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ethnography_of_speaking - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2025-06-06 08:58

2023-02-18 Sat

#5045. deafening silence 「耳をつんざくような沈黙」 [oxymoron][voicy][heldio][collocation][rhetoric][pragmatics][ethnography_of_speaking][prosody][syntagma_marking][sociolinguistics][anthropology][link][collocation]

 今週の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて,「#624. 「沈黙」の言語学」「#627. 「沈黙」の民族誌学」の2回にわたって沈黙 (silence) について言語学的に考えてみました.



 hellog としては,次の記事が関係します.まとめて読みたい方はこちらよりどうぞ.

 ・ 「#1911. 黙説」 ([2014-07-21-1])
 ・ 「#1910. 休止」 ([2014-07-20-1])
 ・ 「#1633. おしゃべりと沈黙の民族誌学」 ([2013-10-16-1])
 ・ 「#1644. おしゃべりと沈黙の民族誌学 (2)」 ([2013-10-27-1])
 ・ 「#1646. 発話行為の比較文化」 ([2013-10-29-1])

 heldio のコメント欄に,リスナーさんより有益なコメントが多く届きました(ありがとうございます!).私からのコメントバックのなかで deafening silence 「耳をつんざくような沈黙」という,どこかで聞き覚えたのあった英語表現に触れました.撞着語法 (oxymoron) の1つですが,英語ではよく知られているものの1つのようです.
 私も詳しく知らなかったので調べてみました.OED によると,deafening, adj. の語義1bに次のように挙げられています.1968年に初出の新しい共起表現 (collocation) のようです.

b. deafening silence n. a silence heavy with significance; spec. a conspicuous failure to respond to or comment on a matter.
   1968 Sci. News 93 328/3 (heading) Deafening silence; deadly words.
   1976 Survey Spring 195 The so-called mass media made public only these voices of support. There was a deafening silence about protests and about critical voices.
   1985 Times 28 Aug. 5/1 Conservative and Labour MPs have complained of a 'deafening silence' over the affair.


 例文から推し量ると,deafening silence は政治・ジャーナリズム用語として始まったといってよさそうです.
 関連して想起される silent majority は初出は1786年と早めですが,やはり政治的文脈で用いられています.

1786 J. Andrews Hist. War with Amer. III. xxxii. 39 Neither the speech nor the motion produced any reply..and the motion [was] rejected by a silent majority of two hundred and fifty-nine.


 最近の中国でのサイレントな白紙抗議デモも記憶に新しいところです.silence (沈黙)が政治の言語と強く結びついているというのは非常に示唆的ですね.そして,その観点から改めて deafening silence という表現を評価すると,政治的な匂いがプンプンします.
 oxymoron については.heldio より「#392. "familiar stranger" は撞着語法 (oxymoron)」もぜひお聴きください.

Referrer (Inside): [2023-02-19-1]

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2023-02-17 Fri

#5044. キーナンの「協調の原理」批判 [cooperative_principle][anthropology][ethnography_of_speaking][pragmatics]

 語用論 (pragmatics) の基本ともなっているグライス (Paul Grice) の「協調の原理」 (cooperative_principle) については,hellog でも「#1122. 協調の原理」 ([2012-05-23-1]),「#1133. 協調の原理の合理性」 ([2012-06-03-1]),「#1134. 協調の原理が破られるとき」 ([2012-06-04-1]) などで紹介してきた.
 グライスにより会話の普遍的な原理として掲げられた理論だが,現在では古今東西の言語社会の会話すべてについて当てはまるわけではないと考えられている.有り体にいえば,インドヨーロッパ語族中心の観点から唱えられた語用論的な原理が,世界中の言語に当てはまると考えるのは,傲慢ではないかという批判が出ているのである.
 マダガスカルで話されているオーストロネシア語族のマラガシ語 (Malagasy) を研究したキーナン (Elinor (Ochs) Keenan) は,マラガシ語話者には,重要な情報を十分なだけ積極的に伝えようとする慣習がそれほどないことを明らかにした.協調の原理における量の格率 (maxim of quantity) が守られていないということになる.Senft (55) を通じて,キーナンのグライス批判を聞いてみよう.

キーナンは,彼女の論文の終わりで「グライスはエティック (etic) の格子 (grid) で会話を研究する可能性〔を期待させること〕でエスノグラフィー研究者をじらす.…彼の会話の格率は作業仮説としてではなく社会的事実として提示されている」と指摘する (Keenan 1976: 79) .人類言語学者および言語人類学者は,すべてのエティック (etic) の格子,つまり民族言語学の (ethnolinguistic) 問題に対する西洋的な文化規範および考えに基づくアプローチ〔中略〕は,すべて遅かれ早かれ,研究対象とする(非西洋の)言語と文化における本質的な事実を捉えそこねる運命にあるという意見で一致している.それゆえ,グライスの会話の格率で示されるようなエティック (etic) の格子は言語人類学者に対しては二次的な重要性しかもちえない.


 ここで「エティックの格子」とは,ある言語社会の話者集団が内部で前提・常識としている物事の区切り方,ほどの意味だろうか.キーナンはこのようにグライスを批判した上で,それでもこの分野の研究の第一歩として評価する姿勢も示している.上記に続く箇所で,次のように述べている (Senft 55) .

そうではあるがキーナンは,グライスの枠組みが人類言語学の研究に対して使用可能である方法の概略を示した.彼女は次のように述べる.

われわれは,どれか1つの格率を取り上げ,それがいつ成り立ち,いつ成り立たないのかを観察して述べることができる.その使用もしくは濫用 (abuse) への動機は,ある社会と他の社会を分けたり,単一社会の中の社会グループを分けるさまざまな価値と指向性を明らかにするかもしれない.

キーナンはグライスの提案を,「観察を統合し,会話の一般的な原則に関連するより強い仮説を提案したいと考えるエスノグラフィー研究者に対する出発点」を提供するとして評価する (Keenan 1976: 79) .


 キーナンの洞察は,同一言語の異なる時代の変種を比較する際にもいえるだろう.例えば,現代英語で当然視されている会話の原理が,おそらくそのまま古英語に当てはまるわけではない,ということだ.関連して「#1646. 発話行為の比較文化」 ([2013-10-29-1]),「#3208. ポライトネスが稀薄だった古英語」 ([2018-02-07-1]),「#4711. アングロサクソン人は謝らなかった!?」 ([2022-03-21-1]) などを参照.

 ・ Senft, Gunter (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳) 『語用論の基礎を理解する 改訂版』 開拓社,2022年.
 ・ Keenan (Ochs), Elinor. "The Universality of Conversational Postulates." Language in Society 5 (1976): 67--80.

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2023-02-11 Sat

#5038. 語用論の学際性 [pragmatics][linguistics][sociolinguistics][philosophy_of_language][psycholinguistics][ethnography_of_speaking][anthropology][politics][history_of_linguistics][methodology][toc]

 「#5036. 語用論の3つの柱 --- 『語用論の基礎を理解する 改訂版』より」 ([2023-02-09-1]) で紹介した Gunter Senft (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳)『語用論の基礎を理解する 改訂版』(開拓社,2022年)の序章では,語用論 (pragmatics) が学際的な分野であることが強調されている (4--5) .

 このことは,語用論が「社会言語学や何々言語学」だけでなく,言語学のその他の伝統的な下位分野にとって,ヤン=オラ・オーストマン (Jan-Ola Östman) (1988: 28) が言うところの,「包括的な」機能を果たしていることを暗に意味する.Mey (1994: 3268) が述べているように,「語用論の研究課題はもっぱら意味論,統語論,音韻論の分野に限定されるというわけではない.語用論は…厳密に境界が区切られている研究領域というよりは,互いに関係する問題の集まりを定義する」.語用論は,彼らの状況,行動,文化,社会,政治の文脈に埋め込まれた言語使用者の視点から,特定の研究課題や関心に応じて様々な種類の方法論や学際的なアプローチを使い,言語とその有意味な使用について研究する学問である.
 学際性の問題により我々は,1970年代が言語学において「語用論的転回」がなされた10年間であったという主張に戻ることになる.〔中略〕この学問分野の核となる諸領域を考えてみると,言語語用論は哲学,心理学,動物行動学,エスノグラフィー,社会学,政治学などの他の学問分野と関連を持つとともにそれらの学問分野にその先駆的形態があることに気づく.
 本書では,語用論が言語学の中における本質的に学際的な分野であるだけでなく,社会的行動への基本的な関心を共有する人文科学の中にあるかなり広範囲の様々な分野を結びつけ,それらと相互に影響し合う「分野横断的な学問」であることが示されるであろう.この関心が「語用論の根幹は社会的行動としての言語の記述である」 (Clift et al. 2009: 509) という確信を基礎とした本書のライトモチーフの1つを構成する.


 6つの隣接分野の名前が繰り返し挙げられているが,実際のところ各分野が本書の章立てに反映されている.

 ・ 第1章 語用論と哲学 --- われわれは言語を使用するとき,何を行い,実際に何を意味するのか(言語行為論と会話の含みの理論) ---
 ・ 第2章 語用論と心理学 --- 直示指示とジェスチャー ---
 ・ 第3章 語用論と人間行動学 --- コミュニケーション行動の生物学的基盤 ---
 ・ 第4章 語用論とエスノグラフィー --- 言語,文化,認知のインターフェース ---
 ・ 第5章 語用論と社会学 --- 日常における社会的相互行為 ---
 ・ 第6章 語用論と政治 --- 言語,社会階級,人種と教育,言語イデオロギー ---

 言語学的語用論をもっと狭く捉える学派もあるが,著者 Senft が目指すその射程は目が回ってしまうほどに広い.

 ・ Senft, Gunter (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳) 『語用論の基礎を理解する 改訂版』 開拓社,2022年.

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