今朝の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の配信回は「#1022. トートロジー --- khelf 会長,青木くんの研究テーマ」です.言語における tautology とは何か? "A is A" のような一見無意味な形式がなぜ存在し,なぜしばしば有意味となり得るのか? この問題については,khelf(慶應英語史フォーラム)会長の青木輝さんとともに今後ゆっくりと検討していく予定ですが,今回はその頭出しという趣旨での配信でした.ぜひお聴きいただければ.
トートロジーについては,hellog では「#4851. tautology」 ([2022-08-08-1]) としてすでに導入しています.今回は英語辞書から英語のトートロジーの事例をいくつか集めてみました.
・ a beginner who has just started
・ free gift
・ He lives alone by himself.
・ hear with one's ears
・ helpful assistance
・ necessary essentials
・ new innovation
・ real truth
・ She is dumb and can not speak.
・ speak all at once together
・ the modern university of today
・ The money should be adequate enough.
・ They spoke in turn, one after the other.
・ This candidate will win or not win.
・ very excellent
・ widow woman
論理,意味,語用,形式などの観点から様々に分類できそうです.ものによっては periphrasis (迂言法),pleonasm (冗語法),redundancy (冗長),repetition (繰り返し)などと呼び変えるほうが適切な事例もありそうです.また,言葉遊び (word_play) とも関係してきそうです.
言語によってトートロジーの種類は異なるのか? 個別言語におけるトートロジーの起源と発達は? トートロジーの言語的機能は? 謎が謎を呼ぶ,深掘りしがいのあるテーマです.
一昨日,YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新回が公開されました.「#113. スプーナリズム!言語景観!痛快エッセイ!---ご著書紹介・安藤聡『英文学者がつぶやく 英語と英国文化をめぐる無駄話』」と題して,spoonerism に注目しています.car park を par cark,King Richard を Ring Kichard のように言い間違えてしまう現象のことです.
動画でも簡単に説明していますが,spoonerism という用語は,Oxford 大学 New College の学寮長 Rev. William Archibald Spooner (1844--1930) がこの種の言い間違いの達人(?)だったことにちなみます.OED によると,初出は1900年ですが,Oxford 大の内部では1885年頃から口語として使用されていたようです.OED の与えている語義と例文を覗いてみましょう.
An accidental transposition of the initial sounds, or other parts, of two or more words.
Known in colloquial use in Oxford from about 1885.
1900 Globe 5 Feb. To one unacquainted with technical terms it sounds as if the speaker were guilty of a spoonerism.
1923 Notes & Queries 27 Oct. 331/2 In my childhood..an old cousin used to entertain me with what we now call spoonerisms, but which she termed morowskis...Her mother (who dated from the eighteenth century) had taught her the game, stating that the original perpetrator of these strange transpositions was a Polish Count, who was well known in London society of that period.
1976 Oxf. Diocesan Mag. July 15/1 I am not going to put on any weight until I'm fifty, when I shall allow myself to become matronly, ready to be a follower of 'soda and gobbly matrons', as enjoined by the marriage service. (A good Spoonerism that, created quite involuntarily by my mother some years ago.)
2つめの例文にもある通り,この用語が現われる以前より,つまり Spooner 先生の登場以前より,この種の言い間違い自体は,別の名前で呼ばれていたこともあったようで,ありふれた現象だったことが分かる.
3つめの例文中の何が spoonerism かお分かりでしょうか? 答えは soda and gobbly matrons が sober and godly matrons の言い間違いだったということですね.
関連して「#5035. 1900年以降の -ism 語」 ([2023-02-08-1]) を参照.
・ 安藤 聡 『英文学者がつぶやく英語と英国文化をめぐる無駄話』 平凡社,2022年.
Cruse (12--13) によると,直感的に意味の異常と理解されるものには,4つの主要なタイプがあるという.意味論的に厳密な分類というよりは,直感的に区分できる分類ということだ.こういう分類は議論のスタートとしてはすぐれていると思う.
A. Pleonasm
Kick it with one of your feet.
A female mother.
He was murdered illegally.
B. Dissonance
Arthur is a married bachelor.
Let us drink time.
Pipe ... ditties of no tone. (Keats: Ode to a Grecian Urn)
Kate was very married. (Iris Murdoch: The Nice and the Good)
C. Improbability
The kitten drank a bottle of claret.
The throne was occupied by a pipe-smoking alligator.
Arthur runs faster than the wind.
D. Zeugma
They took the door off its hinges and went through it.
Arthur and his driving licence expired last Thursday.
He was wearing a scarf, a pair of boots, and a look of considerable embarrassment.
A, B, D はすぐれて意味論的な話題となり得るが,C はむしろ語用論的な話題,もっといえば命題と現実の話題と言えるだろう.
D は日本語では「くびき語法」と言われ,しばしばレトリックやジョークに用いられる.文字通りの意味とイディオム的な意味を引っかけて,2つの異質な表現を1つにまとめるものが多い.例えば「私は家と忍耐を捨てた」「彼は鼻と唇をかんだ」「スカートとスピーチは短いほどいい」のタイプである.
・ Cruse, D. A. Lexical Semantics. Cambridge: CUP, 1986.
「英語史導入企画2021」より本日紹介するコンテンツは,院生による「発狂する帽子屋 as mad as a hatter の謎」です.なぜ帽子屋なのでしょうか.文化と言語の歴史をたどった好コンテンツです.
コンテンツ内でも触れられている通り,同種の表現としては /m/ で頭韻を踏む as mad as a March hare のほうが古いようです.この種の表現は俚諺的直喩 (proverbial simile) や強意的直喩 (intensifying simile) と呼ばれます.「#943. 頭韻の歴史と役割」 ([2011-11-26-1]) で取り上げたように,特に頭韻を踏む as cool as a cucumber, as dead as a door-nail, as bold as brass の類いがよく知られています.ただし,今回の as mad as a hatter のように頭韻を踏まないものもあります.韻律上の口調に基づいていなくとも,何らかの「故事」(今回のケースでは帽子屋と水銀の関係)に由来するなど,結果としてユーモラスな文彩を放つ喩えであれば,広く受け入れられるものかもしれません.
それでも今回のコンテンツで EEBO から引き出された類義表現を眺めているうちに,やはり多くの表現に何かしら韻律上の要因が関与しているのではないかと思いつきました.あくまで speculation にすぎませんが,述べてみたいと思います.
as mad as a March hare は初期近代英語に初出した比較的古い表現で,頭韻を踏んでいます.それと対比して,19世紀前半に現われた as mad as a hatter は頭韻を踏んでいません.しかし,hare と hatter は /h/ で頭韻を踏んでいます.古い表現が広く知られて陳腐になると,新しい表現が作られることになりますが,そのような場合,よく知られた古い表現に何らかの形で「引っかける」ことも少なくないのではないかと思いました.この場合には,hare の /h/ と引っかけて hatter を採用したのではないかと疑われます(もちろん帽子屋と水銀の故事は前提としつつ).as mad as a March hare のような通常の頭韻を "syntagmatic alliteration" と呼ぶのであれば,hare と hatter のような関係の頭韻は "paradigmatic alliteration" と呼べるかもしれません.いわば「裏」の韻律的引っかかりのことですね.
そうすると,as mad as a hart なども,hare との "paradigmatic alliteration" からインスピレーションを得た表現かもしれないということになります.また,as mad as a bear という表現もあったようですが,これなどは hare と脚韻で引っかかっているので "paradigmatic rhyme" の例と呼べるかもしれません.ベースとなる表現がしっかり定着していればいるほど,それをもじって新しい表現を作り出すこともしやすくなるのではないでしょうか.後期近代英語のコーパス CLMET3.0 からは mad as a herring や as mad as Marshal Stair といったユーモラスな例が見つかりましたが,同種のもじりとみたいところです.
俚諺的直喩も一種の言葉遊びですし,「裏」の韻律的引っかかりが関与しているのではないかと考えてみた次第です.関連して「#1459. Cockney rhyming slang」 ([2013-04-25-1]) のことが思い浮かびました.
この4月に立ち上げた「英語史導入企画2021」にて,昨日「Brexitと「誰うま」新語」と題する大学院生によるコンテンツがアップされた.混成語 Brexit に焦点を当てた学術論文を紹介しつつ,言語学的および社会学的な観点から要約したレビュー・コンテンツといってよいだろう.取っつきやすい話題でありながら,密度の濃い議論となっている.本企画の趣旨を意識して導入的ではありながらも本格派のコンテンツである.
混成語 (blend) とは,混成 (blending) と呼ばれる語形成 (word_formation) によって作られた語のことである.簡単にいえば2語を1語に圧縮した語のことで,brunch (= breakfast + lunch) や smog (= smoke + fog) が有名である.複数のものを強引に1つの入れ物に詰め込むイメージから,かばん語 (portmanteau word) と呼ばれることもある.混成(語)の特徴など言語学的な側面については,「#630. blend(ing) あるいは portmanteau word の呼称」 ([2011-01-17-1]),「#893. shortening の分類 (1)」 ([2011-10-07-1]),「#3722. 混成語は右側主要部の音節数と一致する」 ([2019-07-06-1]) などを参照されたい.
問題の Brexit は,いわずとしれた Britain + exit の混成語だが,それが表わす国際政治上の出来事があまりに衝撃的だったために,それをもじった Bregret (= Britain + regret) や Regrexit (regret + exit) のような半ば冗談の混成語が次々と現われ,半ば本気で定着してきた.上記のコンテンツと論文(および「#2624. Brexit, Breget, Regrexit」 ([2016-07-03-1]))で考察されているのは,まさにこの本気のような冗談のような現象である.
混成は,英語史において比較的新しい語形成であり,本質的には現代英語的な語形成といってもよい.「#631. blending の拡大」 ([2011-01-18-1]) で挙げたように多数の例が身近に見出せるため,このことはにわかには信じられないかもしれないが,事実である.これについては「#631. blending の拡大」 ([2011-01-18-1]),「#876. 現代英語におけるかばん語の生産性は本当に高いか?」 ([2011-09-20-1]),「#940. 語形成の生産性と創造性」 ([2011-11-23-1]) などでも論じてきた通りである.
実のところ,混成のみならず,より広く短縮 (shortening) という語形成がおよそ近現代的な現象なのである.こちらについても「#878. Algeo と Bauer の新語ソース調査の比較」 ([2011-09-22-1]),「#879. Algeo の新語ソース調査から示唆される通時的傾向」([2011-09-23-1]),「#889. acronym の20世紀」 ([2011-10-03-1]),「#2982. 現代日本語に溢れるアルファベット頭字語」 ([2017-06-26-1]) を確認されたい.
では,なぜ現代にかけて混成を含めた短縮を旨とする諸々の語形成が,これほど著しく成長してきたのだろうか.「#3329. なぜ現代は省略(語)が多いのか?」 ([2018-06-08-1]) で挙げた3点を,ここに再掲しよう.
(1) 時間短縮,エネルギー短縮の欲求の高まり.情報の高密度化 (densification) の傾向.
(2) 省略表現を使っている人は,元の表現やその指示対象について精通しているという感覚,すなわち「使いこなしている感」がある.そのモノや名前を知らない人に対して優越感のようなものがあるのではないか.元の表現を短く崩すという操作は,その表現を熟知しているという前提の上に成り立つため,玄人感を漂わせることができる.
(3) 省略(語)を用いる動機はいつの時代にもあったはずだが,かつては言語使用における「堕落」という負のレッテルを貼られがちで,使用が抑制される傾向があった.しかし,現代は社会的な縛りが緩んできており,そのような「堕落」がかつてよりも許容される風潮があるため,潜在的な省略欲求が顕在化してきたということではないか.
(1) は,混成(語)のなかに,あらゆる物事に効率性を求める情報化社会の精神の反映をみる立場である.これまで2語で表わしていた意味や情報を,混成語ではただ1語で表現することができるのだ.まさに時短,効率,節約.しかし,これが行き過ぎると,人生や生活と同様に,何ともせわしく殺伐としてくるものである.
しかし,この情報化社会の病理というべき負の力とバランスを取るべく,正の力も同時に働いているように思われるのだ.(3) に指摘されている「緩み」がその1つだろう.これは,上記コンテンツ内で触れられている「遊び心」にも近い.混成語は,「Brexit って何の略でしょうか?」――「答えは,Britain + exit の略でした!」というようなナゾナゾが似合う代物でもあるのだ(cf. 「#3595. ことば遊びの3つのタイプ」 ([2019-03-01-1]) でいう「技巧型」のことば遊び).ここには,せわしなさや殺伐とした気味はなく,むしろ健全な「遊び心」が宿っているように思われる.英語の混成(語)は,一見すると現代社会の病理の反映ようにもみえるが,別の観点からは,むしろ健全な遊びでもあるのだ.
語形短縮の意義を巡っては「#1946. 機能的な観点からみる短化」 ([2014-08-25-1]),「#3708. 省略・短縮は形態上のみならず機能上の問題解決法である」 ([2019-06-22-1]) の議論も参照されたい.
「#3590. 「ことば遊び」と言語学」 ([2019-02-24-1]) で,ことば遊び word_play が言語学の歴とした研究対象となることを紹介した.今回は,言葉遊びの3類型について,滝浦 (397--99) に依拠しながら概説する.
(1) 即興型 --- 文脈を絡め取ることば遊び
広義の洒落を用いた言葉遊びである.同音・類音を利用して,文脈に寄生しつつ文脈を絡め取る点に特徴がある.「何か用か九日十日」のような文脈を脱線させ攪乱することを狙う「むだ口」や,「着た切り雀」のようなパロディとして原句との対照を意識させる「地口」などもこの類いである.もとの文脈が新たに生じたメッセージに絡め取られて,おもしろみが生じる.その場の状況に応じて即興的に展開することが多いタイプである.
(2) 技巧型 --- メッセージを二重化することば遊び
折句 (acrostic),アナグラム (anagram),回文 (palindrome) などのように,メッセージが何らかの点で二重化されているタイプのことば遊びである.折句については,「#1875. acrostic と折句」 ([2014-06-15-1]),「#1897. "futhorc" の acrostic」 ([2014-07-07-1]) の例を参照.アナグラムは,Salvador Dali の文字を入れ替えて Avida Dollars としたり,「加田玲太郎」を「誰だろうか」とする例などが挙げられる.回文は Madam, I'm Adam や「世の中馬鹿なのよ」など.即興で作るのは難しく,入念に作り込まれる点に特徴がある.
(3) ゲーム型 --- ゲームとしてのことば遊び
ルールに則って遊び続けることを目的とするゲーム感覚のことば遊び.典型例は,しりとり,クロスワード,言葉のなぞなぞなどである.伝達されるべき意味の内容はあまり問題ではなく,ことばはゲームの道具として用いられている.
ことば遊びは遊戯の1種であるから,上の3タイプも遊戯の一般的特質を備えているはずである.その特質は,無目的性,快楽性,無償性,無価値性といったものだろう.コミュニケーション論や記号論の観点からは,暗号 (cryptology) とも関連してきそうだ.「ことば遊び」は,どんどん広がっていき得るテーマだろう.
・ 滝浦 真人 「ことば遊び」『言語の事典』 中島 平三(編),朝倉書店,2005年.396--415頁.
ことば遊び(言語遊戯)は,言語学の研究対象としては常にマイナーな地位を占めてきた.分野名も定まっていないし,そもそも「ことば遊び」の総称的な名称も定まっているのかどうか怪しい.英語でも word play, verbal play, speech play, play of language などと様々な言い方が存在する.
しかし,まったく研究されてこなかったわけではなく,修辞学や文体論との関連で扱われてきた経緯はあるし,近年ではコミュニケーション論や語用論的観点からも考察され,分野としての発展可能性が開かれてきた.人工知能研究との関連でも注目されてきているようだ.
中島(編)の『言語の事典』のなかに,滝浦真人による「ことば遊び」と題する1章があり,興味深く読んだ.そのイントロ (396) によると,ことば遊びの基本的特徴として逸脱性と規約性の2面性が挙げられるという.
ことば遊びとは,常にコミュニケーションの規範をすり抜けていく“逸脱的”な営みである.ことば遊びが話の文脈を脱線させ,あるいはメッセージを二重化して隠し,時にあからさまに相手に謎をかけるとき,言語の情報伝達性という大前提は多かれ少なかれ裏切られている.
しかし同時に,ことば遊びは,単に統御を欠いた破壊的な営みであるわけではない.ことば遊びを人が“ともに遊ぶ”ことができるのは,それが常に一定の規約性を基盤とするからである.そして,その基盤が規約=慣習 (convention) であるがゆえに,ことば遊びは個々の言語文化に固有の形態を育む.
ことば遊びが,言語の“型”の問題であることを超えて,広くコミュニケーション一般の問題となるのは,こうした二面性においてである.
ことば遊びは,情報伝達性を前提としたごく普通の言語コミュニケーションとは異なっているが,では何がどの程度どのように異なっているのかが問題となる.形式的な観点はもとより機能的な観点からも迫る必要があるだろう.
英語のことば遊びに関しては,Crystal の英語学入門書が具体例を豊富に挙げつつ解説しており,有用である.
・ 滝浦 真人 「ことば遊び」『言語の事典』 中島 平三(編),朝倉書店,2005年.396--415頁.
・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.
たまに授業で実践している,遊びを兼ねた発声・発音練習のためのネタ.日本語の「早口言葉」と英語の "tongue twisters" .それなりに有名なものを集めてある.英語でよく知られた tongue twisters は,Mother Goose の伝承童謡集を出典とするものが多い.印刷用にこちらのPDF版もどうぞ.私も特に滑舌のよいほうではありませんが,日々練習しているとそれなりに上手くなるものです.
[ 早口言葉 ]
生麦生米生卵
赤巻紙青巻紙黄巻紙
京の生鱈奈良生まな鰹
隣の客はよく柿食う客だ
竹屋にたけ高い竹立てかけた
特許許可する東京特許許可局
坊主が屏風に上手に坊主の絵をかいた
小米の生噛み小米の生噛みこん小米の小生噛み
蛙ぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ合せてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ
[ Tongue Twisters ]
A glowing gleam growing green.
If Sue chews shoes, Sue should choose the shoes she chews.
A wicked cricket critic cricked his neck at a critical cricket match.
Swan swam over the sea;
Swim, swam, swim.
Swan swam back again.
Well swum swan!
She sells sea-shells on the sea shore;
The shells that she sells are sea-shells I'm sure.
So if she sells sea-shells on the sea shore,
I'm sure that the shells are sea-shore shells.
Peter Piper picked a peck of pickled pepper;
A peck of pickled pepper Peter Piper picked;
If Peter Piper picked a peck of pickled pepper,
Where's the peck of pickled pepper Peter Piper picked?
The Leith police dismisseth us,
I'm thankful, sir, to say;
The Leith police dismisseth us,
They thought we sought to stay.
The Leith police dismisseth us,
We both sighed sighs apiece,
And the sigh that we sighed as we said goodbye
Was the size of the Leith police.
Simon Horobin 著 Does Spelling Matter? (堀田による邦訳『スペリングの英語史』も参照)で,いろいろな形で取り上げられているが,アメリカでは伝統的にスペリング競技会 "spelling bee" が人気である.
スペリング競技会の起こりはエリザベス朝のイングランドにあるが,注目される行事へと発展したのは,独立後のアメリカにおいてであった.Webster のスペリング教本 "Blue-Backed Speller" のヒットに支えられ,アメリカの国民的イベントへと成長した.Webster の伝記を著した Kendall (106--07) が,スペリング競技会の歴史について次のように述べている.
Webster's speller also gave rise to America's first national pastime, the spelling bee. Before there was baseball or college football or even horse racing, there was the spectator sport that Webster put on the map. Though "the spelling match" first became a popular community event shortly after Webster's textbook became a runaway best seller, its origins date back to the classroom in Elizabethan England. In his speller, The English Schoole-Maister, published in 1596, the British pedagogue Edmund Coote described a method of "how the teacher shall direct his schollers to oppose one another" in spelling competitions. A century and a half later, in his essay, "Idea of the English School," Benjamin Franklin wrote of putting "two of those [scholars] nearest equal in their spelling" and "let[ting] these strive for victory each propounding ten words every day to the other to be spelt." Webster's speller transformed these "wars of words" from classroom skirmishes into community events. By 1800, evening "spelldowns" in New England were common. As one early twentieth-century historian has observed:
The spelling-bee was not a mere drill to impress certain facts upon the plastic memory of youth. It was also one of the recreations of adult life, if recreation be the right word for what was taken so seriously by every one. [We had t]he spectacle of a school trustee standing with a blue-backed Webster open in his hand while gray-haired men and women, one row being captained by the schoolmaster and the other team by the minister, spelled each other down.
綴字と発音の乖離がみられる英単語のスペリング競技会で勝つためには,並外れた暗記力と語源的な知識が試される.ある意味で,英語らしいイベントといえるだろう.
・ Kendall, Joshua. The Forgotten Founding Father. New York: Berkeley, 2012.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
・ サイモン・ホロビン(著),堀田 隆一(訳) 『スペリングの英語史』 早川書房,2017年.
昨日の記事「#3071. Pig Latin」 ([2017-09-23-1]) でみた言葉遊びは,種類としては広く「挟み言葉」といわれる.単語内での要素の入れ替えや新要素の付加に特徴づけられる語形の変形のことであり,あたかも単語内に何かが挟まってくるかのような印象を受ける.
この種の言葉遊びはおそらく多くの言語に見られる.日本語でも,「ノサ言葉」なる挟み言葉の遊びがある(長田,p. 121).
セ(ノサ)ミトリハ オ(ノサ)モシロカッタ? (蝉取りはおもしろかった?)
オ(ノサ)モシロカッタ ハ(ノサ)ッピキ ト(ノサ)ッタ (おもしろかった,八匹取った)
のように,単語(分節というべきか)の第1音節と第2音節のあいだに「ノサ」を挟むものである.「ノ」は第1音節に,「サ」は第2音節につけて発音し,アクセントを上手に操ると,第三者には理解しにくいという意味では,符丁的,暗号的な役割を果たすことができる.
挟み言葉は,江戸の中期頃から庶民のあいだで流行ったようで,末期には唐事(からこと)と呼ばれた.明和9年(1772年)に出された洒落本『辰巳之園』には,ア段の音節の後に「カ」を,イ段の音節の後に「キ」を付けるといったようにカ行音を語中に挟むものが紹介されている.これだと,例えば「キャク」であれば「キキヤクク」,「ネコ」であれば「ネケココ」となる.
私も子供のころ「ブンブンブン ハチガトブ」という歌詞における「ン」以外の各音説の後に「ル」を挟み込んで,「ブルンブルンブルン ハルチルガルトルブル」と歌う言葉遊びをしたことがある.脳とろれつを回転させるのにおもしろいゲームである.
挟み言葉を即興で産出・理解できる者どうしが高速に会話をすれば,事実上の暗号となるのではないかと思われる.もちろん,文字化してしまえば,暗号としての効果はほぼゼロとなることはいうまでもない.
・ 長田 順行 『暗号大全 原理とその世界』 講談社,2017年.
英語の言葉遊びで Pig Latin というものがある.単語を一定の原則に基づいて変形する遊びだが,その原則は単純である.語頭の子音(群)を語尾に移し,さらにそこに <ay> /eɪ/ を追加する.語頭が母音の場合には,語尾に <way> /weɪ/ を追加するのみ.例えば,Pig Latin は Igpay Atinlay となり,I dont know. は Iway ontday nowkay. となる.語頭の子音(群)の扱いの差異や,語尾としての <way> /weɪ/ の代わりに <yey> /weɪ/ を用いるなどの変種もみられる.
慣れてしまえば即興で作れるが,慣れていない者にとって理解が難しいことから,言葉遊びにとどまらず,話し言葉における隠語やちょっとした暗号として用いることもできる.言葉遊びと暗号の距離は意外と近い.
Pig Latin のほか,より古い Hog Latin という呼称もある.前者は19世紀末,後者は19世紀初めに初出している.いずれも「崩れたラテン語」「偽のラテン語」ほどの意味である.実際にはラテン語と縁もゆかりもないが,格変化のような語尾が付き,理解しにくいという点で,ラテン語に擬せられたということだろう.なお,崩れたラテン語を表わす dog Latin という表現は17世紀半ばに初出しているが,こちらは変則的ながらも一応のところラテン語ベースである.
以下,Pig Latin 変換器を実装したのでお試しあれ.
「#817. Netspeak における省略表現」 ([2011-07-23-1]) で見たように,ネット上では判じ絵 (rebus) の原理による文字遊びともいえる省略表現が広まっている.<Thx2U> (= Thanks to you) や <4U> (= For you) や <CUL8R> (= See you later) や <Engl&> (= England) のような遊び心を含んだ文字列である.これらの数字や記号 <&> の用例は,本来の表語文字(記号)を表音的に用いている例として興味深い.それぞれ意味は捨象し,[tuː], [fɔː], [eɪt], [ənd] という音列を表す純粋な表音文字として機能している.
これは現代人の言葉遊びにすぎないと思われるかもしれないが,実は古くから普通に行なわれてきた.例えば,接続詞 and を書き表わすのに古くは <&> ではなく数字の <7> に似た <⁊ > という記号 (Tironian et) が用いられていた(「#1835. viz.」 ([2014-05-06-1]) を参照).そして,これが接続詞 and を表わすものとしてではなく,他の語の一部をなす音列 [and] を表わすものとして表音的に用いられる例があった.この接続詞は,現代と同様に弱い発音では語尾音がしばしば脱落したので,[and] だけでなく [an] あるいは [a] を表音する文字としても機能した.例えば,The Owl and the Nightingale から,l. 1195 に現われる動詞の過去分詞形 anhonge の接頭辞 an- が Tironian et で書かれており,<<⁊honge>> と写本に見える.同じように,l. 1200 の動詞の過去分詞形 astorue も <<⁊storue>> と書かれており,接頭辞 a- が Tironian et で表わされている.
書き手の遊び心もあるだろうし,少しでも短く楽に書きたいという思いもあるだろう.書き手の思いと,その思いを満たす手段は,昔も今も何も変わらない.
・ Cartlidge, Neil, ed. The Owl and the Nightingale. Exeter: U of Exeter P, 2001.
「#1875. acrostic と折句」 ([2014-06-15-1]) の記事で,現代英語と日本語から acrostic なる言葉遊びの例をみたが,古英語にも acrostic の詩がある.The Rune Poem と呼ばれる6節からなる詩で,各節の開始文字を取り出すと,アングロサクソン系ルーン文字一式の呼称である "FUÞORC" という単語が浮かび上がる(「#1006. ルーン文字の変種」 ([2012-01-28-1]) を参照).Crystal (13) より,The Rune Poem を味読しよう.各詩行の頭韻 (alliteration) も規則的である.
Feoh byþ frofur fira gehwylcum--- Wealth is a joy to every man--- sceal ðeah manna gehwylc miclun hyt dælan but every man must share it well gif he wile for Drihtne domes hleotan. if he wishes to gain glory in the sight of the Lord. Ur byþ anmod 7 oferhyrned, Aurochs is fierce, with gigantic horns, felafrecne deor, feohteþ mid hornum, a very savage animal, it fights with horns, mære morstapa: þæt is modig wuht! a well-known moor-stepper: it is a creature of courage! Þorn byþ ðearle scearp, ðegna gehwylcum Thorn is very sharp, harmful to every man anfeng ys yfyl, ungemetun reþe who seizes it, unsuitably severe manna gehwylcun ðe him mid resteð. to every man who rests on it. Os byþ ordfruma ælcre spræce, Mouth is the creator of all speech, wisdomes wraþu and witena frofur a supporter of wisdom and comfort of wise men, and eorla gehwam eadnys and tohiht. and a blessing and hope to every man. Rad byþ on recyde rinca gehwylcum Journey is to every warrior in the hall sefte, and swiþhwæt ðam ðe sitteþ onufan pleasant, and bitingly tough to him who sits meare mægenheardum ofer milpaþas. on a mighty steed over the mile-paths. Cen byþ cwicera gehwam cuþ on fyre, Torch is to every living thing known by its fire; blac and beorhtlic, byrneþ oftust bright and brilliant, it burns most often ðær hi æþelingas inne restaþ. where the princes take their rest within.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
acrostic とは,各行頭の文字を綴ると語になる詩や言葉遊びをいう.行末や中間の文字を集める場合もあり,行末のものは telestich とも呼ばれる.『ランダムハウス英和辞典』に掲載されていた acrostic の例を挙げよう.行頭の文字を集めると COMET となる.
Composed of vapors, shining bright,
Of wondrous size, yet harmless light.
Men view thee as a burning ball,
Expecting soon to see thee fall
To this world, kill us all. (R. Blackwell)
西洋では,acrostic はギリシャ神話の巫女 Sibyl (シビュラ)の神託のなかに初めて現われ,ギリシア人の間で流行したという.中世ヨーロッパにも伝わり,現在でも言語遊戯として親しまれている.OED によると,英語における acrostic という語の最初期(16世紀後半)の例は,Sibyl への言及を含む文だ.
1587 Sir P. Sidney & A. Golding tr. P. de Mornay Trewnesse Christian Relig. xxxii. 591 Cicero..maketh mention of Sibils Acrosticke [Fr. l'Acrostiche de la Sybille], that is to say, of certeyne verses of hirs whose first letters made the name of that King.
現在,acrostic は暗記に用いられることがある.例えばト音記号の五線譜上の音を覚えるのに,"Every Good Boy Deserves Favour" の頭文字を利用する方法などがある (Crystal 116) .
日本語では,和歌・俳句・川柳などに使われる同様の様式として,折句(おりく)がある.その源流は在原業平の『伊勢物語』に詠まれた「かきつばた」を折り込んだ和歌「から衣きつつなれにし妻しあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ」にあり,江戸時代には雑俳様式として流行し,五七五各句に折り込む三字折や七七各句に折り込む二字折など様々な種類が現われた.さらに手の込んだ,行頭音と行末音を折り込んだ沓冠(くつかぶり) (=double acrostic) という様式もある.以下は,吉田兼好の作品で,「米(よね)たまへ銭(ぜに)も欲し」と読める.
よもすずし
ねざめのかりほ
たまくらも
ま袖も秋に
へだてなきかぜ
・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.
acrostic とは,各行頭の文字を綴ると語になる詩や言葉遊びをいう.行末や中間の文字を集める場合もあり,行末のものは telestich とも呼ばれる.『ランダムハウス英和辞典』に掲載されていた acrostic の例を挙げよう.行頭の文字を集めると COMET となる.
Composed of vapors, shining bright,
Of wondrous size, yet harmless light.
Men view thee as a burning ball,
Expecting soon to see thee fall
To this world, kill us all. (R. Blackwell)
西洋では,acrostic はギリシャ神話の巫女 Sibyl (シビュラ)の神託のなかに初めて現われ,ギリシア人の間で流行したという.中世ヨーロッパにも伝わり,現在でも言語遊戯として親しまれている.OED によると,英語における acrostic という語の最初期(16世紀後半)の例は,Sibyl への言及を含む文だ.
1587 Sir P. Sidney & A. Golding tr. P. de Mornay Trewnesse Christian Relig. xxxii. 591 Cicero..maketh mention of Sibils Acrosticke [Fr. l'Acrostiche de la Sybille], that is to say, of certeyne verses of hirs whose first letters made the name of that King.
現在,acrostic は暗記に用いられることがある.例えばト音記号の五線譜上の音を覚えるのに,"Every Good Boy Deserves Favour" の頭文字を利用する方法などがある (Crystal 116) .
日本語では,和歌・俳句・川柳などに使われる同様の様式として,折句(おりく)がある.その源流は在原業平の『伊勢物語』に詠まれた「かきつばた」を折り込んだ和歌「から衣きつつなれにし妻しあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ」にあり,江戸時代には雑俳様式として流行し,五七五各句に折り込む三字折や七七各句に折り込む二字折など様々な種類が現われた.さらに手の込んだ,行頭音と行末音を折り込んだ沓冠(くつかぶり) (=double acrostic) という様式もある.以下は,吉田兼好の作品で,「米(よね)たまへ銭(ぜに)も欲し」と読める.
よもすずし
ねざめのかりほ
たまくらも
ま袖も秋に
へだてなきかぜ
・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.
昨日の記事「#1458. cockney」 ([2013-04-24-1]) で予告したとおり,今日は cockney 変種を特徴づけるとされる Cockney rhyming slang を紹介する.導入にあたっては,この3月に出版された井口・寺澤による放送大学教材『英語の軌跡をたどる旅 ― Adventure of English を読む ―』の文章を引用したい (159) .
コックニーが話されているロンドンのイーストエンドでは,19世紀半ばからしばしば「押韻スラング」([Cockney] rhyming slang) といわれるものが用いられてきました.これは,たとえば head(頭)のことを言うのに head と韻を踏む loaf of bread(一個のパン)のような語句を使う語法を指します.ほかには,garden gate (=eight), apple and pears (=stairs), white mice (=ice) などが押韻スラングとしてよく知られています.こうした押韻スラングは,しばしば押韻部分が省かれて loaf だけで head(頭),garden だけで eight の意味で用いられたりすることもあります.そのため,それを知っている人以外には理解不能なので,もともとはイーストエンドの「闇の世界」だけで通用する暗号または隠語として使われていました.以下の押韻スラングがどのような語を表わしているか調べてみましょう.
(1) cock and hen(ヒント:数字)
(2) bacon and eggs(ヒント:身体の一部)
(3) daisy roots(ヒント:履物)
(4) gold watch(ヒント:酒の種類)
(5) Tony Blair(ヒント:身体の一部)
それぞれ答えは,
(1) ten,
(2) legs
(3) boots
(4) Scotch
(5) hair である(←クリック).
Cockney rhyming slang の起源や歴史はよく知られていないが,犯罪者の隠語から始まった可能性がある.17--18世紀にはその形跡が見られ,1930年代にはロンドンの West End で流行し,第2次世界大戦後はメディアによって一般に広く知れわたるようになった.
イギリス留学中,とある余興のクイズ大会で Cockney rhyming slang の問題を出されたことがある.どんな問題だったかは失念したが,これがイギリスにおいて典型的な英語の言葉遊びであるということがわかった.
ウェブサイトとしては,Cockney Rhyming Slang from London を参照.そのイントロの What is Cockney rhyming slang? も読んでおきたい.
・ 井口 篤,寺澤 盾 『英語の軌跡をたどる旅 ― Adventure of English を読む ―』 放送大学,2013年.
gematria (ゲマトリア)とは,ユダヤ教の密教的な信仰であるカバラ (Kabbalah) における文字転換法,暗号解読法である.ゲマトリアでは,ヘブライ語のアルファベットの各文字は数値をもっており,その組み合わせである語や文も一定の数値をもっているとされる.数の象徴的な意味を重視するカバラでは,同じ値をもつ語や文どうしは互いに深遠な宗教的意味を有していると考えられ,その解釈によって宇宙と人間の秘密を理解しようと試みる.例えば,大天使メタトロンと全能の神シャダイはともに314の数値をもち,密接な関係があるとされる.
カバラ主義は中世の西洋魔術や錬金術に大きな影響を与え,gematria もまたユダヤ教にとどまらずキリスト教へ広がり,やがては英語の26文字のアルファベットへも応用された.Crystal (The English Language 121--22) および Crystal (The Cambridge Encyclopedia of Language 59) に挙げられている例を見てみよう.英語ではアルファベットの各文字に1から26の数値が順に割り振られる.man と Eden はともに28であり,Bible と Holy Writ はともに100である.Mount Sinai と the laws of God は135であり,Jesus, Messiah, Son God, Cross, Gospel はいずれも74である.驚喜する信者がいたとしても不思議はない.
gematria は,より世俗的な言葉遊びとして楽しむこともできる.以下の例もおもしろい.
・ tongue = lexicon = 82
・ etymology = Indo-European = West Germanic = 137
・ all + vote = democracy
・ arm + bend = elbow
・ bad + language = profane
・ book + loan = library
・ good + deeds = scout
・ hide + listen = eavesdrop
・ keep + off = grass
・ king + chair = throne
・ not + same = different
信仰としての gematria は西洋では18世紀までに衰退したが,今でも占いとして利用する人などはいるかもしれない.gematria は数値を介するものだが,言葉に何らかの隠れた意味があり,そこに神の意志が宿っているという考え方は,古今東西に存在する.日本にも言霊思想などと呼ばれるものがある.なお,gematria の語源は geometry (ギリシャ語 geometría)と同じとされる.
ウェブ上を探したら,やはりありました Gematria Calculator が.
・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1997.
[2012-01-29-1]の記事「#1007. Veldt jynx grimps waqf zho buck.」で,アルファベットの26字母すべてを用いて文を作る pangram ということば遊びを紹介した.
その記事で,よく知られたものとして,タイピストがタイプ確認に利用したという The quick brown fox jumps over the lazy dog. を紹介したが,この pangram とその亜種は,現在,通信業界で "fox message" (FOXメッセージ)と呼ばれており,通信テストのために利用されているというから,pangram は単なることば遊びである以上に,実用性も兼ね備えているというべきだろう.
pangram という語は,pan "all" + gram "letter" というギリシア語の combining form を組み合わせた neo-classical compound で,1933年が初出と新しいが,遊びそのものは古く,OED の "pangram" のもとに引用されている Medium Ævum からの例文を(文脈なしではあるが)一瞥したかぎりでは,13世紀よりずっと以前にさかのぼるようだ.
英語の pangram の例について,『学研 日本語知識辞典』のミニ知識欄「英語版いろは歌」で新たに見つけたものを,以下に挙げておきたい.
The five boxing wizards jump quickly. (5人のボクシングの魔術師がすばやくジャンプする)
Mr. Jock, TV quiz Ph.D., bags few lynx. (テレビのクイズ博士ジョック氏は山猫をほとんど袋に入れない)
Quick wafting zephyrs vex bold Jim. (さやさやとそよぐそよ風が,大胆なジムを苛立たせる)
Waltz, nymph, for quick jigs vex Bud. (ワルツになさい,乙女よ,速いジグだとバドが苛立つから)
日本語のいろは歌については,[2012-01-27-1]の記事「#1005. 平仮名による最古の「いろは歌」が発見された」で触れたが,いろは歌に先行する,同じく47字の「たゐに歌」を紹介しよう.
たゐにいでなつむわれをぞきみめすとあさりおひゆくやましろのうちゑへるこらもはほせよえふねかけぬ
(田居に出で菜摘む我をぞ君召すと 求食り追ひ行く山城の 打酔へる子ら藻は干せよ え舟繋けぬ)
「たゐに歌」にさらに先行する平安初期の「あめつちの詞」についても触れておく.当時はまだ [e] と [je] が区別されており,47字ではなく48字からなる pangram だ.後半の「えのえお」の2つめの「え」は [je] を表わしたと考えられる.
あめ(天)つち(地)ほし(星)そら(空)やま(山)かは(川)みね(峰)たに(谷)くも(雲)きり(霧)むろ(室)こけ(苔)ひと(人)いぬ(犬)うへ(上)すゑ(末)ゆわ(硫黄)さる(猿)おふせよ(生ふせよ)えのえを(榎の枝を)なれゐて(馴れ居て)
また,『学研 日本語知識辞典』によると,明治時代に新聞「万朝報」が新いろは歌を募集したところ,「とりな歌」なる次のものが選ばれたという.
とりなくこゑすゆめさませみよあけわたるひんかしをそらいろはえておきつへにほふねむれゐぬもやのうち[ 固定リンク | 印刷用ページ ]
(鳥鳴く声す 夢覚ませ 見よ明けわたる 東を 空色栄えて 沖つ辺に 帆船群れゐぬ 靄の中)
[2012-01-27-1]の記事「#1005. 平仮名による最古の「いろは歌」が発見された」で,いろは歌のもつ日本語音韻史上の意義に触れた.中古後半より,48字の「あめつちの詞」に代わって47字の「太為仁歌」や「いろは歌」が受け入れられてきたという事実は,この頃までに [e] と [je] の音韻上の対立が解消されていたことを強く示唆する.しかし,このように論じられるのは,ある一つの前提を無条件に受け入れているからにすぎない.この前提が崩れれば,上の推論も成り立たない.
その前提とは,いろは歌が,当時の日本語の主要な音韻に対応する仮名のすべてを一度ずつ用いて意味のある文章を組み立てなければならない,というルールに基づいたことば遊びであるという点だ.あくまで過去のことば遊びのルールはこうだったに違いないという前提のもとにいろは歌を解釈すると,過去の音韻はこうだったのではないか,と推論しているにすぎない.しかし,ことば遊びもルールが厳格であればあるほど,それを乗り越えて完成された作品は高く称賛されるはずであり,後代のいろは歌の普及は,当時のくだんのルールの存在を支持していると考えられる.
ところで,文字一覧のすべての要素を用いて文章を作るということば遊びは,英語でも知られている.pangram と呼ばれることば遊びで,"A sentence or series of words that contains all the letters of the alphabet. The ideal pangram contains each letter only once, but it is difficult to compose a meaningful sentence of this kind." (McArthur 744) と説明される.有名な例としては,タイピストが各文字を確かめるために打ったという The quick brown fox jumps over the lazy dog. という伝統的な pangram があるが,文字の重複がある.ほかに26文字きっかりの力作としては Quiz my black Whigs---export fund. や Blowzy night-frumps vex'd Jack Q. というものもある.さらに,辞書なしではほとんど意味の取れない1984年の労作として,標題の Veldt jynx grimps waqf zho buck. (草原アリスイ(鳥)が(イスラム教の)寄付の雄ゾー(ヤクとウシの雑種)を引き上げる)がある (Crystal, English 118) .
なお,フランス語での最短の pangram として,Whisky vert: jugez cinq fox d'aplomb. (緑のウィスキーよ,好調な5匹のフォックステリアを裁け)という作品がある (Crystal, Encyclopedia 65) .
この点,いろは歌は,涅槃経第十四聖行品の偈の「諸行無常,是生滅法,生滅滅已,寂滅為楽」の意訳とされ,内容からもできの良い作品といえる.ことば遊びでありながら,韻律や含蓄にもすぐれ,なおかつ文字の順序を表わす実用的な役割も兼ねてきたとあって,文化史上の偉大な発明だったことがわかる.
・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.
・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1997. 199--205.
標題の文は文法的である.Steven Pinker のベストセラー The Language Instinct で有名になった文で,著書によると Pinker の学生 Annie Senghas が作り出したものだという (208).
詳しい文法解説は,Buffalo buffalo Buffalo buffalo buffalo buffalo Buffalo buffalo - Wikipedia にあるので省略するが,数語を補って (The) Buffalo buffalo (that) Baffalo buffalo (often) buffalo (in turn) buffalo (other) Buffalo buffalo. と考えれば理解できるだろう.以下の点がポイントである.
・buffalo 「バッファロー,アメリカ野牛」の複数形は,規則的な buffaloes に加えて,単複同形の buffalo もありうる
・Buffalo は「(ニューヨーク州の市)バッファロー」の意で,形容詞的に用いられている
・to buffalo は「脅す,威圧する,混乱させる」の意の動詞としても用いられている
・一カ所で関係代名詞が省略されている
現代英語でこのような芸当が可能なのは,(1) conversion 「品詞転換」が著しく自由であること,(2) 語順や関係詞省略などの統語的な規則が明確に存在すること,による.Pinker の著書では特に (2) の側面に光を当てた解説となっているが,(1) の conversion の果たしている役割も甚大である.このケースでは本来は名詞である buffalo / Buffalo が,形容詞(的用法)としても動詞としても使われうるという点が重要である.名詞と動詞のあいだの conversion については[2009-11-03-1]で軽く言及したが,名詞から形容詞(的用法)への conversion はよりいっそう自由度が高い.
名詞から形容詞(的用法)への conversion は,およそ名詞の限定的用法 ( attributive use ) と呼ばれるものに相当する.名詞の限定的用法とは Christmas tree, silk hat, Tokyo branch などの第一要素の名詞の果たす役割を指し,Bradley が指摘するとおり "a new part of speech, halfway between the substantive and the adjective" (45) とでもいうべきものである.Bradley はこの用法を "One highly important feature of English grammar which has been developed since Old English days" (45) と評価しており,Buffalo buffalo という表現がこの歴史の現代への反映だと知るとき,Buffalo 文の言葉遊びの味わいはひとしおである.
・Pinker, Steven. The Language Instinct: How the Mind Creates Language. New York: W. Morrow, 1994. New York : HarperPerennial, 1995.
・Bradley, Henry. The Making of English. New York: Dover, 2006. New York: Macmillan, 1904.
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