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2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
英語が歴史を通じて多くの言語と接触 (contact) してきたことは,英語史の基本的な知識である.各接触の痕跡は,歴史の途中で消えてしまったものもあるが,現在まで残っているものも多い.痕跡のなかで注目されやすいのは借用語彙だが,文法,発音,書記など語彙以外の部門でも言語接触のインパクトがあり得ることは念頭に置いておきたい.
英語の言語接触の歴史を短く要約するのは至難の業だが,Schneider (334) による厳選8点(時代順に並べられている)が参考になる.
・ continental contacts with Latin, even before the settlement of the British Isles (i.e., roughly between the second and fourth centuries AD);
・ contact with Celts who were the resident population when the Germanic tribes crossed the channel (in the fifth century and thereafter);
・ the impact of Latin through Christianization (beginning in the late sixth and seventh centuries);
・ contact with Scandinavian raiders and later settlers (between the seventh and tenth centuries);
・ the strong exposure to French as the language of political power after 1066;
・ the massive exposure to written Latin during the Renaissance;
・ influences from other European languages beginning in the Early Modern English period; and
・ the impact of colonial contacts and borrowings.
よく選ばれている8点だと思うが,私としてはここに3点ほど付け加えたい.1つは,伝統的な英語史では大きく取り上げられないものの,中英語期以降に長期にわたって継続したオランダ語との接触である.これについては「#4445. なぜ英語史において低地諸語からの影響が過小評価されてきたのか?」 ([2021-06-28-1]) やその関連記事を参照されたい.
2つ目は,上記ではルネサンス期の言語接触としてラテン語(書き言葉)のみが挙げられているが,古典ギリシア語(書き言葉)も考慮したい.ラテン語ほど目立たないのは事実だが,ルネサンス期以降,ギリシア語の英語へのインパクトは大きい.「#516. 直接のギリシア語借用は15世紀から」 ([2010-09-25-1]) および「#4449. ギリシア語の英語語形成へのインパクト」 ([2021-07-02-1]) を参照.
最後に日本語母語話者としてのひいき目であることを認めつつも,主に19世紀後半以降,英語が日本語と意外と濃厚に接触してきた事実を考慮に入れたい.これについては「#126. 7言語による英語への影響の比較」 ([2009-08-31-1]),「#2165. 20世紀後半の借用語ソース」 ([2015-04-01-1]),「#3872. 英語に借用された主な日本語の借用年代」 ([2019-12-03-1]),「#4140. 英語に借用された日本語の「いつ」と「どのくらい」」 ([2020-08-27-1]) を参照.
Schneider の8点に,この3点を加え,私家版の厳選11点の完成!
・ Schneider, Edgar W. "Perspectives on Language Contact." Chapter 13 of English Historical Linguistics: Approaches and Perspectives. Ed. Laurel J. Brinton. Cambridge: CUP, 332--59.
この「hellog~英語史ブログ」の読者の皆さんに,私の最近の英語史活動「hel活」についてお知らせします.本ブログの他にも,様々なメディアで「英語史をお茶の間に」をモットーに英語史の魅力を広める活動をしています.実際には私1人ではなく,特に khelf(= Keio History of the English Language Forum = 慶應英語史フォーラム)のメンバーに協力してもらいながら,英語史に関する情報を発信しています.目下の様々なhel活の取り組みについて,ご案内します.
[ Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 ]
本ブログの姉妹版となる「声の英語史ブログ」です.2021年6月2日より毎朝6時に欠かさず更新しています.ここ2ヶ月ほどは,リスナーさんから寄せられるコメントも盛り上がってきています.本ブログと連動した話題や企画も多いので,ぜひお聴きいただければと思います.今朝の放送回は,リスナーさんからいただいた質問に答える形で「#637. なぜ「アメリカ語」ではないの?」をお届けしています.
[ note 記事 ]
本ブログと平行して,こちらの note でも英語史関連の記事をたまに書いています.昨日公開した記事「heldio の1週間の振り返り(関連過去回リンク付き) 2023年2月26日」では,先週1週間の heldio 放送回について,関連する過去回へのリンクを張りつつ振り返りをしています.リスナーさんからのご協力の賜物です.
[ インスタグラム ]
heldio の最新回と過去回をお知らせするインスタグラム @chariderryu を始めています.主に「ストーリー」にて,放送回へのリンクを張っています.よろしければフォローいただければと.
[ YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」 ]
この YouTube チャンネルは昨日,1周年を迎えました.毎週(水)(日)の午後6時に新作動画を公開しています.昨日公開の最新動画は第105回の「あいまいさを言語学で解剖する」です.ぜひご覧ください.
[ 『英語史新聞』 ]
khelf 発行の『英語史新聞』が第4号までウェブ上で公開されています.khelf メンバーの学生が主体となり,昨年4月1日に創刊号を出しました.その後も3ヶ月に1号というペースで,英語史の魅力を伝えるべく企画,編集,発行されています.
[ 知識共有サービス Mond での回答 ]
こちらのサービスで,たまに英語(史)に関する質問に回答しています.最近回答した3つの質問を新しい順に挙げておきます.
・ さまざまな文字体系の中で,ラテン語のアルファベットが世界標準になった理由とはどういったところにあるのでしょうか?
・ 疑問詞 who が who-whose-whom のような格変化を起こすのに対し,他の疑問詞にそれが起こらないのは何故なのでしょうか.昔はあったりしたのでしょうか.
・ flammable と inflammable はなぜ同じ意味を持つようになったのでしょうか.また,他にもこのような語はありますか?
[ 本の執筆 ]
最新の編著書2冊を新しい順に挙げます..
・ 家入 葉子・堀田 隆一 『文献学と英語史研究』 開拓社,2022年.(こちらのページをご覧ください)
・ 高田 博行・田中 牧郎・堀田 隆一(編著) 『言語の標準化を考える --- 日中英独仏「対照言語史」の試み』 大修館,2022年.(こちらのページをご覧ください)
このように本ブログ以外にも様々にhel活していますので,どうぞよろしくお願いいたします.
昨日の記事「#5052. none は単数扱いか複数扱いか?」 ([2023-02-25-1]) で,none に関する数の一致の歴史的な揺れを覗いた.その際に標題の諺 (proverb) None but the brave deserve(s) the fair. 「勇者以外は美人を得るに値せず」を挙げた.この諺の出所は,17世紀後半の英文学の巨匠 John Dryden (1631--1700) である.詩 Alexander's Feast (1697) に,この表現が現われており,the brave = 「アレクサンダー大王」,the fair = 「アテネの愛人タイース」という構図で用いられている.
Happy, happy, happy pair!
None but the brave
None but the brave
None but the brave deserves the fair!
つまり,「原典」では3単現の -s が見えることから none が単数として扱われていることがわかる.the brave と the fair の各々について指示対象が個人であることが関係しているように思われる.
一方,Dryden の表現を受け継いだ後世の例においては,Speake の諺辞典,CLMET3.0,COHA などでざっと確認した限り,複数扱いが多いようである.19世紀からの例を3点ほど挙げよう.
・ 1813 SOUTHEY Life of Horatio Lord Nelson It is your sex that makes us go forth, and seem to tell us, 'None but the brave deserve the fair';
・ 1829 P. EGAN Boxiana 2nd Ser. II. 354 The tender sex . . . feeling the good old notion that 'none but the brave deserve the fair', were sadly out of temper.
・ 1873 TROLLOPE Phineas Redux II. xiii. All the proverbs were on his side. 'None but the brave deserve the fair,' said his cousin.
諺として一般(論)化したことで,また「the + 形容詞」の慣用からも,the brave や the fair がそれぞれ集合名詞として捉えられるようになったということかもしれない.いずれにせよ none の扱いの揺れを示す,諺の興味深いヴァリエーションである.
・ Speake, Jennifer, ed. The Oxford Dictionary of Proverbs. 6th ed. Oxford: OUP, 2015.
不定人称代名詞 (indefinite_pronoun) の none は「誰も~ない」を意味するが,動詞とは単数にも複数にも一致し得る.None but the brave deserve(s) the fair. 「勇者以外は美人を得るに値せず」の諺では,動詞は3単現の -s を取ることもできるし,ゼロでも可である.規範的には単数扱いすべしと言われることが多いが,実際にはむしろ複数として扱われることが多い (cf. 「#301. 誤用とされる英語の語法 Top 10」 ([2010-02-22-1])) .
none は語源的には no one の約まった形であり one を内包するが,数としてはゼロである.分かち書きされた no one は同義で常に単数扱いだから,none も数の一致に関して同様に振る舞うかと思いきや,そうでもないのが不思議である.
しかし,American Heritage の注によると,none の複数一致は9世紀からみられ,King James Bible, Shakespeare, Dryden, Burke などに連綿と文証されてきた.現代では,どちらの数に一致するかは文法的な問題というよりは文体的な問題といってよさそうだ.
Visser (I, § 86; pp. 75--76) には,古英語から近代英語に至るまでの複数一致と単数一致の各々の例が多く挙げられている.最古のものから Shakespeare 辺りまででいくつか拾い出してみよう.
86---None Plural.
Ælfred, Boeth. xxvii §1, þæt þær nane oðre an ne sæton buton þa weorðestan. | c1200 Trin. Coll. Hom. 31, Ne doð hit none swa ofte se þe hodede. | a1300 Curs. M. 11396, bi-yond þam ar wonnand nan. | 1534 St. Th. More (Wks) 1279 F10, none of them go to hell. | 1557 North, Gueuaia's Diall. Pr. 4, None of these two were as yet feftene yeares olde (OED). | 1588 Shakesp., L.L.L. IV, iii, 126, none offend where all alike do dote. | Idem V, ii, 69, none are so surely caught . . ., as wit turn'd fool. . . .
Singular.
Ælfric, Hom. i, 284, i, Ne nan heora an nis na læsse ðonne eall seo þrynnys. | Ælfred, Boeth. 33. 4, Nan mihtigra ðe nis ne nan ðin gelica. | Charter 41, in: O. E. Texts 448, ȝif þæt ȝesele . . . ðæt ðer ðeara nan ne sie ðe londes weorðe sie. | a1122 O. E. Chron. (Laud Ms) an. 1066, He dyde swa mycel to gode . . . swa nefre nan oðre ne dyde toforen him. | a1175 Cott. Hom. 217, ȝif non of him ne spece, non hine ne lufede (OED). | c1250 Gen. & Ex. 223, Ne was ðor non lik adam. | c1450 St. Cuthbert (Surtees) 4981, Nane of þair bodys . . . Was neuir after sene. | c1489 Caxton, Blanchardyn xxxix, 148, Noon was there, . . . that myghte recomforte her. | 1588 A. King, tr. Canisius' Catch., App., To defende the pure mans cause, quhen thair is nan to take it in hadn by him (OED). | 1592 Shakesp., Venus 970, That every present sorrow seemeth chief, But none is best.
none の音韻,形態,語源,意味などについては以下の記事も参照.
・ 「#1297. does, done の母音」 ([2012-11-14-1])
・ 「#1904. 形容詞の no と副詞の no は異なる語源」 ([2014-07-14-1])
・ 「#2723. 前置詞 on における n の脱落」 ([2016-10-10-1])
・ 「#2697. few と a few の意味の差」 ([2016-09-14-1])
・ 「#3536. one, once, none, nothing の第1音節母音の問題」 ([2019-01-01-1])
・ 「#4227. なぜ否定を表わす語には n- で始まるものが多いのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-11-22-1])
また,数の不一致についても,これまで何度か取り上げてきた.英語史的には singular_they の問題も関与してくる.
・ 「#1144. 現代英語における数の不一致の例」 ([2012-06-14-1])
・ 「#1334. 中英語における名詞と動詞の数の不一致」 ([2012-12-21-1])
・ 「#1355. 20世紀イギリス英語で集合名詞の単数一致は増加したか?」 ([2013-01-11-1])
・ 「#1356. 20世紀イギリス英語での government の数の一致」 ([2013-01-12-1])
・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.
何名かの方から教えていただいたのですが,先週の2月15日の朝日新聞朝刊31面の教育欄に「(外国語の扉)留学経験なし,先輩の電話に聞き耳 上乃久子さん」のインタビュー記事が掲載されていました(聞き手,日高奈緒さん).ニューヨーク・タイムズ東京支局の記者の方の英語学習法が紹介されているのですが,そのなかで語源学習に利用できるリソースとして本ブログ「hellog~英語史ブログ」に言及していただいています.恐縮です,ありがとうございます! *
今は仕事が勉強そのものになってしまっていますが,隙間時間に慶応大の堀田隆一教授の『英語史ブログ』 (http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/index.html) で語源学についてよく読んでいます.単語の語源を学ぶと,ボキャブラリーを増やすのに役立つんです.
英語学習・教育においてボキャビルに語源が利用できることはよく知られており,そのような学習書も多く出版されていますが,これを習慣化している英語学習者はさほど多くはないように思われます.
まずは英語辞書の語源欄を眺めることから習慣づけていくことをお薦めします.その上で,ぜひ本ブログを日々読んでいただけるとよいと思います.語源の話題を毎日扱っているわけではありませんが,折に触れて語源に言及していますし,関連リンクなどを通じて語源の話題が身近なものになってきさえすればOKです.入り口となる記事として,以下を挙げておきます.
・ 「#3546. 英語史や語源から英単語を学びたいなら,これが基本知識」 ([2019-01-11-1])
・ 「#3696. ボキャビルのための「最も役に立つ25の語のパーツ」」 ([2019-06-10-1])
・ 「#3698. 語源学習法のすゝめ」 ([2019-06-12-1])
・ 「#4360. 英単語の語源を調べたい/学びたいときには」 ([2021-04-04-1])
・ 「#3381. 講座「歴史から学ぶ英単語の語源」」 ([2018-07-30-1])
・ 「#600. 英語語源辞書の書誌」 ([2010-12-18-1])
本ブログの姉妹版・音声版の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」も,その名の通りですので,お薦めです.語源を学ぶと,未知の単語の学習が容易になるだけでなく,既知の単語の知られざる側面も明らかになり,俄然コトバがおもしろく見えてきます.学習にはおもしろさというモチベーションがぜひとも必要ですね.まずは heldio の音声コンテンツ一覧をご覧になり,おもしろそうなものを自由に聴いてみてください.きっとハマりますヨ!
ブログも Voicy も毎日更新していますので,語源を意識したボキャビルの習慣化に役立つと思います.
その他,「語源学」そのものにさらなる興味を抱いた方は,上級編として以下の記事をどうぞ.
・ 「#466. 語源学は技芸か科学か」 ([2010-08-06-1])
・ 「#1791. 語源学は技芸が科学か (2)」 ([2014-03-23-1])
・ 「#727. 語源学の自律性」 ([2011-04-24-1])
・ 「#598. 英語語源学の略史 (1)」 ([2010-12-16-1])
・ 「#599. 英語語源学の略史 (2)」 ([2010-12-17-1])
・ 「#636. 語源学の開拓者としての OED」 ([2011-01-23-1])
・ 「#1765. 日本で充実している英語語源学と Klein の英語語源辞典」 ([2014-02-25-1])
2022年度も徐々に終わりが近づいてきています.このタイミングで今年度の khelf(= Keio History of the English Language Forum = 慶應英語史フォーラム)活動の振り返りをしたいと思います.昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて,khelf 会長のまさにゃん,および khelf HP 担当の青木君と3人でざっと話していますので,そちらもお聴きください.「#632. 今年度の khelf (慶應英語史フォーラム)の活動報告 with まさにゃん&青木くん」です.
今年度の主要な活動実績を時系列で列挙してみます.
・ 2022年4月1日,khelf の公式ツイッターアカウント @khelf_keio の開設・公開
・ 2022年4月1日,『英語史新聞』第1号(創刊号)の公開
・ 2022年4月1日--6月8日,「英語史コンテンツ50」の公開(日曜日を除く毎日,khelf メンバーが作成した英語史に関する「コンテンツ」を掲載)
・ 2022年4月10日,『英語史新聞』号外第1号の公開
・ 2022年7月11日,『英語史新聞』第2号の公開
・ 2022年7月18日,『英語史新聞』号外第2号の公開
・ 2022年9月20日,「khelf ミッションステートメント」の採択
・ 2022年9月20日--21日,khelf-conference-2022(khelf の「ゼミ合宿」)の開催
・ 2022年10月3日,『英語史新聞』第3号
・ 2023年1月11日,『英語史新聞』第4号の公開
その他,khelf 主催の heldio イベントとして,以下も注目です.
・ 2022年9月22日,heldio にて生配信 「#479. 英語に関する素朴な疑問 千本ノック(矢冨弘&堀田隆一) --- Part 14」(cf. 司会まさにゃんの note 記事「「英語に関する素朴な疑問 千本ノック(生放送)」 第一回目 まとめ」にて,今回取り上げられた素朴な疑問一覧と頭出し分秒が掲載されています)
・ 2022年10月28日,heldio にて生配信 「#515. 英語に関する素朴な疑問 千本ノック(矢冨弘&堀田隆一) 第2弾」
・ 2022年12月2日,heldio にて生配信 「#550. 英語に関する素朴な疑問 千本ノック(矢冨弘&菊地翔太&堀田隆一) 第3弾」(cf. 「#4967. 「英語に関する素朴な疑問 千本ノック(矢冨弘&菊地翔太&堀田隆一) 第3弾」は「補充法」の回となりました」 ([2022-12-02-1]) に,今回取り上げられた素朴な疑問一覧と頭出し分秒が掲載されています)
・ 2023年1月21日,heldio にてアーカイヴ配信 「#600. 『ジーニアス英和辞典』の版比較 --- 英語とジェンダーの現代史」
活動が活発になるにつれ,khelf ホームページも内容が充実してきました.とりわけ新設された「英語史ラウンジ」コーナーは注目です.今後も khelf を通じた「hel活」にご期待ください!
英語には,動詞 (verb) と小辞 (particle) の組み合わせからなる句動詞 (phrasal_verb) が数多く存在している.とりわけ口語で頻出し,慣習的・比喩的な意味をもつものも多い.さらに統語構造上も多様な型を取り得るため,しばしば英語学習の障壁となる.
例えば run と up を組み合わせた表現を考えてみよう.統語的には4つのパターンに区分される.
(1) A girl ran up. 「ある少女が駆け寄ってきた」
ran up が全体として1つの自動詞に相当する.
(2) The spider ran up the wall. 「そのクモは壁を登っていった」
自動詞 ran と前置詞句 up the wall の組み合わせである.
(3) The soldier ran up a flag. 「その兵士は旗を掲げた」
ran up の組み合わせにより1つの他動詞に相当し,目的語を取る.この場合,小辞 up と名詞句の目的語 a flag の位置はリバーシブルで,The soldier ran a flag up. の語順も可能.ただし,目的語が it のような代名詞の場合には,むしろ The soldier ran it up. の語順のみが許容される.
(4) Would you mind running me up the road? 「道路の先まで車に乗せていっていただけませんか」
他動詞 run と前置詞句 up the road の組み合わせである.
run と up の組み合わせのみに限定しても,このように4つの型が認められる.他の動詞と他の小辞の組み合わせの全体を考慮すれば,型としては8つの型があり,きわめて複雑となる.
・ Cowie, A. P. and R Mackin, comps. Oxford Dictionary of Phrasal Verbs. Oxford: OUP, 1993.
おおよそ2週間後に迫ってきましたが,2023年3月4日(土)15:30--18:45に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて全4回のシリーズ「英語の歴史と世界英語」の第4回(最終回)講座「21世紀の英語のゆくえ」が開講されます.昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で,講座の予告編となる話しをしていますので,ぜひお聴きください.「#630. 世界英語の ENL, ESL, EFL モデルはもう古い? --- 3月4日,朝カル新宿教室で「英語の歴史と世界英語」のシリーズが完結します」です.
3月4日の講義は,教室での対面およびオンラインによるハイブリッドの講義となります.受講される方は,リアルタイム受講のほか1週間限定で講義動画を視聴できますので,ご都合のよい方法での参加をご検討ください.
シリーズのまとめの回という位置づけではありますが,実際には各回は独立しています.これまでの回を受講していない方にも,問題なく受講していただけますのでご安心ください.講座の詳細とお申し込みはこちらの公式ページよりお願い致します.
講座の概要は,公式ページからの引用となりますが以下の通りです.
「21世紀の英語のゆくえ」
世界中のコミュニケーションがますます求められる21世紀,英語の世界語としての役割に期待が寄せられる一方,世界各地で異なる種類の英語が生まれ続けています.求心力と遠心力がともに作用する英語を巡るこの複雑な状況について,英語史の観点から解釈を加えます.また,世界英語を記述するいくつかのモデルを紹介しながら World Englishes とはいかなる現象なのかを考察し,今後の英語のゆくえを占います.
シリーズの第1回から第3回までの講座と関連する話題は,hellog や heldio でも取り上げてきました.次回第4回に向けて復習・予習ともなりますので,以下のバックナンバーを参考までにどうぞ.なお,新年度からは,同じ朝日カルチャーセンター新宿教室にて英語史に関する新シリーズを開始する予定です.
[ 第1回 世界英語入門 (2022年6月11日)]
・ hellog 「#4775. 講座「英語の歴史と世界英語 --- 世界英語入門」のシリーズが始まります」 ([2022-05-24-1])
・ heldio 「#356. 世界英語入門 --- 朝カル新宿教室で「英語の歴史と世界英語」のシリーズが始まります」
・ heldio 「#378. 朝カルで「世界英語入門」を開講しました!」
[ 第2回 いかにして英語は拡大したのか (2022年8月6日)]
・ hellog 「#4813. 朝カル講座の第2回「英語の歴史と世界英語 --- いかにして英語は拡大したのか」のご案内」 ([2022-07-01-1])
・ heldio 「#393. 朝カル講座の第2回「英語の歴史と世界英語 --- いかにして英語は拡大したのか」」
[ 第3回 英米の英語方言 (2022年10月1日)]
・ hellog 「#4875. 朝カル講座の第3回「英語の歴史と世界英語 --- 英米の英語方言」のご案内」 ([2022-09-01-1])
・ heldio 「#454. 朝カル講座の第3回「英語の歴史と世界英語 --- 英米の英語方言」」
世界史上,ひときわきらびやかに映る大航海時代 (age_of_discovery) .広い視野でみると,当然ながら英語史とも密接に関わってくる(cf. 「#4423. 講座「英語の歴史と語源」の第10回「大航海時代と活版印刷術」を終えました」 ([2021-06-06-1])).
以下,『図説大航海時代』の巻末 (pp. 109--10) の略年表を掲載する.大航海時代の範囲についてはいくつかの考え方があるが,1415年のポルトガル軍によるセウタ占領に始まり,1648年のウェストファリア条約の締結に終わるというのが1つの見方である.しかし,下の略年表にみえるように,その前史は長い.
紀元前5世紀 | スキュラクス,インダス河口からスエズ湾まで航海 |
4世紀後半 | ネアルコス,インダス地方からティグリス河口まで探検 |
111 | 漢の武帝,南越を併合 |
1世紀 | カンボジヤ南部に扶南国興る |
60--70頃 | 『エリュトラ海案内記』 |
1世紀前半 | 「ヒッパロスの風」によるアラビア海航海がさかんになる |
2世紀 | 扶南とローマ,インドと中国の交易がおこなわれる |
166 | 大秦王安敦(マルクス・アウレリウス)の支社日南郡に至る |
207 | 南越国建国 |
4--5世紀 | 東南アジアのインド化進む |
399--412 | 東晋の法顕のインド,セイロン旅行.『仏国記』を書く |
7世紀前半 | 扶南,真臘に併合される |
618 | 唐建国 |
639 | アラブ人のエジプト侵入 |
7世紀後半 | シュリーヴィジャヤ王国マラッカ海峡の交易を支配 |
671--95 | 唐の仏僧義浄インド滞在.『南海寄帰内法伝』 |
750 | バグダートにアッバース朝おこる.インド洋貿易に進出 |
875 | チャンパ(占城)興る |
907 | 唐滅亡.五代十国時代に入る |
960 | 宋建国.海外貿易の隆盛 |
969 | ファーティマ朝カイロに移る.紅海を通じてのアジア貿易.以後エジプトは紅海経由のインド洋貿易を主導する |
1096 | 第1次十字軍 (--99) .イタリア港市の台頭 |
1127 | 南宋興る |
1147 | 第2次十字軍 (--48) |
1169 | エジプトにアイユーブ朝成立 |
1245--47 | プラノ・カルピーニ,教皇の命によりカラコルムに至る旅行記を著わす |
1254 | リュブリュキ,教皇の命によりカラコルムまで旅行.旅行記を書く |
1258 | モンゴル軍バグダート占領.アッバース朝滅亡.ただしモンゴル軍はシリア,エジプトに侵入できず |
1271--95 | マルコ・ポロのアジア旅行と中国滞在.旅行記を口述 |
1291 | ジェノヴァのヴィヴァルディ兄弟西アフリカ航海 |
1293 | ジャヴァにマジャパヒト王国成立.モンゴル軍ジャヴァに侵攻 |
1312 | ジェノヴァのランチェローテ・マロチェーロ,カナリア諸島に航海 |
1349(ママ) | イブン・バトゥータ,24年にわたるアフリカ,アジア旅行からタンジールに帰る |
1336 | 南インドにヴィジャヤナガル王国興る |
1345 | マジャパヒト,全ジャヴァに勢力拡大 |
1351--54 | イブン・バトゥータ西アフリカ旅行.『三大陸周遊記』を書く |
1360 | マンデヴィルの『東方旅行記』この頃成立 |
1368 | 明建国 |
1372 | 明,海禁政策をとる |
1403 | スペインのクラビーホ,中央アジアに旅行しティムールに謁す.ラ・サルとベタンクール,カナリア諸島に航海 |
1405 | 鄭和の大航海.1433年まで7回にわたる |
1415 | ポルトガル軍セウタ占領.間もなく西アフリカ航路の探検が始まる |
1434 | ジル・エアネス,ボジャドール岬回航 |
1453 | オスマン軍によるコンスタンティノープル攻略 |
1455 | ヴェネツィア人カダモストの西アフリカ航海 |
1475 | ヴィチェンツァでプトレマイオスの『地理学』刊行 |
1479 | スペイン,ポルトガル間にアルカソヴァス条約 |
1482 | ポルトガルの西アフリカの拠点エルミナ建設.ポルトガル人コンゴ王国と接触 |
1488 | ディアスによる喜望峰発見.大航海時代 |
1492 | コロンブス第1回航海 (--93) |
1493 | コロンブス第2回航海 |
1494 | スペイン,ポルトガル間にトルデシリャス条約 |
1498 | ガマのインド航海.コロンブス第3回航海.南米本土に達する |
1500 | カブラル,インドへの途次ブラジルに漂着 |
1501 | アメリゴ・ヴェスプッチ南アメリカの南緯52°まで航海 |
1502 | コロンブス第4回航海.中米沿岸航海 |
1505 | トロ会議.西回りで香料諸島探検を議決 |
1508 | ブルゴス会議で同様な趣旨の議決 |
1509 | アルメイダ,ディウ沖で,エジプト,グジャラート連合艦隊撃破 |
1510 | ポルトガル,ゴア完全占領 |
1511 | ポルトガル,マラッカ攻略 |
1512 | ポルトガル人香料諸島に到着 |
1513 | バルボア,パナマ地峡を横断して太平洋岸に達する |
1519--21 | コルテスのメキシコ(アステカ王国)征服 |
1520 | マゼラン,地峡を発見し,太平洋を横断してフィリピンに至る |
1522 | エルカノ以下18人,最初の世界回航をとげてセビリャ着 |
1527 | モンテホのユカタン探検 |
1528--33 | ピサロのインカ帝国征服 |
1529 | サラゴッサ条約により香料諸島のポルトガル帰属決定 |
1534 | カルティエのカナダ探検 |
1535 | アルマグロのチリ探検 |
1537 | ケサーダのムイスカ(チブチャ)征服 |
1538 | 皇帝・教皇・ジェノヴァ連合艦隊プレヴェザでトルコ人に敗北 |
1541 | ゴンサーロ・ピサロのアマゾン探検.部下のオレリャーナ,河口まで航海 (1542) |
1543 | 三人のポルトガル人,種子島着 |
1545 | ボリビアのポトシ銀山発見,翌年メキシコでも大銀山発見 |
1553 | ウィロビーの北東航路探検 |
1565 | ウルダネータ,大圏航路によりフィリピンからメキシコまで航海 |
1567 | メンダーニャの太平洋航海.翌年ソロモン諸島発見 |
1568 | ジョン・ホーキンズ,サン・ファン・デ・ウルアでスペインの奇襲をうけて脱出 |
1570 | ドレイクのカリブ海スペイン基地の掠奪 |
1571 | レガスピ,マニラ市建設.キリスト教徒の海軍レパントでオスマン艦隊に勝利 |
1575 | フロビッシャー,北西航路探検の勅許を得る |
1577--80 | ドレイク,掠奪の世界周航をおこなう |
1578 | アルカサルーキヴィルでポルトガル軍モロッコ軍に大敗 |
1584--85 | ウォルター・ローリのヴァージニア植民計画 |
1586--88 | キャベンディシュの世界周航 |
1595 | ローリの第1次ギアナ探検.メンダーニャの太平洋探検,マルケサス諸島発見 |
1598 | ファン・ノールト,オランダ人として最初の世界周航 |
1599 | オランダ人ファン・ネック東インド航海 |
1600 | イギリス東インド会社設立.この頃ブラジルに砂糖産業が興り,アフリカ人奴隷の輸送始まる |
1605 | キロスの航海.ニュー・ヘブリデスまで |
1606 | キロク帰国後,あとに残されたトレス,ニュー・ギニア,オーストラリア間の海峡を発見し,マニラに向かう |
1610 | ハドソン,アニアン海峡を求めて行方不明になる |
1614 | メンデス・ピントの東洋旅行記『遍歴記』刊行 |
1615 | オランダ人スホーテンとル・メールの航海.ホーン岬発見 |
1617 | ローリ第2回ギアナ探検 |
1620 | メイフラワー号ニュー・イングランドに到着 |
1622 | インド副王の艦隊,モサンビケ沖でオランダ船隊の攻撃を受け壊滅 |
1623 | アンボイナ事件.オランダ人によるイギリス人,日本人の殺害.これ以後イギリス人は東インドの香料貿易から撤退し,インドに集中 |
1637 | オランダ人西アフリカのエルミナ奪取 |
1639 | マカオの対日貿易,鎖国のため不可能になる.タスマンの太平洋航海 |
1641 | オランダ人マラッカ奪取 |
1642--43 | タスマン,オーストラリアの輪郭を明らかにする |
1645 | オランダ人セント・ヘレナ島占領 |
1647 | オランダ,アンボイナ島完全占領.カサナーテのカリフォルニア探検 |
1648 | セミョン・デジニョフ,アジア最北東端の岬(デジニョフ岬)に到達.ただしベーリング海峡の存在には気がつかなかった.ウェストファリア条約の締結による三十年戦争の終わり.オランダの独立承認される |
昨日の記事「#5045. deafening silence 「耳をつんざくような沈黙」」 ([2023-02-18-1]) で取り上げた共起表現について,BNCweb により例文を引き出してみた.いくつか挙げてみよう.
・ All that remained on the barren expanse was a deafening silence.
・ But the countryside! Absolute deafening silence. Not a tractor in sight. No buzzing saw mills, no electric milking machines humming away. Just horses and ploughs and, for want of a better word, peasants.
・ now there is almost a deafening silence, broken only by the odd apologetic cough as the minutes tick towards 8.30.
・ In the deafening silence inside the gallery she could hear her heart thumping madly against her ribs.
・ It was a relief when a couple of minutes later, amidst the deafening silence that had descended on the room, Mrs Aitken poked her head round the door. 'Dinner will be served whenever you're ready.'
この撞着語法 (oxymoron) の共起表現に関心を焚きつけられて,silence という名詞はほかにどのような形容詞で修飾されることが多いのだろうかと問いが湧いてきた.これは共起 (collocation) に関する初歩的な類いの疑問で,コロケーション辞書や活用辞書を引けば済む話しだが,行きがかり上 BNCweb で調べてみることにする."_AJ* {silence/N}" と検索した上で Frequency breakdown の機能を用い,50位までの頻度ランキングを出してみた.
No. | Lexical items | No. of occurrences |
---|---|---|
1 | long silence | 145 |
2 | stunned silence | 53 |
3 | complete silence | 44 |
4 | total silence | 43 |
5 | tense silence | 37 |
6 | awkward silence | 31 |
7 | brief silence | 28 |
8 | short silence | 27 |
9 | sudden silence | 23 |
10 | absolute silence | 22 |
11 | deafening silence | 22 |
12 | embarrassed silence | 22 |
13 | uncomfortable silence | 22 |
14 | shocked silence | 16 |
15 | stony silence | 15 |
16 | dead silence | 14 |
17 | deep silence | 13 |
18 | Eerie silence | 13 |
19 | heavy silence | 13 |
20 | small silence | 12 |
21 | thoughtful silence | 12 |
22 | uneasy silence | 12 |
23 | utter silence | 12 |
24 | ensuing silence | 11 |
25 | sullen silence | 11 |
26 | momentary silence | 10 |
27 | fraught silence | 9 |
28 | ominous silence | 9 |
29 | terrible silence | 9 |
30 | brooding silence | 8 |
31 | companionable silence | 8 |
32 | sponsored silence | 8 |
33 | virtual silence | 8 |
34 | dignified silence | 7 |
35 | horrified silence | 7 |
36 | Hushed Silence | 7 |
37 | lengthy silence | 7 |
38 | long silences | 7 |
39 | longer silence | 7 |
40 | strained silence | 7 |
41 | uncanny silence | 7 |
42 | awful silence | 6 |
43 | cold silence | 6 |
44 | comparative silence | 6 |
45 | continuing silence | 6 |
46 | embarrassing silence | 6 |
47 | gloomy silence | 6 |
48 | great silence | 6 |
49 | strange silence | 6 |
50 | angry silence | 5 |
今週の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて,「#624. 「沈黙」の言語学」と「#627. 「沈黙」の民族誌学」の2回にわたって沈黙 (silence) について言語学的に考えてみました.
hellog としては,次の記事が関係します.まとめて読みたい方はこちらよりどうぞ.
・ 「#1911. 黙説」 ([2014-07-21-1])
・ 「#1910. 休止」 ([2014-07-20-1])
・ 「#1633. おしゃべりと沈黙の民族誌学」 ([2013-10-16-1])
・ 「#1644. おしゃべりと沈黙の民族誌学 (2)」 ([2013-10-27-1])
・ 「#1646. 発話行為の比較文化」 ([2013-10-29-1])
heldio のコメント欄に,リスナーさんより有益なコメントが多く届きました(ありがとうございます!).私からのコメントバックのなかで deafening silence 「耳をつんざくような沈黙」という,どこかで聞き覚えたのあった英語表現に触れました.撞着語法 (oxymoron) の1つですが,英語ではよく知られているものの1つのようです.
私も詳しく知らなかったので調べてみました.OED によると,deafening, adj. の語義1bに次のように挙げられています.1968年に初出の新しい共起表現 (collocation) のようです.
b. deafening silence n. a silence heavy with significance; spec. a conspicuous failure to respond to or comment on a matter.
1968 Sci. News 93 328/3 (heading) Deafening silence; deadly words.
1976 Survey Spring 195 The so-called mass media made public only these voices of support. There was a deafening silence about protests and about critical voices.
1985 Times 28 Aug. 5/1 Conservative and Labour MPs have complained of a 'deafening silence' over the affair.
例文から推し量ると,deafening silence は政治・ジャーナリズム用語として始まったといってよさそうです.
関連して想起される silent majority は初出は1786年と早めですが,やはり政治的文脈で用いられています.
1786 J. Andrews Hist. War with Amer. III. xxxii. 39 Neither the speech nor the motion produced any reply..and the motion [was] rejected by a silent majority of two hundred and fifty-nine.
最近の中国でのサイレントな白紙抗議デモも記憶に新しいところです.silence (沈黙)が政治の言語と強く結びついているというのは非常に示唆的ですね.そして,その観点から改めて deafening silence という表現を評価すると,政治的な匂いがプンプンします.
oxymoron については.heldio より「#392. "familiar stranger" は撞着語法 (oxymoron)」もぜひお聴きください.
語用論 (pragmatics) の基本ともなっているグライス (Paul Grice) の「協調の原理」 (cooperative_principle) については,hellog でも「#1122. 協調の原理」 ([2012-05-23-1]),「#1133. 協調の原理の合理性」 ([2012-06-03-1]),「#1134. 協調の原理が破られるとき」 ([2012-06-04-1]) などで紹介してきた.
グライスにより会話の普遍的な原理として掲げられた理論だが,現在では古今東西の言語社会の会話すべてについて当てはまるわけではないと考えられている.有り体にいえば,インドヨーロッパ語族中心の観点から唱えられた語用論的な原理が,世界中の言語に当てはまると考えるのは,傲慢ではないかという批判が出ているのである.
マダガスカルで話されているオーストロネシア語族のマラガシ語 (Malagasy) を研究したキーナン (Elinor (Ochs) Keenan) は,マラガシ語話者には,重要な情報を十分なだけ積極的に伝えようとする慣習がそれほどないことを明らかにした.協調の原理における量の格率 (maxim of quantity) が守られていないということになる.Senft (55) を通じて,キーナンのグライス批判を聞いてみよう.
キーナンは,彼女の論文の終わりで「グライスはエティック (etic) の格子 (grid) で会話を研究する可能性〔を期待させること〕でエスノグラフィー研究者をじらす.…彼の会話の格率は作業仮説としてではなく社会的事実として提示されている」と指摘する (Keenan 1976: 79) .人類言語学者および言語人類学者は,すべてのエティック (etic) の格子,つまり民族言語学の (ethnolinguistic) 問題に対する西洋的な文化規範および考えに基づくアプローチ〔中略〕は,すべて遅かれ早かれ,研究対象とする(非西洋の)言語と文化における本質的な事実を捉えそこねる運命にあるという意見で一致している.それゆえ,グライスの会話の格率で示されるようなエティック (etic) の格子は言語人類学者に対しては二次的な重要性しかもちえない.
ここで「エティックの格子」とは,ある言語社会の話者集団が内部で前提・常識としている物事の区切り方,ほどの意味だろうか.キーナンはこのようにグライスを批判した上で,それでもこの分野の研究の第一歩として評価する姿勢も示している.上記に続く箇所で,次のように述べている (Senft 55) .
そうではあるがキーナンは,グライスの枠組みが人類言語学の研究に対して使用可能である方法の概略を示した.彼女は次のように述べる.
われわれは,どれか1つの格率を取り上げ,それがいつ成り立ち,いつ成り立たないのかを観察して述べることができる.その使用もしくは濫用 (abuse) への動機は,ある社会と他の社会を分けたり,単一社会の中の社会グループを分けるさまざまな価値と指向性を明らかにするかもしれない.
キーナンはグライスの提案を,「観察を統合し,会話の一般的な原則に関連するより強い仮説を提案したいと考えるエスノグラフィー研究者に対する出発点」を提供するとして評価する (Keenan 1976: 79) .
キーナンの洞察は,同一言語の異なる時代の変種を比較する際にもいえるだろう.例えば,現代英語で当然視されている会話の原理が,おそらくそのまま古英語に当てはまるわけではない,ということだ.関連して「#1646. 発話行為の比較文化」 ([2013-10-29-1]),「#3208. ポライトネスが稀薄だった古英語」 ([2018-02-07-1]),「#4711. アングロサクソン人は謝らなかった!?」 ([2022-03-21-1]) などを参照.
・ Senft, Gunter (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳) 『語用論の基礎を理解する 改訂版』 開拓社,2022年.
・ Keenan (Ochs), Elinor. "The Universality of Conversational Postulates." Language in Society 5 (1976): 67--80.
「#5040. 英語で「ドアを閉めろ」を間接的に表現する方法19例 --- 間接発話行為を味わう」 ([2023-02-13-1]) でも話題にした通り,発話行為 (speech_act) は語用論の重要なテーマの1つである.哲学から言語学に波及してきた話題であり,哲学では言語行為という用語が一般的だ.以下では,参照する Senft の用語にも合わせる意味で「言語行為」を用いる.
言語行為とは何か.シューレンによれば,それは「社会的結束の力」 (socially binding force) をもつものとされ,言語の中核的な役割を担っていると強調される.少々長いが,Senft (46--47) より引用する.
シューレンは,言語行為に関するこの章において「言語行為の社会的結束の力 (socially binding force) に特別に注目し」,社会的結束の原則 (PRINCIPLE OF SOCIAL BINDING) を定式化することによって彼の考え方を披瀝し始める.彼はこの原則を「人間の言語だけでなく,人間と人間以外の意識的なコミュニケーションのすべての他の体系をも,公理化し定義するものである」と考える (Seuren 2009: 140) .この原則は次のように述べられる.
すべての本気の言語的発話は…話し手側の(強さは可変の)義務の請負 (COMMITMENT) ,(強さは可変の)聞き手に発せられた要請 (APPEAL) ,[その発話]に表現された命題,あるいは呼びかけ(Hey, you over there! (「おい,そこのお前!」))の中にある呼称 (APPELATION (sic)) に関して行動規則の設定 (INSTITUTION OF A RULE OF BEHAVIOUR) のいずれかの種類の,社会的結束の関係を創出するという点で力 (FORCE) をもつ.
言語行為がその人たちに関して有効である社会的な仲間は[発話]の力の場 (FORCE FIELD) を形成する. (Seuren 2009: 140)
シューレンにとって,この原則は一定の権利と義務をもつ人々,すなわち責任と個人の尊厳をもつ人々を結束する.これらの人々は「…説明責任があり,すべての本気の言語行為は,いかにささいな,あるいは重要でないものであっても,話し手と聞き手の間に説明責任関係を創出する」 (Seuren 2009: 140) .社会的結束の原則を「公理的」であり,「人間の言語だけでなく記号 (sign) によるいかなる形のコミュニケーションにとっても」定義的であると特徴づけることは(Seuren 2009: 158 も参照),この学者にとって「言語は第一義的に説明責任の創出のための道具であり,情報の転送のためのものでないこと」を意味する (Seuren 2009: 140) .シューレンは,言語行為に関連してこれらの考えを発展させ,次のことを強調する.
すべての言語行為は,社会的結束の関係あるいは事態を創出するという意味で行為遂行的である…言語の基本的な機能は,世界についての情報の移動という意味 (sense) での「コミュニケーション」ではなく,社会的結束,つまり<!-- for reference -->発話あるいは言語行為によって表現される命題に関して対人間の,社会的結束の特定の関係の創出である.この種の社会的結束が,人間の社会の1つの必須条件である社会の基底機構における中心的な要素であることが明らかになるであろう. (Seuren 2009: 147)
シューレンにとって,言語行為は言語学史においてあまりに軽視されてきた.言語はコミュニケーションの道具であるとか思考の道具だと言われることは多かったものの,「社会的結束の力」としてまともに理解されたことはなかった,という.これは,すぐれて社会語用論の視点からの言語観といってよい.
・ Senft, Gunter (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳) 『語用論の基礎を理解する 改訂版』 開拓社,2022年.
・ Seuren, Pieter A. M. Language from Within Vol. I.: Language in Cognition. Oxford: OUP, 2009.
昨日『中高生の基礎英語 in English』の3月号が発売となりました.今回で丸2年続いた連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」も第24回で,最終回となります.取り上げる話題は,最終回にふさわしく「アルファベット最後の文字 Z のミステリー」です.よろしければ手に取っていただければと思います.
冒頭の節「Z はもっとも出番の少ない文字」では,Z が英語のアルファベット26文字中最も頻度の低い文字であることが述べられます.続く「Z を含む英単語を挙げてみると」では,Z を含む英単語が列挙されていきますが,パッとしないものばかりです.S と Z の守備範囲についても触れられます.次の「日陰者の人生」では,いよいよ Z の悲哀の歴史が明らかにされます.最終節「発音は「ズィー」か「ゼッド」か」の節では,この文字をどう呼ぶかに関する混乱と競合の歴史が描かれ,英語の英米差に話が及びます.
24回続いた連載は今回の Z の話題で幕を閉じます.読者より寄せられた疑問にお答えする回もあり,毎月,執筆者としても楽しみながら筆を執ることができました.編集者さんの丁寧なお仕事に助けられ,そしてイラストレーターさんの確立した探偵スタイルにも元気づけられ,24回を完走できました.関係の皆様に感謝致します.2年間のご愛読,ありがとうございました.
振り返りの意味も込め,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で昨年10月22日で公開した放送回「#509. 毎月,中高生のために英語史連載を書いています」もお聴きいただければとと思います.
連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」はこれにて終了となりますが,英語の歴史の謎解き自体は,この hellog でも,その他の媒体でも,続けていきます.引き続きよろしくお願いいたします.
一昨日公開された YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新動画は「#101. 英語コンプレックスから解放される日はくるのか? --- 英語帝国主義と英語帝国主義批判を考える」です.英語帝国主義(批判)をめぐって2人で議論しています.よろしければご視聴ください.また,YouTube のコメント機能よりご意見などもお寄せいただければと思います.
hellog でも英語帝国主義(批判)や,より一般的に言語帝国主義 (linguistic_imperialism) の話題を多く取り上げてきました.英語帝国主義を議論するに当たっては,現在の英語の覇権的な地位をよく認識しておく必要があることはもちろん,なぜ英語がここまで覇権的な言語になってきたのかという歴史を押さえておくことが肝心だと考えています.英語帝国主義をめぐる議論は英語史の重要な論題であり,まさに英語史の知見こそが,関連する議論に大きく貢献できるものと信じています.
私自身,この議論に関してまだ明確な意見を固められているわけではありません.しかし,英語の帝国主義的な歴史や覇権的な側面を認めつつ,英語を完全に受容することも完全に拒絶することもできないもの,つまり全肯定も全否定もできない言語と考えています.今後も議論を続けていきたいと思います.
英語帝国主義や言語帝国主義に関する書籍は多く出されていますが,周辺領域は広く深いです.まずは hellog から関連する記事をピックアップしてみました.今後の議論のためにご参考まで.
・ 「#1072. 英語は言語として特にすぐれているわけではない」 ([2012-04-03-1])
・ 「#1073. 英語が他言語を侵略してきたパターン」 ([2012-04-04-1])
・ 「#1082. なぜ英語は世界語となったか (1)」 ([2012-04-13-1])
・ 「#1083. なぜ英語は世界語となったか (2)」 ([2012-04-14-1])
・ 「#1194. 中村敬の英語観と英語史」 ([2012-08-03-1])
・ 「#1606. 英語言語帝国主義,言語差別,英語覇権」 ([2013-09-19-1])
・ 「#1607. 英語教育の政治的側面」 ([2013-09-20-1])
・ 「#1785. 言語権」 ([2014-03-17-1])
・ 「#1788. 超民族語の出現と拡大に関与する状況と要因」 ([2014-03-20-1])
・ 「#1838. 文字帝国主義」 ([2014-05-09-1])
・ 「#1919. 英語の拡散に関わる4つの crossings」 ([2014-07-29-1])
・ 「#2163. 言語イデオロギー」 ([2015-03-30-1])
・ 「#2306. 永井忠孝(著)『英語の害毒』と英語帝国主義批判」 ([2015-08-20-1])
・ 「#2429. アルファベットの卓越性という言説」 ([2015-12-21-1])
・ 「#2458. 施光恒(著)『英語化は愚民化』と土着語化のすゝめ」 ([2016-01-19-1])
・ 「#2487. ある言語の重要性とは,その社会的な力のことである」 ([2016-02-17-1])
・ 「#2549. 世界語としての英語の成功の負の側面」 ([2016-04-19-1])
・ 「#2673. 「現代世界における英語の重要性は世界中の人々にとっての有用性にこそある」」 ([2016-08-21-1])
・ 「#2935. 「軍事・経済・宗教―――言語が普及する三つの要素」」 ([2017-05-10-1])
・ 「#2986. 世界における英語使用のジレンマ」 ([2017-06-30-1])
・ 「#3004. 英語史は英語の成功物語か?」 ([2017-07-18-1])
・ 「#3010. 「言語の植民地化に日本ほど無自覚な国はない」」 ([2017-07-24-1])
・ 「#3011. 自国語ですべてを賄える国は稀である」 ([2017-07-25-1])
・ 「#3012. 英語はリンガ・フランカではなくスクリーニング言語?」 ([2017-07-26-1])
・ 「#3277. 「英語問題」のキーワード」 ([2018-04-17-1])
・ 「#3278. 社会史あるいは「進出・侵略」の観点からの英語史時代区分」 ([2018-04-18-1])
・ 「#3286. 津田幸男による英語支配を脱する試案,3点」 ([2018-04-26-1])
・ 「#3302.「英語の帝国」のたどった3段階の「帝国」」 ([2018-05-12-1])
・ 「#3315. 「ラモハン・ロイ症候群」」 ([2018-05-25-1])
・ 「#3470. 言語戦争の勝敗は何にかかっているか?」 ([2018-10-27-1])
・ 「#3603. 帝国主義,水族館,辞書」 ([2019-03-09-1])
・ 「#3767. 日本の帝国主義,アイヌ,拓殖博覧会」 ([2019-08-20-1])
・ 「#3851. 帝国主義,動物園,辞書」 ([2019-11-12-1])
・ 「#4279. なぜ英語は世界語となっているのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2021-01-13-1])
・ 「#4467. インド英語は「崩れた英語」か「土着化した英語」か?」 ([2021-07-20-1])
・ 「#4536. 言語イデオロギーの根底にある3つの記号論的過程」 ([2021-09-27-1])
・ 「#4537. 英語からの圧力による北欧諸語の "domain loss"」 ([2021-09-28-1])
・ 「#4545. 「英語はいかにして世界の共通語になったのか」 --- IIBC のインタビュー」 ([2021-10-06-1])
・ 「#4829. 19世紀イギリス「白人の責務」から「英語帝国主義」へ」 ([2022-07-17-1])
・ 「#4830. 19世紀イギリスの植物園・動物園趣味と帝国主義」 ([2022-07-18-1])
関連して Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」より「#145. 3段階で拡張してきた英語帝国」もお聴きください.
Can you run fast? のような疑問文は,典型的には「疑問」という発話行為 (speech_act) のために用いられる.しかし,Can you pass the salt? は疑問文の体をしていながら,この文を発する際に話者が行なっている発話行為は「疑問」ではなく「依頼」であることが普通だろう.一方 Pass the salt. という命令文が発された場合,そこで行なわれていることはストレートに「命令」という発話行為であるにちがいない.このような例において Pass the salt. は直接発話行為,Can you pass the salt? は間接発話行為に対応する.
英語で「ドアを閉めろ」という命令は,文字通りには Close the door. という命令文によってなされる.しかし,現実にはこのぶっきらぼうな命令文がそのまま用いられることは稀である.ポライトネス (politeness) への配慮から.表現を何らかの方法で和らげ,依頼や懇願に近づけることが多い.
Steven Levinson を参照した Senft (39--40) に,「ドアを閉めろ」に対応する間接発話行為の英文が19例挙げられている.もちろんこれで尽きるわけではなく,工夫次第でいくらでも増やしていくことができる.
・ I want you to close the door.
・ I'd be much obliged if you'd close the door.
・ Can you close the door?
・ Are you able by any chance to close the door?
・ Would you close the door?
・ Won't you close the door?
・ Would you mind closing the door?
・ Would you be willing closing the door?
・ You ought to close the door.
・ It might help to close the door.
・ Hadn't you better close the door?
・ May I ask you to close the door?
・ Would you mind awfully if I were to ask you to close the door?
・ I am sorry to have to tell you to please close the door.
・ Did you forget the door?
・ Do us a favour with the door, love.
・ How about a bit less breeze?
・ Now Johnny, what do big people do when they come in?
・ Okay, Johnny, what am I going to say next?
最後のいくつかの表現は close や the door という表現すら使わずに,Close the door. に相当する発話内の力 (illocutionary force) を発揮しようとしている点で興味深い.ここでは,聞き手は状況と文脈を参照した上で高度な語用論的推論を行なうことが求められることになる.
間接発話行為については以下の記事も参照.
・ 「#3632. 依頼を表わす Will you . . . ? の初例」 ([2019-04-07-1])
・ 「#4707. 依頼・勧誘の Will you . . . ? はいつからある?」 ([2022-03-17-1])
・ 「#4714. 発話行為とは何か?」 ([2022-03-24-1])
・ Senft, Gunter (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳) 『語用論の基礎を理解する 改訂版』 開拓社,2022年.
従来,2重否定 (double_negative) を含む多重否定は,18世紀の規範主義の時代に stigma を付され,その強力な影響が現代まで続いていると言われてきた.しかし,近年の研究の進展により,実際にはもっと早い段階から非標準的になっており,18世紀の規範文法はすでに行き渡っていた言語慣習にお墨付きを与えたにすぎないと解釈されるようになってきた.これについては「#2999. 標準英語から二重否定が消えた理由」 ([2017-07-13-1]) で触れた.
多重否定構文が,意味として否定になるのか肯定になるのかが曖昧となり得るのであれば,コミュニケーション上支障を来たすだろう.一方,実際の対話においては文脈や韻律の助けもあり,それほど誤解が生じるわけでもない.しかし,なるべく曖昧さを排除したい「談話の場」で,かつ「書き言葉」だったら,どうだろうか.その典型が法律文書である.Rissanen (125) を引用する.
In the development of negative expressions legal texts may have offered an early model that resulted in the avoidance of multiple or universal negation in Late Middle and Early Modern English.
In Late Middle English, multiple negation was still accepted and universal negation was only gradually becoming obsolete, possibly with the loss of ne. In the fifteenth century, the not . . . no construction . . . was still the rule . . . , but in the Helsinki Corpus samples of legal texts this combination does not occur even once, while the combination not . . . any . . . , can be found no less than eight times. In other contexts . . . multiple negation occurs even in the statutes, but the user of any is more common than in the other genres.
. . . .
The same trend can be seen in sixteenth-century texts: the not . . . no type is avoided in the statutes while it is still an accepted minority variant in other text types. This is not surprising, since the tendency towards disambiguation and clarity of expression probably resulted in the avoidance of double negation in legal texts well before the normative grammarians started arguing about two negatives making one affirmative.
曖昧さを排除すべき法律文書において推奨された語法が,後に一般のレジスターにも拡張したという展開は,十分にありそうである.もし「言葉の法制化」というべき潮流が近代英語以降の言葉遣いを特徴づけているのだとすれば,社会が言語に与えた影響は思いのほか大きいということになりそうだ.
Rissanen の同じ論文より「#1276. hereby, hereof, thereto, therewith, etc.」 ([2012-10-24-1]) も参照.
・ Rissanen, Matti. "Standardisation and the Language of Early Statutes." The Development of Standard English, 1300--1800. Ed. Laura Wright. Cambridge: CUP, 2000. 117--30.
「#5036. 語用論の3つの柱 --- 『語用論の基礎を理解する 改訂版』より」 ([2023-02-09-1]) で紹介した Gunter Senft (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳)『語用論の基礎を理解する 改訂版』(開拓社,2022年)の序章では,語用論 (pragmatics) が学際的な分野であることが強調されている (4--5) .
このことは,語用論が「社会言語学や何々言語学」だけでなく,言語学のその他の伝統的な下位分野にとって,ヤン=オラ・オーストマン (Jan-Ola Östman) (1988: 28) が言うところの,「包括的な」機能を果たしていることを暗に意味する.Mey (1994: 3268) が述べているように,「語用論の研究課題はもっぱら意味論,統語論,音韻論の分野に限定されるというわけではない.語用論は…厳密に境界が区切られている研究領域というよりは,互いに関係する問題の集まりを定義する」.語用論は,彼らの状況,行動,文化,社会,政治の文脈に埋め込まれた言語使用者の視点から,特定の研究課題や関心に応じて様々な種類の方法論や学際的なアプローチを使い,言語とその有意味な使用について研究する学問である.
学際性の問題により我々は,1970年代が言語学において「語用論的転回」がなされた10年間であったという主張に戻ることになる.〔中略〕この学問分野の核となる諸領域を考えてみると,言語語用論は哲学,心理学,動物行動学,エスノグラフィー,社会学,政治学などの他の学問分野と関連を持つとともにそれらの学問分野にその先駆的形態があることに気づく.
本書では,語用論が言語学の中における本質的に学際的な分野であるだけでなく,社会的行動への基本的な関心を共有する人文科学の中にあるかなり広範囲の様々な分野を結びつけ,それらと相互に影響し合う「分野横断的な学問」であることが示されるであろう.この関心が「語用論の根幹は社会的行動としての言語の記述である」 (Clift et al. 2009: 509) という確信を基礎とした本書のライトモチーフの1つを構成する.
6つの隣接分野の名前が繰り返し挙げられているが,実際のところ各分野が本書の章立てに反映されている.
・ 第1章 語用論と哲学 --- われわれは言語を使用するとき,何を行い,実際に何を意味するのか(言語行為論と会話の含みの理論) ---
・ 第2章 語用論と心理学 --- 直示指示とジェスチャー ---
・ 第3章 語用論と人間行動学 --- コミュニケーション行動の生物学的基盤 ---
・ 第4章 語用論とエスノグラフィー --- 言語,文化,認知のインターフェース ---
・ 第5章 語用論と社会学 --- 日常における社会的相互行為 ---
・ 第6章 語用論と政治 --- 言語,社会階級,人種と教育,言語イデオロギー ---
言語学的語用論をもっと狭く捉える学派もあるが,著者 Senft が目指すその射程は目が回ってしまうほどに広い.
・ Senft, Gunter (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳) 『語用論の基礎を理解する 改訂版』 開拓社,2022年.
現代英語において有声軟口蓋鼻音 [ŋ] は /ŋ/ として1つの音素と認められている.一方,[ŋ] は別の音素 /n/ の異音としての顔ももつ.英語の音韻体系において [ŋ] も /ŋ/ も中途半端な位置づけを与えられている.この音(素)の位置づけにくさは,それが英語の歴史の比較的新しい段階で確立したことと関係する.過去の関連する記事として以下を挙げておきたい.
・ 「#1508. 英語における軟口蓋鼻音の音素化」 ([2013-06-13-1])
・ 「#3482. 語頭・語末の子音連鎖が単純化してきた歴史」 ([2018-11-08-1])
・ 「#3855. なぜ「新小岩」(しんこいわ)のローマ字表記は *Shingkoiwa とならず Shinkoiwa となるのですか?」 ([2019-11-16-1])
・ 「#4344. -in' は -ing の省略形ではない」 ([2021-03-19-1])
Minkova (138) によると,音素 /ŋ/ には2つの特異性がある.1つは,この音素が音節の coda にしか現われないこと.2つには,それに加えて domain-final にしか現われないことである.前者は音節ベースの制約で,後者は形態・語彙ベースの制約と考えてよい.後者は有り体にいえば,単語ごとに実現が /ŋ/ か /ŋg/ かが異なるので注意,と述べているのと同義である.
The distribution of contrastive /ŋ/ prompts some interesting phonological questions. Like PDF /h-/, which can appear only in onsets, /ŋ/ is a 'defectively distributed' phoneme: it can be distinctive only in coda position. The restriction reflects its historical origin since it is only through the loss of the voiced velar stop in the coda that /ŋ/ became contrastive: kin--king, ban--bang, run--rung. Before /k/, as in plank, sink, hunk, [-ŋ] remains a positional allophone followed by the voiceless stop. Thus, we get a three-way opposition in pin [pɪn]--ping [pɪŋ]--pink [pɪŋk], sin, sing, sink, and so on.
Another peculiarity of contrastive /ŋ/ is that it has to be domain-final, that is, the [-g-] is preserved stem-internally, rendering [-ŋ-] allophonic, as in Bangor, bingo, tango, single, hungry, Hungary, all with [-ŋg-]. Note that the preservation of [-g-] does not depend only on syllabification, because in forms derived with -ing or the agentive suffix -er, the [-g-] of the stem is not realised, and the derived form copies the shape of the base form: singing, singer with just [-ŋ-]. In addition to the most frequent -ing and -er, the majority of the native suffixes such as -y, -dom, -hood, -ness, -ish, -less, -ling, also -let (OFr), preserve the shape of the base: slangy, kingdom, thinghood, youngness, strongish, fangless, kingling, ringlet have [-ŋ-]. The addition of a comparative suffix, -er or -est, as in longer, strongest, youngly, however, results in heterosyllabic [ŋ].[g]. The addition of Latinate suffixes generally preserves the [g], as in fungation, diphthongal, but not always, as in ringette, nothingism. Then there is vacillation with some derivatives: prolong and prolonging are always just [-ŋ], prolongation varies between [-ŋ-] and [-ŋg-], and prolongate is always [-ŋg-]. There are some idiosyncrasies: dinghy, hangar allow both pronunciations, and so do English and England. The behaviour of [-ŋ] in clitic groups and phrases is also variable; the variability of [-ŋ] is of continuous theoretical interest. In our diachronic context, the deletion of the [g] and the possibility of phonemic [ŋ] in narrowly defined contexts in late ME and EModE is most notable as an addition to the inventory of contrastive sounds in English.
近代英語期以降 [ŋ] は音素化 (phonemicisation) を経たが,歴史の浅さと分布の不徹底さゆえに,理論的な扱いは今に至るまで常に難しい.
・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.
昨年,開拓社より Gunter Senft (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳)『語用論の基礎を理解する 改訂版』が出版されました.
語用論 (pragmatics) の骨太の入門書です.本書は YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」で2回ほど井上氏が話題として取り上げ,紹介しています.第85回「Gunter Senft著・石崎雅人・野呂幾久子訳『語用論の基礎を理解する・改訂版』(開拓社,2022年)のご紹介」と第93回「指示代名詞は意外に奥深いーダイクシスの豊かな世界・語用論の展開」です.そちらもご覧ください.
YouTube で井上氏が取り上げ,私も「ぜひ読んでみたい」という趣旨の発言をしたこともあって(と拝察していますが),訳者の石崎先生より本書をご献本いただいてしまいました(すみません,たいへん感謝しております).本書を読み始めていますが,序章の p. 5 に,本書には3つの議論の柱があるとして,重要事項が列挙されています.次の通りです.
1. 言語は社会的相互行為においてその話し手により用いられる.言語は何よりも社会的なつながりと説明責任の関係を創出する道具である.これらのつながりや関係を創出する手段は言語や文化によって様々である.
2. 発話はそれがなされる状況の文脈の一部であり,本質的に言語は語用論的な性格をもち,「意味は発話の語用論的機能に依拠する」 (Bauman 1992: 147) .
・ 言語話者は社会的相互行為において言語を使用するさい,慣習,規範,規則に従う.
・ 単語,句,文の意味は,一定の種類の状況的な文脈の中で伝えられる.
・ 話し手の言語使用は,これらの話者のコミュニケーション行動に内在し,そのコミュニケーション行動に資する特定の機能を実現する.
3. 語用論は言語および文化に特有の言語使用の形態を研究する分野横断的学問である.
このような語用論の特徴,そしてこの分野が1970年代以降に盛んになってきた背景には,アメリカ構造言語学と生成文法に対する反動があったろうとも述べられています (3--4) .語用論の名の下に,言語学がいよいよ生身の言語使用を本格的に扱う段階に入ってきたのだろうと私は理解しています.
・ Senft, Gunter (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳) 『語用論の基礎を理解する 改訂版』 開拓社,2022年.
・ Senft, Gunter. Understanding Pragmatics. London and New York: Routledge, 2014.
「#5031. 接尾辞 -ism の起源と発達」 ([2023-02-04-1]),「#5033. 接尾辞 -ism の多義性」 ([2023-02-06-1]) で接尾辞 (suffix) としての -ism に焦点を当ててきた.生産性 (productivity) の高い接尾辞として紹介してきたが,具体的には最近どのような -ism 語が現われてきているのだろうか.OED より1900年以降に初出した -ism 新語を抜き出してみた.全体で724単語が挙がった.10年刻みで一覧してみる.
[ 1900年代 (1900--1909):135単語 ]
antidisestablishmentarianism, Big Brotherism, cultism, expansionism, heterotrophism, hyperthyroidism, maraboutism, meningism, middle-of-the-roadism, muckerism, Mu'tazilism, neopositivism, neuroticism, Old Testamentism, pentamerism, prostatism, spoonerism, structurism, thanatism, thigmotropism, divisionism, imperativism, motorism, pan-Europeanism, piezomagnetism, productivism, pyromagnetism, Sivaism, sociologism, tabloidism, antilogism, chronotropism, gargoylism, interactionism, ladronism, mescalism, multimodalism, Oblomovism, ogreism, pacifism, pan-Buddhism, seismism, tactism, theoreticism, transitivism, chemotactism, favism, Fletcherism, hippomobilism, homoeothermism, homosexualism, intimism, luminarism, macroseism, Marconism, Mendelianism, Mendelism, neo-Confucianism, osmatism, physogastrism, poikilothermism, polychromism, practicism, preferentialism, racism, stand-pattism, supernationalism, syntonism, aniconism, cryptomerism, Deweyism, ecologism, geneticism, katamorphism, manism, mascotism, microbism, monoclinism, nounism, pan-Africanism, pan-Asiaticism, thermochromism, hypothyroidism, luminism, neurotropism, Nietzscheanism, nomism, pan-Asianism, Parnassianism, Prometheanism, Pygmalionism, quattrocentism, vicinism, Victorianism, Addisonism, champagne socialism, ethnocentrism, hereditarianism, millennialism, new realism, nyctinastism, pismirism, post-classicism, reluctantism, immanentism, immoralism, inhumanism, reactionaryism, reincarnationism, suffragettism, syndicalism, Syrism, Christocentrism, deductivism, expressionism, ingotism, neo-realism, pacificism, Pan-Turkism, rotativism, substitutionalism, super-individualism, theriomorphism, vagrantism, xenophobism, cameralism, heurism, innatism, maximalism, neo-Aristotelianism, oculism, Porro prism, protagonism, Uranianism, voltinism
[ 1910年代:103単語 ]
adrenalism, conservationism, hypoparathyroidism, perspectivism, pithiatism, post-Impressionism, pre-animism, Sillonism, alloerotism, Cubism, factualism, Georgianism, inspirationalism, masculinism, Ottomanism, Rotarianism, autism, clientelism, eunuchoidism, imagism, marginalism, mobilism, mutationism, orthomorphism, selectionism, Synchromism, transvestitism, trichotomism, Acmeism, apotropaism, behaviourism/behaviorism, monophyletism, moronism, neo-imperialism, taurodontism, Theravadism, transvestism, Zapatism, pansexualism, phobism, postmodernism, supermanism, Thespianism, vorticism, zabernism, Balkanism, consumerism, distributism, Hohenzollernism, homoeroticism, lawyerism, new federalism, polyarchism, rurbanism, Simultaneism, bushism, denationalism, homoerotism, moanism, monenergism, multilingualism, neo-nationalism, pan-Turanianism, Pelmanism, presentism, Russellism, Schoenbergism, Boloism, Bolshevism, defeatism, environmentalism, hyperparathyroidism, indigenism, mathematicism, Mondism, Montessorianism, non-interventionism, pan-Indianism, pan-Turanism, philism, anorchidism, Dadaism, defencism/defensism, diffusionism, Fordism, Leninism, neo-Marxism, preventionism, Rasputinism, surdimutism, biomechanism, culturalism, hegemonism, inflationism, Lukanism, multi-partyism, pan-Arabism, panchromatism, paroicism, predictionism, sadomasochism, social imperialism, unanimism
[ 1920年代:111単語 ]
gangsterism, Kemalism, Menshevism, mid-Victorianism, mosaicism, Moscowism, myrmecophytism, photoperiodism, predatism, retreatism, servomechanism, fascism, futilitarianism, Mennonitism, New Zealandism, pastism, polycratism, Suprematism, abstract expressionism, adaptationalism, ameliorism, anarcho-syndicalism, Couéism, existentialism, finitism, introspectionism, isolationism, Menckenism, metapsychism, nabism, neoprimitivism, Poplarism, Rayonism, romanticalism, Sitwellism, allelism, neo-Communism, Nordicism, parkinsonism, peyotism, porphyrism, robotism, Tubism, constructionism, constructivism, fictionalism, MacDonaldism, Marranoism, Mussolinism, neo-Freudianism, nondeterminism, paragrammatism, peripheralism, Pollyannaism, redemptivism, voyeurism, Babbittism, configurationism, enantiomerism, Hattism, hyperurbanism, Pirandellism, puerilism, reductionism, Sun Yat-senism, Trotskyism, boosterism, conformism, diachronism, holism, liturgism, mechanomorphism, mycetism, squadrism, totalitarianism, unilateralism, Yiddishism, alloeroticism, choralism, contortionism, diatonism, homoism, Machism, minimalism, monolithism, occupationalism, Petrarchanism, pleiotropism, Praedism, providentialism, sexationalism, Stalinism, surrealism, Buchmanism, dispensationalism, Eonism, mesomerism, multilateralism, normativism, stylism, Undinism, welfarism, wholism, bovarism, contextualism, exceptionalism, foodism, market fundamentalism, Marxism-Leninism, productionism, situationism
[ 1930年代:90単語 ]
corporativism, hyphenism, metakinetism, National Socialism, Nazism, neocapitalism, neo-modalism, operationalism, social fascism, diatonicism, dirty realism, no-Goddism, pentatonism, post-communism, presenteeism, privatism, substantivism, bruxism, conciliarism, connectionism, Narodnikism, neo-Gothicism, polytypism, Rooseveltism, biocentrism, careerism, escapism, magic realism, Marxism, mesomorphism, New Dealism, nice nellyism, socialist realism, elitism, extrinsicism, inhibitionism, monophysism, Morganism, rightism, transvesticism, trilingualism, descriptivism, Edwardianism, Jocism, linearism, male chauvinism, Neo-plasticism, nothing-but-ism, operationism, quadrupedalism, rheomorphism, spatialism, thingism, Zenonism, conspiratorialism, Cubo-Futurism, Goldwynism, microprism, Miltonicism, non-objectivism, non-racialism, polyphyletism, Rexism, shitticism, apoliticism, Blimpism, Bukharinism, Caodaism, logicism, Marxist-Leninism, neocatastrophism, pandiatonicism, pentaprism, cultural Marxism, Francoism, narcism, nemesism, partitionism, photojournalism, pronatalism, pseudoallelism, sanctionism, blondism, Chamberlainism, essentialism, kineticism, neo-traditionalism, precisionism, verificationism, vicariism
[ 1940年代:58単語 ]
ahistoricism, photoisomerism, post-humanism, semanticism, technologism, megadontism, New Criticism, Pétainism, preservationism, Vansittartism, capitulationism, managerialism, momism, patrimonialism, pseudohypoparathyroidism, chemoautotrophism, do-goodism, globalism, identitarianism, neo-fascism, passéism, pranksterism, againstism, ethnophaulism, multinationalism, critical rationalism, eliminationism, veganism, lettrism, Peronism, reductivism, supremacism, dynamicism, microphonism, Titoism, Afghanistanism, ecumenism, emotivism, ferrimagnetism, Lysenkoism, magmatism, Messalianism, neo-Nazism, one-worldism, prescriptivism, rejectionism, resistentialism, tailism, white supremacism, immobilism, justicialism, Levantinism, marhaenism, Michurinism, Palamism, Panglossism, restrictivism, tectonism
[ 1950年代:68単語 ]
abstract impressionism, Atlanticism, Gaullism, judgementalism/judgmentalism, majoritarianism, Maoism, Marrism, McCarthyism, multiracialism, Narodnism, ouvrierism, psychoticism, Bevanism, neo-isolationism, photochromism, revanchism, troilism, amensalism, kleptoparasitism, neocolonialism, Nixonism, Nicodemism, obsessionalism, transsexualism, workerism, Butskellism, Islamicism, multi-partism, neo-Stalinism, retributivism, skollyism, tripartism, alternativism, morphism, neo-Gaullism, postcolonialism, Poujadism, ad hocism, Anglocentrism, diffeomorphism, ebullism, Europocentrism, Mendèsism, Nasserism, patternism, polycentrism, superparamagnetism, breatharianism, hipsterism, Khrushchevism, monoglacialism, multiculturalism, neo-expressionism, Parkinsonism, spiralism, transhumanism, Zhdanovism, archaeomagnetism, outsiderism, pentatonicism, televangelism, Antikythera mechanism, disimperialism, ethnonationalism, Fidelism, macrodactylism, nannyism, proceduralism
[ 1960年代:64単語 ]
Castroism, Goldwaterism, moderationism, multiregionalism, neo-Dadaism, Nkrumahism, nuclearism, supremism, Asiacentrism, audio-lingualism, compressionism, Kennedyism, neo-behaviourism/neo-behaviorism, neo-Keynesianism, non-ism, permissivism, photorealism, mycomysticism, mycoparasitism, prescriptionism, splittism, tokenism, entrism, neo-Pentecostalism, Parsonianism, polyphenism, Rachmanism, aleatorism, allosterism, androcentrism, credentialism, Montaignism, neuterism, triumphalism, dysmorphism, Eurocentrism, generativism, parajournalism, Powellism, renewalism, symphonism, transgenderism, entryism, neo-modernism, Paisleyism, paramilitarism, Popperism, Reaganism, McLuhanism, monetarism, Naderism, Olympism, Pinterism, polysomatism, auteurism, incrementalism, madrigalism, Panglossianism, workaholism, ageism, anarcho-capitalism, consequentialism, gravitropism, yobbism
[ 1970年代 53単語 ]
migrationism, Naxalism, Orwellism, spontaneism, tropicalism, heightism, logocentrism, multidialectalism, panselectionism, posthumanism, post-minimalism, sizeism, Afrocentrism, heterosexism, new historicism, O'Neillism, phonocentrism, polyglacialism, processualism, supersessionism, Velikovskianism, eliminativism, polystylism, stabilism, monoculturalism, neurotrophism, ockerism, preparationism, Mobutuism, multiculturism, phallocentrism, phallogocentrism, post-structuralism, speciesism, bioregionalism, ecocentrism, Eurocommunism, post-materialism, pre-modernism, social constructionism, Lacanianism, macromutationism, punctuationism, trendyism, lookism, Manhattanism, me-ism, nutritionism, whataboutism, computationalism, machoism, Mitterrandism, reliabilism
[ 1980年代:29単語 ]
Bushism, ecofeminism, neo-conceptualism, neosemanticism, originalism, popism, ableism, rockism, social constructivism, ecotourism, post-feminism, mimeticism, yuppieism, conspiracism, eco-socialism, shopaholism, post-Fordism, short-termism, cryovolcanism, fattism, long-termism, New Ageism, Euroscepticism/Euroskepticism, Islamofascism, Majorism, Norman Rockwellism, negaholism, phoenixism, techno-shamanism
[ 1990年代 8単語 ]
Extropianism, voluntourism, Afrofuturism, Blairism, slacktivism, turntablism, hacktivism, Stuckism
[ 2000年代:5単語 ]
craftivism, lactivism, disaster capitalism, cissexism, clicktivism
数としてみれば20世紀前半がピークで,その後は減ってきているようにみえる.OED の編纂上の都合で,古い年代のほうが残されている資料を渉猟するのに費やしてきた時間が長く,多くの新語を見つけ出しやすいという事情はあるかもしれない.一方,最新の新語については選定という編纂過程が介入している可能性もある.そのような点を考慮した上で,この OED に基づく -ism 新語の一覧を評価する必要があるだろう.
そうだとしても,20世紀前半という激動の時代に -ism の嵐が吹き荒れたことは興味深い.20世紀後半以降の漸減は,すでに出るべきものは出きってしまい,-ism に食傷気味となった世相を反映しているとみることもできそうだ.あるいは,近年,何でもかんでも -ism を付加するようになってしまったために,OED の編集部も採用するのに疲れてしまった,ということかもしれない.
-ism 語の一覧,皆さんはどう読みますか?
一昨日公開された YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新回では,英語史の観点から日本語を表記するためのローマ字について,とりわけヘボン式ローマ字について語っています.「最近よく見かける shi,chi,ji などのローマ字表記は,実は英語的ではない!」です.17分弱の動画となっております.どうぞご視聴ください.
今回依拠したローマ字使用に関するデータは,昨年9月30日に文化庁より公開された,2021年度の「国語に関する世論調査」の結果です.詳細は「令和3年度「国語に関する世論調査」の結果について」 (PDF) よりご確認いただけます.
日本語を表記するためのローマ字の使用については,これまでも様々な議論があり,本ブログでも romaji の記事群で多く取り上げてきました.今回の YouTube 動画ととりわけ関連の深い記事へのリンクを張っておきますので,合わせてご参照ください.
・ 「#3427. 訓令式・日本式・ヘボン式のローマ字つづり対照表」 ([2018-09-14-1])
・ 「#1892. 「ローマ字のつづり方」」 ([2014-07-02-1])
・ 「#1879. 日本語におけるローマ字の歴史」 ([2014-06-19-1])
・ 「#2550. 宣教師シドッチの墓が発見された?」 ([2016-04-20-1])
・ 「#4905. 「愛知」は Aichi か Aiti か?」 ([2022-10-01-1])
・ 「#4925. ローマ字表記の揺れと英語スペリング慣れ」 ([2022-10-21-1])
・ 「#1893. ヘボン式ローマ字の <sh>, <ch>, <j> はどのくらい英語風か」 ([2014-07-03-1])
・ 「#3251. <chi> は「チ」か「シ」か「キ」か「ヒ」か?」 ([2018-03-22-1])
日本語社会がいかにしてローマ字というアルファベット文字体系を受容し,改変し,手なずけようとしてきたかを振り返ることは,これから英語を始めとする世界中の言語や文字とどう付き合っていくかを考える上でも大事なことだと考えます.今回の動画を通じて,日本語を表記するためのローマ字使用について改めて考えてみてはいかがでしょうか.
一昨日の「#5031. 接尾辞 -ism の起源と発達」 ([2023-02-04-1]) に引き続き,-ism という生産的な接尾辞 (suffix) について.今回はその多義性に注目します.
Webster の辞書の第3版に所収の A Dictionary of Prefixes, Suffixes, and Combining Forms によると,-ism には大きく4つの語義があります.「動作」「状態」「主義」「特徴」です.単語の具体例とともにみてみましょう.
-ism n suffix -s [ME -isme, fr. MF & L; MF -isme, partly fr. L -isma (fr. Gk), & partly fr. L -ismus, fr. Gk -ismos] 1 a : act, practice, or process --- esp. in nouns corresponding to verbs in -ize <criticism> <hypnotism> <plagiarism> b : manner of action or behavior characteristic of a (specified) person or thing <animalism> <Micawberism> 2 a : state, condition, or property <barbarianism> <polymorphism> b : abnormal state or condition resulting from excess of a (specified) thing <alcoholism> <morphinism> c : abnormal state or condition characterized by resemblance to a (specified) person or thing <mongolism> 3 a : doctrine, theory, or cult <Buddhism> <Calvinism> <Platonism> <salvationism> <vegetarianism> b : adherence to a system or a class of principles <neutralism> <realism> <socialism> <stoicism> 4 : characteristic or peculiar feature or trait <colloquialism> <Latinism> <poeticism>
言語の話題でよく用いられる -ism は,最後の「特徴」の語義と関連するものです.「○○に特徴的な言葉遣い;○○語法」の意味で Americanism, Britishism, Canadianism, Irishism, Gallicism, vulgarism, witticism, neologism などがあります.
昨日2月4日の産経新聞の朝刊に,連載「テクノロジーと人類」の最新回となる記事「文字の発明」が掲載されました.先日,産経新聞の科学部編集委員会の記者(長内洋介さん)より文字の歴史について取材を受けまして,今回それが記事となりました.他の専門家の方にも取材した上で,文字の特性を浮き彫りにした記事を書かれています.ウェブでは後日公開ということです.機会を見つけてお読みいただければと. *
先日,私の研究室で取材を受けまして2時間近く,楽しくお話ししました.連載「テクノロジーと人類」を20回にわたり続けてきた記者さんをして「やはり文字が人類の最大の発明」と言わせしめたことは功績でした.私もそう考えていますので (^^;; 取材ではたいへんお世話になりました!
先日「#5022. hellog より文字(論)に関する記事を厳選」 ([2023-01-26-1]) と題してリンクを整理しましたが,今回の取材との関連でまとめたものです.改めて産経新聞の「文字の発明」記事とともに,そちらもご覧いただければと存じます.
ウェブ時代の21世紀も,文字は間違いなく人類の最強ツールであり続けます!
現代英語で -ism という接尾辞 (suffix) は高い生産性をもっている.racism, sexism, ageism, lookism など社会差別に関する現代的で身近な単語も多い.宗教とも相性がよく Buddhism, Calvinism, Catholicism, Judaism などがあるかと思えば,政治・思想とも親和性があり Liberalism, Machiavellism, Platonism, Puritanism などが挙げられる.
上記のように「主義」の意味のこもった単語が多い一方で,aphorism, criticism, mechanism, parallelism などの通常の名詞もあり一筋縄ではいかない.また Americanism や Britishism などの「○○語法」の意味をもつ単語も多い(cf. 「#2241. Dictionary of Canadianisms on Historical Principles」 ([2015-06-16-1])).そして,今では接尾辞ではなく独立した語としての ism も存在する(cf. 「#2576. 脱文法化と語彙化」 ([2016-05-16-1])).
接尾辞 -ism の語源はギリシア語 -ismos である.ギリシア語の動詞を作る接尾辞 -izein (英語の -ize の原型)に対応する名詞接尾辞である.現代英語の文脈では,動詞を作る -ize に対応する名詞接尾辞といえば -ization が思い浮かぶが,語源的にいえば -ism のほうがより由緒の正しい名詞接尾辞ということになる.(英語の -ize/-ise を巡る問題については,こちらの記事セットを参照.)
ギリシア語 -ismos がラテン語,フランス語にそれぞれ -ismus, -isme として借用され,それが英語にも入ってきて,近代英語期以降に多用されるようになった.とりわけ後期近代英語期に,この接尾辞の生産性は著しく高まり,多くの新語が出現した.Görlach (121) は -ism について次のように述べている.
The 19th century can be seen as a battleground of ideologies and factions; at least, such is the impression created by the frequency of derivatives ending in -ism (often from a personal name, and accompanied by -ist for the adherent, and -istic/-ian for adjectival uses). The year 1831 alone saw the new words animism, dynamism, humorism, industrialism, narcotism, philistinism, servilism, socialism and spiritualism (CED).
世界の思想上の分断が進行している21世紀も -ism の生産性が衰えることはなさそうだ.
・ Görlach, Manfred. English in Nineteenth-Century England: An Introduction. Cambridge: CUP, 1999.
英語綴字の改革や標準化への関心は,英語史の長きにわたって断続的に観察されてきた.古英語の "West-Saxon Schriftsprache" は正書法の策定の1例だし,初期中英語期にも "AB-language" の綴字や Ormulum, Laȝamon などの綴り手が個人レベルで正書法に関心を寄せた.16世紀以降には正音学 (orthoepy) への関心が高まり,それに伴って個性的な綴字改革者が立て続けに現われた.18世紀以降には Samuel Johnson や Noah Webster が各々正書法の確立に寄与してきたし,現代にかけても数々の新しい綴字改革の運動が旗揚げされてきた.hellog でも spelling_reform の多くの記事で触れてきた通りである.
Crystal (288) によると,伝統的な正書法 (TO = traditional orthography) に対する歴史上の改革は数多く挙げられるが,4種類に分けられるという.
・ Standardizing approaches, such as New Spelling . . . , uses familiar letters more regularly (typically, by adding new digraphs . . .); no new symbols are invented.
・ Augmenting approaches, such as Phonotypy . . . add new symbols; diacritics and invented letters have both been used.
・ Supplanting approaches replace all TO letters by new symbols, as in Shavian . . . .
・ Regularizing approaches apply existing rules more consistently or focus on restricted areas of the writing system, as in Noah Webster's changes to US English . . . or those approaches which drop silent or redundant letters, such as Cut Spelling . . . .
穏健路線から急進路線への順に並べ替えれば Regularizing, Standardizing, Augmenting, Supplanting となるだろう.これまで本格的に成功した綴字改革はなく,せいぜい限定的に痕跡を残した Hart や Webster の名前が挙がるくらいである.そして,限定的に成功した改革提案は常に穏健なものだった.英語史において綴字改革はそれほど難しいものだったのであり,今後もそうあり続ける可能性が高い.
・ Crystal, D. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. CUP, 2018.
昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて,新著『文献学と英語史研究』(開拓社)の共著者である家入葉子先生(京都大学)との対談の第2弾をお届けしました.「#611. 家入葉子先生との対談の第2弾:新著『文献学と英語史研究』より英語史コーパスについて語ります」と題して,英語史コーパスの世代変化についての20分ほどの対談です.凝縮した英語史コーパス論となっております.ぜひお聴きください.
対談の後半では,現在の英語史研究ではコーパス利用が当たり前になってきているという点に話が及びました.コーパス言語学 (corpus linguistics) は発展的解消の段階にある,とみることができそうです.その一方で,コーパスが当たり前の道具になってきているからこそ,コーパスの落とし穴に気づきにくくなってきているようにも思えます.どんな道具もそうですが,道具は上手に使うことが大事です.
今回の対談を通じて英語(史)のコーパスに関心を持った方は,hellog より「#3676. 英語コーパスの使い方」 ([2019-05-21-1]) を始めとして corpus の各記事をお読みいただければと思います.
khelf(慶應英語史フォーラム)発行の『英語史新聞』の最新号(第4号)の1面コラム「英語コーパスをもっと気軽に」も英語コーパス超入門として一読ください.
新著『文献学と英語史研究』(開拓社)もどうぞよろしくお願いいたします!
日曜日に公開された YouTube チャンネル「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新回は,(タイトルが長くてすみません)「かつて英語には「夏」と「冬」しかなかった.「春」や「秋」はどうやってうまれた?」です.20分ほどの動画となっています.どうぞご覧ください.
今回の英語の季節語の話題は,本ブログを含め別のメディアで何度も繰り返し取り上げてきたもので,特に新しいトピックではありません.補足的な情報や関連する話題も含めて,様々な角度から注目してきましたので,ここでリンクを整理しておきたいと思います.
・ hellog 「#1221. 季節語の歴史」 ([2012-08-30-1])
・ hellog 「#1438. Sumer is icumen in」 ([2013-04-04-1])
・ hellog 「#2916. 連載第4回「イギリス英語の autumn とアメリカ英語の fall --- 複線的思考のすすめ」」 ([2017-04-21-1])
・ 外部記事:「イギリス英語の autumn とアメリカ英語の fall --- 複線的思考のすすめ」(=連載「現代英語を英語史の視点から考える」の第4回)
・ hellog 「#2925. autumn vs fall, zed vs zee」 ([2017-04-30-1])
・ hellog 「#3448. autumn vs fall --- Johnson と Pickering より」 ([2018-10-05-1])
・ Voicy heldio 「#69. winter は「冬」だけでなく「年」を表わす」
・ Voicy heldio 「#532. 『ジーニアス英和辞典』第6版の出版記念に「英語史Q&A」コラムより spring の話しをします」
・ Voicy heldio 「#533. 季節語の歴史」
もう1つ関連してフランス語における季節語の歴史事情について,三省堂のことばのコラムのシリーズの「歴史で謎解き!フランス語文法(フランス語教育 歴史文法派)」より「第39回 フランス語の季節名の語源はなに?」がお薦めです.
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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