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dialect_levelling - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2025-06-06 08:58

2021-06-29 Tue

#4446. 低地諸語が英語に及ぼした語彙以外の影響 --- 南部方言の TH-stopping と東中部方言の3単現のゼロ [th][phonetics][dutch][flemish][low_german][contact][me_dialect][dialect_levelling][3sp][aave]

 オランダ語を中心とする低地諸語の英語への影響について,連日「#4444. オランダ借用語の絶頂期は15世紀」 ([2021-06-27-1]) と「#4445. なぜ英語史において低地諸語からの影響が過小評価されてきたのか?」 ([2021-06-28-1]) で取り上げてきた.今回は語彙以外への影響について Hendriks の指摘している2点を取り上げよう.
 まず1点目は,中英語期,Flemish 話者の影響により,英語の歯摩擦音 [ð] が,対応する閉鎖音 [d] に置き換えられたのではないかという説について.この説の出所である Samuels を参照した Hendriks (1668) によれば,中英語の Kent, East Sussex, East Surrey の方言より,"the" が de として,thickdykke として,"this" が dis として文証されるという.Samuels の報告によれば,この "TH-stopping" は上記の地域で15世紀初頭までに起こっており,現在でも指示詞に限られるものの,その効果が残っているという.
 2点目は,Trudgill の研究で知られるようになった East Midland 方言における3単現のゼロである (cf. 「#2310. 3単現のゼロ」 ([2015-08-24-1])).Trudgill は,この地域で英語と低地諸語が言語接触し,動詞屈折が多様化・複雑化しすぎた結果,最終的に水平化する方向で解決をみた,という議論により現在の3単現のゼロを説明しようとしている.Hendriks (1668) の説明により,この議論のニュアンスをもう少し丁寧に追ってみよう.

In an article first published in 1997, Trudgill (2002) seeks to understand why the present-tense, third person singular verb forms lack -s in the East Anglian dialects. Surviving evidence suggests that from the 11th to the 15th century, Est Anglian dialects had the original -th form, but by 1700, the zero form had become a typical feature of these dialects. Noting a number of zero forms in the early 17th letters of Katherine Paston, he situates the emergence of the zero forms in the 16th century. This time-frame corresponds to massive migration into East Anglia from the Low countries and France as a result of the Dutch Revolt in the southern Netherlands and civil wars in France. Trudgill concludes that the zero from is due to contact at a time when the East Anglian system itself was in flux and this is the key to his argument. There is evidence of variation between the native southern -th forms and the northern -s forms at the same time that this region experience[d] a massive influx of immigrants who would have found the typologically highly marked third person singular verb forms difficult to acquire. In this situation of dialect contact, Trudgill (2002: 185) asserts, "natural forms tend to win out over non-natural ones".


 特に後者の「3単現のゼロ」問題は aave の起源論においても鍵となるトピックであり,英語史上きわめて重要な論題である.

 ・ Hendriks, Jennifer. "English in Contact: German and Dutch." Chapter 105 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1659--70.
 ・ Samuels, Michael L. "Kent and the Low countries: Some Linguistic Evidence." Edinburgh Studies in English and Scots. Ed. A. J. Aitken, Angus McIntosh, and Hermann Pálsson. London: Longman, 1971. 3--19.
 ・ Trudgill, Peter. "Third-Person Singular Zero: African-American English, Anglian Dialects and Spanish Persecution in the Low Countries." East Anglian English. Ed. Jacek Fisiak and Peter Trudgill. Cambridge: D. S. Brewer, 2002. 179--86.

Referrer (Inside): [2024-11-09-1]

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2021-06-23 Wed

#4440. 14世紀から18世紀まで,方言混合と標準化の長い時代 [standardisation][dialect_contact][dialect_mixture][dialect_levelling][emode]

 英語の歴史では,英語の標準化は長期間にわたりゆっくりと進行したことが知られている.長い標準化の過程の始まりと終わりをどこに置くか,ピンポイントで指摘することは難しいが,14世紀後半の Chaucer の時代に萌芽がみられ,18世紀の規範主義の時代におよそ成し遂げられたとしておこう.
 標準化とは,言語形式の観点からいえば,多様性が減るということである.綴字でいえば,同一の単語に対して複数の綴り方があるよりも唯一の綴り方があるほうが,より標準的ということだ.14世紀後半から18世紀まで英語が標準化の途上にあったということは,すなわちその時期には多かれ少なかれ形式上の多様性があったということである.
 Trudgill (2047--48) が,英語の標準化の途上にみられた言語的多様性について,数名の著名な研究者より次のような発言を次々と引用している.

 ・ "the precise regional dialect constituents of London English were not finally fixed in their present proportion and distribution during the 15th century, nor indeed for some time after the beginning of the following century" (Wyld)
 ・ "in London circles during the 16 c and 17 c many different usages [...] were jostled together" (Strang)
 ・ "the modern standard has a heterogeneous dialect base" (Lass)
 ・ "coexisting subsystems" (Samuels)
 ・ "rival pronunciations" (Wells)
 ・ "it is tempting to ask what dialects were not present in this Londonish-East Midlandish-Northernish-Southernish 'single ancestor' of Standard English" (Hope)

 では,この多様性は何に由来するのか.様々な答え方があるだろうが,Trudgill によれば,方言混合 (dialect_mixture) とのことである.この長期間,イングランド全土からロンドンに多くの人々が移住し続けていた.ロンドンで生まれ育った人はむしろ少数派であり,言語について言えばロンドンはまさに方言のるつぼだったのである.このような状況下では,方言の混合が常態であり,方言が水平化 (dialect_levelling) するにも時間を要したということだ.
 この長引いた方言混合と標準化は,近現代英語における言語的不規則性と規則性のまだら模様を説明してくれるように思われる.現代英語のある部分が規則的で,別の部分が不規則的なのは,多く上記の事情に起因するといってよいだろう.

 ・ Trudgill, Peter. "Varieties of English: Dialect Contact." Chapter 130 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 2044--59.

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2020-12-30 Wed

#4265. なぜアメリカでは英語が主たる言語として話されているのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][sociolinguistics][history][ame][official_language][history][koine][dialect_levelling][sociolinguistics]

 標題は,問うまでもないと思われるような疑問かもしれませんが,当たり前の事実こそ,その背景を探ることに意味がある,というケースは少なくありません.現在では,英語といえば英国よりも先に米国のことを思い浮かべる人が多いと思いますが,歴史的には米国は後発の英語国です.17世紀初頭にイギリスの植民地としてスタートした,英語を用いる地域としては歴史の浅い国です.
 米国が著しい移民の国であることはよく知られています.アイルランドを含むイギリス諸島からの移民にとどまらず,17世紀後半からはドイツなどヨーロッパ諸国からの移民も多くやってきましたし,19世紀後半からはアジアやアフリカ,そして20世紀には世界中から人々が押し寄せました.世界中の異なる言語を話す人々が,アメリカンドリームを抱いて米国を目指したのです.
 とすると,英語を筆頭としつつも複数の異なる言語が並び立ち,名実ともに多言語国家となる可能性もあったはずです.事実,米国では多言語使用は認められていますし行なわれてもいますが,現実的にいえば,英語が圧倒的に有力な唯一の言語であるといえるでしょう.これはなぜなのでしょうか.歴史的に考えてみましょう.



 様々な言語の話者が次々と米国に移民としてやってきたことは確かですが,最初期に移民文化の下敷きを作ったのは,何といってもイングランド,スコットランド,アイルランドなどイギリス諸島出身の人々,つまり英語話者でした.最初に敷かれた英語インフラが,後々まで影響を及ぼしたということです.まず第一に,この事実が効いています.
 もう1つ,西部開拓に代表されるパイオニア精神に裏付けられた移民たちの移動性・可動性 (mobility) も効いています.社会のなかで広く動く人々というのは,言語を含む文化を平準化する人々でもあります.そのような社会では,各々の土地に固有の言語や方言が発達しにくく,むしろ全体として平板化していきます.もともと多くのシェアをもっていた英語はそのような平板化のマグネットとして機能し,対する他の諸言語は拡散する機会を得られなかったのです.
 さらにいえば,他の諸言語の存在感が薄められつつ英語一辺倒の社会へ収斂していく過程において,英語内部の方言差すら平板化していきました (dialect_levelling) .イギリス英語に比べてアメリカ英語に地域による方言差が少ないのも,移民社会という事情が関与しています.
 この辺りは,歴史社会言語学的にたいへんおもしろい話題です.関心をもった方は,##2784,158,591の記事セットをご覧ください.

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