「#1216. 古英語期のケルト借用語」 ([2012-08-25-1]),「#3740. ケルト諸語からの借用語」 ([2019-07-24-1]),「#3749. ケルト諸語からの借用語に関連する語源学の難しさ」 ([2019-08-02-1]),「#3750. ケルト諸語からの借用語 (2)」 ([2019-08-03-1]) などで英語における一般的なケルト借用語に焦点を当ててきたが,人名・地名などの固有名詞におけるケルト語要素についても,Durkin (81--82) にしたがって状況を覗いてみよう.
まず,人名について.古英語詩で有名な Cædmon の名前が真っ先に挙がる(「#2898. Caedmon's Hymn」 ([2017-04-03-1]) を参照).続いて,ウェストサクソン王国の諸王や貴族の名前で Ċerdiċ, Ċeawlin, Ċeadda, Ċeadwalla, Ċedd, Cumbra が見つかる.残念ながら,これらの意味については定説がない.
地名については人名よりも豊富な証拠があり,ケルト語要素を同定しやすいが,だからといって問題は簡単ではないようだ.その地理的な分布は,「#2443. イングランドにおけるケルト語地名の分布」 ([2016-01-04-1]) でみたように北部や西部に偏っている.Thames, Severn, Trent などの河川名は(前)ケルト語要素として同定しやすいものが多い (see 「#1188. イングランドの河川名 Thames, Humber, Stour」 ([2012-07-28-1])) .
Kent がケルト語要素を保っているのは,その位置(ブリテン島の南東部)を考えるとやや奇異に思えるが,これはアングロサクソン人のブリテン島渡来以前から知られていた地名だったからだろう.Chevening, Chattenden, Chatham, Dover, Reculver, Richborough, Sarr, Thanet などもケルト語(あるいは前ケルト語)要素を保持している.
他の関連する話題として,「#1736. イギリス州名の由来」 ([2014-01-27-1]) と「#3113. アングロサクソン人は本当にイングランドを素早く征服したのか?」 ([2017-11-04-1]) も参照.
・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.
731年に完成したとされる Bede の Historia Ecclesiastica Gentis Anglorum (= Ecclesiastical History of the English People) は,アルフレッド大王の時代にマーシアの学者によって古英語に訳されている.そこには文盲の牛飼い Cædmon が霊感を得て作成したとされる,9行からなる現存する最古の古英詩 Cædmon's Hymn が収録されているが,そのテキストについては,さらに早い8世紀初頭の Bede のラテン語写本 (MS Kk. v. 16, Cambridge University Library; 通称 "Moore Manuscript") の中に,ノーサンブリア方言で書かれたバージョンも残されている.まず,オリジナルに最も近いと言われる Moore バージョンのテキストおよび現代英語訳を Irvine (37) より再掲しよう.
Nu scylun hergan hefænricæs uard,
metudæs mæcti end his modgidanc,
uerc uuldurfadur, sue he uundra gihuæs,
eci dryctin, or astelidæ.
He ærist scop aelda barnum
heben til hrofe, haleg scepen;
tha middungeard moncynnæs uard,
eci dryctin, æfter tiadæ
firum foldu, frea allmectig.
Now [we] must praise the Guardian of the heavenly kingdom, the Creator's might and His intention, the glorious Father's work, just as He, eternal Lord, established the beginning of every wonder. He, holy Creator, first shaped heaven as a roof for the children of men, then He, Guardian of mankind, eternal Lord, almighty Ruler, afterwards fashioned the world, the earth, for men.
次に,アルフレッド時代のものを Mitchell (212) より引用する.両テキスト間の綴字,音韻,形態,語彙の差に注意したい.
Nū sculon heriġean heofonrīċes weard,
Meotodes meahte ond his mōdġeþanc,
weorc wuldorfæder, swā hē wundra ġehwæs,
ēċe Drihten, ōr onstealde.
Hē ǣrest scēop eorðan bearnum
heofon tō hrōfe, hāliȝ Scyppend;
þā middanġeard monncynnes weard,
ēċe Drihten, æfter tēode
fīrum foldan, Frēa ælmihtiġ.
・ Irvine, Susan. "Beginnings and Transitions: Old English." Chapter 2 of The Oxford History of English. Ed. Lynda Mugglestone .Oxford: OUP, 2006.
・ Mitchell, Bruce. An Invitation to Old English and Anglo-Saxon England. Blackwell: Malden, MA, 1995.
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