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negation - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-21 21:39

2024-11-07 Thu

#5673. 10月,Mond で5件の質問に回答しました [mond][sobokunagimon][hel_education][notice][link][helkatsu][numeral][grammaticalisation][number][category][dual][negation][perfect][subjunctive][heldio]



 先月,知識共有サービス Mond にて5件の英語に関する質問に回答しました.新しいものから遡ってリンクを張り,回答の要約も付します.

 (1) なぜ数量詞は遊離できるのに,冠詞や所有格は遊離できないの?
   回答:理論的には数量詞句 (QP) と限定詞句 (DP) の違いによるものと説明できそうですが,一筋縄では行きません.歴史的にいえば,古英語から現代英語に至るまで,数量詞遊離は常に存在していましたが,時代とともに制限が厳しくなってきているという事実があります.詳しくは新刊書の田中 智之・縄田 裕幸・柳 朋宏(著)『生成文法と言語変化』(開拓社,2024年)をご参照ください.

 (2) have got to の got とは何なのでしょうか?
   回答:have got は本来「獲得したところだ」という現在完了の意味でしたが,16世紀末から「持っている」という単純な意味に転じました.文法化 (grammaticalisation) の過程を経て,口語で have の代用として定着しています.「#5657. 迂言的 have got の発達 (1)」 ([2024-10-22-1]),「#5658. 迂言的 have got の発達 (2)」 ([2024-10-23-1]) を参照.

 (3) 英語では単数形,複数形の区別がありますが,なぜ「1とそれ以外」なのでしょうか?
   回答:「1」が他の数と比べて特に基本的で重要な数であるためと考えられます.古英語には双数形もありましたが,中英語以降は単数・複数の2区分となりました.世界の言語では最大5区分まで持つものもあります.「#5660. なぜ英語には単数形と複数形の区別があるの? --- Mond での質問と回答より」 ([2024-10-25-1]) を参照.

 (4) 完了形はなぜ動作の継続を表現できるのでしょうか?
   回答:完了形の諸用法の共通点は「現在との関与」です.継続の意味は主に状態動詞で現われ,動作動詞では完了の意味が表出します.また「時間的不定性」も完了形の重要な特徴と考えられます.「#5651. 過去形に対する現在完了形の意味的特徴は「不定性」である」 ([2024-10-16-1]) を参照.

 (5) subjunctive mood (仮定法・接続法)の現在完了について
   回答:仮定法現在完了は理論上存在可能で実例も見られますが,比較的まれです.仮定法の体系は「現在・過去・過去完了」の3つ組みとして理解するのが妥当で,その中で完了相が必要な場合に現在完了形が使用される,と解釈するのはいかがでしょうか.

 以上です.11月も Mond にて英語(史)に関する素朴な疑問を受け付けています.気になる問いをお寄せください.

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2024-10-26 Sat

#5661. 否定とは何か? [negation][polarity][negative][terminology][syntax][double_negative][logic][assertion][semantics]

 昨日の記事「#5670. なぜ英語には単数形と複数形の区別があるの? --- Mond での質問と回答より」 ([2024-10-24-1]) で,否定 (negation) の話題を最後に出しました.言語において否定とは何か.これはきわめて大きな問題です.論理学や哲学からも迫ることができますが,ここでは言語学の観点に絞ります.
 言語学の用語辞典に頼ることから始めましょう.まず Crystal (323--24) より引用します.

negation (n.) A process or construction in GRAMMATICAL and SEMANTIC analysis which typically expresses the contradiction of some or all of a sentence's meaning. In English grammar, it is expressed by the presence of the negative particle (neg, NEG) not or n't (the CONTRACTED negative); in LEXIS, there are several possible means, e.g. PREFIXES such as un-, non-, or words such as deny. Some LANGUAGES use more than one PARTICLE in a single CLAUSE to express negation (as in French ne . . . pas). The use of more than one negative form in the same clause (as in double negatives) is a characteristic of some English DIALECTS, e.g. I'm not unhappy (which is a STYLISTICALLY MARKED mode of assertion) and I've not done nothing (which is not acceptable in STANDARD English). . . .
   A topic of particular interest has been the range of sentence STRUCTURE affected by the position of a negative particle, e.g. I think John isn't coming v. I don't think John is coming: such variations in the SCOPE of negation affect the logical structure as well as the semantic analysis of the sentence. The opposite 'pole' to negative is POSITIVE (or AFFIRMATIVE), and the system of contrasts made by a language in this area is often referred to as POLARITY. Negative polarity items are those words or phrases which can appear only in a negative environment in a sentence, e.g. any in I haven't got any books. (cf. *I've got any books).


 次に Bussmann (323) を引用します.論理学における否定に対して言語学の否定を,次のように解説しています.

In contrast with logical negation, natural language negation functions not only as sentence negation, but also primarily as clausal or constituent negation: she did not pay (= negation of predication), No one paid anything (= negation of the subject NP), he paid nothing (= negation of the object NP). Here the scope (= semantic coverage) of negation is frequently polysemic or dependent on the placement of negation, on the sentence stress . . . as well as on the linguistic and/or extralinguistic context. Natural language negation may be realized in various ways: (a) lexically with adverbs and adverbial expressions (not, never, by no means), indefinite pronouns (nobody, nothing, none), coordinating conjunctions (neither . . . nor), sentence equivalents (no), or prepositions (without, besides); (b) morphologically with prefixes (in + exact, un + interested) or suffix (help + less); (c) intonationally with contrastive accent (in Jacob is not flying to New York tomorrow the negation can refer to Jacob, flying, New York, or tomorrow depending which elements are stressed); (d) idiomatically by expressions like For all I care, . . . . Formally, three types of negation are differentiated: (a) internal (= strong) negation, the basic type of natural language negation (e.g. The King of France is not bald); (b) external (= weak) negation, which corresponds to logical negation (e.g. It's not the case/it's not true that p); (c) contrastive (= local) negation, which can also be considered a pragmatic variant of strong negation to the degree that stress and the corresponding modifying clause are relevant to the scope of the negation (e.g. The King of France is not bald, but rather wears glasses. The linguistic description of negation has proven to be a difficult problem in all grammatical models owing to the complex interrelationship of syntactic, prosodic, semantic, and pragmatic aspects.


 この2つの解説に基づいて,言語学における否定に関する論点・観点を箇条書き整理すると次のようになるでしょうか.

1. 否定の種類と範囲
 ・ 文否定 (sentence negation)
 ・ 節否定 (clausal negation)
 ・ 構成要素否定 (constituent negation)
2. 否定の実現様式
 ・ 語彙的 (lexically): 副詞,不定代名詞,接続詞,前置詞など
 ・ 形態的 (morphologically): 接頭辞,接尾辞
 ・ 音声的 (intonationally): 対照アクセント
 ・ 慣用的 (idiomatically): 特定の表現
3. 否定の形式的分類
 ・ 内的(強い)否定 (internal/strong negation)
 ・ 外的(弱い)否定 (external/weak negation)
 ・ 対照的(局所的)否定 (contrastive/local negation)
4. 否定の作用域 (scope)
 ・ 否定辞の位置による影響
 ・ 文強勢による影響
 ・ 言語的・非言語的文脈による影響
5. 2重否定 (double negative)
 ・ 方言や非標準英語での使用
 ・ 文体的に有標な肯定表現としての使用
6. 極性 (polarity)
 ・ 肯定 (positive/affirmative) vs. 否定 (negative)
 ・ 否定極性項目
7. 否定に関する統語的,韻律的,意味的,語用論的側面の複雑な相互関係
8. 自然言語の否定と論理学的否定の違い

この一覧は,否定の複雑さと多面性を示しています.案の定,抜き差しならない問題です.

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
 ・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.

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2024-10-25 Fri

#5660. なぜ英語には単数形と複数形の区別があるの? --- Mond での質問と回答より [emode][number][category][plural][dual][negation][mond][sobokunagimon][ai][voicy][heldio]

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 先日,知識共有サービス Mond に上記の素朴な疑問が寄せられました.質問の全文は以下の通りです.

英語では単数形,複数形の区別がありますが,なぜ「1とそれ以外」なのでしょうか.別の尋ね方をすると,「なぜ1だけがそのほかの数とは違う特別な扱いになるのでしょうか」.先生のブログなどでは双数形のお話がありましたし,もしかしたらもともとは単数,双数,そのほかの数(3や,「ちょっとたくさん」,「ものすごくたくさん」など?)によって区別されていたものが,言語の歴史の中で単純化されてきたということは考えられますが,それでも1の区別だけは純然と残っているのだとすると,とても不思議に感じます.


 この本質的な質問に対して,私はこちらのようにに回答しました.私の X アカウント @chariderryu 上でも,この話題について少なからぬ反響がありましたので,本ブログでも改めてお知らせし,回答の要約と論点を箇条書きでまとめておきたいと思います.



1. 古今東西の言語における数のカテゴリー

 ・ 現代英語では単数形「1」と複数形「2以上」の2区分
 ・ 古英語では双数形も存在したが,中英語までに廃れた
 ・ 世界の言語では,最大5区分(単数形,双数形,3数形,少数形,複数形)まで確認されている
 ・ 日本語や中国語のように,明確な数の区分を持たない言語も存在する
 ・ 言語によってカテゴリー・メンバーの数は異なり,歴史的に変化する場合もある

2. なぜ「1」と「2以上」が特別なのか?

 ・ 「1」は他の数と比較して特殊で際立っている
 ・ 最も基本的,日常的,高頻度,かつ重要な数である
 ・ 英語コーパス (BNCweb) によれば,one の使用頻度が他の数詞より圧倒的に高い
 ・ 「1」を含意する表現が豊富 (ex. a(n), single, unique, only, alone)
 ・ 2つのカテゴリーのみを持つ言語では,通常「1」と「2以上」の区分になる

3. もっと特別なのは「0」と「1以上」かもしれない

 ・ 「0」と「1以上」の区別が,より根本的な可能性がある
 ・ 形容詞では no vs. one,副詞では not の有無(否定 vs. 肯定)に対応
 ・ 数詞の問題を超えて,命題の否定・肯定という意味論的・統語論的な根本問題に関わる
 ・ 人類言語に備わる「否定・肯定」の概念は,AI にとって難しいとされる
 ・ 「0」を含めた数のカテゴリーの考察が,言語の本質的な理解につながる可能性があるのではないか




 数のカテゴリーの話題として始まりましたが,いつの間にか否定・肯定の議論にすり替わってしまいました.引き続き考察していきたいと思います.今回の Mond の質問,良問でした.


Referrer (Inside): [2024-11-07-1]

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