([2016-04-22-1]) の続き.構造的メタファーはあるドメインの構造を類似的に別のドメインに移すものと理解してよいが,方向的メタファーは単純に類似性 (similarity) に基づいたドメインからドメインへの移転として捉えてよいだろうか.例えば,

 ・ MORE IS UP
 ・ HEALTH IS UP
 ・ CONTROL or POWER IS UP


という一連の方向的メタファーは,互いに「上(下)」に関する類似性に基づいて成り立っているというよりは,「多いこと」「健康であること」「支配・権力をもっていること」が物理的・身体的な「上」と共起することにより成り立っていると考えることもできないだろうか.共起性とは隣接性 (contiguity) とも言い換えられるから,結局のところ方向的メタファーは「メタファー」 (metaphor) といいながらも,実は「メトニミー」 (metonymy) なのではないかという疑問がわく.この2つの修辞法は,「#2496. metaphor と metonymy」 ([2016-02-26-1]) や 「#2406. metonymy」 ([2015-11-28-1]) で解説した通り,しばしば対置されてきたが,「#2196. マグリットの絵画における metaphor と metonymy の同居」 ([2015-05-02-1]) でも見たように,対立ではなく融和することがある.この観点から概念「メタファー」 (conceptual_metaphor) を,谷口 (79) を参照して改めて定義づけると,以下のようになる.

 ・ 概念メタファーは,2つの異なる概念 A, B の間を,「類似性」または「共起性」によって "A is B" と結びつけ,
 ・ 具体的な概念で抽象的な概念を特徴づけ理解するはたらきをもつ


 概念メタファーとは,共起性や隣接性に基づくメトニミーをも含み込んでいるものとも解釈できるのだ.概念「メタファー」の議論として始まったにもかかわらず「メトニミー」が関与してくるあたり,両者の関係は一般に言われるほど相対するものではなく,相補うものととらえたほうがよいのかもしれない.
 なお,このように2つの概念を類似性や共起性によって結びつけることをメタファー写像 (metaphorical mapping) と呼ぶ.共感覚表現 (synaesthesia) などは,共起性を利用したメタファー写像の適用である.

 ・ 谷口 一美 『学びのエクササイズ 認知言語学』 ひつじ書房,2006年.

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2016-04-22 Fri

#2552. 構造的メタファーと方向的メタファーの違い (1) [conceptual_metaphor][metaphor][cognitive_linguistics][terminology]

 昨日の記事「#2551. 概念メタファーの例をいくつか追加」 ([2016-04-21-1]) で,構造的メタファー (structural metaphor) と方向的メタファー (orientational metaphor) に触れた.両者の違いは,体系性の次元にある.前者は,ある概念をとりまく体系から別のものへの一方向の写像にすぎないが,後者はそのような内的な体系性をもった写像が,複数,互いに結び付き合っているという多次元なものだ.
 例えば,"TIME IS MONEY" の概念メタファーは,英語文化において,時間を金銭になぞらえる認知の様式が根付いており,その認知を反映した言語表現も多く観察されることを物語っている.時間に関する種々の属性や秩序は,金銭にもおよそそのまま当てはまることが多い.その方向性は,基本的に「時間→金」の一方向であり,その反対ではないという感覚がある.この関係を,一方向の内的体系性 (internal systematicity) と呼んでおこう.
 一方,"HAPPY IS UP; SAD IS DOWN" の概念メタファーは,"TIME IS MONEY" とは異質のように思われる.まず,それは対応する2つの命題,つまり "HAPPY IS UP" と "SAD IS DOWN" から成っているという点で異なる.一方向というよりは,双方向で互いに補完し合う関係だ.双方向の内的体系性と呼んでおきたい.さらに,このようなペアを相似的,並行的に複数挙げることができるという点がおもしろい.例えば,昨日の記事で挙げたように,"HAPPY IS UP; SAD IS DOWN", "CONSCIOUS IS UP; UNCONSCIOUS IS DOWN", "HEALTH AND LIFE ARE UP; SICKNESS AND DEATH ARE DOWN", "HAVING CONTROL or FORCE IS UP; BEING SUBJECT TO CONTROL or FORCE IS DOWN", "MORE IS UP; LESS IS DOWN", "FORESEEABLE FUTURE EVENTS ARE UP (and AHEAD)", "HIGH STATUS IS UP; LOW STATUS IS DOWN", "GOOD IS UP; BAD IS DOWN", "VIRTUE IS UP; DEPRAVITY IS DOWN", "RATIONAL IS UP; EMOTIONAL IS DOWN" などがそれに当たる.これらのペアは相互に関係していると思われ,全体として関係の小宇宙を形成している.換言すれば,「双方向の内的体系性」という塊が複数あり,互いに線で結ばれているというイメージだ.方向的メタファーが,構造的メタファーと次元が違うというのはこのことである.後者は前者よりも圧倒的に高次で複雑だが,体系的である.
 Lakoff and Johnson (14) の表現で両者の違いを表現すれば,structural metaphors とは "one concept is metaphorically structured in terms of another" であり,oritentational metaphors は "organizes a whole system of concepts with respect to one another" である.

 ・ Lakoff, George, and Mark Johnson. Metaphors We Live By. Chicago and London: U of Chicago P, 1980.

Referrer (Inside): [2016-04-23-1]

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2016-04-21 Thu

#2551. 概念メタファーの例をいくつか追加 [conceptual_metaphor][metaphor]

 「#2548. 概念メタファー」 ([2016-04-18-1]) で,概念メタファー (conceptual_metaphor) として,"ARGUMENT IS WAR" の例を挙げた.今回は,英語の概念メタファーの例をいくつか追加したい.まずは,Lakoff and Johnson (7--8) より.

TIME IS MONEY
   You're wasting my time.
   This gadget will save you hours.
   I don't have the time to give you.
   How do you spend your time these days?
   That flat tire cost me an hour.
   I've invested a lot of time in her.
   I don't have enough time to spare for that.
   You're running out of time.
   You need to budget your time.
   Put aside some time for ping pong.
   Is that worth your while?
   Do you have much time left?
   He's living on borrowed time.
   You don't use your time profitably.
   I lost a lot of time when I got sick.
   Thank you for your time.


 複合的な概念メタファーの1つに,conduit metaphor というものがある.これは,"IDEAS (or MEANINGS) ARE OBJECTS", "LINGUISTIC EXPRESSIONS ARE CONTAINERS" "COMMUNICATION IS SENDING" という3つの関連する構造的な概念メタファーを合わせたものである (Lakoff and Johnson 11) .

The CONDUIT Metaphor
   It's hard to get that idea across to him.
   I gave you that idea.
   Your reasons came through to us.
   It's difficult to put my ideas into words.
   When you have a good idea, try to capture it immediately in words.
   Try to pack more thought into fewer words.
   You can't simply stuff ideas into a sentence any old way.
   The meaning is right there in the words.
   Don't force your meanings into the wrong words.
   His words carry little meaning.
   The introduction has a great deal of thought content.
   Your words seem hollow.
   The sentence is without meaning.
   The idea is buried in terribly dense paragraphs.


 以上は構造的メタファー (structural metaphor) の例だが,別種のものとして方向的メタファー (orientational metaphor) というものがある.その典型は,垂直軸の上下をもって様々な属性の対立項を表すというものだ.一連の対立項が全体として体系をなしているように見える点が顕著である.Lakoff and Johnson (15--17) による例を示そう.

HAPPY IS UP; SAD IS DOWN
   I'm feeling up. That boosted my spirits. My spirits rose.
   You're in high spirits. Thinking about her always gives me a lift. I'm feeling down. I'm depressed. He's really low these days. I fell into a depression. My spirits sank.

CONSCIOUS IS UP; UNCONSCIOUS IS DOWN
   Get up. Wake up. I'm up already. He rises early in the morning. He fell asleep. He dropped off to sleep. He's under hypnosis. He sank into a coma.

HEALTH AND LIFE ARE UP; SICKNESS AND DEATH ARE DOWN
   He's at the peak of health. Lazarus rose from the dead. He's in top shape. As to his health, he's way up there. He fell ill. He's sinking fast. He came down with the flu. His health is declining. He dropped dead.

HAVING CONTROL or FORCE IS UP; BEING SUBJECT TO CONTROL or FORCE IS DOWN
   I have control over her. I am on top of the situation. He's in a superior position. He's at the height of his power. He's in the high command. He's in the upper echelon. His power rose. He ranks above me in strength. He is under my control. He fell from power. His power is on the decline. He is my social inferior. He is low man on the totem pole.

MORE IS UP; LESS IS DOWN
   The number of books printed each year keeps going up. His draft number is high. My income rose last year. The amount of artistic activity in this sate has gone down in the past year. The number of errors he made is incredibly low. His income fell last year. He is underage. If you're too hot, turn the heat down.

FORESEEABLE FUTURE EVENTS ARE UP (and AHEAD)
   All upcoming events are listed in the paper. What's coming up this week? I'm afraid of what's up ahead of us. What's up?

HIGH STATUS IS UP; LOW STATUS IS DOWN
   He has a lofty position. She'll rise to the top. He's at the peak of his career. He's climbing the ladder. He has little upward mobility. He's at the bottom of the social hierarchy. She fell in status.

GOOD IS UP; BAD IS DOWN
   Things are looking up. We hit a peak last year, but it's been downhill ever since. Things are at an all-time low. He does high-quality work.

VIRTUE IS UP; DEPRAVITY IS DOWN
   He is high-minded. She has high standards. She is upright. She is an upstanding citizen. That was a low trick. Don't be underhanded. I wouldn't stoop to that. That would be beneath me. He fell into the abyss of depravity. That was a low-down thing to do.

RATIONAL IS UP; EMOTIONAL IS DOWN
   The discussion fell to the emotional level, but I raised it back up to the rational plane. We put our feelings aside and had a high-level intellectual discussion of the matter. He couldn't rise above his emotions.


 ・ Lakoff, George, and Mark Johnson. Metaphors We Live By. Chicago and London: U of Chicago P, 1980.

Referrer (Inside): [2016-04-22-1]

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2016-04-18 Mon

#2548. 概念メタファー [metaphor][conceptual_metaphor][cognitive_linguistics][terminology]

 今や古典となった Lakoff and Johnson の著書により,概念メタファー (conceptual_metaphor) という用語が(認知)言語学では広く知られるようになった.すでに「#2471. なぜ言語系統図は逆茂木型なのか」 ([2016-02-01-1]) でこの用語を用いたが,認知言語学上の基本事項として,改めて本記事で概念メタファーを紹介しよう.
 Lakoff and Johnson の提起した概念メタファーの考え方は,一言でいえば,メタファーとは単にことばの問題にとどまらず,それ以前に認識の問題,とらえ方のレベルの問題であるということだ.通常,メタファーとは "You are my sunshine." のように,"A is B." のような構文で明示的に表わされると信じられているが,実はそのような形式をとらない数々の表現のうちに,暗黙の前提として含まれていることが多いという(辻, p. 33).
 Lakoff and Johnson が挙げた典型例に,"ARGUMENT IS WAR" がある.英語には,議論を戦争と見立てる発想が根付いており,この見立てが数々の表現に滲出している.Lakoff and Johnson (4) より,例文を挙げよう.

 ・ Your claims are indefensible.
 ・ He attacked every weak point in my argument.
 ・ His criticisms were right on target.
 ・ I demolished his argument.
 ・ I've never won an argument with him.
 ・ You disagree? Okay, shoot!
 ・ If you use that strategy, he'll wipe you out.
 ・ He shot down all of my arguments.


 ここでは,直接的には戦争に関する用語や縁語とみなしうる語句が使われていながら,実際にはそれが議論に関わることばとして応用されている.これら個々の表現は,"ARGUMENT IS WAR" という概念メタファーが言語化されたものと解釈できるだろう.議論とは戦争であるという見立てが,単発の表現においてではなく,一連の表現において等しくみられる.
 メタファーは,従来,文学的な言語表現として非日常的な技巧とらえられる傾向があったが,実際にはこのように日常の言語使用や,さらに言語化される以前の認識レベルにおいて,非常にありふれたものであるということを,Lakoff and Johnson は指摘したのである.

 ・ Lakoff, George, and Mark Johnson. Metaphors We Live By. Chicago and London: U of Chicago P, 1980.
 ・ 辻 幸夫(編) 『新編 認知言語学キーワード事典』 研究社.2013年.

Referrer (Inside): [2016-12-11-1] [2016-04-21-1]

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2016-02-01 Mon

#2471. なぜ言語系統図は逆茂木型なのか [family_tree][indo-european][metaphor][conceptual_metaphor][cognitive_linguistics][historiography]

 言語系統図に限らないが,いわゆる系統図では,過去のものが上方に描かれ,そこから現在に向かって枝が下へ降りてくるのが通例である.写本の系統図 (stemma),文法の構造木,生物の系統図,家系図など,いずれもこの方向だ.別名,樹形図とも呼ばれ,木になぞらえられるわりには,それは逆茂木なのである.多くの人はそれに見慣れているが,よく考えてみるとなぜそうなのかという疑問が生じる.試みに「#1339. インドヨーロッパ語族の系統図(上下反転版)」 ([2012-12-26-1]) で通常の印欧語族の系統図を上下反転させたものを提示してみたが,見慣れないと変な感じがする.
 認知言語学でいわれる概念メタファー (conceptual metaphor) によれば,通言語的によく観察される認知パターンの1つに "EARLIER IS UP" がある.日本語で「過去にさかのぼる」「時代をくだる」というように,古いほうが上で,新しいほうが下という感覚がある.この認識の根源には,川の流れ,さらに敷衍すれば重力の方向性があるだろう.山腹にあった水は,数時間後には山裾まで流れてきているはずである.川の水を念頭におけば,時間的に先行するものは上,後続するものは下というのは,ごく自然な認知の仕方である.
 川の流れや重力のような物理法則に則った自然物についていえば,"EARLIER IS UP" の概念メタファーは成立するが,一方,時間とともに成長する生物を念頭におくと,むしろ "LATER IS UP" という概念メタファーもあり得るのではないか.成長すれば,その分背が高くなるからである.人間や動物だけでなく,問題の樹木もどんどん背丈が伸びていくわけであり,根っこのある下方が古く,梢のある上方が新しいという認知法があってもよさそうだ.
 したがって,概念メタファーに依拠する限り,理屈上,言語系統図は両方向に描かれうるはずだが,実際には逆茂木型に描かれるのが普通である.ただの慣習といえばその通りだろうが,その慣習が定まった契機は何だったのだろうか.
 以下は憶測である.まず,先祖(過去のもの)を上に祀るという意味合いがあるのではないか.これは,先代の人々,年長者を持ち上げるという発想だ.これは東アジア的な儒教の発想であると言われそうだが,とりわけ儒教的であるというにすぎず,やはり直感的に理解されるくらいには普遍的であると思う.古いもの,年上の者は偉い,だから上に位置すべきなのだ,ということだ.政治的には,過去の栄光を強調し,そこから現在に連なる威信を間接的に示唆する,という効果もあるだろう.結果としては,過去を介した現在の強調となっているように思われる.
 このように述べた一方で,縁の下の力持ち,土台の重要さという発想もある.むしろ下に位置するものが上にあるすべてのものを支えている,だから下もののが偉いのだ,という考え方である.こちらは,むしろ現在を介した過去の強調という色彩が強いように感じられるが,どうだろうか.
 どちらを上にして言語系統図を描くかという問題は,言語観や歴史観に関わる問題である.関連して,この観点から英語史記述について論考した「#253. 英語史記述の二つの方法」 ([2010-01-05-1]),「#1340. Strang の英語史の遡及的記述」 ([2012-12-27-1]) を参照されたい.
 また,言語を樹木その他に喩えることについて様々な見解があるので,「#807. 言語系統図と生物系統図の類似点と相違点」 ([2011-07-13-1]),「#999. 言語変化の波状説」 ([2012-01-21-1]),「#1118. Schleicher の系統樹説」 ([2012-05-19-1]),「#1236. 木と波」 ([2012-09-14-1]),「#1722. Pisani 曰く「言語は大河である」」 ([2014-01-13-1]),「#1578. 言語は何に喩えられてきたか」 ([2013-08-22-1]),「#1579. 「言語は植物である」の比喩」 ([2013-08-23-1]) 辺りの記事をご覧頂きたい.
 今回の記事は,上下方向の概念メタファーを研究している学生からインスピレーションを得て,執筆した(ありがとう!).

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