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2026-09-25 Fri
■ #6360. 「なぜさんたんげん目撃マップ」の第2次全国制覇達成! --- 3ヶ月の軌跡と奇跡 [notice][nazesantangen][nazesantangen_witness][nhkpb][helkatsu][helmate][outreach][heldio]

拙著『なぜさんたんげん』こと『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』(NHK出版新書)は,6月10日の発売以来,読者・リスナーの皆さんに支えられて歩んできました.発売直後から呼びかけてきた企画の1つが,「書店で本書を見かけたら,ぜひ目撃情報をお寄せください」という「なぜさんたんげん目撃マップ」です.この3ヶ月間,Voicy heldio ではほぼ毎日のように呼びかけを続け,hellog でも何度か中間報告をしてきました(nazesantangen_witness) の各記事を参照).皆さんから寄せられた書店での目撃情報をもとに,Google Map 上にピンをコツコツと立て続けてきた次第です.
この目撃マップ企画では,2段階の「全国制覇」目標を設定していました.第1次は,大まかな「地方ブロック」単位(北海道,東北,関東,中部,近畿,中国,四国,九州・沖縄の8ブロック)ですべてにピンが立つこと,第2次は,より精度の高い「都道府県」単位で47都道府県すべてにピンが立つことです.
第1次制覇は,「#6271. 「なぜさんたんげん目撃マップ」の第1次全国制覇達成!」 ([2026-06-28-1]) で報告したように,早くも発売2週間で達成していました.このたび,第2次制覇,すなわち都道府県レベルでの全国制覇も達成しましたので,ここにご報告いたします!(実は9月6日の時点で達成していましたので,報告が遅すぎました,すみません.)
制覇を決定づけたのは,heldio/helwa コアリスナーの umisio さんでした.熊本市のメトロ書店熊本本店に足を運んでくださり,本書が並ぶ書棚を確認してくださいました.これにより,書店の目撃情報が0件だった熊本県に1店が加わり,未達成の都道府県がゼロになりました.発売から3ヶ月というスピードでの第2次全国制覇達成について,著者として率直に驚いています.
記念すべき9月6日(日)23時30分時点の Google Map データを集計してみました.目撃された書店の数は,全国で137店.内訳を都道府県別・地方別にまとめると,次のようになります.
| 地方 | 都道府県 | 店数 |
|---|---|---|
| 北海道 | 北海道 | 2 |
| 東北 | 青森 | 1 |
| 岩手 | 1 | |
| 宮城 | 2 | |
| 秋田 | 1 | |
| 山形 | 1 | |
| 福島 | 1 | |
| 関東 | 茨城 | 4 |
| 栃木 | 1 | |
| 群馬 | 3 | |
| 埼玉 | 4 | |
| 千葉 | 4 | |
| 東京 | 26 | |
| 神奈川 | 13 | |
| 中部 | 新潟 | 1 |
| 富山 | 1 | |
| 石川 | 1 | |
| 福井 | 2 | |
| 山梨 | 1 | |
| 長野 | 3 | |
| 岐阜 | 1 | |
| 静岡 | 3 | |
| 愛知 | 6 | |
| 三重 | 2 | |
| 近畿 | 滋賀 | 1 |
| 京都 | 3 | |
| 大阪 | 9 | |
| 兵庫 | 2 | |
| 奈良 | 1 | |
| 和歌山 | 1 | |
| 中国 | 鳥取 | 2 |
| 島根 | 2 | |
| 岡山 | 1 | |
| 広島 | 2 | |
| 山口 | 3 | |
| 四国 | 徳島 | 1 |
| 香川 | 1 | |
| 愛媛 | 3 | |
| 高知 | 1 | |
| 九州・沖縄 | 福岡 | 2 |
| 佐賀 | 1 | |
| 長崎 | 5 | |
| 熊本 | 1 | |
| 大分 | 1 | |
| 宮崎 | 1 | |
| 鹿児島 | 2 | |
| 沖縄 | 6 |
東京都が26店と圧倒的に多く,次いで神奈川県13店,大阪府9店,沖縄県・愛知県が各6店と続きます.一方,青森・岩手・秋田・山形・福島・栃木・新潟・富山・石川・山梨・岐阜・滋賀・奈良・和歌山・岡山・徳島・香川・高知・佐賀・熊本・大分・宮崎の22県は,現時点でまだ1店のみの目撃です.今回,都道府県ごとに1つ以上のピンが立ったことは確認できましたが,密度にはまだこれだけの開きがあります.
書店の系列別に見ると,次のような分布になっています.
| 系列 | 店数 |
|---|---|
| 紀伊國屋書店 | 23 |
| くまざわ書店 | 21 |
| ジュンク堂書店(MARUZEN&ジュンク堂含む) | 16 |
| 丸善(単独店舗) | 8 |
| 未来屋書店 | 8 |
| 三省堂書店 | 6 |
| 明屋書店 | 5 |
| 大垣書店 | 4 |
| TSUTAYA(ブックエース/ヤマト屋等の併記含む) | 4 |
| リブロ | 3 |
| 今井書店 | 2 |
| 有隣堂 | 2 |
| 球陽堂書房 | 2 |
| メトロ書店 | 2 |
| 谷島屋 | 2 |
| 八重洲ブックセンター | 2 |
| 慶應生協(三田購買部・日吉店) | 2 |
| 九大生協 | 1 |
| 文教堂 | 1 |
| 宮脇書店 | 1 |
| その他(独立系・単独店) | 23 |
紀伊國屋書店(23店),くまざわ書店(21店),ジュンク堂書店(16店,MARUZEN&ジュンク堂を含む)という大手3系列だけで合計60店となっており,4割強を占めています.一方,「その他」に分類した23店は,知遊堂,廣文館,勝木書店,煥乎堂,書房すみよし,中村興文堂書店など,地域に根ざした独立系書店です.『なぜさんたんげん』が,大手書店だけでなく,こうした街の書店のそれぞれに支えられているということが,今回の目撃マップによってよく分かりました.
私自身は目下海外に滞在しており,日本の書店の書棚を直接この目で見ることができずにおり,ソワソワしています.そのようななか,これだけの目撃情報が集まったことは,ひとえに本目撃マップ企画,および普段からの「英語史をお茶の間に」の考え方に賛同してくださっている皆さんの,熱心な応援のおかげです.遠方まで足を運んで,熱心に書店の書棚を追いかけてくださったヘルメイトの方々,hellog 読者・heldio リスナーの皆さん,出版社の営業さん,そして本書を書棚に並べてくださっている書店の皆さん,本当にありがとうございます.全国の書店に立っている素晴らしい POP を作ってくださった khelf の藤平桂子さんにも,この場を借りて御礼申し上げます.書店さんに許可を取ったうえで書棚を撮影してくださった,とりわけ熱い協力者の皆さんには,心より感謝いたします.
さあ,次なる目標は「第3次全国制覇」です.第3次のために特別な数値目標を立てるわけではありませんが,各都道府県のピンの密度をさらに上げていくことが狙いです.とりわけ,1ピンしか立っていないところに複数ピンが立つのを見たいです.「なぜさんたんげん目撃マップ」企画そのものは,引き続き続けてまいります.書店(に限らず,大学図書館,市民図書館,ときには飲み屋やスナックまで!)で本書を見かけましたら,ぜひ heldio のコメント欄などを通じて,引き続き目撃情報をお寄せください.私としても,「英語史をお茶の間に」の hel活・アウトリーチ活動を,これからも一歩ずつ積み重ねていきたいと思います.
・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.
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2026-09-24 Thu
■ #6359. continue も content と同根 --- 「継続する」とは「持ちこたえる」こと [outreach][helkatsu][etymology][semantic_change][latin]
学術アウトリーチに関するキーワードを語源で読み解くシリーズ.昨日の記事「#6358. content 「中身」 --- hel活コンテンツを生み出していくことについて」 ([2026-09-23-1]) で,英単語 content の語源をたどるなかで,ラテン語動詞 tenēre 「持つ,保つ」に行き着いた.今日はこの tenēre つながりで,もう1つの基本語 continue を取り上げたい.
continue 「続く;継続する」は,同語義のラテン語動詞 continuāre に由来し,フランス語を経由して中英語に借用された語である.このラテン語動詞自体は,より基本的な動詞の過去分詞に基づく派生物であり,おおもとの動詞は continēre (昨日の content の記事を参照),その過去分詞は continuus である.つまり,少しく追加的な派生を挟むものの,昨日取り上げた content/contain と,本日注目している continue とは同根語なのである.実際,『英語語源辞典』によると,14--16世紀においては,continue と contain は,意味はだいぶん異なるように思われるが,しばしば混同されたという.
continue は,英語に入ってきた当初より「続く;継続する」の意味を持っていた.その点では,中英語期であれ現代であれ,日本語としては「継続する」と翻訳・解釈しておいてかまわない.しかし,ラテン語の原義まで意識すると,ラ・仏・英語に脈々と受け継がれてきた continue の継続観と,日本語の「続く」の継続観とはだいぶん異なっているように思われる.
日本語の「続く;継続する」は,一度始めた物事を途中で中断せずに長らくつなげていくという語感が強い.さらに現代的な価値観を含めるのであれば,ただ続けるのではなく,常に刷新しながら再生していくという進歩的な語感すらある.日本の諺「継続は力なり」は,このような語感,あるいは道徳観の上に成立しているといってよいのではないか.
ところが,ラテン語の continuāre なり,さらに基本的な continēre なりは,どちらかというと原義は「持ちこたえる」に近い.変わらず保ち続ける,といった語感だ.
「続ける」というと,つい何か新しいことを積み重ねながら前進するというイメージを抱きがちだ.特に現代のような変化の時代においては,そのままの持続では足りず,進化しながら継続していくことが重要だと叫ばれる(この考え方は現代日本のビジネス書かぶれかもしれないが).しかし,ラ・仏・英語の continue の語源が伝えるのは,昨日の記事で述べたように,あくまで「雑多な物をバラバラにならないように容器の中にとどめ置く」という発想である.
英語史のアウトリーチ活動を何年も「続けて」きたが,振り返ってみれば,日々新しいことを付け加えようと努めてきた側面はあるものの,それ以上に重要なこととして,「英語史はおもしろい」という1つの軸に基づいて発信することを,途切れさせずに「持ちこたえる」営みだったようにも思う.
2026-09-23 Wed
■ #6358. content 「中身」 --- コンテンツを生み出していくことについて [outreach][helkatsu][etymology][latin][conversion][doublet]
本ブログを始めとする英語史のアウトリーチ活動を続けていると,毎日どんなコンテンツにしようかと悩む.慢性的なネタ切れ状態が続いており,これが解消されることはあまりない.日々,というよりも四六時中ネタ探しをしている感覚がある.日本語では,このように「ネタ」といったり「コンテンツ」といったりするが,前者はテーマに力点があり,後者はできあがった成果物を指すときに使うことが多いように思われる.
「コンテンツ」というカタカナ語は使い勝手がよい.ブログというメディアだったら「記事」,音声配信だったら「配信回」,動画だったら「動画」などと呼び分けるところを,「コンテンツ」だとひっくるめて表現できるので便利なのだ.ただし,書籍,雑誌記事,ラジオ番組,テレビ番組,映画などの旧メディアの成果物を指して「コンテンツ」という慣用はあまりないように思われる.ウェブを通じて展開される新メディアにふさわしい語感がある.
このカタカナ語のソースである英単語 content にも「ウェブ・コンテンツ」を指す語義もあるが,もっと一般的に「内容(物)」を指すことができる.注意すべきは,「バッグの中身」や「目次(=本の中身)」の意味で複数形 contents を用いることはよくあるが,多くの用例において不可算名詞として -s なしで使われるのも普通であることだ.上で述べた新メディアの成果物は,英語では contents ではなく不可算名詞的に用いられる content であり,1つ2つと数えたいときには content item(s) のように単位名詞をつけるのが普通だろう.
さて,content の語源を探ってみよう.ラテン語の動詞 continēre "to hold together" に遡る.「雑多な物をバラバラにならないように容器の中にとどめ置く」というイメージだ.このラテン単語は,動詞としてはフランス語経由で中英語後期に英語に入り,contain となっている(これに -er を付すと container 「容器,コンテナ」となる).一方,同じラテン語動詞の過去分詞に由来するのが,今回注目している content である.英語では16世紀前半に初出している.「なかに含まれているもの」の原義から「内容(物)」を意味するようになった.
おもしろいのは,同じラテン語形が,英語で「満足した」を意味する形容詞 content をも供給していることである.むしろこの形容詞のほうが,英語での初出は100年以上早い.そこから,この形容詞の品詞転換によって名詞が生まれたのではないかと考えられている.
しかし,ラテン語のもとの動詞の意味「一緒に保持する」から,名詞語義「内容」が派生することは理解できたとしても,形容詞語義「満足した」についてはどうだろうか.私は調べてみるまでは,「心が良い内容で満たされる」から「満足した」なのだろうとてっきり思っていた.しかし,どうやら事情が異なるようだ.
ラテン語動詞 continēre には,もう1つ異なる語義があった.「制限する,抑制する」である.容器のなかに納めるということは,閉じ込めて身動きできないようにするということである.対象が物ではなく人だと,分かりやすくなるだろう.その過去分詞の意味は「制限・抑制された」となる.そして,ここがとても重要な意味変化なのだが,「制限・抑制された」とは,ネガティブに見れば束縛された状態だが,ポジティブに見れば「つましくも,それなりに満たされている」状態ともいえる.老子のいう「知足」,すなわち「足るを知る者は富む」という人生観に近い.確かに同じ「満足した」でも,satisfied はストレートだが,content は控えめな満足感である.
私が毎日のhel活で作り届けているコンテンツについて,自分としては必ずしも満足してないことが多い.もっとよい書き方,語り方があったのではないかと,毎回どこかで物足りなさを感じている.しかし,考えてみれば,この「満ち足りなさ」こそが,次はもっとよいコンテンツを作ろうとする原動力になっているのかもしれない.満足しきってしまわないこと,satisfied ではなく content ほどの満足感で満足することが,継続の秘訣なのかもしれない.
2026-09-22 Tue
■ #6357. 語彙の横の広がりや語順にも注目した出題 --- sorami さんの『英語語源ハンドブック』クイズ第18弾 [note][hee][helkatsu][hel_education][quiz][word_order][synonym][voicy][heldio]
語源というと,1つの単語の来歴をひたすら遡っていく「縦」の探究をイメージしがちです.しかし,意味に注目した類義語の関係など,語彙の「横」の広がりに目を向けることでも,英単語のおもしろさは十分に味わえます.そんな視点を存分に盛り込んだのが,sorami さんによる「授業で使える!中学生向け英語語源クイズ」シリーズの第18弾「授業で使える! 中学生向け英語語源クイズ#18~train/king/人/語順~」です.9月19日に公開された新作を紹介しましょう.
まずは train, coach, bus という身近な乗り物の名前をめぐる出題です.単語ごとの語源を丁寧に追うだけでなく,coach と train がそれぞれ別の経路をたどりながら,現代英語ではどちらも「指導者,コーチ」という意味へと収斂していく様子が示されており,語源の縦の深掘りに終始しない,語彙の横の広がりに注目した構成になっています.単語どうしを線ではなく面で捉える視点を養ってくれる好例です.
続くのは,king にまつわる問題です.「○○の王様」を意味する比喩表現から始まり,さらに視野を広げて,英語,フランス語,ドイツ語など複数の言語における王の名前の対応関係へと話題が及びます.同じ人物を指す名前が言語ごとにどのように姿を変えるのか,という対照言語学的な視点は,中学生にとっても新鮮な驚きとなりますね.
さらに,person, people, man, human という「人」を表す複数の英単語を比較する問題も用意されています.似たような意味をもつ単語がなぜこれほど複数併存しているのか,その背景には借用の重なりという英語語彙史ならではの事情が潜んでいます.語彙どうしの意味の守備範囲の違いを見極めさせる出題です.
そして今回最後に控えているのは語順の問題です.世界の諸言語を,主語・動詞・目的語の並べ方によって類型的に比較するという,もはや単なる「英語語源クイズ」の枠には収まらない内容にまで踏み込んでいます.
英語史において語順に関する話題は最重要テーマの1つです.現代英語は語順が厳格に固定された言語ですが,古英語期には名詞の格変化が豊かだったため,語順は比較的自由でした.屈折語尾が衰退する過程で語順そのものが文法機能を担うようになり,現代のような固定語順が確立していったのです.このあたりの語順をめぐるダイナミックな変化については,拙著英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか(NHK出版)の第1章第1節でも詳しく解説しています.今回のクイズと合わせてお読みください,「英語のなぜ」の背景にある歴史のロマンがより立体的に見えてくるはずです.
今回もまたまた,作者の sorami さん自ら「授業の小ネタ,ウォームアップ,グループ活動などに自由に使っていただければ幸いです.ALT の先生を巻き込むのもありですね!」と呼びかけてくださっています.pdf 形式の印刷用資料も用意されていますので,英語の教材として学校の授業やサークルなどですぐにでも活用できます.
sorami さんのクイズ・シリーズの主な典拠となっているのは,刊行から1年3ヶ月ほどが経つ『英語語源ハンドブック』(研究社)です.今年の6月30日には物書堂より『英語語源ハンドブック』アプリ版 (iOS) も発売されていますので,ぜひこちらよりチェックしてみてください.
・ 唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一(著),福田 一貴・小河 舜(校閲協力) 『英語語源ハンドブック』 研究社,2025年.
・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.
2026-09-21 Mon
■ #6356. 9月26日(土)の朝カル講座「"through" を探って中英語原文の世界へ」 [asacul][notice][kdee][etymology][hel_education][helkatsu][me][me_text][kochushoho][through][hee][spelling][me_dialect][metathesis][doublet]

今週末,9月26日(土) 15:30--17:00に,朝日カルチャーセンター新宿教室にてオンライン講座が開かれます.昨年度より継続しているシリーズ「歴史上もっとも不思議な英単語」の夏期第3回(通算第18回)となり,夏期クールの締めくくりの回です.今回は「through を探って中英語原文の世界へ」と題して,中英語期の綴字事情を象徴するこの1語に迫ります.
現代英語の前置詞・副詞 through (#FF5E;を通り抜けて)は,誰もが知る基本語です.ところが後期中英語期の綴字を丹念に集めていくと,驚くべき事実に突き当たります.私が確認した限りで516通りもの異なる綴字が存在するのです.「#53. 後期中英語期の through の綴りは515通り」 ([2009-06-20-1]) で紹介して以来,折に触れて話題にしてきた「515通りの through」ですが,2025年に516通り目の綴字(þurrh)が見つかったことは,「#5738. 516番目の through を見つけました」 ([2025-01-11-1]) で報告した通りです.今回の講座では,この驚異の数字を入口に,中英語期の写字生たちの綴字事情を探ります.through が音位転換 (metathesis) の代表選手とされていることや,<-ough> という綴字を共有しながら発音がまるで異なる though, enough, cough, plough などの仲間たちにも触れる予定です.
第2のポイントは,through の語源的な仲間たちです.実は through と thorough は同一語源から分かれた2重語 (doublet) の関係にあり,動詞 thrill (原義は「(穴を)貫く」)とも語根を共有します.『英語語源辞典』の各項目を突き合わせながら,この語族のつながりを確認します.
さらに,語源はまったく異なるものの,through に負けず劣らず異綴字・異形の乱立という運命をたどった単語として borough を取り上げます.-borough, -burg, -burgh, -bury と,地名接尾辞として地域ごとに異なる形を今に残す borough 系との対比を通じて,through の綴字の乱立が中英語期という一時期に集中して噴出し,やがて1つに収束した時間軸の産物であるのに対し,borough の異形は複数の地域方言の違いをそのまま反映して現在まで並存する空間軸の産物であることを見ていきます.
第3のポイントは,こうした綴字の乱立がなぜ生じたのかという歴史的背景です.1066年のノルマン征服により,英語は公的な書き言葉の座をフランス語に奪われ,長らく話し言葉の世界に押し込められました.13世紀以降,英語が再び書かれるようになったとき,書き手たちは規範となる標準綴字をもたぬまま,各自の「訛った」方言の発音に即して思い思いに綴ったのです.講座では,ノルマン征服から英語の復権に至る略史を年表とともにたどりながら,なぜこれほど自由奔放な綴字が許されたのか,当時の言語事情を探ります.
講義の後半には,市河三喜・松浪有(著)『古英語・中英語初歩〈新装復刊〉』(研究社,2026年)の II. The Ormulum より,"Dedication" の冒頭部分を中英語原文で読んでみます.綴字潔癖症ぶりを見せる書き手 Orm の,一風変わった綴字の癖にもぜひ注目してください.講義資料で原文や文法解説をサポートしますので,中英語原文に触れたことがない方でも安心してご参加いただけます.
講座の詳細とお申込みは,朝カルのこちらの公式ページをご覧ください.なお,今回で夏期クールは最終回となりますが,10月24日(土)からは,秋期クール(全3回)として「歴史上もっとも不思議な英単語」シリーズが継続します.初回は「will を探って中英語原文の世界へ」です.
また,10月10日(土)には,単発の朝カル講座,拙著『なぜさんたんげん』出版記念の特別講座「英語学習の伏線回収の鍵は「英語史」だった!」も開講する予定です.皆様のご受講をお待ちしています.
(以下,後記:2026/09/23(Wed))
今回の講座については Voicy heldio でも案内を放送しています.ぜひ「#1942. 8月22日(土)の朝カル講座は through の516通りの魅力その他をすべて語ります」をお聴きください.
・ 市河 三喜,松浪 有 『古英語・中英語初歩〈新装復刊〉』 研究社,2026年.
・ 唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一(著),福田 一貴・小河 舜(校閲協力) 『英語語源ハンドブック』 研究社,2025年.
・ 寺澤 芳雄(編集主幹) 『英語語源辞典』新装版 研究社,2024年.
2026-09-20 Sun
■ #6355. B&C の第65節 "The Application of Native Words to New Concepts" (5) --- Taku さんとの超精読会 [bchel][oe][borrowing][semantic_change][christianity][lexicology][latin][loan_word][link][voicy][heldio][anglo-saxon][history][helmate][helwa][loan_translation]
Baugh and Cable の名著 A History of the English Language, 6th ed. を,helwa の Taku さんこと金田拓さん(帝京科学大学)さんとともに1文(いな1語)ずつ読み進めていく「超」精読会.「#1939. 英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (65-5) with Taku さん --- helwa 北千住オフ会より」です.
前回は「洗礼」「聖餐」「捧げ物」といった単語が,借用語に頼らず本来語の意味拡張によって表現されていたことを見ました.今回はその射程がさらに広がります.対象は「聖典」「福音」「三位一体」,そして神・キリスト・聖霊そのものを指す語彙です.Scriptures に対応する gewritu,evangelium に対応する godspell,Trinity に対応する þrines(3性).神という概念だけでも,scieppend(形づくる者),fruma(創始者),metod(測る者)という複数の本来語が並行して用いられていました.さらに fæder, dryhten, wealdend, þēoden, weard, hlæford といった,父・君主・支配者・守護者を意味する語群までもが,神やキリストを指す同義語として重ねて用いられています.
興味深いのは,godspell が現代英語に gospel としてそのまま生き残っている一方,gewritu は廃れ,ラテン系の Scripture(s) にその座を譲ったことです.同じように古英語において本来語で置き換えられた語彙のなかにも,その後の歴史を通じて生き残ってきたものと消えていったものがあります.この明暗にこそ,英語史の醍醐味が宿っています.今回精読した英文を以下に掲げます (Baugh and Cable, p. 86) .
The term Scriptures found its exact equivalent in the English word gewritu, and ēvangelium was rendered by godspell, originally meaning good tidings. Trinity (L. trinitas) was translated þrines (three-ness), the idea of God the Creator was expressed by scieppend (one who shapes or forms), fruma (creator, founder), or metod (measurer). Native words like fæder (father), dryhten (prince), wealdend (ruler), þēoden (prince), weard (ward, protector), and hlāford (lord) are frequent synonyms. Most of them are also applied to Christ, originally a Greek word and the most usual name for the Second Person of the Trinity, but Hǣlend (Savior) is also commonly employed. The Third Person (Spiritus Sanctus) was translated Hālig Gāst (Holy Ghost).
「対面/オンラインで議論に参加してみたい」という方は,ぜひ Voicy のプレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪 (helwa)」の門を叩いてみてください.古英語話者たちの豊かな言語感覚を,皆さんもぜひ一緒に味わってみませんか.過去回は「#5291. heldio の「英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む」シリーズが順調に進んでいます」 ([2023-10-22-1]) にまとまっています.

・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
2026-09-19 Sat
■ #6354. 英語綴字史に足跡を残した Shaw --- ダブリンの生家を訪ねて [shaw][dublin][tabihel][ireland][spelling][spelling_pronunciation_gap][orthography][spelling_reform][tabihel_dublin]

ダブリン滞在中の早朝ジョギングで出会った1コマをお伝えする,ダブリンの「旅hel」 (tabihel) シリーズ.市南部の Synge Street まで足を延ばし,George Bernard Shaw (1856--1950) の生家とされる建物を訪ねてみた.今ではごく普通に誰かが暮らしている住宅で,うっかり通り過ぎてしまいそうなほど何の変哲もない建物なのだが,玄関脇にはダブリン市による銘板がしっかりと掲げられており,ここが Shaw の生誕地であることを物語っていた.
Shaw の面影は,ダブリン市内の別の場所でも拝むことができる.Merrion Square West に面するアイルランド国立美術館 (National Gallery of Ireland) のホールに足を踏み入れると,Shaw その人がオーディオの案内とともに出迎えてくれるのだ.少年時代にこの美術館へ足繁く通って絵画を通じた美的感覚を養い,後年,自作の版権収入の一部を遺贈したのも Shaw 自身だった.生家の慎ましさとは対照的な,故郷ダブリンにおける Shaw のもう1つの居場所である.

Shaw といえば,綴字と発音の乖離 (spelling_pronunciation_gap) を痛烈に皮肉った ghoti = fish の小咄で広く知られている.もっとも,この例を発案したのは Shaw 自身ではなく,ある綴字改革者が挙げた例を Shaw が擁護したというのが実際の経緯らしいことは,「#15. Bernard Shaw が言ったかどうかは "ghotiy" ?」 ([2009-05-13-1]) で見た通りである.だが,Shaw にとって英語綴字の不合理は単なるジョークの種にとどまらず,生涯にわたる本気の問題意識だった.遺言のなかにまで綴字改革への企図を書き残し,多くの候補者から選ばれた Kingsley Read の手による新アルファベット Shavian Alphabet の考案を後押ししたことは,「#605. Shavian Alphabet」 ([2010-12-23-1]) で紹介した通りである.
しかし,Shavian Alphabet は,後世にほとんど影響力を及ぼさなかった.一般の英語使用者の綴字習慣を変えるには至らず,今では英語綴字改革史上の1エピソードとして記憶されるにとどまっている(「#5030. 英語史における4種の綴字改革」 ([2023-02-03-1]),「#5009. なぜバーナード・ショーの綴字ネタ「ghoti = fish」は強引に感じられるのか?」 ([2023-01-13-1]) も参照).
一方,本気ではなく皮肉として放たれた "ghoti" のほうは,時代を超えて今もなお世界中で語り継がれ,英語学習者が綴字と発音のギャップに感じる困惑を,多少誇張気味にではあるが,見事に代弁し続けている.
真剣に企てた改革案よりも,軽い皮肉のほうが長く生き延びる.綴字と発音のいたちごっこを長年見つめてきた身として,このねじれもまた,英語史のおもしろいところだなと思う.
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| 最終更新時間 | 2026-09-25 05:01 |
Copyright (c) Ryuichi Hotta, 2009--

















