5月から6月にかけて,あなたの推しの前置詞は何ですか,という問いを方々に尋ねていました.とりとめのない話題ですが,Voicy heldio/helwa,本ブログ,大学の授業などで意外と盛り上がりました.関連するコンテンツへのリンクを時系列順に並べます.
・ helwa 「【英語史の輪 #135】あなたの「推しの前置詞」は何ですか?(無茶振り大会)」(2024年5月21日)
・ helwa 「【英語史の輪 #136】「推し前置詞」回の振り返り」(2024年5月22日)
・ heldio 「#1096. あなたの推し前置詞を教えてください with 小河舜さん&まさにゃん」(2024年5月31日)
・ heldio 「#1097. あなたの推し前置詞を教えてください with khelf 青木輝さん&藤原郁弥さん」(2024年6月1日)
・ hellog 「#5516. あなたの「推し前置詞」は何ですか?」 ([2024-06-03-1])
・ hellog 「#5517. 大学生に尋ねました --- あなたの「推し前置詞」は何ですか?」 ([2024-06-04-1])
・ hellog 「#5574. heldio/helwa でコメントが盛り上がった配信回,ベスト30」 ([2024-07-31-1])
特に最初に挙げた helwa 配信回「【英語史の輪 #135】あなたの「推しの前置詞」は何ですか?(無茶振り大会)」はおおいに盛り上がりました.コメント欄にスレッドが林立し,ほぼ前置詞のみの話題でお祭り騒ぎとなりました.一般には公開されていないスレッドですが,これを垣間見ると helwa の雰囲気やメンバー(「ヘルメイト」 "helmates" と呼んでいます)の気質(?)が分かるのではないかと思い,許可を得て,匿名化するなど多少の編集を加えた上でこちらに掲載することにしました(注:コメンテーターCは堀田です).新しいスレッドが上に掲載される仕様なので,下から読んでいくとよいと思います.
標記について,宇賀治 (274) により,Tajima (1985) を参照して整理した6種の構造が現代英語化した綴字とともに一覧されている.
I 属格目的語+動名詞,例: at the king's crowning (王に王冠を頂かせるとき)
II 目的語+動名詞,例: other penance doing (ほかの告解をすること)
III 動名詞+of+名詞,例: choosing of war (戦いを選択すること)
IV 決定詞+動名詞+of+名詞,例: the burying of his bold knights (彼の勇敢な騎士を埋葬すること)
V 動名詞+目的語,例: saving their lives (彼らの命を助けること)
VI 決定詞+動名詞+目的語,例: the withholding you from it (お前たちをそこから遠ざけること)
目的語が動名詞に対して前置されることもあれば後置されることもあった点,後者の場合には前置詞 of を伴う構造もあった点が興味深い.また,動名詞の主語が属格(後の所有格)をとる場合と通格(後の目的格)をとる場合の両方が混在していたのも注目すべきである.さらに,動名詞句全体が定冠詞 the を取り得たかどうかという問題も,統語論史上の重要なポイントである.
・ Tajima, Matsuji. The Syntactic Development of the Gerund in Middle English. Tokyo: Nan'un-Do, 1985.
・ 宇賀治 正朋 『英語史』 開拓社,2000年.
先日,秋元実治先生(青山学院大学名誉教授)と標記の書籍を参照しつつ対談しました.そして,その様子を一昨日 Voicy heldio で「#1139. イディオムとイディオム化 --- 秋元実治先生との対談 with 小河舜さん」として配信しました.中身の濃い,本編で22分ほどの対談回なっております.ぜひお時間のあるときにお聴きください.
秋元実治(著)『増補 文法化とイディオム化』(ひつじ書房,2014年)については,これまでもいくつかの記事で取り上げてきており,とりわけ「#1975. 文法化研究の発展と拡大 (2)」 ([2014-09-23-1]) で第1章の目次を挙げましたが,今回は今後の参照のためにも本書全体の目次を掲げておきます.近日中に対談の続編を配信する予定です.
改訂版はしがき
はしがき
理論編
第1章 文法化
1.1 序
1.2 文法化とそのメカニズム
1.2.1 語用論的推論 (Pragmatic inferencing)
1.2.2 漂白化 (Bleaching)
1.3 一方向性 (Unidirectionality)
1.3.1 一般化 (Generalization)
1.3.2 脱範疇化 (Decategorialization)
1.3.3 重層化 (Layering)
1.3.4 保持化 (Persistence)
1.3.5 分岐化 (Divergence)
1.3.6 特殊化 (Specialization)
1.3.7 再新化 (Renewal)
1.4 主観化 (Subjectification)
1.5 再分析 (Reanalysis)
1.6 クラインと文法化連鎖 (Grammaticalization chains)
1.7 文法化とアイコン性 (Iconicity)
1.8 文法化と外適応 (Exaptation)
1.9 文法化と「見えざる手」 (Invisible hand) 理論
1.10 文法化と「偏流」 (Drift) 論
第2章 イディオム化
2.1 序
2.2 イディオムとは
2.3 イディオム化
2.4 イディオム化の要因
2.4.1 具体的から抽象的
2.4.2 脱範疇化 (Decategorialization)
2.4.3 再分析 (Reanalysis)
2.4.4 頻度性 (Frequency of occurrence)
2.5 イディオム化,文法化及び語彙化
分析例
第1章 初期近代英語における複合動詞の発達
1.1 序
1.2 先行研究
1.3 データ
1.4 複合動詞のイディオム的特徴
1.4.1 Give
1.4.2 Take
1.5 ジャンル間の比較: The Cely Letters と The Paston Letters
1.6 結論
第2章 後期近代英語における複合動詞
2.1 序
2.2 先行研究
2.3 データ
2.4 構造の特徴
2.5 関係代名詞化
2.6 各動詞の特徴
2.6.1 Do
2.6.2 Give
2.6.3 Have
2.6.4 Make
2.6.5 Take
2.7 複合動詞と文法化
2.8 結論
第3章 Give イディオムの形成
3.1 序
3.2 先行研究
3.3 データ及び give パタンの記述
3.4 本論
3.4.1 文法化とイディオム形成
3.4.2 再分析と意味の漂白化
3.4.3 イディオム化
3.4.4 名詞性
3.4.5 構文と頻度性
3.4 本論
3.4.1 文法化とイディオム形成
3.4.2 再分析と意味の漂白化
3.4.3 イディオム化
3.4.4 名詞性
3.4.5 構文と頻度性
3.5 結論
第4章 2つのタイプの受動構文
4.1 序
4.2 先行研究
4.3 データ
4.4 イディオム化
4.5 結論
第5章 再帰動詞と関連構文
5.1 序
5.2 先行研究
5.3 データ
5.3.1 Content oneself with
5.3.2 Avail oneself of
5.3.3 Devote oneself to
5.3.4 Apply oneself to
5.3.5 Attach oneself to
5.3.6 Address oneself to
5.3.7 Confine oneself to
5.3.8 Concern oneself with/about/in
5.3.9 Take (it) upon oneself to V
5.4 再帰動詞と文法化及びイディオム化
5.5 再起動し,受動化及び複合動詞
5.5.1 Prepare
5.5.2 Interest
5.6 結論
第6章 Far from の文法化,イディオム化
6.1 序
6.2 先行研究
6.3 データ
6.4 文法化とイディオム化
6.4.1 文法化
6.4.2 意味変化と統語変化の関係:イディオム化
6.5 結論
第7章 複合前置詞
7.1 序
7.2 先行研究
7.3 データ
7.4 複合前置詞の発達
7.4.1 Instead of
7.4.2 On account of
7.5 競合関係 (Rivalry)
7.5.1 In comparison of/in comparison with/in comparison to
7.5.2 By virtue of/in virtue of
7.5.3 In spite of/in despite of
7.6 談話機能の発達
7.7 文法化,語彙化,イディオム化
7.8 結論
第8章 動詞派生前置詞
8.1 序
8.2 先行研究
8.3 データ及び分析
8.3.1 Concerning
8.3.2 Considering
8.3.3 Regarding
8.3.4 Relating to
8.3.5 Touching
8.4 動詞派生前置詞と文法化
8.5 結論
第9章 動詞 pray の文法化
9.1 序
9.2 先行研究
9.3 データ
9.4 15世紀
9.5 16世紀
9.6 17世紀
9.7 18世紀
9.8 19世紀
9.9 文法化
9.9.1 挿入詞と文法化
9.9.2 丁寧標識と文法化
9.10 結論
第10章 'I'm afraid' の挿入詞的発達
10.1 序
10.2 先行研究
10.3 データ及びその文法
10.4 文法化---Hopper (1991) を中心に
10.5 結論
第11章 'I dare say' の挿入詞的発達
11.1 序
11.2 先行研究
11.3 データの分析
11.4 文法化と文体
11.5 結論
第12章 句動詞における after と forth の衰退
12.1 序
12.2 For による after の交替
12.2.1 先行研究
12.2.2 動詞句の選択と頻度
12.2.3 After と for の意味・機能の変化
12.3 Forth の衰退
12.3.1 先行研究
12.3.2 Forth と共起する動詞の種類
12.3.3 Out による forth の交替
12.4 結論
第13章 Wanting タイプの動詞間に見られる競合 --- desire, hope, want 及び wish を中心に ---
13.1 序
13.2 先行研究
13.3 昨日変化
13.3.1 Desire
13.3.2 Hope
13.3.3 Want
13.3.4 Wish
13.4 4つの動詞の統語的・意味的特徴
13.4.1 従属節内における法及び時制
13.4.1.1 Desire + that/Ø
13.4.1.2 Hope + that/Ø
13.4.1.3 Wish + that/Ø
13.4.2 Desire, hope, want 及び wish と to 不定詞構造
13.4.3 That の省略
13.5 新しいシステムに至る変化及び再配置
13.6 結論
結論
補章
参考文献
索引
人名索引
事項索引
・ 秋元 実治 『増補 文法化とイディオム化』 ひつじ書房,2014年.
本ブログでは今週はちょっとした前置詞ウィークとなっています.「#947. 現代英語の前置詞一覧」 ([2011-11-30-1]) でみたように,英語の前置詞は実に豊富です.ヘンテコな前置詞,見たことのない前置詞,高頻度だけれども使い方の難しい前置詞など,一覧を眺めているだけで圧倒されます.
今回紹介したいレアな前置詞の1つが pace です.「歩調;ペース」を意味する名詞の pace /peɪs/ ではなく,「~には失礼ながら」 (= with due deference to, by the leave of) を意味する前置詞としての pace です.発音は /ˈpeɪsi, ˈpɑːʧeɪ, ˈpɑːkeɪ/ などとなります.人と意見が異なるときに持論を述べる際に「~さんのお許しをいただきまして」と前置きする表現です.これによって口調が柔らかくなることもあれば,かえって皮肉が効いて辛口になることもあるので,使用には注意が必要です.I do not, pace my rival, hold with the ideas of the reactionists. や The evidence suggests, pace Professor Jones, that the world is becoming warmer. などと挿入的に用いられることが多いようです.
この前置詞はラテン語の pāx (平和,安寧,好意,恩恵,許可)の奪格 pāce を借りたものです.ラテン語では(代)名詞の属格が後続し,pāce tuā (あなたの許可により)などと用いられました.これが英語にもそのまま pace tua として入ってきています.同様に pace tanti viri [or tantorum virorum] 「高名なお方のお許しを得て,僭越ながら」も英語表現として受け入れられています.
OED によると,初出は1863年と英語史上では新しく,以下の5例文が挙げられていました.
1863 Mendelssohn was an artist passionately devoted to his art, who (pâce Dr. Trench) regarded art as virtù. (Fraser's Magazine November 662/1)
1883 Pace the late Sir George Cornewall Lewis, Mr. Scofield is right. (Standard 1 September 2/2)
1911 The colour [of fruit]..is a tacit invitation (pace the gardener) to the feast. (Chambers's Journal November 720/1)
1955 Nor, pace Mr. Smith, was I for one moment defending immorality in the journalist. (Times 7 July 9/6)
1995 I do not believe, pace Peirce and Derrida, that it is signs all the way down, and that, pace Dennett, there is no distinctive human intentionality, and that, pace almost everyone, thinking is fundamentally linguistic. (Computers & Humanities vol. 29 404/1)
この前置詞,皆さんも機会があったら使ってみてください.
昨日の記事「#5516. あなたの「推し前置詞」は何ですか?」 ([2024-06-03-1]) では,変わったお題を取り上げました.そこでも触れたように,先に大学生にも同じ質問を投げかけており,たくさんの興味深い回答が集まってきています.推し前置詞を挙げてもらい,さらになぜそれを推すのかの理由も挙げてもらいました.この回答集を読むのが非常におもしろく,夕べ読みながら時間があっという間に過ぎ去りました.今回は全体の一部にすぎませんが,ざっとまとめてみます.
推し前置詞 | 推しの理由 |
---|---|
about | on + by + out とは知らなかった! |
according to | 2語なのに前置詞! |
across | cross 「十字架」が意味に含まれているとは! |
after | 接続詞としての機能ももつ前置詞の代表選手! |
against | 「~に反して」と「~に寄りかかって」の語義が共存! |
among | between とちょっと違うのが萌える! |
as | 多義すぎる! |
at | 前置詞問題で迷ったら at を選べ!(←本当?) |
bar | 「~を除いて」を意味する前置詞とは知らなかった! |
beyond | 「かなた」で世界が広がっていく壮大さが好き! |
by | 地味だけれど異様に多義(OED では102語義あり)! |
during | 動詞由来とは萌える! |
given | 前置詞らしからぬ存在! |
in | "in 24 hourse" などで「~後」の意味をもつ! |
like | 動詞,名詞,形容詞,接続詞があって前置詞もある! |
of | 超高頻度で,日本語にも「だるいオブだるい」や「アウトオブ眼中」などと取り込まれている猛者! |
on | 意外な用法が多くワクワクする! |
over | 壮大でロマンチック! |
regardelss of | 語源にドラマを感じる! |
regarding | 動詞由来,しかもフォーマル! |
round | 「だいたい」「全体」を意味する! |
under | under construction, under way などは「下」というよりも「中」! |
until | by との使い分け,勘弁してください! |
up | 明確な方向性をもつ前置詞! |
vis-à-vis | face to face で良さそうなのに,あえてこれ! |
with | 付帯状況の with が最高! |
within | 前置詞のみならず副詞もあり.副詞の場合には「内面」を指すことがある! |
without | with の反対語を作るのに,なぜ out が付くくのか不明で萌える! |
先週末,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて,標記の趣旨で2回の配信回を公開しました.「#1096. あなたの推し前置詞を教えてください with 小河舜さん&まさにゃん」と「#1097. あなたの推し前置詞を教えてください with khelf 青木輝さん&藤原郁弥さん」です.英語史を研究する4人に好きな前置詞とその理由を尋ねるという,それだけの回だったのですが,多くのリスナーの皆さんからコメントをいただくとともに,各リスナーからも独自の推し前置詞を挙げていただきました.
実はこの企画そのものはプレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) で先に実施していたものだったのですが,盛り上がったので heldio でも実施してみた次第です.先の企画は5月のサブスクの有料配信回にてお届けしています(【英語史の輪 #135】あなたの「推しの前置詞」は何ですか?(無茶振り大会)」および「【英語史の輪 #136】「推し前置詞」回の振り返り」).
もっといえば,私の大学の授業内でも同じ質問を学生に問いかけており,この1--2週間ほどは「推し前置詞」の話題で私自身が盛り上がっていたのでした.滅多にお目にかからない前置詞もあり,卑近だけれども用法が多いので気になる前置詞もあり,皆さんがそれぞれ思い思いに選んでくれました.
結果として,様々な推し前置詞とその理由が集まってきました.まだまだ収集したいと思いますので,ぜひ本ブログをお読みの皆さんには「#1096. あなたの推し前置詞を教えてください with 小河舜さん&まさにゃん」等のコメント欄でリスナーさんの回答サンプルを読んでいただいた上で,同じそちらのコメント欄に,ご自身の推し前置詞とその理由を書き込んでいただければと思います.
参考までに「#947. 現代英語の前置詞一覧」 ([2011-11-30-1]) を訪問いただければ,英語の前置詞には少なくとも194個ほどがあることが分かると思います.この中から,コレだと思ったものを選び,コメントにお寄せ願います.
英語の姓には,原則として定冠詞 the の付くものがない.また,前置詞 of を含む名前もほとんどない.この点で,他のいくつかのヨーロッパ諸語とは異なった振る舞いを示す.
しかし歴史を振り返ると,中英語期には,職業名などの一般名詞に由来する姓は一般名詞として用いられていた頃からの惰性で定冠詞が付く例も皆無ではなかったし,of などの前置詞付きの名前なども普通にあった.中英語期の姓は,しばしばフランス語の姓の慣用に従ったこともあり,それほど特別な振る舞いを示していたわけでもなかったのだ.
ところが,中英語期の中盤から後半にかけて,地域差もあるようだが,この定冠詞や前置詞が姓から切り落とされるようになってきたという.Fransson (25) の説明を読んでみよう.
Surnames of occupation and nicknames are usually preceded by the definite article, le (masc.) or la (fem.); the two forms are regularly kept apart in the earlier rolls, but in the 15th century they are often confused. Those names in this book that are preceded by the have all been taken from rolls translated into English, and the has been inserted by the editor instead of le or la. The case is that the hardly ever occurs in the manuscripts; cf the following instances, which show the custom in reality: Rose the regratere 1377 (Langland: Piers Plowman 226). Lucia ye Aukereswoman 1275 1.RH 413 (L. la Aukereswomman ib. 426).
Sometimes de occurs instead of le; this is due to an error made either by the scribe or the editor. The case is that de has an extensive use in local surnames, e.g. Thom. de Selby. Other prepositions (in, atte, of etc.) are not so common, especially not in early rolls.
The article, however, is often left out; this is rare in the 12th and 13th centuries, but becomes common in the middle of the 14th century. There is an obvious difference between different parts of England: in the South the article precedes the surname almost regularly during the present period, while in the North it is very often omitted. The final disappearance of le takes place in the latter half of the 14th century; in most counties one rarely finds it after c1375, but in some cases, e.g. in Lancashire, le occurs fairly often as late as c1400. De is often retained some 50 years longer than le: in York it disappears in the early 15th century, in Lancashire it sometimes occurs c1450, while in the South it is regularly dropped at the end of the 14th century.
歴史的な過程は理解できたが,なぜ定冠詞や前置詞が切り落とされることになったのかには触れられていない.検討すべき素朴な疑問が1つ増えた.名前における前置詞については「#2366. なぜ英語人名の順序は「名+姓」なのか」 ([2015-10-19-1]) で少しく触れたことがある.そちらも参照されたい.
・ Fransson, G. Middle English Surnames of Occupation 1100--1350, with an Excursus on Toponymical Surnames. Lund Studies in English 3. Lund: Gleerup, 1935.
昨日の記事「#5307. Birmingham の3つの発音」 ([2023-11-07-1]) の引用した一節にも言及があったように,地名は古くは位格(古英語以降は与格)の形を取ることが多かった.同様に前置詞を伴って生起することも,やはり多かった.これは考えてみれば自然のことである.すると,与格語尾や前置詞が,そのまま地名本体の一部に取り込まれてしまう例も出てくる.さらに,この形成過程が半ば忘れ去られると,異分析 (metanalysis) が生じることにもなる.そのような産物が,現代の地名に残っている.
Clark (476--77) によると,例えば Attercliffe は古英語 *æt þǣm clife (DB Atecliue) "beside the escarpment" に由来し,Byfleet は古英語 bī flēote "by a stream" に,Bygrave は後期古英語 bī grafan "beside the diggings" にそれぞれ由来する.
現代の定冠詞 the に相当する決定詞の一部が地名に取り込まれてしまう例もある.例えば Thurleigh は古英語 (æt) þǣre lēage "at the lye" に遡る.Noke は中英語 atten oke に,それ自体は古英語 *(æt) þǣm ācum "at the oak-trees" に遡るというから,語頭の n は決定詞の屈折語尾の(変形した)一部を伝えているといえる.Rye や Rea も同様で,古英語 (æt) þǣre īege/ēa "at the water" からの異分析による発達を表わす.
もう1つ興味深いのは Scarborough, Edinburgh, Canterbury などに見られる borough 「市」の異形態だ.古英語の主格・対格 -burg に由来するものは -borough/-burgh となるが,与格 -byrig に由来するものは -bury となる.
複数形についても同様の揺れが見られ,Hastings の -s は複数主格・対格形に遡るが,Barking, Reading などは複数与格形に遡るという(古英語の複数与格形は -um だが,これが段階的に弱化して消失した).
以上,前置詞,決定詞,格形との複雑な絡み合いが,地名の形態を複雑で豊かなものにしてきたことが分かるだろう.
・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.
こちらの本は6月に開拓社より出版された『近代英語における文法的・構文的変化』です.6名の研究者の各々が,15--20世紀の各世紀の英文法およびその変化について執筆されています.
本書については本ブログや Voicy heldio で何度かご紹介してきましたが,今回は,第6章「20世紀の文法的・構文的変化」を執筆された川端朋広先生(愛知大学)との heldio 対談をご案内します.「#824. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 川端朋広先生との対談 (1)」と題し,40分超でじっくりお話しをうかがっています.
2023年の現在,20世紀の英語は正確にいえば「過去の英語」となりますが,事実上は私たちが日常的に触れている英語と同じものと考えられます.しかし,100年余の時間を考えれば,当然ながら細かな言語変化はたくさん起こってきたはずです.1901年と2023年の英語とでは,お互いに通じないことはないにせよ,やはり微妙なズレはあるはずです.現代英語の文法にも確かに変化が生じてきたのです.
英語史ときくと,古英語や中英語のような古文を研究する分野という印象があるかもしれませんが,直近数十年に生じた英語の変化を追うのも立派な英語史研究の一部です.今回の川端先生のお話しからも,言語変化のダイナミックさと複雑さが伝わるのではないでしょうか.
本書についてご関心をもった方は,ぜひ以下のコンテンツも訪問していただければと思います.
・ YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」より「#137. 辞書も規範文法も18世紀の産業革命富豪が背景に---故山本史歩子さん(英語・英語史研究者)に捧ぐ---」
・ hellog 「#5166. 秋元実治(編)『近代英語における文法的・構文的変化』(開拓社,2023年)」 ([2023-06-19-1])
・ hellog 「#5167. なぜ18世紀に規範文法が流行ったのですか?」 ([2023-06-20-1])
・ hellog 「#5182. 大補文推移の反対?」 ([2023-07-05-1])
・ hellog 「#5186. Voicy heldio に秋元実治先生が登場 --- 新刊『近代英語における文法的・構文的変化』についてお話しをうかがいました」 ([2023-07-09-1])
・ hellog 「#5208. 田辺春美先生と17世紀の英文法について対談しました」 ([2023-07-31-1])
・ hellog 「#5224. 中山匡美先生と19世紀の英文法について対談しました」 ([2023-08-16-1])
・ hellog 「#5235. 片見彰夫先生と15世紀の英文法について対談しました」 ([2023-08-27-1])
・ heldio 「#769. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 秋元実治先生との対談」
・ heldio 「#772. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 16世紀の英語をめぐる福元広二先生との対談」
・ heldio 「#790. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 田辺春美先生との対談」
・ heldio 「#806. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 中山匡美先生との対談」
・ heldio 「#817. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 片見彰夫先生との対談」
・ 秋元 実治(編),片見 彰夫・福元 広二・田辺 春美・山本 史歩子・中山 匡美・川端 朋広・秋元 実治(著) 『近代英語における文法的・構文的変化』 開拓社,2023年.
6月に開拓社より出版された『近代英語における文法的・構文的変化』について,すでに何度かご紹介してきました.6名の研究者の各々が,15--20世紀の各世紀の英文法およびその変化について執筆するというユニークな構成の本です.
本書の第1章「15世紀の文法的・構文的変化」の執筆を担当された片見彰夫先生(青山学院大学)と,Voicy heldio での対談が実現しました.えっ,15世紀というのは伝統的な英語史の時代区分では中英語期の最後の世紀に当たるのでは,と思った方は鋭いです.確かにその通りなのですが,対談を聴いていただければ,15世紀を近代英語の枠組みで捉えることが必ずしも無理なことではないと分かるはずです.まずは「#817. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 片見彰夫先生との対談」をお聴きください(40分超の音声配信です).
私自身も,片見先生と対談するまでは,15世紀の英語はあくまで Chaucer に代表される14世紀の英語の続きにすぎないという程度の認識でいたところがあったのですが,思い違いだったようです.近代英語期への入り口として,英語史上,ユニークで重要な時期であることが分かってきました.皆さんも15世紀の英語に関心を寄せてみませんか.最初に手に取るべきは,対談の最後にもあったように,Thomas Malory による Le Morte Darthur 『アーサー王の死』ですね(Arthur 王伝説の集大成).
時代区分の話題については,本ブログでも periodisation のタグのついた多くの記事で取り上げていますので,ぜひお読み下さい.
さて,今回ご案内した『近代英語における文法的・構文的変化』については,これまで YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」,hellog, heldio などの各メディアで紹介してきました.以下よりご参照ください.
・ YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」より「#137. 辞書も規範文法も18世紀の産業革命富豪が背景に---故山本史歩子さん(英語・英語史研究者)に捧ぐ---」
・ hellog 「#5166. 秋元実治(編)『近代英語における文法的・構文的変化』(開拓社,2023年)」 ([2023-06-19-1])
・ hellog 「#5167. なぜ18世紀に規範文法が流行ったのですか?」 ([2023-06-20-1])
・ hellog 「#5182. 大補文推移の反対?」 ([2023-07-05-1])
・ hellog 「#5186. Voicy heldio に秋元実治先生が登場 --- 新刊『近代英語における文法的・構文的変化』についてお話しをうかがいました」 ([2023-07-09-1])
・ hellog 「#5208. 田辺春美先生と17世紀の英文法について対談しました」 ([2023-07-31-1])
・ hellog 「#5224. 中山匡美先生と19世紀の英文法について対談しました」 ([2023-08-16-1])
・ heldio 「#769. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 秋元実治先生との対談」
・ heldio 「#772. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 16世紀の英語をめぐる福元広二先生との対談」
・ heldio 「#790. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 田辺春美先生との対談」
・ heldio 「#806. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 中山匡美先生との対談」
・ heldio 「#817. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 片見彰夫先生との対談」
・ 秋元 実治(編),片見 彰夫・福元 広二・田辺 春美・山本 史歩子・中山 匡美・川端 朋広・秋元 実治(著) 『近代英語における文法的・構文的変化』 開拓社,2023年.
この1週間は hellog でも Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」でも前置詞 (preposition) に注目する機会がたまたま多く,途中から「前置詞ウィーク」と呼んで発信していました.前置詞にご関心のある方は,ぜひこの数日間の記事や放送回を振り返っていただければと思います..
今日も同じ流れで,意外性のある前置詞として sans を紹介します.without に相当するフランス語の前置詞でフランス語では sans /sɑ̃/ と発音されますが,英語としては綴字通りに /sænz/ と発音されます.フランス語からそのまま取り入れた慣用表現の前置詞句は,例えば sans doute 「疑いもなく」 /sɑ̃ duːt/ のように,フランス語風に発音されますが,そうでない場合には英語化した /sænz/ で発音されます.英語の文脈では,たいてい古風,あるいは冗談めかした connotation で用いられます.例文を挙げてみましょう.
・ Sans teeth, sans eyes, sans taste, sans everything. 「(老いぼれて)歯もなく,目もなく,味もなければ何もなし」(Shakespeare, As You Like It II. vii)
・ a wallet sans cash
・ There were no potatoes so we had fish and chips sans the chips.
・ He came to the door sans shirt.
・ She went to the party sans her husband.
・ She would not be happy with people seeing her sans makeup.
・ He was wearing running shoes, sans socks.
こうしてみると,なかなか使ってみたくなる前置詞ですね.
OED の sans, prep. によると,英語での初出は初期近代英語の Kyng Alisaunder です.
c1300 K. Alis. 134 Of gold he made a table Al ful of steorren, saun fable.
ただし,Shakespeare 以前の用法はいずれも目的語としてフランス単語を伴っており,いわばフランス語の慣用表現をそのまま英語に取り込んだもののようです (ex. sans delay, sans doubt, sans fable, sans pity, sans return).英語において生産的な前置詞として発達したのは,かの言葉遊びの天才がユーモアを交えて再導入したからといってよさそうです.
昨日の記事「#5063. 前置詞は名詞句以外の補文を取れるし「後置詞」にすらなり得る」 ([2023-03-08-1]) で取り上げた前置詞 notwithstanding 「~にもかかわらず」について,もう少し掘り下げてみたい.前置詞 (preposition) でありながら目的語の後に置かれることもあるという変わり種だ.notwithstanding + NP と NP + notwithstanding の例文を各々挙げてみよう.
・ Notwithstanding some members' objections, I think we must go ahead with the plan.
・ Notwithstanding his love of luxury, his house was simple inside.
・ They started notwithstanding the bad weather.
・ His relations with colleagues, differences of opinion notwithstanding, were unfailingly friendly.
・ Injuries notwithstanding, he won the semi-final match.
・ She is an intolerable person, her excellent work notwithstanding.
意味としては,in spite of や despite が積極的で強めの反対を含意するのに対し,notwithstanding は障害があることを暗示する程度で弱い.また,格式張った響きをもつ.
副詞として Notwithstanding, the problem is a significant one. のように単体で用いられるほか,接続詞として I went notwithstanding (that) he told me not to. のような使い方もある.
OED によると,この単語は1400年頃に初出し,アングロノルマン語や古フランス語の non obstant,あるいは古典時代以降のラテン語の non obstante のなぞりとされる.要するに,現在分詞の独立分詞構文として「○○が障害となるわけではなく」ほどを意味した慣用表現が,文法化 (grammaticalisation) し前置詞として独り立ちしたという経緯である.この前置詞の目的語は,由来としてはもとの分詞構文の主語に相当するために,前に置かれることもあるというわけだ.
前置詞のほか,副詞,接続詞としての用法も当初から現われている.いくつか例を挙げてみよう.
・ c1400 Bk. to Mother (Bodl.) 113 (MED) And ȝut notwiþstondinge al þis..religiouse men and wommen trauelen..to make hem semliche to cursed proude folk.
・ 1490 W. Caxton tr. Eneydos vi. 23 This notwystondyng, alwaye they be in awayte.
・ c1425 J. Lydgate Troyyes Bk. (Augustus A.iv) iv. 5474 Not-wiþstondynge þat he trouþe ment, ȝit for a worde he to exile went.
・ ?a1425 tr. Catherine of Siena Orcherd of Syon (Harl.) (1966) 22 (MED) Which synne worþily askide and disceruede a peyne þat schulde haue noon eende, notwiþstondynge þe deede of synne had eende.
・ 1425 Rolls of Parl. IV. 274/1 Which proves notwithstondyng, yat hie and myghti Prince my Lord of Glouc'..and your oyer Lordes..will not take upon hem declaration for my said place.
なお,問題の前置詞のもととなる動詞 withstand の接頭辞 with は,現在普通の「~といっしょに」の意味ではなく,古い「~に対抗して」ほどの意味を表わしている.
昨日の記事「#5062. 前置詞の伝統的な定義」によれば,前置詞 (preposition) は名詞あるいは代名詞を支配するものとされる.より正確には,名詞句 (noun phrase) を支配するといっておくのがよいだろうか.しかし,実際には典型的な前置詞とみられる語の後ろに,一見したところ名詞句ではない別のものが続くケースも少なくない.例えば,Huddleston and Pullum (599) より4つの例を挙げよう.
i The magician emerged [from behind the curtain]. [PP]
ii I didn't know about it [until recently]. [AdvP]
iii We can't agree [on whether we should call in the police]. [interrogative clause]
iv They took me [for dead]. [AdjP]
それぞれ前置詞の後に,別の前置詞句,副詞句, 疑問節,形容詞句が続いている例となっているが,このような例は珍しくない.ただし,前置詞が一般にこれらの異なる補文を取り得るというわけではない.前置詞ごとに,どのような補文を取れるかが決まっている,ということである.例えば until は副詞句を支配することができるが,疑問節は支配できない.逆に on は副詞句を支配できないが,疑問節は取れる.ちょうど個々の動詞によって支配できる補文のタイプが決まっているのと同じことである.
また,伝統的な定義によれば,前置詞は補文の前に置かれるものである(だからこそ「前置」詞と呼ばれる).しかし,一部の前置詞については補文の後に置かれることがあり,その限りにおいては「後置」詞とすら呼べるのである.Huddleston and Pullum (631) より,notwithstanding と apart/aside (from) が異なる語順で用いられている例文を挙げよう.
i a. [Notwithstanding these objections,] they passed ahead with their proposal.
i b. [These objections notwithstanding,] they passed ahead with their proposal.
ii a. [Apart/Aside from this,] he performed very creditably.
ii b. [This apart/aside,] he performed very creditably.
前置詞を議論する場合には,今回挙げたような,らしくない振る舞いをする前置詞(の用法)にも注意する必要がある.関連して heldio 「#133. 前置詞ならぬ後置詞の存在」も参照.
・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum, eds. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.
一昨日に公開された YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新回は「#107. 英語に前置詞はなぜこんなに多いのか?」です.現代英語には前置詞が194種類もあるのですが,古英語では30種類ほどでした.英語の歴史に何が起こり,前置詞がここまで増えてしまったのでしょうか.12分ほどの動画です.どうぞご視聴ください.
今回の動画と関連して,以下の関連する hellog 記事や heldio 放送もご参照ください.
・ hellog 「#30. 古英語の前置詞と格」 ([2009-05-28-1])
・ hellog 「#947. 現代英語の前置詞一覧」 ([2011-11-30-1])
・ hellog 「#1201. 後期中英語から初期近代英語にかけての前置詞の爆発」 ([2012-08-10-1])
・ hellog 「#4190. 借用要素を含む前置詞は少なくない」 ([2020-10-16-1])
・ heldio 「#133. 前置詞ならぬ後置詞の存在」
・ heldio 「#260. 英語史を通じて前置詞はどんどん増えてきた」
・ heldio 「#343. 前置詞とは何?なぜこんなにいろいろあるの?」
・ heldio 「#374. ラテン語から借用された前置詞 per, plus, via」
そもそも前置詞 (preposition) とは何なのでしょうか.現代英語の前置詞の伝統的な定義・解説を Huddleston and Pullum (598) より引用しましょう.
The general definition of a preposition in traditional grammar is that it is a word that governs, and normally precedes, a noun or pronoun and which expresses the latter's relation to another word. 'Govern' here indicates that the preposition determines the case of the noun or pronoun (in some languages, certain prepositions govern an accusative, others a dative, and so on). In English, those pronouns that have different (non-genitive) case forms almost invariably appear in the accusative after prepositions, so the issue of case government is of less importance, and many definitions omit it.
ただし,この伝統的な定義よりも広く前置詞をとらえる立場もあり,前置詞とは何かという問いは思いのほか容易ではありません.194種類あるとはいえ,あくまで小さな語類ではありますが,なかなか奥の深い品詞です.
・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum, eds. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.
英語には,動詞 (verb) と小辞 (particle) の組み合わせからなる句動詞 (phrasal_verb) が数多く存在している.とりわけ口語で頻出し,慣習的・比喩的な意味をもつものも多い.さらに統語構造上も多様な型を取り得るため,しばしば英語学習の障壁となる.
例えば run と up を組み合わせた表現を考えてみよう.統語的には4つのパターンに区分される.
(1) A girl ran up. 「ある少女が駆け寄ってきた」
ran up が全体として1つの自動詞に相当する.
(2) The spider ran up the wall. 「そのクモは壁を登っていった」
自動詞 ran と前置詞句 up the wall の組み合わせである.
(3) The soldier ran up a flag. 「その兵士は旗を掲げた」
ran up の組み合わせにより1つの他動詞に相当し,目的語を取る.この場合,小辞 up と名詞句の目的語 a flag の位置はリバーシブルで,The soldier ran a flag up. の語順も可能.ただし,目的語が it のような代名詞の場合には,むしろ The soldier ran it up. の語順のみが許容される.
(4) Would you mind running me up the road? 「道路の先まで車に乗せていっていただけませんか」
他動詞 run と前置詞句 up the road の組み合わせである.
run と up の組み合わせのみに限定しても,このように4つの型が認められる.他の動詞と他の小辞の組み合わせの全体を考慮すれば,型としては8つの型があり,きわめて複雑となる.
・ Cowie, A. P. and R Mackin, comps. Oxford Dictionary of Phrasal Verbs. Oxford: OUP, 1993.
昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて,まさにゃんと対談した.「#557. まさにゃん対談:supply A with B の with って要りますか? --- 『ジーニアス英和辞典』新旧版の比較」と題して,supply や provide などの動詞が give と同じように SVOO,すなわち2重目的語構文を作る動詞 (ditransitive_verb) になりつつあるという統語変化について,辞書の新旧版を比較しながら歓談した.
この放送と関連して,現代英語で2重目的語を取る動詞,および取れそうで取れない動詞(前置詞を用いる必要のある動詞など)を整理してみたい.ただし,網羅的な一覧を作ることを目指すわけではなく,Huddleston and Pullum (309) の分類と事例を引用するにすぎない.
まず補文に2つの項を取る give タイプの動詞を,構文ごとに5種類に分類する.
Oi + Od | Od + NON-CORE COMP | |
i a. I gave her the key. | b. I gave the key to her. | [Oi or to] |
ii a. *I explained her the problem. | b. I explained the problem to her. | [to only] |
iii a. I bought her a hat. | b. I bought a hat for her. | [Oi or for] |
iv a. *I borrowed her the money. | b. I borrowed the money for her. | [for only] |
v a. I spared her the trouble. | b. *I spared the trouble to/for her. | [Oi only] |
pay, provide, serve, tell; bring, deny, give, grant, hand, leave, lend, offer, owe, promise, read, send, show, teach, throw; do, find, make, order, reserve, save, spare; ask, envy, excuse, forgive; allow, charge, fine, refuse, wish
・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum, eds. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
昨日の記事「#4837. worth, (un)like, due, near は前置詞ぽい形容詞」 ([2022-07-25-1]) に引き続き,worth の品詞分類の問題について.Huddleston and Pullum (607) によると,まず worth が例外的な形容詞であるとの記述が見える.
As an adjective, . . . worth is highly exceptional. Most importantly for present purposes, it licenses an NP complement, as in The paintings are [worth thousands of dollars]. In this respect, it is like a preposition, but overall the case for analysing it as an adjective is strong.
では,Huddleston and Pullum は何をもって worth がより形容詞的だと結論づけているのだろうか.まず,機能的な特性として2点を指摘している.1つは,典型的な形容詞らしく become の補語になれるということ.もう1つは,(分詞構文的に)述語として機能できるということである.それぞれ以下の2つの例文によって示される,前置詞ではあり得ない芸当ということだ.
・ What might have been a $200 first edition suddenly became [worth perhaps 10 times that amount].
・ [Worth over a million dollars,] the jewels were kept under surveillance by a veritable army of security guards.
一方,比較変化および修飾という観点からみると,worth は形容詞らしくない.It was more worth the effort than I'd expected it to be. のような比較級の文は可能ではあるが,worth それ自体の意味について比較しているのかどうかについては議論がある.同様に,It was very much worth the effort. のように worth が強調されているかのような文はあり得るが,この強調は本当に worth の程度を強調しているのだろうか,議論があり得る.
もう1つ,精妙な統語論的な分析がある.worth が前置詞であれば関係代名詞の前に添えることができるが,形容詞であれば難しいと予想される.そして,その予想は当たっているのだ.
・ This was far less than the amount [which she thought the land was now worth].
・ *This was far less than the amount [worth which she thought the land was now].
上記を検討した上で総合的に評するならば,worth は典型的な形容詞とはいえず,前置詞的な特徴を持つものの,それでもどちらかといえば形容詞だ,ということになりそうだ.奥歯に物が挟まった言い方であることは承知しつつ.
・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum, eds. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.
先日 khelf(慶應英語史フォーラム)内で,worth は形容詞か前置詞かという問題が議論された.歴史的には古英語の形容詞・名詞 w(e)orþ に遡ることが分かっているが,現代英語の worth を共時的に分析するならば,どちらの分析も可能である.
まず,「価値がある」という明確な語彙的な意味をもち,「価値」の意味をもつ対応する名詞もあることから,形容詞とみるのが妥当という意見がある.一方,後ろに原則として補語(目的語)を要求する点で前置詞のような振る舞いを示すことも確かだ.実際に,いくつかの英和辞書を参照すると,形容詞と取っているものもあれば,前置詞とするものもある.
一般に英語学では,このような問題を検討するのに prototype のアプローチを取る.典型的な形容詞,および典型的な前置詞に観察される言語学的諸特徴をあらかじめリストアップしておき,問題の語,今回の場合であれば worth について,どちらの品詞の特徴を多く有するかによって,より形容詞的であるとか,より前置詞的であるといった判断をくだすのである.
この分析自体がなかなかおもしろいのだが,当面は worth を,後ろに補語を要求するという例外的な特徴をもつ「異質な」形容詞とみておこう.Huddleston and Pullum (546--47) によれば,似たような異質な形容詞の仲間として (un)like と due がある.以下の例文で,角括弧に括った部分が,それぞれ補語を伴った形容詞句として分析される.
・ The book turned out to be [worth seventy dollars].
・ Jill is [very like her brother].
・ You are now [due $750]. / $750 is now [due you].
さらにこのリストに near も加えることができるだろう.
関連して「#947. 現代英語の前置詞一覧」 ([2011-11-30-1]),「#4436. 形容詞のプロトタイプ」 ([2021-06-19-1]),「#209. near の正体」 ([2009-11-22-1]) を参照.
品詞分類を巡る英語の問題としては,形容詞と副詞の区分を巡る議論も有名だ.これについては「#981. 副詞と形容詞の近似」 ([2012-01-03-1]),「#995. The rose smells sweet. と The rose smells sweetly.」 ([2012-01-17-1]),「#1354. 形容詞と副詞の接触点」 ([2013-01-10-1]),「#2441. 副詞と形容詞の近似 (2) --- 中英語でも困る問題」 ([2016-01-02-1]) などを参照.
・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum, eds. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.
昨日の記事「#4764. 慣用的な懸垂分詞の起源と種類」 ([2022-05-13-1]) に続き,懸垂分詞の起源について.
この構文を Jespersen (407) は "dangling participle" や "loose participle" と呼び,数ページにわたって議論している.とりわけ pp. 409--10 では,"perfectly established" したものとして allowing for, talking of, speaking of, judging by, judging from, saving, begging your pardon, strictly speaking, generally speaking, counting, taking, considering の例が挙げられている.
pp. 410--11 では,さらに慣習化して前置詞に近くなったものがあるとして,中英語以降からの豊富な例文とともに挙げられている.今後の考察のためにも,ここに引用しておきたい.
22.29. A loose participle sometimes approaches the value of a preposition. This use is with possibly doubtful justice ascribed to French influence by Ross, The Absolute Participle, 30. Examples: Ch B 4161 as touching daun Catoun | More U 64 Now as touchyng this question . . . But as concernyng this matter . . . | Caxton R 11 touchyng this complaint | Hawthorne S 247 I am utterly bewildered as touching the purport of your words | Caxton R 54 alle were there sauyng reynard | Gay BP 40 . . . a Jew; and bating their religion, to women they are a good sort of people | Hawthorne Sn 51 barring the casualties to which such a complicated piece of mechanism is liable | Quincey 116 one may bevouack decently, barring rain and wind, up to the end of October | Scott I 31 incapable of being removed, excepting by the use of the file | Di Do 239 Edith, saving for a curl of her lip, was motionless | Dreiser F 292 what chance would he have, presuming her faithfulness itself | Defoe R 2.190 his discourse was prettily deliver'd, considering his youth | Hope D 77 Considering his age, your conduct is scandalous | Thack N 5 there may be nothing new under and including the sun.
Cf. also regarding, respecting (e.g. Ruskin S 1.291) | according to (Caxton R 57, etc.) | owing to | granting (Stevenson JHF 103 even granting some impediments, why was this gentleman to be received by me in secret?).
Cf. pending, during, notwithstanding 6.34.
On the transition of seeing, granting, supposing, notwithstanding with or without that to use as conjunctions, see ch. XXI; on being see above 6.35.
これによると,慣習化した懸垂分詞はフランス語の対応構文からの影響の結果とみなす説もあるようだが,昨日の記事でもみたとおり古英語にルーツを探ることができる以上,少なくともフランス語からの影響のみに依拠する説明は妥当ではないだろう.
引用の最後の部分にあるように,現代までに完全に前置詞化,あるいは接続詞化したものも数例あるので,judging from 問題を考察するに当たって,そのような事例にも目を配っていく必要がある.
・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 5. Copenhagen: Munksgaard, 1954.
「#4754. 懸垂分詞」 ([2022-05-03-1]) で取り上げたように,judging from のように慣用表現として定着している懸垂分詞 (dangling participle) の例がある.speaking of, strictly speaking, considering, including なども仲間だろう.もともと現在分詞句として始まった表現が,文法化 (grammaticalisation) を経て,機能的に前置詞に近いものへ発展してきたのだろうと考えることができる.
この統語構造について,Visser (§1075) が1セクションを割いている.先駆的表現はすでに古英語にあったとのことだ.
>>
1075 --- Types 'Speaking of daughters, I have seen Miss Dombey' 'This is, strictly speaking, no quibble'
Here follow a number of instances of the use of non-related free -ing adjuncts which have nowadays begun to be generally considered established usage. In this case the adjunct never takes the having + past participle or the being + past participle form. Some of the adjuncts are more or less halfway in their development to prepositions, e.g. 'talking of' = 'apropos of'.
It seems worth while to cite the following Old English passage as being a kind of forerunner of the idiom under discussion: Ælfric, Gen. 13, 10, 'eall se eard . . . wæs mirige mid wætere gemenged swa swa godes neorxna wang and swa swa Egipta land becumendum on Segor' (Auth. V.: as thou comest unto Zoar). A Middle English instance is: c1450 Cov. Myst. p. 387, 'My name is great and marveylous, treuly you telland.'
Visser は同セクションで,近代英語期からの用例を多数引きつつ,16種類の関連表現を列挙している.allowing, begging, considering, counting, excluding, excusing, granting, including, judging, letting alone, reckoning, speaking, supposing, taking, talking, waiving
同セクションには,この問題を掘り下げていくに当たって(必然的に古いものではあるが)有用な参考文献が数多く紹介されているので,その辺りからスタートするのがよさそうだ.
・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.
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