01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31
2024 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
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2011 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
Norman French と Central French の方言差については,昨日の記事[2009-07-30-1]を含め,これまでに何度か扱ってきた([2009-07-13-1], [2009-07-12-1]).フランス語の方言差を反映した借用語の2形態が英語へそのまま借用され,結果として英語内で二重語 ( doublet ) が存在する例を見てきた./w/ (NF) と /g/ (CF) の対応については[2009-07-13-1]で触れたが,両方言の音の対応は他にもある.
たとえば,/tʃ/ (NF) と /s/ (CF) の対応を見てみよう.
NF | CF |
---|---|
catch 「捕らえる」 ?a1200 | chase 「追いかける」 ?a1300 |
launch 「進水させる;発射する;投げつける」 ?a1300 | lance 「槍で突く;投げつける」 ?a1300 |
NF | CF |
---|---|
/w/ | /g/ |
/tʃ/ | /s/ |
/k/ | /tʃ/ |
/eɪ/ | /oɪ/ |
英語の綴り字と発音の乖離についてはこれまでも何度か話題に取りあげたが,gaol /dʒeɪl/ もかなりの問題語である.<a> が後続する環境での <g> が [g] ではなく [dʒ] で発音されるということは,英語の語彙が50万あるといえど,他に思いつかない(もしあったら教えてください).一見すると理不尽なこの状態が生み出された背景には,綴り字と発音は相互に深い関係をもちながらも,本質的には別個の存在であるという事実がある.
gaol 「刑務所」は現代英語ではもっぱら British English で用いられ,しかも古めかしくて形式的な綴り字である.American English では,綴り字と発音の関係としてはより合理的な jail が公式に用いられるし,British English でも略式的にはこちらが用いられる.
この語の歴史をひもとくと,中英語では二つの系列の綴り字と発音が使われていたことがわかる.
(1) gayhol, gayle など <g> で始まる形態
(2) jaiole, jaile など <j> で始まる形態
では,この差は何に起因するか.答えは,この語はもともとフランス語からの借用語だが,借用元であるフランス語の方言が異なっていたということである.フランス語から英語へ単語が借用されるとき,Norman French か Central French のいずれか,あるいはその両方が出所として考えられる([2009-07-13-1], [2009-07-12-1]).
今回注目している語について言えば,上の (1) の系列はフランス語のノルマン方言から,(2) の系列は中央フランス語から英語へ入ってきたと考えられる.いずれも13世紀あたりの出来事であるが,当時は文字通り (1) は [g] で,(2) は [dʒ] で発音されていた.
その後しばらく両系列が併存していたが,発音としては (1) の系列の [g] はいつの頃からか廃れてしまった.しかし,発音と綴り字は別個の存在であるから,(1) の系列の <g> という綴り字だけはどういうわけか今の今まで生き残った.つまり,(1) の系列は,発音としては (2) の系列の [dʒ] に競り負けてしまったが,綴り字だけはかろうじて生き残ったということになる.だが,現代英語での使用状況を考えれば,綴り字も発音も (2) の系列にほぼ軍配があがりつつあると考えてよさそうである.
無念,ノルマンディ.パリにはかなわなかった.
昨日の記事[2009-07-28-1]に引き続き,third の音位転換がいつ起こったか.今回は,後期中英語を守備範囲とする LALME を見てみる.北部方言に限っての異綴りリストなので,全体像はわからないものの,示唆的な分布である.
terd, thed, therd, therdde, therde, third, thirdde, thirde, thrd, thre, thred, thredd, thredde, threde, thrid, thridd, thridde, thride, thryd, thrydd, thrydde, thryde, thryde, thyrde, thyrd, trid, tyrd, þerd, þerde, þird, þirdde, þirde, þred, þred, þredde, þrede, þrid, þrid-, þridde, þride, þryd, þrydd, þrydde, þryde, þyrd, yerdde, yird, yirdde, yirde, yred, yredde, yrede, yrid, yridde, yride, yryd, yryde
初期中英語では音位転換はほとんど起こっていなかったが,後期中英語では音位転換を経た <母音 + r> が,3分の1強の綴りに確認される.特に頻度の高い綴りは,third, thrid, thridde, thryd, thyrd あたりだが,そのうちの二つが音位転換をすでに経ている綴りである.
参考までに,オンライン版の Middle English Dictionary から thrid をのぞいて,異綴りを確認してみることを勧める.
上記から,音位転換形は突然に広まったわけではなく,ゆっくりと確実に分布を広がってきたことが分かる.10世紀半ばの古英語の時代に ðirdda という音位転換形が用いられている例もあり,その頃から緩慢に分布を広げてきたのだろう.最終的に third に定着するのは近代英語期になってからだと想定されるが,確実なことは LAEME や LALME に引き続き,初期近代英語のコーパスで異綴りの調査を行う必要がある.
・Laing, Margaret and Roger Lass, eds. A Linguistic Atlas of Early Middle English, 1150--1325. http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme1/laeme1.html . Online. Edinburgh: U of Edinburgh, 2007.
・McIntosh, Angus, Michael Louis Samuels, Michael Benskin, eds. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English. Aberdeen: Aberdeen UP, 1986.
[2009-06-27-1]で取りあげたが,音位転換 ( metathesis ) の代表例の一つに third がある.古英語の綴り þridda から,また現代英語の対応する基数詞 three の綴りから分かるとおり,本来は <ir> ではなく <ri> という順序だった.ところが,後に音の位置が転換し,現代標準語の綴りに落ち着いた.
では,いつこの音位転換が起こったのか.[2009-06-21-1]で紹介した LAEME と LALME という中英語の綴りを準網羅的に集積した資料を用いれば大体のことはわかる.今回は,初期中英語 ( Early Middle English ) を守備範囲とする LAEME で調べてみた.
LAEME はオンラインで利用できるので,実際に以下の手順を試してもらいたい.TAG DICTIONARY -> Numbers とたどって右側のブラウザに現れる長いリストが,数詞の異綴り集である.記号の読み方は多少慣れる必要があるが,"3/qo" が「3の序数詞」つまり third に対応するタグなので,これをキーワードに検索をかければ,13行ほどがヒットする.異綴りを整理すると,以下の通り.
dridde, Dridðe, thred, thrid, thridde, thride, thrid/de, trhed, tridde, tridde, þerdde, þr/idde, þred, þredde, þri/de, þrid, þrid/de, þrid/den, þridda, þriddan, Þridde, þridde, þridden, þride, þridðe, þrid/de, þrirde, þri[d]/de, ðridde, Ðridde, ðride, yridde, yridden
以上から,音位転換が起こっているのは þerdde くらいで,まだまだ初期中英語期の段階では <ri> が圧倒的だということがわかる.
蛇足だが,我が家における最近の音位転換のヒット作は「竜のお仕事」(←「タツノオトシゴ」)である.だが,これだけ配置替えされてしまっては,単純に音位転換と呼べるのかどうかは不明である.
・Laing, Margaret and Roger Lass, eds. A Linguistic Atlas of Early Middle English, 1150--1325. http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme1/laeme1.html . Online. Edinburgh: U of Edinburgh, 2007.
・McIntosh, Angus, Michael Louis Samuels, Michael Benskin, eds. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English. Aberdeen: Aberdeen UP, 1986.
先日,前期の最終授業時に,話しの種にと思い紹介した内容.そのときに使用したスライドを本ブログに掲載してほしいと要望があったので,Flash 化した「Why Capital "I" ?」を載せてみた.下のスクリーンで映らない,あるいは PDF で見たいという方は,こちら.
本当は,写本から字体をいろいろ挙げ,実例で確認するといいのだろうが,省略.
24日夜に九州北部を襲った集中豪雨は,梅雨前線に湿気を含んだ暖かい空気が流れ込む込むことにより,テーパリングクラウド ( Tapering Cloud ) が発生したためだという.Tapering Cloud は日本語では「にんじん雲」とも呼ばれ,新聞の解説によると「積乱雲の上部が,強い空気の流れで風下に広がった結果,風上側が細く,風下側が広がったように見える雲」のことを指すという.
taper の動詞としての意味は「次第に細くなる,先細になる」であり,逆三角形の雲を指し示すには的確である.名詞としては「先細のロウソク,灯芯,弱い光(を放つもの)」の意味があるが,英語史的にはむしろ名詞用法の方がずっと古く,古英語から使われている.動詞用法は16世紀からと新しい.
taper の英語での最も古い意味は「ロウソク」であるが,ロウソクの芯に紙を用いたことから語源的には paper や papyrus と関係があるらしい.paper では /p/ 音が連続して発音しにくいということで,最初の /p/ を /t/ と異化 ( dissimilation ) させたというわけである[2009-07-09-1].異化の基本的な考え方は,全く同じ音が単語内で連続すると発音しにくいので,一方を少しだけ異なった音に変えるということである./p/ と /t/ は調音点こそ両唇か歯茎かで異なるが,両方とも無声閉鎖音なので,音声的には確かに遠くはない[2009-05-29-1].だが,/p/ と /t/ の異化の例が他にあるのかどうかは不明であり,やや胡散臭い説明のような気はする.とはいっても,代案を示せないので,今のところはこの異化による説を受け入れておきたい.
ちなみに,paper と papyrus は見て分かるとおり,語源を一にする二重語 ( doublet ) である[2009-07-13-1][2009-07-12-1].パピルスの産地だったエジプトの言語を起源とし,ギリシャ語,ラテン語を経由して英語に入った(前者はさらにフランス語も経由した).
英語史という分野は,英語学のなかでも「先鋭」的 ( taper off ) な分野だと信じているが,世間的には比較的マイナーな分野なので「じり貧」( taper off ) にならないよう,本ブログでも引き続き広めていきたい.
・気象衛星センターによるテーパリングクラウドの解説: http://mscweb.kishou.go.jp/panfu/product/pattern/tapering/index.htm
[2009-07-22-1]で,one の音声変化について教科書的な説明を施した.母音の変化というのは,有名な大母音推移 ( Great Vowel Shift ) を含め,英語史において非常に頻繁に起こるし,現代英語でも母音の方言差は非常に大きい.したがって,one に起こった一連の母音変化もむべなるかなと受け入れるよりほかない気がする.しかし,[w] という子音の語頭挿入という部分については,そうやすやすとは受け入れられない.
「後舌母音に伴う円唇化」は調音音声学的には合理的である[2009-05-17-1].だが,なぜこの特定の単語でのみそれが見られるのか.なぜ他の単語群では [w] 音が挿入されなかったのか.まったく関係のない単語ならいざしらず,語源的関連の強い only がなぜ [wʌnli] と発音されないか.
その答えは方言の違いにある.[w] 音が挿入されたのは中英語期のイングランド南西部・西部方言の発音であり,その方言形がたまたま後に標準語へ取り込まれたということに過ぎない.一方,only にみられる [w] 音のない発音は中英語期のイングランド南部・中部方言の発音に由来する.
つまり,one の発音はこっちの方言からとって来られて標準発音となったが,only の発音はあっちの方言から来たというわけだ.ある語について,その発音がどこの方言からとられて標準化したか,そしてそれを決めるファクターは何だったのかという問いに対しては,明確な基準はなくランダムだった,としか答えようがない.
だが,このように,中英語期のどの方言に由来するかで,もともとは同根の語どうしが,現代標準語では異なる発音をもつようになった例はたくさんある.一例を挙げれば,will の母音は中英語の多くの方言で用いられておりそのまま標準化したが,否定形 won't の母音は主に中部・南部の方言に由来する.後者は,中部訛りの wol(e) + not が縮約された形に他ならない.肯定形と否定形がセットで同じ方言から標準語に入ってきていたならば母音も同じになったろうが,ランダムともいうべき方言選択の結果,現在の標準英語の will --- won't という分布になってしまった.
嘆かわしいと思うなかれ,言葉の歴史は興味深いと思うべし.
下の絵を見てもらいたい.何に見えるだろうか?
ひまわり? 古代エジプト遺跡? ロケット?
答えはタコクラゲ・・・ではなく,英語史を揺るがした(と考えられなくもない)ハレー彗星 ( Halley's Comet ) である.昨日の日食の記事[2009-07-23-1]に引き続き,英語史にまつわる天体の話しをしてみたい.
上のハレー彗星の絵は,西洋美術史上,西洋史上,そして英語史上,非常に名高いバイユーのタペストリー ( Bayeux tapestry ) からとったものである.
このタペストリー(つづれ織り)は,49.5cm × 70m の非常に横に長い絵巻で,11世紀の歴史を活写する70コマ漫画とでもいうべきものである.英国史と英語史にとって前代未聞の大事件であるノルマン人の征服 ( Norman Conquest ) の経緯を詳細に描いた一級の史料である.
さて,ハレー彗星の現れる問題のコマ.
.
1066年4月24日にハレー彗星が現れたとされており,絵の左側の人々が右上の謎の天体を見上げてざわついている.不吉なことが起こるかもしれないと案じているのである.実際に,この約半年後,運命のヘイスティングズの戦い ( Battle of Hastings ) により,絵の右の王座についている Harold 2世がノルマンディー公 William に破れ,アングロサクソン王朝が終焉することとなった.William がイングランド王 William 1世として戴冠したのが,同年のクリスマス.これ以降数百年の間,ゲルマン系の言語である英語が,ロマンス系の言語であるフランス語の影響下に置かれることとなった.
英語がロマンス語色を強めてゆく方向が確定したのはどの時点だと考えるべきだろうか.王政史的には William が戴冠した1066年のクリスマスということになるのかもしれない.しかし,中世の人々と同様に占星術や予言に重きをおくのであれば,1066年4月24日とするのも一案かもしれない.来るべき擾乱を予告するハレー彗星が空に現れたまさにその日に英語史という物語の筋が決まった,と想像すると,「空飛ぶタコクラゲ」の存在感は意外と大きいのかもしれない.
以上,ハレー彗星に英語史上の意義を強引に見いだしてみたが,歴史は見方一つで面白くもなるし,詰まらなくもなると思う.あくまで参考までに.
ちなみに,このハレー彗星の描かれているコマは,Bayeux tapestry 中,私の一番好きなコマである.タコクラゲにしか見えない.
・ Martin K. Foys. The Bayeux Tapestry Digital Edition. Leicester: Scholarly Digital Editions 2003, 2003. CD-ROM.
・ おんどり刺しゅう研究グループによる,
バイユーのタペストリーの複製作品と解説が見られるサイト: http://www.asahi-net.or.jp/~CN2K-OOSG/tapestry.html
・ その他,Googleからbayeux tapestryで無数のオンラインコンテンツを取得可能
・ アングロサクソン時代の天文学については,一昨日公開されたこちらの記事(Podcastもあり)が興味深い: http://365daysofastronomy.org/2009/07/22/july-22nd-astronomy-in-anglo-saxon-england/
(後記 2013/03/10(Sat) Reading Museum による,Britain's Bayeux Tapestry at the Museum of Reading のページ: 詳しい解説のほか,スライド形式でタペストリーを鑑賞できる)
昨日は,東南アジアから日本列島にかけて日食で沸いた.日本の皆既日食帯は悪天候だったために,地上からはコロナやダイヤモンドリングを拝むことができなかったようだが,すでに皆既日食のYouTube動画がたくさんアップされている.感動ものである.
皆既日食のクライマックスである第二接触の前後には,真っ昼間だというのに辺り一面が夜のように暗くなり,星が現れ,気温も数度下がるという.動物は夜と間違えて恐れおののき,鳥は巣に帰る.日食のカラクリを知っている現代の人間ですら畏怖の念に襲われるのだから,カラクリを知らない古代・中世の一般民衆が凶兆と解したことは容易に想像できる.
各国の古い文献でも,日食は記録されていることが多い.日本では,『日本書紀』の推古天皇36年3月2日(西暦628年4月10日)の日食が最古の記録である.英国では,古英語の文献により日食の記録が確認できる.たとえば,古英語の最後期の言語で筆写された『ピーターバラ年代記』 ( The Peterborough Chronicle ) では,538年のエントリーに次のような記述がある.(記事の末尾のHPを参照.)
Her sunne aðestrode on .xiiii. kalendas Martii from ærmorgene oþ underne.
現代英語に訳すと,"This year the sun was eclipsed, fourteen days before the calends of March, from before morning until nine." ということになる.
古英語では,今はなき aðestrode という過去形の動詞で,「暗くなった」( = darkened ) を表していた.現代英語訳では was eclipsed となっており,動詞 eclipse 「覆い隠す」が使われている.eclipse は名詞としては「食」の意であり,日食は solar eclipse,皆既日食は total solar eclipse という.eclipse は究極的にはギリシャ語起源であり,古英語でこの語が使われていないのは,フランス語を経由して英語に入ってきたのが,およそ1300年くらいのことだからである.
さて,eclipse は,ある天体が背後にある他の天体を覆い隠す現象だが,普通には日食か月食のことを指す.「食」は原理としては太陽や月以外の星にも起こるわけであり,その場合には「星食」「掩蔽(えんぺい)」という専門用語が使われるそうだ.そして,この「掩蔽」を指す英単語が occultation であり,「掩蔽する」という動詞形が occult である.いずれも,15世紀から16世紀にかけての近代科学の幕開けの時代に,ラテン語から借用された天文学用語である.ラテン語では oc- + cēlāre ( "against" + "cover" ) と分析され,語幹の cēlāre はまさに「覆い隠す」の意味である.ここから,conceal 「隠す.隠匿する」,cell 「(隠匿された)独房,細胞」,cellar 「(隠匿された)地下室,貯蔵庫」などの語も派生し,英語へ借用された.
日本語でもなじみ深い occult 「オカルト,秘術」は,cēlāre の原義「覆い隠す」から意味が発展したものであることは,容易に理解できるだろう.
日食にしろオカルトにしろ,人は覆い隠されるものに畏れを抱き,同時に関心を引かれる.次の皆既日食は,日本では2035年9月2日に能登半島から関東地方にかけて起こるらしい.今から楽しみである.
・The Modern English Translation of the Anglo-Saxon Chronicle Online
・The Online Edition of the Anglo-Saxon Chronicle
現代英語の綴りと発音のギャップは大きいが,その中でも特に不思議に思われるものに one の発音がある.普通は,どうひっくり返ってもこの綴りで [wʌn] とは読めない.これは,この語の綴り字が歴史上あまり変わってこなかったのに対して,発音は激しく変化してきたためである.以下は教科書的な説明.
古英語の対応する語形は ān だった.この語はもちろん「一つの」の意で,後に one へ発展したと同時に,an や a という不定冠詞へも分化した.したがって,数詞の one と不定冠詞の an, a とは,まったくの同語源であり,単に強形と弱形の関係に過ぎない[2009-06-22-1].
さて,古英語の ān は [ɑ:n] という発音だったが,強形の数詞としては次のような音声変化を経た.まず,長母音が後舌母音化し,[ɔ:n] となった.それから,後舌母音に伴う唇の丸めが付加され,[wɔ:n] となった.次に長母音が短母音化して [wɔn] となり,その短母音が後に中舌母音して [wʌn] となった.実に長い道のりである.
ここまで激しく音声変化を経たくらいだから,その中間段階では綴りもそれこそ百花繚乱で,oon, won, en など様々だったが,最終的に標準的な綴りとして落ち着いたのが比較的古めの one だったわけである.
綴りと発音について,one と平行して歩んだ別の語として once がある[2009-07-18-1].だが,これ以外の one を含む複合語では,上記の例外的に激しい音声変化とは異なる,もっと緩やかで規則的な音声変化が適用された.古英語の [ɑ:n] は規則的な音声変化によると現代英語では [oʊn] となるはずだが,これは alone ( all + one ) や only ( one + -ly ) の発音で確認できる.
[2009-07-20-1][2009-07-18-1]で once, twice, thrice に焦点を当てたが,倍数・度数は一般に eight times のように「 数詞 + times 」という句を用いる.しかし,このように本来「時間」を意味する time が倍数・度数表現に用いられるようになったのは13世紀くらいからのもので,それ以前は(そしてそれ以降も)「行程,道」を原義とする sīþ が用いられていた.sīþ は現在では廃用となっているが,たとえば近代英語では Spenser が The foolish man . . . humbly thanked him a thousand sith などと使っている.
さて,「時間」を意味する語は「分量」や「回数」と関わりが深いが,これは共通項として「はかる」(計る,測る,量る)行為が関与するためである.time と似たような意味の拡がりをもつ別の語に meal がある.この語は究極的には measure と同根であり,やはり「はかる」と関連が深い.ドイツ語では,einmal, zweimal, dreimal など「 数詞 + mal 」で倍数・度数を表すので,英語の times にぴったり対応する
meal といえば現代英語ではもっぱら「食事」を意味するが,対応する古英語の mǣl は「(一定の)分量,時間」を意味した.そこから,「定時」→「(定時に繰り返される)食事」と意味が展開した.日本語でも「三度の食事」というので意味の関連は分かりやすい.ドイツ語では,上記の -mal の綴りに <h> を加えて Mahl とすれば,発音は同じままで「食事」を指す.
現代英語では meal は古英語やドイツ語における「分量,度数」の原義は失われてしまったが,わずかに piecemeal 「ひとかけら分の量ずつ(の),少しずつ(の)」という語にその原義が化石的に残存する.
[2009-07-18-1]で倍数・度数表現の once と twice について述べたが,この延長として thrice 「三倍,三度」 ( = three times ) なる語があるのを知っているだろうか.古風な語なので現代英語ではあまりお目にかからないかもしれないが,-ce 語尾が付加されている背景は once, twice と同じである.さすがに,*fource や *fifce はないようだ.
この thrice は文字通りには「三倍」の意だが,強調の副詞として「大いに」の意で,数多くの合成語を作り出してきた.特に Shakespeare がよく使ったというので,どんなものがあったのかを Bartleby.com より Oxford Shakespeare で検索してみた.そこから,thrice- を含む句を取り出したのが以下の例である.
My thrice-driven bed of down, my thrice-puissant liege, my thrice-renowned liege, The thrice-victorious Lord of Falconbridge, this thrice-famed duke, this thrice-worthy and right valiant lord, thrice-crowned queen of night, thrice-fair lady, thrice-gentle Cassio, thrice-gorgeous ceremony, thrice-gracious queen, Thrice-noble Titus, thrice-repured nectar, thrice-valiant countrymen, Thrice-worthy gentleman, thrice-worthy signieur of England, Thy thrice-noble cousin, thy thrice-valiant son, What a thrice-double ass
全体として良い意味の形容詞を強める働きをしていることがわかる.ただ,最後に挙げた例 What a thrice-double ass ( The Tempest, V, i, 320 ) は悪い意味を強めている.三回二重にするということだから,最終的には「六重に輪をかけた馬鹿」ということになり,相当な馬鹿者である.
thrice- 表現を現代英語でもリバイバルさせたくなった.
北海道・大雪山系のトムラウシ山での遭難事件が紙面を賑わしているが,記事の中でしきりに「ビバーク」という語が出てくる.寡聞にして初耳の単語だったが,登山用語で,予定外の露営・野宿を意味するという.英語では聞いたことがないし,何語だろうかと思ったが,すぐにドイツ語だろうと見当をつけた.ドイツ語風の音素配列 ( phonotactics ) だと直感したこともあるが,それ以上に,日本語の登山用語にはやたらとドイツ語が多いことを知っていたからである.ザイル,シュラフザック,ハーケン,ツェルトザック,ヒュッテ等々.
ところが,「ビバーク」はフランス語 bivouac から来ていると聞いた.予想外だなと思い,ここで初めて語源辞典を繰ってみると,このフランス単語自体がドイツ語スイス方言から借用されたものらしい.それで納得した.ドイツ語の対応する形態は Beiwache ( bei "by" + Wache "watch, guard" ) であり,そのスイス方言形がフランス語に取り込まれて bivouac へ変化したということのようだ.
30年戦争の頃に Zürich などで町役人の夜警を助ける市民の夜警を指して,"extra guard" ほどの意味で使われたらしいが,これが後にフランス語に入り,さらに後の18世紀初頭に英語へもそのまま bivouac として借用された(発音は /ˈbi:vuˌæk/ ).その後,「夜警」から「野営・露営」へと意味が発展し,現在の登山用語として定着した.
上記の通り,bivouac はゲルマン系たるドイツ語の一方言に起源があるわけだが,それがイタリック系のフランス語に借用され,さらにそこから英語へ借用された.この流れは,比較言語学的にはゲルマン系を標榜している英語にとって,皮肉とも言える流れである.というのは,本来のゲルマン系単語が,イタリック系言語を経由して,イタリック化した形態で英語に入ってきたということは,英語のゲルマン系言語としての性質が薄いことを示唆するからである.さらに皮肉なのは,英語には本来語の watch が歴として存在することだ.だが,いかにも借用語風の bivouac をみて watch と関連づけられる人はまずいないだろう.bivouac は「イタリック化されたゲルマン」を象徴する単語とみることができるのではないか.
もともと英語にあってもおかしくない語が,フランス語経由で英語の中に見いだされることになったという経緯は,歴史の偶然としても奥が深い.
ちなみに,watch 「夜警」に対応する動詞が wake 「目覚めている」であることは,[2009-06-16-1]の記事でも触れたので,復習しておきたい.
先日,授業でとったアンケートで,何名かの学生から,ブログ記事に対してコメントをつけたいとの要望が出されました.それを受けて,早速コメント機能を追加しました.各記事の末尾に「コメント」とある部分をクリックすると,コメント記入画面に飛ぶので,そこへ記入した後に「投稿」ボタンをクリックしてください.コメントが同ページの下に追記されます.また,コメントはもとの記事の末尾にも即時反映されます.コメントを読みたいだけの方も「コメント」をクリックして全文をご覧ください.上部のメニューの「最新のコメント一覧」では時系列にコメントを読むことができます.
とりあえず基本的なコメント機能しか実装していず,本格的な電子掲示板にはなっていませんが,状況を見て機能拡張などしていきたいと思います.
やりかたがよく分からない方は,本記事の「コメント」(ここのすぐ下にある)で,テスト投稿してみてください.過去の記事に対するコメントも歓迎です.
[2009-07-04-1]の記事で,現代英語の序数詞において first と second だけが他と比べて異質であることを話題にしたが,倍数・度数表現にも似たようなことが観察される.原則として倍数・度数表現は ten times のように「 数詞 + times 」という句で表されるが,once と twice は例外である.
この once と twice が,それぞれ one と two の語幹の変異形に -ce が付加されたものだ,ということは初見でもわかると思うが,この -ce とはいったい何だろうか.
-ce は,現代英語の名詞の所有格を示す 's と同一の起源,すなわち古英語の男性・中性名詞の単数属格語尾 -es にさかのぼる.形態的には,古英語の「属格」が現代英語の「所有格」につらなるのだが,古英語や中英語の属格は単なる所有関係を指示するにとどまらず,より広い機能を果たすことができた.属格の機能の一つに,名詞を副詞へ転換させる副詞的属格 ( adverbial genitive ) という用法があり,once や twice はその具体例である(詳しくは Mustanoja を参照).いわば one's や two's と言っているだけのことだが,古くはこれが副詞として用いられ,それが現在まで化石的に生き残っているというのが真相である.OED によると,once や twice という語形が作られたのは,古英語から中英語にかけての時期である.
中英語期にも副詞的属格は健在であり,時や場所などを表す名詞の属格が多く用いられた.たとえば,always, sometimes, nowadays, besides, else, needs の語尾の -s(e) は古い属格語尾に由来するのであり,複数語尾の -s とは語源的に関係がない.towards, southwards, upwards などの -wards をもつ語も,属格語尾の名残をとどめている.
また,I go shopping Sundays のような文における Sundays は,現在では複数形と解釈されるのが普通だが,起源としては単数属格と考えるべきである.属格表現はのちに前置詞 of を用いた迂言表現に置き換えられたことを考えれば,of a Sunday 「日曜日などに」という現代英語の表現は Sundays と本質的に同じことを意味することがわかる.
最後に,古英語の -es が once や twice において,なぜ <ce> と綴られるようになったか.中英語までは ones や tweies などと綴られていたが,近代英語期に入り,有声の /z/ ではなく無声の /s/ であることを明示するために,フランス語の綴り字の習慣を借りて <ce> とした.同じような経緯で <ce> で綴られるようになった語に,hence, pence, fence, ice, mice などがある.
・Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960. 88--92.
昨日の記事[2009-07-16-1]で手話言語について言及したが,それとの関連で,先日,興味深い出来事に遭遇したので報告しよう.
地下鉄で座席に座っていたときのこと.隣の席に,男性が座った.そして,ちょうどその向かいの席に連れと思われる女性が座った.そして,二人が手話で会話を始めたのである.それ自体は珍しいことではないかも知れないが,地下鉄の騒音(特にその路線はうるさかった)のなかで,二人が音を立てずに完璧なコミュニケーションを取っていることに驚嘆した.音を立てずに即時的にコミュニケーションを取ることができるということは,新鮮な発見だった.
音を立てずに轟音のなかでコミュニケーションをとる他の方法としては,筆談や lip reading などがあり得ようが,いずれにせよ聴覚媒体でなく視覚媒体によるコミュニケーション機能の広い可能性に気づいた.手話は筆談と同様,雑音で声が聞こえない環境,あるいは静寂を保たなければならない環境においてコミュニケーションをとる際に,汎用的に利用できる「言語」ではないだろうか.
地下鉄の話はまだ続く.さらに驚いたことに,途中駅で向かいの女性の隣席が空いたのだが,私の隣の男性はその空いた席に移らなかったのである.通常は,連れとおしゃべりをするのに席を移動するだろう.だが,この二人にとっては,むしろ対面に座っていた方が互いの正面が見えて,手話の会話には都合が良かったのだろう.結局その男性は移動せず,その空いた席には別の駅で乗ってきた乗客が座ってしまった.地下鉄の対面座席は十分に視認できる距離であり,二人にとってはまさにうってつけの「おしゃべり環境」だったわけである.
この出来事からひらめきを得て,何か新しいコミュニケーション方法を開発できないだろうか.
今日は,英語史に直接かかわる話ではないが,言語の起源や言語変化を考える際にヒントを与えてくれる手話言語学 ( sign linguistics ) という分野を紹介したい.紹介するといっても,私もつい先日その存在を知ったばかりなので,非常におこがましいが,許していただきたい.経緯を述べれば,今月号の『月刊言語』が手話言語学の特集を組んでおり,それを読んで inspiration をかき立てられただけの話である.
手話言語学の中身については何もわからないが,それが言語の起源や機能を考える際に,多くの示唆を与えてくれそうだという匂いは感じることができた.どのような点で示唆的なのか.神田和幸氏による以下のポイントが分かりやすい (10).
・音声言語を獲得できない聾者が手話を発生させるのはなぜか
・動物にもサインが分かりやすいのはなぜか
・音声言語が通じない人間同士が身振りで伝えようとするのはなぜか
・音声言語を発しながら無意識にジェスチャーするのはなぜか
つまり,音声言語の発生に先行して身振り言語が発生していたことは容易に想像され,その身振り言語が体系的に整理されたものが手話言語と考えれば,手話言語研究が言語起源説に貢献しうるということは自明のように思われる.
浅学非才をさらけ出すが,手話言語は音声言語に匹敵する非常に複雑で精緻な内部体系をもっているということも初めて知った.手話言語に語彙があり文法があることは漠然と知っていても,形態論があり,なんと音韻論(に相当するもの)もあるというから驚きだ.アンドレ・マルティネのいう言語の二重分節 ( double articulation ) が手話言語にも歴然と存在するという.
2008年5月3日に発効した,国際連合の「障害のある人の権利に関する条約」の第二条「定義」の項で,手話などの非音声言語も音声言語と同様に「言語」と位置づける旨が明記されているという(条約の英文はこちら).手話言語は,名実ともに,歴とした言語なのだそうだ.
本ブログの趣旨に近い話題をあげれば,音声言語の方言や言語変化に相当するものが手話言語にもあるという.考えてみれば,手話言語に方言や通時的変化があっても確かに不思議ではない.日本手話言語地図の作成が計画されているというのもうなずける.
手話言語学は,「言語=音声言語」という従来の前提からは生まれ得ない,言語の本質に迫る新たな視点を提供してくれる,発想の種になるかもしれない.中英語の綴り字の変異を地図上にプロットした LALME や LAEME ([2009-06-21-1]) が英語史研究に新時代をもたらしてきたことを考えると,視覚言語にもっと注目が集まってもよい.「言語=音声言語」という犯すべからざる言語学の大前提を少し揺るがしてみるのも面白いのではないか.その意味で,手話言語学は,音声言語ではなく文字言語にどっぷり浸かっている文献学研究にとっても心強い仲間になるかもしれない.
・McIntosh, Angus, Michael Louis Samuels, Michael Benskin, eds. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English. Aberdeen: Aberdeen UP, 1986.
・Laing, Margaret and Roger Lass, eds. A Linguistic Atlas of Early Middle English, 1150--1325. http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme1/laeme1.html . Online. Edinburgh: U of Edinburgh, 2007.
昨日の記事[2009-07-14-1]で,Verbix の古英語版の機能を紹介し,評価して終わったが,実は述べたかったことは別のことである.
動詞の不定詞形を入れると活用表が自動生成されるという発想は,標準語として形態論の規則が確立している現代語を念頭においた発想である.これは古英語や中英語などには,あまりなじまない発想である.確かに古英語にも Late West-Saxon という「標準語」が存在し,古英語の文法書では,通常この方言にもとづいた動詞の活用表が整理されている.だが,Late West-Saxon の「標準語」内ですら variation はありうるし,方言や時代が変われば活用の仕方も変わる.中英語にいたっては,古英語的な意味においてすら「標準語」が存在しないわけであり,Verbix の中英語版というのは果たしてどこの方言を標準とみなして活用表を生成しているのだろうか.
Verbix 的な発想からすると,方言や variation といった現象は,厄介な問題だろう.このような問題に対処するには,Verbix 的な発想ではなくコーパス検索的な発想が必要である.タグ付きコーパスというデータベースに対して,例えば「bēon の直説法一人称単数現在形を提示せよ」とクエリーを発行すると,コーパス中の無数の例文から該当する形態を探しだし,すべて提示してくれる.その検索結果は,おそらく Verbix 型のきれいに整理された表ではなく,変異形 ( variant ) の羅列になるだろう.古英語の初学者にはまったく役に立たないリストだろうが,研究者には貴重な材料だ.
英語史研究,ひいては言語研究における現在の潮流は,標準形を前提とする Verbix 的な発想ではなく,variation を許容するコーパス検索的な発想である.同じプログラミングをするなら,Verbix のようなプログラムよりも,コーパスを検索するプログラムを作るほうがタイムリーかもしれない.
とはいえ,Verbix それ自体は,学習・教育・研究の観点から,なかなかおもしろいツールだと思う.だが,個人的な研究上の都合でいうと,古英語や中英語の名詞の屈折表の自動生成ツールがあればいいのにな,と思う.誰か作ってくれないだろうか・・・.自分で作るしかないのだろうな・・・.
Verbix: conjugate Old-English verbsでは,古英語の動詞(不定詞)をキーワードとして入れると,活用表が自動的に生成されるというウェブサービスを無償で提供している.
古英語のみならず,現代英語を含め,世界の諸言語に対応しており,各言語の学習者,教育者,研究者にとって有益である.このサイトでは,ダウンロード可能な単体で動く同機能のアプリケーションもシェアウェアとして提供しており,一ヶ月までなら試用もできる.アプリケーション版では,機能拡張を施せば,中英語にも対応するようになるというから興味深い.
上のスクリーンショットは,アプリケーション版で古英語の bēon "to be" の活用表を生成させた場面だが,みごとに wesan ( bēon に代わる別の動詞)の活用表に置き換えられてしまっている.現代英語でもそうだが bēon は著しく不規則な活用を示すわけで,こんな動詞をキーワードに入れてくれるなという Verbix からのメッセージとも受け取れる.
そもそもアプリケーションのプログラム内では,どのように活用表が生成されているのだろうか.最初は,おそらく各動詞の活用形がそのままデータベースに納められており,プログラム側がそれを呼び出すだけなのではないかと思っていた.だが,bēon の例を見ると,そのようなきめ細かなデータ格納法はとられていないように思える.
考えられるもう一つの方法は,最少限の基底形(古英語であれば「不定形 -- 第一過去形 -- 第二過去形 -- 過去分詞形」の4形態[2009-06-09-1])と所属クラスだけがデータベースに登録されており,あとは形態音韻規則によってプログラムに各活用形を生成させるという方法だ.こうすると,データ部の容量は節約できる.
人間の脳では,上の二つの仕組みが連携して作用していると考えられる.大半の動詞についてはルールに基づいて活用形が生成されるが,bēon のような不規則活用をする動詞の場合には,ルールでは導かれないので,活用形がそのままデータとして格納されているというわけである.Verbix でも二つの方法が組み合わさって活用表の生成機能が実現されているのかもしれないが,bēon まではサポートが及ばなかったというだけのことかもしれない.
上記のような問題はあるが,古英語動詞の活用の練習には使えそうだ.かつて学んだ動詞活用を Verbix で復習してみよう.
・Verbix の古英語版
・Verbix の現代英語版
・Verbix の対応言語一覧
昨日の記事[2009-07-12-1]で,英語の waffle と フランス語の gaufre の対応に言及した.このペアにみられる語頭の子音 /w/ と /g/ の差はフランス語の方言の差に起因する.
1066年のノルマン人の征服を契機に,中英語期だけでも約1万ものフランス語単語が借用された.中英語前期のノルマン王朝の時代に英語に入ってきたフランス借用語は,主にノルマン方言 ( Norman French ) の形態だった.それに対して,中英語中期以降に英語に入ってきた借用語は,中央のパリ方言 ( Central French ) の形態だった.NF と CF には子音や母音の音韻対応があり,そのうちの一つが /w/ と /g(u)/ だった.
waffle と gaufre の例でいえば,前者が /w/ をもつ NF 形,後者が /g/ をもつ CF 形である.同様に,1066年に征服をなしとげてイングランド王として即位した William の名は,フランス語では Guillaume 「ギヨーム」と発音される.ここでも,前者は /w/ をもつ NF の形態であり,後者は /g/ をもつ CF の形態である.
さて,英語の側は,フランス語の方言間のそんな対応を知ってか知らずか,語源的には同一のフランス単語を別々の時期に,かたや NF から,かたや CF から借り入れたので,両形態が共存する結果となった.このような一対の語を二重語 ( doublet ) という.以下に,/w/ と /g(u)/ の対応を示す二重語のペアを,初出年代とともに挙げよう.添えた日本語訳は現代英語における代表的な意味である.
NF | CF |
---|---|
warden 「番人」 ?a1200 | guardian 「守護者」 1417 |
warison 「攻撃開始の合図」 ?a1300 | garrison 「駐屯地」 a1250 |
warranty 「保証(書)」 a1338 | guaranty 「保証(書)」 1592 |
reward 「報いる」 ?a1300 | regard 「みなす」 1348 |
ベルギーワッフルは日本でも有名だが,本場ベルギーのワッフルはとてつもなく旨い.何年か前にベルギーを訪れたときの話である.ベルギーでは街路にワッフルスタンドが立っており,人々の日常的なおやつだ.熱々のチョコを,熱々のワッフルにかけたものを,熱々のまま口に運ぶときの,あのサクサクフワフワ感は日本ではとても味わえない.もともとはベルギービールとムール貝を楽しみに訪れたのだが,結果的にベルギーワッフルにもはまってしまった.
だが,チョコワッフルはさすがに甘さがくどい.普通の蜂蜜味のほうが好みである.ベルギーワッフルには蜂蜜がマッチするのはなぜか,それは語源を考えるとわかる.waffle は,遠く weave 「織る」と起源を一にする.自然の作り出した織物である web 「クモの巣」はその関連語だし,waffle も本来はもう一つの自然の作り出した織物,すなわち「蜂の巣」の意味を表した.ワッフルには確かに,蜂の巣のような編み目がついている.そう考えると,ワッフルに蜂蜜がマッチしないわけがないのである!
さて,waffle が英語に借用されたのは17世紀であり,中期低地ドイツ語 ( Middle Low German ) からオランダ語 ( Dutch ) を経て入ってきたらしい.ところが,同じ中期低地ドイツ語の形態が,古フランス語のノルマン方言 ( Old Norman French ) を経由して,ずっと早く13世紀末に英語に入ってきていたのである.それが,wafer 「ウェファース,ウエハース」である.なるほど,ウェファースとワッフルは洋菓子としては似ている.蜂の巣さながらの網の目は共通である.
一方,中期低地ドイツ語の形態が標準フランス語 ( French ) へ入った gaufre 「ゴーフル」は,日本語に借用されており,我々にはなじみ深い.
かくして,日本語の「ワッフル」「ウェファース」「ゴーフル」はいずれも一つの語源に遡るわけである.ただ,それぞれがたどってきた言語(方言)が異なるだけである.図にまとめると次のようになるだろうか.
英語では 二重語 ( doublet ),日本語では 三重語 ( triplet ) となっている.
これを知ったあとで,「ワッフル」「ウェファース」「ゴーフル」のうち,どれを食べたくなったろうか?
[2009-07-09-1]で,日本語話者ならずとも [r] と [l] の交替は起こり得たのだから,両者を間違えるのは当然ことだと述べた.今回は,まったく同じ理屈で [b] と [v] も間違えて当然であることを示したい.
まず第一に,[b] と [v] は音声学的に非常に近い.[2009-05-29-1]の子音表で確かめてみると,両音とも有声で唇を使う音であることがわかる.唯一の違いは調音様式で,[b] は閉鎖音,[v] は摩擦音である.つまり,唇の閉じが堅ければ [b],緩ければ [v] ということになる.
第二に,語源的に関連する形態の間で,[b] と [v] が交替する例がある.古英語の habban ( PDE to have ) の屈折を見てみよう.
のべ20個ある屈折形のうち,8個が [b] をもち,12個が [v] をもつ(綴り字では <f> ).現代英語で have の屈折に [b] が現れることはないが,古英語の不定詞が habban だったことは注目に値する.libban ( PDE to live ) も同様である.
第三に,現代英語の to bib 「飲む」はラテン語 bibere 「飲む」を借用したものと考えられるが,ラテン語の基体に名詞語尾 -age を付加した派生語で,英語に借用された beverage 「飲料」では,二つ目の [b] が [v] に交替している.また,ラテン語 bibere に対応するフランス語は boire であるが,後者の屈折形ではすでに [v] へ交替している例がある(例:nous buvons "we drink" など).
やはり,[b] と [v] は交替し得るほどに近かったのだ.これで自信をもって I rub you と言えるだろう(←ウソ,ちゃんと発音し分けましょう).
今年の七夕の日の東京は曇りで,天の川は残念ながら見られなかった.そもそも,東京で天の川を見ようという考えが間違っているのだろう.空気のきれいな田舎へ行かないと天の川は見られない.せめて想像の天の川に思いを馳せようと,比較語源学してみた.
日本語の「天の川」は読んで字の如く,天上を流れる川である.天照大神の隠れた天の岩戸より「天の戸川」とも呼ばれる.
中国語(漢字)では,「銀河」「天河」と書く.「銀河」は,その色から名付けたものである.語源としては特別なものではないが,その背後にある織り姫と彦星の悲しくも美しい七夕伝説は,中国が起源である.
英語では,the Milky Way という.「乳が流れ出てできた道」という発想は,「銀河」同様,その色と形状に基づいた発想だろう.英語での初出は,14世紀,Chaucerの作品においてである.この表現は英語のオリジナルではなく,ラテン語 via lactea "way of milk" の「翻訳借用」 ( loan translation or calque ) である.
ところで,天の川は無数の星から構成される銀河であり,「銀河系」は Milky Way Galaxy とも呼ばれる.この galaxy 「銀河(系),星雲」という語自体が,「乳」から派生した語である.ギリシャ語で,「乳」は gala といい,galakt- という語幹から派生語が作られた.ラテン語では語頭の音節が消失した lact- が語幹であり,lactation 「授乳」や lactic acid 「乳酸」などが英語に入った.フランス語 cafe au lait や イタリア語 caffe latte も参照.
和語の「天の川」と英語本来語の the Milky Way は,優しく,暖かく,詩情豊かな響きをもっている.一方で,漢語の「銀河」や古代ギリシャ語の galaxy は,壮大で,硬派で,SFを想起させる(『銀河鉄道999』や Star Wars ).この辺りにも,「和語 vs 漢語」「英語本来語 vs 古典借用語」という connotation の対立が感じられるのではないか.
日本人の苦手とする発音のペアの代表選手として [r] と [l] がある.rice と lice が同じ発音になったり,I love you が I rub you になったりという報告が絶えない.そもそも,日本語には,両者に音素としての区別がないのだから,間違えても仕方がないともいえる.「仕方ない!」と開き直ってもよい理由を二つ挙げてみよう.
一つ目は,そもそも [r] と [l] は音声学的に似ている音である.決して日本人の耳や口が無能なわけではない,音として間違いなく似ているのだ.この二音は「流音」と呼ばれ,ともに舌先と歯茎を用いて調音される.前後の音と合一して,母音のような音色に化ける点でも似ている.これくらい似ているのだから,間違えても当然,と開き直ることができる.
二つ目は,[r] と [l] を使い分けている話者,例えば英語の母語話者ですら,両者を代替することがあった.一つの語のなかに [r] が二度も出てくると,口の滑らかな話者ですら舌を噛みそうになる.その場合には,ちょっと舌の位置をずらしてやるほうが,かえって発音しやすいということもありうる.そんなとき,一方の [r] を [l] で発音してはどうだろうか,あるいはその逆はどうだろうか,などという便法が現れた.発音の都合などによって,もともと同音だった二つの音が,あえて異なる音として発音されるようになることを「異化(作用)」 ( dissimilation ) という.
異化の具体例を見てみよう.pilgrim 「巡礼者」は,<l> と <r> を含んでいるが,語源はラテン語の peregrīnum 「外国人」である.一つ目の <r> が異化を起こして <l> となり,それが英語に入った.関連語の peregrine 「遍歴中の」は異化を経ていず,いまだに二つの <r> を保っている.
同様に marble 「大理石」も,ラテン語では marmor と <r> が二つあった.13世紀末に英語に入ってきたときには <r> が二つの綴りだったようだが,二つ目の <r> が <l> へと異化した綴りも早くから行われたようである.(二つ目の <m> が <b> へ変化したのは同化(作用)によるが,説明省略.)
上で示したように,[r] と [l] は,音声的に近いだけでなく,ふだん使い分けをしている話者ですら,異化作用によって両音を交替させ得たほどに密接な関係なのである.
これで,もう自信をもって /r/ と /l/ を間違えられる!?
[2009-07-06-1]で,second 以外にも「sequī から派生した語はおびただしく,枚挙に暇がない」と書いたが,今日はそれをあえて枚挙してみたい.このような目的には,福島治先生の『英語派生語語源辞典』が大活躍である.英語に入ったラテン語起源の派生語のことならばこの辞典に限る,といえるほどの驚くべき辞典である.読んで楽しい辞典とはこのことだ.この辞典のおかげで,私の仕事は,ここから sequī より派生した単語を拾って打ち込むだけで済む.福島先生に感謝.
subsequent, subsequently, subsequence, second, secondly, secondary, secondarily, sect, sectary, sectarian, sectarianism, sequence, sequent, sequential, sequel, sequacious, sequacity, sequester, sequestered, sequestrate, sequestration, sue, suit, suitable, suitably, suitability, suite, suitor, consecution, consecutive, consecutively, consequence, consequent, consequently, consequential, consequentially, consequentiality, inconsecutive, inconsequence, inconsequent, inconsequently, inconsequential, inconsequentially, inconsequentiality, ensue, execute, execution, executive, extrinsic, extrinsically, intrinsic, intrinsically, obsequies, obsequious, obsequiously, persecute, persecution, prosecute, prosecution, pursue, pursuance, pursuant, pursuantly, pursuit
上記の例は網羅的ではないので,ここに含まれない派生語もあり得る.
もともとの sequī "to follow" と,形態や意味のつながりが不明なものも多いかもしれないが,実はすべてどこかでつながっている.各単語の詳細については『英語派生語語源辞典』や OED などを参照してもらいたいが,少しだけ例を挙げておこう.
sect 「学派,教派」は,ある信条に付き従う ( follow ) 人々の集団である.sue 「訴える」は,付き従い,追いかけ,訴追することである.obsequies 「葬儀」は,追従し,尊崇する者の死に際して敬意を払う儀式である.
まさか「2番目の」と「秒」と「葬儀」と「訴える」が同根とは誰も思わなかっただろう.語源を探ることは,思いもよらない新たな意味の関連を得ること,新たな発想を得ることなのである.([2009-05-10-1]に語源と発想についての関連記事あり.)
・ 福島 治 編 『英語派生語語源辞典』 日本図書ライブ,1992年.
今日はもう一つ second に関する話題.昨日[2009-07-06-1]は second の語源にさかのぼって,「2番目の」という意味がいかにして生じたかを見たが,second のもう一つの意味,すなわち名詞としての「秒」,の成り立ちを考えてみよう.これは minute 「分」と合わせて考える必要がある.
ラテン語では,「分」のことを,pars minūta prīma "first divided part" と表現した.「1時間」を分割して得られる各部分が「1分」という発想である.minūta は,minimum, minor, mince と同根で,「切り刻まれて小さくなった」の意である.prīma は「1番目の」の意味で,英語にも借用され,prime minister, primary, primitive などに確認される.
一方,「秒」はラテン語で pars minūta secunda "second divided part" と表現した.最初に分割して得られた「分」をもういちど分割したので,「2番目の分割」ということになる.
それぞれ3語からなる長い表現なので,後に一語を残して刈り取られた ( clipping ) が,刈り取られる部分が異なっていたのがミソである.そして,その縮約形が,後に英語へ借用された.
・minute < (pars) minūta (prīma)
・second < (pars minūta) secunda
英語には,for a split second 「ほんの一瞬の間」という言い方があるが,「秒」がさらに split 「分割」されるわけだから,さしずめ pars minūta tertia "third divided part" といったところか.
過去二日の記事との関連で,今日は序数詞 second について.[2009-07-04-1]でも述べたとおり,語源はラテン語の異態動詞 ( deponent verb ) sequī "follow" 「あとに続く」の過去分詞形である.sequī から派生した語はおびただしく,枚挙に暇がないが,second 自体の意味の広がりを見るだけでも十分に興味深い.
「あとに続く」の原義を念頭におけば,「後押しする」→「支持する」ということで動詞用法も理解できる.会議などで使われる Seconded. 「異議なし!」という表現があるが,これは語源的には二重過去分詞とでも呼ぶべきものかもしれない.
他に ボクシングの「セコンド」も支持する者である.そして,あるものに続けば,それが「2番目」となるのは自然である.second の意味の広がりは広い.
昨日の記事[2009-07-04-1]で,序数詞 first は最上級語尾をもっていることを指摘した.それでは,何の最上級なのか.
fir の部分はゲルマン祖語の *fur- 「前に」に遡り,その意味と形態の痕跡は before, far, fare, for, for-, fore, forth, from などに残る.first の母音は,ウムラウトによる.
したがって,最上級 first の原義は「(時間的に)最も前」すなわち "earliest" ということになる.一方,古英語には "early, before" の意味を表す別の語として ǣr があった.これは現代英語では古風な ere に残っているし,early はそれに -ly 語尾をつけた形に由来する.ǣr の最上級 ǣr(e)st は,現代英語では erstwhile 「昔の,かつての」という語のなかに生き残っている.
屈折などのパラダイムにおいて,まったく語源の異なる形態があるスロットに入り込んで定着する現象を補充法 ( suppletion ) ということは,[2009-06-10-1]の記事で触れた.go -- went や good -- better が代表的な例として挙げられるが,現代英語の序数詞の系列にも補充が起こっている.
second の語源について話していたときに,学生が鋭く指摘してくれたことである.序数詞 second は,ラテン語の異態動詞 ( deponent verb ) sequī の過去分詞形 secūtus に由来する借用語である.だが,現代英語の序数詞の系列では second 以外はすべて本来語であり,second だけが浮き立っている.
古英語では,second の意味を表すのに本来語の ōþer ( > PDE other ) を用いていた.その名残は,現代英語の every other day ( = every second day ) という句に見られる.だが,このスロットを後に( OED の初例は1297年)外来語の second が埋めたわけであるから,これは補充法の例ではないかというわけである.
よく考えてみると,そもそも本来語の other 自体が補充形である.そして,これまた本来語の first も然り.「3番目」以上は,すべて基数詞に序数語尾 -th が付加されただけの「規則形」である.確かに,third のように若干の語尾音変化と音位転換[2009-06-27-1]を経たものもあるが,原則として規則的といっていいだろう.
だが,first は one と語源的なつながりはないし,other も two とは無関係である.語尾を見るとわかるが,first は最上級,other は比較級と関係しており,そこからそれぞれ「1番目」「2番目」の意味が生じてきているのであり,対応する基数詞には関係していない.
以上から,序数詞系列について補充法を論じる場合 second のみが借用語であるという点において補充法の例となるのではなく,そもそも first と second ( other ) が接尾辞付加規則とは無縁である点において補充法の例となる,というほうが正しいように思われる.
[2009-06-25-1]で過去現在動詞 ( preterite-present verb ) に触れた.過去現在動詞 とは,本来は強変化動詞だったが,その過去形が現在の意味を表すようになり,改めて弱変化で過去形が作られるようになった動詞である.そのため,強弱変化動詞 ( strong-weak verb ) とも呼ばれる.古英語には,以下のような過去現在動詞があった.古英語の不定詞を挙げる.
・āgan "to own" > PDE to own
・cunnan "to know" > PDE can
・dugan "to avail"
・"dare" (不定詞を欠く) > PDE dare
・(ge)munan "to remember"
・magan "can" > PDE may
・"must" (不定詞を欠く) > PDE must
・schulan "shall" > PDE shall
・þurfan "need"
・unnan "to grant"
・witan "to know" > PDE wit
magan "can" ( > PDE may ) の古英語での屈折を見てみよう.
Present | Indicative | Subjunctive |
1st sg. | mæg | mæge |
2nd sg. | meaht, miht | |
3rd sg. | mæg | |
pl. | magon | mægen |
Past | Indicative | Subjunctive |
1st sg. | meahte, mihte | meahte |
2nd sg. | meahtest, mihtest | |
3rd sg. | meahte, mihte | |
pl. | meahton, mihton | meahten |
reduplication 「重複」はおそらく人類言語に普遍的な言語現象だろう.The Oxford Companion to the English Language では,次のような定義が与えられている.
The act or result of doubling a sound, word, or word element,usually for grammatical or lexical purposes.
要するに,重複される単位は様々だが,似たような要素を繰り返すことによって,造語したり,文法的機能を変化させたりする作用である.英語では,papa や mama などの幼児語に始まり,bow-wow, tut-tut, zig-zag などの擬音語や擬態語,helter-skelter 「混乱」, mishmash 「ごたまぜ」, mumbo-jumbo 「訳の分からぬ言葉」, yum-yum などの口語表現,again and again, far far away などの強調表現にいたるまで,数多くの表現の創出に貢献している.
日本語は実は reduplication が大の得意である.「ブーブー」,「クック」などの幼児語に始まり,「ギャーギャー」,「しとしと」,「ぐずぐず」などの擬音語や擬態語,「めちゃくちゃ」,「はちゃめちゃ」,「どさくさ」などの口語表現,「昔々」「大々的な」などの強調表現にいたるまで枚挙にいとまがない.
ここまでであれば英語も同じだが,日本語には単なる語句の創出にとどまらず,文法機能を担う reduplication の作用も見られる.一部の名詞に限るのだが,繰り返すことによって複数を表すことができるものがある:「山々」「家々」「木々」「人々」.
現代英語の reduplication は上で見たように,もっぱら造語や強調にしか用いられず,文法機能を担うことはない.しかし,古英語以前のゲルマン祖語の段階では,一部の動詞の完了過去を作るのに,語頭の子音を繰り返す reduplication が利用された.例えば,古英語の feallan "fall" の過去形は feoll "fell" だが,後者は本来は *fe-fall と f 音を繰り返す形態だったものが縮まったものである.完了過去において語頭子音を繰り返すという作用は,実際,古代ギリシャ語やラテン語では広く行われている.例えば,ラテン語の currō "I run" の完了過去は cucurrī となる.
現代英語には文法機能を担う reduplication はないと上で述べたばかりだが,日本語の「山々」のような複数性を示す reduplication が非常に周辺的な形で存在していることに気づいた.これは書き言葉限定なので graphemic reduplication とでも呼ぶべきものかもしれない.それは,複数ページを表す pp. や,複数行を表す ll. である.それぞれ,pages, lines の略だが,子音を重ねることによって複数を表している.これは,現代英語における文法機能を表す reduplication の例にならないだろうか?
・McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.
現代英語の法助動詞は意味も用法もきわめて多岐にわたり,その体系を単純な方法で記述することはできない.法助動詞の歴史をみても,それぞれ実に複雑な経緯をたどっており,一筋縄ではいかない.
Hofmann は現代英語の法助動詞体系について,次のように述べている.
Perhaps the English modal system has become too complex and our speech is leading the way to a new system. If so, you can expect some new periphrastic forms in your lifetime. (113)
Hofmann の念頭にあるのは,法助動詞の代用としての迂言表現が主に口語で広く用いられている事実である.そして,これらの表現に共通しているのは,もともと複数の語からなっているものの,あたかも一語であるかのように発音が縮約されることである.出発点は迂言形だったにもかかわらず,いつの間にか,原形をとどめないほどに変化してきているところがおもしろい.古くから存在する法助動詞の役割を乗っ取らんかという,これら代用表現の勢いが印象的である.
・used to [ju:stə] for would
・have to [hæftə] for must
・have got to [hævgɑtə] for must
・(be) supposed to [spoʊstə] for ought to, should
・(be) going to [gɑnə] for shall, will
今後,特に口語においてこのような法助動詞の代用品が増えていくかもしれない.
・Hofmann,Th. R. Realms of Meaning. Harlow: Longman, 1993.
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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